弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人加藤達夫、同吉原淳治の上告趣意第一点は、憲法三一条違反をいうが、実
質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第二点は、憲法九三条二項違反を
いうが、原審でなんら主張、判断を経ていない事項に関する違憲の主張であり、同
第三点は、事実誤認の主張であり、同第四点は、単なる法令違反の主張であつて、
刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
 なお、所論(上告趣意第四点)にかんがみ、被告人に対する第一審判決の判示第
四の四の事実と同五の事実との罪数関係につき判断する。
 原判決によれば、被告人及びAは、共謀の上、昭和五五年六月一五日ころ、Bほ
か三名に対し、C候補のため投票並びに投票取りまとめなどの選挙運動をすること
の報酬として一〇万円を供与する旨を約したが、被告人とAとの間では、右買収資
金一〇万円を被告人において選挙対策本部の方から調達してAに交付することにし、
それができないときは二人で半額ずつ負担する旨話し合われたこと、Aは、同月一
九日ころになつても被告人から連絡がなかつたことから、右Bらとの約束を守るた
めに、自己において立て替えることとし、被告人に知らせることなく、一〇万円を
用意して、同日ころ、Bほか三名に対し、前記の趣旨で右一〇万円を手渡して供与
したこと、被告人は、同月二〇日ころ、Aに対し、前記の趣旨でBほか三名に供与
すべきものとして、一〇万円を交付したことが認められるというのである。
 原判決は、右認定事実のもとで、被告人のAに対する一〇万円の交付の罪は、右
両名共謀の上でのBほか三名に対する一〇万円の供与の罪に吸収されないと判示し
ている。しかしながら、供与の目的であらかじめ共謀者間で金員の交付が行われ、
その後共謀にかかる供与が行われた場合について、交付の罪は、後の供与の罪に吸
収されるというのが当裁判所の判例(最高裁昭和四〇年(あ)第一五四一号同四一
年七月一三日大法廷判決・刑集二〇巻六号六二三頁)であるところ、本件は、これ
と事実関係を異にはしているものの、供与の共謀者間でその手段として買収資金の
交付が約束され、偶々供与直後にその交付約束が履行されたにすぎない場合である
から、その間に実質的な差があるとは認め難い。したがつて、本件についても、第
一審判決の判示第四の五の被告人のAに対する交付の罪は、同四の両名共謀による
Bほか三名に対する供与の罪に吸収されると解するのが相当であり、これを併合罪
とした原判決は法令の適用を誤つたものといわなければならない。しかし、本件に
おいては、被告人に対し他に受供与罪の成立が認められており、処断刑の範囲に差
異を来さないから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められ
ない。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。
 この決定は、裁判官谷口正孝の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるも
のである。
 裁判官谷口正孝の意見は、次のとおりである。
 一 多数意見は、原判決の肯認した第一審判決認定の第四の四の事実、すなわち、
被告人がAと共謀のうえ、昭和五五年六月一九日ころ、同判決摘示の趣旨で選挙人
であるBほか三名に対し現金一〇万円を供与した事実及び同五の事実、すなわち、
被告人が同月二〇日ころ、前同趣旨で選挙運動者である右Aに対し現金一〇万円を
交付した事実について、最高裁昭和四一年七月一三日大法廷判決・刑集二〇巻六号
六二三頁を引用して、右五の交付の罪は、四の共謀による供与の罪に吸収され一罪
を構成するものである、と判断している。
 私も、右両罪が一罪として処断されるという点については賛成するが、後者の罪
が前者の罪に吸収されると考えることについては、多数意見と見解を異にする。
 ところで、前記昭和四一年七月一三日大法廷判決は、公選法二二一条一項一号所
定の金銭の供与を共謀した者の間において供与すべき金銭の交付(受交付)があつ
た場合、右金銭の交付(受交付)の行為は、供与行為のための、すなわち、供与行
為の目的達成のためにする前段階的行為であり、共謀にかかる供与罪が既遂に達し
た以上その前段階的行為としての右共謀者間における金銭の交付(受交付)の罪は
共謀による供与罪に吸収される、としているのである。私は、右大法廷判決は、あ
たかも犯罪行為一般が予備、未遂、既遂と段階的に発展し、行為が既遂に達すれば、
その前段階的行為としての予備、未遂の罪は既遂の罪に吸収され、別罪を構成しな
いという法理と同一の論理操作のうえに立つものと考えている。このように考える
からこそ、両罪の関係を包括一罪と考えた学説を採用しなかつた理由も説明がつく
と思う。
 二 然るに、本件における被告人とAのした共謀による金一〇万円の供与行為と、
右供与行為終了後の被告人のしたAに対する金一〇万円の交付行為との関係は、多
数意見も説明するように金銭の供与を共謀した被告人とAとの間で供与すべき金銭
の授受があり、その授与を受けた者がその金銭を供与して共謀の目的を遂げたとい
う場合ではない。Aが自ら用意した金一〇万円をBほか三名に供与した行為は、被
告人との共謀に基づくものであり、Aとしては、その供与にかかる金一〇万円は、
いずれ被告人が選挙対策本部から調達して交付してくれるであろうと考え、自ら用
意した金員を立替え支弁する意図であつたとしても、右供与の時点においては未だ
供与を共謀した被告人とA間においては供与すべき金銭の授受は行われていないの
である。このような場合であつても、Aとしては、供与を共謀した被告人から交付
を受けた金員を供与した場合と金銭価値の移動という点においては変わるところは
ないという考え方もあろう。しかし、私はそのような考え方を採らない。本件の場
合は、前記最高裁大法廷判決にかかる事件と異なり、供与を共謀した者の間におけ
る金銭の授受があり、その授与を受けた者から供与という共謀目的の実現に発展し
た場合ではない。被告人と金一〇万円の供与を共謀したAがBほか三名に自ら用意
した金一〇万円を供与した行為により、右共謀による供与行為は既に完成し、共謀
による供与罪の成立は終つている。被告人がその後Aの立替支弁した金銭を補填す
る趣旨で(もつとも、結果としてそうなるということであつて、被告人としてはA
が既に一〇万円を供与したことを知つていたわけではない。)、同人に金一〇万円
を交付した以上、その交付行為は、共謀による供与行為とは別に交付行為として交
付罪が成立し、前の共謀による供与罪とは別罪を構成する。後に行われた交付罪が
前に完了した共謀による供与罪に吸収されると解するのはどのような論理によるも
のか、私は了解できないのである。むしろ、後の交付行為が前の共謀による供与罪
とは別罪を構成すると解することが、公選法が金銭による投票の買収行為について、
金銭授受の各行為を各別に犯罪として処罰しようとしている趣旨にも合致するとい
えると思う。原判決が右第四の四と同五の罪を併合罪として処断したのもこの趣旨
に出たものと推認できる。
 三 私は、このように右第四の五の交付罪は、同四の共謀による供与罪とは各別
に成立すると考えるが、両罪の罪数を考える場合、両者は包括一罪の関係にあるも
のと考える。後者の共謀による供与罪を構成する行為と前者の交付罪を構成する行
為とは別個独立の行為であつて、前者の交付罪が後者の共謀による供与罪に吸収さ
れるという関係にはないが、両者の関係を実質的にみた場合、この二つの行為は事
実上密接に関連した行為であることは明らかであるから、両罪を各別に科刑の対象
としてとらえ併合罪として処断することは相当でなく、右事実上の一体性を理由と
して包括一罪として律すべきものと思料する。
 もつとも、この点の擬律の誤りは、被告人に対する原判決の結論に影響を及ぼす
ものではない。
  昭和六一年七月一七日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    角   田   禮 次 郎
            裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    高   島   益   郎
            裁判官    大   内   恒   夫
            裁判官    佐   藤   哲   郎

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