弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     1 
被上告人が上告人乙会社の滞納に係る平成9年度消費税及び地方消費税(いずれも
納期限を平成9年12月1日とするもの)の徴収のために平成10年3月19日に
した第1審判決別紙預金債権目録記載の預金債権の払戻請求権に対する差押えにつ
き,原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
       2 前項の差押えを取り消す。
       3 訴訟の総費用は,これを2分し,その1を上告人らの,その余
を被上告人の負担とする。
         理    由
 上告人兼上告代理人Aの上告受理申立て理由(排除されたものを除く。)につい

 1 本件は,上告人乙会社(以下「上告会社」という。)から債務整理事務を委
任された弁護士である上告人Aが,債務整理事務遂行のために上告会社から受領し
た500万円をもって第1審判決別紙預金債権目録記載の普通預金口座(以下「本
件口座」という。)を開設し,預金の出し入れを行っていたところ,被上告人によ
り,本件口座に係る同目録記載の預金債権(以下「本件預金債権」という。)は上
告会社の財産であるとして,上告会社の滞納に係るいずれも納期限を平成9年12
月1日とする平成9年度消費税及び地方消費税(以下「12月納期限分消費税等」
という。)の徴収のために,本件預金債権の差押え(以下「本件差押え」という。)
がされたので,上告人らが被上告人に対し本件差押えの取消しを求めている事案で
ある。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1)
上告会社は,平成9年9月ころ,上告人Aとの間において,上告会社の債務整理に
関する事務処理を委任する旨の契約(以下「本件委任契約」という。)を締結した。
 (2)
上告人Aは,同年10月8日,本件委任契約に基づき上告会社の債務整理の委任事
務を遂行するため,上告人A名義の「A」の本件口座を開設し,上告会社から同日
預かった500万円を本件口座に入金した。本件口座の預金通帳及び届出印は,当
初から上告人Aが管理していた。
 (3)
上告会社の代表社員である丙が売却した同人の個人資産である株式の代金20万円
が,同年12月22日,上告会社から本件口座に振り込まれた。また,丙は,同1
0年2月27日,上告会社が立て替えていた同9年10月分の同人の役員報酬に対
する市民税,所得税等に相当する13万2000円を上告会社の代理人としての上
告人Aに支払い,上告人Aがこれを本件口座に振り込んだ。
 そのほか,本件口座には,上告会社の不動産及び動産の売却代金,上告会社の売
掛金及び請負代金,上告会社への公租公課の還付金等が振り込まれた。これは,上
告人Aが,弁済資金を上告会社が保管していたのでは収拾がつかなくなり,弁護士
が保管する必要があるとして,上告会社の債務者に対し,本件口座に振込送金する
ことを依頼したので,債務者がこれに応じて本件口座に売掛金や請負代金を送金し
たものである。
 (4)
本件口座からは,上告会社の債権者に対する配当金及びその振込手数料,上告会社
の従業員の給料,社会保険料,税金等が出金された。
 (5)
上告会社は,12月納期限分消費税等並びにいずれも納期限を平成10年3月2日
とする平成9年度消費税及び地方消費税並びに同年度法人税を滞納した。そこで,
被上告人は,同月19日,これらの徴収のため,本件預金債権(払戻請求権)を差
し押さえたが,同年10月9日,12月納期限分消費税等に係る部分以外の差押え
を取り消した。
 3 第1審は,本件差押えにつき,上告会社の訴えを却下するとともに,上告人
Aの請求を棄却し,原審は,次のとおり判断して,上告人らの控訴を棄却した。
 (1)
上告会社は,本件差押えの名あて人であって,本件預金債権は上告会社に帰属する
から,本件差押えの法律上の効果を受けることが明らかであり,本件訴えにつき原
告適格を有する。しかし,(2)によれば,上告会社の請求には理由がないから,請
求を棄却すべきところ,それは第1審判決より不利益である。よって,控訴を棄却
すべきである。
 (2)
任意整理を受任した弁護士は,その前払費用として委任者から弁済資金を受領した
としても,委任者の債務の弁済を委任者の代理人として行うことが委任の目的であ
って,その目的以外に同弁護士がその弁済資金を自由に処分することができるもの
ではなく,善管注意義務をもってこれを管理し,委任契約が解約されたときはその
返還義務を負う。
 前記事実関係と任意整理目的の本件委任契約の内容を考慮すると,本件口座に係
る預金契約は,上告会社の出捐により上告会社の預金とする意思で上告人Aを使者
ないし代理人として締結されたものと認めるのが相当であり,本件預金債権は上告
会社に帰属するというべきである。委任者たる上告会社から預かった弁済資金は,
受任者たる上告人Aの所有となるとは解されない。
 以上によれば,本件差押えが違法であると認めることはできない。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち(2)及び(1)のうちこれと同旨の部分は,
是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,上告人Aは,上告会社から,適法な弁護士業務の一環と
して債務整理事務の委任を受け,同事務の遂行のために,その費用として500万
円を受領し,上告人A名義の本件口座を開設して,これを入金し,以後,本件差押
えまで,本件口座の預金通帳及び届出印を管理して,預金の出し入れを行っていた
というのである。このように債務整理事務の委任を受けた弁護士が委任者から債務
整理事務の費用に充てるためにあらかじめ交付を受けた金銭は,民法上は同法64
9条の規定する前払費用に当たるものと解される。そして,前払費用は,交付の時
に,委任者の支配を離れ,受任者がその責任と判断に基づいて支配管理し委任契約
の趣旨に従って用いるものとして,受任者に帰属するものとなると解すべきである。
受任者は,これと同時に,委任者に対し,受領した前払費用と同額の金銭の返還義
務を負うことになるが,その後,これを委任事務の処理の費用に充てることにより
同義務を免れ,委任終了時に,精算した残金を委任者に返還すべき義務を負うこと
になるものである。そうすると,本件においては,上記500万円は,上告人Aが
上告会社から交付を受けた時点において,上告人Aに帰属するものとなったのであ
り,本件口座は,上告人Aが,このようにして取得した財産を委任の趣旨に従って
自己の他の財産と区別して管理する方途として,開設したものというべきである。
【要旨】これらによれば,本件口座は,上告人Aが自己に帰属する財産をもって自
己の名義で開設し,その後も自ら管理していたものであるから,銀行との間で本件
口座に係る預金契約を締結したのは,上告人Aであり,本件口座に係る預金債権は
,その後に入金されたものを含めて,上告人Aの銀行に対する債権であると認める
のが相当である。したがって,上告会社の滞納税の徴収のためには,上告会社の上
告人Aに対する債権を差し押さえることはできても,上告人Aの銀行に対する本件
預金債権を差し押さえることはできないものというほかはない。
 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反があり,この点をいう論旨は理由がある。したがって,本件差押えについて,原
判決は破棄を免れず,以上に述べたところからすれば,上告人らの取消請求には理
由があるから,第1審判決を取り消して,同請求を認容することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官深澤武
久,同島田仁郎の補足意見がある。
 裁判官深澤武久,同島田仁郎の補足意見は,次のとおりである。
 1 原審は上告人らが締結した契約を委任契約としており,これによれば,授受
された500万円は民法649条の規定する前払費用と解すべきであるところ,私
たちは,その場合の弁護士の金銭の管理の在り方及び契約関係の他のとらえ方につ
き,補足して意見を述べておきたい。
2 まず,会社が債務整理事務を弁護士に依頼する行為は,事務の処理の委託とい
う面において,これを委任ないし準委任契約の締結ととらえることができる。これ
に伴って,債務整理事務の処理のために充てる費用として委任者が受任者に金銭等
を交付する場合の法律関係については,法廷意見において述べたところである。し
かしながら,この場合においても,弁護士は,交付を受けた金銭等を自己の固有財
産と明確に区別して管理し,専ら委任事務処理のために使用しなければならないの
であって,それを明確にしておくために,金銭を預金して管理する場合における預
金名義も,そのことを示すのに適したものとすべきである。
 3 さらに,会社の資産の全部又は一部を債務整理事務の処理に充てるために弁
護士に移転し,弁護士の責任と判断においてその管理,処分をすることを依頼する
ような場合には,財産権の移転及び管理,処分の委託という面において,信託法の
規定する信託契約の締結と解する余地もあるものと思われるし,場合によっては,
委任と信託の混合契約の締結と解することもできる。この場合には,会社の資産は
,弁護士に移転する(同法1条)が,信託財産として受託者である弁護士の固有財
産からの独立性を有し,弁護士の相続財産には属さず(同法15条),弁護士の債
権者による強制執行等は禁止され(同法16条1項),弁護士は信託の本旨に従っ
て善管注意義務をもってこれを管理しなければならず(同法20条),金銭の管理
方法も定められており(同法21条),弁護士は原則としてこれを固有財産とした
りこれにつき権利を取得してはならない(同法22条1項)など,法律関係が明確
になるし,債務者が債権者を害することを知って信託をした場合には,受託者が善
意であっても債権者は詐害行為として信託行為を取り消すことができる(同法12
条)のである。これらの規定が適用されるならば,授受された金銭等をめぐる紛争
の生ずる余地が少なくなるものと考えられる。
 もっとも,このような場合でも,信託財産に属する金銭を弁護士が預金した場合
の預金者が弁護士であるという結論は,委任契約の場合と異なるところがないから
,本件の結論には影響を及ぼさない。そして,本件においては信託等について何ら
の主張,立証もないので,その可能性を指摘するにとどめることとする。
(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉
 徳治 裁判官 島田仁郎)

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