弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人佐々木泉の上告理由第一点及び第三点並びに上告人の上告理由につい

 原審の適法に確定したところによれば、(1) 上告人は、昭和二五年に医師免許
を付与され、昭和三三年一〇月以降石巻市において、産科、婦人科、肛門科の医院
を開設している医師である、(2) そして、昭和二八年に被上告人社団法人甲医師
会(以下「被上告人医師会」という。)から、優生保護法一四条一項により人工妊
娠中絶(以下「中絶」という。)を行いうる医師(以下「指定医師」という。)の
指定を受け、それ以降、途中一年間を除き、二年ごとの指定の更新により、最終的
には、昭和五一年一一月一日付をもつて指定を受けた、(3) 上告人は、中絶の時
期を逸しながらその施術を求める女性に対し、勧めて出産をさせ、当該嬰児を子供
を欲しがつている他の婦女が出産したとする虚偽の出生証明書を発行することによ
つて、戸籍上も右婦女の実子として登載させ、右嬰児をあつせんする、いわゆる赤
ちやんあつせん(以下「実子あつせん行為」という。)を行つてきたが、上告人が
昭和四八年四月新聞等を通じてこのことを公表するまでにあつせんした数は約一〇
〇件に及んだ、(4) 実子あつせん行為についての問題点が指摘されたことなどか
ら、上告人は、昭和四九年三月、指定医師の団体である社団法人D協会の全理事会
において、今後実子あつせん行為は繰り返さない旨言明したが、その後も、中絶時
期を逸したにもかかわらず中絶を望む妊婦は、胎児ないし嬰児に対して強い殺意を
抱いているので、上告人提唱のいわゆる実子特例法が制定されるまでは、実子あつ
せん行為は嬰児等の生命を救うための緊急避難行為であるとしてこれを続け、結局、
昭和四八年四月以降更に約一二〇件の実子あつせん行為をした、(5) そのうちの
一例である昭和五〇年一二月にした実子あつせん行為につき、上告人は、昭和五二
年八月三一日付でE会長から医師法違反等の嫌疑により仙台地方検察庁に告発され、
昭和五三年三月一日仙台簡易裁判所において、犯罪事実の要旨を「上告人は、(一)
 昭和五〇年一二月一八日ころ、上告人方医院において、甲女に対し、自ら同女の
出産に立ち会わないのに、同女が男子を出産した旨の出生証明書を交付し、(二) 
甲夫婦と共謀して、乙女が出産した男子を甲夫婦の実子として届け出ようと企て、
同月二二日ころ、甲女が市役所係員に、右男子が甲夫婦間の長男として出生した旨
の出生届と前記出生証明書を提出して虚偽の申立をし、情を知らない右係員らをし
て公正証書の原本である戸籍簿にその旨不実の記載をなさしめ、これを真正なもの
として市役所に備えつけさせて行使した」とする医師法違反、公正証書原本不実記
載・同行使の罪により、罰金二〇万円に処する旨の略式命令を受け、右裁判は正式
裁判に移行することなく確定した、(6) 被上告人医師会は、昭和五三年五月二四
日付で上告人に対し、昭和五一年一一月一日付の指定医師の指定を取り消す旨の本
件取消処分をしたが、その理由の要旨は、右罰金刑の確定とその裁判の違法事実に
徴するとき、上告人は指定医師として不適当と認められるというものである、(7)
 上告人は、昭和五三年一〇月一日被上告人医師会に対し指定医師の指定申請をし
たところ、被上告人医師会は、同月三〇日付で、本件取消処分と同じ理由により、
右申請を却下する旨の本件却下処分をした、というのである。
 右事実関係に基づいて、上告人が行つた実子あつせん行為のもつ法的問題点につ
いて考察するに、実子あつせん行為は、医師の作成する出生証明書の信用を損ない、
戸籍制度の秩序を乱し、不実の親子関係の形成により、子の法的地位を不安定にし、
未成年の子を養子とするには家庭裁判所の許可を得なければならない旨定めた民法
七九八条の規定の趣旨を潜脱するばかりでなく、近親婚のおそれ等の弊害をもたら
すものであり、また、将来子にとつて親子関係の真否が問題となる場合についての
考慮がされておらず、子の福祉に対する配慮を欠くものといわなければならない。
したがつて、実子あつせん行為を行うことは、中絶施術を求める女性にそれを断念
させる目的でなされるものであつても、法律上許されないのみならず、医師の職業
倫理にも反するものというべきであり、本件取消処分の直接の理由となつた当該実
子あつせん行為についても、それが緊急避難ないしこれに準ずる行為に当たるとす
べき事情は窺うことができない。しかも、上告人は、右のような実子あつせん行為
に伴う犯罪性、それによる弊害、その社会的影響を不当に軽視し、これを反復継続
したものであつて、その動機、目的が嬰児等の生命を守ろうとするにあつたこと等
を考慮しても、上告人の行つた実子あつせん行為に対する少なからぬ非難は免れな
いものといわなければならない。
 そうすると、被上告人医師会が昭和五一年一一月一日付の指定医師の指定をした
のちに、上告人が法秩序遵守等の面において指定医師としての適格性を欠くことが
明らかとなり、上告人に対する指定を存続させることが公益に適合しない状態が生
じたというべきところ、実子あつせん行為のもつ右のような法的問題点、指定医師
の指定の性質等に照らすと、指定医師の指定の撤回によつて上告人の被る不利益を
考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められるから、法令
上その撤回について直接明文の規定がなくとも、指定医師の指定の権限を付与され
ている被上告人医師会は、その権限において上告人に対する右指定を撤回すること
ができるものというべきである。したがつて、本件取消処分及びそれと同じ理由に
よる本件却下処分に違法な点はなく、右と同旨の原審の判断は、正当として是認す
ることができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 上告代理人佐々木泉の上告理由第二点について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することがで
きない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    香   川   保   一
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    奧   野   久   之

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