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平成17年(行ケ)第10069号 審決取消請求事件(旧事件番号 東京高裁平
成16年(行ケ)第210号)
平成17年(行ケ)第10087号 共同訴訟参加事件(旧事件番号 東京高裁平
成16年(行ケ)第352号)
口頭弁論終結日 平成17年9月27日
          判           決
   
       原      告   パイオニア株式会社
       代表者代表取締役   
   
       共同訴訟参加人   東北パイオニア株式会社
       代表者代表取締役   
       両名訴訟代理人弁理士 石川泰男
同          石橋良規
   
       被      告   特許庁長官
                  中嶋 誠
       指定代理人   末政清滋
       同          鹿股俊雄
       同          高橋泰史
       同          高木 彰
       同          伊藤三男
       同          宮下正之
          主           文
    1 原告及び共同訴訟参加人の請求を棄却する。
    2 訴訟費用は原告及び共同訴訟参加人の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告及び共同訴訟参加人
   特許庁が不服2002-14474号事件について平成16年3月29日に
した審決を取り消す。
 2 被告
  (1)本案前の答弁
    本件訴え及び本件共同訴訟参加の申出をいずれも却下する。
  (2)本案の答弁
    主文第1項と同旨
第2 事案の概要
 本件は,原告及び共同訴訟参加人が,後記発明につき特許出願をしたが特許
庁から拒絶査定を受けたためこれを不服として審判請求をしたところ,審判請求不
成立の審決を受けたため,その取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
 1 請求原因
 (1)特許庁における手続の経緯
   原告及び共同訴訟参加人(以下「参加人」という。)は,平成7年11月
24日,名称を「有機EL素子」とする発明につき共同で特許出願(甲2。以下
「本件特許出願」という。)をしたが拒絶理由の通知を受けたので,平成14年4
月30日付けで特許請求の範囲等につき手続補正(甲4の2)をしたものの,平成
14年6月26日付けで特許庁から拒絶査定(甲5)を受けた。
   そこで,原告及び参加人は,同年8月1日,これに対する不服の審判請求
(甲6)をしたところ,特許庁は,これを不服2002-14474号事件として
審理した上,平成16年3月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決(以下「本件審決」という。甲1)をなし,その謄本は平成16年4月13日
原告及び参加人の代理人である弁理士石川泰男に送達された。
(2)発明の内容
  平成14年4月30日付け手続補正書(甲4の2)により訂正された明細
書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,下記のとおりであ
る(下線は訂正箇所)。

【請求項1】有機化合物からなる有機発光材料層が互いに対向する一対の電
極間に挟持された構造を有する積層体と,この積層体を収納して外気を遮断する気
密性容器と,この気密性容器内に前記積層体から隔離して配置された乾燥手段とを
有する有機EL素子において,前記乾燥手段が化学的に水分を吸着するとともに吸
湿しても固体状態を維持する化合物により形成されていることを特徴とする有機E
L素子。
【請求項2】前記乾燥手段を形成する化合物がアルカリ金属酸化物またはア
ルカリ土類金属酸化物である請求項1記載の有機EL素子。
【請求項3】前記乾燥手段を形成する化合物が硫酸塩である請求項1記載の
有機EL素子。
【請求項4】前記乾燥手段を形成する化合物が金属ハロゲン化物である請求
項1記載の有機EL素子。
【請求項5】前記乾燥手段を形成する化合物が過塩素酸塩である請求項1記
載の有機EL素子。
【請求項6】前記乾燥手段を形成する化合物が有機物である請求項1記載の
有機EL素子。
【請求項7】前記気密性容器には不活性ガスが封入されているものである請
求項1記載の有機EL素子。
   (以下,【請求項1】の発明を「本願発明」という。)
  (3)本件審決の内容
  ア 本件審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。
    その要旨とするところは,本願発明は下記の引用例1発明,引用例2発
明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるか
ら,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない等というものであ
る。

① 特開平3-261091号公報(甲8。以下「引用例1」といい,こ
れに記載された発明を「引用例1発明」という。)
② 特開平7-211455号公報(甲9。以下「引用例2」といい,こ
れに記載された発明を「引用例2発明」という。)
  イ 本願発明と引用例1発明との一致点及び相違点についての認定
    審決は,本願発明と引用例1発明とを対比し,その一致点と相違点を,
下記のように摘示している。

   <一致点>
    「有機化合物からなる有機発光材料層が互いに対向する一対の電極間に
挟持された構造を有する積層体と,この積層体を収納して外気を遮断する気密性容
器と,この気密性容器内に前記積層体から隔離して配置された乾燥手段とを有する
有機EL素子において,前記乾燥手段が化学的に水分を吸着する化合物により形成
されている有機EL素子。」である点。
   <相違点>
    前記乾燥手段が,本願発明は吸湿しても固体状態を維持する化合物によ
り形成されているのに対して,引用例1は,吸湿して水に溶け(潮解),リン酸と
なる五酸化二リンにより形成されている点。
  (4)本件審決の取消事由
   しかしながら,本願発明は,その着想が全く新規で斬新な発明で特許法2
9条2項にいう進歩性を有する発明であるから,拒絶査定不服審判において請求不
成立とした本件審決は,以下に述べる理由により,違法(進歩性の判断の誤り)と
して取り消されるべきである。
   すなわち審決は,「一般に,密封容器内の乾燥状態を維持するために用い
られる乾燥剤は,長時間使用しても潮解することなく,固体状態を維持し,液状化
等による悪影響を周囲に及ぼさない特性を有することが望ましいことは,当業者が
容易に想起し得ることと認められる。してみれば,引用例1の発明における乾燥手
段を,潮解性による積層体への悪影響を避けるために,引用例2に多々記載される
潮解性のない「CaO等のアルカリ土類金属酸化物,CuSO4,NiSO4等の硫
酸塩,LiClO4からなる過塩素酸塩,有機物」及び前記先行技術に多々記載さ
れる潮解性のない「塩の無水物(無水硫酸マグネシウム,無水硫酸ナトリウム
等),塩化物(塩化カルシウム,塩化リチウム等),酸化物(酸化カルシウム
等)」に換えて,前記相違点の構成を有する本願発明の構成とすることは,当業者
が容易になし得ることである」(審決5頁最終段落~6頁第1段落)と判断した
が,同判断は,以下に述べるとおり誤りである。
ア 審決は,「一般に,密封容器内の乾燥状態を維持するために用いられる
乾燥剤は,長時間使用しても潮解することなく,固体状態を維持し,液状化等によ
る悪影響を周囲に及ぼさない特性を有することが望ましいことは,当業者が容易に
想起し得ることと認められる」(審決5頁最終段落)と認定したが,同認定は,本
願発明が解決しようとする課題及び本願発明の特徴的な構成を把握したために,本
願発明に影響されてしまった認定である。
  乾燥剤には,その目的や用途により様々なものが用いられており,乾燥
剤を選択する場合には,目的に応じた乾燥能力を有するか否かが検討されるはずで
ある。引用例1(甲8)には,乾燥剤として五酸化二リンが挙げられているが,当
該乾燥剤は乾燥能力(水分の吸着能力)を念頭におき選択されたものである。引用
例1が出願された当時の有機EL素子にあっては,有機EL層自体の開発が未熟で
あり,その寿命も短く,寿命を少しでも延ばすことが業界最大の目的であった。そ
のため,寿命の短縮の原因となる水分を確実に除去することが最大の課題であり,
乾燥剤に求められる能力としてはとにかく乾燥能力が大であることが要求されてい
た。当時の有機EL素子の寿命と乾燥剤として用いられた五酸化二リンの乾燥剤と
しての寿命(五酸化二リンに空気中の水が吸着し潮解するまでの時間)を比較する
と,圧倒的に有機EL素子の寿命が短く,当時においては,乾燥剤が潮解すること
による問題は生じ得なかったのである。甲10,甲11及び理論値の計算によれ
ば,気密性容器内に設置された乾燥剤としての五酸化二リンの10%が潮解するま
でに必要な時間は4万2000時間となり,本件特許出願当時の有機EL素子の寿
命と比べてはるかに長く,本件特許出願時において,乾燥剤としての五酸化二リン
の潮解が問題とはなり得ないことが分かる。
  このような事実によれば,審決の上記認定は,当時の技術水準や有機E
L素子特有の課題などを全く考慮しないものであり,誤りであることが明らかであ
る。
イ また,本願発明と引用例2(甲9)とを比較すると,本願発明が「気密
性容器内に積層体から隔離して配置された乾燥手段を有する有機EL素子」という
構成を有するものであるのに対し,引用例2は「有機EL素子の外側に設けられた
気相成膜法により形成された,吸水率1%以上の吸水性物質と吸水率0.1%以下
の防湿性物質とからなる保護層」を有する点において相違する。ここで,引用例2
における保護層は気相成膜法により有機EL素子の外側に形成されるものであるこ
とから考えると,明示はないもののその形成方法からして有機EL素子に密着して
形成されることは明らかである。一般に,引用例2におけるような積層体に密着し
て形成された保護層を有する構成は,本願発明や引用例1におけるような気密性容
器を備えた構成と比べ,防水性という点において弱く,例えば電極部のピンホール
から水分が浸入した場合は容易に有機EL素子へ到達してしまうものであり,本件
特許出願時にはほとんど実施化されていない技術である。
  引用例2に記載されている吸水性物質は,化学的吸着によるもののみな
らず,物理的吸着による物質,吸湿しても固体状態を維持する化合物,そうではな
い化合物を含め,全般的に吸水性物質を例示しているにすぎない上,引用例2には
たくさんの吸水性物質が例示されるているにもかかわらず,引用例1の五酸化二リ
ンについては開示されていない。なぜなら,引用例2においては,本願発明や引用
例1のように乾燥容器を用いる方法ではなく,吸水性物質を気相成膜して保護膜を
作る方法であるため,選択できる吸水性物質は気相成膜できるものに必然的に限定
されるからである。
  また,本願発明は「化学的吸着」に限定しているが,これは単に潮解性
のみを問題としているのではなく,物理的吸着ではいったん吸着した水分が温度が
上昇すると再度乾燥剤から離脱してしまう現象に着目した結果であり,このような
温度上昇に伴う水分の離脱についても引用例2には開示も示唆もない(例えば,水
分の乾燥剤としてはシリカゲルが有名であり,この物質は水分を吸着しても潮解す
ることはない。しかしながら,物理吸着であるため温度が上昇するといったん吸着
された水分がシリカゲルから離脱してまい,本願発明の吸着剤としては不適であ
る。)。そうすると,前提として本願発明の課題を示唆する記載がない引用例1か
ら,本願発明特有の課題を見いだすことが不可能であり,さらに,当該課題を解決
するために引用例1とは全く異なる防水方法を採用する引用例2から本願発明特有
の課題を解決することができる乾燥手段を取捨選択することは,当業者が到底容易
に想到できることではない。
ウ さらに,有機EL素子を外部の水分等から保護する方法としては,①本
願発明のように密閉容器を用いるタイプと,②引用例2のように保護膜を用いるタ
イプ,の2タイプが開発されていた。しかしながら,②の保護膜を用いるタイプの
場合,保護膜と有機EL素子を構成する積層体が直接に接触する構成であるため,
当該保護膜を形成する際に様々な問題が生じること等の理由により,現在は,①の
密閉容器を用いるタイプが主流となっており,実用化されている有機EL素子のほ
とんどが本願発明と同様①の密閉容器タイプである。
  なお,本願発明は,世界に先駆けて開発量産化した有機ELディスプレ
イ製品に用いられた画期的な発明である。すなわち,乾燥手段が吸湿した後も有機
EL素子に悪影響が及ぶことなく有機EL素子の超寿命化を図るという本願発明特
有の効果を奏するものである。市場に出てから10年近く経過した現在でもなお,
現行製品の大半に採用されていること,また,急拡大しているフラットパネルディ
スプレイ市場を支える有機EL素子市場の形成に貢献していることにかんがみれ
ば,本願発明は商業上の成功を収めており,進歩性の判断に当たっては,本願発明
の商業上の成功も十分に考慮されるべきである。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
 3 被告の主張
 (1)本案前の答弁の理由
ア 本件訴えに対し
  本件訴えは,原告が単独で提起したものであるから,当事者適格を欠
き,不適法として却下されるべきである。
  特許を受ける権利の共有者が,その共有に係る権利を目的とする特許出
願の拒絶査定を受けて共同で審判を請求し,請求が成り立たない旨の審決を受けた
場合に,共有者の提起する審決取消訴訟は,共有者が全員で提起することを要する
いわゆる固有必要的共同訴訟と解すべきである。なぜならば,同訴訟における審決
の違法性の有無の判断は共有者全員の有する一個の権利の成否を決めるものであっ
て,審決を取り消すか否かは共有者全員につき合一に確定する必要があるからであ
る。特許法が,特許を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請
求するときは共有者の全員が共同で請求しなければならないとしている(特許法1
32条3項)のも,これと同様の趣旨に出たものというべきである(最高裁平成7
年3月7日第三小法廷判決・民集49巻3号944頁等参照)。
イ 本件共同訴訟参加の申出に対し
  共同訴訟参加(民訴法52条)においては,出訴期間の定めのある場
合,出訴期間経過後の参加は認められるべきではない。なぜならば,出訴期間の定
めのある場合,出訴期間経過後において,欠落した共有者が共同訴訟参加すること
によって,当該訴訟提起の当事者適格が認められるとするならば,出訴期間の徒過
を容認し,出訴期間を設けた趣旨を形骸化することとになり,決められた手続を踏
まない訴え提起を実質的に容認することになるからである。これを本件についてみ
るに,本件特許出願は,原告及び参加人の共同出願に係るものであり,その拒絶査
定に対する審判請求も上記両名による共同審判請求に係るものであるところ,本件
審決は,上記両名を請求人としてなされ,その謄本は平成16年4月13日に両名
代理人である弁理士石川泰男に送達されたものである(乙1)。特許を受ける権利
の共有者が,その共有に係る権利を目的とする特許出願の拒絶査定を受けて共同で
審判を請求し,請求が成り立たない旨の審決を受けた場合に,共有者の提起する審
決取消訴訟は,共有者が全員で提起することを要するいわゆる固有必要的共同訴訟
と解すべきであるところ,平成16年5月12日,本件審決の取消しを求める本件
訴えを原告のみが提起し,本件共同訴訟参加の申出は,出訴期間経過後の平成16
年8月9日になされたものである。
  したがって,本件共同訴訟参加の申出は,本件審決の取消しを求めるこ
とができる出訴期間を経過した後の申出であることが明らかであるから,不適法と
して却下されるべきである。
(2)取消事由の主張に対する反論
   本件審決の判断は正当であり,原告及び参加人主張の取消事由は理由がな
い。
ア 本件特許出願前に頒布された特開昭61-227818号公報(乙5。
以下「乙5公報」という。)の「塩化カルシウムは潮解性物質であるため一定量以
上吸湿すると溶液状になるために,乾燥剤として食品など汎用の分野に使用できな
い欠点がある」(1頁右下欄13~16行)との記載,特開平6-165908号
公報(乙6。以下「乙6公報」という。)の「塩化カルシウムは吸湿能力は高いが
吸湿とともに潮解性を示して液状になり,時としてケース等の内容物を汚損するこ
とがあった」(段落【0003】)との記載,及び特開平3-109916号公報
(乙7。以下「乙7公報」という。)の「塩化カルシウム等の潮解性乾燥剤の使用
に際しては,吸湿液化現象による弊害なども問題とされている」(1頁右下欄10
~12行)との記載等から分かるように,潮解性を有する乾燥剤は,水分を吸収す
ることにより液状化し,その結果,その液体が周囲に悪影響を及ぼす可能性がある
ことは普通に知られていたことであり,したがって,乾燥剤の特性として,通常想
定される使用期間中に,乾燥剤が潮解することなく液状化等の悪影響を周囲に及ぼ
さないことが望ましいことは,容易に想起される事項であることは明らかである。
  本願発明の課題は,本件明細書(甲2添付)の段落【0007】によれ
ば,「リーク電流やクロストークの発生を招くことがなく,しかも素子に悪影響を
及ぼすことがないとともに封入の際の取扱が容易な乾燥手段を有し,長期にわたっ
て安定した発光特性を維持する有機EL素子を提供する」ことであり,そのために
乾燥手段を化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持する化合物
により形成したものであるが,本件特許出願時において,水分が有機EL素子劣化
の原因となるため,乾燥手段により水分を除去する必要があるとの課題は周知であ
り,さらに,上述したように乾燥剤の特性として,通常想定される使用期間中に,
乾燥剤が潮解することなく液状化等の悪影響を周囲に及ぼさないことが望ましいこ
とも乾燥剤を選択する際に普通に想起されるものであるから,本願発明の課題は本
件特許出願時において周知であることは明らかである。
イ 原告及び参加人は,一般的に引用例2(甲9)におけるような積層体に
密着して形成された保護層を有する構成は,防水性という点において弱く,例えば
電極部のピンホールから水分が浸入した場合は容易に有機EL素子へ到達してしま
うものであり,本件特許出願時にはほとんど実施化されていない技術であると主張
するが,本願発明の構成と直接関係がない主張であり,引用例2に吸水性物質とし
て種々例示されている材料を引用例1(甲8)の五酸化二リンに代えて用いること
ができないという,阻害要因を示すものでもない。
  原告及び参加人は,引用例2には五酸化二リンについては開示されてい
ないと主張するが,引用例2には五酸化二リンが例示されていないにすぎず,引用
例2例示の乾燥剤を引用例1の五酸化二リンに代えて用いることができないとい
う,阻害要因を示すものでもない。なお,特開平2-218416号公報(乙8。
以下「乙8公報」という。)の2頁左上欄6~14行,特開平5-76720号公
報(乙9。以下「乙9公報」という。)の段落【0011】には,本件明細書(甲
2添付)の実施例4(段落【0025】)記載の塩化カルシウムと五酸化二リン
(ただし,乙9公報には,五酸化二リンの別名「五酸化リン」と記載されてい
る。)とが並記して記載されており,塩化カルシウムは,きわめてよく知られた乾
燥剤であるから,引用例1の五酸化二リンに代えて塩化カルシウムを用いることも
何ら格別のことではない。有機EL素子の長寿命化に伴い,より潮解性の小さい乾
燥剤の使用をも試みることは,当業者にとって何ら格別のこととはいえない。
  また,原告及び参加人は,本願発明は,シリカゲルなどによる物理的吸
着では,温度上昇により吸着した水分が再度乾燥剤から離脱し,不適であるので,
化学的吸着に限定した旨主張するが,このような現象は普通に知られており(特開
平4-253666号公報〔乙10。以下「乙10公報」という。〕の段落【00
05】),引用例2及び乙号各証に種々知られている乾燥剤の中から,潮解性のも
の,そうでないものも含め,どのようなものを選択するかは,一定の課題(有機E
L素子の長寿命化のために,水分を取り除くこと)を解決するために公知材料の中
から最適材料を選択することであり,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。
ウ 引用例1(甲8)には,本願発明と同様な密閉容器タイプが記載され,
乾燥剤として,本件明細書に例示されているものも普通に知られ,引用例1のもの
に代えて用いることにも格別阻害要因はないのであるから,たとえ商業上の成功が
あったとしても,それだけで特許性を有するものとはいえない。
4 被告の本案前の主張に対する原告及び参加人の反論
(1)原告が単独で提起した本件訴えは適法である。
 なぜなら,①審決取消訴訟を固有必要的共同訴訟であるとする明文の規定
はないこと,②審決取消訴訟の提起は,特許を受ける権利の消滅を防ぐ保存行為で
あり,特許を受ける権利の共有者の一人が単独で上記取消訴訟を提起することがで
きるものと解することができること,③特許を受ける権利の共有者の一人が単独で
上記取消訴訟を提起することができると解したとしても,請求認容の判決が確定し
た場合には,その取消しの効力は他の共有者にも及び(行訴法32条1項),再
度,特許庁で共有者全員との関係で審判手続が行われることになるし(特許法18
1条5項),他方,その訴訟で請求棄却の判決が確定した場合には,他の共有者に
ついても出訴期間の満了により審決が確定し,特許を受ける権利は消滅するのであ
り,いずれの場合であっても,合一確定の要請に反する事態は生じない(各共有者
が共同して,又は各別に取消訴訟を提起した場合には,これらの訴訟は類似必要的
共同訴訟に当たるから,やはり合一確定の要請に反しない)からである。
(2)仮に,本件訴訟が,固有必要的共同訴訟であると解する場合には,参加人
の共同訴訟参加により当事者適格は補充され,本件訴訟は適法になったというべき
である。
  なぜなら,①固有必要的共同訴訟である訴訟が,単独で提起されても,本
来原告となるべき者(本件でいえば東北パイオニア株式会社)が,口頭弁論終結時
までに,共同訴訟参加等をすれば,原告適格は補完され,不適法となるべき訴えの
瑕疵は治癒されると解すべきである(大審院昭和9年7月31日判決・民集13巻
17号1438頁)。もっとも,出訴期間が定められている場合において,出訴期
間が既に経過した時点で共同訴訟参加した場合に,当該参加を認めて原告適格を補
完できるか否かが問題となる(最高裁昭和36年8月31日判決・民集15巻7号
2040頁)が,共同訴訟参加は,既に一部の原告により提起されている訴訟に加
入するだけであり,新たに法的安定性を害するような行為ではないのであるから,
出訴期間経過の瑕疵の治癒を認めたとしても,出訴期間を設けた趣旨に反するわけ
ではない。②また,本件の場合,原告であるパイオニア株式会社と共同訴訟参加人
である東北パイオニア株式会社は,審決取消訴訟を提起することについて何らの争
いもなく,両者ともに同意しているのであるから,参加を認めるのが相当と考えら
れる。
第4 当裁判所の判断
 1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(本
件審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 2 本件訴え及び本件共同訴訟参加の申出の適否
   証拠(甲1~7,乙1)及び弁論の全趣旨に,前記争いのない事実を総合す
れば,本件特許出願は原告と参加人の両名によりなされたこと,特許庁の拒絶査定
に対する本件審判請求も上記両名により行われたこと,特許庁のなした本件審決も
上記両名を名宛人として平成16年3月29日になされたこと,本件審決謄本の送
達は,上記両名を代理する権限のある弁理士石川泰男あてに平成16年4月13日
に行われたこと,これに対する本件審決取消訴訟の提起は,原告をパイオニア株式
会社のみとして,平成16年5月12日に,弁理士石川泰男及び同石橋良規を訴訟
代理人として提起されたこと,上記のように原告をパイオニア株式会社のみとする
本件審決取消訴訟を提起するに至ったのは,専ら原告側の事務的ミスであって,東
北パイオニア株式会社を原告として訴状に記入するのを忘れたこと(タイプミス)
によるものであること,原告訴訟代理人は,平成16年6月16日までに上記事実
に気付き,当裁判所に受理を求める上申書を何度か提出したこと,そして平成16
年8月9日に至り,東北パイオニア株式会社(参加人)を参加申出人として,原告
(パイオニア株式会社)の共同訴訟人として本件訴訟に参加する旨の共同訴訟参加
の申出書を当裁判所に提出したこと,以上の事実を認めることができる。
   ところで,特許を受ける権利の共有者が,共同で拒絶査定不服の審判を請求
し,請求が成り立たない旨の審決を受けた場合に提起する審決取消訴訟は,共同原
告として訴えを提起する必要があるいわゆる固有必要的共同訴訟と解するのが相当
である(実用新案権に関する最高裁平成7年3月7日第三小法廷判決・民集49巻
3号944頁参照)。そうすると,共同出願人の一人である原告(パイオニア株式
会社)が単独で提起した本件審決取消訴訟は,不適法というべきである(タイプミ
スで東北パイオニア株式会社を記入することを失念したとしても,訴状に同社名の
記載がない以上,上記のように解さざるを得ない。)。しかし,その後平成16年
8月9日に至り,他の共同出願人であった東北パイオニア株式会社が,本件訴訟に
原告のため民訴法52条に基づき共同訴訟参加の申出をしたことにより,本件訴え
の上記瑕疵は治癒され,本件訴えは適法になったと解するのが相当である。もっと
も,特許法178条3項によれば,審決取消訴訟の出訴期間は30日であり,審決
謄本の送達を受けた平成16年4月13日より約4か月経過した平成16年8月9
日になされた共同訴訟参加の申出は,出訴期間経過後のものであるが,本件におけ
る上記一切の事情を考慮すると,出訴期間の遵守に欠けるところがないものと解す
るのが相当である。
   したがって,原告の本件訴えは,参加人の共同訴訟参加により適法になった
というべきである。
   そこで,進んで,本案の当否について判断する。
 3 本件審決の取消事由の有無
 (1)原告及び参加人は,「一般に,密封容器内の乾燥状態を維持するために用
いられる乾燥剤は,長時間使用しても潮解することなく,固体状態を維持し,液状
化等による悪影響を周囲に及ぼさない特性を有することが望ましいことは,当業者
が容易に想起し得ることと認められる」(審決5頁最終段落)との審決の認定は,
本願発明が解決しようとする課題及び本願発明の特徴的な構成を把握したために,
本願発明に影響されてしまった認定であり,引用例1が出願された当時の有機EL
素子の寿命と乾燥剤として用いられた五酸化二リンの乾燥剤としての寿命(五酸化
二リンに空気中の水が吸着し潮解するまでの時間)を比較すると,圧倒的に有機E
L素子の寿命が短く,当時においては,乾燥剤が潮解することによる問題は生じ得
なかったのであって,審決の上記認定は,当時の技術水準や有機EL素子特有の課
題などを全く考慮しないものであり,誤りである旨主張する。
   しかし,製品の長寿命化は,およそすべての製品に共通して製造者が常時
志向する目標であることは一般的に異論のないところであり,有機EL素子につい
ても,開発からその実用化に当たって,有機発光材料を一対の電極で挟持した積層
体の界面が,空気中の水分の影響により剥離を招き,発光特性が劣化し,素子の長
寿命化を阻害することは,引用例及び本件明細書で引用する従来技術に示されてい
るように,本件特許出願前において既に周知の技術的課題であるから,その技術的
課題を克服するために,気密容器で構成された有機EL素子内の水分の影響を排除
する,すなわち湿度を下げる目的で,該気密容器内に乾燥剤(吸湿性物質)を用い
ることも,引用例2(甲9)及び本件明細書(甲2添付)で引用する従来技術に示
されているように,周知の技術にすぎない。
   ところで,引用例1発明の乾燥手段である五酸化二リンが,その吸湿によ
りメタリン酸,更にオルトリン酸(燐酸)となり潮解性を示すことは,当業者(そ
の発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)に周知の事項であり
(平成5年6月1日共立出版縮刷版第34刷発行「化学大辞典3」〔乙11〕),
また,潮解性を有する乾燥剤の使用において,その吸湿液化現象が乾燥対象物に弊
害をもたらすという問題が一般的に広く認識されていることも,乙5公報ないし乙
9公報に開示されているように周知のことと認められる。そうすると,五酸化二リ
ンは,長時間経過すればその潮解性のため液状化し,気密容器で構成された有機E
L素子の密封された空間内で,液状化が有機EL素子の積層体に対して悪影響を及
ぼすことは当業者が容易に認識し得ることであるから,この問題を解決するために
上記乾燥手段を潮解性を有しないものに置換する動機付けが存在することは明らか
である。原告及び参加人が主張するように,引用例1が出願された当時の有機EL
素子の寿命と乾燥剤として用いられた五酸化二リンの乾燥剤としての寿命(五酸化
二リンに空気中の水が吸着し潮解するまでの時間)を比較すると,有機EL素子の
寿命が短いとしても,実際に商品として使用される有機EL素子は,製造後直ちに
連続して使用されるとは限らず,未使用状態で長期間保管されたり,あるいは長期
間にわたって間欠的に使用されるなど,様々な使用態様が想定されるところ,後者
の使用態様にあっては,乾燥剤として長期の寿命が要求されることは明らかである
から,有機EL素子の寿命と五酸化二リンの乾燥剤としての寿命との間に差がある
ことは,乾燥手段を潮解性を有しないものに置換することを阻害する要因になると
までは認め難い。したがって,原告及び参加人の上記主張は採用することができな
い。
 (2)ア次に,原告及び参加人は,引用例2(甲9)は「有機EL素子の外側に
設けられた気相成膜法により形成された,吸水率1%以上の吸水性物質と吸水率
0.1%以下の防湿性物質とからなる保護層」を有する点において本願発明と相違
し,引用例2における保護層は有機EL素子に密着して形成されることは明らかで
あり,積層体に密着して形成された保護層を有する構成は防水性という点において
弱く,本件特許出願時にはほとんど実施化されていない技術であると主張する。
    しかし,引用例2の保護層が有機EL素子に密着して形成されるもので
あり,そのような構成が本件特許出願時にはほとんど実施化されていない技術であ
ったとしても,引用例2に開示された潮解性のない乾燥手段に置換することができ
ないという,阻害要因を示すものということはできない。
イ 原告及び参加人は,引用例2にはたくさんの吸水性物質が例示されてい
るにもかかわらず,引用例1(甲8)の五酸化二リンについては開示されていな
い,引用例2においては,本願発明や引用例1のように乾燥容器を用いる方法では
なく,吸水性物質を気相成膜して保護膜を作る方法であるため,選択できる吸水性
物質は気相成膜できるものに必然的に限定されるなどと主張する。
   しかし,引用例1及び引用例2は,有機EL素子が水分に弱いという課
題を克服するために乾燥手段(乾燥剤)を適用するようにした点において共通する
ものであるが,当該乾燥手段(乾燥剤)を適用する有機EL素子の構造面において
相違するものである。両者とも共通して対向する一対の電極間に有機発光材料層が
挟持された積層体を有するものであるが,乾燥手段(乾燥剤)を,引用例1では積
層体を収納した気密ケース内で積層体から隔離した位置に配設するのに対し,引用
例2では積層体の外側に気相成膜により積層した保護層(保護膜)に含有させるよ
うにした点において相違する。したがって,この構造面の相違から,引用例2に記
載された積層体の外側に密着する形態で積層させた保護層(保護膜)に含有させる
乾燥手段(乾燥剤)として,引用例1に記載のような潮解性のある乾燥手段(乾燥
剤)が不向きであることは,当業者が容易に認識し得ることであり,他方,引用例
2に開示されている吸水性物質,すなわち乾燥手段(乾燥剤)の中から適当なもの
を選択して,引用例1の乾燥手段(乾燥剤)として適用することについては,何ら
の阻害要因も認められない。
 ウ また,原告及び参加人は,本願発明は,シリカゲルなどによる物理的吸
着では,温度上昇により吸着した水分が再度乾燥剤から離脱し,不適であるので,
化学的吸着に限定した旨主張する。
   しかし,シリカゲルが物理的吸着により吸湿する乾燥剤であること,及
びその物理的吸着が可逆的吸着であり,いったん吸着した水分も温度や圧力(水蒸
気圧)といった周囲条件により吸着(吸湿)と脱着(脱湿)を繰り返すことは,乙
10公報の引用する従来技術にあるように当業者に周知の技術事項にすぎないか
ら,当該シリカゲルを引用例1に記載された有機EL素子に適用するか否かについ
ては,当該有機EL素子の構造,シリカゲルの特性等を勘案して当業者が適宜に取
捨選択する設計的事項にすぎないというべきである。
 (3)なお,原告及び参加人は,本願発明は商業上の成功をしており,進歩性の
判断に当たって,本願発明の商業上の成功も十分に考慮されるべきであると主張す
る。しかし,商業的成功には,通常様々な要因が関与しており,商業的に成功した
ということのみで本件発明の進歩性を肯定することはできない。
 (4)以上検討したところによれば,審決の進歩性の判断に誤りはなく,原告及
び参加人の主張する取消事由に理由がないことは明らかである。
4 結論
   よって,原告及び参加人の本訴請求を棄却することとして,主文のとおり判
決する。
     知的財産高等裁判所第2部
         裁判長裁判官 中野哲弘
    裁判官 岡本 岳
    裁判官 上田卓哉

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