弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という)らの控訴を棄却す
る。
     原判決中、被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という)Aに
関する部分を、次のとおり変更する。
     控訴人らは各自被控訴人Aに対し、金一五三万六九八五円及びこれに対
する昭和四〇年一二月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払
え。
     被控訴人Aのその余の請求を棄却する。
     控訴人らと被控訴人Aとの間に生じた第一、二審の訴訟費用並びに被控
訴人B、同Cとの間に生じた第二審の訴訟費用は、いずれも控訴人らの負担とす
る。
     本判決中金員の支払を命じた部分並びに原判決中被控訴人B及び同Cに
対する金員の支払を命じた部分は、仮に執行することができる。
         事    実
 控訴人ら代理人は「原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求
を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。被控訴人Aの附
帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は「控訴人らの控訴を棄
却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。原判決中被控訴人Aに関する部分を次
のように変更する。控訴人らは連帯して被控訴人Aに対し、金一八七万四〇五一円
及びこれに対する昭和四〇年一二月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による
金員を支払え。」との判決(被控訴人Aの請求については、原審認容部分に事実欄
二、(二)に附帯控訴理由として記載の請求部分を加えた上記範囲内に減縮)並び
に仮執行宣言を求めた。
 当事者双方の主張及び証拠の関係は、左記の点を付加するほか、原判決の事実摘
示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決八枚目裏二行日中「A」
の下に「(第一、二回)」を加える)。
 一、 控訴人らの主張
 (一) 本件衝突原因たる過失について
 本件衝突は、原審でも主張したように、D丸が海上衝突予防法の規定に違反し
て、衝突直前に従前の針路を左転してE丸の前面を横切るという船舶運航上の過失
によつて発生したものである。すなわち、D丸もレーダーを備えていたのであるか
ら、E丸がD丸の映像をとらえたのと同じ頃に、D丸もE丸の映像をとらえ、同船
が反航して来るのに気付いていなければならない。気付いていなかつたとすれば、
すでにその点に過失がある。気付いていたとすれば、互いに左舷を相対して航過す
るか、又は、両船の針路や衝突時の船位等からみてD丸はその右舷にE丸を認めて
いたと考えられるから、D丸の方でE丸の進路を避けるべきである(海上衝突予防
法一九条ないし二二条参照)。しかるに、D丸の船長Fは避譲の措置をとらず、そ
のまま運航してE丸の船首前面を横切つたのであつて、この過失が本件衝突の原因
である。
 少なくとも、本件衝突は、D丸が霧のため展望がさえぎられていたのに海上衝突
予防法一六条一項に違反して過大な速力のまま進行した同船の不当運航によつて発
生したものである。D丸には船長以下八名が乗船していたが、船舶に危険のおそれ
があるときは船長は甲板にあつて自ら船舶を指揮すべきである(船員法一〇条)か
ら、D丸は船長Fが自ら操船指揮していたものと推定されるが、もし同人が自ら操
船指揮していなかつたとするとその点に過失があるから、いずれにせよD丸の前記
不当運航については同人に過失があるものというべきである。
 仮に、控訴人Gにも過失があつたとしても、D丸船長Fの前記過失が本件衝突の
主たる原因であるから、その点を十分に参酌して過失相殺がなされるべきであつ
て、漫然と折半すべきではない。
 (二) 反対債権による相殺
 仮に、控訴人らに損害賠償債務があるとすれば、控訴会社が被控訴人らに対して
有する次の債権をもつて相殺する。
 本件衝突事故により死亡したD丸八名の乗組員中、F、Hを除く六名の各遺族
は、控訴会社に対し損害賠償として別紙記載の各金額の支払を求める訴を提起し
(広島地方裁判所昭和四一年(ワ)第四一六号事件)、昭和四二年一二月八日成立
した和解により控訴会社は右各遺族に対し、死亡乗組員一名につき各七〇万円、合
計四二〇万円の損害賠償金を支払うこととなり、そのうち二〇〇万円は支払いずみ
である。
 Hの実父Iも、控訴会社、E丸船長J、D丸船主Kに対し損害賠償として三七四
万二五六六円の支払を請求する訴を提起し、目下係属中である。本件衝突事故はD
丸船長たるFの過失によるものであり、仮にE丸の船長や航海士にも過失があつた
としでも、その過失の割合はFの方がはるかに大であるから、前記の各遺族に対す
る賠償業務はF自身も負担すべきである。
 従つて、Fは控訴会社に対し自己の分担額に相当する損害賠償債務を負い、その
債務は被控訴人らが相続したものである。そして、右分担割合は少なくともF七、
控訴会社三を相当とするから、控訴会社は被控訴人Aに対し一四七万円、同B及び
同Cに対し各七三万五〇〇〇円の損害賠償債権を有し、この反対債権をもつて対当
額において相殺するものである。
 二、 被控訴人らの主張
 (一) 控訴人らの相殺の抗弁に対する答弁
 控訴会社とF、Hを除くその余のD丸乗組員の遺族らとの間で控訴人ら主張のよ
うな裁判上の和解が成立し、その和解金のうち二〇〇万円が支払いずみであるこ
と、控訴会社ほか二名とHの実父との間で控訴人ら主張のような訴訟が係属中であ
ることは、認める。
 しかしながら、右のような被控訴人らの全く関与しない和解金や、被控訴人らと
全く関係のない損害賠償請求の訴により将来支払を命ぜられるかも知れないという
にすぎない金員の支払について、被控訴人らにこれを分担すべき義務があるとの主
張は全く理由がない。
 仮に本件衝突事故の原因たる過失がD丸の側にあつたとしでも、D丸は沈没し船
員全員が死亡しているのであるから、D丸側の過失責任者が乗組員中の誰であるか
を断定することはできず、これがもつぱら船長のF一人にあつたとすることはでき
ない。
 そもそも本件のような船舶衝突事故は、個人と個人との間の不法行為としてでは
なく、船舶相互間の不法行為として考えるべきもので、本件事故についてD丸側に
一部過失があつたとすれば、それはD丸乗組員全員の共同過失として過失相殺は被
害者たるD丸乗組員各人からの損害賠償請求に対し各個別に主張されるべきもので
ある。
 (二) 遺族年金等の控除について(附帯控訴の理由)
 被控訴人(附帯控訴人)Aが亡夫Fの死亡の結果国から支給された遺族年金及び
行方不明手当金は、次に述べる理由により、同被控訴人の受け取るべき本件損害賠
償金から控除されるべきではない。同被控訴人は、原判決が右遺族年金等相当額五
四万四一三三円及びこれに対する遅延損害金につき同被控訴人の請求を棄却した点
を不服として、本件附帯控訴をなすものである。
 商法は、損害保険については第六六二条において被保険者の第三者に対する権利
についての保険者の代位を規定しているが、この規定を生命保険に準用していない
(六八三条)。これは、損害保険が純粋の損害填補を目的とするものであるのに対
し、生命保険は死亡にそなえた備蓄を目的とする制度であつて、全くその性質を異
にするからである。船員保険(他の多くの社会保険も同様)は、組合員の疾病、傷
害等不慮の災厄に対する損害保障と、失業、廃疾、老衰、死亡等の場合における本
人又は遺族の生活保障との両制度を包括していて、その保険給付の中で療養費、傷
病手当金といつたようなものは前者の損害保険であり、遺族年金というようなもの
は後者の生命保険の性質を有する。従つて、商法が損害保険についての六六二条を
生命保険に準用していないことから考えて、同条と立法趣旨を同じくする船員保険
法二五条(他の各種の社会保険法中の同旨の規定も同様)は、生命保険の性質を有
する保険給付たる遺族年金等には適用されないものと解すべきである。
 三、 証拠関係(省略)
         理    由
 一、 次の事実は当事者間に争いがない。
 (1) 被控訴人Aは亡Fの妻であり、被控訴人B及び同CはFの父母である。
 (2) Fは訴外K所有の機船D丸(四九五トン)に船長として乗り組んでいた
が、D丸は昭和三八年一二月二四日午後八時頃京浜港東京区を発し、函館に向け航
行中、同月二五日午後一一時二三分頃L燈台沖合において、同所を航行中の機船E
丸(一一七四トン)からその船首を右舷側後部に衝突された。そのためD丸は、右
衝突箇所の外板に横約三・三メートル、縦約一メートルの破口と、これに伴う横約
八メートル、縦約四メートルの凹損を生じて、衝突後間もなく沈没し、Fを含む乗
組員八名全員が海中で溺死した。
 (3) E丸は控訴人南日本商船株式会社の所有に属し、同会社の社員である訴
外Jが船長、同じく控訴人Gが一等航海士としてこれに乗り組み、同会社の業務と
して同月二五日午前〇時四〇分釜石港を発し、関門港若松区に向け航行中であつ
た。
 二、 そこで、本件衝突事故に至つた経過及びその態様について考えるに、被控
訴人ら主張の原判決記載請求原因第四項の事実はE丸運航の時間的経過の点を除き
当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一号
証、乙第一号証の一ないし八(二及び八についでは各一部)、乙第二号証の一、
二、原審における控訴人G本人の供述(一部)を合わせると、次の事実が認められ
る。
 E丸は釜石を出航した後、昭和三八年一二月二五日午後四時頃M燈台を右舷側西
北西(磁針方位、以下同じ)五海里ばかりに通過した時、船長Jは針路を南微西四
分の一西に定め、一時間一〇海里の全速力で進行中、同八時頃控訴人Gが昇橋して
同船長と交替し右針路を引き継いだ。同九時二五分頃から霧がたち込め展望がさえ
ぎられるようになつたので、同控訴人は霧中信号を吹鳴しはじめたが、J船長には
何ら報告せず、引き継き全速力で続航した。同一〇時頃同控訴人は船位が予定針路
より右方に片寄つているものと思つて針路を四分の一点左転して南微西とした。同
一一時頃から濃霧となつたが、同控訴人は霧中信号を行なつたのみで、依然全速力
で進行し、L沖合に差しかかつた。
 他方、D丸は、京浜港東京区を出航した後一旦館山に寄港し、昭和三八年一二月
二五日午前一〇時頃同地を発して、N燈台を左舷側に通過した後、北東方の針路を
とり、一時間八海里二分の一ばかりの全速力で進行した。その後霧となり展望がさ
えぎられたが、同船は減速することなく続航し、同日午後一一時頃L燈台を左舷側
に通過した頃ほぼ北微西に転針して進行した。
 ところで、E丸の運航に当つていた控訴人Gは、同日午後一一時三分頃レーダー
で左舷船首ほぼ一点六海里ばかりのところにD丸の映像をとらえ、同船が北上して
くる反航船であることを認めたが、これと左舷を相対して航過できるものと考え、
そのまま航行しているうち、同一一時一八分頃レーダーで左舷船首ほぼ一点一海里
二分の一ばかりのところにD丸の映像を認め、それが自船と互いに接近する状況で
あつたのに、これに深く留意しないまま続行し、同一一時二二分頃L燈台を右舷側
に通過したものと思い、間もなく南西二分の一南に転針するつもりで右舵をとつた
ところ、左舷船首ほぼ一点二〇〇メートルばかりのところにD丸の緑燈を認めたの
で、衝突の危険を感じて直ちに右舵一杯をとり機関を全速力後退にかけた。その
頃、D丸においでも前方二、三百メートルのところにE丸の燈火を認め、左舷一杯
をとつて避難しようとした。しかし、いずれもその効なく、同一一時二三分頃L燈
台からほぼ東微南二分の一南三海里四分の三ばかりのところで、ほぼ南南西に向い
たE丸の船首が、ほぼ西微南に船首を向けたD丸の右舷側後部に後方からほぼ五点
の角度で衝突し、これによりD丸は前示のように船体に損傷を受けて間もなく沈没
した。
 以上の事実が認められ、前掲乙第一号証の二及び八の供述記載、原審における控
訴人G本人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右すべき証
拠はない。
 三、 右認定の事実関係に徴すると、船長Jに代わりE丸の運航に当つていた控
訴人Gとしでは、当時海上に濃霧がたちこめ展望がさえぎられており、しかも自船
とD丸とが互いに接近しつつある状況をレーダーの映像により知り得たのであるか
ら、海上衝突予防法一六条一項の趣意に則りE丸の速力を適度に減ずるなど、適宜
の措置をとつて、両船が著しく接近することのないよう配慮し、もつて衝突事故の
発生を防止すべき職務上の注意義務があつたにかかわらず、同控訴人はなんらその
ような措置をとらず、漫然と一時間一〇海里の全速力で航行したものであつて、こ
の点に同控訴人の運航上の過失があつたというべきである。他方、D丸について
も、濃霧の中を過大の速力のまま航行した不当運航の事実が認められ、同船の船長
であるFが自らその運航に当つていたのであればもちろん、仮にそうでなかつたと
しでもFは部下船員を指揮監督して右のような不当運航を防止すべき船長としての
注意義務を負つていたのであるから、右不当運航についてはFに過失があつたもの
といわなければならない。結局、本件衝突事故は、以上に認定した控訴人GとFの
各過失が競合したことにより発生したものであつて、右両者の過失の割合はほぼ等
しいものと認めるのが相当である。
 右の点について、控訴人らは、本件衝突事故の原因―少なくともその主たる原因
―は、D丸が事故現場であるL附近の原則的航路を遵守せず、しかも霧中信号を怠
つて全速力で航行したばかりか、海上衝突予防法の規定に違反して、衝突直前に従
前の針路を左転してE丸の前面を横切るという船舶運行上の過失を犯したことにあ
る旨、主張する。しかしながら、前認定の事実関係から直ちにD丸がL附近の原則
的航路を遵守しなかつたものと認めることはできないし、その不遵守を認めるに足
りる証拠はない。D丸が霧中信号を怠つたとの点については、前掲乙第一号証の二
及び八に、控訴人Gの供述として、衝突前D丸の霧中信号を聞かなかつたとの記載
があるが、右供述記載によつて直ちに同船が霧中信号を怠つたものと認めることは
できないし、他に右懈怠の事実を認めるに足りる証拠はない。また、D丸が衝突直
前に左舵一杯をとつたことは前認定のとおりであるが、前認定の事実関係に徴する
と、右の措置は両船が衝突の確度の極めて高い至近距離に接近した後に、D丸が霧
中E丸の燈火を認め止むなくとつたものと認められるので、右措置をとつたこと自
体が本件衝突事故の原因をなしたものということはできない。なお、控訴人らは、
D丸もレーダーを備えていたのであるから、E丸が反航して来るのに気付いていた
はずであり、両船の針路等からみてD丸はその右舷にE丸を認めていたと考えられ
るから、D丸の方でE丸の進路を避けるべき義務があるのに、なんら避譲の措置を
とうなかつた過失がある旨主張するが、横切り船の航法として他船を右舷側に見る
船舶の方に避譲義務があることを定めた海上衝突予防法一九条の規定及びその関連
規定である同法二一条の規定は、船舶が互いに他の船舶の視野の内にある場合にの
み適用されるものであつて(同法第四章前文第四項参照)、本件のように濃霧のた
めレーダーの映像によつてのみ相手船を認めることが可能である場合においては、
両船の針路及び位置関係等から直ちにD丸の方にのみ避譲の義務があるものとし、
本件衝突事故がもつぱら―あるいは主として―D丸の不当航行に因るものというこ
とはできない。
 四、 してみると、控訴人Gは不法行為者として、控訴人南日本商船株式会社は
控訴人Gの使用者として、被控訴人らに対し、本件衝突事故により生じた後記認定
の損害を賠償すべき義務を負うものといわなければならない。
 五、 そこで、被控訴人ら主張の各損害について判断する。
 (一) Fの得べかりし利益の喪失による損害
 (1) 損害額
 原審における被控訴人A本人の供述(第二回)により成立を認める甲第二号証、
成立に争いのない乙第一号証の三、六、八、原審証人Oの証言、原審における被控
訴人A(第一、二回)、同B各本人の供述に、本件弁論の全趣旨を合わせると、F
は本件衝突事故による死亡当時三四才の健康な男子で、防府商業学校卒業後機帆船
の乗組員等を経験して昭和三六年頃乙種一等航海士の免許を受け、昭和三八年二月
頃からKに雇われて、当初は一等航海士、同年一一月頃からは船長としてD丸に乗
り組み、事故当時諸手当を含めて年間五〇万九五八〇円の賃金を得ていたこと、F
はその職務の性質上家庭を離れて生活することが多かつたが、その間右賃金の中か
ら毎月二万六〇〇〇円前後の金員を妻である被控訴人Aの許に生活費として仕送り
していたことが認められる。
 右事実に照すと、Fは、本件事故により死亡しなければ、なお三六年間生存し、
そのうち少なくとも三一年間にわたり船長又は航海士として船舶に乗務し、その間
前記賃金額を下廻らない収入を得られたもりと認めることができる(仮に上記稼働
年数がやや長きにすぎるとしても、Fの死亡当時の年令や免許取得後の経過年数等
を考慮すると、将来相当の賃金増加が見込まれることは明らかであるから、上記三
一年間を通じての平均年間収入額が前記賃金額を下廻るものとは考えられない)。
そして、右収入を得るために必要なFの生活費は、被控訴人Aに対する前記仕送り
金額に照すと、被控訴人ら主張の年額二二万九五八〇円を上廻るものではないと認
められるから、これを前記収入額から控除すると、同人の得べかりし純収益は年額
二八万円となる。そこで、右純収益の三一年間の総計額についてホフマン式計算方
法により年五分の法定利率による中間利息を控除した一時払額を求むべきところ、
被控訴人らは本訴において昭和四〇年一二月二七日以降の遅延損害金の支払を合わ
せ請求しているので、その前日である同月二六日現在における右一時払額を求める
と、五四九万六二〇四円となる。右金額が、Fの得べかりし利益の喪失による損害
の、右期日現在における一時払額である。
 (2) 過失相殺
 本件衝突事故は控訴人GとFの各過失が競合して発生したものであり、両者の過
失の割合がほぼ等しいものと認められることは、前示のとおりであるから、右割合
に応じFの過失を斟酌して損害賠償額を定めることとし、Fの前記損害額を二等分
すると、二七四万八一〇二円となる。従つて、Fは控訴人らに対し右金額の損害賠
償請求権を取得したものというべきである。
 (3) 被控訴人らの相続
 被控訴人AがFの妻であり、被控訴人B、同CがFの父母であることは、前示の
とおりであつて、原審における被控訴人A本人の供述(第一回)によると、Fには
子がなく、被控訴人らのほかに相続人となるべき者も存しないことが認められるか
ら、Fの死亡により、被控訴人Aは妻として前記損害賠償請求権の二分の一に当る
一三七万四〇五一円の債権を、被控訴人B、同Cは父母として各四分の一に当る六
八万七〇二五円(円未満切捨)の債権を、それぞれ相続したことが明らかである。
 (4) 船員保険法による給付
 Fが本件衝突事故により行方不明となり、その後その死亡が確認されたことにつ
いて、被控訴人AがFの妻として船員保険法による行方不明手当金七万八三〇〇円
(昭和三八年一二月二六日から昭和三九年三月二四日まで)、葬祭料五万二〇〇〇
円の各給付を受け、また、遺族年金一三万円(昭和三九年四月以降)の受給権を得
てその給付を受けていることは、当事者間に争いがない。そして、同法二四条に定
める遺族年金の支給方法に徴すると、被控訴人Aは本件口頭弁論終結時である昭和
四三年一二月一六日現在において、すでに五九万五八三三円の遺族年金を受領して
いるものと推認される。
 ところで、船員保険法二五条は損害賠償請求権についての保険者の代位を規定し
ている。本件の場合、被控訴人Aが受けた各給付のうち、葬祭料は、本訴請求に係
る損害とは異なる損害に対する補償給付であるか<要旨第一>ら、その支給により本
訴損害賠償請求権について代位を生ずる余地はない。しかし、行方不明手当金と遺
年金は、当該船員の賃金収入に依存して生計を維持していたその家族
が、事故の結果右収入を失い、それに依存して生計を維持することができなくなつ
たことによる損失を補償するための給付であつて、右損失は本訴請求に係る前記損
害(Fの得べかりし利益の喪失による損害)に含まれるから、行方不明手当金及び
遺族年金の受領は、被控訴人Aの相続した前記損害賠償請求権について代位を生ぜ
しめるものといわなければならない。
 右の点について、被控訴人らは、商法が損害保険の保険者代位に関する同法六六
二条の規定を生命保険については準用していないことにかんがみ、同条と同趣旨の
船員保険法二五条の規定は、生命保険の性質を有する行方不明手当金や遺族年金に
ついては適用すべきでない、と主張する。たしかに、船員保険における遺族年金等
と生命保険との間にかなりの共通点があることは、否定しえないところである。し
かしながら、生命保険は当事者の契約に基づくものであつて、契約により保険金受
取人として指定された者が、被保険者との親族関係や扶養関係の有無にかかわりな
く、契約で定められた額の保険金を受領する権利を有し、従つて損失補償的性質が
希薄であり、また、その費用は保険契約者の払い込む保険料によつてまかなわれる
のに対し、船員保険においては、船員として船舶所有者に使用される者は当然に被
保険者たるべきものとされ、被保険者によつて生計を維持していた親族が、被保険
者の賃金の額を基準として定められる遺族年金等を受領する権利を有し、従つて前
示のように損失補償的性質が強く、また、その費用は被保険者、船舶所有者及び国
庫により負担される。それらの点を考慮すると、船員保険法二五条が明文をもつて
除外していないのに、遺族年金等につき同条の適用がないと解することは困難であ
つて、被控訴人らの主張は採ることができない。
 <要旨第二>次に、代位の対象となる損害賠償請求権の範囲(金額)について検討
する。被控訴人Aが支給を受けた前記行方不明手当金及び遺族年金の合
計額は六七万四一三三円となるが、本件の場合被控訴人らは控訴人らに対しFの過
失利益の全額について損害賠償請求権を有するのではなく、過失相殺によりその二
分の一の金額について損害賠償請求権を有するにすぎないから、代位の対象となる
損害賠償請求権の範囲も前記給付合計額の二分の一に相当する三三万七〇六六円
(円未満切捨)に止まるものと解するのが相当である。右の点については、保険給
付受領者の損害賠償請求につき過失相殺がなされる場合でも、保険者の行なつた保
険給付額に相当する金額(全額)の保険者代位を認めるべきものとする反対説も考
えられる。しかし、この説によると、保険給付受領者がその給付により損害額の一
部(たとえば二分の一)しか補償されない場合に、その残額について加害者に対し
損害賠償を請求しようとしても、過失相殺の割合のいかんによつては全く賠償を受
けられない場合があり(前記の例で、過失相殺により損害額の二分の一が賠償額と
されるものとすると、その賠償請求権は全額保険者により代位されるので、保険給
付受領者が賠償を受ける余地はない)、そうでない場合でも保険給付受領者にとつ
て非常に不利益な結果となる。保険者代位の制度が、本来保険給付受領者に損害の
填補以上の利益を得させるべきでないとの考え方に立脚するものであることを考え
ると、保険給付受領者に前記のような不利益を課することは、この制度の趣旨にう
らものではない。また、二以上の保険者が損害額の各一部について保険給付を行な
つた場合に、前記の反対説によると、先に保険給付をした保険者が優先して損害賠
償請求権につき代位する結果となり(たとえば、保険者甲と同乙とがそれぞれ損害
額の二分の一の保険給付をした場合に、保険給付受領者が加害者に対し過失相殺に
より損害額の二分の一の賠償請求権しか有しないとすると、甲乙のうち先に保険給
付をした保険者だけがその損害賠償請求権につき代位し、他の保険者は代位するこ
とができない)、そのような結果は妥当とはいい難い。以上の理由により、前記反
対説は採ることができない。
 してみると、被控訴人Aが相続した損害賠償請求権一三七万四〇五一円についで
は、保険者代位の対象となつた前記三三万七〇六六円を控除すべく、その残額は一
〇三万六九八五円となる。
 (二) 被控訴人らの慰謝料
 原審証人Oの証言、原審における被控訴人A(第一回)、同B各本人の供述、本
件弁論の全趣旨によると、被控訴人Aは昭和一五年に満州の鞍山で生まれ、今次大
戦後引き揚げて最初下関市に居住し、その後小学校二年生の頃実父の職業の関係か
ら名古屋市に移つて同市の中学校を卒業し、昭和三五年一月にFと見合結婚し、三
年間名古屋市で暮した後下関市に居を移し、その間円満な夫婦生活を送つていた
が、結婚後四年足らずで本件事故により夫を失い、現在は下関市の実父の許に身を
寄せていること、また、被控訴人B、同CはFのほか男子二人、女子三人がある
が、現在夫婦二人だけで防府市に居住し、食料品販売業を営んで生計をたてている
こと、Fの事故死により被控訴人らはいずれも多大な精神的苦痛を受けていること
が認められる。
 右の事実関係に、前記認定にかかる本件事故の態様及び原因(Fの過失の点を含
めて)、その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人らの精神
的苦痛に対する慰謝料としては、Aについては五〇万円、B及びCについでは各二
五万円(いずれも被控訴人ら主張の金額)をもつて相当と考える。
 六、 控訴人らは、商法七九八条に定める短期消滅時効を主張援用するが、同条
は財産上の損害に関する債権についての規定であつて、本件のように人の生命身体
の侵害により生じた債権についでは適用されないものと解すべきである(大審院大
正四年四月二〇日判決、民録二一輯五三〇頁参照)から、控訴人らの右主張は失当
である。
 七、 控訴人らは、反対債権による相殺を主張するので、これについて判断す
る。
 本件衝突事故により死亡したD丸人名の乗組員のうち、F及びHを除く六名の各
遺族が、控訴会社に対し損害賠償として別紙記載の各金額の支払を求める訴訟を提
起し、昭和四二年一二月八日成立した和解により控訴会社から右各遺族に対し、死
亡乗組員一名につき各七〇万円、合計四二〇万円の損害賠償金を支払うこととな
り、そのうち二〇〇万円は支払いずみであること、Hの実父Iも、控訴会社等に対
し損害賠償として三七四万二五六六円の支払を求める訴訟を提起し、目下係属中で
あることは、いずれも当事者間に争いがない。
 控訴人らは、右和解により控訴会社が支払うことを約した四二〇万円のうち少な
くともその一〇分の七(D丸の船長であるFの過失とE丸の船長や航海士の過失と
の割合を七対三とみて)に当る二九四万はFにおいて負担すべきものとし、その求
償債権を反対債権として相殺を主張するものである。そこで、右求償債権の成否に
ついて考えるに、本件衝突事故はD丸の船長であるFの過失とE丸の一等航海士で
ある控訴人Gの過失とが競合して発生したものであつて、両者の過失の割合がほぼ
等しいと認められることは前示のとおりであり、その事実関係からすれば、F以外
のD丸乗組員の遺族が控訴人らに対し右事故による損害の賠償を請求した場合に、
その賠償額はFの前記過失(F以外のD丸乗組員にも過失があつたとすればその過
失も合わせて)を斟酌したうえで決定されるべきものと解するのが相当である。す
なわち、それらの乗組員は、各自の担当する仕事の性質内容は異なつていても、船
長であるFの指揮の下に一つの組織体としてD丸の運航の業務に従事していたもの
であるから、同船の船長その他の乗組員に業務上の過失があつて、その過失が一因
となつて本件衝突事故が生じたものと認められる以上、相手船の所有者又は乗組員
である控訴人らに対する損害賠償請求の関係においては、右過失は被害者の側にお
ける過失として賠償額の決定につき斟酌するのが衡平に適するというべきである。
実際にも、控訴会社が前記六名のD丸乗組員の各遺族との和解により支払うことを
約した賠償金額は、別紙記載の請求金額に比して極めて低額であるだけでなく、本
件事故により右乗組員がいずれも死亡したことなど被害の重大性から考え、その損
害の全部を補償するに足りるものとは到底認められないのであつて、右和解金額は
D丸の側の過失をも考慮に入れたうえで決定されたものと認めるのが相当である。
してみると、控訴会社が前記和解で定められた賠償金を支払つたとしでも、それは
前記六名の乗組員ないしその遺族の受けた損害のうち結局E丸の側の負担に帰すべ
き部分について賠償義務を履行したものにすぎず、Fの相続人である被控訴人らと
の関係において、右賠償金の支払により共同の免責を得たものとしてその分担を求
めることは許されないというべきである。従つて、控訴会社が右の求償債権を有す
ることを前提とする控訴人らの相殺の主張は、採用することができない。
 八、 以上に説示したとおりであるから、控訴人らは各自被控訴人Aに対し金一
五三万六九八五円、被控訴人B及び同Cに対し各金九三万七〇二五円の損害賠償
金、並びに右各金員に対し履行期後の昭和四〇年一二月二七日以降完済に至るまで
民法所定の年五分の法定利率による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人らの
本訴請求は右義務の履行を求める限度で正当として認容すべきであるが、その余は
失当であつて棄却を免れない。
 よつて、控訴人らの控訴は理由がないのでこれを棄却し、被控訴人Aの附帯控訴
は一部理由があるので原判決中同被控訴人に関する部分を変更することとし、訴訟
費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九二条但書、九三条一項を、仮執行宣言
につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 辻川利正 裁判官 村岡二郎 裁判官 畠山勝美)
別 紙
<記載内容は末尾1添付>

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