弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
1 本件上告のうち,別紙処分目録記載の各処分の取消請求に関する部分を棄却し
,その余の部分を却下する。
2 上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人杉原信二の上告受理申立て理由(排除された部分を除く。)について
 1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,大工工事業を営む個人事業者であるが,平成2年1月1日から
同年12月31日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税につ
いて確定申告をしなかった。また,上告人は,昭和63年分,平成元年分及び同2
年分の所得税についてそれぞれ確定申告をしたが,その申告書に事業所得に係る総
収入金額及び必要経費を記載せず,その内訳を記載した書類を添付しなかった。
 (2) 被上告人の職員は,上告人が本件課税期間について納めるべき消費税の税
額を算出するため,また,上記の所得税に係る申告内容が適正であるかどうかを検
討するため,上告人の事業に関する帳簿書類を調査することとした。
 上記職員は,平成3年8月下旬から上告人の妻と電話で数回話をするなどして調
査の日程の調整に努めた上,その了承を得て,同年10月16日,同月25日,同
年11月18日,平成4年1月21日及び同月31日の5回にわたり上告人の自宅
を訪れ,上告人に対し,帳簿書類を全部提示して調査に協力するよう求めた。しか
し,上告人は,上記の求めに特に違法な点はなく,これに応じ難いとする理由も格
別なかったにもかかわらず,上記職員に対し,平成2年分の接待交際費に関する領
収書を提示しただけで,その余の帳簿書類を提示せず,それ以上調査に協力しなか
った。上記職員は,提示された上記の領収書312枚をその場で書き写したが,そ
の余の帳簿書類については,上告人が提示を拒絶したため,内容を確認することが
できなかった。
 (3) そこで,被上告人は,上告人の本件課税期間に係る消費税につき,調査し
て把握した上告人の大工工事業に係る平成2年分の総収入金額に103分の100
を乗じて得た消費税法(平成6年法律第109号による改正前のもの。以下「法」
という。)28条1項所定の課税標準である金額に基づき消費税額を算出した上で
,提示された上記の領収書によって確認された接待交際費に係る消費税額だけを法
30条1項により控除される課税仕入れに係る消費税額と認め,その余の課税仕入
れについては,同条7項が規定する「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額
の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当するとして,同条1項が
定める課税仕入れに係る消費税額の控除を行わないで消費税額を算出し,平成4年
3月4日付けをもって第1審判決別紙2の「原処分の額」欄記載のとおりの決定処
分及び無申告加算税賦課決定処分をした。
 (4) 上告人は,上記各処分について被上告人に異議の申立てをした上で国税不
服審判所長に対して審査請求をしたところ,国税不服審判所長は,平成7年3月3
0日付けで,第1審判決別紙2のとおり,上記各処分の一部を取り消す旨の裁決を
した(同裁決により一部取り消された後の上記各処分(別紙処分目録記載の各処分)
を以下「本件各処分」という。)。
 2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件各処分等の取消しを請求する事案
である。
 3 所論の点に関する当審の判断は,次のとおりである。
 (1) 消費税の納付すべき税額は,納税義務者である事業者が課税期間ごとにす
る「課税資産の譲渡等についての確定申告」により確定することが原則とされてお
り(法45条1項,国税通則法16条1項1号),その申告がない場合又はその申
告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該
税額が税務署長等の調査したところと異なる場合に限り,税務署長等の処分により
確定する(国税通則法16条1項1号,24条及び25条)。
 このような申告納税方式の下では,納税義務者のする申告が事実に基づいて適正
に行われることが肝要であり,必要に応じて税務署長等がこの点を確認することが
できなければならない。そこで,事業者は,帳簿を備え付けてこれにその行った資
産の譲渡等に関する事項を記録した上,当該帳簿を保存することを義務付けられて
おり(法58条),国税庁,国税局又は税務署の職員(以下「税務職員」という。)
は,必要があるときは,事業者の帳簿書類を検査して申告が適正に行われたかどう
かを調査することができるものとされ(法62条),税務職員の検査を拒み,妨げ
,又は忌避した者に対しては罰則が定められていて(法68条1号),税務署長が
適正に更正処分等を行うことができるようにされている。
 (2) 法が事業者に対して上記のとおり帳簿の備付け,記録及び保存を義務付け
ているのは,その帳簿が税務職員による検査の対象となり得ることを前提にしてい
ることが明らかである。そして,事業者が国内において課税仕入れを行った場合に
は,課税仕入れに関する事項も法58条により帳簿に記録することが義務付けられ
ているから,税務職員は,上記の帳簿を検査して上記事項が記録されているかどう
かなどを調査することができる。
 法30条7項は,法58条の場合と同様に,当該課税期間の課税仕入れ等の税額
の控除に係る帳簿又は請求書等が税務職員による検査の対象となり得ることを前提
にしているものであり,事業者が,国内において行った課税仕入れに関し,法30
条8項1号所定の事項が記載されている帳簿を保存している場合又は同条9項1号
所定の書類で同号所定の事項が記載されている請求書等を保存している場合におい
て,税務職員がそのいずれかを検査することにより課税仕入れの事実を調査するこ
とが可能であるときに限り,同条1項を適用することができることを明らかにする
ものであると解される。同条10項の委任を受けて同条7項に規定する帳簿又は請
求書等の保存に関する事項を定める消費税法施行令(平成7年政令第341号によ
る改正前のもの。以下同じ。)50条1項は,法30条1項の規定の適用を受けよ
うとする事業者が,同条7項に規定する帳簿又は請求書等を整理し,所定の日から
7年間,これを納税地又はその取引に係る事務所,事業所その他これらに準ずるも
のの所在地に保存しなければならないことを定めているが,これは,国税の更正,
決定等の期間制限を定める国税通則法70条が,その5項において,その更正又は
決定に係る国税の法定申告期限等から7年を経過する日まで更正,決定等をするこ
とができると定めているところと符合する。
 法30条7項の規定の反面として,事業者が上記帳簿又は請求書等を保存してい
ない場合には同条1項が適用されないことになるが,このような法的不利益が特に
定められたのは,資産の譲渡等が連鎖的に行われる中で,広く,かつ,薄く資産の
譲渡等に課税するという消費税により適正な税収を確保するには,上記帳簿又は請
求書等という確実な資料を保存させることが必要不可欠であると判断されたためで
あると考えられる。
 (3) 以上によれば,【要旨】事業者が,消費税法施行令50条1項の定めると
おり,法30条7項に規定する帳簿又は請求書等を整理し,これらを所定の期間及
び場所において,法62条に基づく税務職員による検査に当たって適時にこれを提
示することが可能なように態勢を整えて保存していなかった場合は,法30条7項
にいう「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書
等を保存しない場合」に当たり,事業者が災害その他やむを得ない事情により当該
保存をすることができなかったことを証明しない限り(同項ただし書),同条1項
の規定は,当該保存がない課税仕入れに係る課税仕入れ等の税額については,適用
されないものというべきである。
 (4) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,上告人は,被上告
人の職員から帳簿書類の提示を求められ,その求めに特に違法な点はなく,これに
応じ難いとする理由も格別なかったにもかかわらず,上記職員に対し,平成2年分
の接待交際費に関する領収書を提示しただけで,その余の帳簿書類を提示せず,そ
れ以上調査に協力しなかったというのである。これによれば,上告人が,法62条
に基づく税務職員による上記帳簿又は請求書等の検査に当たり,適時に提示するこ
とが可能なように態勢を整えてこれらを保存していたということはできず,本件は
法30条7項にいう「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳
簿又は請求書等を保存しない場合」に当たり,本件各処分に違法はないというべき
である。
 これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用するこ
とができない。
 4 以上の次第であって,本件上告のうち,本件各処分の取消請求に関する部分
はこれを棄却すべきである。
 なお,その余の部分に関する上告については,上告受理申立書及び上告受理申立
て理由書に上告受理申立て理由の記載がないからこれを却下すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泉 徳治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 島
田仁郎 裁判官 才口千晴)

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