弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人蓑田速夫、同渡邊剛男、同岩渕正紀、同遠藤きみ、同古川悌二、同松
家健一、同田村光治、同佐竹敏睦、同佐藤正、同歌門章二、同大矢富男の上告理由
について
 本件につき適用がある旧特許法(大正一〇年法律第九六号)のもとにおいては、
「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為ス」ことができ(旧特許法
九条一項)、「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為サムトスル者
ハ其ノ一発明二付テハ出願ヲ訂正シ同時ニ他ノ各発明ニ付新ナル出願ヲ為スヘシ」
(旧特許法施行規則四四条一項)と定められていて、特許出願人は、二以上の発明
を包含するもとの出願につきその一部を分割して一又は二以上の新たな出願とする
ことができたものであるが、右の二以上の発明を包含する特許出願にあたるかどう
かについては、これをもつぱら願書に添付された明細書中の特許請求の範囲におけ
る記載に限定して決すべきものか、それ以外の発明の詳細なる説明ないし願書添付
図面の記載内容をも含めて決すべきものかについては、右の法文上からは明らかで
ない。しかしながら、特許制度の趣旨が、産業政策上の見地から、自己の工業上の
発明を特許出願の方法で公開することにより社会における工業技術の豊富化に寄与
した発明者に対し、公開の代償として、第三者との間の利害の適正な調和をはかり
つつ発明を一定期間独占的、排他的に実施する権利を付与してこれを保護しようと
するにあり、また、前記分割出願の制度を設けた趣旨が、特許法のとる一発明一出
願主義のもとにおいて、一出願により二以上の発明につき特許出願をした出願人に
対し、右出願を分割するという方法により各発明につきそれぞれその出願の時に遡
つて出願がされたものと看做して特許を受けさせる途を開いた点にあることにかん
がみ、かつ、他に異別の解釈を施すことを余儀なくさせるような特段の規定もみあ
たらないことを考慮するときは、もとの出願から分割して新たな出願とすることが
できる発明は、もとの出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載された
ものに限られず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野
における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に
実施することができる程度に記載されているならば、右明細書の発明の詳細なる説
明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えない、と
解するのが相当である。
 次に、旧特許法のもとにおける右の分割出願が許される時期について考えるのに、
同法はかかる出願をすることができる終期についてなんらの規定を設けていない。
しかしながら、前記のように、特許出願により自己の発明内容を公開した出願人に
対しては、第三者に対して不当に不測の損害を与えるおそれのない限り、できるだ
けこれらの発明について特許権を取得する機会を与えようとするのが、特許制度及
び分割出願制度に一貫する制度の趣旨であるから、この趣旨に徴するときは、法律
上特許出願につき出願公告の決定がある以前、あるいは願書に添付した明細書又は
図面について補正することができる時又は期間内等に限つて分割出願をすることが
できるとの特段の定めがあれば格別、前記のようにこれがない旧特許法のもとにお
いては、分割出願は、もとの出願について査定又は審決が確定するまでこれをする
ことができると解するのが相当であり、このように解しても、第三者に対し不当に
不測の損害を与えるおそれがあるとは考えられないし、また、このように解するの
が、我が国において批准している工業所有権の保護に関する千八百八十三年三月二
十日のパリ条約四条G項の趣旨にもよく合致するものである。もつとも、前記のよ
うに、旧特許法施行規則四四条一項は、分割出願は、一発明について出願を訂正す
ると同時に、他の各発明について新たな出願をすることによつてしなければならな
いと定めているから、分割出願にあたつては、もとの出願の願書に添付した明細書
又は図面の訂正をしなければならないところ、同規則一一条四項、旧特許法七五条
五項によれば、明細書又は図面の訂正又は補充は、出願につき出願公告の決定があ
つた後においては、特許異議の申立の結果必要が生じて審査官から訂正を命じられ
たときでなければすることができないとされており、これによれば、もとの出願に
つき出願公告の決定があつた後は、明細書又は図面の訂正を必然的に伴う分割出願
は手続上不可能であるかのような観がないではない。しかしながら、このような結
果は、分割出願制度の趣旨が前記のとおりのものであるとする以上、到底容認する
ことができないものであるから、単に分割出願の体裁を整えるために必要な明細書
又は図面の訂正は、右旧特許法施行規則一一条四項の規定にかかわらず、これをす
ることができるものと解するのが相当である。それ故、出願公告の決定があつた後
の分割出願であるとの一事によりこれが不適法であるとすることはできない。
 そうすると、本件審決のように、被上告人のした原判決判示の本願発明を目的と
する分割出願が、もとの出願である原判決判示の原出願につき出願公告決定があつ
た後に、原出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されず、発明の詳
細なる説明に記載されていた発明を目的としてするものであつたことを理由に、こ
れを不適法な分割出願であるとしてその出願日の遡及を認めることができないとす
ることはできず、これと同趣旨の見解のもとに本件審決を違法であるとした原審の
判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用すること
が出来ない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    本   山       亨
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝

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