弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告人の上告理由第一点の一について。
 原判決は、質権を即時取得したとの上告人の主張に対し、一、二審における上告
人本人尋問の結果と判示認定の事情とを綜合して、上告人が本件物件の引渡を受け
るにあたり過失があつたものと認めたのであり、所論は、原審が適法にした事実認
定を非難するに帰するものであつて、すべて採用することができない。
 同二について。
 原判決は、本件物件が所有者DおよびEからFに入質中の物であり、Fの妻Gは
右物件につきFの了解を得ずほしいままに上告人のため質権を設定する契約を結び
同人に引き渡したと認定したのであるから、上告人がGとの質権設定契約によりた
ゞちに所論転質権を取得するに由ないことは明らかである。されば原判決に所論の
違法はない。
 よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官小谷勝重の反
対意見を除き、その余の裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 裁判官小谷勝重の反対意見は次のとおりである。
 一、本件物件は上告人が訴外G同Hの母子から金八万円の貸金の担保即ち質物権
として受取つたものであること、そしてその原因は、右Gの夫でありHの父である
Fが詐欺被疑事件として若松市警察署に検挙され、該被疑事件の被害弁償に当てる
調金のため上告人に質入したものであることは原判決の認定するところである。
  右の如き場合、夫であり、父である右Fの被疑事件を解決するためのG及びH
の質権設定の行為が、Fの代理行為と認められないとの原審認定は、およそ人間社
会の健全なる常識を逸脱したものであつて、審理不尽または経験則違反の違法ある
を免れない。
 二、Fが本件物件を所持したのはI事Dより質物として占有しておるものである
ことはまた原審の認定するところである。しからばFは民法三四八条所定の責任の
下に該物件を適法有効に他に転質し得ることは明らかであり、そして一所述のよう
に夫であり父たるFの被疑事件を救済する本件の如き場合、G同Hにおいて黙示的
に当然に夫または父より右転質設定のための代理権を授与されておるものと認める
ことは前記の如くおよそ社会の常識である。むしろ、これを反対に解する場合には、
右に反する特段なる証明方法とその判示をこそ必要とすべきものと考える。
 三、しからば本件はG及びHの転質設定により上告人は有効に質権を取得したも
のであり、民法一九二条の問題を生ずる余地はないものとわたくしは信ずる。
 四、もしそれ、仮りに本件に民法一九二条適用の問題が生ずる一場合(即ちG及
びHの上告人に対する質権設定が無権限の行為であつたとして)であるとしても、
民法同条の要件の一つである「無過失」の証明責任は民法同条の適用を争う者の側
に立証責任あること、民法一八八条の規定によつて明らかである(大審院判例は民
法一八六条に「無過失」の推定なきを根拠として、以上と反対の見解を採りおるも、
民法一九二条の即時取得の場合には、民法一八八条が適用され、従つて「過失」の
立証責任は過失ありと主張する側に立証責任ありと解すべしとし、大審院判例に反
対すること学説の通説=例えば吾妻物権法一三五頁、柚木判例物権法三四七頁、末
川物権法二三七頁等=とするところである)。しかるに原判決は以上の理を顛倒し
て上告人にその立証責任を転嫁しておるものであつて違法であると信ずる(原判決
は「……控訴人―上告人―に過失ありと判断しておるのは以上立証責任を顛倒した
結果の認定であると思料される)。
 五、そして若松市警察署は「差出人―即ち上告人―に還付すべし」との検察庁の
指揮があつたにかかわらず、また刑訴二二二条、一二三条、一二四条により関係者
の意見をも聴きたる事跡もなく、本件物件を第一次の質権設定者たるJらに之を手
交した結果、同人らにおいて売却処分して散逸せしめたとの上告人の主張につき、
更に審理を尽す必要あるものである。
 以上のとおり原判決には民法一九二条の解釈を誤つた違法あると共に、G同Hら
の転質設定に関する代理権の有無につきなお経験則違背、審理不尽、理由不備の違
法があり、以上違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであつて、論旨第一、二点と
もすべて理由があるものと考える。原判決破棄のうえ、事件を原審へ差し戻すべき
である、との意見である。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

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