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平成27年3月26日判決言渡
平成26年(行ケ)第5号選挙無効請求事件
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
平成26年12月14日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の奈良
県第4区における選挙を無効とする。
第2事案の概要
1本件訴訟
本件は,平成26年12月14日に施行された第47回衆議院議員総選挙
(以下「本件選挙」という。)について,奈良県第4区の選挙人である原告が,
衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割
りに関する公職選挙法等の規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき
施行された本件選挙の上記選挙区における選挙も無効であると主張して提起し
た選挙無効訴訟である。
2前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがない事実,後掲証拠又は弁論の全趣旨によ
って認められる事実若しくは当裁判所に顕著又は公知の事実である。
(1)原告は,本件選挙における奈良県第4区の選挙人である。
(2)昭和25年に制定された公職選挙法は,衆議院議員の選挙制度につき,中
選挙区単記投票制を採用していたが,平成6年に公職選挙法の一部が改正さ
れて,衆議院議員の選挙制度は,小選挙区比例代表並立制に改められた。同
選挙制度のうち,小選挙区選挙については,全国に300の選挙区を設け,
各選挙区において1人の議員を選出するものとされた(同法13条1項,別
表第1。以下,後記の改正の前後を通じて,これらの規定を「区割規定」と
いう。)。
上記の公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した衆議院議員選挙
区画定審議会設置法(以下,後記の改正の前後を通じて「区画審設置法」と
いう。)によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)
は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があ
ると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとさ
れている(同法2条)。平成24年法律第95号による改正前の区画審設置
法3条(以下「旧区画審設置法3条」という。)は,上記の選挙区の区割り
の基準(以下,後記の改正の前後を通じて「区割基準」という。)につき,
1項において,上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均
衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除
して得た数が2以上にならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,
交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものと定め
るとともに,2項において,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府
県にあらかじめ1を配当することとし(以下,このことを「1人別枠方式」
という。),この1に,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県
の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とす
ると定めていた(以下,この区割基準を「旧区割基準」といい,この規定を
「旧区割基準規定」という。)。
選挙区の改定に関する区画審の上記勧告は,統計法の規定により10年ご
とに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1
年以内に行うものとされている(区画審設置法4条1項)。
(3)区画審は,平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国
勢調査」という。)の結果に基づき,平成13年12月,衆議院小選挙区選
出議員の選挙区に関し,旧区画審設置法3条2項に従って各都道府県の議員
の定数につきいわゆる5増5減を行った上で,同条1項に従って各都道府県
内における選挙区割りを策定した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,
平成14年7月,これを受けて,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うこ
となどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第9
5号)が成立した(以下,同法律により改定された選挙区割りを「平成14
年選挙区割り」といい,これを定める平成24年法律第95号による改正前
の公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「平成14年区割規定」とい
う。)。
平成12年国勢調査による人口を基に,平成14年選挙区割りの下におけ
る選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は,人口が最も少ない高知県第
1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064であり,高知県
第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。
(4)平成21年8月30日,衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」とい
う。)が施行された。同選挙は,平成14年選挙区割りの下で施行されたも
のであるが,同選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人
数が最も少ない高知県第3区と最も多い千葉県第4区との間で1対2.30
4であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は45
選挙区であった。
(5)最高裁判所平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決
・民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)は,
平成21年選挙について,同選挙当時において,旧区割基準のうち1人別枠
方式に係る部分及び同区割基準に従って改定された平成14年選挙区割りは,
憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたが,いずれも憲法上
要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,旧区割基
準規定及び平成14年区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反する
ものということはできないとした上で,是正のための合理的期間内に上記の
状態を解消するために,できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を
廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って平成14年区割規定を改正
するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があると
判示した。
(6)国会では,平成23年大法廷判決を受けて,平成23年10月以降,投票
価値の較差の是正,議員の定数の削減及び選挙制度の抜本的改革の問題をめ
ぐって検討が重ねられたが,いずれについても成案を得られないまま,平成
22年10月に実施された国勢調査(以下「平成22年国勢調査」という。)
の結果に基づく区画審による選挙区割りの改定案の勧告の期限である平成2
4年2月25日を経過した。
その後,平成24年6月及び7月に複数の政党の提案に係る改正法案が第
180回国会に提出されたが,政党間の意見対立のため同国会の会期中にい
ずれも成立に至らず,同年10月に招集された第181回国会において,1
人別枠方式の廃止(旧区画審設置法3条2項の削除)及びいわゆる0増5減
(各都道府県の選挙区数を増やすことなく議員1人当たりの人口の少ない5
県の各選挙区数をそれぞれ1減ずることをいう。以下同じ。)のみを内容と
する改正法案が同年11月15日に衆議院で可決され,翌16日の衆議院解
散の当日に参議院で可決されて,平成24年法律第95号(以下「平成24
年改正法」という。)として成立した。
1人別枠方式の廃止を含む制度の是正のためには,区画審の審議を挟んで
区割基準に係る区画審設置法の改正と選挙区割りに係る公職選挙法の改正と
いう二段階の法改正を要することから,平成24年改正法は,附則において,
旧区画審設置法3条2項を削除する改正規定は公布日から施行するものとす
る一方で,各都道府県の選挙区数の0増5減を内容とする改正後の公職選挙
法の規定は,次回の総選挙から適用する(公職選挙法の改正規定は別に法律
で定める日から施行する)ものとし,上記0増5減を前提に,区画審が選挙
区間の人口の較差が2倍未満となるように選挙区割りを改める改定案の勧告
を公布日から6月以内に行い,政府がその勧告に基づいて速やかに法制上の
措置を講ずべき旨を定めた。上記の改正により,旧区画審設置法3条2項が
削除され,同条1項が同改正後の区画審設置法3条(以下「新区画審設置法
3条」という。)となり,同条においては,旧区画審設置法3条1項の基準
のみが区割基準として定められた(以下,この区割基準を「新区割基準」と
いう。)。
(7)平成24年改正法の成立と同日に衆議院が解散され,その1か月後の平成
24年12月16日に衆議院議員総選挙(以下「平成24年選挙」という。)
が施行された。上記(6)のとおり,平成24年改正法の改正内容に沿った選
挙区割りの改定には新たな区画審の勧告及びこれに基づく別途の法律の制定
を要し,平成24年選挙までに新たな選挙区割りを定めることは時間的に不
可能であったため,平成24年選挙は前回の平成21年選挙と同様に,平成
14年区割規定及びこれに基づく平成14年選挙区割りの下で施行された。
平成24年選挙当日における選挙区間の選挙人数の較差を見ると,選挙人
数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1
対2.425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選
挙区は72選挙区であった。
(8)平成24年選挙後,平成24年改正法の附則の規定に従って区画審による
審議が行われ,平成25年3月28日,区画審は,内閣総理大臣に対し,選
挙区割りの改定案の勧告を行った。この改定案は,平成24年改正法の附則
の規定に基づき,各都道府県の選挙区数の0増5減を前提に,選挙区間の人
口の較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改
めることを内容とするものであった。
上記勧告を受けて,同年4月12日,内閣は,平成24年改正法に基づき,
同改正法のうち上記0増5減を内容とする公職選挙法の改正規定の施行期日
を定めるとともに,上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職
選挙法の改正事項(平成14年区割規定の改正規定及びその施行期日)を定
める法制上の措置として,平成24年改正法の一部を改正する法律案を第1
83回国会に提出した。この改正法案は,同月23日に衆議院で可決された
が,参議院では同日の送付から60日の経過後も議決に至らなかったため,
同年6月24日,衆議院において,参議院で否決されたものとみなした上で
出席議員の3分の2以上の多数により再可決され(憲法59条2項,4項),
平成25年法律第68号(以下「平成25年改正法」という。)として成立
した。
平成25年改正法は,同月28日に公布されて施行され,同改正法による
改正後の平成24年改正法中の上記0増5減及びこれを踏まえた区画審の上
記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正規定は,
その1か月後の同年7月28日から施行された(以下,平成25年改正法に
より規定された選挙区割りを「本件選挙区割り」といい,これを定める公職
選挙法13条1項及び別表第1を併せて「本件区割規定」という。)。これ
により,各都道府県の選挙区数の0増5減とともに上記改定案のとおりの選
挙区割りの改定が行われ,平成22年国勢調査の結果による選挙区間の人口
の最大較差は,人口が最も少ない鳥取県第2区と人口が最も多い東京都第1
6区との間の1.998倍に縮小された。
(9)最高裁判所平成25年(行ツ)第209ないし211号同25年11月2
0日大法廷判決・民集67巻8号1503頁(以下「平成25年大法廷判決」
という。)は,平成24年選挙時において,平成14年区割規定の定める平
成14年選挙区割りは,前回の平成21年選挙時と同様に憲法の投票価値の
平等の要求に反する状態にあったものではあるが,平成24年選挙までに,
1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項の規定が削除され,かつ,全
国の選挙区間の人口の較差を2倍未満に収めることを可能とする定数配分と
区割り改定の枠組みが定められたことなどに照らすと,憲法上要求される合
理的期間内における是正がされなかったとはいえず,平成14年区割規定が
憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないから,
平成14年区割規定の定める平成14年選挙区割りの下で実施された平成2
4年選挙は有効であると判示した。もっとも,平成25年大法廷判決は,今
後の人口変動により再び較差が2倍以上の選挙区が出現し増加する蓋然性が
高いと想定されるなど,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されて
いるとはいえない旨指摘し,国会においては,今後も,新区画審設置法3条
の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要が
あると判示した。
(10)平成26年12月14日,本件選挙が施行された。
本件選挙区割りの下における,本件選挙当日の選挙区間の選挙人数の較差
を見ると,選挙人数が最も少ない宮城県第5区と選挙人数が最も多い東京都
第1区との間で1対2.129であり,宮城県第5区と比べて較差が2倍以
上となっている選挙区は13選挙区であった。なお,原告の選挙区である奈
良県第4区について見ると,選挙人数が最も少ない宮城県第5区との較差は
1対1.122であった(以上,乙1)。
3争点
本件の争点は,①本件選挙時において本件区割規定及び本件選挙が憲法に違
反するか否か(争点1),②本件選挙時において合理的期間を徒過したか(争
点2),である。
4当事者の主張
(原告)
(1)本件区割規定及び本件選挙の違憲無効(争点1)
ア憲法は,代表民主制を採用し(前文一段,43条1項),普通平等選挙
を保障している(15条3項,14条1項,44条)。代表民主制は,直
接民主制の採用が困難であるためにこれに代わるものとして採用されたも
のである。そうすると,代表者として国政に参加する者の構成は,選挙に
参加する全ての国民の意思を正確に反映したものである必要があり,特定
の国民の意思だけが他の国民の意思と比べて多く反映されたものとなるこ
とは許されない。したがって,国会が選挙制度を採用する場合には,国民
の投票権が等しい価値を有するように,人口分布に比例した配分をしなけ
ればならない。選挙権の価値が選挙区によって異なり,直接民主制を採用
する場合と異なるような選挙制度は許されない。
そして,有権者個人の一票の価値の平等を実現すべきであるから,国会
議員は,原則として全て同じ数の人口を代表すべきである。そうでなけれ
ば,不利な配分しか受けていない選挙区の住民は,有利な配分を受けた選
挙区の議員を自分たち(国民全体)の代表と認めることができず,国会の
制定する法律の正当性が損なわれるからである。
以上によれば,全国人口を議員総数で除した数(基準人数)を基準に,
各都道府県の人口に応じて議員数を配分すべきである。具体的には,各都
道府県の人口を基準人数で除して得られた数の整数分の議員数をまず各都
道府県に配分し,残りの議員数を,小数点以下の数値の大きい都道府県か
ら順に配分するというヘアー式最大剰余法(以下「最大剰余法」という。)
によるべきである。
最大剰余法によって定まる議員定数より1名以上の過不足が都道府県単
位で生じる定数配分は,違憲と解すべきである。新区割基準は,各選挙区
の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以
上にならないようにすることを基本とする。しかしながら,このような基
準は,較差が2倍以下ならどのような区割りでもよいとか,2倍以下なら
司法判断の対象とならないという結論を生じかねないものであって,相当
でない。
イ以上を前提に,本件選挙の定数配分及び選挙区割りの合憲性を検討する。
平成6年に小選挙区制が導入されるのと同時に規定された旧区割基準は,
1人別枠方式を導入した。当時の議員定数配分の際に利用可能であった平
成2年の国勢調査人口をもとに,最大剰余法に基づいて議員定数を配分す
ると,別紙1のとおり,都道府県単位で1名以上の過不足が生じているか
ら,違憲である。
平成14年選挙区割りは,1人別枠方式を維持したまま,5増5減の修
正を行った。しかしながら,当時利用可能であった平成12年国勢調査の
結果をもとに,最大剰余法によって議員定数の配分を行うと,別紙2のと
おり,都道府県単位で1名以上の過不足が生じるから違憲である。また,
平成14年選挙区割りは,各都道府県内の選挙区割りについても問題があ
る。すなわち,憲法は,国民の人口分布に比例した議員定数の配分を要求
していると解すべきであるから,国会は,全ての選挙区の人口を一致させ
るために最善の努力をしなければならないところ,平成14年選挙区割り
は,選挙区当たりの人口が最少区の高知県第1区の2倍を超える選挙区が
9選挙区もあるのであって,その点においても違憲である。
これらの議員定数の過不足の原因が,国民の人口分布に比例した議員定
数の配分の原則に違反する1人別枠方式によるものであることは明らかで
ある。
本件選挙区割りは,各都道府県の選挙区数の0増5減により選挙区人口
の最少区と最大区との較差を2倍以内に収めた(鳥取県第2区29万11
03人と東京都第16区58万1677人の較差1.998)。しかしな
がら,当時利用可能であった平成22年国勢調査の結果をもとに,最大剰
余法に基づいて議員定数を配分すると,別紙3のとおり,都道府県単位で
1名以上の過不足が生じるから違憲である。平成25年大法廷判決が指摘
するとおり,本件選挙区割りは,1人別枠方式に基づく平成14年選挙区
割りに上記0増5減の微修正を図っただけであって,1人別枠方式を解消
していない。人口の多い神奈川県が,それより人口の少ない大阪府より配
分議員数が少ないという,いわゆる逆転現象が生じていることも,本件選
挙区割りが不平等であることを示すものである。
ウ以上のとおり,本件選挙区割りは,国民の人口分布に比例した議員定数
の配分の原則と合致しておらず,直接民主制の代替手段としての代表民主
制について憲法が要請する選挙制度となっていない。したがって,本件選
挙区割りを定める本件区割規定は違憲無効であり,これに基づいて施行さ
れた本件選挙も違憲無効である。
(2)合理的期間の徒過(争点2)
最高裁昭和51年4月14日大法廷判決(昭和49年(行ツ)第75号・
民集30巻3号223頁)のいわゆる合理的期間論は,憲法違反の例外的状
態を許容するものであって相当でないが,仮にこれを前提としても,本件選
挙施行時には既に合理的期間を経過しているから,本件選挙は無効である。
すなわち,平成23年大法廷判決は,1人別枠方式が既に立法時の合理性
を失っていると判断した。そして,平成25年大法廷判決は,1人別枠方式
について憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているとする最高
裁の判断が示されたのは,平成23年3月23日に言い渡された平成23年
大法廷判決であり,国会がそのように認識したのは,この時点からであると
判示した。この日から本件選挙の施行までに約3年9か月が経過しており,
その間に,国会は,平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決の趣旨
に沿う対応をせず,1人別枠方式の影響を完全に解消することのないまま本
件選挙を施行した。3年9か月もの間に,上記各大法廷判決に沿う是正が行
われなかった以上,合理的期間が経過したと認められるから,本件選挙は無
効である。
(3)選挙無効判決に不都合はないこと
本件選挙を無効とする判決によって衆議院が構成されない場合は,憲法5
4条2項ただし書の趣旨に従い,参議院の緊急集会によって,公選法改正そ
の他の国会の行為を実施することは可能である。また,本件選挙を即時無効
とするだけでなく,憲法に適合する選挙区割りを策定するのに必要な期間,
当該判決の効力発生を停止する将来効判決によって,不都合を回避すること
も可能である(広島高裁平成24年(行ケ)第4,5号平成25年3月25
日判決。最高裁平成26年(行ツ)第155,156号同26年11月26
日大法廷判決の山本庸幸裁判官反対意見参照)。
(被告)
(1)本件区割規定及び本件選挙の有効性(争点1)
ア憲法は投票価値の平等を要求しているが,それは,選挙制度の仕組みを
決定する上で絶対の基準ではなく,他の政策的目的ないし理由との関連に
おいて調和的に実現されるべきものであり,国会には広範な裁量が認めら
れている。
衆議院議員の選挙につき,議員の定数の配分及び選挙区割りを決定する
に際して,議員一人当たりの選挙人数ができる限り平等に保たれるべきこ
とは,最も重要かつ基本的な基準であるが,国会は,合理性を有する限り
それ以外の要素も考慮することができると解される。そして,具体的な選
挙区を定めるに当たっては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区
画などを基本的な単位として,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事
情,地理的状況などの諸要素を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確
な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調
和を図ることが求められている。したがって,選挙制度の合憲性は,これ
らの諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使
として合理性を有するといえるか否かによって判断されるべきであり,裁
量権の限界を超えており,これを是正することができない場合に初めて憲
法に違反すると解すべきである。
イ本件区割規定は,平成23年大法廷判決において投票価値の平等に反す
る状態にあると判断された平成14年区割規定及び平成14年選挙区割り
を,平成25年改正法により改正したものである。平成24年改正法によ
り1人別枠方式が廃止され,同改正後の新区画審設置法3条は,選挙区割
りの改定の基準として,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口の
うち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上になら
ないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的
に考慮して合理的に行わなければならないことのみを定めているところ,
この基準は,平成23年大法廷判決において,投票価値の平等に配慮した
合理的な基準を定めたものということができる旨判示されている。
また,本件選挙区割りは,平成24年改正法の定めた枠組みに基づき,
各都道府県の選挙区数を0増5減した上で,人口の最も少ない鳥取県の区
域内における人口の最も少ない選挙区の人口を基準として,各選挙区の人
口がその2倍未満であるようにする内容のものであり,17都県42選挙
区で選挙区割りを改定した。これにより,平成22年国勢調査の結果に基
づく選挙区間の人口の較差を2倍未満(1.998倍)に抑える選挙区割
りの改定が実現した。上記0増5減は,1人別枠方式による定数配分の考
え方とは全く内容を異にしており,1人別枠方式の廃止を前提として初め
て可能になったものである。そして,その結果,平成23年大法廷判決に
よって合理的な基準として認められた新区割基準が達成されたのであるか
ら,その時点でもはや,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は解消
されたというべきである。
ウもっとも,平成25年大法廷判決が指摘するように,1人別枠方式の構
造的問題が最終的に解決したとはいえなかったため,その後の人口変動の
結果,本件選挙当日の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大
較差が2倍を超える状態が発生したが,平成25年大法廷判決では,上記
問題の解決は今後の国勢調査の結果を踏まえた区割りの見直しにおいて行
われることが許容されていた。この間の人口変動による最大較差の拡大は,
一定程度避けがたいものであり,しかも,2倍を超えたといっても本件選
挙日における較差は2.129倍であって,2倍をわずかに超えたにすぎ
ず,過去の最高裁判決が判断対象にした最大較差をさらに下回るものであ
った。このような状態が,直ちに憲法の投票価値の平等の要求に反する状
態に当たるとは到底いえない。
以上によれば,本件区割規定には,原告の主張するような違憲の点は存
しないから,これに基づいて行われた本件選挙は有効である。
(2)合理的期間を徒過していないこと(争点2)
仮に,本件区割規定の定める本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要
求に反する状態であるとしても,国会が,本件選挙までの間に,本件選挙区
割りが違憲状態になったことを認識し得たとはいえない。また,国会におい
て,本件選挙施行日までのいずれかの時期に本件選挙区割りが違憲状態とな
ったことを認識し得たとしても,国会においては,平成25年大法廷判決以
降も選挙制度の改革に向けた検討が重ねられており,引き続き議論が進展し
ていく見通しであることからすると,憲法上要求される合理的期間内におけ
る是正がされなかったとはいえない。
したがって,原告の請求は理由がない。
第3当裁判所の判断
1憲法が要求する投票価値の平等の内容と程度について
(1)原告は,憲法が直接民主制に代わるものとして代表民主制を採用したと解
すべきであること,投票価値の不平等は国会において制定される法律の正当
性を損なうものであることなどを理由に,議員定数及び選挙区割りは国民の
人口分布に比例してされなければならない旨主張する。
(2)憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求している
ものと解される。他方,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶
対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ない
し理由との関連において調和的に実現されるべきものであるところ,国会の
両議院の議員の選挙については,憲法上,議員の定数,選挙区,投票の方法
その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされ(43条2項,47
条),選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められている。
衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用
される場合には,選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定す
るに際して,憲法上,議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平
等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められている
というべきであるが,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考
慮することが許容されているものと解されるのであって,具体的な選挙区を
定めるに当たっては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを
基本的な単位として,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的
状況などの諸要素を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確な反映を実現
するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが
求められているところである。したがって,このような選挙制度の合憲性は,
これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行
使として合理性を有するといえるか否かによって判断されることになり,国
会がかかる選挙制度の仕組みについて具体的に定めたところが,上記のよう
な憲法上の要請に反するため,上記の裁量権を考慮してもなおその限界を超
えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反
することになるものと解すべきである。
(以上,平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決参照)
(3)以上のとおり,憲法は,投票価値の平等を要求しているとは解されるけれ
ども,それは,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準として,絶対的な形
における実現を必要とするものではなく,国会は,衆議院及び参議院それぞ
れについて他に斟酌すべき事項をも考慮して,公正かつ効果的な代表を選出
するという目標を実現するために適切な選挙制度を具体的に決めることがで
きる。そして,上記⑵で説示したとおり,投票価値の平等は,国会が正当に
考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に
実現されるべきものと解すべきである。そうすると,原告が主張するような
国民の人口分布に比例した議員定数の配分及び選挙区割りでなければ直ちに
違憲であると解することはできない。
したがって,原告の前記(1)の主張は採用できない。
2本件選挙時における本件選挙区割りを定める本件区割規定及び本件選挙が憲
法に反するか否か(争点1)
(1)原告は,議員定数の配分は最大剰余法によるべきであって,最大剰余法に
よった場合の議員定数配分と比較して1名以上の過不足が生じている議員の
定数の配分は,憲法の要求する投票価値の平等を損なうものであって憲法違
反である旨主張する。その上で,本件選挙区割りを定める本件区割規定は,
この点で違憲無効であるから,本件区割規定に基づいて実施された本件選挙
もまた違憲無効である旨主張する。
しかしながら,憲法の要求する投票価値の平等について前記1のように解
すべきであることからすると,憲法は,衆議院議員の選挙につき全国を多数
の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には,選挙制度の仕組みの
うち定数配分及び選挙区割りを決定するについて,議員1人当たりの選挙人
数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準と
することを求めているというべきであるが,それ以外の要素も合理性を有す
る限り,国会において考慮することを許容しているというべきである。そし
て,これまで,具体的な選挙制度を定めるに当たって,政治的,社会的な機
能の点でも,社会生活の上でも重要な単位と考えられてきた都道府県は,選
挙制度の区割りの基礎として無視することのできない要素であり,これを更
に細分化して選挙区を決定するに当たっては,従来の選挙の実績や,選挙区
としてのまとまり具合,市町村その他の行政区画,面積の大小,人口密度,
住民構成,交通事情,地理的状況等諸般の要素を考慮し,国政遂行のための
民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要
請との調和を図ることが求められているというべきである。定数配分及び選
挙区割りの決定には,このような複雑微妙な政策的,技術的考慮要素がある
ことを考えると,選挙制度の合憲性は,これらの事情を総合的に考慮した上
でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するか否かによっ
て判断すべきものである。
以上の見地に立って見た場合,原告が主張する最大剰余法による人口分布
に比例した議員定数の配分を憲法が要求しており,同配分が実施されていな
いとの一事のみをもって,議員定数の配分が憲法に違反していると即断する
ことは相当でない。そして,新区割基準は,区画審が選挙区の改定案を作成
するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,
その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上にならないよう
にすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して
合理的に行わなければならないとしているところ,この基準は,憲法が要求
する投票価値の平等を最大限尊重しつつ,上記諸般の事情にも一定程度配慮
した合理的な基準というべきものである。
(2)そこで,新区割基準に基づいて,本件選挙区割りが憲法の要求する投票価
値の平等に違反するものであるかどうかを検討する。
前記第2の2の前提事実のとおり,本件選挙区割りの決定に至る経緯につ
いては,平成23年大法廷判決が,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部
分及び旧区割基準に従って改定された平成14年区割規定の定める平成14
年選挙区割りが憲法の要求する投票価値の平等に反する状態に至っていたと
判断したこと,国会は,平成23年大法廷判決の指摘を受けて,平成24年
改正法を成立させ,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分を削除したこ
と,同法の附則の規定に従って区画審による審議が行われ,区画審は,同規
定に基づく各都道府県の選挙区数の0増5減を前提に,選挙区間の人口の較
差が2倍未満になるように17都県の42選挙区において区割りを改めるこ
とを内容とする勧告を行ったこと並びに同勧告を受けて,平成22年国勢調
査の結果に基づく選挙区間の人口の最大較差を1.998倍と2倍未満に抑
える本件選挙区割りを定める本件区割規定が成立したことの各事実が認めら
れる。
そうすると,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分が平成24年改正
法によって廃止されたとはいっても,本件選挙区割りは,新区割基準に従っ
て,平成22年国勢調査の結果に基づき議員定数の再配分を行ったものでは
なく,1人別枠方式を定めた旧区割基準に基づく平成14年選挙区割りのう
ち,議員1人当たりの人口の少ない5県の各選挙区数をそれぞれ1減じただ
けで,それ以外の都道府県については,1人別枠方式を定めた旧区割基準に
基づいて配分された定数がそのまま維持されている。その限りにおいて,本
件選挙区割りには,全体として新区割基準の趣旨に沿った選挙制度の整備が
十分に実現されているとはいえないことが認められる。そのため,平成25
年大法廷判決においても,「今後の人口変動により再び較差が2倍以上の選
挙区が出現し増加する蓋然性が高いと想定されるなど,1人別枠方式の構造
的な問題が最終的に解決されているとはいえない。」という指摘がされてい
たところ,現に,本件選挙日における選挙区間の選挙人数の較差は,最大で
2.129倍に達しており,選挙人数が最も少ない宮城県第5区との選挙人
数の較差が2倍以上となっている選挙区は13選挙区であったことが認めら
れる。
しかしながら,前記第2の2の前提事実によれば,平成23年大法廷判決
を受けて,国会における検討の結果,平成24年選挙の後に,平成25年6
月24日に平成25年改正法が成立し,本件選挙区割りによっていったんは
平成22年国勢調査の結果に基づく選挙区間の人口の較差が2倍未満の1.
998倍に抑えられるに至ったこと,同時点から本件選挙時までに1年半弱
しか経過していないこと,平成22年国勢調査以降,国勢調査が行われてい
ない以上,本件選挙時における,選挙区間の人口の較差は明らかでないこと
及び本件選挙日における選挙区間の選挙人数の較差は最大2.129倍であ
って,2倍をわずかに超えたにすぎないこと,の各事実がそれぞれ認められ
る。また,平成25年大法廷判決が指摘するとおり,選挙制度の整備は未だ
十分実現されているとはいえないものの,漸次的な見直しを重ねることによ
って実現していくことも,国会の裁量に係る現実的な選択として許容されて
いると考えられるところ,証拠(乙2ないし11)及び弁論の全趣旨によれ
ば,平成25年大法廷判決後,国会において,与野党の選挙制度実務者の協
議によって選挙制度の改革について検討されたが意見を集約することができ
なかったため,平成26年6月19日,衆議院に,衆議院選挙制度に関する
調査・検討等を行うための有識者による議長の諮問機関である「衆議院選挙
制度に関する調査会」が設置され,一票の較差を是正する方途等を調査・検
討し,その意見を集約し議長に答申することになったこと,同調査会の会合
は,本件選挙実施までに,同年9月11日,同年10月9日,同月20日及
び同年11月20日の4回にわたって開催され,その中では,選挙区間の較
差が2倍未満に収まるように議員定数配分を改正しなければならないことを
意識した議論がされたこと,同調査会は,本件選挙以降も存続し,議論を再
開することが同年12月26日の衆議院議院運営委員会の理事会で確認され
たことなどの事実が認められる。
(3)以上の事実を総合すると,本件選挙日における選挙区間の選挙人数の較差
が最大で2.129倍に達し,同較差が2倍以上となっている選挙区は13
選挙区であったからといって,直ちに,本件区割規定の定める本件選挙区割
りが,憲法の要求する投票価値の平等に反する状態に至っていると認めるこ
とはできず,その他,いわゆる逆転現象を含め,原告が本件選挙区割りの不
平等性として種々主張する事情を勘案し,本件証拠を仔細に検討しても,本
件選挙区割りを定める本件区割規定が無効であることを認めることはできな
い。
そうすると,本件区割規定の下で実施された本件選挙は,無効であると認
めることができない。
3まとめ
以上のとおり,本件区割規定には,原告の主張する違憲は認められないから,
原告の本件請求は,その余の争点(合理的期間の徒過の有無)について検討す
るまでもなく,理由がないことに帰着する。
第4結論
よって,原告の請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決
する。
大阪高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官田中敦
裁判官太田敬司
裁判官竹添明夫

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