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平成19年10月31日判決言渡
平成18年(行ケ)第10452号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年9月10日
判決
原告東洋製罐株式会社
訴訟代理人弁理士小野尚純
同飯田隆
同奥貫佐知子
同竹内紀生
被告三菱瓦斯化学株式会社
訴訟代理人弁理士大谷保
同東平正道
同塚脇正博
同片岡誠
同神宝正文
同永井隆
主文
1特許庁が無効2004−35128号事件について平成18年8
月31日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文第1項と同旨
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成1年3月28日,発明の名称を「樹脂配合用酸素吸収剤及び
その組成物」とする発明について特許出願(特願平1−73869号。請求
項の数2。以下「本件出願」という。)をし,平成10年7月10日,特許
庁から特許第2137309号として設定登録(以下「本件特許」とい
う。)を受けた。
本件特許の請求項1に対し被告から特許無効審判請求(無効2004−3
5128号事件)がされ,特許庁は,平成18年8月31日,「特許第21
37309号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審
決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年9月12日,原告に送
達された。
2特許請求の範囲
本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以
下,請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
「【請求項1】還元性鉄と酸化促進剤とを含有し且つ鉄に対する銅の含有
量が150ppm以下及び硫黄の含有量が500ppm以下であることを
特徴とする樹脂配合用酸素吸収剤。」
3審決の内容
審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。
その理由の要旨は,甲12ないし17の記載によれば,「(i)本件発明
が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する脱酸素剤用鉄粉が本件出願前に一
般に市販されていた」ことが推認され,同事項を前提にすれば,本件発明
は,甲1(特開昭55−90535号公報)に記載された発明(以下「甲1
発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもの
であり,本件発明についての特許は,特許法29条2項の規定に違反してさ
れたものであるというものである。
審決は,本件発明と甲1発明との間には,次のとおりの一致点及び相違点
があると認定した。
(一致点)
「還元性鉄と塩化ナトリウムとを含有する樹脂配合用酸素吸収剤。」であ
る点。
(相違点)
本件発明では,「且つ鉄に対する銅の含有量が150ppm以下及び硫黄
の含有量が500ppm以下であることを特徴とする」ものであるのに対し
て,甲1発明ではこの点について何も記載されていない点。
第3当事者の主張
1原告主張の取消事由
審決には,以下のとおり,本件発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由
1),法令適用の誤り(取消事由2)がある。
(1)取消事由1(本件発明の容易想到性の判断の誤り)
審決は,甲1発明に基づいて本件発明を容易に想到することができたと
判断したが,その前提として,「本件出願前において,銅,硫黄含有量が
本件発明の範囲まで低減された鉄粉が既に脱酸素剤用途の脱酸素剤用鉄粉
の銘柄として一般に市販されていた」と認定した(審決書9頁29行∼3
1行)。
すなわち,「甲第13号証は,請求人が川崎製鉄株式会社から購入した
上記KIP303A−60に関する鉄粉検査証明書であり,ここには,
その検査証明日が本件出願前の1988年11月14日であること,及び
検査されたKIP303A−60鉄粉の硫黄含有量が0.016∼0.
020%(160∼200ppm)であり,銅含有量が0.01%(10
0ppm)であることが記載されている。・・・本件出願前において,本
件発明の銅,硫黄含有量範囲を満たす鉄粉が既に一般に販売されていたこ
とは,甲第13号証の記載内容からして明白であり,本件発明の銅,硫黄
含有量範囲を満たす鉄粉は,本件出願前において,一般に販売されていた
ということができる。」(審決書6頁30行∼7頁6行),「甲第12号
証は,川崎製鉄株式会社が作成した,川崎製鉄(株)製KIP303A
−60鉄粉がアトマイズ鉄粉であることを記載したアトマイズ鉄粉に関す
る頒布資料であって製品カタログと推定され,そして,本件出願前の19
88年1月末までに作成頒布されたと推定されるものである。・・・甲第
14号証・・・について検討するに,このものは本件出願後に作成頒布さ
れたものであるが,そこには川崎製鉄株式会社が本件特許出願前である1
965年から還元鉄粉を,1978年からアトマイズ鉄粉を製造販売して
いること・・・,鉄粉の使用用途の一つとして脱酸素剤(註.脱酸素材及
び酸素吸収剤に同じ)の用途があること・・・,銘柄KIP303A−
60が脱酸素材用途に用いられること・・・が記載されており,・・・甲
第12号証ないし甲第14号証の記載内容を総合的に判断すれば,本件出
願前に,銅及び硫黄含有量が本件発明の範囲内にあるKIP303A−
60が脱酸素剤用途の脱酸素剤用鉄粉の銘柄として一般に市販されていた
と推認される。」(同7頁12行∼8頁13行),「甲第15号証ないし
甲第17号証の各々と甲第13号証の関係とその技術的内容について検討
すると,昭和62年12月11日付け甲第15号証に見られるように,三
菱瓦斯化学(株)エージレス部より脱酸素剤エージレスの原料として川崎
製鉄(株)の鉄粉KIP303A−60を使用することが提案され,そ
の提案が,三菱瓦斯化学(株)東京工場エージレス部と川崎製鉄(株)及
び菱江化学株式会社との3社間で取り交わされた鉄粉KIP303A−
60の納入,安全・衛生性に関する取決めとして昭和63年6月8日付け
甲第16号証「原料.資材調査表」に結実していることが認められる。さら
に,昭和63年6月28日付け甲第17号証には,鉄粉の増産を考えてい
るのでエージレス用鉄粉(・・・,KIP303A−60,・・・等)に
ついて非危険物の判定をする旨の記載があり,KIP303A−60が
購入され,脱酸素剤用途に使用されていたことが明らかである。これらに
基づき,昭和63年11月14日付け甲第13号証に示されているよう
に,実際に川崎製鉄株式会社から三菱瓦斯化学株式会社にKIP303
A−60が2ロット合計10トン納入されていることが認められる。・・
・上記の甲第13号証の記載内容の検討からしてKIP303A−60
は本件発明の範囲内の銅,硫黄含有量を有する鉄粉として一般に販売され
ていたということができるものであるところ,以上の甲第15号証ないし
甲第17号証の各々の証拠の記載を総合的に判断すれば,本件発明の範囲
内の銅,硫黄含有量を有する鉄粉であるKIP303A−60が,本件
出願前にすでに,脱酸素剤の原料である脱酸素剤用鉄粉として使用されて
いたと推定される。そうすると,甲第13号証及び甲第15号証ないし甲
第17号証の記載を総合的に判断すれば,本件出願前に,銅及び硫黄含有
量が本件発明の範囲内にあるKIP303A−60が脱酸素剤用途の脱
酸素剤用鉄粉の銘柄として一般に市販されていたと推認される。」(同9
頁1行∼26行),「以上のことからすると,甲第13号証についての認
定をふまえ,甲第12号証,甲第14号証及び甲第15号証から甲第17
号証の記載内容を勘案すれば,本件出願前において,銅,硫黄含有量が本
件発明の範囲まで低減された鉄粉が既に脱酸素剤用途の脱酸素剤用鉄粉の
銘柄として一般に市販されていた」(同9頁27行∼31行)と認定し
た。
その上で,審決は,相違点に係る本件発明の構成の容易想到性につい
て,「本件出願時において,(i)本件発明が規定する範囲内の銅,硫黄
分を含有する脱酸素剤用鉄粉が本件出願前に一般に市販されていたという
ことができ,かつ,(ii)樹脂配合用脱酸素剤においては脱酸素剤用鉄
粉と塩化ナトリウムが原料として使用されることが甲第1号証に記載され
ていれば,本件発明が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する樹脂配合用
脱酸素剤(註.酸素吸収剤に同じ)は当業者にとって容易に想到されるとする
のが相当である。」(審決書6頁10行∼17行)と判断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
ア前提事実の認定の誤り
審決が「(i)本件発明が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する脱
酸素剤用鉄粉が本件出願前に一般に市販されていた」(以下,この事実
を「前提事実」という場合がある。)と認定した点は,以下のとおり誤
りである。
(ア)甲12について
a甲12は,「PrintedinJapanJan.1988」(2頁)との記載か
ら,昭和63年(1988年)1月に印刷されたことは窺われる
が,本件出願日(平成1年3月28日)の前に作成頒布されたかど
うか不明であるから,本件発明の進歩性を判断する資料にはならな
い。甲12を,本件発明の進歩性を判断するに当たり,前提事実認
定の資料とすることは誤りである。
b甲12には,「KAWASAKIP/MGRADEATOMIZEDIRONPOWDERS」と
の表題が記載されている。「P/M」は,「粉末冶金(powdermetallu
rgy)」を意味するから(甲21,22),表題「KAWASAKIP/MGRA
DEATOMIZEDIRONPOWDERS」は,「川崎製鉄株式会社製の粉末冶金
用アトマイズ鉄粉」を意味する。したがって,甲12は,「脱酸素
剤用」アトマイズ鉄粉に関するものではなく,「粉末冶金用」アト
マイズ鉄粉に関するものである。
(イ)甲14について
a甲14には,「1996年2月印刷」との記載があるとおり,本
件出願日から約7年後に印刷された書面であるから,本件発明の進
歩性を判断する資料にはならない。甲14を本件発明の進歩性を判
断するに当たり,前提事実認定の資料とすることは誤りである。
b甲14には,「KIP303A−60」について「脱酸素剤用
アトマイズ鉄粉」との用途が記載されている。他方,平成2年12
月ころに頒布された甲22には,川崎製鉄株式会社(以下「川崎製
鉄」という場合がある。)から販売されている製品のリストが記載
されており,その記載中「【粉末冶金用鉄粉】」の表題の下に,「
アトマイズ鉄粉:純鉄粉・・・KIP260A,300A,300
AS」と記載されている。甲22の上記記載は,本件出願日から1
年10か月程度経過した後においても,川崎製鉄は,商品名「KI
P」の「260A,300A,300AS」シリーズとして販売して
いるアトマイズ鉄粉の用途を「粉末冶金用」としてしか認識してい
なかったか,あるいはその他の用途を認識していたとしても,公に
していなかったことを示している。
以上のとおり,甲14の上記記載と甲22の上記記載を対比する
と,川崎製鉄が,アトマイズ鉄粉の用途として「脱酸素剤用」を見
いだし,これを公にしたのは,本件発明が特開平2−298579
号公報として公開された平成2年12月10日よりも後の時点であ
り,本件出願日当時には,「KIP303A−60」は,「脱酸
素剤用鉄粉」として公知でなかったというべきである。
(ウ)甲13,15ないし17について
a甲13は,1988年11月ころに川崎製鉄千葉製作所が作成し
た被告あての商品名「KIP303A−60」と称する鉄粉につ
いての「鉄粉検査証明書」であるが,上記商品の用途については,
明らかでない。甲13のような商品品質証明書は,当事者間の秘密
文書として取り扱われ,一般に頒布されるものではないから,甲1
3を,本件発明の進歩性を判断するに当たり,前提事実認定の資料
とすることは誤りである。
b甲15は,昭和62年12月11日ころに,川崎製鉄製の鉄粉(
商品名「KIP303A−60」)を,現状品同等の性能を有す
るが購入コストが低い点に注目して,被告の商品である脱酸素剤(
商品名「エージレスAX剤」)原料として使用することが提案され
たことを窺わせる,被告の社内提案書であり,社内秘密文書である
から,甲15を,本件発明の進歩性を判断するに当たり,前提事実
認定の資料とすることは誤りである。
c甲16は,被告,菱江化学株式会社及び川崎製鉄の三社が関与し
て作成した,川崎製鉄製の鉄粉(商品名「KIP303A−60」
)についての原料,資材調査書であり,三社間の秘密文書であるか
ら,本件発明の進歩性を判断するに当たり,前提事実認定の資料と
することは誤りである。
d甲17は,昭和63年6月ころ,脱酸素剤(商品名「エージレス」
)に使用することを検討している種々の鉄粉の粒度分布調査を,被告
のエージレス製造課から品質保証課あてに依頼したことを示す,被
告の社内における研究のための依頼書であり,社内秘密文書である
から,本件発明の進歩性を判断するに当たり,前提事実認定の資料
とすることは誤りである。
(エ)総合判断の誤り
上記(ウ)のとおり,甲15及び甲17には川崎製鉄製の鉄粉を「脱
酸素剤用」に適用することを検討していたことを窺わせる記載が存在
するものの,川崎製鉄から被告に提出された証明書(甲13),被
告,菱江化学株式会社及び川崎製鉄の三社が関与して作成された調査
書(甲16)には,川崎製鉄製の鉄粉の用途が「脱酸素剤用」である
ことを推定させる記載は皆無である。そうすると,甲13,15ない
し17の記載を総合しても,本件出願日前後に,被告において川崎製
鉄から「粉末冶金用鉄粉」として販売されていた鉄粉(商品名「KIP
303A−60」)を脱酸素剤(商品名「エージレス」)の原材料とし
て使用することが秘密裡に検討されていたことが窺われるにすぎず,
上記鉄粉(商品名「KIP303A−60」)が本件出願前に「脱酸
素剤用鉄粉」として一般に市販されていたことを推認することはでき
ない。
(オ)甲3,乙2ないし5について
a被告は,甲3(乙1は,その部分訳),乙2を挙げて,本件出願
前における一般の市販鉄粉は,その大部分が本件発明に規定する範
囲内の銅,硫黄含有量のものであると主張する。
しかし,甲3には,145種の鉄粉がリストされており,銅含有
量が本件発明で規定している範囲のものは145種中5種,硫黄含
有量が本件発明で規定している範囲のものは145種中61種,銅
含有量と硫黄含有量との双方が本件発明で規定している範囲のもの
は145種中5種にすぎないこと(甲24),乙2の回答書の添付
書類である株式会社神戸製鋼所の販売に係るアトマイズ鉄粉「アト
メル」のカタログ中の「アトメルの種類と品質」の欄記載の8種類
の鉄粉は,7種類の銅含有量が本件発明で規定している範囲にある
とはいえず(銅含有量未測定),2種類(400MS,600M
S)の硫黄含有量が本件発明で規定している範囲を大きく超えてい
ることに照らすならば,甲3及び乙2から,本件出願前における一
般の市販鉄粉は,その大部分が本件発明に規定する範囲内の銅,硫
黄含有量のものであるとはいえない。
なお,被告は,乙14により,上記「アトメル」のカタログ記載
の「300M」,「500M」が既に発売されており,このアトマ
イズ鉄粉が脱酸素剤用の用途に用いられていたと主張する。しか
し,乙14の第1表によれば,「300M」,「500M」は,高
密度焼結用(HighCompressibilitySteelPowder)として開発され
たものであり,脱酸素剤用途として開発されたものではない。
b被告は,乙3を挙げて,「KIP303A−60」は,脱酸素
剤用鉄粉として一般に市販されていたと主張する。しかし,乙3を
精査するも,製品番号「KIP303A−60」と称する鉄粉
が「脱酸素剤用」として納入されたか否か不明である。
c被告は,乙4,5を挙げて,本件出願前に,川崎製鉄等の鉄粉の
製造販売会社において,粉末冶金用鉄粉を,脱酸素剤用途に使用で
きることを十分認識していたと主張する。しかし,乙4,5に記載
の鉄粉は,アトマイズ鉄粉(「KIP303A−60」)とは異
質の還元鉄粉であること,乙4,5には,還元鉄粉の銅含有量及び
硫黄含有量について全く記載されておらず,銅含有量及び硫黄含有
量が所定範囲内にある鉄粉を脱酸素剤に使用することについて記載
も示唆もないことに照らすならば,被告の主張は失当である。
イ容易想到性の判断の誤り
(ア)前記アのとおり,甲12ないし17は,本件出願前に頒布された
刊行物ではないから,本件発明の進歩性の判断資料とすることは誤り
であるのみならず,仮に甲12ないし17の記載内容を勘案して
も,「(i)本件発明が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する脱酸
素剤用鉄粉が本件出願前に一般に市販されていた」こと(前提事実)
を推認することはできないから,審決が,前提事実を考慮すれば,本
件発明は,甲1発明に基づいて当業者が容易になし得る発明であった
と判断した点にも誤りがあることになる。
(イ)また,仮に本件発明が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する脱
酸素剤用鉄粉が本件出願前に一般に市販されていたとしても,以下の
とおり,当業者が相違点に係る本件発明の構成を容易に想到し得たも
のではない。
a本件発明(請求項1)は,「イそれ単独で使用される脱酸素剤
ではなくて樹脂配合用脱酸素剤であること」,「ロ鉄に対する銅
の含有量が150ppm以下であること」,「ハ鉄に対する硫黄
の含有量が500ppm以下であること」を本質的特徴とし,この
本質的特徴により「樹脂に配合したとき,ゲル化や分解が生じる傾
向が著しく小さく,また異味,異臭成分を発生する傾向もなく,し
かもこれを配合して得られる樹脂組成物は,樹脂を透過しようとす
る酸素を有効に吸収捕捉して酸素の透過を殆ど完全に遮断する」(甲
23の5頁左欄13行∼18行)という格別の作用効果を奏するもの
である。
一方,甲1には,「還元性鉄と酸化促進剤としての塩化ナトリウ
ムとを含有する樹脂配合用酸素吸収剤」が開示されているが,本件
発明の本質的特徴ロ及びハについて何ら記載も示唆もない。
b甲15及び甲17に記載されている脱酸素剤用鉄粉(商品名「エー
ジレス」)は,被告が製造,販売している商品であるが,樹脂に配合
して使用される樹脂配合用脱酸素剤ではなく,脱酸素剤自体がその
まま,例えば通気性袋に収容された形態で使用されるものであるこ
とに照らすならば,このような脱酸素剤用鉄粉を,使用形態が全く
異なる樹脂配合用脱酸素剤の鉄粉として採用し,その配合の際の独
特な問題,すなわち樹脂分のゲル化や分解を誘発し,異味,異臭成
分を発生させるという独特な問題を解決することに,当業者が容易
に想到し得たものではない。
また,甲1及び審決認定の前提事実には,脱酸素剤を樹脂に配合
する際の解決すべき独特な問題自体についてさえ何らの示唆がな
い。
したがって,甲1に,審決認定の前提事実を考慮しても,相違点
に係る本件発明の構成を容易に想到し得たものではない。
ウ小括
以上によれば,当業者が本件発明を容易になし得たとの審決の判断は
誤りである。
(2)取消事由2(法令適用の誤り)
審決は,「本件発明は,本件出願前に頒布された刊行物である甲第1号
証において,本件出願前の事実についてのものである前記(i)の推認事
項を考慮すれば,当業者が容易になし得る発明である。」と判断した(審
決書10頁12行∼14行)。
しかるに,特許法29条1項2号の「公然実施をされた発明」は,公然
実施されたことが明確に立証され,公然実施されたことに疑問の余地がな
い発明を意味し,本件では,脱酸素剤の原料である脱酸素剤用鉄粉として
公然と,換言すれば秘密裡にではなく公に使用されていたことが明確に立
証されることが必要であるにもかかわらず,審決の上記判断は,単に推認
される事項(「(i)の推認事項」)に基づいて「公然実施をされた発
明」を認定し,本件特許の同条2項違反をいうものであるから,審決に
は,法令適用の誤りの違法がある。
2被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア前提事実の認定の誤りに対し
(ア)甲12ないし17について
a原告は,甲12ないし17について,本件発明の進歩性の判断資
料とすることは誤りであると主張する。しかし,審決は,甲12な
いし17を,甲1記載の脱酸素剤用の鉄として,本件発明が規定す
る範囲内の銅,硫黄分を含有する鉄粉の選択が容易であることを示
すべく,「本件出願時に,本件発明に規定の範囲内の銅,硫黄含有
量の鉄粉が一般に市販されて脱酸素剤用に使用されていた」事実等
を立証するために提示したものであり,このような資料は,公に頒
布された資料であるか否か,当事者の内部資料であるか否か,更に
は特許出願後の資料であるか否か等を問わず,上記立証のための証
拠価値を有するから,原告の主張は失当である。
そして,この観点から検討すると,①甲15の記載から,昭和6
2年12月ころから,被告において脱酸素剤製造用原料として川崎
製鉄から購入した鉄粉(商品名「KIP303A−60」)を使
用することが検討されていたこと,②甲16及び甲17の記載か
ら,昭和63年6月ころ,被告が,川崎製鉄千葉製鉄所及び菱江化
学株式会社と協同して,上記鉄粉について安全・衛生性に関する検
討とともに,脱酸素剤(商品名「エージレス」)製造用原料として
使用することを検討し,かつ上記鉄粉を含む種々の鉄粉の粒度分布
調査を行っていたこと,③甲13の記載から,同年11月ころ,川
崎製鉄から被告に対し,上記鉄粉が納入されたことが,それぞれ窺
われる。
b原告は,甲12記載の鉄粉は「粉末冶金」の用途に限定されてい
るとの主張をする。しかし,甲12記載の「KAWASAKIP/MGRADEAT
OMIZEDIRONPOWDERS」は,あくまでも「P/Mグレードのアトマイズ
鉄粉」であって,「粉末冶金」に用途を限定したものではない。実
際,甲22には,例えば,複写機用,カイロ用などの冶金用以外の
用途が記載されている。
(イ)甲3,乙2ないし5について
a甲3(乙1は,その部分訳)は,本件出願前に発行された公知資
料であり,原材料としての種々の市販の金属粉について,その組成
等を記載したものである。甲3には,127種の市販鉄粉の組成が
記載され,「Cu」(銅)含有量,「S」(硫黄)含有量について
記載のあるもののうち,銅を含有するものとして5種のものが記載
され,その5種とも銅の含有量が150ppm以下である。銅成分
について明示のない他の鉄粉も多数記載されているが,銅含有量が
150ppmを超えることが明示された鉄粉の記載がないこと及び
銅以外の不純物は明示されていることから,通常の市販鉄粉の銅含
有量は150ppm以下であると推測される。
また,硫黄成分を含有するものとして75種のものが記載され,
そのうち硫黄の含有量が500ppm以下であるものは61種(5
00ppmを超えるもの14種)である。硫黄成分について明示の
ない他の鉄粉も多数記載されているが,明示のある75種の鉄粉の
中で硫黄含有量が500ppm以下の鉄粉が61種(81%)と圧
倒的多数を占めていること及び硫黄以外の不純物は明示されている
ことから,大多数の市販鉄粉の硫黄含有量は500ppm以下であ
ると推測される。
このように,本件出願前における一般の市販鉄粉は,その大部分
が本件発明に規定する範囲内の銅,硫黄含有量のものである。
b乙2は,特公昭54−476号公報(甲7)に係る特許出願の拒
絶査定不服審判における審判長の尋問書(昭和59年6月8日付
け),審判請求人の回答書(同年7月25日付け)及びその添付書
類の写しである。
乙2の尋問書には,「1.特許請求の範囲に記載されている「硫
黄を0.1∼1重量%含有する鉄」は実際にはどのようにして入手
したものであるのか具体的に説明されたい。また実際に販売されて
いるのであれば,その商品名,成分表等を明らかにされたい。2.
同じく,「硫黄を0.1∼1重量%含有する」と記載されている
が,この硫黄は後から添加して鉄に混合されたものであるのか,あ
るいは始めから鉄中にその一成分として含まれていたものであるの
か,明らかにされたい。」との記載がある。上記記載から,審判官
は硫黄含有量の多い鉄(本件発明の範囲を超えるもの)の入手自体
が通常のことではないと認識していたことがわかる。
一方,乙2の回答書の添付書類である株式会社神戸製鋼所の販売
に係るアトマイズ鉄粉「アトメル」のカタログには,「アトメルの
種類と品質」の欄に8種類の鉄粉が記載されている。上記記載によ
れば,8種類の鉄粉のうち,銅及び硫黄の含有量が本件発明の範囲
内の鉄粉が6種,硫黄の含有量が本件発明の範囲外の鉄粉が2種(
400MS,600MS)である。上記2種(400MS及び60
0MS)については,上記カタログの「アトメルの特徴」の欄
に,「溶鋼中にSを添加し,硫化物を均一で微細に分散させた鉄粉
です。」との説明があることに照らすと,当時,銅,硫黄含有量の
低い鉄粉が一般的であり,硫黄の含有量の多い鉄粉は人為的に硫黄
を添加することにより調製される特殊なものであったことがわか
る。
すなわち,乙2によれば,本件出願前における鉄粉としては,特
別の性能改善のために硫黄分の高いものを使用する甲7記載の発明
等は別として,硫黄分含有量が本件発明の範囲内であるものが通常
品として市販されていたことがわかる。
なお,乙14には,本件出願前において,乙2のカタログに記載
された純鉄粉(PureSteelPowder)である300M,500Mが既
に発売されており,またアトマイズ鉄粉を脱酸素剤用の用途(ForOx
ygenAbsorption)に用いられていたこと(38頁第1表)が示され
ている。
c乙3(甲13は,その一部)は,被告が川崎製鉄から購入した「
KIP303A−60」に関する鉄粉検査証明書である。乙3に
よれば,1988年(昭和63年)6月16日から同年12月16
日までの間の被告の「KIP303A−60」の納入量は,合計
160000kg(160トン)であること,甲16及び甲17が
作成された昭和63年6月から本件出願日の3か月前の同年12月
までの間に,毎月約20∼30トン程度の「KIP303A−6
0」の納入が継続的に行われていたことがわかる。この期間に大量
の「KIP303A−60」が継続的に川崎製鉄から被告に供給
された事実をみれば,「KIP303A−60」は,脱酸素剤用
鉄粉として一般に市販されていたことは明らかである。なお,脱酸
素剤に用いる鉄粉の量が,1袋当たり約1∼2g程度であることに
鑑みれば,1か月の購入量として20トンレベルの量があれば約1
000∼2000万個の脱酸素剤製品が生産できることになり,こ
の量の製品が少なくとも上記期間において,毎月生産可能であった
ことになる。
d本件出願前の昭和62年5月18日に公開された乙4(特開昭6
2−107001号公報)には,川崎製鉄が昭和60年11月5日
に出願した「粉末冶金用または粉末のままで利用する還元鉄粉の仕
上熱処理方法に関する」発明が記載されており(1頁左下欄13行
∼15行),発明の効果として「製造した鉄粉は,・・・用途に応
じて適宜介在物を低減して使用される。例えば鉄粉カイロ,脱酸素
剤としての用途には・・・好適である。」(6頁左上欄4行∼9
行),「粉末冶金用鉄粉としては・・・介在物を低減すれば,・・
・高い圧縮性を有する。」(6頁左上欄10行∼13行)との記載
がある。また,本件出願前の昭和55年9月20日に公開された乙
5(特開昭55−122808号公報)には,川崎製鉄が本件出願
前の昭和54年3月13日に出願した「脱酸素剤用原料鉄粉の製造
方法」に関する発明が記載されている。
乙4,5の上記記載は,本件出願前に,川崎製鉄等の鉄粉の製造
販売会社において,粉末冶金用鉄粉を,脱酸素剤用途に使用できる
ことを十分認識していたことを示すものであり,この認識が,川崎
製鉄等の鉄粉販売時の営業活動,例えば用途喧伝,カタログ等に反
映されることは当然のことであり,本件出願時には,そのような鉄
粉の用途は当業界で知られていたことも容易に推測される。なお,
原告は,乙4,5に記載の鉄粉は,アトマイズ鉄粉ではなく,還元
鉄粉である旨主張するが,アトマイズ鉄粉であるか還元鉄粉である
かは,本件発明が,明らかにそのいずれも使用し得るものとして包
含していること(請求項1,甲23の3頁右欄25行∼29行)を
考慮すれば,何ら意味がない。
したがって,本件出願日から1年10か月程度経過した後におい
ても,川崎製鉄は,「アトマイズ鉄粉の用途を粉末冶金用としてし
か認識していなかったか,あるいはその他の用途を認識していたと
しても,公にしていなかった」との原告の主張は,失当である。
(ウ)前記(ア)及び(イ)を総合すれば,本件出願前に,川崎製鉄が脱酸
素剤用鉄粉を一般に販売していたこと,本件発明が規定する銅及び硫
黄含有量の範囲内の脱酸素剤用鉄粉(商品名「KIP303A−6
0」)が一般に市販されていたことが明らかである。したがって,審
決が,「(i)本件発明が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する脱
酸素剤用鉄粉が本件出願前に一般に市販されていた」と認定した点に
誤りはない。
イ容易想到性の判断の誤りに対し
(ア)原告は,甲15及び甲17に記載されている脱酸素剤用鉄粉(商品
名「エージレス」)は,樹脂に配合して使用される樹脂配合用脱酸素剤
ではなく,脱酸素剤自体がそのまま,例えば通気性袋に収容された形
態で使用されるものであるので,このような脱酸素剤用鉄粉を,使用
形態が全く異なる樹脂配合用脱酸素剤の鉄粉として採用し,その配合
の際の独特な問題,すなわち樹脂分のゲル化や分解を誘発し,異味,
異臭成分を発生させるという独特な問題を解決することに,当業者が
容易に想到し得たものではないと主張する。
しかし,一般に市販されている鉄粉を,樹脂配合用脱酸素剤,通気
性袋に収容された形態を含むいずれの形態に使用するかは,当業者が
その目的に応じて自由に選択し得る事項である。そして,甲1発明に
おいて,脱酸素剤用還元鉄として,本件発明に規定の銅及び硫黄含有
量の範囲内の市販の鉄粉,例えば「KIP303A−60」を当業
者が採用することに,何ら阻害要因又は困難性はない。
(イ)次に,銅が樹脂中で樹脂を分解させる銅害という現象があるこ
と,及び硫黄分が樹脂中において異臭成分となることは,いずれも当
業者に周知の事項であり(甲4,甲5(乙8は,その部分訳),甲
6(乙9は,その部分訳)),このような観点から樹脂中の銅や硫黄
を低減させるとの課題もまた自明である。
甲1記載の脱酸素剤を配合したフィルムは,食品をその内容物とす
る樹脂包装材料として用いられるものであるが(5頁左上欄10行∼
12行,同左下欄2行∼4行),このような樹脂包装材料において
は,一般に樹脂の熱分解生成物による異臭が問題となっていることは
当業者に周知のことである(例えば,甲2)。そして,元来,硫黄あ
るいは硫黄化合物が有臭であって,又は樹脂中において異味,異臭成
分を発生させる場合があることは,証拠を挙げるまでもなく,本件出
願時,当業者に周知のことである。
以上の点に鑑みれば,甲1において,食品包装材料において樹脂の
分解,異臭の発生を防止するという課題の解決のために,一般に市販
されていた鉄粉(そのほとんどが,本件発明の範囲内の銅,硫黄含有
量のもの)の中から,銅,硫黄等の不純物の少ない鉄粉を選択して酸
素吸収剤を調製し,本件発明に到達することは当業者であれば容易に
行い得ることである。
(ウ)以上のとおり,本件発明は,「(i)本件発明が規定する範囲内
の銅,硫黄分を含有する脱酸素剤用鉄粉が本件出願前に一般に市販さ
れていた」ことを前提とすれば,甲1に基づいて,当業者が容易に発
明することができたものであり,その作用効果についても,甲2等や
周知事項を考慮すれば,当業者であれば容易に想到し得る。
本件発明は,当業界で通常行われる単なる不純物の少ない材料の選
択を,適当な含有量上限値を規定することにより,あたかも,新規な
効果を見いだしたかのように特許出願されたにすぎず,本件発明に
は,何ら進歩性は認められない。
(2)取消事由2に対し
審決は,本件発明は,本件出願前に頒布された甲1,すなわち,特許法
29条1項3号の「刊行物に記載された発明」に基づいて,甲12ないし
17の記載を勘案すれば,当業者が容易になし得た(同条2項)と判断し
たのであり,同条2号の「公然実施をされた発明」に基づいて当業者が容
易に本件発明をなし得た(同条2項)と判断したものでない。
したがって,取消事由2に係る原告の主張は,主張自体失当である。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(本件発明の容易想到性の判断の誤り)について
(1)前提事実の認定の誤りについて
当裁判所は,審決が,甲12ないし17によって「本件発明が規定する
範囲内の銅,硫黄分を含有する脱酸素剤用鉄粉が本件出願前に一般に市販
されていた」との事実(前提事実)を認定した点に誤りがあると判断す
る。
ア甲12ないし17の記載内容等
(ア)甲12ないし17によれば,以下の事実が認められる。
a甲15について
①甲15は,被告の東京工場エージレス部の担当者作成の「エー
ジレス事業本部長」あての昭和62年12月11日付け提案書で
あり,同書面には,「件名川崎製鉄のAX剤原末原料としての
使用提案」,「TF10月度月報会で報告致しましたように,川
崎製鉄㈱KIP−303A鉄粉につきまして,エージレスAX−60
剤原末(FX−FYに使用中)原料としての適用検討を行なって
まいりました。添付資料の如く,本鉄粉を用いてテスト販売した
AX剤は,現状品同等の性能を持つことを確認致しまし
た。」,「従って,本鉄粉はAX剤原料として充分使用可との判
定ができますので,原材料コスト削減の為,使用することを提案
致します。」,「尚,本鉄粉使用に際してのコスト低減効果は以
下のように予想されます。〔神鋼700MG@128/㎏(62.12現
在)川鉄303A@90/㎏62年1∼12月AX剤生産数量約7
90t(TF製造課生産計画表より)〕より,現材料鉄粉全量を3
03Aに切替えた場合・・・年間約3千万円のコスト低減」との
記載がある。
②上記によれば,被告の社内(エージレス部)で,昭和62年1
0月ころから,川崎製鉄の鉄粉「KIP303A−60」
を,「エージレスAX剤原末」の原料として適用することの検討
を行い,同年12月11日に,担当者が,「エージレス事業本部
長」に対し,「KIP303A−60」はAX剤の原料鉄粉と
して充分使用可能との判定ができ,原料鉄粉全量を現状品(「神
鋼700MG」)から切り替えた場合,年間約3000万円のコ
スト低減を図ることが予想されるので,原材料コスト削減のた
め,「KIP303A−60」を使用することの提案をしたこ
とが認められる。
なお,乙15によれば,「エージレス」は,被告が昭和57年
2月当時から販売していた「脱酸素剤」商品のシリーズ名である
ことが認められる。
b甲12について
①甲12は,昭和63年1月に印刷された川崎製鉄作成の「KAWAS
AKIP/MGRADEATOMIZEDIRONPOWDERS」と題する書面であり,同
書面には,川崎製鉄のアトマイズ鉄粉製品である「KIP26
0A」,「KIP280A」,「KIP300A」,「KI
P301A」,「KIP300AS」,「KIP303A
−60」に関するデータが掲載されている。
「KIP303A−60」につき,硫黄含有量が「0.01
5」%(150PPM)との記載がある。
②上記によれば,川崎製鉄は,昭和63年1月当時,「KIP
303A−60」をアトマイズ鉄粉製品として市販していたこと
が認められる。
c甲16,甲17について
①甲16は,被告の東京工場エージレス部作成の商品名「KIP
303A−60」に関する昭和63年6月8日付け「原料.資
材調査書」と題する書面であり,同書面には,「(A−1)納期
受注後1ケ月」との記載のほか,「荷姿及び包装方法」,「ロ
ットの大きさ」,「ロットの表示とその読み方」,「試験成績
書」を「同送」すること等についての記載があり,また,「製造
会社名扱所在所」欄に「川崎製鉄㈱千葉製鉄所管理部鉄粉管理室
前田義昭」の記名及び押印,「取扱会社名扱所在所」欄に「菱江
化学株式会社橋本忠雄」の記名及び押印がある。
甲17は,被告の東京工場エージレス部作成の「品質保証課」
あての昭和63年6月28日付け依頼書であり,同書面には,「
件名エージレス用鉄粉粒度分布調査依頼」,「・・・危険物の
規定を改正する件が・・・施行される運びとなりました。」,「
金属粉B鉄粉は「53μmパス50%以下」であれば,非危険物
となる予定です。鉄粉(A剤)の増産を考えておりますので,エ
ージレス用鉄粉(700MG,1000MG,KIP−303,
AMC等)」について,メーカーの実績データより非危険物とし
て適用できるか否かご判定願い上げます。」との記載がある。
②上記各記載によれば,被告は,昭和63年6月8日,川崎製鉄
及び菱江化学株式会社との間で,川崎製鉄から,「エージレス」
用の原材料鉄粉として「KIP303A−60」の納入を受け
ることに関する取決め(甲16)をしたこと,同月28日当時,
被告の社内で,「KIP303A−60」を含むエージレス用
鉄粉について,メーカーの実績データに基づいて,改正規定の施
行後に「非危険物」として適用できるかについて検討していたこ
とが認められる。
d甲13について
①甲13は,川崎製鉄千葉製鉄所作成の1988年(昭和63
年)11月14日付け被告あて「鉄粉検査証明書」と題する書面
であり,同書面には,「製品記号KIP303A−6
0」,「契約番号290360454」,「送状番号7X4
873」,製造番号「8X30−08」のロットにつき『重量「
Cu」含有量「0.01%」(100500㎏」,化学成分「
,「S」含有量「0.02%」(200ppm相当)化学成分
ppm相当)』,製造番号「8Y04−43」のロットにつき『
Cu」含有量「0.01重量「9500㎏」,化学成分「
%」(100,「S」含有量「0.01ppm相当)化学成分
ppm相当)』,「上記注文品は,御指定の規格6%」(160
又は使用に従って製造され,その要求事項を満足していることを
証明します。」等の記載がある。
②上記①及び前記c②によれば,川崎製鉄は,昭和63年11月
14日,被告に対し,同年6月8日付けの取決め(甲16)に基
づいて,「エージレス」用の原材料鉄粉として「KIP303
A−60」を2ロット合計10トン(10000㎏)を納入した
こと,納入された「KIP303A−60」の銅含有量及び硫
黄含有量は,いずれも本件発明の規定する銅含有量(150pp
m以下)及び硫黄含有量(500ppm以下)の範囲にあること
が認められる。
e甲14について
①甲14は,平成8年2月に印刷された川崎製鉄作成の「KIP<
R>川鉄の還元鉄粉・アトマイズ鉄粉」と題するカタログであり,
同カタログには,「1965年から還元鉄粉を,1978年から
アトマイズ鉄粉を製造販売しています。」,「「KIP」には用
途に応じた最適な鉄粉があります。」との記載があり,また,同
カタログの「種類と用途」との見出しの表中には,「粉末冶金
用」に分類された「KIP260A」,「KIP280
A」,「KIP300A」及び「KIP301A」の用途
が「自動車部品,電機機器部品,事務機器部品,一部機械部品,
他」であること,「粉末冶金用以外」に分類された「KIP3
03A−60」の用途が「脱酸素剤」であること,同じく「純鉄
粉の品質特定」との見出しの表中には,「KIP260
A」,「KIP280A」,「KIP300A」及び「KI
P301A」の用途が「粉末冶金用純鉄粉」であること,「K
IP303A−60」の用途が「脱酸素剤用」であることの記
載がある。
②上記によれば,川崎製鉄は,平成8年2月当時,「KIP3
03A−60」を「粉末冶金用以外」の「脱酸素剤用」鉄粉とし
て市販し,「KIP260A」,「KIP280A」,「K
IP300A」及び「KIP301A」を「粉末冶金用純鉄
粉」として市販していたことが認められる。
(イ)以上によれば,甲12ないし17の記載内容から,被告は,昭和
62年10月ころ,被告が当時販売していた脱酸素剤「エージレス」
用の原料鉄粉として,川崎製鉄が市販していた鉄粉「KIP303
A−60」を使用することの可否等について検討を始め,同年12月
11日,担当部(エージレス部)から,「KIP303A−60」
は充分使用可能であり,その使用による原材料コスト削減の効果があ
るので,「KIP303A−60」を使用することの提案がされた
後,昭和63年6月8日,川崎製鉄ほか1社との間で,「KIP3
03A−60」の納入に関する取決め(甲16)をし,その取決めに
基づいて,本件出願(平成1年3月28日)前の昭和63年11月,
川崎製鉄から,「エージレス」用の原材料鉄粉として「KIP30
3A−60」を2ロット合計10トンの納入を受けたこと,納入され
た「KIP303A−60」の銅含有量及び硫黄含有量は,いずれ
も本件発明の規定する銅含有量(150ppm以下)及び硫黄含有
量(500ppm以下)の範囲にあったことが認められる。
上記認定事実に照らすならば,甲12ないし17から,本件出願(
平成1年3月28日)前に,川崎製鉄が本件発明の規定する銅含有
量(150ppm以下)及び硫黄含有量(500ppm以下)の範囲
内の鉄粉「KIP303A−60」を市販していたこと,遅くとも
上記取決めのされた昭和63年6月8日までに,川崎製鉄と被告は,
鉄粉「KIP303A−60」を脱酸素剤(酸素吸収材)である被
告商品「エージレス」の原料の用途に使用できることを認識していた
こと,川崎製鉄は,本件出願前に,被告に対し,「脱酸素剤用鉄粉」
として,「KIP303A−60」を販売していたと認定できる。
(ウ)しかし,甲12ないし17の記載内容を勘案しても,川崎製鉄
が,本件出願前に,被告以外の脱酸素剤の製造業者に対し,「KIP
303A−60」を「脱酸素剤」との用途により販売していた事実
を認定することはできず,その他,同事実を認定するに足りる証拠は
ない。
以上のとおり,甲12ないし17から,川崎製鉄は,本件出願前
に,被告1社に対し,「KIP303A−60」を「脱酸素剤用
鉄粉」として販売していたということはできるものの,被告以外の
業者にこれを「脱酸素剤用鉄粉」として販売していたものと認める
ことはできないから,甲12ないし17から,本件出願前に,「K
IP303A−60」が「脱酸素剤用鉄粉」として「一般に市
販」されていたということはできない。
以下,補足して理由を述べる。
a前記(ア)e認定のとおり,甲14から,川崎製鉄は,平成8年2
月当時,「KIP303A−60」を「脱酸素剤用」鉄粉として
市販していたことが認められるが,この販売の事実から直ちに約7
年前の本件出願(平成1年3月28日)当時において川崎製鉄が「
KIP303A−60」を「脱酸素剤用」鉄粉として市販してい
たとまで推認することはできない。
かえって,①「KIP303A−60」は,本件出願前の昭和
63年1月に印刷された川崎製鉄作成の「KAWASAKIP/MGRADEATOM
IZEDIRONPOWDERS」と題する書面(甲12)に,「KIP260
A」,「KIP280A」,「KIP300A」,「KIP
301A」,「KIP300AS」とともにアトマイズ鉄粉製品
として掲載されたこと(前記(ア)b①),②甲12の表題中の「P/
M」は,「粉末冶金」を意味するPowderMetallurgyの略語であるこ
と(甲20,21),③甲12掲載の「KIP260A」,「K
IP280A」,「KIP300A」,「KIP301A」
は,甲14にも掲載されているが,その用途は「粉末冶金用」とさ
れていること(同e①),④本件出願から約1年10か月後の平成
2年12月作成の甲22(特殊鋼39巻12号67頁)にも,甲1
2掲載の「KIP300AS」は,「KIP260A」及び「
KIP300A」とともに「粉末冶金用鉄粉」として記載されて
いること(なお,甲22には,「その他用合金鉄粉」の用途とし
て「溶接用」等の記載はあるが,「脱酸素剤用」の記載はない。)
に照らすならば,「KIP303A−60」は,本件出願当
時,「粉末冶金用鉄粉」として一般に認識されており,「KIP
303A−60」が「脱酸素剤用」の用途に適することは,被告を
除く,脱酸素剤の製造業者に認識されるに至っていなかったことが
窺われる。
b被告提出に係る乙3(甲13は,その一部)によれば,川崎製鉄
は,「KIP303A−60」の納入に関する取決め(甲16)
に基づいて,本件出願前の昭和63年6月16日から同年12月1
6日まで(6か月)の間に,被告に対し,脱酸素剤「エージレス」
用の原材料鉄粉として「KIP303A−60」を合計160ト
ン納入したことが認められる。しかし,上記事実があるからといっ
て本件出願前に川崎製鉄が被告以外の製造業者に「KIP303
A−60」を「脱酸素剤用鉄粉」として販売していたことを裏付け
るものとはいえない。
c被告は,乙4(特開昭62−107001号公報)及び乙5(特
開昭55−122808号公報)によれば,本件出願前に,鉄粉の
製造販売会社において,「粉末冶金用鉄粉」を,脱酸素剤用途に使
用できることを十分認識していたと主張する。しかし,仮に被告が
主張するように鉄粉の製造販売会社において「粉末冶金用鉄粉」を
脱酸素剤用途に使用できることが知られていたとしても,「粉末冶
金用鉄粉」のすべてが脱酸素剤用途に使用できることの認識があっ
たということはできないし,乙4,5には,その旨の記載や示唆は
ない。
また,被告は,甲3,乙2等を挙げて,本件出願前における一般
の市販鉄粉は,その大部分が本件発明に規定する範囲内の銅,硫黄
含有量のものであったと主張する。しかし,この点についても,上
記のとおり,本件出願当時「粉末冶金用鉄粉」のすべてが脱酸素剤
用途に使用できることの認識があったということはできない。
以上に照らすならば,被告の主張を前提としても,川崎製鉄が本
件出願前に鉄粉「KIP303A−60」を市販していた事実が
認められる点はさておき,同社が,「KIP303A−60」
を,被告以外の製造業者に対して,「脱酸素剤」の用途で販売して
いたとの事実を認定することはできない。
なお,被告は,乙14には,銅及び硫黄の含有量が本件発明の範
囲内のアトマイズ鉄粉(「アトメル」300M,500M)を脱酸
素剤用の用途(ForOxygenAbsorption)に用いられていたこと(38
頁第1表)が示されている旨主張するが,第1表には「ForOxygen
Absorption55KF」と記載されており,乙14からは,「55
KF」が脱酸素剤用であることを窺うことができても,「300
M」,「500M」が脱酸素剤用であることを認めることはでき
ず,上記主張は採用することができない。
イ小括
以上のとおり,甲12ないし17から,本件出願前に,「KIP3
03A−60」が「脱酸素剤用鉄粉」として「一般に市販」されていた
ということはできず,甲12ないし17の記載内容を勘案しても,「(
i)本件発明が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する脱酸素剤用鉄粉
が本件出願前に一般に市販されていた」との前提事実を認定することは
できない。また,本訴で提出された他の証拠を勘案しても,「本件発明
が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する脱酸素剤用鉄粉が本件出願前
に一般に市販されていた」ことを認めるに足りない。
したがって,審決の前提事実の認定には誤りがある。
(2)容易想到性の判断の誤りについて
審決は,「(i)本件発明が規定する範囲内の銅,硫黄分を含有する脱
酸素剤用鉄粉が本件出願前に一般に市販されていた」ことを前提に,甲1
記載の樹脂配合用酸素吸収材の原料鉄粉に,「本件出願前に一般に市販さ
れていた脱酸素剤用鉄粉を使用することは当業者が容易に想到し得る」(
審決書10頁1行∼2行)から,甲1に,上記(i)の事項(前提事実)
を考慮すれば,本件発明を容易に想到し得たと判断した。
しかし,前記(1)で判示したとおり,甲12ないし17を含む,本件証拠
によっても,前提事実を認めるに足りず,審決の前提事実の認定には誤り
があり,したがって,本件発明を容易に想到し得たとの審決の判断には,
誤りがあることになる。よって,原告主張の取消事由1は理由がある。
2結論
以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由があるから,審決は取消しを
免れない。
よって,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,主
文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀

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