弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
○ 事実
一 控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が訴外A及び同株式会社第
一ホテルエンタープライズに対し昭和五二年六月四日付確認番号第四三〇六号をも
つてした建築確認処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とす
る。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、左記のとおり主張を附加し、控訴人ら代
理人において甲第一五ないし第一八号証を提出し、被控訴代理人において右甲号各
証の原本の存在及び成立を認めると述べたほかは、原判決事実摘示のとおり(ただ
し、原判決六枚目裏六行目から八行目にかけて「同B、並びに(行ウ)第一〇〇号
事件原告C」とあるのを「同B」と改め、同一四枚目表四行目から同枚目裏五行目
までを削除する。)であるから、これをここに引用する。
(控訴人ら代理人の主張)
1 建築工事完了後に建築確認処分を取り消す旨の判決がなされたとしても、法九
条により違反建築物の除却等の是正措置を命ずるか否かは特定行政庁の自由裁量に
委ねられているとして、工事完了後には右取消しを訴求する利益は認められないと
解するとするならば、およそいかなる段階においても第三者が建築確認処分の取消
しを求める訴えの利益は認められないとの到底容認しがたい結論に至らざるをえな
い。けだし、法九条の是正措置命令を発するか否かは、建築工事が完了しているか
否かにかかわらず、特定行政庁の自由裁量に委ねられているのであり、工事完了前
に建築確認処分を取り消す旨の判決がなされた場合にあつても、建築主が違法に工
事を続行するならば、これを法的に阻止しうるか否かは、特定行政庁がその自由裁
量により工事停止命令等の是正措置命令を発するか否かにかかるのであつて、工事
完了後の場合と事情は何ら異ならないからである。被控訴人の挙げる法六条五項、
九九条一項二号は、建築確認なしに工事をしてはならず、これに違反したときは一
〇万円以下の罰金に処せられることがある旨を規定しているにすぎず、建築工事完
了前に建築確認処分が取り消されれば、即、建築工事の施工ないし完成が阻止され
るという法構造にはなつていない。現実にも僅か一〇万円を最高限とする罰金刑の
存在が右の阻止に有効であるとは到底考えられず、また右罰金刑が過去に発動され
た例も皆無である。してみると、建築工事完了前につき建築確認処分の取消しを訴
求する利益の存在を肯定しうるのであれば、工事完了後についても同様であるとい
わなければならない。
2 建築工事完了後違反建築物につき特定行政庁が法九条による是正措置を命ずる
か否かは、まさしくその自由裁量に委ねられているとしても、右自由裁量にも当然
合理的な限界があり、右措置の不作為は一定の場合には違法となることがあるもの
と解される。そして、右不作為が違法となるか否かを判断するにあたつては、建築
確認処分が取り消されているか否かが重要な基準となるのであつて、この意味にお
いて、右処分の取消しを求める訴えの利益は工事完了後であつても当然に肯定され
るべきである。
仮に、建築工事完了後には右訴えの利益が消滅するとされるならば、建築主は建築
審査会や裁判所による審理を引き延ばす一方、工事完了を急ぐことによつて容易に
違法建築を実現しうることになり、かかる不合理は到底容認しえないところといわ
なければならない。
3 本件処分にかかる建築物は、昭和五一年法律第八三号による改正後の建築基準
法五六条の二に基づく東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例に
よつて指定された第二種住居専用地域の第一ランクの日影規制に適合しておらず、
かつ容積率も、右改正後の同法五二条に定める容積規制による最高値二八八パーセ
ントを超える三七八パーセントであり、右の二点において既存不適格建築物となつ
ているもので、控訴人らが本件処分にかかる建築物によつて現行の法及び条例によ
り保護される日照及び良好な空間を一享受する利益を阻害されることは明らかであ
り、右のような阻害があれば、本件処分の取消しを求めるにつき控訴人らに訴えの
利益を肯定するに十分である。
(被控訴代理人の主張)
控訴人ら代理人の右主張はすべて争う。建築確認処分が建築工事完了前に取り消さ
れた場合には、建築主は適法に工事を続行することができず(法六条五項)、これ
に違反したときは一〇万円以下の罰金に処せられる(法九九条一項二号)。したが
つて、工事完了前であれば、建築確認処分が取り消されると、そのこと自体によつ
て工事の施工ないし完成が阻止されるといいうるのであり、この意味において、右
の段階であれば建築確認処分の取消しを訴求する利益の存在を肯定しうる場合があ
るとしても、工事完了後については右と事情が異なるといわなければならない。
○ 理由
一 訴外A及び同株式会社第一ホテルエンタープライズが共同して、昭和五一年一
二月七日被控訴人に対し、請求原因第1項記載の内容による建築確認申請をしたと
ころ、被控訴人が法六条に基づき昭和五二年六月四日付確認番号第四三〇六号をも
つて本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。
二 そこで、被控訴人の本案前の主張2(一)についてまず検討する。
1 原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、同第四号証、同第五号証の二、
同第一一号証、成立に争いのない甲第五号証の一、同第六ないし第一〇号証、乙第
二号証、同第五、六号証、同第七、八号証の各一、二、同第九号証の一ないし三、
五ないし七、一一に弁論の全趣旨を総合すれば、
(1) 控訴人D、同E、同F、同Gは、原判決別紙図面(一)表示のとおり本件
敷地の北西で、約五〇メートル離れた場所にある家屋に本件処分当時から居住して
いる者であるところ、右家屋は本件処分にかかる建築物(建築計画が一部変更され
た後のもの、以下「本件建築物」という。)により若干日照に影響を受けるが、そ
の程度は一時間日影となる箇所が右家屋の東南部分の極く僅かな部分に生じるだけ
のものであり、仮に本件建築物を、控訴人ら主張のとおりA道路を前面道路として
法五六条一項一号による道路斜線制限を適用した建築物(原判決別紙図面(三)記
載の赤線で囲む部分をカツトしたもの、以下「控訴人らの主張による建築物」とい
う。)に変更したとしても、右日照阻害の程度には何らの変化も生じないこと、
(2) 控訴人H、同Iは、前記図面(一)表示のとおり本件敷地の南西で、A道
路を隔て約一〇メートル余離れた場所にある家屋に本件処分当時から居住している
者であるところ、右家屋の一階応接室のA道路側にある窓を視点として作成された
天空図によると、右家屋の居住者は本件建築物により天空採光の阻害及び圧迫感の
被害を被るが、本件建築物を控訴人らの主張による建築物に変更しても、右阻害等
にはほとんど改善が得られないこと、
(3) 控訴人J、同K、同L、同Bは前記図面(一)表示のとおり本件建築物の
北西側に隣接する芝白金コーポラス(六階建)の六階、五階、三階、二階の居室に
それぞれ本件処分当時から居住している者、控訴人Mは、同コーポラスの四階居室
に本件処分当時から居住していた亡Nの死亡(昭和五三年一一月六日)により同人
の右居室に関する権利を承継した者であるところ、同コーポラスの本件建築物側壁
面には六階に二箇所(中央及び右側)、二階ないし五階に各三箇所(左右及び中
央)窓が設けられており、同コーポラス各階の居室は本件建築物により日照、天空
採光及び圧迫感の面で影響を受けることが明らかであるが、本件建築物を控訴人ら
の主張による建築物に変更したとしても、平面日影図の上では全く変化がみられ
ず、立面日影図によつても、冬至の日の午前九時の時点で五階の左側及び六階の中
央の窓の各一部、午前一〇時の時点で四階の左側及び五階の中央の窓の各一部、午
前一一時の時点で四階の中央の窓の一部、午前一二時の時点で二、三階の各右側の
窓の各一部において日照が得られるようになるというにすぎず、右変更による日照
回復の程度は僅少といつてよいこと、また、天空採光の阻害及び圧迫感の被害につ
いても、各階の中央にある窓を視点として作成された天空図によると、本件建築物
を控訴人らの主張による建築物に変更しても、ほとんど改善が得られないこと、
以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、本件建築物と控訴人D、同E、同F、同Gの居住家屋との距離及び位置関
係からみて、同控訴人らが、本件建築物の建築により、風害、圧迫感の被害を被る
ものとは考えられず、控訴人H、同Iは、右建築により電波障害、風害を被ると主
張するが、電波障害については、被控訴人が、建築主らの設置した共同アンテナに
よつてすでに解決済みであると主張するのに対し、同控訴人らはこれを明らかに争
わないし、また、風害については、本件建築物を控訴人らの主張による建築物に変
更しても、その変更の程度に照らし格別の差は生じないものとみられる。
また、前記甲第一号証によれば、控訴人O、同Pは、前記図面(一)表示のとおり
本件敷地のほぼ南側で、A道路を隔てた場所にある家屋に本件処分当時から居住し
ている者であることが認められるが、
同控訴人らが本件建築物の建築により具体的な被害を被ることについては、何らの
主張もない。
2 以上によれば、控訴人らは、そもそも、本件建築物の建築により日照阻害等の
具体的な被害を被らないか、これを被るとしても、該被害は、本件建築物を控訴人
らの主張による建築物に変更してもほとんど改善が得られないものであり、結局、
控訴人らは、いずれも、本件建築物に控訴人ら主張のとおり法五六条一項一号の道
路斜線制限の規定に違反する部分が存するとしても、右部分の存在によつて具体的
な被害を被るものとはいえないとみるべきである。そうすると、控訴人らは、本件
処分に法五六条一項一号の解釈を誤つた違法があるとしても、そのような違法のあ
る処分により自らの権利又は法的に保護された利益を侵害されるとはいえないこと
に帰し、右の違法を理由に本件処分の取消しを求める訴えの利益を有しないという
べきである。控訴人らは、本件処分により全員が道路斜線制限の立法趣旨である街
区の形態が整えられることにつき有する利益、すなわち良好な街区に居住する利益
を侵害されるとも主張するか、右のような抽象的な利益の侵害があるというだけで
は、本件処分の取消しを求める訴えの利益を肯定することはできないものと解すべ
きである。また、控訴人らは、本件建築物が昭和五一年法律第八三号による改正後
の建築基準法五六条の二に基づく東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関
する条例による日影規制及び右改正後の同法五二条による容積規制に適合しない既
存不適格建築物となつていることからすれば、本件処分の取消しを求めるにつき控
訴人らに訴えの利益を肯定するに十分であると主張するが、本件建築物が右主張の
とおり既存不適格建築物となつているとしても、そのことと本件建築物に前記違反
部分が存するため近隣居住者に具体的な被害が生じるか否かとは別個の問題であ
り、前叙のように控訴人らは
いずれも右被害を被るものといえないのであるから、控訴人らの右主張は採用しが
たいというほかない。
三 そうすると、控訴人らの本件各訴えは前項説示の理由により訴えの利益を欠く
ものとして不適法であり、その余の点につき判断するまでもなく却下を免れないと
いうべきところ、右と理由を異にするが本件各訴えが訴えの利益を欠くものとして
これを却下すべきものとした原判決は結局において相当であり、本件各控訴は理由
がないことに帰する。よつて、本件各控訴を棄却することとし、控訴費用の負担に
つき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を各適用し
て、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林信次 浦野雄幸 河本誠之)
(原裁判等の表示)
○ 主文
一 本件各訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求める裁判
(昭和五三年(行ウ)第九一号事件)
一 原告ら
1 被告がA及び株式会社第一ホテルエンタープライズに対し昭和五二年六月四日
付確認番号第四三〇六号をもつてした建築確認処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
(本案前の答弁)
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決
(本案の答弁)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決
(昭和五三年(行ウ)第一〇〇号事件)
一 原告
昭和五三年(行ウ)第九一号事件原告らの請求の趣旨と同じ。
二 被告
(本案前の答弁)
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
(昭和五三年(行ウ)第九一号事件)
一 原告らの請求原因
1 訴外A及び同株式会社第一ホテルエンタープライズは共同で、昭和五一年一二
月七日被告に対し、左記内容による建築確認申請をしたところ、被告は建築基準法
(昭和五一年法律第八三号による改正前のもの。以下単に「法」という。)第六条
に基づき、昭和五二年六月四日付確認番号第四三〇六号をもつて建築確認の処分
(以下「本件処分」という。)をした。
(一) 建 築 主  A及び株式会社第一ホテルエンタープライズ
(二) 敷地の位置  東京都港区<地名略> (以下「本件敷地」という。)
(三) 主要用途   共同住宅
(四) 規   模  敷地面積  六五八・〇三〇平方メートル
建築面積  三九六・一二五平方メートル
延べ面積  二、八八一・二八〇平方メートル
(四) 階   数  地上七階地下一階
(六) 構   造  鉄骨、鉄筋コンクリート造
2 しかしながら、本件処分は次の理由により違法である。
(一) 本件敷地は住居地域内にあるから、建築物の高さは法第五六条第一項第一
号のイにより、前面道路の反対側の境界線までの水平距離に一・二五を乗じて得た
数値以下に制限されている。
(二) 本件敷地とその周辺の道路との位置関係は別紙図面(二)記載のとおりで
あつて、本件敷地の南西側には幅員七・二〇メートルの道路(以下「A道路」とい
う。)が、東側には幅員二五・〇〇メートルの道路(以下「B道路」という。)
が、北東側には幅員四・五〇ないし四・五七メートルの道路(以下「C道路」とい
う。)が、それぞれ接しており、各道路が本件敷地に接する長さは、A道路が二
三・七五メートル、B道路が三・〇五メートル、C道路が二一・四一メートルであ
る。ところで訴外Aらが建築を計画した建築物は、その延べ面積が二、八八一・二
八〇平方メートルの共同住宅であり、かつ高さが一五メートル以上あることが明ら
かであるから、東京都建築安全条例第四条の二及び第一〇条の三が適用され、その
結果建築物の敷地は、幅員六メートル以上の道路に一〇メートル以上接していなけ
ればならないのであつて、本件敷地の場合、右の道路幅員及び接道長の二要件を満
たす道路はA道路のみである。
(三) そうすると、法第五六条第一項第一号に定める道路斜線制限は、A道路を
前面道路として適用すべきである。しかるに被告はその解釈を誤り、B道路を前面
道路として同条を適用し、本件処分を行なつたものであつて、右計画にかかる建築
物のうち、A道路に面する別紙図面(三)記載の赤線で囲まれた部分の建築は、法
に違反するものである。
3 原告らは各々肩書地に居住している住民であり(本件敷地との位置関係は別紙
図面(一)記載のとおりである。)、本件処分にかかる建築物の建築によつて、
(一) 原告J、同K、同N、同L及び同B、並びに(行ウ)第一〇〇号事件原告
C(いずれも芝白金コーポラスに居住する者又はその承継人)は、冬至において、
午前八時ころから午後一時ころまで日照阻害の被害を受ける外、天空採光の阻害及
び圧迫感の被害を受け、
(二) 原告D、同E、同F、同Gは日照阻害の外、風害及び圧迫感の被害を受
け、
(三) 原告H、同Iは天空採光の阻害、電波障害、風害の外、圧迫感の被害を受
け、
その他原告全員が、道路斜線制限の立法趣旨である街区の形態を整えること、すな
わち良好な街区に居住する権利を侵害されるに至る。
4 そこで原告らは昭和五二年七月一日、東京都建築審査会に対し、本件処分の取
消しを求める審査請求をしたが、翌五三年七月二五日審査請求を棄却する旨の裁決
がされた。
よつて、原告らは被告に対し、本件処分の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
1 原告らのうち、原告J、同N、同L及び同Bは、東京都建築審査会に対し審査
請求をしていないから、同原告らの本訴提起は、法第九六条に違反し、不適法であ
る。
2 原告らには、次の理由により訴えの利益がないから、本訴は不適法である。
(一) 原告らは、本件処分の対象となつた建築物が現実に建築されると日照阻害
等による被害を受けると主張するが、後記のとおり、かかる被害は全く存しない
か、ないしは存するとしても極めて僅かである。仮に原告らが本訴において主張す
るごとく、A道路を前面道路として道路斜線制限の規定を適用しても、これによつ
て回復される日照阻害等の程度は僅少であつて、原告ら主張の被害がその主張の違
反部分の存在によつて生ずるものということはできない。従つて原告らは本件処分
によつてその権利又は法的に保護された利益を侵害されたものとはいえず、原告ら
には本件処分の取消しを求める法律上の利益はない。
(二) 本件処分が対象とした建築物は、建築計画の内容が一部変更されたうえ、
延べ面積二、七八二・二五五平方メートル、地上七階(一部六階、五階、一階)地
下一階建の建物として昭和五三年一一月一五日完成し、被告は同日昭和五一年法律
第八三号による改正後の建築基準法第七条第二項に基づく検査をしたうえ、同月二
七日建築主に対し検査済証を交付した。それ故、原告らが本訴において救済され得
ると主張する法律上の利益は、すでに存在する建物の一部が除却されることによつ
てのみ救済され得るものである。しかしながら特定行政庁(本件の場合は港区長)
が法第九条によつて授権されている、違反建築物についての除却を含む是正措置を
命ずることのできる権限は、特定行政庁の裁量であるのみならず、確認を受けてい
ない建築物であるとの理由によつては、これを発することはできない。この理は建
築確認が争訟手続によつて取消された場合でも同様である。そうすると、仮に本訴
において本件処分が取消されたとしても、それを理由として建物が除却されること
はあり得ず、また特定行政庁たる港区長が是正措置命令を発するか否かの裁量に影
響を与えるということもない。従つて、原告らが主張する保護されるべき利益は、
本訴によつて救済されることにはならず、原告らは訴えの利益を有しない。
三 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、B及びC道路が本件敷地に接する長さの点並びにA道路のみが
前面道路であつて、別紙図面(三)記載の赤線で囲まれた建物部分が法に違反した
建築物であるとの点は否認するが、その余の事実は認める。B及びC道路が本件敷
地と接する長さは、それぞれ九・二二メートル及び一五・五七メートルである。
建築物の敷地に接する道路が法第五六条第一項第一号に現定する前面道路であると
いうためには、該道路が法第四二条所定の要件を備えた道路であつて、かつ該敷地
に法第四三条第一項所定のとおり二メートル以上接していることを要し、これをも
つて足りるものと解すべきであつて、本件の場合、A、B、C道路はいずれも右要
件を具備する前面道路である。そうすると本件敷地は二以上の前面道路に接するこ
とになるから、法第五六条第二項、建築基準法施行令第一三二条により、幅員の最
大な前面道路の境界線からの水平距離が、その前面道路の幅員の二倍以内で、かつ
三五メートル以内の区域は、すべての前面道路が幅員最大な前面道路と同じ幅員を
有するものとみなされるところ、本件敷地の場合、幅員最大な前面道路はB道路で
あり、かつ敷地の全体が右区域に含まれることが明らかであるから、すべての前面
道路がB道路の幅員である二五メートルの幅員を有するものとみなして、法第五六
条第一項第一号を適用すべきであつて、本件処分はこのような解釈に基づいて行な
つたものである。そうすると、申請にかかる建築物の高さは所定の制限以下となる
のであり、本件処分には、この点につき何らの違法もない。
3 請求原因3の事実中、原告らが本件処分の対象とした建築物によつて、日照阻
害等の被害を受けるとの点は否認する。
(一) 芝白金コーポラスに居住する原告Jらの日照阻害について、仮に同原告ら
の主張を容れてみても、冬至の午前九時において同コーポラス五階左側の窓の一部
が日照を得られるようになるに過ぎず、午前一〇時においても四階左側及び五階中
央の窓の一部が日照を回復し得るに過ぎない。天空、採光及び圧迫感についても、
A道路に面する部分で地上一四・一メートル以上の個所が勾配一・二五の斜線でカ
ツトされるに過ぎないから、本件処分にかかる建築物による影響との間には、はと
んど変化がない。
(二) 原告D、同E、同F及び同Gらの居住建物と本件敷地との間の距離は約五
〇メートルもあり、本件処分にかかる建築物によつて一時間以上日照の阻害を受け
るのは同原告ら居住建物の東南部分を僅かにかすめる程度であるし、風害及び圧迫
感による被害も全く生じない。
(三) 原告H及び同Iらが主張する電波障害については、建築主らが設置した共
同アンテナによつてすでに解決済みであり、またその他の被害についても、同原告
ら居住建物との距離が約一二メートル以上もあるところから、実生活上、具体的な
障害が生ずるとはいえない。
4 請求原因4の事実中、原告J、同N、同L及び同Bが審査請求をしたとの点は
否認するが、その余の事実は認める。
四 本案前の主張に対する原告らの反論
1 被告は、原告らのうち一部の者が審査請求をしていないから、その原告らの本
訴提起は不適法である旨主張するが、共同訴訟の場合、原告のうちの一人が審査請
求をなし、裁決を経ていれば、他の共同訴訟人が裁決を経ていなくても、すでに同
一処分について行政庁に考慮の機会を与えているのであるから、本訴提起は適法で
ある。
2 (一)被告は、原告らに本件処分にかかる建築物による被害がないから訴えの
利益がない旨主張するが、該建築物が、付近住民の生活環境を侵害するおそれがあ
れば、付近住民に訴えの利益があるものというべきであるから、被告の主張は理由
がない。
(二) 本件処分にかかる建築物が昭和五三年一一月一五日完成し、向日工事完了
による検査を受けたことは認めるが、その余の主張は争う。原告らは本訴におい
て、法第五六条第一項第一号に規定する道路斜線制限違反の事実に基づいて、本件
処分の取消しを求めているのであるから、本訴において本件処分が取消された場合
には、右建物は建築確認の存在しない、かつ道路斜線制限に違反した建築物となる
のである。そうすると特定行政庁は、法に定める措置をとらねばならず、これをと
らない場合、特定行政庁の不作為が違法となる。従つて本件処分の取消しは是正措
置を命ずるか否かの裁量に重大な影響を与えることになるのであつて、建築物完成
後においても訴えの利益は消滅しない。
(昭和五三年(行ウ)第一〇〇号事件)
一 原告の請求の原因
昭和五三年(行ウ)第九一号事件の原告らの請求の原因に同じ。
二 被告の本案前の主張
原告Cは、東京都建築審査会に対し審査請求をしていないから、本訴の提起は法第
九六条に違反し、不適法である。なお本件処分が対象とした建築物は昭和五三年一
一月一五日完成し、同日被告は前記改正後の建築基準法第七条第二項に基づく検査
を完了した。
三 本案前の主張に対する原告の反論
昭和五三年(行ウ)第九九号事件の原告らの主張(前段四の1)と同一である。な
お本件処分が対象とした建築物が被告主張の日に完成し、同日検査が完了したとの
事実は認める。
第三 証拠(省略)
○ 理由
(昭和五三年(行ウ)第九一号事件)
一 請求原因1の事実及び本件処分が対象とした建築物は昭和五三年一一月一五日
完成し、同日被告から昭和五一年法律第八三号による改正後の建築基準法第七条第
二項による検査を受けたことは当事者間に争いがなく、同月二七日ころ建築主に対
し同法第七条第三項による検査済証が交付されたことは、成立に争いのない乙第三
号証の一、二により明らかである。被告はかかる場合本件処分の取消しを求める訴
えの利益はないと主張するので、先ずこの点について判断する。
1 法は建築物の敷地、構造、設備に関する最低基準を確保するため、一定の場
合、建築主に対し工事着工前に建築確認の申請をして建築主事の確認を得るべく
(法第六条)、工事完了後はその旨の届出をして建築主事の検査を受けるべきもの
とし(法第七条)、このような手続を経ることを義務づけることによつて、法並び
にこれに基づく命令及び条例の定める基準に適合しない建築物(以下「違反建築
物」という。)が出現するのを防止するとともに、いつたん違反建築物が出現した
場合には、特定行政庁に対し該違反建築物の除却を含む是正措置をとることを命ず
ることができる権限を与えている(法第九条)。
そこで右確認と是正措置命令との関係について考察するに、建築主事が行なう建築
確認は、申請にかかる建築物が所定の基準に適合するとの公権的判断であつて、建
築主は確認を得ないで建築物の工事をすることができない(法第六条第五項)反
面、確認を受けることによつて、計画した建築物が所定の基準に適合しているもの
として、施工することができるとの効果が付与されている。しかしながら建築主事
の確認があるからといつて、完成された建築物が違反建築物ではないことまで確定
することになるわけではなく、換言すれば、確認を得て建築されたものであつて
も、該建築物が客観的に所定の基準に適合しないものである場合には、検査済証の
交付を拒絶され、あるいは是正措置を命ぜられることがあり得るのであつて、この
ことは前記各法条の規定からみても明らかである。他方是正措置命令は、建築物が
法並びにこれに基づく命令もしくは条例に規定する実体的な基準に適合しない場
合、特定行政庁が建築主等一定範囲の関係人に対し発することができるものとされ
ているのであるから、確認済みの建築物に対しても、実体的な違法状態が存する限
り、是正措置命令を発し得る反面、確認を得ないまま完成してしまつた建築物に対
しても、それが実体的基準に適合している限り、無確認という手続違反のみによつ
ては、除却等の是正措置命令はなし得ないものと解するのが相当である。
2 原告らは本件処分の直接の相手方ではなく、本件処分が対象とした建築物が現
実に建築完成した場合、日照阻害等の被害を受けると主張する付近住民であるか
ら、このような第三者が建築確認の取消しを求め得る利益は、建築主が適法に工事
を施工し得るという確認の効果を排除し、工事の施工ないし完成を阻止することに
よつて得られる法律上の利益が存する限りにおいて実益があるが、建築物が完成し
てしまつた場合には、阻止しようとした工事は完了しているのであるから、その主
張するところの被、害の原因をなす違反建築物を除却する等の是正措置が講ぜられ
ることによつてのみ、その主張する法律上の利益は回復されることになる。ところ
が本訴において本件処分が取消されたとしても、すでに建築物は完成しているので
あるから、建築主が建築確認なしに該建築物を完成させたという状態を出現させる
に過ぎないところ、前示のとおり完成された建築物が無確認であるという手続違反
のみによつては、特定行政庁は除却等の是正措置を命ずることはできない反面、特
定行政庁は、判決の結果いかんにかかわりなく、該建築物が実体的な違反建築物で
ある限り是正措置を命ずることかできるのであるから、結局原告らは本訴請求にか
かる取消し判決によつて、前記法律上の利益が回復されることにはならない。
もつとも、建築確認を取消す旨の判決が確定すると、該処分が違法であることが確
定するのであるから、是正措置命令が発せられることを期待し得る可能性が生ずる
ことは否定できないが、法第九条によれば、是正措置を命ずるか否か及びいかなる
措置を命ずるかは特定行政庁の合理的判断に基づく裁量に委ねられているものと解
されるから、該処分の違法性が確定することによつて、直ちに特定行政庁が是正措
置命令の発動を義務づけられる筋合のものではなく、かかる期待は事実上の域を出
ないものといわざるを得ない。
3 そうすると、建築物が完成してしまつた以上、付近住民には建築確認の取消し
によつて回復すべき法律上の利益がなく、従つて原告らには本件処分の取消しを求
める訴えの利益はない。
二 以上のとおりであるから、原告らの本件訴えはその余の点を判断するまでもな
く不適法としてこれを却下すべきものである。
(昭和五三年(行ウ)第一〇〇号事件)
職権により判断するに、本件処分が対象とした建築物は昭和五三年一一月一五日完
成し、同日被告から前記改正後の建築基準法第七条第二項による検査を受けたこと
は当事者間に争いがなく、なお同月二七日ころ建築主に対し同法第七条第三項によ
る検査済証が交付されたことは、成立に争いのない乙第三号証の一、二により明ら
かであつて、かかる場合本件処分の取消しを求める訴えの利益がないことは、昭和
五三年(行ウ)第九一号事件における本案前の申立てについての判断で示したとお
りであるから、ここにそれを引用する。そうすると原告Cの本件訴えは不適法とし
て却下を免れない。
(結論)
よつて、原告らの本件訴えはいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用の
負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主
文のとおり判決する。
図面(一)~(三)(省略)

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