弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成21年12月16日判決言渡
平成19年(ワ)第91号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成21年9月16日
主文
1被告らは,原告に対し,連帯して,110万円及びこれに対する平成18年
4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余は被告らの
負担とする。
4この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,連帯して928万0250円及びこれに対する平成
18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,国立岐阜大学大学院修士課程在籍中,研究指導教員であった
被告Aから休学を強要され,被告大学法人も,原告の被告Aの同行為を理由とし
た研究指導教員の変更申入れに応じなかったなどとして,被告Aに対して民法7
09条に基づき,被告大学法人に対して民法715条,国家賠償法1条1項,在
学契約に基づく債務不履行又は民法709条に基づき,連帯して,損害賠償を求
めた事案である。
1前提事実(証拠等の記載がない事実は当事者間に争いがない)
(1)当事者等
ア原告は,中華人民共和国の国籍を有し,平成14年7月,O大学歴史教
育学部を卒業し,平成15年4月1日,国立岐阜大学(以下「岐阜大学」
という。)地域科学部に研究生として入学し(丙2の1),平成16年4
月,同大学大学院地域科学研究科(以下,単に「本研究科」という。)修
士課程に入学した。
イ被告大学法人は,岐阜大学及び同大学院を設立,運営する国立大学法人
である。
ウ被告Aは,被告大学法人に雇用されている岐阜大学地域科学部の講師で
あり,1940年代の中国を舞台とした国際関係史の研究を専門にしてい
る(弁論の全趣旨)。
エ原告は,平成14年の春,岐阜大学の卒業生であった義兄B(以下
「B」という。)の紹介により,当時岐阜大学地域科学部教授であった
(現同大学名誉教授)C(以下「C」という。)を通じて,被告Aに研究
生としての受け入れを申し込んだ。被告Aは,これを承諾し,原告は,岐
阜大学の研究生となった(丙15,弁論の全趣旨)。
(2)原告の修士論文審査等
ア被告大学法人は,「修士課程の標準修業年限は2年とする。」(岐阜大
学大学院学則(以下「学則」という。)8条1項,乙1),「修士課程に
2年以上在学し,専攻分野について30単位以上(このうち,10単位は
研究指導教員の下で行う特別演習(セミナー)8単位と特別研究2単位)
を修得し,かつ,必要な研究指導を受けたうえ学位論文の審査及び最終試
験に合格した者には,岐阜大学学位規則(以下「学位規則」という。)の
定めるところにより,修士の学位を授与する。」(学則49条,岐阜大学
大学院地域科学研究科規則2条,乙1,2)と定めている。
イ被告大学法人は,「学位論文(修士論文)の審査及び最終試験の合否
は,審査委員(主査と2名以上の副査)の報告に基づいて岐阜大学大学院
研究科委員会(以下「研究科委員会」という。)が行う。」(学位規則1
0条1項,2項,17条,乙11)と定めている。
ウ研究科委員会は,平成17年12月21日,原告の修士論文審査委員主
査に被告Aを,同副査に当時岐阜大学留学センター教授であったD(以下
「D」という。)及び岐阜大学地域科学部講師のE(以下「E」とい
う。)をそれぞれ選出した(乙6)。
エ原告は,平成18年3月の修士課程2年次終了時において,自身の専攻
分野において特別演習8単位及び特別研究2単位を含む30単位を修得し
ていた。これらの単位のうち,平成17年度前期の被告Aが担当した特別
演習Ⅱ(4単位)の成績は可であり,これを除く26単位の成績はすべて
優であった(甲1)。
オ原告は,平成18年1月13日付けで,「中国東北地域における抗日運
動」という題名の修士論文を提出した(丙5)。
被告A,D及びEは,同年2月22日,岐阜大学大学院地域科学研究科
長宛に,同論文及び最終試験が共に不合格であるとの報告書を提出し,研
究科委員会は,同年3月上旬ころ,同論文及び最終試験につき不合格とし
た(丙6の1・2)。
このため,原告は,修士課程2年次終了時点で修士課程を修了し,修士
の学位を取得することができなかった。
カ原告は,平成18年4月から本研究科地域文化専攻の言語学のF准教授
の指導を受け,言語学に関する修士論文を作成し,平成19年3月に岐阜
大学大学院修士課程を修了した。
2争点
(1)被告Aの原告に対する不法行為責任の成否
(2)被告大学法人の国家賠償法1条1項に基づく責任又は使用者責任の成否
(3)被告大学法人の債務不履行又は不法行為の成否
(4)損害及び因果関係
3争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(被告Aの原告に対する不法行為責任の成否)について
(原告の主張)
大学や大学院等の教育研究の場において,優越した地位にある者が,その
地位を利用して学生や大学院生等に対して,不適切不当な言動を行い,相手
方に修学上の不利益・損害・精神的苦痛を与える行為をアカデミックハラス
メントといい,これは,不法行為を構成する。
被告Aによる次の各行為は,アカデミックハラスメントであり,原告の有
する良好な環境の下で学習研究する権利を侵害するものであって,不法行為
にあたる。
ア被告Aは,指導資格がないにもかかわらず原告の研究指導教員となり,
以下のとおり,原告に対して修士論文を作成するための適切な指導をしな
かった。
(ア)平成17年度に入り,原告は,被告Aに対し,折をみては修士論文
の書き方について指導を請うたが,被告Aはごまかしたり,話をすり替
えたりしてまともに取り合わなかった。
(イ)原告が平成17年6月14日のゼミにおいて,「総力戦体制」につ
いての発表を行ったが,被告Aは,何のコメントもせず,「そもそも総
力戦体制論って何かわかっているの。」とあざけるような口調で言っ
た。
(ウ)被告Aは,学部生ゼミと大学院生ゼミを合同で開催していた。その
ため,原告は,自己の研究分野と関係のない学部生のゼミの課題図書を
読むのに多くの時間を費やし,かつ,ゼミは午後2時半から午後7時こ
ろまで,時には深夜まで行われていたため,原告にとって大きな負担と
なっていた。反面,原告の研究テーマについてゼミを通しての指導が十
分行われなかった。
イ休学をめぐる不当な脅迫等
(ア)被告Aは,原告に対し,休学しなければ今後一切指導せず,修士論
文の提出を認めないといった趣旨の発言を繰り返していた。また,被告
Aは,原告に対し,平成17年9月末ころ,「平成17年度後期は休学
する。」旨の誓約書に無理矢理署名させようとするなどして,休学を強
要した。
被告らは,「被告Aの言動は休学の強要ではなく勧奨であって,これ
は原告の学力の問題に起因して行われたものであり正当性を有する。」
と主張するが,仮にこれらの行為が勧奨と評価されるものであったとし
ても,研究指導教員は,2年で修了するように指導することが本来であ
って,いかなる理由があろうとも休学を求めることは正当化されない。
なお,原告の大学院での成績は,被告Aによる平成17年度前期の特
別演習Ⅱ(4単位)の成績が可であるほか,26単位の成績はすべて優
であり,原告の学力不足はない。
(イ)被告Aは,平成17年9月1日,原告が被告Aに修士論文の構想を
示し,被告Aの休学要求に従わないことを表すと,原告に対し,「社会
のクズ」「バカ野郎」「頭おかしくないか。」と侮蔑的表現を用いて原
告の人格を中傷した後,原告に対し,原告の研究に必要な図書を「法的
措置をとる。」「窃盗で刑事事件にする。」などの脅迫めいた表現を用
いて返還を求め,これを使用することを妨害し,原告の研究を妨害し
た。
(ウ)被告Aは,平成17年10月ころに,原告が当時岐阜大学地域科学
部学部長であったG(以下「G」という。)に研究指導教員の変更を申
し入れたのを知ると,その腹いせに,原告の院生実習室のドアを激しく
叩いて開けさせたり,「あなたに何ができるというのか。」「一体何を
考えているのか。」などと怒鳴り散らして,原告に恐怖感を与えた。
(エ)a被告Aは,平成15年7月から同年9月までの3か月間,自己の
研究のために,原告に中華民国国民政府の要人の日記(以下「王世杰
日記」という。)の翻訳作業を手伝わせ,原告の研究を妨害した。こ
の作業量は膨大であり,原告は作業のため,深夜及び土日までをも費
やすなど,相当量の労力を費やしており,歴史教育を施すという目的
を超え,自己の研究のために原告を利用したと評価されるべきもので
ある。
被告Aは,原告に対し,当該史料の解説や背景を説明したのは,当
該史料やその背景への理解を深めることにより,原告に王世杰日記を
より的確に微妙なニュアンスまで読み取らせ,自己の研究に役立てよ
うとしたものに過ぎない。
b原告は,平成15年10月から平成17年5月まで,被告Aから中
国語の資料について日本語での意味を聞かれたり,確認されることが
よくあり,特に平成16年8,9月の夏休みには,まとまった分量の
現代中国語で書かれた資料についてそのようなことがあった。これら
は,被告Aの研究のために聞かれているものであるので,原告として
はなるべく正確に答えなければならないという思いがあり,神経を使
わざるを得ず,負担となった。
ウ被告Aは,資格がないのに修士論文審査委員の主査となり,原告の修士
論文を不合格とした。
なお,後記(3)ウで述べるように,この修士論文審査は,公平適正を担
保されたものではなかった。
エ被告Aは,「原告が被告Aに対し,休学に同意したり,約束したりし
た。」と主張するが,そのような事実はない。
また,被告Aは,「原告に対する休学勧奨は,経済的負担の軽減をも考
慮したものであり,正当な行為である。」と主張するが,1年余分に在籍
すれば生活費が余分にかかるのであって,原告のように経済的貨幣価値の
異なる外国からの留学生である場合には,予期せぬ多大な経済的負担がか
かることになるため,このような主張は認められない。
(被告Aの主張)
以下のとおり,被告Aの行為は正当であって不法行為を構成しない。
ア原告が主張するア(ア)の事実は否認する。
ア(イ)の発言はしたが,あざけるような口調では言っていない。
イ被告Aは原告に対して休学を強要してはおらず,原告の学力不足と経済
的負担の軽減を考慮した判断に起因して勧奨したに過ぎないのであって,
これは,あくまでも教育の一環であった。
(ア)被告Aは,平成17年9月1日,原告に対し,平成17年度後期は
休学する旨の確認をする書面を求めた。これは,原告が,それまで研究
課題としてきた「総力戦体制」というテーマから,「中国東北地域にお
ける抗日運動」にテーマを変更した上,当該年度に修士論文を提出する
ことが可能であると主張したためであり,原告が当該書面の提出を拒ん
だために長時間にわたって押し問答になり,被告Aは大声で叱責して机
を叩いたが,直接身体に触れるようなことはしておらず,無理矢理署名
させようとはしていない。
(イ)原告の学力不足
a原告の学力不足については,少なくとも平成16年10月ころ及び
平成17年5月ころには,原告自身も認めていた。
b原告は,大学院での成績を根拠として,被告Aが原告に対して休学
を勧めた理由は学力不足であったとは考えられない旨主張するが,一
般的に大学院では,授業への出席と課題を果たしてさえいれば,成績
評価では「優」と評価されるのが慣例であるため,成績表では実際の
学力を測ることはできない。また,原告の学力については,特に歴史
学において,被告A以外の教員からも評価が低かった。
c原告は,平成17年6月14日のゼミでの研究報告時点において,
修士論文の問題設定や研究動向についてほとんどまとめることができ
ておらず,原告の修士論文のテーマの中心的な概念である「総力戦体
制」や,それをめぐる近年の歴史学界の重要な研究動向である「総力
戦体制論」すら,理解できていなかった。
d以上から,被告Aは,原告に対し,平成17年度に修士論文を提出
することは認めないとの判断を下した。
(ウ)経済的負担
休学すれば授業料を支払う必要はなく,単位を修得することはできな
くなるが,大学における諸施設の利用や様々な便宜の点で不利になるこ
とはない。また,このように,大学院の在籍期間が2年を超えるような
場合には,その超過する期間,書類上休学することによって,その間の
学費を節約する方法は一般的に行われている。
(エ)以上のように,被告Aは,原告の学力不足と経済的負担の軽減を考
慮したうえで,原告に対して休学を勧めた。
原告は,2年で修了できるように指導すべきと主張するが,大学院修
士課程においては,修士論文を書くことができるように,すなわち修了
できるように指導すべきであって,その年限を2年と保証するものでは
ない。なお,原告が修士号を取得しようとした史学においては,ほぼ毎
年3割程度は確実に最低修業年数で卒業することができていないのが全
国的な現状である。
(オ)原告もまた,被告Aのこの勧めについて,平成16年10月ころに
は同意しており,被告Aが,平成17年6月19日,原告に対し,同月
14日のゼミにおける原告の研究報告をもとに,当該年度に原告が修士
論文を提出することが不可能であると最終的に判断したことを告げる
と,原告は,授業料節約のために後期に休学することなどを被告Aに約
束した。
ウ被告Aが,原告に対し,「社会のクズ」と発言したのは,安易に中途退
学を口にして,周囲の人の原告に対する多大な期待を平然と裏切ろうとす
る原告の態度及びその行為を批判したものであり,「バカ野郎」「頭おか
しくないか。」と発言したのは,修士論文提出まで残り5か月ほどの時点
で,修士論文のテーマを変更して全く新しいテーマに変えた上で,当該年
度に修士論文を執筆できるという,軽率かつ安易な研究の見通しに腹を立
てたものであって,いずれも原告の人格を中傷したわけではない。
エ被告Aは,原告が被告Aの指導を離れ,さらに研究テーマを変更したこ
とから,それ以前のテーマに関する図書が必要ではなくなったために,図
書の返還を求めたに過ぎず,その中には,被告Aの私物も含まれ,現在に
至っても返還されていないものもある。こうした点に鑑みれば,被告Aが
原告に対して図書の返還を求めたことが,原告の研究を妨害したとはいえ
ない。
オ被告Aが,原告による研究指導教員の変更を申し入れるにつき,原告と
話し合うために,原告の院生実習室を訪れ,同室のドアをノックし,原告
に対して怒鳴ったことは認めるが,これは,原告に対する腹いせから行っ
たわけではない。
原告は,被告AからDへの研究指導教員変更を申し入れたが,Dは,本
研究科や地域科学部の構成員ではないため,原告に対して職務上の指導義
務がないだけでなく,原告の修士論文のテーマとは,専門分野が全く異な
っている。被告Aは,原告がこのような人物に対し,個人的な関係をもと
に指導を依頼したことについて批判をしたのであって,「腹いせ」との原
告の主張は事実の歪曲に外ならない。
カ被告Aが,王世杰日記を判読する手伝いを原告に依頼したのは,平成1
5年7月から8月ころの夏休み期間2か月間であり,その分量も,ごく一
部(4か月分)に過ぎなかった。また,原告に依頼した作業内容も,翻訳
ではなく,手書き文字を活字に直す翻刻作業であり,原告が翻刻の原案を
作成してメールで被告Aに送付したあと,双方で話し合いながら確認して
判読困難な文字を確定していくというものであった。
同時代の事件当事者が書いた日記は,歴史学の最も基本的な一次資料の
1つであって,この日記を読み進めることは,歴史学の基本的な訓練とし
て極めて有用であるため,歴史学教育において広く行われている。被告A
は,当該作業により,自身の研究と原告に対する教育とを同時に進めるこ
とができると判断し,原告作成の翻刻原案を確認する作業の中で,原告に
対して史料の解説を加えた。
キ修士論文が不合格となったことについて
(ア)修士論文の審査においては,通常審査所見を作成することはない
が,被告Aは,原告の修士論文の審査にあたり,A4用紙4枚にわたり
審査所見を作成している。
(イ)また,被告Aは,原告の修士論文の審査にあたり,教務厚生科委員
会に出頭して,審査結果が不合格になった根拠について,各教務構成員
に対して,上記審査所見を提示しながら異例とも言えるほど丁寧かつ慎
重に説明している。この説明を聞いた教務厚生委員会が原告の修士論文
の審査結果を妥当と判断した。
(ウ)以上より,原告の修士論文は,公平適正の担保された審査を経て不
合格とされたと言える。
(被告大学法人の主張)
ア被告Aは,原告の学力等を総合的に勘案して2年間で修士論文を提出で
きる能力がないと判断し,修士2年課程は授業料がかからないように休学
して被告Aの指導を受け,3年目に修士論文を作成すれば良いとして休学
を勧奨したのであって,一方的に休学を強要したのではない。また,誓約
書を書くよう求めた際に大きな声を出したことはあったが,無理矢理署名
させようとしたものではない。
イその余は不知。
(2)争点(2)(被告大学法人の使用者責任又は国家賠償法1条1項に基づく責
任の成否)について
(原告の主張)
ア国家賠償法1条1項に基づく責任について
仮に国立大学法人が,国家賠償法1条1項にいう「公共団体」にあたる
とすると,その職員の行う職務は,一般的に公権力の行使にあたるため,
被告Aの前記(1)アないしウの各行為は,公共団体の公権力を行使する職
員が職務を行うにつき行った不法行為となる。
原告は,中華人民共和国に国籍を有する外国人であるが,同国の国家賠
償法33条は,日本人に対して同国に対する国家賠償を認めている。
よって,被告大学法人は,被告Aの不法行為につき,国家賠償法1条1
項に基づく賠償責任を負う。
イ使用者責任について
被告大学法人は被告Aの使用者であり,前記(1)の被告Aの不法行為
は,被告大学法人の業務の執行につき行われたものである。
よって,被告大学法人は被告Aの原告に対する不法行為につき使用者責
任を負う。
(被告大学法人の主張)
被告大学法人は,国家賠償法1条1項に基づく責任については認否を明ら
かにせず,使用者責任の成立については争う。
(3)争点(3)(被告大学法人の債務不履行又は不法行為の成否)について
(原告の主張)
被告大学法人は,次の作為及び不作為により,在学契約ないし信義則に基
づいて,原告に対して負う,原告を良好な環境の下で学習研究させる義務を
怠り,又は,原告の有する良好な環境の下で学習研究する権利を侵害した。
ア被告大学法人は,上記義務の一内容として自校の大学院生に対して,被
告大学法人が定めた指導担当教員資格を有する教員を研究指導教員とする
義務があるところ,被告Aは指導担当基準を満たさず,大学院の研究指導
担当資格がないにもかかわらず,これを原告の研究指導教員とした。
イ被告大学法人には,アカデミックハラスメントが発生し,これにより修
学,教育,研究上の環境が害されている場合には,直ちに必要な措置をと
って被害者の保護をはかり,かつ二次被害の発生が予測される場合には,
その防止のために将来に向けて必要な措置をとる義務がある。
(ア)被告大学法人は,原告からの被告Aによる前記(1)の各不法行為を
理由とする研究指導教員の変更申入れにつき,調査委員会を設けるなど
して調査を行えば,被告Aのアカデミックハラスメント該当行為を容易
に認識することができ,原告と被告Aの関係が正常な師弟関係を回復し
得ないほど破壊され,原告の教育・修学環境が著しく侵されていること
を認識できた。
(イ)被告大学法人は,被告Aに対する事情聴取の際に,被告Aから提示
された3つの選択肢は,いずれも原告が平成18年3月で卒業すること
はできないものであったことから,被告Aが同年3月に原告を卒業させ
まいという強い意志を有していたことを認識できた。
(ウ)したがって,被告大学法人は,調査の上,直ちに研究指導教員を変
更し,被告Aに対しては,注意指導をして原告に対するアカデミックハ
ラスメント行為をやめさせる措置をとり原告を保護すべきであった。
それにもかかわらず,被告大学法人は,被告Aから意向及び事情を聴
取するのみで,ほかに何ら調査を行わず,研究指導教員の変更もせず,
原告と被告Aとの間のアカデミックハラスメント問題を放置した。
(エ)被告大学法人は,「原告の研究テーマに相応しい教員は被告A以外
にはいない。」と主張するが,D,E及び学外のCならば可能であっ
た。
ウ被告大学法人は,岐阜大学大学院生に対して,公平適正な修士論文審査
を行う義務を有するにもかかわらず,以下のとおり審査は公平適正の要件
が著しく欠けるものであり,被告大学法人は同義務を怠った。
(ア)公平適正な審査を担保するためには,資格ある審査委員によって審
査を行うことが必要であるが,研究指導担当資格のない者が審査委員資
格を有しないのは当然であり,被告Aには,研究指導資格がなかったの
であるから,審査委員資格も有さなかった。
(イ)また,原告による指導担当教員の変更の申入れにより,被告大学法
人は,原告の被告Aによるアカデミックハラスメント被害について認識
しており,被告Aを原告の修士論文審査委員とした場合には,公平適正
な審査が担保されず,原告に対する報復として,原告の修士論文を不合
格にすることが容易に予測することができた。
(ウ)加えて,学位規則第11条(乙11)によれば,研究科委員会が特
に必要と認めた場合には,修士論文の審査委員に,他の大学院若しくは
研究所等の教職員等を加えることができることになっている。
(エ)したがって,被告大学法人は,学位規則に基づき他大学院等の教職
員に修士論文の審査委員を委嘱すべきであったのに,これをせず,漫然
と被告Aを原告の修士論文審査委員に選任して審査にあたらせ,上記義
務の履行を怠った。
(オ)なお,被告大学法人は,「修士論文の審査は3名の合議制により,
本研究科委員会の承認を経ているから,公平性適正性は担保されてい
た。」と主張するが,主査と副査は研究指導教員が推薦することになっ
ており,副査のEとDは,それぞれ江戸時代と日本文化史の専門家であ
るため,実態としては被告A一人で審査するのと変わらない。また,研
究科委員会の審査の実態は不明で,多分に形式的なものと思われるの
で,被告大学主張の事実は公平性適正性を担保するものではない。
(被告大学法人の主張)
ア(ア)学則は,岐阜大学大学院の組織及び運営についての一般的な規則で
あり,本研究科における指導及び授業についても当然に適用がある。
平成16年当時の学則2号23条1項但書には,「必要があるとき
は,助教授,講師又は助手に研究の指導及び授業を担当させることがで
きる。」と規定されており,「必要がある」と認められる限り,講師で
ある被告Aに修士課程の学生の研究の指導及び授業を担当させても同規
則には反しない。なお,指導担当基準が本研究科委員会において承認さ
れたことにより,同条項が改廃されたわけではなく,同条項は適用され
る。
(イ)本研究科は,学際的,総合的な性格が濃く,多様な研究テーマを抱
える学生が入学してくるのに対し,1つの研究領域に複数の教員を配置
することが困難であるため,本研究科においては,講師も含めて全教員
による指導体制を取らざるを得ない状況にあり,同規則の「必要がある
とき」に該当する。
(ウ)このような事情については原告も承知しており,原告自らが近接す
る分野を専門とする被告Aを研究指導教員として選んでいる。
(エ)また,被告Aは,採用時の公募条件(現代史を専門とし,大学院博
士課程(後期課程)を修了している者等)に合致し,52名の応募者の
中から専攻されており,教務厚生委員会により,被告Aを原告の研究指
導教員とすることに何ら異議なく承認されている。
(オ)以上から,被告Aには指導資格があった。
イ本研究科においては,修士2年課程の4月15日までに申出がなされな
い限り,原則として研究指導教員の変更を認めておらず,このことは,岐
阜大学大学院生に対してもガイダンスにおいて口頭説明がなされていた。
仮に,修士2年課程後期に入ってからの申出を許容するとしても,本研究
科においては,当時,原告の研究テーマに相応しい教員が被告A以外には
いなかったため,研究指導教員の変更は不可能であった。
なお,原告の研究テーマは,日中戦争を中心とする日本現代史であった
ところ,Eの専門は日本近世史,Dの専門は日本文化史(近世及び近代)
及び日本民俗学であり,両名の専門と原告の研究テーマとは異なるので,
両名とも研究指導教員としては適切ではなかった。
ウ被告大学法人は,原告からの申入れに係る事実関係の調査のために,被
告Aからも事情聴取し,その際に原告からの申入れ内容を被告Aに対して
伝達している。また,原告と被告Aの主張は,指導の適切を欠いたかとい
う点について相反しており,被告大学法人としては,原告の主張のみを採
用することはできず,被告Aに対し,注意指導することはできなかった。
エ被告大学法人は,原告のために,本来は認められていない学外のCの指
導を受けられるように配慮しており,できる限りの策は講じたというべき
である。
オ平成18年の原告の修士論文に対する審査は,被告Aの外,指導資格を
有する教員を含む副査2名(E及びD)の合計3名による合議制で行わ
れ,審査結果は研究科委員会においても承認されており,公平性,適正性
を欠くことはなかった。
また,被告Aが,原告に対する強い報復感情を有するアカデミックハラ
スメント加害者であることを窺わせる事情はなく,被告大学法人におい
て,被告Aが原告に対する報復として,原告の修士論文を不合格にするこ
とが容易に予測できるような状況にはなかった。
(4)争点(4)(損害及び因果関係)
(原告の主張)
原告は,被告らの行為により,良好な環境の下で学習研究する権利を侵害
され,もって,適切な指導を受けられず,公平適正な修士論文審査を受けら
れずに不合格とされ,以下のアないしカの合計928万0250円の損害を
被ったものであり,これらの損害と,前記被告らの不法行為又は被告大学法
人の債務不履行との間には,相当因果関係が存する。
ア逸失利益270万円
原告は,岐阜大学大学院における修士課程の修了が1年遅れたため,
H電工株式会社への就職内定を取り消された。この内定により,原告は,
1年目の給与として1か月22万5000円が保障されていたのであるか
ら,内定取消しにより,1年分の給与270万円の得べかりし利益の損失
を被った。
イ授業料26万7900円
原告は,2年次で修了していれば支払わなくてもよい修士課程3年次の
後期授業料を支払った。
ウ2回目の修士論文作成に要した費用43万4580円
原告は,修士課程3年次に再度の修士論文作成を行うための資料を得る
ため中国に渡り,滞在しなくてはならなかった。その交通費及び宿泊代は
別紙1及び2のとおり,合計43万4580円である。
エ再就職に要した費用2万7770円
原告は,3年次に再度就職内定を得るために,健康診断書代7770円
及び交通費として少なくとも2万円の出費を余儀なくされた。
オ慰謝料500万円
原告は2年間にわたり被告Aから休学をめぐって不当な脅迫等を受け,
さらには指導を受けられない状態での修士論文の作成を余儀なくされ,最
終的に公正適正の担保されていない修士論文審査会で修士論文を不合格と
される不名誉を受けた。
原告はこれにより著しい精神的苦痛を受けており,この苦痛に対する金
銭的評価は500万円を下らない。
カ弁護士費用85万円
原告は,本件訴訟の提起追行を原告代理人に委任した。弁護士報酬のう
ち,少なくとも85万円は,被告らの行為と相当因果関係を有する損害で
ある。
(被告Aの主張)
原告の主張はすべて否認し争う。
(被告大学法人の主張)
原告の主張は争う。
ア原告の修士課程が2年次で修了できなかったのは,原告の修士論文が合
格水準に達しておらず不合格とされたからであって,前記(4)アないしエ
については,被告らにその原因はない。
イ原告が,2年間にわたり被告Aから休学をめぐり不当な脅迫等を受けて
いない。
また,原告は,平成17年6月までは被告Aによる修士論文についての
指導を受け,同年6月下旬以降はメールによる指導を受けたいと申し出て
おり,修士論文のテーマを変更し,被告Aの指導を受けられないとの判断
をしたのはすべて原告自身の意思によるものであった。したがって,被告
大学法人が研究指導教員の変更に応じられなかったのはやむを得ないとこ
ろである。また,被告大学法人は,本来なら許されないはずの学外のCの
指導を受けられるように配慮しており,原告が指導を受けられない状態で
修士論文の作成を余儀なくされたとはいえない。
ウ原告の修士論文審査が公平適正の担保されていたものであったことは,
前記3(3)オで述べたとおりである。
第3当裁判所の判断
1前提事実及び後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告は,平成15年4月1日,研究題目を近現代の日中関係史,指導教
官を被告Aとして,岐阜大学に研究生として入学し,被告Aが学部2年生を
対象に開講していた入門的なゼミ(基礎セミナー)や被告Aの学部生対象の
ゼミである専門セミナー(以下「学部ゼミ」という。)に参加するなど,被
告Aの指導を受けていた(丙2の1・5)。
(2)被告Aの研究の手伝い
ア被告Aは,平成15年7月からの夏休み期間の間,原告に自己の研究の
手伝いと原告に対する歴史教育を兼ねて,草書体の中華民国時代の中国語
でしたためられた王世杰日記を判読し,現代中国語に引き直すという作業
(以下「本件作業」という。)を行わせた(甲3の1∼3,4の1∼1
4,5の1∼5,6の1∼3,8の1・2,原告本人,被告A本人)。こ
のような作業は,歴史学の教育の一環として行われるものであり(丙3
8),その作業量は,被告Aが行うとして,1ページあたり2時間程度の
ものであり,原告は,本件作業を行うため,1日8時間程度を費やした
(原告本人,被告A本人)。
被告Aは,本件作業にあたり,原告に対し,王世杰日記に関する資料を
与え,原告の作業結果について,原告とともに議論し,解説するなどした
(甲7の1・3・4,原告本人)。
イ被告Aは,平成15年10月から平成17年5月まで,原告に対し,度
々(時には連日のように),メールや口頭で,中国語の文章について日本
語の意味を聞いたり,確認することがあった。それは,おおむね,2ない
し3文の中国語の文の意味を聞くか,被告Aが考える意味であっているか
どうかを確認するものであり,原告はこれに答えた(甲2の6,2の20
∼29・34・35,原告本人)。
ウ被告大学法人は,岐阜大学大学院における学生による教員の手伝いに対
する報酬規定を定めており,学部卒の学生に対しては,時給890円程度
を支払うこととしている(被告A本人)。
(3)原告は,平成16年4月に本研究科に入学した時点では,日本,韓国及
び中国の経済発展の比較史的研究を志望しており,被告Aを研究指導教官と
することを希望した(丙27)。
被告Aは,原告に対し,修士課程1年次の平成16年4月から,被告Aの
学部ゼミに参加するよう指導した。被告Aが大学院生を指導するのは原告が
初めてであり,平成16年度及び平成17年度において,被告Aが指導を担
当する大学院生は,原告1人のみであった(被告A本人)。
被告Aは,修士課程1年次において,原告に対し,講読文献リストを作成
し,文献講読の個人指導を実施した(丙2の8,15,35の1,原告本
人,被告A本人)。
(4)岐阜大学を含む国立大学では,休学をした場合,その間の授業料は免除
されるが,休学中も図書館の利用等,学生生活を送る上での便益は変わらず
享受できるという運用がなされている(被告A本人)。
(5)被告Aは,平成16年10月22日,原告に対し,「現段階では,私
は,あなたが来年度に修士論文を提出できると思っていません。少なくと
も,私は指導教員として,提出を認めないでしょう。もしもあなたが来年度
に修士論文を提出して修了したいと考えているならば,この後期に,よほど
心を入れ替えて勉強しない限りは,無理でしょう。この場合の「勉強」と
は,大学院の授業の準備や,ゼミの文献を読んだり,報告の準備をするだけ
ではありません。それらは最低限やらなければならないことであって,それ
以外に,自分の研究の勉強を進めなければならないのです。あなたが本当
に,経済発展の比較史をやりたいのであれば,日本や韓国や中国や台湾の経
済発展に関する文献を自分で探して,次々に読み進めていかなければなりま
せん。」とのメールを送信した(甲2の1,丙1の1)。
これに対し,原告は,同日,「修士論文の提出については,私も先生と同
じ考えです!確かに,私はムリです!自分でもわかってます!ただ,いまま
で頑張ってきたのをこのまま終わらせちゃうんだったら,後で絶対に後悔す
ると思うので,書けないとしても最後までは頑張ってみようと思いまし
た!」「今度だけではなくて,前からもずっといま自分が勉強したい比較史
について,現段階ではとても難しいだと思いました。」「自信もないし,能
力もここまでしかないですので,どう考えても修士論文を書けるとは想像も
つかないです。」「修論は書けないとしても,このままは終わらせたくない
です!少なくても後期までは頑張って単位だけでもとって留学を終わらせた
いと思います!」とのメールを送信した(丙1の2)。
(6)被告Aは,平成17年2月24日,原告に対し,「私は,現時点でもな
お,Iさんが2年間で,つまり来年度に修士論文を提出できるとは思ってい
ません。それは,何度もお話しているように,学力,問題設定,資料収集,
様々な面を総合的に勘案した上で,判断した結果です。」「しかし,2年で
修了できないという判断は,現時点での判断に過ぎず,これから(特に夏ま
での間に)Iさんがどれほど勉強するかによって,変わってくるかもしれま
せん。つまり,2年間で提出する可能性がまったくない訳でもないのです。
そして,Iさんが修論に2年かかるにしても,3年かかるにしても,何年か
かるかを問わず,Iさんが私の指導を受け入れて,修論を書き上げようとし
ている限り,私がIさんを見放して,指導を放棄することはありません。」
「Iさんが修論を書き上げることに対して,私は全面的な協力を惜しまない
ことを約束しておきます。その代わりとして,Iさんは,私の指導をキチン
と聞いて,どんなことがあっても諦めずに修論を必ず書き上げると約束して
下さい。」とのメールを送った(甲2の3,丙1の4)。
(7)原告は,平成17年3月下旬又は4月上旬ころ,修士論文のテーマを1
940年代の日本を中心とした総力戦体制にしようと考え,その研究報告を
平成17年6月14日に行うこととした(丙2の9,原告本人)。
(8)被告Aは,平成17年5月16日,原告に対し,後期から休学するよう
話をし,同月17日,「たった今から,どれほど睡眠時間を削って勉学に励
んでも,今年度に修士論文を提出することは不可能であるという判断で
す。」「休学の件について,落ち着いて真剣に考えてみて下さい。」とのメ
ールを送信した(甲2の31,原告本人)。
原告は,同月17日,被告Aに対し,「今年度に提出することしか私には
選択できないと自分で決めました。今から提出するまでは学校をやめるとか
休学とかは極めて可能性が低いことです。いつも言っている通りに,今年度
で修了できるように頑張るのは今の目標です。」「もし,本当に先生のおっ
しゃったとおりに,提出できない状態だとしても,わたしは何の言訳もなし
に現実を受け取ることをします。自分の自業自得で先生は何の責任もありま
せん。」とメールで送信した(甲2の32)。
(9)原告は,平成17年5月25日,祖母の死を知り,落ち込んでいたとこ
ろ,被告Aに励まされた。被告Aは,原告の祖母が原告が修士論文を書き上
げることを望んでいると話した(甲2の36,丙4の1,原告本人)。原告
は,被告Aに対し,同月16日,「より良い修論を書き上げることは変わら
ない目標です。先生の指導もよろしくお願いしますよ!」とメールで送信し
た(甲2の37,丙4の2)。
(10)ア原告は,平成17年6月14日,学部ゼミにおいて,自己の修士論文
の構想の研究報告として「総力戦体制」についての発表を行った。被告A
は,原告に対し,「そもそも総力戦体制論って何かわかっているの。」と
言った。原告が,被告Aに対し,「教えるのが研究指導教員の責務であ
る。」と言うと,被告Aは,「責務ではない。」と否定した。原告がふて
くされた態度を取ると,被告Aは原告を叱責した(甲2の49,29,丙
2の9,3,15)。
原告は,被告Aから侮辱を受けたと感じ,発表を取りやめ,自分の院生
実習室へ戻った。学部ゼミの学生であるJが,原告の院生室に呼び戻しに
行ったところ,原告は,Jに対し「飛び降りる。」と言った(甲2の4
9,原告本人)。
イ原告は,被告に対し,平成17年6月16日,「今年度まで最後までは
頑張ってみたいと思います。書けないと言われていますが,書けないだと
しても三年間の留学の記念として自分に残したいと思い,できることを頑
張って書いてみたいと思います。もし先生が宜しければ,ご指導を宜しく
お願いしたいと思います。」「指導についてですが,もし,許していただ
ければ,今後からはメールにて連絡させていただきたいと思います。」
「また,学部のゼミと院生のゼミは休ませて頂きます。もっと修論に専念
したいと思います。」とメールで送信した(甲2の46)。
原告は,同日,被告Aの学部ゼミ用のメーリングリストに,今後は,中
途半端に終わらせたくないため,残りの6か月は修士論文作成に専念した
い旨のメールを送信した(甲2の47)。
(11)原告と被告Aは,平成17年6月19日,修士論文に関して話し合っ
た。被告Aは,原告に対して,同月14日の原告の研究報告で,原告が当該
年度に修士論文を提出することが不可能であると判断したと話し,後期を休
学すること,被告Aの指導を受けて次年度以降に修士論文を提出するよう求
めた。原告はこれを拒んだ(甲2の51,丙15)。
被告Aは,同月21日,学部のゼミの学生全員に対し,原告が平成17年
度は修士論文を提出しないで来年度以降に提出することになったと説明した
(甲2の54,被告A本人)。
(12)被告Aは,平成17年7月1日,ゼミのメーリングリストに,自分がい
なくなったらという仮定で,「Iさんについては,ウチの学部には経済学者
が大勢いますし,その中でも,KさんやLさんのように,歴史に関心のある
人のところで指導を受けるといいと思います。」とのメールを投稿した(甲
2の60)。
(13)原告は,平成17年7月5日,同月11日及び12日の学部ゼミ及び大
学院生用のゼミを,体調不良を理由に欠席した(甲2の62・64・6
5)。被告Aは,平成17年7月18日の時点で,原告が同月5日及び同月
12日の課題文献を読んでいなかったため,原告が,ゼミに出席することを
認めない旨メールで伝えた。原告は,同月18日のゼミを欠席した(甲2の
74・75,丙2の9,丙13の14∼19)。
(14)被告Aは,平成17年8月3日,修士論文作成上,よく分からない問題
等があった場合に,被告Aのもとを訪れたいという原告のメールに対し,原
告が院生実習室にいるときに,被告Aもまた自身の研究室にいれば,いつ来
ても構わない旨のメールを送信した。(甲2の80)。
(15)被告Aは,平成17年8月上旬,原告の身元保証人であるBと面会し,
原告が当該年度に修士論文を提出できる見込みがないため,休学することに
よって授業料の負担を軽減できると説明した。Bは,帰宅後,原告に対し,
休学についてどうするか尋ねた。原告は,2年間の予定で大学院に入学した
から,2年間でできることを最後まで頑張りたいと答えた。Bは,これに同
意した(丙15,原告本人)。
(16)Cは,平成17年の7月又は8月ころ,原告に対し,修士論文のテーマ
につき,「総力戦体制論はテーマが広範なため論文としてまとめるのが困難
であり,抗日戦争関係のテーマに変更したらどうか。」と助言した。原告
は,この助言を受け,「中国の抗日運動」を修士論文の新しいテーマに設定
した(原告本人,被告A本人)。
(17)原告は,平成17年9月1日午後7時ころ,被告Aの研究室を訪れ,修
士論文のタイトルを「中国の抗日運動」に変更した上で当該年度に修士論文
を提出すると話した。被告Aは,原告に対し,「バカ野郎」「頭おかしくな
いか。」などど発言し,後期を休学するよう求めた。原告がこれに応じず,
退学するかのような発言をすると,被告Aは,原告に対し,「人間のクズ」
又は「社会のクズ」と言った。また,被告Aは,原告に対し,貸していた本
を返すように言い,返さないと窃盗罪で通報すると言った。
被告Aは,上記の原告とのやりとりの際,大声を出したり,原告の机を叩
いたりし,「一,2005年度には修士論文を提出しないこと。一,200
5年度後期には休学すること。一,2006年度前期以後に,必ず修士論文
を提出すること。」という内容を誓約する誓約書を作成させようとした。被
告Aと原告との休学を巡るやりとりは,被告Aの中座をはさんで深夜まで続
いたが,原告は,誓約書を書かなかった(以上,甲2の82,29,丙1
5,原告本人,被告A本人)。
(18)原告は,平成17年9月2日,被告Aに対し,「休学しなければならな
い理由はいまだによく分かりません。」「今年度に絶対書き上げれないとい
う,指導教員からの判断を無視できません。」「今年度で書くこと自体を認
めないし,提出も許せないという先生の話しの意味がわかりません。」「い
つから先生に「社会のクズ」「バカ野郎」だと思われたかは分かりません
が,本当に「社会のクズ」であり「バカ」だとしても,先生という立場から
学生にこんなに叱ってくるのは当たり前でしょうか?これが日本式教育でし
ょうか?唖然です。」「日本に留学きたのは,勉強のためです。卒業するこ
とは証明になるものです。」「私にとってこの結果証明は大事なものだし,
お婆さんのお墓参りに行ける資格で,通行証になるものです。ですので,勉
強以外のことはもう考えたくもないし,考える余裕さえ持ってないのが,現
在のわたしの状況です。修論に専念してできることを惜しまなく頑張りま
す。この先は,自らの休学,退学することも,話しもないと思います。」
「自分の勉強問題や,自分の人生は自分で責任を取ります。家族に迷惑をか
けたくないです。」とのメールを送信した(甲2の82)。
(19)ア被告Aは,平成17年9月2日,原告に対し,「修士論文とは,指導
教員が修士論文として認定したものだけが,修士論文となるのです。」
「あなたが私の承認もなしに,「修士論文」を執筆することは,論理的に
できません。」「私は,制度上,あなたに対して強制的に休学させること
はできませんが,あなたのご家族に対して,「後期に休学しないことはた
だの無駄である」と説明はします。」「指導教員を変更することは,岐阜
大学大学院地域科学研究科においては,制度上,不可能です。」「学生
は,指導教員の承認がなければ,休学することも,退学することもできま
せん。学生は,指導教員の承認がなければ,修士論文を提出することはで
きません。」「あなたが私の指導の正当性を認めない限り,私はあなたを
指導することはあり得ませんし,上記の各種の手続き上,承認することも
あり得ません。その場合,あなたにできる唯一のことは,ただ在籍し続け
ることだけであり,授業料不払いや修業年限のために,在籍することがで
きなくなった場合,「除籍」になることしかできません。」「「退学」が
既修得単位を認められたまま,学校を辞める制度であるのに対し,「除
籍」とはあなたが岐阜大学で学んだ事実そのものが記録から抹消されるこ
とを意味します。」とのメールを返信した(甲2の83)。
イ岐阜大学及び同大学院における,学生の休学及び退学について,学則上
以下の定めがある(乙1)。
(ア)40条
1項疾病その他特別の理由により引き続き3月以上修学することがで
きない者は,休学期間を定め,理由書を添えて,学長に休学を願い
出なければならない。この場合,疾病の理由により休学を願い出る
ときは,医師の診断書を添付するものとする。
2項前項の規定により休学を願い出た者については,当該研究科委員
会の議を経て,学長は,その休学を許可する。
3項疾病のため修学することが適当でないと認められる者について
は,当該研究科委員会の議を経て,学長は,休学を命ずることがで
きる。
(イ)45条
1項退学しようとする者は,その理由書を添え,学長に願い出なけれ
ばならない。この場合,疾病の理由により退学を願い出るときは,
医師の診断書を添付するものとする。
2項前項の規定により退学を願い出た者については,当該研究科委員
会の議を経て,学長は,その退学を許可する。
ウ岐阜大学及び同大学院における休学願の書式には,「指導教員等所見」
欄がある(丙43)。
(20)被告Aは,平成17年9月6日,原告に対し,「2冊の本のカバーが返
却されていません。」「『近現代アジア比較数量経済分析』という本があな
たに貸してあるはずですが,ノートにも記入されていないし,返却もされて
いません。」とのメールを送信した(甲2の84)。
原告は,同日,被告Aに対し,「二冊の本のタイトルを教えていただけま
すか?カバーを見つからなかったらすぐ買いに行きます。」「今日中にクリ
オの部屋に置いときます。」とのメールを送信した(甲2の85)。
被告Aは,同日,原告に対し,「自分が借りた本のタイトルを尋ねるのは
無責任である。原告が返却した本は別の本である。」旨のメールを送信した
(甲2の86)。
被告Aは,同月10日,原告に対し,「私の本を早急に返せと言っている
のですよ。」「法的措置をとってもらいたいのですか?」とのメールを送信
した(甲2の87)。
原告は,同日,被告Aに対し,「わたしのところには,『近現代アジア比
較数量経済分析』という本はありません。」とのメールを送信した(甲2の
88)。
被告Aは,同日,原告に対し,「何を偉そうにしているのですか?私を愚
弄しているのですか?本当に,刑事事件にされたいのですか?」とのメール
を送信した(甲2の89)。
(21)原告は,平成17年9月末ごろ,Gに対し,休学の強要や,研究図書の
取り上げ等の被告Aの言動を説明し,研究室の移動と研究指導教員の変更を
申し入れた(本件申入れ)。Gは,教務厚生委員会に相談するように指示し
た。
原告は,同年10月5日,教務厚生委員長M(以下「M」という。)に対
し,「被告Aが原告が修士論文を書き上げる見込みがないとの判断をしてお
り,休学という提案をされている。原告としてはぎりぎりのところまで頑張
りたい。」と話し,他の教員に修士論文を見てもらえるよう依頼した(甲2
の94,29,原告本人)。
原告は同じころ,原告の修士論文の審査をCとDに頼みたいと考えてお
り,Dに対し,この時点で書き上げた分の修士論文を見てもらうよう依頼
し,Dから了承を得た(甲2の94)。
Mは,このころ,Cに対し,原告の論文指導を依頼した(原告本人)。
(22)被告Aは,平成17年9月末から10月初旬ころ,原告の院生実習室に
訪れ,同室のドアを叩き,原告に対し,「あなたに何ができるというの
か。」「一体何を考えているのか。」などと言った。
その後,原告と被告Aは,会うこともなく,被告Aが,原告の院生実習室
を訪れることもなかった(原告本人)。
2事実認定の補足説明
(1)被告Aは,「原告が,平成16年10月ころに,被告Aの休学の勧めに
同意し,平成17年6月19日には,被告Aに対し,休学すると約束し
た。」旨主張し,その旨供述する。
しかし,前記1の認定事実のとおり,原告は,平成16年10月ころに
は,「書けないとしても最後まで頑張ってみよう。」と思う旨のメールを被
告Aに送信しており,修士論文作成のために休学するというのではなく,む
しろ,2年間の標準修業年限で,できるところまでやりたいという意思を表
明していたものと認められる。また,被告Aは,「平成17年6月21日
に,原告が修士論文を来年度以降に提出することになった。」と供述する
が,その一週間前に,被告Aが数時間かけて説得を試みても休学に同意しな
かった原告が,突然理由もなく,意見を変えたというのは不自然である。
したがって,被告Aの同主張は採用できない。
(2)原告は,「前記(17)のやりとりは,平成17年9月1日の出来事ではな
く,7月の出来事である。」と供述する。
しかし,原告から平成17年9月2日に被告Aへ送られたメールの内容
は,同(17)のやりとりを示唆したものあるから,これらは平成17年9月1
日になされたものと認められる。
3争点(1)(被告Aの原告に対する不法行為責任の成否)及び争点(2)(被告大
学法人の国家賠償法1条1項に基づく責任又は使用者責任)について
(1)まず,被告Aの原告に対する行為と被告大学法人の責任との関係を検討
する。
被告大学法人は,国立大学法人法に基づく独立行政法人である国立大学法
人である。
そうであるところ,国立大学法人は,法令上,行政処分の権限が明示され
ていないこと,国立大学法人について独立行政法人通則法51条が準用され
ず,同法人の設置,運営する大学の職員は公務員ではないこと,私立の学校
法人と学生との間の在学契約と国立大学法人と学生との間の在学契約とに何
らの差異も見いだせないことからすると,国立大学法人は,国家賠償法1条
1項にいう「公共団体」にあたらないと解される。
そうとすると,国立大学の職員である教員の教育活動及びこれに関連する
行為が不法行為を構成する場合に,国立大学を設置,運営する国立大学法人
が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負う余地はなく,同法人は民法715
条に基づく損害賠償責任を負い,また当該教員個人は不法行為の相手方に対
し民法709条に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
(2)争点(1)の原告の主張アについて
ア原告の主張ア(ア)の事実を認めるに足りる証拠はない。
イ原告の主張ア(イ)については,前記1の認定事実によれば,原告が平成
17年6月14日のゼミにおいて,「総力戦体制」についての発表を行っ
たが,被告Aは,何のコメントもせず,「そもそも総力戦体制論って何か
わかっているの。」と言ったことが認められ,被告Aのその言い方に穏当
さを欠くことがあったことは否定できない。
しかし,これをもって,被告Aの原告に対する修士論文を作成するため
の指導が不当であったとまでは言い難い。
ウ原告の主張ア(ウ)については,前記1の認定事実に弁論の全趣旨を総合
すれば,被告Aは,学部生ゼミと大学院生ゼミを合同で開催していたこ
と,そのため,原告は,自己の研究分野と関係のない学部生のゼミの課題
図書を読むのに多くの時間を費やし,かつ,ゼミは午後2時半から午後7
時ころまで,時には深夜まで行われていたため,原告にとって大きな負担
となっていたこと,ゼミで原告の研究テーマについてさほどの時間が取ら
れていなかったことは認められる。
しかし,被告Aは,原告が自己が指導する唯一の大学院生であったこと
から,ゼミを学部と大学院の共同開催という扱いにし,そこでの議論を通
じて基礎的な教育を行うとともに,原告の修士論文作成に向け,文献講読
の個人指導を行っていたことが認められ,被告Aの原告に対する修士論文
を作成するための指導が不当であったとは言い難い。
エそうとすると,争点(1)の原告の主張アは採用できない。
(3)争点(1)の原告の主張イについて
ア争点(1)の原告の主張イ(ア)については,前記1の認定事実からする
と,被告Aは,原告が岐阜大学大学院に入学して半年後ころから,学力不
足等の理由で繰り返し執ように休学を勧め,平成17年5月から同年9月
まで,原告及びその家族に対し,原告に休学の意向がないことを認識しな
がらも執ように休学を勧めていたこと,被告Aは,平成17年9月1日,
休学に同意せず,退学をも視野に入れる原告に対して,深夜に至るまで数
時間もかけて説得をし,休学するという誓約書まで書かせようとしたこと
が認められる。
また,岐阜大学大学院では,休学や退学については,学生の願い出に対
して研究科委員会の決議を経て,学長が許可するものとされており,その
願出書に指導教員等所見欄が設けてあるものの,これをもって休学や退学
の許否について,指導教員の承認にかからしめるというものではないとこ
ろ,被告Aは,平成17年9月2日,これがあたかも自己の権限であるか
のようなメールを送り,休学を含む被告Aの指導に従わない場合,原告
は,退学すらも自由にすることができず,除籍になるまで強制的に在籍さ
せられるかのような誤解をさせ,不安感をあおるような行為を行っている
ことが認められる。
被告Aが,指導担当教員として,2年の標準年限では修了できないこと
を見越して,学費負担の軽減という観点から休学を勧めたこと自体は必ず
しも不当とはいえないが,上記の被告Aの言動は,社会通念上相当性を欠
くものであり,不法行為にあたるというべきである。
イ争点(1)の原告の主張イ(イ)については,前記1の認定事実からする
と,原告が平成17年9月1日に被告Aに対し,修士論文のタイトルを
「中国の抗日運動」に変更した上で当該年度に修士論文を提出すると話す
と,被告Aが原告に対し,「社会のクズ」「バカ野郎」「頭おかしくない
か。」と言ったこと,被告Aが,同月6日から10日にかけて,原告に対
し,2冊の本のカバーと本1冊の返還を求め,返還されなければ,「法的
措置をとる。」「刑事事件にする。」などと記載されたメールを送信した
ことが認められる。
上記の被告Aの言動は,社会通念上相当性を欠くものであり,不法行為
にあたるというべきである。
ウ争点(1)の原告の主張イ(ウ)については,前記1の認定事実からする
と,被告Aは,原告がGに対し本件申入れをしたことを知り,平成17年
9月末から10月初旬ころ,原告の院生実習室に訪れ,同室のドアを叩
き,原告に対し,「あなたに何ができるというのか。」「一体何を考えて
いるのか。」などと言ったことが認められる。
上記ア,イの事実をも勘案すると,被告Aの上記言動は,社会通念上相
当性を欠くものであり,不法行為にあたるというべきである。
エ争点(1)の原告の主張イ(エ)については,前記1の認定事実によれば,
被告Aが原告に本件作業を行わせていた当時,原告は,まだ大学院に入学
しておらず,研究生という身分であり,夏休みという時期に行われ,1日
の作業時間は8時間程度であったこと,原告が本件作業を行った後,原告
の引き直した現代中国語訳を2人で議論し検討するなど,原告に対する指
導も行っており,本件作業自体は歴史学の習得のための側面が認められる
ことからすると,被告Aが本件作業により原告の研究を妨害したとは認め
難い。また,原告が大学院に入った後に中国語の意味を確認されたりした
ことは,その頻度や分量からして,社会通念上許容すべき範囲内のもので
あると認められる。
したがって,争点(1)の原告の主張イ(エ)は採用できない。
(4)争点(1)の原告の主張ウについて
研究科委員会が修士論文審査委員の主査を選出するに当たっては,主査に
格別の資格が要請されるものではない(甲35の1・2,乙10)から,被
告Aが資格がないのに修士論文審査委員の主査となったとの原告の主張は失
当である。
また,被告Aが,違法又は不当な目的を持って,原告の論文及び最終試験
を審査したとも認め難く,その審査の過程において被告Aに故意又は過失が
あったとも認め難い。
しかし,後記4(3)の認定のとおり,被告Aが原告の論文及び最終試験に
ついての審査委員の主査に選任されたことは,被告大学法人に求められる公
平適正な論文審査を行うべき義務に違反するものであり,被告Aも教務厚生
委員会の担当者に積極的に原告の修士論文の審査に当たることを求めていた
こと(後記4(1)アの認定事実)からすると,被告Aが原告の修士論文審査
委員に選出されたことに被告Aの過失があるというべきである。
(5)争点(2)について
上記(3)アないしウ,(4)の認定にかかる被告Aの不法行為は,国立大学の
職員である教員の教育活動及びこれに関連する行為であるといえるから,被
告大学法人は,被告Aの同不法行為につき民法715条の責任を負うと認め
られる。
4争点3(被告大学法人の債務不履行又は不法行為の有無)について
(1)争点3の原告の主張アについて
ア前提事実及び後掲各証拠に弁論の全趣旨を併せ考慮すれば,次の事実が
認められる。
(ア)平成16年ないし平成18年における大学院設置基準(昭和49年
6月20日文部省令第28号,以下「大学院設置基準」という。)に
は,次の定めがある(甲34)。
a第8条
大学院には,その教育研究上の目的を達成するため,研究科及び専
攻の規模並びに授与する学位の種類及び分野に応じ,必要な教員を置
くものとする。
b第9条1項
大学院には,前条第1項に規定する教員のうち次の各号に掲げる資
格を有する教員を,専攻ごとに,文部科学大臣が別に定める数置くも
のとする。
一修士課程を担当する教員にあっては,次の一に該当し,かつ,そ
の担当する専門分野に関し高度の教育研究上の指導能力があると認
められる者
イ博士の学位を有し,研究上の業績を有する者
ロ研究上の業績がイの者に準ずると認められる者
ハ(略)
ニ専攻分野について,特に優れた知識及び経験を有する者
二(略)
c第13条
1項
研究指導は,第9条の規定により置かれる教員が行うものとする。
2項
大学院は,教育上有益と認めるときは,学生が他の大学院又は研究
所等において必要な研究指導を受けることを認めることができる。た
だし,修士課程の学生について認める場合には,当該研究指導を受け
る期間は,1年を超えないものとする。
(イ)大学院を設置するに当たっては,大学院設置基準9条1項1号に規
定された資格を有する教員(研究指導教員)について,大学設置・学校
法人審議会が審査及び判定を行うこととなっている。追加する研究指導
教員については,設置した研究科等の完成年度(最初の卒業生を送り出
す年度)までの期間は,同審議会が審査を行うが,完成年度経過後は,
大学自ら審査することとなっている。修士課程の研究指導は研究指導教
員が担当するものであるが(大学院設置基準13条1項),必要な指導
能力を有するものがその一部を担うことも可能である。(甲35の1・
2)
(ウ)被告大学法人は,岐阜大学大学院規則(以下「大学院規則」とい
う。乙1)7条2項に基づき,本研究科委員会に関し,岐阜大学大学院
地域科学研究科委員会規程(以下「本研究科規程」という。乙13)を
定めた。同規程3条1号は,「教員の人事に関する事項は研究科委員会
の審議事項とする。」「当該事項については,定足数を構成員の3分の
2以上の出席とし,出席者の3分の2以上の同意で議決する。」と定め
ている(本研究科規程5条,6条2項)。
(エ)本研究科委員会は,平成14年9月18日,研究指導教員の資格審
査判定基準を「公刊論文10編以上,そのうち最近5年間のもの2編以
上」とし,設置審議会で認定を受けた人及び教授を除き,助教授,講師
でこの基準を満たしている人を担当者として追加登録すること,その確
認については,人事委員会で行い,本研究科委員会に提案し,承認を得
ることにすることを議決した(乙4)。本研究科委員会は,平成14年
12月11日及び平成17年7月20日において,上記基準に基づく人
事委員会による研究指導教員資格の審査を経た上で,審議し,E及びD
を含む26人の教員に資格を認めた。しかし,被告Aは,当該基準を満
たしていないとして,その資格を認められなかった。(甲9,10)
(オ)岐阜大学大学院では,大学院生は,専攻に従い指導教授等を定める
必要があった(大学院規則24条,乙1)。原告は,同大学院において
日本の経済発展史を専攻する予定であったが,平成16年4月当時に
は,同大学院に同分野を専門とする教員がいなかったため,隣接する分
野を専門とする被告Aを研究指導教員とすることを希望した(甲29,
丙15)。
(カ)教務厚生委員会委員長Mは,平成16年5月12日,同委員会にお
いて,原告の研究指導教員は被告Aであると報告した(乙5)。
(キ)平成16年ないし17年当時,教務厚生委員会の「大学院学生の転
専攻及び研究指導教官の変更に関する申し合わせ」は,「研究指導教官
の変更届は,毎年4月15日(その日が土曜日又は日曜日に当たるとき
には,直近の金曜日)までに行う。」と規定していた(乙9)。
(ク)教務厚生委員会の担当者は,本件申入れを受け,原告及び被告Aか
ら事情を聴取した。被告Aは,この聴取の際,①引き続き被告Aの指導
を受け,修士論文を執筆して提出する,②修士論文のテーマを歴史学以
外に変更し,研究指導教員を変更して,その変更後の研究指導教員の下
で修士論文を執筆して提出する,③修士論文のテーマを変更せず,被告
Aの指導を受け入れないまま修士論文を提出する場合は,論文提出は認
めるが,研究題目が歴史学(現代史)である以上,被告Aが学問的見地
から客観的に審査にあたるという3つの選択肢を被告大学法人に提示し
た(丙15)。
(ケ)原告は,平成17年12月から平成18年1月にかけて,中国に帰
国し,修士論文の執筆を行った(甲29)。
(コ)被告大学法人は,本件申入れの後も原告の研究指導教員を変更せ
ず,原告は平成18年1月12日に,研究指導教員が変更になっていな
かったことを知った(甲29,原告本人)。
イ前提事実及び上記認定事実に弁論の全趣旨を総合すると,被告大学法人
は原告に対し,在学契約に基づき,被告大学法人が定めた指導担当教員資
格を有する教員を研究指導教員とする義務があったこと,それにもかかわ
らず,被告大学法人は,研究指導員としての資格のない被告Aを原告の研
究指導員に選任して指導にあてたことが認められる。
そうとすると,被告大学法人には,原告の研究指導教員の選任やその変
更につき在学契約上の債務不履行があったというべきである。もっとも,
この点について,被告大学法人の担当者の不法行為の有無は別論として,
被告大学法人自体の不法行為があったとは認められない。
(2)争点3の原告の主張イについて
前記1,3の認定事実からすると,被告Aの言動により,原告と被告Aの
関係が正常な師弟関係を回復し得ないほど破壊されていたこと,教務厚生委
員会の担当者は,原告からの本件申入れや原告及び被告Aからの事情聴取に
より,原告と被告Aの関係が上記のとおりであることを知り,原告の指導担
当教員を変更する手続を進めることできたにもかかわらず,被告Aを原告の
指導担当教員のままにしていたことが認められる。
そうとすると,被告大学法人には,原告の研究指導教員の変更につき在学
契約上の債務不履行があったというべきである。もっとも,この点につい
て,被告大学法人の担当者の不法行為の有無は別論として,被告大学法人自
体の不法行為があったとは認められない。
(3)争点3の原告の主張ウについて
前提事実,前記1及び4(1)アの認定事実によれば,被告大学法人は原告
に対し,在学契約に基づき,公平適正な修士論文審査を行う義務を有してい
たこと,被告Aの言動により原告と被告Aの指導関係が崩壊していたため,
被告Aを原告の修士論文審査委員主査に選出することは公平適正とはいえな
かったこと,研究科委員会は,原告からの本件申入れなど,被告Aの言動に
より原告と被告Aの指導関係が崩壊していることを窺わせる事情があったに
もかかわらず,漫然と被告Aを原告の修士論文審査委員主査に選出したこと
が認められる。
そうとすると,被告大学法人には,原告の修士論文審査につき,在学契約
上の債務不履行があったというべきである。もっとも,この点について,被
告大学法人の担当者の不法行為の有無は別論として,被告大学法人自体の不
法行為があったとは認められない。
5争点(4)(損害及び因果関係)について
(1)本件全証拠によるも,被告Aの不法行為や被告大学法人の債務不履行と
原告の修士論文及び最終試験の不合格との間に因果関係があるとは認めるに
足りない。
したがって,原告の主張アないしエの損害は認められない。
(2)証拠(甲29,原告本人)によれば,原告は,被告Aの不法行為によ
り,多大な精神的苦痛を被ったことが認められる。
これを慰謝するには,被告Aの不法行為がなければ,原告が平成18年3
月ころに修士論文や最終試験に合格した可能性を否定できないなど本件に顕
れた一切の事情を勘案すると,100万円をもってするのが相当である。
本件と相当因果関係ある弁護士費用は,10万円が相当である。
(3)証拠(甲29,原告本人)によれば,原告は,被告大学法人の債務不履
行によって,精神的苦痛を受けたことが認められる。
もっとも,同損害は,上記(2)の損害の副次的な性格を有しており,上記
(2)の損害が賠償されることにより,慰謝されるものと認められる。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,被告らに対し,連帯して110万円及びこれ
に対する平成18年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は棄却
すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
岐阜地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官内田計一
裁判官永山倫代
裁判官山本菜有子

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛