弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人佐々木哲蔵、同大澤龍司の上告理由二について
 一 原審が確定したところによると、和歌山地方裁判所御坊支部は、昭和四六年
七月二八日午前一〇時、亡D(以下「亡D」という。)に対し、同人の破産を宣告
し、昭和四九年一一月二八日、破産終結の決定をした、というのであるが、本件に
おいて、亡Dは、右破産宣告前の昭和四一年一〇月一八日、自己が和歌山県日高郡
a町町長に在職当時に請託を受けて職務に関して賄賂を収受したとの罪で起訴され
たことにつき、右起訴が和歌山地方検察庁検察官の過失による違法な公権力の行使
によるものであり、これによつて自己の名誉を毀損されたと主張して、昭和四八年
三月一九日、弁護士を訴訟代理人として、被上告人に対し、国家賠償法一条一項に
基づいて慰藉料二〇〇〇万円の損害賠償を求める本件訴えを提起したものであると
ころ、亡Dは本件訴えが原審に係属中の昭和五三年一二月一四日に死亡したことが
本件記録上明らかである。
 本件訴えにつき、第一審裁判所は、亡Dが本件訴訟の当事者適格を有するとした
うえで、被上告人に対して慰藉料二〇〇万円の支払を命じたが、原審裁判所は、破
産者が破産宣告前に被つた不法行為による慰藉料請求権は、少なくとも破産者がそ
の行使の意思を明示したときは、その時に同人の意思を離れた客観的存在としての
金銭債権となり、同人が破産宣告を受けているときは当然に破産財団に帰属し、破
産管財人がその管理処分権を有するものと解すべきであるとしたうえで、亡Dが本
件慰藉料を請求したのは破産宣告後であるから、本件訴えは当事者適格を欠く不適
法なものであるとして、第一審判決を取り消し、本件訴えを却下した。
 二 思うに、名誉を侵害されたことを理由とする被害者の加害者に対する慰藉料
請求権は、金銭の支払を目的とする債権である点においては一般の金銭債権と異な
るところはないが、本来、右の財産的価値それ自体の取得を目的とするものではな
く、名誉という被害者の人格的価値を毀損せられたことによる損害の回復の方法と
して、被害者が受けた精神的苦痛を金銭に見積つてこれを加害者に支払わせること
を目的とするものであるから、これを行使するかどうかは専ら被害者自身の意思に
よつて決せられるべきものと解すべきである。そして、右慰藉料請求権のこのよう
な性質に加えて、その具体的金額自体も成立と同時に客観的に明らかとなるわけで
はなく、被害者の精神的苦痛の程度、主観的意識ないし感情、加害者の態度その他
の不確定的要素をもつ諸般の状況を総合して決せられるべき性質のものであること
に鑑みると、被害者が右請求権を行使する意思を表示しただけでいまだその具体的
な金額が当事者間において客観的に確定しない間は、被害者がなおその請求意思を
貫くかどうかをその自律的判断に委ねるのが相当であるから、右権利はなお一身専
属性を有するものというべきであつて、被害者の債権者は、これを差押えの対象と
したり、債権者代位の目的とすることはできないものというべきである。しかし、
他方、加害者が被害者に対し一定額の慰藉料を支払うことを内容とする合意又はか
かる支払を命ずる債務名義が成立したなど、具体的な金額の慰藉料請求権が当事者
間において客観的に確定したときは、右請求権についてはもはや単に加害者の現実
の履行を残すだけであつて、その受領についてまで被害者の自律的判断に委ねるべ
き特段の理由はないし、また、被害者がそれ以前の段階において死亡したときも、
右慰藉料請求権の承継取得者についてまで右のような行使上の一身専属性を認める
べき理由がないことが明らかであるから、このような場合、右慰藉料請求権は、原
判決にいう被害者の主観的意思から独立した客観的存在としての金銭債権となり、
被害者の債権者においてこれを差し押えることができるし、また、債権者代位の目
的とすることができるものというべきである。
 三 これを本件についてみると、亡Dが本訴訟提起によつて本件慰藉料請求権を
行使する意思を明示したということだけでは、いまだ右権利につき同人による行使
上の一身専属性が失なわれるものでないこと前記のとおりであり、したがつて、同
人が既に破産宣告を受けていても、そのために本件訴えについて当事者適格を有し
ないこととなるべき理由はない。それゆえ、これと異なる見解に立つて亡Dの本件
訴訟の当事者適格を否定した原審の判断は、誤りであるといわなければならない。
そして、前記のとおり、亡Dは本件訴訟が原審に係属中の昭和五三年一二月一四日
に死亡したというのであるから、本件慰藉料請求権は前記の一身専属性を失なつた
ものというべきところ、破産終結の決定がされたのちに行使上の一身専属性を失な
うに至つた慰藉料請求権については、破産法二八三条一項後段の適用がないと解す
るのが相当であるから、本件慰藉料請求権が右の条項により破産財団に帰属する余
地はなく、したがつて、本件訴訟はその相続人において承継することとなるべき筋
合である。それゆえ、前記のように本件慰藉料請求権が破産財団に属するとの見解
に立つて亡D(ひいては同人の承継人)の当事者適格をも否定し、本件訴えを却下
した原判決には、法律の解釈を誤つた違法があるものというべく、結局これと同旨
に帰着する論旨は理由があり、その余の上告理由を判断するまでもなく原判決は破
棄を免れない。そして、本件については本案につき更に審理を尽くさせる必要があ
るから、これを原審に差し戻すこととする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    和   田   誠   一

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