弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     第二〇九四号事件について
     原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。
     第一審原告Aの請求を棄却する。
     第二二九七号事件について
     本件各控訴を棄却する。
     訴訟費用は、第一審原告Aと第一審被告との間では、第一、二審とも同
第一審原告の負担とし、第一審原告有限会社西芳家具工業と第一審被告との間では
控訴費用を同第一審原告の負担とする。
         事    実
 第一審原告ら訴訟代理人は、第二二九七号事件につき「原判決中第一審原告ら敗
訴の部分を取り消す。第一審被告は、第一審原告Aに対し金五〇万円、第一審原告
有限会社西芳家具工業に対し金六万円及びこれらに対する昭和五一年五月一四日又
は昭和五三年九月二三日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払
え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決及び仮執行の
宣言を求め、第二〇九四号事件につき控訴棄却の判決を求めた。
 第一審被告指定代理人は、第二〇九四号事件につき「原判決中第一審被告敗訴の
部分を取り消す。第一審原告Aの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一
審原告Aの負担とする。」との判決を求め、第二二九七号事件につき控訴棄却の判
決を求めた。
 当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の関係は、次に付加するほか、
原判決の事実摘示(原判決七丁裏五行目「予盾調整」を「矛盾調整」に改め、九丁
表一二行目「九月一〇日」及び同一三行目「六月二〇日ないし二一日」を「中」に
改め、九丁裏六、七行目「一三日から同年一二月六日までの間、」を「から同年一
二月にかけて」に改め、一三丁表八行目「B」を「Bら」に改める。)と同一であ
るから、これを引用する。
 (第一審原告ら訴訟代理人の陳述)
 一 通告処分に瑕疵がある場合に救済方法がないというのは不合理である。通告
処分の性質が、犯則者と国との間における一種の私和を認めたものであるならば、
私人間の和解と異なるところはなく、裁判上の和解でさえ錯誤により無効とされる
場合があるのであり、また、通告の旨が履行されないときは刑事事件として裁判で
犯則の事実が審理されることとなるが、刑事裁判自体再審事由があれば救済される
のである。このような観点からみると、通告処分が無効である場合(犯則行為でな
いものに対する通告、犯則者でない者に対する通告等)、通告自体が不存在である
場合、刑事訴訟法第四三五条第四号から第六号までに相当するような事由がある場
合、通告の旨を履行するについて錯誤があつた場合、課税処分の一部又は全部が取
り消され、犯則行為に該る事実がなかつたとされた場合等一定の事由がある場合に
は、救済されるべきである。
 二 しかして、通告処分につき当該公務員に故意又は過失があれば国家賠償を求
めることができ、正義公平の見地から国が罰金相当額の金銭を保持する合理性がな
ければ、不当利得返還を求め得るというべきである。
 三 第一審被告が主張するところは、救済の範囲が余りにも狭すぎるし、行政行
為の公定力の理論をそのまま通告処分に導入するのは不当である。
 (第一審被告指定代理人の陳述)
 通告を受けた者は、その旨を履行するかどうか自由に決し得るのであるから、履
行した以上通告の効力を争い得ないのが原則であり、通告処分を行う権限を有しな
い者がした通告である場合、通告の基礎となつた事実が全く不存在である場合等通
告を当然無効とすべき重大かつ明白な瑕疵がある場合以外は、通告処分の無効を理
由として損害賠償請求又は不当利得返還請求をすることはできないというべきであ
る。
         理    由
 一 請求原因1から3までの事実は、当事者間に争いがない。
 ところで、国税犯則取締法による本件通告は、国税局長又は税務署長(以下「国
税局長等」という。)が間接国税に関する犯則事件の調査により犯則の心証を得た
場合に、犯則者に通告の旨を履行する資力がないと認められるとき又は情状が懲役
刑に処すべきものと思料されるときを除き、罰金相当額等を納付すべき旨を通告す
るものであつて、犯則者が通告を受けた日から二〇日以内にこれを履行しないとき
は、検察官に告発の手続をとるべきものとされ、その場合には、公訴の提起により
刑事手続において通告の対象となつた犯則事実について審理裁判されるが、犯則者
が通告の旨を履行した場合には、同一事件について公訴の提起を受けることがない
とされている。国税犯則取締法上、通告に係る金員の納付については、これを強制
する手段はなく、通告の旨を履行するか否かは、犯則者の自由意思にまかせられて
いるのであつて、この点からみると、通告処分は、一種の行政処分ではあるが、抗
告訴訟の対象とはならないと解するのが相当である。
 国税犯則取締法第一四条第一項によれば、国税局長等は、犯則の心証を得たとき
は通告処分をすべきものとし、犯則事実の客観的存在をその要件とはしていない。
しかし、犯則の心証は調査を前提としていることや通告処分の目的、効果から考え
ると、国税局長等が犯則の心証を得ることがもつともであるという客観的事情が存
在することが通告処分の実質的要件であると考えられる。したがつて、通告の時に
おいて、調査の結果に照らして犯則の心証を得たことに客観的合理性があれば、犯
則事実が存在しなかつたとしても、通告処分は適法というべきであり、通告処分が
違法・無効とされるのは、通告の時における判断資料に照らして当該判断に合理的
根拠を欠くという極めて例外的な場合に限局されるものと解すべきである。 二 
そこで、まず、第一審原告らの国家賠償請求について判断する。
 長野税務署長が、昭和五一年四月二六日付けで第一審原告会社に対して昭和四六
年二月から昭和四九年一〇月までの間のうち四二か月分の物品税を三九四万七九〇
〇円とする更正又は決定及び加算税を三九万三一〇〇円とする賦課決定をしたが、
関東信越国税不服審判所長の昭和五二年一二月二二日付け裁決では、原処分の課税
標準額算出の過程における原価計算の一部に第一審原告ら指摘のような誤りほかの
誤りがあつたため、本税四一万四八〇〇円、加算税三万四八〇〇円のみが維持さ
れ、本税三五六万一一〇〇円、加算税三五万八三〇〇円が取り消されたこと、本件
通告に係るほ脱額のうち裁決て維持されたと認められるものが原判決別表「裁決後
の額に対応する額」欄記載のとおり、第一審原告A分が二二万二〇〇円、第一審原
告会社分が三万二三〇〇円てあることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない
甲第一ないし第三、第五号証、乙第一、第二、第四ないし第七号証、原審証人Cの
証言により真正に成立したと認める乙第三号証、同証人及び原審証人Bの証言並び
に第一審原告会社代表者兼第一審原告Aの原審における本人供述(第一、二回)を
総合すると、第一審被告の請求原因に対する答弁4の(1)及び(2)の事実(こ
のうち、前記当事者間に争いのない部分を除く。)がすべて認められるほか、第一
審原告Aは第一審原告会社の物品税を免れる目的て、昭和四六年一月ころから同年
七月ころまでに移出した婚礼セツト家具中の和たんすを非課税物品てある総桐製と
偽り、同年七月ころ以降は、各婚礼セツト家具一セツトのほかに他の物品を抱き合
せて一セツトとし、その抱合せ物品の価格を通常の取引価格より高価にして婚礼セ
ツト家具の価格を操作し、和たんすの価格が課税最低限度未満になるようにしたこ
と、第一審原告Aが本件物品税調査に対して不満や異議を述べるようになつたのは
本件通告処分、課税処分(特に、後者)を受けてからであり、長野税務署間税第二
部門統括国税調査官B、同税務署長に面接するなどして不満を訴えたところ、通告
の旨を履行しなければ検察官に告発せざるを得ないこと、通告の旨を履行しても課
税処分について不服申立てをし、それが容れられればその分の物品税は返還される
ことを告げられ、当時通告と課税処分の違いを十分理解していなかつた第一審原告
Aは、不服申立てが容れられれば支払つた金員はすべて返還されると思い込み、納
付期限経過後の昭和五一年五月一四日通告の旨を履行したこと、昭和五一年四月二
六日付けで第一審原告会社に対して長野税務署長がした昭和四六年二月から昭和四
九年一〇月までの間のうち四二か月分の物品税を三九四万七九〇〇円とする更正又
は決定及び加算税を三九万三一〇〇円とする賦課決定処分は、本件物品税のほ脱に
関して関東信越国税局が調査した資料の送付を受け、右資料に基づいてしたもので
あることが認められ、右認定に反する前記Aの原審における本人供述(第一、二
回)の一部は前掲各証拠に照らして措信しない。
 以上認定の事実によれば、本件通告と課税処分の基礎資料は共通であり、課税処
分の対象となつた事実の一部が本件通告に係る犯則事案とされた関係にあることと
なり、その課税処分の一部が取り消されたことからすると、これに対応する犯則事
実は存在せず、原判決別紙「裁決後の額に対応する額」欄記載の分が存在したもの
と認めるのが相当である。
 しかしながら、更に前掲各証拠を総合すると、関東信越国税局収税官吏は、本件
調査においてはすべて第一審原告Aが記載したメモを基礎として婚礼セシト家具の
各構成品について材積計算をしたか、その過程において右Aは第一審原告会社の従
業員の意見も聴いていること、製品についての使用材料を従業員が記録している事
実はないこと、本件調査の過程において整理たんす及び下駄箱に栃の突板を使用し
ている旨の申出が第一審原告Aから出された事実はなかつたこと、材積計算書の確
認後原価計算書作成までの間に、第一審原告Aから和たんすの栃の突板使用枚数
二・五枚では不足である旨の申出により材積計算上二・五枚としていたのを原価計
算上四枚と改めたものであること、原価計算については、当時第一審原告会社の経
理を担当していたD税理士の意見として、算定方法を了承する旨の発言があつたこ
とが認められ、右認定に反する前記Aの原審における本人供述(第一、二回)の一
部は前掲各証拠に照らして措信できず、これら認定の事実と前記認定事実とを併せ
ると、長野税務署収税官吏、関東信越国税局収税官吏の調査及び証憑集取の手続は
いずれも適法であり、右調査の結果は各種証憑書類のほか第一審原告会社の代表取
締役たる第一審原告Aの供述等に依拠するものであり、特に原価計算についてはそ
の経理担当のD税理士の了承まで得ているものであり、関東信越国税局長は同国税
局収税官吏から右調査の報告を受け、本件通告に係る犯則事実の心証を得て適式の
手続によつて本件通告を行つたと認められるから、本件通告処分は手続上適法であ
り、通告時における関東信越国税局長の犯則の心証には合理性があるというべきで
ある。本件通告と共通の資料に基づく課税処分が後に裁決により一部取り消された
ため、これに対応する犯則事実が存在しなかつたとせざるを得ないことは前示のと
おりであるけれども、前掲各証拠(Aの本人供述(第一、二回)を除く。)によれ
ば、第一審原告Aは審査請求の段階では本件通告前の調査時における供述等をかな
りの部分にわたつて翻していることが認められ、一方、本件通告における事前調査
及び心証形成の経緯が右のとおりである以上、右課税処分が後に一部取り消された
からといつて、本件通告時における関東信越国税局長の犯則の心証の合理性を動か
すことはできない。
 第一審原告らは、第一審原告Aに第一審原告会社の物品税をほ脱する故意はなか
つたので本件通告に係る犯則事実は不存在である旨主張するが、前記認定事実によ
れば、ほ脱の故意があつたことは明らかである。また、長野税務署の収税官吏であ
るBらの本件通告についての説明内容は前記認定のとおりであるところ、これによ
れば、その説明や指導に誤りがあつたとすることはできない。
 したがつて、本件通告処分には第一審原告ら主張のような違法事由があると認め
ることはできず、第一審原告らの国家賠償請求は理由がない。
 <要旨>三 次に、第一審原告らの不当利得返還請求について判断する。
 第一審原告らは、法律上の原因がないという要件につき、まず本件通告が無効で
あることを主張するけれども、本件通告には何ら違法の点がないこと、特に課税処
分が後に一部取り消されたためこれに対応する犯則事実が存在しなかつたとせざる
を得ない事情があつても、なおその部分をも含めて本件通告の適法性が失われない
ことは、右二において詳しく説示したとおりであるから、本件通告を無効とすべき
余地はなく、したがつて、第一審原告らの右主張は採用することができない。な
お、右の一部取り消された課税処分に対応する犯則事実を除外すれば、原判決別表
「裁決後の額に対応する額」欄記載の分が犯則事実として存在したことになるとこ
ろ、そのほ脱額は、第一審原告A分が二六か月で合計二二万二〇〇円、第一審原告
会社分が五か月で合計三万二三〇〇円であるから、その処断刑たる罰金額を算定す
ると、第一審原告Aについては一三〇〇万円以下、第一審原告会社については二五
〇万円以下となる(物品税法第二九条・第四四条第一項第一号・第四七条第一項、
刑法第四八条第二項参照)。そうすると、本件通告のうち、一部取り消された課税
処分に対応する分は無効とすべきではないかという点を問題にしてみたところで、
その対応関係を明らかにすることができないのみならず、関東信越国税局長として
は、その分を除外しても、右の処断刑たる罰金額の範囲内で第一審原告らに対して
通告すべき罰金相当額を定め得るのであり、その裁量の範囲内である本件罰金相当
額等の納付が法律上の原因を欠くということにはならないというべきである。
 なお、第一審原告らは、通告の旨を履行するについて錯誤があつたと主張し、第
一審原告Aが、課税処分に対する不服申立てが容れられれば本件通告に従つて納付
した金員も返還されると思い込んでいたことは前記認定のとおりであるが、他方、
長野税務署間税第二部門統括調査官Bらが通告について第一審原告Aに説明した内
容は、通告と課税処分とは別のものであること、通告の旨を履行するかどうかは第
一審原告らの自由な選択にまかされ、これを履行すれば公訴権消滅の効果が生じる
こと、通告に不服であれば国税局長の告発をまつて裁判所で争うことができ、課税
に不服であれば不服申立てによつて国税不服審判所で争うことができること、通告
についてはこれを履行し、課税処分についてだけ争うこともできるなどであること
も既に認定したとおりであるから、右Bの説明や指導に誤りがあつたとはいえず、
通告に基づく罰金相当額等の金員の納付について錯誤の理論が適用されるとして
も、第一審原告Aの右の錯誤は動機の錯誤に過ぎないし、納付された金員の全部が
法律上の原因を欠くことにならない以上、右の錯誤は行為の結果に影響を及ぼすも
のではない。 また、第一審原告らは、通告処分に瑕疵がある場合の救済について
当審においても種々主張するが、独自の見解であつて、採用できない。
 以上のとおりであるから、第一審原告らの不当利得返還請求もまた理由がない。
 四 以上のとおりであるから、第一審原告らの本訴請求は失当として棄却すべき
ものである。
 よつて、第二〇九四号事件について本件控訴は理由があるから右と異なる原判決
の第一審被告敗訴の部分を取り消して第一審原告Aの請求を棄却し、第二二九七号
事件について本件控訴は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の
負担については、第一審原告Aと第一審被告との間では民事訴訟法第九六条及び第
八九条を、第一審原告有限会社西芳家具工業と第一審被告との間では同法第九五条
及び第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 梅田晴亮 裁判官 上野精)

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