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平成13年(ワ)第26513号 特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日平成14年9月5日)
           判       決
原        告   環境工学株式会社
訴訟代理人弁護士   中島 敏
同            才口千晴
補佐人弁理士   村田 実
被        告  日本ゼオン株式会社
被        告  東洋興産株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士  水谷直樹
同            岩原将文
             主       文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
             事実及び理由
第1 原告の請求
1 被告らは,別紙目録記載の製品を生産し,譲渡し,譲渡の申出をし,又は使
用してはならない。
2 被告らは,原告に対し,各自6415万7580円並びにうち3433万8
720円に対する被告日本ゼオン株式会社については平成13年12月19日か
ら,被告東洋興産株式会社については同月20日から,各支払済みまで年5分の割
合による金員及びうち2981万8860円に対する平成14年2月23日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,生態系保護用自然石金網についての特許権を有する原告が,被告ら
が製造販売する別紙目録記載の製品(以下「被告製品」という。)は,原告の特許
発明の技術的範囲に属すると主張して,被告らに対し,被告製品の生産譲渡等の差
止め及び損害賠償を求めている事案である。
これに対して,被告らは,① 被告製品は原告の特許発明の技術的範囲に属
しない,② 原告の特許には明らかな無効事由があり,この特許権に基づく権利行
使は権利の濫用に当たる,と主張して,原告の請求を争っている。
1 当事者間に争いのない事実
(1)当事者
  原告は,大気の浄化・保全,河川・海洋の水棲生物の生態系の保全等に関
する技術の研究開発及びコンサルタント等を目的とする株式会社である。
  被告日本ゼオン株式会社(以下「被告日本ゼオン」という。)は,輸送荷
役用製品,包装用製品,農水産用機材,土木建築用製品,住宅部材及び施設,公害
防止用器材及び設備並びにこれらに関連する製品の製造・加工及び売買等を目的と
する株式会社であり,被告東洋興産株式会社(以下「被告東洋興産」という。)
は,土木建築資材の販売業務及びこれに附帯する業務等を目的とする株式会社であ
る。
(2)原告の特許権
  原告は,下記の特許権を有している(以下「本件特許権」という。)。
特許番号  第2840061号
出願番号  特願平8-194511
      (実願平8-4437の変更出願)
出願日  平成5年9月17日
登録日  平成10年10月16日
発明の名称  生態系保護用自然石金網
(3)特許請求の範囲の記載
  本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の
特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕参照)の「特許請求の範囲」の記載
は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
【請求項1】吸い出し防止用シートの上面に重合した金網又はメッシュ上に複
数の自然石を敷き並べるとともに,同各自然石の下部に接着材を層着し,同接着材
を介して前記自然石と金網又はメッシュと吸い出し防止用シートを一体成形してな
ることを特徴とする生態系保護用自然石金網。
(4)構成要件の分説
  本件特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下「構成要
件A」などという。)。
A 吸い出し防止用シートの上面に重合した金網又はメッシュ上に複数の自
然石を敷き並べるとともに,
B 同各自然石の下部に接着材を層着し,
C 同接着材を介して前記自然石と金網又はメッシュと吸い出し防止用シー
トを一体成形してなることを特徴とする
D 生態系保護用自然石金網
(5)被告らの行為
  原告の損害賠償請求に係る期間である平成11年以降,被告東洋興産は被
告製品を製造販売し,被告日本ゼオンは被告製品を販売している(ただし,被告日
本ゼオンが現在被告製品を販売しているか否かについては,争いがある。また,別
紙目録のうち,下線を付した部分及び第5図(b)については,争いがある。)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)被告製品の構成要件Aの充足性(争点1)
【原告の主張】
 本件特許発明にいう「吸い出し防止用シート」とは,水を透過することが
できるが,護岸側から土砂の流出を防止することができるシートであって,水を通
すが土砂を通さないサイズの細かい孔を有するものを意味する。
  被告製品における不織布22は,水を通過するが,護岸側からの土砂の流
出を防止できるシートであるから,本件特許発明の構成要件Aにいう「吸い出し防
止用シート」に該当し,高張力グリッド21は,樹脂コーティングされたポリエス
テル繊維によって格子状(メッシュ状)に構成されているから,構成要件Aにいう
「メッシュ」に該当し,玉石5は半割しても自然石に他ならないから,構成要件A
にいう「自然石」に該当する。
  よって,被告製品は,構成要件Aを充足する。
 【被告らの主張】
構成要件Aにいう「吸い出し防止用シート」は,その文言からは必ずしも
その内容が明らかではなく,本件明細書の「発明の詳細な説明」の欄をみても,そ
の構成等について格別な開示がなく,明確に特定できるものではない。被告製品
が,このように内容が明確に特定できない「吸い出し防止用シート」を具備してい
るということはできない。
  構成要件Aにいう「メッシュ」の語は,本件明細書に「特に金網又はメッ
シュ表面の亜鉛メッキ等が剥離することがなく」(4欄34行目~35行目)と記
載されていること,技術用語としては,金網における網の目の数を意味するものと
して用いられていること(乙2)などから,「金属製の網の目状の部材」を指すと
解されるところ,被告製品においては,平滑面形成石を載置するための部材とし
て,ポリエステル繊維製の織布の全体にアクリル樹脂を含侵させた高張力グリッド
を使用した補強ケミカルマットが使用されており,これは明らかに金属製の網の目
状の部材とはいえないから,「金属又はメッシュ」の要件を具備していない。
  さらに,「自然石」とは,文字どおり加工を加えていない,特に平滑面が
形成されていない自然石を意味するところ,被告製品においては,補強ケミカルマ
ット上に載置される平滑面形成石は,自然界から産出された玉石に切削加工を施し
て平滑面を形成したものであるから,「自然石」の要件を具備するとはいえない。
  よって,被告製品は,構成要件Aを充足しない。
(2)被告製品の構成要件Bの充足性(争点2)
 【原告の主張】
 被告製品における玉石5の半割面に接着剤27を層着することは,構成要
件Bにいう「自然石の下部に接着材を層着」することに該当するから,被告製品は
構成要件Bを充足する。
 【被告らの主張】
被告製品は,上記(1)で述べたとおり,「自然石」の要件を具備しない。
  また,「層着」とは,接着材を型枠等に一定の厚さに達するまで充填して
積層化させた上で,この積層物を自然石の下部に文字どおり付着させることを意味
し,「接着材」とは自然石の下部に一定の厚さにまで積層される媒介材を指すとこ
ろ,被告製品においては,平滑形成石の平滑面上に,比重約1.15g/cm3
の液
状接着剤を1cm2
当たり約0.075gの割合で塗布しているものであり,この結
果,接着乾燥後の接着剤層の厚みも0.35㎜程度と極めて薄いものである。
  したがって,被告製品は,一定の厚さに達するまで接着材を積層化してい
ているとはいえず,「接着材」を「層着」しているものではないから,構成要件B
を充足しない。
(3)被告製品の構成要件Cの充足性(争点3)
 【原告の主張】
被告製品は,接着剤27によって,半割された玉石5と高張力グリッド2
1と不織布22とが一体形成されているものであるから,構成要件Cを充足する。
 【被告らの主張】
構成要件Cの内容は,加工を加えていない自然石の下部に,接着材を一定
の厚さに達するまで積層化させて付着させ,この付着させた接着剤を媒介材とし
て,自然石,金網又はメッシュ,吸い出し防止用シートを相互に固定させるという
ものである。
  これに対して,被告製品においては,上記(1)及び(2)で述べたとおり,「吸
い出し防止用シート」,「接着材」,「自然石」,「金網又はメッシュ」の各要件
を具備しているとはいえない。
  したがって,被告製品は,構成要件Cを充足しない。
(4)被告製品の構成要件Dの充足性(争点4)
 【原告の主張】
本件特許発明にいう「自然石金網」は,「自然石金網又はメッシュ材」の
総称である。したがって,「自然石メッシュ材」からなる被告製品は,構成要件D
を充足する。
 【被告らの主張】
構成要件Dは,上面に加工が加えられていない自然石を,下面には吸い出
し防止用シートを,それぞれ固定させた金属製の網の目状の部材を意味する。
  これに対して,被告製品においては,金属製の網の目状の部材は具備され
ておらず,また,加工が加えられていない自然石も具備されていない。
  よって,被告製品は,構成要件Dを充足しない。
(5)本件特許発明の明らかな無効事由の有無(争点5)
 【被告らの主張】
ア 進歩性の欠如(特許法29条2項)
  実公昭51-9135号公報(乙7)は,考案の名称を「地表侵食防止
用覆工マツト材」とする実用新案公報であるが,これには本件特許発明のすべての
構成要件が開示されている。
  仮に,上記公報には「自然石」について明示的に開示されていないとし
ても,少なくともブロックに代えて自然石を使用することが示唆されているという
べきであるから,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以
下「当業者」という。)にとって,上記公報に基づいて本件特許発明を想到するこ
とは容易である。
  また,そうでないとしても,本件特許発明は,当業者であれば,上記公
報中の開示と周知技術又は公知技術(乙8,32~35)の組合せから,容易に想
到することができたものである。したがって,本件特許発明は,特許法29条2項
により特許を受けることができないことが明らかである。
イ 出願日不遡及による新規性の欠如(特許法29条1項3号)
  本件特許に係る出願は,実願平8-4437号を原出願とし,特願平5
-231591号を原々出願とする出願変更に係る特許出願であるところ,その審
査の過程でされた明細書の補正は,出願変更に係る特許出願の願書に最初に添付さ
れた明細書又は図面に記載されていない新規事項を追加するものであるから,その
出願日は,原出願及び原々出願の出願日まで遡及することが認められない。
そうすると,変更出願に係る特許出願日である平成8年7月24日が出
願日となるところ,本件特許発明の内容は,その日より前に頒布された刊行物であ
る特開平7-82720号(乙38)に記載された発明と同一であるから,本件特
許発明は特許法29条1項3号により特許を受けることができないことが明らかで
ある。
ウ 補正の要件についての違反(特許法17条の2第3項)
  本件特許権に係る出願は,上記イのとおり,その出願日が平成8年7月
24日であって,原々出願の出願日まで遡及しないものである。
  そうすると,この出願について,平成10年3月9日付けで提出された
手続補正書(乙18)による補正は,上記イで述べたのと同じ理由で,特許法17
条の2第3項に違反してされたという明らかな無効事由を有する。
エ 明細書の記載不備(特許法36条4項ないし6項)
  本件明細書中の「吸い出し防止用シート」,「金網又はメッシュ」,
「自然石」,「接着材」及び「層着」については,その構成が本件明細書中に十分
開示されているとはいえないから,本件特許は,その明細書の記載が特許法36条
4項ないし6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたという明
らかな無効事由を有する。
オ この項のまとめ
  上記によれば,本件特許は無効事由を有していることが明らかであるか
ら,本件特許権に基づく原告の権利行使は権利の濫用であって許されない。
【原告の主張】
ア 進歩性欠如の無効事由について
  被告らの挙げる実用新案公報(乙7)に記載の発明と本件特許発明とを
対比すると,① 公報記載の発明には自然石が使用されておらず,その示唆すらな
い,② 同発明は,接着材を自然石の下部に層着するものではない,③ 同発明
は,接着材を介して自然石と金網又はメッシュと吸い出し防止用シートを一体形成
してなるものではない,④ 同発明は「生態系の保護」に供するためのものではな
い,という相違点がみられ,両者は技術思想を異にする。特に,③の点に関し,上
記公報では,複数のシートを使用する場合には上から「ブロツク」-「比較的弱い
強度のフイルタシート(フエルト)」-「強いシート」の順に配置することが示さ
れている。
  また,被告らの挙げる「河川用張りブロツクとその製法及び型枠」の発
明(乙8)にいう「自然石」はコンクリートブロックの表面を覆う化粧用として利
用されるものであるから,これを上記実用新案公報(乙7)記載の発明と組み合わ
せたとしても,生態系保護のための本件特許発明を容易に想到し得るものでないこ
とは,明らかである。
イ その他の無効事由について
  被告らの主張は,争う。
(6)原告の損害額(争点6)
 【原告の主張】
  被告らは,次のとおり共同して被告製品の製造,販売を企図し,これを製
造販売した。
ア 宮城県鳴瀬川河川局部改良工事(工事期間平成11年12月~平成12
年3月)について
  被告らは,被告東洋興産が製造,被告日本ゼオンが販売を担当して,標
記工事を請け負った株式会社クリーンロードサービス等に対し,被告製品を「ES
マット(フルネットF80-350)」の商品名で販売した。
  その販売量は,1650㎡分であり,販売額は4207万5000円
(1㎡当たり2万5500円)である。
イ 鹿児島県中山川基幹河川改修工事(工事期間平成11年3月~平成13
年)について
  被告らは,被告東洋興産が製造,被告日本ゼオンが販売を担当して,標
記工事を請け負った国基建設株式会社ほかの建設業者に対し,被告製品を「ゼオン
ESマット(S65-250及びK50-450)」の商品名で販売した。
  その販売量は,合計7738㎡分であり(詳細は別表を参照),1㎡当
たりの単価は,S65-250が2万2700円,K50-450が2万0700
円を下回らない。そして,S65-250とK50-450の使用割合が3対1で
あることをもとに計算すると,販売価格の合計は1億7178万3600円を下ら
ない。
  上記ア,イによる被告らの販売額は,2億1385万8600円であり,
被告らの得た利益の額は6415万7580円である。
  よって,原告は,被告らの共同不法行為による損害賠償として,特許法1
02条2項に基づき,被告らに対し,6415万7580円,並びに,うち343
3万8720円に対する被告日本ゼオンについては平成13年12月19日(訴状
送達の日の翌日)から,被告東洋興産については同月20日(訴状送達の日の翌
日)から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,及び,うち2981万8
860円に対する平成14年2月23日(原告による「訴えの変更申立書」の送達
の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 【被告らの主張】
  原告の主張は否認し,争う。
第3 当裁判所の判断
1 「特許請求の範囲」に記載の用語の意味内容
  被告製品が,本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断するに先立
ち,「特許請求の範囲」に記載されている「吸い出し防止用シート」,「メッシ
ュ」,「層着」,「接着材」,「自然石」の用語の意味について検討する。
(1)「吸い出し防止用シート」について
  証拠(甲3,4,7,8)及び弁論の全趣旨によれば,「吸い出し」とい
う用語は,河川護岸工,海岸堤防工等の技術分野において,堤体内の浸透水や河川
の流水作用で土砂が流出することを意味する技術用語として使用されていることが
認められるから,「吸い出し防止用シート」は,この「吸い出し」を防止する目的
で使用される透水性のあるシートを意味するものと解される。
  したがって,「吸い出し防止用シート」とは,水を透過することができる
が,護岸側から土砂の流出を防止することができるシートであって,水を通すが土
砂を通さないサイズの細かい孔を有するものを意味すると解するのが相当である。
  被告らは,本件明細書の「発明の詳細な説明」の欄をみても,「吸い出し
防止用シート」の内容は明確に特定できないと主張するが,前掲各証拠によれば,
被告らは,自己の製品のパンフレットに別段の説明もなく,「吸出防止機能併用の
マット」,「吸出し防止機能を兼ね備えた高張力ケミカルマット」と記載している
ほか,被告らの製品を使用した河川工事の公用文書中にも「吸出防止マット付
き」,「高張力ケミカルマット(吸出し防止機能兼備)」という用語が用いられて
いることが認められるから,「吸い出し防止用シート」の意味内容は,当業者に自
明のものとして認識されているというべきである。被告らの主張は採用できない。
(2)「メッシュ」について
  本件明細書中には「メッシュ」の定義に関する記載はみられないので,用
語の一般的な意味を検討するに,証拠(甲10~13)によれば,各種辞典類にお
いて,「メッシュ」という語は,「網の目」又は「網の目状に編んだもの」ないし
「網の目状の生地や編み地でできた製品」を意味すると説明されていることが認め
られる。
  したがって,「メッシュ」とは,網の目状の組織,すなわち,格子状組織
を意味するものであって,その材質は問わないと解するのが相当である。
  被告らは,本件明細書の「特に金網又はメッシュ表面の亜鉛メッキ等が剥
離することがなく」との記載及びJIS規格に関する文献(乙2)の記載等を理由
に,「メッシュ」とは,「金属製の網の目状の部材」のみを意味する旨主張する。
  しかし,本件明細書の上記記載は,「金網又はメッシュに必ず亜鉛メッキ
等が施されている」という趣旨ではなく,「金網又はメッシュに亜鉛メッキ等が施
されている場合には」という趣旨に理解するのが自然であるし,上記文献には「織
金網の網目の数はメッシュと呼ばれる単位で表す」旨の記載があるものの,本件明
細書の「金網又はメッシュ」という記載からすれば,ここにいう「メッシュ」は金
網と同様に構造を意味する用語として使用されていると考えられるから,JIS規
格において「メッシュ」が金網の網の目の数を意味する技術用語として使用されて
いるからといって,「金属製の網の目状の部材」のみを意味すると解することはで
きない。
  なお,本件特許発明は「自然石金網」に関するものであるが,この用語
は,「特許請求の範囲」に記載された構成要件(吸い出し防止用シート,金網又は
メッシュ,自然石等)をすべて備えた全体の構成を総称する用語であって,「金網
又はメッシュ」のみにかかるものではないから,「特許請求の範囲」に「自然石金
網」との用語が使用されていることは,上記解釈の妨げにはならないというべきで
ある。
(3)「層着」について
  本件特許発明の作用に関する「同接着材は自然石を金網又はメッシュに接
着するととともに,同金網又はメッシュの網目を通してその下部の吸い出し防止用
シートに浸出し,かくして同吸い出し防止用シート及び前記金網またはメッシュ並
に自然石が一体化される。」(本件公報3欄10行目~14行目)との記載に照ら
すと,本件特許発明において,接着材を「層着」する目的は,接着材によって自然
石を金網又はメッシュに固着するとともに,接着材が,金網又はメッシュの網目を
潜通してその下部の吸い出し防止用シートに浸出し,自然石,金網又はメッシュ,
吸い出し防止用シートを一体化するためであることが認められる。
  したがって,「層着」とは,自然石の下部に接着材を,吸い出し防止用シ
ート及び金網又はメッシュと一体化することができる程度に積層することを意味す
ると解するのが相当である。
  被告らは,「層着」とは,接着材を型枠等に一定の厚さに達するまで充填
して積層化させた上で,この積層物を自然石の下部に文字どおり付着させることを
意味する旨主張する。
  しかし,本件明細書には,たしかに実施例として型枠を用いた例が記載さ
れているものの,「層着」を行うに際して型枠等を使用することを必ず要する旨の
記載はされていないし,また,自然石の平坦面を接着面として金網又はメッシュ等
に接着する場合には(本件公報の図1参照),自然石の下部への接着材の積層は,
自然石,金網又はメッシュ,吸い出し防止用シートを一体化できる程度で足り,必
ずしも接着材を円筒状の型枠等を設けて一定の厚さに達するまで積層化させる必要
はないことが明らかである。被告らの主張は採用できない。
(4)「接着材」について
  本件明細書の記載(特に,前記(3)で掲げた部分)によれば,「接着材」と
は,自然石,金網又はメッシュ及び吸い出し防止用シートを一体化するための材を
意味し,物と物とを接着できる材を広く指すものと解するのが相当であり,当然に
接着剤も含むものである。
  被告らは,「接着材」とは自然石の下部に一定の厚さにまで積層される媒
介材を指すと主張するが,上記のとおり,本件特許発明の「接着材」は被告らの主
張する内容のものに限定されるわけではない。被告らの主張は採用できない。
(5)「自然石」について
本件明細書の「前記従来技術は施工に多大の手間を要し,特に法肩部や法
尻部での施工が容易でない。また表面がコンクリートが被覆されているので水棲生
物や植物の生育が不可能で生態系を乱し,法面被覆自然石やコンクリートブロック
の流失の惧れがある。」(本件公報2欄3行目~7行目),「前記自然石相互の自
然空間は魚や虫の生息空間となり,更に同空間に土砂を充填することによって水棲
生物等や植物の生息が可能でホタルが生息できるような自然護岸ができる。」(同
4欄22行目~25行目)といった記載によれば,本件特許発明にいう「自然石」
とは,人造石に対する概念であって,河川等から採取した玉石等の天然に産出した
石を指すものと解される。
  被告らは,「自然石」とは,文字どおり加工を加えていない,特に平滑面
が形成されていない自然石を指す旨主張する。たしかに,本件明細書の「自然石相
互の自然空間」,「自然護岸」といった文言からすれば,自然石に由来するもので
あっても加工を加えた結果,天然に存在する状態と外観を大きく異にするに至った
場合は,「自然石」の概念に含まれないというべきであるが,少なくとも,加工に
より底面に平滑面を形成したにすぎないような場合は,「自然石」に含まれるとい
うべきである。被告らの主張は採用できない。
2 被告製品の構成要件充足性
 (1)争点1(構成要件Aの充足性)について
  本件特許発明の構成要件Aは,「吸い出し防止用シートの上面に重合した
金網又はメッシュ上に複数の自然石を敷き並べるとともに,」というものである
が,被告製品における不織布は,水を通過するが,護岸側からの土砂の流出を防止
できるシートであるから,「吸い出し防止用シート」に該当し,高張力グリッド
は,ポリエステル繊維によって形成されていても格子状に構成されているから,
「メッシュ」に該当する。
  また,被告製品における半割された玉石は,切削加工を施して平滑面を形
成した天然に産出された石であるから,「自然石」に該当する。
  上記によれば,被告製品は,「吸い出し防止用シート」,「金網又はメッ
シュ」及び「自然石」の要件を具備しているから,構成要件Aを充足する。
(2)争点2(構成要件Bの充足性)
  本件特許発明の構成要件Bは,「同各自然石の下部に接着材を層着し,」
というものであるが,被告製品における半割された玉石は「自然石」に,接着剤は
「接着材」にそれぞれ該当し,玉石の下部に塗布された接着剤は,玉石,高張力グ
リッド,不織布を一体化することが可能な程度に積層されているから,被告製品は
「自然石」及び「接着剤を層着し」の要件を具備している。
  したがって,被告製品は,構成要件Bを充足する。
(3)争点3(構成要件Cの充足性)
  本件特許発明の構成要件Cは,「同接着材を介して前記自然石と金網又は
メッシュと吸い出し防止用シートを一体成形してなることを特徴とする」というも
のであるが,前記(1)のとおり,被告製品における半割された玉石は「自然石」に,
高張力グリッドは「メッシュ」に,不織布は「吸い出し防止用シート」に該当し,
証拠(甲9,検甲1)によれば,これらの部材は接着剤により一体化されているこ
とが認められる。
  上記によれば,被告製品は,「自然石」,「金網又はメッシュ」及び「吸
い出し防止用シート」及び「一体成形してなる」の要件を具備しているから,構成
要件Cを充足する。
(4)争点4(構成要件Dの充足性)
  本件特許発明の構成要件Dは,「生態系保護用自然石金網」というもので
あるが,前記1(2)で判断したとおり,本件特許発明にいう「自然石金網」は,吸い
出し防止用シート,金網又はメッシュ,自然石等をすべて備えた全体の構成の総称
であるから,被告製品の「生態系保護用自然石メッシュ材」は「生態系保護用自然
石金網」に該当する。
  したがって,被告製品は,構成要件Dを充足する。
(5)争点1ないし4のまとめ
  以上によれば,被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属する。
3 争点5(明らかな無効事由の有無)について
  被告らの主張する無効事由のうち,進歩性欠如を理由とするもの(前記第2
の2(5)のア)について,最初に判断する。
(1)被告らの指摘する公知文献に記載された技術の内容等
  考案の名称を「地表侵食防止用覆工マツト材」とする実用新案公報である
実公昭51-9135号公報(乙7)には,支持シートに関して,「支持シートは
金属スクリーン,金属網,膨張金属網目,プラスチツクスの網又はスクリーン,或
いは天然繊維又は合成繊維から織成し又は網状としたシート又は任意の同様種類の
シートから製造できる。…(中略)…ナイロン(合成ポリアミド)等の合成樹脂の
ネツト又はスクリーンは強度,取扱容易性および耐劣化性のため特に望ましい物質
である。」(4頁左欄12行目~21行目),「本考案でフイルタ又はフイルタシ
ートと称するは,液体を通すが土壌粒子を殆んど通さない部材を意味する。」(4
頁左欄27行目~29行目),「支持シートは多数のシートを用いることができ,
第7図に示すように2枚のシート44および46を重ね合わせてもよく,…(中
略)…(その)何れか一方又は双方の網目は,両シートの何れか一方又は双方がフ
イルターシートとして働くような寸法とすることができる。…(中略)…これらの
シートの任意の一者(中略)の強度をブロツクを機械的に支持するのに十分なもの
とすれば足り,同時にその何れかのシートの網目をフイルタシートとして作用する
に十分な程小さくすればよい。」(6頁左欄28行目~42行目)と,ブロックの
固定に関しては,「第3図は接着剤による固定方法の例を示す。ブロツクBの底面
と支持シート10間に介挿した接着剤33によりブロツクBを支持シート10に固
定する。」(3頁右欄2行目~5行目)と,考案の効果としては,「本考案マツト
材によれば,所要に応じ植物を繁茂させて環境緑化に役立たせることができる(第
19図参照)。」(7頁右欄38行目~40行目)とそれぞれ記載されていること
が認められる(以下,この考案を「本件引用例1」という。)。
  また,発明の名称を「河川用張りブロツクとその製法及び型枠」とする公
開特許公報である特開平3-144009号公報(乙8)には,自然石に関して
「この河川用張りブロックは表面が自然石に覆われているので,河床に自然石を敷
き詰めたように見え,コンクリートブロックのような人工的,無機的な色彩を示さ
ないので見る人に安らぎを与えるものである。」(2頁右下欄10行目~14行
目)と記載されていることが認められる(以下,この発明を「本件引用例2」とい
う。)。
  上記の各記載によると,本件引用例1には,液体を通すが土壌粒子をほと
んど通さないフィルタシートと強度のある金属網又はナイロン(合成ポリアミド)
等の合成樹脂のネットからなる支持シートにブロックを接着剤で固定することで,
所要に応じ植物を繁茂させて環境緑化に役立たせることができる地表浸食防止用覆
工マット材の発明が,本件引用例2には,河川等に使用する被覆部材として自然石
を用いる発明が開示されている。
(2)本件特許発明と本件引用例1との対比
本件特許発明と本件引用例1とを比較すると,本件引用例1の「フィルタ
シート」,「金属網又はナイロン(合成ポリアミド)等の合成樹脂のネット」,
「接着剤」,「地表浸食防止用覆工マツト材」は,本件特許発明の「吸い出し防止
用シート」,「金網又はメッシュ」,「接着材」,「生態系保護用自然石金網」に
それぞれ相当する。したがって,両者は,吸い出し防止用シートと金網又はメッシ
ュからなる支持シートに接着材を介して被覆部材を固着した生態系保護用金網であ
る点で一致する。
  他方,① 本件特許発明は,吸い出し防止用シートの上面に金網又はメッ
シュを重合し,金網又はメッシュ上に被覆部材を敷き並べて,各被覆部材の下部に
接着材を層着し,接着材を介してこれらを一体成形しているのに対して,本件引用
例1は,吸い出し防止用シートと金網又はメッシュのどちらを上下に配置するかを
特定しておらず,また,接着材で吸い出し防止用シート,金網又はメッシュ,被覆
部材を一体成形することも明示していない点(相違点1),② 被覆部材として,
本件特許発明は自然石を用いているのに対して,本件引用例1はブロックを用いて
いる点(相違点2)で相違する。
(3)相違点の検討
ア 相違点1について
  本件引用例1は吸い出し防止用シートと金網又はメッシュのどちらを上
下に配置するかを特定していないが,「フィルタシートが例えばフエルトの如く比
較的弱い場合はブロツクと強いシートとの間に配置し得る」(乙7の6頁左欄44
行目~同右欄2行目)といった記載からすると,吸い出し防止用シートと金網又は
メッシュのどちらを上下に配置してもよいことを示していると理解できる。
  また,証拠(乙32)及び弁論の全趣旨によれば,吸い出し防止用シー
トの上面に金網又はメッシュを重合し,金網又はメッシュ上に被覆部材を敷き並べ
て接着材を介して接着する場合,接着材が金網又はメッシュの網目を通過すること
は当業者にとって自明な事項であることが認められるから,複数のシートと被覆部
材を接着材で固定する場合,吸い出し防止用シートの上面に金網又はメッシュを重
合し,金網又はメッシュ上に被覆部材を敷き並べて,各被覆部材の下部に接着材を
層着し,接着材を介してこれらを一体成形することは,当業者が容易に想到し得た
ことである。
イ 相違点2について
  河川等に使用する被覆部材として自然石を用いることは,本件引用例2
に開示されているから,被覆部材として自然石を用い,生態系保護用自然石金網と
することは,当業者が容易に想到し得たことである。
ウ まとめ
  以上によれば,本件特許発明は,本件引用例1及び本件引用例2に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであることが明らかというべきで
ある。
(4)原告の主張について
  原告は,本件引用例1には,上から「ブロツク」-「比較的弱い強度のフ
イルタシート(フエルト)」-「強いシート」の順に配置することのみが開示され
ているから,吸い出し防止用シートの上面に金網又はメッシュを重合し,金網又は
メッシュ上に被覆部材を敷き並べるという構成の本件特許発明を容易に想到するこ
とはできない旨主張する。しかし,「フィルタシートが例えばフエルトの如く比較
的弱い場合はブロツクと強いシートとの間に配置し得る」という記載は,文字どお
りフィルタシートの強度が比較的弱い場合に関するものであり,フィルタシートの
強度が強い場合には上記の配置の順序に限られないことは,前記(3)アで判断したと
おりである。
  また,原告は,本件引用例2にいう「自然石」はコンクリートブロックの
表面を覆う化粧用として利用されるものであるから,これを本件引用例1と組み合
わせたとしても,生態系保護のための本件特許発明を容易に想到し得るものでない
と主張する。しかし,証拠(乙8)によれば,本件引用例2の公報には「最近,環
境保護の観点,および,人々がより自然に近い景観を要求するようになったので,
従来打ち放しのコンクリートブロックを使用してきた河川用張りブロックにおいて
も自然石を表面に配したコンクリートブロックが使用されるようになってきた。」
(2頁右上欄1行目~6行目)と記載されていることが認められるから,同発明の
「自然石」は化粧用として利用されるものに限定されないと解するのが相当であ
る。原告の主張は採用できない。
(5)この項のまとめ
  以上の認定判断によれば,本件特許発明は,当業者がその出願前に日本国
内において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて容易に発明することがで
きたものであることが明らかであるから,特許法123条1項2号,29条2項所
定の無効事由があることが明らかである。
  したがって,本件特許に基づく原告の権利行使は,権利の濫用に当たり許
されない。
4 結論
  以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,原告の本訴請求は
理由がない。
  よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官    三 村 量 一
裁判官和久田 道 雄
  裁判官    田 中 孝 一
(別紙)
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