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平成25年(受)第233号親子関係不存在確認請求事件
平成26年7月17日第一小法廷判決
主文
原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
本件訴えを却下する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人小島幸保,同田路仁美の上告受理申立て理由について
1本件は,戸籍上上告人の嫡出子とされている被上告人が上告人に対して提起
した親子関係不存在の確認の訴えである。
2記録によって認められる事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)上告人と甲は,平成16年▲月▲日,婚姻の届出をした。
上告人は,平成19年▲月から単身赴任をしていたが,単身赴任中も甲の居住す
る自宅に月に2,3回程度帰っていた。
(2)甲は,平成19年▲月頃,乙と知り合い,乙と親密に交際するようになっ
た。しかし,甲は,その頃も上告人と共に旅行をするなどし,上告人と甲の夫婦の
実態が失われることはなかった。
(3)上告人は,平成20年▲月▲日頃,甲から妊娠している旨の報告を受け
た。
甲は,平成21年▲月▲日,被上告人を出産した。上告人は,被上告人のために
保育園の行事に参加するなどして,被上告人を監護養育していた。
(4)上告人は,平成23年▲月頃,甲と乙の交際を知った。
甲は,同年▲月頃,被上告人を連れて自宅を出て上告人と別居し,同年▲月頃か
ら,被上告人と共に,乙及びその前妻との間の子2人と同居している。被上告人
は,乙を「お父さん」と呼んで,順調に成長している。
(5)被上告人側で平成23年▲月に私的に行ったDNA検査の結果によれば,
乙が被上告人の生物学上の父である確率は99.99%であるとされている。
(6)甲は,平成23年12月,被上告人の法定代理人として,本件訴えを提起
した。
(7)甲は,上告人に対し,平成24年4月頃に離婚調停を申し立てたが,同年
5月に不成立となり,同年6月に離婚訴訟を提起した。
3原審は,次のとおり判断して本件訴えの適法性を肯定し,被上告人の請求を
認容すべきものとした。
本件においては,上記のDNA検査の結果によれば,被上告人が上告人の生物学
上の子でないことは明白である。また,上告人も被上告人の生物学上の父が乙であ
ること自体について積極的に争っていないことや,現在,被上告人が,甲と乙に育
てられ,順調に成長していることに照らせば,被上告人には民法772条の嫡出推
定が及ばない特段の事情があるものと認められる。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認する
ためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年
の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有する
ものということができる(最高裁昭和54年(オ)第1331号同55年3月27
日第一小法廷判決・裁判集民事129号353頁,最高裁平成8年(オ)第380
号同12年3月14日第三小法廷判決・裁判集民事197号375頁参照)。そし
て,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明
らかであり,かつ,子が,現時点において夫の下で監護されておらず,妻及び生物
学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても,子の身分関係の法的安
定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するから
といって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在
確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相
当である。このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致し
ない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこの
ような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。
もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその
子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は
遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるな
どの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に
当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係
不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができる
と解するのが相当である(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29
日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁,最高裁平成7年(オ)第2178
号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事189号497頁,前掲最高裁
平成12年3月14日第三小法廷判決参照)。しかしながら,本件においては,甲
が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず,他に本件
訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。
5以上によれば,本件訴えは不適法なものであるといわざるを得ず,これと異
なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨
は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれ
ば,第1審判決を取り消し,本件訴えを却下すべきである。
よって,裁判官金築誠志,同白木勇の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の
意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子,同山浦善樹の各補足意見
がある。
裁判官櫻井龍子の補足意見は,次のとおりである。
1本件では,DNA検査技術の進歩により生物学上の父子関係を科学的かつ客
観的に明らかにすることができるようになったという社会状況の変化に応じて,民
法772条の嫡出推定が及ぶ範囲について再検討をすべきかどうかが問われてい
る。私は,多数意見に賛同するものであるが,ここに若干の補足意見を述べておき
たい。
2嫡出推定に関する現行民法の規定は,明治31年に施行された旧民法の規定
と基本的には変わっておらず,妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し(民法7
72条1項),夫において子が嫡出であることを否認するためには,嫡出否認の訴
えによらなければならず(同法775条),この訴えは,夫が子の出生を知った時
から1年以内に提起しなければならない(同法777条)とされている。そして,
このような嫡出推定に関する規定があることに伴い,父性の推定の重複を回避する
ための再婚禁止期間の規定(民法733条)及び父を定めることを目的とする訴え
の規定(同法773条)が整備されている。
旧民法制定当時は,DNA検査はもちろんのこと,血液型さえも知られておら
ず,科学的・客観的に生物学上の父子関係を明らかにすることが不可能であったか
ら,これら一連の嫡出推定に関する規定は,そうした状況を前提にして,法律上の
父子関係を速やかに確定し,家庭内の事情を公にしないという利益に資するものと
して設けられたものと解される。
もっとも,多数意見が引用するその後の当審判例により,民法の嫡出推定の規定
の適用について,妻が子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦
の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかった
ことが明らかであるなどの事情が存在する場合に嫡出推定が及ばない例外を解釈に
より認めるに至っており,いわばバランスをとっているといえよう。
3近年におけるDNA検査技術の進歩はめざましく,安価に,身体に対する侵
襲を伴うこともなく,ほぼ100%の確率で生物学上の親子関係を肯定し,又は否
定することができるようになったことは,公知の事実である。
そして,このような状況の中で民法772条の適用範囲をどう考えるかが問われ
ているのであるが,私は,結論としては,父子関係を速やかに確定することにより
子の利益を図るという嫡出推定の機能は,現段階でもその重要性が失われておら
ず,血縁関係のない父子関係であっても,これを法律上の父子関係として覆さない
こととすることに一定の意義があると考える。
4もちろん,DNA検査技術の発達を考慮すると,反対意見が述べる問題意識
も十分に理解できるところであり,妻が婚姻中に懐胎した子については,上記当審
判例が例外とする場合を除き,嫡出否認の訴え以外によってはいかなる場合であっ
ても父子関係を覆すことができないとすることが相当であるかには,私も疑問を感
じないわけではない。特に,子が成長した後,自らの判断で自己の出自を知りたい
と願い,あるいは生物学上の父との間での法律上の関係の設定を望んだ場合に,そ
れを実現させる方法がないということについては,その感が深い。
しかしながら,確実に判明する生物学上の親子関係を重視していくという立場も
あり得るところではあるが,そのような立場を採ることになると,民法772条の
文理からの乖離にとどまらず,嫡出否認の訴え,再婚禁止期間,父を定めることを
目的とする訴え等の規定が存在することとの関係をどのように調整するのかという
問題に行き当たることになり,解釈論の限界を踏み超えているのではないかと思わ
れる。
親子関係に関する規律は,公の秩序に関わる国の基本的な枠組みに関する問題で
あり,旧来の規定が社会の実情に沿わないものとなっているというのであれば,そ
の解決は,裁判所において個別の具体的事案の解決として行うのではなく,国民の
意識,子の福祉(子がその出自を知ることの利益も含む。),プライバシー等に関
する妻の側の利益,科学技術の進歩や生殖補助医療の進展,DNA検査等の証拠と
しての取扱い方法,養子制度や相続制度等との調整など諸般の事情を踏まえ,立法
政策の問題として検討されるべきであると考える。
裁判官山浦善樹の補足意見は,次のとおりである。
1私は,親子関係不存在確認訴訟において民法772条の嫡出推定が及ぶか否
かを検討する場合に,DNA検査の結果生物学上の父子関係がないことが明らかに
なっていることをどう考えるべきかについて,訴訟法上の問題を中心に意見を補足
しておきたい。
2民法772条は,妻が婚姻中に懐胎した子について,生物学上の父子関係を
問うことなく,夫の子であると推定し,子の出生と同時に法律的な父子関係を設定
している。もっとも,血縁関係を完全に無視しているわけではなく,一定の要件の
下に,嫡出否認の訴え(民法775条)という手続を用意し,夫にその原告適格を
認めている。この訴えにおいて生物学上の父子関係の不存在が証明された場合に
は,法律上の父子関係も子の出生時に遡って存在しなかったものとされる。このよ
うに,民法772条は,単なる父子関係の存否という事実についての立証責任分配
の規範であることにとどまらず,嫡出否認の訴え以外に父子関係を否定する手段を
認めないとする手続法的な規律と相まって,法律上の父子関係を早期に確定するた
めの強力な推定規定となっている。
もっとも,多数意見に引用した判例により,妻の懐胎時において夫婦間に性的関
係を持つことがあり得ないことが明らかであるような外観上の事情(例えば,夫が
当時刑務所で服役していたなど)がある場合には,嫡出推定が及ばない子として,
嫡出否認の訴えによらずとも,親子関係不存在確認訴訟を提起することができると
されている。この訴訟は,出訴期間の制限がなく,確認の利益があれば誰でも提起
することができ,また,形成訴訟ではなく,親子関係の存否を確認する趣旨の訴訟
であることから,嫡出推定が及んでいない父子関係の存否については,この訴訟に
よることなく,別訴の前提問題としても主張することが可能であると解される。
妻が婚姻中に懐胎した子に関する親子関係不存在確認訴訟は,上記の外観上の事
情が認められる場合に限って例外的に認められるものであって,訴訟の場において
は,上記の外観上の事情の存在が認められた場合に初めて血液検査やDNA検査な
どによる生物学上の父子関係の存否に関する事実の立証の段階に進むことになる
(上記の外観上の事情が認められない場合には,親子関係不存在確認に係る訴え
は,その段階で却下されることになるのであり,血液検査やDNA検査の結果が証
拠として提出されていても意味を持たないことになる。)。
3これに対して,上記の外観上の事情がなくても,DNA検査等の結果生物学
上の父子関係の不存在が明らかである場合には,親子関係不存在確認訴訟の提起を
認めるという考え方があるが,これに賛成することはできない。この考え方は,有
り体にいえば,外観上夫との性的交渉の余地がない妻が出産した子であることが分
かる特殊な場合に限らず,外観上夫婦がそろったごく一般的な家庭に生まれた子で
あっても,たまたま何かの機会にDNA検査をしたところ生物学上の父子関係がな
いことが判明した場合は,いつでも,利害関係がありさえすれば誰でも,親子関係
不存在確認の訴えを提起して,その不存在を確認する判決を受けることができると
いうものである。この立場は,法律上の親子は生物学上の血縁だけで結ばれている
というに等しいものであり,民法772条の文理やこれまでの累次の当審判例に整
合しないものである。
4また,上記3のように血縁関係を殊更に重視する見解のほかに,①DNA検
査等の結果科学的証拠により生物学上の父子関係の不存在が明らかになったことに
加えて,②法律上の父との家庭が既に破綻して子の出生の秘密が露わになっている
場合,さらに,①及び②の要件に加えて,③生物学上の父との新しい家庭が形成さ
れていること又は生物学上の父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にある
場合には,親子関係不存在確認訴訟が認められるとする考え方があるが,次のとお
り,これらの考え方についても賛成することができない。
②及び③の要件に係る事実の有無の判断基準時は,親子関係不存在確認訴訟の口
頭弁論終結時となろう。これらの考え方では,当該口頭弁論終結時に②又は③の要
件に係る事実が認められなかった場合には,DNA検査等の結果により生物学上の
父子関係の不存在が明らかであったとしても,親子関係不存在確認請求は認められ
ないこととなる。この場合には,DNA検査の結果に含まれる重大なプライバシー
情報が訴訟の場に提出され,家庭の平和が害されたという結果のみが残されること
になる。
また,上記当審判例に基づく判断においては,妻の懐胎可能時という過去の一定
の時点を基準時として上記の外観上の事情が存在していたか否かを判断するのであ
り,判断の対象となる事実が存在する時点は固定している。しかし,②又は③の要
件に係る事実の有無を考慮する考え方は,嫡出推定が及ぶか否かの判断に口頭弁論
終結時という将来の不確定な時点における事実の有無を持ち込むものであって,当
審判例とはその発想において大きく異なるものである。例えば,夫がDNA検査の
結果を前面に押し出して父子関係を否定しようとする場合などを考えてみると,②
の要件に係る事実は容易に認定できると思われるが,口頭弁論終結時における②の
事実の存否が審理の対象となることにより,当事者が意図的に家庭崩壊を試みる場
合もあり得ないわけではない。また,③の要件に係る事実については,評価的要素
が多く,その根拠となる事実としては,母と生物学的な父との再婚・同棲や,生物
学上の父が判明しその者が子を認知する意思を表明していることなどが挙げられ
る。しかし,男女の関係は変わり得るものであり,訴訟係属中にも事情は様々に変
動し,ようやく口頭弁論終結時において根拠となる事実が認められたとしても,判
決後にまた事情が変動しないという保障はない。さらには,親子関係不存在確認請
求が一旦退けられた場合に,「前訴では②又は③の事実が認められなかったが,現
段階では認められる。」と主張して再訴が繰り返されることを防止する方途も明ら
かでない。
②及び③の要件に係る事実を考慮する考え方は,いわば法の隙間の中で孤立して
いる子の福祉を実現するための工夫として,その姿勢は評価できるが,上記のとお
り子の身分関係を不安定にするなどの大きな問題があり,DNA検査の結果を過大
に重視しているように思えてならない。
5ところで,そこに至る経緯はともあれ,私的にDNA検査が実施されてしま
い,その結果生物学上の父子関係が存在しないという事実が既に法廷に現れてしま
った以上は,その事実を認め,そこからスタートするほかはないという意見があ
る。しかし,そのような経緯は偶然に起きたのではなく,先にDNA検査という強
力な証拠を得て,これを前面に出せば訴訟の帰すうが有利になるという当事者の意
図に基づくものであることもあり,その事実を過大に考慮することにも疑問があ
る。裁判所が,私的に行われたDNA検査の結果をみて,「生物学上確実な事実が
判明した以上は仕方がない」という姿勢をとるならば,DNA検査の結果だけが法
廷を支配することになるであろう。
多数意見(補足意見を含む。)も反対意見も,立場は違っても,現在及び将来を
視野に入れて,子の福祉を含む家族全体の幸福の実質的な実現を模索していること
に変わりはない。同様に,法律上の父,母及び生物学上の父も子の将来を案じ,幸
福を念じていると思われる。しかし,特に本件のように,年齢的にみて子の意思を
確認することができない段階で,これまで父としての自覚と責任感に基づいて子を
育ててきた上告人の意思を無視して,DNA検査の結果に基づき,子の将来を決め
てしまうことには躊躇を覚える。とりわけ,法律上の父と母との間においてまだ離
婚ないしは婚姻破綻の経緯にまつわる感情的な対立が続いている状態で,子の意思
を確認することもなく,その父子関係を決めるのは適切ではないと思う。このよう
な観点からすると,子が,充分に成長して適切な判断力を備えて自己決定権を行使
できるようになった後に,自ら父子関係を訴訟において争う機会を設けるというこ
とも考えられるが,これは解釈の枠を超えた立法論というべきであろう。
科学技術の進歩に応じ,その効果的な利用が必要であることはいうまでもない
が,DNAは人間の尊厳に係る重要な情報であるから決して濫用してはならない。
たまたまDNA検査をしてみた結果,ある日突然,それまで存在するものと信頼し
てきた法律上の父子関係が存在しないことにつながる法解釈を示すことは,夫婦・
親子関係の安定を破壊するものとなり,子が生まれたら直ちにDNA検査をしない
と生涯にわたって不安定な状態は解消できないことにもなりかねない。このような
重要な事項について法解釈で対応できないような新たな規範を作るのであれば,国
民の中で十分議論をした上で立法をするほかはない。
裁判官金築誠志の反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と異なり,本件において親子関係不存在確認請求を認めた原判決
の結論は相当であり,これは維持すべきものと考える。
1本件は,妻Aが夫Bとの婚姻中に懐胎した子について,B以外の男性Cがそ
の生物学上の父である確率は99.99%であるとされているところ,出産から約
2年後にBはAの不倫を知り,そのしばらく後にAは子を連れてBと別居し,現在
ではAは子とともにCと生活しており,Aの提起した離婚訴訟中であるが,子がA
を法定代理人としてBに対し親子関係不存在確認の訴えを提起したという事案であ
る。
多数意見は,上記のような事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する
必要が当然になくなるものではなく,また,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に
夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して夫婦間に性
的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなど,いわゆる外観説が,民法7
74条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との間
の父子関係の存否を争うことができるとしている事情も認められないから,本件訴
えは不適法であるとする。
したがって,本件の結論を左右するポイントは,法律上の父子関係の確定におい
て血縁をどう位置づけるか,子の福祉の観点から父の確保の問題をどう考えるべき
か,嫡出推定を受ける子については外観説が認める場合以外親子関係不存在確認の
訴えは一切認められないのかといったことになると思われる。
2法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることを民
法が容認していることは,多数意見の指摘するとおりであるが,民法が生物学上の
父子関係をもって本来の父子関係とみていることは,血縁関係の有無が嫡出否認の
理由の有無や認知の有効性を決定する事由とされていることからも明らかであろ
う。
本件において,子はCと生物学上の父子関係を有し,Bとはその関係を有しない
ことが,証拠上科学的に確実であり,そのことが法廷の場で明らかにされている。
しかし,Bから嫡出否認の訴えが提起されなかった結果,また,Bが父子関係の解
消に同意しない状況で後述の合意に相当する審判も成立の見込みがないため,もし
親子関係不存在確認の訴えが認められないとすれば,Bとの法律上の親子関係を解
消することはできず,Cとの間で法律上の実親子関係を成立させることができな
い。血縁関係のある父が分かっており,その父と生活しているのに,法律上の父は
Bであるという状態が継続するのである。果たして,これは自然な状態であろう
か,安定した関係といえるであろうか。確かに親子は血縁だけの結び付きではない
が,本件のように,血縁関係にあり同居している父とそうでない父とが現れている
場面においては,通常,前者の父子関係の方が,より安定的,永続的といってよい
であろう。子の養育監護という点からみても,本件のような状況にある場合,Bが
子の養育監護に実質的に関与することは,事実上困難であろう。また将来,Bの相
続問題が起きたとき,Bの他の相続人は,子がCではなくBの実子として相続人と
なることに,納得できるであろうか。
Cと親子になりたければ,養子縁組をすればよいという意見もあるが,法的な効
果に変わりはないとしても,心情的には実子関係と異なるところがあろう。血縁関
係のないBとの法律上の父子関係が残るということも,子の生育にとって心理的,
感情的な不安定要因を与えることになるのではないだろうか。さらに,Bとの法律
上の父子関係が解消されない限り,Cに認知を求めるという方法で,子が自らのイ
ニシアチヴによりCとの法律上の父子関係を構築することはできないのであって,
Bに対する親子関係不存在確認の訴えを認めないことは,子から,そうした父を求
める権利を奪っているという面があることを軽視すべきでないと思う。それととも
に,本件のような場合は,Bとの法律上の父子関係が解消されたとしても,直ち
に,Cという父を確保できる状況にあるということもできる。
3民法が,嫡出推定を受ける子について,原告適格及び提訴期間を厳しく制限
した嫡出否認の訴えによるべきこととしている理由は,家庭内の秘密や平穏を保護
するとともに,速やかに父子関係を確定して子の保護を図ることにあると解されて
いる。そうすると,夫婦関係が破綻し,子の出生の秘密が露わになっている場合
は,前者の保護法益は失われていることになるし,これに加え,子の父を確保する
という観点からも親子関係不存在確認の訴えを許容してよいと考えられる状況にも
あるならば,嫡出否認制度による厳格な制約を及ぼす実質的な理由は存在しないこ
とになるであろう。
私は,科学的証拠により生物学上の父子関係が否定された場合は,それだけで親
子関係不存在確認の訴えを認めてよいとするものではなく,本件のように,夫婦関
係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており,かつ,生物学上の父との間で法
律上の親子関係を確保できる状況にあるという要件を満たす場合に,これを認めよ
うとするものである。嫡出推定・否認制度による父子関係の確定の機能はその分後
退することにはなるが,同制度の立法趣旨に実質的に反しない場合に限って例外を
認めようというものであって,これにより同制度が空洞化するわけではない。形式
的には嫡出推定が及ぶ場合について,実質的な観点を導入することにより,嫡出否
認制度の例外を認めるという点では,外観説と異なるものではない。
外観説を超えて,本件のようなケースでの親子関係不存在確認の訴えを認める
と,その要件が不明確になるという批判が予想されるが,夫婦関係の破綻は,離婚
訴訟において日常的に認定の対象としている要件であり,子の出生の秘密が露わに
なっていること,生物学上の父との法律上の親子関係を確保できる状況にあるとい
う要件も,とくに不明確ということはないと思う。外観説は,一般的にいえば,夫
婦関係の内部に立ち入らずに判断することができ,要件該当性の点でも明確な場合
が多いとはいえようが,例えば,最高裁平成7年(オ)第1095号同10年8月
31日第二小法廷判決・裁判集民事第189号437頁の事案では,性交渉ないし
その機会の有無等をも認定して婚姻の実態の存否を判断しているのであって,こう
したケースでは要件の明確性の差はあまりないといえよう。
親子関係不存在確認の訴えについては,法律上の利害関係のある者であれば誰で
も提起できるとされていることが,その適用範囲を広げることに消極的な態度を採
る理由とされることも考えられる。人事訴訟である親子関係不存在確認の訴えにつ
いて,この点を一般の法律関係不存在確認訴訟と全く同様に考えなければならない
かは疑問であって,最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小
法廷判決・裁判集民事第189号497頁における福田裁判官の意見を傾聴すべき
ものと考えるが,本件の論点ではないから,立ち入らない。むしろ,本件では,母
が子の法定代理人として訴えを提起していることについて,本当に子の利益を考え
てのことか疑問を呈する向きがあるかもしれない。その点に疑いがある事案では,
本件で行われているように,子に特別代理人を選任することが適当であろう(特別
代理人は,子の現状を調査の上,親子関係の不存在を確認することが望ましい旨の
意見を述べている)。そもそもの原因は妻の不倫にあることから,本件親子関係不
存在確認の訴えを認めることに躊躇を覚えるということもあるかもしれないが,こ
の点は外観説でも同様であり,父子関係の確定という子がそのアイデンティティの
問題として最大の利害関係を持つ事柄について,そういった事柄を訴えの適否に影
響させることは相当ではないと思われる。
4身分法においては,何よりも法的安定性を重んずるべきであり,法の規定か
らの乖離はできるだけ避けるべきだという意見があることは十分理解できるが,事
案の解決の具体的妥当性は裁判の生命であって,本件のようなケースについて,一
般的,抽象的な法的安定性の維持を優先させることがよいとは思われない。
家庭裁判所の実務においては,家事事件手続法277条(旧家事審判法23条)
の合意に相当する審判により,嫡出推定を否定する方向でこの種の紛争の解決が図
られることが少なくなく,外観説の枠に収まらない運用もなされていると紹介する
文献もある。このような運用がなされているとすれば,具体的に妥当な解決を図る
目的で,嫡出否認制度の厳格さを回避するために生まれた運用ではないかと思われ
る。本件のような事案の解決においても民法772条により推定される父の意思が
決定的に重要であると考えるなら別であるが,そうとは考えられないのであって,
このような合意に相当する審判の運用と,本件において親子関係不存在確認の訴え
を認めることとの距離は,それほど遠いものではないように思われる。
なお,親子関係不存在確認の訴えが適法とされる場合を広げると,DNA検査の
強制や濫用的利用につながるのではないかと危惧する向きもあるようであるが,D
NA検査は,現在既に認知訴訟等においてだけではなく,訴訟以外の場面でも広く
利用されており,本件のような親子関係不存在確認訴訟を認めるか否かに関わりな
く,濫用的利用のおそれは存在している。濫用防止等のために,立法ないし法解釈
上一定の規制が必要であるとすれば,それはそれとして検討すべきことであろう。
本件において強制や濫用的利用の問題があるわけではなく,DNA検査の結果親子
関係の有無が明らかになることは,濫用的利用等がなくとも今後も生じ得るのであ
るから,本件において親子関係不存在確認の訴えを認めるかどうかの問題とは,切
り離して考えるべきであると思う。
裁判官白木勇の反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と異なり,本件において親子関係不存在確認請求を認めた原判決
の結論は相当であり,これを維持すべきものとする金築裁判官の意見に賛同するも
のである。
1民法の規定は,原則として,血縁のあるところに親子関係を認めようとする
ものであると考えられるが,法文上は,妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定
するとされ(772条1項),夫の子であるという推定を覆すことができるのは,
夫による嫡出否認の訴えによってだけであり,夫以外の何者もこの訴えを提起する
ことができないとされているばかりか,夫による嫡出否認の訴えの提訴可能期間
も,子の出生を知った時から1年以内に限るとされている(774条以下)。つま
り,制度的には,1年の提訴期間を過ぎると,夫の子でないことが明らかな場合で
あっても,法的に父子関係を争うことは一切許されないものとされている。
このような制度が設けられた理由として,一つには,家庭の平和を維持する必要
があること,二つには,法律上の父子関係を早期に確定させる必要があることなど
が指摘されている。その背景には,母子関係は懐胎・分娩という外形的な事実によ
り確認され得るのに対して,父子関係を証明することは極めて困難であるという事
情もあったと思われる。
2しかし,父子間の血縁の存否を明らかにし,それを戸籍の上にも反映させた
いと願う人としての心情も法律論として無視できないものがある。そこで,当審判
例は,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態
が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが
明らかであるなどの事情が存する場合には,その子は実質的には民法772条1項
の父子関係の推定を受けないとしてきた(多数意見の引用する昭和44年5月29
日第一小法廷判決以下の3つの最高裁判決参照)。このことは,民法の規定する制
度がもはや本来の姿のままでは維持できない事態に至っていることを意味するとい
うべきであろう。
3近年,科学技術の進歩にはめざましいものがあり,例えばDNAによる個人
識別能力は既に究極の域に達したといわれている。検査方法によっては,特定のD
NA型が出現する頻度は約4兆7000億人に一人となったとされる。世界の人口
は約70億人と推定されるから,確率的には,同一DNA型を持つ人間は地球上に
存在しない計算になる。この技術により,父子間の血縁の存否がほとんど誤りなく
明らかにできるようになったが,そのようなことは,民法制定当時にはおよそ想定
できなかったところであって,父子間の血縁の存否を明らかにし,それを戸籍の上
にも反映させたいと願う人情はますます高まりをみせてきているといえよう。
4以上の事情を踏まえると,民法の規定する嫡出推定の制度ないし仕組みと,
真実の父子の血縁関係を戸籍にも反映させたいと願う人情とを適切に調和させるこ
とが必要になると考える。その実現は,立法的な手当に待つことが望ましいことは
いうまでもないが,日々生起する新たな事態に対処するためには,さしあたって個
々の事案ごとに適切妥当な解決策を見出していくことの必要性も否定できないとこ
ろである。本件においては,夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになってお
り,かつ,血縁関係のある父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあると
いう点を重視して,子からする親子関係不存在確認の訴えを認めるのが相当である
と考えるものである。
(裁判長裁判官白木勇裁判官櫻井龍子裁判官金築誠志裁判官
横田尤孝裁判官山浦善樹)

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