弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 原告が日本国籍を有することを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
○ 事実及び理由
第一 原告の請求
主文と同旨
第二 事案の概要
本件は、いわゆる中国残留日本人孤児である原告が、自己の志望により中華人民共
和国(以下「中国」という。)の国籍を取得して日本国籍を失ったものとしてその
戸籍から除籍されたため、自己の志望により中国国籍を取得したことはないとし
て、現に日本国籍を有することの確認を求めている事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 原告は、昭和一〇年三月一八日、山形県東田川郡<地名略>(現在は同郡<地
名略>)において、日本国民である父Aと母Bとの間の二女として出生し、生来的
に日本国籍を取得した。
2 原告は、昭和一六年ころ、両親らと共に旧満州国(現在の中国東北部)に渡っ
たが、昭和二〇年八月一五日の敗戦後、中国人夫婦に預けられた。
その後、原告は、中国人夫婦の養女として育てられ、昭和二五年ころ、中国人であ
るCと婚姻したが、その後、同人と死別し、中国人であるDと婚姻した。原告とC
及びDとの間には、四男二女の子が生まれた。(甲四号証)
3 原告は、昭和五八年七月八日、その長男、四男及び二女を同伴して、日本に帰
国した。
4 原告は、本籍地山形県東田川郡<地名略>、戸主Aの二女として戸籍に入籍さ
れていたところ、昭和四二年八月二四日に失踪宣告の裁判が確定し、同月二九日付
けで右届出がされて、その戸籍から除籍されたが、昭和五〇年一一月二〇日、右失
踪宣告取消しの裁判の確定により、戸籍回復の記載がされた。
5 ところが、平成三年二月一日、原告は自己の志望によって中国国籍を取得した
ものであり、日中国交回復の日である昭和四七年九月二九日に日本国籍を喪失した
ものとして、その戸籍から除籍された。
二 争点
原告が生来的に日本国籍を有していたことは、当事者間に争いがないところ、本件
の争点は、原告が中国在住中に自己の志望により中国国籍を取得し、昭和五九年法
律第四五号による改正前の国籍法八条(現行の国籍法一一条一項と同一条文)の規
定により、日本国籍を失ったものと認められるか否かという点であり、この点に関
する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。
1 被告の主張
原告は、Dとの婚姻後である昭和三五年三月三日ころ、自ら中国国籍の入籍手続を
行い、自己の志望により中国国籍を取得したものである。すなわち、原告の日本国
籍の有無を調査すべく、東京法務局担当係官が原告の二女であるE(日本名F)の
通訳により原告から事情聴取をしたところ、平成二年一〇月八日の事情聴取におい
ては、原告がDとの婚姻届出後、中国国籍に入籍し中国人となったこと及びその際
の証書はあると思う旨の供述があり、同年一二月一七日の事情聴取においては、原
告について昭和三五年(一九六〇年)三月三日付けの中華人民共和国許可入籍証書
(以下「本件入籍証書」という。)があり、右入籍証書が原告のものであることは
間違いなく、中国国籍の取得については、誰かに強制されて入籍したのではなく、
自ら希望して入籍し、その手続はDと二人で行った旨の供述があったのであり、原
告が自己の志望により中国国籍を取得したことが認められた。
なお、日本国民が自己の志望によって外国の国籍を取得したことにより、日本国籍
を喪失するという効果が生ずるためには、当該外国が国際法上我が国によって承認
された国家であることを要するが、我が国による中国政府承認前の中国国籍の取得
は、潜在的なものであり、その効果は、我が国が中国政府を承認した時に顕在化す
るものであるから、原告は、我が国が中国政府を承認した日中国交正常化の日(昭
和四七年九月二九日)をもって日本国籍を喪失したことになる。
2 原告の主張
自己の志望により中国国籍を取得したというためには、自己の任意な意思により中
国国籍に入籍したことを要するところ、当時の中国においては、日本人であること
を理由とした差別、迫害等があり、そのような状況の中で、中国残留日本人孤児
が、自らを守るため、また、自らの家族に累が及ばないようにするため、やむなく
中国国籍に入籍したという事例が多くみられるのである。そうした状況の下におい
ては、中国国籍に入籍した事実があったとしても、それが自己の任意の意思による
ものといえない。
そして、原告は、自ら中国国籍の入籍手続を行ったことはなく、本件入籍証書が作
成されることになった入籍手続は、原告の夫であるDが原告に無断で行ったもので
ある。すなわち、原告は、いわゆる中国残留日本人孤児として、中国人養父母に預
けられ、中国人の妻となったのであるが、前記のような日本人であることを理由と
した差別、迫害等が本人及び家族に及ぶことを避けるため、日本人と婚姻した夫そ
の他の親族が、日本人の妻を中国国籍に入籍させようとすることはよくあることで
あり、原告の夫であるDも、自分よりも一六歳も若い原告をつなぎ止めるととも
に、家族が差別や迫害を受けないようにするというつもりで、原告に無断でその入
籍手続を行ったものである。そして、中国残留日本人孤児として満足な初等教育す
ら受けることなく働き続けてきた原告にとって、入籍手続の意味を正確に認識する
ことはできず、また、夫の意思に反して、一人で入籍手続の無効ないし取消しの措
置を講ずる立場にはなかったのであるから、原告が入籍手続を事後的に了承ないし
認容したことはないのである。
なお、被告の主張する平成二年一〇月八日及び同年一二月一七日の事情聴取におい
ては、当時、帰化許可申請を行っていたFが通訳をしているところ、Fが自己の帰
化許可申請に対する影響を考慮したため、適切な通訳がされず、右事情聴取の際に
作成された聴取書には原告の意思ないし供述に反する記載がされているのである。
また、右事情聴取には、自己の帰化許可申請という利害関係を有するFを通訳と
し、帰化手続の過程においてされたなど、その聴取手続に著しい瑕疵があり、そう
した手続により作成された聴取書はその証拠能力さえ認め難いものである。
以上のとおり、いずれにしても原告が自己の志望により中国国籍を取得した事実は
ない。
第三 争点に対する判断
一 乙三号証(本件入籍証書)によれば、原告が中国国籍に入籍したことを証する
中国国務院発行に係る本件入籍証書が昭和三五年(一九六〇年)三月三日付けで作
成されていることが認められ(なお、甲二号証、乙四、五号証によれば、原告の真
実の生年月日が昭和一〇年(一九三五年)三月一八日であること、原告が、中国在
住当時、自己の生年月日を昭和九年(一九三四年)二月二二日と思っていたことが
認められるところ、本件入籍証書には、原告の生年月日が一九三四年七月二日と記
載されており、この点の離齬があることになるが、本件入籍証書が原告自身に関す
るものであること自体は、原告自身も認めるところである。)、そのころ、原告に
ついて中国国籍への入籍手続がなされ、中国政府においては原告を中国国籍を有す
る者として扱っていたであろうことが推認されるところである。
二 ところで、原告は、右入籍手続は、夫であるDが原告に無断で行ったものであ
る旨主張しており、甲六、一一号証及び原告本人尋問の結果中には、原告の夫であ
るDが、原告を自らの下につなぎ止めておくとともに、家族が差別等を受けないた
めに、原告に無断で入籍手続を行った旨の右主張に沿った記載部分及び供述部分が
ある。
一 方、乙四及び六号証によれば、東京法務局戸籍課(以下「戸籍課」という。)
の担当職員が行った平成二年一〇月八日及び同年一二月一七日の事情聴取(以下
「本件事情聴取」という。)において、原告が、Dとの婚姻届出後、中国国籍に入
籍し中国人となった旨、中国国籍の取得については、誰かに強制されて入籍したの
ではなく、自ら希望して入籍し、その手続はDと二人で行った旨の供述をしたもの
として、そのような内容の聴取書(乙四及び六号証、以下「本件各聴取書」とい
う。)が作戊されていることが認められる。
三 そこで、本件各聴取書に記載された原告の供述内容について検討するに、当事
者間に争いのない事実に加え、証拠(証人Fの証言、甲六、七号証、乙一ないし六
号証)及び弁論の全趣旨によれば、まず、本件各聴取書が作成されるに至った経緯
については、以下の事実が認められる。
1 原告の二女であるFは、高校三年生であった昭和六三年一一月に法務大臣に対
して帰化許可申請を行い、東京法務局国籍課(以下「国籍課」という。)に関係書
類を提出したところ、同課職員から連絡を待つように指示された。
平成元年一〇月ころ、Fは、日本人と婚姻したが、未だ帰化の許可はされていなか
った。
2 平成二年に、Fと原告が、国籍課担当職員から呼出しを受けて東京法務局へ赴
いたところ、Fは、同課担当職員から、帰化申請手続においては、身分関係を明確
にする必要がある旨説明され、原告の中国での婚姻届を提出するように指示され
た。
原告は、同年八月八日、東京都練馬区長に対し、原告とDの婚姻を証する中国黒龍
江省方正県公証処発行の公証書を添付してDと婚姻した旨の報告的届出をしたとこ
ろ、同区長は、東京法務局長に対して右婚姻届出の受理伺いを行った。
3 東京法務局長は、原告の日本国籍の有無についても調査を実施することとし、
戸籍課担当職員が本件事情聴取を行い、原告の中国における生活状況やDとの婚姻
に至る経緯等の事情がFの通訳を介して聴取され、本件各聴取書が作成されて、F
及び原告が署名・押印した。右聴取に際しては、原告及びFには、原告とDとの婚
姻の有無等を確認する旨は告げられていたが、右聴取が原告の日本国籍の有無につ
いての調査が目的であるということは特段告知等はされなかった。そして、本件事
情聴取の過程において、原告から本件入籍証書が提出された。なお、本件事情聴取
の時点においても、Fの帰化許可申請に対する許可等はされておらず、Fは、その
点につき焦燥感を抱いていた。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、原告は、本件事
情聴取の聴取手続には著しい瑕疵があり、本件各聴取書は証拠能力さえ認め難い旨
主張するかのようであるが、右認定に係る聴取手続にそれ自体が違法とされるよう
な特段の瑕疵はうかがわれず、本件各聴取書の証拠能力自体が認められることは明
らかである。
四 ところで、甲六(原告の陳述書)、七号証(Fの陳述書)、証人Fの証言及び
原告本人尋問の結果中には、本件事情聴取の際に、Fが、自己の帰化申請手続が長
引くと困ると考えて、担当職員の質問を正確に原告に通訳せず、あるいは、原告の
供述と異なる通訳をした旨の記載部分及び供述部分がある。
そこで、検討するに、証人Fの証言や原告本人尋問の結果中には、その細部におい
て、曖昧な部分もあり、互いに矛盾すると思われるような供述部分やそれぞれの陳
述書の記載とやや食い違う供述部分があるところではあるが、原告が、誰かに強制
されることなく自ら希望して中国国籍に入籍し、その手続はDと二人で行った旨の
供述をしていないにもかかわらず、Fが、そのような趣旨の担当職員の質問に対し
て原告がこれを肯定しているかのような通訳をしたということについては、その供
述部分及び記載部分の趣旨は概ね一貫しているといえ、証人Fの証言及び原告本人
尋問の結果によれば、原告及びFは、日本人として生まれた者、すなわち生来的に
日本国籍を取得した者が、日本国籍を喪失する場合があることについて必ずしも十
分な理解をしていないことがうかがえるところ、前記認定のとおり、本件事情聴取
時には、Fの帰化許可申請から既に二年以上が経過しており、Fがこの点について
焦燥感を抱いていたこと、Fは、帰化申請手続においては身分関係を明確にする必
要がある旨の説明を受けて、原告の中国での婚姻について資料の提出等を求められ
たことがあること、本件事情聴取の際には、原告とDとの婚姻の有無等の事情を聴
取する旨告げられたが、原告の日本国籍の有無についての調査が目的であることは
必ずしも明確にはなっていなかったことなどからすれば、本件事情聴取において、
Fが、自己の帰化申請手続に対する影響のみを考慮して、原告とDとの婚姻の真実
性を強調するあまり、原告の日本国籍の帰趨に及ぼす影響に思いを致すことなく、
提出書類の趣旨に従った迎合的対応をし、原告の中国国籍への入籍手続の経緯につ
いて、原告の意思ないし供述に沿った正確な通訳をしなかったということは、あな
がち不自然なこととはいえない。
そうすると、本件各聴取書の記載が入籍手続についての原告の供述を正確に記載し
たものというには未だ疑問があり、本件各聴取書をもって、原告が自己の意思に基
づいて中国国籍への入籍手続を行ったと認めることはできないものといわざるを得
ない。かえって、前示したとおり、本件入籍証書の原告の生年月日の記載が原告自
身が自己の生年月日と考えていたものと齟齬していることや甲六号証、一一号証及
び原告本人尋問の結果中には、Dが原告に無断で入籍手続を行った旨の記載部分及
び供述部分があることからすれば、中国国籍の入籍手続が原告の意思に基づくもの
でないことがうかがわれるところである。
五 原告が生来的に日本国籍を取得したことは、当事者間に争いがないのであるか
ら、原告の日本国籍の喪失事由、すなわち、原告が自己の志望により中国国籍を取
得したことについては、その日本国籍の喪失を主張する被告がその立証責任を負担
しているものであるところ、前示したところによれば、その余の点について判断す
るまでもなく、原告が自己の志望により中国国籍を取得したという事実について
は、未だ、被告の立証がされていないことに帰するから、原告は、現在もなお日本
国籍を有しているものというべきことになる。
六 よって、現に日本国籍を有することの確認を求める原告の請求は理由があるか
ら、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事
訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富越和厚 竹田光広 岡田幸人)

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