弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 原判決主文第二項中控訴人A、同B、同C及び同Dの請求に関する部分を取り
消し、右部分に関する同控訴人らの訴えを却下する。
二 控訴人らのその余の本件控訴をいずれも棄却する。
三 控訴費用は控訴人らの負担とする。
○ 事実
第一 申立て
一 控訴人ら(原審原告であった控訴人E、同F、同A、同B、同C及び同Dは原
判決に対し控訴状を提出していないが、必要的共同訴訟の法理により右の者らも控
訴人となったものである。)
1 原判決を取り消す。
2 原判決主文第一項の却下に係る訴えに関する部分を東京地方裁判所に差し戻
す。
3 被控訴人は、東京都国分寺市に対し、金六億二五二四万〇三七六円及びこれに
対する平成三年一月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 当事者の主張及び証拠
原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決一九枚目表二行目の「丙土地」を
「丁土地」と、同二一枚目表八行目の「甲土地」を「乙土地及び丙土地」と改め
る。)から、これを引用する。
○ 理由
一 記録によれば、控訴人A、同B、同C及び同Dは当審の口頭弁論終結以前にい
ずれも国分寺市の住民ではなくなったことが認められる。したがって、同控訴人ら
の本件訴えはいずれも原告適格を欠き、不適法であるから、却下すべきである。
二 当裁判所も、右控訴人らを除くその余の控訴人ら(以下「その余の控訴人ら」
という。)の請求のうち、公社による売渡しに関する損害賠償請求に係る訴えは住
民訴訟の対象とならない被控訴人の行為について損害賠償を求めるものであるから
不適法であり、市による売渡しに関する損害賠償請求は右売渡しが違法であるとは
認められないから失当であると判断する。その理由は、次のように付加、訂正する
ほかは、原判決理由のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二八枚目表六行目の「右主張を前提として」を「国分寺市土地開発公社
と国分寺市との間では人的、物的一体性が強度であり、被控訴人の実質的な支配権
が同公社に及んでいたものであって」と改め、同九行目から同二九枚目表二行目ま
でを次のとおり改める。
「 いわゆる法人格否認の法理は、社団法人である会社について、会社という法形
態を採っているものの、会社としての法人格が全くの形骸にすぎないか、又は、法
律の適用を回避するために濫用されているような場合においては、法人格というも
のの本来の目的に照らして許すべきものでなく、取引の相手方においてその法人格
を否認することができるとするものである。
しかし、土地開発公社は、会社のように何人でも準則によって容易に設立し得るも
のとは異なり、公有地拡大法に基づき、地方公共団体に代わって土地の先行取得を
行なうこと等を目的として(同法一条)、地方公共団体がその議会の議決を経て定
款を定め、主務大臣又は都道府県知事の認可を受けて設立するものであり(同法一
〇条)、設立団体である地方公共団体とは別個の法人とされている(同法一一条)
公法人であって、土地開発公社に出資できるのは地方公共団体に限られており(同
法一三条一項)、また、同法により、毎事業年度、予算、事業計画を作成し、当該
事業年度の開始前に、設立団体の長の承認を受けなければならず、これを変更しよ
うとするときも同様とされ、毎事業年度の終了後二箇月以内に、財産目録、貸借対
照表、損益計算書及び事業報告書を作成し、監事の意見を付けて設立団体の長に提
出しなければならないとされており(同法一八条二、三項)、設立団体の長、主務
大臣又は都道府県知事からその業務及び資産の状況につき監督を受け(同法一八
条)、その他その財務及び会計につき同法及び主務省令に規定が置かれているほ
か、地方公共団体は土地開発公社の債務について保証契約をすることができるもの
とされている(同法二五条)ものである。
そして、成立に争いのない甲第一八号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第
八、第九号証、原審証人G、同Hの証言によれば、平成二年三月三一日当時、国分
寺市土地開発公社の理事長は同市の助役、他の七名の理事は同市の収入役、部長及
び課長、監事二名は同市議会議員及び学識経験者であり、職員二六名も同市の職員
であったこと、国分寺市の職員である右役員及び職員は同市からの給与の支払を受
けているのみで、同公社からは報酬、給与の支払を受けていなかったこと、国分寺
市土地開発公社の事務所は国分寺市役所内に置かれていることが認められる。
しかし、公有地拡大法自体、地方公共団体の長がその管理に係る建物等を無償で土
地開発公社の利用に供すること及び地方公共団体の職員が土地開発公社の役員とな
ることを認めている(同法二六条)のみならず、土地開発公社は、元来、公有地拡
大法が地方公共団体に代わって土地の先行取得を行なうことを目的として創設した
制度であるから、土地開発公社と設立団体である地方公共団体が人的、物的にも、
業務遂行の上でも密接な関係にあるということは、公有地拡大法が土地開発公社に
法人格を付与した目的に何ら反するものではないというべきであり、これをもっ
て、国分寺市土地開発公社の法人格が形骸にすぎず、又は、法人格の濫用の場合に
当たるというようなことがいえるものでないことは明らかである。
そして、前記のような土地開発公社の目的、性格及び公有地拡大法の諸規定からす
れば、土地開発公社について、その公社としての法人格が形骸にすぎず又は法人格
の濫用の場合に当たり、公社としての法人格を認めることは法人格付与の本来の目
的に照らして許すべきでないものとしてその法人格の否認を認めるのが相当な場合
があるとは到底考えられないというべきである。いわゆる法人格否認の法理は、前
記のとおり、会社という形態がいわば単なるわら人形にすぎない場合に取引の相手
方を保護しようとするものであり、相手方保護の場面で妥当するものである。公社
による売渡しについて法人格否認の法理を援用する控訴人らの主張は、取引の相手
方の保護ではなく、全く別個の地方公共団体の財政行為に対する民主的統制の見地
からの必要を理由とするものであるが、右(一)に判示したとおり、公有地拡大法
上、設立団体の長の土地開発公社の業務に対する監督、関与については、設立団体
の住民は、地方自治法の定める直接請求による以外には、長に対する政治的批判を
通じてこれを統制するほかはなく、そのような制度も優に憲法九二条に適合すると
解されることからすると、控訴人ら主張のような必要性を理由として、土地開発公
社の法人格を否認することは認められないというべきである。(加えて、公社によ
る売渡しについて被控訴人が地方自治法二三七条二項等の法令による規制を潜脱す
る目的で国分寺市土地開発公社から直接私人に対する売渡しをしたものであること
を認めるに足りる証拠は全く存しない。)
したがって、公社による売渡しについて、国分寺市土地開発公社の法人格が否認さ
れるべきであるとする控訴人らの主張は理由がない。」
2 原判決三一枚目裏末行の「市による売渡し」の前に「国分寺市は、本件再開発
事業を推進するため、前記のとおり、平成二年三月一五日Iから丁土地を代金四億
〇五〇八万円で買い受け、同月三〇日同人に対し甲土地を代金八四五九万九六二四
円で売り渡したほか、同月一五日Jから東京都国分寺市<地名略>宅地七・九四平
方メートルを代金四一二八万八〇〇〇円で、同番<地名略>宅地九二平方メートル
を代金三億五一八〇万八〇〇〇円で買い受け(以下、併せて「Jからの買受け」と
いう。)、同月二二日同人に対じ同市<地名略>宅地三三〇・五八平方メートルを
代金二億一五六一万〇八八七円で売り渡した(以下「Jへの売渡し」という。)
が、」を、同行の「歳入は」の次に「Jへの売渡しと一括して」を、同三二枚目表
一行目の「歳出は」の次に「Jからの買受けと一括して」を加える。
3 原判決三二枚目裏六行目の「同委員会は」から同八行目の「費やされた」まで
を「同委員会では、約四時間にわたって市による売渡し、市による買受け、Jへの
売渡し及びJからの買受けに相当する売買(以下「本件各売買」という。)に関す
る歳入歳出についての質疑、討論が行われた」と、同九行目の「市による売渡し及
び市による買受け」を「本件各売買」と改め、同一〇行目の「市による売渡し」の
次に「及びJへの売渡し」を、同三三枚目表二行目の「市による買受け」の次に
「及びJからの買受け」を加え、同六行目の「「買う八億円」から同七行目の「判
断である」旨」までを「市による買受け及びJからの買受けにおいて国分寺市が購
入する用地は駅前広場の中央に位置しており、八億円の価格も所有者の言い値では
なく、かなり配慮してもらった金額であり、本件各売買の代金額は、相手方の意向
との相関関係や、今後の重要性にかんがみての総体的な判断で決定したものである
旨」と改め、同三三枚目裏三行目の「目下自転車置場として使用されている土地」
の前に「女子ハイツの裏側の」を、同五行目の「答弁は、」の次に「Jへの売渡し
及びJからの買受けと共に」を、同六行目の末尾に「以上の質疑、討論において、
本件各売買の対象地の地番及び相手方の氏名こそ明らかにされなかったものの、国
分寺市が買い受ける土地は一か所が九九・九四平方メートル(Jからの買受けの対
象地に相当する。)、他の一か所が七七・九平方メートル(丁土地に相当する。)
で合計一七七・八四平方メートルであり、これらの土地を約八億円で購入し、その
代替地として同市<地名略>の土地三三〇・五八平方メートル(Jへの売渡しの対
象地に相当する。)を約二億一五〇〇万円で、同市<地名略>の土地一五七・六四
平方メートル(甲土地に相当する。)を約八五〇〇万円で売り払う予定であること
が明らかにされ、特に右の売渡代金の額及びその決定の仕方の相当性を巡って審査
が行われた。」を加える。
4 原判決三三枚目裏一〇行目及び同三四枚目表一行目の「市による売渡し」の次
に「及びJへの売渡し」を、同六行目の「市による」から同七行目までを「主とし
て本件各売買を巡る財政上の問題点について行われたものであった」と、同九行目
の「歳入項目が」の次に「Jへの売渡しと併せて」を加え、同裏一行目の「表明さ
れた上で、売渡しに係る土地」を「表明され、また、市による売渡し及びJへの売
渡しに係る土地」と改め、同二行目から三行目にかけての「明らかとなるに至った
ものであって、」を「明らかにされた上で、右代金の額及びその決定の仕方の当否
及び問題点についての審査、審議がされたものであること、」を、同九行目の「さ
れた以上、」の次に「本件通達第二の二エの趣旨を考慮しても、」を加える。
5 原判決三五枚目裏四行目の「事件」を「議案」と、同九行目の「事件」を「当
該議案」と改める。
三 以上の次第で、控訴人A、同B、同C、同Dの訴えはいずれも却下すべきであ
るから、原判決主文第二項中同控訴人らの請求に関する部分は失当であるが、控訴
人らの公社による売渡しに関する損害賠償請求に係る訴えを却下し、その余の控訴
人らの請求に関して市による売渡しに関する損害賠償請求を棄却した原判決は相当
であり、本件控訴はいずれも理由がないから、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟
法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 菊池信男 村田長生 伊藤 剛)
参考
本控訴審判決において付加、訂正の上、引用された原審判決部分を組み込んだ判決
の理由
(注) 原審判決が、本控訴審判決により付加、訂正されている部分には傍線を付
した。
なお、引用された部分の当事者の表記は、原審判決の表記のままとした。
○ 理由
一 記録によれば、控訴人A、同B、同C及び同Dは当審の口頭弁論終結以前にい
ずれも国分寺市の住民ではなくなったことが認められる。したがって、同控訴人ら
の本件訴えはいずれも原告適格を欠き、不適法であるから、却下すべきである。
二 当裁判所も、右控訴人らを除くその余の控訴人ら(以下「その余の控訴人ら」
という。)の請求のうち、公社による売渡しに関する損害賠償請求に係る訴えは住
民訴訟の対象とならない被控訴人の行為について損害賠償を求めるものであるから
不適法であり、市による売渡しに関する損害賠償請求は右売渡しが違法であるとは
認められないから失当であると判断する。その理由は、次のように付加、訂正する
ほかは、原判決理由のとおりであるから、これを引用する。
〔付加、訂正の上、引用された原審判決部分〕
一 請求原因1(当事者)、2(市の財産の処分)、3(公社に対する監督権の不
行使)及び8(監査請求)の各事実は当事者間に争いがない。
二 公社に対する監督権の不行使に係る訴えの適否について
1 原告らの被告に対し金四億四九八三万円及びこれに対する遅延損害金を国分寺
市に支払うことを求める訴えは、被告が公社による売渡しを差し止めなかったこと
が財産の管理を違法に怠る事実に当たるとして、地方自治法二四二条の二第一項四
号に基づき、右事実によって同市が被ったとする損害の賠償を求めるものである。
しかして、同条に定める住民訴訟は、地方財務行政の適正な運営を確保することを
目的とするものであって、その対象とされる事項は、同法二四二条一項所定の財務
会計上の行為又は事実としての性質を有する事項に限られるから、右訴えが適法と
されるためには、その主張に係る公社による売渡しを差し止めることが同項に定め
る財務会計上の行為としての財産の管理に該当し、これを怠ることが同項にいう財
産の管理を怠る事実に当たらなくてはならないこととなる。
2 よって検討するに、公有地拡大法によれば、地方公共団体(設立団体)は、地
域の秩序ある整備を図るために必要な公有地となるべき土地等の取得及び造成その
他の管理等を行わせるため、土地開発公社を設立することができ(同法一〇条一
項)、土地開発公社は、法人とされ(同法一一条)、右目的を達成するため、土地
の取得、造成その他の管理及び処分等、同法一七条一項各号所定の業務を行うもの
とされている(同項)。設立団体と土地開発公社との関係については、設立団体の
長は、土地開発公社の役員(理事及び監事)を任命し(同法一六条一項、二項)、
役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない非行があると認める場合等には
これを解任することができ(同条三項)、土地開発公社の業務の健全な運営を確保
するため必要があると認めるときは、土地開発公社に対しその業務に関し必要な命
令をすることができるものとされている(同法一九条一項)。他方、土地開発公社
は、毎事業年度、予算、事業計画及び資金計画を作成し、その事業年度の開始前に
設立団体の長の承認を受けなければならず、これを変更しようとするときもまた同
様であり(同法一八条二項)、毎事業年度の終了後二か月以内に、財産目録、貸借
対照表、損益計算書及び事業報告書を作成し、監事の意見を付けてこれを設立団体
の長に提出しなければならないものとされている(同条三項)。
右各規定に、地方公共団体に代わって土地の先行取得を行なうこと等を目的とする
土地開発公社の創設その他の措置を講ずることにより、公有地の拡大の計画的な推
進を図り、もって地域の秩序ある整備と公共の福祉の増進に資するという同法の目
的(同法一条)を綜合すると、同法が、地方公共団体に右の同法一条、一〇条一項
に定めるような目的を有する土地開発公社の創設を認めた趣旨は、地方公共団体が
歳出歳入予算とは別個に予算に計上することを要する継続費及び繰越明許費のほか
は各会計年度における歳出についてその年度の歳入のみをもってこれに充てなけれ
ばならないものとされているため(地方自治法二〇八条一項、二一二条、二一三
条)、かかる制約を受けることのない権利義務主体を設け、当該権利義務主体に、
右制約を離れた特性を活かし、自己の計算において計画的に、かつ機に臨んで的確
に公有地となるべき土地を取得させ、もって、地方公共団体が公有地を取得するこ
とを容易にさせることにあるものと解される。
以上のことに鑑みると、公有地拡大法は、土地開発公社の予算、収入、支出、財産
等の財務を設立団体のそれとは截然と分離し、土地開発公社自らにおいてこれを管
理させることとし、ただ、土地開発公社が右のような目的を有し、その基本財産の
全額が設立団体その他の地方公共団体の出資に依拠すること(同法一三条)等を考
慮して、設立団体の長に、土地開発公社の健全な運営を確保するために必要な限度
において、右のような下級行政機関に対する指揮監督権にも類する各種の監督権限
を付与したものというべきである。したがって、同法一九条に基づく設立団体の長
の命令は、一般行政上の権限によるものというべく、これをもって財務的処理を直
接の目的とする財務会計上の行為ということは到底できない。
そうすると、原告らが被告の財産の管理を違法に怠った事実に当たると主張する、
右命令を発して公社による売渡しを差し止めなかったとの事実は、財務会計上の事
実としての性質を有する財産の管理を怠る事実に当たらないから、右事実による損
害賠償を求めるとする前記の訴えは、地方自治法により特に出訴の認められた類型
に該当せず、不適法である。
3 (一)原告らは、土地開発公社の行為によって地方公共団体の財務に関する規
制が潜脱される虞があること等からすれば、設立団体の長の監督権限の不行使をも
って住民訴訟の対象となる財産の管理を怠る事実に当たると解さなければ公有地拡
大法は憲法九二条に違反することとなる旨の主張をする。
しかしながら、まず、公有地拡大法は、右2に判示したような趣旨、目的に基づい
て、土地開発公社の財務を地方公共団体のそれから分離して土地開発公社自らがこ
れを管理することとし、設立団体の長は専らこれを一般行政上の見地から監督する
こととするものである。そうであるとすれば、同法に基づく土地開発公社に関する
制度の建前上、その業務に関する規制が設立団体の長の行政上の監督権限による範
囲に止められ、これに対する住民の統制は、地方自治法の定める直接請求による以
外には、究極的には長に対する政治的批判にまつほかはないこととすることも、優
に憲法九二条にいう地方自治の本旨に適合するものというべきである。
また、住民訴訟の制度は、住民参政の一環として住民に対し、地方公共団体の長若
しくは執行機関又は職員の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を
裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを
目的とするものであって、行政事件訴訟法五条にいう民衆訴訟に当たり、法律に定
める場合において、法律に定める者に限りこれを提起することができるものである
(同法四二条)。そうすると、かかる訴訟制度を設けるかどうかは挙げて立法政策
に委ねられているところであり、これを設けず、又はその適用される範囲を限定し
たからといって、憲法九二条に反することとなる余地はないというべきである。
したがって、原告らの右主張を採用することはできない。
(二) 原告らはまた、法人格が法律の適用を回避するために濫用された場合等に
おいてこれが否認されるべきであるとの法理は土地開発公社についても当てはまる
と主張し、国分寺市土地開発公社と国分寺市との間では人的、物的一体性が強度で
あり被控訴人の実質的な支配権力同公社に及んでいたものであって 公社による売
渡しは被告が国分寺市土地開発公社の法人格を濫用してこれをしたものであるか
ら、これに関する法律関係については同公社の法人格は否認されるべきである旨の
主張をする。
いわゆる法人格否認の法理は、社団法人である会社について、会社という法形態を
採っているものの、会社としての法人格が全くの形骸にすぎないか、叉は、法律の
適用を回避するために濫用されているような場合においては、法人格というものの
本来の目的に照らして許すべきものでなく、取引の相手方においてその法人格を否
認することができるとするものである。
しかし、土地開発公社は、会社のように何人でも準則によって容易に設立し得るも
のとは異なり、公有地拡大法に基づき、地方公共団体に代わって土地の先行取得を
行なうこと等を目的として(同法一条) 地方会共団体がその議会の議決を経て定
款を定め、主務大臣又は都道府県知事の認可を受けて設立するものであり(同法一
〇条)、設立団体である地方公共団体とは別個の法人とされている(同法一一条)
公法人であって、土地開発公社に出資できるのは地方公共団体に限られており(同
法一三条一項)、また、同法により、毎事業年度、予算、事業計画を作成し、当該
事業年度の開始前に、設立団体の長の承認を受けなければならず、これを変更しよ
うとするときも同様とされ、毎事業年度の終了後二箇月以内に、財産目録、貸借対
照表、損益計算書及び事業報告書を作成し、監事の意見を付けて設立団体の長に提
出しなければならないとされており(同法一八条二、三項)、設立団体の長、主務
大臣又は都道府県知事からその業務及び資産の状況につき監督を受け(同法一八
条)、その他その財務及び会計につき同法及び主務省令に規定が置かれているほ
か、地方公共団体は土地開発公社の債務について保証契約をすることができるもの
とされている(同法二五条)ものである。
そして、成立に争いのない甲第一八号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第
八、第九号証、原審証人G、同Hの証言によれば、平成二年年三月三一日当時、国
分寺市土地開発公社の理事長は同市の助役、他の七名の理事は同市の収入役部長及
び課長、監事二名は同市議会議員及び学識経験者であり、職員二六名も同市の職員
であったこと、国分寺市の職員である右役員及び職員は同市からの給与の支払を受
けているのみで、同公社からは報酬、給与の支払を受けていなかったこと、国分寺
市土地開発公社の事務所は国分寺市役所内に置かれていることが認められる。
しかし、公有地拡大法自体、地方公共団体の長がその管理に係る建物等を無償で土
地開発公社の利用に供すること及び地方公共団体の職員が土地開発公社の役員とな
ることを認めている(同法二六条)のみならず、土地開発公社は、元来、公有地拡
大法が地方公共団体に代わって土地の先行取得を行なうことを目的として創設した
制度であるから、土地開発公社と設立団体である地方公共団体が人的、物的にも、
業務遂行の上でも密接な関係にあるということは、公有地拡大法が土地開発公社に
法人格を付与した目的に何ら反するものではないというべきであり、これをもっ
て、国分寺市土地開発公社の法人格が形骸にすぎず、又は、法人格の濫用の場合に
当たるというようなことがいえるものでないことは明らかである
そして、前記のような土地開発公社の目的、性格及び公有地拡大法の諸規定からす
れば、土地開発公社について、その公社としての法人格が形骸にすぎず又は法人格
の濫用の場合に当たり、公社としての法人格を認めることは法人格付与の本来の目
的に照らして許すべきでないものとしてその法人格の否認を認めるのが相当な場合
があるとは到底考えられないというべきである。いわゆる法人格否認の法理は、前
記のとおり、会社という形態がいわば単なるわら人形にすぎない場合に取引の相手
方を保護しようとするものであり、相手方保護の場面で妥当するものである。
公社による売渡しについて法人格否認の法理を援用する控訴人らの主張は、取引の
相手方の保護ではなく、全く別個の地方公共団体の財政行為に対する民主的統制の
見地からの必要を理由とするものであるが、右(一)に判示したとおり、公有地拡
大法上、設立団体の長の土地開発公社の業務に対する監督、関与については、設立
団体の住民は、地方自治法の定める直接請求による以外には、長に対する政治的批
判を通じてこれを統制するほかはなく、そのような制度も優に憲法九二条に適合す
ると解されることからすると、控訴人ら主張のような必要性を理由として、土地開
発公社の法人格を否認することは認められないというべきである。(加えて、公社
による売渡しについて被控訴人が地方自治法二三七条二項等の法令による規制を潜
脱する目的で国分寺市土地開発公社から直接私人に対する売渡しをしたものである
ことを認めるに足りる証拠は全く存しない。)
したがって、公社による売渡しについて、国分寺市土地開発公社の法人格が否認さ
れるべきであるとする控訴人らの主張は理由がない
三 市による売渡しに係る請求について
1 原告らは、市による売渡しは地方自治法二三七条二項の条例又は議会の議決に
よる場合でないにもかかわらず適正な対価なくしてされたものであるから違法であ
る旨の主張をする。
同項は、普通地方公共団体の財産の交換、出資及び支払手段としての使用のような
財産の処分行為を条例や議会の議決によらない限り絶対的に禁止しているから、そ
の理は、同じく処分行為である譲渡や貸付けについても同様であるはずであるが、
譲渡や貸付けについては、適正な対価によるものがあり得、それが授受されれば、
普通地力公共団体に財務会計上損害を与えることにならないので、そのような場合
を除外したものと解されること並びに適正な対価によるものであるかどうかの判断
は、必ずしも常に一義的に明らかになるとはいい難い評価に依存するものであるこ
と、以上のような点に鑑みれば、同条項は、財産の譲渡や貸付けについても、原則
としては、条例や議会の議決によるべきものとし、例外的に適正な対価によるもの
のみをこれによらないでも差し支えないこととしたものと解される。
そこで、まず、本件の市による売渡しが、右にいう条例又は議会の議決によってい
るかどうかを検討する。
2 国分寺市において、市による売渡しに適用されるような右の条例の規定は存在
しないことが明らかである。
地方自治法の右規定が、普通地方公共団体の財産の適正な対価によらない譲渡又は
貸付けを、条例と並んで議会の議決にかからせた趣旨は、適正な対価によらない財
産の譲渡又は貸付けは、地方公共団体の財産の実質的な減少をもたらすものであっ
て、その財政的基盤を脆弱にする危険があるところから、特にかかる譲渡等をする
ことが必要であるかどうか、妥当であるかどうかについて議会に審査をさせ、その
結果議会の議決が得られた場合に限ってこれを許すこととするという点にあるもの
と解される。
そうであるとすれば、右各規定にいう議会の議決があったとされるためには、適正
な対価なくしてされる譲渡又は貸付けにつき議会においてその必要性、妥当性につ
いての審査を経て議決がされることを要し、かつ、そのことをもって足りるという
べきであるから、その議決が、譲渡又は貸付けについての議決を求める個別の議案
に対してされるか、譲渡又は貸付けに係る歳入歳出項目が計上された予算(補正予
算を含む。)に対してされるか、また、議決事件のうち、譲渡又は貸付けに係る部
分のみを対象としてされるか、その余の部分と一括してされるかを問わないものと
解される。
原告らは、議会が右の議決をするには、譲渡が真に必要、適切であるかどうかを判
断するために必要な資料が議会に示されていなくてはならないとし、そのような立
場から、右の議決があったとするためには、譲渡に係る財産ごとに、その財産、譲
渡の種類、相手方、数量及び金額並びに適正な対価によらないにもかかわらずこれ
を譲渡すべき必要性等を具体的に特定された議案が提出され、これについて議決が
されなければならないとの主張をする。確かに、譲渡又は貸付けの必要性、妥当性
の審査に資する資料が議決事件の提出に際しその地方公共団体の長によって提供さ
れることは望ましいことであるが、右のとおり地方自治法二三七条二項の議会の議
決の前提としては実質的に右の審査を遂げることをもって足り、そのためにどのよ
うな資料がいかなる経緯によって議会に提供されたか、あるいは提供されなかった
かは、右議決についての手続要件となるものではなく、もとよりその適法性を左右
するものとはいえないから、右主張はその前提において採ることを得ない。
また、原告らは、右主張の根拠として本件通達第二の二エが、地方自治法九六条一
項六号の「議決」について「個々の事案ごとに議会の議決を経るものとしたこと」
としていることを挙げるが、成立に争いのない乙第三号証によれば、右通達は地方
自治法の一部を改正する法律(昭和三八年法律第九九号)等の公布に際し自治事務
次官において各都道府県知事に宛てて発した通達であることが認められるのであっ
て、右通達は、右法律による地方自治法の改正の趣旨や改正後の地方自治法の施行
について留意すべき事項に関する一般的な訓示、説明をする趣旨を出るものではな
いというべきであるから、本件通達に右の定めがあるからといって、地方自治法九
六条一項六号、二三七条二項を原告らの主張のように解さなくてはならないもので
はない。
3 右に判示したところを本件についてみると、本件全証拠によっても、市による
売渡しにつき地方自治法二三七条二項の議会の議決を経なかったものとは認められ
ない。かえって、成立に争いのない甲第一九号証の一、乙第二号証、原本の存在と
成立に争いのない甲第四、第五号証並びに証人H及び同K(後記採用しない部分を
除く。)の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 国分寺市は、本件再開発事業を推進するため、前記のとおり、平成二年三
月一五日Iから丁土地を代金四億〇五〇八万円で買い受け、同月三〇日同人に対し
甲土地を代金八四五九万九六二四円で売り渡したほか、同月一五日Jから東京都国
分寺市<地名略>宅地七・九四平方メートルを代金四一二八万八〇〇〇円で、同番
<地名略>宅地九二平方メートルを代金三億五一八〇万八〇〇〇円で買い受け(以
下、併せて「Jからの買受け」という。)、同月二二日同人に対し同市<地名略>
宅地三三〇・五八平方メートルを代金二億一五六一万〇八八七円で売り渡した(以
下「Jへの売渡し」という。)が、市による売渡しの代金に係る歳入はJへの売渡
しと一括して土地売払収入として、市による買受けの代金に係る歳出はJからの買
受けと一括して公有財産購入費として、それぞれ平成元年度国分寺市一般会計補正
予算(第五号)(本件補正予算)に計上され、同補正予算の議案書中「第一表歳入
歳出予算補正」に、前者につき「(歳出)」「款 11.財産収入」「項2.財産
売払収入」「目1.不動産売払収入」「補正額300.195(補正前の額)(2
41.334)(計)(541.529)(千円)」「節 区分1.土地売払収入
 金額300.195(千円)「説明1.市有地売払収入(管財課)300.19
5(千円)」との、後者につき「(歳出)「款8.土木費」「項3.都市計画費」
「目2.駅周辺整備費」「補正額391.283 補正前の額(1.590.95
0)計(1.982.233)(千円)」「補正額の財源内訳 特定財源 国都支
出金-343.950 地方債800.000 一般財源-64.767(千
円)」「節 区分17公有財産購入費 金額800.000(千円)」「説明4.
国分寺駅周辺整備事業に要する経費(国分寺駅)17.公有財産購入費(800.
000)用地買収費800.000(千円)」との各記載がある。本件補正予算
は、平成二年三月六日付けで国分寺市議会同年第一回定例会に提出された。
(二) 本件補正予算は、同月八日に開催された同市議会総務委員会において審査
され、可決された。同委員会では、約四時間にわたって市による売渡し、市による
買受け、Jへの売渡し及びJからの買受けに相当する売買(以下「本件各売買」と
いう。)に関する歳入歳出についての質疑、討論が行われた。同委員会において
は、一名の委員が本件各売買の各代金額決定の根拠を中心に質疑をし、市による売
渡し及びJへの売渡しは、その代金額が公示価格からみた土地の市場価格の趨勢に
適合しないから同市公有財産規則三九条に違反するとの自己の見解を表明し、市当
局側に対し右根拠を明らかにするよう求めた。これに対し、市当局側は、市による
買受け及びJからの買受けについては不動産鑑定士による鑑定評価を行い、これに
準拠して代金額を決定したが、市による売渡しについては国分寺市土地開発公社が
昭和五五年に甲土地を買い受けた際の価格が判明していたことから、これに利息に
相当する金額や管理費等の金額を加算した額によって代金額を決した旨、市による
買受け及びJからの買受けにおいて国分寺市が購入する用地は駅前広場の中央に位
置しており、八億円の価格も所有者の言い値ではなく、かなり配慮してもらった金
額であり、本件各売買の代金額は、相手方の意向との相関関係や、今後の重要性に
かんがみての総体的な判断で決定したものである旨、市が土地を買い受け、その代
替地を売り渡す際にはできる限り双方の価格の均衡を保つように調整しなければな
らないが、本件の市による売渡し及び市による買受けの代金額については本件再開
発事業を推進するための政策的な価格である旨、市による買受けに係る土地(丁土
地)は右事業の一環として国分寺駅駅北口の暫定広場等を建造するために急いで取
得するものである旨、それぞれ答弁をした。その過程において、結局市による売渡
しに係る土地(甲土地)が同市<地名略>に所在し女子ハイツの裏側の目下自転車
置場として使用されている土地であること、その面積及び右売渡しに係る一平方メ
ートル当たりの価格のほぼ正確な数値が明らかにされた。このような質疑及びこれ
に対する答弁は、Jへの売渡し及びJからの買受けと共に市による売渡し及び市に
よる買受けの双方の問題を包括して行われた。以上の質疑、討論において、本件各
売買の対象地の地番及び相手方の氏名こそ明らかにされなかったものの、国分寺市
が買い受ける土地は一か所が九九・九四平方メートル(Jからの買受けの対象地に
相当する。)他の一か所が七七・九平方メートル(丁土地に相当する。)で合計一
七七・八四平方メートルであり これらの土地を約八億円で購入し、その代替地と
して同市<地名略>の土地三三〇・五八平方メートル(Jへの売渡しの対象地に相
当する。)を約二億一五〇〇万円で、同市<地名略>の土地一五七・六四平方メー
トル(甲土地に相当する。)を約八五〇〇万円で売り払う予定であることが明らか
にされ、特に右の売渡代金の額及びその決定の仕方の相当性を巡って審査が行われ
た。
(三) 本件補正予算は、平成二年三月一四日開催された同市議会本会議において
審査され、可決された。同本会議においては、その冒頭に総務委員長が右(二)の
ような同委員会における審査の経過について報告をし、その後、主として一名の議
員が、右審査の内容のほか、市による売渡し及びJへの売渡しの代金額の決定に当
たり鑑定評価が行われたかどうか、行われなかったことについて特別の理由がある
かどうか等の点につき質疑をし、市による売渡し及びJへの売渡しは同市公有財産
規則三九条に違反するとの見解を表明した。これに対して市当局側は、右の鑑定評
価は行っていないことを明らかにし、それにつき特別の理由はない旨、審査会にお
ける代金額の決定も売渡しの価格と買受けのそれとの双方を同時に審査したという
経過を踏まえて理解されたい旨、それぞれ答弁した。このような本会議における質
疑及びこれに対する答弁も、右と同様に、主として本件各売買を巡る財政上の問題
点について行われたものであった。
以上の事実が認められ、右認定事実によれば、市による売渡しについては、その代
金に係る歳入項目がJへの売渡しと併せて計上された補正予算が同市議会に提出さ
れ、右補正予算の審査においては、本件再開発事業の推進を図る見地から特に市に
よる買受けの代金額と関連させてその代金額を決定するとの市当局側の見解と、こ
れに反対する議員の見解とがこもごも表明され、また、市による売渡し及びJへの
売渡しに係る土地の所在及び使用状況の概略、面積、一平方メートル当たりの価格
といった事項が明らかにされた上で、右代金の額及びその決定の仕方の当否及び問
題点についての審査、審議がされたものであること、このことに、一般に地方公共
団体と私人との間の契約に関する事項の詳細をその執行機関が議会においてどの程
度明示すべきかについては相手方との信頼関係の保持や相手方のプライバシーの保
護の見地からの制約を受けざるを得ないことを併せ考えれば、右認定の本件補正予
算の審査の経過は、これをもって財産の譲渡についての必要性、妥当性の審査が遂
げられたものとするのに十分であるといわなければならない。そうであるとすれ
ば、右のとおり、かかる審査を経て本件補正予算が可決された以上、本件通達第二
の二エの趣旨を考慮しても1市による売渡しは、地方自治法二三七条二項の議会の
議決がある場合に当たることとなる。
4 (一)原本の存在と成立に争いのない甲第一〇号証及び証人Kの証言によれ
ば、国分寺市において、地方自治法二三七条二項の議会の議決を求める事件につ
き、これを個別の議案とし、その議案書には同法九六条一項六号により議会の議決
を求める旨を明示した例もあることが認められるが、それが同市の慣例となってい
るという事実までを認める証拠はない上に、右の議会の議決については前記2に判
示したように解すべきであり、右のような事例があったからといって、同法の右各
規定の要件が加重、変更される余地はないから、これをもって、右3の判断が左右
されるものではない。
(二) 証人Kの証言中には、右総務委員会及び本会議における本件補正予算の審
査は、予算審査の名に値せず、まして市による売渡しについて地方自治法二三七条
二項の議会の議決があったとすることはできない旨の右3の認定に反する供述部分
があるが、これは、その趣旨からして、右規定の議会の議決について前記2に判示
したところと異なる独自の見解に基づく意見を述べたものであることが明らかであ
るから、採用の限りでない。
(三) また、同証言によれば、本件補正予算のような多数の項目からなる議案は
通常その包含する項目を一括して議決がされること、議員においてそのうちのある
項目には賛成であるがその余については反対であるという場合にも、全体に対する
賛否をいずれかに決して議決権を行使するほかはないことが認められるが、かかる
場合にあっても右認定事実自体から明らかなとおり、事の軽重を斟酌して、当該議
案につき一括してされる議決において賛否のいずれかに決し得ることはいうまでも
なく、その限り財産の適正な対価によらない譲渡又は貸付けに係る事件に対し賛否
いずれかの態度をとることも当然可能であるから、右認定事実は何ら右3の判断を
左右するものではない。
5 そうすると、市による売渡しに係る請求は、その余の点について判断するまで
もなく理由がないことに帰する。

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