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判決 平成13年11月9日 神戸地方裁判所 平成10年(ワ)第2543号損害賠償請求事件
主文
1 被告和洸フューチャーズ株式会社,被告甲,被告乙は原告に対し,連帯して,金511
万5350円及びこれに対する平成10年10月6日から支払済みまで,年5分の割合による金
員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを7分し,その1を被告和洸フューチャーズ株式会社,被告甲,被告
乙の,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告らは,各自金3535万2512円及びこれに対する平成10年10月6日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,被告らの負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は,原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
原告は,昭和10年生まれの男性で,本件先物取引の勧誘当時62歳であった。原告
は,昭和29年に高校を卒業後,A省,測量コンサルタント会社を経て,B公団に勤務し,平
成8年11月に同公団を定年退職後,C会社で働いている。
被告和洸フューチャーズ株式会社(以下「被告会社」という。)は,商品先物取引の受
託業務を目的とする株式会社で,関西商品取引所等の商品取引員である。
被告甲,被告乙,被告丙はいずれも被告会社の従業員である。
(2) 本件取引の経緯
ア 平成9年8月頃,某男性から原告の職場へ,原告を指名した架電があった。某男性
は,原告と同じ宮崎県出身で,現在ある会社で働いているが一度郷里の話がしたいので原
告の都合のよい日を教えてほしいという申出をした。
原告は,60歳を過ぎたころから郷里がとても懐かしく感じるようになっていたことか
ら,架電者は初めての人であったが,同年9月10日午後2時に原告の職場で会うことにし
た。
イ しかし,同日,原告の職場を訪問したのは,被告甲であった。被告甲は,原告に対
し,先日電話した者は本日風邪をひいて休んでいるので私が来た。商品先物を取り扱って
いる会社であるので話をさせてほしい旨申し出た。なお,この日以前に原告が被告会社従
業員から電話・面談による勧誘を受けたことはない。
原告は,商品先物には全く興味がなかったことから帰ってもらうよう言ったが,被告
甲は契約するしないは原告の判断であるが説明だけはさせてほしいと繰返し懇願し,原告
もあまりにもむげにしても同郷の人に悪いような気がしたため,説明だけは聞くことにした。
被告甲は,原告に対し,先物取引をする条件は,安全・妙味・効率の3点であるが,
まず安全第一で行う,原告に儲けてもらって友人を紹介してほしい,最初の人に損をさせた
ら次の顧客の範囲が広がらないので損をさせるようなことはしない等,安全性を強調し,平
成9年7月4日付日本証券新聞や関西輸入大豆先限週間足を示し,関西輸入大豆が安値
で今買い時であり,ぜひ取引をしてほしい,関西大豆100枚の買建てで2000円上がれば6
00万円の粗利があり,手数料を引いても530万円の純利益があって,元金の700万円と合
わせれば1230万円にもなる等のセールストークで勧誘をしたが,先物取引の仕組みや危
険性・投機性については説明していない。先物取引に関心のない原告は,被告甲の勧誘
を断った。
ウ しかし,被告甲は,その後原告に対し,手紙,電話,訪問等で繰返し先物取引の勧
誘をするようになった。
9月24日には,被告甲は原告の職場を突然訪問してきて,新聞などでご存じだと思
うが,大豆の価格が上昇している,エルニーニョの影響で20年来のチャンスである,この機
会を逃しては二度とチャンスがない,今なら絶対儲かる,損はさせない等電話での勧誘文
言を繰り返し,更に,今上昇が始まったばかりであるから1か月くらいで儲けて入金した700
万円は返すことができる,価格は現在3万8720円であるのが5万円くらいにはなる等と称し
て原告を勧誘した。
原告は,パート勤務の妻とともにこつこつと貯えた金であるから妻と相談してから等と
断っていたが,被告甲が,今なら必ず儲かる,二度とこんなチャンスはない,約諾書には「先
物取引の危険性を了知した上で私の判断と責任において取引を行う」旨一応記載されてい
るが,今上昇が始まったばかりなので今なら危険性はない等執拗な勧誘を受け,根負けし
約諾書にサインをしても入金しなければよいと思いつつ,約諾書に署名捺印することになっ
た。約諾書には「先物取引の危険性を了知した上で,私の判断と責任において取引を行う
ことを承諾」と記載されているが,この点について原告は,被告甲に対し,先物取引につい
て何もわからないので,危険を了知したと記載されている約諾書にはサインできないと言っ
たところ,被告甲から「一応そう書いてあるが,今だったらそういう心配はない。」等と言って
署名捺印させたもので,原告は先物取引の仕組みや危険性などは理解していなかった。
この時,原告は,委託のガイドと受託契約準則の交付を受けたが,その内容につい
ては何らの説明も受けていない。
エ 同月26日,原告は,被告甲から,強く証拠金700万円の入金の督促を受けた。原
告は,約諾書に署名捺印した際,署名捺印しても入金しなければよいと考えてはいたが,
被告甲の督促の様子からそういうわけには行かないと感じ,妻と相談して,同月29日,700
万円の入金を了承する旨の電話をかけ,同月30日に出金後送金すると告げた。
この際,原告は,被告甲に対し,儲かっても損をしても1回限りの入金でそれ以上は
拡大しない旨明言している。
原告は,同月30日午前,退職金(約1600万円)の相当部分を取り崩して700万円
を被告会社に送金した。
原告はその直後に被告甲から電話を受け,一番大事なことは安値の時にたくさん買
ってある程度上昇した時に仕切ることである,本日午後に被告乙と一緒に伺うのであと40枚
280万円の入金をお願いしたい,今なら絶対儲かる等の勧誘を再度受けた。
原告は1回限りの入金に決めていると被告甲の電話勧誘を断ったが,被告甲と被告
乙は同日午後に原告の職場に押しかけ,安値の時にたくさん買って,8000円くらい上昇し
た時に売却することが大事である,期間としては2,3か月で,2000円上昇すれば742万
円,4000円上昇すれば1582万円,8000円上昇すれば3262万円の利益になる等と称し
て執拗に勧誘した。
被告甲らの勧誘は午後1時30分から午後4時頃までに及び,原告は結局断り切れ
ず,更に100枚700万円に加えて40枚280万円の入金をすることになった。
なお,原告の取引は別紙取引一覧表記載のとおりである。
オ 平成9年10月6日午後,被告甲は,原告の職場を訪問し,原告に対し,同日,98
年8月限を4月限に切り替え,740万円の利益があった,8月限を持っているよりも価格の安
い4月限の方が有利である,740万円のうち40万円は振り込むが,残りの700万円を証拠
金に振り替えて100枚買い足せば合計240枚買建てができる,240枚建てだと価格が200
0円上がれば1400万円,3000円上がれば2160万円の利益がある,安値の時にたくさん
買って4万4000円から4万5000円くらいまで上昇した時に決済するのが得策である,つい
ては利益分で100枚の買建てをし,さらにあと100枚の買建ての証拠金を追加入金してほ
しい旨勧誘した。
原告は,被告甲の言うとおり,1週間で値上がりして740万円もの利益を生じていた
ことから,被告甲をすっかり信用し,いわれるままに同月7日,郵便貯金を取り崩し,700万
円を入金した。
カ 平成9年10月17日午後2時頃,原告は被告甲から電話を受け,価格が下がってき
た,原告には迷惑をかけることになって申し訳ない,このままだと投資額がゼロになるどころ
か損金を増すことになる,今は買いだけだが,これ以上下がると元も子もなくなる,投資額を
守るため売りを建てるしかない,買いと売りの双方を建てておけば上がっても下がっても損
はない,ついては5900万円を用意してほしい,最低でも1455万0605円が必要だと言わ
れた。
原告は,被告甲に対し,元金が減ることは絶対にないと言っておきながら半月で16
00万円がゼロになったうえ,5900万円を用意せよとはむちゃくちゃな話ではないか,そん
な大金はないとクレームをつけたところ,途中で電話が被告乙に変わり,被告乙は原告に対
し,取引の時間が近づいている,ぐずぐずしている時ではない,責任を持って投資した金を
取り戻す,今大事なことは投資した金を守ることで被告甲が話したとおり最低限でも1450万
0605円を用意してもらわないと投資額がなくなるばかりか損金が増えて原告に大変な迷惑
をかけることになる,時間がないので今すぐ返事をしてもらいたい,詳しいことは本日の午後
6時頃に被告甲と一緒に説明に行く,原告の事情は分かっているので入金は10月末頃ま
で出よい,被告会社には原告の事情を話して了解をとる等と言って入金を迫った。
原告は,そのような大金は用意できないと言ったものの,被告乙から汗水流して働い
た1600万円を水に流すのか,絶対に取り戻す自信があるので1450万円を用意してもらい
たい,原告の兄から借金してでも用意してもらいたい,返済は1か月では無理だが2,3か月
あれば絶対に返すように頑張る,原告に絶対に迷惑をかけないので兄から借りてもらいたい
等有無を言わさない調子で入金を迫られ,考える精神的時間的余裕を与えられないまま,
結局1455万0605円を用意することを了承せざるを得なかった。
同日午後6時30分頃,被告甲と被告乙が原告の職場を訪問し,被告乙は,原告に
対し,3200万円は絶対に取り戻す旨確約した。
原告は,その後自己及び妻の長年の蓄財と借入金により,平成9年10月21日に10
0万円,23日に800万円,24日に100万円,27日に100万円,28日に200万円,29日に
155万1000円の合計1455万1000円を送金した。
キ その後,原告は,被告乙の言うがままに頻繁な建落を繰り返すことになった。原告
は,投資額が減少していったため,被告乙に対し,このまま続けていて大丈夫なのか,この
あたりで手仕舞いしたい旨何度も申し出るが,被告乙は絶対に自信があるから原告は枕を
高くして眠っていてくれ,ワンチャンスで取り戻せる等種々の理由をつけて容易には手仕舞
いをさせなかった。
ク 平成10年3月2日,被告乙は,原告の担当者を営業副部長の被告丙に一方的に
変更した。
原告は,担当が営業部長から配下の副部長に代わったことを不安に感じたが,被告
丙が過去に3000万円以上の損失を取り戻した経験があり,絶対に取り戻す,心配しないで
任せてほしいと断言していたし,原告としても既に被告会社の指示に従うほかない状態であ
ったため,その後も言われるままに取引を継続させられ,頻繁な建落を繰り返すこととなっ
た。
ケ 原告は,思い悩んだあげく,神戸弁護士会総合法律センターを訪れ,松本隆行弁
護士の紹介を受け,相談したところ,同弁護士から手仕舞いを指示され,平成10年10月6
日,被告会社に手仕舞いの電話をかけた。
被告会社は従前原告からやめたいという申出に対し,種々の理由をつけて手仕舞
いさせなかったが,この時点では原告の拠出した証拠金もほとんどなくなってしまっていた
ので,原告の申出を了承し,ようやく全取引を終了した。
(3) 商品先物取引と委託者保護について
ア 商品先物取引は,少額の証拠金で差金決済により多額の取引ができるが,商品価
格は上がるか下がるかのいずれかであり,当該建玉に評価益が出るか評価損が出るかは,
基本的に五分五分の確率である。しかも,委託手数料を支払わなければならないため,益
の出る確率は更に減少する。また,取引単位が大きいため,わずかな値動きにより多額の
差損が生じる危険性のある投機性の極めて高い取引である。
商品先物取引の仕組みは複雑であるうえ,専門的な用語が多用されるため,その仕
組み及び特殊用語を十分に理解しなければ適切な取引はできない。また,商品先物市場
における商品の値段は,当該商品の需給関係,国内外の政治・経済の動向等極めて複雑
なファクターによって影響を受けるから,その相場についての判断には,これら多様な市場
価格形成要因について,極めて高度の知識・経験が必要となる。このような事情により,商
品先物取引における売り・買いの建玉の決定には,当該商品先物相場についての判断が
できる高度の専門的知識と経験が必要不可欠とされる。
このように危険が大きく,専門的で複雑な仕組みとなっており,高度の知識と経験が
要求される商品先物取引は,投機取引への興味と積極的な参加意欲を有し,当該取引の
仕組み等を十分理解して相場の動きを研究し,相応の知識を持った者のみが危険を覚悟
で投機行為としてこれを行うべきものである。
したがって,右のような投機取引についての興味も知識もなく,自ら投機を行う意欲
も自覚もない一般大衆に対しては,右のような危険性を有する商品先物取引への参加を勧
誘すべきではない。
イ 我が国の法制度は,経済政策上から商品価格の変動の危険を分散させるため,一
般大衆への投機への参加の必要性を認め,商品取引員による一般大衆への勧誘及び取
引の受託を許している。しかし,知識・情報・経験・資力の面で取引員とは比較にならないほ
ど弱い立場にあることから,一般大衆が一方的に危険を負担させられる危険性が極めて強
く,そうなっては一般大衆の参加を望み得ないため,一般大衆投機家保護すなわち委託者
保護の原則を明確にし,取引員の勧誘行為及び受託業務に関しては,同原則からの厳し
い規制が課せられている。
商品取引法は,1条に委託者保護を規定し,94条では断定的判断の提供による勧
誘,一任売買,その他委託者の保護に欠け,又は取引の公正を害する行為等を禁止して
いる。また,各商品取引所は,受託契約準則で委託者保護のための規定を設けている。商
品取引業界ではこれらを受けて受託業務に関する規則,外務員に関する規則など種々の
自主規制を行っている。
商品取引員及び外務員は,法令及び規則等により商品先物取引を勧誘する場合
は,顧客の経歴・能力・意欲を十分に検討して,不適切な者を取引に誘い込むことがないよ
う注意し,取引の仕組み及びその投機的本質について十分な説明をすべきであり,また,
商品先物取引を受託するときには,当該商品先物取引の仕組み,危険性についての理解
と認識を得たうえ,その者の資産状況,資金力,判断力,経験等に応じて,相応な取引が行
われるよう注意し,特に商品先物取引に習熟しない新規委託者に対し,その売買状況をチ
ェックするなどの方法で委託者の取引状況を管理し,適切な助言,指導を行い,過度の危
険に陥らせないような配慮をし,保護すべき義務を負っている。
委託者保護の原則の確立は委託者の自己責任の前提である。委託者に対し,委託
取引の結果についての自己責任を求めるには,委託者保護に関する法令上の規定及び業
界内の自主規制による諸規制が遵守されることはもちろん,勧誘行為が社会的相当性を逸
脱しないものであり,取引員の受託業務が当該委託契約の趣旨に基づいて公正に実行さ
れることが不可欠の前提条件であると解すべきである。
(4) 被告らの不法行為
被告らは,原告との受託取引契約に関して,次のとおり委託者保護義務に違反して
違法行為を行い,原告に多大な損害を被らせた。
ア 不適格者の勧誘
原告は,本件先物取引以前には,先物取引の経験はむろん,証券取引の経験すら
なく,先物取引に対する知識や関心は一切なかった。また,原告は本件先物取引勧誘当時
既に62歳で,長年勤務したB公団を定年退職後,関連会社Cで働いていたのであり,とうて
い専門的で複雑な先物取引の仕組みなどを理解できる能力などなかった。
さらに,原告の本件当時の年収は約570万円であり,本件先物取引で投資資金とし
て使用され,被害を受けた元金は退職金や長年の蓄財であり,本来老後資金として大事に
されるべきものであった。
このように,原告は元来危険性の高い投機取引である先物取引を勧誘するにはふさ
わしくない不適格者であって,商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(以下「指
示事項」という。)1(1),財団法人日本商品取引員協会(以下「日商協」という。)「受託業務
に関する規則」(以下「受託業務に関する規則」という。)5条(1),全国商品取引員協会連合
会(以下「全協連」という。)「受託業務に関する協定」(以下「協定」という。)2,日商協作成
「受託業務管理規則」(以下「受託業務管理規則」という。)等の不適格者の勧誘禁止規定
に該当し,かかる勧誘は違法である。
イ 説明義務違反
被告甲は,原告を本件先物取引に勧誘するに際して,先物取引の有利性を強調す
るだけで,先物取引の本質というべき高い危険性や投機性については十分な説明をしてお
らず,指示事項1(3),協定4,受託業務に関する規則5条(2),受託業務管理規則4条等の
定める説明義務違反が認められる。
ウ 断定的判断の提供
被告甲ら被告会社従業員は,原告に本件先物取引を勧誘するに際し,エルニーニ
ョ現象の影響で20年来のチャンスであり,この機会を逃しては二度とチャンスはない,今な
ら絶対儲かる,損はさせない等断定的な判断を繰り返し頻繁に提供しているが,これは商
品取引所法94条1号,日商協定款(以下「定款」という。)138条(1),(2),受託契約準則(以
下「準則」という。)23条(2),(3)の禁止する商品市場の取引についての断定的判断の提供
に該当し,違法である。
エ 新規委託者保護義務違反
委託者保護育成の見地(全商連受託業務基準(Ⅳ)及び日商協受託業務に関する
規則(6条,7条))から,受託業務管理規則は,新規委託者について3か月間の習熟期間を
定め,制限建玉枚数(原則20枚)の範囲内においてこれを行うこととしているのが一般であ
る。
ところが,本件では,取引を開始した平成9年9月30日の時点でいきなり140枚の買
建玉を建て,同年10月6日には340枚の買建玉,同月7日には100枚及び320枚の売建
玉,同月8日には合計420枚の売建玉,同月9日には合計510枚,同月14日は620枚の
買建玉,同月15日には850枚の売建玉等,新規委託者保護育成規定違反の建玉が繰り
返されており,明らかに違法である。
オ 一任売買,無断売買
被告会社の原告に対する建玉のほとんどは事後報告であり,被告会社は商品市場
の取引につき,数量・対価額・約定値段等の事項について原告の指示を受けないまま取引
委託を続けていたのであって,これらの行為は商品取引所法94条3号の禁止する一任売
買に該当する。
また,全く連絡のないまま取引がなされていたこともしばしばあったが,これは同条4
号(施行規則33条)の禁止する無断売買であって,違法である。
本件では,平成9年12月8日,平成10年1月14日,同年4月7日,同月23日,同月
30日,同年5月28日,同月29日,同年6月2日,同月4日,同月11日,同月18日,同月19
日,同年7月8日,同月15日,同月23日,同年8月10日,同月12日,同月17日,同月26
日,同年9月21日の取引は,原告が出張中に取引がなされており,原告に無断でなされた
ことは明らかである。
カ 過度な売買取引
顧客の資産状況や,先物取引の経験等に照らして明らかに不相応と思われる過度
な取引は許されない(協定5)。
原告は,先物取引の経験はおろか,証券取引の経験すらなかったのであり,また,
本件先物取引の投資資金となった財源は退職金や,妻も含めた長年の間の蓄財という老
後資金である。しかも,前記資金だけでは足りず,証拠金捻出のために借り入れまで行って
いる。原告は,本件で被告会社従業員の言われるままに平成9年9月30日から平成10年1
0月6日までの約1年間に259回の建落を繰り返させられ,最初の取引から140枚,最大で
850枚の建玉を建てさせられ,証拠金として合計3155万1000円を入金させられている
が,前記の原告の資産状態や経験に照らして,本件先物取引が不相応な取引であることは
明白である。
キ 無意味な反復売買(ころがし)
受託業務指導基準は,委託者の理解が得られないままに過度の取引を勧めること
を不適切な取引行為として禁止し,具体例として,(ア) 既存玉を仕切ると同時に売直し又
は買直しを行うこと,(イ) 同一区域内の建落を繰り返すこと,(ウ) 委託者の意志に反して
同時両建又は引かれ玉を手仕舞いしないままでの両建等を禁止事項としてあげている。
また,取引所指示事項は,取引に関する不適切な行為として,委託者の十分な理
解が得られないまま過度に取引を勧めることを挙げ,事例としては委託者の理解が得られ
ない状態において既存の建玉を仕切ると同時に売直し又は買直し等を勧めたり,建落を頻
繁に繰り返して行わせること等を指摘し,これらの行為を商品取引員の受託業務の適正履
行義務に背くものであって,社会的信用の保持並びに委託者保護に欠ける行為として現に
慎むことを規定している。
さらに,農水省は昭和63年12月26日付通達で,商品先物取引の受託者事故の未
然防止・委託者保護の強化等を目的に,平成元年4月1日から「委託者売買状況チェックシ
ステム」を導入し,委託者の売買状況を精査することを求めている(通産省の売買状況に関
する「ミニマムモニタリング」も同趣旨。)が,チェックされる売買内容を次のとおり定義してい
る。
(ア) 売直し,買直し-既存建玉を仕切るとともに,同一日内に新規で売直し又は買
直しを行っているもの(異限月を含む)。
(イ) 途転-既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に反対の建玉を行っている
もの(異限月を含む)。
(ウ) 日計り(同一日建落)-新規に建玉し,同一日内に手仕舞いを行っているもの。
(エ) 両建玉(異限月を含む)-既存建玉に対応させて,反対建玉を行っているもの。
(オ) 手数料不抜-売買取引により利益が発生したものの,当該利益が委託手数料
より少なく,差引損になっているもの。
無意味な反復売買の判断にあたっては,上記特定売買の割合(特定売買率)や,
売買回転率,手数料化率等の数値的基準を重視し,かかる数値的基準により違法性を判
断する客観的アプローチを採用すべきである(なお,東京地裁が参照した農水省のチェック
システムでは特定売買率を20%以下,売買回転率を月間3回以内,手数料化率を10%程
度とする方法で指導していくというものであった。)。
本件では,特定売買の回数は103回(のべ回数122回であるが,そのうち19回は特
定売買の重複がある。)で全取引(建落の全部)259回のうちの39%を占める。
また,本件取引により原告は合計3005万2512円の損失を被ったのに対し,被告
は4007万8800円の手数料収入を取得しており,損金のうちで手数料収入が占める手数
料化率は133%である。
さらに,月間における売買回転率は11.69回である。
このように,本件取引における特定売買率は前記チェックシステムの数値的基準を
遙かに上回るものであって,本件が無意味な反復売買(ころがし)であることは明らかであ
る。
ク 直し売買
直し売買とは,既存建玉を仕切ると同時に同じ日に既存建玉と同じ建玉(異限月を
含む。)を新規に建てる取引をいう。
直し売買は,同一日に同商品について仕切と新規建玉を行う点において意味がな
い。すなわち,既存の建玉をそのまま維持するのと何ら変わりなく,取引回数が増えて手数
料がかさむだけで委託者にとって有害無益である。
ケ 途転
途転とは,既存建玉を仕切るとともに,同じ日に既存建玉と反対の建玉(異限月を含
む。)を新規に建てる取引をいう。
途転は,仕切玉と反対の玉を同日に建てることから,相場が逆に展開することを予
測している時に行うとされるが,仕切った後,様子を見る時間的余裕をおかず直ちに反対の
新規建玉をすることができるだけの合理的根拠があるのかは疑問である。仮に1,2回は利
益が出ても証拠金全額を使ってこれを繰り返していると,数回のうちには追証がかかる結果
となり,利益分も含めて元も子もなくなってしまう。その反面,業者にとっては頻繁な建玉に
より多大な手数料が入る。
コ 日計商
日計商とは,新規に建玉をしたその同じ日にその新規建玉を仕切る取引をいう。
日計りは,一定の予測のもとに建てた玉をその日のうちに仕切るのであるから,よほ
どの事情がなければならないが,通常そのような特別事情は考えられない。
サ 両建
両建とは,同一商品について買玉と売玉を同時に建てる取引をいう。
両建の場合,損を固定する(値段が上がっても下がっても買玉と売玉の両方がある
ので,両方合計した損益は同じ。)だけであって,いったん仕切って立て直す場合と何ら変
わりがなく無意味であるばかりか,手数料が2倍必要となり,また,両建することにより建玉枚
数が増大し,より高額な損を被る契機になる等,顧客の利益を害することが明らかである。
さらに,両建をした後,それをはずして利益に導くことは至難の業であり,一般投資
家には不可能である。両建後,委託者は外務員の判断に依存せざるを得ないのであって,
両建は主体的取引を著しく困難にし,外務員による委託取引の支配に導くものであり,両建
を勧誘すること自体が違法であると解すべきである。
本件の場合,別紙取引一覧表記載のとおり,平成9年10月17日に売建玉240枚,
買建玉240枚の両建にした以降,合計47回にわたって両建にさせられており,同日以降は
ほぼ常時両建状態であって,その違法性は明らかである。
シ 手数料不抜
手数料不抜とは,売買取引により利益が発生したものの,当該利益が委託手数料よ
り少なく,売買益が手数料で食われて差引損になっているものをいう。
ス 利乗せ満玉
利益を生じた顧客に対し,手仕舞い要求を延引し,利乗せ満玉(利益を証拠金に振
り替えて証拠金の限度いっぱいの建玉をすること。)を繰り返していると,売買の規模が拡大
されているため,ひとたび損失が生じた場合にはそれまでの利益は簡単に消失して損失に
転じるのであり,すべての売買において例外なく利益を得続けることは不可能である以上顧
客に確実に損失を生じさせる結果になることは明らかであり,かかる利乗せ満玉は客殺し商
法として許されないと解すべきである。
本件では,平成9年9月30日の取引開始以後,頻繁に売買を繰り返して,生じた利
益を証拠金に振り替え,その証拠金の限度(あるいは証拠金不足の状態)で建玉を建てさ
せ,わずか2週間の間に買建玉850枚まで建玉枚数を拡大し,その結果として原告に多大
な損失を被らせており,かかる利乗せ満玉は明らかに違法というべきである。
セ 無敷・薄敷
委託証拠金は,商品取引員が委託を受けた取引につき,将来委託者に対する債権
が発生した場合にそれを担保する意義を持つほか,建玉の継続に対して委託者に決断の
判断材料を提供し,過当投機を抑制し,委託者を保護する意義を持つ。そこで,商品取引
所法97条1号,商品取引所受託契約準則9条は,委託証拠金の徴収義務を規定しており,
証拠金欠如ないし不足の状態で取引を委託する無敷・薄敷は違法であって許されない。
本件では,平成10年10月8日や同月17日等に証拠金不足の状態のまま建玉が建
てられているが,これは無敷・薄敷にあたり明らかに違法である。
ソ 向かい玉
顧客の損失に見合う利益を会社に帰属させる手段として会社自身が顧客の取引に
対当する売買をすることを向かい玉という。向かい玉は利益相反になり,委託者の利益を害
するおそれが特に大きいことから,「農産物の商品取引に関する取引方法の改善につい
て」と題する昭和45年5月30日農林省農林経済局長通達等において禁止されている。そし
て,ある業者の自己玉が前委託者に対する関係であれ,ほぼ恒常的に向かい玉の形をとっ
ているということは,その業者にいわゆる客殺しの体質があることを推認させる重要な根拠と
なるものである。
本件では,平成9年9月30日から平成10年10月6日までの各取引日における被告
の輸入大豆の各限月の売りと買いの枚数及び取引高は概ね一致ないし近似しており,被
告の自己玉は売り買いのうち,委託玉枚数の少ない側にその差を埋めて枚数を概ね一致
ないし近似させる方向で建てられ,また,取組高のうちの自己玉も同様な形になっており,
被告の自己玉はほぼ恒常的に被告全委託者に対する関係で向かい玉になっている。
したがって,被告が向かい玉の手法により,客殺し商法を行っていたことは明らかで
ある。
タ 仕切拒否(手仕舞い要求の延引)
原告は,相当早い時期から被告会社に手仕舞いを求めていたが,被告会社は種々
の理由や言逃れをもって仕切拒否ないし手仕舞い要求を延引してきたのであって,かかる
対応も被告会社の手数料稼ぎ目的を推認する重要な徴表と見るべきである。
(5) 被告らの責任
ア 被告甲,被告乙,被告丙は,それぞれ自らの違法行為に基づき民法709条の不法
行為責任を負う。
イ また,被告甲らの行為は被告会社と原告との委託契約に関する業務執行としてなさ
れたものであるから,被告会社は民法715条の使用者責任を負う。
(6) 原告の損害
原告の損害は,以下の合計額である3535万2512円である。
ア 財産的損害:3005万2512円
原告が,本件先物取引で被った被害金(実損)は,原告が被告会社に入金した合計
3135万1000円から返金額129万8488円を控除した3005万2512円である。
イ 精神的損害:200万円
原告は,本件先物取引により毎日が憂鬱で夜も眠れない状態に陥っており,その精
神的損害の評価としては200万円が相当である。
ウ 弁護士費用:330万円
(7) よって,原告は,被告らに対し,上記不法行為ないし使用者責任に基づき,3535万
2512円及び本件先物取引の終了した日である平成10年10月6日から支払済みに至るま
で年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)のうち,原告の職業及び被告らの業務については認め,原告の学歴及
び本件取引以前の商品先物取引の経験の有無については知らない。
(2) 請求原因(2)は,以下の被告らの主張に反しない限度で認め,その余は否認ないし
争う。
ア 平成9年9月4日,訴外丁が原告に商品先物取引の仕組みについて説明するため
に訪問の約束を取り付けた。
2,3度の架電ののち,同月10日,被告甲が丁の代わりに原告を訪問した。
被告甲は,図面を書いて,値段の形成要因,買いから入る方法,売りから入る方
法,損益計算方法,本証,追証,追証の入金がない時には建玉が処分されること,両建,
難平,限月,呼値,取引単位,手数料等について説明をした。
また,商品については大豆を勧め,当時の大豆の生産,消費,過去からの値動き,
現在の状況を新聞や罫線を示して説明し,あわせて自分の相場観を開示した。もっとも断
定的なことは言っていない。被告甲は,先物取引は危険性を含むものであるから,仕掛時と
しては「安全,妙味,効率」を考えてやらなければならないと言った。当時は,エルニーニョ
の影響による作柄悪化予測,需要好調による在庫の減少などのニュースがあり,仕掛時とし
てはいい時ではないかという意味で「安全,妙味,効率」と書いた。
訪問時の先物取引の説明から,原告よりたびたび質問があり,被告甲からは原告が
先物取引に興味があるように思えた。そのため,被告甲は先物取引の仕組みや危険性・投
機性について説明した。
イ 同月24日,被告甲は,原告を訪問した。原告は翌日から四国巡礼へ行くと楽しそう
に話していた。そういった話の後,契約の段階になり,被告甲は,委託のガイドと受託契約
準則を原告に説明し,先物取引の仕組みや危険性・投機性について更に理解し納得して
もらい,委託のガイド及び受託契約準則を原告に渡したうえ,再度関西輸入大豆の説明を
した。原告は,契約だけはしてもよい,どの程度取引をするかは考えてみるということであっ
た。そこで,原告にその場で約諾書に署名捺印してもらい,被告会社が受領した。
被告甲は,原告がどの程度の取引をするか考えてみるということだったので,同月2
5日,結論が出ているかどうかの確認の電話をかけたが,まだ考えているとのことであった。
同月26日,原告から再度考えたいと連絡があったため,被告甲が原告を訪問して
みると,原告は出張中で会うことができなかった。
ウ 同月29日午前9時から10時の間に,原告は,被告会社に対して,「休みに山へ行
って考えたんだけど今回はお世話になって,やってみようと思う。」と,900万円の入金をす
るので翌日集金に来てほしいとの電話をかけた。その際に原告が被告甲に対して,儲かっ
ても損しても一回限りの入金に決めている等とは言っていない。
エ 同月30日,原告の700万円の入金確認後,被告乙は,挨拶をかねて,状況説明
のために原告を訪問した。
原告は,あまりにも先物取引に対する知識が豊富であったため,午後1時半頃から
午後3時まで真剣に先物取引について話をしていた。原告は,更に入金したい旨を申し出
てきたが,被告乙は再度取引の仕組み及び輸入大豆状況を説明のうえ,資金的に余裕の
範囲で購入を勧めた。そして,原告は,「40枚280万円分ならできるから,1回やってみまし
ょう。今からお金をおろしてくるから,ここで待っておいて。」と銀行へ払戻に行った。そこで,
後場3節40枚280万円の入金をすることになった。
原告は,追加分280万円の入金後,被告乙と午後4時頃まで雑談をしていた。
オ 同年10月6日,被告甲は,朝,原告へ電話をし,既存建玉に利益が乗っているの
で,利食って利益金ともとの証拠金を合わせて増玉しないかと勧誘をしたところ,原告は同
意した。そこで,既存140枚を利食い,240枚の買直しの注文をした。なお,直し建玉(新規
建玉)の場節の選択は委され,各回60枚ずつの指示はあった。
被告甲は同日昼頃原告を訪問し,調子がよいので新規に資金を出して買玉の増し
をしてはどうかと原告を勧誘した。原告は,「資金は明日しかできないが。」というので,明日
必ず入金ならということで100枚の買玉を建てた。
カ 同月7日,被告甲は朝9時過ぎに原告に連絡をした。
そして,4月限は3500円,8月限は2860円の利幅が出ており,相当上げているの
でここで下がるかもしれないから利食ってはどうかと言うとともに,いったん下げがあると思わ
れ,もし相場が下げ基調なら大きく下げると思うので売りを大きく建ててはどうかと言った。ま
た,売玉を大きくするために新たな資金を出すのがいやであれば,100枚の売りを利食って
益金を出すことも考えられた。
話し合いの結果,当日は,前場3節で買玉340枚の売落ち,後場1節で売り玉100
枚の建玉,後場3節で売玉100枚の利食い,売玉320枚の建玉をした。
なお,原告と被告甲の話では,売玉を建てることについて,追証1回分はプールして
おこうということになった。
同月14日,原告は買い増しを指示した。なお,この日の取引は直し売買ではない。
この日は前場で買玉の仕切の指示のみがなされ,これに従い買玉の仕切をしたところ,そ
の後,後場に至って新たに買建ての指示を受けたものであり,落玉と建玉を同時に注文す
る直し売買とは異なる。
カ 同月17日は,午後から大豆の値段が急落し,後場2節現在で原告の建玉は追証
状況となっていた。
そこで被告甲は原告に架電し,どうするか聞いたが,原告は被告甲が相場を外した
ことに苦情を言っており,なかなか結論が出なかった。
そこで,被告乙は,被告甲と電話をかわり,仕切・追証・難平・両建の方法を説明し,
後場2節の値段を前提に,仕切では約441万円残り,追証では約1607万円の入金が,両
建では約3602万円の入金が必要であることを説明し,いったん仕切った方がよいと勧め
た。しかし,原告がそれは話にならないということであったため,一部仕切る方法があるがい
くらかの入金が必要である旨説明した。また,これらの説明の際,今日はストップ安になる可
能性が高く,そうなれば原告の買玉の売り落ちは困難となり,また,明日値を下げるとなると
損金が拡大するので結論は今日中に出した方がよいと思うと助言した。
原告からは,「とにかく今の状態では決済したくない。両建をしたいが資金的に360
0万円は無理だ。ただ1500万円位なら作ることができる。入金は遅れるが必ず入金するの
でその範囲で両建をやってくれ」という回答があった。
その後,被告乙は被告甲に電話を戻し,相談の上,原告が両建を希望したため両
建にした。
同月17日に,被告甲が原告に対し,「最低でも1455万0605円が必要だ。」と言っ
たこともない。
同日午後6時30分頃に被告乙が原告の職場を訪問したり,3200万円を絶対取り戻
す旨確約したりしたことはない。
その後,被告乙は原告の担当となったが,原告からは毎日のごとく連絡を受け,そ
の際には値段を連絡した。また,新たな建玉,落玉は同連絡の際,原告が被告乙の相場観
を聞いた上で行った。この取引は被告丙のときも同様である。
キ 原告は,自ら手書きの値段グラフを作成して研究しており,原告の相場観で売買し
ていた。また,被告乙が返還可能額を出金する旨申し出ても,原告は「取り替えしたい」,
「今は必要ない」と言っており,原告からの手仕舞いの意思表示はなかった。
ク 被告丙は,「私なりに努力します。」と言ったのであり,「過去に3000万円以上の損
失を取り戻した経験があり,絶対に取り戻す,心配しないで任せてほしい」等と断言したこと
はない。
(3) 請求原因(3)は認める。
(4) 請求原因(4)は,以下の被告らの主張に反しない限度で認め,その余は否認ないし
争う。
ア 不適格者の勧誘
(ア) 先物取引の勧誘が,不適格者に対する勧誘であるかどうかは,信義則の適用場
面であることから考えて,一律に決せられるべきではなく,勧誘の相手方の知的水準・年齢・
社会的地位及び資力等を総合して個別に判断されるべきである。
そもそも先物取引も取引のルールは通常の取引となんらかわらないものであり,決
して専門的な知識を要する高度のものではない。先物取引をいたずらに難解視しすぎるの
は現実から乖離することになる。
委託者は知識・情報を収集し,多年の経験から有する判断能力を働かせれば相
場予測は可能であり,知識・情報がないので相場予測ができないというのは投機家の努力
不足であり,判断能力がないというのは先物取引を現実世界とは全く別個の世界のもので
あるとして特殊領域化してしまうからである。相場予測は特別の判断能力が必要であるかの
ごとき主張は机上論であり,現実の価格予測は新情報,新知識を収集して通常人の有する
判断能力を働かせればできないというものではない。
(イ) 原告は,B公団勤務後,その関連会社へ勤務したものであり,原告において未
成年者や精神薄弱者と同等の能力しかないのであれば,同社に定年まで勤務することはあ
り得ないし,定年後,関連会社において受け入れられることは考えられない。原告の経歴か
ら考えても,原告が一般社会人として常識・判断能力を有することは明らかである。
原告は,投資資金が退職金・長年の蓄財であって,本来老後の資金に充当すべ
きものであるから,かかる資金で取引をするのは不適格であると主張する。
しかし,蓄財をどのように使用するかは本人の責任であり,他人がとやかく言うもの
ではなく,このことは投機的取引に使用する場合も同様である。
イ 説明義務違反
前記のとおり,先物取引の本質というべき高い危険性や投機性については十分説
明をしている。
原告は,平成9年9月24日に商品先物取引委託のガイド等を受領し,同月30日に
最初の証拠金を拠出していることから,十分な検討時間があったといえるし,取引を開始す
るかどうかについて妻にまで相談しているうえ,被告会社が実施しているアンケートにも取引
内容を十分理解した旨記載している。
これらのことからすれば,原告は本件取引の方法を十分検討して本件取引に参入し
たことは間違いがない。
ウ 断定的判断の提供
被告会社従業員は,本件取引開始前に原告に対し,商品取引が投機行為であり,
利益保証のないこと,相場の変動によっては証拠金以上の損失が生じることがあること及び
相場の変動に伴う差損金の計算方法等について具体的に説明したのみならず,右内容を
記載した「商品先物取引委託のガイド」やパンフレットを交付し,本件取引が大豆相場の変
動を予測して売買を行う投機行為であることはもちろん,取引には追証等の証拠金が必要
になることも十分説明し,原告の理解を得ていた。
被告甲ら被告従業員は,商品取引の媒介のため顧客を勧誘するに際して,顧客に
対し当該取引によりある程度利益を得られるものと期待させるような言辞を用いて説明する
ことはありうることであり,それが真実に反するものではなく,かつ,法令等に違反するもので
ない限り,この種の取引の勧誘行為に通常伴う常套的な言辞の範囲内のものとして許容さ
れるべきである。
また,原告の取引態度等からしても,原告が本件取引を開始したのは被告甲の勧誘
によるものであることは確かであるが,単に被告甲の勧誘文言のみによって取引に参入した
のではなく,客観的情報を参考にして取引に参入したものである。
エ 新規委託者保護義務違反
原告が,先物取引の経験がない委託者であることを考えれば,本件3か月内の取引
枚数はいささか多数の感はある。
もっとも,原告は十分にリスクを知って取引に参入していること,リスクがあることを知
っており自己の資金の性質を考えれば自己抑制すべき義務もあったこと,取引量がどの程
度のものとなるかは委託者の意思とは全く無関係のものではないことからすれば,本件取引
枚数が当初大きな枚数となったのは取引に利益が乗ったことを原因とするものであって,こ
れを肯定した原告の責任も見逃せない。
オ 一任売買・無断売買
原告は,10月8日の取引について無断売買であると主張する。
しかし,売買報告書を受けた原告から無断であることについての異議は出ていな
い。
同日の取引は,利益金のうち,1050万円を証拠金に振り替えて行われたものであ
る。
被告会社は,従前の預かり金2380万円に上記金額を加えた3430万円の預かり証
を原告に交付しており,その際,原告は旧預かり証を被告会社に返還している。
仮に同売買が無断売買であったとすれば,原告が,同建玉のための証拠金を益金
振替によって処理することを許容するとは思えない。
カ 手数料化率等による判断の適否
(ア) 損金の手数料割合という考え方は,手数料は損金にかかるものだという根本的
誤りを犯しており,偶然的な損益結果によって手数料化率を大きく変動させることとなる。こ
のような根本的な誤りを犯して偶然的な手数料化率を導く方法論を受託業務の可否の判断
基準に用いることは偶然的判決を導くとしか言いようがなく,これは受託業務の適否の判断
基準には用いることのできない方法である。
そもそも商品取引所法97条は,委託手数料の徴収義務を定めている。委託者が
先物取引をすれば委託手数料の支払義務を履行するのは当然であり,商品取引員がこれ
を徴収するのは民事上の権利であり,商品取引所法上の義務である。
委託者が多数回の取引をすれば積算された手数料が増大化するのも当然のこと
である。問題は,無意味な手数料を支払っているかいないかを検討することである。手数料
が増大化したことの一事をもって当該受託業務が非難されるいわれはない。
(イ) 次に,特定売買比率は,相場要因を無視して単純計算をするものであり,合理
的説明ができない。特に,ザラ場方式では,商品市場に出ている全売申出枚数と全買申出
枚数の一致がなくとも,一致した範囲でそのときの値段で順次売買を成立させる方式である
ことから,一回の建玉申出が2回,3回に別れて成立することがありうる。したがって,ザラ場
方式の勘定元帳で売買取引を記載しこれによって特定売買比率を出せば数字は偶然的な
ものになる。
このように,特定売買回数はザラ場方式かどうか,委託者の相場観がどういうもの
かによって異なってくるものであり,特定売買比率も合理性ある明確な基準とはいえない。
(ウ) 次に,建玉回転率について,そもそも売買取引を行うかどうかは委託者の決する
ところであり,自らが行った取引の回数が多いか少ないかについて異議を言うことは禁反言
の法理に反する主張である。
(エ) 以上のように,手数料化率,特定売買比率,建玉回転率などの数値化されたデ
ータを元に受託業務の適否を論ずることは無意味かつ不合理であり,法的根拠もないもの
である。
農水省のチェックシステムは,全商品取引員と当該商品取引員の平均特定売買
比率を比較し,受託業務全般の指導・監督を行おうとするものであり,個別事案の適否を判
断するものではない。また,同システムは平成11年4月に廃止されている。
キ 特定売買
特定売買も売買自体は通常の売買と異なるものではなく,ただ,他の建玉との関係
で無意味な手数料負担がないかが問題となるだけである。
そもそも先物取引は相場の動き,相場情報に従って売買取引をしていくものであり,
相場の変動は物理的法則のように規則正しく動くものではない。このような不規則・不確実
な要因が存在することから,相場の動きによって機敏な取引を行う先物取引にあっては特
定売買があっても何ら不思議なことではない。
問題は,無意味な手数料を支払わなければならない売買取引か否かである。
原告は,特定売買が損失の危険性が高い取引であると主張するが,損益は相場変
動の結果にすぎず,特定売買が損失の危険の高い取引であるということはできない。
受託業務指導基準も特定売買を初めから禁止するのではなく,一定の要件を備え
た場合に初めて無意味な売買取引を推認しているだけである。また,その場合でも,委託
者の経験,個々の取引の手数料の損金比率,相場の動きその他諸般の事情を参酌すべき
としており,特定売買が当然には無意味な手数料稼ぎとはいえないとの前提に立っている。
ク 無意味な反復売買
(ア) 反復売買(売直し,買直し)とは,既存建玉を仕切ると同時に新規に売直し,買
直しを行っているものをいい,「同時に」とは,同場,同節をいい,同一日の意味ではない。
なぜなら,相場は刻々と変動し,場節が違えば委託者の相場観も変わることが多々あるから
である。
直し売買は,売買の前後も同一方向の建玉がなされており,相場観の変化はな
く,損益発生状況が変わるものではない。
したがって,当該顧客にとって既存の建玉をただ単に維持していること以上に何ら
の意味を見いだせない直し売買は全く無駄な手数料を発生させるだけであり,受託業務指
導基準で禁止される。
もっとも,利益金の受領,増玉,定時増証拠金の回避その他の事情のある場合
は,当該顧客にとっては意味のあることでその合理性は投機家自身の判断に任せるべきも
のである。
これらのことは,既存建玉をただ単に維持するままではなし得ることではなく,既存
建玉の仕切があってはじめて可能なことである。
以上からすると,すべて直し売買が顧客にとって手数料の負担のみが増加する合
理性のない取引と直ちに断言することはできない。
(イ) 本件取引において指導基準で問題とされる同場節における直し売買は,平成9
年10月9日の増玉及び平成10年4月2日の取引である。
平成9年10月9日の取引については,従前建玉が売玉420枚であったところ,当
日,原告から被告甲に電話があり,被告甲は,「7日,8日と下げ予測のもと,売建てをしてき
たが,今後まだ下げると判断した場合は売り増しをしたらどうか。仮に上げるなら相場状況は
変わったと思えるので売玉全玉を仕切ってしまえばよいと思う。」と伝えた。原告は,被告甲
の助言に従って,午前中の動きを見て,直し売増玉をするなら6月限を仕切って8月限の売
建てをしてもよいとの指示を出した。そして,当日,前場での動きはさしてなく,いまだ下げ
相場と判断して,同節に6月限売玉70枚の買落ちをして,8月限90枚を売建てた。
また,平成10年4月2日の取引については,従前より追証であったため,値洗損の
多い53枚の買落ちをして確定損を出したが,そのままでは証拠金より確定損に弁済充当が
なされ,証拠金不足で他の建玉を落とさなければならないことになるため,益金の出ている
売玉も落とした。このままでは売り108枚,買い20枚で,もし相場が上昇すると直ちに大きな
値洗損が発生し,追証となるため,40枚の買玉を入れ,売買の差を縮めた。したがって,こ
の日の直し売買は資金的都合による取引である。
(ウ) その他の直し売買(場節違いを含む)
平成9年10月13日,被告甲は午前11時ころ原告に電話をし,9日の買玉にかなり
の利益が出ていたことから利食いを勧めた。そして,後場に至ってなお上げるようだと再び
買いを増してはどうかと言ったところ,相場の動きによってはそうしてくれということであった。
そこで,前場3節で355枚の買玉を落とし,相場の様子を見たところ,前場3節8月限が3万
8060円,後場2節が3万8260円であり相場は上げ基調であると判断したので後場3節にて
500枚の買建てをした。
次に,平成10年7月17日の取引は,従前建玉は売り61枚,買いなしであり,相場
観として迷いが生じ,30枚の範囲で両建になった。この両建資金を作るための益出しのた
めに売りを仕切った。この日は,資金作りのための売落玉とはいえ25枚の売玉の落ちは多
数枚すぎるので5枚の限度で直しをした。
そして,落玉は平成9年10月限で,直し売建玉は平成11年4月限として,限月を
半年先へ延ばした。これは,近い限月を両建にすると両建中に限月到来となって両建後の
相場変動による益金を生み出す可能性を摘んでしまうことになるからである。
ケ 日計商
(ア) 日計商とは,同一計算区域内において手数料金を考慮しないと思われる建て落
ちを繰り返しているものをいい,同一計算区域内で,前記日計商の繰返しがあるかどうか,
手数料金が考慮されているかどうかの3点についての検討が必要である。
日計商についても,前場各節,後場各節と時間の経過によって相場の様相が変わ
ることがあるので,日計商の存在のみで直ちに無意味な手数料稼ぎとみることはできない。
(イ) 本件取引中,指導基準に該当するような日計商はない。
コ 途転
(ア) 途転とは,既存建玉を仕切ると同時に新たに建玉を繰り返しているものをいい,
不適切な途転というためには,① 同場,同節の途転があり,② これを繰り返しているもの
(連続性)という2つの要件に該当する必要がある。
(イ) 本件における途転は,平成9年10月7日,同月9日,同月15日,平成10年4月1
日の取引のみであり,頻繁な途転とはいえない。
平成9年10月7日の途転については,前記のとおりであり,原告と相談の上,原告
の指示に従ったものである。
同月9日の途転については,前記のとおり,前場では下げ基調であった相場が,
後場2節にて6月限,8月限が大きく上げ始めたので,売玉を全玉損切りした。そして,被告
甲は直ちに原告に全売玉を仕切ったこと,相場は上げに変わったかもしれないことを報告
し,買建てを勧誘したところ,原告より承諾の返事が出たので後場3節にて355枚の買建て
をした。なお,前節に比べて6月限は450円高,8月限は650円高で,結果としては買建て
は正解であった。
サ 両建
(ア) 商品取引指示事項により禁止されているのは,両建を利用して委託者の損勘定
に対する感覚を誤らせることを意図したと認められる両建取引であって,具体的には,① 
同時両建(売りと買いを同時に建てること),② 常時両建の状況にあるもの(どの時点を見
ても両建が繰り返し行われその売買取引に投機目的がうかがわれないもの),③ 因果玉の
放置(引かされ玉を仕切らず反対玉を継続反復建てしていること)の要件に該当する両建が
不適切な両建であり,すべての両建が禁止されているものではない。
商品相場が常に変動し予測と反対に動く危険性が避けられない以上,利益の確
保と損失の減少を目的として,被告会社従業員が原告に対し,買玉又は売玉を維持しなが
ら売建玉又は買建玉を勧めたとしても,この両建取引には合理性が認められる。
(イ)a 平成9年9月30日から同年10月15日までの間に両建の取引はない。
b 平成9年10月16日から平成10年5月19日までの間は両建が存在する。これ
は,平成9年10月16日に建てられた買玉が,翌日の相場の急落によって大きな値洗損を
出して追証となったが,前日建てた建玉を損切りするのを嫌って一部建玉をして相場の見
通しが立つまで様子を見ようということになった。このように,売り買い重複枚数部分で値洗
損益を相殺して度重なる追証の発生を防止しつつ,売玉,買玉の落玉によって発生した確
定損益を相殺し,大きな帳尻損を発生させることなく,落玉によって余剰となった証拠金を
使って相場の一時的上げ下げから利益をとろうとして売玉をし,あるいは買玉をして利益を
計ったのである。そして,最終的に相場の回復によって大きな損を被ることなく平成10年4
月7日に仕切った。
これは,大きな損切り,度重なる追証入金の必要を回避しつつ,相場回復までは
一時的値動きを利用して益金を取得しようという手法であって,決して無定見なものではな
い。特に,買玉に対して殆ど売建てをしていることは,将来的には相場は上げという相場観
に支えられた取引であることを証明するものである。両建後に両建状態の解消しない間,売
建てあるいは買建てを頻繁に入れ,両建枚数が拡大していくという無定見のものでないこと
は明らかである。
これは,平成9年11月12日の買玉に対する売建て,平成10年4月2日,同月3
日,同月7日の買玉に対する売建てによる両建も同様である。
c 平成10年7月17日から同年10月6日までの間も両建が存在する。
この期間は,同年8月7日から同月10日までの3日間を除いて売玉が多く,一貫
して下げ相場観に支えられた取引である。
両建中にそれが解消しない間に,売玉,買玉が頻繁になされいかなる相場観に
よる取引か不明で,かつ,いたずらに両建枚数のみが増大するという無意味な両建ではな
い。
この期間中に両建玉は売玉に対し買建てを行ったという態様であり,その買玉の
殆どが損切りとなっている。これは,相場は下げとの思惑で建玉を行ったが,思惑に反して
相場が上がった場合,一時的に買玉を建てて値洗損の発生,拡大を防止して再び相場が
下げはじめと確認した時に買玉を仕切って売り越しの状態で取引を行ったものであり,因果
玉の放置とはいえない。
このように,この期間は明らかに下げ相場観に支えられた取引で,一時的な様子
見のための両建があるにすぎない。
シ 利乗せ満玉
被告会社従業員が,原告に対し,違法な利乗せ満玉をさせた事実はない。
ス 無敷・薄敷
受託契約準則は,委託証拠金を事前に預託するものとするとしている。これは,委
託証拠金が商品取引員の委託者に対する債権担保の手段であるからである。
委託証拠金の未徴収は,結果として商品取引員の財務体質を弱めることとなり,仮
にも倒産ということになれば,委託者にも多大な損害を与えることがあるからである。
しかし,委託証拠金事前徴収の原則は取締規定であって,効力規定ではない。受
託契約準則は,一定の者には建玉先行を許容している。
もともと商品取引員と委託者の関係は委任関係であり,純私法的取引行為であり,
証拠金が商品取引員の債権担保の手段であることを考えれば商品取引員が証拠金の入金
時期に猶予を与えることは,社会一般の取引通念から見てそれほど非難されるわけでもな
いし,相場変動の機敏性を考えれば証拠金の入金先行を貫くことは実際には困難である。
よって,無敷・薄敷は取締法規違反の問題が生じるのみであり,私法取引としては
有効である。
本件では,平成9年10月17日の両建の際に証拠金の入金遅れ,無敷状態になっ
ているが,これは無断売買によってこの状態になったわけではなく,被告の責任によるもの
ではない。また,本件取引中,無断売買はない。
よって,本件取引において無敷・薄敷があったとしても,被告が非難されるわけのも
のではなく,直ちに違法とまではいえない。
セ 仕切拒否(手仕舞い要求の延引)
原告は,被告会社に対し,「兄からの借金がある。取り返してくれ。」と終始主張して
いるのであり,原告には取引を終了する意思はなかったといえる。
このように,被告会社は,本件取引期間中から取引打ち切りの確定的な申出がなさ
れたことはなく,むしろ明確な意思表示がなされた最終決済日には全部手仕舞いしている
のであるから,仕切拒否の事実はない。
ソ 向かい玉
原告の取引と,被告会社とが行っている取引とが,向かい玉の関係に立っている取
引は,別紙対照表のとおりである。
このうち,原告の取引が損金となっているのは,平成9年10月7日後場3節の取引,
同月9日後場1節の取引の2つのみである。
このことからも,原告と被告会社の建玉が相反する方向に建ったとしても原告に損金
が発生するとは限らないことは明らかである。
よって,向かい玉が客殺しの手段というのは誤りである。
(5) 請求原因(5)は争う。
(6) 請求原因(6)は否認ないし争う。
(7) 委託者の義務
ア 先物取引は,委託者が売買委託をし,商品取引員が売買受託をするもので,法的
には委任である。
そして,委託者と商品取引員の間には,証拠金,利益金,損金の授受ということに限
らず,各種書面の授受,毎日の相場情報の連絡,委託者からの売買の相談など種々の関
係がある。
したがって,委託者・受託者の間には一個の現実的債権が存在するだけでなく,信
義則と公平に支配された債権関係が成立しているのである。
原告は,業者の義務のみを強調するが,委託者も当事者として種々の義務を負うも
のといわなければならない。ただ単に取締規定を振り回して業者の義務のみを強調するの
は信義則と公平に支配された債権関係を見逃すものとの批判を免れない。
イ 商品取引所法以下の法規は,先物取引の投機性,取引の臨機性に臨み,商品取
引員に説明義務,警告義務,種々の書面の交付義務を課している。
(ア) 先物取引の仕組み・投機性の説明義務
この義務は,先物取引の仕組みにつき,単に口頭の説明では足りず,これらを記
載した書面の交付を義務づけているものである。
「商品先物取引の委託のガイド」には先物取引の仕組み・危険性をわかりやすく説
明している。
また,危険性については,同ガイドとは別に,「危険開示告知書」の交付を義務づ
けているものである(近時は,ガイドの中にこれが書き込まれている。)。
(イ) 売買取引の報告義務
先物取引は,相場変動に応じて,臨機応変に取引行為をしなければならない性格
のものである。
このため,個々の売買注文が注文書等の文書によってなされることはなく,ほとん
ど口頭,それも電話注文であって,委託者と外務員の間では,食い違いが生ずることも少な
くない。
そこで,注文の正確性を担保するために,売買契約後直ちに売買報告書の送付
を義務づけている。
そして,同報告書に不審があれば,委託者に対し直ちに連絡をいれるべく申入れ
をしている。
(ウ) 残高照合通知書
先物取引においては,単に一回の取引で終わることは少なく,連続的に売買委託
がなされることが多く,先の売買取引の継続中に後の売買取引が終了してしまうこともある。
また,未決済の売買注文は,毎日毎日の相場変動によって,損益状況を変動させ
ている。
本来どの建玉が残っているか,どの建玉にどの程度の損益が出ているか等は,投
機家自身が把握しておくべきものである。
しかし,時として委託者側と商品取引員側の思い違いや連絡ミスによって,双方に
とってこれらの事項につき食い違いが生じてしまう事態も発生しかねない。
そこで,受託契約準則は,月一回定期的に,残高照合通知書の発行を商品取引
員に義務づけることによって,委託者に建玉状況,損益状況,証拠金の出入状況を再確認
する機会を確保しているのである。
(エ) 入金出金振替通知書
先物取引は一回で終わるものも,何回となく連続的に行われるものもある。
そして,取引中証拠金の入出,益金の出金,損金の入金等が現実的に行われるこ
ともあれば,金銭の移動することの煩雑なため証拠金の振り替え,益金の振替が行われるこ
とも現実としては多々にありうる。
このような入出金,振替が行われた場合には,その正確性の担保とするため,その
都度入金出金振り替え通知書の発行を行っている。委託者はここで金銭の移動を再確認
できる。
ウ 商品取引員は,上記のごとく,種々の文書の交付義務,発行の義務を負わされて
いる。これは,先物取引の投機性,臨機性に臨み,委託者に種々の情報を発信し,その投
機性を認識させ,また,建玉状況,損益状況を正確に認識させるためである。
前記各文書の内容を見れば,説明的事項,報告的事項,警告的事項を含んでいる
のであり,これをみて分からなければ委任者は受認者に聞けばよいのである。
エ このような文書の発行は,商品取引員に多大な費用と労力を負担させることになる
ものであるが,少なくとも商品取引員がこのような義務を尽くした限り,これらを受け取った委
託者に,その内容を確認し,誤りがあれば相当期間内に商品取引員に連絡をして誤りを正
すべき義務を負わせても当事者の公平に反することはない。
そして,商品取引員が同文書を委託者に発行,発送し,委託者がこれを受領した以
上,委託者が相当期間内に特別に問題にしなかった以上,この記載範囲に関する事項は
当然免責されると考えるのが取引当事者の公平に合致する。
オ 委託者の,「これらの文書を見なかったので判らなかった。」という異議は,自らの怠
慢を主張しているにすぎないものと評価すべきであり,仮にこれらの抗弁を許容することは,
不知の抗弁を多用する狡猾な委託者を不当に利することになり,当事者間の信義に反する
結果をも招来しかねない。
理由
1 請求原因(不法行為責任)について
(1) 請求原因(1)のうちの原告の職業,被告らの業務内容,請求原因(3)の事実は当事者
間に争いがなく,証拠(甲1の1ないし116,14ないし20,30,乙12ないし26,原告本人尋
問の結果,被告甲本人尋問の結果,被告乙本人尋問の結果,被告丙本人尋問の結果)及
び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
ア 当事者
原告は,昭和10年に宮崎県で出生し,昭和29年に高校を卒業後,A省(ノンキャリ
ア),測量コンサルタント会社で勤務したのち,昭和47年にB公団に入社,平成8年11月ま
で同公団で勤務していた。なお,退職時はD工事事務所副所長であった。その後,同公団
の関連会社であるC株式会社に入社し,本件取引当時は同社に勤務していた。
同社では,原告は,用地買収の仕事に従事しており,主に用地買収の財産管理(登
記関係)の仕事を行っていた。平成9年当時,原告の収入は約560万円であり,預貯金は
公社債投資なども含めて約2400万円程度あった。その他,一戸建ての住宅を所有してい
たほかは特に資産はなかった。
原告は,本件取引の勧誘を受けるまでに,野村の投資信託,山一証券の中国ファ
ンド等の証券取引を行ったことはあったが,先物取引の経験は有していなかった。
イ 取引開始の経緯
(ア) 原告は,平成9年9月4日,被告会社の丁から電話を受けた。その際,原告は,
丁から,出身が原告と同じ宮崎であり,今は大阪の会社で働いていること,一度原告と話が
したいので,都合のいい日に会いたいことを告げた。原告は,郷里が懐かしくなっていたこ
とから,丁と会うことにし,面会の日を同月10日午後2時とした。
(イ) 被告甲は,同月10日,原告の職場に行き,原告と面会した。その際,被告甲
は,丁が体調不良のためにこられなくなり,代わりに自分がきたこと,先物取引を扱っている
会社に勤めており,今回も先物取引の説明でやってきたことを告げた。
被告甲は,新聞記事やグラフを交付したり,紙に図面や説明用の例え等を記載し
たりしながら,先物取引の仕組みについて説明していった。被告甲は,先物取引をする際
の条件としては,安全,妙味,効率を考えなければならないと説明した。
また,被告甲は,大豆に関する説明も行い,現在関西輸入大豆が安値であり,被
告甲の相場観としては上げ相場であることを説明した。
原告は,被告甲の説明を聞いて,先物取引の相場は上がることもあれば下がること
もあり,そのことによる取引のリスクがあることは理解していたが,この時点では先物取引を
行おうとは考えなかった。
(ウ) 原告は,仕事上の経験から,交渉等を行った場合にはメモをとり,あとで内容を
まとめて綴っておくこととしており,今回の取引についても同様の作業をしていた。
(エ) 第1回の訪問後,原告は,被告甲から,面談のお礼及び先物取引の勧誘の手
紙を受け取った。また,2,3回ほど,被告甲から先物取引の勧誘の電話があった。電話で
の勧誘の際,被告甲は,エルニーニョ現象の影響があるので大豆の価格は上昇すると思わ
れるとの自分の相場観を説明し,原告に取引を始めるよう勧誘した。
同月24日,被告甲は原告を訪問した。その際,被告甲は,原告に対し,商品先物
取引委託のガイド,受託契約準則を交付し,先物取引の内容等について説明をした。原告
は約諾書の内容を確認した上で,約諾書にサインをした。もっとも,この時点では,約諾書
にサインをしても現実に入金をしなければ取引を開始しなくてもよいと考えていた。
同月26日,原告は被告甲から委託証拠金700万円の入金の督促を受けた。原告
は,入金を留保する旨返答した。
原告は,妻に先物取引の説明をし,取引をするかどうか考えていることを相談した
ところ,その時は反対されたが,翌日には原告の判断でそうしたいというのであればというこ
とで了解を得た。原告は,妻の了解も得たことから,同月29日,委託証拠金の700万円を
入金する旨の電話をした。
そして,同月30日,原告は,被告会社に対し,委託証拠金700万円を入金した。
(オ) 被告甲は,原告との面談の際に聞いた原告の話や,原告に記載してもらったア
ンケート等に基づいて顧客カードを記載していった。もっとも,原告の資産についてはあまり
確認をせず,原告から聞いていた原告の職歴や年齢などからだいたいこのくらいであろうと
の判断で記入をした。
(カ) 被告会社の受託業務管理規則では,以下の規定が定められている。
「当社は,受託業務管理規則第6条(3)に基づき,商品先物取引の経験のない新た
な委託者から取引の受託を行うにあたっては,委託者の保護とその育成を図るため,当該
委託者の資質,資力等を考慮のうえ,相応の建玉枚数の範囲において受託を行うよう,次
のことを厳守するものとする。
1 商品先物取引の経験のない委託者の建玉枚数にかかる外務員の判断枠を20
枚とする。
2 当該委託者から上記1の判断枠を超える建玉の要請があった場合には,管理担
当班の責任者が審査を行いその適否について判断し,妥当と認められる場合は,100枚以
下の範囲内において受託の可否を認定し本社の総括責任者にこの旨を報告する。
3 上記2以上の超過枚数の要請に対しては,管理担当班の責任者は受託の可否
を本社の総括責任者に調書を添えて具申する。
4 本社の総括責任者は,報告事項についてその内容を再確認するとともに,必要
と認められる場合には当該管理担当班の責任者に対し所要の指示を行い,当該委託者の
管理に万全を期するものとする。」
被告甲は,原告からは300枚の建玉の申出はなかったものの,その程度の判断力
や資金力はあるであろうと考え,300枚までの建玉を許可してほしい旨の申請書を被告会
社に提出した。被告会社は,原告について,上記規定に従い,平成9年9月30日付けで,
被告甲が作成した顧客カード等を参考に,300枚までの建玉を許可する旨の総括責任者
の審査がなされた。
ウ 取引中の経緯
(ア) 平成9年9月30日,原告から入金があった後,被告甲は原告に,入金のお礼
と,280万円の追加投資の勧誘の電話をした。原告は,利益が出ても損をしても取引は1回
にしようと考えていたことから,このときは,280万円の追加投資の話は断った。
同日の昼頃,被告甲及び被告乙は原告を訪問した。被告甲らは,原告が当時部
長職にあったことや,原告の今までの職歴を原告から聞いて知っていたこと等から,原告に
は判断力も資金力もあると考え,新規委託者ではあるが,多数枚の建玉をしても大丈夫で
あると判断していた。
そこで,被告甲らは,取引の手法としては,最初の建玉は少な目にしておき,そこ
から徐々に増やしていく方法(A方法)と,最初に多く建玉をし,そこから減らしていく方法
(B方法)とがあることを説明し,安値の時にたくさん買って,値上がりした時に売却すること
が肝心であることを説明した上で,被告甲らの相場観からすると,この時点ではB方法を勧
める旨説明した。
原告は,被告甲らの説明を聞き,取引枚数を増やしてもいいと考え,280万円の
追加投資をすることとした。
(イ) 平成9年10月6日の午後,被告甲は,原告の職場に原告を訪問した。被告甲
は,原告に対し,約1週間で740万円の純益があり,そのうち40万円を原告の口座に振り込
む旨伝えた。また,被告甲は,8月限の建玉を持っているよりは,価格の安い4月限の建玉
を持っている方が有利である旨伝えた。また,被告甲は当時の相場状況を説明するための
情報として,時事通信(J-COM)の記事や,新聞の商品先物欄のコピーを原告に渡した。
原告は,被告甲の相場観があたり,利益が出たことや,被告らから入金額が大きい
方が利益も大きいとの説明を受けていたこと等から,700万円の追加投資をすることとし,被
告甲のアドバイスを参考にして,4月限の買玉を240枚,8月限の買玉を100枚建てることと
した。同日午後4時ころ,被告乙から原告に,前記建玉を行った旨の報告の電話があった。
原告は,同月7日午前10時30分頃,定額・定期郵便貯金を解約し,被告会社に7
00万円を振込送金した。
この後も,原告は,被告甲からの情報の提供や,被告甲の相場観等の説明を受け
た上で,自己の判断によって取引を行っていた。
(ウ) 平成9年10月17日午後2時ころ,被告甲から原告に電話があった。被告甲は,
大豆の価格が下がってきており,追証状態であることを説明し,なんらかの対策をとる必要
がある旨説明した。被告甲は,電話の途中で被告乙に電話を替わった。被告乙は,原告に
対し,損切りをする場合には約440万円が残り,追証であれば1600万円程度,両建であれ
ば3600万円程度必要である旨を説明した。
原告は,資金があまりないため,借金でもしないことには1450万円もの金は用立
てできない旨説明したが,最終的には建玉を落としつつ両建をすることとした。
そして,同月21日,住友生命から100万円を借り入れるとともに,野村証券の公社
債投資を解約して800万円の返却を受け,残金は原告とその妻の貯蓄から捻出し,被告会
社に1455万1000円を支払った。
原告は,借金をしていることを被告らに説明すれば,被告らが一生懸命マイナスを
取り戻してくれるのではないかと考え,実際には兄から借金をした事実はなかったが,兄か
ら借金をしており,それを返済しなければならないから頑張ってほしい旨被告らに伝えてい
た。
この日から,原告の担当が,被告甲から被告乙に代わった。
(エ) 原告は,平成9年11月6日,「お客様へのアンケート」への記入を行った。同アン
ケートでは,「相場の動きに対するご相談やアドバイスは担当外務員が致しますが,売買取
引のご注文は,お客様ご自身の意思と判断により行っていただくことをご存じですか。」「委
託証拠金には委託本証拠金,委託追証拠金,委託定時増証拠金,委託臨時増証拠金の
四種類あるのをご存じですか(預託すべき日時等)」「追い証拠金等を期限までに預託しな
い時,建玉が処分される場合があることをご存じですか。」「値幅制限についてご存じです
か。(ストップ時の値幅等)」「残高照合通知書でお客様ご自身の取引内容を確認されてい
ますか。」という質問に対し,「知っている。」あるいは「確認している。」を選択しているほか,
「商品先物取引の損益計算方法について」という質問には「特定の商品について損益計算
ができる。」を選択している。また,「担当外務員の電話の応対や訪問態度はいかがでしょう
か。」との質問には「良い」を選択している。このように,原告は同アンケートに,先物取引の
仕組み等について理解している旨の記載をしていた。
エ 平成10年2月末ころ,被告丙は,被告乙から原告の担当を引き継いだ。
被告丙は,少なくとも1日に1回は原告に連絡をとるようにしていた。また,取引がな
された日には,取引成立後,報告の電話を入れていた。
原告が,出張で用地買収の交渉に赴いている時は,原告のほうから被告丙へ連絡
をしていた。また,被告丙も,原告が指定した電話番号に架電して報告等を行ったことがあ
った。
原告は,被告会社に対し,平成10年10月6日,本件取引を手仕舞いする旨の連絡
を行い,本件取引を終了した。
オ 原告がなした取引は,別紙取引一覧表記載のとおりである。
被告会社は,取引が成立するたびに売買報告書を送付しており,原告は送付され
てきた売買報告書には目を通していた。
また,被告会社は,原告が取引を開始した日の約1か月後から,毎月1回,残高照
合通知書を原告に送付し,取引状況の確認をしてもらうようにしていた。これに対して原告
は,残高照合回答書で,被告会社に対して,取引内容に間違いがない旨の回答をしてい
た。
更に,被告会社は,原告から委託証拠金の入金がなされたり,帳尻金から委託証拠
金への切替入金がなされる毎に,委託証拠金預かり証を新規に発行するとともに,従前の
委託証拠金預かり証は返還してもらっていた。
(2) 不適格者の勧誘の有無
争いのない事実及び前記認定事実によれば,原告は高校卒業後,各種の職務を歴
任し,本件当時はC会社で土地買収の仕事をしていたというのであるから,少なくとも通常
人と同程度の判断能力は有していたと考えられるばかりか,A省やB公団に在職した当時
の経験を生かし,取引交渉の際のやりとりを記録化して残しておくなど,取引や交渉に関し
てはその経験・認識・慎重さ等において,通常人よりも高い能力を有していたと認められる。
したがって,原告が,公社債投資などリスクの少ない証券取引しかしたことがなく,先物取引
は一度も行ったことがないことや,取引開始時に投資した資金は原告が老後の資金と考え
ていた金員の一部であったことを考慮しても,原告への先物取引の勧誘が不適格者への勧
誘であったということはできない。
(3) 取引過程における違法性の有無
ア 新規委託者保護義務違反
新規委託者保護義務の趣旨は,商品先物取引の性質にかんがみ,先物取引に習
熟していない新規の委託者が不測の損害を被ることのないよう,保護・育成を計る点にあ
る。とすれば,新規委託者保護規則自体は先物取引業界団体内の自主規制であるから,
仮に同規則に反する建玉がなされていたとしてもそのことのみをもって取引がすべて違法
であるとはいえないが,具体的な事情のもとで,前記趣旨を逸脱するような過度の取引がな
された場合には,保護期間内になされた取引が違法であると評価できる場合もあると解す
べきである。
本件では,争いのない事実及び前記認定事実によれば,確かに原告は,被告甲ら
から先物取引についての説明等を受け,先物取引の仕組み等について一応の理解を有し
ていたものと認められる。また,個別の取引についても,被告甲らから相場要因となる具体
的な情報等を提供され,自己の判断に基づいて取引をなしていたものと認められる。更に,
建玉枚数についても,形式的には新規委託者に対する制限建玉枚数を超過する点につい
ての審査がなされている。
もっとも,本件では,取引開始時である平成9年9月30日の時点で140枚の建玉が
なされ,その後も順次建て落ちを行いながら建玉枚数が増やされ,同年10月15日には85
0枚もの建玉がなされている。その後も新規委託者保護期間とされる3か月の間,概ね100
枚を超える建玉がなされている。
そして,同年10月17日には相場が反転し,追証状態に陥っており,話合いの上,
両建の方法を選択し,取引開始当初に入金した700万円の2倍以上の委託証拠金を入金
せざるを得ない状況になっている。
また,制限建玉枚数超過についての審査についても,前記認定のとおり,原告の資
産状況などについてきちんとした調査がなされないまま記載された顧客カードの記載等に
基づいてなされたものであり,判断の妥当性には疑問が残るといわざるを得ない。また,現
実には,審査の際に記載されていた300枚の建玉を大きく超える850枚もの建玉がなされ
ている。
以上のことからすれば,たとえ原告が先物取引についての一応の知識・判断力を有
していたとしても,いまだ取引を開始したばかりであり相場動向等については十分に習熟し
ていなかったといえ,新規委託者保護期間内に前記のような過大な取引を行うことは違法
であるといわざるを得ない。
イ 説明義務違反
原告は,被告らからは先物取引の危険性に関する説明は全くなく,また,取引の仕
組みについても,被告らの説明を聞いても全く理解できなかった旨主張し,これに沿う供述
をする。しかしながら,原告は被告甲から値上がりした場合の説明を聞き,逆に値下がりが
すれば損失が出ることは理解していたこと,約諾書の記載内容を把握していたこと,約諾書
にサインをしても入金をしなければ具体的な取引を開始したことにはならないことを知って
いたこと(同事項は,商品先物取引受託のガイドに記載されており,このことからも,原告は
同ガイドを読み内容を理解していたものと考えられる。),約諾書にサインをしてから現実に
入金するまでの数日間,入金をするかどうか,妻と相談して検討していたこと,自ら取引内
容に関する表を作成していること等からすると,原告が先物取引について全く理解していな
かったと考えることはできない。
ウ 断定的判断の提供
原告は,被告甲らが勧誘等の際に断定的判断等を示した旨主張するが,被告甲ら
の勧誘の際の言動が,原告が主張するような断定的判断の提供であったと認めるに足りる
証拠はない。もちろん,被告らは先物取引を勧誘している以上,セールストークを行うことは
当然であり,相場状況の説明や,自己の相場観の説明の中で,原告に誤解を生じるような
話があった可能性は十分にありうる。しかし,前記認定のとおり,原告は,被告甲らの説明を
聞いて,相場の動向によっては利益が出る時もあるし,損失が生じることもあることを理解し
ていたのであるし,被告甲から先物取引の勧誘を受けてから実際に委託証拠金を入金する
までの間,先物取引を行うかどうかを十分に検討していたというのであるから,原告が,被告
甲らの言動で,先物取引の危険性の判断を誤って本件取引を開始し,あるいは継続したと
考えることはできないと解する。
エ 無断売買・一任売買
原告は,被告らは無断売買を行っていた旨主張し,これに沿う供述をする。しかし,
そもそも原告は取引に対しては慎重な性格であり,わざわざ取引経過を記載した書面まで
作成していたにもかかわらず,単に被告甲から専門的であり任せてほしいと言われただけで
自分が行っている取引の内容を全く理解しようとせず,被告らに任せっきりであったというこ
とは考えにくいし,自分が行う意思のない取引を執拗に勧める被告甲らを半ば盲目的に信
用したり,出会って間もない被告甲らの立場を考えたという点も疑問が残るといわざるを得な
い。むしろ,前記認定のとおり,就業週報上「出張」とされている日にも被告らと連絡をとった
ことがあることや,その後原告方に送付されている「売買報告書」を確認しても被告らに対し
て何ら文句を言っていないほか,原告が取引経過について逐次記載をしていたという甲14
にも,取引期間を通じて一度も無断売買に関する記載は出てこないことからすれば,無断
売買があったと認めることはできないというべきである。
オ 特定売買
取引一覧表によれば,原告も主張するとおり,確かにいわゆる特定売買がなされて
いる部分が存在し,原告の主張するチェックシステムによれば,特定売買率,売買回転率,
手数料化率はいずれも高いものとなっている。しかし,このような基準は,商品取引員が顧
客の利益を犠牲にして手数料稼ぎを目的として違法な取引を行ったことを推認させる一事
情にはなるとしても,これらの数値は取引の状況や相場の値動き等の個別的事情を捨象し
ているのであるから,これらの数値が高いことが直ちに取引に違法があったということに結び
つくわけではない。
また,原告は,両建,途転等の各取引手法についても,そのような手法は取引手法
としては意味がなく,客殺しの手段であるから違法である旨主張する。しかし,各取引手法
にはそれを行う意味があるといえることから,これらの取引手法が用いられていることをもっ
て直ちに違法であるとはいえず,無意味な手数料稼ぎの方法として利用されている等の事
情がある場合に,これらの手法による取引が違法と評価されるというべきである。このことは,
先物取引の有する危険性が認識され,委託者保護のための法整備がなされた後において
も,これらの手法を行うこと自体は禁止されていないことからも明らかである。
そして,本件においては,前記のとおり,原告は,先物取引の仕組みについての一
応の理解を有しており,原告の承諾も得ていたものと認められ,その他に各取引が違法で
あることを認めるに足りる証拠はないことから,特定売買がなされていることをもって,本件各
取引が違法であるということもできない。
カ 向かい玉
原告は,被告会社がいわゆる向かい玉の方法により,原告に損益が生じ,反対に被
告会社に利益が生じるような操作をしていた旨主張する。
しかし,そもそも原告の損益は基本的には相場の動向によって生じるものである。し
たがって,被告会社が相場を操縦できるような特別の事情のない限り,向かい玉によって原
告に損失を生じさせたということはできない。
本件では,そのような特別の事情を認めるに足りる証拠はない。
キ 手仕舞い拒否
手仕舞いの点についても,甲14では,記録の最後の部分にわずかに手仕舞いのこ
とが記載されているのみであるばかりか,それ以前の部分ではむしろ原告が被告らに対し
て,取引を継続し,損失分を取り戻してくれるように頼んでいると思われる記載が多数見られ
ることからすれば,平成10年10月6日以前に,原告が,話の流れの中で取引をやめるかど
うか検討している趣旨の発言をしたことがあったとしても,取引を完全に終了させる意図で
手仕舞いを被告らに申し出たことがあるとは認められない。
(4) 損害額
原告は,被告らの前記新規委託者保護義務違反により,少なくとも同保護期間内の
一連の取引によって生じた差損金分の損害を被ったといえ,取引開始から3か月以内の取
引によって生じた差引損は,1023万0700円である。
また,遅延損害金は一連の不法行為が行われた日の最終日である平成9年12月30
日から生じると解すべきである。
2 過失相殺
前記のとおり,原告は先物取引の仕組みなどについての知識・判断力を有していたに
もかかわらず,投機取引への興味から,被告らの勧誘に応じて取引開始当初から多枚数の
取引を行い,また,最初の取引で利益が生じたことから安易に取引枚数を増やしたことな
ど,原告にも落ち度があったといわざるを得ない。
よって,本件における諸般の事情を考慮して,原告の受けた損害のうち,5割を過失相
殺することが相当である。よって,原告が請求することのできる損害額は511万5350円とな
る。
3 被告らの責任
被告甲及び被告乙は,被告会社の外務員として,前記期間中に原告の取引に関与
し,違法な取引行為を行っていることから,連帯して前記金員の賠償をすべき義務がある。
また,被告会社は,被告甲及び被告乙の使用者として,民法715条により,同人らと
連帯して,同金額について賠償すべき義務がある。
4 結語
以上によれば,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余
の部分は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条,6
5条1項を適用して,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官     前坂 光雄
 裁判官     永田 眞理
裁判官 藤倉 徹也

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