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平成23年12月27日判決言渡
平成23年(ネ)第2946号地位確認等請求控訴事件
主文
1原判決を次のとおり変更する。
2被控訴人は,控訴人に対し,35万4168円及びうち2万0832円につ
き平成21年6月26日から,うち4万1667円につき同年7月26日から,
うち4万1667円につき同年8月26日から,うち4万1667円につき同
年9月26日から,うち4万1667円につき同年10月26日から,うち4
万1667円につき同年11月26日から,うち4万1667円につき同年1
2月26日から,うち4万1667円につき平成22年1月26日から,うち
4万1667円につき同年2月26日から,各支払済みまで年6分の割合によ
る金員を支払え。
3被控訴人は,控訴人に対し,60万円及びこれに対する平成21年6月24
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4控訴人のその余の請求を棄却する。
5訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを3分し,その1を被控訴人の,そ
の余を控訴人の,各負担とする。
6この判決は,第2,3項につき,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1控訴人
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)被控訴人は,控訴人に対し,158万6844円及びうち10万392
5円に対する平成21年5月26日から,うち11万0808円に対する同
年6月26日から,うち17万3821円に対する同年7月26日から,う
ち19万0039円に対する同年8月26日から,うち18万1091円に
対する同年9月26日から,うち17万6058円に対する同年10月26
日から,うち16万9347円に対する同年11月26日から,うち19万
7868円に対する同年12月26日から,うち13万4114円に対する
平成22年1月26日から,うち14万9773円に対する同年2月26日
から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3)被控訴人は,控訴人に対し,3300万円及びこれに対する平成21年
6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)被控訴人は,控訴人に対し,本判決確定の日から7日以内に原判決別紙
1に記載の内容の謝罪文を交付し,かつ,同内容の謝罪文を被控訴人のホー
ムページ(http://www.konami-digital-entertainment.co.jp/)に,同別紙
に記載した掲載条件で,1か月間掲載せよ。
(5)被控訴人は,被控訴人の就業規則の一部を,原判決別紙2に記載の内容
に変更せよ。
(6)第2,第3項につき仮執行宣言
2被控訴人
(1)本件控訴を棄却する。
(2)控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,被控訴人の社員で,産休,育児休業後に復職したところ,担当職務
を変更された上,減給されるなどの不当な不利益を受けたと主張する控訴人が,
被控訴人に対し,被控訴人の一連の人事措置は妊娠・出産をして育児休業等を
取得した女性に対する差別ないし偏見に基づくもので人事権の濫用に当たるほ
か,女性差別撤廃条約2条(e),(f),4条1項,5条(a),11条1項及び同条2
項(b),憲法13条及び14条,労働基準法(以下「労基法」という。)3条,4
条,19条1項,39条7項,65条及び67条,育児休業,介護休業等育児又
は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児・介護休業法」とい
う。)5条,10条,22条,23条1項,雇用の分野における男女の均等な機会
及び待遇の確保等に関する法律(以下「雇用機会均等法」という。)6条及び9
条,民法90条(公序良俗)にも違反する無効なものであるとして,①雇用契約
に基づく賃金請求として,降格・減給後の給与額と降格・減給前の給与額との
差額及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率である
年6分の割合による遅延損害金の支払(第1の1(2),以下「本件請求1」とい
う。),②不法行為に基づく損害(慰謝料,弁護士費用)の賠償として3300
万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年6月24日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(第1の1(3),以
下「本件請求2」という。),③控訴人の人格権に基づく侵害回復措置として
の被控訴人の謝罪(第1の1(4),以下「本件請求3」という。)及び④育児・
介護休業法の趣旨等に基づく被控訴人の就業規則の改訂(第1の1(5),以下
「本件請求4」という。)を求めた事案である。
原判決は,担当職務や年俸等の変更に違法はないとして本件請求1を棄却し,
成果報酬をゼロとした点は違法であるとして,本件請求2については慰謝料3
0万円及び弁護士費用5万円の合計35万円の限度でのみ認容したものの,そ
の余の請求はいずれも理由がないとして棄却したため,これらを不服とする控
訴人が,前記裁判を求めて控訴したものである。
2本件に関する前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決を次
のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2事案の概要
等」の2ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する(以下,原判決
を引用する部分については,「原告」を「控訴人」と,「被告」を「被控訴
人」と読み替える。)。
(原判決の補正)
(1)原判決3頁24行目の「被告との間で,」の次に「後記(2)ア(ア)bの」
を加える。
(2)原判決10頁20行目の「上記役割グレード」を「前記(2)ア(イ)b(b)
の役割グレード」と改める。
(3)原判決17頁3行目の「ポストが存在していた。」の次に「海外サッカ
ーライセンス業務では,平成20年11月のP1の転出に伴う欠員があり,
控訴人の復帰を待つことが可能であったにもかかわらず,平成21年1月に
なって,他部署から海外ライセンス業務や英語でのビジネス自体が未経験で
あったP2を異動させたのは,妊娠・出産を経た控訴人に対する差別であ
る。」を加える。
(4)原判決17頁5ないし6行目の「事実は全くなかったから,当該クレー
ムの存在は,」を「事実は全くなかった。仮に,重要な交渉相手であるP3
やフランスサッカーリーグなどからクレームがあったのであれば,メールや
報告書などにその旨の何らかの記録が残されているはずであるのに,被控訴
人からそのようなメールや報告書などは提出されていない。したがって,本
件では,そのようなクレームは存在しなかったのであるから,」と改める。
(5)原判決17頁12行目の「なかった。」の次に「I氏が国内ライセンス
業務からキャリア開発グループに配置されたのは,控訴人が復職した約2か
月後の平成21年6月16日のことである。」を加える。
(6)原判決17頁13行目冒頭から同頁16行目末尾までを,次のとおり改
める。
「(e)被控訴人は,国内ライセンス業務を担当していたI氏の役割グレー
ドがA-8であったから,その後任である控訴人については,それまで
B-1であったことを考慮してA-9としたと主張しているが,そのI
氏とはP4氏のことであり(甲35),同氏の当時のグレードはB-1
であったのであり,同氏がA-8だったから,控訴人のグレードをA-
9としたという被控訴人の主張は,意図的なものであり,人事権の濫用
を示すものである。」
(7)原判決19頁5行目の「規定は存在しない。」の次に「確かに,年俸規
程の別紙には「報酬グレード」が規定されているが,報酬グレードに対応す
る役割グレードが明らかではなく,そもそもどの職務がどの役割グレードに
対応するかの決定基準も存在しないのであって,自動的に決定する仕組みで
はない。ちなみに,役割グレードを説明している「人事制度の手引き」(甲
25,以下「本件手引き」という。)は,就業規則の明示の委任もないもの
であって,その効力が不明であるが,その記載をみても,役割グレードの上
昇についての説明はあるが,低下についての説明はなく,役割グレードが引
き下げられることは想定されていない。」と改める。
(8)原判決20頁7行目末尾に「仮に,育児・介護休業法による事業主の措
置義務について,それに従わなかった場合に何ら強制手段が用意されていな
いとしても,雇用機会均等法や育児・介護休業法が定めている女性労働者の
保護規定は,それらの法の趣旨が事業主によって尊重されることを当然の前
提としているものであって,その結果,使用者による人事権行使の裁量の幅
が狭められていることを看過してはならない。これらの法の趣旨に照らすな
らば,本件のようなB-1からA-9への二段階の降格や,年俸640万円
から年俸520万円への大幅な減給が許されるはずはない。」を加える
(9)原判決20頁19行目末尾に,改行の上,次の部分を加える。
「ⅱ被控訴人の本件手引きによれば,成果報酬とは「会社業績」「部門業
績」「個人の成果の評価」を掛け合わせて算定されるものとなっている。
控訴人が育休中はもとより,職場復帰した際も,「会社業績」「部門業
績」がゼロということはない。したがって,被控訴人の成果報酬がゼロ
と査定されたのは,ひとえに「個人の成果の評価」がゼロとされたため
であることは明らかであるが,そのようなことは,上記3の要素を考慮
するとした成果報酬の考え方に反するものであり,控訴人を不当に差別
するものである。仮に,成果報酬が基本給の一部ではなく,従前の評価
に基づいて決定されるとしても,労働者の権利である産休・育児休業の
取得により,その業績評価を受ける機会を奪われてはならない。」
(10)原判決20頁20行目の「ⅱ」を「ⅲ」と,同21頁3行目の「ⅲ」を
「ⅳ」と,同頁8行目の「ⅳ」を「ⅴ」と,それぞれ改める。
(11)原判決21頁7行目末尾に「したがって,控訴人が育休等で休業してい
る期間が成果報酬の査定対象期間の多くを占めているため,具体的な業績が
なかったとしても,その期間の休業を理由として成果報酬をゼロと査定する
など育休等を取得した労働者に一方的な不利益を負わせることは,育児・介
護休業法の趣旨に反するというべきであり,被控訴人としては,それ以前の
評価を据え置くか,もしくは平均値を算出するか,又は合理的な範囲内で仮
の評価を行うなど,適切な方法を採用することにより,育休などを取得した
控訴人の不利益をできる限り回避するような措置をとるべき義務がある。そ
れにもかかわらず,被控訴人は,そのような回避努力を尽くすことなく,控
訴人の平成21年度の成果報酬をゼロと査定したものであるから,違法であ
り,無効である。」を加える。
(12)原判決30頁5行目末尾に,改行の上,次の部分を加える。
「aそもそも役割グレード制自体は労働者の労働条件を直接規律するもの
ではないので,就業規則上の定めを必要としない。被控訴人における役
割グレードは,職能資格制度ではなく,業務遂行能力それ自体が役割グ
レード決定の要素ではない。控訴人は,本件手引きには役割グレードが
下がる場合について説明がないから,引下げは予定されていないと主張
しているが,本件手引きは年俸規程上の「報酬グレード」を決定する際
の解釈指針であって,引下げが予定されていないわけではない。被控訴
人における役割クラスは,各社員が担当する基本的な業務の内容,職責,
所属組織において期待される役割等に応じて定まるものであり,「役割
クラスの設定の目安」として記載されている基準に従って決定される。
年俸決定の運用基準の周知は必ずしなければならないものではないが,
実際には周知を図っており,その意味でも問題はない。」
(13)原判決30頁6行目の「a」を「b」と改める。
(14)原判決30頁24行目末尾に,改行の上,次の部分を加える。
「c控訴人は,海外サッカーライセンス業務では,平成20年11月のP
1の転出に伴う欠員があり,控訴人の復帰を待つことが可能であったと
主張しているが,そうではない。海外サッカーライセンス業務は,P1
の転出によってP5とP6だけの2名体制となってしまうが,毎年1月
から2月にかけてサッカーゲームの新年度の交渉が開始し,2名体制で
は負担が大きいため,早急に人員を補充することが必要であった。そこ
で,被控訴人においては,同年9月ころから後任となれる者を探してい
たが,P2が英語を使う部署への異動を希望していたことから,P2を
候補者として異動時期について調整を図っていた。他方,控訴人の復職
は,当初の予定でも平成21年2月15日であり,しかも,控訴人から
復職してもしばらくは慣らし保育や予防接種などで休暇を取ることがあ
るなどの説明もあり,控訴人の復職時期は同年4月となったため,控訴
人が復職した時点では,海外サッカーライセンス業務に欠員はなかった
のである。」
(15)原判決30頁25行目の「b」を「d」と,同31頁10行目の「c」
を「e」と,同頁21行目の「d」を「f」と,それぞれ改める。
(16)原判決31頁20行目末尾に,改行の上,次の部分を加える。
「なお,控訴人は,控訴人が引き継いだI氏のグレードはB-1であり,
A-8ではなかったと主張しているが,誤解がある。確かに,I氏の平成
20年度の役割グレードはB-1とされていたが,それは,同氏が野球関
連業務をはじめとする国内ライセンス業務全般を担当することを前提に決
定されたものであった。しかし,同氏は,国内ライセンス業務において,
案件を放棄したり,報告を怠るだけではなく,ミスも多く,その適格性及
び能力に問題があることが判明したため,国内ライセンス業務のうち難易
度・重要度が最も高い野球関連業務をI氏から外してS氏に移管した。そ
の結果,国内ライセンス業務におけるI氏の担当業務は定型的で事務処理
的な業務のみとなっていたので,本来であれば役割グレードの見直しがな
され,その役割グレードはA-8とされるべきであったが,被控訴人では,
年度途中に役割グレードの変更があっても年俸は増減しないとされている
ことを考慮して(乙6の1,第20条2項),形の上ではそのままB-1
のグレードを維持し,平成21年度における役割グレードの評価時期とな
った同年5月に,I氏の国内ライセンス業務における役割グレードを本来
あるべきA-8と査定したものである。そして,控訴人は,国内ライセン
ス業務におけるI氏の定型的で事務処理的な業務を引き継ぐこととなった
が,控訴人の手腕等に期待し,役割グレードを一つ上のA-9と査定した
というのが実態である。甲35(I氏の宣誓供述書)は,そのような経過
を十分に理解しないまま述べられた一方的な見解にすぎない。」
(17)原判決32頁1ないし2行目の「上記2の前提事実(以下「上記前提事
実」という。)」を「前記2の前提事実(以下「本件前提事実」とい
う。)」と改める。
(18)原判決32頁17行目の末尾に「しかも,成果報酬の変更は,年俸規程
18条2項,19条に規定されているところであり,控訴人の平成21年度
の成果報酬をゼロと変更したのもこれらの規定に基づくものであるから,問
題はない。そもそも成果報酬は,前年度の賃金の後払いではなく,前年度の
実績を査定した上で決定される賃金であり,前年度に実績がなければ育休等
の場合でも「0円」となるのは当然である。」を加える。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,被控訴人が控訴人の職場復帰に伴い,平成21年6月16日以
降の控訴人の役割グレードをB-1からA-9に引き下げ,その役割報酬を5
50万円から500万円に減給させるとともに,同日以降の成果報酬をゼロと
査定して,控訴人の年俸を,産休,育休等の取得前の合計640万円から復帰
後は合計520万円に引き下げたことは,違法であると判断する。その理由は,
原判決を次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第3当
裁判所の判断」1の(1)ないし(7)(ただし,次の補正で削除する部分を除
く。),2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する(以下,原判決
を引用する部分については,「上記認定事実」を「本件認定事実」と,「上記
前提事実」を「本件前提事実」と,それぞれ読み替える。)。
(1)原判決44頁4行目の「業務負荷の程度は」から同頁14行目末尾まで
を次のとおり改める。
「業務負荷の程度は海外ライセンス業務よりも低いものである。
控訴人の前任者であるI氏の役割グレードは,平成20年度当初には,
野球関連業務をはじめとする国内ライセンス業務全般を担当することを前
提にB-1とされたが,I氏は,その後,案件を放棄したり,業務の進捗
状況を報告しなかったり,その他の業務でもミスが目立つなどして,その
適格性及び能力に問題があったため,被控訴人では,国内ライセンス業務
のうち難易度・重要度が最も高い野球関連業務をI氏の担当から外してS
氏に移管した。その結果,I氏が担当する国内ライセンス業務は定型的で
事務処理的な業務のみとなったため,本来であれば役割グレードの見直し
が必要になっていたが,被控訴人の年俸規程(乙6の1)では,年度途中
に役割グレードの変更があっても年俸は増減しないとされているため(2
0条2項),直ちに役割グレードを変更することはしなかった。しかし,
同人の仕事ぶりは改善される様子もなかったため,P7部長は,平成21
年2月ころから,I氏を他の部署に転出させる方向で検討を開始するとと
もに,平成21年度の役割グレードの査定時期になった同年5月には,I
氏の国内ライセンス業務における役割グレードをA-8と査定した。そし
て,I氏は,同年6月16日にはキャリア開発グループへ配置換えとなり,
平成21年度の役割グレードがA-8に下げられていることを知ったが,
同年7月31日にはP8を退職した。
[甲35,乙11,12,14,原審における証人P7の証言,弁論の全
趣旨]」
(2)原判決60頁17行目末尾に,改行の上,次を加える。
「(カ)ちなみに,控訴人は,その当時,P2は海外ライセンス業務や英語
でのビジネス自体が未経験で適任ではなく,同人を配置したことに合理
性はないなどと主張しているが,甲38(控訴人の陳述書)添付の海外
ライセンス担当者の異動状況一覧表によれば,P2は,平成21年1月
に海外ライセンスグループに異動となった後,平成23年5月現在にお
いても同グループに在籍しており,同人が海外ライセンス業務の担当者
として定着していることが認められるから,同人をP1の後任として異
動させたことは,頻繁な担当者の交替を防止するという異動目的に適っ
たものであったことを裏付けており,合理的なものであったことを推認
させるものである。」
(3)原判決62頁5行目の「本件担務変更が」を「本件担務変更は,控訴人
が本件育休等から職場復帰したことに伴うものではあるが,」と改める。
(4)原判決63頁15行目の「上記イの(ウ),(オ)の事実関係のとおり,」
を「上記イの(ウ),(オ)及び(カ)の事実関係のとおり,」と改める。
(5)原判決63頁26行目の「上記イ(オ)の事実関係のとおり,」を「上記
イ(オ)及び(カ)の事実関係のとおり,」と改める。
(6)原判決64頁6行目の「このことは,」を「その後,平成23年5月当
時においても海外ライセンス業務の担当者として在籍し,定着していること
が認められるのであって,P2の上記移動時期の遅れは,」と改める。
(7)原判決64頁11行目の「(甲24)」を「(甲24,38)」と改め
る。
(8)原判決65頁15行目の「これらの発言等の内容は,」の次に「控訴人
が育児のための勤務時間の短縮を求めていることをも考慮した上で,」を加
える。
(9)原判決66頁22ないし23行目の「そして,」の次に「本件において,
控訴人は,平成19年10月4日にグローバルコンテンツ推進部北米グルー
プからライセンス部に異動したもので,平成20年7月に産休を取得するま
でに海外ライセンス業務に従事した期間は約9か月間程度であり,控訴人の
希望はともかく,被控訴人における控訴人の担当業務が長年にわたって海外
ライセンス業務に固定されていたわけではなく,」を加える。
(10)原判決66頁25行目の「配置転換」を「同じライセンス部の中で,海
外ライセンス業務から国内ライセンス業務への担務変更」と改める。
(11)原判決67頁20行目の「ある。」の次に,「(ア)」を加え,
「(ア)」以下を改行する。
(12)原判決68頁1行目の「以上によると,」から同頁6行目末尾までを,
改行の上,次のとおり改める。
「(イ)しかしながら,他方において,本件手引き(甲25)において説明
されている各役割クラスの設定の目安をみると,各役割の内容として,
Aクラスについては,個人の業務遂行能力を高め,成長を重視するステ
ージであり,業務グループ等の構成員の一員として,そのグループ等の
方針や計画,目標に基づき,上位者/関係者からの指示や依頼のもと,
一定範囲の担当職務をグループ等のために責任をもって確実に遂行する
役割を担うものとされ,また,業務グループ等のグループリーダー相当
として,同じグループ内のAクラスを指導,リードする役割を担う場合
があるとされているのに対し,Bクラスについては,個人の成長ととも
に組織の目標に対する貢献(成果)が求められるステージであり,業務
グループ等のグループリーダー相当職として,業務リーダー的な立場で,
Cクラスを補佐し,Aクラスを指導,リードしながら,そのグループ等
の目標や方針,計画に基づき,担当範囲の職務をグループ等のために責
任をもって確実に遂行する役割を担うものとされている。また,Cクラ
ス以上については,主に組織の目標に対する貢献(成果)を求められる
ステージであるとされ,そのポジションは,Cクラスは一定組織以上の
リーダー相当職,Dクラスは「部」相当の長,又はそれに相当するポジ
ション,Eクラスは「部」相当の長,またはそれらを統括する組織長,
とされているのであって,役割グレード全体として,A,B,C,D,
Eなどの各クラスに応じた組織上の一定のポジションが対応するものと
されている。
しかも,その図表5「役割グレードに基づくキャリアステップ」によ
れば,Aクラスを基本として,そこから矢印で,専門職系統(B(S)ク
ラス→Sクラス)と,マネジメント職系統(Bクラス→Cクラス→Dク
ラス→Eクラス)との二つに大きく分かれてステップアップしていくこ
とが図示されているほか,Aクラスは「スタッフ」,Bクラスは「上級
スタッフ,初級マネジメント職(マネジメント職候補)」,CないしE
クラスは「マネジメント職」と分類されており,また,その図表9「報
酬グレードテーブル」によれば,報酬グレードの1ないし5は,それぞ
れ1と2とに細分化されて10段階となっていて,それぞれが役割グレ
ードのA-1からA-10に,報酬グレードの6ないし8は役割グレー
ドのB-1からB-3に,それぞれ対応していて,Aクラスの報酬グレ
ードとBクラスの報酬グレードとが重なることはないものとして説明さ
れているところである。
さらに,成果報酬の査定についても,Aクラスでは,成長が重視され,
特に平均的な支給額について言及されていないのに対して,Bクラスで
は,成果が重視され,その平均的な支給額は60万円とされているので
あって,ここでもAクラスとBクラスとでは,質的な違いがあるものと
して取り扱われている。
(ウ)これらの事実を考慮するならば,被控訴人におけるP8社員に係る
人事・報酬制度は,いわゆる成果主義的な考え方を前提として,年功序
列制や職能資格制度とは異なる職務等級制のような人事・報酬制度を実
現しようとして導入されたものであろうと推測することができるが,そ
こでは,Aクラスを基本的な出発点とし,そこで能力を磨いて成長した
上で,専門職(S(B)クラス)かマネジメント職候補(Bクラス)かに
分かれてキャリアアップしていくことが予定されているのであって,被
控訴人の社内におけるキャリアステップとして,Aクラスは,まだ専門
職でもなく,マネジメント職でもないスタッフであるのに対して,Bク
ラスは,マネジメント職候補とされ,明らかにAクラスとは異なる階層
にあるものとしての位置付けがなされていることが明らかであるから,
少なくともAクラスとBクラスとの間には質的な違いがあり,いわば職
能資格制度の下で考えられている一種の階層的な要素も含まれているも
のと理解する余地があるというべきである。」
(13)原判決68頁20行目の「そして,原告が本件担務」から同頁23行目
末尾までを,次のとおり改める。
「ちなみに,原告が本件担務変更により引き継ぐこととなったI氏の国内ラ
イセンス業務の内容及びその役割グレードは,変遷があり,平成20年度当
初は,国内ライセンス業務全般を担当することを前提に,B-1とされてい
たが,I氏の適格性及び能力に問題があることが明らかになってきたため,
被控訴人は,国内ライセンス業務のうち難易度・重要度が最も高い野球関連
業務をI氏の担当から外してS氏に移管した。その結果,I氏の担当業務は
定型的で事務処理的な業務のみとなってしまい,これに伴って役割グレード
の見直しも必要になっていたが,被控訴人の年俸規程20条2項では,年度
途中に役割グレードの変更があっても年俸は増減しないとされているため,
そのまま据え置いて,平成21年度の役割グレードの査定時期になった同年
6月から,国内ライセンス業務におけるI氏の役割グレードを正式にA-8
に変更したものである。このように,I氏の役割グレードは,国内ライセン
ス業務を担当している間は,実際にはB-1に留まっていて,A-8に下げ
られたのは国内ライセンス業務を離れる際であった。」
(14)原判決69頁2行目冒頭から同72頁1行目末尾までを,次のとおり改
める。
「ウ上記に認定したところによれば,被控訴人においては,役割グレード
は,「役割クラス」と「グレード」に分かれているところ,役割クラス
のうち,Aクラスは個人の業務遂行能力を高め,成長を重視するステー
ジとされ,業務グループ等の構成員の一員として上位者/関係者からの
指示や依頼のもとで一定範囲の担当職務を遂行する役割を担うもの等と
されているのに対し,Bクラスは,個人の成長とともに組織の目標に対
する貢献(成果)が求められるステージとされ,業務グループ等のグル
ープリーダー相当職として,業務リーダー的な立場で,Cクラスを補佐
し,Aクラスを指導するものとされている上,被控訴人におけるキャリ
アステップにおいては,Aクラスを基本的な出発点とし,そこから専門
職(S(B)クラス)かマネジメント職(Bクラス以上)に分かれてキャ
リアアップしていくことが予定されているものであり,Aクラスは,ま
だ専門職でもなく,マネジメント職でもないスタッフであるのに対して,
Bクラスは,マネジメント職候補とされ,明らかにAクラスとは異なる
階層にあるものとしての位置付けがなされていることが明らかであるか
ら,少なくともAクラスとBクラスとの間には質的な違いがあり,いわ
ば職能資格制度の下での一種の階層的な位置づけも含まれているものと
理解する余地がある。そうであれば,少なくとも,Bクラスにある者を
Aクラスに変更することは,そのようなマネジメント職候補としてのポ
ジションを喪失させるという一種の不利益を生じさせるものであること
は否定できないというべきである。
しかも,被控訴人においては,P8社員に係る人事・報酬制度は,い
わゆる成果主義的な考え方を前提として,年功序列制や職能資格制度と
は異なる職務等級制のような人事・報酬制度を実現しようとして導入さ
れたものであろうと推測することができるものの,上記の「役割グレー
ド」と「報酬グレード」とが連動するものとされており,役割グレード
の引下げは当然に年俸の引下げを伴うものとされているのであるが,そ
もそも被控訴人の就業規則(乙3)で,給与の詳細を定めると規定され
ている年俸規程(乙6の1,2)では,「報酬グレード」や「役割報
酬」については言及されているものの,「報酬グレード」が「役割グレ
ード」と連動していることを定めている条項は存在しない。被控訴人に
おける役割報酬の決定に際しては,本件手引き(甲25)によって,役
割報酬と役割グレードとの対応が一応示されているものの,本件手引き
においても,役割報酬の大幅な減額を生じるような役割グレードの変更
がなされることについて明確に説明した記載は見当たらないし,そのよ
うな不利益変更の可能性について,被控訴人から,控訴人を含むP8社
員に対して具体的に説明がなされたことを認めるに足りる証拠も提出さ
れていない。そうすると,被控訴人においては,P8社員の担当職務を
変更することにより,その役割グレードが変更され,その結果として当
然に役割報酬が引き下げられるものとして運用されており,そのような
結果は被控訴人の報酬体系では当然の結果であると主張しているが,役
割報酬の引下げは,労働者にとって最も重要な労働条件の一つである賃
金額を不利益に変更するものであるから,就業規則や年俸規程に明示的
な根拠もなく,労働者の個別の同意もないまま,使用者の一方的な行為
によって行うことは許されないというべきであり,そして,役割グレー
ドの変更についても,そのような役割報酬の減額と連動するものとして
行われるものである以上,労働者の個別の同意を得ることなく,使用者
の一方的な行為によって行うことは,同じく許されないというべきであ
り,それが担当職務の変更を伴うものであっても,人事権の濫用として
許されないというべきである。
そして,本件における控訴人の場合にも,担当職務の変更に伴って役
割グレードがB-1からA-9へと変更され,それに連動する形で報酬
グレードが6から5-1に変更されて,その役割報酬が年550万円か
ら年500万円に減額されたものであるから,そのような大幅な報酬の
減額を伴う役割グレードの変更を,就業規則や年俸規程に明示的な根拠
もなく,個々の労働者の同意を必要とせず,使用者である被控訴人の一
存で行うことができるとすることは,労使双方の対等性を損なうものと
して許容することができないと解すべきである。
エこれに対し,被控訴人は,被控訴人における役割グレード制自体は,
労働者の労働条件を直接規律するものではなく,就業規則上の定めを必
要とするものではないし,業務遂行能力それ自体が役割グレード決定の
要素ではないのであって,担当職務に応じて,その業務内容の重要度や
難易度や繁忙度や責任の重さなどを勘案した上で役割グレードが決定さ
れ,その役割グレードを前提とし,本件手引きを一つのガイドラインと
して,上記のような業務内容の重要度や難易度や繁忙度や責任の重さな
どに見合う役割報酬額が決定されるのであり,仮に,役割グレードが変
更され,役割報酬額が減額されることになったとしても,被控訴人にお
ける報酬体系におけるルールを適用した結果によるものであるから,人
事権の濫用ではないなどと主張している。
しかしながら,役割グレードと報酬グレード及び役割報酬額とを連動
させることについて,被控訴人の就業規則や年俸規程に明示的な定めが
あるわけではないことは,被控訴人も認めているところである上,前記
のとおり,被控訴人において役割グレードの内容等を説明した本件手引
きには,役割グレードが引き下げられる場合や,役割グレードが引き下
げられることによって,結果的に役割報酬額も大幅に減額されることに
ついては説明がなく,控訴人を含むP8社員において,そのような報酬
額の引下げについても事前に包括的に了解していたものと理解すること
は困難である。仮に,被控訴人の主張するところを前提とするならば,
例えば,C-1の役割グレードにある者について,その担当職務を変更
した結果,新たな担当職務の役割グレードがA-9と評価されれば,そ
の役割報酬は,700万円から500万円へと200万円も減額されて
しまうことになるが,そのような約30パーセント弱もの大幅な賃金の
減額が一方的に行えるとすることは,現行の労働法体系の下では許容さ
れるものではないというべきである。
もっとも,そのことと,業務上の必要性が認められるときに,P8社
員の担当職務を変更することとは別問題であり,被控訴人の就業規則及
び年俸規程においても,担当職務の変更と役割グレードの変更とを常に
連動させなければならないものとはされていない。現に,被控訴人にお
いては,年度途中で担当職務の内容が変化しても役割グレードは当然に
は変更しないとされているところであり,控訴人がその国内ライセンス
業務を引き継いだI氏においても,最終的にはその担当職務は軽微なも
のに変更されたにもかかわらず,その役割グレードは当該年度内におい
てはB-1のままであったのであるから,仮に,控訴人をI氏の後任に
するとしても,控訴人の役割グレードをB-1のまま据え置くことが就
業規則や年俸規程の上で不可能であったわけではない。しかも,仮に,
被控訴人が主張しているように,I氏に問題があったため,B-1とさ
れていた担当職務を年度途中に軽減したというのであれば,その逆に,
国内ライセンス業務における控訴人の担当職務を,B-1にふさわしい
ものに加重していくことも十分に可能であったはずであるから,その意
味でも,控訴人について,国内ライセンス業務に担当職務を変更したこ
とにより,その役割グレードをB-1からA-9へと引き下げなければ
ならなかったとする被控訴人の主張は,十分な説得力を有するものでは
ないというべきであり,採用することはできない。」
(15)原判決72頁9行目の「決定されるものである。」を「決定されるもの
として運用されている。」と改める。
(16)原判決73頁5行目冒頭から同77頁1行目末尾までを,次のとおり改
める。
「イ本件役割報酬減額の無効について
前記のとおり,被控訴人においては,本件手引きからも明らかなよう
に,「役割グレード」と「報酬グレード」及び「役割報酬額」とが連動
するものとされており,役割グレードの引下げは当然に報酬グレード
(役割報酬額)の引下げとなり,年俸(役割報酬部分)の引下げを伴う
ものとされているのであるが,そもそも被控訴人の就業規則や年俸規程
では,報酬グレード(役割報酬額)が役割グレードと連動していること
を定めている条項は存在しないのであり,本件手引きによっても,役割
報酬の大幅な減額を生じるような役割グレードの変更がなされることに
ついて明確に説明した記載は見当たらないのである。しかるに,被控訴
人においては,担当職務の変更により役割グレードが変更され,その結
果として役割報酬額も引き下げられているところ,役割報酬額の引下げ
は,労働者にとって最も重要な労働条件の一つである賃金額を不利益に
変更するものであるから,就業規則や年俸規程に明示的な根拠もなく,
労働者の個別の同意もないまま,使用者の一方的な行為によってそのよ
うな重要な労働条件を変更することは,許されないというべきである。
そして,本件における控訴人の場合にも,担当職務の変更に伴って役割
グレードがB-1からA-9へと変更され,それに連動する形で報酬グ
レードが6から5-1に変更されて,その役割報酬が年550万円から
年500万円に減額されたものであって,そのような大幅な報酬の減額
を,役割グレードの変更に伴う当然の結果であるとして,就業規則や年
俸規程に明示的な定めもなく,個々の労働者の同意を必要とせず,使用
者である被控訴人の一存で行うことができるとすることは,労使双方の
対等性を著しく損なうものであるから,許容することはできないという
べきである。
特に,一般のサラリーマンの場合には,いかに成果報酬の考え方に基
づく報酬制度を導入したとはいえ,会社の経営方針や戦略や重点項目の
決定などに直接関与するものではなく,原則として,役員や経営幹部等
によって定められた経営方針や組織の指示等に従い,会社組織の一員と
して持てる労働力を提供し,必要な事務を処理することが求められてい
るのであるから,特段の事情がない限り,前年と同程度の労働を提供す
ることによって同程度の基本的な賃金は確保できるものと期待するのは
当然のことであり,そのような期待を不合理なものであるということは
できない。被控訴人の報酬体系においては,年俸は,役割報酬と成果報
酬と調整報酬の3つの合計額として算出されるものとされているところ,
控訴人の平成20年度の年俸は,役割報酬550万円,成果報酬90万
円,調整報酬0円の合計640万円であって,役割報酬部分が約86パ
ーセント,成果報酬部分が約14パーセント,調整報酬部分が0パーセ
ントという比率になっており,役割報酬部分が実質的に基本給としての
性質を有するものであることも明らかである。
しかも,控訴人は,被控訴人から示されたB-1からA-9への役割
グレードの降級及び役割報酬の減額について,何度も再検討を求め,異
議を述べ,同意を留保しつつ,国内ライセンス業務の仕事に従事したこ
とが認められるのであって(甲7の2,3,8の1,24,38,原審
における控訴人本人尋問の結果),そのような下位グレードへの役割グ
レードの変更及び役割報酬の減額につき,同意していないことは明らか
であるから,平成21年6月16日以降の控訴人の役割グレードをB-
1からA-9へ変更し,役割報酬を550万円から500万円に減額変
更したことは,たとえ担当職務の変更を伴うものであっても,人事権の
濫用であって,無効なものというべきである。したがって,平成21年
度(同年6月16日から平成22年6月15日まで)における控訴人の
役割報酬の額は,平成20年度の役割報酬の額が変更されることなく,
引き続き適用されるものと考えられるから,年に550万円であったと
いうべきである。
ウ本件役割報酬減額が有効であるとする被控訴人の主張等について
これに対し,被控訴人は,そもそも控訴人の担当職務を海外ライセン
ス業務から国内ライセンス業務に変更したことは,控訴人の復職時にお
けるライセンス部の業務状況等の下では合理的なものであったから,そ
れに伴って役割グレードが変更され,役割報酬が減額されたとしても,
それ自体,被控訴人の人事制度及び報酬体系に則って定められただけの
ものであり,差別的な意思もなく,年俸減額を緩和するため調整報酬2
0万円を増額しているから,人事権の濫用ではないと主張しているが,
前記認定の本件の事実関係に照らし,そのような主張を採用することは
できない。
なお,本件役割報酬の減額が違法,無効なものであることにつき控訴
人が主張しているその余の点については,上記のとおり,本件における
被控訴人の平成21年度における役割報酬の減額は人事権の濫用であり,
無効であるから,さらに判断を示す必要はない。」
(17)原判決77頁2行目の「オ」を「エ」と改める。
(18)原判決79頁3行目冒頭から同頁19行目末尾までを,次のとおり改め
る。
「(ウ)また,被控訴人における成果報酬は,その就業規則や年俸規程のほ
か,弁論の全趣旨を考慮するならば,前年度の業務実績を前提として,
翌年度において期待することのできる業務実績を金銭評価し,これを
「成果報酬」という名目で予め支給するものであって,仮にその期間内
の実際の業務実績が当初の予測に達しない場合であっても,年度当初に
決定された額を受け取ることができるだけではなく,既に受け取った成
果報酬を返還する必要はないものとされているから,賃金の後払いでは
なく,いわゆる見込で支払われる報酬(以下「見込報酬」という。)の
一種であると理解することができる。
そして,被控訴人においては,本件で問題となっている平成21年度
の成果報酬について,平成20年4月1日から平成21年3月31日ま
での1年間を査定の対象期間としたものであるが,控訴人は,このうち
平成20年7月16日以降は本件育休等を取って休業していたため,そ
の間の業務実績はなかったものである。そして,同年4月1日から休業
前日の7月15日までの期間においては,前記のとおり,控訴人は見る
べき成果を上げていないとした上,7月16日以降は休業していること
から,平成21年度の成果報酬はゼロと査定したものであるが,そもそ
も上記4月1日から7月15日までの期間において何も成果がなかった
としたこと自体相当ではないのは,前記のとおりである。しかも,控訴
人は,その後は本件育休等を取得して休業していたため,具体的な業績
は上げられなかったのであるが,平成21年4月16日には職場復帰し
て業務に従事しており,何らかの成果を上げられる見込みが高いことは
明らかであったのに,それにもかかわらず,同年6月16日以降の平成
21年度の成果報酬を0円と査定するのは,あまりにも硬直的な取り扱
いといわざるを得ない。本件成果報酬ゼロ査定は,育休取得後,業務に
復帰した後も,育休等を取得して休業したことを理由に成果報酬を支払
わないとすることであり,そのようなことは,「育介指針」において,
「休日の日数を超えて働かなかったものとして取り扱うことは,給与の
不利益な算定に該当する」とされている趣旨に照らしても,育休等を取
得して休業したことを理由に不利益な取り扱いをすることに帰着するか
ら,女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の就労の確保を図るこ
となどを目的の一つとしている雇用機会均等法や,育児休業に関する制
度を設けるとともに子の養育を行う労働者等の雇用の継続を図ることな
どを目的としている育児・介護休業法が,育休等の取得者に対する不利
益取扱いを禁止している趣旨にも反する結果になるものというべきであ
る。
このような場合,被控訴人としては,成果報酬の査定に当たり,控訴
人が育休等を取得したことを合理的な限度を超えて不利益に取り扱うこ
とがないよう,前年度の評価を据え置いたり,あるいは控訴人と同様の
役割グレードとされている者の成果報酬査定の平均値を使用したり,又
は合理的な範囲内で仮の評価を行うなど,適切な方法を採用することに
よって,育休等を取得した者の不利益を合理的な範囲及び方法等におい
て可能な限り回避するための措置をとるべき義務があるというべきであ
る。それにもかかわらず,被控訴人は,控訴人の平成21年度の成果報
酬を合理的に査定する代替的な方法を検討することなく,機械的にゼロ
と査定したものであるから,その意味においても,人事権の濫用として
違法であるというべきである。
(エ)もっとも,上記の認定判断は,被控訴人がした平成21年度の控訴
人の成果報酬額をゼロと査定したことが人事権の濫用であることを明ら
かにしたものであり,控訴人が主張しているような,被控訴人において
育休等を取得した控訴人に対する偏見があるとの控訴人の主張を認める
ものではないし,上記ゼロ査定が雇用機会均等法や育児・介護休業法に
より直接無効になると認定判断するものではない。
オ以上のとおり,本件年俸減額措置のうち本件役割報酬を減額するととも
に本件成果報酬をゼロと査定したことは,被控訴人の人事権の濫用であり,
無効であるというべきであるが,その余の点については,控訴人の主張は
理由がないというべきである。」
(19)原判決82頁22行目冒頭から89頁8行目末尾までを,次のとおり改
める。
「ア控訴人は,本件各措置が控訴人の能力,才能を一切評価せず,控訴人
が産休・育休等を取得して復職した女性であり,子を持つ女性であるこ
とのみを理由として,合理的な理由もないのに差別したものであるとし,
その理由として,①憲法13条及び14条違反,②女性差別撤廃条約2
条(e),(f),4条1項,5条(a),11条1項,同2項(b)違反,③労基
法3条,4条,65条,39条7項,19条1項本文,67条違反,④
育児・介護休業法5条1項,23条1項,10条,22条違反,⑤雇用
機会均等法9条1項,同3項,6条1号,同3号,民法90条違反,な
どについても主張している。
イしかしながら,前記認定判断のとおり,控訴人の復職に際して,被控
訴人が控訴人の担当職務を海外ライセンス業務から国内ライセンス業務
に変更したことと,控訴人について育児短時間勤務を認めると共に本件
裁量労働制の適用を排除したことについては,いずれも合理的な理由が
認められるのであって,控訴人が主張するような差別的な意図に基づい
てなされたものと認めることはできないから,これらの点に関する控訴
人の上記アの主張は,それ以上の判断を示すまでもなく,失当なもので
ある。
ウまた,本件年俸減額措置について,平成21年6月16日以降の役割
報酬を減額するとともに成果報酬をゼロと査定したことは,前記のとお
り,被控訴人の人事権の濫用であり,無効であるというべきであるから,
この点に関する控訴人の上記アの主張については,後記2(1)で判断し
た部分を除き,判断の必要がないというべきである。」
(20)原判決89頁10行目冒頭から同頁25行目末尾までを,次のとおり改
める。
「ア以上のとおり,本件役割報酬減額と,本件成果報酬ゼロ査定は,被控
訴人による人事権の濫用であり,無効というべきであるから,それぞれ
について,従前の年俸額と新しい年俸額との差額支給請求について判断
する。
イまず,役割報酬の減額にともなう差額支給請求権についてであるが,
控訴人の従前の役割報酬は年額550万円で,これが12か月に分けて
支払われていたのであるから,1か月当たり45万8333円(最初の
月は端数4円を加算して45万8337円)となる。これに対し,平成
21年6月16日以降については,役割報酬が年額500万円とした上
で12か月に分けて支払われていたのであり,1か月当たり41万66
66円(最初の月は端数8円を加算して41万6674円)となる。そ
うすると,控訴人の平成21年6月以降支払われるべきであった役割報
酬の額は,初回の同月分は16日から30日までで月額の半分であるか
ら2万0832円(四捨五入),同年7月から平成22年2月分につい
てはそれぞれ4万1667円ずつ,少なく支払われたものと考えられる
から,被控訴人は,控訴人に対し,その合計額35万4168円及びう
ち2万0832円につき平成21年6月26日から,うち4万1667
円につき同年7月26日から,うち4万1667円につき同年8月26
日から,うち4万1667円につき同年9月26日から,うち4万16
67円につき同年10月26日から,うち4万1667円につき同年1
1月26日から,うち4万1667円につき同年12月26日から,う
ち4万1667円につき平成22年1月26日から,うち4万1667
円につき同年2月26日から,各支払済みまで,年6分の割合による遅
延損害金を支払うべき義務があるというべきである。
ウ次に,平成21年度の控訴人の成果報酬をゼロと査定したことによる
賃金差額の支払請求権について判断するに,被控訴人における成果報酬
は,前記のとおり,査定対象期間中の実績に応じて支給されるいわゆる
成果給であって,年度ごとに新たに決定されるものであり,その額は,
査定対象期間中の成果評価に基づく査定を経た上で具体的に決定される
ものであるから,控訴人の被控訴人に対する平成21年6月16日以降
の具体的な成果報酬支払請求権は,被控訴人が控訴人の同日以降の成果
報酬額を具体的に決定して初めて発生するものと解される。そうすると,
本件成果報酬ゼロ査定が無効だとしても,被控訴人によって新たな成果
報酬額が決定されているわけではなく,控訴人の平成21年6月16日
以降の成果報酬額はまだ定まっていない状態にあると考えざるを得ない
から,同日以降の具体的な成果報酬支払請求権は発生してないというほ
かはない(そのような成果報酬のゼロ査定が違法であり,しかるべき金
額が決定されていないことについては,次の不法行為に係る請求におい
て斟酌するのが相当である。)。」
(21)原判決90頁3行目の「本件成果報酬ゼロ査定だけである。」を「平成
21年6月16日以降の控訴人の役割グレードをB-1からA-9へと変更
し,これに伴って控訴人の役割報酬を年額550万円(報酬グレード6)か
ら年額500万円(報酬グレード5-1)に減額したことと,控訴人の同日
以降の成果報酬を0円と査定したことである。そして,役割報酬については,
年額550万円で変更がないものとして,賃金支払請求権に基づき,その差
額の支払請求が認められるが,成果報酬については,しかるべき金額が具体
的に決定されておらず,賃金支払請求権として具体化していないから,その
差額の支払請求は認められない。しかしながら,そのような成果報酬を0円
としたことを含め,」と改める。
(22)原判決90頁8行目及び同頁17行目の「上記1(5)オ(イ)」をそれぞ
れ「前記1(5)エ(イ)」と改める。
(23)原判決90頁19行目の「原告の成果は,」の次に「直ちに」を加え,
同頁21行目の「みることはできず,」から同頁25行目末尾までを,次の
とおり改める。
「みることはできない。そこで,検討するに,被控訴人における成果報酬は,
前年度の実績評価に基づく一種の見込報酬であるから,そのような見込報酬
としての成果報酬の支払いに対する期待が侵害されたことによる損害として
は,結局のところ,控訴人に対し成果報酬としてどの程度の額が支払われる
のが相当であったかということに帰着するところ,前記1(5)エ(イ)で認定
し説示されている事実(特に,控訴人の前年度における海外ライセンス業務
に係る勤務評価の点数は,平均値が3のところ,3.1であったこと)や,
控訴人は,妊娠が判明した後の平成20年2月には海外出張してフランス,
ドイツ,オランダでライセンス取得の交渉をしたこと,復職の時期について
も,当初は平成21年2月の復職を予定していたが,P5マネージャーの示
唆もあって復職時期を同年4月に遅らせたこと,復職に際してはフルタイム
のベビーシッターを確保してなるべく業務に支障が出ないよう最大限の努力
をすることを伝えていたことなどの事実が認められるのであって,育児短時
間制度の適用を申請していたとはいえ,仕事に対する熱意や意欲は十分に示
されており,復職すれば一定の成果を上げるものと考えることが可能であり,
そうであればこそ,被控訴人においても,問題のあったI氏の後任として,
本件事実認定(前記1(1)エ(イ))のとおり,国内ライセンス業務の立て直
しを期待したものと考えられること,被控訴人におけるBクラスの成果報酬
の平均は60万円であるところ,平成20年度における控訴人の成果報酬の
額は90万円であって,平均値の1.5倍であったことなどの事実を総合的
に勘案すれば,平成21年6月16日以降の控訴人の成果報酬は,本来であ
れば,Bクラスの平均値である60万円を下回るものではないと評価するの
が相当である。
もっとも,被控訴人は調整報酬として20万円を控訴人に支給することと
していたから,これを控除して40万円とすべきであるところ,控訴人は,
平成21年度の途中である平成22年2月には被控訴人を退職しており,そ
の成果報酬が支給されたであろうと考えられる期間は8.5か月間であった
ことなどを考慮すれば,上記不法行為に対する控訴人の慰謝料としては,3
0万円とするのが相当である。
また,弁護士費用相当損害金については,上記の点に加えて,前記のとお
り,控訴人に対する役割報酬の減額自体が人事権の濫用として違法,無効な
ものであって,控訴人に対する不法行為を構成するものであり,これに事案
の難易度など本件に顕れた諸般の事情をも考慮すれば,これを30万円とす
るのが相当である。
したがって,控訴人の被控訴人に対する慰謝料等の支払請求権の合計額は
60万円である。」
第4結語
以上の次第で,控訴人の本件各請求のうち,雇用契約に基づく賃金差額の支
払を求める請求は,平成21年6月16日から平成22年2月28日に退職す
るまでの合計35万4168円及び各月の給与の支払期日の翌日から支払済み
まで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,
不法行為に基づく損害賠償(慰謝料及び弁護士費用)の支払を求める請求は,
合計60万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年6月24
日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める
限度で,それぞれ理由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由がない
から棄却すべきところ,原判決のうちこれと異なる部分は相当ではないから,
原判決をその限度で変更することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第14民事部
裁判長裁判官設樂隆一
裁判官須藤典明
裁判官尾立美子は差し支えにより署名押印することができない。
裁判長裁判官設樂隆一

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