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平成24年6月13日判決言渡
平成23年(行ケ)第10327号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年5月30日
判決
原告株式会社コーアツ
訴訟代理人弁理士森治
被告特許庁長官
指定代理人仁木浩
大河原裕
神山茂樹
氏原康宏
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2010-12669号事件について平成23年9月2日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とする審決の取消訴訟
である。争点は,補正の適否(補正が願書に最初に添付した明細書等に記載された
事項の範囲でなされたものか),及び進歩性の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成16年10月29日,名称を「定流量弁」とする発明について特許
出願をし(特願2004-316245号,公開公報は特開2006-12555
8号〔甲12〕),平成21年7月21日付で特許請求の範囲等の変更の補正(元の
補正,甲5)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をし
た(不服2010-12669号)。
その中で原告は平成22年6月10日付けで特許請求の範囲等の変更の補正(本
件補正,甲10)をしたが,特許庁は,平成23年9月2日,本件補正を却下した
上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成23年9
月14日原告に送達された。
2本願発明の要旨
【元の補正による特許請求の範囲の請求項1】(元補正発明)
「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等にかかるよ
うにすることによって流体の静圧による差圧が作用しないように構成するとともに,
流体の流れによって弁体にかかる抗力を,該抗力と釣り合う方向に弁体を付勢する
弾性体の付勢力とバランスさせることにより,弁体の移動方向に沿って形成した流
路開口部の断面積を変化させ,流体の圧力変化にかかわらず流体の流量を略一定に
保持するようにしたことを特徴とする定流量弁。」(下線は補正部分)
【本件補正による請求項1】(補正発明)
「流体流路に配設した弁体の流体の流れに対して垂直な平面へ投影面に対応する
弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下流側を向く面に,流体の動圧及び減
圧前の流体の静圧のみがかかるようにすることによって弁体に流体の静圧による差
圧が作用しないように構成するするとともに,流体の流れによって弁体にかかる抗
力を,該抗力と釣り合う方向に弁体を付勢する弾性体の付勢力とバランスさせるこ
とにより,弁体の移動方向に沿って形成した流路開口部の断面積を変化させ,流体
の圧力変化にかかわらず流体の流量を略一定に保持するようにしたことを特徴とす
る定流量弁。」(下線は補正部分)
3審決の理由の要点
(1)本件補正によれば,弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下流側を
向く面の双方に,「流体の動圧」及び「減圧前の流体の静圧のみ」がかかることとな
り,それにより「弁体に流体の静圧による差圧が作用しない」ように構成されるも
のとなった。
一方,願書に最初に添付した明細書の段落【0009】,【0010】の記載によ
れば,「減圧前の流体の静圧」についての直接的な記載はされていないものの,弁体
のばね収容室と流体流路とを流体通路により連通することで,弁体の流体の流れに
対して上流側を向く面と下流側を向く面の双方に何等かの大きさの「流体の静圧」
がかかるであろうことは理解できるが,弁体の流体の流れに対して上流側を向く面
と下流側を向く面の双方に,「減圧前の流体の静圧のみ」がかかることは,願書に最
初に添付した明細書(当初明細書),特許請求の範囲(当初特許請求の範囲)又は図
面(当初図面,これらをまとめて「当初明細書等」という。)には,何等記載及び示
唆されていなし,「流体の動圧」そのもの,「流体の動圧」が弁体の流体の流れに対
して上流側を向く面と下流側を向く面の双方にかかること,及び,「流体の動圧」の
「弁体に流体の静圧による差圧が作用しない」ことへの因果関係については,当初
明細書等には,何等記載及び示唆されていない。
仮に,「流体の動圧」が,「流体の流れによって弁体にかかる抗力」に相当するも
のであるとしても,該抗力は,弁体の流体の流れに対して下流側を向く面(内面側)
にかかるばねの付勢力とバランスするものであるところから,「流体の動圧」は弁体
の流体の流れに対して上流側を向く面(外面側)のみにかかるものであって,同下
流側を向く面に「流体の動圧」がかかることにはならない。
また,当初明細書等の記載から,「弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下
流側を向く面に,流体の動圧及び減圧前の流体の静圧のみがかかる」ことが,当業
者に自明であるとも,当初明細書等に記載されていたに等しい事項であるともいえ
ず,さらに,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事
項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるともいえない。
したがって,上記補正事項を含む本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範
囲内においてしたものとは認められず,本件補正は,平成18年法律第55号改正
附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法(改正前の特許法)によ
る改正前の特許法17条の2第3項の規定に適合しない。
(2)「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等にか
かる」ことは,当初明細書等には何等記載ないし示唆されておらず,また,本願の
図1-図10及び図14-図16に「弁体の移動方向の面に絞り弁部(流路開口部
12)より上流側の流体の静圧のみがかかる」ことが示されているとも,さらに,
本願の図11-図13に「弁体の移動方向の一方の移動方向の面と逆方向の移動方
向の面において,絞り弁部(流路開口部12)より上流側の流体の静圧及び下流側
の流体の静圧がかかる面積が同一となるようにして,絞り弁部(流路開口部12)
による圧力の低下を相殺するようにする」ことが示されているともいえない。
むしろ,本願の図1によれば,流体流路14について,弁体11の外周部領域に
おける流路断面積が弁体11の上流側面の上流部領域の流路断面積よりも弁体11
の断面積分だけ小さくなっているため,弁体11の外周部領域における流速が相対
的に速くなる分だけ流体の静圧そのものは低くなり,流体通路11dを介して弁体
11の下流側面にかかる流体の静圧は,弁体11の上流側面にかかる流体の静圧よ
りも小さくなるものと解される。
また,当初明細書等の記載から,「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面
に流体の静圧が均等にかかる」ことが,当業者に自明であるとも,当初明細書等に
記載されていたに等しい事項であるともいえず,さらに,当初明細書等のすべての
記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事
項を導入しないものであるともいえない。
したがって,上記補正事項を含む元の補正は,当初明細書等に記載した事項の範
囲内においてしたものとは認められないから,改正前の特許法17条の2第3項に
規定する要件を満たしていない。
(3)仮に元の補正が上記要件を満たすと判断された場合について検討するに,
引用例(特開平4-83980号公報,甲1)には,実質的に次の発明(引用発明)
が記載されていることが認められる。
「主流路4と弁11のスプリング収容室とをバイパス孔15,15aにより連通
させ,主流路4に配設した弁11の流路軸方向に移動するオリフィス板12の前面
と後面の圧力P1と圧力P2との圧力差によって弁11のオリフィス板12の前面
に流体動圧が作用するように構成するとともに,流体によって弁11のオリフィス
板12の前面に作用する流体動圧を,該流体動圧と平衡させる方向に弁11をオリ
フィス板12の後面から付勢するスプリング18の弾発力Fと力平衡させることに
より,弁11の流路軸方向に沿って形成した可変オリフィス部19の開口面積Aを
変化させ,圧力変動の広範囲にわたって一定流量を維持させるようにした定流量弁
1。」
(4)元補正発明と引用発明との一致点と相違点は次のとおりである。
【一致点】
「流体流路に配設した弁体の移動方向の面の各々に流体の静圧がかかり,弁体に
流体の流れによって抗力がかかるように構成するとともに,流体の流れによって弁
体にかかる抗力を,該抗力と釣り合う方向に弁体を付勢する弾性体の付勢力とバラ
ンスさせることにより,弁体の移動方向に沿って形成した流路開口部の断面積を変
化させ,流体の圧力変化にかかわらず流体の流量を略一定に保持するようにした定
流量弁。」
【相違点】
「流体流路に配設した弁体の移動方向の面の各々に流体の静圧がかかり,弁体に
流体の流れによって抗力がかかるように構成する」態様に関し,元補正発明は,「弁
体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等にかかるようにすることによって流体
の静圧による差圧が作用しないように構成する」としているのに対し,引用発明は,
弁体の移動方向の面の各々にかかる「流体の静圧」の大きさの関係については明確
にされていない点。」
(5)①一般に,「流体の動圧」とは,「流体の圧力」のうち「流体の静圧」を除
いたものであるから,引用発明において,弁体(オリフィス板)の上流側面(前面)
に「流体動圧」即ち「流体の動圧」が作用するということは,弁体の上流側面と下
流側面(後面)にかかる「流体の静圧」が相殺された結果としての「流体の動圧」
が弁体の上流側面のみにかかる状態を意味するものと解されるところ,引用発明に
おいても,弁体の移動方向の面の各々には「流体の静圧が均等にかかる」とみなせ
るものであり,結果,弁体に「流体の静圧による差圧が作用しない」ことになるた
め,相違点は,実質的な相違点をなすものとはいえない。元補正発明は,引用例に
記載された発明であるといわざるをえないから,特許法29条1項3号に該当する。
②願書に最初に添付した特許請求の範囲の【請求項1】,同明細書の段落【0
009】及び【0010】の記載によれば,元補正発明の本質的部分は,「流体の流
れによって弁体にかかる抗力を,該抗力と釣り合う方向に弁体を付勢する弾性体の
付勢力とバランスさせることにより,弁体の移動方向に沿って形成した流路開口部
の断面積を変化させる構成」自体にあり,これにより「流体の圧力変化にかかわら
ず流体の流量を略一定に保持するようにした定流量弁」を実現し得るものと解され
る。一方,弁体の移動方向の各面にかかる「流体の静圧」の大きさの関係について
は,上記の記載をみる限り,何等の説明もなされていないところから,元補正発明
の本質的部分を構成するものとまではいえない。そうすると,上記本質的部分の構
成を含む引用発明において,「流体動圧」即ち「抗力」は必ず発生するものといえる
が,上記本質的部分を構成するものとまではいえない弁体の移動方向の面の各々に
かかる「流体の静圧」の大きさの関係については,弁体の移動方向の下流側面にか
かる「流体の静圧」に関係するオリフィス板による絞り弁部(引用例の第1図参照)
の開口面積を調整する等により,「弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等に
かかるようにすることによって流体の静圧による差圧が作用しないように構成す
る」ことは,当業者が適宜設定し得るところであり,「均等」の関係とすることで,
上記相違点に係る元補正発明の構成とすることも任意であり,それにより,当業者
が想定し得ない格別顕著な効果が新たに奏されることになるともいえない。
元補正発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明から当業者が予測し
得る範囲内のものである。
したがって,元補正発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものであるから特許法29条2項の規定により,特許を受けることができ
ない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(本件補正の適否の判断の誤り)
(1)本件出願に係る発明は,「流体の圧力変化にかかわらず流体の流量を略一
定に保持する」(願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1)ために,「ばね
13を配設した弁体11及び弁体支持体11eにかけて形成したばね収容室11c
と流体流路14とを,弁体11に形成した流体通路11dにより連通することによ
り,弁体11に差圧が作用しないようにしている。」(当初明細書の段落【0010】)
の記載及び当初図面の図1に記載されているとおり,弁体の移動方向にかかる流体
の静圧による力を均衡させるように構成している。具体的には,流体流路に配設し
た弁体に対して減圧前(弁体11の移動によって断面積が変化する流路開口部12
〔絞り部〕より上流側)の流体の静圧がかかる弁体の移動方向の上流側を向く受圧
面と下流側を向く受圧面が受ける静圧が等しくなるようにし,かつ,減圧後の流体
の静圧がかかる弁体の上流側を向く受圧面と下流側を向く受圧面をなくすことによ
って,弁体の移動方向にかかる流体の静圧による力を均衡させ,これによって,「流
体流路14に配設した弁体11を,流体の流れによって弁体11にかかる抗力Dに
より動作,バランスさせることにより,弁体11の移動方向に沿って形成した流路
開口部12の断面積を変化させ,流体の圧力変化にかかわらず流体の流量を略一定
に保持するようにしたもの」(当初明細書の段落【0009】)である。すなわち,
本件出願に係る発明は,弁体に静圧による差圧が作用しないようにして,流体の圧
力(静圧)変化では弁体が移動しないようにしたことを特徴としたものである。し
たがって,審決の「しかしながら,弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下
流側を向く面の双方に,『減圧前の流体の静圧のみ』がかかることは,当初明細書等
には,何等記載及び示唆されていない。」との判断は誤りである。
また,審決の「『流体の動圧』そのもの,『流体の動圧』が弁体の流体の流れに対
して上流側を向く面と下流側を向く面の双方にかかること,及び,『流体の動圧』の
『弁体に流体の静圧による差圧が作用しない』ことへの因果関係については,当初
明細書等には,何等記載及び示唆されていないところである。仮に,『流体の動圧』
が,『流体の流れによって弁体にかかる抗力』に相当するものであるとしても,該抗
力は,弁体の流体の流れに対して下流側を向く面(内面側)にかかるばねの付勢力
とバランスするものであるところから,『流体の動圧』は弁体の流体の流れに対して
上流側を向く面(外面側)のみにかかるものであって,同下流側を向く面に『流体
の動圧』がかかることにはならないはずである。」との判断はある意味で正しく,本
件出願に係る発明は,弁体の流体の流れに対して下流側を向く面にかかる「流体の
動圧」はゼロとなる。ここで,弁体の流体の流れに対して下流側を向く面にかかる
「流体の動圧」がゼロであるにもかかわらず,特許請求の範囲の請求項1の記載に
おいて,「弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下流側を向く面に,流体の動
圧及び減圧前の流体の静圧のみがかかる」と記載した理由は,弁体の構造から,「減
圧後の流体の静圧」はかかる余地がない(「減圧後の流体の静圧」が弁体にかかる箇
所がない)のに対して,「流体の動圧」はゼロであってもかかる余地があるためであ
る。
(2)なお,流路開口部12より下流側に位置する,弁体11の上流側を向く面
と下流側を向く面の面積がゼロであるのに対して,流路開口部12より上流側に位
置する,弁体11の上流側を向く面と下流側を向く面の面積はゼロではないため,
両方の面に流体の動圧がかかることになる一方,下流側を向く面にかかる流体の動
圧の大きさはゼロとなる。「『流体の動圧』はゼロであってもかかる余地がある」と
は,このことを意味する。
また,「流体通路11dが実質的に解放されていない空間と連通している」とは,
当該空間が弁体11と弁体支持体11e(さらに両者間に配設されたOリング)に
よって閉鎖され,流体通路14の流出側とは直接連通していないことを意味する。
(3)減圧の前後を区分けするのは,流路の断面積が最小となる部分,すなわち,
当初図面の【図1】における流路開口部12と考えるのが妥当であり,被告の主張
は失当である。当初図面の【図1】において,「流路の断面積が減少を開始する位置」
から流路の断面積が減少を開始するように形成されているが,この図1に記載され
たものと,流路の断面積を減少させていない図2に記載したものとの間に,原理及
び作用において実質的な差がないことを確認している。
また,被告は,ベルヌーイの定理を論拠として挙げているが,同一流線上に成り
立つエネルギ保存則が図1に記載されたものにそのまま適用できるものではなく,
むしろ,本件発明の原理(流体の静圧が均等にかかるという考え方)は,パスカル
の原理に近いものということができる。
本件出願に係る発明の定流量弁は,不活性ガス消火設備のような高圧ガス(高圧
ガス容器に充填した状態で,35℃において,18MPa)の流路に適用すること
を想定したものであって,動圧の値が総圧(静圧)に比較して非常に小さいことか
ら,「流路開口部12より上流側に位置する,弁体11の移動方向の上流側を向く面
の面積と下流側を向く面の面積を等しく」することによって,「弁体11にかかる減
圧前の流体の静圧を相殺」する作用を奏することができるとともに,弁体11の移
動方向の上流側を向く面には,その構造上,流体の静圧とほぼすべての動圧,すな
わち,総圧がかかることから,この弁体11の移動方向の上流側を向く面と下流側
を向く面にかかる動圧の作用の差によって,弁体11を弾性体又は磁石の付勢力と
バランスする位置まで移動させるようにしたものである。
2取消事由2(元の補正の適否の判断の誤り)
(1)審決は,「当初明細書等の記載から,『流体流路に配設した弁体に弁体の移
動方向の面に流体の静圧が均等にかかる』ことが,当業者に自明であるとも,当初
明細書等に記載されていたに等しい事項であるともいえず,さらに,当初明細書等
のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新た
な技術的事項を導入しないものであるともいえない。」とした。
しかし,「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等にか
かる」との記載は,「弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下流側を向く面の
双方に,『減圧前の流体の静圧のみ』がかかる」の記載(ただし,元の補正は,さら
に,流体流路に配設した弁体に対して減圧前の流体の静圧がかかる弁体の移動方向
の上流側を向く受圧面と下流側を向く受圧面が受ける静圧が等しくなるようにし,
かつ,減圧後の流体の静圧がかかる弁体の上流側を向く受圧面と下流側を向く受圧
面が受ける静圧が等しくなるようにすることで,弁体の移動方向にかかる流体の静
圧による力を均衡させる形態をも範囲に含んでいる。)を別の表現で表したものであ
って,前記1の記載のとおり,審決の判断はそもそも誤りである。
したがって,「上記補正事項を含む元の補正は,当初明細書等に記載した事項の範
囲内においてしたものとは認められないから,改正前の特許法第17条の2第3項
に規定する要件を満たしていない。」とした審決には誤りがある。
(2)弁体11の上流側面の上流部領域の流路断面積には,流体の流れの内部分
(淀み)が含まれていることもあって,流路断面積に与える弁体11の断面積の影
響は実質的に無視できる程度のものである。
3取消事由3(元補正発明における新規性,進歩性判断の誤り)
(1)審決が「引用発明は,弁体の移動方向の面の各々にかかる『流体の静圧』
の大きさの関係については明確にされていない点。」と認定している点について検討
するに,引用発明の定流量弁は,流体の一定範囲の圧力変化にかかわらず流体の流
量を略一定に保持するようにするものであり,かつ,バイパス孔15,15aが設
けられることによって,オリフィス板12の上流側の受圧面積と下流側の受圧面積
とが等しくされているが,弁11のオリフィス板12の弁11の移動方向の面にか
かる流体の静圧が,絞り弁部14(絞り部)による圧力の低下(P1→P2)によ
って均等にかからず,また,弁11全体をみても,弁11の下端面には,可変オリ
フィス部19(絞り部)によって減圧された後の流体の静圧がかかるように構成さ
れているため,減圧された後の流体の静圧の変動の影響,特に,複数の絞り部(オ
リフィス板12及び可変オリフィス部19)が存在することによる流体の静圧の変
動の影響も相俟って,流体の圧力変化が大きい場合には,流体の流量を略一定に保
持することが困難なものである。すなわち,引用発明の定流量弁は,絞り弁部14
(絞り部)及び可変オリフィス部19(絞り部)によって,2段階の減圧を行うこ
とによって,弁体に流体の静圧による差圧を積極的に作用させ,弁の動作を補助す
ることにより流量を調節できるようにしたものであり,「弁体に弁体の移動方向の面
に流体の静圧が均等にかかるようにすることによって流体の静圧による差圧が作用
しないように構成する」という本件出願に係る発明の技術思想はそもそも存在しな
い。
一方,本件出願に係る発明は,「流体の圧力変化の影響を受けにくく,また,オリ
フィスや弾性体の変形を利用するものでないため大流量にも適応可能である。」とい
う作用効果を奏するものであり,特に,引用発明の定流量弁では流体の流量を略一
定に保持することが困難な不活性ガス消火設備のように大きな圧力変化を伴う大流
量の流体用の定流量弁に適用可能なものである。そして,上記のとおり,引用発明
には,元補正発明の「弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等にかかるよう
にすることによって流体の静圧による差圧が作用しないように構成する」という本
件出願に係る発明の技術思想はそもそも存在せず(この点に関し,審決は,「本願の
例えば図1の実施例にも示されているように,流体通路11dを介して弁体11の
下流側面にかかる流体の静圧は,弁体11の上流側面にかかる流体の静圧よりも小
さくなるものと解されるため,このものにおいては弁体の移動方向の面に流体の静
圧が均等にかかるとは到底いえない。」との判断は,流体通路11dが実質的に開放
されていない空間と連通していることを看過している点で誤りである。),現に,本
件出願に係る明細書に記載した不活性ガス消火設備のように大きな圧力変化を伴う
大流量の流体用の定流量弁に適用することができるものではないことから,引用発
明は,元補正発明の特定構成に至るための具体的な動機付けを何ら示すものではな
い。
したがって,元補正発明と引用発明との間には実質的な構成上の差異が存在しな
いとした審決の判断には誤りがある。
(2)同様の理由から,審決が「上記本質的部分の構成を含む引用発明において,
『流体動圧』即ち『抗力』は必ず発生するものといえるが,上記本質的部分を構成
するものとまではいえない弁体の移動方向の面の各々にかかる『流体の静圧』の大
きさの関係については,弁体の移動方向の下流側面にかかる『流体の静圧』に関係
するオリフィス板による絞り弁部(引用例の第1図参照)の開口面積を調整する等
により,『弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等にかかるようにすることに
よって流体の静圧による差圧が作用しないように構成する』ことは,当業者が適宜
設定し得るところであり,『均等』の関係とすることで,上記相違点に係る本願発明
(判決注:元補正発明のこと)の構成とすることも任意であり,それにより,当業
者が想定し得ない格別顕著な効果が新たに奏されることになるともいえない。」との
判断は,元補正発明に至るための具体的な動機付けを何ら示すことのない元補正発
明に基づく後付けの理由であって,論理に飛躍があり,誤りである。
(3)「流体通路11dが実質的に開放されていない空間と連通している」とは,
当該空間が弁体11と弁体支持体11e(さらに両者間に配設されたOリング)と
によって閉鎖され,流体流路14の流出側とは直接連通していないことを意味する。
当該空間は実質的に開放されていないため,圧力降下がない。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
(1)原告は,「流路開口部12(絞り部)より上流側(の流体の静圧)が『減
圧前(の流体の静圧)』である」と主張する。
しかし,当初明細書の本願の定流量弁の構造,流体の流量を一定に保持するため
の仕組みに関する記載(段落【0009】~【0011】)及び定流量弁の構造説明
図(当初図面の図1)には,原告が主張するようなことは,記載も示唆もされてい
ないし,他の箇所にも記載や示唆はない。そして,当初図面の図1をみると,流路
断面積が減少するのは,流路開口部12ではなく,下図に示した「流路の断面積が
減少を開始する位置」からであることが開示されているが,その位置から流速が増
加するため,静圧も減少を始めることとなる点が理解できる(これは,ベルヌーイ
の定理により,流体の流速が増加すると静圧が減少することは技術常識であること
から明らかである。)から,「流路開口部12(絞り部)より上流側(の流体の静圧)
が『減圧前(の流体の静圧)』である」との原告の主張は誤りである。
そして,上記のとおりであるから,当初図面の図1から,該「流路の断面積が減
少を開始する位置」より下流側の流体の静圧は,「減圧後の流体の静圧」となると理
解できる。してみると,弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下流側を向く
面の内,少なくとも,下流側を向く面には,「減圧後の流体の静圧」がかかることに
なる。
また,原告が主張するように,「流路開口部12より上流側に位置する,弁体11
の移動方向の上流側を向く面の面積と下流側を向く面の面積を等しく」したとして
も,該「流路の断面積が減少を開始する位置」から静圧も減少を始めることから,
原告が主張するような「弁体11にかかる減圧前の流体の静圧を相殺」するという
作用を奏することができないことは明らかである。
したがって,請求項1の「弁体の流体の流れに対して垂直な平面へ投影面に対応
する弁体の流体の流れに対して」「下流側を向く面に,」「減圧前の流体の静圧のみが
かかる」との事項は,当初明細書等に記載や示唆されていたということはできない。
(2)当初明細書には,弁体の開閉にかかる力に関して,「弁体11にかかる抗
力を,抗力Dと釣り合う方向に弁体11を付勢する弾性体としてのばね13(以下
の実施例も同様)の付勢力とバランスさせるようにしている。」(段落【0009】),
「弁体11の一端側(外面側)11aに流体の流れによってかかる抗力と,弁体1
1の他端側(内面側)11bにかかるばね13の付勢力とをバランスさせることに
より,弁体11の移動方向に沿って形成した流路開口部12の断面積を実質的に変
化させ,流体の圧力変化にかかわらず流体の流量を略一定に保持するようにしたも
のである。そして,ばね13を配設した弁体11及び弁体支持体11eにかけて形
成したばね収容室11cと流体流路14とを,弁体11に形成した流体通路11d
により連通することにより,弁体11に差圧が作用しないようにしている。」(段落
【0010】)と記載されているのみであって,弁体の流体の流れに対して,下流側
を向く面に流体の動圧がかかること(例えば,下流側を向く面に上流側を向く面と
同等の流体の動圧がかかること)は何ら記載や示唆がない。
したがって,例えば,下流側を向く面に上流側を向く面と同等の流体の動圧がか
かることを包含する,請求項1の「弁体の流体の流れに対して垂直な平面へ投影面
に対応する弁体の流体の流れに対して」「下流側を向く面に,」「流体の動圧」「がか
かる」との事項は,当初明細書等に記載や示唆されていたということはできない。
そして,流体の動圧について,原告が弁体の流体の流れに対して下流側を向く面に
かかる流体の動圧の大きさはゼロであること,すなわち,動圧はかからないことを
認めているように,そもそも,元補正発明において,「弁体の流体の流れに対して上
流側を向く面と下流側を向く面に,流体の動圧がかかる」とすると,流体の流量を
一定に保持することができず,定流量弁として機能することはできないから,この
ようなことが当初明細書等に記載や示唆されていたとはいえない。
2取消事由2に対し
原告は,「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等にか
かる」(以下「技術事項A」という。)との記載が,「弁体の流体の流れに対して上流
側を向く面と下流側を向く面の双方に,『減圧前の流体の静圧のみ』がかかる」(以
下「技術事項B」という。)の記載を別の表現で表した」ものである旨主張する。
そうであれば,技術事項Bは,前記のとおり,当初明細書等に記載されていない
事項であるから,技術事項Aも当初明細書等に記載や示唆されていない事項である
ことは明らかであるし,そもそも,当初明細書には,弁体の開閉にかかる力(圧力)
に関して,弁体11にかかる抗力を,抗力Dと釣り合う方向に弁体11を付勢する
弾性体としてのばね13の付勢力とバランスさせるようにして,流体の圧力変化に
かかわらず流体の流量を略一定に保持するようにしたことが示されているのみ(例
えば,段落【0009】,【0010】)であって,技術事項Aは,当初明細書等に記
載や示唆がされていない。
また,審決(5頁1行~6行)のとおり,「本願の図1によれば,流体流路14に
ついて,弁体11の外周部領域における流路断面積が弁体11の上流側面の上流部
領域の流路断面積よりも弁体11の断面積分だけ小さくなっているため,弁体11
の外周部領域における流速が相対的に速くなる分だけ流体の静圧そのものは低くな
り,流体通路11dを介して弁体11の下流側面にかかる流体の静圧は,弁体11
の上流側面にかかる流体の静圧よりも小さくなるものと解される。」ものである。
したがって,技術事項A,すなわち「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向
の面に流体の静圧が均等にかかる」ことは,当初明細書等に記載や示唆されていた
事項とはいえない。
3取消事由3に対し
(1)原告は,引用例には,『弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等に
かかるようにすることによって流体の静圧による差圧が作用しないように構成す
る』という本件出願に係る発明の技術思想はそもそも存在しないと主張する。
しかし,元補正発明は,第1実施例を包含するものであることは明らかである。
そして,第1実施例が示されている図1には,審決(5頁1行~6行)のとおり,
流体流路14について,弁体11の外周部領域における流路断面積が弁体11の上
流側面の上流部領域の流路断面積よりも弁体11の断面積分だけ小さくなっている
ため,弁体11の外周部領域における流速が相対的に速くなる分だけ流体の静圧そ
のものは低くなり,流体通路11dを介して弁体11の下流側面にかかる流体の静
圧は,弁体11の上流側面にかかる流体の静圧よりも小さくなるものが示されてい
る。一方,引用発明においても,弁11(元補正発明の「弁体」に相当する。)の流
体の流れに対して弁11のオリフィス板12の上流側を向く前面(元補正発明の「弁
体の移動方向の面」に相当する。)の静圧に比べて下流側を向く後面(元補正発明の
「弁体の移動方向の面」に相当する。)の静圧が小さいものが示されている。
してみると,元補正発明に包含される第1実施例と引用発明とは,上記の点にお
いて差異はないから,元補正発明の「弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均
等にかかるようにすることによって流体の静圧による差圧が作用しないように構成
する」との点は,引用発明に実質的に示されていることとなる。したがって,両者
は,上記の点において,実質的に相違点をなすものではない。
(2)上記(1)のとおりであるから,原告の主張は,失当である。
また,元補正発明は,「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面に流体の静
圧が均等にかかるようにすることによって流体の静圧による差圧が作用しないよう
に構成するとともに,流体の流れによって弁体にかかる抗力を,該抗力と釣り合う
方向に弁体を付勢する弾性体の付勢力とバランスさせることにより,弁体の移動方
向に沿って形成した流路開口部の断面積を変化させ,流体の圧力変化にかかわらず
流体の流量を略一定に保持するようにしたことを特徴とする定流量弁。」であり,「流
体通路11dが実質的に開放されていない空間と連通している」との構成も,「『流
体通路11dが実質的に開放されていない空間と連通している』とは,当該空間が
弁体11と弁体支持体11e(さらに両者間に配設されたOリング)とによって閉
鎖され,流体流路14の流出側とは直接連通していない」との構成も特定されてい
ない。
したがって,原告の上記主張は元補正発明に基づかない後付けの主張である。
(3)一般に,定流量弁は,流体の圧力変化にかかわらず流体の流量をより正確
に一定に保持することを目的(課題)とするものであるから,引用発明においても,
「流体の流量をより正確に一定に保持する」という自明の課題が内在しているとい
える。したがって,引用発明には元補正発明に至るための具体的な動機付けが存在
するといえる。よって,原告の「元補正発明に至るための具体的な動機付けを何ら
示すことのない元補正発明に基づく後付けの理由であって,論理に飛躍があるとい
わざるをえない。」との主張はその根拠がなく失当である。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(本件補正の適否の判断の誤り)について
(1)本件出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面(当初
明細書等,甲4)には,次のとおりの記載がある。
・【請求項1】
流体流路に配設した弁体を,流体の流れによって弁体にかかる抗力により動作,
バランスさせることにより,弁体の移動方向に沿って形成した流路開口部の断面積
を変化させ,流体の圧力変化にかかわらず流体の流量を略一定に保持するようにし
たことを特徴とする定流量弁。
・【0009】
図1に,本発明の定流量弁の第1実施例を示す。
流体流路14に配設した弁体11を,流体の流れによって弁体11にかかる抗力
Dにより動作,バランスさせることにより,弁体11の移動方向に沿って形成した
流路開口部12の断面積を変化させ,流体の圧力変化にかかわらず流体の流量を略
一定に保持するようにしたものである。
ここで,弁体11にかかる抗力Dは,次の式(1)により求めることができる。
D=(ρ/2)U2
FCD
ρ:流体の密度
U:流体の速度
F:流体の流れに対して垂直な平面への弁体11の投影面積
CD:抗力係数(弁体11の形状,姿勢,表面の滑粗及びレイノルズ数Re
によって決まる無次元数)
そして,本実施例においては,弁体11にかかる抗力を,抗力Dと釣り合う方向
に弁体11を付勢する弾性体としてのばね13(以下の実施例も同様)の付勢力と
バランスさせるようにしている。
・【0010】
より具体的には,この定流量弁1は,流体流路14に配設したカップ状の弁体1
1を,弁体11の一端側(外面側)11aに流体の流れによってかかる抗力と,弁
体11の他端側(内面側)11bにかかるばね13の付勢力とをバランスさせるこ
とにより,弁体11の移動方向に沿って形成した流路開口部12の断面積を実質的
に変化させ,流体の圧力変化にかかわらず流体の流量を略一定に保持するようにし
たものである。
そして,ばね13を配設した弁体11及び弁体支持体11eにかけて形成したば
ね収容室11cと流体流路14とを,弁体11に形成した流体通路11dにより連
通することにより,弁体11に差圧が作用しないようにしている。
・【0011】
この定流量弁1は,流体流路14を流れる流体の速度(流量)が増加しようとす
ると,弁体11が流路開口部12の断面積を減少する方向に移動して平衡し,流体
の速度(流量)が増加するのを抑え,一方,流体流路14を流れる流体の速度(流
量)が減少しようとすると,弁体11が流路開口部12の断面積を増加する方向に
移動して平衡し,流体の速度(流量)が減少するのを抑えることにより,流体の流
量が略一定に保持される。
・【図1】本発明の定流量弁の第1実施例を示す構造説明図
(2)平成22年6月10日付手続補正書(甲10)によれば,本件補正により,
弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下流側を向く面の双方に,流体の動圧
及び減圧前の流体の静圧のみがかかることとなり,それにより,弁体に流体の静圧
による差圧が作用しないように構成されることになる。
しかし,当初明細書等(甲4)には,「ばね13を配設した弁体11及び弁体支
持体11eにかけて形成したばね収容室11cと流体流路14とを,弁体11に形
成した流体通路11dにより連通することにより,弁体11に差圧が作用しないよ
うにしている。」(段落【0010】)と記載されているが,弁体の流体の流れに対し
て上流側を向く面と下流側を向く面の双方に,減圧前の流体の静圧のみがかかるこ
と,及び弁体に流体の静圧による差圧が作用しないように構成されることは,当初
明細書等には,記載も示唆もない。
かえって,当初明細書の【図1】において,弁体の上流側領域と弁体の外周部領
域とでは,弁体の外周部領域において弁体の存在により流路断面積が小さくなるた
め,弁体の外周部領域における流速が弁体上流側領域における流速に比べて速くな
るから,弁体の外周部領域における流体の静圧は弁体の上流側領域における流体の
静圧より小さくなる。そうすると,流体通路11dを介して弁体の11の下流側面
にかかる流体の静圧は,弁体の上流側面にかかる流体の静圧よりも小さくなるので
あって,「弁体に流体の静圧による差圧が作用しないように構成される」ことはない。
したがって,本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたも
のと認めることはできない。
(3)原告は,流体流路に配設した弁体に対して,減圧前(弁体11の移動によ
って断面積が変化する流路開口部12〔絞り部〕より上流側)の流体の静圧がかか
る弁体の移動方向の上流側を向く受圧面と下流側を向く受圧面が受ける静圧が等し
くなるようにし,かつ,減圧後(流路開口部12より下流側)の流体の静圧がかか
る弁体の上流側を向く受圧面と下流側を向く受圧面をなくすことによって,弁体の
移動方向にかかる流体の静圧による力を均衡させていると主張する。
しかし,原告の上記主張に係る事項は,当初明細書等には記載がない。また,ベ
ルヌーイの定理により,流体の流速が増加すると静圧が減少することは技術常識で
あるが,原告の上記主張は,弁体上流側から弁体周囲の流路開口部にかけての流路
の断面積の変化による流速の変化を考慮していないなど,技術常識を踏まえたもの
ではなく,認めることはできない。
(4)原告は,本件出願に係る発明の定流量弁は,不活性ガス消火設備のような
高圧ガス(高圧ガス容器に充填した状態で,35℃において,18MPa)の流路
に適用することを想定したものであって,動圧の値が総圧(静圧)に比較して非常
に小さいことから,「流路開口部12より上流側に位置する,弁体11の移動方向の
上流側を向く面の面積と下流側を向く面の面積を等しく」することによって,「弁体
11にかかる減圧前の流体の静圧を相殺」する作用を奏することができるとともに,
弁体11の移動方向の上流側を向く面には,その構造上,流体の静圧とほぼすべて
の動圧,すなわち,総圧がかかることから,この弁体11の移動方向の上流側を向
く面と下流側を向く面にかかる動圧の作用の差によって,弁体11を弾性体又は磁
石の付勢力とバランスする位置まで移動させるようにしたものであると主張する。
しかし,補正発明において,定流量弁が,不活性ガス消火設備のような高圧ガス
(高圧ガス容器に充填した状態で,35℃において,18MPa)の流路に適用す
ることは,限定されておらず,原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づかないも
のである。また,動圧の値が総圧(静圧)に比較して非常に小さいことから,「流路
開口部12より上流側に位置する,弁体11の移動方向の上流側を向く面の面積と
下流側を向く面の面積を等しく」することによって,「弁体11にかかる減圧前の流
体の静圧を相殺」する作用を奏することは,当初明細書等には記載も示唆もない。
よって,原告の上記主張は認めることができない。
2取消事由2(元の補正の適否の判断の誤り)について
原告は,「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面に流体の静圧が均等にか
かる」との記載は,「弁体の流体の流れに対して上流側を向く面と下流側を向く面の
双方に,『減圧前の流体の静圧のみ』がかかる」の記載を別の表現で表したものであ
って,取消事由1に記載したように,審決の認定,判断に誤りがある旨を主張する。
しかし,当初明細書等には,弁体の開閉にかかる力(圧力)に関して,弁体11
にかかる抗力を,抗力Dと釣り合う方向に弁体11を付勢する弾性体としてのばね
13の付勢力とバランスさせるようにして,流体の圧力変化にかかわらず流体の流
量を略一定に保持するようにしたことが示されているのみであって(段落【000
9】,【0010】)であって,「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面に流
体の静圧が均等にかかる」ことは,当初明細書等に記載や示唆がない。
また,前記のとおり,当初明細書の【図1】において,流体通路11dを介して
弁体11の下流側面にかかる流体の静圧は,弁体11の上流側面にかかる流体の静
圧よりも小さくなるのであるから,「流体流路に配設した弁体に弁体の移動方向の面
に流体の静圧が均等にかかる」は,当初明細書等に記載や示唆がされていた事項と
はいえない。
なお,弁体11の上流側面の上流部領域の流路断面積には,流体の流れの内部分
(淀み)が含まれていることもあって,流路断面積に与える弁体11の断面積の影
響は実質的に無視できる程度のものであると主張するが,流路断面積に与える弁体
11の断面積の影響は実質的に無視できる程度のものであることが技術常識である
とは認めることができず,上記原告の主張は採用することができない。
3取消事由3(元補正発明における新規性,進歩性判断の誤り)について
元の補正後の請求項1は,当初明細書等に記載されていた事項の範囲内のもので
はないから,仮定的になされた審決の元補正発明の新規性,進歩性判断の誤りにつ
いての取消事由3を判断するまでもない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
真辺朋子
裁判官
田邉実

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