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令和2年3月19日判決言渡
令和元年(行ケ)第10097号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年2月18日
判決
原告X
訴訟代理人弁理士原田英信
被告特許庁長官
指定代理人渡邊豊英
同高山芳之
同佐々木正章
同関口哲生
同豊田純一
主文
1特許庁が不服2017-16280号事件について令和元年6月4
日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文第1項と同旨
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
⑴原告は,平成26年7月1日にした特許出願(特願2014-13559
6号)の一部を分割して,平成29年3月13日,発明の名称を「簡易蝶ネ
クタイ又は簡易ネクタイ」とする発明について特許出願(特願2017-4
7926号。請求項の数4。以下「本願」といい,本願の願書に添付した明
細書を,図面を含めて「本願明細書」という。甲5)をした。
原告は,本願について,平成29年5月30日付けの拒絶理由通知(甲2
2)を受けたため,同年7月19日付けで,特許請求の範囲(請求項1)に
ついて補正(甲23)をしたが,同年8月16日付けで拒絶査定(甲14)
を受けた。
⑵原告は,平成29年11月2日,拒絶査定不服審判(不服2017-16
280号。甲13の2)を請求するとともに,同日付けで,特許請求の範囲
(請求項1)について補正(甲13の1。以下「平成29年11月補正」と
いう。)をした。
原告は,平成30年8月28日付けの拒絶理由通知(甲12)を受けたた
め,同年10月15日付けで,特許請求の範囲(請求項1)について手続補
正(甲8の1。以下「平成30年補正」という。)をした後,さらに,平成
31年2月27日付けの拒絶理由通知(甲7)を受けたため,同年4月2日
付けで,特許請求の範囲(請求項1)について補正(甲6の1。以下「本件
補正」という。)をした。
その後,特許庁は,令和元年6月4日,本件補正を却下した上で,「本件
審判の請求は,成り立たない」との審決(以下「本件審決」という。)をし,
その謄本は,同月14日,原告に送達された。
⑶原告は,令和元年7月9日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起し
た。
2特許請求の範囲の記載
⑴平成30年補正前
平成29年11月補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載
(平成30年補正前のもの)は,以下のとおりである(下線部は,平成29
年11月補正による補正箇所である。甲13の1)。
【請求項1】
結び目を有する子供用簡易蝶ネクタイであって前記結び目の裏側にはシャ
ツの第一ボタンがはまり込むボタン穴が,前記結び目とつながって,前記結
び目の表側に貫通しないように形成され,前記ボタン穴は全ての側縁が閉じ
た縦状の穴であり,前記結び目近辺にシワを有し,結び目とウイングの間に
空洞部分を有することを特徴とする子供用簡易蝶ネクタイ。
⑵本件補正前
平成30年補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載(本件
補正前のもの)は,以下のとおりである(以下「本件補正前発明」という。
下線部は,平成30年補正による補正箇所である。甲8の1)。
【請求項1】
結び目を有する子供用簡易蝶ネクタイであって前記結び目の裏側にはシャ
ツの第一ボタンがはまり込むボタン穴が形成された部材が,前記結び目とつ
ながって,前記結び目の表側に貫通しないように形成され,前記ボタン穴は
全ての側縁が閉じた縦状の穴であり,前記結び目近辺にシワを有し,前記結
び目の裏側のボタン穴が形成された部材とウイングとの間には横方向に空洞
部分を有することを特徴とする子供用簡易蝶ネクタイ。
⑶本件補正後
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(以
下「本件補正発明」という。下線部は,本件補正による補正箇所である。甲
6の1)。
【請求項1】
結び目を有する子供用簡易蝶ネクタイであって前記結び目の裏側にはシャ
ツの第一ボタンがはまり込むボタン穴が形成された部材が,前記結び目とつ
ながって,前記結び目の表側に貫通しないように形成され,前記ボタン穴は
全ての側縁が閉じた縦状の穴であり,前記結び目近辺にシワを有し,前記結
び目の裏側のボタン穴が形成された部材とウイングとの間には前記結び目を
介して横方向に空洞部分を有し,前記ボタン穴が形成された部材を持ち,閉
めてある状態の第一ボタンの上からはめ込むことで装着することを特徴とす
る子供用簡易蝶ネクタイ。
3本件審決の理由の要旨
⑴本件審決の理由の要旨は,別紙審決書(写し)のとおりである。
その要旨は,①本件補正発明は,本願の原出願前に頒布された刊行物であ
る甲1(実願平2-127641号(実開平4-81919号)のマイクロ
フィルム)に記載された発明及び甲2~4に記載された事項に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものであるから,本件補正は,特許法1
7条の2第6項において準用する同法126条7項の規定(独立特許要件)
に違反するものであり,同法159条1項で読み替えて準用する同法53条
1項の規定により却下されるべきである,②本件補正は,上記①のとおり却
下されたので,本願の請求項に係る発明は本件補正前発明であるところ,平
成30年補正は願書に最初に添付した特許請求の範囲,明細書又は図面(以
下「本願の当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたも
のでないから,同法17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず,本
願は拒絶されるべきである,③仮に,本願が同法17条の2第3項に規定す
る要件を満たすとしても,請求項1の記載をもとに,本願の当初明細書等に
記載された事項の範囲内で認定される本願発明(後記第3の3)は,甲1に
記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
って,同法29条2項の規定により特許を受けることができないから,本願
は拒絶されるべきである,というものである。
⑵本件審決が認定した甲1に記載された発明(以下「引用発明1」という。),
本件補正発明と引用発明1の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア引用発明1
結び目23を有する簡易蝶ネクタイであって
結び目23の裏側には簡易着用具1が形成され,
簡易着用具1は,基板部2と,ネクタイ取付部3と,突出片4,4とか
らなるものであり,
基板部2にはシャツの第1ボタン25が係合する下縁から凹状切欠いた
ボタン係合部19が形成され,
ネクタイ取付部3は小孔10,11aと11b,12aと12bを利用
して簡易蝶ネクタイ本体5に縫い付けられ,
着用状態で,基板部2とネクタイ取付部3は正面からは簡易蝶ネクタイ
本体5にかくれ,突出片4,4は襟の下になり見えないように形成され,
簡易蝶ネクタイ本体5は,両翼部22,22と結び目23とを有し,実
際に結んだもの,もしくは結んだように見えるものであり,
ネクタイ取付部3は,前面が凹状となるように折曲げてあり,
シャツの第1ボタンにボタン係合部19の切欠きを係合させることで着
用する
簡易蝶ネクタイ。
イ本件補正発明と引用発明1の一致点及び相違点
(一致点)
「結び目を有する簡易蝶ネクタイであって前記結び目の裏側にはシャツ
の第一ボタンがはまり込む切欠き状の部分が形成された部材が,前記結び
目とつながって,前記結び目の表側に貫通しないように形成され,前記結
び目近辺にシワを有し,前記結び目の裏側の切欠き状の部分が形成された
部材とウイングとの間には前記結び目を介して横方向に空洞部分を有し,
閉めてある状態の第一ボタンの上からはめ込むことで装着する簡易蝶ネク
タイ。」である点。
(相違点1)
簡易蝶ネクタイについて,本件補正発明は,子供用であるのに対し,引
用発明1は,そのように特定されない点。
(相違点2)
ボタンがはまり込む切欠き状の部分について,本件補正発明は,全ての
側縁が閉じた縦状の穴であるボタン穴であるのに対し,引用発明1は,下
縁から凹状切欠いたボタン係合部19である点。
(相違点3)
簡易蝶ネクタイの装着について,本件補正発明は,ボタン穴が形成され
た部材を持って装着するのに対し,引用発明1は,そのように特定されな
い点。
第3当事者の主張
1取消事由1(本件補正に係る独立特許要件の判断の誤り)について
⑴原告の主張
ア引用発明1の認定の誤り
本件審決における引用発明1の認定には,以下のとおり誤りがある。
(ア)「着用状態」への限定
本件審決は,引用発明1の簡易蝶ネクタイについて,「…着用状態で,
…突出片4,4は襟の下になり見えないように形成され」たものである
旨認定した。
しかしながら,本件補正発明の「ボタン穴が形成された部材が,…結
び目の表側に貫通しないように形成され」る点について,本願明細書を
参酌しても,これが「着用状態」に限定されるとする記載はなく,その
ように解することはできない。
したがって,正面から見た簡易蝶ネクタイの構成を,上記のように「着
用状態」に限定する認定は誤りであって,甲1の記載事項(4頁15行
~18行,8頁1行~3行,9頁3行~6行)によれば,簡易蝶ネクタ
イの突出片4,4については,「正面からみると,基板部2とネクタイ取
付部3は簡易蝶ネクタイ本体5にかくれているが,突出片4,4はかく
れてなく」と認定すべきである。
(イ)「着用する」方法
本件審決は,引用発明1について,「…シャツの第1ボタンにボタン係
合部19の切欠きを係合させることで着用する簡易蝶ネクタイ」である
旨認定した。
しかしながら,甲1の記載事項(5頁14行~6頁10行,10頁1
1行~14行)によれば,甲1に記載された簡易蝶ネクタイは,シャツ
の第1ボタンにボタン係合部19の切欠きを係合させるだけでは着用で
きず,その後更に,一対の突出片を襟下へ挿入させることで着用できる
ものであると理解される。
したがって,この点も引用発明1の構成として認定すべきである。
(ウ)「簡易着用具」の材質及び形状
本件審決は,引用発明1の「簡易着用具」の部材については,これを
認定しなかった。
しかしながら,本件補正発明は,子供用簡易蝶ネクタイであること及
びボタンをボタン穴にはめ込むことを発明特定事項とするものであるか
ら,引用発明の認定においても,これらの点に関連する要素がある場合
には,過不足のない限度で認定すべきである。
そうすると,甲1の簡易着用具1は,硬い部材であり子供に相応しく
ないこと,また,その一部であるボタン係合部19は,ボタンを係合す
る部材であって,ボタンをはめ込むことができない硬い部材であること
を考慮すると,簡易着用具1が「厚さ1mmのアクリル板で形成してあ
る」こと(6頁16行~17行)も,引用発明1の構成として認定すべ
きである。
(エ)甲1に記載された発明
前記(ア)ないし(ウ)によれば,甲1に記載された発明は,以下のとお
り認定するのが相当である(下線部は,本件審決の認定と異なる箇所で
ある。以下「引用発明1’」という。)。
「結び目23を有する簡易蝶ネクタイであって
結び目23の裏側には厚さ1mmのアクリル板の簡易着用具1が形成
され,
簡易着用具1は,基板部2と,ネクタイ取付部3と,突出片4,4と
からなるものであり,
基板部2にはシャツの第1ボタン25が係合する下縁から凹状切欠い
たボタン係合部19が形成され,
ネクタイ取付部3は小孔10,11aと11b,12aと12bを利
用して簡易蝶ネクタイ本体5に縫い付けられ,
正面からみると基板部2とネクタイ取付部3は簡易蝶ネクタイ本体5
にかくれているが,突出片4,4はかくれてなく,
簡易蝶ネクタイ本体5は,両翼部22,22と結び目23とを有し,
実際に結んだもの,もしくは結んだように見えるものであり,
ネクタイ取付部3は,前面が凹状となるように折曲げてあり,
シャツの第1ボタンにボタン係合部19の切欠きを係合させた後,一
対の突出片を襟下へ挿入させることで着用する
簡易蝶ネクタイ。」
イ本件補正発明と引用発明1の一致点及び相違点の認定の誤り
(ア)本件補正発明の「ボタン穴」の意義
本件審決は,本件補正発明の「ボタン穴」とは,子供用簡易蝶ネクタ
イに形成されたものであって,衣類の上前にあけたものではないから,
一般的な意味のボタン穴(「ボタンを通すために,衣類の上前にあけ,糸
でかがったり布で縁取ったりした孔。ボタンホール。」(広辞苑第6版))
と解することはできないとして,本件補正発明が「シャツの第一ボタン
がはまり込む」という構成を備えることを踏まえて,「ボタンがはまり込
む穴」を意味すると解釈した。
その上で,本件審決は,引用発明1の「下縁から凹状切欠いたボタン
係合部19」と本件補正発明の「ボタン穴」とは,ボタンがはまり込む
「切欠き状の部分」である点で共通し,また,引用発明1の「シャツの
第1ボタン25が係合する」ことは,本件補正発明の「シャツの第一ボ
タンがはまり込む」ことに相当する旨判断した。
しかしながら,子供用簡易蝶ネクタイに形成された「ボタン穴」は,
衣類(シャツ)のボタンを通すために,その装着状態においては,衣類
の上前にあけられたものといえるので,上記の一般的な意味に解するこ
とができる。また,仮に,本件補正発明の「ボタン穴」が,衣類の上前
にあけたものではないとしても,「ボタン穴」は,一般的に,「ボタンに
よって対象部材を留め合わせられる,糸でかがったり布で縁取ったりし
た穴」を意味するものであって,衣類の上前にあけていないものを排除
していないから(甲15(精選版日本国語大辞典第3巻),甲16(W
IKIPEDIA)),やはり上記のとおり解すべきである。
そして,かかる解釈によれば,対象部材をボタンに係合するだけのも
のである引用発明1の「ボタン係合部19」は,本件補正発明の「ボタ
ン穴」とは異なるものであるから,本件審決が,「第一ボタンの上からは
め込むことで装着する簡易蝶ネクタイ」を両者の一致点と認定したこと
は,誤りである。
(イ)引用発明1における「空洞部分」の有無
甲1の記載事項(7頁12行~20行,8頁4行~9行,第3図及び
第5図(別紙2を参照))によれば,ネクタイ取付部3の凹状の前面は,
小孔10,11aと11b,12aと12bをそれぞれ利用して,簡易
蝶ネクタイ本体5と縫い付けてあり,第5図(b)で示されるように,
ネクタイ取付部3の凹状の前面は結び目23に接する態様となっている
から,ネクタイ取付部3の凹状の前面と結び目23との間は空洞部分と
はなっていない。
そうすると,甲1には,本件補正発明の「ボタン穴が形成された部材
とウイングとの間には前記結び目を介して横方向に空洞部分を有」する
構成は記載されていないといえる。
したがって,本件審決が認定した一致点のうち,「前記結び目の裏側の
切欠き状の部分が形成された部材とウイングとの間には前記結び目を介
して横方向に空洞部分を有し,」の部分は,相違点として認定すべきであ
る。
(ウ)引用発明1’と本件補正発明とを対比する必要性
前記アのとおり,本件審決における引用発明1の認定には誤りがあり,
甲1に記載された発明は,引用発明1’と認定するのが相当である。
したがって,本件補正発明との対比は,引用発明1’との間で行うべ
きである。
(エ)本件補正発明と引用発明1’の一致点及び相違点
前記(ア)ないし(ウ)によれば,本件補正発明と引用発明1’との一致
点及び相違点は,以下のとおり認定するのが相当であり,これと異なる
本件審決の認定には誤りがある(なお,後記相違点2’は,本件審決が
認定した相違点2(前記第2の3⑵イ)と同じである。)。
(一致点)
「結び目を有する簡易蝶ネクタイであって前記結び目の裏側にはシャ
ツの第一ボタンがはまり込む切欠き状の部分が形成された部材が,前記
結び目とつながって,前記結び目近辺にシワを有する簡易蝶ネクタイ。」
である点。
(相違点1’)
本件補正発明は,ボタン穴が形成された部材を有した子供用簡易蝶ネ
クタイであるのに対し,引用発明1’は,結び目の裏側に厚さ1mmの
アクリル板等からなる切欠き状の部分が形成された部材を有した子供用
の特定のない簡易蝶ネクタイである点。
(相違点2’)
ボタンがはまり込む切欠き状の部分について,本件補正発明は,全て
の側縁が閉じた縦状の穴であるボタン穴であるのに対し,引用発明1’
は,下縁から凹状切欠いたボタン係合部19である点。
(相違点3’)
簡易蝶ネクタイの装着について,本件補正発明は,ボタン穴が形成さ
れた部材を持ち,閉めてある状態の第一ボタンの上からはめ込むことで
装着するのに対し,引用発明1’は,予め両襟を立てておいてから,基
板部を上から下へ差し込むようにしてボタン係合部を第1ボタンと係合
させ,突出片を襟の下へ挿入した後,両襟を元に戻すことで着用状態と
なる点。
(相違点4’)
本件補正発明の「部材」が,「結び目の表側に貫通しない」のに対し,
引用発明1’の「簡易着用具1」を構成する突出片4,4は,正面から
みると簡易蝶ネクタイにかくれてない,すなわち「結び目の表側に貫通
している」点。
(相違点5’)
本件補正発明は,ボタン穴が形成された部材とウイングとの間には前
記結び目を介して横方向に空洞部分を有しているのに対し,引用発明1’
は,切欠き状の部分が形成された部材とウイングとの間には空洞部分を
有していない点。
ウ相違点の容易想到性の判断の誤り
(ア)相違点1について
本件審決は,蝶ネクタイを含むネクタイを子供が利用することは,本
願の原出願前に公知であって(甲3),また,子供が蝶ネクタイを利用す
る際にも,簡単に着用できることが望ましいのは自明であるから,引用
発明1の簡易蝶ネクタイについて,甲3に記載された事項に基づき,寸
法や形状等を適宜調整して子供用とし,相違点1に係る本件補正発明の
構成とすることは,当業者であれば容易になし得たことである旨判断し
た。
しかしながら,前記ア(ウ)のとおり,引用発明1の簡易蝶ネクタイは,
厚さ1mmのアクリル板等の硬い部材を必須の構成とするものであると
ころ,子供にとって硬い部材が適さないことは,技術常識である(甲1
7~19)。
したがって,引用発明1を子供用とすることは,当業者が容易になし
得たものではない。
(イ)相違点2について
本件審決は,本願の原出願前に頒布された刊行物である甲4(実願昭
59-173953号(実開昭61-88518号)のマイクロフィル
ム)には,「ワイシャツの第一釦(c)を細幅の係止導孔(3)を有する
円形の釦挿通孔(2)に挿通し,係止導孔(3)と係合して止着する装
身具。」が記載されており(以下「甲4発明」という。),この「細幅の係
止導孔(3)を有する円形の釦挿通孔(2)」は,本件補正発明の「ボタ
ン穴」に相当する旨認定した。
その上で,本件審決は,引用発明1及び甲4発明の装身具は,いずれ
も,装身具を簡単にシャツの第一ボタンに装着できるようにするという
共通の課題を有し,これを着用するに当たり,切欠き状の部分にボタン
がはまり込むことで装着するという共通の機能を有するから,引用発明
1のボタン係合部19における切欠き状の部分の具体的な形状として,
甲4発明の係止導孔を有する円形の釦挿通孔の態様を採用し,相違点2
に係る本件補正発明の構成とすることは,当業者であれば容易になし得
たことであり,また,その際に,簡易着用具1が簡易蝶ネクタイ5本体
の下からはみ出て見えないようにするため,簡易蝶ネクタイ本体5と簡
易着用具1との間で,寸法や形状,位置関係を調整する程度のことは,
当業者が適宜なし得た設計事項に過ぎない旨判断した。
しかしながら,本件審決における,甲4に記載された事項の認定及び
これを前提とする相違点2の容易想到性の判断には,以下のとおり誤り
がある。
a甲4に記載された事項
(a)甲4に記載された装身具は,ワイシャツの第一釦(c)を,細幅
の係止導孔(3)を有する円形の釦挿通孔(2)に挿通し,係止導
孔(3)と係合させるだけでは,これを止着することができず,さ
らに,縦襟部(d)にピンを刺通し,該縦襟部(d)裏面から突出
したピン(4)の刺端(5)にピン挿入キャップ(6)を冠着する
ことによって,これを止着するものである。
したがって,甲4に記載された事項は,以下のとおり認定するの
が相当である(下線部は,本件審決の認定と異なる箇所である。以
下「甲4発明’」という。)。
「ワイシャツの第一釦(c)を細幅の係止導孔(3)を有する円
形の釦挿通孔(2)に挿通し,係止導孔(3)と係合した状態で縦
襟部(d)にピンを刺通し,該縦襟部(d)裏面から突出したピン
(4)の刺端(5)にピン挿入キャップ(6)を冠着して止着する
合成樹脂又は金属からなる装身具。」
⒝また,本件補正発明の「ボタン穴」は,「ボタンによって対象部材
を留め合わせられる,糸でかがったり布で縁取ったりした穴」と解
されるところ(前記イ(ア)),甲4発明’の「細幅の係止導孔(3)
を有する円形の釦挿通孔(2)」は,合成樹脂又は金属板等の,あま
り変形しない材質からなる取付台主板に設けられるものであって,
上記のとおり,ボタンをはめ込むだけでは対象部材を留め合わせる
ことができないものであるから,本件補正発明の「ボタン穴」に相
当するものではない。
b甲4に記載された事項と引用発明1’の組合せ
(a)甲4発明’の装身具は,ブローチ,襟飾り,生花等,上下の長さ
の長いものをシャツの襟前に止着するものであるから(1頁14行
~16行,第4図(別紙3を参照)),蝶ネクタイのように上下の長
さが短いものの取付けには不適切なものである。
すなわち,甲4発明’では,釦挿通孔の大きさをボタン1つ分以
上の大きさとしないと,釦挿通孔にボタンを通すことができないた
め,釦挿通孔を有する部材の領域は,上下方向にシャツのボタン1
つ分以上の長さに加えて,更に係止導孔の長さが必要である。他方,
蝶ネクタイ結び目の上下方向の長さは,ボタンの上下方向の長さの
2倍程に過ぎない(第1図)。
そうすると,仮に,引用発明1に甲4発明’の「係止導孔(3)
を有する釦挿通孔(2)」を適用すると,釦挿通孔を有する部材の領
域が蝶ネクタイの結び目の上下何れかの側にはみ出して不格好と
なる蓋然性が高い。
⒝本件補正発明の「ボタン穴が形成された部材とウイングの間には
…横方向に空洞部分を有し,前記ボタン穴が形成された部材を持ち,
閉めてある状態の第一ボタンの上からはめ込むことで装着する」と
の記載,及び本件補正発明の「ボタン穴」は,「ボタンによって対象
部材を留め合わせられる,糸でかがったり布で縁取ったりした穴」,
であること,すなわち,ボタン穴が形成された部材は布等の柔らか
い部材であることを総合的に考慮すると,本件補正発明は,ボタン
穴が形成された布等の柔らかい部材を持つことによって,部材が指
に合わせて伸縮するので指に馴染むだけでなく,空洞部分があるた
めにボタン穴が形成された部材の奥まで指を挿入することができ,
ボタンをはめ込む際の手作業がし易くなるものであることを理解で
きる。
一方,引用発明1のネクタイ取付部の凹状部分は,本件補正発明
の「ボタン穴」と異なり,厚さ1mmのアクリル板等の硬い部材か
ら構成されており,また,甲4発明の釦挿通孔も,合成樹脂又は金
属等の硬い部材から構成されているため,引用発明1及び甲4発明
のいずれの部材も,指に馴染まず,空洞部分に指を入れたとしても
作業し易くなる訳ではない。
⒞以上によれば,引用発明1のボタン係合部19における切欠き状
の部分の具体的な形状として,甲4発明の係止導孔を有する円形の
釦挿通孔の態様を採用し,相違点2に係る本件補正発明の構成とす
ることは,当業者が容易になし得たものであるとはいえない。
エ小括
以上のとおり,本件審決における引用発明1の認定,本件補正発明と引
用発明1の一致点及び相違点の認定,相違点の容易想到性の判断には誤り
があり,本件補正発明は,甲1に記載された発明及び甲2~4に記載され
た事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
⑵被告の主張
ア引用発明1の認定について
(ア)「着用状態」への限定
甲1には,着用状態で,基板部2とネクタイ取付部3が正面からは簡
易蝶ネクタイ本体5に隠れていること,及び突出片4,4が襟の下にな
り見えないことが記載されている(8頁17行~9頁2行)。
したがって,本件審決が,引用発明1について,「着用状態で,基板部
2とネクタイ取付部3は正面からは簡易蝶ネクタイ本体5にかくれ,突
出片4,4は襟の下になり見えないように形成され」と認定したことに
誤りはない。
また,甲1には,原告が主張するような,「正面からみると,…簡易蝶
ネクタイ本体5に…,突出片4,4はかくれてなく」という記載はない
から,原告の主張(前記⑴ア(ア))は失当である。
(イ)「着用する」方法
甲1の記載(5頁14行~6頁6行)によれば,①第1ボタンと第1
ボタン係合部とが係合することで,簡易蝶ネクタイの全体が第1ボタン
の部分で支持された状態となること,②両突出片は,簡易蝶ネクタイが
回動しないよう,かつ,前に傾斜しないように拘束するものであること
を理解することができ,上記①及び②の作用効果は異なるものである。
そうすると,本件審決が,本件補正発明の「前記ボタン穴が形成され
た部材を持ち,閉めてある状態の第一ボタンの上からはめ込むことで装
着する」という事項に対応する引用発明1の事項として,「シャツの第1
ボタンにボタン係合部19の切欠きを係合させることで着用する」態様
を認定したことに,誤りはない。
また,本件審決は,引用発明1について,「着用状態で,…,突出片4,
4は襟の下になり見えないように形成され」と認定したのであるから,
実質的に,一対の突出片を襟下へ挿入させる態様を含むものといえる。
(ウ)「簡易着用具」の材質及び形状
本件補正発明は,「部材」の材質や形状について,何ら特定するもので
はない。
したがって,本件審決が,引用発明1について,「簡易着用具1」が「厚
さ1mmのアクリル板」であることを認定しなかった点に誤りはない。
(エ)甲1に記載された発明
以上のとおり,本件審決は,引用発明1について,本件補正発明の発
明特定事項に相当する事項ないし本件補正発明との対比に必要な技術的
事項を,過不足のない限度で認定している。
したがって,本件審決における引用発明1の認定に誤りはない。
イ本件補正発明と引用発明1の一致点及び相違点の認定について
(ア)本件補正発明の「ボタン穴」の意義
本件補正発明の「ボタン穴」について,本願明細書を参酌するも,そ
の定義等はされていない。
そこで,辞書等の説明内容を参照すると,「ボタン穴」は,「ボタン孔」
(甲15),「ボタンホール」(乙1(服飾辞典),乙2(大辞泉第2版),
乙3(大辞林第3版))と同義であり,「ボタンをはめる穴(ボタンが
はまり込む穴)」と理解される。
また,本願明細書を参酌すると,段落【0007】,【0011】及び
【0014】の記載から,「ボタン穴」は「ボタンがはまり込む穴」と解
されるところ,これは,「ボタンをはめる穴」と実質的に同じ意味である。
一方,本願明細書の図8及び9(別紙1を参照)からは,ボタンがは
まり込むであろう穴が看取できるとしても,糸でかがったり布で縁取っ
たりしていることまでは看取できない。また,乙4ないし7(いずれも
特許又は実用新案に係る公報)に示されるような,「糸でかがったり布で
縁取ったりした穴」ではない,ボタンがはまり込む穴も,「ボタン孔」,
「ボタン穴」,「釦孔」と呼んでいる。
(イ)引用発明1における「空洞部分」の有無
引用発明1の結び目23は,ネクタイ取付部3の両翼部22,22の
中間部に沿って設けられるものであり,簡易蝶ネクタイを側面から見た
とき,両翼部の厚みと結び目の厚みとは同程度と理解される。
したがって,甲1の第3図において,ネクタイ取付部3と簡易蝶ネク
タイとの間に形成された何もない空間のように表現された部分を,空洞
部分と理解することに何ら不合理な点はなく,ネクタイ取付部3と結び
目との間に空洞部分を設けたものが同図に開示されていることは,明ら
かである。
また,甲1の第5図は,第3図とは異なる他の実施例を示したもので
ある。そのため,仮に,第5図に開示されたものが,ネクタイ取付部3
の凹状の前面が結び目23に接しているものであるとしても,当該部分
について,第3図に開示されたものが,第5図に開示されたものと同じ
構造であるとはいえない。
ウ相違点の容易想到性の判断について
本件審決における相違点1及び2の容易想到性の判断に誤りはない。そ
の理由は,以下のとおりである。
(ア)相違点1について
蝶ネクタイを子供に利用することは公知であり,子供用として簡易に
着用できることが望ましいのは自明であるから,引用発明1の簡易蝶ネ
クタイを子供用とすることは,動機付けがあり,その際に,子供用に合
わせた寸法や形状とする程度のことは,当業者であれば容易になし得た
ことである。
(イ)相違点2について
a甲4に記載された事項
(a)甲4の記載によれば,第一釦の挿通するのは釦挿通孔(2)であ
って,釦挿通孔(2)が装身具を衣服に止着し,ピン(4)とピン
挿入キャップ(6)が釦挿通孔の移動を阻止していることは明らか
である。
そうすると,ピン(4)とピン挿入キャップ(6)は,本件補正
発明の「ボタン穴は,全ての側縁が閉じた縦状の穴であるボタン穴
である」事項に対応する事項とはいえないから,本件審決における
甲4に記載された事項の認定に当たり,ピン(4)及びピン挿入キ
ャップ(6)を含めなかったことに誤りはない。
⒝前記イ(ア)のとおり,本件補正発明の「ボタン穴」は,「ボタンを
はめる穴」を意味するものであって,ボタンを係合させるだけで対
象部材を留め合わせるものに限定されるわけではない。
そうすると,甲4発明の「上方に延びる細幅の係止導孔(3)を
有する円形の釦挿通孔(2)」は,「ボタンがはまり込む穴」である
から,本件補正発明の「ボタン穴」に相当する。
b甲4に記載された事項と引用発明1’の組合せ
(a)甲1には,「着用状態において,第2図にみられる突出片4,4
は襟の下になるから見えないで簡易蝶ネクタイ本体5のみが見える。
なお,予め基板部2とネクタイ取付部3の大きさは,着用状態で正
面からは簡易蝶ネクタイ本体5にかくれて見えない大きさとするの
がよい。」(8頁17行~9頁2行),「大量に生産する場合は型成形
するのがよく,その場合にはネクタイ取付部はネクタイを取付け易
く着用時外観に殆ど表われないものであれば如何なる形状であって
もよい。」(9頁15行~18行)といった記載がある。
一方,甲4には,蝶ネクタイが不適切であるとの記載も示唆もな
く,また,甲4の図面から釦挿通孔の具体的な寸法を看取すること
もできないから,釦挿通孔が形成された部材の領域が,蝶ネクタイ
の結び目の上下の何れかの側にはみ出す蓋然性が高いとはいえない。
したがって,引用発明1に甲4に記載の事項を適用した際にも,
上記の記載に基づき,簡易着用具1が簡易蝶ネクタイ本体5の下か
らはみ出て見えないように構成する動機付けがあったといえる。
そして,そのように構成することは,簡易蝶ネクタイ本体5と簡
易着用具1との間で,寸法,形状,位置関係を調整する程度のこと
であるから,当業者が適宜なし得た設計事項であるに過ぎない。
⒝原告は,本件補正発明の「ボタン穴」は,ボタン穴が形成された
部材が布等の柔らかい部材であるものと解される旨主張する。
しかしながら,上記主張は,本件補正発明の「ボタン穴」が,「ボ
タンによって対象部材を留め合わせられる,糸でかがったり布で縁
取ったりした穴」であるとの解釈を前提とするものであるところ,
前記イ(ア)のとおり,かかる解釈は誤りである。
エ小括
以上のとおり,本件審決における引用発明1の認定,本件補正発明と引
用発明1の一致点及び相違点の認定,相違点の容易想到性の判断に誤りは
ないから,原告主張の取消事由1は理由がない。
2取消事由2(平成30年補正に係る補正要件の判断の誤り)について
⑴原告の主張
本件審決は,本願の当初明細書等において,ボタン穴が形成された部材と
ウイングとの間に空洞部分を有することは記載ないし示唆されていない旨判
断した。
しかしながら,本願の当初明細書等の記載(【0016】,図10及び11
(別紙1を参照))によれば,①図10は,上から順に,(i)ボタン穴が形成
された部材,(ii)結び目2,(iii)空洞部分7,(iv)ウイングの順番で,
蝶ネクタイが構成されることを示し,②図11は,上から順に,(i)ボタン
穴が形成された部材,(ii)空洞部分8,(iii)結び目2,(iv)空洞部分7,
(v)ウイングの順番で,蝶ネクタイが構成されることを示すものであるから,
図10及び図11はいずれも,ボタン穴が形成された部材とウイングとの間
に空洞部分7が形成されるものであることを理解できる。
したがって,図10及び図11には,ボタン穴が形成された部材とウイン
グとの間に空洞部分を有する構成が記載ないし示唆されているといえ,これ
に反する本件審決の判断には誤りがある。
⑵被告の主張
本願の当初明細書等には,図10及び図11に,空洞部分7,8を有する
ものが記載されている。ここで,段落【0016】(【符号の説明】)に,「7
結び目2とウイング1の間にできる空洞部分」と記載されているように,
空洞部分7は,ウイングと結び目2との間に形成されたものである。また,
同段落に,「8結び目2とボタン穴6の間にできる空洞部分」と記載されて
いるように,空洞部分8は,ボタン穴と結び目2との間に形成されたもので
ある。
そうすると,図10及び図11には,ボタン穴が形成された部材とウイン
グとの間に空洞部分を設けたものは記載されていないといえるから,平成3
0年補正は,新たな技術的事項を導入するものであると認められる。
したがって,本件審決の特許法17条の2第3項に係る判断に誤りはなく,
原告主張の取消事由2は理由がない。
3取消事由3(本件補正前の本願発明の進歩性の判断の誤り)について
⑴原告の主張
本件審決は,仮に,本件補正前発明の「空洞部分」が,「ボタン穴が形成さ
れた部材と結び目との間」の空洞部分と,「ウイングと結び目との間」の空洞
部分のいずれかを意味すると解釈されるのであれば,本件補正前発明は,以
下のとおりとなる旨認定した(以下「本願発明」という。下線部は,本件補
正前発明と異なる箇所である。)
「結び目を有する子供用簡易蝶ネクタイであって前記結び目の裏側にはシ
ャツの第一ボタンがはまり込むボタン穴が形成された部材が,前記結び目と
つながって,前記結び目の表側に貫通しないように形成され,前記ボタン穴
は全ての側縁が閉じた縦状の穴であり,前記結び目近辺にシワを有し,前記
結び目の裏側のボタン穴が形成された部材とウイングとの間には,ボタン穴
が形成された部材と結び目との間又はウイングと結び目との間のいずれかに
横方向に空洞部分を有することを特徴とする子供用簡易蝶ネクタイ。」
そして,本件審決は,本願発明は,本件補正発明から,原告の主張する相
違点3’に当たる「前記ボタン穴が形成された部材を持ち,閉めてある状態
の第一ボタンの上からはめ込むことで装着する」との限定事項を削除したも
のに実質的に等しいから,本件補正発明と同様の理由により,甲1に記載さ
れた発明及び甲2~4に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明を
することができたものである旨判断した。
しかしながら,本件補正発明について,甲1に記載された発明及び甲2~
4に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたも
のであるといえないことは,前記1⑴のとおりであるから,これと同様に,
本願発明も,甲1に記載された発明及び甲2~4に記載された事項に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって,これに反する本件審決の判断は誤りである。
⑵被告の主張
前記1⑵のとおり,本件補正発明は,甲1に記載された発明及び甲2~4
に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもの
であって,本願発明も,同様の理由により,甲1に記載された発明及び甲2
~4に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた
ものである。
したがって,本願発明の進歩性に係る本件審決の判断に誤りはなく,原告
主張の取消事由3は理由がない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(本件補正に係る独立特許要件の判断の誤り)について
⑴本願明細書の記載事項等について
ア本件補正発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2⑶
のとおりである。
本願明細書(甲5)の発明の詳細な説明には,次のような記載がある(下
記記載中に引用する「図3ないし5及び8ないし11」については別紙1
を参照)。
(ア)【技術分野】
【0001】
本発明は,シャツの第一ボタンに直接装着することで簡単に取り付け,
取り外しができるネクタイと蝶ネクタイなので,使用頻度を増やすこと
ができる。
【背景技術】
【0002】
現在使用されているネクタイ,蝶ネクタイは,首のまわりを一周し装
着するしかなかった。簡単に脱着できず大人でも時間と手間がかかるの
で子供に装着させるのはもっと極めて困難であった。
【0003】
一方,取り付ける方法を工夫したものとして,特開2012−2512
85号に開示された発明がある。
(イ)【発明が解決しようとする課題】
【0006】
(1)従来方式は首回りを一周する紐でぶら下げて前で金具を止めてい
た。そのため前で付けるのが面倒で,また紐でぶら下げるので全体が下
向きになりがちでだらしなく感じさせる事が多かった。
(2)子供は首回りをしめつけられる感覚に違和感を感じ,長時間の装
着が困難であった。
又,ネクタイ同様冠婚葬祭,フォーマルが必要な時,制服,おしゃれと
して装着したい場合など,装着を断念することが多かった。
(3)首回りを一周させているので,何かの拍子に首が絞めつけられる
可能性があった。
(ウ)【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するための第一の発明は,結び目を有する簡易蝶ネ
クタイ又は簡易ネクタイであって前記結び目の裏側にはシャツの第一ボ
タンがはまり込むボタン穴が,前記結び目の表側に貫通しないように形
成され,前記ボタン穴は全ての側縁が閉じた縦状の穴である,ことを特
徴とする簡易蝶ネクタイ又は簡易ネクタイである。
(エ)【発明の効果】
【0011】
蝶ネクタイの場合
(1)従来の取り付け方式が首を一周してぶら下げる為,つけるとき襟
全体を上向きに巻き上げ金具を襟元でひっかけるのに数分かかった。又
商品の取り付けが緩いので下向きになりがちでだらしなく感じさせたが
今回はボタン穴を直接第一ボタンに通しているので,上向きに品良くつ
いている。又,表側に貫通しないように形成されているため見た目も従
来と変わらないように見える。
(2)子供に関してもネクタイ同様首の回りを一周させずに装着できる
為しめつけられる感覚もなく長時間の取り付けが可能になった。
(オ)【図面の簡単な説明】
【0012】
【図3】従来市販の蝶ネクタイのカットする所を示した図
【図4】蝶ネクタイを図1の第一ボタンに装着した出来上がり図。結び
目の表側に第一ボタンは貫通しない
【図5】蝶ネクタイのウイングと結び目部分を正面から示した図
【図8】図5の裏側を示した図。結び目とつながってボタン穴がついて
いるもの
【図9】図5の裏側を示した図。結び目の上にボタン穴がついているも

【図10】図8を横から示した図
【図11】図9を横から示した図
(カ)【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0013】
以下添付図面に従って一実例を説明する。…
【0014】
蝶ネクタイの場合
(図3)従来市販蝶ネクタイの,首に回すループ部分の紐10をカット
する。
(図8,図9)装着側の結び目2にボタン穴6をつける。
…装着したいシャツの第一ボタンまで閉める。
蝶ネクタイ結び目裏側につけたボタン穴6を持ち,閉めてある状態の第
一ボタンの上からはめ込む。
(図4)が出来上がり図です。結び目の表側に第一ボタンは貫通しない。
なお,本発明は,上記の実施例に限定されるものではなく,従来より流
通しているすべての形状の蝶ネクタイに適用可能である。
イ前記アの記載事項によれば,本願明細書の発明の詳細な説明には,本件
補正発明に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア)従来の蝶ネクタイは,首回りを一周する紐でぶら下げ,前で金具を
止める方式であるため,①前で付けるのが面倒であり,全体が下向きに
なりがちでだらしなく感じさせることが多い,②子供は,首回りを締め
つけられる感覚に違和感を抱くため,長時間の装着は困難であって,冠
婚葬祭時などに装着を断念することが多い,③何かの拍子に首が絞めつ
けられる可能性があることなどの問題があった(【0002】,【00
06】)。
「本発明」は,上記課題を解決するため,結び目を有する簡易蝶ネク
タイであって,前記結び目の裏側にはシャツの第一ボタンがはまり込む
ボタン穴が,前記結び目の表側に貫通しないように形成され,前記ボタ
ン穴は全ての側縁が閉じた縦状の穴であるという構成を採用した(【0
007】)。
上記構成を採用したことにより,「本発明」は,蝶ネクタイが上向き
に品良く付いており,見た目も従来の蝶ネクタイと変わらず,子供に関
しても,首を絞めつけられる感覚がなく長時間の取り付けが可能である
という効果を奏する(【0011】)。
(イ)「本発明」の一実例は,蝶ネクタイの装着側の結び目2の上に,ボ
タン穴6を付けたものである(【0012】,【0014】,図9,1
1)。
⑵甲1の記載事項について
ア甲1の考案の詳細な説明には,次のような記載がある(下記記載中に引
用する「第1図ないし第5図」については別紙2を参照)。
(ア)「〔産業上の利用分野〕
この考案は,例えば蝶ネクタイを結んだ翼部と結び目とからなる首を
周回する部分のない形に形成した簡易ネクタイ本体に簡易着用具を設け
た簡易着用具付きネクタイに関する。
〔従来の技術〕
従来の蝶ネクタイの結ぶもの,つまり本来の蝶ネクタイは,バイアス
カットした裏生地を用い,首を周回する部分が必要であるから全長も長
く,高価であり,また美しく整った形に結ぶことが比較的困難であり時
間を要する。このようなことから,予め結ばれた形の翼部と結び目とか
らなる首を周回する部分のない簡易型の蝶ネクタイ本体を,長さ調節部
と着脱のための継ぎ手とを有するバンド又はテープあるいはこれらの伸
縮性を有するもので形成された着用具に取付けたものが市販されるよう
になった。
この着用具付き蝶ネクタイの本体は予め整った美しい形に形成された
ものであるから,着用具のバンド等をシャツの襟の下側に通して継ぎ手
を継ぐだけで,蝶ネクタイを美しく,簡単に着用できる。…
また別に簡易型の蝶ネクタイ本体を,両端がシャツの襟の下側にボタ
ン等で止められるバンド等からなる着用具に取付けたものもある。」(1
頁18行~3頁3行)
(イ)「〔考案が解決しようとする課題〕
従来の前述したような簡易型のネクタイは,着用具が首を周回する構
成のものでは長さ調節部や継ぎ手を必要とするから,コスト高となる問
題を免れ得ない。…
また,着用具が両端をシャツの襟下にボタン等で止めつけるものの場
合は,コスト低減効果はあるが,その使用面で着用のためのボタン止め
が必ずしも容易でない問題がある。
そして,従来の簡易型のネクタイはいずれも着用状態において位置ず
れを生じ易く,前に傾き易いという問題がある。この原因は簡易型ネク
タイ本体を両端に張ったバンド等に取付けてあるためであり,張り具合
が少し緩るむと傾いたり,横移動したりするのである。
以上のようなことから,この考案は簡易型のネクタイ本体を取付ける
着用具を改良することによって,着用状態における位置ずれや傾きを生
じ難く,低コストで生産でき,そして着用操作も容易である簡易着用具
付きネクタイを提供することを課題とする。
〔課題を解決するための手段〕
この考案は,シャツの第1ボタンに係合するように下縁を凹状に切欠
いたボタン係合部を有する基板部と,その基板部の上部に続いて前側へ
屈曲した屈曲部を介して下方へ伸延し前記ボタン係合部の前側に位置し
前側にネクタイを取付けられるネクタイ取付部と,上記屈曲部と基板部
との一方又は双方からそれぞれ両外側上方の後方へ斜めに又は両外側上
方へ斜めに伸延し上記シャツの襟の折返し部分の内側に挿入される一対
の突出片と,予め結び目を有する形に形成されて上記ネクタイ取付部に
取付けられた簡易ネクタイ本体とからなることを特徴とする。
上記ネクタイ取付部は特に形状が限定されるようなものではなく,そ
れは簡易ネクタイ本体の結び目の裏側付近の適所が固定されるものであ
ればよいからであり,その取付けは縫着,接着剤による接着等がよく,
場合によっては着脱構造を採用してもよい。」(3頁4行~5頁7行)
(ウ)「〔作用〕
この簡易着用具付きネクタイは,シャツの前を閉じるボタンの一番上
のボタン,すなわち第1ボタンに対して基板部のボタン係合部を係合さ
せ,突出片のおのおのを対応する側の襟の下へ挿入した状態に位置させ
ることによって着用状態となる。係合部が第1ボタンに係合した状態は,
第1ボタンの取付糸の部分が凹状切欠き内の奥部に位置し,第1ボタン
の背面に基板部の凹状切欠き奥部周辺の前面が当接し,第1ボタンを通
されているシャツのボタン穴の周辺部前面に基板部の背面が当接してい
る。これによって簡易着用具付きネクタイの全体は第1ボタンの部分で
支持された状態となるが,これだけでは第1ボタンを中心に回動可能な
状態である。両突出片が襟の下へ挿入されると,突出片の先端が略襟の
折返し位置に達するから,前記回動可能な状態から回動しないようにか
つ前へ傾斜しないように拘束された状態となる。…」(5頁8行~6頁
6行)
(エ)a「〔実施例〕
1実施例を第1図乃至第4図によって説明する。図において,1は
簡易着用具で,基板部2,ネクタイ取付部3,突出片4,4からなり,
5は簡易蝶ネクタイ本体である。
簡易着用具1は,この実施例では無色透明な厚さ1mmのアクリル板
で形成してある。その製造においては,第4図に示すような型どりを
して切断し,そして小孔10,11a,11b,12a,12bを穿設し,点線
で示す折曲げ線13~18に沿って加熱して折曲げて簡易着用具1とす
る。
基板部2は,下縁から凹状切欠いたボタン係合部19を設けてある。
ボタン係合部19の奥部は小円弧状をなしボタン取付け糸の部分を丁
度跨ぐことができてボタンとの係合状態において横方向には殆ど移動
しない程度の幅約5mmである。ボタン係合部19の下方はラッパ状に
下方へ拡大して基板部2の下縁に達しており,この曲縁は着用時にボ
タンとの係合を容易にするためと,着用時に基板部2の片側がボタン
穴に入り込むようなことをなくすためとである。
ネクタイ取付部3は,屈曲部20を介して基板部2の上部に連続して
おり,大略下方へ伸延している。屈曲部20は前方上方へ向い斜面部21
を形成しそれから下方へ向うようになっている。第1図に示す寸法e
は約10mmである。下方へ向う部分であるネクタイ取付部3は前面が凹
状となるように第4図に示した折曲げ線13,14に沿って折曲げてあ
り,基板部2の前面との間にボタンの厚さ約1mmの間隔を隔てており,
この前面に簡易蝶ネクタイ本体5が取付けられる。
突出片4,4は,この実施例では幅約6mm,長さ約20mmでそれぞれ
両外側上方の後方へ斜めに伸延して先端部に丸味を形成されている。
簡易蝶ネクタイ本体5は,両翼部22,22と結び目23とを有するも
のであるが,実際に結んだものでも,外観だけが結んだように見える
ものでもよい。この本体5を前記小孔10,11aと11b,12aと12bを
それぞれ利用して,ネクタイ取付部3の前面に縫い付けてある。
この簡易着用具付き蝶ネクタイを着用したときのシャツの襟24と
第1ボタン25との位置関係は,第1図と第3図に仮想線で示すように
なる。すなわち,基板部2のボタン係合部19がボタン25と係合して
おり,各突出片4,4が襟24の下(内側)にあって襟24の折返し部
24aに略沿うように位置し,先端が折返し部24aの内側に当接してい
る。
着用状態において,第2図に見られる突出片4,4は襟の下になる
から見えないで簡易蝶ネクタイ本体5のみが見える。なお,予め基板
部2とネクタイ取付部3の大きさは,着用状態で正面からは簡易蝶ネ
クタイ本体5にかくれて見えない大きさとするのがよい。」(6頁1
1行~9頁2行)
b「女性用のシャツ(ブラウス)では,襟ぐりが大きくなっていて第
1ボタンが胸の位置にあるものもあり,その場合には,突出片4,4
に相当するものは殆ど外側上方へ斜めに突出するように,例えば第5
図(a),(b)に示すようにすればよく,要は襟の折返し部の内側に沿
うようにすればよい。」(9頁6行~12行)
c「上記実施例において,簡易着用具をアクリル板で形成したが,大
量に生産する場合は型成形するのがよく,その場合にはネクタイ取付
部はネクタイを取付け易く着用時外観に殆ど表れないものであれば如
何なる形状であってもよい。なお,無色透明に近い材料で形成した場
合は,着用時少し見える場合でも目立たないので支障はない。」(9
頁14行~20行)
(オ)「〔考案の効果〕
この考案によれば,着用状態において簡易着用具がシャツの第1ボタ
ンと襟の折返し部とによって確実に位置決めされて保持され,左右,上
下,前後のいずれの方向にも殆ど移動しない。従って,簡易着用具に取
付けられている簡易ネクタイ部分も同様に移動しないから,常に良好な
着用状態となる簡易着用具付きネクタイが得られる。
そして,その着用操作は,シャツの第1ボタンに切欠きを係合させる
ことと一対の突片を襟下へ挿入することで終了するからきわめて簡単で
ある。
また,この簡易着用具はプラスチックの成形品とすることが可能であ
る上に,バンドや継ぎ手等を必要としないから非常に安価に提供できる。」
(10頁3行~17行)
イ前記アの記載事項によれば,甲1には,以下のような開示があると認め
られる。
(ア)本来の蝶ネクタイは,バイアスカットした裏生地を用い,首を周回
する部分が必要であるため,全長が長く高価であり,また,美しく整っ
た形に結ぶことが比較的困難で時間を要する。
そのため,あらかじめ結ばれた形の翼部と結び目とからなる,首を周
回する部分のない簡易型の蝶ネクタイ本体を,着用具に取付けたものが
市販されるようになった。かかる簡易型の蝶ネクタイには,蝶ネクタイ
本体を,長さ調節部と着脱のための継ぎ手とを有するバンド等から形成
された,首を周回する着用具に取り付ける構成のもの(以下「周回タイ
プ」という。)のほか,蝶ネクタイ本体を,両端がシャツの襟の下側に
ボタン等で止められるバンド等からなる着用具に取り付ける構成のもの
(以下「ボタンタイプ」という。)がある。
(以上につき,前記ア(ア))。
(イ)しかしながら,従来の簡易型のネクタイは,いずれのタイプも,ネ
クタイ本体を両端に張ったバンド等に取り付けてあるため,張り具合が
少し緩むと位置ずれを生じ易く,前に傾き易いという問題があった。加
えて,周回タイプには,長さ調節部や継ぎ手を必要とするためにコスト
高となる問題があり,ボタンタイプには,着用のためのボタン止めが容
易でないという問題があった。そのため,「本考案」は,簡易型のネク
タイ本体を取付ける着用具を改良することによって,着用状態における
位置ずれや傾きを生じ難く,低コストで生産でき,そして着用操作も容
易である簡易着用具付きネクタイを提供することを課題とするものであ
る。
「本考案」は,上記課題を解決するため,シャツの第1ボタンに係合
するように下縁を凹状に切欠いたボタン係合部を有する基板部と,その
基板部の上部に続いて前側へ屈曲した屈曲部を介して下方へ伸延し前記
ボタン係合部の前側に位置し前側にネクタイを取付けられるネクタイ取
付部と,上記屈曲部と基板部との一方又は双方からそれぞれ両外側上方
の後方へ斜めに又は両外側上方へ斜めに伸延し上記シャツの襟の折返し
部分の内側に挿入される一対の突出片とからなる簡易着用具と,あらか
じめ結び目を有する形に形成されて上記ネクタイ取付部に取付けられた
簡易ネクタイ本体とからなる構成を採用した。
(以上につき,前記ア(イ))。
(ウ)「本考案」は,上記構成を採用することにより,①着用状態におい
て,簡易着用具がシャツの第1ボタンと襟の折返し部とによって確実に
位置決めされて保持され,左右,上下,前後のいずれの方向にもほとん
ど移動せず,簡易着用具に取り付けられた簡易ネクタイ本体も同様に移
動しないため,常に良好な着用状態となる,②着用操作は,シャツの第
1ボタンに切欠きを係合させることと一対の突片を襟下へ挿入すること
で終了するから極めて簡単である,③簡易着用具を非常に安価に提供で
きるという効果を奏する(前記ア(ウ),(オ))。
⑶引用発明1の認定について
ア前記⑵ア(エ)aの記載によれば,甲1には,本件審決が認定したとおり
の引用発明1が開示されていることが認められる。
イこれに対し原告は,本件審決における引用発明1の認定は,①正面から
見た簡易蝶ネクタイの構成を,「着用状態」に限定して認定した点,②シャ
ツの第1ボタンにボタン係合部19の切欠きを係合させるだけでは着用で
きず,その後更に,一対の突出片を襟下へ挿入させることで着用できるも
のであることを認定しなかった点,③簡易着用具1が厚さ1mmのアクリ
ル板で形成されていることを認定しなかった点に誤りがある旨主張する。
そこで検討するに,発明の進歩性の判断に際し,特許出願に係る発明な
いし特許を受けている発明(以下「本願発明等」と総称する。)と対比すべ
き特許法29条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」という。)の認定
は,これを本願発明等と対比させて,本願発明等と主引用発明との相違点
に係る技術的構成を確定することを目的としてされるものであるから,本
願発明等との対比に必要な技術的事項について過不足なく行うことが必要
である。
これを本件についてみると,上記①の点について,本件補正発明は,発
明特定事項として,子供用簡易蝶ネクタイを正面から見た構成を含むもの
ではないから,本件補正発明と対比するに当たって,甲1の簡易蝶ネクタ
イを正面から見た構成を認定する必要はない。したがって,原告の主張は
その前提を欠く。
次に,上記②の点について,本件審決は,引用発明1の構成として,「着
用状態で,…突出片4,4は襟の下になり見えないように形成され」と認
定するところ,かかる構成は,実質的に,一対の突出片を襟下へ挿入させ
る態様を含むものである。
さらに,上記③の点について,本件補正発明の特許請求の範囲(請求項
1)には,「ボタン穴が形成された部材」の材質及び厚みについて規定した
記載はなく,本願明細書の発明の詳細な説明にも,「ボタン穴が形成された
部材」の材質及び厚みについて規定した記載はない。そして,前記⑴イの
とおり,本件補正発明の技術的意義は,簡易蝶ネクタイの結び目の裏側に,
シャツの第一ボタンがはまりこむボタン穴を,結び目の表側に貫通しない
ように形成することによって,蝶ネクタイが上向きに品良く付き,従来の
蝶ネクタイと見た目が変わらず,子供にも長時間の取付けが可能となるよ
うにしたことであるところ,かかる技術的意義に照らしても,「ボタン穴が
形成された部材」を特定の材質及び厚みに限定しなければならない理由は
見いだし難い。したがって,本件補正発明と対比するに当たって,甲1の
簡易着用具1の材質及び厚みを認定する必要はない。
以上によれば,原告の上記主張は,いずれも採用することができない。
⑷本件補正発明と引用発明1との対比について
ア本件補正発明の「ボタン穴」の意義
この点に関し原告は,本件補正発明の「ボタン穴」とは,「ボタンによっ
て対象部材を留め合わせられる,糸でかがったり布で縁取ったりした穴」
を意味する旨主張し,被告は,「ボタンをはめる穴」を意味するに過ぎない
旨主張する。そこで,これらの主張の当否について,検討する。
(ア)本件補正発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,「ボタ
ン穴」とは,「結び目を有する子供用簡易蝶ネクタイ」の「前記結び目の
裏側に」,「前記結び目とつながっ」た「部材」に,前記結び目の表側に
貫通しないように形成され」たものであり,「全ての側縁が閉じた縦状の
穴であり,」「シャツの第一ボタンがはまり込む」ものであることを理解
できる。
一方,上記特許請求の範囲には,「ボタン穴」の側縁を閉じるための具
体的構成を特定する記載はない。
(イ)次に,本願明細書の発明の詳細な説明には,実施例として,結び目
とつながってボタン穴がついているもの(図8,10),結び目の上にボ
タン穴がついているもの(図9,11)が示されているが,本件補正発
明の「ボタン穴」の側縁を閉じるための構成を特定のものに限定する記
載はない。また,本件補正発明の技術的意義(前記⑶イ)に照らすと,
「ボタン穴」の側縁を閉じるための具体的構成を原告主張のように限定
しなくとも,被告主張のように「シャツの第一ボタンがはまり込む穴」
とすることによって,蝶ネクタイが上向きに品良く付き,従来の蝶ネク
タイと見た目が変わらず,子供にも長時間の取付けが可能となるという
効果を奏することができるといえる。
(ウ)前記(ア)及び(イ)の事情を総合すると,本件補正発明の「ボタン穴」
とは,「シャツの第一ボタンがはまり込む穴」という程度の意味であって,
「糸でかがったり布で縁取ったりしたもの」に限定されるものではない
と解するのが相当である。
イ引用発明1における「空洞部分」の有無
引用発明1において,簡易着用具1は,基板部2,ネクタイ取付部3及
び突出片4,4から成るものであり,ネクタイ取付部3は,前面が凹状と
なるように折曲げてあり,小孔10,11aと11b,12aと12bを
利用して簡易蝶ネクタイ本体5に縫い付けられるものである。
そして,引用発明1の簡易着用具付き蝶ネクタイを着用したときのシャ
ツの襟と第1ボタンとの位置関係等を表す第3図は,ネクタイ取付部3の,
前面が凹状となった部分と結び目23との間に,空洞部分があることを示
すものであると理解することができる。
以上によれば,引用発明1は,結び目の裏側の切欠き状の部分が形成さ
れた部材(簡易着用具1)とウイング(両翼部22)との間には,結び目
23を介して横方向に空洞部分を有しているものといえるから,これに反
する原告の主張(前記第3の1⑵イ(イ))は採用することができない。
なお,甲1の第5図(b)には,ネクタイ取付部3の凹状の前面が結び
目23に接していることが示されていると理解することも可能である。し
かしながら,引用発明1が,第1図ないし第4図によって説明される実施
例に基づいて認定されたものであることについては,前記⑶アのとおりで
あって,第5図は,この実施例と異なる実施例に関するものであり,引用
発明1を説明するものではないから,第5図(b)に示される内容をもっ
て,上記認定が左右されるものではない。
ウ本件補正発明と引用発明1の一致点及び相違点
前記⑶のとおり,本件審決における引用発明1の認定に誤りはない。
そして,本件補正発明と引用発明1とを対比すると,本件審決が認定し
たとおりの一致点及び相違点(前記第2の3⑵イ)が存在することが認め
られる。
これに対し原告は,本件補正発明と引用発明1’とを対比すると,両者
の間に相違点1’ないし相違点5’が存在する旨主張する。
しかしながら,本件審決における引用発明1の認定に誤りがないことは,
前記⑶のとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであ
って,採用することはできない。
⑸相違点の容易想到性の判断について
事案に鑑み,相違点2の容易想到性から判断する。
ア甲4について
(ア)甲4(実願昭59-173953号(実開昭61-88518号)
のマイクロフィルム)の考案の詳細な説明には,次のような記載がある
(下記記載中に引用する「第1図ないし第4図」については別紙3を参
照)。
a「本考案はブローチ,襟飾り,生花等,種々装飾小物を取り付けて
衣服に止着するようになる装身具取付台に関する。
従来ブローチ等各種衣服に付着する多数の装飾用小物が使用されて
いるが,これ等のものはそれぞれピン,安全ピン,クリップ,ネジ止
及び結び紐等の止着手段を有するものであり,例えば生花等の胸飾り
を構成する場合結束部にピンを取り付ける等の方法を採つており,着
脱が面倒であつた。更に多数のブローチ等を組み合わせて使用する場
合,それぞれの装飾用小物の配置を考えてその都度着脱しなければな
らないばかりではなく,多数の刺穴の為衣服等が損傷する問題も有し
ていた。」(1頁14行~2頁6行)
b「本考案は上記問題に鑑み,殊に襟前に止着する装身具について,
着脱が簡単であり且つ衣服の損傷が殆んど無い装身具取付台を提供す
ることを目的とするものである。
即ち,本考案の装身具取付台は略逆三角形に成る合成樹脂又は金属
板等の取付台主板に対して上方に係止導孔を連続形成した釦挿通孔を
穿設すると共に,他の一部に背面方向に突出する衣服を刺通する適宜
長さのピンを突設し,該ピン先端にピン挟持機構を有するピン挿入キ
ャップを着脱自在に外挿冠着して成るもので,取付台主板の適宜箇所
に複数の取付孔を穿設するか又は格子状に列設して成る。該装身具取
付台は上記取付孔を利用して各種装身用小物を取り付け,又該取付台
主板に捲回止着した適宜布材に装身用小物のピン等を刺通して取り付
けるものであり,該装身具取付台は例えばワイシャツの第一釦を釦挿
通孔に貫挿し係止導孔に移動した状態でピンをワイシャツに刺通し,
その先端にピン挿入キャップを嵌着して使用するものである。従つて
ピンを刺着した後,釦に対して釦挿通孔の移動を阻止し,確実に止着
せしめられる。」(2頁7行~3頁8行)
c「以下,本考案装身具取付台の実施例を図面に従つて説明するに,
第1図乃至第3図は本考案の一実施例を示すものである。
符号⑴は略逆三角形状の取付台主板であり,合成樹脂又は金属板等
から成る中央上側部には上方に延びる細幅の係止導孔⑶を有する円形
の釦挿通孔⑵を穿設すると共に,該釦挿通孔⑵の下部背面には取付台
主板⑴と直交する尖端状のピン⑷を突設し,また該ピン⑷の刺端⑸に
はピン挿入キャップ⑹を冠着して成る。該ピン挿入キャップ⑹は…ピ
ン挟持機構を構成する。また上記取付台主板⑴には適宜大きさの多数
の取付孔⒁⒁…を穿設配置するものである。
上記構成の装身具取付台は第4図に示す如く,バッジやブローチ等
の装身用小物(a)をネジ等を取付孔⒁を利用して取り付けた後,例えば
ワイシャツ⒝の第一釦⒞を釦挿通孔⑵に挿通し,係止導孔⑶と係合し
た状態で縦襟部⒟にピン⑷を刺通し,該縦襟部⒟裏面から突出したピ
ン⑷の刺端⑸にピン挿入キャップ⑹を冠着して止着するものである。」
(3頁9行~4頁16行)
d「以上述べた如く本考案の装身具取付台は各種装身用小物を単品又
は複数個使用するに際し,予め取付台主板に取り付けたものを衣服に
対して簡単に着脱できるもので襟元の趣向を様々に変容することがで
きる等の特徴を有し,本考案実施後の実用的効果は極めて大きい。」(5
頁12行~17行)
(イ)前記(ア)の記載事項によれば,甲4には,以下のような開示がある
と認められる。
a従来,各種衣服に付着する装飾用小物として,ブローチ等多数のも
のが使用されているが,これらはピン等の止着手段を有するものであ
って,着脱が面倒であった。さらに,多数のブローチ等を組み合わせ
て使用する場合には,それぞれの配置を考えてその都度着脱しなけれ
ばならない上,多数の刺穴のため衣服等が損傷するという問題もあっ
た(前記(ア)a)。
b「本考案」は,着脱が簡単で,衣服の損傷がほとんどない装身具取
付台の提供を目的とするものであって,かかる課題を解決するために,
「略逆三角形に成る合成樹脂又は金属板等の取付台主板に対して上方
に係止導孔を連続形成した釦挿通孔を穿設すると共に,他の一部に背
面方向に突出する衣服を刺通する適宜長さのピンを突設し,該ピン先
端にピン挟持機構を有するピン挿入キャップを着脱自在に外挿冠着し,
取付台主板の適宜箇所に複数の取付孔を穿設するか又は格子状に列設
して成る」という構成を採用した。
「本考案」は,上記構成を採用したことにより,ピンを刺着した後,
釦に対して釦挿通孔の移動を阻止し,確実に止着することができ,ま
た,各種装身用小物を使用するに際し,あらかじめ取付台主板に取り
付けたものを衣服に簡単に着脱できるという効果を奏する。
(以上につき,前記(ア)b,d)
c「本考案」の一実施例(第1図~第4図)は,略逆三角形状の取付
台主板⑴の中央上側部に,上方に延びる細幅の係止導孔⑶を有する円
形の釦挿通孔⑵が穿設され,ワイシャツの第一釦⒞を釦挿通孔⑵に挿
通し,係止導孔⑶と係合した状態で止着する装身具である(前記(ア)
c)。
イ相違点2の容易想到性について
(ア)本件審決は,引用発明1及び甲4発明の装身具は,いずれも,装身
具を簡単にシャツの第一ボタンに装着できるようにするという共通の課
題を有し,また,これを着用するに当たり,切欠き状の部分にボタンが
はまり込むことで装着するという共通の機能を有するから,引用発明1
のボタン係合部19における切欠き状の部分の具体的な形状として,甲
4発明の係止導孔を有する円形の釦挿通孔の態様を採用し,相違点2に
係る本件補正発明の構成とすることは,当業者であれば容易になし得た
ことである旨判断した。
しかしながら,前記⑵イのとおり,引用発明1は,簡易型のネクタイ
本体を取付ける着用具を改良することによって,着用状態における位置
ずれや傾きを生じ難く,低コストで生産でき,そして着用操作も容易で
ある簡易着用具付きネクタイを提供することを課題とするものである。
一方,前記ア(イ)のとおり,甲4に記載された考案は,襟飾り,生花
等の種々の装飾小物,殊に襟前に止着する装身具について,着脱が簡単
であり,かつ,衣服の損傷がほとんどない装身具取付台を提供すること
を課題とするものであるが,かかる装身具として,蝶ネクタイやネクタ
イを例示するものではなく,蝶ネクタイやネクタイを着用する際に固有
の問題があることを指摘するものでもない。
したがって,引用発明1と甲4発明は,その具体的な課題において,
大きく異なるものといえる。
また,発明の作用・機能をみても,引用発明1は,基板部,ネクタイ
取付部及び一対の突出片から成る簡易着用具を備え,ネクタイ取付部の
裏側に位置する基板部に,その下縁を凹状に切り欠いたボタン係合部を
設け,その切欠きにシャツの第一ボタンを係合させるとともに,一対の
突片を襟下へ挿入することで,簡易蝶ネクタイの良好な着用状態及び簡
単な着用操作を実現するものである(前記⑵ア(オ))。
そして,甲1には,引用発明1に関し,①「ボタン係合部19」の奥
部は,ボタン取付け糸の部分を丁度跨ぐことができる程度の小円弧状を
なすものとし,その幅は,ボタンとの係合状態において横方向にほとん
ど移動しない程度のものとすること,②着用時にボタンとの係合を容易
にするとともに,着用時に基板部2の片側がボタン穴に入り込むことを
防ぐために,「ボタン係合部19」の下方を,ラッパ状に下方へ拡大し
て基板部2の下縁に達するものとすることの記載(前記⑵ア(エ)a)が
ある。これは,結び目の陰に隠れて見えない状態のボタン係合部を,上
方から探りながらも容易に装着できるようにするための工夫といえるか
ら,簡易着用具1の基板部2における,ボタン係合部19の配置位置及
びその形状を引用発明1の構成とすることは,引用発明1の課題を解決
するために,重要な技術的意義を有するものであることを理解できる。
他方,甲4発明は,取付台主板に対して上方に係止導孔を連続形成し
た釦挿通孔を穿設すると共に,他の一部に背面方向に突出するピンを突
設し,ピン先端にピン挟持機構を有するピン挿入キャップを冠着するこ
とで,釦の確実な止着と,各種装身用小物の衣類への簡単な着脱を実現
するものであって(前記ア(イ)b),第1ボタンへの係合方法,衣類への
確実な止着及び簡単な着脱の実現手段において,引用発明1と大きく異
なるものであるから,発明の具体的な作用・機能も,引用発明1とは大
きく異なるものといえる。
加えて,甲4の記載事項(前記ア(ア)c)によれば,甲4発明の装身
具取付台は,衣類に装着する際に,第1ボタンの前部からアプローチし
て,釦挿通孔(2)に挿入した後,装身具取付台を鉛直方向の下部に移
動させ,係止導孔(3)を第1ボタンの取付糸に係合するものであるか
ら,当業者であれば,第1ボタンを釦挿通孔(2)に挿入する際に,こ
れらを視認できる状態でないと,ボタンの着脱動作が困難となることを
理解できる。
そうすると,仮に,引用発明1のボタン係合部19における切欠き状
の部分の具体的な形状として,甲4発明の「細幅の係止導孔⑶を有する
円形の釦挿通孔⑵」の態様を採用した場合には,ボタン係合部19の前
側に位置し,その前側にネクタイが取り付けられるネクタイ取付部3が
存在するため,簡易蝶ネクタイを着用する際に,簡易蝶ネクタイ及びネ
クタイ取付部に隠されて,第1ボタン及びボタン穴を視認することがで
きないことになる。そのため,ボタン係合部を切欠き状にする場合より
も,着用具へのボタンの係合が困難となることは明らかであるといえる。
(イ)以上によれば,引用発明1と甲4発明とは,発明の課題や作用・機
能が大きく異なるものであるから,甲1に接した当業者が,甲4の存在
を認識していたとしても,甲4に記載された装身具取付台の構成から,
「細幅の係止導孔⑶を有する円形の釦挿通孔⑵」の形状のみを取り出し,
これを引用発明1のボタン係合部19における切欠き状の部分の具体的
な形状として採用することは,当業者が容易に想到できたものであると
は認め難く,むしろ阻害要因があるといえる。
したがって,本件補正発明は,引用発明1に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであるとはいえないから,これに反する本
件審決の判断には誤りがあり,同判断を前提とする本件審決の補正却下
の決定にも誤りがある。
よって,原告主張の取消事由1は理由がある。
2結論
以上によれば,原告主張の取消事由1は理由があるから,取消事由2及び3
について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきである。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
上田卓哉
裁判官
山門優
(別紙1)
【図3】【図4】【図5】
【図8】【図9】
【図10】【図11】
(別紙2)
(別紙3)

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