弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
1 第1事件被告(第2事件被告)は,第1事件原告らに対し,それぞれ金15万
円及びこれに対する平成10年8月4日から支払済みに至るまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
2 第1事件原告らのその余の請求及び第2事件原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1事件原告らに生じた費用に第1事件被告(第2事件被告)に
生じた費用の7分の6を加えたもののうち5分の3を第1事件被告(第2事件被
告)の負担とし,5分の2を第1事件原告の負担とし,第2事件原告に生じた費用
と第1事件被告(第2事件被告)に生じた費用の7分の1を第2事件原告の負担と
する。
       事実及び理由
第1 請求
1 第1事件被告(第2事件被告,以下「被告」という。)は,第1事件原告らに
対し,それぞれ金25万円及びこれに対する平成10年2月28日から支払済みに
至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,第2事件原告(以下「原告A3」という。)に対し,金50万円及び
これに対する平成10年2月28日から支払済みに至るまで年5分の割合による金
員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,東大阪市に在住する「保育に欠ける児童」であった原告A3,B3及び
C3(以下「本件各児童ら」という。)の保護者である第1事件原告ら及び原告A
3(以下「第1事件原告ら及び原告A3を併せて「原告ら」ともいう。)が,本件
各児童らにつき被告の公務員である東大阪市中福祉事務所長(以下「中福祉事務所
長」という。)及び東大阪市東福祉事務所長(以下「東福祉事務所長」という。)
に対して保育所入所措置申請を行い,入所保留処分を受けたことに関し,①被告自
身の不法行為責任,②中福祉事務所長及び東福祉事務所長並びに東大阪市長の違法
行為に関する国家賠償法1条1項の責任に基づき,被告に対し,原告らが被った損
害の賠償を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1)当事者等
 第1事件原告A1及び第1事件原告A2(以下「原告Aら」ともいう。)は,夫
婦であって,その子である原告A3(平成7年9月28日生まれ)を養育するもの
であり,第1事件原告B1及び第1事件原告B2(以下「原告Bら」ともいう。)
は,夫婦であって,その子であるB3(平成8年11月15日生まれ)を養育する
ものであり,第1事件原告C1及び第1事件原告C2(以下「原告Cら」ともい
う。)は,夫婦であって,その子であるC3(平成8年6月22日生まれ)を養育
するものである。
 被告は,児童福祉法(平成9年法律第74号による改正前のもの。以下同じ。以
下,単に法という。)32条2項に基づき,児童らを保育所に入所させて保育する
措置を採る権限を各福祉事務所長に委任していた。
(2)本件保育所入所措置申請及び本件各保留処分
ア 原告Aらについて
 原告Aらは,中福祉事務所長に対し,平成8年8月14日,原告A3につき保育
所入所措置申請を行ったが,中福祉事務所長は,平成9年4月までに,保育所入所
措置を保留する旨の処分(保留処分)を行った。
 原告Aらは,平成9年に入ってから,中福祉事務所長に対し,原告A3につき鴻
池保育所を第1希望として保育所入所措置申請を行ったが,中福祉事務所長は,平
成10年2月27日,保育所の収容能力の関係上入所の見込みがつきがたいとの理
由で,保育所入所措置を保留する旨の処分(以下「本件保留処分1」という。)を
行なった。
 原告Aらは,平成10年4月24日,東大阪市長に対し,本件保留処分1につき
行政不服審査法に基づき審査請求を行ったが,同市長は,平成10年8月4日,同
審査請求を棄却する旨の裁決を行った(甲6の1ないし3)。
イ 原告Bらについて
 原告Bらは,中福祉事務所長に対し,平成9年1月10日,B3につき岩田保育
所を第1希望として保育所入所措置申請を行ったが,中福祉事務所長は,平成10
年2月27日,保育所の収容能力の関係上入所の見込みがつきがたいとの理由で,
保育所入所措置を保留する旨の処分(以下「本件保留処分2」という。)を行っ
た。
 原告Bらは,平成10年4月24日,東大阪市長に対し,本件保留処分2につき
行政不服審査法に基づき審査請求を行ったが,同市長は,平成10年8月4日,同
審査請求を棄却する旨の裁決を行った(甲11の1ないし3)。
ウ 原告Cらについて
 原告Cらは,東福祉事務所長に対し,平成9年5月8日,C3につき,鳥居保育
所を第1希望,石切保育所を第2希望として保育所入所措置申請を行ったが,東福
祉事務所長は,平成10年2月27日,保育所入所措置を保留する旨の処分(以下
「本件保留処分3」という。)を行った。
 原告Cらは,平成10年4月24日,東大阪市長に対し,本件保留処分3につき
行政不服審査法に基づき審査請求を行ったが,同市長は,平成10年8月4日,同
審査請求を棄却する旨の裁決を行った(甲12の2及び3)。
エ 以下,上記各保育所入所措置申請を併せて「本件各入所措置申請」といい,上
記各保留処分を併せて「本件各保留処分」といい,上記各審査請求を併せて「本件
各審査請求」といい,上記各裁決を併せて「本件各裁決」という。
(3)本件各児童らは,本件各保留処分時に法24条本文の「保育に欠ける」児童
であった。
(4)被告における保育所の状況
ア 被告は,人口52万人の都市であり,公立保育所は16か所あり,その定員は
1845名であった。同市内に35か所ある私立保育所と合わせると,平成10年
4月1日現在における東大阪市内の保育所の定員は5295名であった。
イ 平成10年3月1日時点で保育所入所を保留することになった児童は756
名,保育所の施設定員に幼稚園の在園総児童数を加えた人数は,就学前児童数の4
3.5パーセントである。
ウ 被告は,昭和52年以降,公立保育所の建設を行っていない。また,被告は,
平成5年ころから公立保育所の運営の民間委託方針を打ち出し,平成6年度から春
宮保育所の運営を民間委託し,平成10年度には高井田保育所の運営を民間委託し
た。
エ 東大阪市内の簡易保育施設の定員は149名であり,被告は,簡易保育施設に
対して補助金を交付している。
2 争点
(1)被告及び被告の公務員の違法行為
ア 実体的違法
(ア)法24条本文違反(被告の違法行為による損害賠償請求(民法709条),
中福祉事務所長及び東福祉事務所長の違法行為による国家賠償請求(国家賠償法1
条1項))
(イ)法24条ただし書違反(被告の違法行為による損害賠償請求(民法709
条))
イ 手続的違法
(ア)行政手続法5条違反(中福祉事務所長及び東福祉事務所長の違法行為による
国家賠償請求(国家賠償法1条1項))
(イ)行政手続法8条違反(同上)
(ウ)保留通知が来なかったことの違法(東福祉事務所長の違法行為による国家賠
償請求(国家賠償法1条1項))
(エ)行政不服審査法25条違反(東大阪市長の違法行為による国家賠償請求(国
家賠償法1条1項))
(オ)東大阪市事務専決規程3条違反(同上)
(カ)行政不服審査法41条1項違反(同上)
ウ その他
間違った事実に基づいて裁決がなされた違法
(2)損害
3 争点に対する当事者の主張
(原告の主張)
(1)被告及び被告の公務員の違法行為
ア 実体的違法
(ア)法24条本文違反(被告の違法行為による損害賠償請求(民法709条),
中福祉事務所長及び東福祉事務所長の違法行為による国家賠償請求(国家賠償法1
条1項))
a 法24条本文は,市町村が保育に欠ける児童を「保育所に入所させて保育する
措置を採らなければならない」と規定して,市町村に対し,保育に欠ける児童を保
育所に入所させて保育する措置を採る義務を一義的に課しており,「保育に欠け
る」児童及びその保護者は,保育所に入所し又は入所させる権利を有する。
 しかるところ,本件各児童らは,本件各保留処分時において法24条本文にいう
ところの「保育に欠ける」児童であったのであり,被告は,本件各児童らを保育所
に入所させて保育する措置を採る義務を負っていたにもかかわらず,かかる措置を
とらないで本件各児童らに対し本件各保留処分を行った。
 したがって,中福祉事務所長及び東福祉事務所長が行った本件各保留処分は,法
24条本文に反する違法な処分である。
b 法24条は保育所において保育を受ける権利を具体的に保障しているところ,
この権利は,保育所が設置され,その定員が確保されていることを前提として成立
する権利であるから,市町村は,保育所の整備を行って定員を確保する義務を負っ
ている。そして,保育所が不足しているとの理由で安易に保育所への入所が拒絶さ
れれば,法24条が保育所において保育することを原則とし,「その他適切な保
護」を例外的な措置として位置づけていることが無意味となるし,もともと,同条
ただし書は,保育所整備が困難であった時期に設けられた過渡的な規定であるか
ら,保育所が不足している場合であっても,直ちに同条ただし書にいう「やむ得な
い事由」があると解すべきではなく,市町村が保育所の整備を怠っていないにもか
かわらず保育所が不足し
ている場合に限定すべきである。
 しかるところ,被告においては,統計が残っている昭和54年以降から現在まで
多数の待機児童が存在していたにもかかわらず,被告が保育所を新設したのは昭和
59年が最後であり,その後一切保育所を新設せず,平成4年には私立保育園が1
か所閉園したため,保育所の定員は減少している。このような事態に対し,東大阪
市保育所審議会は,被告に対し,昭和62年に,あらゆる方法をもって待機児童の
解消を図るべきであると答申したが,被告は,保育所の新設を一切計画せず,方針
の見直し及び検討すら行っていなかったのである。
 要するに,被告は,本件各保留処分を行うまでに,保育所整備のために十分な時
間的余裕を有していたものであるところ,数十年に渡って多数の待機児童が存在
し,そのことを被告も十分に認識しながら,保育所整備を怠ってきたものであるか
ら,本件各保留処分時(平成10年2月)には,被告における保育所の定員数不足
が法24条ただし書に定める「やむを得ない事由」に該当する余地はない。
c 仮に,本件各児童らよりも保育所で保育の必要性が高い児童を優先的に入所さ
せた結果,現存する保育所の定員を満たしたことから本件各児童らが入所すること
ができなかった場合には,法24条本文に反しないと解するとしても,本件各保留
処分時に保育所に入所できた児童の中には,本件各児童らよりも保育所において保
育する必要性が低い児童が存在していたのであり,本件各児童らは被告の不適切な
審査及び判断により入所できなかったのであるから,本件各保留処分の違法性は払
拭されない。以下詳述する。
(a)被告の公立の保育所ごとに一覧表にされた「選考簿」(乙10ないし13。
以下「本件選考簿」という。)には,入所選考にあたって考慮されると推測される
事項がそれぞれ点数化されて記載されており,被告は,別紙「保育所入所選考指数
表」記載のとおりの選考指数(以下「本件選考指数」という。)に従って選考した
と主張している。
(b)本件選考指数が不公正であること
 本件選考指数には,以下のとおり不公正な点がある。
あ 自営業者の取扱の不合理性
 母親の就労日数が22日から25日の場合,「常勤・パート」であれば35点,
「外交・販売」であれば30点,「外自営」であれば25点と点数に差が設けられ
ている。母親の就労時間欄についても,「常勤・パート」であれば20点,「外
交・販売」であれば17点,「自営業」であれば15点とされている。また,母親
の収入については,「常勤・パート」及び「外交・販売」であれば配点されている
にもかかわらず,「自営業」の場合は一律0点である。
 このように母の職業が「自営業」の場合には,「常勤・パート」「外交・販売」
と比較して低い点数が付けられているが,自営業者が,働きながら子どもを見るこ
とは困難であり,本件選考指数の自営業者に対する評価は極めて不合理である。こ
のことは,「外交・販売」についても同様であり,「常勤・パート」の者と仕事の
仕方は変わらないのに点数が異なるのは不合理である。
い 収入の高い者が低い者より点数が高いという不合理
 「常勤・パート」,「外交・販売」の場合には,収入が高い者の方が低い者より
も配点が高くなっているが,収入が低い者の方が仕事をする必要性が高く,保育所
において保育を行う必要性が高いのであるから,本件選考指数のかかる指数設定は
不合理である。
う 母親の職業が「外交・販売」の場合には,「常勤・パート」よりも母親の収入
についての配点が高いが,D証人は,このことにつき「同じ収入を得るために外交
は常勤・パートより仕事の密度を上げて働かなければならないからである。」と述
べている。ところが,「外交・販売」は,就労日数や就労時間については融通が利
くからとの理由で「常勤・パート」よりも点数が低くなっており,被告の説明は矛
盾しており,整合性を欠いている。
え 例えば,「常勤・パート」では,就労日数が16日から20日であれば25
点,21日であれば35点であり,1日の違いで10点もの差がつくのは不合理で
ある。
お 本件選考指数は,求職中の者につき,就職が確定している者については一律1
5点としている。就職が確定している者については,就職している者と同様に就労
日数や収入について点数を付けることができるにもかかわらず,全く配点しないの
は不合理である。
か 本件選考指数によれば,祖母が不在の場合には25点とされているが,祖母が
同居や近隣に住んでいる場合には,就労の有無等によって25点以下の点数が配点
されて減点されていくという配点がなされている。祖母が,近隣にいて就労してい
なければ,たとえ介護のために子育ての援助が出来なくても,祖母がいない者に比
べて10点以上の差がつくことになり不合理である。
(c)本件選考指数の適用が不適正であること
 被告は,本件選考指数に基づき点数の高い者から順に入所処分を決定するが,例
外的には,福祉的配慮の必要な者を優先的に入所させると説明しており,実際にも
本件選考指数に基づく順位が無視されて入所が決定されている例があるが,いかな
る場合に福祉的配慮がなされるのかはどこにも規定されていない。
 原告Cら及び原告Aらについては,本件選考指数が適正に適用されていれば,C
3及びA3が保育所に入所することができていたことは明らかであるし,原告Bら
についても,適正に適用すれば,B3は保育所に入所することができていた可能性
が大きいのである。
 中福祉事務所長及び東福祉事務所長が,適正に本件選考指数を適用しなかったこ
とにより,本件各児童らは保育所に入所することができなかったのであり,かかる
恣意的な選考指数表の適用は違法である。
(d)本件各児童らの入所可能性について
あ C3について
 居宅外で勤務する自営業者について,被雇用者との間に差をもうける取扱は極め
て不合理であるし,また,原告C2は,その業務実態からみて自己の裁量に基づい
て営業形態を決定できないことは明らかであるから,原告C2は,本件選考指数で
いう「外勤者」として評価されるべきである。したがって,少なくとも就労日数が
35点,就労時間が20点,収入が8点となり,総計97点となる。石切保育所1
歳児選考簿(乙10)1頁の№2の者と同点であり,鳥居保育所1歳児選考簿№7
の者よりも上位になり,これらの者はいずれも保育所に入所することが出来ている
のであるから,C3が入所することができたことは明らかである。
 仮に,原告C2が「自営業者」に該当することを前提としても,原告C2は,夫
とは業務内容も分担も異なり,独立して業務をこなしているので,「協力者」では
なく「中心者」であり,しかも,業務内容にはブラインドの取付などの業務も含ま
れているので「事務・販売」ではなく「作業」である。そして,職場には有機溶剤
や刃物などの危険物があるので「危険度・重」と評価されるべきである。これを総
計すれば89点となり,石切保育所1歳児選考簿1頁の№4,№5の者と同点にな
る。これらの者は入所できているのであるから,C3も入所することが可能であっ
た。
い B3について
 B3の祖母は,近隣に居住しているものの曾祖母を介護しており,その負担は極
めて大きかったので,祖母が仕事を持っているのに等しい状態であった。この点を
25点と評価すれば,B3については総計99点となる。岩田保育園には,92点
及び99点の1歳児が入所しているのであるから,B3も入所することができた。
 なお,被告は,上記92点の者が入所することができたのはアレルギーの強い児
童であったことから,福祉的配慮により点数が上位である者よりも優先的に入所さ
せたと主張するが,かかる恣意的な取扱は許されない。
う 原告A3について
 原告A2は,保険の外交員であるが,外交員と常勤者とを区別する合理性はな
く,業務の実態としてみても一定の業務をこなす間は仕事を離れることはできなか
ったのであるから,原告A2を常勤者と比較して低く採点することは不公正であ
る。原告A2を「常勤・パート」として採点すれば,総計94点となる。鴻池保育
所には92点及び93点の者が入所しているのであるから,原告A3も入所するこ
とができたのである。
え 以上のとおり,本件各児童らは,入所選考が公正になされていれば入所するこ
とが可能であったにもかかわらず,中福祉事務所長及び東福祉事務所長の不公正な
入所審査手続きにより,入所することができなかったのである。
(イ)法24条ただし書違反(被告の違法行為による損害賠償請求(民法709
条))
a 法24条ただし書は,「付近に保育所がない等やむを得ない事由があるとき
は,その他の適切な保護を加えなければならない」と定めている。したがって,仮
に本件各児童らを保育所に入所させて保育する措置を採らなかったことにつき「や
むを得ない事由」があると評価される場合でも,被告には「その他の適切な保護を
加えなければならない」一義的な義務が課されているのである。
 そして,本来は,市町村が保育に欠ける児童を保育しなければならないこと,保
育所に入所させて保育するのではなく,その他の適切な保護を加える措置が採られ
るのは,やむを得ない場合の例外的な代替措置であることからすると,ここにいう
「その他の適切な保護」とは,保育所における保育と同程度の内実を持つ代替措置
でなければならない。
b 被告は,保育所の定員が不足する児童については,無認可保育施設等が代替し
ており,一定の条件の下でそれらの施設に対して補助金を支出しているから「その
他の適切な保護」を加えている旨主張する。
 しかし,東大阪市にある簡易保育施設の定員数は,保留処分がなされた者の数に
比して格段に少なく,保留処分がなされた者全員に対して入所の機会を与えること
ができないのであるから,簡易保育施設が存在することをもって「その他の適切な
保護」を加えているということはできない。
 また,「その他の適切な保護」を加えることは,法律上市町村に課せられた作為
義務であるから,被告が自らの事務として行う必要があり,市町村が,無認可保育
施設が行う保育事業に対して補助金を交付したとしても「その他の適切な保護」を
行ったことにはならない。さらに,被告は,保育単価(最低基準を確保するのに必
要な費用として国が定めているもの)の3分の1に満たない補助金しか支出してい
ないのであり,このような少額の補助金では著しく劣悪な保護しかできないのであ
るから,保育所における保育と同程度の内実を持つ代替措置にはほど遠く,とうて
い「適正な保護」足り得ない。
c また,被告は,保育所に入所できなかった者に対し,無認可保育施設等のあっ
せん・紹介を行っていると主張するが,被告は,入所保留者に対して簡易保育施設
への入所が可能であることを告知していない。
d 以上のとおり,被告は,本件各児童らに「その他の適切な保護」を行っている
とはいえないから,本件各保留処分は,法24条ただし書に反し違法である。
(ウ) 被告の主張の不当
なお,被告は,「仮に被告に任務懈怠があったとしても児童の保護者には損害賠償
請求権がない」と主張するが,不当である。法は,国及び地方公共団体の児童に対
する保育責任を規定したものであり,保育所入所の権利は子の権利を保障したもの
であるとともに,保護者の権利保障をも目的としたものである。
イ 手続的違法
(ア)行政手続法5条違反(中福祉事務所長及び東福祉事務所長の違法行為による
国家賠償請求(国家賠償法1条1項))
a 行政手続法5条1項は,「行政庁は,申請により求められた許認可等をするか
どうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準(以下「審査基
準」という。)を定めるものとする。」と規定し,同条2項は,「行政庁は,審査
基準を定めるに当たっては,当該許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なも
のとしなければならない。」とし,同条3項は,「行政庁は,行政上特別の支障が
あるときを除き,法令により当該申請の提出先とされている機関の事務所における
備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。」と
定めている。
 恣意的な判断を排除し,平等かつ公平に判断を行うためには,行政手続法が求め
る具体的な審査基準を設定し,それを公開することは不可欠であり,これを欠いた
手続は即違法となるというべきである。
b 審査基準が定められていないこと
(a)条例の定めについて
 行政手続法5条にいう審査基準とは,法令の定めに従って判断するために必要と
される基準を意味し,法令自体において定められている許認可等の基準はここにい
う審査基準には該当しないから,昭和62年東大阪市条例に入所基準が定められて
いるからといって,行政手続法5条にいうところの審査基準が定められているとは
いえない。
(b)選考簿について
あ 前述のとおり本件選考簿には,入所選考にあたって考慮されると推測される事
項がそれぞれ点数化されて記載されており,被告は本件選考指数に従って選考した
と主張するところ,本件各保留処分がなされた当時,本件選考指数を記載した文書
は存在せず,福祉事務所の担当職員は先輩の担当職員から本件選考指数を伝承され
ていたというのである。行政手続法5条にいうところの審査基準が文書に記載され
ているものを意味することは当然の前提であり,伝承によって伝えられた本件選考
指数が,審査基準の名に値しないことはいうまでもない。
い しかも,本件選考指数は,各福祉事務所が独自に作成したものであり,東大阪
市の統一した選考指数ではない。
う 本件選考指数の内容についても,以下のとおり,区別の基準が不明確であるな
ど問題があり,審査基準とは言えない代物である。
ⅰ 本件選考指数は,母親の職業について「常勤・パート」,「外交・販売」,
「自営業」と区分けして点数化しているが,各仕事の定義については定められてお
らず,どのようにして区別するのかが不明確である。
ⅱ 母親の職業が自営業である場合,「中心者」と「協力者」とで点数が異なって
いるが,何をもって「中心者」と「協力者」を区分するのか全く基準がない。
ⅲ 母親の職業が自営業の場合の作業環境について,作業の危険度を重,中,軽と
区分けし,5点,3点,0点と配点しているが,この3段階をどのような基準で区
分するのか不明確である。
え 以上のとおり,本件選考指数は,形式的にも,内容的にも,保育所に入所させ
る措置を採るかどうかの審査基準とはいえないものであり,中福祉事務所長及び東
福祉事務所長は,保育所入所措置決定処分を行うにあたって必要とされている審査
基準を設定していなかったというほかなく,かかる不作為は行政手続法5条1項に
反し違法である。
c 審査基準が公開されていないこと
 原告らは,本件各入所措置申請を行ったが,その際,中福祉事務所長,東福祉事
務所長は,保育所に入所させて保育する措置を採るかどうかを判断するにあたり,
行政手続法5条1項に基づき,具体的かつ適正な基準を設定し,それに基づいて適
正な審査を行い,かつ,同法5条3項に基づき,その基準を原告らに公けにする義
務があった。しかるに,中福祉事務所長,東福祉事務所長は上記義務を怠った。
 なお,東大阪市保育所入所措置条例及び同施行規則は,そもそも審査基準には当
たらないから,これらが公開されていることをもって審査基準が公けにされたこと
にはならないことは明らかである。
 保育所入所申込書,入所理由証明書及び調査書には,記入項目が記載されている
だけで,これらの項目が評価項目なのかどうか,どのように評価されるのかわから
ないのであり,上記書類に記入項目が記載されていることをもって審査基準が公け
にされていると言えないことは明らかである。したがって,かかる中福祉事務所長
及び東福祉事務所長の行為は行政手続法5条3項に反し違法である。
(イ)行政手続法8条1項違反(中福祉事務所長及び東福祉事務所長の違法行為に
よる国家賠償請求(国家賠償法1条1項))
 中福祉事務所長及び東福祉事務所長は,本件各保留処分について,全く理由を付
しておらず,行政手続法8条1項に反し違法である。
(ウ)決定不通知の違法(東福祉事務所長の違法行為による国家賠償請求(国家賠
償法1条1項))
 原告Cらは,本件保留処分3の決定通知を受けておらず違法である。
(エ)行政不服審査法25条違反(東大阪市長の違法行為による国家賠償請求(国
家賠償法1条1項))
 第1事件原告らは,本件各審査請求の請求書を東大阪市児童部児童課に持参した
際,対応した被告職員D児童課長に対し,口頭意見陳述の機会を与えるように口頭
で申し入れたが,口頭意見陳述の機会が与えられなかった。行政不服審査法25条
1項は,「審査請求人又は参加人の申立てがあったときは,審査庁は,申立人に口
頭で意見を述べる機会を与えなければならない。」としており,第1事件原告らに
対し口頭意見陳述の機会を与えずになされた本件各裁決は違法である。
(オ)東大阪市事務専決規程3条違反(東大阪市長の違法行為による国家賠償請求
(国家賠償法1条1項))
 本件各裁決は,東大阪市長の名で行われているものの,現実には,児童部部長が
決裁している。東大阪市事務専決規程3条(別表1)によれば,行政上の不服申立
手続については,「重要なもの」「軽易なもの」という分類があり,担当部長が決
裁できるのは「軽易なもの」であるとされている。保育所入所措置がなされるかど
うかは,各課程の生活設計を左右する重要な問題であり,しかも本件の審査請求で
は,原告らの世帯以外にも少なくとも17世帯にのぼる審査請求人がいた。それに
もかかわらず,本件各裁決を「軽易なもの」と位置付けて担当部長が決裁したこと
は,手続上の重大な違法である。
(カ)行政不服審査法41条1項違反(東大阪市長の違法行為による国家賠償請求
(国家賠償法1条1項))
 東大阪市長は,原告らの審査請求にかかる裁決書につき,「選考の結果,入所で
きた子に比較して順位が低かった」と述べているにすぎず,全く理由を付していな
いから,本件各裁決は,行政不服審査法41条1項に反し違法である。
ウ その他
 間違った事実に基づいて判断された違法(原告Bらについて)(東大阪市長の違
法行為による国家賠償請求(国家賠償法1条1項))
 原告Bらの審査請求に対する裁決は,処分庁である中福祉事務所が提出した「不
服申し立てに関する報告書」(乙9の6)を唯一の判断材料としてなされたが,同
報告書には,原告Bらよりも高順位で入所した者について「母子家庭2名」と記載
されている。しかし,本件選考簿によれば,入所できた者のうち母子家庭は1名で
あり,原告Bらの審査請求に対する裁決は誤った事実に基づいて判断されたもので
あることが明らかである。
 原告Bらの審査請求に対する裁決は,誤った事実を前提としてなされたものであ
るから,違法である。
(2)損害
ア 本件各保留処分を受け,保育所に入所できなかったことによる経済的損害
(ア)保育コストからみた損害
a 原告A1は,三船工業株式会社に勤務しており,原告A2は,千代田生命保険
相互会社の外交員として働いている。原告Aらは,その子である原告A3の面倒を
みることはできないので,原告Aらは,原告A3を簡易保育施設であるポッポ共同
保育所に入所させた。
 原告B1は,大阪市役所教育委員会に勤務しており,原告B2も大阪市役所に勤
務している。原告Bらは,その子であるB3につき保留処分を受けたので従前から
入所していたどんぐり共同保育所に続けて通所させることにした。
 原告Cらは,有限会社アルマタッグという室内装飾工事業・電機工事業を目的と
する会社を経営しており,原告C1は,営業や工事,原告C2は事務をしている。
原告Cらは,C3につき入所措置申請を行ったが保留処分となったため,原告Cら
は,C3につき従前から入所していたどんぐり共同保育所に続けて通所させること
にした。
b 損害の算定方法
 本来,被告が「保育所における保育」若しくはそれと実質的に同程度の「その他
の適切な保護」を行わなければならないところ,本件各保留処分がなされたことに
より,第1事件原告らを含む保護者が,被告に替わって共同保育所の運営に参加
し,高額の金銭負担及び労働力の提供を行い,公立保育所において保育が行われる
のと同程度の保育を行っている。
 共同保育所は,被告が「その他の適切な保護」を加えることを怠って放置してい
るため,必要に迫られた保護者が,保母らとともに保育所を自力で設立運営し,本
来被告がなすべき「その他の適切な保護」を代替して行っているものである。既存
の保育所に入所するのとは異なり,参加者には運営責任があり,運営経費を何らか
の形で負担する必要がある。第1事件原告らは,公立保育所において保育が行われ
るのと同程度の保育を実現するために,本件各児童らを公立保育所において保育す
るのにかかるコストに相当する金銭負担及び運営方針などを決定するために月数回
の会議を行う,資金集めのためのバザーを行うなど労働力の提供を行っているので
ある。
 したがって,本件各児童らを公立保育所において保育するのにかかるコストか
ら,公立保育園に入所していたならば支払うべきであった保育料及び被告が共同保
育所に対して支出している補助金相当額を控除した額が,本件各保留処分により原
告らが被った経済的損害である。
c「保育所における保育」にかかるコスト
 平成9年度における東大阪市公立保育所運営経費は,年間46億5836万30
00円であり(甲15),平成10年度も同程度であると考えられる。そして,保
育コストは,年齢が低くなるほど高くなるところ,年齢別の保育コストの割合は,
基本分保育単価を基礎として算出することができる。すなわち,基本分保育単価に
各年齢別人数を乗じた数値によって年齢別の仮保育コストを求め,それを各年齢分
の仮保育コストを合計した数値で割れば,年齢別コストの割合が計算できる。
 以上の計算方法によれば,0,1,2歳児にかかる公立保育所年間運営経費は,
28億7130万8657円であり,0,1,2歳児1人あたりの公立保育所月額
運営経費は,40万6240円である。
d 公立保育所に入所した場合に第1事件原告らが負担していた保育料
 本件各児童らが,公立保育所に入所した場合に,第1事件原告らが負担した1月
あたりの保育料は,原告Aらが3万5520円,原告Bらが2万0660円,原告
Cらが3万2060円である。
e 共同保育所に対する補助金
 被告は,共同保育所に対し補助金を支出しているところ,原告Aらについては,
月額4万3465円,原告Bらについては5万3175円,原告Cらについては5
万1765円の補助金が支出されている。
f 第1事件原告らの損害
 原告Aらの被った経済的損害は,1か月あたり32万7255円であり,被告が
原告A3の保育を放置していた期間は12か月であるから,原告Aらは,392万
7060円の経済的損害を被った。
 原告Bらの被った経済的損害は,1か月あたり33万2405円であり,被告が
B3の保育を放置していた期間は10か月であるから,原告Bらは合計332万4
050円の経済的損害を被った。
 原告Cらの被った経済的損害は,1か月あたり32万2415円であり,被告が
C3の保育を放置していた期間は12か月であるから,原告Cらは合計386万8
980円の経済的損害を被った。
 したがって,原告らが本件各保留処分のため被った運営負担による経済的損害
は,原告1名当たり25万円を下らない。
(イ)保育料等の比較による損害
a 原告Cらの損害
(a)2重送迎による増加費用 24万円
 原告Cらは,本件保留処分によって,長女であるC3をどんぐり共同保育所へ預
け,二女であるC4を石切保育所へ預けるという2重保育生活を強いられた。その
ことにより,送迎に使用するガソリン代が,月に約2万円,1年にして約24万円
増加した。
(b)保育費用の増加 25万5280円
 公立保育所の保育料は1か月3万2060円であるのに対し,どんぐり共同保育
所の保育料は1か月4万5000円,保母体制維持費が1か月5000円であるか
ら,1か月当たり1万7940円の負担増である。
 さらに,どんぐり共同保育所においては,継続料として年1万円,退所時に卒園
料3万円が必要となるので,1年間で25万5280円の損害を被ったことにな
る。
b 原告Bらの損害
 B3が原告Bらの長女が入所している岩田保育所に入所していれば,長女に対す
る保育料につき1か月2万円の減免を受けることができたのであるから,本件各保
留処分により年24万円の損害を被った。
c 原告Aら及び原告A3の損害
 鴻池保育所の保育料は1か月3万5520円であるのに対し,ポッポ共同保育所
の保育料は1か月5万0100円であり,かつ1日200円の延長保育料が必要で
あり,原告Aらの場合1か月約4000円を支払っていた。したがって,1か月当
たり1万8580円の負担増であり,原告A3の待機期間は1年間であるから,保
育料の差額は22万2960円となる。また,ポッポ共同保育所では,入園料が3
万円,卒園料が1万8000円であるが,公立保育所に入所することができていれ
ば,入卒園料は不要であった。したがって,1年間で27万0960円の損害を被
ったことになる。
 なお,保育料を支出しているのは親であるから,上記損害は親の損害と評価する
ことができる。しかし,保育料等は,本来子どもに関する費用であり,それを本来
負担すべきでない親権者がかわって負担しているものである。したがって,交通事
故の治療代を親権者が代わって負担した場合のように,法的には,親及び子のいず
れもが主張することができるのである。
イ 本件各保留処分を受け,保育所に入所できなかったことによる精神的損害(慰
謝料)
(ア)原告Cらの損害
 原告Cらは,長女と二女が異なる保育所に通所することになったため,送迎に1
時間半から2時間かかることになり,また,どんぐり共同保育所の運営費用を捻出
するためにバザーなどを行わなければならなかったことから,精神的肉体的負担が
増大した。本件各保留処分によって,原告Cらが被った精神的損害は計り知れな
い。
(イ)原告Bらの損害
 原告Bらは,長女と二女が異なる保育所に通所することになったため,原告B2
は,送迎及び通勤に1日3時間かかることになり,送迎時間が間に合わないため就
業時間中に仕事を抜けなければならなくなった。その他2か所の保育園の行事に参
加しなければならないなど,原告Bらが被った精神的肉体的負担が増大し,精神的
損害を被った。
(ウ)原告Aら及び原告A3の損害
 原告Aら及び原告A3は,平成8年4月から1年間保育所入所を待機し,平成9
年2月末には1度目の保留通知を受けている。本件は2度目の保留処分であり,原
告Aらが被った損害は筆舌に尽くしがたいものであった。また,原告Aらは,3年
間,働きつつ共同保育所の運営負担に耐えて精神的にも経済的にも苦しい生活を送
らざるを得なかったのである。
 原告A3は,母親に十分にふれあうことができず,ストレスがたまり情緒不安定
な状態が続き,その精神的苦痛は極めて大きなものであった。
ウ 適正手続を受けられなかったことによる精神的損害(慰謝料)
 原告らは,本件各保留処分に至る保育所入所措置申請に対する審査・判断手続及
び保留処分に対する審査請求手続きにおいて,いずれも適正手続を保障されなかっ
た。住民の生活に密着した地方自治体の行政サービスにおいては,恣意性を排除し
た適正な手続が行われることは不可欠の要請である。ところが,原告らには,一切
基準を明らかにされないまま,本件各保留処分を受けたうえ,本来権利救済のため
の手続である審査請求手続においても,口頭意見陳述の機会を与えられず,原告B
らについては,事実と異なる報告書に基づいて裁決がなされているなど重ねて適正
手続を受ける権利を侵害された。原告らは,これらの適正手続違反により,繰り返
し行政への信頼を喪失させられたのであり,そのことによる慰謝料は,原告1人あ
たり25万円を下るものではない。
 なお,手続の名宛人は親であり,親の損害と評価することができるが,これも本
来的には,処分対象者である児童の不服申立手続を,親権者が代わって行っている
のであるから,本来的には,権利を侵害されている子の損害である。したがって,
親及び子のいずれもが主張できるのである。
エ まとめ
 以上のとおり,原告らの被った経済的損害及び精神的損害は,第1事件原告らに
ついては1名当たり25万円を,原告A3については50万円を下らない。
(被告の主張)
(1)被告及び被告の公務員の違法行為について
ア 実体的違法
(ア)法24条違反について
a 法24条による保育所への入所措置は,児童の健全な育成を図るためであり,
児童の保護者は,国及び地方公共団体と並んで児童の保育の責任を負うものであっ
て,その責任の負担について国及び地方公共団体に劣後するものではないから,当
然その費用をも負担すべきものであり,自らの経済的負担の軽減を図る見地から,
法24条の措置を要求することのできる立場にはない。
 したがって,被告が入所措置を懈怠したことにより,児童の保護者が費用を負担
せざるを得なくなったとしても,保護者の財産的法益を違法に侵害したものとはい
えない。
(イ)法24条本文違反について
a 法24条ただし書には,「付近に保育所がない等やむを得ない事由があるとき
は,その他の適切な保護を加えなければならない。」と規定されており,保育に欠
ける児童の保護が保育所入所のみによって実現されるべきとは規定されていない。
したがって,法24条の解釈により,必ずしも保護者の保育所入所権及び保育所利
用権が認められていると解することはできない。
b 原告らは,市町村は保育所整備義務を負っており,保育所を作らないことは違
法であると主張する。
 しかしながら,保育に欠ける児童全員を保育所に入所させるためには,保育に欠
ける児童数の予測が欠かせないところ,かかる予測に基づき保育に欠ける児童全員
の入所のために備えなければならないとすると,市町村は,常に余剰施設及び余剰
保育士を抱えることとなり,市町村の財政を圧迫する一因となる。したがって,保
育所の設置は,極めて困難であるし,有限の予算についてどの施策を優先し実行す
るかという点については,行政機関による高度な政策的判断が必要である。
 このように,保育所を設置するかどうかの判断は,高度かつ困難な行政判断であ
るから,いつ,どの程度の保育所を設置するかという点については,市町村に広い
裁量権が認められるのであり,法律上違法であると評価するほど明白かつ著しい懈
怠があった場合に始めて違法であると解すべきである。
 東大阪市の産業構造は,中小零細企業を中心としたものであり,景気変動の波を
受けやすく,税収基盤が他市と比較して不安定であり,また高度経済成長期以後の
人口の急増に伴う行政需要の増大等によって,その財政基盤は脆弱なまま推移して
きた。地方公共団体の財政力を示すといわれる経常収支比率も,東大阪市は,過去
全国平均を大きく上回る非常に高い数値を恒常的に示し,大阪府下の状況を見ても
その数値は平均を上回る硬直した財政構造を持ってきた。
 また,現在,少子化の影響で,児童数は減少の一途をたどっている一方で,職業
を持つ母親は増加する傾向にあるから,将来,保育に欠ける児童数が具体的にどの
程度になるのかを予測することは非常に困難である。
 このような被告の財政状況,児童予測の困難性等に鑑みれば,多くの行政課題に
取り組まなければならない被告が行政的判断として保育所の増設を行わなかったこ
とは,法律上違法であると評価するほど明白かつ著しい懈怠があったとはいえず,
行政裁量の逸脱・濫用は認められない。
 被告としては,児童憲章,児童福祉法の精神に準拠して,被告の財政の許す範囲
内において,保育所行政の充実に努力してきている。現在,保育所の定員が入所を
希望する市民の数に比して,不足していることは認めるが,現在における地方自治
体の財政の窮状については,全国的にも公知の事実であり,被告においても全く同
様であって,保育所の定員を現在において増加することは困難であり,この程度の
保育所の定員の不足をもって違法ということはできない。
c 保育所の定員よりも,保育所への入所の希望者が多い場合の入所者の決定につ
いては,昭和36年6月20日の厚生省児童局長通知の「児童福祉法による保育所
への入所の措置基準について」(乙1。以下「昭和36年通知」という。)の中の
1において「市町村長が,児童福祉法第24条本文の規定により保育所への入所の
措置をとる場合においては,事前にその家庭の状況を実地につき十分調査,把握
し,その家庭構成の状況特に保育担当者である母親の労働形態,家庭環境その他の
状況等を十分勘案し,入所の可否を決定すること」とされ,更に,同2において
「定員等の事情により,その全部の児童の入所措置が困難な場合においては,その
保育を要する程度の高いものから低いものにつき順次入所の措置をとること」とさ
れている。なお,昭和3
6年通知は,昭和62年1月13日の厚生省児童家庭局長通知(乙2)によって廃
止されているが,同通知の第3留意事項の2において「基本的考え方は,昭和36
年2月20日付厚生省児発第129号通知「児童福祉法による保育所への入所措置
の基準について」をもって示していた考え方を変更するものではない」とされてい
るから,昭和36年通知の考えは現在も生きている。また,被告は,入所要件に関
して,東大阪市保育所入所措置条例(以下「本件条例」という。)を制定している
(乙3)。
d そこで,中福祉事務所長及び東福祉事務所長は,昭和36年通知及び本件条例
に準拠して入所者の決定を行ったのであり,本件各保留処分は適法である。以下詳
述する。
(a)本件選考指数の合理性について
 本件選考指数においては,母親の就労状況,世帯の状況,祖母の状況,父親の状
況,兄弟の状況などの各項目ごとに点数化して評価しており,保育所入所基準とし
て十分に合理性を備えたものである。
あ 「常勤・パート」「外交・販売」「自営業」の区分について
 一般に,「常勤・パート」の場合は,勤務時間内は一定の場所で勤務することが
求められ,児童の保育にあたることができないから,点数が高くなっている。外交
は,外回り業務のため,「常勤・パート」と比較すると,児童の保育に充てる機会
は若干多くなる。「自営業」は,自己の裁量によって営業形態を決定することがで
きるため,「外交」よりも児童の保育時間を長くすることができる。したがって,
被告が,母親の職種を「常勤・パート」「外交・販売」「自営業」に区分していた
ことは合理的である。
い 「中心者」「協力者」
 一般的には,事業の「中心者」は,自己の個別作業と,協力者・取引業者等を管
理する業務の双方を行うものであるから,事業に拘束される時間が「協力者」と比
較して長くなる。したがって,両者を区別して点数に差異を設けることには合理性
がある。
う 収入について
 一般的に,長時間労働をすれば,収入は増加する。特に,残業等の時間外労働が
増えれば,時間外手当も増加するのである。したがって,高収入の者ほど点数が高
くなるのは,一定の合理性がある。
 母親が外交の場合には,一般に外交の収入については,外勤に比し低い傾向にあ
り,同一の収入を得るための,就労の内容が相対的に困難であることを考慮して,
収入が高い者については点数を高くしている。
 自営の場合の収入については,母親の収入の多寡が必ずしも,保育の困難の度合
いと直接に結び付かない場合が多いことを考慮し,収入によっては点数に差を付け
ずに,母親の自営に関与する程度に応じて,加点している。
え 求職中
 休職中の場合,申請のあった時点では労働していないのであるから,点数が与え
られないのは合理的である。原告らは,就職先が決定している場合の考慮がされて
いないと主張するが,就職先が確定している場合には,15点を与えているのであ
り,休職中の者についても配慮している。
お 「祖母の同居又は近隣居住」
 一般的に,祖母が同居又は近隣に居住している場合,祖母が児童の保育にあたる
場合が多いのであるから,「祖母の同居又は近隣居住」を本件選考指数の項目とし
て考慮することは,一定の合理性がある。
(b)本件選考指数の適用について
 本件選考指数だけでは,評価できないケ-スがあり,母親が疾病である,母親が
高校生で母子家庭である,家族に介護を要する人がいる等の事例では,特別に点数
の低い人を入所させており,一方,点数の高い人でも,祖母の保育への協力が期待
できる場合や,他の保育所に入所したような事例では,保留した場合がある。被告
としては,保育所設置の理念により,福祉的な配慮で入所選考を行っているのであ
り,これをもって恣意的な審査・判断ということはできない。
(c)本件各児童らの入所可能性について
あ C3について
 第1事件原告らは,原告C2が居宅外で勤務する自営業者であることから,「自
営業」ではなく,「常勤・パート」として取り扱われるべきであると主張するが,
「自営」とは,事務所が居宅内にあるか否かを問わず,一般的に自己の裁量に基づ
いて営業形態を決定できることから,従業員である「常勤・パート」よりも保育に
かかわりやすいことに着目して設けられた区分である。したがって,東福祉事務所
長が,原告C2を「自営業」としたことは適法である。
 原告C2は,調査書において,「協力者」であると申告しているのであるから,
東福祉事務所長が同人を「協力者」と認定したことは違法でない。
 原告Cらは,職場に危険物を置いていたとして,事業の「危険度・重」に該当す
ると主張するが,同人が入所審査にあたり,危険物の存在を申告したことを認める
に足りる証拠はないし,仮に,危険物の存在が同人から申告されていたとしても,
「危険度・重」の点数はわずか5点であるから,入所対象にはならない。
い 原告A3について
 「外交・販売」は「常勤・パート」よりも拘束が緩やかであることから点数が低
くされているのであり,原告A2を「常勤・パート」ではなく「外交・販売」と判
断したことは妥当である。
う B3について
 原告らの主張によれば,B3の祖母は曾祖母を介護していたとのことであるが,
入所審査時に介護が必要である程度につき申告はなく,被告としては,B3の保育
にあたる時間が取れないという程度の認識しか持ち得なかった。また,原告は,B
3がアレルギー体質の強い子どもであったと主張するが,この点についても,入所
審査時には判明していなかったのである。福祉事務所長が個別の事情をすべて網羅
した審査基準を策定することは不可能であり,かつ,事情を入所審査時に察知でき
なかった場合にまで責任を負うものではない。
え 以上のとおり,中福祉事務所長及び東福祉事務所長の本件各保留処分に実体的
違法はない。
(ウ)法24条ただし書違反について
a 判断基準
 法24条ただし書は,「適切な保護」と規定するにとどまり,その具体的内容を
例示していない。これは,保育所に入所することができない事由,当該児童にとっ
て必要な措置,当該地方自治体により実現可能な措置等が,個々の事情によって異
なるため,地方自治体に対し,一律に一定の措置を採用することを義務づけること
が困難であるからである。したがって,いかなる「適切な措置」を行うかは,地方
自治体の行政裁量に委ねられているのである。そして,どのような代替措置を採る
ことが適切かは,高度に政策的判断が必要で,地方自治体の行為が違法と評価され
るのは,法律上違法であると評価するほどに明白かつ著しい懈怠があり,行政裁量
を逸脱した場合に限られると考えるべきである。
b 補助金の交付
 被告においては,現在,保育所の定員が不足する児童については,無認可保育施
設等が代替しており,被告は,一定の条件の下でそれらの施設に対して,補助金を
支出している。平成10年度についてみると,被告は,簡易保育施設に対し,年間
総額4244万6405円の補助金を交付しており,簡易保育施設に入所している
児童数は856人であるので,被告は児童1人あたり1か月4万9587円の補助
金を交付している。
 補助金の交付によって,簡易保育施設の経営を支え,簡易保育施設の人的・物的
体制の整備を促すことにより,簡易保育施設の保育水準の維持に重要な役割を果た
しているのであるから,補助金の交付も「適切な保護」に当たる。そして,被告の
財政状況などに鑑みると補助金の交付額がこの程度であることはやむをえない。
c 無認可保育施設等のあっせん・紹介
 申込者が入所の申込みをした時点において,保育所の定員が限られていることか
ら,入所希望者の全員が入所できない場合があるので,被告は,希望者に対して,
無認可保育施設等のあっせん・紹介を行っている。
d 以上のとおり,被告は,無認可保育施設等に対して補助金の交付を行ってお
り,また,無認可保育施設等のあっせん・紹介を行っているのであるから,被告に
つき,法律上違法であると評価するほどに明白かつ著しい懈怠があり,行政裁量を
逸脱したということはできない。したがって,被告は法24条ただし書にいうとこ
ろの「適切な保護」を行っており,本件各保留処分は適法である。
イ 手続的違法
(ア)行政手続法5条違反について
a 審査基準が定められていたことについて
(a)被告においては,東大阪市保育所入所措置条例(昭和62年3月31日東大
阪市条例第1号。平成10年3月31日条例第7号による改正前のもの。)に基準
を明記している。
(b)被告においては,保育所入所申込者ごとに本件選考指数による点数化を行
い,この結果を選考簿に記入して,入所審査を行っている。したがって,本件選考
指数が,保育所入所審査基準となっている。
(c)なお,本件選考指数を記載したマニュアルは存在していなかったところ,原
告らは,行政手続法5条にいうところの審査基準が文書に記載されているものを意
味することは当然の前提であると主張するが,担当職員には,必ず前年度から引き
続き担当する者がいたので,新規の担当者は,いつでも経験者に質問することがで
き,入所選考指数表の選考項目に合わせた選考簿の形式が設定されていたため,マ
ニュアルを作成する必要性は乏しかった。また,入所申込者の状況が多様であり,
時期により変動することを考慮すると,マニュアルの作成は,単純なものではな
い。要は,マニュアルの存否に関わらず,妥当な結論が導かれることが重要なので
あり,マニュアルがなければ審査基準とはいえないと断ずるのは早計である。
(d)また,原告らは,「常勤・パート」と「外交・販売」「自営業」の区分,
「中心者」「協力者」等の区分が不明確であると主張しているが,現実の職種・職
務内容は極めて多種多様であり,同一人の仕事の内容であっても時期により変動が
あるのであるから,単純に労働契約等の形式のみによって決定することはできず,
個々の実態に即して判断するほかないのであるから,一見同一のように見える職種
でも,異なった区分に評価されることはあり得る。一方,時間的・労力的な制約か
ら,選考項目としてはある程度画一化された基準を使用せざるを得ないのであり,
申込者がどのような項目に該当し,これを何点と評価するかについては,被告がい
かに公平を図ろうと努力しても,すべての入所申込者を満足させることは不可能で
あるというべきである。
b 審査基準の公開について
(a)入所のための審査基準については,「東大阪市保育の実施に関する条例」
(昭和62年3月31日東大阪市条例第1号)に明記されており,原告らは審査基
準を知ることができたものである。
(b)入所希望者は,保育所入所申込書,入所理由説明書及び入所調査書に記入す
る際に,入所の審査基準を知ることが可能であった。
(c)被告は,平成10年度の入所措置申請の時点では本件選考指数を公開してい
なかった。これは,本件選考指数は,相当細分化され,かつ,具体的に点数化され
ていたところ,このような入所基準を公にした場合は,入所基準に合わせた申請を
誘発するなど,公平に入所審査を担保できない可能性がある。
 したがって,被告が本件選考指数を公開していなかったことが行政手続法5条3
項に反するということはできない。
(d)仮に,被告が保育所入所審査基準を公表していなかったことが,行政手続法
5条3項に反するとしても,審査基準の公表と適正な審査がおこなわれたかどうか
は全く別問題である。原告らは,いずれも保育所に入所できる順位に達していなか
ったのであるから,入所が拒否されても違法とはいえず,したがって,入所基準の
公表の有無と原告らの損害賠償請求との間に因果関係がない。
(イ)行政不服審査法25条違反について
 原告らが審査請求をしたとき,被告職員吉真課長が審査請求書を受け取っている
が,原告らから,口頭意見陳述の申し入れを受けたことは,否認する。現に審査請
求書には,口頭意見陳述の請求の文言はなく,書面での返事を求めている(甲6号
証の2)。
 仮に原告らが口頭により意見陳述の申し出をしたとしても,被告の担当者は,相
手方が多人数であったことから申し出があったことを認識できなかったのであり,
被告担当者の行為は行政不服審査法25条1項に反し違法であるとはいえない。
(ウ)市長決裁ではなく,担当部長決裁とした点について
 東大阪市事務専決規程別表第1一般総則事項第3号により決裁したものである。
同号は,不服申立の処理の決済処分について,重要なものを助役に(但し,被告に
おいては当該不服申立の処理を行った時点で助役は在任していなかったので実際に
は市長が決済することになる。),軽易なものは部長が行うと規定しているが,
「重要」あるいは「軽易」の用語は,個々の裁決の内容が持つ,あるいはその結果
がもたらす影響等の観点から,決裁区分を異ならせるために用いられているもので
あって,不服申立人の利益を標準としてそれが「重要」である場合と「軽易」であ
る場合があるとして定められたものでないことは明らかであって,原告の児童行政
執行上の責任者である児童部長が,原告らの不服申立の裁決の決裁を行ったことは
適法である。
(2)損害
ア 法24条による保育所への入所措置は,児童の健全な育成を図るためであり,
児童の保護者は,国及び地方公共団体と並んで児童の保育の責任を負うものであっ
て,その責任の負担について国及び地方公共団体に劣後するものではないから,当
然その費用をも負担すべきものであり,自らの経済的負担の軽減を図る見地から,
児童福祉法24条の措置を要求することのできる立場にはない。
 したがって,被告が入所措置を懈怠したことにより,児童の保護者が費用を負担
せざるを得なくなったとしても,保護者の財産的法益を違法に侵害したものとはい
えないから,原告らに経済的損害はない。
イ 原告らが保育コストから見た経済的損害を算出するに当たって用いているデー
ターの数値は,大筋において認めるが,被告が支出している保育所の運営の経費に
ついては,施設整備費など保育所を運営するための全ての費用が算入されており,
職員の人的構成の違いによる,年齢や給与ベースの違いがあるから,原告らの損害
算定方法は根拠がない。
ウ 原告らは,保育所に入所の申込みをすれば当然に入所できるものと予期し,そ
れが入所できなかったとして,そのために精神的損害を受けたとして,被告に対し
て賠償を求めるが,それは法的損害賠償の対象となる精神的損害とは考えられな
い。
第3 当裁判所の判断
1 被告及び被告の公務員の違法行為
(1)実体的違法について
ア 法24条本文違反について
(ア)法24条は,「市町村は,政令で定める基準に従い条例で定めるところによ
り,保護者の労働又は疾病等の事由により,その監護すべき乳児,幼児又は第39
条第2項に規定する児童の保護に欠けるところがあると認めるときは,それらの児
童を保育所に入所させて保育する措置を採らなければならない。ただし,付近に保
育所がない等やむを得ない事由があるときは,その他の適切な保護を加えなければ
ならない。」と定めている。
 したがって,市町村は,児童の保護に欠けるところがあると認めるときは,「や
むを得ない事由」がない限り,当該児童を保育所に入所させて保育する措置を採る
義務があるのであり,「やむを得ない事由」がないにもかかわらず,保育所に入所
させることなく保留処分を行った場合には,当該保留処分は違法であると解するの
が相当である。
 そして,本件各児童らは,法24条本文にいうところの「保育に欠ける」児童で
あるから,本件各保留処分が法24条本文に反するかどうかは,本件につき法24
条ただし書にいうところの「やむを得ない事由」が認められるかどうかにかかるこ
とになる。
 そこで,いかなる事情があれば「やむを得ない事由」が認められるかについて検
討すると,法24条ただし書は「付近に保育所がないこと」をやむを得ない事由の
例として挙げおり,かかる事由が「やむを得ない事由」に該当するとされているの
は,保育に欠ける児童らを入所させることが物理的に不可能であるからであると解
されるところ,付近に保育所があっても入所定員との関係で保育に欠ける児童ら全
員が入所することができない場合,すなわち付近にある保育所の定員が不足してい
る場合も保育に欠ける児童らを入所させることが物理的に不可能であることにおい
て何ら差違がないことに照らすと,付近にある保育所の定員が不足している場合に
は「やむを得ない事由」が認められるものと解するのが相当である。
 もっとも,この場合には,既に収容定員を満たす児童が入所している場合を除
き,保育に欠ける児童らのうち保育所に入所できる者とできない者が生ずることに
なるが,本来保育に欠ける児童は保育所に入所させて保育するのが原則であること
からすると,保育所保育の必要性が高い者から順次入所させていくという方法が採
用されるべきであるから,当該保育に欠ける児童よりも保育の必要性が高い保育に
欠ける児童を優先的に入所させた結果,付近にある保育所の定員に空きがなくなっ
た場合にはじめて「やむを得ない事由」があるものと解すべきである。
 なお,被告は,法24条が市町村の保育所入所措置等の義務について定めている
のが,専ら児童自身の健全な育成を図るためであることは,同法の趣旨に照らして
明らかであるところ,児童の保護者は,国及び地方公共団体と並んで児童の保育の
責任を負い,同責任の負担について国及び地方公共団体に劣後するものとは到底い
えないから,当然その費用をも負担すべきものであり,自らの経済的負担の軽減を
図る見地から市町村長に対し法24条による措置をとることを要求することのでき
る立場にあるものでなく,したがって,仮に市町村長が同措置を懈怠したことによ
って児童の保護者が保育費用の全額を負担せざるをえなくなったとしても,同懈怠
は保護者の財産的法益を違法に侵害するものであるということはできず,また,逆
に同措置がとられることによって保護者が保育費用の一部を免れることがあって
も,それは同措置に伴う反射的利益にすぎないと主張する。
 確かに,児童の保護者が自ら児童を育成する義務があるのはもとより当然のこと
であるが,市町村が,「やむを得ない事由」がない限り,保育に欠ける児童を保育
所において保育する義務を負担していることは法24条の文言上明らかであり,児
童の保護者に児童を育成する義務があるからといって市町村のかかる義務が否定さ
れるいわれはなく,また,市町村がかかる義務に反したことにより,保護者が損害
を被った場合には,損害賠償請求を否定する理由はないというべきである。
(イ)なお,原告らは,市町村は,保育所の整備を行って定員を確保する義務を負
っていること,法24条ただし書は,保育所整備が困難であった時期に設けられた
過渡的な規定であること,保育所が不足していることをもって直ちに保育所への入
所を拒否することができる事由に該当するとすれば,法24条の保障する保育所入
所の権利は画餅に帰してしまうことを理由に,保育所が不足している場合であって
も直ちに同条ただし書にいう「やむ得ない事由」があると解すべきではなく,法2
4条ただし書の適用は,市町村が保育所の整備を怠っていないにもかかわらず保育
所が不足している場合に限定すべきであると主張する。
 確かに,法1条が「すべて国民は,児童が心身ともに健やかに生まれ,且つ,育
成されるよう努めなければならない。」と定め,法2条が「国及び地方公共団体
は,児童の保護者とともに,児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。」と
定められていることからすると,保育に欠ける児童ら全員が入所することができる
よう保育所を整備する政治的責務があるものと解されるが,上記規定は,児童福祉
法の理念を包括的に定めた規定であり,法令を定めるにあたってあるいは法令を解
釈するにあたって指導理念とされるべき規定であるにとどまり,それを超えて市町
村に対し保育所の設置に向けた特定の具体的な行為を行うことを義務づけた規定で
あるとまでは解することはできず,その他,市町村に対して保育所を設置すること
を義務づける規定はないから,市町村は保育所の整備を行って定員を確保する法的
義務を負っているとの主張はその前提を欠くものというべきである。そして,法2
4条が付近に保育所が存在しないことをやむを得ない事由として挙げ,保育所が存
在しないことの理由については何ら限定は付していないこと,保育所が存在しない
場合にも保育所へ入所させる措置を採ることを義務付けることは困難であることか
らすると,同条ただし書にいう「やむ得ない事由」がある場合とは,市町村が保育
所の整備を怠っていないにもかかわらず保育所が不足している場合に限定すべきで
あるとの見解は,採用することができない。
 また,仮に,法24条ただし書が制定された当時,将来的には法24条ただし書
を廃止してすべての保育に欠ける児童に対して保育所に入所させて保育することを
念頭においていたとしても,現時点においても法24条ただし書が削除されていな
い以上,同条ただし書が存在することを前提に解釈すべきであるから,同条ただし
書が設けられるについて上記のような事情があったからといって,保育所の定員が
不足していることが法24条ただし書の「やむを得ない事由」に該当しないと解す
ることはできない。
 さらに,保育所が不足していることをもって直ちに保育所への入所を拒否するこ
とができる事由に該当するとすれば,法24条の保障する保育所入所の権利は画餅
に帰してしまうとの原告らの主張は,結局,法24条は保育所の定員に不足がある
場合であっても保育所に入所することができる権利を付与しているとの理解を前提
とすることに帰着し,採用することができない。
 以上のとおり,法24条ただし書にいう「やむ得ない事由」がある場合とは,市
町村が保育所の整備を怠っていないにもかかわらず保育所が不足している場合に限
定すべきであるとの原告らの主張は理由がない。
(ウ)そして,証拠(甲6の3,11の3,12の3,証人E)によれば,以下の
事実が認められる。
a 原告Aらが入所を希望していた鴻池保育所の平成10年度における2歳児の入
所可能数は5人であったのに対し,平成10年度の入所措置申請に際して鴻池保育
所への入所を希望した者は延べ35人であった。
b 原告Bらが入所を希望していた岩田保育所の平成10年度における1歳児の入
所可能数は4人であったのに対し,平成10年度の入所措置申請に際して岩田保育
所への入所を希望した者は延べ29人であった。
c 原告Cらが,第1希望としていた鳥居保育所の平成10年度における1歳児の
入所可能数は4人であったのに対し,平成10年度の入所措置申請に際して鳥居保
育所への入所を希望した者は延べ30人であった。原告Cらが,第2希望としてい
た石切保育所の平成10年度における1歳児の入所可能数は4人であったのに対
し,平成10年度の入所措置申請に際して石切保育所への入所を希望した者は22
人であった。
(エ)上記(ウ)で認定した事実によれば,原告らが入所を希望した保育所におい
ては,数名が入所可能であったが,いずれも入所可能数を上回る入所希望者があっ
たことが認められるから,本件各保留処分が適法かどうかは,中福祉事務所長及び
東福祉事務所長が,本件各児童らよりも保育の必要性が高い児童らを優先的に入所
させる措置を採ったために,本件各児童らが入所することができなかったのかどう
かに帰着することとなる。
 ところで,保育所への入所を希望する者のうちいずれの者が保育の必要性が高い
かを判断するについていかなる判断基準によるべきかという点について定めた法令
はないこと,保育の必要性の程度を判断するにあたっては多様な要素を考慮する必
要があり,保育の必要性の高低を判断するにあたっていかなる事項をどの程度考慮
するのかということについて一義的に判断基準が観念できるものではないことに照
らすと,基本的には,入所措置を行う権限を有する行政庁の裁量に委ねられている
ものと解するのが相当である。
 もっとも,かかる裁量権は,保育の必要性を適切に判断し,保育所において保育
を行う必要性が高い者から順次入所させていくという目的のために認められるもの
であるから,かかる目的に照らし不合理な判断を行い,その結果入所措置すべき児
童を保留処分とした場合には,裁量権を逸脱濫用したものとして,当該保留処分は
違法となると解すべきである。そして,中福祉事務所長及び東福祉事務所長が裁量
を逸脱したかどうかについては,一定の判断基準を定めて入所の可否を判断してい
る場合には,その判断基準が合理性を有するかどうか,その判断基準が合理的であ
る場合には,かかる判断基準にしたがって入所の可否が行われているかどうかにつ
き司法判断が及び,仮にかかる判断基準に不合理な部分がある場合には,その不合
理性が入所措置を取るか否かという判断結果を違法ならしめる程度のものであるか
否かを検討すべきこととなる。
(オ)証拠(乙9の1ないし6,10ないし13,23,証人E)によれば,以下
の事実が認められ,かかる認定を左右するに足りる証拠はない。
a 中福祉事務所長及び東福祉事務所長においては,児童を保育所に入所させるか
どうかにあたり,概ね本件選考指数に基づき判断を行っていた。
b 原告Aら
 中福祉事務所長は,原告Aらの入所措置申請につき,本件選考指数に基づき,以
下のとおり選考指数が90点であるとした。
 母親の就労状況 千代田生命外交(外交)
 就労日数  22日(30点)
 就労状況  8時間(17点)
 通勤時間  10分(1点)
 収入    9万5000円(12点)
 祖母の状況 65歳別居高知県在住(25点)。父親の状況外勤(5点)。
 合計    90点
 そして,鴻池保育所に入所措置となった児童は合計5人であり,それらの選考指
数は,99点,97点,95点,93点,92点であった。
c 原告Bら
 中福祉事務所長は,原告Bらの入所措置申請につき,本件選考指数に基づき,以
下のとおり選考指数が87点であるとした。
 母親の就労状況 大阪市建設局(外勤)
 就労日数  22日(35点)
 就労時間  8時間30分(20点)
 通勤時間  50分(4点)
 収入    30万円(10点)
 祖母の状況 原告らの自宅から15分の所に別居。58歳(8点)祖父母の監護
(5点)
 父親の状況 外勤(5点)
 合計    87点
 そして,岩田保育所に入所措置となった児童は合計4人であり,それらの選考指
数は,110点,99点,92点,29点であった。なお,29点の児童について
は,母親が当時高校生であったことから,福祉の理念から説くに点数は低いけれど
も入所措置を行った。
d 原告Cら
 東福祉事務所長は,原告Cらの入所措置申請につき,本件選考指数に基づき,以
下のとおり選考指数が79点であるとした。
 母親の就労状況 アルマタッグ(外自営)
 就労日数  30日(25点)
 就労時間  9時間(15点)
 通勤時間  10分(4点)
 収入    10万円(0点)
 自営    協力者(5点)
 祖母の状況 57歳,別居(25点)
 父親の状況 自営(5点)
 そして,石切保育所に入所措置となった児童は合計4人であり,それらの選考指
数は,97点(2人)と89点(2人)であった。また,鳥居保育所に入所措置と
なった児童は合計4人であり,それらの選考指数は,100点(2人),96点,
88点であった。
(カ)検討
a 本件選考指数の合理性
 以上のとおり,中福祉事務所長及び東福祉事務所長は,本件選考指数に従って,
入所の可否を判断しているので,まず,本件選考指数の合理性について検討する。
(a)「収入」について
 本件選考指数においては,母親の就労内容が「常勤・パート」,「外交・販売」
及び「内職」について収入の高い者が低い者より配点が高くなっているところ,被
告は,一般的に長時間労働をすれば,収入は増加するのであり,特に,残業等の時
間外労働が増えれば,時間外手当も増加するから,高収入の者ほど児童の保育を行
うことのできる可能性が低いため,点数が高くなるのは,一定の合理性があると主
張する。
 この点については,収入の高低と就労時間の長短とがどの程度連動するのか疑問
であるとともに,本件選考指数においては別途就労時間の長短及び就労日数の多さ
によって配点をしていることを考慮に入れると,被告が主張するような理由により
収入の多寡によって配点をする必要性に乏しいといえなくもない。
 しかしながら,被告は,上記主張に加え,収入の多寡が仕事の密度の濃淡とも関
連するものと主張するものと解されるところ,一般に収入の多い職種ほど当該仕事
に期待される達成度,責任の程度が高いということができ,それを維持するために
労働者が就労時間以外にも物理的・精神的に拘束されるということもあながち不合
理ではなく,これを選考指数に反映させることも許されるものと解される。そし
て,かかる収入による選考指数の加点は自営業者にはみられないものの,自営業者
については,「協力者」あるいは「中心者」の区別に従って加点がなされており,
「中心者」「協力者」の違いによる選考指数の配点は,まさに,前記当該仕事に期
待される達成度,責任の程度の違いに基づくものと解することもできる。かかる点
に,一般的に「外交・販売」従事者は,定時の雇用労働者と比較して,同一の収入
を得るために児童の保育を行うために割く時間が低くなることは否定し得ないとこ
ろであるから,保育の要件度を判断するにあたって就労時間の長短及び就労日数の
多寡による配点をすれば収入の高低は全くしんしゃくする必要がないとはいえない
こと,本件選考指数における「収入」の配点の占める割合及び配点較差はそれほど
高くないことをも総合考慮するならば,収入による選考指数の配点も不合理なもの
と断ずることはできないというべきである。
(b)「常勤・パート」「外交・販売」「自営業」を区分していることについて
 原告らは,本件選考指数においては,「常勤・パート」や「外交・販売」と比較
して「自営業」の点数が低くなっているのは不合理であると主張する。
 しかしながら,自営業の場合においては,「常勤・パート」や「外交・販売」の
場合と異なり,勤務の内容を自ら決めることができるのであるから,異なる基準を
用いて判断することも不合理であるということはできず,また,仕事をしながら子
どもの面倒を見ることができる場合もあり得ること,母親がどの程度仕事に関与す
るかどうかは個々のケースによって様々であるから,「常勤・パート」や「外交・
販売」の場合と異なり,単に就労日数及び就労時間のみで判断するのではなく,作
業内容や仕事の危険度など別個の判断基準を併用して点数を付けることも不合理で
あるとはいえない。
 そして,「常勤・パート」と「居宅外自営業」を比較した場合,就労時間が21
日以上の場合,「常勤・パート」の方が,「居宅外自営業」よりも10点ないしは
15点高くなっており,就労時間についても8時間以上の場合,「常勤・パート」
の方が「居宅外自営業」よりも5点高くなっているが,「自営業」の場合には,
「中心者・協力者」の区分により最大10点が配点されており,仕事の危険度に応
じて最大5点が配点されているのに対し,「常勤・パート」及び「外交・販売」に
対しては,これらの配点はなされていないのであるから,「自営業」に対して就労
日数及び就労時間の配点が低くなっている分については「中心者・協力者」及び
「危険度」の配点がなされているのであるから,本件選考指数が自営業者に対して
不利益なものであるとはいえない。
 また,原告らは,本件選考指数が「常勤・パート」と「外交・販売」とを区別し
ている点につき,「常勤・パート」と「外交・販売」とでは仕事の仕方は異ならな
いのに,就労日数及び就労時間につき配点が異なるのは不合理であると主張する。
 しかしながら,外回りの仕事については,「常勤・パート」と比較して融通を利
かすことが可能である場合もあるから,両者を区別して基準を設けることも不合理
ではない。
(c)原告らは,就労日数について,例えば,常勤パートでは,16日から20日
であれば25点,21日であれば35点であり,1日の違いで10点もの差がつく
のは不合理であると主張するが,判断の基準をある程度類型化することはやむを得
ないのであるから,1日の違いにより点数が異なってくることは不合理であるとは
いえないし,また,原告らはいずれも就労日数が21日以上であるから,かかる判
断基準が採用されたことにより原告らが入所可能であるかどうかを判断するに当た
って不利益を被ったということはできないから,本件各児童らが入所可能性を有し
ていたかどうかを判断するにあたっては,本件選考指数を前提として判断すべきで
ある。
(d)また,原告らは,求職中の者につき,就職が確定している者については一律
15点配点としているのは不合理であると主張するが,この点についても原告らは
いずれも求職中ではなかったのであるから,本件各児童らが入所可能であったかど
うかを判断するにあたっては,本件選考指数の判断基準を前提として判断すべきで
ある。
(e)さらに,原告らは,本件選考指数によれば,祖母が不在の場合には25点が
配点されるが,祖母が同居や近隣に住んでいる場合には,就労の有無等によって減
点されていくという配点がなされているところ,祖母が近隣にいて就労していなけ
れば,たとえ介護のために子育ての援助が出来なくても,祖母がいない者に比べて
10点以上の差がつくことになり不合理であると主張する。
 しかしながら,一般に近隣に祖母が住んでいるのであれば,児童の面倒を見ても
らうことが物理的に可能であるから,判断基準として祖母が近隣に住んでいること
を考慮することが不合理であるとはいえず,また,一般的に,祖母が家にいるかど
うかによって児童の面倒を見ることが容易かどうかが異なってくるから,かかる判
断基準を用いることが不合理であるとはいえない。
(f)以上によれば,本件選考指数が不合理なものであるとは認められない。
b 本件選考指数の適用
(a)前記(オ)で認定したところによれば,中福祉事務所長及び東福祉事務所長
は,第1事件原告らにつき,本件選考指数にしたがって入所の可否を判断したもの
と認められる。なお,原告Bらが入所を希望した岩田保育所にはB3よりも点数の
低い29点の者が入所しているが,前述のとおり同人の母親は未婚の高校生である
から,保育の必要性が高いものと判断して入所させたことにつき裁量の逸脱は認め
られない。
(b)もっとも原告Cらは,原告C2の職場は有機溶剤などが置いてあったことか
ら危険度重として判断すべきであったと主張する。
 そこで,検討すると証拠(甲108,113の1ないし4,原告C2本人)によ
れば以下の事実が認められる。
ⅰ 原告C2は,夫である原告C1とともに,平成9年4月,有限会社アルマタッ
グという室内装飾工事業及び電気工事業を営業の目的とする会社を設立し,原告C
1は営業や工事を行い,原告C2は事務を行っていた。
ⅱ 有限会社アルマタッグの事務所は,倉庫と隣り合わせになっており,倉庫には
電線,丸のこ,有機溶剤などが置いてあった。
 母親の職場の危険度が重・中・軽のどれに当たるかは他の職場との相対評価であ
るから,他の比較して児童にとってどの程度危険があるかどうかによって判断せざ
るを得ないが,原告C2の事務所には電線,丸のこ,有機溶剤など非常に危険なも
のが置いてあるのであり,他の自営業者と比較しても危険な職場であるということ
ができる。この点を無視した東福祉事務所長の判断はその限りで事実の基礎を欠く
ものであり,したがって,C3の選考指数を判断するにあたっては,「危険度」は
「重」であると認めるのが相当であったというべきである。
 しかしながら,「危険度」を「重」であるとしても,選考指数は5点しか加点さ
れず,石切保育所に入所措置となった児童の最低選考指数89点,鳥居保育所に入
所措置となった児童の最低選考指数88点に及ばず,結局,東福祉事務所長による
「危険度」に関する判断の誤りは,原告Cらの入所措置の結果を左右するものでは
ないから,違法性がないというべきである。
(キ)以上によれば,本件各保留処分はいずれも法24条本文に違反するものとは
認められない。
イ 法24条ただし書違反について
(ア)法24条ただし書は,「付近に保育所がない等やむを得ない事由があるとき
は,その他の適切な保護を加えなければならない。」と定めており,保育に欠ける
児童について「やむを得ない事由」がある場合には,市町村がそれらの児童を保育
所に入所させて保育する措置を採らなくとも違法ではないが,保育所に入所させて
保育する措置を採らなかった場合には,「その他の適切な保護」を加えなければな
らない。したがって,市町村が,保育に欠ける児童につき保育所に入所させて保育
する措置を採らなかったうえ,「その他適切な保護」を加えなかった場合には,か
かる市町村の不作為は法24条ただし書に反し違法であると解するのが相当であ
る。
 そして,「その他適切な保護」とは,保育に欠ける児童らの保育状況を改善する
ために加えられるのであるから,保育に欠ける児童保育状況を改善することに資す
る措置を行うことを指すものと解されるところ,保育所に入所することができなか
った児童が入所した施設に対して補助金の交付がなされれば,当該児童らの保育状
況の改善に資することは明らかであるから,市町村が,保育に欠ける児童が入所し
た簡易保育施設に対して補助金を交付することも法24条ただし書にいうところの
「その他適切な保護」に当たるというべきである。
 もっとも,原告らは,地方自治体の補助金の交付は,民間の事業が「公益上必要
がある場合」に,これを促進・助成する目的で行なわれるものであり(地方自治法
232条の2),補助金の交付を受ける事業は,地方自治体でなく民間企業が行う
ものであるから,そのような民間事業に補助金を交付しても,地方自治体が事業を
行ったことにはならず,したがって,民間の無認可保育施設が行う保育事業に市町
村が補助金を交付しても,それでもって市町村が保育を行ったというわけにはいか
ないのであり,市町村が「適切な保護」を行ったことにはならないのであるから,
市町村がそれを交付したからといって市町村自身が「適切な保護」を行ったことに
はならないと主張する。
 かかる主張は,法24条ただし書にいうところの「保護を加える」とは保育事業
を自らの手で行うことを意味することを前提とする見解であると解されるが,法文
上そのような限定はなされていないのであり,また,児童らの保育に欠ける状態を
解消するための手段を,市町村が自ら保育事業を行うことに限定する必要性もない
のであるから,原告らの上記主張は採用することができない。
(イ)そして,証拠(甲19,20,31,108,110,証人D,A2本人,
C2本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,かかる事実を左右
するに足りる証拠はない。
a 原告Aらは,平成10年度,原告A3につき保留処分を受けたため,従前から
通っていた簡易保育施設であるポッポ共同保育所での保育を継続することとし,同
様に,原告Bらは,B3につき保留処分を受けたため,簡易保育施設であるどんぐ
り共同保育所での保育を継続することとし,原告Cらは,C3につき保留処分を受
けたため,簡易保育施設であるどんぐり共同保育所での保育を継続することとし
た。
b 被告は,東大阪市内にある簡易保育施設に対し補助金を交付しており,補助金
の1か月当たりの額は,原告A3については,階層別補助金として3万6940
円,その他の補助金の1人あたりの額6525円,合計4万3465円であり,B
3については,階層別補助金が4万6650円,その他の補助金の1人当たりの額
が6525円,合計5万3175円であり,C3については,階層別補助金が4万
5240円,その他の補助金が6525円,合計5万1765円であった。
c 厚生省の作成した平成10年度の保育単価表によれば,東大阪市における小規
模保育所の保育単価は,平成10年4月現在においては,1,2歳児で1か月当た
り12万1715円,民間施設給与等改善費加算額は1か月当たり4693円であ
った。
(ウ)上記(イ)で認定した事実によれば,被告は,本件各児童らが入所した簡易
保育施設に対して補助金を交付しており,その金額も原告A3に対しては月額4万
3465円,B3に対しては月額5万3175円,C3に対しては5万1765円
であり,かかる補助金の交付が本件各児童らの保育状況を改善するために資するこ
とは明らかであるから,被告が本件各児童らに対し,法24条ただし書にいうとこ
ろの「その他適切な保護」を与えなかったということはできない。
 これに対し,原告らは,被告が交付している補助金は保育単価の3分の1に満た
ない補助金しか支出していないのであり,このような少額の補助金をもってしては
保育所における保育と同程度の内実をもつ代替措置とはいえないから「その他適切
な保護」に当たらないと主張する。しかしながら,そもそも保育に欠ける児童のす
べてを保育所において保育することを義務づけることは財政上困難である等の理由
から法24条ただし書が設けられた経緯に照らす限り,「その他適切な保護」とし
て保育所と同程度の内実をもつ代替措置をとらなければならないとする原告らの主
張はとうてい採用することができない。
(エ)以上のとおり,本件各保留処分が法24条ただし書に反するとの原告らの主
張も採用することができない。
(2)中福祉事務所長及び東福祉事務所長の違法行為(国家賠償法1条1項。行政
手続法5条違反)
ア 審査基準が定められているかどうか。
(ア)保育所入所の申込みは行政手続法2条3号にいうところの「申請」に該当す
るから,保育所入所決定手続には同法第2章の定める「申請に対する処分」の手続
が適用される。そして,行政手続法5条1項は,「行政庁は,申請により求められ
た許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる
判断基準(審査基準)を定めるものとする。」と定めている。したがって,福祉事
務所長が保育所入所決定処分を行うに当たっては,福祉事務所長は入所決定の審査
基準を定めなければならない。原告らは,中福祉事務所長及び東福祉事務所長は,
本件各児童らを保育所に入所させるかどうかを判断するにあたって,審査基準を定
めなかったのであって,同人らのかかる不作為は行政手続法5条1項に反し違法で
あると主張するので,この点につき検討する。
(イ)まず,被告は,東大阪市保育所入所措置条例(昭和62年3月31日東大阪
市条例第1号)において保育所に入所させるかどうかの基準を明記していると主張
する。
 そこで,同条例の定めについて検討すると,同条例2条においては,「保育所へ
の入所措置は,児童の保護者のいずれもが次の各号のいずれかに該当することによ
り,当該児童を保育することができないと認められる場合であって,かつ,同居の
親族その他の者が当該児童を保育することができないと認められる場合に行うもの
とする。(1)昼間に居宅外で労働することを常態としていること,(2)昼間に居宅内
で当該児童と離れて日常の家事以外の労働をすることを常態としていること,(3)妊
娠中であるか又は出産後間がないこと,(4)疾病にかかり,若しくは負傷し,又は精
神若しくは身体に障害を有していること,(5)長期にわたり疾病の状態にある又は精
神若しくは身体に障害を有する同居の親族を常時介護していること,(6)震災,風水
害,火災その他の災害の復旧に当たっていること,(7)市長が認める前各号に類する
状態にあること。」と定められている(乙3)。
 当該児童を保育所に入所させるかどうかにあたっては,当該児童が保育に欠ける
児童かどうか,保育に欠ける児童であるとしていずれの児童の保育の必要性が高い
かが判断されることになるところ,上記条例は,保育に欠ける児童かどうかを判断
するにあたって一定の基準を示しているものの,いずれの児童が保育の必要性が高
いかどうかを判断するにあたっての判断基準を示すものでないから,上記条例が存
在することをもって,保育所に入所させるかどうかの審査基準が定められていたと
いうことはできない。
(ウ)次に,中福祉事務所長及び東福祉事務所長が,一部の例外はあるものの,概
ね本件選考指数に従って保育所の入所の可否について判断をしていたことは,既に
認定したとおりであるところ,本件選考指数では,母親の就労状況,母親の不在・
疾病,世帯の状況などについてそれぞれ細分化された基準を設けて点数化されてい
るのであるから,行政手続法5条1項にいうところの「審査基準」に該当するとい
うべきである。
 これに対し,原告らは,本件選考指数が担当者の引継を通じて伝承されてきたこ
とをもって本件選考指数は行政手続法5条1項にいうところの審査基準に該当しな
いと主張するが,法令上審査基準を書面で定めなければならないとした規定はない
から,書類が作成されていないことをもって本件選考指数が行政手続法5条1項に
いうところの審査基準に該当しないと解することはできない。
 また,原告らは,本件選考指数においては,「常勤・パート」「外交・販売」
「自営」の区別,「協力者」と「中心者」との区別及び「危険度」の区別が不明確
であり,行政手続法5条1項にいうところの審査基準足りえないと主張する。
 しかしながら,行政手続法5条2項は,審査基準は「当該許認可の性質に照らし
てできる限り具体的なものとしなければならない。」と定めているところ,「常
勤・パート」「外交・販売」「自営」については,そもそもいずれに該当するかを
判断することが困難であるとは認め難いし,「協力者」と「中心者」の区別は仕事
への関与の程度を示すものであり,また「危険度」についても程度概念であって,
そもそも客観的に明確な基準を定めることが困難な事情であるから,ある程度抽象
的な基準となるのはやむを得ず,行政手続法5条2項に反するということはできな
い。
(エ)以上のとおり,中福祉事務所長及び東福祉事務所長が,保育所入所処分に必
要な審査基準を定めておらず,行政手続法5条1項に反するとの主張は採用するこ
とができない。
イ 審査基準が公にされていたかどうか。
(ア)行政手続法5条3項は,「行政上特別の支障があるときを除き,法令により
当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法に
より審査基準を公にしておかなければならない。」と定めている。したがって,中
福祉事務所長及び東福祉事務所長は,行政上特別の支障があるときを除き,保育所
に入所させるかどうかの審査基準を公にしておかなければならない。原告らは,中
福祉事務所長及び東福祉事務所長は,保育所に入所させるかどうかの審査基準を公
にしていなかったのであるから,かかる不作為は行政手続法5条3項に反し違法で
あると主張するので,この点につき検討する。
(イ)被告は,東大阪市保育所措置条例(昭和62年3月31日東大阪市条例第1
号)に明記されており,原告らは審査基準を知ることができたと主張するが,前述
のとおり,上記条例は,保育に欠ける児童か否かを判断するに当たって考慮すべき
事項を示すものではあるが,保育所の定員が不足しているため保育に欠ける児童全
員を入所させることができない場合にいずれの児童を入所させるべきかを判断する
ための基準を示すものではないから,原告らが上記条例を知ることができたことを
もって,保育所に入所させるかどうかの審査基準が公にされていたということはで
きない。
(ウ)次に,被告は,入所希望者は,保育所入所申込書,入所理由説明書及び入所
調査書に記入する際に,保育所入所の審査基準を知ることができたと主張する。
 そして,証拠(乙5ないし乙7の2)によれば,入所希望者が申請に当たって提
出する保育所入所申込書,入所理由説明書及び調査書には,母親の状況として,外
勤(常勤・パート・外交),自営(居宅内・居宅外)・内職などのうちいずれに該
当するのか記載する欄があり,母親が働いている場合あるいは求職中である場合に
は,その職務の内容を記載する欄があり,仕事の内容,勤務時間,月収,通勤時
間,自営の場合には中心者か協力者であるかなどを記載することになっているな
ど,選考指数表において入所の判断事項とされていた事項については,概ね記載す
るよう求められている。
 しかしながら,法5条3項が,行政庁に対し,審査基準自体を公にすることを義
務づけているのは,文言上明らかであるところ,上記保育所入所申込書,入所理由
説明書及び入所調査書には審査基準が明示的に記載されておらず,かつ,これらの
書面を見ても,記入した事項のうちどの事項が判断の基礎とされるのか,どのよう
な記載があれば有利に扱われるのかなどについては全くわからないのであるから,
入所希望者がこれらの書類を見ることができたことをもって,審査基準である本件
選考指数を公にしたということはできない。
(エ)そして,証拠(証人E,証人F)及び弁論の全趣旨によれば,中福祉事務所
長及び東福祉事務所長が本件選考指数自体を公にしていなかったことは明らかであ
るから,行政手続法5条3項に違反しており,違法であるというほかない。
(オ)なお,被告は,本件選考指数は,相当細分化され,かつ,具体的に点数化さ
れていたところ,このような入所基準を公にした場合には,入所基準に合わせた申
請を誘発するなど,入所審査の公平さが担保できない可能性があったのであるか
ら,本件選考指数を公にしなかったことは違法ではないと主張する。
 かかる主張は,行政手続法5条3項にいうところの「行政上特別の支障」が存在
するとの主張であると解されるが,「特別の支障」という以上,他の申請に対する
処分とは異なる具体的な支障が生ずることが必要であると解されるところ,審査基
準に合わせて申請がなされるおそれがあることは,申請に対する処分一般について
いえることであり,他の申請に対する処分とは異なる具体的な支障が生ずることに
ついて主張立証がなされているのであればともかく,かかる抽象的なおそれがある
ことをもって公にしなくともよいと解することはできない。したがって,上記被告
の主張は採用することができない。
(カ)以上のとおり,本件各保留処分が行政手続法5条3項に違反する状況でなさ
れたことは明らかであるというほかない。
ウ 決定不通知の違法
(ア)原告Cらは,本件保留処分3の決定通知を受けていないから,本件保留処分
3は違法であると主張するのでこの点につき検討する。
(イ)証拠(原告C2本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ
る。
a 原告Cらは,東福祉事務所長に対し,平成9年5月8日,長女につき入所措置
申請を行ったが保留処分となった。
b 東福祉事務所長は,原告Cらに対し,二女につき保育所において保育すること
を決定し,平成10年2月28日,これを通知した。
c 原告C2は,二女の入所通知書が送付されてきたものの,C3の入所措置申請
に対する決定の通知書が送付されてこないことから,その結果を知るために東福祉
事務所に対して電話をしたところ,東福祉事務所の職員は,「お二人一緒に入所申
請をしていて,どちらか一方にしか入所決定通知書が来なかった場合は,来てない
方は保留ということでご了承願います。」と返答した。
d なお,証人Fは,原告Cらに対し,C3の保留処分の通知書を送付した旨供述
しているが,被告から上記供述を裏付ける通知書等が提出されておらず,信用する
ことができない。
(ウ)原告らは通知が来なかったことがどの法律に反するのか主張しておらず,そ
の意図するところは必ずしも明確ではないが,保留決定がなされたにもかかわらず
その通知がなされなかったことが違法となるのは,保留決定がなされたとしても,
申請者に対して当該決定についての通知がなされなければ,当該決定の効力は発生
しないことになるのであるから,通知がなされなかった結果,行政庁が応答すべき
処分を不当に放置していたと評価することができる場合であると解するのが相当で
ある。
 本件においては,原告C2が電話をかけたからであるとはいえ,平成10年2月
28日に保留処分がなされた旨が伝えられているのであるから,東福祉事務所長が
応答すべき処分を不当に放置していたと評価することはできず,原告C3に対する
保留通知がこなかったことが違法であるとの原告Cらの主張は採用することができ
ない。
エ 行政手続法8条1項違反
(ア)原告らは,中福祉事務所長及び東福祉事務所長は,本件各保留処分について
全く理由を提示しておらず,行政手続法8条1項に反すると主張するので,この点
につき検討する。
(イ)前述のとおり,本件各保留処分については行政手続法第2章の規定が適用さ
れるところ,同法8条1項は,「行政庁は,申請により求められた許認可等を拒絶
する処分をする場合は,申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなければな
らない。ただし,法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量
的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって,当該申請が
これらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類から明らかであるときは,申
請者の求めがあったときにこれを示せば足りる。」と定めている。そして,行政手
続法5条1項が,行政庁は申請により求められた許認可等をするかどうかをその法
令の定めに従って判断するために必要とされる審査基準を定めることを要求してい
ること,行政手続法8条1項が申請により求められた許認可等を拒否する処分に理
由を提示すべきものとしているのは,行政庁の判断を慎重ならしめ,恣意を抑制す
るとともに,処分の理由を申請者に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出
たものであることに照らすと,どのような事実に基づいて判断したのか,審査基準
のどの項目がいかなる点で満たされないと判断したのか,どのような法的理由によ
り判断されたのかが示されていなければならないものと解するのが相当である。
 そして,証拠(甲6の1,6の3)によれば,原告Aら及び原告Bらに対して送
付された保育所入所保留通知書には,「過日,申込のありました保育所入所措置申
請につきましては,4月1日現在保育所の収容能力の関係上入所の見込みがつきが
たく,やむを得ず保留措置をとらざるを得ませんので,あしからずご了承くださ
い。」と記載されているにすぎず,原告A3及びB3につきいかなる事実認定のも
とに判断がなされたのか,どのような審査基準が適用されいかなる審査項目が満た
されていないのかが全く不明であり,これをもって行政手続法8条1項にいう当該
処分の理由が示されたものと認めることはできない。
 また,原告Cらについては,原告Cらに対して保育所入所保留通知書が送付され
た事実及び原告C2が中福祉事務所に対して電話をかけてC3の入所の可否を尋ね
た際に本件保留処分3を行った理由について説明した事実を認めるに足りる証拠は
ないから,同項にいう当該処分の理由が示されたものと認めることができないのは
明らかである。
 したがって,本件各保留処分は,処分の理由を提示することなくなされており,
かつ,全証拠を検討しても行政手続法8条1項ただし書に該当する事由を認めるに
足りる証拠はないから,行政手続法8条1項に反し違法であるというべきである。
オ 以上によれば,本件各保留処分は,いずれも行政手続法5条3項,同法1項に
反する違法なものであるところ,中福祉事務所長及び東福祉事務所長が上記違法行
為をなすにつき過失があったことは明らかである。
(3)東大阪市長の違法行為(国家賠償法1条1項)
ア 行政不服審査法25条違反
(ア)行政不服審査法25条1項ただし書は,審査請求につき,「審査請求人又は
参加人の申立てがあったときは,審査庁は,申立人に口頭で意見を述べる機会を与
えなければならない」と定めているところ,原告らは,原告らが,東大阪市長に対
し,本件各審査請求を申請するに際し,口頭意見陳述の機会を設けるように申し出
たにもかかわらず,東大阪市長は,その機会を与えることなく本件各裁決を行った
のは,行政不服審査法25条1項ただし書に反し,違法であると主張する。そこ
で,この点につき検討する。
(イ)証拠(甲95,証人G,原告A2本人,原告C2本人)によれば,以下の事
実が認められ,かかる事実認定を左右するに足りる証拠はない。
a 原告A2,原告C2及びどんぐり共同保育所の施設長であるGは,他の保護者
とともに,平成10年4月27日,東大阪市児童部児童課を訪れ,本件各児童らを
含む17名の児童らについて入所保留処分について行政不服審査請求書を提出し
た。
b その際,保護者らは,児童課課長のDに対し,各人の困っている事情について
述べ,Gは,同人に対し,口頭意見陳述の機会を与えるよう述べた。
c Gは,従前にも保育所入所保留処分を受けた保護者らが,行政不服審査請求を
行った際に手続に関与しており,手続に詳しかったことから,第1事件原告らが行
政不服審査請求を行う際に付き添い,口頭意見陳述の申し出をするなどの手続に関
することについては専らGが述べた。
d 東大阪市長は,原告らに対し,口頭意見陳述の機会を与えることなく,原告ら
の不服審査請求を棄却した。
e なお,証人Dは,Gが口頭意見陳述の申し出をしたかどうか記憶にないと供述
するが,同人も明確に申し出がなかったことを断言するものでなく,また,同人
は,本件各審査請求がなされた当時口頭意見陳述の手続について知らなかった旨述
べているのであるから,いかなる申し出がなされたのか理解していなかったものと
認められるのであり,同人のかかる供述は,上記認定を左右するものでない。
(ウ)行政不服審査法25条1項ただし書きは,「審査請求人又は参加人の申立て
があったときは,審査庁は,申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければなら
ない。」と定めている。本件において実際に口頭意見陳述の機会を与えるよう求め
たのはGであって,同人は審査庁の許可を得た参加人(同法24条1項)ではない
から,同人の申し出を審査請求人である第1事件原告らの申し出とみることはでき
ない。しかしながら,Gは,原告らが手続に詳しくないことから原告C2及び原告
A2らに付き添って行政不服審査請求書を提出に来たのであり,GがD児童課課長
に対して口頭意見陳述の機会を与えるよう求めた際に原告C2及び原告A2らは何
ら異議を唱えていないのであるから,原告C2及び原告A2についても口頭意見陳
述の機会を与えるよう求める意思であり,かつ,その意思を黙示的に表明したもの
と解するのが相当である。原告Bらについては,上記審査請求を行った際には東大
阪市児童部児童課を訪れていないのであるから,口頭意見陳述の申し出があったと
みるのは困難というほかない。
 以上によれば,原告Aら及び原告Cらに対し,口頭意見陳述の機会を与えること
なくなされた本件各裁決は,行政不服審査法25条1項ただし書に反し違法という
べきである。
イ 東大阪市事務専決規程3条違反
 東大阪市事務専決規程3条(別表1)によれば,行政上の不服申立手続について
は,「重要なもの」「軽易なもの」という分類があり,担当部長が決裁できるのは
「軽易なもの」であるとされているところ,原告らは,本件各裁決を「軽易なも
の」と位置付けて担当部長である児童部部長が決済したことは,手続上の重大な違
法であると主張する。
 原告らは,本件各審査請求が各家庭の生活設計にとって重要であること,17人
という多数の者が審査請求を同時に行ったことを根拠として原告らの審査請求が上
記専決規程3条(別表)にいうところの「重要なもの」該当すると主張するが,事
務専決規程は東大阪市の事務分配の規定であるから,同規程にいうところの重要な
ものかどうかは不服申立の対象となっている処分が被告にとって重要かどうかによ
って決せられるものであり,原告らの生活設計にとって重要かどうかは同規程にい
うところの重要かどうかとは別問題であるし,多人数の者が同時に申請を行ったか
らといって処分が直ちに重要なものになるともいえないから,原告らの上記主張は
失当である。
ウ 行政不服審査法41条1項違反
(ア)原告らは,東大阪市長は,原告らの審査請求にかかる裁決書につき,「選考
の結果,入所できた子に比較して順位が低かった」と述べているにすぎず,全く理
由を附していないから,本件各裁決は,行政不服審査法41条1項に反し違法であ
ると主張する。
 そこで検討すると,行政不服審査法41条1項が裁決に理由を附記すべきものと
しているのは,審査庁の判断を慎重ならしめ,恣意を抑制するとともに,請求人の
不服の事由に対する判断を明確ならしめる趣旨にでたものであるから,附記される
べき理由は,請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにし
なければならないものというべきである。もっとも,審査請求を棄却する場合に
は,原処分の通知書の附記理由と相まって,原処分を正当として維持する理由を明
らかにしてれば足りると解するのが相当である。
(イ)証拠(11の1,11の3,甲12の3)によれば以下の事実が認められ
る。
a 原告Aらについて
 原告Aらの審査請求に対する裁決書には,裁決の理由として「審査請求人の申し
立てについて,希望した鴻池保育所は,入所可能数5人に対して申込者延べ35人
となっており,審査請求人の子,A3について児童福祉法39条1項に規定する保
育に欠けるところがないとはいえないが,選考の結果,入所を決定した者と比較し
て保育に欠ける要件が低いと判断されたものであり,係る判断について調査を行っ
たが中福祉事務所長の行った判断はこれを不適正であるとはいえない。」と記載さ
れている。
b 原告Bらについて
 原告Bらの審査請求に対する裁決書には,裁決の理由として「審査請求人の申し
立てについて,希望した岩田保育所は,入所可能数4人に対して申込者延べ29人
となっており,審査請求人の子,B3について児童福祉法39条1項に規定する保
育に欠けるところがないとはいえないが,選考の結果,入所を決定した者と比較し
て保育に欠ける要件が低いと判断されたものであり,係る判断について調査を行っ
たが中福祉事務所長の行った判断はこれを不適正であるとはいえない。」と記載さ
れている。
c 原告Cらについて
 原告Cらの審査請求に対する裁決書には,裁決の理由として「審査請求人の申し
立てについて,第1に希望した鳥居保育所は,入所可能数4人に対して申込者延べ
30人となっており,第2に希望した石切保育所は,入所可能数4人に対して申込
者数延べ22人となっており,審査請求人の子,C3について児童福祉法39条1
項に規定する保育に欠けるところがないとはいえないが,選考の結果,入所を決定
した者と比較して保育に欠ける要件が低いと判断されたものであり,係る判断につ
いて調査を行ったが中福祉事務所長の行った判断はこれを不適正であるとはいえな
い。」と記載されている。
(ウ)本件各裁決の裁決書には,本件各児童らが保育に欠ける児童であると認定し
ていること,保育所の定員との関係上保育所に入所させることができなかったこと
については明記されているが,入所を決定した者と比較して本件各児童らが保育に
欠ける要件が低いと判断された理由が明記されていない。入所希望者数と比較して
入所可能者数が少ない場合には,いずれの者が保育に欠ける要件が高いかというこ
とが判断の中心となるのであるから,本件各裁決書の記載は,この点につき理由が
明らかにされてない以上,原処分の理由と併せてみても,原処分が相当であって審
査請求が理由がない,とする具体的理由の記載があったものということはできな
い。
 したがって,本件各裁決は,行政不服審査法41条1項に反し違法である。
エ 以上によれば,本件各裁決は,いずれも行政不服審査法25条1項ただし書
(ただし,原告Bらを除く),同法41条1項に反する違法なものであるところ,
東大阪市長が上記違法行為をなすにつき過失があったことは明らかである。
(4)間違った事実に基づいて判断された違法(原告Bらについて)
 原告Bらは,原告Bらの審査請求に対する裁決は,誤った事実を前提としてなさ
れたものであるから違法であると主張する。
 原告Bらは,上記裁決がいかなる手続規定に違反するのか明らかにしていないか
ら,かかる主張は結局事実誤認を主張するものと解さざるを得ず,原告Bらに対す
る本件保留処分2が実体上違法であるとはいえないことは前述のとおりであるか
ら,原告Bらの上記主張は失当である。
2 損害について
(1)第1事件原告らは,本件各保留処分がいずれも法24条本文又は24条ただ
し書に違反することを前提として,本件各保留処分によって経済的損害及び精神的
損害を被ったと主張するが,かかる主張はその前提を欠き,失当というべきであ
る。
(2)手続的違法によって被った第1事件原告らの精神的損害
 前述のとおり,本件各保留処分は,行政手続法5条3項,8条1項に反してお
り,また,本件各裁決は,行政不服審査法25条1項ただし書,41条1項に反し
ておりいずれも違法であるところ,これらの違法行為によって第1事件原告らが精
神的苦痛を被ったものであることは明らかであるから,被告は,第1事件原告らに
対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料を支払うべき義務があるところ,第1
事件原告らの慰謝料額は,本件にあらわれたすべての事情をしんしゃくし,1人あ
たり15万円と認めるのが相当である。なお,これに対する付帯請求の始期は,上
記違法行為が最後になされた本件各裁決時である平成10年8月4日と認めるのが
相当である。
(3)原告A3の損害
 原告A3は,原告Aらが請求した入所措置申請及び審査請求に関する手続が違法
であったことにより精神的損害を被ったと主張するが,入所措置申請及び審査請求
人は原告A3ではなく原告Aらであるから原告A3が手続が違法であったこと自体
により精神的損害を被ったものと認めることはできない。
3 結論
 以上の次第で,第1事件原告らの請求は主文第1項の限度で理由があるからその
限度で認容することとし,原告A3の請求は理由がないからこれを棄却することと
し,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所 第二民事部
裁判長裁判官 三浦潤
裁判官 林俊之
裁判官 中島崇

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛