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裁判例


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平成19年10月31日判決言渡
平成18年(ネ)第10040号特許権侵害差止請求権不存在確認請求控訴事件
平成19年(ネ)第10052号同附帯控訴事件
(原審東京地方裁判所平成17年(ワ)第3089号)
平成19年10月1日口頭弁論終結
判決
控訴人・附帯被控訴人株式会社半導体エネルギー研究所
(以下「1審被告」という。)
訴訟代理人弁護士永島孝明
同安國忠彦
同明石幸二郎
同古城春実
同粟田口太郎
同内田公志
同鮫島正洋
補佐人弁理士磯田志郎
被控訴人・附帯控訴人チーメイオプトエレクトロニクス
コーポレーション
(以下「1審原告」という。)
訴訟代理人弁護士大野聖二
同市橋智峰
訴訟復代理人弁護士佐藤公亮
補佐人弁理士片山健一
主文
11審被告の控訴及び1審原告の附帯控訴に基づき,原判決主文第1
項及び第2項を次のとおり変更する。
(1)1審被告は1審原告に対し1995万7600円及びこれに,,
対する平成17年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
(2)1審原告のその余の請求を棄却する。
,,(。)2訴訟費用は第1審第2審附帯控訴により生じたものを含む
を通じこれを5分し,その1を1審原告の,その余を1審被告の負担
とする。
3この判決の第1項(1)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴及び附帯控訴の趣旨
1控訴の趣旨
(1)原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。
(2)1審原告の請求をいずれも棄却する。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。
2附帯控訴の趣旨
(1)原判決主文第2項を次のとおり変更する。
1審被告は,1審原告に対し,1995万7600円及びこれに対する平
成17年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は,第1,2審とも1審被告の負担とする。
(3)仮執行宣言
第2事案の概要等及び争点に関する当事者の主張
1事案の概要
1審原告は,1審被告に対し,1審被告の有する特許権(特許第32417
08号,以下「本件特許権」という。また,原判決別紙特許公報写し記載の本
件特許に係る明細書及び図面を「本件特許明細書」といい,本件特許明細書の
特許請求の範囲の請求項1記載の発明を本件特許発明というに基づく差「」。)
止請求権を被保全権利とし,原判決別紙物件目録記載の液晶テレビ(以下「本
件製品というを販売していた1審原告の顧客である株式会社西友以下西」。)(「
友というを相手方として販売禁止等の仮処分を申し立てた1審被告の行」。),
為等が不正競争防止法以下不競法という2条1項14号所定の営業上(「」。)
の信用を害する虚偽事実の告知行為に該当すると主張して,①同法3条1項に
基づく差止め,②同法4条に基づく損害金の一部として1000万円及び遅延
損害金の支払,③1審被告の1審原告の顧客に対する上記差止請求権が存在し
ないことの確認を求めた。これに対し,1審被告は,上記①及び②の請求につ
き,1審被告の上記行為は不競法2条1項14号の営業上の信用を害する虚偽
事実の告知行為には該当しない,上記③の請求に係る訴えにつき,確認の利益
がない,などと反論して争った。
原判決は,1審被告による上記仮処分申立ては不競法2条1項14号の営業
上の信用を害する虚偽事実の告知行為に当たるなどと認定判断し,1審原告の
上記①及び②の請求をいずれも全部認容したが(ただし,仮執行宣言は付して
いない,1審原告の上記③の請求に係る訴えについては,確認の利益がない。)
として,これを却下した。
1審被告は,原判決中の1審被告の敗訴部分(上記①及び②の請求に係る部
分)を不服として,本件控訴を提起した。また,1審原告は,附帯控訴を提起
して,上記②の請求に関し請求を拡張し,不競法4条又は民法709条に基づ
く損害金の一部として1995万7600円(原判決の認定額)及び遅延損害
金の支払を求めるとともに,上記請求を拡張した部分及び原判決中の1審原告
の勝訴部分について,仮執行宣言を求めた(なお,民法709条に基づく損害
賠償請求は当審において釈明したものである。。)
原判決において,これに係る訴えが却下された上記③の請求は,当審におけ
る審理の対象ではない。
2前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張
次のとおり訂正付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2事
案の概要の1前提事実ないし8争点(6)損害額に関する当事者」「」「()
の主張原判決2頁18行∼22頁22行に記載のとおりであるからこれ」(),
を引用するなお原判決の略語表示前記1において用いたものを含むは。,(。)
当審においてもそのまま用いる。
3原判決の訂正
(1)原判決2頁23行目の液晶トランジスタを薄膜トランジスタと改「」「」
める。
(2)原判決3頁8行目の平成3年3月25日の後に行を改め次のとお「」,,
り挿入する。
当審注本件特許は平成3年3月25日に出願した特願平3−846「(,,
53号の一部を分割して,平成11年12月27日に新たな特許出願とした
特願平11−371641号の一部を更に分割して,平成12年8月7日に
新たな特許出願(特願2000−238616号)としたものである」。)
(3)原判決3頁12行目の争いのない事実の後に弁論の全趣旨当裁「」「,,
判所に顕著な事実」を挿入する。
(4)原判決5頁25行目の「営業誹謗行為に当たるか」の後に「また,本件。
仮処分申立て及び本件記者発表は,不法行為を構成するか」を挿入する。。
(5)原判決7頁16行目及び13頁7行目の本件明細書をいずれも本「」,「
件特許明細書」と改める。
41審被告の主張(原審における主張の補足及び釈明)
(1)争点(2)(構成要件Cの充足性)について
構成要件Cの酸化物半導体膜の意義については以下のとおり酸化「」,,「
錫,酸化インジウム,酸化錫インジウム又はそれらの合金や化合物」からな
るものであれば足りると解すべきでありソース・ドレイン間の抵抗に比べ,「
て相対的に抵抗の大きいもの」と限定的に解すべきではない。
ア特許請求の範囲には構成要件Cの酸化物半導体膜は酸化錫酸,「」,「,
化インジウム,酸化錫インジウム又はそれらの合金や化合物」から構成さ
,,れるものであれば足りるというべきであってその他の限定すべき文言は
記載されていない。したがって,本件において,発明の詳細な説明の記載
,「」。に基づいて構成要件Cの酸化物半導体膜を限定解釈する理由はない
イ本件特許明細書の発明の詳細な説明欄には,酸化物半導体膜がソース・
ドレイン間の抵抗に比べて相対的に抵抗の大きいものであることの記載は
,,【】,【】,【】,,なくむしろ006900250038には以下のとおり
「ソース・ドレイン間の抵抗に比べて相対的に抵抗の大きいもの」とは矛
盾するような事項が開示・示唆されている。
(ア)本件特許明細書の【0069】には,透明導電性材料の被膜として
酸化物半導体膜を形成し,その一部を表示部の画素電極として使用し,
他の一部を保護回路の薄膜トランジスタのソース及びドレインの一方と
ゲートとを接続する「酸化物半導体膜」として使用した実施例が記載さ
れているところ,本件特許発明の属する表示装置の技術分野において,
画素電極としても使用される酸化物半導体膜の抵抗が薄膜トランジスタ
のソース・ドレイン間の抵抗に比べて小さくなることは技術常識から自
明である。なぜなら,表示装置の画素電極として使用される透明導電性
材料の被膜は10Ωcm程度の比抵抗であるから乙9甲16本−4
(,),
件特許明細書の【0025】に記載された「長さ10μm,幅1μm,
厚さ01μmの線状体の場合には10Ω程度の抵抗となるのに対.」,2
し,表示装置の薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗は,本件
特許明細書の記載によれば10∼10Ωであり一般的にもオン状態811

で10Ω程度にすぎないことが周知であった(乙19)からである。6
(イ)本件特許明細書の0038には良導電体である金属材料の【】,「」
電極と対比して抵抗として機能する配線が記載されておりこれが,「」,
金属材料の電極と比較して抵抗の大きい配線を意味することは明らかで
あるところ抵抗として機能する配線については酸化物半導体膜で,「」,
ある酸化錫・インジウムが単なる「抵抗性材料」とされている一方,ア
モルファスシリコンは「高抵抗」とされているから,酸化物半導体膜の
方がアモルファスシリコンよりも抵抗が小さいことが明示されていると
いうことができる。
(ウ)なお本件特許明細書の0025には抵抗として機能する配,【】,「
線」の抵抗とソース・ドレイン間の抵抗とを比較した記載が存在する。
しかしここでの抵抗として機能する配線は酸化物半導体膜で,「」,「」
はなく高抵抗多結晶シリコン又はアモルファスセミアモルファ,「」「(
ス)シリコン」であり,しかも,ある特定の寸法の線状体に形成したも
のが示されているにすぎない。酸化物半導体膜は,アモルファスシリコ
ンよりも抵抗が小さいものであり,本件特許発明ではその寸法を限定し
ていないから,本件特許明細書の上記記載は,構成要件Cの「酸化物半
導体膜」を「ソース・ドレイン間の抵抗に比べて相対的に抵抗の大きい
もの」と理解する根拠とはならない。
ウ酸化物半導体は,表示装置の技術分野において,透明度が高いという光
学的性質から,一般的に画素電極の材料として使用されていたことは周知
であり乙9甲16酸化物半導体の抵抗が金属材料の抵抗に比べて(,),,
高く,薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗に比べて小さいこと
は当業者の技術常識であるから構成要件Cの酸化物半導体膜をソ,,「」「
ース・ドレイン間の抵抗に比べて相対的に抵抗の大きいもの」と解釈する
ことは,技術常識にも反する。
(2)争点(4)(無効理由の存否について)
ア進歩性欠如の無効理由その2について
,,,本件特許発明は以下のとおり引用発明2に周知技術を組み合わせて
又は引用発明2に引用発明1を組み合わせることによって,当業者が容易
に発明することができたということはできない。
(ア)本件特許発明の目的及び作用効果について
従来,アクティブマトリクス型表示装置は,静電気等による過大な電
圧が薄膜トランジスタに印加されると,薄膜トランジスタがダメージを
,(【】,受け破壊されるという問題点があった本件特許明細書0007
0008これに対し本件特許発明は薄膜トランジスタを保護【】)。,,「
するための回路を適切な位置に適切な作製方法によって設け,薄膜トラ
ンジスタを保護し上記表示素子の信頼性寿命を高めること同0,,」(【
009)を目的とする。】
本件特許発明は,構成要件A及びEに規定するように,表示部及び保
護回路を有するアクティブマトリクス型表示装置であり,また,保護回
路は,構成要件BないしDで規定するように,薄膜トランジスタを有し
ており,薄膜トランジスタのソース及びドレインの一方が,該薄膜トラ
ンジスタのゲートに酸化物半導体膜を介して電気的に接続され,該薄膜
トランジスタのソース及びドレインの他方が,基準の電圧の配線に電気
的に接続されている。このため,本件特許発明は,静電気等による過大
な電圧が印加されても,保護回路を通じて過大な電圧を基準の(つまり
低い)電圧の配線にバイパスして取り除くことができ,過大な電圧によ
って表示部の薄膜トランジスタが損傷されることを防止することができ
る。さらに,本件特許発明は,構成要件Cにおいて,保護回路の薄膜ト
ランジスタのソース及びドレインの一方とゲートとの接続として「酸化
物半導体膜」を介した電気的接続を採用したため,保護回路の薄膜トラ
ンジスタを保護し,過大な電圧を速やかに取り除くことができ,表示部
の薄膜トランジスタの作製と同時に作製することができる。すなわち,
本件特許発明は,保護回路の薄膜トランジスタの保護,過大電圧の速や
かな除去,保護回路の作製容易性という作用効果を有する。
(イ)周知技術について
本件特許出願当時,ITO膜を透明導電膜として画素電極に用いるこ
とは周知であったけれども,以下のとおり,ITO膜を導電膜として用
いることが周知の技術であったわけではない。
確かに,本件特許出願当時,表示装置の技術分野において,ITO膜
が透明導電膜として用いられていたが,これは透明度が高いというIT
O膜の光学的特性から,主に表示部の画素電極の材料として用いられて
いたにすぎない。すなわち,本件特許出願日当時,酸化物半導体膜は,
金属材料に比較して,透明度が高いという光学的特性を有するものの,
導電性においては劣っていることが周知であったから,単なる導電材料
として使用する場合は,酸化物半導体膜ではなく金属材料が用いられて
いた。このため,配線等には一般的に金属材料が用いられ,金属材料が
使用できない特殊な理由がある場合にのみ,酸化物半導体膜が利用され
ていた。甲14,16,17,36∼47においても,ITO膜は表示
装置の画素電極として使用されることが前提とされている。
なお,乙43(特開昭62一209514号公報)には,配線として
は,金属材料の方がITOよりもシート抵抗が小さく優れているが,工
程数の増加によるコストアップを防ぐため,やむを得ず,金属材料では
なくシート抵抗の大きいITOを利用していたことが示されている。
(ウ)相違点1についての容易想到性の有無について
薄膜トランジスタのソース及びドレインの一方と薄膜トランジスタの
ゲートとの接続につき,酸化物半導体膜を介した接続にすることは,以
下のとおり,当業者にとって容易であったということはできない。
a本件特許出願当時,ITO膜を透明導電膜として画素電極に用いる
ことが周知の技術であったとしても,薄膜トランジスタのソース及び
ドレインの一方とゲートという特定の部材の接続に着目して,これら
をITO膜で接続することは,以下のとおり,当業者による設計事項
とはいえない。
引用発明2の保護トランジスタは,表示部に設けられるものではな
く画素電極を有していないものであり,そのソース及びドレインの一
方とゲートとを接続する配線として透明である必要はない。
また,引用発明2では,既に金属材料によって配線が形成されてい
るから,乙43に示される周知技術に照らしても,当業者が,引用発
明2の金属材料による配線をシート抵抗の大きいITOに変更するは
ずはない。
b本件特許出願当時,表示装置の技術分野において,酸化物半導体の
抵抗率が,金属材料に比べて高いことは当業者にとって技術常識であ
った。また,ゲート電極とドレイン電極の途中に酸化物半導体を介在
させると,異なる材料同士のコンタクトが増加するため,接触抵抗が
増加することからも,インピーダンスを高めることになる。
したがって,引用発明2において,保護トランジスタのゲートとド
レインとの金属材料による接続に,金属材料に比べて高抵抗の酸化物
半導体膜を介した接続を適用することには,阻害要因がある。
c引用発明2には,プロセス的にも構造的にも複雑になる「ゲート電
極とドレイン電極の途中に酸化物半導体膜を介在させる構造」を採用
する動機付けが存在しない。乙43に示される周知技術に照らせば,
当業者は,工程数の増加によるコストアップを防ぐためにも,酸化物
半導体膜を介した接続を採用しない。
d本件特許発明の前記(ア)の効果は,保護回路の薄膜トランジスタの
ソース及びドレインの一方とゲートとの接続として,金属材料よりも
抵抗の大きい「酸化物半導体膜」を採用したことによって得られる効
果であり,引用発明2から予測できるものではない。
(エ)相違点2に関する容易想到性の有無について
引用発明2における薄膜トランジスタのソース及びドレインの一方と
薄膜トランジスタのゲートとの接続に用いられる酸化物半導体膜を表示
,,部で用いられる酸化物半導体膜と同一材料とすることは以下のとおり
当業者にとって容易であったということはできない。
a引用発明は,後にエッチングにより除去するため,ソース・ドレイ
ン電極12とは異なる金属を用いる必要があることから,ショート配
線13の存在を前提として,ショート配線13をそのままソース・ド
レイン電極12上に形成した場合にソース・ドレイン電極12の段差
によって断線が生じるという課題を解決するために,酸化物半導体膜
である透明電極をソース・ドレイン電極12とショート配線13との
間に介在させた点に特徴がある。
したがって,トランジスタを破壊する電流を他の場所に流すための
配線として酸化物半導体膜を使用するとの技術思想は,引用例1には
開示されていない。
b引用発明2には,引用発明1の構成を適用する前提が存在せず,引
用発明2に引用発明1を組み合わせることは当業者にとって容易に想
到できるものではない。さらに,前記(ウ)のとおり,引用発明2にお
いて,酸化物半導体膜を介した接続を適用することには,阻害要因が
あり,動機付けも存在しないから,当業者は,引用発明1の酸化物半
導体膜である透明電極を用いた接続を引用発明2に適用することはな
いといえる。
(オ)本件無効審決について
1審原告は,本件特許に対する無効審判(無効2005−80193
号事件の審決以下本件無効審決というにおいて本件特許発)(「」。),
明を減縮した,平成18年1月19日付け訂正請求書(甲65)におけ
る特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下「無効審決時発明」とい
うについて特許庁が引用発明2に周知技術を適用することにより当。),
業者が容易に発明することができたと判断していること(甲49)を指
摘する。
しかし,1審被告は本件無効審決の取消を求めて審決取消訴訟を提起
しており(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10298号審決
取消請求事件同事件において本件無効審決はその認定判断に誤り),,,
があるものとして,取り消されるべきものであるから,これに基づく1
審原告の主張は失当である。
(カ)本件訂正拒絶審決について
1審原告は,本件特許に対する訂正審判(訂正2006−39141
号事件以下本件訂正審判というの審決以下本件訂正拒絶審,「」。)(「
決というにおいて本件特許発明を減縮した平成18年8月30」。),,
日付け訂正審判請求書(甲53)における,特許請求の範囲の請求項1
記載の発明以下本件訂正発明というについて特許庁が引用発(「」。),
明2及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明することができ
たと判断していること(甲57)を指摘する。
しかし,1審被告は本件訂正拒絶審決の取消を求めて審決取消訴訟を
提起しており(知的財産高等裁判所平成19年(行ケ)第10044号
審決取消請求事件同事件において本件訂正拒絶審決はその認定判),,,
断に誤りがあるものとして,取り消されるべきものであるから,これに
基づく1審原告の主張は失当である。
イ実施可能要件違反ないし産業上利用することができる発明ではないこと
について
1審原告は本件特許明細書の0017の図6Aは・・・過,【】「(),
大電圧がかかったときにのみ動作して過大電圧をバイパスする回路であ
る・・・一方A点における電位が+50V以下であれば薄膜トランジ。,,
,」,スタは高い抵抗として機能し・・・・なる記載は技術的に誤りであり
保護回路として機能し得ない旨主張する。
しかし,1審原告の上記主張は,本件特許明細書の【0017】の記載
を誤解するものであり,失当である。
(ア)本件特許明細書の【0017】には,A点の電位が50V以下の場
合に薄膜トランジスタが導通しないとは記載されておらず電圧は「」,「
あまり低下しない」との記載が示唆するように,薄膜トランジスタが導
。,,通することを前提としているそして薄膜トランジスタが導通しても
抵抗R1によって電圧降下された電圧が薄膜トランジスタのゲートに印
加されるため,薄膜トランジスタのソース・ドレイン間を流れる電流を
小さくすることができ,結果として,薄膜トランジスタの抵抗を高くす
ることができ,さらに,抵抗R1及びR2に加えて,薄膜トランジスタ
の抵抗を有するため,保護回路の薄膜トランジスタを流れる電流が少な
くなり,A点の電位をあまり低下させずに,正常な信号電圧を表示部分
に供給することができる。仮に抵抗R1及びR2を設けなかった場合,
A点の電位が40Vであったとしても,保護回路の薄膜トランジスタの
ゲートにはしきい値(5V)をはるかに上回る電圧が印加され,抵抗R
1及びR2を設けた場合よりも薄膜トランジスタの抵抗は小さくなり,
A,B間の抵抗は小さくなる。
そもそも,本件特許明細書の【0010】に記載されているように,
本件特許発明の保護回路は正常な駆動電圧は表示部分の薄膜トラン,「(
ジスタに)通過させるが,過大な電圧は(表示部分の薄膜トランジスタ
に)通過させず適切にバイパスさせる必要がある」ものである。正常な
駆動(信号)電圧は,電源から大量の電流が供給されるものであり,保
護回路を通じて多少バイパスしたとしても,表示部分の薄膜トランジス
タに供給することが可能である。また,本件特許明細書の【0008】
に記載されているように過大な電圧は静電気が主な理由であり電,,「,
流量自体は決して大きくない」から,保護回路を通じてバイパスさせる
ことによって取り除くことができる。
このように,保護回路の薄膜トランジスタが正常な駆動(信号)電圧
によって駆動したとしても,保護回路は,正常な駆動電圧を表示部分の
薄膜トランジスタに通過させ,過大な電圧を表示部分の薄膜トランジス
タに通過させずバイパスさせることができ,保護回路としての機能を果
たすことができるのであるが,保護回路に抵抗R1及びR2を設けるこ
とで,上述したとおり,正常な駆動電圧がバイパスされる量をより低減
させることができる。
(イ)シミュレーション報告書(乙53)及び追加シミュレーション報告
書(乙54)も,1審被告の主張を裏付けるものである。
(ウ)1審原告は,本件訂正拒絶審決において,本件訂正発明は,保護回
路がその機能を果たすための技術事項が,発明の詳細な説明において,
当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているとは
いえず,発明の詳細な説明の記載が平成6年法律第116号による改正
前の特許法36条4項以下特許法旧36条4項というに規定す(「」。)
る要件を満たしていないと判断していること(甲57)を指摘するが,
前記ア(カ)のとおり,本件訂正拒絶審決は,その認定判断に誤りがある
ものとして,取り消されるべきものであるから,これに基づく1審原告
の主張は失当である。
(エ)原判決は「本件特許発明が保護回路として機能しないこと(前記第,
26(1)オ(産業上利用することができる発明でないこと)(ア))及び(イ)),
,,。」は被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす
(〔,「」「」原判決31頁7行∼9行当審注同7行の6(1)エは6(1)オ
の誤記と認めるとしてこれを基礎に判断したが1審被告は原審。〕),,,
における平成17年9月26日付け被告準備書面(5)の18頁におい
て,上記事実を明確に争っているから,原判決の上記認定判断は誤りで
ある。
ウ訂正による無効理由の解消について
仮に本件特許権に無効理由が存在するとしても,本件訂正審判における
訂正により,無効理由は解消されている。また,本件製品は本件訂正発明
の構成要件についてもこれをすべて充足する。
なお,前記ア(カ)のとおり,本件訂正拒絶審決は,その認定判断に誤り
があるものとして,取り消されるべきものである。
(3)争点(5)(信用を害する虚偽事実の告知行為又は不法行為)について
ア「競争関係」について
以下のとおり,1審被告と1審原告との間に,不競法2条1項14号に
いう「競争関係」は存在しない。
(ア)不競法2条1項14号にいう「競争関係」とは,必ずしも双方が販
売競争を行っているというような現実の商品販売上の競争関係があるこ
とを要さないとしても,同種の役務を提供するという業務関係にあるこ
とが必要である。
ところで,1審被告は,結晶系薄膜集積回路,半導体薄膜集積回路,
半導体薄膜トランジスタ,液晶ディスプレイ等の研究開発(研究開発の
み行い製造を行わないを業とする企業であり研究開発の成果につ,。),
き工業所有権を取得し,これをライセンス等により普及,活用し,更な
る研究開発に投資しており,商業登記簿の目的欄の記載にかかわらず,
液晶ディスプレイ等を製造販売したことはなく,また,将来これを行う
意図もない乙26したがって1審被告と1審原告とは液晶ディ()。,,
スプレイの製造販売という同種の役務を提供するという業務関係にな
く,そのような関係に至るおそれもないから,不競法2条1項14号に
いう「競争関係」は存在しない。
(イ)1審原告は,1審被告が,訴外エルディス株式会社(以下「エルデ
ィス社というを通じてディスプレイ製品の生産に関与しているこ」。),
とによっても,1審原告と競合する関係にある旨主張する。
しかし,以下のとおり,1審原告の上記主張は失当である。
すなわち,1審原告は,1審被告でなく,エルディス社との競争関係
,「」を指摘するにすぎないところ不競法2条1項14号にいう競争関係
は,そのような間接的な場合を含まない。
また,そもそも1審被告はエルディス社の業務をコントロールできる
地位にはないから,1審被告が,同社を通じて,ディスプレイ製品の生
産に関与しているということはできない。
(ウ)1審原告は,本件製品と1審被告のライセンス製品とが市場で競合
,。する関係にあることからも1審原告と競合する関係にある旨主張する
しかし,不競法2条1項14号にいう「競争関係」は,そのような間
接的な場合を含まない。
イ本件仮処分申立てについて
(ア)「告知」行為の有無について
以下のとおり本件仮処分申立ては不競法2条1項14号にいう告,,「
知」には該当しない。
a同号にいう告知とは自己が感知した一定の事実を特定の人に「」,「
知らせる伝達行為」を意味する。これに対し,仮処分申立てを含め,
訴えの提起は,権利者が義務者に対して権利を実現するための裁判に
よる救済を求める申立て行為であって自己が感知した一定の事実を,「
特定の人に知らせる伝達行為」には当たらない。
b西友は,原告モジュールを搭載した本件製品を日本国内において販
売したものであり,その行為は本件特許権の侵害となり得るものであ
る。そして,原告モジュールの製造及び本件製品への搭載は,日本国
,,外で行われ完成品である本件製品が日本国内に輸入されているため
日本において侵害訴訟の相手方当事者となり得るのは,輸入業者及び
西友のような販売業者のみである。このような事実関係の下で,西友
を相手とした本件仮処分事件に係る申立書の送達行為が不競法上2条
1項14号の「告知」行為に該当するとするならば,仮処分の決定に
おいて1審被告の主張が認められなかった場合には,同号所定の「虚
偽事実の告知」行為に該当することになり,裁判制度を設けた趣旨目
的に反する不都合が生ずる。なお,本件仮処分事件は,決定がなされ
る前に1審被告が取下げることにより終了しており,何ら執行力を生
じていない。
(イ)「虚偽の事実」の有無について
本件製品が本件特許権を侵害するとの事実は,以下のとおり,不競法
2条1項14号にいう「虚偽の事実」に当たらない。
a原告モジュールを組み込んだ本件製品は本件特許発明の構成要件を
すべて充足し,また,本件特許権には無効理由は存在しない(仮に無
効理由が存在するとしても,本件訂正審判における訂正により,無効
理由は解消される。したがって,本件製品が本件特許権を侵害する。)
との事実は,客観的にも真実である。
b以下のとおり,特許権の行使ないしこれに付随する行為が,不競法
2条1項14号にいう「虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」に
該当するというためには,当該行為が違法である場合,すなわち,特
許権者が特許に無効理由が存在すること若しくは対象製品の製造販売
等が当該特許を侵害しないことが明らかであることを知りつつ,又は
通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらず,あえて通
知・公表等を行った場合に限られると解すべきであって,事後的に当
該特許に無効理由があり,あるいは,対象製品が特許発明の技術的範
囲に含まれないとの公権的な判断がされたことから直ちに,これに先
立つ権利行使に伴ってされた特許権者の主張等が不競法2条1項14
号にいう「虚偽の事実」に当たるということはできない。
そして,後記(オ)のとおり,本件仮処分申立ての時点において,1
審被告が本件特許に無効理由が存在すること若しくは本件製品が本件
特許発明の技術的範囲に含まれないことを知りながら又は通常人であ
れば容易にそのことを知り得たといえるのに,あえてこれを行ったと
いうような事情は存在しないから,本件仮処分申立ては,不競法2条
1項14号にいう「虚偽の事実」の告知行為には該当しない。
(a)特許権の正当な行使は不正競争行為に該当しないところ,事後
的に当該特許に無効理由があり,あるいは,対象製品が特許発明の
,,技術的範囲に含まれないとの公権的な判断がされた場合に直ちに
これに先立つ権利行使に伴ってされた特許権者の主張等を不競法2
条1項14号にいう「虚偽の事実」に該当するとすれば,特許権の
正当な権利行使を著しく萎縮させることになり,相当でない。した
がって,同号にいう「虚偽の事実」の該当性の判断に際しては,特
許権の正当な権利行使を萎縮させるおそれと公正な競争秩序の維持
とを比較考量して,社会通念上許容される限度を超える違法なもの
であるか否かを検討すべきである。
原判決のように,同号に該当するとした上で,更に違法性阻却事
由を検討するという立場は,条文解釈上無理があり,また,違法性
阻却事由の評価根拠事実の立証責任を特許権者に課すことにより,
,。特許権の権利行使を著しく萎縮させるものであるから相当でない
(b)「虚偽」という文言が「真実ではないと知りながら真実である
かのようにみせること」ないし「真実のようにみせかけること」を
意味すること,法律上の文言である「虚偽表示」が「相手方と通じ
てなす真意でない意思表示」と解されていることに照らせば,不競
「」「」法2条1項14号の虚偽とは真実でないことについての悪意
を包含するものと解釈すべきである。
(c)特許法125条は,特許権の遡及的無効について規定している
が,その趣旨は,確定審決により無効とされた特許権の権利者によ
る遡及的な権利行使を防止するための法律上の擬制にすぎず,事後
に特許が無効と判断されることがあっても,権利行使をした時点に
おいて,特許権が有効に存続していたという事実自体が遡及的に消
滅するわけではない。
(ウ)違法性について
不正競争行為というためには,違法性が必要であるが,前記(イ)のと
おり,事後的に当該特許に無効理由があり,あるいは,対象製品が特許
発明の技術的範囲に含まれないとの公権的な判断がされれば,当然に不
競法2条1項14号に該当するというのではなく,特許権の正当な権利
行使を萎縮させるおそれと公正な競争秩序の維持とを比較考量して,社
会通念上許容される限度を超える違法なものであるか否かを検討し,違
法性の判断がされるべきである。
なお,仮処分申立ては,緊急性及び暫定性を前提とするものではある
が,裁判制度の利用という点で本案訴訟の提起と異なるものではなく,
,,特に債務者の審尋が行われる場合には実質的に後者と異ならないから
仮処分申立てが違法となる場合は,本案訴訟の提起が違法となる場合と
何ら異なるものではない。
しかるところ,後記(オ)の事情の下では,本件仮処分申立てに違法性
があったということはできない。
また,前記(ア)bのとおり,本件仮処分事件は,決定がされる前に1
審被告が取下げることにより終了しており,何ら執行力を生じていない
ことに照らしても,本件仮処分申立てが違法と評価される余地はない。
(エ)故意過失について
以下のとおり,1審被告に故意過失は認められない。
a技術的範囲の属否や特許権の有効性について高度な調査義務を課せ
ば,特許権の正当な権利行使を萎縮させ,特許制度の存在意義を没却
するおそれがある。また,特許庁の審査を経て設定登録された特許権
,,は無効審決が確定するまでは有効性が推定されるというべきであり
,,特許権者に無効理由の調査義務を課すことは高度な調査義務を課し
ひいては不可能を強いるものである。
b仮処分申立ての場合と本案訴訟の提起の場合とで,不競法4条の損
害賠償請求の要件としての故意過失を区別する理由はない。前記(ウ)
のとおり,前者は,緊急性及び暫定性を前提とするものではあるが,
裁判制度の利用という点で後者と異なるものではなく,特に債務者の
審尋が行われる場合には,実質的に後者と異ならない。
仮処分手続において,債権者に本案訴訟とは異なる注意義務が要求
されることがあるが,これは,仮処分命令が出され,即時に執行力を
獲得する場面を想定したものであって,仮処分申立てそれ自体に本案
訴訟の提起の場合よりも高度の注意義務が課されるという趣旨ではな
い。
なお,前記(ア)bのとおり,本件仮処分事件は,決定がされる前に
1審被告が取下げることにより終了しており,何ら執行力を生じてい
ない。
c1審被告は,下記(オ)のとおり,通常必要とされる以上の事実調査
を実施した上で,本件仮処分申立てをしたものであるから,故意過失
があるということはできない。
(オ)本件仮処分申立てに至る経緯について
a1審被告は,本件仮処分申立てに先立つ平成16年5月ころ,本件
特許権及びその国内外の関連出願について,先行技術に係る文献を収
集するとともに,弁護士及び弁理士を交えて,慎重に検討した。具体
的には,本件特許権及び上記関連出願の審査過程を精査して,特許の
有効性に影響を与えるような瑕疵や限定解釈の根拠となるような事実
がないことを確認するとともに,本件特許発明及び上記関連出願に係
る発明の作用効果の抽出作業を行う一方,これらの審査経過において
引用された文献に,本件特許発明の構成要件や作用効果が開示されて
。,いるか否かについて確認するなどしたこのような調査・検討の結果
保護回路のゲートとソース及びドレインの一方を電気的に接続させる
材料として,ITOに代表される酸化物半導体膜を使用する先行技術
はないことを確認し,本件特許に無効理由がないことを確認した。
また,1審被告は,本件特許明細書の記載から,本件特許発明の構
成要件Cにいう「酸化物半導体膜」は,酸化錫,酸化インジウム,そ
れらの化合物であるITOを含む,構成要件Dにいう「基準の電圧の
配線」は,サージ(静電気)電圧によって発生する電位差を逃がす先
の配線を意味する,とそれぞれ解釈した上で,西友が販売していた本
件製品について分析を行い,本件製品に搭載された液晶パネルに保護
,,回路が存在すること保護回路が薄膜トランジスタを用いていること
上記薄膜トランジスタのソース及びドレインとゲートを接続する薄膜
が存在していること,上記薄膜が,その主成分として,In(インジ
ウムSn錫及びO酸素を含んでおりITOであると認め),()(),
られることを確認するとともに,上記薄膜トランジスタのソース及び
ドレインの他方が配線Lに電気的に接続されていることを確認し(乙
3,本件製品が構成要件C及びDを充足すると判断した。)
このように,1審被告は,通常必要とされる事実調査を超える精度
の高い詳細な調査・分析を行って,本件仮処分申立てを行った。
b1審被告は,1審原告に対し,平成13年7月27日,1審原告の
製造する液晶モジュールが1審被告の特許権の技術的範囲に属するこ
と,及び,1審原告が適切に対応しない場合には権利行使することを
警告したところ甲71審原告は同年8月23日特許権侵害を(),,,
検討するため,1審原告のどの製品が1審被告のどの特許権を侵害し
(),,ているのかを明らかにすることを求めたので甲241審被告は
同年9月11日,1審原告の製品に関連する1審被告の有する合計4
0個の特許権リスト示して,1審原告において特許権侵害の調査は容
易であることを指摘するとともに,問題解決への努力を促した(甲2
5これに対し1審原告は1審被告に対し同年10月5日1)。,,,,
審被告の有する特許権の内容は明らかになったとしながらも,1審原
告のどの製品がどのようにして1審被告の有する特許権を侵害してい
るかが明らかでないとし,さらには,1審原告において特許権侵害の
有無を明らかにするためには相当の時間を要することを述べるととも
に,自ら,1審被告のライセンス契約書のサンプルを求め,ライセン
()。,,ス交渉を開始するよう求めた甲26これを受けて1審被告は
同月15日,1審原告に対し,1審原告の液晶モジュールが組み込ま
れているアドテック製の液晶モニター及び富士通製品が1審被告の特
許権を侵害する可能性がある旨を伝えた(乙27)が,1審原告は,
同月31日,1審被告に対し,1審被告の特許を概括的に検討した結
果,上記各製品が1審被告の特許権を侵害しないと結論付けたことを
述べるとともに,1審被告が液晶ディスプレーの分野では卓越した技
術を有するとの理由で,本件解決のための協議を行いたい旨を回答し
た(乙28。)
その後,1審被告と1審原告との間で,協議の日程調整のため書簡
の交換が行われたが乙29ないし311審被告からの平成14年(),
5月14日付書面(乙31)を最後に,1審原告からは回答がなくな
った。
上記一連のやり取りから約1年が経過した平成15年5月26日,
1審被告は1審原告に対し東京又は台湾での協議を提案したが乙,,(
),,,321審原告から回答がなかったためその後計3回にわたって
台湾での協議を提案・要望し乙33ないし35さらに同年12(),,
月16日,1審被告の有する新たな日米の特許リストを送付し,社内
分析の結果1審原告の液晶ディスプレー製品の1つが特許リスト記載
の特許権を侵害すると伝えた乙33また1審被告は平成16()。,,
年1月6日,1審被告にとって,知的財産は重要な財産であり,本件
は重要度が高く,早急な解決のために協議を行いたいこと,協議にお
いて1審被告は特許権について説明する用意があることを伝えた(乙
35さらに1審被告は1審原告に対し同年1月9日同月1)。,,,,
4日に1審原告の本社を訪れ,1審被告の上記特許リストに掲載され
()。,ている特許公報を手渡しすることなどを提案した乙36しかし
1審原告は,代表者の都合がつかないと説明し,特許公報についても
米国代理人に送付して欲しいと回答するのみで,具体的な話し合いの
姿勢を見せなかった乙37その後1審原告は同年4月5日に()。,,
なって突然,1審被告に対し,協議を望むのであればその前にライセ
ンス契約書及び技術資料を1審原告に送付するよう求めるとともに,
1審被告やその関係者が興味を有すると1審原告が考えた1審原告の
有する米国及び日本における特許リストを送付してきた乙381()。
,,審被告は上記特許リストを調査する意思のないことを示すとともに
同年5月10日ないし13日のいずれかにおいて,東京での協議を行
うことを改めて求めた乙39ところが1審原告は1審被告に()。,,
対し,同年4月15日,1審被告が1審原告やその関連会社の特許を
使用しており,1審被告やその関連会社であるエルディス社は,1審
原告からライセンスを受けることを望むはずであるなどと主張し,さ
らに,1審被告への投資又は投資とライセンスの両方について,協議
()。,,の議題とすること等を要請した乙40これを受けて1審被告は
1審原告に対し,同月19日,1審原告から投資を受ける意思はない
こと投資に関する協議であれば行わないことを伝えた乙41こ,()。
れに対し,1審原告は,1審被告に対し,同月21日,再び1審被告
への投資の可能性を提案するとともに,1審被告がエルディス社等を
通じて間接的に1審原告の特許を侵害していると警告してきた(乙4
2。)
1審被告は,このよう交渉態度にかんがみ,1審原告とのライセン
ス交渉は無益であると判断した。
その後,1審被告は,前記aの調査・検討を行った上で,同年12
月1日,西友に対し,本件仮処分を申し立てた。その後,平成17年
2月,1審原告は,1審被告に対し,本件訴訟を提起した。
c上記bの経緯によれば,1審被告のみならず,通常人であれば,1
審原告に1審被告とのライセンス契約を締結する意思がないこと,さ
らには,1審原告が交渉の長期化を目論んでいたと判断するのは当然
である。
そうすると,1審被告が,自らの技術開発の成果を正当に守り,ま
た,本件特許権について1審被告から正規のライセンスを受けている
者との関係を考慮して,特許権行使のための裁判手続を選択すること
は,妥当であるというべきである。しかも,原告モジュールの製造販
売は台湾において完結しているため,本件特許権の行使の対象たり得
る者は,輸入業者又は西友などの販売業者をおいて他にはなかった。
したがって,西友に対し本件仮処分申立てを行ったことは,1審被
告にとって当然の選択であったというべきである。
ウ本件記者発表について
1審原告の主張(後記5(3)ウ)は争う。
エ不法行為の成立について
1審原告の主張後記5(3)エは争う前記アないしウの事実経緯等に()。
照らし,1審被告の行った本件仮処分申立て及び本件記者発表は,民法7
09条の不法行為を構成するものではない。
(4)争点(6)(損害額)について
1審原告の主張(後記5(4))は争う。
51審原告の主張(原審における主張の補足及び釈明)
(1)争点(2)(構成要件Cの充足性)について
構成要件Cの「酸化物半導体膜」は,以下のとおり,薄膜トランジスタの
ソース・ドレイン間の抵抗をほとんど無視できる程度の大きな抵抗値を持つ
酸化物半導体膜に限定されるものとして,その意義を解釈すべきである。
ア1審被告は,本件特許明細書の【0069【0025【0038】】,】,
にはソース・ドレイン間の抵抗に比べて相対的に抵抗の大きいものと,「」
矛盾する事項が開示・示唆されている旨主張する。
しかし,以下のとおり,1審被告の上記主張は失当である。
(ア)1審被告は,本件特許明細書の【0025】の記載について,構成
要件Cの「酸化物半導体膜」を「ソース・ドレイン間の抵抗に比べて相
対的に抵抗の大きいもの」と解する根拠とはならない旨主張する。
しかし1審被告の上記主張は誤りであるすなわち0025と,。,【】
これに続く【0026】の記載によれば,本件特許明細書の図6及び図
7に図示された保護回路で使用される抵抗としては,珪素を主とする材
料を用いてもよいし,金属材料や金属と珪素との合金,各種化合物半導
体(例えば酸化錫,酸化インジウム,酸化錫インジウム等)を用いても
よいが,いずれの材料を用いるにせよ,ソース・ドレイン間の抵抗の値
を考慮することはソース・ドレイン間の電圧を決定する上で重要であ
り,薄膜トランジスタの抵抗はほとんど無視できる抵抗体であることが
求められるとされていると理解することができる。
(イ)1審被告は本件特許明細書の0038の記載を指摘して抵,【】,「
抗として機能する配線」の抵抗値が,保護回路に設けられる薄膜トラン
ジスタのソース・ドレイン間の抵抗とは無関係であるかのように主張す
る。
,。,【】,しかし1審被告の上記主張は誤りであるすなわち0038は
図6及び図7並びに【0025】ないし【0026】に記載された抵抗
体を備える保護回路の作製方法を説明する記載部分であるから,ここで
いう「抵抗として機能する」とは,保護回路に設けられる「薄膜トラン
ジスタの抵抗はほとんど無視できる」ことを意味することは明らかであ
る。
(ウ)1審被告は,本件特許明細書の【0069】の記載を指摘しつつ,
本件特許発明の属する表示装置の技術分野において,画素電極としても
使用される酸化物半導体膜の抵抗が薄膜トランジスタのソース・ドレイ
ン間の抵抗に比べて小さくなることは技術常識から自明である旨主張す
る。
しかし,1審被告の上記主張は誤りである。すなわち,本件特許明細
書の【0069】は,実施例の記載された部分であり,図6及び図7並
びに【0025】ないし【0026】の記載内容を前提とするものであ
るから0025において保護回路に設けられる抵抗体は薄膜ト,【】,「
ランジスタの抵抗はほとんど無視できる」抵抗体であることが求められ
る旨を記載している以上0069に記載された保護回路の薄膜トラ,【】
ンジスタのソース及びドレインの一方とゲートとを接続する「酸化物半
導体膜」は,保護回路に設けられる「薄膜トランジスタの抵抗はほとん
ど無視できる」ものとならざるを得ない。このような本件特許明細書の
記載を離れて,画素電極としても使用される酸化物半導体膜の抵抗が薄
膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗に比べて小さくなることは
技術常識から自明であるなどとすることはできない。
イ1審被告は酸化物半導体膜をソース・ドレイン間の抵抗に比べて,「」「
相対的に抵抗の大きいもの」と解釈することは,技術常識に反する旨主張
する。
しかし本件特許明細書には保護回路の動作原理などにおいて記,,「」,
載された技術事項に基本的な誤りがある。
本件特許明細書の0017の図6Aは・・・過大電圧がかか【】「(),
。,ったときにのみ動作して過大電圧をパイパスする回路である・・・一方
A点における電位が+50V以下であれば,薄膜トランジスタは高い抵抗
として機能し・・・」なる記載は,技術的に誤りである(原判決13頁1
9行∼22行。まず,A点の電位がゼロからゲイト閾値電圧V(00)【th
17】の例では5V)となるまでの時点では,薄膜トランジスタのゲイト
にはA点の電位がそのまま抵抗R1をとおして供給される。次に,A点の
電位が(50Vとならなくても)ゲイト閾値電圧Vをすぎた時点から,th
薄膜トランジスタは電流を流し始める。つまり,薄膜トランジスタのソー
ス・ドレイン間に電流を流し始めるA点の電圧は,R1/R2の値には無
関係である。
本件特許明細書には,このような技術常識に反する保護回路が記載され
ている。
(2)争点(4)(無効理由の存否)について
ア進歩性欠如の無効理由その2について
本件特許発明は,引用発明2に周知技術を組み合わせて,又は引用発明
2に引用発明1を組み合わせて,当業者であれば容易に発明することがで
きたものであり,原判決の認定判断に誤りはない。
1審被告の主張前記4(2)アは特許請求の範囲の記載に基づかない(),
ものであり,失当である。
1審被告の主張に理由がないことは,本件無効審決において,本件特許
発明を減縮した無効審決時発明について,特許庁が引用発明2に周知技術
を適用することにより当業者が容易に発明することができたと判断してい
ること甲49本件訂正拒絶審決において本件特許発明を減縮した本(),,
件訂正発明について,特許庁が引用発明2及び周知の技術事項に基づいて
当業者が容易に発明することができたと判断していること(甲57)に照
らしても,明らかである。なお,1審被告は,本件無効審決及び本件訂正
拒絶審決は,いずれもその認定判断に誤りがあるものとして,取り消され
るべきものである旨主張するが,両審決の認定判断に誤りはなく,1審被
告の主張は失当である。
イ実施可能要件違反ないし産業上利用することができる発明ではないこと
について
以下のとおり,本件特許発明は実施可能要件(特許法旧36条4項)に
違反する発明であり,又は産業上利用することのできない発明である(特
許法29条1項柱書違反。)
a前記(1)イにおいて主張したとおり本件特許明細書の0017の,【】
図6Aは・・・過大電圧がかかったときにのみ動作して過大電圧「(),
をバイパスする回路である・・・一方A点における電位が+50V以。,
下であれば薄膜トランジスタは高い抵抗として機能し・・・・なる,,」
記載は技術的に誤りであり,保護回路として機能し得ない。
,「(,原判決が本件特許発明が保護回路として機能しないこと前記第2
())6(1)オ産業上利用することができる発明でないこと(ア)及び(イ)
,,。」は被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす
(〔,「」「」原判決31頁7行∼9行当審注同7行の6(1)エは6(1)オ
の誤記と認めると説示したとおり上記の事実は1審被告が自白した。〕),
とみなされたところである(なお,1審被告は,原判決の上記認定が誤
りである旨主張するが,原判決を正解せずに論難したものであり,失当
である。また,自白の撤回を認めるべき事情は存在しない。。)
そして,上記事実は,本件特許発明が実施可能要件(特許法旧36条
4項)に違反する発明であり,又は産業上利用することができない発明
であること(特許法29条1項柱書違反)を意味する。
b1審被告の主張に理由がないことは,本件訂正拒絶審決において,本
件特許発明を減縮した本件訂正発明について,特許庁が,本件訂正発明
は,保護回路がその機能を果たすための技術事項が,発明の詳細な説明
において,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載され
ているとはいえず,発明の詳細な説明の記載が特許法旧36条4項に規
定する要件を満たしていないと判断していること(甲57)に照らして
も,明らかである。なお,1審被告は,本件訂正拒絶審決は,その認定
判断に誤りがあるものとして,取り消されるべきものである旨主張する
が,同審決の認定判断に誤りはなく,1審被告の主張は失当である。
c1審被告の提出に係るシミュレーション報告書(乙53)及び追加シ
ミュレーション報告書(乙54)はいずれも,1審被告の主張の裏付け
となるものではない。なお,追加シミュレーション報告書(乙54)に
係る主張及び立証は,弁論準備手続の終結後にされたものであるから,
時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきものである。
(3)争点(5)(信用を害する虚偽事実の告知行為又は不法行為)について
ア「競争関係」について
1審被告と1審原告との間には,以下のとおり,不競法2条1項14号
にいう「競争関係」が存在する。1審被告は,商業登記簿の目的欄の記載
にかかわらず,液晶ディスプレイ等を製造販売したことはなく,将来これ
を行う意図もないから,同号にいう「競争関係」がない旨主張するが,失
当である。
(ア)1審被告は,その目的として,薄膜トランジスタの研究,開発,製
造,販売を掲げている株式会社であることに加え,資本金43億480
0万円で,従業員数約600名を擁し,約11,100平方メートルの
敷地に少なくとも7棟の最新の機器・設備を備えた施設を有し,製品の
量産に関する事業活動にも関与している乙26したがって1審被()。,
告は,自ら市場で本件製品と競合関係に立つ製品の製造販売に乗り出す
ことができるから,1審被告の地位を個人の発明家のような純然たる特
許権者と同視することはできず,市場における競合が生ずるおそれがあ
る。
(イ)1審被告は,エルディス社を通じてディスプレイ製品の生産に関与
していることからも,1審原告と競合する関係にある。すなわち,エル
ディス社は,訴外東北パイオニア株式会社(以下「東北パイオニア社」
という,訴外シャープ株式会社及び1審被告が共同で設立した合弁会。)
社であり,ディスプレイ製品の生産を行っているが,1審被告の出資率
が45%であり,1審被告と提携関係にある東北パイオニア社の出資率
も45%であるなど,1審被告はエルディス社の意思決定に重大な影響
を及ぼすことができる地位にある(乙26,甲50)から,エルディス
社は1審被告から独立した第三者とはいえない。
(ウ)1審被告は,本件製品と1審被告のライセンス製品とが市場で競合
する関係にあること(両製品が競合することは,訴外バイ・デザイン株
式会社に対する仮処分申立てにおける1審被告の主張(甲51)等に照
らし,明らかである)からも,1審原告と競合する関係にある。。
イ本件仮処分申立てについて
(ア)「告知」行為の有無について
以下のとおり,本件仮処分申立ては,不競法2条1項14号にいう告
知に該当する。
,「」,「」すなわち同号にいう告知とは特定の人に対して伝達する行為
をいうから,本件仮処分申立てにより,東京地方裁判所をしてその申立
書を西友に送達させた行為は告知する行為に当たる1審被告の主,「」。
張(前記4(3)イ(イ))は,以下のとおり,失当である。
a1審被告は,仮処分申立てを含め,訴えの提起は,裁判による救済
,「」。を求める申立て行為であるから告知には当たらない旨主張する
しかし,以下のとおり,1審被告の主張は失当である。
「告知」の文理上,仮処分申立てや訴え提起行為を通じた伝達行為
のみを除外することは困難である。また,実質的な観点からも,仮処
分申立てや訴え提起行為は,警告書の送付よりも,強力かつ効果的に
信用を毀損する場合があるから,そのような信用毀損行為を抑制する
必要性は存在する。このように解したからといって,特許権侵害に対
する正当な権利行使が否定されることはない。
以上のとおり,仮処分申立てや訴え提起行為を通じた信用毀損行為
について,それが裁判による救済を求める手段であることのみを理由
,。として不正競争行為に該当することを否定する根拠とはなり得ない
b1審被告は,西友が本件製品を販売したものであり,その行為が本
件特許権の侵害となり得ることを主張する。しかし,特許権侵害訴訟
の相手方となり得ることをもって,1審原告の信用を害する虚偽事実
の告知行為の相手方にはなり得ないとすることはできない。なお,後
記(ウ)cのとおり,1審被告は,本件製品の輸入者など,西友以外に
権利行使をすることも可能であった。
また,1審被告は,本件仮処分申立てについて執行力を生じていな
い旨主張する。しかし,そもそも執行力のない訴訟外の警告や執行力
,「」が問題とならない訴えの提起が不競法2条1項14号にいう告知
に該当し得ることに照らすならば本件仮処分申立てが同号にいう告,「
知」に該当しないとの根拠にはなり得ない。
(イ)「虚偽の事実」の有無について
本件製品が本件特許権を侵害するとの事実は,以下のとおり,不競法
2条1項14号にいう「虚偽の事実」に該当する。
すなわち,不競法2条1項14号にいう「虚偽の事実」とは,客観的
な真実に反する事実をいうところ,原審並びに前記(1)及び(2)において
主張したとおり,原告モジュールを組み込んだ本件製品は本件特許発明
の構成要件C及びDを充足せず,また,本件特許権には無効理由が存在
する(なお,本件訂正審判における訂正によっても,無効理由は解消さ
れないから本件製品が本件特許権を侵害するとの事実は客観的な。),,
,「」真実に反するものであって不競法2条1項14号にいう虚偽の事実
に該当する。
(ウ)違法性及び故意過失について
違法性判断のための諸事情と故意過失の具体的な評価事実は密接に関
連するので,一括して主張する。
1審被告は,その主張する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を
欠くことを知っていたか,又は,通常必要とされる事実調査を行えば,
本件特許権に無効理由が存在すること又は本件製品が本件特許発明の技
術的範囲に属しないことを容易に知り得たものであるから,本件仮処分
申立ては違法であり,また,1審被告には故意過失がある。
a1審被告は,通常必要とされる事実調査を超えた詳細な調査・分析
を実施した旨主張するが,そのような調査は行われていない。
1審被告は,本件製品の分析に係る乙3以外には,本件特許権の無
効理由の存否や本件製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか否か
について調査・検討をしたことにつき,何ら立証しておらず,1審被
告の上記主張は裏付けを欠くものである。
また,仮に1審被告の主張を前提とするとしても,特許に無効理由
が存在するのは,新規性がない場合に限られるものではなく,進歩性
,,,がない場合その他の特許要件を欠く場合があるところ1審被告は
保護回路のゲートとソース及びドレインの一方を電気的に接続させる
材料として,ITOに代表される酸化物半導体膜を使用する先行技術
がないことを確認したにすぎないから,新規性についてはともかく,
進歩性その他の特許要件については,全く検討を行わなかったことに
なる。また,調査の対象となる先行技術の範囲は,本件特許権及びそ
の関連出願の審査経過において引用された文献に限られるものではな
い1審被告は最低限のものとして必要な一般的な公知例調査公。,,(
開済みの各種公報及び一般公表された技術文献の調査)も行っていな
い。
,,,さらに前記(1)イ及び(2)イのとおり本件特許明細書の記載から
本件特許発明が保護回路として機能しないことは明らかであり,この
ことは1審被告が自白したとみなされている。1審被告は,本件仮処
分申立てに際して,本件特許明細書の記載に照らし,本件特許発明が
保護回路として機能するかどうかについて,調査・検討を怠ったもの
といえる。
以上のとおり,1審被告は,通常必要とされる注意義務を尽くさな
かった。
b無効審判請求において無効判断がされる割合や,審決取消訴訟にお
ける無効不成立審決が取り消される割合が少なくないことに照らせ
ば,特許査定を受けたという一事をもって調査義務を免れる理由はな
いし,弁理士等の専門家の意見を判断の基礎としたという事情があっ
たとしても,違法性や過失の存在を否定する理由とはならない。
また,特許権侵害に関して,具体的な交渉が行われれば,相手方か
ら,当該特許権に関連する先行技術が示されるのが通常である。した
がって,特許権者が相手方との交渉を拒否することは,先行技術につ
いて調査・検討する機会を放棄することを意味する。本件において,
1審被告は,一連の交渉において,特許権侵害に関する具体的な根拠
を示さなかったのみならず,1審原告との交渉において提示したリス
ト(甲25)に,本件特許権を掲載しなかった。したがって,1審被
告は,先行技術を認識・発見する機会を自ら放棄したものであり,こ
のような交渉態度に照らしても,権利者としての通常の注意義務を尽
くしていないといえる。
c特許権侵害をめぐる紛争の真の相手方に対してではなく,その顧客
等に対し仮処分申立てをして,当該顧客等の紛争回避的傾向を利用す
るような場合は,仮処分制度をその本来の目的に反して濫用するもの
といえる。
本件仮処分申立ては,1審被告が,仮処分制度を濫用し,真実は被
保全権利が存在しないにもかかわらず,西友の紛争回避的傾向を利用
するなどして,1審原告に対し,仮処分命令が執行された場合と同等
な損害を与えたというものであるから,1審被告の過失が存在するも
のというべきである。本件製品は,TATUNG社が原告モジュール
を用いて製造したものであるところ,これを日本に輸入して西友に販
売していたのは,TATUNG社が設立した日本法人である訴外大同
日本株式会社(以下「大同日本」という)である(乙3。1審被告。)
は,販売業者にすぎない西友ではなく,本件製品の製造元であるTA
TUNG社のグループ会社であり,特許権侵害訴訟への対応能力も西
友に比して格段に大きい,大同日本を相手方として,権利行使するこ
ともできた。しかるに,1審被告は,ことさら大同日本を相手方とす
るのを回避し,西友を相手方として,本件仮処分申立てをした。
以上のとおり,1審被告は,特許権侵害訴訟への対応能力に乏しい
西友の紛争回避的傾向を利用する目的で,同社を相手として,本件仮
処分申立てをした。
d1審被告は,1審原告との交渉経緯について縷々述べる。
しかし,1審被告の主張に係る交渉経緯は本件特許権に関するもの
ではない。1審被告は,本件特許権の設定登録後も,本件特許権に基
づく警告をすることなく,事実上も法律上も根拠のない本件仮処分申
立てに及んだものである。
ウ本件記者発表について
本件記者発表は,以下のとおり,不競法2条1項14号にいう「虚偽の
事実を告知し,又は流布する行為」に該当する。
本件仮処分申立ては前記イのとおり不競法2条1項14号にいう虚,,「
偽の事実を告知・・・する行為」に該当するところ,本件記者発表は,こ
れと一連一体に行われた行為であって,客観的な真実に反する事実を仮処
分申立ての内容等の公表という形式で陳述したものと評価すべきである。
また,1審被告は,本件記者発表において,1審原告が,本件特許以外
にも1審被告保有の特許権を侵害しているとの虚偽の事実を告知・流布し
ており甲9本件仮処分事件の提起の事実や当該事件における自己の申(),
立内容や事実的主張,法律的主張の内容を陳述するにとどまるものではな
い。
したがって,本件記者発表は,本件仮処分申立てと同様に,同号の「虚
偽の事実を告知し,又は流布する行為」と評価すべきである。
エ不法行為の成立について
前記アないしウの事実経緯に照らすならば,1審被告の行った本件仮処
分申立て及び本件記者発表は,民法709条の不法行為を構成する。
(4)争点(6)(損害額)について
本件仮処分申立て及び本件記者発表により1審原告が被った損害の額は,
原審で主張したとおり,7億7456万2729円を下らないところ,原判
決は,本件仮処分申立てにより,1審原告が,西友における原告モジュール
の販売減少だけで,1995万7600円の損害を被ったことを認定してお
り原判決35頁13行∼36頁9行1審被告が1審原告に支払うべき損(),
害額は,少なくともこの額を下らない。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,①本件製品は本件特許発明の技術的範囲に含まれず,②本件特
許は特許無効審判により無効にされるべきものであり,③1審被告が本件製品
を販売する西友を相手方として,本件特許権に基づいてした販売禁止の本件仮
処分申立て及びこれに関する本件記者発表は,1審原告に対する不法行為を構
成するから,1審原告の1審被告に対する損害賠償請求は,1審原告の請求す
る限度当審において拡張した損害金を含むで認容すべきであると判断する(。)
ものである(なお,本件仮処分申立て及び本件記者発表は,不競法2条1項1
4号所定の営業上の信用を害する虚偽事実の告知行為には該当しないので,同
法3条1項に基づく差止請求は認められない。。)
その理由は,次のとおり訂正付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄
「」「()」の第3当裁判所の判断の2争点(2)構成要件Cの充足性について
ないし「5争点(6)(損害額)について(原判決23頁18行∼36頁12」
行)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1原判決の訂正(当審における補足的主張に対する判断を含む)。
(1)原判決23頁22行目ないし24頁3行目を次のとおり改める。
「イ本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,構成要
件Cの「酸化物半導体膜」の意義を検討する(特許法70条2項。)
1審原告の主張ア(イ)bないしe(原判決8頁14行∼9頁3行)で1
審原告が指摘する本件特許明細書の記載及び図6図7図13の記載甲,,(
2)によれば,保護回路の設計に当たって,薄膜トランジスタのソース・
ドレイン間の抵抗値を考慮することが,ソース・ドレイン間に印加される
電圧を決定する上で重要であるとしつつも,実際には,薄膜トランジスタ
のソース・ドレイン間の抵抗値10∼10Ωと比べて抵抗R1薄膜811
,(
トランジスタとアクティブマトリクスの表示部とを電気的に接続する酸化
物半導体膜)と抵抗R2(薄膜トランジスタのゲートとソース又はドレイ
ンの一方を電気的に接続する酸化物半導体膜)の値を10Ω程度とする12
ことができるため,薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値は無
視できるとの説明がされているなお本件特許明細書の00170。,【】,【
022】では,薄膜トランジスタのゲートに印加される電圧は,R1とR
2の抵抗値の比で決まると説明されているがその理由は0025の,,【】
記載により,R1とR2の抵抗値が薄膜トランジスタのソース・ドレイン
間の抵抗値よりも桁違いに大きく,後者は無視できるためであると理解で
きる。そうすると,本件特許明細書においては,保護回路として機能する
ためには,構成要件Cの「酸化物半導体膜」は,少なくともソース・ドレ
イン間の抵抗に比べて相対的に抵抗の大きいものでなければならないとい
うべきである。
以上によれば,構成要件Cの「酸化物半導体膜」は,ソース・ドレイン
間の抵抗に比べて相対的に抵抗の大きいものを意味すると解釈すべきであ
る。
これに反する1審被告の主張は,採用することができない。
ウこの点について,1審被告は,本件特許明細書の【0069【002】,
50038にはソース・ドレイン間の抵抗に比べて相対的に抵抗】,【】,「
の大きいもの」とは矛盾する構成が開示・示唆されていることを根拠に,
構成要件Cの「酸化物半導体膜」を「ソース・ドレイン間の抵抗に比べて
相対的に抵抗の大きい酸化物半導体膜」を意味すると解釈するのは誤りで
ある旨主張する。
しかし,1審被告の上記主張は失当である。
まず,本件特許明細書の【0026】の記載によれば,図6及び図7に
図示された保護回路で使用される抵抗は0025に例示された材料に,【】
,(,,限られずITOなどの酸化物半導体膜例えば酸化錫酸化インジウム
酸化錫インジウム等を用いることができ0025は酸化物半導体),【】,
膜を使用する場合を含め,ソース・ドレイン間の抵抗の値を考慮すること
はソース・ドレイン間の電圧を決定する上で重要であり,薄膜トランジス
タの抵抗はほとんど無視できる抵抗体であるとされていることが理解でき
る。また,本件特許明細書の【0038】は,図6及び図7並びに【00
25】ないし【0026】に記載された抵抗体を備える保護回路の作製方
法を説明する記載部分であるから0038において抵抗として機能,【】「
する」とされているのは,保護回路に設けられる「薄膜トランジスタの抵
抗はほとんど無視できる」ことを意味すると理解できる。そして,本件特
許明細書の【0025】において,保護回路に設けられる抵抗体は「薄膜
トランジスタの抵抗はほとんど無視できる」抵抗体であることが求められ
る旨記載されていることに照らすならば,実施例に関する【0069】に
記載された保護回路の薄膜トランジスタのソース及びドレインの一方とゲ
ートとを接続する「酸化物半導体膜」も,保護回路に設けられる「薄膜ト
ランジスタの抵抗はほとんど無視できる」ものであると解される。
また1審被告は酸化物半導体膜をソース・ドレイン間の抵抗に,,「」「
」,比べて相対的に抵抗の大きいものと解することは技術常識に反するから
限定的に解釈すべきでないと主張する。しかし,仮に,本件特許明細書に
おいて酸化物半導体膜はソース・ドレイン間の抵抗に比べて相対的,「」「
に抵抗の大きいもの」と解釈することが技術常識に反するので,限定的に
解すべきでないとの前提に立った場合には,そのこと自体が,実施可能要
件に違反する結果をもたらすこととなる。したがって,少なくとも,本件
特許発明の技術的範囲の解釈に当たっては,1審被告の主張を前提とする
ことは相当でないというべきである。1審被告の主張は採用できない」。
「,」(2)原判決24頁15行目の構成要件Cの充足性が認められる場合に備え
を削除する。
(3)原判決25頁14行目ないし同頁23行を次のとおり改める。
「(イ)1審被告は,本件特許明細書の【0010【0069】及び図1】,
5(B)の記載に基づき,本件特許発明の「酸化物半導体膜」は,表示
部で用いられる酸化物半導体膜と同一材料のもの」を意味するので,本
件特許発明と各引用発明との間には,相違点2(本件特許発明は,ソー
ス及びドレインの一方と薄膜トランジスタのゲートとの接続につき,表
示部と同一材料の酸化物半導体膜を介した電気的接続に限定していると
の相違点)が存在すると主張する。
しかし,1審被告の主張は,以下のとおり理由がない。
すなわち,特許請求の範囲には,本件特許発明の「酸化物半導体膜」
が表示部で用いられる酸化物半導体膜と同一材料のものであることを意
味するような記載は見当たらない。また,仮に本件特許明細書の【00
10】の「また,表示部の薄膜トランジスタの作製と同時に作製するこ
とが望まれる」との記載や【0069】及び図15(B)における同。,
一材料の酸化物半導体膜を使用した実施例の記載を考慮したとしても,
これらの記載のみでは酸化物半導体膜が表示部で用いられる酸化物,「」
半導体膜と同一材料のものであると定義されているものと認めることは
できない。
したがって,1審被告の上記主張は,採用することができない」。
(4)原判決25頁25行目の「引用明2」を「引用発明2」と改める。
(5)原判決26頁9行目ないし28頁2行目を次のとおり改める。
「オ1審被告の主張(当審での補足主張を含む)に対し。
1審被告は,本件特許発明が引用発明2及び周知技術に基づいて容易に
発明することができたとはいえないと主張するが,以下のとおり,失当で
ある。
(ア)1審被告は,本件特許発明が,①保護回路を構成する薄膜トランジ
スタを保護し,②表示部の薄膜トランジスタにかかる過大な電圧を速や
かに取り除くことができ,③保護回路の薄膜トランジスタを表示部の薄
膜トランジスタの作製と同時に作製することができる,との作用効果を
有する旨主張する。
しかし,1審被告の上記主張は,以下のとおり理由がない。
a本件特許明細書の記載
(a)本件特許明細書の000100020007∼0【】,【】,【】【
009】の記載によれば,発明の詳細な説明では,画素を構成する
電気光学素子(例えば,液晶素子)を薄膜トランジスタにより制御
するアクティブマトリクス型表示装置では,静電気等により表示部
の薄膜トランジスタのゲート電極に高い電圧がかかった場合や,薄
膜トランジスタのソース・ゲート間に過大な電圧がかかってゲート
電極とチャネル形成領域との間の電圧が大きくなった場合に,ゲー
ト絶縁膜が破壊され,素子として機能しなくなるという問題があっ
たので,本件特許発明は,発生した過大な電圧を速やかに取り除く
回路を適切な位置に設けることによって,表示部の薄膜トランジス
タを破壊から保護するようにしたもの,とされていることが理解で
きる。
(b)本件特許明細書の【0010【0011【0017】の記】,】,
載によれば,発明の詳細な説明では,①保護回路は,装置の表示部
分の周辺に設けられること及び表示部分の薄膜トランジスタの作製
と同時に形成されることが望まれること,②保護回路は,正常な駆
動電圧は通過させるが,過大な電圧は通過させず,適切にバイパス
させる必要があること,③薄膜トランジスタにおいて過大な電圧と
は通常,ゲート電圧のしきい値電圧の10倍程度であり,50V以
上を指すが,この値は薄膜トランジスタの構造によって大きく変化
すること,④上記②のような効果を有する保護回路は,ダイオード
の持つツェナー特性を利用しても,薄膜トランジスタを利用しても
構成することができ,⑤図6の回路構成の場合,R1とR2の抵抗
値を選択して,Nチャネル型薄膜トランジスタのゲート電圧及びソ
ース・ドレイン間の電圧を適当な値となるように設計することによ
り,保護回路が構成できることなどが,説明されているということ
ができる。
,,「,」そして請求項1には保護回路は薄膜トランジスタを有し
との記載があるから,本件特許発明は,本件特許明細書の発明の詳
細な説明及び図面に記載された保護回路のうち,薄膜トランジスタ
を用いたものを対象としていることが明らかである。
(c)本件特許明細書の【0021】∼【0026【0038】の】,
,,,,記載によれば発明の詳細な説明では保護回路は図7のように
Pチャネル型薄膜トランジスタとNチャネル型薄膜トランジスタを
両方とも用いることによっても構成でき,図6の保護回路と同様,
適切な抵抗R1,R2を選択することによって,ソース・ドレイン
間の電圧とゲート電極の電位を適切な値に設定できることなどが,
説明されているということができる。
さらに,保護回路の設計に当たって,薄膜トランジスタのソース
・ドレイン間の抵抗値を考慮することがソース・ドレイン間に印加
される電圧を決定する上で重要であると指摘しつつ,実際には,薄
膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値10∼10Ωに比811
べて抵抗率10Ω・cmの高抵抗多結晶シリコン又はアモルファ,6
(),,スセミアモルファスシリコンを用いて長さ10μm幅1μm
.,,厚さ01μmの線状体を構成した場合抵抗値は10Ωとなり12
薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値は無視できるとさ
れている。
そして,R1,R2の材料としては,多結晶シリコンやアモルフ
ァスシリコンのような珪素を主とする材料を用いてもよいし,金属
材料や金属と珪素との合金,各種化合物半導体,例えば,酸化錫,
酸化インジウム,酸化錫インジウム(ITO)を用いてもよいとさ
れている。
なお,段落【0024】には,保護回路で使用される薄膜トラン
ジスタの耐圧が保護回路の耐圧を決定する旨が記載されているが,
これは,保護回路(電気回路)の設計に当たっては,それを構成す
る薄膜トランジスタ(半導体素子)の耐圧を考慮すべきであるとい
う電気回路設計上の一般原則を述べているにすぎないものと理解さ
れ,この記載を,本件特許発明が,保護回路を構成する薄膜トラン
ジスタ自体の保護を目的とすることを示す根拠とすることはできな
い。
(d)上記(a)ないし(c)によれば,本件特許明細書の発明の詳細な
説明及び図面には,①アクティブマトリクス型表示装置の表示部の
周辺に,正常な駆動電圧は表示装置に通過させるが,過大な電圧は
通過させず,適切にバイパスさせる保護回路を設けることにより,
表示部の薄膜トランジスタを高電圧による破壊から保護できるこ
と,②保護回路は,表示部分の薄膜トランジスタの作製と同時に形
成されることが望まれること,③保護回路を薄膜トランジスタを用
いて構成する場合(図6の保護回路)は,R1とR2の抵抗値を選
択してソース・ドレイン間の電圧とゲート電極の電圧を適正な値に
設定することにより,正常な駆動電圧は表示装置に通過させるが,
,,過大な電圧は通過させず適切にバイパスさせるようにできること
④保護回路をPチャネル型薄膜トランジスタとNチャネル型薄膜ト
ランジスタを両方とも用いて構成した場合(図7の保護回路)も,
図6の保護回路と同様,R1,R2の抵抗値を適切に選択すること
によって,ソース・ドレイン間の電圧とゲイト電極の電位を適切な
値に設定できること,⑤薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の
抵抗値は,保護回路の設計上,重要な考慮事項であるが,R1,R
2を線状の多結晶シリコンやアモルファスシリコンを用いて形成し
た場合,R1,R2の抵抗値を桁違いに大きくできるので,薄膜ト
ランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値を無視できること,⑥R
1,R2を構成する材料としては,多結晶シリコンやアモルファス
シリコンのような珪素を主とする材料を用いてもよいし,金属材料
や金属と珪素との合金,各種化合物半導体(例えば,酸化錫,酸化
インジウム,酸化錫インジウム)を用いてもよいことが記載されて
いるということができる。
しかし,保護回路を構成する薄膜トランジスタ自体を保護するこ
とは記載されておらず,その示唆があるということもできない。
b特許請求の範囲の記載
次に,特許請求の範囲の記載について検討する。
請求項1の記載は表示部及び保護回路を有するアクティブマト,「
リクス型表示装置であって,前記保護回路は,薄膜トランジスタを
有し,該薄膜トランジスタのソース及びドレインの一方は,該薄膜
トランジスタのゲートに酸化物半導体膜を介して電気的に接続さ
れ,該薄膜トランジスタのソース及びドレインの他方は,基準の電
圧の配線に電気的に接続されることを特徴とするアクティブマトリ
クス型表示装置というものであり保護回路に関し薄膜トラン。」,,
ジスタを有すること,該薄膜トランジスタのソース及びドレインの
一方は,該薄膜トランジスタのゲートに酸化物半導体膜を介して電
気的に接続されていること,該薄膜トランジスタのソース及びドレ
インの他方は,基準の電圧の配線に電気的に接続されることが規定
されている。
しかし,①薄膜トランジスタのゲートとソース又はドレインの一
方を電気的に接続する酸化物半導体膜(R2)は,どの程度の抵抗
値を有するのか,②薄膜トランジスタとアクティブマトリクスの表
示部とを電気的に接続する酸化物半導体膜(R1)の抵抗値は,ど
の程度の抵抗値を有するのか,③薄膜トランジスタのソース・ドレ
イン間の抵抗値,及び上記各酸化物半導体膜(R1,R2)の抵抗
値は,どのように設定するのか,④保護回路の薄膜トランジスタと
アクティブマトリクスの表示部の薄膜トランジスタとの関係につい
ては,同じものなのか,同時に形成するものなのか等については,
何ら規定されていない。なお,請求項1には,表示部と薄膜トラン
ジスタを接続するR1も規定されていない。
c判断
(a)上記の認定によれば,本件特許明細書には,本件特許発明に
ついて,①保護回路を構成する薄膜トランジスタを保護し,②表
示部の薄膜トランジスタにかかる過大な電圧を速やかに取り除く
ことができ,③保護回路の薄膜トランジスタを表示部の薄膜トラ
ンジスタの作製と同時に作製することができるとの作用効果につ
いての記載はないと判断できる。
まず,本件特許明細書には,保護回路を構成する薄膜トランジ
スタ自体を保護する点の作用効果に関する記載はなく,その点の
示唆もない。確かに,薄膜トランジスタのゲートとソース又はド
レインの一方を電気的に接続する酸化物半導体膜(R2)が存在
することにより,R2による電圧降下の分だけ,薄膜トランジス
タに印加される電圧は低くなるが,R2は,あくまでも,R1と
の間で電圧を分圧して薄膜トランジスタのゲートに印加される電
圧を所望値に設定するためのものとして記載されているのであ
り,これを,保護回路を構成する薄膜トランジスタ自体を保護す
るためのものと理解することはできない。
また,本件特許明細書には,表示部の薄膜トランジスタにかか
る過大な電圧を速やかに取り除くことができる点についての作用
効果に関する記載はなく,その点の示唆もない。本件特許明細書
の記載によれば,薄膜トランジスタを用いた保護回路が,正常な
駆動電圧は表示装置に通過させるが,過大な電圧は通過させず,
適切にバイパスさせるように動作するためには,R1,R2の抵
抗値を適切に設定することが必要であり,薄膜トランジスタのソ
ース・ドレイン間の抵抗値が無視できない場合は,少なくともそ
れとの関係も考慮する必要があるが,請求項1は,この点につい
て何らの規定もない。
さらに,本件特許明細書には,保護回路の薄膜トランジスタを
表示部の薄膜トランジスタの作製と同時に作製することができる
,。点についての作用効果に関する記載はなくその点の示唆もない
請求項1にも,保護回路の薄膜トランジスタとアクティブマトリ
クスの表示部の薄膜トランジスタとの関係について,何ら規定が
ない。
(b)以上のとおり,本件特許発明が,上記①ないし③の作用効果
を有することを前提とする1審被告の主張は,本件特許明細書又
は特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,いずれも採
用することができない。
なお後記(2)エにおいて検討するところに照らせばシミュレ,,
ーション報告書(乙53)及び追加シミュレーション報告書(乙
54)も,1審被告の主張を裏付けるものとはいえない。
(イ)1審被告は,本件特許出願当時,周知の技術であったのは,ITO
膜を透明導電膜として画素電極に用いることであり,ITO膜を導電膜
として用いることは周知の技術ではない旨主張する。
しかし,以下のとおり,1審被告の上記主張は採用することができな
い。
証拠(甲14,16,17,36∼47,乙43)によれば,①IT
O膜のような酸化物半導体膜は,透明電極膜として広く用いられるもの
であること,②ITO膜は,Al等の金属材料で形成した場合に比べ,
抵抗が大きいものの,ITO膜のような酸化物半導体膜が導電膜として
用いられること等が認められる。
したがって,本件特許出願当時,ITO膜を導電膜として用いること
は周知の技術であったと認めるのが相当である。
(ウ)1審被告は,本件特許発明と引用発明2との相違点1について,設
計事項として適宜行う程度のものでないとし,動機付けの不存在,阻害
事由,効果の予測困難性を主張する。
しかし,以下のとおり,1審被告の上記主張は採用することができな
い。
上記(イ)のとおり,ITO膜は,金属材料に比べて導電性は劣るもの
の,導電膜として用いられていたことは,本件特許出願当時において周
知であった。
そして,弁論の全趣旨によれば,一般に,半導体装置に用いられる導
,,,,電材料として各種金属金属珪化物多結晶シリコンが知られており
目的とする半導体装置に要求される特性(導電膜の電流容量,導電性,
密着性等)や製造の容易性(同時形成等)を考慮して,具体的に用いる
材料が選択されるものであり,例えば,大きな電流容量の要求される部
分に導電性の高い金属材料が用いられ,そうでない部分に多結晶シリコ
ンが使われていたと認められる。
ITO膜は,その光透過性から,多くの場合に,透明性が要求される
,,画素電極に用いられていたものであるが画素電極に適していることは
他の部分の導電膜として使用できないことを意味しないことは明らかで
ある。本件特許明細書の【0008】にも記載されているように,高電
圧の原因となる静電気は電流容量自体は小さいことから,静電気を逃が
すための導電膜は,必ずしも金属である必要はない。
そして,引用発明2においても,本件特許発明と同様に,薄膜トラン
ジスタを用いた保護回路はアクティブマトリクスの表示部の周辺に設け
られており,これを作製するに当たり,ITOなどの酸化物半導体膜を
形成する工程を要することは自明であるから,引用発明2において,保
護回路の薄膜トランジスタの電極の接続にITO膜を採用する契機こそ
あれ,それを妨げる事情があるということはできない。
また,1審被告主張の効果がいずれも根拠を欠くことは,前記(ア)に
おいて述べたとおりである。
(エ)1審被告は,本件特許発明と引用発明2とは,相違点2においても
異なるとし,その想到困難性を主張するが,1審被告の主張にかかる相
違点2を本件特許発明と引用発明2との相違点ということはできない。
(オ)なお,1審被告は,本件無効審決及び本件訂正拒絶審決は,いずれ
もその認定判断に誤りがあるものとして,平成18年(行ケ)第102
98号審決取消請求事件及び平成19年(行ケ)第10044号審決取
消請求事件において,取り消されるべきである旨主張する。この点につ
き,当裁判所は,平成19年9月26日,本件無効審決及び本件訂正拒
絶審決にはこれを取り消すべき理由はない旨の判決をした。
(カ)以上のとおり,進歩性欠如の無効理由がないことを前提とする1審
原告の主張は失当である。
カ訂正による無効理由の解消について
1審被告は,仮に本件特許権に無効理由が存在するとしても,本件訂正
審判における訂正により,無効理由は解消される旨主張するが,上記訂正
は確定しておらず,これが認められる可能性もない(当裁判所は,平成1
9年9月26日,本件訂正拒絶審決にはこれを取り消すべき理由はなく,
請求を棄却する旨の判決をした)から,失当である。。
(2)実施可能要件違反等
【】,「,ア本件特許明細書の0010には薄膜トランジスタの保護回路は
・・・正常な駆動電圧は通過させるが,過大な電圧は通過させず,適切に
バイパスさせる必要がある同0017には図6Aは正の。」,【】,「(),
過大電圧がかかったときにのみ動作して過大電圧をバイパスする回路であ
る。抵抗R1およびR2を選択することによって,Nチャネル型薄膜トラ
ンジスタのゲイト電圧および,ソース・ドレイン間の電圧を適当な値とな
。」,【】,「,るように設計する同0022には図6で示したものと同様に
適切な抵抗R1,R2を選択することによって,ソース・ドレイン間の電
圧とゲイト電極の電位を適切な値にすることができるとそれぞれ記載。」,
されている(甲2。)
本件特許明細書の図6及び図7並びに上記各記載によれば,本件特許明
細書の発明の詳細な説明には,①薄膜トランジスタを用いた保護回路が,
保護回路として機能するためには,正常な駆動電圧は通過させるが,過大
,,な電圧は通過させず適切にバイパスさせるものでなければならないこと
②図6,図7に示した回路構成において,R1とR2の抵抗値を選択して
薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の電圧とゲート電極の電圧を適正
な値に設定することにより,このような動作が可能とされていることが記
載されているということができる。
イ本件特許発明が保護回路として機能しないこと(1審原告の主張オ(産
業上利用することができる発明でないこと)(ア)及び(イ)(原判決13頁
12行∼22行は1審被告において明らかに争わないからこれを自)),,
(,。)。白したものとみなすなお自白が錯誤に基づくものとは認められない
そうすると,アクティブマトリクス型表示装置の表示部にかかる過大な
電圧を速やかに取り除くという本件特許発明の目的は達成できないことに
なる。
ウ上記ア及びイによれば,本件特許明細書の発明の詳細な説明欄には,R
,,1とR2の抵抗値を選択して正常な駆動電圧は表示装置に通過させるが
過大な電圧は通過させず,適切にバイパスさせて,アクティブマトリクス
型表示装置の表示部を静電気等の高電圧による破壊から保護するという本
件特許発明の課題を解決する手段が,具体的に説明されているとはいえな
いと解される。
したがって,本件特許発明における保護回路がその機能を果たすための
技術事項が,本件特許明細書の発明の詳細な説明において,当業者が容易
にその実施をすることができる程度に記載されているとはいえず,発明の
詳細な説明の記載は,特許法旧36条4項に規定する要件を満たしていな
い(なお,1審原告の主張オ(ア)及び(イ)は,実施可能要件違反(特許法
旧36条4項該当性)を基礎付ける事実を主張するものと理解できる。。)
エシミュレーション報告書乙53及び追加シミュレーション報告書乙()(
54)について
同各報告書も,1審被告の主張を裏付けるものとはいえない。
(ア)シミュレーション報告書(乙53)
上記シミュレーション報告書は,①保護回路のR1,R2の抵抗値を
10Ω∼10Ωに設定しているが,本件特許明細書の【0025】の25
説明では,R1,R2の大きさは10Ω程度とされており,7桁も値12
が異なる点,②薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗が無視で
きず,R1とR2の抵抗値の比だけでは薄膜トランジスタのゲートに印
加される電圧は決まらないことを示しているが,これは,薄膜トランジ
スタのソース・ドレイン間の抵抗は無視でき,ゲートに印加される電圧
【】がR1とR2の抵抗値の比で決まるという本件特許明細書の0017
の説明と整合しない点,③仮定したパラメータの下での保護回路の電気
的特性を示したにすぎず,これがアクティブマトリクス型表示装置の表
示部の保護回路として機能するかどうかについて検討されていない点,
などにおいて,1審被告の主張を裏付けるものとはいえない。
のみならず,同シミュレーションの結果は,シミュレーションで仮定
したパラメータの下では,R1とR2の抵抗値の比だけでは薄膜トラン
ジスタを動作させる電圧が決まらないばかりか,薄膜トランジスタのソ
ース・ドレイン間の動作抵抗自体がゲートに印加する電圧に依存して大
きく変動し,逐一シミュレーションをしない限り,保護回路として機能
するか否かを確認できないことを示すものであり,かえって,本件特許
明細書の記載に基づいては,保護回路を設計できないことを示すものと
いえる。
(イ)追加シミュレーション報告書(乙54)
追加シミュレーション報告書は,①人体の静電気により高電圧が印加
されるとの前提で,R1とR2の抵抗値を変化させた場合の保護回路の
時間応答特性(過渡現象)を評価したものであるが,そもそも,保護回
路の時間応答特性の問題は,本件特許明細書に記載も示唆もされていな
い点,②乙13の174頁に記載されているように,人体モデルは,一
般に100pFの容量と15×10Ωの抵抗との直列回路で表現さ,.3
れるが,追加シミュレーションでは,人体モデルを,抵抗を無視して1
00pFの容量のみで表現しており,妥当なものとはいえない点,③本
【】,,件特許明細書の0010の記載によれば過大な電圧とされる値は
薄膜トランジスタの構造によって大きく変化するとされているにもかか
わらず,追加シミュレーションでは,過大な電圧の下限値を50Vに設
定している点,④さらに,乙54の図4から,電圧が500Vから50
Vまで降下するまでの時間がR1の値に依存することが理解できるとこ
ろ,下限値が,例えば,40Vと仮定して図4を参照すると,R1が1
0Ωの場合電圧降下に要する時間は図4に表示された時間範囲に収5
,,
まらないほど大きくなる点,などにおいて原告の主張を裏付けるものと
はいえない。
のみならず,追加シミュレーションの結果は,保護回路の時間応答特
性が,素子のパラメータの値や電圧の設定値によって大きく変動するこ
とを示しており,かえって,本件特許明細書の記載に基づいては,保護
回路を設計できないことを示すものといえる。
なお,1審原告は,弁論準備手続の終結後に1審被告から書証の申し
出がされた乙54及びこれに基づく1審被告の主張に対し,時機に後れ
た攻撃防御方法であるので許されないと主張する。しかし,乙54は,
専門委員の立会いの下で行われた第5回弁論準備手続期日において,同
期日において取り調べられた乙53について,指摘された問題点に関連
して,1審被告において,これを補足する趣旨で作成されたものである
こと,弁論準備手続の終結に際して,その提出が予告されていたことに
照らせば,故意又は重大な過失により時機に後れて提出されたとはいえ
ないし,その内容に照らせば,訴訟の完結を遅延させるものということ
もできない。
,,オ1審被告は本件訂正拒絶審決は取り消されるべきである旨主張するが
前記(1)カのとおり当裁判所は平成19年9月26日本件訂正拒絶審,,,
,。」決にはこれを取り消すべき理由はなく請求を棄却する旨の判決をした
(6)原判決28頁3行目「(2)」を「(3)」と改める。
(7)原判決28頁6行目ないし35頁12行目を,次のとおり改める。
「4争点(5)(信用を害する虚偽事実の告知行為又は不法行為)について
1審被告のした本件仮処分申立等が1審原告に対する関係で,不法行為を構
成するか否か,及び,不競法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するか
否かについて,以下検討する。
(1)不法行為該当性について
ア仮処分申立ての不法行為該当性について
紛争の当事者が当該紛争の解決を裁判所に求め得ることは法治国家の根
幹にかかわる重要な事柄であるから,裁判を受ける権利は最大限尊重され
なければならず,訴えの提起について不法行為の成否を判断するに当たっ
ては,いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎
重な配慮が必要である。したがって,法的紛争の解決を求めて訴えを提起
することは,原則として正当な行為であって,不法行為を構成することは
ない。しかし,提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事
実的,法律的根拠を欠くものである上,同人がそのことを知りながら又は
通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど,裁判
制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合には,違法な行為とし
て不法行為を構成するというべきである(最高裁昭和60年(オ)第122号
同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
この理は仮処分の申立てにおいても異なることはなく,債権者がその主
張する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くことを知りながら又
は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに,あえて販売禁止等の仮
処分を申し立てた場合には,同仮処分の申立ては違法な行為として不法行
為を構成すると解すべきである。
また,当該仮処分申立てにおいて,債権者の主張した権利又は法律関係
が,事実的,法律的根拠を欠くものであることを,通常人であれば容易に
知り得たものとまでいえない場合であっても,権利の行使に藉口して,競
業者の取引先に対する信用を毀損し,市場において優位に立つこと等を目
的として,競業者の取引先を相手方とする仮処分申立てがされたような事
情が認められる場合には,同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為
を構成するというべきである。当該仮処分の申立てが,違法な行為となる
か否かは,当該申立てに至るまでの競業者との交渉の経緯,当該申立ての
相手方の態度,仮処分に対する予測される相手方の対応等の事情を総合し
て判断するのが相当である。
上記の観点から,本件仮処分申立等が不法行為を構成するか否かを検討
する。
イ事実認定
(ア)本件特許権の無効理由等
a本件特許権の無効理由
本件特許権に無効理由が存在すること及びその無効理由は,前記説
示のとおりである。
b本件仮処分申立て前の検討
1審被告は,本件仮処分申立てに当たって,弁護士及び弁理士を交
えて,本件特許権及びその関連出願の審査過程を精査し,本件特許発
明及び上記関連出願に係る発明の作用効果の抽出作業を行う一方,こ
れらの審査経過において引用された文献に,本件特許発明の構成要件
や作用効果が開示されているか否かについて調査検討し,保護回路の
ゲートとソース及びドレインの一方を電気的に接続させる材料とし
て,ITOに代表される酸化物半導体膜を使用する先行技術はないこ
とを確認した旨主張する。
しかし,本件全証拠によるも,1審被告が上記調査をしたことを認
めるに足りる事実は認められず,1審被告が行ったと主張する調査内
容も,本件特許権及びその関連出願の審査過程の精査にとどまるもの
であって,十分な調査と評価することはできない。特に,本件特許明
細書の発明の詳細な説明欄の記載について,R1とR2の抵抗値を選
択して,正常な駆動電圧は表示装置に通過させるが,過大な電圧は通
過させず,適切にバイパスさせて,アクティブマトリクス型表示装置
の表示部を静電気等の高電圧による破壊から保護するという本件特許
発明の課題を解決する手段に関して,説明を欠いているとの瑕疵があ
ることは容易に知り得たはずであるといえる。以上のとおり,1審被
告は,本件特許明細書の記載内容も含めて,十分な調査,検討を尽く
していないことが伺われる。
また,前記のとおり,本件特許発明における保護回路がその機能を
果たすための技術事項が,本件特許明細書の発明の詳細な説明におい
て,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されてい
るとはいえず,発明の詳細な説明の記載は,特許法旧36条4項に規
定する要件を満たしていないにもかかわらず,1審被告がこの点にあ
らかじめ対処していないことも明らかである。
この点について,1審被告は,本件特許権は特許庁の処分によって
権利化されたものであるから,仮に無効理由があったとしても,それ
を容易に知り得たものではない旨主張する。しかし,特許庁で特許査
定がされたことは,本件仮処分申立てに当たって,無効理由がないか
否かの検討を不要とするものではないから,1審被告の上記主張は,
採用することができない。
(イ)1審被告の業態
1審被告は現在液晶ディスプレイの製造販売は行わず液晶ディ,,,,
スプレイ等に係る特許出願を行い取得した複数の特許権を背景に液晶デ,
ィスプレイ等の製造業者との間でライセンス契約を締結するように交渉,
し,ライセンス料収入を得ることを業務としている。
(ウ)交渉の経緯
a1審被告は1審原告に対し平成13年7月27日付けの書面(甲,,
7)をもって1審被告が日本においてアモルファスシリコンTFT及,
び液晶に関する多数の特許権を有すること,1審原告の製品の少なく
とも1つが1審被告の有する特許権の技術的範囲に属すること,及び
1審原告が適切に対応しない場合には1審原告の顧客に対して権利行
使をすることを警告した。
1審被告は,同書面の中で,1審原告のどの製品が,1審被告の有
するどの特許権を侵害するのかを明らかにしなかった。
b1審原告は,1審被告に対し,同年8月23日付け回答書(甲24)
をもって,特許権の侵害問題を更に検討するために,1審原告のどの
製品が1審被告のどの特許権を侵害しているのかを明らかにするよう
要請した。
cこれに対し,1審被告は,1審原告に対し,①同年9月11日付け
書面(甲25)をもって,1審原告のどの製品が1審被告のどの特許権
を侵害しているのかを明らかにしなければ検討を進められないとの1
,,審原告の上記bの回答は問題解決の遅延を意図したものであること
②そのような状況に鑑みて,1審被告は,1審原告の顧客であるアド
テック社に対して警告の書簡を送付したこと,③当該書簡に添付した
1審被告の有する特許(40個)のリストを1審原告において参照すれ
ば検討が可能であると,④アドテック社以外の1審原告の顧客に対し
ても,同様の措置を採る用意があることなどを回答した。
本件特許権は,特許権の設定登録前であったため,上記リストに掲
載していなかった。しかし,1審被告は,本件特許権について設定登
録があった後においても,1審原告と交渉するに当たって,本件特許
権については一切提示したことはなかった(甲25,乙33。)
d1審原告は,1審被告に対し,同年10月5日付け書面(甲26)を
もって,①1審被告の有する特許権の内容は明らかになったものの,
未だに1審原告のどの製品が,どのようにして1審被告の有する特許
権を侵害しているかが明らかでないこと,②そのような状況下では,
日本向けの1審原告の製品の製造,販売を停止するように求める1審
被告の要求に応じられないこと,③特許権侵害の有無を明らかにする
,,ためには相当な時間が必要であること④特許権者である1審被告は
特許権を侵害するか否かを検討するのに通常必要となる情報を提供し
ていないこと,⑤1審被告の1審原告の顧客に対する行為は,不正競
争行為を構成する可能性がある旨を回答した。
e1審被告は,1審原告に対する情報提供を拒否したのは,1審原告
に1審被告とのライセンス契約を締結する意思がないことが判明した
ためである旨主張するが,1審原告のどの製品が1審被告のどの特許
権をどのように侵害しているかを明らかにするよう求めることは,特
許権侵害紛争の話し合いによる解決及びそれに引き続くライセンス交
渉上当然のことであり,前記1審原告・1審被告間の書簡のやり取り
から,1審原告に1審被告とのライセンス契約を締結する意思のない
ことや,交渉の長期化を目論む意図があったことを認定することは到
底できない(甲7,23∼26)。
(エ)本件仮処分申立ての経緯等
1審被告は,前記(ウ)の書簡のやり取りが途絶えてから3年以上経過
した後の平成16年12月1日に,1審原告に何ら事前の予告をするこ
となく,1審原告の顧客である西友を相手方として本件仮処分申立てを
行い,本件仮処分申立て後直ちに本件記者発表を実施した。
本件仮処分申立てによって,本件製品が本件特許権を侵害する旨1審
被告が主張している事実を知ったのは西友だけであるが,本件記者発表
によって,同事実は広く世間の知るところとなった。
なお,本件仮処分申立ては,その後,取り下げられた。
(オ)西友の業態,対応等
a西友は,小売業者であり,液晶テレビに関しては,専ら,完成品を
仕入れて一般消費者に販売することを行っていた。西友には,本件仮
処分事件のような特許侵害事件への対応能力はなく,本件仮処分申立
てを受けた後,直ちに本件製品を店頭から撤去し,販売を中止した。
西友は,現在に至るまで,本件製品の販売を再開していない。
bまた本件仮処分申立ての約半年前の平成16年6月シャープが台,,
湾東元電機製の液晶テレビを対象として仮処分の申立てを行ったが,イオ
ンは直ちに当該液晶テレビを店頭から撤去したこの事件はマスコミ,。,
によって大きく報道された。
c西友が小売り業者であること及びイオンの対応例からすると,1審被告
は西友が仮処分の申立てを受ければ必ず商品を店頭から撤去するで,,,
あろうことを予測した上で,本件仮処分申立てを行ったものと推認される
(甲27,28,乙2)。
(カ)他の仮処分申立て
1審被告は,本件仮処分申立て後においても,別の小売業者であるバ
イ・デザインを相手方として,本件特許権に基づき,1審原告モジュー
ルと実質的に同一構造の液晶パネルを搭載する液晶テレビの製造,販売
行為の差止めを求める仮処分の申立てを行った。
(キ)1審原告を相手方とする仮処分申立ての可能性
1審原告モジュールを製造,販売する1審原告の行為は,台湾におい
て完結しているため,1審被告は,1審原告に対し,日本国内において
直接権利行使をすることができず,本件特許権を行使するためには,本
件製品の輸入業者又は小売業者を相手方とすることが必要であった。
しかし,1審被告は,西友等の小売業者を相手方とする以外にも,本
件製品の製造元であるTATUNG社のグループ会社であり,本件製品
を輸入販売していた大同日本社を相手方とすることも可能であったし,
むしろ,同社を相手とした方が,究極的な紛争の解決に資するものとい
うことができる(乙3。)
(ク)本件記者発表
1審被告は本件仮処分申立て後本件仮処分申立てをしたとの事実や,,
本件仮処分事件における申立の内容及び主張の概要を説明することを目
的として,報道機関への発表を行った。本件記者発表等に基づいて,日
経BP社は,同月15日に原判決別紙記事目録1記載の記事を,同月1
6日に同記事目録2記載の記事を,それぞれインターネット上で不特定
又は多数の者に閲読可能な状態に置き,また,日経新聞社も,本件記者
発表及び他の取材結果に基づき,同月16日,同記事目録3記載の記事
をインターネット上で不特定の者に閲読可能な状態に置き,同記事目録
4記載の記事を掲載した全国紙を販売した(甲4,5,9,10)。
ウ検討
(ア)上記イに説示の各事実を総合すると,1審被告が本件仮処分申立て
前に,本件特許明細書の記載を検討すれば,実施可能要件違反の無効理
由が存在することを容易に知り得たものであり,また,通常必要とされ
る事実調査を行えば,本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在するこ
とも容易に知り得たものというべきである。
そして,①1審原告のどの製品が1審被告の有するどの特許権をどの
ように侵害しているか何ら指摘することなく,ライセンス契約を締結す
るよう求めていた1審被告の交渉の態度,②西友に対しては,事前に警
告等の措置を行った形跡はうかがわれないこと,③完成品を仕入れて一
般消費者に販売する業態を採用している量販店に対して,仮処分を申し
立てれば,量販店は,直ちに販売を中止するであろうことは十分に予測
できたこと,④仮処分の申立てをしたことを記者に公表すれば,マスコ
ミ等が事件報道することが予測できたこと等の諸事情を総合すれば,1
審被告がした本件仮処分申立ては,専ら自己の有する複数の特許権を背
景に1審原告に圧力をかけ,1審被告に有利な内容の包括的なライセン
ス契約を締結させるための手段として,行われたものと認められる。す
なわち,本件仮処分申立ては,特許権侵害に基づく権利行使という外形
を装っているものの,1審原告の取引先に対する信用を毀損し,契約締
結上優位に立つこと等を目的とした行為であり,著しく相当性を欠くも
のと認められる。
(イ)1審被告のした本件記者発表は,本件仮処分申立ての事実や本件仮
処分事件における自己の申立内容や事実的主張,法律的主張の内容を説
,。明したものであって虚偽の事実を公表したものということはできない
しかし,本件記者発表は,上記の本件仮処分申立てに続いて直ちに実施
されていることに照らすならば,新聞記者らに告知した事項を掲載した
記事が作成され,報道されることにより,本件製品の需要者を含む一般
の読者に,本件製品が本件特許権を侵害しているかのような印象を与え
る蓋然性が高く,そのような報道がされた場合,量販店であれば,販売
を中止せざるを得ない状況となる。そうすると,本件記者発表は,本件
製品が本件特許権を侵害しているかのような事実を広く世間に知らしめ
ることにより,1審原告に圧力をかけ,1審被告に有利な内容の包括的
なライセンス契約を締結させる手段として用いられたものということが
でき,正当な権利行使の一環としてされたものとは到底いえない本件仮
処分申立てと同様に,著しく相当性を欠くものと認められる。
(ウ)前記(ア)のとおり,1審被告が本件仮処分申立て前に,本件特許明
細書の記載を検討すれば,実施可能要件違反の無効理由が存在すること
を容易に知り得たものであり,また,無効理由の有無について通常必要
とされる事実調査を行えば,本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在
することも容易に知り得たものというべきである。
(エ)以上によれば,1審被告による本件仮処分申立て及びこれに引き続
く本件記者発表は,1審原告に対する不法行為を構成するというべきで
ある。
(2)不競法2条1項14号所定の不正競争行為該当性について
ア本件仮処分申立てについて
1審原告は,1審被告が,本件仮処分申立てにより,東京地方裁判所を
してその申立書を西友に送達させた行為が,1審原告の取引先である西友
に対し,本件製品が本件特許権を侵害するとの虚偽の事実を告知する行為
であると主張する。
しかし,本件全証拠によるも,本件仮処分事件に係る申立書が東京地方
裁判所により西友に送達されたとの事実は認められない。なお,乙2及び
弁論の全趣旨によれば,本件仮処分申立て後遅くとも平成16年12月1
7日までの間に,本件仮処分事件に係る申立書の内容を西友が知ったこと
が認められるものの,仮処分の申立てが権利者が義務者に対して権利を実
現するために設けられた仮の救済制度であって,かかる救済制度の利用及
びこれに当然随伴する行為を差し止めることは不競法の予定するところで
はない点に鑑みれば,特許権侵害等を理由とする差止の仮処分など仮の地
位を定める仮処分の申立てに伴って,申立書の内容を相手方に知らしめる
ことを,不競法2条1項14号所定の告知行為であるとすることはできな
い。
したがって,1審原告の主張は採用することができない。
イ本件記者発表について
1審原告は,本件仮処分申立ての事実を記者に公表したことが,本件製
品が本件特許権を侵害するとの虚偽の事実を告知・流布する行為であると
も主張する。
しかし前記(1)イ(イ)で認定したとおり1審被告は本件記者発表に,,,
より,本件仮処分申立ての事実や本件仮処分事件における自己の申立内容
や事実的主張,法律的主張の内容を説明したものであり,その公表自体に
ついて,虚偽の事実を告知・流布したものと評価することはできない(な
お,1審原告は,1審被告が,本件記者発表により,本件特許以外にも1
審被告保有の特許権を侵害しているとの虚偽の事実を告知・流布したこと
を主張するが,本件全証拠によるも,具体的にいかなる事実が告知・流布
されたというのか明らかでなく,採用の限りでない。。)
ウ差止請求の当否について
以上のとおり,本件仮処分申立て及び本件記者発表が,不競法2条1項
14号所定の不正競争行為に該当することを前提とする1審原告の主張は
採用できない。したがって,1審原告の不競法3条1項に基づく差止請求
は理由がない」。
(8)原判決36頁11行目ないし同頁12行目を次のとおり改める。
「よって,1審原告の損害賠償請求(ただし,附帯控訴に伴う請求拡張後
),,。」のものはその余の点について判断するまでもなくすべて理由がある
2結論
以上のとおりであって,1審原告の1審被告に対する本訴請求のうち,不法
行為に基づく損害賠償金1995万7600円及び遅延損害金の支払の請求
当審で拡張した部分を含むは理由があるが不正競争防止法3条1項に基(。),
づく請求は理由がない。よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀

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