弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人が、東京都大田区ab丁目c番地のd宅
地九十坪七合八勺のうち原判決添附略図記載の(A)(B)(C)(D)(A)の
各点を順次連絡する直線で囲まれた部分約四坪五合(同図面の朱斜線を施した部
分)、即ち右土地の西北側を走る通称A1に接する境界線の北端を(A)点とし、
これから同番地のeの土地との東北側境界線に沿つて二十米三十六糎進んだ地点を
(B)点とし、右(A)(B)各点を結ぶ直線(右境界線)の西南においてこれと
七十二糎の距離をもつて平行する直線が八景坂に接する境界線と交わる地点を
(D)点、同番地のeの土地との東南側境界線と交わる地点を(C)点とし、以上
(A)(B)(C)(D)(A)の各点を順次連絡する直線で囲まれた部分に対
し、通行権を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とす
る。」との判決を求め、なお従前の土地明渡請求部分はこれを減縮すると述べ、被
控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、被控訴代理人において、
 一、 本件の被控訴人所有地は、被控訴人において自動車運輸業を遂行するため
に欠くことのできないバス折返操車場として使用しているものであるが、バスが間
断なく出入するのですでに狭隘であるばかりでなく、バス路線の増加に伴い益々そ
の度を増し、殊に公路に面する間口が狭いため、バス折返に際し通常の方法を採る
ことができず、公路上から先ずバスの前部から入り後部から公路上に出るという不
便且危険な方法を余儀なくされているものである。又右土地と控訴人がその所有で
あると主張するc番地のeの土地との境界に設置されてある木柵は、自動車交通の
保安上から欠くことのできないもので、控訴人主張のようにこれを撤去すること
は、右のようなバス折返の現状から極めて危険なことであり、自動車運輸の安全を
阻害するばかりでなく、被控訴人において人の通行の危険まで負担することとなる
から不可能なことである。
 二、 本件の土地はいずれも国鉄線B1駅を中心とした繁華街に位置する場所で
あるが、控訴人の企図する増築は、その緊急な住宅用に供するものではなく、控訴
人の増築設計図(甲第二号証の一、二)によると、三十坪の既存建物に接続する傾
斜地部分に附加して、二階が右建物と同一の平面をなし、且一階が右二階の下部並
びに既存建物の床下に納まるような構造を有する建坪四十一坪二合五勺、二階三十
坪のダンス教習所(二階)兼アパート(一階)という宏壮なものであるから、控訴
人の企図するところは、全く他人の迷惑損害を顧みず自己の欲望を満足させようと
するものに過ぎない。しかも控訴人がその所有であると主張するc番地のeの土地
建物の権利関係は登記簿上複雑であつて、果して控訴人がその正当の権利者である
かどうか疑わしいのであるから、控訴人の請求は許さるべきものでない。
 三、 右c番地のeの土地の路地状部分の長さは二十二メートル西十九糎(当審
検証の結果参照)であるから、東京都建築安全条例第三条第一項第三号により少く
とも五メートルの幅員を必要とするものであつて、控訴人主張のように三メートル
で足りるものではない。仮に実際の取扱上右路地上部分の長さが二十メートルを超
えない場合として扱うことが許されるとしても、控訴人の前記増築建物の坪数は、
既存建物の坪数を加えると合計百坪七合五勺即ち三百三十三平方メートル強の尨大
なものとなり、右条例第三条第一項第四号所定の建築物の延べ面積が二百平方メー
トルを超える場合として同項第二号所定の幅員に更に一メートルを加算することと
なるから、この場合には幅員四メートルを必要とすることとなる。従つて被控訴人
としては、控訴人主張のように幅員三メートルを必要とする場合として約四坪五合
の土地を提供するに止まらず更に多くの土地を提供する結果となり重大な影響を受
けるものである。
 四、 東京都建築安全条例第三条第一項但し書によると、建築物の配置、用途及
び構造により保安上支障がない場合は制限を緩和することができる旨の定めがあつ
て、同規定による制限緩和の許可申請をすることができるのであるから、控訴人が
右措置を講ずることなく直に本訴請求をするのは不当である。
 と述べ、控訴代理人において、控訴人所有地はその路地状部分の幅員が東京都建
築安全条例の定めるところより狭いため、同地上に増築することが許されず控訴人
において右土地を利用することができないのであるから、このような場合には当然
に民法第二百十条の規定が適用されるべきものである旨述べ、証拠として、控訴代
理人において、甲第四号証(但し写をもつて提出)を提出し、当審における検証の
結果を採用し、乙第一、二号証の成立を認め、被控訴代理人において、乙第一、二
号証を提出し、当審証人C1の証言を援用し、甲第四号証の原本の存在及び成立を
認めると述べたほか、原判決摘示の事実(但し土地明渡請求の部分を除く)及び証
拠関係と同じであるからこれを引用する。
         理    由
 成立に争のない乙第一号証、原本の存在及び成立に争のない甲第四号証による
と、東京都大田区ab丁目c番地のe宅地百坪二合八勺は控訴人の所有であること
が認められ、これに接続する同番地のd宅地九十坪七合八勺が被控訴人の所有であ
ることは当事者間に争がない。
 そこで被控訴人所有地及び控訴人所有地の位置形状についてみるに、被控訴人所
有地は国鉄線B1駅北口の北々東A1に面してその南東部に位し、控訴人所有地は
その中心部が被控訴人所有地の更に南東部に隣接するものであるが、その東北部が
路地状をなして被控訴人所有地の北東に隣接しながらA1に通じているのであつ
て、従つて控訴人所有地の右路地状部分は右土地の中心部から公路に通ずる道路と
して使用されているものであること、及び右両地の境界には木柵が廻らされている
ことは、当事者間に争がなく、原審及び当審における検証の結果を綜合すると、被
控訴人所有地は略々方形をなし、A1に面する幅員は十四メートル四十五糎であ
り、控訴人所有地のA1に面する路地状部分は、幅員二米二十八糎、長さ二十米四
十五糎で、その奥にある中心部は略々方形をなしているものであること、及び控訴
人所有地は右路地状部分によつて公路に通ずるほかはすべて他人所有地によつて囲
繞されているものであることが認められる。
 次に、控訴人所有地の中心部の北西部にはその所有の木造瓦葺平家建店舗一棟建
坪三十坪の既存建物があり、ダンス教習所に使用されていることは当事者間に争が
なく、原審における控訴人本人の供述及びこれにより成立を認める甲第二号証の
一、二を綜合すると、控訴人は右既存建物の南東部に接続する傾斜地部分に、右既
存建物に附加して一階が右建物と同一の平面をなし且階下が右一階の下部及び既存
建物の床下に納まるような構造を有する一階約三十坪階下四十一坪二合五勺のダン
ス教習所(一階)兼アパート(階下)の増築を企図していることが認められ、成立
に争のない甲第一号証によると、控訴人は昭和三十年七月八日右増築について東京
都建築主事に確認申請をしたが、同年十二月一日同主事から建築基準法第六条第三
項の規定に基き、東京都建築安全条例第三条により前記路地状部分の幅員が拡張さ
れない限り所定の期限内の確認ができない旨の通知を受けたことが認められる。 
東京都建築安全条例は、建築基準法に基き東京都の制定した条例であるが、同条例
第三条第一項によると、「建築敷地が路地状部分によつて道路に接する場合には、
その敷地の路地状部分の幅員は、次の各号に掲げる限度以上としなければならな
い。但し、建築物の配置、用途及び構造により保安上支障がない場合はこの制限を
緩和することができる」ものとし、その第二号に「敷地の路地状部分の長さが二十
メートルまでのときは、三メートル」とし、その第三号に「敷地の路地状部分の長
さが二十メートルをこえるとぎは、五メートル」と定め、なおその第四号に「建築
物の延べ面積(同一敷地内に二棟以上の建築物がある場合は、その延べ面積の合
計)が二百平方メートル以上のときは」「第二号の三メートルを四メートルと読み
かえる」ものと規定している。これを本件についてみるに、控訴人所有地の路地状
部分の長さは二十メートル四十五糎であるが、端数を切捨てこれを二十メートルと
しても、既存建物と増築部分の坪数は前記のとおりであつてその延べ面積は二百平
方メートルを超えるものと認められるから、右条例第三条第二号第四号により、右
路地状部分の幅員は四メートルの限度以上でなければならないことが認められる。
従つて控訴人所有地に右増築をするためにはその路地状部分の幅員二メートル二十
八糎については現在なお幅員一メートル七十二糎不足し、この不足分の幅員が拡張
されない限り増築をすることができないものであることが認められる(仮に既存建
物と増築部分との延べ面積を二百平方メートル以内に止めるように増築の設計を変
更することができるとしても、右条例第三条第二号により右路地状部分の幅員は三
メートルの限度以上であることを要するから、この場合においても現在の幅員はな
お七十二糎不足することとなる)。
 そこで本件の場合に控訴人が民法第二百十条に基くいわゆる囲繞地通行権を有す
るかどうかについて判断するに、
 <要旨>一、民法第二百十条において囲繞地通行権を認めた趣旨は、或る土地が他
の土地に囲繞されて公路に通ずることができないとき、又はこれに準ずる場
合で土地の用法に従つた利用に必要な通路を欠くときに、公益上の見地から土地の
利用関係を調節するため、隣地の所有者にその欠缺の止むまで必要な通路の開設を
忍容させるにあるものということができる。従つて右囲繞地通行権は、単に袋地の
場合に止らず、すでに公路に通ずる通路がある場合であつて、人の通行することそ
れ自体には妨げのない場合であつても、その通路が土地の用法に従つた利用を図る
ためにはなお狭隘であつてそのために土地の利用をすることができないときは、隣
地の利用関係その他相隣関係における諸般の事情を考慮してその必要が認められる
限り右通路を拡張開設して通行権を認めるべきものと解するのを相当とする。被控
訴人は、右通行権は袋地の場合に限り認めるべきもので、すでに公路に通ずる通路
がある場合にはこれを認める余地が全くないものである旨主張するが、被控訴人の
右主張はこれを採用することができない。
 二、 右囲繞地通行権は、前記のように土地の利用関係を調節するためにこれを
認めるものであるから、土地の用法に従つた利用のために通路を開設又は拡張する
必要があるかどうかは、具体的に相隣関係における諸般の事情を考慮してこれを定
めなければならないものといわなければならない。本件についてこれをみるに、
 (イ) 控訴人所有地の位置形状、既存建物及び増築部分の構造規模等について
はさきに認定したとおりであるが、原審における控訴人本人の供述によると、控訴
人は既存建物を住所として使用しているものではなくダンス教習所として使用して
いるものであり、増築部分も住所ではなく既存建物と同一の平面をなす部分はダン
ス教習所として使用しその階下はアパートとして使用するものであることが認めら
れ、又原審及び当審における検証の結果を綜合すると、控訴人所有地は崖状をなし
ているものであるが、増築部分の敷地はその約半分が既存建物の敷地より約十尺低
く、残り約半分はそれより更に約六尺低いもので、従つて右増築はこのような崖状
の土地を極めて高度に利用しようとするものであることが認められ、他に右認定を
左右するに足りる証拠はない。次に被控訴人所有地の位置形状等はさきに認定した
とおりであるが、原審証人D1、E1の各証言を綜合すると、被控訴人は自動車運
輸業等を営む会社で右土地は右事業遂行のために必要なバス折返操車場として使用
しているものであるところ、当初はバス路線が二本で一日約二百回の折返をするに
過ぎなかつたが、現在ではバス路線が八本に増加し一日約八百回の折返をしなけれ
ばならないこと、右バス路線の増加は市民の要望陳情があつたために行われたもの
であること、しかるに右土地はバス路線の増加に伴い現在すでに狭隘となり、殊に
現在の幅員では一時に一台の折返しかできず、しかもバス折返は本来は公路上から
バスの後部から入つて前部から公路上に出るのであるが、前部から入つて後部から
出なければならない状況であるばかりでなく、通勤時間には混雑のため道路上でも
折返をしなければならない状況で、不便且危険な操車を余儀なくされているので、
警察署からも注意を受けているものであること、従つて被控訴人は右土地をバス折
返操車場として完全に利用しなければならないのであつて、これを多少でも制限さ
れることは事業の遂行及び保安上多大の障害となるものであることが認められ、他
に右認定を左右するに足りる証拠はない。
 この点につき控訴人は、被控訴人所有地に本件通行権を認めても被控訴人の土地
利用を妨げるものではなく、被控訴人所有地と控訴人所有地の路地状部分との境界
に設置された木柵を撤去することにより両地の利用関係を調節することができる旨
主張するが、右木柵を撤去し被控訴人所有地の一部を多少でも人の通行のためにも
利用することは、現在の状況からみて被控訴人の操車の安全を阻害するばかりでな
く人の通行に危険を生ずる虞のあるものであることは、さきに認定したところから
容易にこれを認め得るところであり、これらの事情を考慮に容れてもなお控訴人に
土地利用の必要のある事情は、さきに認定した控訴人方の事情だけでは未だこれを
認め難く、他にこの点を肯認するに足りる何等の証拠もない。控訴人は、東京都に
おいては土地を高度に利用する必要があるのであつて、控訴人所有地の利用を全く
滅却させる方法で被控訴人所有地を利用することは許されない旨主張するが、土地
利用の必要の点は相隣関係における諸般の事情を考慮してこれを定めなければなら
ないことはさきに説示したとおりで、単に或る土地を利用するために隣地の土地利
用を制限し得るものでないことはいうまでもなく、又控訴人は現に既存建物により
その所有地を利用しているのであるから、土地の利用が全くできないものとはいう
ことができない。よつて控訴人の主張するところはいずれもこれを採用することが
できない。
 (ロ) なお控訴人は、控訴人所有地には建坪三十坪の既存建物があるから、右
土地の路地状部分の幅員は、この点だけからみても前記条例第三条第一項第二号に
定めるところに違反しこれを拡張する必要がある旨主張するしかし原審証人藤原幸
吉の証言によると、右既存建物はすでに確認手続を経て建築されたもので、保安上
の支障もなく右条例に違反するものでないことが認められ、又原審及び当審におけ
る検証の結果を綜合すると、現在右既存建物による土地の利用には何等の妨げもな
いことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠がないから、右の点は本件
土地利用のため通路拡張を必要とする事情とするに足らない。
 三、 以上の諸事情を考慮すると、控訴人主張の本件通行権は、右事情に変更の
生じない限り、少くとも現在においては通路の拡張開設の必要がなく、これを認め
ることができないものと認めるのを相当とする。
 以上により控訴人の本訴通行権確認の請求を棄却した原判決はその結論において
結局相当に帰し本件控訴はその理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第九十
五条八十九条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 薄根正男 判事 村木達夫 判事 山下朝一)

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