弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成14年9月5日判決宣告
平成13年(わ)第513号 大麻取締法違反,国際的な協力の下に規制薬物に係
る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例
等に関する法律違反被告事件
              判       決
              主       文
              被告人は無罪。
              理       由
(本件公訴事実)
 本件公訴事実は,「被告人Aは,Bと共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成
11年11月5日午後2時30分ころ,富山県a市bc番d号e川堤防上におい
て,Cほか1名に対し,大麻約4キログラムを代金約200万円で譲り渡すととも
に,大麻様の固形物約1キログラムを大麻として代金約50万円で譲り渡したもの
である。」というものである。
(証拠上認められる事実)
 関係証拠によれば,Bと氏名不詳者1名(以下,「本件犯人」という。)が共謀
の上,営利の目的で,みだりに,公訴事実記載の日時・場所において,C及びDに
対し,大麻約4キログラムを代金約200万円で譲り渡すとともに,大麻様の固形
物約1キログラムを大麻として代金約50万円で譲り渡した(この大麻取引のこと
を以下「本件取引」という。)」こと及び「被告人には容貌がよく似た双子の弟の
Eがいる」ことがそれぞれ認められ,検察官,弁護人ともこれらの事実自体は争っ
ていない。
(争点)
 本件における争点は,被告人が本件犯人であるか否か,すなわち本件犯行と被告
人との結びつきである。
検察官は,本件取引を被告人と共に行ったとするBの供述,本件取引により被告人
らから譲り受けたとするC及びDの各供述を根拠として,被告人が本件犯行の実行
行為者であると主張し,一方,被告人及び弁護人は,本件犯行を否認し,上記各供
述の信用性を争い,アリバイを主張するとともに,本件犯行は,E若しくは他の誰
かとBによってなされたものであるが,Bは被告人にその罪を負わせようとしてい
ると主張している。
 そして,関係証拠によれば,本件犯人が,被告人かEのどちらかであると推認し
て誤りないというべきであるから,そのいずれが本件犯人であるのかが争点という
ことになる。
 ところで,被告人と本件犯行とを直接結びつける客観的証拠は存在せず,これを
結びつける証拠は上記B及びC及びDによる供述以外にはない。したがって,これ
らの供述によって,本件犯人がEでなく被告人であるということまで,合理的な疑
いを超えた証明がなされたと言えるかが問題となる。
(判断)
 当裁判所は,被告人と本件犯行との結びつきについて,合理的な疑いを超える証
明はないものと判断するが,その理由は以下に述べるとおりである。(なお,原記
載が西暦でなされている場合であっても,以下,全て元号に直して記述するものと
する。)
第1 本件の捜査の経緯
 関係証拠によれば,平成12年6月5日Cが大麻取締法違反及び覚せい剤取締法
違反容疑で現行犯逮捕され,同人の供述からB及びDが本件取引に関係しているこ
とが疑われ,同年8月30日Dがあへん所持で現行犯逮捕され,茨城県f市所在の
同人の居宅敷地土中から本件で取り引きされた大麻の一部約2.4キログラムが押
収され,同年11月14日にBも本件で通常逮捕された。3名の供述から,被告人
が本件犯人であると疑われ,被告人は,平成13年9月1日ロシアからディーゼル
船甲号の船長としてg港に入港し,上陸したところを逮捕された(なお,この逮捕
の際,同船内の捜索が行われたが,大麻等の薬物関係の証拠物が発見された形跡は
ない)。 
第2 B供述について
 1 Bは,平成12年6月20日a市において,「同年6月19日にYと共謀の
上,あへん及び大麻樹脂を輸入した」との容疑で通常逮捕され,同年7月11日a
地方裁判所に同事実により起訴され,同年9月の第1回公判期日において,その事
実を認めた。その後Bは,同年11月14日に本件と同旨の事実で通常逮捕され,
身柄を群馬県に移されて取り調べを受け,同年12月5日k地方裁判所に本件と同
旨の事実で起訴され,前記aの事件と併合した上で平成13年2月13日の公判期
日において,本件と同旨の公訴事実を認めて結審し,同年3月8日懲役8年6月及
び罰金200万円,あへん及び大麻の没収,追徴金250万円の判決を受け自然確
定し,服役している。
 2 Bは,平成12年12月4日付検察官調書(甲12及び13),平成13年
2月13日に実施されたB自身の被告事件の公判調書(以下,「Bの裁判官面前調
書」という。甲14)において,本件取引を被告人と共に行ったことを供述してい
るので,これら供述(以下,「B供述」ともいう。)の信用性について検討する。
なお,Bについては,平成12年11月18日付,同月26日付,同月28日付及
び同年12月4日付で警察官調書が作成されている(甲8ないし11)が証拠能力
に欠けるため,本件の証拠として採用されていない。
 3 B供述の要旨
(1) 平成12年12月4日付検察官調書(甲12及び13)の要旨
 ① 本件取引について 
 平成11年11月初めに私とAはa港まで車の運搬船乙号に乗ってきた。私には
ジミーと名乗っていた取引の相手の本名がCということは今教えられて初めて知っ
た。Cたちが私やAと大麻の取引をしたのが平成11年11月5日と話しているの
なら,ちょうど私が日本にいたときだからその日で間違いないと思う。
 Cとは,平成11年の11月5日が初めての薬物取引で,その後にもう1回a港
の近くのサウナの駐車場で取引をしており,全部で2回取引したことがある。平成
11年11月5日の数日前,Aから,日本でイラン人と薬物の取引をすることにな
っている,アゼルバイジャン語を話す人だから付き合ってくれと薬物取引の手伝い
をするように頼まれた。私はアゼルバイジャン語を話せるが,Aは話せない。
 同年11月4日夜か,5日朝に船がa港に着き,私とAが船から降りると,Fと
いう男が日本車で迎えにきており,私とAが乗り込み,Fが車を発進させ,少し走
らせた場所で私とAは大麻を受け取った。大麻は車の前の座席の下にあったように
思う。大麻は5個の固まりに分かれていて,一つが1キログラムだとAが言ってい
た。5個の固まりのうち,私はAから2個を渡され,ズボンを膝のあたりまで下ろ
し,両足の太股にガムテープで1個ずつ巻き付けて隠した。Aも体に隠していた
が,どこにどのように隠したのかは見ていなかったのでわからない。その後,私が
アゼルバイジャン語を使って電話でCと待ち合わせの場所を決めた。
 Cと薬物の取引をしたのが5日昼だった。待ち合わせの場所の近くで私とAは2
人で車から降り,歩いて待ち合わせ場所に行った。Cが乗ってきたのは4ドアの日
本車で,Cが運転し,確か助手席にもう一人のイラン人が乗っていた。もう一人の
イラン人の顔は覚えていない。私とAはCの車の後部座席に乗ったが,私はCの運
転席の後ろに座ったと思う。Cが車を走らせ,先日警察官と確認した橋の近くの広
い場所で車を止めたので,私とAはその場所でCとの間において大麻の取引をした
(甲28によれば,平成12年11月27日に本件犯行場所等を引き当たりをして
いる)。お金をCともう一人のイラン人のどちらから渡されたのかは覚えていない
が,私はそのお金をAに渡した。Aはお金が足りないと言ったのでCにアゼルバイ
ジャン語で私がその
理由を尋ねると,今はこれしかなく,残りは今度来たときに渡すと言われた。金額
をどのようにして決めたのか,今ではよく覚えていない。
 ② その他の薬物取引について
 私は,本件取引以外にも,これまでに3~4回くらいはAの薬物の取引を手伝っ
ている。その中には,あと1回Cとの取引が含まれていて,それは,平成11年1
1月5日からそれほど経っていないころだと思う。Cとの2回目の麻薬の取引の場
所はa港の近くにあったサウナの駐車場で,Aと2人で行った。Cは,もう1人の
イラン人と女性の3人で来ていたように思う。
 平成11年11月5日以前,10月初めころ,Cと薬物の取引をしたかは覚えて
いない。
 ③ 被告人との関係について
 本件の大麻は私のものではなく,Aのものである。(外国人登録原票に添付され
た被告人の写真を見せられて)この男が船員仲間のAである。Aとは昭和62年こ
ろからの付き合いで,Aは材木船,私は魚の運搬船で働いていた。船の中での立場
は私がマスターでAはチーフだった。チーフというのは副船長のようなもので,マ
スターはその下の立場である。
 Aはロシアマフィアの一員で組織ぐるみで麻薬を日本に持ち込んで金儲けをして
いる。Aの話によれば,掃除や料理のために船に乗り込んでいる4~5人の女性の
服に,大麻やあへんを隠し,それを持って船を降りさせ日本に持ち込むとのことで
ある。
 AにはFという名のパキスタン人の仲間がおり,a港の近くで中古自動車屋を経
営している。Fの中古自動車屋には車が3~40台以上あって,車のトランクの中
に薬物を保管していたのを1度見たことがある。Fには日本人の奥さんがおり,1
度見たことがある。Aはa港に着くと,Fと連絡を取って,彼から大麻やあへんを
受け取り,それを日本で売っている。(Gの写真を見せられて)この男がFであ
る。本当の名前は知らなかった。  
 平成11年11月5日にロシアから日本に来る10日前ころ,日本で中古自動車
を仕入れるために,Aから6000米ドルを借りた。このお金は平成12年の2月
か3月ころまでに3~4回くらいに分けて返済したが,5月ころに自動車事故を起
こして4000米ドル必要になり,またAから4000米ドル借りた。Aから,麻
薬の密輸を手伝えば借金をなしにしてやると言われたので,私はそれを引き受け,
平成12年6月に大麻とあへんをロシアからa港に持ち込み,密輸が見つかり逮捕
された。ロシアマフィアであるAの名前がどうしても出せなくて,aではAのこと
は一切話さなかった。
(2)Bの裁判官面前調書の要旨
 ① 本件取引について
 Cとは,2~3回くらい会ったことがある。平成11年11月5日にCとの取引
で麻薬を3袋か4袋か覚えていないがCの車に移した。Aはロシア人なのでアゼル
バイジャン語は全く話せない。Cとの間で私がアゼルバイジャン語の通訳をした。
平成11年11月5日に,私とAが日本に来た目的は,中古自動車を買うためだっ
た。Aから中古自動車を安く仕入れさせてやるからとか滞在費を出してやるから麻
薬取引を手伝えという申し出は取引の前にはなかった。ただCと話が成立した後
に,Aがレストランなどで奢ってくれたことがある。本件取引について検察庁で私
が言ったことはすべて本当のことである。ただ1年半前のことだから忘れてしまっ
た部分もある。平成11年11月5日にFから受け取った大麻をAとともにCに譲
り渡したという話をし
た。その後,実はそのときFは警察に留置されていたことが明らかになったが,大
麻を受け取ったのはFではなくHという人だろうという話をしたかについてはよく
覚えていない。FとHは同じグループの仲間である。4キログラムをCの車の中で
渡したことは事実だが残りのことは前のことなので良く覚えていない。
 ② 被告人との関係について
 私はかつて船会社で仕事をしていたが,倒産してしまい新たな船会社に勤めるこ
とになり,そのことがきっかけで日本に出入りするようになった。Aとは12年前
から船の研修を一緒にしているときから知り合いになった。Aはずっと日本の関係
で仕事をしていたようだ。Aとの関係で2回くらい日本に来た。私はそのときに密
売人としてというよりも,通訳として2回くらい付き合った。
 私は,今回Yと14キログラムの麻薬を密輸したことで船から下りたときに捕ま
ったが,私は4000ドルくらいほしかったこともありこれを手伝った。この麻薬
はAのものである。Aは飛行機でaに来た。
 aのときはAや組織の名前を私が話してしまうと,Aはもともとマフィアなの
で,ロシアにいる私の2人の子供が殺されてしまうのではないかという心配があっ
た。しかし,悪いことをしたと思い反省していることや,aで検察官から求刑意見
を聞いて11年くらいならば刑務所に行っても仕方ないと思ったことや,群馬の警
察で本当のことを供述してもそのことはばれないからと言われて安心して本当のこ
とを話した。
4 B供述の信用性について
(1) Bの供述調書には,本件犯人についてAとのみ,被告人とEとを区別せずに記
載されているが,被告人の供述によれば,Bは,被告人及びEと10年来の知人で
あり,被告人とEを間違えることはないと認められ,外国人登録原票に添付された
被告人の写真をAと供述していることや供述全体の趣旨からすれば,それが被告人
を指していることは明らかである。
(2) B供述は,一貫しておりそれなりの迫真性も認められる。しかしながら,いず
れも本件犯行から1年以上も経過した後の供述である上,Bは本件以外にも薬物の
不法取引に関与していることを自認しており,記憶の正確性に疑問があるというべ
きである。現にBは,本件取引の際にFから大麻を受け取った旨詳細に供述してい
るが,同人は当時,警察の留置場にいたことが明らかになっていることや本件取引
とは別のCとの薬物取引の時期が同人の供述する時期と食い違っていることからす
ると,B供述には本件取引とそれ以外の時の取引とを混同して供述している部分が
あることは否定できない。
(3) そして,被告人が本件取引当時日本にいたというBの供述を裏付ける客観的な
証拠はなく,かえって,Bと被告人が本件取引の際,日本まで乗船してきたとされ
るロシア船乙号の乗船名簿(弁12)には,BとEの名前は記載されているが被告
人の名前はなく,またEの船員手帳(弁4)には平成11年11月3日にロシアの
ザルビノ港を出港し,同年11月11日に同港に帰港したことの記載があるが,被
告人の船員手帳(甲32,33)には本件取引日時ころロシアを出港していたとの
記載はない。
 この点に関し,検察官は,被告人がEの船員手帳を使用してたびたび日本に来て
おり,本件取引の際もEの船員手帳を使用したと主張するが,これを立証する適法
な証拠はない。もっとも,Bを取り調べた警察官のJは,Bが,取調べで乗船名簿
にEの名前はあるが被告人の名前がないことについて追及され,被告人がEの船員
手帳を使用し,Eとアレクセイの両方の名前で交互に来ているという話をした旨証
言しているので検討する。
 別紙のとおり,Bの船員手帳の出入国記録中,本件犯行時期のものを含む,少な
くとも4つの記載は,出港及び帰港の日時及び場所がEの船員手帳の出入国記録の
記載と一致しているらしきことが認められ,Bの船員手帳の出入国記録中,別の4
つの記載は,出港及び帰港の日時及び場所が被告人の船員手帳の出入国記録と一致
しているらしきことが認められる。そして,被告人によれば,被告人及びEはBと
10年来の知り合いであるというのだから,Bの船員手帳の記載とEの船員手帳の
記載の一致は偶然のものとは考えがたく,記載の一致した時期において共に行動し
ていたと考えるのが自然である。
 そして,EとBの船員手帳には,平成11年9月5日出港のものと,同年9月2
5日出港(同年10月2日帰港)のものの出港の時期を同一にする出入国記録があ
り,被告人の船員手帳の出入国記録に平成11年9月3日出港(同月15日帰港)
のものと,同年9月18日出港(10月3日帰港)のものがあることから,Eの船
員手帳と被告人の船員手帳はほぼ同時期に双方使用されており,いずれの船員手帳
を用いたかは別として,Eがこの時期にロシア国外に出国したものというべきであ
る(被告人ないしEの顔写真が貼付してある船員手帳を第三者が使用して国外に出
るとは考えにくい)。したがって,被告人がEの船員手帳を無断で取得して自由に
使用していたものではなく,使用するときはEもこれを了承していたはずである。
しかも,Eはロシア連邦沿海州で中古車販売業をしているというのだから,取引の
ために日本に来る必要があると考えられ,Eの出国先が日本である可能性は相当高
いというべきである。それにもかかわらず,Bは,捜査官に対し,Eは一度も日本
に来たことがないと供述していたというのであり(検察官の冒頭陳述及び被告人質
問における弁護人の質問もそのことを前提にしている),これらの点もB供述の信
用性を減殺するものである。
 そして,J供述によれば,Bは,捜査の過程で,11月5日の乙号の乗船名簿に
被告人の名前の記載がないことが判明し,これについて追及を受けて,初めて上記
の供述をし始めたというのである。このような供述の経緯をも併せ考えると,Bが
被告人の名前を出したのが虚偽であった場合に,その矛盾を追及され,辻褄合わせ
をした可能性も否定できない。
 したがって,J証言中のB供述は,伝聞供述にすぎず,本件罪体立証のための証
拠能力を有しないが,仮にその証拠能力があったとしても,このB供述には前記の
ような疑問点があるから,これによって,被告人がEの船員手帳を使用して日本に
来ていたとの事実を認定することはできない。
(4) さらに,Bは,逮捕された当時所持していた麻薬は被告人のものであり,被告
人は飛行機でaに来た旨供述しているが,Jは,警察によるa空港の入国管理局へ
の照会の回答について,弁護人の「捜査上有益な情報は得られなかったので記憶に
何も残っていないのか」との尋問に対し,「そうだと思います」と答えており,B
の供述の裏付けが得られなかったことを自認している。
(5) そして,被告人が本件犯人であるとのB供述は,いずれも被告人が逮捕される
前になされたものであるところ(被告人が逮捕された後のラギムの捜査官に対する
供述調書は証拠請求されていない。),Bは,「aのときは組織の名前を出せば危
ないと思いました。しかし群馬の警察で,本当のことを供述してもそのことはばれ
ないからと言われて安心して話したのです。」と供述している。このような状況の
下でなされた供述には,虚偽が入り込む可能性が高いことは経験的に認められると
ころである。
 すなわち,Bは,薬物の密売に関わったことは認めるものの,自分は通訳にすぎ
ず,マフィアなどの犯罪組織の一員ではないなどと述べ,密売における自己の役割
が従属的であることを強調しており,取引回数についてもCの供述よりも少ないな
ど,全体的に自己弁護的である。しかしながらCの供述等から認められるBの行動
は,単なる通訳以上のものがあり,Bも犯罪組織の一員であるという可能性は捨て
きれない。
 そうだとすると,Bが,捜査機関に対し,組織の内情を明らかにするとは思え
ず,虚偽を混ぜたり,事実を秘匿したりしながら供述していることが疑われる。そ
して,主犯の名前を出すことにより自己の刑責の軽減を図ろうとするのは自然であ
るところ,こうした状況に照らせば,Bは主犯について虚偽を述べた可能性を否定
できない。
 そして,平成14年3月5日i地方裁判所において,被告人の面前で実施された
期日外尋問において,Bは,本件取引を自分が行ったことについて否認するばかり
か,「捜査段階で被告人の名前を出したことはない,被告人のことを生涯見たこと
はない」と供述するなど不自然な供述態度に終始している。
 これは,検察官が主張するように,被告人が本件犯人であるけれども,ロシアマ
フィアである被告人をおそれてこのような態度になったと見ることも可能である。
しかしながら,他方,Eが本件犯人であったとしても説明は可能である。本件麻薬
取引の背後関係,すなわちBの関わる犯罪組織の存在そのものを含め,規模,構成
員等はBによって何一つ明らかになっていないも同然であることからすると,Bが
何をかばい何を恐れているのか具体的な推測をすることはできないが,Eがマフィ
ア等の犯罪組織の人間であるとすれば,真犯人としてEの名前を出すわけにはいか
ず,さりとて被告人の面前で,被告人が本件犯人との虚偽を述べられず,このよう
な不自然な態度になったという見方もできるのである。
 そして,Eが本件犯人でマフィアなどの犯罪組織の一員であるならば,Bが被告
人に罪を被せた可能性もある。すなわち,本件犯人の顔を見たCやDが捜査機関に
より身柄拘束されている状況の下,Bが架空人や被告人又はE以外の第三者の名前
を述べても捜査官に信用されるとは思われず,Eを犯人として名指しするのを避け
るために,被告人の名前を出したことも十分考えられるところである。
(6) 結 論
  以上によれば,Bの供述には,いくつかの疑問が存し,被告人が本件犯人であ
るという点については,Bが記憶違いをしているか虚偽を述べた可能性は否定でき
ない。
第3 Cの供述について
 1 Cは,平成12年6月5日に逮捕され,本件取引を含む罪で有罪判決を受
け,服役しているものであるが,本件に関するCの捜査段階の供述は,平成12年
11月8日付(2通),同月30日付,同年12月5日付の警察官調書(甲15な
いし18ーいずれも証拠として採用されていない)及び同月3日付検察官調書(甲
19ないし21ー甲19については一部同意,20,21は同意により取調べ)に
記載され,被告人が逮捕後の平成13年9月14日にも検察官調書(甲22ー弁護
人の328条証拠として取調べ)が作成されている。Cは,平成14年1月11日
の本件第2回公判期日で,本件取引においてBと被告人から大麻を譲り受けたと供
述している(以下,この供述のことを「C供述」ともいう。)ので,この供述の信
用性について検討する

2 C供述の要旨
(1) 本件麻薬取引について
 平成11年11月5日,Bたちとの待ち合わせ場所であるa港近くの自動販売機
のあるところにDと一緒に行った。そこにはBと被告人がいた。2人は私が運転す
る右ハンドルの日本車に乗った後,取引交渉をしながら物を受け取った。私が運転
席,被告人が私の後ろ,Dが助手席,Bがその後ろに乗車した。Bは被告人のこと
をアレックスとかアレキサンダーのような名前で呼んでいた。大麻樹脂を1キログ
ラム60万円で,5キログラム買った。そのうち250万円を現金で払って,50
万円は後払いにした。市内の堤防の上で,車の中でやり取りした。Bと被告人はビ
ニール袋に入った大麻樹脂をビニールテープで身体に巻き付けており,走行中,そ
れを外して足下に置いて,堤防の上に着いてからそれを受け取った。取引を終えた
のが午後2時30分
である。Bたちに私はジミーと名乗っていたが,それは,相手がロシアマフィアな
ので名前を知られたくなかったからである。被告人と薬物取引をしたのは,平成1
1年10月はじめと11月5日以外にはない。
(2) 本件取引の際の被告人の印象について
 被告人は私との会話の中で笑ったりした。歯に金歯がある可能性がある。アレッ
クスと呼ばれている男には,はっきり覚えていないが金歯があったような気がす
る。ただ,別の方と間違っているかも知れない。私の刑事事件の取り調べの際,金
歯の話は取調官からでておらず,今初めて聞いた。これまで,アレックスと呼ばれ
ていた人に金歯があったと話したことはないし,警察官や検察官から金歯がなかっ
たかという質問を受けたことは一度もない。
(弁4のアンドレイの旅券写しの写真を見て)髪の形と顔の輪郭からこの写真は被
告人に間違いない。
(甲32の被告人の旅券の写真を見て)弁4の写真と同一人物と思う。
 別人とするならば,髪の毛の形から,弁4の方が本件犯人に似ている。弁4の髪
型はオールバックだが,甲32の髪型はオールバックでない。甲19添付の写真は
髪の毛がないような写真なので分からない。
 被告人が双子であることは知らなかった。
(3) 本件以外の麻薬取引について
 正確には思い出せないが,たぶん平成11年10月初めころ,a市内であへん1
キログラムの取引をした。私,私の彼女,ハッサンの3人で取りに行き,Bと被告
人が来て,Bから大麻を受け取った。このときはBから私の携帯電話に連絡があ
り,「ロシアから日本に着きました。あなたの電話番号はKから聞いている。今a
にいる。aまで来てください」と言われa港で待ち合わせた。私はaに向けて出発
したが,1時間毎にBからどこにいるか確認の電話があった。Bという名前はこの
連絡の時に聞いた。a港近くの海岸で私は主にBとアゼルバイジャン語で話した。
被告人とは英語でほんの少し話をした。値段の決定権は被告人にあった感じだっ
た。Bから被告人の名前を確かに聞いたが忘れてしまった。被告人の職業は,船の
ある部分の責任者で,B
より先輩で船員としての地位が上であると聞いた。Bは,被告人のことをあるマフ
ィアの一員であると述べ,アレックスかアレキサンダーという名前で呼んでいたよ
うな気がする。被告人自身は,直接私に名前を言ったかどうか記憶にない。平成1
1年10月の取引の際Bから被告人の名前を確かに聞いたが,ただ聞き慣れていな
い名前だったので,正確に何という名前だったか思い出せない。また,平成13年
9月の検察官からの取調べの際,被告人がアレックスかアレキサンダーに似たよう
な名前で名乗っていたと言ったと思う。
 私は薬物取引をするときにはいつもジミーと名乗り,Dはフェリーと名乗る。私
が日本で薬物取引をしたのは平成11年10月と同年11月を含めて合計10回
で,相手は全部ロシア人であり,Bと3回,Kと3回,Lと4回である。
 被告人とは,今日ここで会う前に2回会ったことがある。
3 C供述の信用性について
(1) Cの供述内容は具体的かつ詳細であって,迫真性に満ちており,自己に不利な
事実も認めており,捜査段階の供述とも大きな変遷は見られないことから,全体と
しては一応信用できるものといいうる。
 ただ,C供述は,本件取引から2年2か月後になされたものであって,C自身も
記憶が減退していることを認めている。
 また,Cは,被告人の写真(甲32)とEの写真(弁4)を見て同一人物だと思
うとか,別人とするならばEの写真(弁4)の方が髪の毛の形から被告人に似てい
ると述べており,外形だけからは,被告人とEの識別はできない。したがって,C
の供述中,被告人が本件犯人であるとの部分の根拠とみることができるのは,同供
述中の本件犯人に金歯があったという部分及びBが本件犯人のことをアレックスな
どと呼んでいたという部分に尽きるというべきである。
 そこで,以下,それらの点の信用性について検討する。
(2) 本件犯人に金歯があったことについて
 被告人の供述によれば,被告人は,昭和63年以降,前歯3本,奥歯4本を金歯
にしており,Eには金歯はない(被告人の妻Mも同様の供述をしている)というの
であるから,Cが本件犯人に金歯を見たというのであれば,被告人が本件犯人とい
うことになる。
 しかし,この点に関するCの供述の信用性には疑問がある。Cの捜査段階の調書
には本件犯人の特徴として,金歯の話は1回も出てきていない上,Cも金歯の話は
初めて聞いた旨証言している。そして,金歯に関する供述は,弁護人からの本件犯
人が笑った時に何か気づいた点はあるかと聞かれて,「その状況は,今はっきり思
い出せません。」と答え,さらに「歯の部分に何か特徴はありませんでしたか。」
と尋問されて,「金歯がある可能性があると思います。」と答えたにすぎず,また
裁判官からの質問に対しては「はっきり覚えていませんが,金歯があったような気
がします。ただ別の方と間違っているかもしれません。」と答えるなど,確信的な
ものでなく曖昧なものである。しかも,Cは,本件供述をする約4か月前の平成1
3年9月14日に検
察官から被告人の金歯の接写写真(弁17,甲34)を示されて取調べを受けてい
る上,本件供述をする前のいわゆる証人テストの際にもその写真を示されている可
能性は高く,その時見た金歯の印象に引きずられて供述したと見ることもできる。
 また,CはBと3回,被告人とも2回取引したと述べており,仮にCが金歯を見
たことがあるとしても,本件取引の際に見たのではなく,本件以外の取引の際,特
に平成11年10月の取引の際(Cは,この時に本件犯人と話したことがあると述
べている)に見た可能性もある。Cは被告人とEとを識別できないから,本件犯人
がEだとしても,別の機会に見た被告人の金歯を思い出して,その特徴として金歯
があると指摘することはあり得る。
 そして,本件の審理の過程において,被告人が話す際に,裁判官から金歯が見え
ることがなかったことを併せ考えると,本件取引の際に,相手に印象に残るほど金
歯が見えたかどうか疑わしいと言わざるを得ない。本件犯人に金歯があったとのC
供述の信用性は低いというべきである。
(3) Bの本件犯人に対する呼びかけについて
 Cは,本件取引の際にBは本件犯人のことをアレックスとかアレキサンダーのよ
うな名前で呼んでいたと証言する。しかしながら,Cは,聞き慣れていない名前だ
ったので正確には覚えていないと供述していること,Cはイラン人であって,ロシ
ア語は単語くらいしか理解できず,Bとはアゼルバイジャン語で会話をしていたと
いうのであるから,聞き間違える可能性は十分あり得ること,平成12年12月3
日付のCの検察官調書(弁16)には,Bが本件犯人のことを何と呼んでいたかに
ついて何ら触れられていないことを併せ考えると,その信用性は低い。
(4) 結 論
 以上によれば,C供述にもいくつかの疑問点が認められ,被告人が本件犯人であ
ることを裏付けるものではないというべきである。
第4 D供述について
 1 Dは,平成12年8月30日に逮捕され,平成13年4月26日に本件取引
を含む罪で懲役6年及び罰金250万円,麻薬の没収の判決を受け,控訴して一部
について無罪を主張したが,同年9月28日に控訴棄却の判決を受け,同年10月
4日上告したが,同年11月14日に上告を取り下げて,服役しているものである
ところ,本件に関するDの捜査段階の供述は,平成12年11月8日付,同月24
日付の警察官調書(甲23,24ーいずれも証拠として採用されていない)及び同
年12月1日付(甲25,一部同意により取り調べ,弁護人の328条証拠として
取調べ),同月3日付検察官調書(甲26,同意により取調べ)に記載され,被告
人が逮捕された後の平成13年9月18日にも検察官調書(甲27ー弁護人の32
8条証拠として取調
べ)が作成されている。
Dは,平成14年5月21日の期日外尋問調書で,Bと被告人から大麻を譲り受け
たと供述しているので,この供述の信用性について検討する(以下,この供述のこ
とを「D供述」ともいう。)。
2 D供述の要旨
(1) 本件麻薬取引について
 私は,CがBともう一人の男と本件取引をするところを見た。私は,本件取引の
ときに初めてBに会った。CがBと呼んでいたので分かった。(検察官から記憶喚
起されて)もう一人の男はBからアレクセイと呼ばれていた。CがBと事前に連絡
をとって海岸の自動販売機の近くを待ち合わせ場所としたので,Cと一緒にBのと
ころに行った。その後,車で別の場所に移動した。車を運転したのはC,助手席は
B,後部座席には私とアレクセイが座った。別の場所まで移動して,CとBとアレ
クセイが車から降りて,本件取引をした。私はその様子を車の中から見ていた。C
はその場でBに代金150万円を支払った。250万円ではない。捜査段階からそ
う言っているので間違いない。
 CとBはトルコ語でしゃべっていた。トルコ語とアゼルバイジャン語は90パー
セント以上同じである。
(2) 本件犯人の印象について
 アレクセイは,がっちりした体格で,前の髪の毛は薄くて,金歯が一つあった。
私はアレクセイと話をしていないが,Cと取引をしているときに,彼は口を閉じた
ままではなく,話をしていたので,その時金歯も見えた。金歯の入った外国人の写
真は回数は思い出せないが,見せられたことがある。甲34の写真以外に金歯の入
った写真は見せられたことはない。東京拘置所にいたときにこの写真を検察官に見
せられたことがある。(自分の事件の)捜査段階でBと一緒にいた人の特徴につい
て聞かれ,金歯のある外国人だと確かに言った。
(甲45の被告人の写真を示して)本件の時Bと一緒にいたのはこの人で,アレク
セイと呼ばれていた人である。
(甲34の被告人の写真を示して)この2枚の写真の男性はアレクセイと呼ばれて
いた人である。
 被告人とはaで会った,見覚えがある。アレクセイは本名でないと思った。被告
人が双子だとは知らない。
 Bとはその後の取引の際もう1度会ったが,アレクセイと呼ばれた男と会ったの
は本件取引のときだけである。
(3) その他
 本件取引現場に行ったのは,Cに金を貸しており,Cが大麻を売ってもうけた金
で元利金を返すというので,Cが本当に大麻を買うのか確認するためである。捜査
段階で妻の手術の関係でお金が必要だったからCと一緒に取引したとは言っていな
いし,調書に書かれていないと思っている。Cに対する復讐としてそのような嘘を
言ったかも知れない。Cを絶対に実刑にしてほしかった。(自分の事件の)捜査段
階において,自分も大麻取引で金儲けをしようと思ったと述べたのは,そのことに
よって,私が本当にCと一緒に取引場所まで行って取引をしたと警察に信じてもら
うためにそのように話した。代金を250万円であったと述べたのは,多すぎると
Cの罪がもっと重くなると思ったからである。
取調べの時に事実でないことを事実と認めたことがある。逮捕される前にいろん
なことがあって疲れていて,みんなから離れて逃げようと思っていたこと,その時
逮捕され,嘘をつくとみんなから離れることが出来るという考えもあったことがそ
の理由である。なぜ疲れていて離れたかったかについて,ここでは理由は言えな
い。
3 D供述の信用性について
(1)D供述は,本件取引から約2年6か月後になされたものであり,記憶が減退し
ていることは否めない。また,Dは,平成12年12月1日付検察官調書(甲2
5)において,「平成11年11月5日,私がCと共に,Nから大麻を仕入れたこ
とに間違いない。Cに誘われて,妻の右足が不自由でイランでの手術にお金がかか
ったこと,会社を辞めてもっとお金儲けをしたかったことからCのその誘いに乗っ
た。Cを待つ間,Lというロシア人からあへん2キログラムを110万円で仕入れ
た。その後,Nから5キロの大麻を250万円で仕入れた。Nともう一人のロシア
人がいた。CがNたち2人を車の後部座席に乗せた」と供述していることが認めら
れる。しかるに,D供述は,この捜査段階の供述と犯行の動機,取引金額,乗車位
置等の主要な部分で食
い違っており,その理由についても,疲れていたとか,以前はCへの復讐のために
嘘をついていたとか,Cを陥れる嘘を信じてもらうために自らに不利なことを話し
たという不自然かつ不合理なものであって,にわかには信用しがたい。さらに,D
は,自身の公判において第一審では事実をすべて認めていたのに,控訴審になって
から一部を否認するなどしており,D供述は,場当たり的であり全体的に信用性に
乏しいというべきである。
 そして,Dは,その供述するところによれば,本件犯人に1度会っただけであ
り,被告人とアンドレイを容貌だけから識別することはできない。したがって,D
供述中,本件犯人が被告人であることの根拠となる供述は,本件犯人に金歯があっ
た点とBが本件犯人のことをアレクセイと呼んでいたという点に集約される。
(2) 本件犯人の金歯について
 D供述は,全体的に曖昧であるにもかかわらず,本件犯人に金歯があったという
点については,検察官から本件犯人の人相や体格の特徴を尋ねられて,「がっちり
した体格で,前の髪は薄くて,金歯が1つありました。」とはっきりと確信を持っ
て答えており,この点だけでも不自然である。前述のように,公判廷において,被
告人は供述するときに金歯を見せることはなかったのに,本件犯人と直接話してお
らず,Cと話しているのを見ていただけに過ぎないDが金歯を見たというのは極め
て疑わしい。Dは,東京拘置所にいた平成13年9月18日に,検察官から被告人
の金歯の写真(甲34)を見せられて取調べを受けており,また本件供述をする前
のいわゆる証人テストの際にも金歯のことが話題になった可能性は高く,その時の
金歯の印象に引きず
られ,検察官に迎合して供述した疑いは捨てきれない。
 しかも,D供述によれば,自らの事件の捜査段階においても本件犯人に金歯があ
ると捜査官に話したというのであるが,Dの捜査段階の検察官調書には,本件犯人
に金歯があることについて何ら触れられていない。また,J証言によれば,被告人
が逮捕されるまで,被告人に金歯があることは捜査官に分かっておらず,Bは被告
人の歯が欠けていると言っていたというのであるから,被告人が双子であると知っ
た捜査官が,犯人識別に役立つこうした重要な事項を調書に記載しないとは到底考
えられない。したがって,Dが捜査段階で金歯について述べたという事実はなかっ
た疑いが濃厚であり,結局,D供述の本件犯人に金歯があったとの部分についても
信用性が極めて低いというべきである。
(3) Bが本件犯人のことをアレクセイなどと呼んでいたことについて
 Dは,本件取引の際にBが本件犯人をアレクセイと呼んでいたと供述している。
しかし,この供述は,検察官から本件犯人の名前を聞かれ,難しい名前なので今記
憶に残っていないと答えた後に,さらに検察官から「Bからその男はアレクセイと
呼ばれていたのでないか」と尋ねられ,「はい,私もアレクセイと聞きました。」
と答えたものにすぎず,確信を持って答えたとは言い難い。そして,証拠となって
いるDの捜査段階の供述調書には,Bが本件犯人のことをアレクセイと呼んでいた
ことについて何ら触れられていないし,Cは,本件取引の際にBは本件犯人のこと
をアレックスとかアレキサンダーのような名前で呼んでいたと証言していることを
併せ考えると,この点に関するDの供述も信用性が乏しいと言わざるをえない。
(4) 結 論
 以上によれば,D供述も,本件犯人が被告人であることを裏付けるものではない
というべきである。
第5 被告人のアリバイについて
 1 弁護人は,本件取引のころ,被告人はウラジオストックにおり,医師の治療
を受け,また,船長資格獲得の準備コースに在籍していたので富山県にいることは
不可能である旨のいわゆるアリバイを主張するので検討する。
 2 被告人のアリバイ供述の要旨
平成11年11月初め,本件取引のころ,私は船長になる資格試験の講習を受け,
これと平行して,十二指腸潰瘍の治療を病院で受けていた。O医師から治療を受け
た。治療の内容は,特別な管を口から十二指腸まで通して中の様子を見ながら,そ
の管を通して薬剤を投与するというものである。朝の8時に病院に行って治療を受
けた後,その足で船長資格の講習に行っていた。船長資格を取る方法としては私の
とった方法以外の方法はないと思う。ウラジオa間は船で片道2日半から3日かか
る。
弁13号証の「弁2号証の1」と記載のある頁(以下,同様の記載はいずれも弁1
3号証のもの)には,平成11年10月11日から10月30日までが船長資格の
認定試験のための講習があり,11月10日に試験があり,11月12日に資格認
定になったとの記載及び私の会社の人事部長Pという人物が作成した旨の記載があ
る。私の会社というのは,Qという名称で,英語で言うとRカンパニーである。
「弁3号証の1」と記載のある頁には,平成11年10月11日から11月12日
まで船長資格認定のための講習と認定試験を受けていたとの記載及びこの書面を作
成したのは人事部長のPという人物である旨の記載がある。「弁7号証」と記載の
ある頁には,平成11年10月11日から11月12日まで私が船長資格を取るた
めの準備をしていた旨
の記載で,これを作成したのは人事部長Pである旨の記載がある。「弁8号証」と
ある頁にはさらに詳しく平成11年10月11日から11月12日まで私が船長資
格試験の準備コースに在籍していた旨の記載及びこれを作成したのは人事部長Pで
ある旨の記載がある。
「弁1号証の1」と記載のある頁には,平成11年10月29日から11月12日
まで十二指腸潰瘍の治療を行っていた旨の記載がある。そしてその書面を作成した
のは私の担当のO医師で,その上司のTという医師がそれを認める旨の記載があ
る。「弁6号証」と記載のある頁には平成11年10月29日から11月12日ま
で,私が十二指腸潰瘍の治療を受けていた旨の記載及び主治医のOさんが作成した
旨の記載がある。「弁9号証」と記載のある頁には私の主治医O医師の卒業証明が
書いてある。「弁10号証」と記載のある頁にはO医師の経歴が記載してある。
「弁11号証」と記載のある頁には私のカルテが記載してある。
3 被告人のアリバイ主張に関する証拠関係の検討
(1) 証人Oの供述要旨
 私は,ウラジオに在住の内視鏡科の医師で,現在,沿海州建設部門の国立病院に
勤務している。
 被告人については,平成10年ころから平成13年くらいまで検査と治療を行い
作ったカルテは病院に保管されている。「弁11号証」は被告人のカルテのコピー
であり,最初の診察日は平成11年10月29日であると記載がある。そのときに
は十二指腸潰瘍という診断をし,抗潰瘍治療を処方した。このカルテには,10月
29日,平成11年11月2日,同月5日に被告人を診察した旨記載があり,これ
らの日に,私自身で,被告人に対し内視鏡治療を行った。
 被告人の双子の弟のEには,その妻を連れてきて治療を頼まれたときに初めて会
った。被告人とEとは区別することができる。
(2) 証人Mの供述要旨
 私は被告人の妻で,正式に結婚したのは平成11年の6月だが,その前に9年間
事実婚をしている。私と被告人との間には,Uという息子がいて現在1歳6か月
(平成14年4月23日当時),他には被告人の前妻との間の子供が2人いて,V
とWという名前である。
 被告人の逮捕は,逮捕後3日目に,会社の社長から電話があって聞いた。被告人
がBという人と一緒に,平成11年11月5日に何かやったということで捕まった
と聞いた。私は,そのころ被告人は日本にいないと思った。私は被告人の勤め先に
問い合わせ,そのとき被告人が何をやっていたか調べた。他に医師の治療も受けて
いたということで,病院のほうへ問い合わせもした。そしてO医師に昨年の9月こ
ろ会って,被告人が平成11年11月5日にロシアにいたことがわかり,O医師に
証明書を発行してもらった。被告人の勤め先にも書類を作ってもらった。私が直接
Oさんや被告人の勤め先に頼んだのではなく,外務省の代表であるXさんが頼んで
くれた。
(3) 検 討
 O証言,M証言共に,証言内容自体は,不自然でなく合理的であって,被告人の
アリバイ供述を裏付けるものである。また,両名ともその供述態度は真摯なもので
あり,Oは検察官の反対尋問にも動ずることなく自然に答え,同人が医師であるこ
とに不審を抱かせることはなかったといえる。したがって,外見からは,両者の証
言の信用性を左右するような点はないように思われる。
 しかしながら,Mは被告人の妻であり,被告人をかばって虚偽を事実を供述する
可能性があり,そのまま信用するには躊躇せざるを得ないし,また,検察官主張の
ように被告人がロシアマフィア等犯罪組織の一員であれば,組織が医師を脅した
り,書証を偽造するなどして,虚偽証言をさせるという可能性も考えられないとは
言えない。
 そうすると,被告人にアリバイが成立すると断言するにはやや躊躇を感ずるとこ
ろである。結局,関係証拠からは,平成11年11月5日の本件取引のころ,被告
人にアリバイがあったと確定することはできないものの,逆にアリバイを否定する
証拠があるわけではなく,アリバイが成立する可能性があると言うことに尽きると
いうべきである。
第6 結 論
 以上検討してきたとおり,本件犯人が,被告人かEであることはほぼ間違いない
というべきである。そして,被告人が,麻薬取引に関わりのあるBと共に日本に来
たことがありながら,麻薬について何も知らないというのは不自然といわざるを得
ないし,被告人は,中古車販売業のため平成12年6月に3ヶ月のビザを取ってa
に来ていながら,Bが逮捕された10日ほど後にロシアに帰国していることなど,
被告人と本件取引を含むBの薬物取引との間には何らかの関わりがあったのではな
いかと思わせる事実が認められる上,BがCに述べた本件犯人の船員としての地位
が被告人のものとほぼ一致していることなど,被告人が本件犯人ではないかと疑わ
せる事実も存在する。しかしながら,本件犯行と被告人とを結びつける3人の供述
のうち,B供述につ
いては,被告人とEの識別能力については認められるものの,供述が,虚偽であっ
たり又は本件犯行以外の時の取引の記憶と混同している可能性を否定することがで
きず,C供述については,被告人とEとの識別能力に疑問があり,また記憶のすり
込みの可能性が認められ,D供述については,被告人とEとの識別能力及び記憶の
正確性に疑問があり,かつ虚偽を述べている可能性を否定できず,これらの供述の
みによって,本件犯人と被告人との同一性を認定できるほどの証明力を有している
とまでは言い難く,しかも,被告人については,本件犯行当時のアリバイが成立す
る可能性も否定できないのである。
従って,被告人が本件犯人であることについて,合理的な疑いを超える証明はない
というべきである。
よって,本件においては,犯罪の証明がないことに帰するので,刑事訴訟法336
条により,無罪の言渡しをする。
(公判出席 検察官河原誉子 国選弁護人松本淳)
平成14年9月5日
      前橋地方裁判所刑事部
           裁判長裁判官  長谷川   憲  一 
              裁判官  吉  井  隆  平
              裁判官  丹  下  将  克
(別 紙)
1 被告人の船員手帳(甲33)の記載
平成11年 9月 3日ウラジオ出港, 9月15日オリガ帰港
同年 9月18日オリガ出港, 10月 3日ナホトカ帰港
同年11月24日ザルビノ出港,12月 1日ザルビノ帰港 
同年12月11日ザルビノ出港,12月19日ザルビノ帰港 
(中略)
平成12年 3月25日ザルビノ出港, 4月 1日ザルビノ帰港
同年 4月17日ウラジオ出港, 4月23日ザルビノ帰港
 平成13年 8月30日ポロナイスク出港
2 Eの船員手帳(弁4)の記載
平成11年 9月 5日   A出港,9月  B日A帰港
   同年 9月25日ザルビノ出港,10月 2日ザルビノ帰港
   同年10月19日   C出港,10月25日ザルビノ帰港
   同年11月 3日ザルビノ出港,11月11日ザルビノ帰港
(アルファベットの部分は不鮮明であったりロシア語が読解できなかったため。)
3 Bの船員手帳(甲12)の記載
平成11年 9月 5日   A出港, 9月14日A帰港
同年 9月25日ザルビノ出港,10月 2日D帰港
同年(不鮮明だが前後から推測すると10月E日F出港,10月25日G帰港) 
同年11月 3日ザルビノ出港,11月11日ザルビノ帰港
同年11月24日ザルビノ出港,12月 1日ザルビノ帰港
同年12月11日ザルビノ出港,12月19日ザルビノ帰港
(不鮮明で読めず)  ,平成12年H月1日ザルビノ帰港
平成12年 4月17日ウラジオ出港, 4月23日ザルビノ帰港
同年 I月 J日   K出港 
(アルファベットの部分は不鮮明であったりロシア語が読解できなかったため。A
港はEの船員手帳の記載と同一場所。)

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