弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役一年二月に処する。
     原審の未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。
     押収してある国民健康保険被保険者資格異動届(取得用)一通(昭和五
八年押第五九〇号の1)、Aカード・B発行申込書一通(同号の3)及び「Cクレ
ジツトお申込みの内容」と題する書面一通(同号の4)の各偽造部分を没収する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事土肥孝治作成の控訴趣意書記載の
とおりであり、これに対する答弁は、弁護人戸谷茂樹作成の答弁書記載のとおりで
あるから、これらを引用する。
 論旨は、原判決は、「被告人が昭和五八年四月一八日京都市a区役所保険課にお
いて、同課係員を欺罔してD名義の国民健康保険被保険者証一通の交付を受け、こ
れを騙取した」旨の詐欺の公訴事実について、被告人の右行為は詐欺罪を構成しな
いとしてこれを無罪としているが、右は詐欺罪に関する法令の解釈及び適用を誤つ
たものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるという。
 <要旨>そこで検討するに、国民健康保険被保険者証(以下、単に被保険者証とも
いう)は、市町村が国民健康保険を行う場合にあつては、被保険者の属する
世帯の世帯主が当該市町村から交付を受けるものであつて(国民健康保険法九
条)、それはその交付を受ける者、その他一個人の所有権の客体となるべき有休物
であり、刑法にいわゆる財物にあたるものといわなければならない。しかのみなら
ず、その性質、効用をみると、被保険者証は、市町村が行う国民健康保険の被保険
者であること、換言すれば、当該市町村から療養の給付を受けうる権利を有する者
であることを証明する文書で(国民健康保険法九条、同法施行規則六条)、単なる
事実証明に関する文書ではなく、財産上の権利義務に関する事実を証明する効力を
有する文書というべきものであつて、被保険者が療養の給付を受けようとするとき
は、原則としてこれを療養取扱機関に提出しなければならないものであり(同法三
六条)、被保険者証は、単なる事案証明に関する文書とは異り、それ自体が社会生
活上重要な経済的価値効用を有するものであるから、当該市町村の係員を欺固して
被保険者証の交付を受けてこれを取得する場合においても、詐欺罪の規定の保護に
値し、同罪の構成要件を充足するものとして、詐欺罪の成立を認めるのが相当であ
る(最高裁昭和二四年一一月一七日第一小法廷判決・刑集三巻二号一八〇八頁参
照)。
 原判決は、「それ(被保険者証)が不正取得されることによつて侵害される利益
は、専らその証明事項の真偽に係り保険事業の適正な運営の確保による保険行政上
の利益であつて、かかる利益は刑法にいう財産上の利益には該当しないというべき
であり、国家的・社会的法益に向けられた詐欺的行為は、個人的法益たる詐欺罪の
定型性を欠くものであるから、本件の欺岡手段を用いて国民健康保険被保険者証の
交付を受ける行為は、財産権を侵害すべき性質をもたず、したがつて詐欺罪を構成
しないものというべきである。」と判示する。
 しかし、原判決がいうように、欺岡手段を用いて国民健康保険被保険者証の交付
を受ける行為が国家的・社会的法益の侵害に向けられた側面を有するとしても、そ
のことの故に当然に詐欺罪の成立が排除されるものと解するのは相当でない。すな
わち、欺罔行為によつて国家的・社会的法益が侵害される場合においても、当該行
為が同時に詐欺罪の保護法益である財産権を侵害し、同罪の構成要件を充足する以
上、関係行政法規の規定中に、右のような欺罔行為等による不正行為を処罰する罰
則規定を設けるなどして、詐欺罪の適用を排除する趣旨のものが認められない限り
は、詐欺罪の成立を認めるべきものといわなければならない(最高裁昭和五一年四
月一日第一小法廷決定・刑集三〇巻三号四二五頁参照)。
 これを本件についてみるに、欺岡手段を用いて市の係員から国民健康保険被保険
者証の交付を受けてこれを取得する行為は、前説示のとおり、詐欺罪の保護法益で
ある財産権を侵害し、同罪の構成要件を充足するものであつて、国民健康保険法や
その他の罰則規定等に、右のような行為について詐欺罪の適用を排除する趣旨のも
のと解せられる規定は存しないのであるから、被告人の本件右の行為は刑法二四六
条一項に該当し、詐欺罪が成立するものというべきである。
 したがつて、原判決が前記公訴事実について、被告人の行為は詐欺罪を構成しな
いとして、これを無罪としたことは、詐欺罪に関する法令の解釈適用を誤つたもの
であり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、破棄を免れないとこ
ろ、原判決は、右公訴事実に係る罪と原判示第二の偽造有印私文書行使とが牽連犯
の関係にあるとして起訴されたものであるとし、これと原判示第一の一、二及ひ第
三の各罪とを刑法四五条前段の併合罪として一個の刑を科しているのであるから、
原判決は全部破棄を免れない。
 よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法
四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。
 (罪となるべき事実)
 原判示第二の事実を、「京都市a区役所の係員から実弟D名義の国民健康保険被
保険者証を騙取しようと企て、昭和五八年四月一八日午前一一時三〇分ころ、京都
市a区b上ルc町d番地京都市a区役所保険課において、行使の目的をもつてほし
いままに、同区役所備付けの国民健康保険被保険者資格異動届(取得用)用紙の現
住所欄に「京都市a区e町f」、世帯主氏名欄に「D」、届出氏名欄に「D」など
と冒書し、もつてD名義の国民健康保険被保険者資格異動届(取得用)一通(昭和
五八年押第五九〇号の1)を偽造し、即時同所において、右保険課職員Eに対し、
保険料支払いの意思及び能力もないのにあるように装い、かつ右国民健康保険被保
険者資格異動届(取得用)があたかも真正に作成されたもののように装い、これを
提出行使して、D名義の国民健康保険被保険者証の発行交付を申し入れ、右Eをし
て被告人が右D本人であると誤信させ、よつて、同日午前f時四五分ころ、同所に
おいて、右保険課係職員からD名義の国民健康保険被保険者証一通(前同押号の
2)の交付を受けてこれを騙取した」と変更するほかは、原判示第一の一、二及び
第三の事実摘示のとおりであるから、これらを引用する。
 (証拠の標目)(省略)
 (法令の適用)
 被告人の判示第一の一、二及び第二の各所為のうち、各有印私文書偽造の点はい
ずれも刑法一五九条一項に、各偽造有印私文書行使の点はいずれも同法一六一条一
項、一五九条一項に、判示第一の一、二の各所為のうち、各詐欺未遂の点はいずれ
も同法二五〇条、二四六条一項に、判示第二の所為のうち、詐欺の点は同法二四六
条一項に、判示第三の所為は同法二四六条二項にそれぞれ該当するところ、判示第
一の一、二の各有印私文書偽造、各同行使及び各詐欺未遂並びに判示第二の有印私
文書偽造、同行使及び詐欺との間には、それぞれ対応する関係において、いずれも
順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により、それぞれい
ずれも一罪として、判示第一の一、二の各罪については最も重い各詐欺未遂罪の、
判示第二の罪については最も重い詐欺罪の各刑(ただし、いずれも短期は各偽造有
印私文書行使罪の刑による。)でそれぞれ処断することとし、以上は同法四五条前
段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、刑及び犯情の最も重い判
示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内(ただし、短期は偽造有印私文書
行使罪の刑による)で被告人を懲役一年二月に処し、同法二一条により原審の未決
勾留日数中三〇日を右刑に算入し、押収してある国民健康保険被保険者資格異動届
(取得用)一通(昭和五八年押第五九〇号の1)の偽造部分は判示第二の、同Aカ
ード・B発行申込書一通(同号の3)の偽造部分は判示第一の二の、同「Cクレジ
ツトお申込みの内容」と題する書面一通(同号の4)の偽造部分は判示第一の一
の、各偽造有印私文書行使の犯罪行為をいずれも組成したもので、何人の所有も許
さないものであるから、いずれも同法一九条一項一号、二項本文によりこれらを没
収し、原審及び当審の各訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告
人に負担させないこととする。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 家村繁治 裁判官 田中清 裁判官 久米喜三郎)

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