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平成27年9月24日判決言渡同日原本受領裁判所書記官
平成26年(行ケ)第10026号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成27年7月16日
判決
原告新日鐵住金ステンレス株式会社
同訴訟代理人弁護士増井和夫
同橋口尚幸
同齋藤誠二郎
被告日新製鋼株式会社
同訴訟代理人弁護士福田親男
同上野さやか
同訴訟代理人弁理士稲葉良幸
同内藤和彦
同赤堀龍吾
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2013-800086号事件について平成25年12月18日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)被告は,平成13年11月22日,発明の名称を「燃料電池用石油系燃料
改質器用フェライト系ステンレス鋼」とする発明について特許出願(特願2001
-357420号)をし,平成18年12月1日,設定の登録(特許第38867
85号)を受けた(請求項の数2。甲41。以下,この特許を「本件特許」とい
う。)。
(2)原告は,平成25年5月17日,本件特許の請求項1及び2に係る発明に
ついて特許無効審判を請求し,無効2013-800086号事件として係属した。
(3)被告は,平成25年8月2日,本件特許に係る特許請求の範囲及び明細書
を訂正明細書のとおり訂正する旨の訂正請求をした(甲42。以下「本件訂正」と
いう。)。
(4)特許庁は,平成25年12月18日,「請求のとおり訂正を認める。本件審
判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審
決」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。
(5)原告は,平成26年1月24日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提
起した。
2特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲請求項1及び2の記載は,次のとおりである(甲
42)。以下,請求項1及び2に係る発明をそれぞれ「本件発明1」及び「本件発
明2」といい,併せて「本件発明」という。また,本件発明に係る明細書(甲4
2により訂正された甲41)を「本件明細書」という。
【請求項1】
Cr:8~35質量%,C:0.03質量%以下,N:0.03質量%以下,M
n:1.5質量%以下,S:0.008質量%以下,Si:0.8~2.5質量%及び
/又はAl:0.6~6.0質量%を含み,更にNb:0.05~0.80質量%,T
i:0.03~0.50質量%,Mo:0.1~4.0質量%,Cu:0.1~4.0質
量%の1種又は2種以上を含み,残部がFe及び不可避的不純物からなり,Si及
びAlの合計量が1.5質量%以上に調整された組成を有していることを特徴とす
る燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼。
【請求項2】
更にY:0.001~0.1質量%,REM(希土類元素):0.001~0.1質
量%,Ca:0.001~0.01質量%の1種又は2種以上を含む請求項1記載の
燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼。
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,本件
発明は,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)又は
下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,特許法29条2項により,
特許を受けることができないものでないから,同法123条1項2号に該当せず,
無効とされるべきものではない,というものである。
ア引用例1:特開平3-72053号公報(甲1)
イ引用例2:特表2001-514327号公報(甲2)
(2)引用発明1の認定
本件審決が認定した引用発明1は,次のとおりである。
ア引用発明1-1
C0.005%,Si0.49%,Mn0.52%,Ni0.05%未満,Cr
13.27%,Al2.02%,Ti0.06%,Nb0.10%,残部Feと不
可避不純物のフェライトステンレス鋼(以下「引用発明1-1」という。)
イ引用発明1-2
C0.003%,Si0.60%,Mn0.52%,Ni0.19%未満,Cr
13.42%,Al3.96%,Ti0.05%,Nb0.10%,Y0.09
7%,残部Feと不可避不純物のフェライトステンレス鋼(以下「引用発明1-
2」という。)
(3)本件発明1と引用発明1-1との対比
本件審決が認定した本件発明1と引用発明1-1との一致点,相違点は次のとお
りである。
ア一致点
Cr13.27%,C0.005%,Mn0.52%,Al2.02%,Nb0.
10%,Ti0.06%を含み,残部がFe及び不可避的不純物からなり,Si及
びAlの合計量が2.51%に調整された組成を有しているフェライト系ステンレ
ス鋼
イ相違点
(ア)相違点1
本件発明1がN:0.03%以下,S:0.008%以下と規定しているのに対
して,引用発明1-1がこれらを規定していない点
(イ)相違点2
本件発明1が燃料電池用石油系燃料改質器用と規定しているのに対して,引用発
明1-1がこれらを規定していない点
(4)本件発明2と引用発明1-2との対比
本件審決が認定した本件発明2と引用発明1-2との一致点,相違点は次のとお
りである。
ア一致点
Cr13.42%,C0.003%,Mn0.52%,Al3.96%,Nb0.
10%,Ti0.05%,Y0.097%を含み,残部がFe及び不可避的不純物
からなり,Si及びAlの合計量が4.56%に調整された組成を有しているフェ
ライト系ステンレス鋼
イ相違点
(ア)相違点1
本件発明2がN:0.03%以下,S:0.008%以下と規定しているのに対
して,引用発明1-2がこれらを規定していない点
(イ)相違点2
本件発明2が燃料電池用石油系燃料改質器用と規定しているのに対して,引用発
明1-2がこれらを規定していない点
(5)引用発明2の認定
本件審決が認定した引用発明2は,次のとおりである。
C0.011%,Si0.14%,Mn0.37%,Cr20.55%,Ni0.
24%,Mo0.02%,Al5.4%,Ti0.006%,Zr0.006%,
N0.010%,V0.03%,Nb0.01%,Ce0.013%,La0.0
05%,残部Feと不可避的不純物のフェライト系Fe-Cr-Al合金
(6)本件発明1と引用発明2との対比
本件審決が認定した本件発明1と引用発明2との一致点,相違点は次のとおりで
ある。
ア一致点
Cr20.55%,C0.011%,Mn0.37%,Al5.4%,N0.0
10%を含み,残部がFe及び不可避的不純物からなり,Si及びAlの合計量が
5.54%に調整された組成を有しているフェライト系ステンレス鋼
イ相違点
(ア)相違点1
本件発明1がS:0.008%以下と規定しているのに対して,引用発明2がこ
れらを規定していない点
(イ)相違点2
引用発明2が,本件発明1に含まれないZr0.006%,Vを0.03%含ん
でいる点
(ウ)相違点3
本件発明1がNb0.05~0.80%,Ti0.03~0.50%,Mo0.
1~4.0%と規定しているのに対して,引用発明2がNb0.01%,Ti0.
006%,Mo0.02%である点
(エ)相違点4
本件発明1がCe,Laを含まないのに対して,引用発明2がCe0.013%,
La0.005%を含む点
(オ)相違点5
本件発明1が燃料電池用石油系燃料改質器用と規定しているのに対して,引用発
明2がこれらを規定していない点
(7)本件発明2と引用発明2との対比
本件審決が認定した本件発明2と引用発明2との一致点,相違点は次のとおりで
ある。
ア一致点
Cr20.55%,C0.011%,Mn0.37%,Al5.4%,N0.0
10%,Ce0.013%,La0.005%を含み,残部がFe及び不可避的不
純物からなり,Si及びAlの合計量が5.54%に調整された組成を有している
フェライト系ステンレス鋼
イ相違点
(ア)相違点1
本件発明2がS:0.008%以下と規定しているのに対して,引用発明2がこ
れらを規定していない点
(イ)相違点2
引用発明2が,本件発明2に含まれないZr0.006%,Vを0.03%含ん
でいる点
(ウ)相違点3
本件発明2がNb0.05~0.80%,Ti0.03~0.50%,Mo0.
1~4.0%と規定しているのに対して,引用発明2がNb0.01%,Ti0.
006%,Mo0.02%である点
(エ)相違点4
本件発明2が燃料電池用石油系燃料改質器用と規定しているのに対して,引用発
明2がこれらを規定していない点
4取消事由
(1)引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由1)
(2)引用発明2に基づく容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1取消事由1(引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件発明1と引用発明1-1との相違点1及び本件発明2と引用発明1-
2との相違点1に対する判断の誤り(N,Sの含有量)について
ア確かに,引用発明1-1及び2には,N及びSの含有量は明示的に規定はさ
れていない。
しかし,引用例1の第1表には「残部:Feと不可避不純物」との記載があり,
NもSも,十分に低レベルな含有量であると考えられる。引用例1の鋼においては,
NやSを積極的に添加することは考えられておらず,これらの元素を含有しない鋼
も,引用発明1-1及び2には含まれているというべきである。そして,本件発明
1の請求項1は,NとSの含有量について下限を定めていないから,N及びSを含
有しない鋼もこれに含まれる。
したがって,引用発明1-1及び2の鋼は,本件発明1の請求項1に含まれるか
ら,N及びSの含有量が規定されていないことを相違点として認定すべきではない。
イ仮にこの点を相違点とするとしても,高温耐酸化性に優れたフェライト系ス
テンレス鋼において,有害な不純物であるN及びSの含有量を,N含有量0.0
3%以下,S含有量0.008%以下とすることは,甲1,3,10~12に記載
されているように周知の技術であって,当業者であれば,引用発明1-1及び2の
N及びSを,そのような低いレベルの含有量とすることは,容易に想到し得たこと
である。
本件審決は,この点について,フェライト系ステンレス鋼において,N,Sの上
限を限定することは周知技術ではあるが,本件発明に係るN,Sの上限を限定する
理由が周知であるとまではいえないから,N,Sを規定していない引用発明1にお
いて,N,Sを規定することが容易であるとまではいえない旨判断した。しかし,
N及びSについては,甲3,10~12といった複数の公知文献に,それらを低減
させる必要性がその理由とともに説明されている。それらの開示に接した当業者は,
N,Sを低減させることは十分に動機付けられたのであり,そのことは,本件明細
書にN,Sの低減理由がどのように説明されているかによって影響を受けるもので
はない。したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
(2)本件発明1と引用発明1-1との相違点2及び本件発明2と引用発明1-
2との相違点2に対する判断の誤り
ア本件発明の課題は,燃料電池用石油系燃料改質器で使用する,800℃以上
の高温下で,水蒸気,CO2,SO2を含む酸化性の雰囲気における耐酸化性と,
頻繁な加熱・冷却に耐えられる耐熱疲労特性を備えた材料の提供である(本件明細
書の【0005】)。そして,燃料電池用石油系燃料改質器材料について,高温水蒸
気雰囲気における耐酸化性と,頻繁な加熱・冷却に耐える耐熱疲労特性が問題とな
ることは,甲2,6~9に開示された周知の課題であった。本件発明は,上記の課
題について,耐酸化性についてはAl,Siの添加によって,対熱疲労特性につい
てはNb,Ti,Mo,Cuの添加によって,解決した発明である。
しかるに,引用例1には,引用発明1-1及び2の鋼が,本件発明と同じく,A
l,Siの添加により耐酸化性が向上し,Nb,Tiの添加により耐熱疲労特性が
向上したフェライト系ステンレス鋼であって,850℃の高温水蒸気雰囲気におい
て頻繁に加熱・冷却が繰り返される自動車エンジンのマニホールドの材料に適して
いることが開示されている。
そして,フェライト系ステンレス鋼が,Al,Si,Crを添加することで,8
50℃以上の高温水蒸気雰囲気における耐酸化性が向上することは,甲1~5に,
Ti,Nbを添加することで耐熱疲労特性に優れた材料となることは,甲1,3~
5に,それぞれ開示された周知の技術であり,また,水蒸気改質器に従来用いられ
てきたオーステナイト系ステンレス鋼と比較して,フェライト系ステンレス鋼は,
加熱・冷却が繰り返される燃料電池用石油系燃料改質器のような環境下では,耐熱
疲労特性,耐酸化性の双方においてより優れていることも,甲4,28~30に開
示された周知の技術的事項であった。
甲32には,100%水蒸気雰囲気下において,フェライト系ステンレス鋼はオ
ーステナイト系ステンレス鋼より耐酸化性に優れており,腐食がほとんど進行しな
いので,そのような環境下で使用できる材料であることが開示され,引用例2には,
従来のオーステナイト系ステンレス鋼に代えて,フェライト系ステンレス鋼を,プ
ラント用ではあるが,900℃以上の高温水蒸気雰囲気に曝される水蒸気改質器に
使用することが開示され,甲33及び34には,改質器本体を構成する部材ではな
いが,燃料改質器において高温水蒸気雰囲気の改質ガスに曝される触媒担体やヒー
タユニットに,フェライト系ステンレス鋼を用いることが開示されている。
これらの開示を組み合わせれば,燃料電池用水蒸気改質器における,800℃以
上の高温下で,水蒸気,CO2,SO2を含む酸化性の雰囲気における耐酸化性・
耐硫化性と,頻繁な加熱・冷却に耐えられる耐熱疲労特性,という本件明細書の
【0005】に記載されている上記周知の課題を克服し得る材料として,引用例1
に開示された引用発明1-1及び2のフェライト系ステンレス鋼を使用することは,
当業者であれば十分に動機付けられるのであり,容易になし得たことであるという
べきである。
イ高温強度(高温での引っ張り強さ)について
本件審決は,引用例2の【0016】,【0017】の記載から,引用例2のフェ
ライト系Fe-Cr-Al合金材料は,高温強度の点で水蒸気改質器の部材として
適さないものであって,引用例2に記載された水蒸気改質器の複合管は,フェライ
ト系Fe-Cr-Al合金材料と荷重支持部材という二個の材料により水蒸気改質
器に使用されると解するのが相当であり,本件発明のように,高温水蒸気耐酸化性
をフェライト系ステンレス鋼に含まれるSi,Al,Crによって図りつつ,耐熱
疲労特性をフェライト系ステンレス鋼に含まれるNb,Ti,Mo,Cuの固溶強
化や析出強化によって図るという,一個の材料において,50体積%H2Oのよう
な雰囲気下での高温水蒸気耐酸化性かつ耐熱疲労特性を図るものとは,明らかに技
術思想を別異にすると判断した。
しかし,引用例2の【0016】,【0017】の記載が前提とする改質器は,そ
の大きさが全長数m~十数mに及ぶ大型のプラント用の装置であるため,荷重に対
する強度が問題となるが,本件発明が前提としているのは,直径が12~20cm
程度,全長30~50cm程度の小型の燃料電池用改質器であって,この程度の大
きさの改質器であれば,大きな荷重がかからないことから,荷重に対する強度は問
題とならない。
そして,フェライト系ステンレス鋼が,自動車用マニホールド,自動車排ガス装
置のような800℃以上の高温水蒸気雰囲気に曝される装置において,複合管とし
てではなく単独で使用され得る材料であることは周知であり(甲1,3,4,5,
10~12,43,44),これらの各器材はいずれも大きさがせいぜい数十cm
程度であって,家庭用燃料電池用改質器(甲35,36)とほぼ同じ大きさである。
また,甲46の1(訳文は甲46の2)によれば,小型プラントに用いる全長数
十cm程度の水蒸気改質器においては,装置が高温に曝される水蒸気改質反応が行
われ,そのような触媒反応器について,フェライト系ステンレス鋼は,単独でその
材料として使用できる十分な高温強度を有していることは,公知の事実であり,同
様のサイズの燃料電池用改質器についても,フェライト系ステンレス鋼が十分な高
温強度を有していることは,当業者にとっては技術常識であったことが認められる。
したがって,上記各号証に接した当業者は,自動車用マニホールドや排ガス装置,
さらには小型プラントに用いる全長数十cm程度の水蒸気改質器などに単独で使用
されているフェライト系ステンレス鋼について,同程度のサイズである燃料電池用
の改質器には,同様に単独で使用しても,高温強度の不足が問題になることはない
と理解するから,引用例2が複合管であることは,引用発明1-1及び2の鋼を燃
料電池用改質器の材料として用いることの妨げとはならない。
また,本件審決は,引用例2に,「高温で強度が非常に低い」と記載されている
ことを,「耐熱疲労特性が低い」ことに等しいと判断したものと思われるが,引用
例2の「高温で強度が非常に低い」とは,「高温での引っ張り強さが低い」という
ことであって,これは,頻繁な加熱・冷却に対する耐性である耐熱疲労特性とは別
の特性である。引用例2にも,Ti,Nbを添加した耐熱疲労特性に優れたフェラ
イト系ステンレス鋼は開示されており,引用発明1-1及び2の鋼も,Ti,Nb
の添加によって,十分な耐熱疲労特性が得られている。
ウ水蒸気耐酸化性について
本件審決は,甲4,5には,Si,Alの添加でステンレス鋼の耐酸化性が向上
すること,フェライト系ステンレス鋼が耐熱疲労特性に優れていること,Cr-A
l系耐熱鋼が自動車排ガス中の断続加熱試験において優れた耐酸化性を示したこと
が開示されているが,これらの自動車排ガス組成は水蒸気の割合が18.8%,1
3.7%と,50体積%よりはるかに低く,材料の酸化に雰囲気の影響が著しいこ
と(甲5)も併せ考慮すれば,甲4,5に記載された雰囲気は,本件発明の水蒸気
が50体積%までも高い高温水蒸気酸化雰囲気とはいえず,また,甲3にはフェラ
イト系ステンレス鋼が耐高温酸化性に優れた旨の記載はあるが,50体積%H2O
のような雰囲気下での高温水蒸気耐酸化性及び耐熱疲労特性を立証するものではな
いとして,甲1,3~5の開示は,水蒸気改質器における耐酸化性については参考
にならず,本件発明の相違点2の容易想到性を肯定し得るものではない旨判断した。
しかし,50体積%H2Oのような雰囲気という,排気ガスと改質器のプロセス
ガスの水蒸気量の相違については,甲40に記載されているように,酸化量は,水
蒸気量0%の場合と比較して,19.7%,45.4%の場合はどちらも圧倒的に
酸化量が多い(すなわち,水蒸気は,雰囲気中にそれが含まれる場合と含まれない
場合とでは酸化量は10~100倍も大きく異なってくる)のに対して,19.
7%と45.5%の各酸化量の差異は僅かであることから,自動車用の排気ガス
(水蒸気量20体積%弱)において,優れた耐酸化性を示した材料であれば,50
体積%水蒸気量の雰囲気下においても,十分な耐酸化性が期待できるというのが,
当業者の技術常識であり,排気ガスと改質器のプロセスガスの水蒸気量の相違は,
引用発明1のフェライト系ステンレス鋼を改質器に使用することについて阻害要因
となるものではないし,使用した場合の作用効果も,容易に予想可能な範囲のもの
にすぎない。また,引用例2には,プラント用ではあるが,水蒸気改質器において
フェライト系ステンレス鋼を使用することが開示されており,プラント用の水蒸気
改質器も燃料電池用の改質器と同じく50体積%以上の水蒸気雰囲気下で用いられ
ることは,甲37~39に記載されているように周知の事実であったから,引用例
2には,50体積%水蒸気雰囲気下においてもフェライト系ステンレス鋼が十分な
耐酸化性を示すことが開示されている。さらに,甲33及び34には,水蒸気改質
器の高温の改質ガスに曝される触媒担体やヒータユニットに,フェライト系ステン
レス鋼を用いることが開示されている。
実際に,引用例1や甲3には,本件発明の成分組成を有するフェライト系ステン
レス鋼が,850℃又はそれ以上の高温水蒸気雰囲気にさらされ,加熱・冷却が頻
繁に繰り返される自動車用のマニホールドや触媒コンバーターに用いられており,
燃料電池用水蒸気改質器において要求されるレベルの高温水蒸気雰囲気下での耐酸
化性及び耐熱疲労特性を有していることは,上記各号証の開示から明らかである。
したがって,本件審決が,改質器のプロセスガスの水蒸気量に重点をおいて進歩
性を否定したことは誤りである。
エ以上のとおり,引用発明1のフェライト系ステンレス鋼を,燃料電池用石油
系燃料改質器に用いることは容易ではないとした本件審決の判断には誤りがあり,
取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
(1)本件発明1と引用発明1-1との相違点1及び本件発明2と引用発明1-
2との相違点1に対する判断(N,Sの含有量)について
ある元素の含有量を限定するということ自体が周知であっても,燃料電池用石油
系燃料改質器の材料という特定の用途のために,「燃料電池用改質器の使用環境下
で十分な耐久性を呈する程度の,高温水蒸気耐酸化性及び耐熱疲労特性」を有する
鋼材として,構成元素の組合せとして各元素をそれぞれ具体的にどの範囲とすべき
かについて容易に想到できるとはいえない。
そして,甲1,3,10~12に記載の高温耐酸化性は,燃料電池用石油系燃料
改質器に求められる高温水蒸気耐酸化性ではないから,各号証のN,Sの限定の理
由を参酌したとしても,燃料電池用石油系燃料改質器に求められる高温水蒸気耐酸
化性を向上させるために,N,Sの含有量を本件発明のように特定するのは容易に
想到できるとはいえない。
(2)本件発明1と引用発明1-1との相違点2及び本件発明2と引用発明1-
2との相違点2に対する判断について
ア原告が,本件発明の容易想到性を立証するためには,燃料電池用改質器の使
用環境下で十分な耐久性を呈する程度の,高温水蒸気耐酸化性及び耐熱疲労特性を
有する燃料電池用石油系燃料改質器の材料用のフェライト系ステンレス鋼に想到す
ることが容易であったことを示さなければならない。具体的には,フェライト系ス
テンレス鋼が,燃料電池用石油系燃料改質器が曝される雰囲気として想定される5
0体積%H2Oのような雰囲気下において,高温耐酸化性を備え,かつ,燃料電池
用石油系燃料改質器の使用環境下で十分な耐久性を呈する程度の耐熱疲労特性をも
兼ね備えることが出願時の技術常識であったことが示されなければならない。
しかし,原告から提出された証拠は,フェライト系ステンレス鋼がある程度の高
温耐酸化性を備えることを示すか,又は,フェライト系ステンレス鋼がオーステナ
イト系ステンレス鋼との比較において耐熱疲労特性を備えることが知られていたこ
とを示すものにすぎず,フェライト系ステンレス鋼が,本件発明の課題を克服でき
る50体積%H2Oのような雰囲気下での高温耐酸化性及び燃料電池用石油系燃料
改質器の使用環境下で十分な耐久性を呈する程度の耐熱疲労特性を備えることが出
願時の技術常識であったことを認めるに足りる証拠は提出されていない。
そして,原告が,燃料電池用改質器の材料について,高温水蒸気耐酸化性及び耐
熱疲労特性が周知の課題であったことの証拠として挙げる甲2,6~9についてみ
ると,甲2には,鋼Aのようなフェライト系ステンレス鋼が50体積%H2Oのよ
うな雰囲気下での高温水蒸気耐酸化性かつ耐熱疲労特性を有する旨の記載はないし,
甲6~9はいずれもフェライト系ステンレス鋼に関するものではないから,本件発
明の課題が周知であったことの根拠となるものではない。
また,原告が,本件発明の上記課題が,Si,Alの添加,及び,Nb,Ti,
Mo,Cuの添加によって解決されることが周知であったことの根拠として挙げる
甲1~5についてみると,甲1,3,4は,本件発明とは用途が異なる自動車用マ
ニホールドや排気ガス浄化装置に関する文献である上,甲1~5のいずれにも,本
件発明が課題とする50体積%H2Oのような雰囲気下での高温水蒸気耐酸化性か
つ耐熱疲労特性の両方を課題とするような記載や示唆はなく,さらに,甲1,3~
5は,Ti,Nbなどを添加することで耐熱疲労特性が向上することの根拠となる
文献ではない。
そして,引用例1のフェライト系ステンレス鋼の用途である自動車用マニホール
ドは燃料電池改質器と同じ高温水蒸気雰囲気に曝されるものでないし,引用例2の
フェライト系ステンレス鋼は,荷重支持部材をも備える複合管を前提としており,
それだけでは水蒸気改質プラントに用いるのに適した材料とはいえない。
したがって,引用発明1-1及び2に係るフェライト系ステンレス鋼から,燃料
電池用改質器の使用環境下で十分な耐久性を呈する程度の,高温水蒸気耐酸化性及
び耐熱疲労特性を有する燃料電池用石油系燃料改質器用の材料である本件発明を想
到することが当業者にとって容易であったとはいえない。
イ甲32は,原子力発電所のターボ発電機に蒸気を送る原子力蒸気加熱器に関
するものであって,燃料電池用石油系燃料改質器とは異なる技術分野に関する文献
であるから,甲32に記載された事項が燃料電池用石油系燃料改質器にかかる当業
者間において周知の技術的事項であったということはできない。また,原子力蒸気
加熱器は,引用例1(自動車エンジンのマニホールド)や引用例2(水蒸気改質プ
ラント)とも用途の異なる分野に関するものであるから,甲32に開示された技術
的事項を引用例1又は引用例2と併せて参酌する動機もない。さらに,甲32に記
載された原子力蒸気加熱器の作動環境を模した試験条件の温度は650℃と低い一
方で,圧力は42kg/cm2
と,常圧の40倍以上の高圧であるから,燃料電池
用石油系燃料改質器内の環境とは全く異なる。したがって,甲32には,フェライ
ト系ステンレス鋼が燃料電池用改質器の使用環境下で十分な耐久性を呈する高温耐
酸化性を有することが開示されているとはいえないから,甲32の技術的事項を参
酌しても,本件発明には至らない。
また,甲33及び34のステンレス鋼は,改質器の中に充填する触媒の担体(又
はヒーターユニット)であるが,いずれも燃料電池用石油系燃料改質器そのものを
構成する部材の材料として必要な高温強度や耐熱疲労特性が求められる鋼材ではな
いから,甲33及び34は,燃料電池用改質器の使用環境下で十分な耐久性を呈す
る程度の,高温水蒸気耐酸化性及び耐熱疲労特性を有する,本件発明の課題を克服
する燃料電池用石油系燃料改質器の材料として引用例1のフェライト系ステンレス
鋼を用いることについて動機付けを与えるものではない。
さらに,甲1,3~5,28,29のいずれにも,フェライト系ステンレス鋼が
50体積%H2Oのような雰囲気下での高温耐酸化性を有することは説明されてい
ないし,かかる高温耐酸化性と同時に燃料電池用石油系燃料改質器の使用環境下で
十分な耐久性を呈する程度の耐熱疲労特性を有することも説明されていない。そし
て,甲5は材料の重量変化を観察して耐酸化性を評価しているが,耐熱疲労特性に
ついての記載はない。甲4にも耐酸化性に関する記載はあるが耐熱疲労特性につい
ての記載はなく,甲29には酸化皮膜の剥離に関する熱膨張係数の影響についての
記載があるが,熱疲労による鋼材自体の破壊に関する記載はないから,上記各証拠
には,耐熱疲労特性及び耐酸化性の双方が優れている旨の説明はされていない。
ウ原告は,燃料電池用の改質器と石油化学プラント用の改質器の大きさの違い
を強調し,その全長が数十cm以内の小型の装置であれば高温強度(高温での引っ
張り強さ)が問題となることはない旨主張する。
しかし,高温強度は,単に自重などによる静的荷重に耐えるためだけに必要とさ
れるものではなく,鋼材が耐熱疲労特性を発揮するためにも重要な性質である。耐
熱疲労特性は,熱膨張係数の大小のみで決まるものではないのであって,熱膨張係
数が小さい材料であれば加熱冷却時の膨張収縮量は小さくなるが,たとえ膨張収縮
量が小さくても,高温強度の低い材料では熱疲労に耐えることはできないから,熱
膨張係数が小さいというだけの理由で,燃料電池用石油系燃料改質器の使用環境下
で十分な耐久性を呈する程度に耐熱疲労特性に優れるということはできない。
したがって,熱膨張係数に大きな差のあるフェライト系鋼種とオーステナイト系
鋼種を鋼種間で比較して,フェライト系ステンレス鋼の方がオーステナイト系ステ
ンレス鋼よりも耐熱疲労特性に優れていることが周知であったとしても,フェライ
ト系鋼種の中で,燃料電池用石油系燃料改質器の実用的な材料として拘束下での使
用に耐える耐熱疲労特性,それに加えて燃料電池用改質器の使用環境下で十分な耐
久性を呈する程度の高温耐酸化性を有するという,本件発明の課題を克服できる燃
料電池用石油系燃料改質器の材料用のフェライト系ステンレス鋼に想到することが
容易であったなどとはいえない。
そして,引用例2の「高温で強度が非常に低い」との記載は,装置の静的荷重に
耐えられないことを意味すると同時に,耐熱疲労特性にも劣ることを意味するもの
である。
エ原告は,フェライト系ステンレス鋼が,高温水蒸気雰囲気に曝される装置に
おいて,複合管としてではなく単独で使用され得る材料であることが周知であった
ことの根拠として,甲1,3,10~12,43,44を挙げる。
しかし,甲1,3,10,43には,いずれも,自動車の排気ガス周辺の部材に
用いられるフェライト系ステンレス鋼が記載されているだけであり,自動車の排気
ガスとはガス組成の大きく異なる燃料電池用石油系燃料改質器の高温水蒸気雰囲気
において,単独で使用され得る材料であることについての記載も示唆もない。また,
甲11,12,44には,自動車の排気ガス周辺部材の他,ストーブや加熱炉の用
途にフェライト系ステンレス鋼が用いられる旨の記載があるが,ストーブや加熱炉
のガスも,燃料電池用石油系燃料改質器のガスとは組成が大きく異なる。
したがって,原告の挙げる上記各証拠は,燃料電池用石油系燃料改質器における
高温水蒸気雰囲気で,フェライト系ステンレス鋼が単独で使用され得る材料である
ことを証するものではない。
オ甲46の1記載の技術は,高圧における気相反応,特に吸熱反応を遂行する
ために好適な触媒反応器及び該触媒反応器を用いた化学プロセスであって,触媒反
応器にフェライト系ステンレス鋼を用いることに特徴がある技術ではない。そして,
甲46の1記載の技術は,改質反応という点で本件発明と共通するが,燃料電池用
途に用いられる技術ではないから,燃料電池に関する記載や示唆はなく,燃料電池
用の改質器に求められる耐熱疲労特性に関する記載もない。さらに,甲46の1に
は,フェライト系ステンレス鋼の1種であるFecralloy(登録商標)が記載されて
いるが,Fecralloyが高温強度に優れることの記載はない上,触媒反応器が高温強
度に優れるなどの高温強度に関する記載もない。
結局,甲46の1は,全長数十cm程度の水蒸気改質器について,フェライト系
ステンレス鋼は,単独でその材料として用いることのできる十分な高温強度を有し
ている材料であることが公知の事実であったことを示す証拠とはいえず,ひいては,
燃料電池用改質器について,フェライト系ステンレス鋼が十分な高温強度を有して
いることが当業者にとって技術常識であったことを示す証拠ということもできない。
カ原告は,甲40を引用して,水蒸気量が20体積%弱の排気ガス中で高い耐
酸化性が得られた材料であれば,50体積%水蒸気雰囲気下でも高い耐酸化性が期
待できるというのが当業者の技術常識である旨主張する。
しかし,甲40のFig.9では,水蒸気濃度(横軸)が19.7%の場合と4
5.4%の場合とでは,生成したスケールの厚さ(縦軸)には1.5倍程の開きが
あることが示され,本文でも「水蒸気温度の増加とともに外層スケールおよび内層
スケールの厚さが直線的に増加している」と説明されていることから,甲40は,
むしろ鋼材の酸化に対する雰囲気中の水蒸気濃度増加の影響が大きいことを示すも
のである。しかも,同じフェライト系ステンレス鋼であっても,本件明細書の実施
例に示される比較例の鋼種番号6~8のように,高温水蒸気酸化試験(50体積%
H2O)に耐えられない鋼材もあり,高温耐水蒸気酸化性に関する挙動は異なるも
のであるところ,甲40において酸化試験に供された鋼材はSUS430であって,
その化学組成(甲40・360頁,Table1)は本件発明にかかるフェライ
ト系ステンレス鋼とも引用例1の鋼材とも大きく異なるから,甲40に示される結
果をもって,原告の上記主張の根拠とすることはできない。
2取消事由2(引用発明2に基づく容易想到性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件発明1と引用発明2との相違点1及び本件発明2と引用発明2との相
違点1に対する判断の誤り(Sの含有量)について
ア確かに,Sの含有量については,引用例2の鋼Aの組成としては開示がない。
しかし,引用例2の【0012】のレベル1には,「Fe残部(通常の不純物
を除く)」との記載があり,引用例2の請求項1にも,「残部Fe及び不可避的不純
物。」との構成要件が規定されていることから,鋼A及びレベル1のSは,不純物
レベルの十分低い含有量と理解される。引用例2の鋼においては,Sを積極的に添
加することは考えられておらず,Sを含有しない鋼も,引用例2の鋼Aやレベル1
には含まれている。そして,本件発明の請求項1及び2は,Sの含有量について下
限を定めていないから,Sを含有しない鋼もこれに含まれている。
したがって,引用例2の鋼Aやレベル1は,本件発明の請求項1及び2のSの
含有量(0.008質量%以下)を充足しているといえ,Sの含有量を明示的に規
定していない点を,相違点として認定することは誤りである。
イ仮にこの点を相違点とするとしても,前記1の取消事由1の〔原告の主
張〕(1)のとおり,高温耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼においては,
有害な不純物であるSの含有量を,本件発明の請求項1及び2の数値範囲(0.0
08質量%以下)とすることは,当業者にとって周知技術であり(甲1,3,10
~12),また,炭化水素の水蒸気改質法を用いる改質器においては,プロセスガ
スに曝される部材について,その耐酸化性が問題となることは周知の課題であった
(甲2,8,9)から,引用発明2の鋼Aを水蒸気改質器に用いる場合,当業者で
あれば,Sの含有量を,相違点1に係る本件発明の含有量にすることは容易に想到
し得た。
(2)本件発明1と引用発明2との相違点2及び本件発明2と引用発明2との相
違点2に対する判断の誤り(Zr,Vの含有量)について
ア確かに,Zr,Vは,本件発明の請求項1及び2の各構成要件に含有量を規
定された元素(C,Si,Mn,Cr,Al,Ti,Nb,REM,Y)ではない。
しかし,本件明細書の【0019】には,VやZrは必要に応じて添加しても良
いとされている。そして,引用例2の鋼AのVやZrの含有量は,Vが0.03%,
Zrが0.006%と,ごく微量であって,本件明細書の上記【0019】に説明
されている,「必要に応じて添加」の範囲内であることは明らかである。
したがって,VとZrを含有することは,本件発明1及び2と引用発明2との相
違点ではないというべきである。
イ仮にこの点を相違点とするとしても,引用例2の請求項1は,Zr,Vを含
まない鋼も権利範囲としていること,引用例2の【0026】には,Zr,Vは延
性という副次的な作用効果を得るにすぎない添加元素であって,多すぎると耐酸化
性という重要な特性を損なう旨説明されていることから,当業者であれば,引用発
明2のフェライト系Fe-Cr-Al合金構造材料として,Zr,Vを全く含まな
いものを用いることは,容易に想到し得た。
(3)本件発明1と引用発明2との相違点3及び本件発明2と引用発明2との相
違点3に対する判断の誤り(Nb,Ti,Moの含有量)について
ア確かに,引用例2の【0029】の鋼AのNb,Ti,Moの含有量は,い
ずれも本件発明の請求項1及び2の構成要件の規定量に満たない。
しかし,引用例2の【0026】によれば,引用例2に開示された発明には,T
i,Nbを本件発明1及び2の範囲だけ含有する鋼も含まれているというべきであ
るから,相違点3を相違点として認定すべきではない。
イ仮にこの点を相違点とするとしても,引用例2の【0012】にはレベル1
として,Ti,Nbを本件発明1及び2の範囲だけ含有する鋼が開示されているし,
Ti,Nbの添加によってフェライト系ステンレス鋼の耐熱疲労特性が向上するこ
とは周知の技術的事項であったから,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼の組
成について,Ti,Nbを本件発明1及び2の範囲内とすることは,当業者にとっ
ては容易に想到し得た。
(4)本件発明1と引用発明2との相違点4に対する判断の誤り(Ce,Laの
含有)について
確かに,引用例2の【0029】の鋼Aには,CeとLaが含有されている。し
かし,引用例2の【0012】には,Ce,La等の希土類金属を全く含有しない
態様が開示され,【0025】にも,希土類金属はある一定量までは含有させても
よいが含有量が多いと有害である旨説明されているから,当業者であれば,引用発
明2のフェライト系ステンレス鋼として,Ce,Laを含ませない組成のものを用
いることも容易に想到し得た。
(5)本件発明1と引用発明2との相違点5及び本件発明2と引用発明2との相
違点4に対する判断の誤り
ア引用例2には,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼を,耐酸化性に優れ
た材料として,プラント用の水蒸気改質器の材料として使用することが開示されて
いるから,従来のオーステナイト系ステンレス鋼に代えて,フェライト系ステンレ
ス鋼を燃料電池用の水蒸気改質器の材料として使用することを,強く動機づける開
示がある。
そして,引用例2に開示されたフェライト系ステンレス鋼が,Al,Si,Cr
の添加で水蒸気雰囲気における耐酸化性が向上すること,Ti,Nbの添加で耐熱
疲労特性に優れた材料となることは,甲1,3~5に説明された周知の技術であり,
水蒸気改質器に従来用いられてきたオーステナイト系ステンレス鋼と比較して,フ
ェライト系ステンレス鋼は,加熱・冷却が繰り返される燃料電池用改質器のような
環境下では,耐熱疲労特性,耐酸化性の双方においてより優れていることも,甲4,
28~30に説明された周知の技術的事項であった。
フェライト系ステンレス鋼を,自動車の排気ガス用のマニホールドや,排気ガス
浄化装置の触媒コンバーター用基材という,全長数十cm程度のサイズの製品に使
用することも,甲1,3に開示されている。甲32には,100%水蒸気雰囲気下
において,フェライト系ステンレス鋼はオーステナイト系ステンレス鋼より耐酸化
性に優れており,腐食がほとんど進行しないので,そのような環境下で使用できる
材料であることが開示され,甲33及び34には,水蒸気改質器の改質ガスに曝さ
れる触媒担体やヒータユニットに,フェライト系ステンレス鋼を用いることが開示
されている。
これらの開示により,燃料電池用水蒸気改質器における,800℃以上の高温下
で,水蒸気,CO2,SO2を含む酸化性の雰囲気における耐酸化性,及び,頻繁
な加熱・冷却に耐えられる耐熱疲労特性,という本件明細書の【0005】に記載
されている周知の課題を克服し得る材料として,引用例2に開示されたプラントの
水蒸気改質装置に用いられていたフェライト系ステンレス鋼を使用することは,当
業者であれば容易になし得たことであるというべきである。
イ高温強度(高温での引っ張り強さ)について
本件審決は,引用例2の【0016】,【0017】の記載から,引用例2のフェ
ライト系Fe-Cr-Al合金材料は,高温強度の点で水蒸気改質器の部材として
適さないものであって,引用例2に記載された水蒸気改質器の複合管は,フェライ
ト系Fe-Cr-Al合金材料と荷重支持部材という二個の材料により水蒸気改質
器に使用されると解するのが相当であり,本件発明のように,高温水蒸気耐酸化性
をフェライト系ステンレス鋼に含まれるSi,Al,Crによって図りつつ,耐熱
疲労特性をフェライト系ステンレス鋼に含まれるNb,Ti,Mo,Cuの固溶強
化や析出強化によって図るという,一個の材料において,50体積%H2Oのよう
な雰囲気下での高温水蒸気耐酸化性かつ耐熱疲労特性を図るものとは,明らかに技
術思想を別異にすると判断した。
しかし,引用例2の「高温で強度が非常に低い」との説明は,プラント用のよう
な大型の装置において,改質器の管に装置の荷重が掛かる場合に妥当するものであ
って,家庭用などの小型の燃料電池用改質器には妥当せず,その程度の大きさの改
質器であれば,大きな荷重がかからないことから,荷重に対する強度が問題となら
ないことは,前記1〔原告の主張〕(2)イで述べたとおりである。また,本件審決
は引用発明2を,実施例の鋼Aの組成に限定して解釈している点で誤っており,引
用例2には,Nb,Ti,Moが添加された組成もレベル1として開示されている
から,十分な耐熱疲労特性を有する鋼が開示されている。
ウ水蒸気耐酸化性について
本件審決は,甲4,5には,Si,Alの添加でステンレス鋼の耐酸化性が向上
すること,フェライト系ステンレス鋼が耐熱疲労特性に優れていること,Cr-A
l系耐熱鋼が自動車排ガス中の断続加熱試験において優れた耐酸化性を示したこと
が開示されているが,これらの自動車排ガス組成は水蒸気の割合が18.8%,1
3.7%と,50体積%よりはるかに低く,材料の酸化に雰囲気の影響が著しいこ
と(甲5)も併せ考慮すれば,甲4,5に記載された雰囲気は,本件発明の水蒸気
が50体積%までも高い高温水蒸気酸化雰囲気とはいえず,また,甲3にはフェラ
イト系ステンレス鋼が耐高温酸化性に優れた旨の記載はあるが,50体積%H2O
のような雰囲気下での高温水蒸気耐酸化性及び耐熱疲労特性を立証するものではな
いとして,甲1,3~5の開示は,水蒸気改質器における耐酸化性については参考
にならず,本件発明の相違点2の容易想到性を肯定し得るものではない旨判断した。
しかし,20体積%弱程度の水蒸気を含む高温の排気ガス中で高い耐酸化性を示
した材料については,50体積%以上の水蒸気雰囲気下でも高い耐酸化性を示すと
期待するのが当業者の技術常識であり,本件審決が指摘する点は本件発明の進歩性
を肯定する理由とならないこと,また,そもそも引用例2には,50体積%水蒸気
雰囲気のプロセスガスを用いるプラント用の水蒸気改質器の材料として,耐酸化性
に優れたフェライト系ステンレス鋼を用いることが開示されていることから,本件
審決の上記判断が誤りであることも,前記1〔原告の主張〕(2)イのとおりである。
エ以上のとおり,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼を,燃料電池用石油
系燃料改質器に用いることは容易ではないとした本件審決の判断には誤りがあり,
取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
(1)本件発明1と引用発明2との相違点1及び本件発明2と引用発明2との相
違点1に対する判断(Sの含有量)について
原告の主張は争う。
(2)本件発明1と引用発明2との相違点2及び本件発明2と引用発明2との相
違点2に対する判断(Zr,Vの含有量)について
引用例2の【0026】には,Zr,Vを含有することにより延性を高めること
が記載されていること,引用例2には,含有量が多すぎる不具合は記載されている
ものの含有しないことによる利点は記載されていないこと,実施例として,Zrを
0.006%,Vを0.03%含む鋼Aのみが開示されているのに対して,請求項
1の鋼は極めて広範な範囲の金属組成を有していることから,引用例2には,Zr,
Vを含有しないフェライト系ステンレス鋼が記載又は示唆されているとはいえない。
(3)本件発明1と引用発明2との相違点3及び本件発明2と引用発明2との相
違点3に対する判断(Nb,Ti,Moの含有量)について
引用例2は,【0029】で鋼Aという特定の組成を開示しているほか,各請求
項に記載されているような,本件発明に対してはるかに上位概念である極めて広い
範囲のステンレス鋼の開示を含む。しかし,特許・実用新案審査基準の「第Ⅱ部
特許要件第2章新規性・進歩性」,「1.5.3(4)引用発明の認定における
上位概念及び下位概念で表現された発明の取扱い」にもあるとおり,引用発明が上
位概念で表現されている場合は下位概念で表現された発明が示されていることにな
らず,下位概念で表現された発明を認定することはできないから,引用例2が開示
する本件発明に対してはるかに上位概念である極めて広い範囲のステンレス鋼から,
下位概念に当たるある特定の組成の鋼を引用発明として認定することはできない。
したがって,あたかも引用例2の請求項又は【0012】の「レベル1」に記載
の範囲内に属する,鋼Aの組成とは異なる,ある特定の組成を持った鋼を引用発明
2として認定すべきであるかのように述べる原告の主張は誤りである。
(4)本件発明1と引用発明2との相違点4に対する判断(Ce,Laの含有)
について
鋼Aは引用例2において適切な組成を有する実施例として開示されているもので
あるから,引用例2に接した当業者は,Ce及びLaの含有量は多すぎれば,高温
延性(高温加工性)が阻害されるので有害である(【0025】)ものの,鋼Aに含
まれる程度の量であれば問題はないと理解するものであるし,かえってCe,La
は,形成された酸化物層の金属表面への密着性を高めるのに寄与し,これに加え,
目的とする酸化物の成長速度を低くするという好ましい作用を有する元素なのであ
るから(【0025】),鋼AからさらにCe,Laの含有量を減らすという発想に
は到らないはずである。
(5)本件発明1と引用発明2との相違点5及び本件発明2と引用発明2との相
違点4に対する判断について
ア引用例2には,引用例2のプラント用の水蒸気改質器の複合管の材料として
のフェライト系ステンレス鋼は,装置の大小にかかわらず燃料電池用石油系燃料改
質器に求められる耐熱疲労特性において重要な要素である高温強度が低いとされ,
さらに,原告が強調するほどプラント用と燃料電池用石油系燃料改質器の大きさが
異なるのであれば,そのことも阻害要因となることからすれば,引用発明2のフェ
ライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器における課題を克服する材料
として使用することが容易であったとはいえないし,引用例2のフェライト系ステ
ンレス鋼から燃料電池用石油系燃料改質器用の材料である本件発明を想到すること
が当業者にとって容易であったとはいえない。
イ原告は,燃料電池用の改質器と石油化学プラント用の改質器の大きさの違い
を強調し,全長が数十cm以内の小型の装置であれば高温強度(高温での引っ張り
強さ)が問題となることはない旨主張する。
しかし,そもそも原告が前提とする,装置が小型であれば高温強度は問題になら
ないという主張は誤りである。装置のサイズと関係なく,高温強度が低ければ燃料
電池用石油系燃料改質器の材料としての実用に耐える耐熱疲労特性を発揮し得ない
から,引用例2は,「高温で強度が非常に低い」(引用例2の【0016】)フェラ
イト系ステンレス鋼が燃料電池用石油系燃料改質器の材料として適していることな
ど示していないし,引用例2のフェライト系ステンレス鋼を,燃料電池用石油系燃
料改質器に単独の材料として使用する動機付けがあるとはいえない。引用例2のフ
ェライト系ステンレス鋼が高温強度に劣るということは,これを燃料電池用石油系
燃料改質器の材料として使用するに際しての阻害要因となるし,原告がことさら強
調するほどプラント用と燃料電池用の改質器の大きさが異なるのであれば,そのこ
ともまた,むしろ阻害要因となる。
第4当裁判所の判断
1本件発明について
(1)本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであるとこ
ろ,本件明細書(甲42により訂正された甲41)の発明の詳細な説明には,おお
むね,次の記載がある。
ア産業上の利用分野
【0001】本発明は,ガソリン,ナフサ,灯油,LPG等の石油系燃料を水素に
改質する際に使用される改質器の要求特性を満足するフェライト系ステンレス鋼に
関する。
イ従来の技術
【0002】各種化学工業分野における基礎原料,燃料電池用燃料,熱処理雰囲気
用等,広範な用途に使用される水素は,石油,アルコール等の燃料を分解すること
により製造している。たとえば,石油精製プラントでは,大型で連続運転される水
素発生装置が使用されている。従来の水素発生装置は,ナフサや天然ガスを原料と
し,水蒸気改質反応によって水素を製造している。
最近では,燃料電池用水素を得るために,各種改質器の開発が急ピッチで進めら
れている。燃料電池用改質器としては,複数の反応管を容器に収容した多管式,大
径の反応管をもつ単管式等が知られている。
【0004】原料ガスRGは,改質用水蒸気と共に反応管1内に送り込まれ,第1
触媒層2a→内側流路3a→第2触媒層2b→外側流路3b→合流管3cの経路で
流れる。フレームFで内側から加熱されている第1触媒層2a,第2触媒層2bを
原料ガスRGが通過する際に,改質反応(たとえば,C3H8+3H2O=3CO+
7H2),シフト反応(CO+H2O=CO2+H2)等により水素が生成する。水素
は,改質取出し管から改質ガスとして直接回収され,或いはPd-Ag,Ta等の
水素透過膜を用いた選択透過法で改質ガスPGから分離回収される。
ウ発明が解決しようとする課題
【0005】石油精製プラントの水素発生装置は,高温で連続運転されることから
優れた高温クリープ強度が要求される。また,CO2,SO2等を含む水蒸気雰囲
気に曝される。そのため,HK40(25Cr-20Ni-0.4C)を始めとす
る耐熱合金製の遠心鋳造管が水素発生装置の構造材に使用されている。
他方,石油系燃料から水素を回収する燃料電池用改質器では,都市ガス,アルコ
ール系燃料に比較して改質温度が800℃以上の高温になる。しかも,水蒸気,C
O2,SO2等を含む酸化性の雰囲気に曝され,水素の需要に応じて加熱・冷却も
頻繁に繰り返される。このような過酷な環境下で十分な耐久性を呈する実用的な材
料は,これまでのところ報告されていない。
エ課題を解決するための手段
【0006】本発明は,従来のフェライト系ステンレス鋼をベースとし,高温水蒸
気雰囲気に曝される石油系燃料改質器の環境を考慮して鋼組成に種々の検討を加え
ることにより完成されたものであり,加熱初期の酸化皮膜を強化すると共に,N,
Mo,Nb等の添加によって中温~高温域での高温強度を改善し,改質器の要求特
性を満足する燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼を提供する
ことを目的とする。
【0007】本発明の燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼は,
その目的を達成するため,Cr:8~35質量%,C:0.03質量%以下,N:
0.03質量%以下,Mn:1.5質量%以下,S:0.008質量%以下,Si:
0.8~2.5質量%及び/又はAl:0.6~6.0質量%を含み,更にNb:0.
05~0.80質量%,Ti:0.03~0.50質量%,Mo:0.1~4.0質
量%,Cu:0.1~4.0質量%の1種又は2種以上を含み,残部がFe及び不可
避的不純物からなり,Si及びAlの合計量が1.5質量%以上に調整された組成
を有していることを特徴とする。
【0008】このフェライト系ステンレス鋼は,更にY:0.001~0.1質量%,
REM(希土類元素):0.001~0.1質量%,Ca:0.001~0.01質
量%の1種又は2種以上を含むことができる。
オ作用
【0009】SUS430やSUH409Lに代表されるフェライト系ステンレス
鋼は,オーステナイト系ステンレス鋼に比較すると熱疲労特性に優れているものの,
多量の水蒸気を含む改質器の高温雰囲気に曝されると,水蒸気酸化が容易に進行す
る。また,加熱・冷却が頻繁に繰り返される改質器にあっては,より一層の優れた
熱疲労特性が要求される。そこで,本発明者等は,水蒸気酸化及び熱疲労の発生メ
カニズムを材質面から検討し,SUS430をベースとして種々の合金成分を添加
し,添加合金成分が水蒸気酸化及び熱疲労に及ぼす影響を調査した。
【0010】高温雰囲気における水蒸気酸化は大気酸化よりも損傷が大きい。水蒸
気酸化機構は必ずしも明らかでない。水蒸気酸化は水蒸気が酸素及び水素に解離し
て酸化反応を促進させ,水蒸気が鋼素地に直接到達して酸化を促進させること等に
よって生じる現象であり,結果としてスケール剥離に由来する配管系統の目詰りや
鋼素地の減肉に起因する変形,穴開き等のトラブルが発生する。
【0011】この水蒸気酸化は,ステンレス鋼表面に生成するCr系酸化物を主体
とする酸化皮膜を安定化することによって抑制できる。加熱によりステンレス鋼表
面に生成する酸化皮膜は,ステンレス鋼に耐酸化性を付与するものであり,80
0℃程度の高温雰囲気にあっては8質量%以上のCr含有量で耐酸化性の向上が顕
著となる。しかし,鋼素地が高温水蒸気雰囲気に曝されると,酸化皮膜中に生成す
るCr系酸化物が少量に留まり,Cr-Mn-Fe系のスピネル構造をもつ酸化物
が多量に生成するため,酸化皮膜がポーラスになる。その結果,酸化皮膜を透過し
て下地鋼に到達する水蒸気,CO2,SO2等の腐食性成分が多くなり,下地鋼の
水蒸気酸化や硫化が進行する。
【0012】そこで,Si,Al添加によってCr系酸化物を安定化させることに
より,耐水蒸気酸化性,耐硫化性を改善する。Si,Alは,Cr系酸化物の内層
にSi,Alの酸化物を形成し,酸化皮膜を強化する。また,Si添加によって鋼
中のCr拡散が促進され,Cr系酸化物が生成しやすくなり,結果としてCr系酸
化物が安定した酸化皮膜によって腐食性成分の透過が抑制されることに起因するも
のと推察される。
Y,REM,Caの添加も耐水蒸気酸化性,耐硫化性の改善に有効である。Y,
REM,Caは,酸化皮膜のCr系酸化物に固溶し,酸化皮膜を強化することによ
って腐食性成分の透過を抑制するものと推察される。
【0013】燃料電池用石油系燃料改質器は,稼動,非稼動に応じて常温から90
0℃前後の高温に至る温度域で加熱・冷却される。そのため,加熱・冷却の繰返し
によって蓄積される熱疲労も大きくなる。この点,石油精製プラントの大型水素発
生装置は高温で連続運転されることから,高温クリープ特性に優れた材料の使用に
よって問題が解決されるが,加熱・冷却が繰り返される改質器には同様な手段を適
用できない。
熱疲労特性の改善には,ステンレス鋼の高温強度を高めることが有効な手段であ
る。本発明では,Nb,Ti,Mo,Cuの1種又は2種以上を添加することによ
って高温強度,ひいては熱疲労特性を改善している。Mo,Cuは固溶強化,Nb,
Tiは固溶強化や析出強化によって熱疲労特性を改善する。
カ実施例
【0020】表1の成分・組成をもつ各種フェライト系ステンレス鋼を30kg真
空溶解炉で溶製し,インゴットに鋳造した。インゴットを粗圧延した後,熱延,焼
鈍酸洗,冷延,仕上げ焼鈍を経て板厚2.0mmの冷延焼鈍材を製造した。
また,別のインゴットを熱間鍛造,焼鈍して外径30mmの丸棒を製造した。
【0021】表1(判決注:別紙本件明細書の表の表1に示す。)
【0022】各フェライト系ステンレス鋼から試験片を切り出し,冷延焼鈍板を高
温水蒸気酸化試験に,焼鈍丸棒を熱疲労試験に供した。
高温水蒸気酸化試験では,燃料電池用石油系燃料改質器が曝される雰囲気を想定
し,50体積%H2O+20体積%CO2及び50体積%H2O+10ppmSO2
の2種類の雰囲気を用意した。当該雰囲気中で試験片を900℃に25分保持する
加熱及び室温まで降温して5分保持する冷却を1サイクルとする加熱・冷却を50
0回繰り返した後,試験片の重量を測定した。測定結果を試験前の重量と比較し,
重量変化が2.0mg/cm2
以下を○,2.0mg/cm2
を超える重量増加があ
ったものを×として耐水蒸気酸化性を評価した。酸化,硫化が生じていないものほ
ど,酸化皮膜の環境遮断機能が強く,耐水蒸気酸化性に優れているといえる。
【0023】熱疲労試験では,自由熱膨張に対し50%の歪量を付加するように制
御して200~900℃の温度域で試験片を繰返し加熱・冷却した。初期の最大引
張り応力が3/4まで低下したときの繰返し数を破損繰返し数と定義し,加熱・冷
却を500サイクル以上繰り返しても破損しなかった試験片を○,500サイクル
未満の加熱・冷却で破損繰返し数に達した試験片を×として熱疲労特性を評価した。
表2の試験結果にみられるように,本発明に従った鋼種番号1~5のフェライト
系ステンレス鋼は,何れも耐水蒸気酸化性,熱疲労特性に優れており,改質器材料
としての要求特性を十分に満足していた。
【0024】他方,鋼種番号6~8のフェライト系ステンレス鋼は,高温保持した
後で試験片表面に酸化スケールの亀裂等,多数の損傷が発生しており,耐水蒸気酸
化性に劣っていた。損傷の発生は,Si,Al含有量が不足するために酸化皮膜の
Cr系酸化物が不安定で,高温保持中に酸化皮膜を透過したH2O,CO2,SO2
等が下地鋼をアタックしたことによるものと推察される。熱疲労特性にも劣ってい
た。熱疲労特性は0.31質量%のNbを添加した鋼種番号8で改善がみられたが,
耐水蒸気酸化性は依然として不十分であった。
【0025】表2(判決注:別紙本件明細書の表の表2に示す。)
キ発明の効果
【0026】以上に説明したように,本発明のフェライト系ステンレス鋼は,Cr
系酸化物が安定化した酸化皮膜が表面に形成され,高温雰囲気に長時間曝された状
態でも酸化皮膜が優れた環境遮断機能を呈し,高温水蒸気雰囲気下での酸化や硫化
が防止される。また,組織強化により優れた熱疲労特性が維持される。そのため,
過酷な高温水蒸気雰囲気下で稼動され,高温~常温の広い温度域にわたって加熱・
冷却が繰り返される燃料電池用石油系燃料改質器に好適な材料として使用される。
(2)前記(1)の記載によれば,本件明細書には,本件発明に関し,以下の点が開
示されていることが認められる。
本件発明は,ガソリン,ナフサ,灯油,LPG等の石油系燃料を水素に改質する
際に使用される改質器の要求特性を満足するフェライト系ステンレス鋼に関する
(【0001】)。
石油系燃料から水素を回収する燃料電池用改質器では,都市ガス,アルコール系
燃料に比較して改質温度が800℃以上の高温になる。しかも,水蒸気,CO2,
SO2等を含む酸化性の雰囲気に曝され,水素の需要に応じて加熱・冷却が頻繁に
繰り返される。このような過酷な環境下で十分な耐久性を呈する実用的な材料は,
これまでのところ報告されていない(【0005】)。
そこで,本件発明の課題は,従来のフェライト系ステンレス鋼をベースとし,高
温水蒸気雰囲気に曝される石油系燃料改質器の環境を考慮して鋼組成に種々の検討
を加えることにより,加熱初期の酸化皮膜を強化するとともに,N,Mo,Nb等
の添加によって中温から高温域での高温強度を改善し,改質器の要求特性を満足す
る燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼を提供することを目的
とする(【0006】)。
ところで,多量の水蒸気を含む改質器の高温雰囲気に曝されると,水蒸気酸化が
容易に進行し,この高温雰囲気における水蒸気酸化は大気酸化よりも損傷が大きい
ところ,水蒸気酸化は,ステンレス鋼表面に生成するCr系酸化物を主体とする酸
化皮膜を安定化することによって抑制できるが,鋼素地が高温水蒸気雰囲気に曝さ
れると,酸化皮膜中に生成するCr系酸化物が少量に留まり,酸化皮膜がポーラス
になる結果,酸化皮膜を透過して下地鋼に到達する水蒸気,CO2,SO2等の腐
食性成分が多くなり,下地鋼の水蒸気酸化や硫化が進行する。そこで,Si,Al
の添加によってCr系酸化物を安定化させることにより,耐水蒸気酸化性,耐硫化
性を改善することができ,さらに,Y,REM,Caの添加も耐水蒸気酸化性,耐
硫化性の改善に有効とされる(【0009】~【0012】)。
また,燃料電池用石油系燃料改質器は,稼動,非稼動に応じて常温から900℃
前後の高温に至る温度域での加熱・冷却の繰り返しによって蓄積される熱疲労も大
きくなるところ,耐熱疲労特性の改善には,ステンレス鋼の高温強度を高めること
が有効な手段であって,Nb,Ti,Mo,Cuの1種又は2種以上を添加するこ
とによって高温強度,ひいては耐熱疲労特性を改善することができる(【001
3】)。
そこで,本件発明のフェライト系ステンレス鋼は,前記の課題を解決する手段と
して,本件発明の特許請求の範囲請求項1及び2の構成を採用することにより,C
r系酸化物が安定化した酸化皮膜が表面に形成され,高温雰囲気に長時間曝された
状態でも酸化皮膜が優れた環境遮断機能を呈し,高温水蒸気雰囲気下での酸化や硫
化が防止され,また,組織強化により優れた耐熱疲労特性が維持されるため,過酷
な高温水蒸気雰囲気下で稼動され,高温から常温の広い温度域にわたって加熱・冷
却が繰り返される燃料電池用石油系燃料改質器に好適な材料として使用される
(【0007】,【0008】,【0026】)。
2取消事由1(引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り)について
(1)引用発明1について
ア引用例1(甲1)の特許請求の範囲は,以下のとおりである。
(1)重量%で
C:0.03%以下,Si:1%以下,Mn:1%以下,Cr:13~16%,
Al:2~5%,を含み,更にTi及びNbの1種又は2種を合計で0.1~1.
0%含有し,残部がFe及び不可避不純物からなり,前記不純物中のNiが0.
5%以下であることを特徴とする熱疲労特性の優れたフェライトステンレス鋼。
(2)重量%で
C:0.03%以下,Si:1%以下,Mn:1%以下,Cr:13~16%,
Al:2~5%,を含み,更にTi及びNbの1種又は2種を合計で0.1~1.
0%含有し,かつ0.1~1.0%のCu,0.01~0.1%のREM,及び0.
1~1.0%のMoのうちの1種以上を含み,残部がFe及び不可避不純物からな
り,前記不純物中のNiが0.5%以下であることを特徴とする熱疲労特性の優れ
たフェライトステンレス鋼。
イ引用例1(甲1)の記載によれば,引用発明1に関し,以下の点が開示され
ていることが認められる。
(ア)産業上の利用分野
引用発明1は耐熱疲労特性の優れたフェライト系ステンレス鋼であって,例えば
自動車エンジンのマニホールドなどの材料に適したフェライト系ステンレス鋼に関
する。
(イ)従来の技術
自動車エンジンの排気系に設けられるマニホールド(排気ガス管)は,排気ガス
によって強い酸化を受けるとともに繰り返し加熱と冷却(約50℃~850℃の範
囲で変化する)を受け,引っ張り応力と圧縮応力を交互に受けて疲労する。現在,
溶接鋼管製マニホールドの材料として,加工性と溶接性がよく,しかも安価であっ
て,そのうえ耐酸化性と耐熱疲労特性の優れているフェライト系ステンレス鋼が用
いられているが,自動車エンジンの高出力化及び高効率化に伴って排気ガス温度が
900℃を超えるようになり,従来の材料により製造されたマニホールドではその
寿命が著しく短いという問題が生じている。
(ウ)発明が解決しようとする課題
引用発明1の目的は,良好な加工性と溶接性を備えるとともに,すぐれた耐酸化
性と耐熱疲労特性を有する自動車エンジンのマニホールドなどに好適なフェライト
系ステンレス鋼を提供することにある。
(エ)課題を解決するための手段,作用,発明の効果
そこで,かかる課題を解決するための手段として,引用発明1は,耐熱疲労特性
を高めるためにはC含有量をできるだけ低くして,炭化物の結晶粒界への析出を少
なくし,やむを得ず析出するものは結晶粒内に広く分散させ,その場合,NbやT
iを含有させると炭化物の結晶粒内への分散が助長されること,耐酸化性を向上さ
せるためには,Crを多量に含有させればよいが,475℃付近で脆化を起こして
耐熱疲労特性を低下させることとなり,反対にCr含有量が少ないと脆化は防止さ
れるけれども耐酸化性が低下することから,Crを減らし,その代わりに適正量の
Alを含有させれば上記温度域での脆化が防止され,高い耐熱疲労特性と耐酸化性
を兼備させることができるとの知見に基づき,前記アの特許請求の範囲記載のフェ
ライト系ステンレス鋼(ただし,Ni以外のPとSはそれぞれ0.04%以下,0.
03%以下とするのが望ましい。)とすることにより,加工性がよく,しかも高温
環境における耐酸化性と耐熱疲労特性がともに非常にすぐれ,最近の高性能化され
た自動車エンジンのマニホールドなどの材料として最適であるとの効果を得るもの
である。
ウまた,引用例1には,引用発明1に関して,以下の実施例が開示されている
ことが認められる。
(ア)溶解能力17kgの真空溶解炉により第1表(別紙引用例1の表の第1
表)に示す化学組成を有する鋼を溶製し,直径100mm,長さ270mmのイン
ゴットを作った。それを加熱炉で1150℃に加熱した後,900~1150℃の
温度で鍛造を行い,厚さ90mm,幅140mm,長さ150mmの厚鋼板を製造
した。この厚鋼板を1150℃で5分間加熱したあと,熱間圧延を行って厚さ5m
mの熱延鋼板にした。これを温度800℃で30分間軟化焼鈍したあと厚さが3m
mになるまで切削し,その後さらに冷間圧延を行って厚さ1.5mmの冷延鋼板に
した。そしてこの冷延鋼板から試験片を採取し,耐酸化性,加工性及び熱疲労性の
試験を行った。
(イ)耐酸化試験では,上記冷延鋼板を800℃で10分間かけて軟化した後,
厚さ1.5mm,幅15mm,長さ30mmの酸化試験片とし,それを温度95
0℃の大気雰囲気の炉内に200時間保持して酸化させ,その重量増加量を測定し
て耐酸化性を調べた。
(ウ)熱疲労性試験では,冷延鋼板を曲げ加工したあとTIG溶接を行い,直径
38.1mm,長さ170mmのパイプ状試験片を作った。そしてこの試験片を長
さ方向に自由に伸縮ができないように拘束した後,加熱と冷却を加えて50℃から
950℃(950℃のときだけ30秒間保持)の間を上下させ,それに亀裂が発生
するまでの繰り返し数を調べた。その試験結果をそれぞれ第2表(別紙引用例1の
表の第2表),第3表及び第4表(別紙引用例1の表の第4表)に示す。
(エ)第2表は耐酸化性試験の結果である。この表から明らかなように,引用発
明1に係る鋼(No.2,3,6,7,9~14,17,18,19,23)の酸
化による重量増加量は,従来鋼(No.15)及びAlを少量しか含有しない比較
鋼(No.1,5)より大幅に低減している。また引用発明1に係る鋼の重量増加
量は,Crの高い従来鋼(No.15)を850℃で酸化させた場合(No.15
a)とほぼ同等かそれ以下になっている。これから引用発明1に係る鋼は高温状態
に曝されても非常に強い耐酸化性を備えていることがわかる。
(オ)第4表は熱疲労特性を評価するために加熱冷却繰り返し数を調べた結果を
示す。第4表からわかるように,引用発明1に係る鋼の加熱冷却繰り返し数は従来
鋼(No.15)及びAlを多量に含有する比較鋼(No.4,8)より著しく増
加しており,さらに従来鋼を50℃と850℃の間を繰り返し変化させたNo.1
5bよりも多い,すなわち,熱疲労特性が著しく向上している。また,Nb及びT
iの含有量の少ない比較鋼(No.22),Si含有量の多い比較鋼(No.21),
C含有量の多い比較鋼(No.20)の加熱冷却繰り返し数は,従来鋼(No.1
5)よりも少なく熱疲労特性が劣っている。
エそして,引用例1には,前記第2の3(2)ア及びイのとおり,前記ウの実施
例No.2に相当する以下の(ア)の引用発明1-1が,同じく実施例No.13に
相当する以下の(イ)の引用発明1-2がそれぞれ記載されていると認められること
は,当事者間に争いがない。
(ア)引用発明1-1
C0.005%,Si0.49%,Mn0.52%,Ni0.05%未満,Cr
13.27%,Al2.02%,Ti0.06%,Nb0.10%,残部Feと不
可避不純物のフェライトステンレス鋼
(イ)引用発明1-2
C0.003%,Si0.60%,Mn0.52%,Ni0.19%未満,Cr
13.42%,Al3.96%,Ti0.05%,Nb0.10%,Y0.09
7%,残部Feと不可避不純物のフェライトステンレス鋼
(2)本件発明1について
そこで,本件発明1が引用発明1-1に基づき容易に発明をすることができたか
について判断するに,事案に鑑み,まず,相違点2の容易想到性について検討する。
ア前記1(2)のとおり,本件発明1は,従来のフェライト系ステンレス鋼をベ
ースとし,高温水蒸気雰囲気に曝される石油系燃料改質器の環境を考慮して,加熱
初期の酸化皮膜を強化するとともに,中温から高温域での高温強度を改善し,常温
から900℃前後の高温に至る温度域で,水蒸気等を含む酸化性の雰囲気に曝され,
水素の需要に応じて加熱・冷却が頻繁に繰り返される過酷な環境下で十分な耐久性
を呈するとの改質器の要求特性を満足する燃料電池用石油系燃料改質器用フェライ
ト系ステンレス鋼を提供することを目的とし,かかる課題を解決する手段として,
本件発明1の特許請求の範囲請求項1の構成を採用することにより,Cr系酸化物
が安定化した酸化皮膜が表面に形成され,高温雰囲気に長時間曝された状態でも酸
化皮膜が優れた環境遮断機能を呈し,高温水蒸気雰囲気下での酸化や硫化が防止さ
れ,また,組織強化により優れた耐熱疲労特性が維持されるため,過酷な高温水蒸
気雰囲気下で稼動され,高温から常温の広い温度域にわたって加熱・冷却が繰り返
される燃料電池用石油系燃料改質器に好適な材料として使用されることができると
の効果を有するものである。
これに対して,前記(1)のとおり,引用発明1-1は,排気ガスによって強い酸
化を受けるととともに繰り返し加熱と冷却(約50℃から850℃の範囲で変化す
る)を受け,引っ張り応力と圧縮応力を交互に受ける自動車エンジンのマニホール
ドの材料として,自動車エンジンの高出力化及び高効率化に伴って排気ガス温度が
900℃を超えるものについても,良好な加工性と溶接性を備えるとともに,優れ
た耐酸化性と耐熱疲労特性を有する自動車エンジンのマニホールドなどに好適なフ
ェライト系ステンレス鋼を提供することを目的とし,かかる課題を解決する手段と
して,耐熱疲労特性を高めるためにC含有量をできるだけ低くし,炭化物の結晶粒
界への析出を少なくし,やむを得ず析出するものは結晶粒内に広く分散させ,所定
温度域での脆化を防止するとともに耐酸化性を向上させるために,Crの含有量を
減らすと同時に適正量のAlを含有させることで,高い耐熱疲労特性と耐酸化性を
兼備させることができるとの知見に基づき,特許請求の範囲記載のフェライト系ス
テンレス鋼とすることにより,加工性がよく,しかも高温環境における耐酸化性と
耐熱疲労特性がともに優れ,最近の高性能化された自動車エンジンのマニホールド
などの材料として最適であるとの効果を生じるものである。
そして,当業者が,引用発明1-1に基づいて,引用発明1-1に開示されたフ
ェライト系ステンレス鋼を,本件発明1の燃料電池用石油系燃料改質器の用途に使
用することを容易に想到できたか否かを判断するに当たっては,引用発明1-1に
係るフェライト系ステンレス鋼について,これを本件発明1の燃料電池用石油系燃
料改質器用のフェライト系ステンレス鋼に用いることについての動機付けがあり,
本件発明1の上記の高温水蒸気耐酸化性,耐熱疲労特性,高温強度を備えるものと
することを容易に想到し得るかを検討しなければならない。
イ引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼は,自動車エンジンのマニホー
ルドなどの材料に好適なものとされており,引用例1には,引用発明1-1のフェ
ライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器の部材として使用することに
ついての記載も示唆もない。
ウ高温水蒸気耐酸化性について
(ア)フェライト系ステンレス鋼の高温水蒸気耐酸化性
甲4(日刊工業新聞社「ステンレス鋼便覧第3版」,平成7年1月24日発行)
の384頁の表2.8には,自動車用排気管の排ガス組成として「H2O(%)1
8.8」と記載され,甲5(「自動車排気ガス中におけるステンレス鋼の高温腐食
挙動」鉄と鋼第63年(1977)第5号,昭和52年発行)の738頁のTa
ble.3には,自動車排気ガス中の断続加熱試験が行われた「R=9」の
「beforeburningwithoutair」及び「afterburningwithair」の雰囲気組成と
して,それぞれ「H2O(%)18.8」,「H2O(%)13.7」と記載されて
いることから,一般に,自動車エンジンのマニホールドは,水蒸気量が20体積%
弱の排気ガスに曝される部材であると認められる。
そして,引用発明1-1が,自動車エンジンのマニホールドの材料として最適で
あるとの効果を生じるものであることから,引用発明1-1のフェライト系ステン
レス鋼は,排気ガスレベルの水蒸気(約20体積%H2O)下での高温水蒸気耐酸
化性を有することが推認できる。
(イ)水蒸気改質器については水蒸気量が50体積%以上となることが周知であ
ったこと
甲20(特開平11-111320号公報)には,燃料電池用改質器において改
質器の入口ライン1を通過するガスの組成中の水蒸気量が70.58%であること
が記載されている(【図1】の「30改質器」及び「1流体の流れるライン」,
【図2】の「改質器」の「入1」の「組成(%)」の「15H2O70.5
8」)。
甲38(高圧ガス保安協会「水蒸気改質炉・分解炉ハンドブック高圧ガス保安
に関する情報紹介No96」,昭和60年1月発行)には,プラント用の水蒸気
改質器についての説明の中で,「反応式からも判るが,改質圧力の低い程,改質温
度の高い程,水蒸気/CH4モル比の大きい程平衡CH4%は減少する。したがっ
て,下流側の合成ガスの圧縮動力を節約するためには改質圧力は高い方が望ましい。
また,水蒸気/CH4モル比も省エネルギーの点からも通常2.5~3.5程度で
抑えられ,その上メタノール合成ガスとしては改質ガス中CH4は3~5%(乾ガ
ス基準)以下であることが望ましい。」(12頁右欄3~11行目)と記載されてい
る。そして,モル比は体積%に比例するから,水蒸気/CH4モル比が2.5~3.
5の混合ガス中の水蒸気体積%は,71.4%~77.8%となることから(2.
5÷(2.5+1)=71.4%,3.5÷(3.5+1)=77.8%),甲3
8には,プラント用の水蒸気改質器中の混合ガスの水蒸気量が,71.4~77.
8体積%であることが記載されているということができる。
甲39(特開平4-215837号公報)には,プラント用の水蒸気改質器につ
いて,改質器に流入する改質ガスの水蒸気量が70.45体積%であることが記載
されている(【図1】の「10純化されたプロセスガス流」及び「11ガス加
熱反応塔」,【表1】の「位置流れ番号10」の「ガス成分(モル%)」の「H2
O70.45%」)。
これらの記載によれば,水蒸気改質器においては,水蒸気量が50体積%以上と
なることは,本件特許の出願日当時,周知の技術事項であったということができる。
(ウ)高温の水蒸気雰囲気が強い酸化性を有することが周知であったこと
甲4(前掲「ステンレス鋼便覧第3版」,平成7年1月24日発行)には,「ステ
ンレス鋼の高温における耐酸化性はその上に形成されるCr2O3層(またはAl2
O3層)の保護特性に大きく依存する。健全で安定なCr2O3層が形成されれば,
1000℃でも長時間使用できる。…大気中あるいは酸素中の高温酸化では,ステ
ンレス鋼は一般に二層構造のスケールを形成する。」,「酸化性雰囲気に水蒸気が入
ると,一般にステンレス鋼の酸化速度は大きくなる。一例を図2.21に示す。乾
燥雰囲気中なら18~20%Crで一応保護性のCr2O3層が形成されるが,雰
囲気に水蒸気が入ると,25%程度のCrを加えないと十分な耐酸化性は得られな
い。たとえば,Fe-13(%)Crは0.3%の水蒸気を含む空気中で激しく酸
化する…。10%の水蒸気を含むアルゴン中でFe-9%CrおよびFe-17%
Cr合金を酸化すると,外層はFeO,内層はFeO+FeCr2O3のスケール
を形成し,Cr2O3層は形成されない。…水蒸気が酸化を加速する機構について
は,解離機構およびマクロ欠陥の発生の観点から検討されている。」,「高温酸化,
水蒸気酸化はいずれも金属が酸化物となって損耗する現象であり」(378,37
9,487頁)との記載がある。
甲5(前掲「自動車排気ガス中におけるステンレス鋼の高温腐食挙動」,昭和5
2年発行)には,「大気中に比較して排気ガス中では酸化速度が格段に大きく,ま
た温度の上昇とともに酸化に耐える材料が非常に少なくなっていくことがわかった。
…以上の事実から明らかなように,材料の酸化に対しては,雰囲気の影響は著しい
ものがある。」との記載がある。
これらの記載によれば,高温の水蒸気が高い酸化性を有することは,本件特許の
出願日当時,周知の技術事項であったということができる。
(エ)燃料電池用改質器においては,高温の水蒸気雰囲気下の耐酸化性が課題で
あったことは周知であったこと
甲8(特開平5-239599号公報)には,従来技術及び発明が解決しようと
する課題について,燃料電池プラントにおいて燃料電池用水素の製造に用いる改質
器反応管等においては,操業が高温下で行われるようになると,反応管等の鋳造品
の表面にスケールを生じさせる酸化が促進され,この酸化スケールは,剥離すると
鋳造品が損失し,さらにその剥離した箇所に酸化スケールが形成されるという悪循
環を招くが,それまで提案されてきた種々の耐熱鋼は,いずれもこの酸化に対する
耐性が十分とはいえず,クリープ破断強度の改善を図って新たに提案された耐熱鋼
も,酸化スケールの剥離を抑制するという意味での耐酸化性は向上するものの,材
料内部の不健全層となる内部酸化に対しては十分な抵抗性を有しているとはいえな
かったことから,甲8記載の発明は,高温長時間において高いクリープ破断強度を
達成しながら,かつ内部酸化抵抗性に優れたCr-Ni系耐熱鋼を提供することを
目的とすること(【0002】,【0005】,【0006】,【0008】)が記載され
ている。
甲9(特開2001-220106号公報)には,従来技術及び発明の実施の形
態について,燃料電池等に使用される水素を得るために,触媒反応により,炭化水
素ガス等を水素成分の多いガスに改質する改質器に関して,浸炭は,炭素が鉄鋼材
料中に侵入し,Cr炭化物を粒界に形成し,Crが集中することにより,鋼中のC
r濃度を低下させ,緻密なCr酸化物が表面に形成されず,粒界腐食を引き起こし
て耐酸化性の劣化をもたらし,鋼材の寿命に悪影響を及ぼすものであるが,甲9記
載の発明により,改質器の触媒層のガス流入側の近傍等,改質器を構成する鋼材が
浸炭を受け易い部分における装置の耐浸炭性,耐酸化性を高め,改質器の耐久性を
増大し,かつ,これらを新たなガイドフィンや整流板を設けて構造を複雑にしたり
コストをほとんど上げることなく実現できること(【0001】,【0008】,【0
039】)が記載されている。
これらの記載によれば,燃料電池用改質器においては,高温の水蒸気雰囲気下の
耐酸化性が課題であったことは,本件特許の出願日当時,周知の技術事項であった
ということができる。
(オ)前記(ア)ないし(エ)を前提に,引用発明1-1のフェライト系ステンレス
鋼を燃料電池用石油系燃料改質器用に用いるとした場合に,高濃度水蒸気下での高
温耐酸化特性を有することが予測可能であるか否かを検討する。
引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼は,高温環境における耐酸化性に優
れているとはいえ,それは自動車エンジンのマニホールドが好適な用途であるとさ
れていることから,排気ガスレベルの水蒸気(約20体積%H2O)下での高温水
蒸気耐酸化性を有することが推認できるにすぎないのであって,50体積%H2O
以上という高濃度水蒸気下において燃料電池用石油系燃料改質器に要求されるだけ
の高温水蒸気耐酸化性を有するかについては,これを肯定し得るだけの周知技術の
存在を認めることはできない。
加えて,本件発明の実施例における高温水蒸気酸化試験では,燃料電池用石油系
燃料改質器が曝される雰囲気を想定し,50体積%H2O+20体積%CO2及び
50体積%H2O+10ppmSO2の2種類の雰囲気を用意し,当該雰囲気中で
試験片を900℃に25分保持する加熱及び室温まで降温して5分保持する冷却を
1サイクルとする加熱・冷却を500回繰り返した後(なお,900℃の加熱時間
の総計は,25分×500回=208.3時間である。),試験片の重量を測定し,
測定結果を試験前の重量と比較し,耐水蒸気酸化性を評価したところ,表2のとお
り,本件発明の実施例では,5種類の鋼種は全て重量変化が2.0mg/cm2

下であったのに対し,比較例の3種類の鋼種は全て2.0mg/cm2
を超える重
量増加があった(【0022】,【0025】)。
これに対して,引用例1の実施例における耐酸化試験は,冷延鋼板を800℃で
10分間かけて軟化した後,厚さ1.5mm,幅15mm,長さ30mmの酸化試
験片とし,それを温度950℃の大気雰囲気の炉内に200時間保持して酸化させ,
その重量増加量を測定して耐酸化性を調べた結果が,第2表に示されており,引用
発明1-1に係る実施例No2の酸化による重量増加量は3.27mg/cm2

なっている。
そして,引用発明1-1の耐酸化試験は大気雰囲気下であり,本件発明の実施例
における高温水蒸気酸化試験は50体積%H2Oの雰囲気下であって,本件発明の
実施例の酸化条件の方が,引用発明1-1の実施例よりも,水蒸気雰囲気の点にお
いて,圧倒的に厳しいものであるから,引用発明1-1のフェライト系ステンレス
鋼を,本件発明の実施例における高温水蒸気酸化試験と同一の酸化条件で耐酸化試
験をした場合には,酸化による重量増加量は3.27mg/cm2
を超え,本件発
明の評価基準である2.0mg/cm2
以下とならないことは明らかである。この
ことは,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼が,高濃度水蒸気下での高温
耐酸化特性の点で,本件発明1の燃料電池用石油系燃料改質器用に用いることがで
きないことを示すものということができる。
(カ)原告の主張について
a原告は,50体積%H2Oのような雰囲気という,排気ガスと改質器のプロ
セスガスの水蒸気量の相違については,甲40(「1473Kの水蒸気含有雰囲気
におけるSUS430ステンレス鋼の高温酸化」日本金属学会誌第64巻第5号
(2000)359-362)に記載されているように,酸化量は,水蒸気量0%
の場合と比較して,19.7%,45.4%の場合はどちらも圧倒的に酸化量が多
い(すなわち,水蒸気は,雰囲気中にそれが含まれる場合と含まれない場合とでは
酸化量は10~100倍も大きく異なってくる)のに対して,19.7%と45.
5%の各酸化量の差異は僅かであることから,自動車用の排気ガス(水蒸気量20
体積%弱)において,優れた耐酸化性を示した材料であれば,50体積%水蒸気量
の雰囲気下においても,十分な耐酸化性が期待できるというのが,当業者の技術常
識であり,排気ガスと改質器のプロセスガスの水蒸気量の相違は,引用発明1のフ
ェライト系ステンレス鋼を改質器に使用することについて阻害要因となるものでは
ない旨主張する。
しかし,そもそも原告主張に係る甲40に記載された事項が,本件特許の出願日
当時の技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
この点を措くとしても,甲40には,内層スケールの形成に水蒸気が強く関与す
る場合,その厚さは水蒸気濃度に依存すると考えられ,水蒸気濃度を変化させた
(N2-3%O2)-H2O雰囲気中で3600s酸化した際に形成されたスケール
厚さの水蒸気濃度依存性を調べたところ,Fig.9に示されているように,水蒸
気濃度の増加とともに外層スケール及び内層スケールの厚さが直線的に増加し,そ
の傾きがおおむね4μm/H2O%と認められることが開示されており,30%の
H2O体積%の増加により,スケールの厚さが120μm増加することになり,こ
の点を考慮すれば,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼が約20体積%H
2O下での高温水蒸気耐酸化性を有するからといって,50体積%H2O以上とい
う高濃度水蒸気下において燃料電池用石油系燃料改質器に要求されるだけの高温水
蒸気耐酸化性を有することが予測可能ということはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
b原告は,引用例2には,プラント用ではあるが,水蒸気改質器においてフェ
ライト系ステンレス鋼を使用することが開示されており,プラント用の水蒸気改質
器も燃料電池用の改質器と同じく50体積%以上の水蒸気雰囲気下で用いられるこ
とは周知の事実であって,引用例2には,50体積%水蒸気雰囲気下においてもフ
ェライト系ステンレス鋼が十分な耐酸化性を示すことが開示されているから,引用
発明1-1のフェライト系ステンレス鋼が燃料電池用水蒸気改質器において要求さ
れるレベルの高温水蒸気雰囲気下での耐酸化性を有していることは明らかである旨
主張する。
確かに,前記(イ)のとおり,水蒸気改質器については水蒸気量が50体積%以上
となることが周知の技術事項であったところ,後記3(1)イのとおり,引用例2に
は,特許請求の範囲請求項1に従う金属粉塵化に対する優れた耐性を有するフェラ
イト系ステンレス鋼を,水蒸気改質プラントにおける改質器用の複合管において,
金属粉塵化(及び浸炭)による腐食性のプロセスガスに曝される部材として構成す
ることが開示されていることから,引用例2記載のフェライト系ステンレス鋼は5
0体積%H2O以上の水蒸気雰囲気下における高温水蒸気耐酸化性を有することが
推認できる。
しかし,合金は,その構成(成分及び組成範囲等)から,どのような特性を有す
るか予測することは困難であり,また,ある成分の含有量を増減したり,その他の
成分を更に添加したりすると,その特性が大きく変わるものであって,合金の成分
及び組成範囲が異なれば,同じ製造方法により製造したとしても,その特性は異な
ることが通常であることが広く知られている。
そして,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼と引用例2の特許請求の範
囲請求項1記載のフェライト系ステンレス鋼とは,Alの組成範囲,N,Zr及び
Vを成分として含むか否かの点で,含有される元素及び組成範囲が異なるから,引
用例2は,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼が,引用例2記載のフェラ
イト系ステンレス鋼のように50体積%H2O以上の高濃度水蒸気下において燃料
電池用石油系燃料改質器に要求されるだけの高温耐酸化性を有することの根拠とな
るものではない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
c原告は,甲32には,100%水蒸気雰囲気下において,フェライト系ステ
ンレス鋼はオーステナイト系ステンレス鋼より耐酸化性に優れており,腐食がほと
んど進行しないので,そのような環境下で使用できる材料であることが開示され,
また,甲33及び34には,水蒸気改質器の高温の改質ガスに曝される触媒担体や
ヒータユニットに,フェライト系ステンレス鋼を用いることが開示されているから,
引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼が燃料電池用水蒸気改質器において要
求されるレベルの高温水蒸気雰囲気下での耐酸化性を有していることは明らかであ
る旨主張する。
しかし,甲32において高温水蒸気耐酸化性に優れるとされるタイプ406のフ
ェライト系ステンレス鋼と引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼とは,Al,
C及びNiの組成範囲が異なる。甲33記載のフェライト系ステンレス鋼は,Al
が5%,Crが20%を含むことが開示されているだけであって(【0021】,
【0027】,【0031】,【0036】,【0043】),その組成範囲自体,引用発
明1-1とは異なる上,他の元素及び組成範囲も不明である。さらに,甲34記載
のフェライト系ステンレス鋼(【0060】)は,引用発明1-1のフェライト系ス
テンレス鋼とは,Cr及びAlの組成範囲,Si,Mn,Ni,Ti,Nb,B及
びYを成分として含むか否かの点で,含有される元素及び組成範囲が異なる。
よって,甲32ないし34は,いずれも引用発明1-1のフェライト系ステンレ
ス鋼が,燃料電池用水蒸気改質器において要求されるレベルの高温水蒸気雰囲気下
での耐酸化性を有することの根拠となるものではない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
エ耐熱疲労特性について
(ア)燃料電池用改質器において耐熱疲労特性が課題であることは周知であるこ

甲6(平2-82462号公報)には,従来技術について,燃料電池発電システ
ムは,高効率,無公害,低騒音な発電プラントとして実用化されつつあるが,この
種のプラントでは改質装置の反応管頂部温度を900℃以上の高温状態で運転する
ことが要求され,負荷変化等に伴う上記頂部温度の変動を極力抑制し,反応管の熱
疲労を低減することが要求されてきたことが記載されている。
甲7(特開平5-94833号公報)には,燃料電池発電システムの運転方法に
関し,発明が解決しようとする課題について,特に,週間スケジュールで起動停止
を繰り返すことが要求される中間負荷需要対応用の発電所として燃料電池発電シス
テムを運用する場合,短時間の起動は不可欠のものとなっていること(【000
9】),燃料電池発電プラントのように,通常改質運転時において改質負荷量の変動
が大きいものでは,この負荷変動からもたらされる改質反応管温度の変動に耐えら
れるように改質器の改質反応管は比較的薄い肉厚で設計され,また,改質反応管内
の触媒層は,改質運転中はある特定の触媒層温度範囲で用いられることを前提に設
計されていることから,昇温中に改質器のバーナを過大に燃焼させて改質反応管及
び触媒層を通常の改質運転時より高い温度にさらすことは,管及び触媒層の熱疲労
を増し,破損に至らしめる危険があること(【0010】)が記載されている。
甲8(特開平5-239599号公報)には,従来技術及び発明が解決しようと
する課題について,燃料電池プラントにおいて燃料電池用水素の製造に用いる改質
器反応管等は遠心鋳造によって製造されるが,反応管等に広く用いられている耐熱
鋼はクリープ破断強度が低いため,通常厚肉構造とせざるを得ないものの,そうす
ると温度変化時の熱応力が増大して,反応管の使用開始・停止時の熱疲労損傷が大
きくなること(【0002】,【0003】)が記載されている。
甲9(特開2001-220106号公報)には,燃料電池等に使用される水素
を得るために,触媒反応により,炭化水素ガス等を水素成分の多いガスに改質する
改質器においては,バーナで高温に加熱された改質用触媒層に改質原料ガスを通過
させて改質反応を行う際に,改質器を構成する燃焼管は高温の燃焼ガスに直接に接
して触媒を加熱し,触媒管は高温度に加熱された触媒を内蔵して改質原料ガスを改
質し,改質管は高温の触媒層を経て改質された改質ガスを導出して次の工程に送る
装置であり,それぞれが高温にさらされ,熱的な歪みに伴う変形応力を繰り返し受
け,熱的な損傷や偏った触媒反応を生じて改質機能を低下させるおそれがあること
(【0001】,【0004】)が記載されている。
これらの記載によれば,燃料電池用改質器において耐熱疲労特性が課題であるこ
とは,本件特許の出願日当時,周知の技術事項であったということができる。
(イ)そこで,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系
燃料改質器に用いるとした場合に,燃料電池用石油系燃料改質器に要求される耐熱
疲労特性を有することが予測可能であるか否かを検討する。
引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼は,繰り返し加熱と冷却(約50℃
から850℃の範囲で変化する)を受け,引っ張り応力と圧縮応力を交互に受ける
自動車エンジンのマニホールドの材料として,優れた耐熱疲労特性を有する自動車
エンジンのマニホールドなどに好適なものであるが,自動車エンジンのマニホール
ドに要求される耐熱疲労特性を満たせば,燃料電池用石油系燃料改質器に要求され
る耐熱疲労特性をも満たすことを認めるに足りる証拠はない。
加えて,本件発明の実施例における熱疲労試験では,自由熱膨張に対し50%の
歪量を付加するように制御して200~900℃の温度域で試験片を繰り返し加
熱・冷却し,初期の最大引っ張り応力が3/4まで低下したときの繰り返し数を破
損繰り返し数と定義し,加熱・冷却を500サイクル以上繰り返しても破損しなか
った試験片を○,500サイクル未満の加熱・冷却で破損繰り返し数に達した試験
片を×として耐熱疲労特性を評価したところ(【0023】,表2),本件発明の実
施例は,全て500サイクル以上繰り返しても破損しなかった。
これに対して,引用例1の実施例における熱疲労性試験では,冷延鋼板を曲げ加
工したあとTIG溶接を行い,直径38.1mm,長さ170mmのパイプ状試験
片を作り,この試験片を長さ方向に自由に伸縮ができないように拘束した後,加熱
と冷却を加えて50℃から950℃(950℃のときだけ30秒間保持)の間を上
下させ,それに亀裂が発生するまでの繰り返し数を調べ,その試験結果が第4表に
示されており,引用発明1-1に係る実施例No2の加熱冷却繰り返し数は619
回であったことが示されている(前記(1)ウ(ウ))。
このように,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼の熱疲労性試験と,本
件発明の実施例における熱疲労性試験とでは,試験条件及び評価基準が異なること
から,引用発明1-1の熱疲労性試験の結果をもって,引用発明1-1のフェライ
ト系ステンレス鋼が,本件発明の実施例における熱疲労試験の評価基準を満たすか
否かは不明というほかない。
そうすると,当業者といえども,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を
燃料電池用石油系燃料改質器に用いるとした場合に,燃料電池用石油系燃料改質器
に要求される耐熱疲労特性を有することを予測することはできないというべきであ
る。
オ引用発明1-1に基づく容易想到性について
(ア)前記アないしエによれば,引用例1には,引用発明1-1のフェライト系
ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器の部材として使用することについての
記載も示唆もない上,当業者であっても,引用発明1-1に係るフェライト系ステ
ンレス鋼が,少なくとも燃料電池用石油系燃料改質器に要求される高温水蒸気耐酸
化性及び耐熱疲労特性を備えるものと予測することは困難であるから,引用発明1
-1のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器に用いることにつ
いての動機付けがないというべきである。
そうすると,当業者が,引用発明1-1に基づいて,引用発明1-1のフェライ
ト系ステンレス鋼を,燃料電池用石油系燃料改質器に用いることを容易に想到し得
たということはできない。
(イ)原告の主張について
原告は,水蒸気改質器に従来用いられてきたオーステナイト系ステンレス鋼と比
較して,フェライト系ステンレス鋼は,加熱・冷却が繰り返される燃料電池用改質
器のような環境下では,耐熱疲労特性,耐酸化性の双方においてより優れているこ
とは,甲4,28~30に開示された周知の技術的事項であったから,これらの開
示を組み合わせれば,燃料電池用水蒸気改質器における,800℃以上の高温下で,
水蒸気,CO2,SO2を含む酸化性の雰囲気における耐酸化性・耐硫化性と,頻
繁な加熱・冷却に耐えられる耐熱疲労特性,という本件明細書の【0005】に記
載されている上記周知の課題を克服し得る材料として,引用発明1-1のフェライ
ト系ステンレス鋼を使用することは,当業者であれば十分に動機付けられるのであ
り,容易になし得たことである旨主張する。
しかし,甲4,28~30には,フェライト系ステンレス鋼が高温水蒸気耐酸化
性や耐熱疲労特性に優れることが一般的に記載されているものの,フェライト系ス
テンレス鋼が50体積%H2O以上という高濃度水蒸気下において燃料電池用石油
系燃料改質器に要求されるだけの高温水蒸気耐酸化性や,本件発明1の実施例にお
ける熱疲労試験の評価基準を充足するに足りる程度の耐熱疲労特性を有することに
ついての記載も示唆もないのであるから,引用発明1-1のフェライト系ステンレ
ス鋼を燃料電池用水蒸気改質器に使用することの動機付けとなるものではない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
カ以上によれば,本件発明1は,引用発明1-1に基づいて容易に発明するこ
とができたものということはできず,相違点2についての本件審決の判断に誤りは
ない。
(3)本件発明2について
次に,本件発明2が引用発明1-2に基づいて容易に想到できたかについて検討
するに,本件発明2は,本件発明1に,更にY:0.001~0.1%,REM(希
土類元素):0.001~0.1%,Ca:0.001~0.01%の1種又は2種以
上を含むとの要件が付加されるほかは,本件発明1の発明特定事項を全て含むもの
であり,これに対応して,引用発明1-2は,Y:0.097%を含むものであっ
て,本件発明1と引用発明1-1との相違点及び本件発明2と引用発明1-2との
相違点は共通するから,前記(2)において本件発明1と引用発明1-1との相違点
2について判示した事項は,全て本件発明2についても妥当する。
そうすると,本件発明2は引用発明1-2に基づいて容易に発明することができ
たものということはできず,相違点2についての本件審決の判断に誤りはない。
(4)小括
したがって,本件発明1と引用発明1-1との相違点1及び本件発明2と引用発
明1-2との相違点1について検討するまでもなく,取消事由1は理由がない。
3取消事由2(引用発明2に基づく容易想到性の判断の誤り)について
(1)引用発明2について
ア引用例2(甲2)の特許請求の範囲請求項1は以下のとおりである。
部分的にFe-Cr-Al合金の層,及び,部分的に荷重支持部材の層,さらに,
適宜,他の層を複数含む複合管の製造において,重量%で,下記成分組成を有する
フェライト構造のFe-Cr-Al合金を使用すること:C:0.3%未満,C
r:5~30%,Ni:10%未満,Mn:5%未満,Mo:5%未満,Al:3
~20%,Si:5%未満,N:0.3%未満,Ce+La+Hf+Y:1.0%
未満,Ti:0~1.0%,Zr:0~1.0%,V:0~1.0%,Nb:0~
1.0%,及び,残部Fe及び不可避的不純物。
イ引用例2の記載によれば,引用発明2に関し,以下の点が開示されているこ
とが認められる。
引用発明2は,水蒸気改質プラントに使用する差込み管,過熱器及び改質器用の
管等への適用において,酸化,浸炭,及び金属粉塵化(metaldusting)に対する
優れた耐性を求める要求を満たさなければならない多層複合管の製造に,フェライ
ト系Fe-Cr-Al合金構造材料を使用することに関する(【0001】)。
水蒸気改質は,合成ガスの生成,例えば,アンモニア,メタノール及び水素ガス
の生成のための一工程段階であり,そこでは,水蒸気が,水素ガスと一酸化炭素を
生成するために炭化水素と混合される。改質管とは,高温で,水蒸気と炭化水素が,
完全に又は部分的に水素ガスと一酸化炭素に転換される,触媒充填の管である
(【0003】)。
差込み管,過熱器及び改質器用の管においては,金属粉塵化が問題となり,現在,
これらの管に対して採用されている対策は,一般に,ニッケル基合金又はステンレ
ス鋼を使用することであるが,これらの材料は,金属粉塵化に対する耐性に限度が
あるので,材料としての寿命が短くなるか,又は,水蒸気改質において,熱交換に
対して,最適でないプロセスパラメーターを使用しなければならないことになる上,
ニッケル基合金は,合金元素の量が多く,また,製造工程管理が厳しいので非常に
高価である。そこで,引用発明2の第1の目的は,現在の上記対策よりも安価で,
より耐性の優れた製品を開発することであり,この目的は,複合管の製造において,
請求項1に従う合金を使用することによって達成される(【0005】,【000
6】)。
引用発明2は,金属粉塵化に対する優れた耐性を有するフェライト系Fe-Cr
-Al合金を利用することが可能であり,そして,該合金を,いわゆる複合管にお
ける外側材料部材又は内側材料部材として使用することにより,該複合管は,水蒸
気改質プラントにおける差込み管,過熱器及び改質器用の管として使用される予定
の構造材料に求められる諸条件を満たすことが可能であるという知見に基づくもの
である。満足されなければならない諸特性は,金属粉塵化に対する良好な耐性,良
好な耐酸化性,充分な機械的特性(強度)及び充分な構造安定性である(【000
9】,【0010】)。
引用発明2は,フェライト構造と別紙引用例2の組成表等の【0012】記載の
成分組成(重量%)を有するFe-Cr-Al合金の使用を包含するところ,上記
合金は,複合押出加工で成形された複合管において,金属粉塵化(及び浸炭)によ
る腐食に曝される部材を構成する。この複合管において,一方の部材は,荷重を支
える部材(荷重支持部材)であり,低炭素鋼,いわゆる9-12%Cr鋼,通常の
ステンレス鋼,又は,ニッケル基合金で構成される。どちらの部材が,外側部材を
構成するか,内側部材を構成するかは,プロセスガスが,複合管の内側を流れるか,
外側を流れるかによる(【0011】~【0013】)。
金属粉塵化と浸炭が起きる環境は,プロセスガスにおける高い炭素活量と比較的
低い酸素分圧,及び,450~900℃の通常温度により特徴づけられる。この種
の腐食に対する耐性を付与するために,金属材料には,表面に保護酸化物を形成す
る良好な形成能を有することが求められる。主に,材料中における酸化物形成元素
の含有量,及び,材料のミクロ組織が,上記形成能を決定づける要素である。ガス
中の比較的低い酸素含有量により,3種の保護酸化物,Al酸化物,Cr酸化物及
びシリカのみが,実際の雰囲気中で,実質的に形成され得る(【0014】,【00
15】)。
一方,引用発明2のフェライト系Fe-Cr-Al合金材料は,高温で強度が非
常に低く,また,稼働中,いわゆる475℃脆性により脆化されてしまうことから,
この合金材料は,機械的応力の下で稼働する機器への使用には適さない。さらに,
強度が低いことは,クリープにより容易に変形してしまうことを誘発する。そして,
保護酸化物は容易に破壊されるものであるから,このことは,例えば,金属粉塵化
の抑制に対し悪影響をなす。このことは,そのようなフェライト系Fe-Cr-A
l合金材料は,水蒸気改質プラントにおける差込み管,過熱器及び改質器用の管と
して,使用され得ないことを意味する(【0016】)。
複合管の形成において,耐蝕性を有するフェライト系Fe-Cr-Al合金は,
通常,複合管の全肉厚の20~50%をなすが,該Fe-Cr-Al合金を,腐食
性のプロセスガスに暴露するように,高強度合金へ結合することにより,金属粉塵
化に対する耐性と機械的(高温)強度の両方に係る要求を満足する製品が得られる。
上記複合管は,15~200mmの外径及び2~20mmの全肉厚を有する(【0
017】)。
荷重支持部材,すなわち,耐蝕性を有するフェライト系Fe-Cr-Al合金鋼
が適用される部材の選択は,稼働温度と,部材の機械的応力に依存する。荷重支持
部材に対しては,強度に対する要求の他に,燃焼ガス又は水蒸気中における酸化に
対する耐性を備えることが求められる。一般に,部材の稼動温度が高くなればなる
ほど,酸化特性がより決定的な要因になるといわれている(【0018】)。
引用発明2に従って製造された複合管は,今まで達成されていない,金属粉塵化
に対する耐性及び充分に長い寿命を有するものである(【0028】)。
ウまた,引用例2には,引用発明2に関して,以下の実施例が開示されている
ことが認められる。
(ア)スクラップを電気アーク炉で溶解し,そして,AOD転炉で精製及び脱炭
する通常の方法で,表1(別紙引用例2の組成表の【0029】表1)に示す成分
組成の溶鋼Aを製造し,265×365mmの鋳片に連続鋳造した。この連鋳片を
熱間圧延し,φ87mmの丸棒とした。この丸棒から,長さ250mmの素材を切
りだし,これに,φ60mmの貫通孔を穿孔した(【0026】)。
(イ)溶鋼Aと同じ方法で,荷重支持部材として用いる予定の,表1に示す成分
組成の溶鋼Bを製造し,連鋳片とし,熱間圧延で,φ60mmの丸棒とした。この
丸棒から,長さ250mmの素材を切りだし,これに,φ20mmの貫通孔を穿孔
した。
二つの挿入物は,溶鋼Aの素材の中に,溶鋼Bの素材を配置して結合された。そ
の後,二つの部材は,1100℃で,30mmの外径と5mmの肉厚を有する管に,
複合押出加工された。このようにして製造された管は,いずれも2.5mm厚の内
側部材と外側部材から構成されていた(【0027】)。
エそして,引用例2には,前記第2の3(5)のとおり,前記ウ(ア)の実施例の
溶鋼Aに相当する以下の引用発明2が記載されていると認められることは,当事者
間に争いがない。
C0.011%,Si0.14%,Mn0.37%,Cr20.55%,Ni0.
24%,Mo0.02%,Al5.4%,Ti0.006%,Zr0.006%,
N0.010%,V0.03%,Nb0.01%,Ce0.013%,La0.0
05%,残部Feと不可避的不純物のフェライト系Fe-Cr-Al合金。
(2)本件発明1について
そこで,本件発明1が引用発明2に基づき容易に発明をすることができたかにつ
いて判断するに,事案に鑑み,まず,相違点5の容易想到性について検討する。
ア前記(1)のとおり,水蒸気改質プラントにおける差込み管,過熱器及び改質
器用の管として使用される複合管は,プロセスガスにおける高い炭素活量と比較的
低い酸素分圧,及び,450~900℃の通常温度という環境下において,金属粉
塵化に対する良好な耐性,良好な耐酸化性,充分な機械的特性(強度)及び充分な
構造安定性が要求されるところ,当該複合管には,一般に,ニッケル基合金又はス
テンレス鋼が使用されるが,これらの材料は,金属粉塵化に対する耐性に限度があ
る上,ニッケル基合金は非常に高価である。引用発明2は,より安価かつ耐性の優
れた製品を開発することを目的とし,かかる課題を解決する手段として,特許請求
の範囲請求項1に従う金属粉塵化に対する優れた耐性を有するフェライト系Fe-
Cr-Al合金を,複合押出加工で成形された複合管において,金属粉塵化(及び
浸炭)による腐食に曝される一方の部材として構成し,この複合管において,他方
の部材は,荷重を支える部材(荷重支持部材)であり,強度に対する要求の他に,
燃焼ガス又は水蒸気中における酸化に対する耐性を備える低炭素鋼,いわゆる9-
12%Cr鋼,通常のステンレス鋼,又は,ニッケル基合金で構成するが,上記フ
ェライト系Fe-Cr-Al合金材料は,高温で強度が非常に低く,また,稼働中,
いわゆる475℃脆性により脆化されてしまうことから,機械的応力の下で稼働す
る機器への使用には適さず,さらに,クリープにより容易に変形し,保護酸化物は
容易に破壊され,金属粉塵化の抑制に対し悪影響をなすことから,当該Fe-Cr
-Al合金を,腐食性のプロセスガスに暴露するように,高強度合金へ結合するこ
とにより,金属粉塵化に対する耐性と機械的(高温)強度の両方に係る要求を満足
する製品が得られるのであって,この複合管は,今まで達成されていない,金属粉
塵化に対する耐性及び充分に長い寿命を有するとの効果を奏するものである。
そして,当業者が,引用発明2に基づいて,引用発明2に開示されたフェライト
系ステンレス鋼を,本件発明1の燃料電池用石油系燃料改質器の用途に使用するこ
とを容易に想到できたか否かを判断するに当たっては,引用発明2に係るフェライ
ト系ステンレス鋼について,これを本件発明1の燃料電池用石油系燃料改質器用の
フェライト系ステンレス鋼に用いることについての動機付けがあり,本件発明1の
前記2(2)アの高温水蒸気耐酸化性,耐熱疲労特性,高温強度を備えるものとする
ことを容易に想到し得るかを検討しなければならない。
イ引用発明2のフェライト系ステンレス鋼は,前記のとおり,高温で強度が非
常に低く,機械的応力の下で稼働する機器への使用には適さず,さらに,クリープ
により容易に変形することから,高強度合金へ結合することにより複合管とするこ
とを前提として,水蒸気改質プラントに用いられるものである。そして,前記(1)
イの引用例2の【0003】の水蒸気改質反応は,本件明細書の【0004】記載
の改質反応に相当し,水蒸気改質プラントと燃料電池用石油系燃料改質器とは,そ
の内部で進行する化学反応において相違はないというべきであるから,引用発明2
のフェライト系ステンレス鋼は,燃料電池用石油系燃料改質器に要求される程度の
高濃度の水蒸気雰囲気下での高温耐酸化性を有していることは推認するに難くない。
しかし,上記のとおり,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼は高温での強度
が非常に低く,機械的応力の下で稼働する機器への使用には適さないことから,高
強度合金と複合管化することなく,これを燃料電池用石油系燃料改質器用に使用す
ることには阻害事由があるというべきである。その上,引用発明2のフェライト系
ステンレス鋼は,本件明細書の【0005】,【0013】にあるように,常温から
900℃前後に至る温度域で,水素の需要に応じて加熱・冷却が頻繁に繰り返され
る過酷な環境下において燃料電池用石油系燃料改質器に要求される耐熱疲労特性を
備えているかが不明であり,殊に,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼が,本
件発明の実施例における熱疲労試験の評価基準を満たすか否かは不明というほかな
い。
そうすると,当業者であっても,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼を燃料
電池用石油系燃料改質器用に用いるとした場合に,燃料電池用石油系燃料改質器に
要求される高温強度及び耐熱疲労特性を有することを予測することはできないとい
うべきであるから,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃
料改質器に用いることについての動機付けが認められない。
したがって,当業者が,引用発明2に基づいて,引用発明2のフェライト系ステ
ンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器用に用いることを容易に想到し得たという
ことはできない。
ウ原告の主張について
(ア)原告は,引用例2の「高温で強度が非常に低い」との説明は,プラント用
のような大型の装置において,改質器の管に装置の荷重が掛かる場合に妥当するも
のであって,家庭用などの小型の燃料電池用改質器には妥当せず,その程度の大き
さの改質器であれば,大きな荷重がかからないことから,荷重に対する強度が問題
とならないところ,フェライト系ステンレス鋼が,自動車用マニホールド,自動車
排ガス装置のような800℃以上の高温水蒸気雰囲気に曝される装置において,複
合管としてではなく単独で使用され得る材料であることは周知であり(甲1,3,
4,5,10~12,43,44),これらの各器材はいずれも大きさがせいぜい
数十cm程度であって,家庭用燃料電池用改質器とほぼ同じ大きさであるため,上
記各号証に接した当業者は,自動車用マニホールドや排ガス装置などに単独で使用
されているフェライト系ステンレス鋼について,同程度のサイズである燃料電池用
の改質器には,同様に単独で使用しても,高温強度の不足が問題になることはない
と理解するから,引用例2が複合管であることは,引用発明2の鋼を燃料電池用改
質器の材料として用いることの妨げとはならない旨主張する。
しかし,甲1(引用例1)については,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼
と,引用例1の特許請求の範囲請求項(1)とは,Cr,Al,Ti及びNbの組成
範囲,Mo,Zr及びVを成分として含むか否かの点で,また,引用例1の特許請
求の範囲請求項(2)とは,Cr,Al,Mo,Ti及びNbの組成範囲,Cu,Z
r及びVを成分として含むか否かの点で,いずれも含有される元素及び組成範囲が
異なるから,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼が,引用例1記載のフェライ
ト系ステンレス鋼の備える高温強度を有することの根拠となるものではない。
甲3については,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼と,甲3の特許請求の
範囲請求項1とは,Si及びMnの組成範囲,Ni,Mo,Ti,Zr,V及びN
bを成分として含むか否かの点で,また,甲3の特許請求の範囲請求項2とは,S
i,Mn,Nb,V及びTiの組成範囲,Ni,Mo及びZrを成分として含むか
否かの点で,いずれも含有される元素及び組成範囲が異なるから,引用発明2のフ
ェライト系ステンレス鋼が,甲3記載のフェライト系ステンレス鋼の備える高温強
度を有することの根拠となるものではない。
甲4,5,43及び44については,これらの文献には,フェライト系ステンレ
ス鋼が耐熱疲労特性や高温強度に優れることが一般的に記載されているが,引用発
明2と同様の組成を有するフェライト系ステンレス鋼が,上記各号証に記載された
高温強度を有することや,本件発明1の実施例における熱疲労試験の評価基準を充
足するに足りる程度の耐熱疲労特性を有することについての記載も示唆もないので
あるから,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器
用に用いることの動機付けとなるものではない。
甲10については,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼と,甲10の特許請
求の範囲請求項1とは,Alの組成範囲,Ni,Mo,Zr,V,Nb,Ce及び
Laを成分として含むか否かの点で,また,甲10の特許請求の範囲請求項2とは,
Al,Mo及びVの組成範囲,Zr,Ce,La,Cu,Bを成分として含むか否
かの点で,甲10の特許請求の範囲請求項3とは,Alの組成範囲,Zrを成分と
して含むか否かの点で,いずれも含有される元素及び組成範囲が異なるから,引用
発明2のフェライト系ステンレス鋼が,甲10記載のフェライト系ステンレス鋼の
備える高温強度を有することの根拠となるものではない。
甲11については,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼と,甲11の特許請
求の範囲請求項1とは,Moの組成範囲,Ni,Ti,Zr,V及びNbを成分と
して含むか否かの点で,また,甲11の特許請求の範囲請求項2とは,Mo,Ti
及びVの組成範囲,Ni及びZrを成分として含むか否かの点で,いずれも含有さ
れる元素及び組成範囲が異なるから,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼が,
甲11記載のフェライト系ステンレス鋼の備える高温強度を有することの根拠とな
るものではない。
甲12については,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼と,甲12の特許請
求の範囲請求項1とは,Mn,Ni,Ti,Zr,V及びNbを成分として含むか
否かの点で,また,甲12の特許請求の範囲請求項5とは,Ta,Hf及びBを成
分として含むか否かの点で,いずれも含有される元素が異なる上,甲12は,所定
の条件での熱間圧延を前提とするものであって,引用例2のように押出成形するも
のとは,製造方法が異なるから,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼が,甲1
2記載のフェライト系ステンレス鋼の備える高温強度を有することの根拠となるも
のではない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(イ)原告は,甲46の1によれば,小型プラントに用いる全長数十cm程度の
水蒸気改質器においては,装置が高温に曝される水蒸気改質反応が行われ,そのよ
うな触媒反応器について,フェライト系ステンレス鋼は,単独でその材料として使
用できる十分な高温強度を有していることは,公知の事実であり,同様のサイズの
燃料電池用改質器についても,フェライト系ステンレス鋼が十分な高温強度を有し
ていることは,当業者にとっては技術常識であったから,同程度のサイズである燃
料電池用の改質器には,同様に単独で使用しても,高温強度の不足が問題になるこ
とはないため,引用例2が複合管であることは,引用発明2の鋼を燃料電池用改質
器の材料として用いることの妨げとはならない旨主張する。
しかし,そもそも原告主張に係る甲46の1に記載された事項が,本件特許の出
願日当時の技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
この点を措くとしても,甲46の1に開示されているフェライト系ステンレス鋼
は,20%までのCr,0.5~12%のAl及び0.1~3%のYを有する鉄で
あるFecralloy(商標)として知られるタイプのアルミニウム担持フェライトスチ
ールであって(【0008】),引用発明2のフェライト系ステンレス鋼とは構成元
素及び組成範囲が異なるから,引用発明2のフェライト系ステンレス鋼が,甲46
の1記載のフェライト系ステンレス鋼の備える高温強度を有することの根拠となる
ものではない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(ウ)原告は,本件審決は引用発明2を,実施例の鋼Aの組成に限定して解釈し
ている点で誤っており,引用例2には,Nb,Ti,Moが添加された組成もレベ
ル1として開示されているから,十分な耐熱疲労特性を有する鋼が開示されている
旨主張する。
しかし,当業者であっても,引用例2のレベル1のフェライト系ステンレス鋼を,
燃料電池用石油系燃料改質器に用いるとした場合に,燃料電池用石油系燃料改質器
に要求される高温強度及び耐熱疲労特性を有することを予測することができないこ
とは,前記イと同様であるから,原告の上記主張は,採用することができない。
エ以上によれば,本件発明1は,引用発明2に基づいて容易に発明することが
できたものということはできず,相違点5についての本件審決の判断に誤りはない。
(3)本件発明2について
次に,本件発明2が引用発明2に基づいて容易に想到できたかについて検討する
に,本件発明2は,本件発明1に,更にY:0.001~0.1%,REM(希土類
元素):0.001~0.1%,Ca:0.001~0.01%の1種又は2種以上を
含むとの要件が付加されるほかは,本件発明1の発明特定事項を全て含むものであ
り,本件発明1と引用発明2との相違点5と,本件発明2と引用発明2との相違点
4は共通するから,前記(2)において本件発明1について判示した事項は,全て本
件発明2についても妥当する。
そうすると,本件発明2は引用発明2に基づいて容易に発明することができたも
のということはできず,相違点4についての本件審決の判断に誤りはない。
(4)小括
したがって,本件発明1と引用発明2との相違点1ないし4及び本件発明2と引
用発明2との相違点1ないし3について検討するまでもなく,取消事由2は理由が
ない。
4結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,本件審決にこれ
を取り消すべき違法はない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官田中芳樹
裁判官柵木澄子
別紙本件明細書の表
表1
表2
別紙引用例1の表
第1表
第2表第4表
別紙引用例2の組成表等
【0012】
【0029】
表1

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