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平成17年(行ケ)第10132号 審決取消請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成17年(行ケ)第5号)
口頭弁論終結日 平成17年9月29日
判決
原告   有限会社ザンデンオーディオシステム
代表者取締役   
訴訟代理人弁理士  岡本宜喜
同    安田敏雄
同    安田幹雄
同    山本淳也
被告   特許庁長官
中嶋 誠
指定代理人   和田志郎
同    大日方 和 幸
同    伊藤三男
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2001-21886号事件について平成16年11月29日
にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,発明の名称を「デジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ及
びこれを用いた音声信号増幅装置」とする特許の出願人である原告が,特許庁から
拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたところ,特許庁が審判請
求は成り立たないとの審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案であ
る。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
 原告は,平成11年6月8日,名称を「デジタルオーディオ用帯域制限ア
ナログフィルタ及びこれを用いた音声信号増幅装置」とする発明につき特許出願
(甲2。以下「本件出願」という。)をし,その後,平成13年8月27日付け手
続補正書により特許請求の範囲等の補正(甲3。以下「本件補正」という。)をし
た。
 特許庁は,平成13年11月9日,本件出願につき拒絶査定をしたので,
原告は,これを不服として審判請求をした。特許庁は,これを不服2001-21
886号事件として審理の上,平成16年11月29日,「本件審判の請求は,成
り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は平成16
年12月14日原告に送達された。
(2) 発明の内容
 本件補正後の発明の内容は,下記のとおりである(下線部は補正部分)。

【請求項1】 所定の周波数で標本化されたデジタルオーディオ信号をアナ
ログ信号に変換するD/A変換器の出力側に接続され,その帯域を制限するアナロ
グフィルタにおいて,前記標本化周波数をfsとすると,遮断周波数fcが夫々fs
,2fs,3fs・・・nfs(nは2以上の整数)に相当する周波数のn段の帯
域減衰フィルタ回路を有し,サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制
限するようにしたことを特徴とするデジタルオーディオ用帯域制限アナログフィル
タ。
【請求項2】 前記帯域減衰フィルタ回路は,定抵抗型の受動型フィルタで
あり,複数の帯域減衰フィルタ回路を縦続接続したものであることを特徴とする請
求項1記載のデジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ。
【請求項3】 前記帯域減衰フィルタ回路は,状態変数型アクティブフィル
タであり,複数のアクティブフィルタを接続して構成したものであることを特徴と
する請求項1記載のアナログフィルタ。
【請求項4】 前記帯域減衰フィルタ回路と縦続接続され,前記標本化周波
数の複数倍以上の周波数を遮断周波数とするローパスフィルタを有することを特徴
とする請求項1記載のデジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ。
【請求項5】 所定の周波数で標本化されたデジタルオーディオ信号をアナ
ログ信号に変換するD/A変換器の出力側に接続される音声信号増幅装置におい
て,請求項1~4のいずれか1項記載の帯域制限アナログフィルタと,前記帯域制
限アナログフィルタ回路の出力側に接続され,音声信号を増幅する増幅回路と,を
有することを特徴とする音声信号増幅装置。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別紙のとおりである。
 その理由の要旨は,本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願発明
1」という。)は,下記の引用例1,2に記載された発明及び周知技術に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を
受けることができない等,としたものである。

引用例1 特開平2-54624号公報(甲4。以下この発明を「引用発
明1」という。)
引用例2 実願昭57-56507号(実開昭58-159628号)の
マイクロフィルム(甲5。以下この発明を「引用発明2」という。)
イ なお,審決は,引用発明1を次のとおり認定し,本願発明1と引用発明
1とは,次のような一致点と相違点があるとした。
(引用発明1)
 所定の周波数で標本化されたデジタル信号をアナログ信号に変換するD
/A変換器の出力側に設けられ,前記標本化周波数をfsとすると,周波数fs,
2fs・・・・を中心とする不要高調波成分b1,b2・・・・を除去し,希望する
周波数成分aを通過させる低域ろ波器。
(一致点)
 所定の周波数で標本化されたデジタル信号をアナログ信号に変換するD
/A変換器の出力側に接続され,サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分
を制限する帯域制限アナログフィルタである点。
(相違点1)
 本願発明1では,アナログ信号に変換するデジタル信号が「デジタルオ
ーディオ信号」であるのに対し,引用発明1は,アナログ信号に変換するデジタル
信号が「オーディオ信号」であることについて記載されていない点。
(相違点2)
 サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限するための帯域
制限アナログフィルタが,本願発明1では,「標本化周波数をfsとすると,遮断
周波数fcが夫々fs,2fs,3fs・・・nfs(nは2以上の整数)に相当
する周波数のn段の帯域減衰フィルタ回路を有する」ものであるのに対し,引用発
明1は,「低域ろ波器」である点。
(4) 審決の取消事由
 しかしながら,本件審決は,進歩性の判断を誤り,また拒絶理由と異なる
理由に対して原告に反論する機会を与えなかった手続違背があるから,違法として
取消しを免れない。
ア 取消事由1(一致点の認定の誤り)
 審決は,引用発明1の低域ろ波器は,本願発明1の帯域制限アナログフ
ィルタに相当するとして,本願発明1と引用発明1は,「サンプリング周波数の自
然数倍の上下側波帯成分を制限する帯域制限アナログフィルタ」である点で一致す
る(3頁35~38行),とするが誤りである。
 低域ろ波器はある遮断周波数以下の周波数の信号を通過させるものであ
るのに対し,帯域制限アナログフィルタは所定の帯域の周波数成分を制限・減衰さ
せるフィルタであり,両者は互いに異なるものである。
イ 取消事由2(相違点2の判断の誤り)
(ア) 引用例1記載の公知技術の誤認
 審決は,「引用例1にはサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的
狭い範囲に集中して広がる側波帯成分が不要であることが示され」ている(5頁1
0~11行)と認定しているが,引用例1には,側波帯成分がサンプリング周波数
の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広がるとの記載は一切なく,単に,低
域ろ波器(ローパスフィルタ)を設けて希望する低い周波数成分を通過させ,それ
より高い周波数成分を全て除くという周知の構成を示すものにすぎないから,審決
の上記認定は誤りである。
 なお,引用例1の第3図は,単にスペクトルを示したグラフであっ
て,それ以上のものではなく,また,高調波成分は,基本波と同一の形状のスペク
トルを周波数fs,2fsより高い周波数に生じ,かつ,周波数fs,2fsより
低い周波数にこれと対称な形状のスペクトルを生じるものであり,そもそも第3図
の記載に誤りがあるから,第3図からサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的
狭い範囲に集中して広がる側波帯成分が不要であるとの認識は得られない。
(イ) 引用例2記載の公知技術の誤認
 審決は,「D/A変換されたオーディオ再生信号から目的とする基本
波(オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの高い周波数成分をフィ
ルタにより除去することは,上記引用例2に記載されている。」(4頁16~18
行)とし,更に「D/A変換されたオーディオ再生信号から目的とする基本波(オ
ーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの不要高周波成分を帯域除去フ
ィルタとローパスフィルタを縦続接続したフィルタにより除去することは上記引用
例2に記載されている。」(4頁25~28行)と認定しているが,引用例2記載
のサンプリング周波数除去フィルタは,ノイズ成分中最もレベルの大きいサンプリ
ング周波数成分のみを除去するものであり,サンプリング周波数の側波帯成分を除
去するものではない。
 一方,引用例2記載のローパスフィルタは,サンプリング周波数成分
以外の高周波成分を除去するものであって,引用例2において共に多くの不要高周
波成分を除去する帯域除去フィルタとローパスフィルタが記載されているものとは
いえないから,審決の上記認定は誤りである。
(ウ) 周知技術の認定の誤り
① 審決は,「音声記録再生装置,音声信号伝送装置において,信号を
周波数分析して除去する周波数範囲を特定し,いくつかの帯域除去フィルタ(帯域
減衰フィルタ)を組み合わせたフィルタにより,信号の周波数成分中の特定領域を
除去することは本出願前周知である(特開平6-188849号公報(判決注・甲
6),特開平10-91199号公報(判決注・甲7)等参照)。」(4頁29~
33行)と認定しているが誤りである。
 甲6に示された多重伝送装置においては,信号の周波数を分析して
除去する周波数範囲を特定することは行われておらず,送信側で音声信号を伝送す
る帯域中に他の信号f1,f2を重畳させて伝送し,受信側で重畳された信号から
f1,f2成分を除去するために帯域除去フィルタを用いたものである。
 また,甲7記載の音声信号等の周波数スペクトラムに一定の傾向が
ある信号を記録する記録再生装置は,音声信号の記録時に入力信号のスペクトルを
分析し,周波数分析の結果,レベルの低い部分を帯域除去フィルタによって削除す
ることにより,記録容量を減少させるものであるから(段落【0034】,【00
35】),常に一定の周波数帯域を除去するものではなく,本願発明1の前提とな
っている技術に関するものではない。
 したがって,甲6及び甲7に基づいて審決記載の「本出願前周知で
ある」とされた上記事項が周知技術であると認定することはできず,甲6及び甲7
は,既知の,又は周波数特性を分析して得られた除去すべき周波数成分のみを除く
ことが周知であることを示すにすぎない。
② なお,被告提出の乙5(特開平10-75142号公報),乙6
(特開昭49-106751号公報)は帯域阻止フィルタやノッチフィルタ,乙7
(特開平7-14329号公報)はディスク記憶装置,乙8(特開昭61-396
21号公報)はパルス幅変調型パワーアンプの復調フィルタ,乙9(特開昭63-
19521号公報)は重量計測装置,乙10(特開平8-298779号公報)は
PWMインバータの制御装置に関するものであって,いずれも本願発明1の技術分
野であるデジタルオーディオ用の帯域制限アナログフィルタに関するものではない
から,周知例としての適格性を欠いている。
(エ) 進歩性の判断の誤り
① D/A変換器の出力には基本波に加えて種々の高調波成分が存在す
るため,その中から基本波のみをとり出すため従来からローパスフィルタが広く用
いられ,通常はそれで十分であると認識されていた。
 本願発明1は,従来は看過されていた,ローパスフィルタが位相特
性の改善に支障を生じ得るとの課題とともに,D/A変換した後の音声信号のスペ
クトルが標本化周波数の整数倍の付近に集中していることを独自に認識し,この認
識に基づいて必要なスペクトルであるfs/2以下の音声信号とfs/2以上の高
調波成分とを分離するため,従来用いられていたローパスフィルタに代えて,複数
の帯域除去フィルタを構成し,デジタルオーディオシステムにおいて用いられるデ
ジタル信号をアナログ信号に変換する際に位相特性の良いアナログフィルタを提供
するものである。
 審決は,このような本願発明1の課題の斬新性を看過している。
 なお,被告提出の乙1(特開昭60-169213号公報),乙2
(特開平5-276035号公報)記載の位相歪みの改善とは,乙1の第2図に示
されるように,たかだか15kHz以下の特性を改善するものであり,本願発明1
が改善の対象とする位相歪みとは大きく異なるものである。
② また,審決は,D/A変換した出力の周波数特性のうち,標本化周
波数の整数倍をキャリアとする上下の側波帯成分を減衰フィルタで除くことがで
き,位相シフトの大幅な変動がなく,音声や音楽を再生するための抽出度を大幅に
改善することができるという本願発明1の格別の作用効果を看過している。
③ さらに,引用例2は,一つのサンプリング周波数除去フィルタとロ
ーパスフィルタとを示したものであって,引用例2から,複数の帯域除去フィルタ
を用いて集中した部分の高調波成分を除去するという相違点2に係る本願発明1の
構成に想到することはあり得ない。
④ 以上のように,引用例1,2を組み合わせ,更に審決が周知例とし
て引用した甲6,7を考慮したとしても,当業者が複数の帯域除去フィルタを用い
て集中した部分の高調波成分を除去するという本願発明1の構成(相違点2の構
成)に容易に想到することができたものとはいえない。
ウ 取消事由3(手続違背)
(ア) 審決は,拒絶理由に全く示されていなかった甲6,7を実質的には
本願発明1の進歩性判断の基礎となる公知資料として使用し,原告に甲6,7に対
する反論の機会を与えなかったから,審判における適正な手続保障を欠いた違法が
ある。
 なお,最高裁平成14年9月17日第三小法廷判決(判例時報180
1号108頁)は,当事者に意見申立ての機会を与えなくても審判における適正な
手続保障があったものと認められるための要件として,①当事者の申し立てない理
由を基礎付ける事実関係が当事者の申し立てた理由に関するものと主要な部分にお
いて共通すること,②職権により審理された理由が当事者の関与した審判の手続に
現れていて,これに対する反論の機会が実質的に与えられていたと評価し得るとき
など,職権による審理がされた当事者にとって不意打ちにならないと認められる事
情のあることを挙げているところ,審決は,上記①及び②の要件をいずれも欠いて
いる。
(イ) また,審決は,「本願請求項1に係る発明における帯域減衰フィル
タは,その遮断周波数しか限定されておらず,その選択度,位相等の特性を特定し
ているものではないから,ローパスフィルタを高調波の主たる除去手段として用い
るものに対して一概に位相特性を大幅に改善することができる顕著な効果とは認め
られず,上記主張は採用できない。」(5頁15~19行)と判断しているが,こ
れは拒絶理由通知や拒絶査定においては全く示されていなかった拒絶理由であり,
これに対し原告に反論の機会を与えていないから,この点においても審決には,審
判における適正な手続保障を欠いた違法がある。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
 引用例1記載の「低域ろ波器」は,「遮断周波数以上の周波数の信号」を
制限する(減衰させる)ものということもできるのであって,「遮断周波数以上の
周波数の信号」も「所定の帯域の周波数成分」であることには変わりがないから,
本願発明1の「帯域制限アナログフィルタ」と「信号の帯域の一部を何らかの形で
制限するアナログフィルタ」であるという意味で共通している。その共通する概念
を「帯域制限アナログフィルタ」と呼称することに何ら問題はない。
(2) 取消事由2に対し
ア (ア)について
 引用例1に記載されている「周波数fs,2fsを中心とする不要高調
波成分b1,b2」は「サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分」に相当
し,引用例1の第3図を参照すれば,不要高調波成分b1,b2が周波数fs,2
fsを中心とする比較的狭い範囲に広がっていることは明らかであるから,審決の
「引用例1にはサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広
がる側波帯成分が不要であることが示され」ているとの認定に誤りはない。
イ (イ)について
 審決は,引用発明2を「基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング
信号による多くの不要高周波成分を帯域除去フィルタとローパスフィルタを縦続接
続したフィルタにより除去する」ものと認定しているのであって,原告が主張する
ように「帯域除去フィルタとローパスフィルタとが共に多くの不要高周波成分を除
去する」ものとは認定していないから,審決に原告主張の引用例2記載の公知技術
の誤認はない。
 また,引用例2には,上記「帯域除去フィルタとローパスフィルタを縦
続接続したフィルタ」における帯域除去フィルタは「サンプリング周波数成分を除
去するもの」と記載されているが,これ以外の周波数成分は除去しないとの限定が
あるわけではなく,当該帯域除去フィルタに「サンプリング周波数成分」以外の不
要な周波数成分までを除去させることとしても,何の不都合もない。
ウ (ウ)について
 審決が甲6,7を周知例として例示した趣旨は,原告も認める「既知
の,又は周波数特性を分析して得られた除去すべき周波数成分のみを除くこと」が
周知であることを示すためである。審決は,甲6,7をもって「倍数関係を有する
周波数を除く帯域除去フィルタを設けること」まで周知であると認定しているわけ
ではない。
 もっとも,乙5ないし8によれば,「倍数関係を有する周波数を除く帯
域除去フィルタを設けること」も周知であったといえる。
エ (エ)について
(ア) デジタルオーディオシステムにおいて,D/A変換器の出力から高
周波成分を除去するために,ローパスフィルタを用いると可聴周波数範囲内の信号
に位相歪を生じるが,そのような位相歪をなくすという課題は,広く知られていた
こと(乙1,2)であり,何ら斬新なものではない。
 また,標本化周波数の整数倍の上下側波帯成分の形状が,標本化周波
数の整数倍を頂点とする山形状の音声信号スペクトルであること(乙3),音声信
号スペクトルの10kHzを越える高域成分が低中域成分に比べてレベルが極端に
小さいこと(乙4)は周知であって,標本化周波数の整数倍の周波数の上下に広が
るスペクトルの範囲の幅が小さなこと,すなわち,信号のスペクトルが標本化周波
数の整数倍の付近に集中していることは明らかなことであるから,本願発明1にお
いて独自に認識したものではない。
(イ) 引用発明1において,ローパスフィルタに代えて,帯域除去フィル
タ(帯域減衰フィルタ)を用いて必要とする基本波成分に近接する不要高周波成分
を除去する構成を採用すれば,基本波成分の位相に影響(変動)を与えないという
作用効果が生じることは,必要とする信号の周波数成分に近接する不要周波数成分
を除去するためにノッチフィルタ(帯域除去フィルタ)をローパスフィルタに代え
て用いることにより,必要とする信号に位相変動(時間遅れ)を与えないことが周
知(乙9,10)であることによれば,当業者であれば予想し得る範囲のものにす
ぎず,格別の作用効果ではない。
(ウ) 引用例2の帯域除去フィルタは,従来はローパスフィルタのみで除
去していた多くの高周波成分の内の一つの周波数成分を帯域除去フィルタで除去す
ることにより,後段のローパスフィルタの負担を軽減するものであるが,更にロー
パスフィルタにより除去していた複数の不要周波数成分を除去するために複数の帯
域除去フィルタを設けることも周知技術である(乙7ないし10)。
 また,「D/A変換された音声信号の高調波成分が標本化周波数の自
然数倍の付近に集中している」という知見は,引用例1の第3図に示されている。
 したがって,当業者が引用発明1と引用発明2を組み合わせて本願発
明1の相違点2に係る構成に想到することは容易であったから,審決の判断に誤り
はない。
(3) 取消事由3に対し
ア 周知技術は,当業者が熟知している技術であるから,これを拒絶理由通
知に示す必要はなく,審決に原告主張の手続違背はない。
 なお,審決で示した周知技術は,拒絶理由通知で慣用手段として原告に
示されたものと実質的に同様の内容である。すなわち,本願の審査段階で,乙6
(特開昭49-106751号公報)を刊行物3として引用し,「上記刊行物3に
示されるように,高調波を除去するために,n段の帯域減衰フィルタ回路を用いる
ことは慣用手段である。」との拒絶理由が原告に通知されている。
イ 原告主張の審決の記載部分(5頁15行~19行)は,審判請求書にお
ける請求人(原告)の主張に対して釈明するための「なお書き」にすぎず,原告の
主張するような新たな拒絶理由に相当するものではないから,原告に反論する機会
を与えなかったために審判において適正な手続保障を欠いたことにはならない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 そこで,原告主張の審決の取消事由(請求原因(4))について,以下,順次判
断する。
2 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
 原告は,審決が,引用発明1の低域ろ波器は,本願発明1の帯域制限アナロ
グフィルタに相当するとして,本願発明1と引用発明1は,「サンプリング周波数
の自然数倍の上下側波帯成分を制限する帯域制限アナログフィルタ」である点で一
致する(3頁35~38行)と認定したのは,誤りである旨主張する。
 そこで検討するに,原告の主張を前提としても,引用発明1の低域ろ波器が
「所定の周波数で標本化されたデジタル信号をアナログ信号に変換するD/A変換
器の出力側に接続され,サンプリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限す
る」機能を有する点において争いがないことによれば,引用発明1の「低域ろ波
器」と本願発明1の「帯域制限アナログフィルタ」が「所定の周波数で標本化され
たデジタル信号をアナログ信号に変換するD/A変換器の出力側に接続され,サン
プリング周波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限するフィルタ」である点で一致
するものと認められる。
 そうすると,原告が主張するように「低域ろ波器」を「帯域制限アナログフ
ィルタ」と称呼することが正確性を欠き,不適切であるとしても,そのことが審決
の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。
 したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
(1) 引用例1記載の公知技術の誤認の有無
 原告は,審決が「引用例1にはサンプリング周波数の整数倍の上下の比較
的狭い範囲に集中して広がる側波帯成分が不要であることが示され」ている(5頁
10~11行)と認定したのは,引用例1には側波帯成分がサンプリング周波数の
整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して広がるとの記載が一切ないこと等から,
誤りである旨主張する。
 引用例1(甲4)には,「DA変換器2の出力の階段状アナログ波形Bの
周波数スペクトラムを第3図に示す。第3図に示すように,DA変換器2の出力の
アナログ波形Bは上限周波数をfuとする必要周波数成分aと,周波数fs,2fs
・・・・を中心とする不要高調波成分b1,b2・・・・とからなっている。すな
わち希望するアナログ信号波形Cの周波数成分はaのみである。従ってDA変換器
2の出力側に第3図の点線cで示されるような特性を有する低域 波器3を挿入す
ることによって不要高調波成分b1,b2・・・・が除去されて希望のアナログ信
号波形Cが得られる。」(2頁左上欄13行~右上欄3行)との記載があり,その
第3図には,サンプリング周波数(標本化周波数)の整数倍の周波数(fs,2fs
)を基準としてその上下に不要高調波成分の側波帯(b1,b2)が広がっている
ことが図示されていることが認められる。
 もっとも,引用例1には,上記側波帯の周波数分布について明確な記載は
ないものの,本願発明1の帯域制限アナログフィルタは,「標本化周波数をfsと
すると,遮断周波数fcが夫々fs,2fs,3fs・・・nfs(nは2以上の
整数)に相当する周波数のn段の帯域減衰フィルタ」を用いて,「サンプリング周
波数の自然数倍の上下側波帯成分を制限する」というものであって(本件補正後の
請求項1),上下側波帯成分の周波数分布の如何は,本願発明1の構成とは直接関
係しないことであるから,審決が引用例1に示された側波帯成分の分布状況につい
てサンプリング周波数の整数倍の上下の「比較的狭い範囲に集中して」広がると認
定したことに格別意味を持つものではなく,審決に誤りがあるとまではいうことが
できない。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 引用例2記載の公知技術の誤認
 原告は,引用例2記載のサンプリング周波数除去フィルタは,ノイズ成分
中最もレベルの大きいサンプリング周波数成分のみを除去するものであり,サンプ
リング周波数の側波帯成分を除去するものではないから,審決が「D/A変換され
たオーディオ再生信号から目的とする基本波(各オーディオ信号)以外のサンプリ
ング信号による多くの高い周波数成分をフィルタにより除去することは,上記引用
例2に記載されている。」(4頁16~18行)とし,更に「D/A変換されたオ
ーディオ再生信号から目的とする基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング信
号による多くの不要高周波成分を帯域除去フィルタとローパスフィルタを縦続接続
したフィルタにより除去することは上記引用例2に記載されている。」(4頁25
~28行)と認定したのは,誤りであるなどと主張する。
ア 引用例2(甲5)の明細書には,①「実用新案登録請求の範囲」として
「D/A変換されたオーデイオ再生信号からサンプリング周波数を除去する帯域除
去フイルタと,前記帯域除去フイルタの出力信号に含まれる他のノイズ成分を除去
するローパスフイルタとを具えたデイジタルオーディオ再生装置のフイルタ回路」
(1頁4~9行),②「この考案はデイジタルオーディオ再生装置において,アパ
ーチャ回路の出力PAM(PulseAmplitudeModulation)波から目的とする基本波
(オーディオ信号)を抽出するためのフイルタ回路に関し,従来急峻な遮断特性を
持つローパスフイルタで構成していたものを,帯域除去フイルタとローパスフイル
タの縦続接続で構成し,帯域除去フイルタでノイズ成分中最もレベルが高いサンプ
リング周波数成分を予め除去することにより,後段のローパスフイルタの負担を軽
減したものである。」(1頁10行~2頁4行),③「ところで,前記ローパスフ
イルタ4の特性としては,オーデイオ信号の周波数帯域として定められているDC
~20kHzではリップルが±0.2dB以下であって,かつサンプリング信号に
よるノイズが現われるサンプリング周波数の1/2以上の帯域(・・・)では80
~90dBの減衰量が要求される。これを実現するため,従来においては,ローパ
スフイルタ4として例えば第3図のような連立チェビシェフ型フイルタを用いて,
第4図のような急峻な特性を得ていた。ところが,このような構成のものでは非常
に高い次数(9次~13次程度。第3図では13次)が要求されるため設計が難し
く,また高精度部品を必要とするためコストが大変高価なものになっていた。」
(4頁5~20行),④「そこで,・・・アパーチャ回路3から出力されるPAM
波をフーリエ解析によってスペクトラム分析を行なったところ,ノイズ成分中最も
振幅が大きな波形はサンプリング周波数そのものであることがわかった。また,そ
の他のノイズスペクトラムはサンプリング周波数に較べて大変小さなレベルである
ことがわかった。この発明はこのような点に着目してなされたもので,アナログ信
号に変換されたオーデイオ再生信号からサンプリング周波数成分をあらかじめ帯域
除去フィルタによって取り除いてやることにより,ローパスフイルタの負担を軽減
し,これにより前述した従来のものの欠点を解決するようにしたものである。」
(5頁4~18行),⑤「第5図において,記録媒体から再生されたディジタル信
号は信号処理回路1で符号訂正等の処理が行なわれた後,D/A変換器2で階段状
のアナログ信号に変換される。D/A変換器2の出力はアパーチャ回路3におい
て,グリッジが除去されてPAM波となり,サンプリング除去フィルタ7に入力さ
れる。サンプリング除去フイルタ7は帯域除去フイルタで,サンプリング周波数を
除去するように設計されている。サンプリング周波数除去フィルタ7の出力はロー
パスフイルタ4’に入力されて残りのノイズが除去される。」(6頁3~13
行),⑥「上記のような構成によれば,PAM波に含まれるノイズ中最もレベルの
大きいサンプリング周波数成分がサンプリング周波数除去フイルタ7で除去される
ので,ローパスフイルタ4’の負担を軽減できる。したがって,その次数を低くす
ることができ,設計が容易になる。また,ローパスフイルタ4’の最大入力信号レ
ベルが従来と同様に制限されるとしても,ノイズ中最もレベルの大きいサンプリン
グ周波数成分がサンプリング周波数除去フイルタ7で除去されるので,その分ロー
パスフイルタ4’の入力信号中の基本波(オーデイオ信号)成分を大きくとること
ができ,ダイナミックレンジを大きくとることができる。更には,サンプリング周
波数除去フイルタ7自体は,サンプリング周波数が水晶発振器を用いて作られその
周波数精度はすこぶる良好であるので,Qを高くしても周波数精度だけ合わせてや
ればドリフト等の心配は不要であり,パッシブフィルタを用いてもダイナミックレ
ンジ,歪とも問題にならない程度にできる。したがって,従来のローパスフイルタ
のみを用いたものに較べて,全体としてコストを下げることも可能となる。」(6
頁19行~7頁20行)との記載がある。
イ そして,前記認定のとおり,引用例2(甲5)の考案(引用発明2)
は,「D/A変換されたオーデイオ再生信号からサンプリング周波数を除去する帯
域除去フイルタと,前記帯域除去フイルタの出力信号に含まれる他のノイズ成分を
除去するローパスフイルタとを具えたデイジタルオーディオ再生装置のフイルタ回
路」であって(前記ア①),「帯域除去フイルタとローパスフイルタの縦続接続で
構成し,帯域除去フイルタでノイズ成分中最もレベルが高いサンプリング周波数成
分を予め除去することにより,後段のローパスフイルタの負担を軽減したものであ
る」こと(前記ア②),この「ノイズ成分中最も振幅が大きな波形はサンプリング
周波数そのものであって,その他のノイズスペクトラムは大変小さなレベルであ
る」こと(前記ア④),「上記のような構成によれば,PAM波に含まれるノイズ
中最もレベルの大きいサンプリング周波数成分がサンプリング周波数除去フイルタ
7で除去されるので,ローパスフイルタ4’の負担を軽減できる」こと(前記ア
⑥),「サンプリング周波数除去フィルタは,サンプリング周波数を除去するよう
に設計されて」おり(前記ア⑤),「Qを高くしても周波数精度だけ合わせてやれ
ばドリフト等の心配は不要である」こと(前記ア⑥)を総合すると,引用例2のサ
ンプリング周波数除去フィルタ自体は,第一義的には,ノイズ成分中最もレベルが
高いサンプリング周波数成分のみを除去するもので,サンプリング周波数の上下側
波帯成分を除去する機能までは持たないものであることが認められる。
 しかし,サンプリング周波数成分のみを除去するような設計をすれば,
レベルが小さいとはいえ,サンプリング周波数の上下側波帯成分が除去されずに残
るため,これを除去するためには,ローパスフィルタに相変わらず急峻な遮断特性
が必要とされることは明らかであること,引用例2のサンプリング周波数除去フィ
ルタは,一定の帯域内の周波数成分を除去する帯域除去フィルタで構成され,その
帯域幅の設定により除去される周波数成分の範囲が決定されるものであることから
すれば,引用例2に接した当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知
識を有する者)であれば,当該サンプリング周波数除去フィルタは,サンプリング
周波数成分のみならず,その上下側波帯成分を除去する機能を有する構成をとり得
るものと理解すると認められるから,引用例2には,標本化周波数(サンプリング
周波数)をfsとしたときに,遮断周波数fcがfsに相当する帯域減衰フィルタ
回路でサンプリング周波数の上下側波帯成分を制限するという相違点2に係る本願
発明1の基本的な構成が記載されているものと認めるのが相当である。
 そうすると,引用例2に「D/A変換されたオーディオ再生信号から目
的とする基本波(オーディオ信号)以外のサンプリング信号による多くの高い周波
数成分をフィルタにより除去すること」及び上記「基本波(オーディオ信号)以外
のサンプリング信号による多くの不要高周波成分を帯域除去フィルタとローパスフ
ィルタを縦続接続したフィルタにより除去すること」が記載されているとの審決の
認定に誤りはないというべきである。
(3) 周知技術の認定の誤りの有無
ア 原告は,審決が甲6(特開平6-188849号公報)及び甲7(特開
平10-91199号公報)に基づいて「音声記録再生装置,音声信号伝送装置に
おいて,信号を周波数分析して除去する周波数範囲を特定し,いくつかの帯域除去
フィルタ(帯域減衰フィルタ)を組み合わせたフィルタにより,信号の周波数成分
中の特定領域を除去することは本出願前周知である」こと(4頁29~33行)を
認定したのは,誤りである旨主張する。
 そこで,本件出願当時の当業者の技術水準について検討する。
(ア) 特開平7-14329号公報(乙7)には,ディスク記憶装置に係
る復調回路の出力信号である位置誤差信号に含まれる復調周波数のノイズの低減に
ついて,①「【発明が解決しようとする課題】位置誤差信号は,サーボ情報から読
みだされる信号の読みだし周期毎に,階段状に変化するため,位置誤差信号には,
読みだし周波数およびその整数倍の周波数のノイズが重畳する。このノイズの影響
を低減する方法として,従来から位置決めに必要な周波数成分だけを残し,高周波
成分をカットするローパスフィルタが用いられてきた。」(段落【0004】),
②「【作用】従来のローパスフィルタによる除去方式は,ローパスフィルタのカッ
トオフ周波数以上の周波数成分を幅広く除去できるが,位置誤差信号に必要な信号
帯域とサーボ情報の読みだし周波数のノイズが接近した場合,十分なノイズの低減
が図れない。しかし,本発明によるディスク記憶装置の復調回路は,サーボ情報の
読みだし周波数のノイズをノッチフィルタにより除去できるため,位置誤差信号に
必要な信号帯域を維持したまま,復調回路ノイズを除去できる。」(段落【000
6】),③「ノッチフィルタ11a,11bの周波数特性を図6に示す。ノッチフ
ィルタ11a,11bは復調周波数ノイズを低減する目的で挿入されている。実際
の差信号には,復調周波数fd(Hz)の他に,その高調波成分n・fd(Hz)
(n=2,3,・・・)を含むため,ノッチフィルタを複数段接続して,n・fd(H
z)(n=1,2,・・・)を除去する図7に示すような周波数特性を持ったノッチフ
ィルタを挿入して,復調ノイズを,さらに,低減することも可能である。」(段落
【0015】)との記載がある。
(イ) 次に,特開昭61-39621号公報(乙8)には,パルス幅変調
型パワーアンプの復調フィルタに関し,①「〔問題点を解決するための手段〕 本
発明は,入力アナログ信号でキャリアをパルス幅変調してその被変調パルス信号を
電力増幅した後,ローパスフィルタで復調するパルス幅変調型パワーアンプの復調
フィルタにおいて,キャリア成分を除去する帯域除去フィルタを該ローパスフィル
タの前段に接続してなることを特徴とするものである。」(2頁左下欄11~18
行),②「第3図は更に効率を改善するために帯域除去フィルタを多段に接続した
本発明の他の実施例である。(1)式で示したようにパルス列f(t)は基本波成分s
intの他に,3次高調波sin3t,5次高調波sin5t,・・・・・・を含む。従
って,高効率化のためには高調波成分の除去も必要である。」(3頁右上欄2~7
行),③「第3図はこれを実現した実施例で,BFF1は基本波成分fsに対する
帯域除去フィルタ,BFF2は3次高調波3fsに対する帯域通過フィルタ,BF
F3は5次高調波5fsに対する帯域除去フィルタである。」(3頁右上欄下から
1行~左下欄4行)との記載がある。
(ウ) さらに,特開昭63-19521号公報(乙9)には,重量検出器
の出力信号に含まれるノイズ成分をフィルタ等で減衰させるようにした重量計測装
置の信号処理回路に関し,①「(発明が解決しようとする問題点) このような重
量検出系の固有振動数は,載荷物品重量に応じて大きく変動するので,複数段のロ
ーパスフィルタを接続したフィルタ回路により振動ノイズを減衰除去する場合に
は,フィルタ回路のカットオフ周波数を,安全率を見込んでかなり低く設定しなけ
ればならず,応答が遅くなり,計量速度が低下するという問題があった。」(2頁
左上欄9~16行),②「(作用) 本発明は,重量計測回路に用いられるフィル
タ回路を,カットオフ周波数の異なる複数段の縦続接続されたノッチフィルタによ
り,広い帯域で重量検出系の固有振動に起因するノイズを除去し,また,ノッチフ
ィルタと縦続接続されたローパスフィルタにより床振動に起因するノイズを除去す
るので,ローパスフィルタの接続段数を増加することなく,重量計測装置を高速か
つ有効に動作させることができる。」(2頁右上欄10~19行)との記載があ
る。
イ 前記認定事実によれば,甲6,7が周知例として適切であるかどうかを
判断するまでもなく,アナログ信号処理回路において,ローパスフィルタで除去す
るようにしていた複数の高周波ノイズを複数段の帯域除去フィルタやノッチフィル
タを用いて除去することは,本件出願当時,周知であったものと認めることができ
る。
 加えて,音声記録再生装置,音声信号伝送装置において既知の,又は周
波数特性を分析して得られた除去すべき周波数成分のみを除くことが本件出願当時
周知であったことに争いがないことを合わせ考慮すると,「音声記録再生装置,音
声信号伝送装置において,信号を周波数分析して除去する周波数範囲を特定し,い
くつかの帯域除去フィルタ(帯域減衰フィルタ)を組み合わせたフィルタにより,
信号の周波数成分の特定領域を除去することは本出願前周知である」との審決の認
定に誤りはないというべきである。
ウ これに対し原告は,乙7はディスクの記憶装置,乙8はパルス幅変調型
パワーアンプの復調フィルタ,乙9は重量計測装置に関するものであって,いずれ
も本願発明1の技術分野であるデジタルオーディオ用の帯域制限アナログフィルタ
に関するものではないから,周知例としての適格性を欠く旨主張する。
 しかし,乙7ないし9の各公報は,いずれもアナログ信号処理回路にお
ける高周波ノイズの除去に関するものであり,処理対象の信号の種類に異なるもの
が含まれるとしても,引用発明2とアナログ信号処理回路という技術分野を共通と
し,高周波ノイズの除去という共通の技術課題を解決しようというものであるか
ら,周知例としての適格性を有するものと認められる。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 進歩性の判断の誤りの有無
ア 原告は,本願発明1が,従来は看過されていたローパスフィルタが位相
特性の改善に支障を生じ得るとの課題とともに,D/A変換した後の音声信号のス
ペクトルが標本化周波数の整数倍の付近に集中していることを独自に認識し,この
認識に基づいて必要なスペクトルであるfs/2以下の音声信号とfs/2以上の
高調波成分とを分離するために,従来用いられていたローパスフィルタに代えて,
複数の帯域除去フィルタを構成し,デジタルオーディオシステムにおいて用いられ
るデジタル信号をアナログ信号に変換する際に位相特性の良いアナログフィルタを
提供するという本願発明1の課題の斬新性を,審決は看過している旨主張する。
(ア) 特開昭60-169213号公報(乙1)には,「ディジタルオー
ディオ機器では,一般にリニアフェイズ特性(群遅延平坦特性)が要求されるが,
従来のローパスフィルタにあっては,その群遅延特性は第2図の線Aで示すよう
に,可聴周波数範囲(20Hz~15kHz)内においても平坦ではない。そのた
めに従来のオーディオ機器では位相歪が生じていた。このような位相歪をなくすた
めには,ローパスフィルタの群遅延特性を少なくとも可聴周波数範囲内では平坦に
しなければならないが,急峻な減衰特性と大きな減衰量が要求されるローパスフィ
ルタでは,それ自体で平坦にすることは困難であった。」(2頁右上欄5~16
行),「(発明の目的) それゆえに,この発明の目的は,ローパスフィルタの群
遅延特性を補償し得る群遅延特性を有するオールパスフィルタを用いて,群遅延特
性を全体として平坦にすることである。」(2頁右上欄17行~左下欄1行)との
記載がある。
 次に,特開平5-276035号公報(乙2)には,「従来技術に於
いて,ローパスフィルタに入力されるアナログ信号の高周波成分は多く,ローパス
フィルタによる高周波成分カットは必要不可欠である。現在,オーバーサンプリン
グ等の技術が導入され,ローパスフィルタの高周波成分カットの負担を軽減するこ
とが実施されているが,ローパスフィルタによる聴感上の品質低下,即ち,位相特
性の劣化による歪,遅延時間の増大は防ぎようもない」(段落【0003】),
「【発明が解決しようとする課題】本発明は,デジタル信号からアナログ信号に変
換する最初の段階で,高周波成分を除去し後段ローパスフィルタの負担を極度に低
減もしくは省略することを可能にし,聴感上の品質を大幅に向上させることにあ
る。」(段落【0004】)との記載がある。
 これらの記載によれば,本件出願当時,「デジタルオーディオシステ
ムにおいて,D/A変換器の出力から高周波成分を除去するためにローパスフィル
タを用いると可聴周波数範囲内の信号に位相歪みを生じる」ことは周知であり,こ
の位相歪みをなくすという課題も周知であったことが認められる。
 また,前記((2)イ)認定のとおり,引用例2には,標本化周波数(サ
ンプリング周波数)をfsとしたときに,遮断周波数fcがfsに相当する帯域減
衰フィルタ回路でサンプリング周波数の上下側波帯成分を制限するという相違点2
に係る本願発明1の基本的な構成が記載されていることに照らすと,仮に原告が主
張するように本願発明1が「D/A変換した後の音声信号のスペクトルが標本化周
波数の整数倍の付近に集中していることを独自に認識し」たとしても,審決の判断
の誤りに結びつくものではないというべきである。
 したがって,審決が本願発明1の課題の斬新性を看過した旨の原告の
主張は理由がない。
(イ) これに対し原告は,乙1,2記載の位相歪みの改善とは,乙1の第
2図に示されるように,たかだか15kHz以下の特性を改善するものであり,本
願発明1が改善の対象とする位相歪みとは大きく異なる旨主張する。
 確かに,乙1には「第2図の線Aで示すような群遅延特性のローパス
フィルタに接続することによって,出力端子OUT(第3図)における全体の群遅
延特性を第2図の線Bで示すように改善することができる。すなわち,全体の群遅
延特性は,可聴周波数範囲(20Hz~15kHz)内では略フラットなものとな
り,従って従来のローパスフィルタ単独では改善できなかった位相歪が有効に除去
ないし改善されるのである。」(3頁右下欄10~18行)との記載があること及
び乙1の第2図等によれば,乙1には,20Hz~15kHzの帯域で群遅延特性
を略フラットとなし得ることが示されているものと認められる。
 しかし,他方で,乙1に「このような位相歪をなくすためには,ロー
パスフィルタの群遅延特性を少なくとも可聴周波数範囲内では平坦にしなければな
らない」と記載されているように(前記(ア)),位相歪の改善という課題は15k
Hz以下の周波数帯域に限られるものではいことの示唆があり,しかも,乙1の第
2図においても,15kHz~20kHzの帯域で群遅延特性が平坦でないこと,
すなわち位相歪が生じることが示されている。
 また,乙2で改善される位相歪みが15kHz以下の特性を改善する
ものであることについては,これを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,乙1,2記載の位相歪みの改善は本願発明1が改善の対
象とする位相歪みとは大きく異なるとの原告の主張は採用することができない。
イ 原告は,審決は,D/A変換した出力の周波数特性のうち,標本化周波
数の整数倍をキャリアとする上下の側波帯成分を減衰フィルタで除くことができ,
位相シフトの大幅な変動がなく,音声や音楽を再生するための抽出度を大幅に改善
することができるという本願発明1の格別の作用効果を看過している旨主張する。
 しかし,上記標本化周波数の整数倍をキャリアとする上下の側波帯成分
を減衰フィルタで除くことにより,位相シフトの大幅な変動がなく,音声や音楽を
再生するための抽出度を大幅に改善することができるという作用効果は,引用発明
1,2及び前記(3)イ認定の周知事項(周知技術)から,当業者が当然予測し得るも
のと認められる。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ さらに,原告は,引用例2は,一つのサンプリング周波数除去フィルタ
とローパスフィルタとを示したものであって,引用例2から,複数の帯域除去フィ
ルタを用いて集中した部分の高調波成分を除去するという相違点2に係る本願発明
1の構成に想到することはあり得ない旨主張する。
 しかしながら,前記認定のとおり,引用例1の第3図には,サンプリン
グ周波数(標本化周波数)の整数倍の周波数(fs,2fs)を基準としてその上
下に不要高調波成分の側波帯(b1,b2)が広がっていることが図示されている
こと(前記(1)),引用例2には,デジタルオーディオ用帯域制限アナログフィルタ
において,標本化周波数(サンプリング周波数)をfsとしたときに,遮断周波数
fcがfsに相当する帯域減衰フィルタ回路でサンプリング周波数の上下側波帯成
分を制限するという相違点2に係る本願発明1の基本的な構成が記載されているこ
と(前記(2)イ),本件出願当時,アナログ信号処理回路において,複数の高周波ノ
イズ成分を除去するための複数段の帯域除去フィルタを用いることが周知技術であ
ったこと(前記(3)イ)によれば,引用発明1に引用発明2を適用する際に,上記周
知技術を考慮して相違点2に係る本願発明1の構成をすることは当業者が容易にな
し得たものと認められる。
(5) したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(手続違背)について
(1) 原告は,審決は拒絶理由に全く示されていなかった甲6,7を実質的には
本願発明1の進歩性判断の基礎となる公知資料として使用し,原告に甲6,7に対
する反論の機会を与えなかったから,審判における適正な手続保障を欠いた違法が
ある旨主張する。
 しかし,当業者が周知事項として熟知している技術については,拒絶理由
通知として改めて通知する必要はないこと,被告は,審決が甲6,7を周知例とし
て例示した趣旨は,原告も認める「既知の,又は周波数特性を分析して得られた除
去すべき周波数成分のみを除くこと」が周知であることを示すためであると主張し
ていること(第3の3(2)ウ)に照らすと,原告の上記主張は採用することができな
い。
(2) 次に,原告は,審決が,本願発明1における「帯域減衰フィルタは,その
遮断周波数しか限定されておらず,その選択度,位相等の特性を特定しているもの
ではないから,ローパスフィルタを高調波の主たる除去手段として用いるものに対
して一概に位相特性を大幅に改善することができる顕著な効果とは認められず,上
記主張は採用できない。」(5頁15~19行)と判断しているが,これは拒絶理
由通知や拒絶査定においては全く示されていなかった拒絶理由であるなどと主張す
る。
 しかし,審決に「なお,請求人は審判請求書において,本発明は,サンプ
リング周波数の整数倍の上下に広がる側波帯成分が,最も広いと考えられるオーケ
ストラであってもサンプリング周波数の整数倍の上下の比較的狭い範囲に集中して
存在していることに着目することにより,サンプリング周波数の整数倍の帯域を制
限する帯域制限フィルタを設けることによって高調波成分を除去することができる
ようにようになったもので,これによりローパスフィルタを高調波の主たる除去手
段として用いることが不要となり,位相特性を大幅に改善することができるという
顕著な効果が得られると主張している。」(5頁2~9行)との記載があることに
照らすと,審決の上記説示(5頁15~19行)は,原告(請求人)の審判請求書
における主張に対す判断を示したものであって,新たな拒絶理由に該当するもので
ないことは明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(3) したがって,原告主張の取消事由3も理由がない。
5 結論
 以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官    中野哲弘
裁判官    大鷹一郎
裁判官    長谷川 浩 二

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