弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人株式会社上野半兵衛商店は控訴人
に対し太さ十六粍、長さ五・五米の丸棒鋼十噸を引き渡せ。もし右被控訴会社に対
する右強制執行が不能のときは、被控訴人等三名は控訴人に対し連帯して金四十万
円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決並び
に仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
 当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一
であるから、これを引用する。(但し原判決二枚目裏一行目に「倉庫証」とあるの
は「倉庫証券」の誤記と認められるので、右のとおり訂正する。)
 控訴代理人は次のとおり述べた。
 一、 東京都及びその周辺都市での鉄鋼業者間に流通する荷渡指図書は、鉄鋼の
売買に当り売主が買主の求めによつて発行するものでこれを発行したときは、その
証書に転売を禁ずる文言を特約事項として記載しない限り、その後鉄鋼の転売が行
われる都度荷渡指図書は転売人から転買人に順次転輾譲渡されている。最後の所持
人は右荷渡指図書で、鉄鋼の買主であることを証明して、荷渡被指図人である荷渡
担当者にこれを呈示して、証書記載の物品を受け取ることができるのである。しか
も、その場合荷渡指図書の発行人は、取引の相手方である買主に対して有する人的
抗弁で、右荷渡指図書の所持人に対抗することができない。すなわち、荷渡指図書
の所持人は正当な所持人である限り、証書を呈示すれば必ず証書記載の物件の引渡
を受けることができるのであつて、このことは明治三十七、八年以後の事実たる慣
習である。
 控訴人は右慣習を信じて疑わなかつたので、本件荷渡指図書を取得したものであ
り、また、被控訴会社は転売を禁ずる文言を記載することなく転輾流通させること
を目的としてこれを発行したものであつて、右慣習による意思を有したことが明ら
かであるから、控訴人に対し何等の抗弁権も有することはできない。
 二、 仮りにそうでないとしても、荷渡指図書はその有価証券性より観察すれ
ば、一種の債権的証券で民法第四七一条所定の記名式所持人払の証券的債権であ
る。転売を禁ずる文言の記載のない荷渡指図書は業者間に転輾流通することを目的
とし、少くとも流通することを予想して発行せられる一種特別の証券的債権で、記
名式で発行するのを通例とするけれども、指名債権でも、指図債権でもまた無記名
債権でもない。従つてその流通については民法第四七二条が類推適用され、その証
書の振出人である債務者は証書に記載した事項及び証書の性質から当然生ずる結果
を除くほか、原債権者に対抗しうべかりし事由で善意の譲受人に対抗することはで
きない。控訴人は本件荷渡指図書の正当にして善意の所持人であるから、被控訴会
社主張の留置権の抗弁はいずれも理由がない。
 被控訴代理人は、控訴人請求の本件物件の時価が、昭和三十四年二月二十八日
(本件口頭弁論終結時)現在で、少くとも控訴人主張のように金四十万円を下らな
いことは認めると述べた。
 当事者双方の証拠の提出援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一で
あるからこれを引用する。
 控訴代理人は当審証人A、Bの各証言及び当審での鑑定人Cの鑑定の結果を援用
し、乙第六ないし第八号証の成立は認めると述べ、被控訴代理人は乙第六ないし第
八号証を提出し、当審での鑑定人Cの鑑定の結果を援用し、なお乙第三号証は訴外
Dの作成したものであると述べた。
         理    由
 被控訴会社が昭和二十七年十月四日訴外飯田鋼材株式会社にあてて渡先を無記名
とした丸棒鋼(太さ十六耗、長さ五・五米)十噸の荷渡依頼書一通を発行したこと
は当事者間に争がない。
 いずれも成立に争のない甲第一号証、乙第四、第五号証、原審証人E、F、Gの
各証言及び原審での控訴会社代表者Hの第一回尋問の結果により成立を認める甲第
二号証、原審証人Dの第一回証言により成立を認める乙第三号証と原審証人E、
F、G、D(第一、二回)、Iの各証言及び原審での控訴会社代表者H(第一、二
回)、原審での相被告本人Jの各尋問の結果を綜合すると、次の諸事実を認めるこ
とができる。
 訴外三和鍛熱工業株式会社代表取締役Kは昭和二十七年十月一日頃訴外東京山一
株式会社の代表取締役であるF及び訴外Lから訴外三辰商事株式会社振出の受取人
を白地とする額面三十九万九千円、五十万円、四十一万八千円、三十万三千円と各
定めた約束手形合計四通を預り、そのうちの三通は他から割引を受けてこれを現金
化することと他の一通で三十万円ないし四十万円程度の鋼材買付の依頼を受けてこ
れを承諾した。三和鍛熱工業株式会社の代表取締役Kは訴外Mをして鋼材業者であ
る被控訴会社と交渉させ、同年同月四日三和鍛熱工業株式会社を買主、被控訴会社
を売主として、被控訴会社所有の丸棒鋼(太さ十六耗、長さ五・五米)十噸の売買
契約を締結し、前記三辰商事株式会社振出の額面三十九万九千円の約束手形一通と
引換に本件荷渡依頼書一通の交付を受けた上、これをLに手交した。Lは更にこれ
を東京山一株式会社の代表取締役Fに交付し、同会社は同訴外Gを介して右荷渡依
頼書を代金三十三万円で控訴会社に譲渡し、控訴会社はその所持人となつた。控訴
会社は翌五日本件荷渡依頼書の被指図人である飯田鋼材株式会社に対し本件荷渡依
頼書を呈示して荷渡依頼書記載の丸棒鋼十噸の引渡を求めたが、同会社はかねて被
控訴会社から右物件は三和鍛熱工業株式会社に引き渡すよう指示されていたので、
控訴会社の右引渡請求を拒絶した。
 被控訴会社は、三和鍛熱工業株式会社との前記売買契約では、代金の支払方法と
して三和鍛熱工業株式会社が自己振出の約束手形によることを約定していたのに、
前記のとおり三辰商事株式会社振出の約束手形を持参したことや、本件荷渡依頼書
が、業者間においてとかくの風評のある東京山一株式会社を経て、控訴会社に転売
されていることに不安を感じた結果、同月十七日三和鍛熱工業株式会社との間で、
前記売買契約を合意解除した。
 以上の認定を妨げる証拠は存しない。
 控訴人は、「控訴会社及び被控訴会社は鉄鋼業者であるところ、東京都内及び隣
接市町村一円の地域の鉄鋼業者間においては、荷渡依頼書を以て貨物引換証ないし
倉庫証券等の代用となし、荷渡依頼書を譲渡することが、その表示する物品の所有
権を譲渡することとなるので、鉄鋼製品の取引に当つては、物の引渡に代えて荷渡
依頼書の交付を以てするか或は少くとも荷渡依頼書を呈示すれば必ず証書記載の物
件の引渡しを求め得るとする商慣習があり、控訴会社は右慣習による意思を以て本
件荷渡依頼書を取得したもので、従つて本件荷渡依頼書の取得と同時にこれに表示
された丸棒鋼十噸の所有権か、或はその引渡請求権を取得した。」旨主張するので
先ずこの点について判断する。控訴会社並びに被控訴会社がいずれも鉄鋼業者であ
ることは、被控訴会社において明らかに争わないところである。各その成立に争の
ない乙第六、七号証、当審での鑑定人Cの鑑定の結果並びに原審証人N、原審及び
当審証人Bの各証言によると、京浜地方、阪神地方その他商業活動が活溌に行われ
ている地域では、鉄鋼類その他種類を以て示しうる商品の売買に当り、取引数量が
比較的大量である場合は、売主は自己の所有する商品で仕入先又は倉庫業者に寄託
中のものについて、仕入先又は倉庫業者にあてて右商品を買主又はその指図人に引
き渡すことを依頼したいわゆる荷渡依頼書を発行してこれを買主に交付し、これに
よつて商品の現実の引渡を省略して、商品の引渡に要する費用や時間、労務の節約
と商品の人為的及び自然的損耗の危険防止を図ろうとする商慣習が、一部の業者の
間に存在することを認めることができる。
 <要旨第一>しかしながら、鉄鋼業者が右のような荷渡依頼書を発行した場合、控
訴人主張のように、荷渡依頼書を以て貨物引換証又は倉庫証券等の代用
となし、荷渡依頼書の譲渡がその表示する商品の所有権譲渡の効力を有するものと
し或は少くとも荷渡依頼書を呈示すれば証書記載の物件の引渡を求めうるものとす
る商慣習が存在するとの点は、これを認めるにたる証拠はない。もつとも、原審及
び当審証人B、原審証人E、F、G、N及び当審証人Aの各証言並びに原審での相
被告Jの本人尋問の結果中控訴人の右主張を裏付けるかのような証言部分は前掲鑑
定人Cの鑑定の結果及び乙第六、七号証の記載に照して信用することができない。
 よつて右商慣習の存在することを前提とする控訴人の右主張は採用できない。
 控訴人は本件荷渡依頼書を善意で取得したことによつて、右書面の物権的効力に
よつて、仮りに右書面が物権的効力を有しないとしても、債権的効力を有するか
ら、その効力によつて本件丸棒鋼の引渡を求めると主張するから次に判断する。
 本件荷渡依頼書は丸棒鋼(太さ十六耗、長さ五・五米)十噸の売主である被控訴
会社が右売買物件の保管者である飯田鋼材株式会社に対してその証券所持人に右物
件の荷渡を指図した書面であることは、甲第一号証の「下記の貨物此証引換に御渡
相成度く、荷渡後は本書で物品受領書に換えます」との記載及び原審(第一、二
回)証人D、Iの各証言並びに原審での相被告本人Jの尋問の結果により明らかで
ある。
 このような荷渡依頼書の性質効力について、当審での鑑定人Cの鑑定の結果と乙
第六、第七号証の記<要旨第二>載をも参酌して考えてみる。荷渡依頼書は指図を表
示した証券で、その所持人がこれを被指図人に呈示して商品の引渡を求
め証券表示の商品を受領することによつて満足を遂げ、他面受寄者である被指図人
は荷渡依頼書と引換に商品を所持人に引き渡すことにより、たとえその所持人が正
当な所持人でなかつたとしても、荷主(指図人)に対し右引渡の責を免れるもので
あることすなわち免責証券としての作用をなすものであることは<要旨第三>疑のな
いところである。思うに、指図によつて指図受取人に生ずる効力は、被指図人又は
指図人に対する証券表示の商品の引渡請求権ではなく、単に商品を受領
しうる権能であるから、荷渡依頼書の交付又は譲渡を受けたものは、これによつて
商品を受領する権能を取得するだけで、被指図人に対してはもちろん指図人に対し
ても商品の引渡請求権を取得しえないものと解するのを相当とする。もつとも荷渡
依頼書の発行者である指図人に対する関係では荷渡依頼書の発行の原因である売買
その他の法律関係として荷渡依頼書表示の商品を証券の所持人に引き渡す債務を負
担することはあるが、右の原因関係を離れ荷渡依頼書を発行したということだけ
で、当然にその所持人に対し商品引渡債務を負担したものと解することはできな
い。荷渡依頼書の被指図人が証券面に証券記載の商品引渡義務の引受をする旨を表
示した副署又は承認(以下単にこれを引受という)の存するものについては、被指
図人は独立の指図債務者となり、荷渡依頼書は被指図人に対する商品引渡請求権を
表彰するものと考えられるけれども、控訴人はこのような主張をなしていないばか
りではなく、本件荷渡依頼書はこのような引受のなされたものでないことは、前掲
甲第一号証の記載に徴して明らかであるから、この点について深く言及する必要は
存しない。法律上物について引渡の効力を生ずるには、事実上の引渡があるか又は
法律の規定もしくは慣習法によつて実際上物の引渡がないのに特定の場合に引渡が
あつたと同一の地位が与えられる場合でなければならない。ところが、荷渡依頼書
の交付だけでは、事実上商品の引渡があつたものとは認められないし、またこの場
合商品の引渡があつたと同一の法律上の効力を生ずる旨を定めた法律の規定のない
のはもち論、このような商慣習法の存在も認められないことは上段認定のとおりで
ある。従つて引受済の証券でない限り、荷渡依頼書の譲受人は証券の譲渡を受けた
ということだけでは、その発行者に対して商品の引渡請求権を取得するいわれがな
く、また荷渡依頼書の譲渡は商品譲渡と同一の効力を有するものでない。
 してみると、控訴人は被控訴会社発行の本件荷渡依頼書を東京山一株式会社から
譲り受けたものであることは上記認定のとおりであるが、ただ荷渡依頼書の譲渡を
受けたということだけで、直ちに右荷渡依頼書記載の商品の所有権を取得したもの
とは認められないし、また発行者である被控訴会社に対して右商品の引渡請求権を
取得したものとも断定できないことは上記説明に照して明らかである。 次に控訴
人は荷渡依頼書は民法第四七一条所定の記名式所持人払の証券的債権であつて転売
を禁ずる旨の文言の記載のない荷渡依頼書の流通については同法第四七二条が類推
適用される旨主張する。しかしながら、荷渡依頼書は、これに第三者への譲渡禁止
文言が記載されていない場合でも、記名式所持人払債権と認めることができないこ
とは、荷渡依頼書の性質及び効力についての上記説示に照して明らかであるから、
控訴人の右主張は採用できない。
 以上に説明したとおり、控訴人は本件荷渡依頼書を取得したことだけでは、これ
に記載された物件の所有権も引渡請求権も取得したものと認めることはできないの
で、被控訴人に対しその引渡を求める本訴請求は失当として排斥を免れないし、ま
た右引渡請求権のあることを前提として、その強制執行不能の場合の右物件の価格
の賠償を求める請求も理由がない。
 更に控訴人は、被控訴人O及び同Pが被控訴会社の代表取締役でその業務執行者
の一員として、その職務を行うにつき、本件荷渡依頼書を発行しながら、悪意を以
て本件物件の引渡をせず、控訴人に対し金四十万円の時価相当の損害を蒙らしめた
ので、被控訴人等三名は商法第二六六条の三又は民法第四四条第一項、第七〇九
条、第七一九条によつて控訴人に対し連帯して右損害を賠償する義務がある旨主張
するけれども、控訴人が右物件の所有権も引渡請求権も取得していないことは上段
で詳しく説明したとおりであり、且つ被控訴会社と三和鍛熱工業株式会社との間の
売買契約は上記認定のとおり解除せられたのであるから、被控訴人等が控訴人の右
物件の引渡請求を拒絶したからといつて、これで控訴人のなんら権利を害すること
にはならないから、不法行為と認めることはできない。よつて控訴人の右主張も採
用の限りでない。
 してみると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由が
ないから民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却することとし、控訴費
用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 小河八十次)
(参 照)
<記載内容は末尾1添付>

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