弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主       文
      1 本件控訴を棄却する。
      2 控訴費用は控訴人の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (1) 原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。
  (2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
  (3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
 2 被控訴人ら
   主文と同旨
第2 事案の概要
 1 事案の要旨及び訴訟の経緯
  (1) 本件は,控訴人がその管理に係る住民基本台帳のデータを使用して乳幼児
検診システムを開発することを企図し,その開発業務を民間業者に委託したとこ
ろ,再々委託先のアルバイトの従業員が上記データを不正にコピーしてこれを名簿
販売業者に販売し,同業者が更に上記データを他に販売するなどしたことに関し
て,控訴人の住民である被控訴人らが,上記データの流出により精神的苦痛を被っ
たと主張して,控訴人に対し,国家賠償法1条又は民法715条(使用者責任)に
基づき,損害賠償金(慰謝料及び弁護士費用)の支払を求めた事案である。
  (2) 原審は,被控訴人らの請求をいずれも一部認容したため,控訴人が控訴を
提起して,前記第1の1のとおりの裁判を求めたものである。
 2 基本的事実関係(証拠を掲げた部分以外は争いがない。)
  (1) 当事者
   ア 被控訴人らは,宇治市民である。
   イ 控訴人は,地方公共団体である。
  (2) 住民基本台帳のデータの管理・保管
   ア 宇治市長は,その住民の住民票を世帯ごとに編成した住民基本台帳等の
データ(以下「本件データ」という。)を管理・保管していた。
   イ 本件データは,住民記録が18万5800件,外国人登録関係が329
7件,法人関係が2万8520件の,合計21万7617件の情報であり,住民に
関しては,個人連番の住民番号,住所,氏名,性別,生年月日,転入日,転出先,
世帯主名,世帯主との続柄等の個人情報の記録である。
     そして,本件データには,被控訴人らの個人情報も含まれていた。
  (3) 乳幼児検診システムの開発と業務委託
   ア 控訴人は,平成5年度から健康管理のトータルシステムを立ち上げるこ
とを計画し,これを進めてきたが,平成9年度において(乙12),本件データを
使用し,乳幼児検診システムを開発することを企図した。
   イ 控訴人は,平成9年6月2日,株式会社A大阪支社(以下「A社」とい
う。)に対し,乳幼児検診システムの開発業務を委託した。
     上記の業務委託契約書(乙4)においては,第9条(秘密の保持等)と
して,「A社は,この契約の履行により知り得た委託業務の内容を一切第三者に漏
らしてはならない。」,「A社は,委託業務にかかる一切のデータを複写又は,複
製してはならない。」等の定めがされた。また,第6条(再委託の禁止)では,
「A社は,この契約について,委託業務を第三者に委託することはできない。ただ
し,委託業務の内,主要でない部分については,あらかじめ宇治市長の書面による
承諾を受けたときは,この限りでない。」と定められた(乙4)。
   ウ しかし,A社の企画提案がオフコンシステムによるものであり,パソコ
ンシステムの方が好ましかったこと,B株式会社(以下「B社」という。)が既に
京都府の委託に基づき乳幼児検診システムの開発を手がけていたことなどから,控
訴人は,A社とB社の業者間協議を依頼した(乙12)。
     その結果,A社は,平成10年1月12日(乙9の1・2),B社に対
し,乳幼児検診システムの開発業務を再委託し,控訴人は,これを承認した。
     なお,控訴人は,B社との間では,別途業務委託契約等を締結すること
はしなかった(乙12)。
   エ B社は,上記ウと同じころ,有限会社C(以下「C社」という。)に対
し,乳幼児検診システムの開発業務を再々委託した(甲27。部分的な再々委託で
はなく,全体の再々委託であった。)。
     なお,控訴人の担当職員は,乳幼児検診システムの開発業務について,
C社の代表取締役であるAや従業員であるBと打ち合わせを行ったが,AがB社の
所属であることを示す名刺(乙8。ただし,役職の記載はなく,「マーケティング
プランナー」と表示されているもの)を示したため,同人やBがB社の所属である
と認識し,B社がC社に乳幼児検診システムの開発業務を再々委託したことは知ら
ず,控訴人は,C社との間で,別途業務委託契約等を締結することもなかった(甲
27,甲28,乙8,乙12)。
     C社の代表者Aは,平成6年4月に勤務していた会社から独立し,当初
は個人としてB社等から依頼を受けて仕事をしており,同年6月1日,B社と業務
委託基本契約(乙10)を締結して継続的業務委託関係に入り,京都府の検診シス
テムも担当した。Aは,平成8年2月,C社を設立したが,その正規の従業員とし
てはBのみであったようであり,平成9年11月ころから当時大学院生であったT
をアルバイトの従業員として雇うようになっていたものである(甲27,乙1
0)。
  (4) C社による乳幼児検診システムの開発業務
   ア Bとアルバイトの従業員Tは,平成10年3月30日ころから,控訴人
の庁舎内で乳幼児検診システムの開発業務に従事するようになった。
   イ Bと従業員Tは,同年4月13日,システムに本件データを落とし込む
作業を行ったが,エラーが頻発し,所定の作業終了時刻である午後5時までに作業
を終了させることができなかった(甲10,甲11,甲27,乙12)。
     このため,両名は,控訴人の担当職員から口頭の承諾を得て,本件デー
タを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰り,C社の社屋内で作業するよう
になった。
  (5) 本件データの流出
   ア ところが,従業員Tは,C社の社屋内で,本件データを自己のコンピュ
ータのハードディスクにコピーした。
     そして,従業員Tは,同年4月ないし同年5月ころ,更にこれを自己の
光磁気ディスク(MO)にコピーして,名簿販売業者である株式会社D(以下「D
社」という。)に対し,これを代金25万8000円で売却した。
   イ D社は,その後,本件データを自社のコンピュータへ入力した上,同デ
ータから「宇治市住民票」21万7617件,「大家族(6人以上)」1870
件,「1人暮らし(独身者)」1万4478件の各名簿を分類・作成した。そし
て,平成11年2月24日,兵庫県内にある結婚相談業者E社に対し,「宇治市住
民票」21万7608件のデータを,平成10年12月21日,京都府内にある婚
礼衣装業者F社に対し,女性成人式適齢期の該当者1324件のデータをそれぞれ
販売したほか,平成11年5月20日,名簿販売業者であるデータネット(元D社
の従業員であった者の個人企業)を代理店として,Cという者に対し,宇治市宇a地
区251名分(被控訴人らは含まれていない。)のデータを販売した(甲7の2な
いし12,乙14の1)。
  (6) その後の経過
   ア 平成11年5月ころ,新聞紙上で,本件データが外部に流出し,名簿販
売業者がインターネットのホームページ上でその購入を勧誘する広告を掲載してい
るとの記事が大きく報道された(甲14ないし17,乙7の1ないし3)。
   イ そこで,控訴人は,この事態を重視して,D社と接触し,同年6月ころ
までに,D社から本件データが入った光磁気ディスク(MO)を回収し,同社がそ
のコンピュータに保有していた本件データを消去してもらい,また,E社及びF社
からは,D社が光磁気ディスク(MO)等で前記データを回収して返却させた。し
かし,データネットについては,控訴人は接触を試みたが,連絡が取れず,販売の
中止,情報の廃棄等を要請したにとどまった。もっとも,そのころまでに,インタ
ーネットのホームページ上の前記販売広告は閉じられた(甲7の2ないし12,甲
8の4・6,乙7の1ないし3,乙12,乙13,乙14の1ないし4)。
   ウ 控訴人は,記者会見や市政だより等によって,市民に対し事実を周知さ
せて説明するとともに道義的な意味で謝罪し,各種の再発防止策を講ずることとし
た。また,控訴人は,平成11年6月,Tに関し被告発人を氏名不詳として,宇治
市電子計算組織に係る個人情報の保護に関する条例違反の罪名で,宇治警察署に告
発した(甲8の6・7,乙7の1ないし3,乙12,乙13)。
   エ なお,控訴人は,平成11年4月1日,C社との間で,乳幼児検診シス
テムの保守業務に係る業務委託契約(乙11)を締結したが,同年7月23日,
「他の業務で同社との信頼関係を損ねる行為があったことが発覚したため」とし
て,同業務委託契約を解除し,取引を停止した。また,控訴人とC社は,平成12
年7月11日,同社が再々委託を受けて同社の業務として乳幼児検診システムの開
発業務を実施したものであることを確認した上,示談書(甲23)を取り交わした
(甲22,甲23)。
 3 被控訴人らの主張(請求原因)
  (1) 控訴人の責任原因(選択的主張)
   ア 国家賠償法1条
     控訴人の担当職員は,故意又は過失により,次のような違法行為をした
(なお,被控訴人らは,責任原因として民法709条をも挙げるが,控訴人の担当
職員の以下の行為が控訴人自身の行為と同視できるものと主張するものと解され
る。)。
    (ア) 本件データを乳幼児検診システムの開発という住民票の作成目的以
外の業務に使用した。
    (イ) A社は自ら開発業務を行わないのに,業務委託契約書(乙4)の前
記秘密の保持等に関する約定を前提として,同社に対し,乳幼児検診システムの開
発業務を委託した。
    (ウ) A社との間の業務委託契約書(乙4)には前記秘密の保持等に関す
る約定があったのに,同社がB社に乳幼児検診システムの開発業務を再委託するこ
とを安易に承認し,同社との間で別途業務委託契約等を締結しなかった。
    (エ) B社が自ら乳幼児検診システムの開発業務を行うのかどうかを確認
しなかった。
    (オ) Bと従業員Tが本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして
持ち帰り,C社の社屋内で作業することを口頭で承諾した。
   イ 民法715条(使用者責任)
    (ア) 前記のとおり,C社の従業員Tは,同社の社屋内で,本件データを
自己のコンピュータのハードディスクにコピーし,更にこれを自己の光磁気ディス
ク(MO)にコピーして,名簿販売業者であるD社に対し,これを代金25万80
00円で売却した。
      Tのこの行為は,被控訴人らに対する故意又は過失による違法行為で
ある。
    (イ) C社による乳幼児検診システムの開発業務は,控訴人の事業であ
り,控訴人は,C社及びその従業員Tを指揮・監督する関係にあった。
     a 使用者責任の前提となる「事業」は,本来的事業のみならず,これ
と密接不可分の関係にある事業や付随的事業も含まれ,また,客観的・外形的にみ
て使用者の事業の範囲内にあれば足りるところ,C社による乳幼児検診システムの
開発事業が控訴人の事業であることは明らかである。
     b 使用者責任が認められるためには,使用者と被用者の間に実質的な
指揮・監督関係があれば足り,雇用関係があることを要しないところ,乳幼児検診
システムの開発業務は,上記のとおり控訴人の事業であって,本来控訴人の庁舎内
で行われるべきものであり,現に当初は控訴人の庁舎内で行われていたが,その
後,前記のような作業上の都合のために,Bと従業員Tが控訴人の担当職員から口
頭の承諾を得て,本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰り,C
社の社屋内で作業するようになったものであり,この作業について控訴人が指揮・
監督関係を失ったものではない。
   ウ 権利侵害
     被控訴人らは,本件データに含まれる自己の個人情報を第三者に販売さ
れ,インターネットのホームページ上で誰でも購入することのできる状態にされた
ことによって,プライバシー権(自己の個人情報をコントロールする権利)を侵害
された。
  (2) 被控訴人らの損害
   ア 慰謝料
     被控訴人らは,上記不法行為により,著しい精神的苦痛を受けたが,そ
の慰謝料としては,各30万円が相当である。
   イ 弁護士費用
被控訴人らの弁護士費用としては,各3万円が相当である。
 4 控訴人の主張(請求原因に対する認否及び反論)
  (1) 請求原因に対する認否
    すべて否認ないし争う。
  (2) 反論
   ア 控訴人の責任原因について
    (ア) 国家賠償法1条について
     a 住民基本台帳法(平成10年法律第47号による改正前のもの。以
下「旧住民基本台帳法」という。)1条によれば,住民基本台帳は,住民に関する
事務の処理の基礎とするため作成されるものとされているから,本件データが住民
票の作成目的以外の業務に使用されることは法律上当然に予定されている。
     b 控訴人は,コンピュータに関するノウハウを持ち合わせておらず,
控訴人自身で乳幼児検診システムの開発業務を行うことはできなかったから,これ
を民間業者であるA社に委託したことはやむを得ないものである。
     c コンピュータソフトの開発業務において,再委託を行うことは一般
に行われており,A社からB社への再委託を控訴人が承認したことは,不当なもの
ではない。
       そして,控訴人とA社との間の業務委託契約書(乙4)における前
記秘密の保持等に関する約定は,同社からの再委託先であるB社に対しても,その
効力が及ぶものである。
     d 前記のとおり,控訴人の担当職員は,乳幼児検診システムの開発業
務について,C社の代表取締役であるAや従業員であるBと打ち合わせを行った
が,AがB社の所属であることを示す名刺を示したため,同人やBが同社の所属で
あると認識し,同社がC社に乳幼児検診システムの開発業務を再々委託したことは
知らず,再々委託を承認したことはない。
     e 控訴人の担当職員は,Bと従業員Tが本件データを光磁気ディスク
(MO)にコピーして持ち帰り,自社のコンピュータに入れることは承諾したが,
同データを他の目的に流用することまで承諾したものではない。
       なお,仮に,控訴人の担当職員が本件データの持出しを禁じたとし
ても,従業員Tが控訴人の庁舎内で同データを無断でコピーすることは可能であ
り,これを完全に防止することはできなかったものである。
    (イ) 民法715条(使用者責任)について
     a 乳幼児検診システムの開発業務は,本来地方公共団体である控訴人
の事業ではなく,関連事業とみることもできない。
     b 前記のとおり,控訴人は,A社に対し,乳幼児検診システムの開発
業務を委託したが,その実質にかんがみると,これは請負契約というべきである。
請負契約においては,注文者は,その注文又は指図につき過失がある場合を除い
て,請負人が第三者に加えた損害について責任を負わないところ(民法716
条),控訴人は,A社との間の業務委託契約書(乙4)に前記秘密の保持等に関す
る約定をもうけるなど相当の注意を払ったから,過失はないというべきである。
       また,控訴人は,B社への再委託は承認したが,控訴人とC社との
間には何の契約関係もない。更に,従業員Tは,控訴人の職員ではなく,控訴人と
同人との間には指揮・監督関係はなかった。すなわち,控訴人は,受託者であるA
社(や控訴人が承認した再委託先であるB社)に対し,乳幼児検診システムのプロ
グラムに使用する言語や処理方法,具体的な作業の従事者等を任せていた。また,
具体的な作業場所は同社らが確保し,作業に使用する機器や諸経費等も同社らが負
担することとされたものである。
    (ウ) 権利侵害について
      本件データは,旧住民基本台帳法11条により,何人も閲覧すること
ができるもので,公開されている情報であり,また,被控訴人Dと被控訴人Eの氏
名及び住所は電話帳にも掲載されているから,従業員Tによる本件データの売却行
為は,被控訴人らのプライバシー権を侵害するものではない。
   イ 被控訴人らの損害について
     前記のとおり,控訴人は,その後,D社から本件データが入った光磁気
ディスク(MO)を回収し,同社がそのコンピュータに保有していた本件データを
消去してもらい,また,E社及びF社からは,D社が光磁気ディスク(MO)等で
前記データを回収して返却させたものである。そして,データネットに対しては,
販売の中止,情報の廃棄等を要請したにとどまったが,インターネットのホームペ
ージ上の前記販売広告は閉じられたものである。
     したがって,被控訴人らは,何ら実害を被っておらず,被控訴人らが一
時的に不快感や憤怒の情を覚えたとしても,慰謝料をもって償うべき損害があった
ということはできない。
   ウ その他
     被控訴人らは,本件データが流出した経緯が判明していなかった平成1
1年5月27日に,不法行為者や具体的な不法行為の態様を明確に特定しないま
ま,本件訴訟を提起した。また,被控訴人Dは,宇治市の市会議員であるところ,
現実に被った損害の賠償を求める意図ではなく,いわば売名行為として,本件訴訟
を提起したものであり,これは訴権の濫用ともいうべきものである。
第3 当裁判所の判断
   被控訴人らの請求は,選択的請求であるので,まず,使用者責任(民法71
5条)について判断する。
 1 C社のアルバイト従業員Tによる不法行為について
  (1) 従業員Tによる本件データの売却行為については,前記第2,2(5)アの
とおりであり,この事実及び後記(2)の説示に照らすと,上記行為は被控訴人らに対
するTの故意又は過失による違法行為であるというべきである。
  (2) 権利侵害の有無について
   ア プライバシー権
    (ア) 本件データに含まれる情報のうち,被控訴人らの氏名,性別,生年
月日及び住所は,社会生活上,被控訴人らと関わりのある一定の範囲の者には既に
了知され,これらの者により利用され得る情報ではあるけれども,本件データは,
上記の情報のみならず,更に転入日,世帯主名及び世帯主との続柄も含み,これら
の情報が世帯ごとに関連付けられ整理された一体としてのデータであり,被控訴人
らの氏名,年齢,性別及び住所と各世帯主との家族構成までも整理された形態で明
らかになる性質のものである。
      このような本件データの内容や性質にかんがみると,本件データに含
まれる被控訴人らの個人情報は,明らかに私生活上の事柄を含むものであり,一般
通常人の感受性を基準にしても公開を欲しないであろうと考えられる事柄であり,
更にはいまだ一般の人に知られていない事柄であるといえる。したがって,上記の
情報は,被控訴人らのプライバシーに属する情報であり,それは権利として保護さ
れるべきものであるということができる。
    (イ) ところで,控訴人は,本件データは,旧住民基本台帳法11条によ
って何人も閲覧することができるもので,公開されている情報であり,従業員Tに
よる本件データの売却行為は,被控訴人らのプライバシー権を侵害するものではな
いと主張する。
      確かに,本件データに含まれる個人情報は,流出した当時は,旧住民
基本台帳法に基づいて記録されるものであり(同法6条,7条),同法の上では,
何人でも,市町村長に対し,その閲覧を請求することができ(同法11条1項),
住民票の写し又はそれに記載された事項に関する証明書の交付を請求することがで
きるものとされていた(同法12条1項)。
      しかしながら,旧住民基本台帳法においても,上記の閲覧や交付を請
求する者は,請求事由のほかその氏名及び住所を明らかにしなければならないとさ
れているなど一定の手続の制約を課せられており(同法11条2項,12条2項,
前記法改正前の住民基本台帳の閲覧及び住民票の写し等の交付に関する省令),不
当な目的によることが明らかなとき,又は住民基本台帳の閲覧により知り得た事項
を不当な目的に使用されるおそれがあることその他請求を拒むに足りる相当な理由
があると認めるときは,市町村長は上記の閲覧や交付の請求を拒むことができると
されていた(同法11条4項,12条4項)。また,偽りその他不正の手段によ
り,上記請求による閲覧をし,又は住民票の写しの交付を受けた者は5万円以下の
過料に処せられることとされていた(同法44条)。そして,住民基本台帳に関す
る調査に関する事務に従事している者又はしていた者は,その事務に関して知り得
た秘密を漏らしてはならないとされており(同法35条),これに違反すれば刑事
罰が科せられるものと規定されていた(同法42条)。更に,同法も,その36条
において,「市町村長の委託を受けて行う住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事
務の処理に従事している者又は従事していた者は,その事務に関して知り得た事項
をみだりに他人に知らせ,又は不当な目的に使用してはならない。」と明確に定め
ていたものである。
      なお,平成11年法律第87号,法律133号,法律第160号によ
る改正後の住民基本台帳法では,36条の2(住民票に記載されている事項の安全
確保等)の1項において「市町村長は,住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事務
の処理に当たっては,住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の漏えい,滅失
及びき損の防止その他の住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の適切な管理
のために必要な措置を講じなければならない。」と,その2項において「前項の規
定は,市町村長から住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事務の処理の委託を受け
た者が受託した業務を行う場合について準用する。」と規定されたものである。
      このように,住民基本台帳法上も,住民票データは,個々の住民のプ
ライバシーに属する事項であるとして保護されており,またそのように運用されて
いるのであるから,控訴人の前記主張は採用することができない。
    (ウ) また,控訴人は,被控訴人Dと被控訴人Eの氏名及び住所は電話帳
にも掲載されているから,C社の従業員Tによる本件データの売却行為は,被控訴
人らのプライバシー権を侵害するものではないと主張する。
      証拠(乙5)によれば,被控訴人Dと被控訴人Eは,NTTのハロー
ページ京都市南部版に,その氏名,住所及び電話番号を掲載させていることが認め
られるけれども,前記(ア)のような本件データの内容や性質にかんがみると,これ
がNTTのハローページ京都市南部版に掲載された情報を超えるものであることは
明らかであるから,控訴人の前記主張は採用することができない。
   イ プライバシー権侵害の有無
    (ア) 前記のとおり,本件においては,本件データがD社からE社,F社
及びデータネットへ流出し,一定期間インターネット上でその購入を勧誘する広告
が掲載されたというにとどまり,被控訴人らを含む個々人の住民票データそのもの
がインターネット上に掲載されて不特定の者がこれを直ちに閲覧できる状態になっ
たわけではない。
      また,被控訴人らは,上記以外に,本件データが流出したことによっ
て,これが不正に利用されたり,あるいは同データを利用した業者等から商品の勧
誘を受ける等の具体的な被害があったこと,更にはD社,E社及びF社らが被控訴
人らの住民票データを検索して閲覧したこと等の事実も一切主張・立証していな
い。この意味において,被控訴人らが主張する被害の内容は,間接的なものといわ
ざるを得ない。
    (イ) しかしながら,本件データ中の被控訴人らの住民票データは,前記
のとおり,被控訴人らのプライバシーに属するものとして法的に保護されるべきも
のである以上,法律上,それは控訴人によって管理され,その適正な支配下に置か
れているべきものである。それが,その支配下から流出し,名簿販売業者へ販売さ
れ,更には不特定の者への販売の広告がインターネット上に掲載されたこと,ま
た,控訴人がそれを名簿販売業者から回収したとはいっても,完全に回収されたも
のかどうかは不明であるといわざるを得ないことからすると,本件データを流出さ
せてこのような状態に置いたこと自体によって,被控訴人らの権利侵害があったと
いうべきである。
 2 控訴人の事業執行性と指揮・監督関係について
  (1) 控訴人の事業性について
   ア 被控訴人らは,使用者責任の前提となる「事業」は,本来的事業のみな
らず,これと密接不可分の関係にある事業や付随的事業も含まれ,また,客観的・
外形的にみて使用者の事業の範囲内にあれば足りる旨主張するところ,このような
一般論は,当裁判所としても首肯できるものである。
   イ ところで,乳幼児検診システムは,控訴人が,住民の健康管理を図るた
めに国庫補助金を受けながら構築を計画した健康管理のトータルシステムの一環と
して開発しようとしたものであり(乙12),控訴人の事業であることは明らかで
ある。
     そして,前記のとおり,控訴人は,本件データを使用した乳幼児検診シ
ステムの開発業務をA社に委託し,同社は,B社にその全体を再委託し,更に同社
は,C社にほぼその全体を再々委託したものである。
     そうすると,C社(B及び従業員T)による乳幼児検診システムの開発
業務は,控訴人の事業(少なくとも関連事業ないし付随事業)ということができ
る。
控訴人は,乳幼児検診システムの開発業務は,本来地方公共団体である
控訴人の事業ではなく,関連事業とみることもできないというが,以上の説示から
して,採用することができない。
   ウ もっとも,前記のとおり,控訴人の担当職員は,AがB社の所属である
ことを示す名刺を示したため,同人やBが同社の所属であると認識し,同社がC社
に乳幼児検診システムの開発業務を再々委託したことは知らず,控訴人が同社との
間で,別途業務委託契約等を締結することもなかったものである。
     しかしながら,前記のとおり,控訴人の担当職員は,乳幼児検診システ
ムの開発業務について,現にC社の代表取締役であるAや従業員であるBと打ち合
わせを行ったのであり,しかも証拠(甲28)によれば,従業員Tもこの打ち合わ
せに参加したことが認められるから,控訴人の担当職員の認識に上記のような齟齬
があったとしても,その故に,C社(B及び従業員T)による乳幼児検診システム
の開発業務が控訴人の事業でないということはできない。
   エ したがって,Tは,控訴人の事業の執行につき,本件データの売却行為
により,被控訴人らの権利を侵害したものということができる。
  (2) 指揮・監督関係の有無について
   ア 民法715条は,「或ル事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者」は被用者が事
業の執行につき第三者に加えた損害について賠償の責任を負うとしているから,控
訴人がその事業のために不法行為者Tを使用する関係にあることが必要である。そ
して,使用者と被用者の関係があるかどうかについては,実質的な指揮・監督関係
の有無によって決するのが相当と解される。
   イ まず,控訴人は,A社に対し,乳幼児検診システムの開発業務を委託し
たが,その実質にかんがみると,これは請負契約というべきである旨主張する。
     しかしながら,控訴人とA社との間の契約は,業務委託契約(乙4)で
あり,その業務の内容が高度の技術性を有するために専門業者に委託したものであ
るとしても,業務委託契約書の名称,契約内容(前記秘密の保持等及び再委託の禁
止の条項のほか,委託業務の処理方法,施設設備の管理,立入検査,事故発生の通
知,検収,損害賠償等の条項がもうけられている。)等に照らし,その契約の実質
が請負契約といえるかどうかは疑問であって,控訴人の上記主張は採用することが
できない(もっとも,その実質が業務委託契約であるか,請負契約であるかは契約
形態の相違にすぎず,いずれにせよ,使用者責任の有無については,後記ウで検討
する実質的な指揮・監督関係の有無が問題である。)。
   ウ そこで,次に,控訴人とC社のアルバイトの従業員Tとの間に実質的な
指揮・監督関係があったかどうかについて検討する。
     前記のとおり,控訴人は,A社がB社に再委託することを承認したもの
であり,また,控訴人の担当職員は,乳幼児検診システムの開発業務について,現
にC社の代表取締役であるAや従業員であるBと打ち合わせを行い,従業員Tも,
この打ち合わせに参加したものである。そして,Bと従業員Tは,当初,控訴人の
庁舎内で乳幼児検診システムの開発業務を行っていたものであり,次に検討すると
おり,本件データを庁舎外に持ち出すことについても控訴人の承諾を求めたのであ
る。
     これらの事実に照らすと,控訴人と従業員Tとの間には,実質的な指
揮・監督関係があったと認めるのが相当である。
     もっとも,前記のとおり,Bと従業員Tは,その後,本件データを光磁
気ディスク(MO)にコピーして持ち帰り,C社の社屋内で作業するようになった
ものであるが,その理由は,控訴人庁舎内の作業において,エラーが頻発し,所定
の作業終了時刻である午後5時までに作業を終了させることができなかったためで
あり,本件データの持出しについては,控訴人の担当職員も承諾したのであるか
ら,その後の作業について,控訴人が実質値的な指揮・監督関係を失ったというこ
とはできない。
     なお,控訴人は,受託者であるA社(や再委託先であるB社)に対し,
乳幼児検診システムのプログラムに使用する言語や処理方法,具体的な作業の従事
者等を任せていた,また,具体的な作業場所は同社らが確保し,作業に使用する機
器や諸経費等も同社らが負担することとされたなどと主張するけれども,これらは
業務委託契約である以上むしろ当然のことというべきであって,指揮・監督関係を
否定する理由にはならないというべきである。
 3 控訴人の選任・監督上の無過失の主張について
   控訴人は,A社との間の業務委託契約書(乙4)に前記秘密保持等に関する
約定をもうけるなど,相当の注意を払ったから責任がないなどと主張する(控訴人
は,本件の業務委託は請負契約であるとして,注文又は指図に過失がなかったと主
張するものと解されるが,使用被用の関係があるときは,被用者の選任及び事業の
監督につき相当の注意を払ったことを主張するものと解される。)。
   しかしながら,本件データは個々の住民のプライバシーに属する情報である
以上,控訴人としては,その秘密の保持に万全を尽くすべき義務を負うべきとこ
ろ,前記のとおり,A社との間の業務委託契約書(乙4)には前記秘密の保持等に
関する約定及び再委託の禁止に関する約定があったのに,同社がB社に乳幼児検診
システムの開発業務を再委託することを安易に承認し,しかもB社との間で別途業
務委託契約等を締結せず,B社との間で秘密の保持等に関する具体的な取り決めも
行わなかったものである(なお,控訴人は,上記の約定は,同社からの再委託先で
あるB社に対しても,その効力が及ぶ旨主張するけれども,A社とB社との間の業
務委託契約は別の契約であるから,上記主張は採用することができない。)。ま
た,本件データはコピー等による複製が容易に可能であるにもかかわらず,作業が
終了時間までに終了できなかったという事情のみで(勤務時間を延長することがで
きなかった事情,あるいは翌日に庁舎内で業務を続行することができなかった事情
は明らかでない。),安易に,Bと従業員Tに対し,口頭で,両名が本件データを
光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰りC社の社屋内で作業することを承諾
したものであり,しかもその際,本件データの扱い等の管理上特段の措置をとった
形跡がないのである。
   これらの事実に照らすと,控訴人が被用者の選任・監督について相当の注意
を払ったとは到底いうことができない。
 4 損害額について
   以上1ないし3によれば,控訴人は,被控訴人らに対し,使用者責任(民法
715条)を負うというべきである(なお,控訴人は,本件訴訟は訴権の濫用とも
いうべきものである旨主張するけれども,被控訴人らが控訴人に対して上記の使用
者責任を追及することが訴権の濫用であると認めるべき証拠はない。)。
   そこで,更に進んで被控訴人らの損害額について検討する。
  (1) 慰謝料
   ア 慰謝料に関する被控訴人らの主張は,前記第2,3(2)アのとおりであ
り,その被害とは,プライバシーに属する本件データがD社,E社,F社及びデー
タネットへ流出し,インターネット上で同データの購入を勧誘する広告が掲載され
たこと及び同データの回収が完全であるか否かについての不安・精神的苦痛をいう
ものであり,それ以上に,被控訴人らが具体的に何らかの被害を被ったことは,主
張立証されていない。
     しかしながら,前記のとおり,被控訴人らのプライバシーに属する本件
データにつきインターネット上で購入を勧誘する広告が掲載されたということ自体
でも,それによって不特定の者にいつ購入されていかなる目的でそれが利用される
か分からないという不安感を被控訴人らに生じさせたことは疑いないところであ
り,プライバシーの権利が法的に強く保護されなければならないものであることに
もかんがみると,これによって被控訴人らが慰謝料をもって慰謝すべき精神的苦痛
を受けたというべきである。
   イ そして,本件において,被控訴人らのプライバシーの権利が侵害された
程度・結果は,それほど大きいものとは認められないこと,控訴人が本件データの
回収等に努め,また市民に対する説明を行い,今後の防止策を講じたことを含め,
本件に現れた一切の事情を考慮すると,被控訴人らの慰謝料としては,1人当たり
1万円と認めるのが相当である。
  (2) 弁護士費用
    被控訴人らは,本件訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起・追行を委任して
いるところ,本件事案の内容,訴訟の経過,認容額,その他諸般の事情を総合考慮
すると,本件データの売却という不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として
は,被控訴人ら1人当たり5000円と認めるのが相当である。
 5 結論
   以上によれば,被控訴人らの請求は,控訴人に対し,それぞれ1万5000
円及びこれに対する不法行為の後である平成11年6月2日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限
度でこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
   よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。
  大阪高等裁判所第10民事部
      裁判長裁判官    岩   井       俊
         裁判官    大   出   晃   之
         裁判官    高   橋   善   久

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