弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被告は、原告に対し、金四九万四四五〇円及びこれに対する昭和五二年二月六
日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担と
する。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告は、原告に対し、金三七五万円及びこれに対する昭和五二年二月六日
から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告の請求は棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 請求の原因
一 原告は、時計の輸入、製造、販売を行なつている平和堂貿易株式会社を中心と
する企業グループの管財会社であつて、肩書地に本店を有し、不動産及び工業所有
権の保有及び管理等を業としている。
二 株式会社平和堂時計店は、昭和三四年一月二〇日、次の商標権(以下、「本件
商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を取得した。
登録出願日 昭和三三年一月二七日
出願公告日 昭和三三年九月一〇日
設定登録日 昭和三四年一月二〇日
登録番号 第五三二一三六号
原告は、昭和四四年七月八日、株式会社平和堂時計店を吸収合併し、本件商標権を
承継した。
三 本件商標登録出願の願書中指定商品に関する記載及び願書に添付した書面に表
示した商標は、別紙商標公報記載のとおりである。
四 被告は、時計、貴金属等の輸入及び販売を業とする会社であるが、昭和四九年
三月ころ、別紙目録記載の標章(以下、「被告標章」という。)を附した腕時計
(以下「被告腕時計」という。)六〇〇〇個を香港から輸入し、これをわが国内に
おいて単価金六二五〇円で販売した。
五 本件商標と被告標章とを対比すると、両者は、いずれもTECHNOSなる文
字を横書きしてなるものであつて、観念及び称呼において全く同一であり、外観に
おいても字体が若干異なるのみであるから、被告標章は本件商標と同一であるか、
少なくとも極めて類似している。
 しかして、腕時計が本件商標に係る指定商品に該当することは、いうまでもな
い。
六 かくして、前記四項記載の被告の行為は、原告の本件商標権を侵害するものと
いうことができるから、原告は、被告に対して、本件商標の使用に対し通常受ける
べき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求
しうる。また、被告は、前記四項記載の行為に対して通常支払うべき使用料を原告
に支払わず、原告の損失において、右使用料の額に相当する額の利益を法律上の原
因なくして得たものというべきものであるから、原告は、被告に対して、これと同
額の不当利得返還請求権を有する。
 しかるところ、本件のようなブランド名によつて販売される商品については、商
標の使用料率は、通常販売価格の一〇パーセントとみるのが相当である。
 そうすると、前記四項記載の被告の行為によつて、原告が蒙つた損害額及び原告
の損失において被告が得た利益の額は、いずれも前記販売単価金六二五〇円の一〇
パーセントに相当する金六二五円に、販売個数六〇〇〇を乗じて得られる金三七五
万円となる。
七 よつて、原告は、被告に対して、本位的に右損害金三七五万円、予備的に同額
の不当利得金、及びこれらに対する履行期の後である昭和五二年二月六日から完済
まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 請求の原因に対する認否
一 請求の原因一の事実は知らない。
二 同二及び三の事実は、いずれも認める。
三 同四のうち、被告が、時計、貴金属等の輸入及び販売を業とする会社であり、
被告標章を附した腕時計を香港から輸入して、これをわが国内で販売したことは認
めるが、その余の事実は否認する。
 すなわち、被告は、昭和四八年一〇月初めころ、被告腕時計四五〇〇個を金四万
〇三六九・五〇米ドル(単価金八・九七一米ドル)で輸入し、右時計一個につき金
四五〇円のバンドを附して、同年一一月下旬ころ株式会社大阪扇屋商店に対し単価
金五〇〇〇円で一括売却したものである。
四 同五ないし七の事実及び主張は、すべて争う。
第四 抗弁
一 かりに、被告標章が本件商標と同一ないし類似するものであるとしても、被告
腕時計の輸入行為は、次に主張するごとく、いわゆる真正商品の並行輸入に該当す
るから、被告腕時計をわが国内で販売しても、原告の本件商標権を侵害しないもの
というべきである。すなわち、
(一) テクノス・ウオツチ・カンパニー(以下、「テクノス社」という。)は、
スイス国において、被告標章につき商標権を有する者であり、韓隆物産株式会社
(以下、「韓隆物産」という。)は、韓国におけるテクノス社の総代理店であると
ともに、被告標章の韓国における商標権者である。
(二) 被告腕時計は、スイス国において、テクノス社がその機械本体を製造し、
韓国において、韓隆物産が右機械本体に文字盤、針、リユーズその他の部品を取り
付けて完成し、その文字盤に被告標章を適法に附したうえ、香港に輸出したもので
あつて、いわゆる真正商品にあたる。
(三) 本件商標権者たる原告の許諾のもとに本件商標を使用する平和堂貿易株式
会社もまた、テクノス社から腕時計のムーブメントを輸入し、これを組み立て加工
して完成したものに、本件商標を使用しているのであり、しかも、本件商標はわが
国において一般テクノス社の製品であることを示す表示として認識されているので
あるから、被告標章が表示し又は保証する出所又は品質と、本件商標が表示し又は
保証する出所又は品質とは同一であると評価することができ、したがつて、被告に
よる被告標章の使用は、商標保護の本質に照らして、実質的な違法性を欠くもので
ある。
二 かりに、前項の主張が理由なしとするも、被告は、原告の本件商標権侵害につ
き、過失がなかつたものということができる。
 すなわち、被告は、被告腕時計を香港から輸入するにあたり、売主の許に赴い
て、右売主から、商標権の侵害にはならない旨の説明を受け、そのうえで輸入に踏
みきつたのであるが、被告腕時計は、当時すでに、文字盤には被告標章が、
機械本体にはテクノス社の社名が記入されており、そのうえ被告標章が附された袋
に入れてあつたのであるから、売主の前記説明をそのまま信じたのは当然であり、
さらに、日本の税関においても輸入差止等の問題もなく、輸入することができたの
であるから、被告には、被告腕時計の輸入販売行為が他人の商標権を侵害するか否
かにつき、それ以上の注意義務はなかつたものというべきである。
三 原告は、被告が被告腕時計をわが国内において販売した事実を、昭和四八年一
一月下旬ころ知り、原告の本訴提起の時(昭和五二年一月三一日)は、すでにその
時から三年を経過しているから、原告の本訴損害賠償請求権は、時効によつて消滅
したものというべきである。そこで、被告は昭和五二年四月六日の本件口頭弁論期
日において右時効を援用した。
第五 抗弁に対する認否
一 被告腕時計の輸入行為がいわゆる真正商品の並行輸入に該当する旨の抗弁一の
主張は争う。すなわち、
(一) 抗弁一(一)の事実のうち、テクノス社に関する部分は認めるが、韓隆物
産に関する部分は知らない。
(二) 同(二)の事実は否認する。被告腕時計の機械本体は、テクノス社の子会
社であるPANTOS・A・により、韓国向けに製造されたものであつて、しかも
テクノス社は、その文字盤に被告標章を附することを承認していない。ただ韓国に
おいてのみ、ロイヤルマスターの標章のもとに販売されるべきものとして、スイス
から輸出されたものである。したがつて、被告腕時計は、そもそもこの点において
真正商品とはいえないものである。
(三) 同(三)の事実も否認する。平和堂貿易株式会社が本件商標を附して販売
する腕時計は、そのムーブメントだけはテクノス社から輸入するものの、文字盤、
ケース、バンド等はわが国で製造したものを右会社において組み立てたものであ
り、他方、被告腕時計がいわゆる真正商品とはいえないこと、前主張のとおりであ
る以上、被告標章が表示し又は保証する出所又は品質と、本件商標が表示し又は保
証する出所又は品質とが同一であるといえないことは、多言を用いるまでもなく明
らかである。
(四) さらに、株式会社平和堂時計店は、テクノス社とは無関係に、本件商標登
録の出願をし、原告もまたテクノス社とは無関係に株式会社平和堂時計店を吸収合
併して商標権者となつたものであつて、テクノス社は、本件商標につき、わが国に
おいてなんらの権利も有していない。
二 無過失の抗弁事実は否認する。のみならず、かりに被告主張事実がすべて認め
られるとしても、該事実のみをもつてしては、被告に課された注意義務をすべて課
したものということはできない。
三 抗弁三の事実は否認する。被告腕時計が販売された事実を、原告が知つたの
は、昭和四九年三月ころである。したがつて、本件訴は右時点から三年以内に提起
されており、本訴損害賠償請求権は、時効により消滅していない。
第六 証拠関係(省略)
       理   由
一 請求の原因一の事実は、証人【A】の証言により、これを認めることができ、
同二及び三の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 被告が、時計、貴金属等の輸入及び販売を業とする会社であり、被告標章を附
した腕時計を香港から輸入して、これをわが国内で販売したことは、当事者間に争
いがなく、被告代表者【B】に対する尋問の結果によれば、被告は、昭和四八年九
月末か翌一〇月初めころ、被告腕時計四五〇〇個を単価九米ドル弱で輸入し、右時
計一個につき金四五〇円のバンドを附して、同年一二月初めころから二回位に分
け、株式会社大阪扇屋商店に対し、単価金五五〇〇円で一括卸売した(但し、不良
品五個を除く。)ことが認められ、これに反する証拠はない。しかして、右認定事
実によれば、被告から大阪扇屋商店に対する被告腕時計の卸売価格の合計額は、計
算上金二四七二万二五〇〇円になる。
三 そこで、当事者間に争いのない本件商標と被告標章とを対比する。
 前者は、TECHNOSなるアルフアベツトの大文字七文字を、ローマン体に多
少の修正を施しただけの平凡な字体で、単純に横書きしたものであり、そこからは
「テクノス」なる称呼を生じ、「技術」「工芸」「工学」等の観念を生じる。
 これに対して、後者は、同じくTECHNOSなるアルフアベツトの大文字七文
字を、ゴシツク体(メデイアム)で単純に横書きし、その下に、ROYAL MA
STERなるアルフアベツトの大文字一一字を、同じ字体ながら、その大きさは縦
及び横ともほぼ二分の一の細字で、横書きしてなるものである。しかして、かかる
具体的構成に、簡易迅速を旨とする取引社会の実情を併せ考えれば、被告標章の要
部はTECHNOSなる部分にあるものというべく、そこからは、前者と同一の称
呼及び観念を生じる。
 そうすると、両者は、称呼及び観念を共通にし、外観においても類似するものと
いうことができるから、他に特段の事情の認められない本件においては、被告標章
は、全体として本件商標に類似するものということができる。
 ところで、被告腕時計が本件商標に係る指定商品たる「時計並にその各部及び附
属品」に該当することは、ここに縷説するまでもなく明らかである。
四 かくして、被告による被告腕時計の輸入販売行為は、後に検討するいわゆる真
正商品の並行輸入に関する抗弁が理由なきかぎり、原告の本件商標権を侵害するも
のということができるから、したがつて、後述の無過失及び時効の各抗弁が理由な
きかぎり、原告は、被告に対して、本件商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額
に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求しうるとこ
ろ、証人【A】の証言によれば、原告から許諾を受けて本件商標を使用している平
和堂貿易株式会社は、これを使用する商品の卸売価格の二パーセントにあたる使用
料を原告に支払つていることが認められ、右事実によれば、本件商標の相当使用料
率は商品の卸売価格の二パーセントと認めるのが相当であり、前掲証言中腕時計に
関する商標の使用料率は通常その卸売価格の一〇パーセントが相当であるとの部分
はにわかに措信し難く、ほかに右認定を覆えすに足りる証拠はない。そうすると、
原告が被告に対してその賠償を請求しうる損害の額は、前記被告腕時計の卸売価格
の合計額金二四七二万二五〇〇円の二パーセントに相当する金四九万四四五〇円に
なる。
五 次に、被告主張の各抗弁について、順次検討することにする。
 被告は、被告腕時計の輸入行為がいわゆる真正商品の並行輸入に該当する旨主張
し、その根拠として、大要、(1)テクノス社がスイス国において被告標章につき
商標権を有すること、(2)被告腕時計がいわゆる真正商品であること及び(3)
原告から本件商標の使用を許諾されている平和堂貿易株式会社も、テクノス社から
輸入したムーブメントを組立て加工して完成しこれに本件商標を使用しているので
あつて、被告標章が表示、保証する出所、品質と本件商標が表示、保証する出所、
品質とは同一であると評価することができる、という三つの要件事実を主張する。
 しかしながら、これら三要件が、いわゆる真正商品の並行輸入に該当するため
に、必要な条件であることはいうまでもないが、これのみをもつて十分な条件とい
うことはできず、さらに、本件商標権者である原告が、スイス国における被告標章
の商標権者であるテクノス社と同一人であるか、又はこれと同視しうるような特殊
な関係にあることを要すること、しかして、ここに同一人と同視しうるような特殊
な関係とは、本件に即して考えれば、原告が、テクノス社の製造販売に係る腕時計
について使用するために、同社の承諾を得て本件商標権を取得したか、あるいは同
社から本件商標権を譲り受けた場合等をいうものと解するのが相当である。このこ
とは、原告がテクノス社と全く無関係に、例えば、テクノス社がスイス国において
被告標章につき商標権を取得する前、あるいは被告標章が同国において周知性を獲
得する前に、原告が本件商標権を取得した場合には、原告は、テクノス社がスイス
国において適法に被告標章を附した腕時計についても、わが国内において他人がす
る譲渡、引渡、展示及び輸入行為等を差し止める権利を有するのであつて、その後
に至つて、原告がテクノス社と取引関係に入り、同社の製造販売に係る腕時計に本
件商標を使用するようになつたからといつて、その一事をもつて、前記差止請求権
を喪失すべき理由がないことに徴し、明らかであるといわなければならない。
 そうとすれば、この点につきなんらの主張立証なき本件においては、前に掲げた
被告主張の各事実についてその真偽を吟味するまでもなく、右抗弁はこれを採用す
ることができない。
六 無過失の抗弁もまた理由なきものといわなければならない。すなわち、被告代
表者【B】に対する尋問の結果によれば、同人は、被告腕時計を輸入する際すで
に、原告がTECHNOSなる文字商標につき権利を有することを承知していたこ
とが認められる以上、同人が、香港において売主から「原告の商標権を侵害するこ
とにはならない」旨の説明を受け、また、当時すでに被告腕時計の文字盤及び包装
袋に被告標章が附されていた等の事情があつて、その言を信じた(この点は被告代
表者【B】に対する尋問の結果によつて認めうる。)からといつて、注意義務を果
したことにならないことは、いうまでもない。また、被告腕時計がわが国の税関に
おいて輸入差止等の措置を受けなかつたという被告主張の事情も、右判断を左右す
るに足りない。
七 最後に、本訴損害賠償請求権の時効消滅の抗弁であるが、本件訴が昭和五二年
一月三一日に提起されたことは記録上明らかであるところ、それから三年前にあた
る昭和四九年一月三一日前に、原告が被告による被告腕時計の輸入及び販売の事実
を知つたことを認めるべき資料は全くなく、かえつて、原本の存在及び成立につき
争いのない甲第三号証及び証人【A】の証言によれば、原告が右の事実を知つたの
は、昭和四九年五月ころであることが認められるから、その余の点につき判断する
までもなく採用できない。
八 かくして、原告の本訴請求は、前記損害金四九万四四五〇円及びこれに対する
前記侵害行為の後であつて原告が主張する昭和五二年二月六日から完済まで民事法
定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これ
を認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟
法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用し
て、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋吉稔弘 佐久間重吉 安倉孝弘)
〈12073-001〉
目録(被告商品の標章)
〈12073-002〉

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