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判決 平成13年10月3日 神戸地方裁判所 平成12年(行ウ)第19号,平成
12年(行ウ)第49号公文書公開各請求事件
          主   文
     1 原告の請求をいずれも棄却する。
     2 訴訟費用は原告の負担とする。
   事実及び理由
第1 原告の請求
 1 被告が原告に対して平成10年9月16日付でした,平成8年分及び平成9
年分の地価調査に関する公文書公開決定処分のうち,非公開とした別表1記載の部
分を取り消す。
 2 被告が原告に対して平成12年4月21日付でした,平成10年分及び平成
11年分の地価調査に関する公文書公開決定処分のうち,非公開とした別表2記載
の部分を取り消す。
第2 事案の概要等
   本件は,原告が被告に対し,被告が原告の公文書公開請求に対して平成10
年9月16日付けでした平成8年分及び平成9年分の地価調査に関する公文書公開
決定処分(以下「第1処分」という。),及び平成12年4月21日付けでした平
成10年分及び平成11年分の地価調査に関する公文書公開決定処分(以下「第2
処分」という。)のうち,それぞれ非公開部分(但し,第1処分については,原告
の異議申立てによって公開された部分を除く。)の取消しを求めた事案である。
 1 前提となる事実
   次の事実は,いずれも当事者間に争いがない。
  (1) 当事者
    原告は,兵庫県芦屋市(以下,単に「芦屋市」という。)h町i番j号に
事務所を有する法人であり,被告は,兵庫県の公文書の公開等に関する条例(昭和
61年兵庫県条例第3号。以下「旧条例」という。)及び情報公開条例(平成12
年兵庫県条例第6号。以下「新条例」という。)に規定する実施機関である。
  (2) 国土利用計画法に基づく地価調査
  都道府県地価調査は,国土利用計画法(昭和49年法律第92号)に基づ
く土地取引の価格に関する規制の基準や一般の土地取引の指標等とするため,国土
利用計画法施行令(昭和49年政令第387号)9条1項の規定により,都道府県
知事が毎年1回基準地の単位面積当りの標準価格を判定するものであり,当該標準
価格は基準地の所在等とともに周知されるものである。
  (3) 第1処分等
   ア 原告は,平成10年9月1日,被告に対し,旧条例に基づき,下記公文
書(以下「第1公文書」という。)の公開を請求した。
           記
     兵庫県が,平成8年及び平成9年に,次の地点の地価調査として行った
土地の鑑定結果及びその内容を記載した公文書
     (ア) 芦屋市k町l番  
     (イ) 芦屋市m町n番  
     (ウ) 芦屋市o町p番  
   イ 被告は,原告に対し,平成10年9月16日付けで,別表3記載の理由
で別表3記載部分を非公開とする旨の第1処分を行い,その旨を原告に通知した。
   ウ 原告は,平成10年11月6日付けで,被告に対し第1処分についての
異議を申し立てたところ,被告は,平成12年3月28日付けで,別表4記載部分
を公開したものの,別表1記載部分については異議を棄却する旨の決定をした。
    (なお,以下,別表1及び同2記載の各四角で囲んだ部分の下段部分を
「取引事例事項」という。)
  (4) 第2処分等
   ア 原告は,平成12年4月7日,被告に対し,新条例に基づき,下記公文
書(以下「第2公文書」という。)の公開を請求した。
           記
     兵庫県が,平成10年及び平成11年に,次の地点の地価調査として行
った土地の鑑定結果及びその内容を記載した公文書
       芦屋市o町p番   
   イ 被告は,原告に対し,平成12年4月21日付けで,別表5記載の理由
で別表2記載部分を非公開とする旨の第2処分を行い,その旨を原告に通知した。
   ウ 原告は,平成12年5月22日付けで,被告に対し第2処分についての
異議を申し立てたが,被告は,同年10月24日付けで,異議を棄却する旨の決定
をした。
(5) 第1公文書
   ア 第1公文書は,国土利用計画法施行令9条1項に基づく地価調査におけ
る基準地番号「芦屋(県)-2」「芦屋(県)-4」「芦屋(県)-5」の,平成
8年及び平成9年の地価調査に係る各鑑定評価書である(以下,それぞれ「平成8
年評価書」,「平成9年評価書」という。)。
   イ 平成8年評価書
    (ア) 平成8年評価書として,基準地「芦屋(県)-2」についての不動
産鑑定士G作成の,「芦屋(県)-4」についての不動産鑑定士H作成の,「芦屋
(県)-5」についての不動産鑑定士I作成の各鑑定評価書がある。各鑑定評価書
は,「それぞれ(1) 総括表」と「(2) 基準地(宅地)価格評価の内訳」か
らなっている。
    (イ) 「(1) 総括表」は,「(1)基準地番号」,「(3)基準地の1平方
メートル当たり価格」,「(11)基準地に係る都市計画法その他法令の制限で主要な
もの」等の各項目からなる。
    (ウ) 「(2) 基準地(宅地)価格評価の内訳」は,「(1)基準地番
号」,「(2)所在及び地番,『住居表示』等」,「(3)地積」,「(4)鑑定評価額」及
び「(5)1平方メートル当たりの価格」,「取引事例比較法」,「収益還元法」,
「原価法」,「固定資産税評価額」(但し,基準地番号「芦屋(県)-2」は除
く。なお,固定資産税評価額との記載は,固定資産評価額の誤記である。)等から
なる。
      上記「取引事例比較法」の項は,「(6)カード番号」,「(7)所在及び
地番」,「(8)地積」,「(9)取引時点」,「(10)取引価格」,「(11)事情補正」,
「(12)時点修正」,「(13)建付減価の補正」,「(14)事例地の個別的要因の標準化
補正」,「(15)震災補正」,「(16)地域格差」,「(17)基準地の個別的要因の比
較」,「(18)比準価格決定の理由の要旨」,「(19)比準価格」からなる。
   ウ 平成9年評価書
    (ア) 平成9年評価書として,基準地「芦屋(県)-2」についての不動
産鑑定士G作成の,「芦屋(県)-4」についての不動産鑑定士H作成の,「芦屋
(県)-5」についての不動産鑑定士I作成の各鑑定評価書がある。
    (イ) 平成9年評価書は,「基準地番号」等及び「1 基本的事項」,
「2 鑑定評価額の決定の理由の要旨」,「3 試算価格算定内訳」,「4 基準
地純収益算定内訳」からなっている。
     a 上記「1 基本的事項」は,「(1)鑑定評価額」,「(2)価格時
点」,「(3)実施調査日」,「(4)鑑定評価の条件」,「(5)鑑定評価日」,「(6)価
格の種類」,「(7)路線価又は倍率」,「(8)固定資産評価額」からなる。
       また,上記「3 試算価格算定内訳」は,「(1)比準価格算定内
訳」,「(2)収益価格算定内訳」,「(3)積算価格算定内訳」からなる。
     b 上記「(1)比準価格算定内訳」は,「①取引事例番号」,「②所在及
び地番並びに『住居表示』等」,「③取引時点」,「④類型」,「⑤地積」,「⑥
画地の形状」,「⑦前面道路の状況」,「⑧主要交通施設の状況」,「⑨法令上の
規制等」,「⑩取引価格」,「⑪事情補正」,「⑫時点修正」,「⑬建付減価の補
正」,「⑭標準化補正」,「⑮推定価格」,「⑯地域要因の比較」,「⑰推定標準
価格」,「⑱個別的要因の比較」,「⑲試算価格」,「イ月率変動率」等からな
る。
  (6) 第2公文書
   ア 第2公文書は,国土利用計画法施行令9条1項に基づく地価調査におけ
る基準地番号「芦屋(県)-5」の平成10年及び平成11年の地価調査に係る鑑
定評価書であって(以下,それぞれ「平成10年評価書」,「平成11年評価書」
という。),いずれも不動産鑑定士Iの作成に係るものである。
   イ 平成10年及び平成11年評価書
     平成10年及び平成11年評価書は,「基準地番号」等及び「1基本的
事項」,「2 鑑定評価額の決定の理由の要旨」,「3 試算価格算定内訳」,
「4 基準地純収益算定内訳」からなっている。
 (ア) 上記「1 基本的事項」は,「(1)鑑定評価額」,「1㎡当たりの価
格」,「(2)価格時点」,「(3)実地調査日」,「(4)鑑定評価の条件」,「(5)鑑定
評価日」,「(6)価格の種類」,「(7)路線価又は倍率」,「(8)固定資産評価額」か
らなる。
 (イ) 上記「2 鑑定評価額の決定の理由の要旨」は,「(1)基準地」,
「(2)近隣地域」,「(5)鑑定評価方式の適用」等からなり,上記「(5)鑑定評価方式
の適用」には「①取引事例比較法」の「比準価格」等の記載がある。
 (ウ) 上記「3 試算価格算定内訳」は,「(1)比準価格算定内訳」,
「(2)収益価格算定内訳」,「(3)積算価格算定内訳」からなる。そのうち上記「(1)
比準価格算定内訳」は,「①取引事例番号」,「②所在及び地番並びに『住居表
示』等」,「③取引時点」,「④類型」,「⑤地積」,「⑥画地の形状」,「⑦前
面道路の状況」,「⑧主要交通施設の状況」,「⑨法令上の規制等」,「⑩取引価
格」,「⑪事情補正」,「⑫時点修正」,「⑬建付減価の補正」,「⑭標準化補
正」,「⑮推定価格」,「⑯地域要因の比較」,「⑰推定標準価格」,「⑱個別的
要因の比較」,「⑲試算価格」,「イ月率変動率」等からなる。
 2 関係する条例の規定
  (1) 旧条例
 旧条例には,以下のとおりの規定がある(乙1)。なお,同条例は,新条
例の制定・施行(平成12年4月1日施行)に伴い,同年3月31日廃止された。
   (実施機関の責務)
   第3条  実施機関は,公文書の公開を請求する権利が十分に保障されるよ
うこの条例を解釈し,及び運用するものとする。
      2 実施機関は,県民が必要とする情報を迅速に提供する等その保有
する情報を広く県民の利用に供するよう努めるものとする。
      3 前2項の場合において,実施機関は,個人に関する情報であっ
て,特定の個人が識別され得るもののうち,通常他人に知られたくないと認められ
るものを公にすることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
   (公開を行わないことができる公文書)
   第8条  実施機関は,次の各号のいずれかに該当する情報が記録されてい
る公文書については,公文書の公開をしないことができる。
       (1) 個人の思想,宗教,健康状態,病歴,住所,家族関係,資格,
学歴,職歴,所属団体,所得,資産等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に
関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され得るもののうち,通常他人
に知られたくないと認められるもの
       (2) 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人
等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であっ
て,公にすることにより,当該法人等又は当該個人の正当な利益を害すると認めら
れるもの(人の生命,身体若しくは健康に危害を及ぼすおそれのある事業活動又は
人の財産若しくは生活に重大な影響を及ぼす違法若しくは著しく不当な事業活動に
関する情報を除く。)
       (3)ないし(9)  省略
       (10) 実施機関が行う取締り,監査,検査,許可,認可,試験,入
札,争訟,交渉,渉外,職員の身分取扱い等の事務事業に関する情報であって,公
にすることにより当該事務事業の執行の目的を失わせるおそれのあるもの及び公に
することにより当該事務事業又は将来の同種の事務事業の公正又は円滑な執行に著
しい支障が生ずると認められるもの
  (2) 新条例
 新条例には,以下のとおりの規定がある(乙4)。
   (実施機関の責務)
   第2条  実施機関は,公文書の公開を請求する権利が十分に保障されるよ
うこの条例を解釈し,及び運用するものとする。
      2 実施機関は,県民が必要とする情報を迅速に提供する等その保有
する情報を広く県民の利用に供するよう努めるものとする。
      3 前2項の場合において,実施機関は,個人に関する情報がみだり
に公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
   (公文書の公開義務)
   第6条  実施機関は,公開請求があったときは,当該公開請求に係る公文
書に次の各号のいずれかに該当する情報(以下「非公開情報」という。)が記録さ
れている場合を除き,請求者に対し,当該公文書を公開しなければならない。
      (1) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除
く。)であって,特定の個人を識別することができるもののうち,通常他人に知ら
れたくないと認められるもの又は特定の個人を識別することはできないが,公にす
ることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの
      (2) 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」
という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公
にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利
益を害するおそれがあるもの。ただし,人の生命,身体若しくは健康に危害を及ぼ
すおそれのある事業活動又は人の財産若しくは生活に重大な影響を及ぼす違法若し
くは著しく不当な事業活動に関する情報を除く。
      (3)ないし(5)  省略
      (6) 県の機関若しくは国若しくは他の地方公共団体が行う事務若しく
は事業に関する情報であって,公にすることにより,次に掲げるおそれその他当該
事務若しくは事業の性質上,当該事務若しくは事業の適正な遂行に支障を及ぼすお
それがあるもの(以下省略)
ア,イ 省略
ウ 調査研究に係る事務に関し,その公正かつ能率的な遂行を不当
に阻害するおそれ
エ,オ 省略
 3 争 点
 本件訴訟の争点は,次のとおりである。  
  (1) 第1処分の適法性
 ア 第1公文書に記録されている情報のうち別表1記載の固定資産評価額,
取引事例事項は,旧条例8条1号の非公開情報に該当するか。
 イ 第1公文書に記録されている情報のうち別表1記載の固定資産評価額,
取引事例事項は,旧条例8条2号の非公開情報に該当するか。
 ウ 第1公文書に記録されている情報のうち別表1記載の取引事例事項は,
旧条例8条10号の非公開情報に該当するか。
  (2) 第2処分の適法性
 ア 第2公文書に記録されている情報のうち別表2記載の固定資産評価額,
取引事例事項は,新条例6条1号の非公開情報に該当するか。
   イ 第2公文書に記録されている情報のうち別表2記載の固定資産評価額,
取引事例事項は,新条例6条2号の非公開情報に該当するか。
   ウ 第2公文書に記録されている情報のうち別表2記載の取引事例事項は,
新条例6条6号の非公開情報に該当するか。
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)アについて
  (被告の主張)
   以下のとおり,基準地の所有者が個人である場合,第1公文書に記録されて
いる情報のうち別表1記載の固定資産評価額,取引事例事項は,旧条例8条1号の
非公開情報に該当する。
  (1) 固定資産評価額について
   ア 固定資産評価額は,地方税法に基づき固定資産課税台帳に登録される当
該固定資産の価格であり,この登録価格が固定資産税及び都市計画税の課税標準の
算定基礎とされるものである。
     第1公文書の各鑑定評価書には鑑定評価の対象となった基準地の所有者
の氏名は明記されていないが,当該土地の所在,地番,住居表示及び地積が記載さ
れていることから,所有者が誰であるかが容易に判明する。したがって,固定資産
評価額は,「個人の資産等に関する情報であって,特定の個人が識別され得るも
の」である。
   イ そして,このような個人の財産に関する情報は,個人の資産,資力,経
済的生活状況に関係し,経済的信用にも関係し,個人情報としてプライバシー性が
強いものであって,「通常他人に知られたくないと認められるもの」というべきで
ある。
  (2) 取引事例事項について
    取引の対象土地,取引の当事者,取引の対価(売買代金額等),取引の年
月日等,土地取引の内容に関する情報は,取引当事者の「個人の資産等に関する情
報であり,特定の個人が識別され得るもの」である。そして,自己の資産内容,資
産の取得・処分等は,個人の経済的信用,評価,財産管理上の保安にも関わる事項
であって,このような性質の情報は,「通常他人に知られたくないと認められるも
の」である。
  (原告の反論)
   以下のとおり,第1公文書に記録されている情報のうち別表1記載部分は,
旧条例8条1号の非公開情報に該当しない。
  (1) 固定資産評価額について
   東京高裁平成5年3月22日判決・判例時報1458号49頁は,「土地
の権利関係やその価格については,個人情報としてのプライバシー性は比較的希薄
である。しかも,本件公文書に含まれる土地の評価は,被控訴人が公開請求を行っ
た平成2年3月7日より数年前の昭和60年7月1日及び昭和61年7月1日現在
の標準地の時価の鑑定評価であって,個人の財産状態を示す指標としては一層希薄
である。本件公文書の土地の評価は,公文書公開条例にいう『通常他人に知られた
くない個人に関する情報』に該当しない。」(要旨)と判示しており,この理は本
件においても該当する。
    都道府県の地価調査は,国土法施行令に基づきなされ,公共的役割を有す
るものであり,その公共性ゆえに,各鑑定評価書の記載事項は個人のプライバシー
のような個人情報ではない。
    固定資産評価額は,固定資産税の課税基礎となる課税標準額とは異なるの
であって,固定資産評価額を公開することが個人の税額を明らかにすることにはな
らない。また,同じ課税の基礎ということであれば,相続税の算定根拠として重要
な路線価は公開されているのであり,固定資産評価額のみが非公開とされる理由は
ないはずである。
  (2) 取引事例事項について
 ア 横浜地裁判決の援用
     横浜地裁平成11年1月25日判決・判例タイムズ1026号182頁
は,「公文書公開条例が,個人に関する情報であっても法令に基づき行われた許可
等に際し作成又は取得された情報を非公開情報から除いているのは,個人に関する
情報であると同時に公的な性質を有する情報について,プライバシー保護と市政の
理解に資することの2つの目的達成のために両者のバランスを考慮したからであ
る。プライバシーとしての要保護性の弱さと公的行為に際して作成されたというこ
とが公開性を促す要素であるので,それ自体は個人的情報ではないものの他の情報
と照合することにより個人を識別させるという意味で個人的情報に該当するもの
で,プライバシーとしての要保護性が弱く公的機会に作成された情報は,非公開情
報には該当せず公開すべきものとなる。」(要旨)と判示している。
     上記横浜地裁判決の理は,本件においても該当する。非公開とされた取
引事例事項は,上記判決が判示する「それ自体は個人的情報ではないものの他の情
報と照合することにより個人を識別させるという意味で個人的情報に該当するもの
で,プライバシーとしての要保護性が弱い」情報に該当する。しかも,取引事例事
項は,不動産鑑定士協会の事例収集により集められたもので,同協会の事例収集は
地価公示や地価調査に使うためになされているものである。まさしく取引事例の調
査資料の収集は,地価公示,地価調査を目的としたものであり,前記横浜地裁判決
のいう「公的機会に作成された情報」である。したがって,取引事例事項は非公開
情報には該当しない。
  イ 名古屋地裁決定の援用
名古屋地裁平成11年12月20日決定(甲A20)は,「鑑定資料
〔取引事例〕となった土地の所在,地積及び取引時点を開示した場合,各土地の所
在は明らかになっても地番は明らかにならないから,上記部分を開示することによ
って,直ちに個人が特定されることにならない。地積及び取引時点が明らかになる
から,当該所在地にある土地の登記簿をすべて入手して検討すれば当該土地が特定
され,土地所有者が明らかになる可能性はあるが,このような状態までを念頭にお
いてプライバシー情報か否かを判断するのは相当でない」(要旨)として,固定資
産評価のために名古屋市長に提出された土地鑑定評価書及び基準宅地の価格算出に
関する書面について,文書提出命令を発している。
上記名古屋地裁決定と同じ理由で,別表1記載の取引事例事項も条例8
条1号に該当せず,これを公開すべきである。
 2 争点(1)イについて
  (被告の主張)
   以下のとおり,基準地の所有者が法人等(事業を営む個人で基準地の土地所
有者,取引当事者が当該事業に関する場合の個人である場合も含む。以下,特に断
りのない限り「法人等」について同様とする。)である場合及び各鑑定評価書にお
ける取引事例の土地所有者,取引当事者が法人等である場合,第1公文書に記録さ
れた情報のうち別表1記載の固定資産評価額,取引事例事項は,旧条例8条2号の
非公開事由に該当する。
  (1) 法人等の利益を害する
    別表1記載の固定資産評価額,取引事例事項は,基準地の帰属主体及びそ
の財産,資産状況に係る情報,土地取引の当事者の財産,資産,財務状況ひいては
経済的信用に係る情報である。そして,基準地の所有者,取引当事者が法人等であ
る場合には,法人等に関する情報であり,かつ,これらが公表されて,法人等の資
産状況,財務内容,経営状況を第三者が知るところとなれば,法人等の信用,社会
的評価にも悪影響を及ぼしかねず,経営維持上支障となりかねないものである。
    したがって,このような情報を公開することは,当該法人等の正当な利益
を害することとなる。
  (2) 不動産鑑定士の利益を害する
    不動産鑑定士は,本件地価調査において,自ら収集した取引事例を基に鑑
定評価を行っている。不動産鑑定士が地価調査で使用している取引事例に関する情
報は,土地所有者や不動産業者から調査の趣旨を理解してもらった上で,取引内容
について任意の情報提供を受けるなどの方法によって収集されるものであって,鑑
定評価の適正を期すためには情報提供者である土地所有者らの協力が不可欠であ
る。
    そのため,特定の取引事例に関する取引内容が明らかになるような情報を
公開することは,土地所有者や取引当事者の不動産鑑定士に対する信頼を損なうこ
とになりかねない。特定の取引事例の土地所有者が識別され得る情報を公開するこ
とにより,不動産鑑定士が情報提供者らの信頼を損ない,将来にわたる不動産鑑定
士の鑑定業務に支障が生ずることが予想される。
    したがって,別表1記載の取引事例事項は,不動産鑑定士の事業に関する
情報であって,公にすることにより当該不動産鑑定士の正当な利益を害すると認め
られる。
  (原告の反論)
   以下のとおり,第1公文書に記録されている情報のうち別表1記載の固定資
産評価額,取引事例事項は,旧条例8条2号の非公開情報に該当しない
 (1) 各鑑定評価書は,国土法施行令に基づきなされる地価調査という公的性格
を有する調査の資料であって,しかも,一取引についての情報にすぎず,固定資産
評価額及び取引事例事項の公開によって,当該法人等の社会的評価の低下等,その
正当な利益を損なうことはあり得ないし,その営業上の地位等に著しい不利益が生
ずるおそれがあるともいえない。
  (2) 被告は,別表1記載の取引事例事項を公開すると,鑑定業務を営む不動産
鑑定士の正当な利益を害すると主張する。
 しかし,取引事例事項は,不動産鑑定士協会等が,地価調査や地価公示の
ために収集してきたもので,まさしく納税者の税金により賄われる公的調査のため
に利用すべきものであって,その結果である取引事例事項は公的な財産であり,不
動産鑑定士の私的利益のためにあるものではない。客観的データである取引事例事
項が公開され,それにより不動産鑑定士の鑑定過程が検証されることこそ,不動産
鑑定業務ひいてはその結果の資料の正当性が明白となるのである。仮に,個々の不
動産鑑定の誤りが明らかとなったとしても,それが明らかとなり是正されることに
より,かえって不動産鑑定業務全体の信頼を高めることになる。非公開とすること
こそ貴重な批判の機会を封じ,結果として不動産鑑定業務の信頼を損なうことにな
る。
  したがって,取引事例事項の公開によって,不動産鑑定士の社会的評価の
低下等その有する正当な利益を損なうことはないし,その営業上の地位等に著しい
不利益が生ずるともいえない。
 3 争点(1)ウについて
  (被告の主張)
   以下のとおり,第1公文書に記録されている情報のうち別表1記載の取引事
例事項は,旧条例8条10号の非公開情報に該当する。
  (1) 都道府県知事は,国土利用計画法施行令9条1項に基づき,知事の事務事
業として毎年1回基準地の標準価格の判定をしなければならず,不動産鑑定士によ
る鑑定評価書は,この「事務事業に関する情報」である。
  (2) そして,各鑑定評価書のうち別表1記載の取引事例事項を公にすると,以
下述べるとおり,当該事務事業又は将来の同種の事務事業の公正又は円滑な執行に
著しい支障が生ずる。
   ア知事が基準地の標準価格判定をするについては,不動産鑑定士の鑑定評
価を求めなければならないこととなっており(国土法施行令9条1項),不動産鑑
定士の協力は不可欠である。
   イ 基準地の固定資産評価額は,本来,第三者に知らせることができないも
のであることからして,各鑑定評価書の記載が公開されることにより特定の土地で
ある基準地の固定資産評価額が第三者に知られることとなるが,そうすると,不動
産鑑定士の事業執行者(知事)に対する信頼を損なうことになりかねない。
     また,不動産鑑定士が地価調査で使用している取引事例は,不動産鑑定
士が当該土地所有者からアンケート調査により任意で収集したり,不動産鑑定士と
不動産業者等との個人的な信頼関係によって取引の内容を提供してもらったりして
いるものである。
   ウ このように,不動産鑑定士による取引事例の収集が,取引事例関係者の
任意の情報提供に支えられていることを勘案すると,特定の取引事例に関する取引
内容を明らかにするような情報を公開することは,関係者の不動産鑑定士及び事業
執行者である知事に対する信頼を損ない,かつ,不動産鑑定士の事業執行者である
知事に対する信頼も損なうことになりかねない。
     そのような事態になれば,将来の標準価格判定のための地価調査に必要
な協力が得られないこともあり得るから,その結果,標準価格判定事務事業の公正
又は円滑な執行に著しい支障が生ずる。
  (原告の反論)
   以下のとおり,第1公文書に記録されている情報のうち別表1記載の取引事
例事項は,旧条例8条10号の非公開情報に該当しない
  (1) 前記2(原告の反論)で述べたとおり,不動産鑑定士協会の事例収集は,
地価公示や地価調査に使うために行われるものである。そして,地価調査は,国土
利用計画法施行令9条で,都道府県知事は,毎年1回,不動産鑑定士の鑑定評価を
求め,その結果を審査し,標準価格を判定し(同条1項),基準地の所在,基準地
の単位面積当たりの価格,価格判定の基準日その他必要と認める事項の周知に努め
るものとされている(同条5項)。
  (2) 公共性の強い地価調査や地価公示の事業のための鑑定作業であるからこ
そ,不動産鑑定士協会が関係者に協力を求める根拠となり,市民の協力も得られる
のである。不動産鑑定士や同協会が自分たちの業界の鑑定という私的利益のために
のみ用いるのであれば,市民の協力が得られないことは明らかである。
    そうだとすれば,広く市民に公開されることが予定されている基準地の価
格の算定のために市民から収集した情報は,市民に還元されてしかるべきであり,
市民から公開を拒否するとの意思が表示されている等特段の事情のない限り,広く
公開されるべきである。それにより,鑑定の正確性,ひいては地価調査の価格の正
確性が検証され,行政目的たる価格情報の正確性を高めることになる。
 4 争点(2)アについて
  (被告の主張)
   第2公文書に記録された情報のうち別表2記載の固定資産評価額,取引事例
事項についても,前記1(被告の主張)で第1公文書の別表1について述べたこと
がそのまま当てはまる。したがって,第2公文書中の別表2記載部分は,「個人に
関する情報であって,特定の個人を識別することができるもののうち,通常他人に
知られたくないと認められるもの」であるから,新条例6条1号の非公開情報に該
当する。
  (原告の反論)
第2公文書に記録された情報のうち別表2記載の固定資産評価額,取引事例
事項についても,前記1(原告の反論)で第1公文書の別表1について述べたこと
がそのまま当てはまる。したがって,第2公文書中の別表2記載部分は,新条例6
条1号の非公開情報に該当しない。
 5 争点(2)イについて
  (被告の主張)
   第2公文書に記録された情報のうち別表2記載の固定資産評価額,取引事例
事項についても,前記2(被告の主張)で第1公文書の別表1について述べたこと
がそのまま当てはまる。したがって,基準地の所有者が法人等である場合及び本件
各鑑定評価書における取引事例の土地所有者,取引当事者が法人等である場合に
は,第2公文書中の別表2記載部分は新条例6条2号の非公開情報に該当する。
  (原告の反論)
  第2公文書に記録された情報のうち別表2記載の固定資産評価額,取引事例
事項についても,前記2(原告の反論)で第1公文書の別表1について述べたこと
がそのまま当てはまる。したがって,第2公文書中の別表2記載部分は,新条例6
条2号の非公開情報に該当しない。
 6 争点(2)ウについて
  (被告の主張)
   第2公文書に記録された情報のうち別表2記載の取引事例事項についても,
前記3(被告の主張)で第1公文書の別表1について述べたことがそのまま当ては
まる。したがって,第2公文書中の別表2記載の取引事例事項は,新条例6条6号
の非公開情報に該当する。
 (原告の反論)
第2公文書に記録された情報のうち別表2記載の取引事例事項についても,
前記3(原告の反論)で第1公文書の別表1について述べたことがそのまま当ては
まる。したがって,第2公文書中の別表2記載の取引事例事項は,新条例6条6号
の非公開情報に該当しない。
第4 争点に対する当裁判所の判断
 (証拠等により認定した事実は,当該事実の前後に適宜,証拠等を略記す
る。前記第2の1の前提となる事実及び一度認定した事実はその旨を断らない。)
1 争点(1)(第1処分の適法性)の検討
 被告は,第1公文書に記録された情報のうち固定資産評価額が旧条例8条1
号,2号の非公開情報に該当し,取引事例事項が同条1号,2号,10号の非公開
情報に該当すると主張するので,以下,その当否(争点(1))について検討する。
  (1) 争点(1)ア(旧条例8条1号の該当性)について
   ア 旧条例8条1号の趣旨とその適用範囲
     旧条例8条は,「実施機関は,次の各号のいずれかに該当する情報が記
録されている公文書については,公文書の公開を行なわないことができる。」とし
て,公文書の公開請求があった場合,原則として公開することとし,例外的に8条
各号に規定する場合にのみ非公開とすることができる旨規定している。
     そして,旧条例8条1号でいう「特定の個人が識別され得るもの」につい
ては,その要件を定めた個人のプライバシー保護の趣旨からすると,公文書それ自
体から特定の個人が識別されるものだけでなく,当該公文書の記載を他の情報と関
連づけることによって特定の個人が識別される場合も含むと解するのが相当であ
る。
     また,「通常他人に知られたくないと認められるもの」については,そ
の基準の客観性という観点から,特定の個人の主観的判断ではなく,社会通念に照
らして一般人を基準として判断し,他人に知られたくないと思うことが通常である
と認められる情報をいうと解するのが相当である。
これを前提として,係争の各情報について検討する。
   イ 固定資産評価額について
    (ア) 固定資産評価額は,地方税法に基づき,通常市町村長が固定資産の
価格等を毎年2月末日までに決定し,当該固定資産の価格等が固定資産課税台帳に
登録されるものであり,この登録価格が固定資産税及び都市計画税の課税標準算定
の基礎とされるものである(地方税法381条,341条5号)。
      ところで,第1公文書の各鑑定評価書には鑑定評価の対象となった基
準地の所有者の氏名は明記されていないが,当該土地の所在,地番,住居表示及び
地積が記載されており,登記簿や公図,住宅地図を調べて照合すれば,所有者が誰
であるかが容易に判明し,この結果,鑑定評価書記載の固定資産評価額が,当該土
地所有者の所有する基準地について固定資産課税台帳に登録されている価格である
ことが判明することになる。
      そうすると,前示アのとおり,「特定の個人が識別され得るもの」に
は他の情報と関連づけることにより間接的に特定の個人が識別され得るものをも含
むから,固定資産評価額は,「個人の資産等に関する情報であって,特定の個人が
識別され得るもの」であることが認められる。
    (イ) そして,このような個人の財産に関する情報は,個人の資産,資
力,経済的生活状況に関係し,経済的信用にも関係し,個人情報としてプライバシ
ー性が強いものであって,「通常他人に知られたくないと認められるもの」という
べきである。
      このことは,次の各事実からも裏付けられる。
     a 固定資産課税台帳は,登記事項を広く社会に公示する不動産登記簿
とは性格を異にし,あくまでも課税事務の実用に基づいて作成されているものであ
る。また,その登録事項も一般には知られておらず,他人に知られると本人の不利
益になることが予想されるものであることから,特に固定資産評価額については,
地方税法22条にいう「秘密」に該当するものと解されている。
     b そのため,固定資産課税台帳の登録事項については,本人の同意又
は他の法律に特別の定めがある場合等を除いては,広く第三者に対して閲覧又は証
明を行なうべきではないとされている。
     c 固定資産課税台帳の縦覧が認められる「関係者」(地方税法415
条)とは,一葉ごとの固定資産課税台帳の固定資産について,同法343条の規定
により納税義務者となるべき者又はその代理人等納税義務者本人に準ずる者をいう
ものと解されている(最高裁昭和62年7月17日第3小法廷判決・判例時報12
62号93頁)ことも,その裏付けとなる。
    (ウ) 原告は,前記第3の1(原告の反論)(1)の東京高裁判決を援用し
て,土地所有の社会的性格(公益性が高い)から,土地の権利関係やその価格につ
いてはプライバシー性が希薄である旨主張する。
      しかし,上記東京高裁判決の事案は,不動産鑑定士による不動産の評
価に関するものであって,上記判決も固定資産評価額それ自体の公開の当否に言及
していないばかりか,かえって,「本件の不動産の評価は,長野市が不動産鑑定士
に委託して行った不動産鑑定士による第一次的な評価にすぎないのであって,それ
が当然に固定資産課税台帳に記載される土地の価格となるものではないから,上記
評価がなされたからといって,当該土地所有者の利害に直接関わるものでもな
い。」と判示しており,不動産鑑定士による鑑定評価と固定資産評価額とを明確に
区別しているのである。
      したがって,原告の上記主張は採用できない。
    (エ) 原告は,都道府県及び市町村において,基準宅地の固定資産評価額
は公開されている(甲A19の1・2)上,この基準宅地の場所はかっこで特定さ
れ明らかにされている旨主張する。
      しかし,同号証からも明らかなように,基準宅地の所在地としては,
丁目までしか表示されておらず地番は公開されていない上,上記かっこ内の記載は
基準宅地の前面道路の名称にとどまり(弁論の全趣旨),基準宅地の所在地及び所
有者が判明しないのであって,本件と同列に扱うことはできない。
      したがって,原告の上記主張も採用できない。
    (オ) さらに,原告は,固定資産評価額と同様,課税の基礎となる路線価
は公開されていると主張するが,路線価は路線ごとの標準的な宅地の評価であって
特定の宅地の評価ではないから,固定資産評価額と同一視することはできないとい
うべきである。
      したがって,原告の上記主張も採用することができない。
    (カ) 以上の次第で,第1公文書に記録された情報のうち別表1記載の固
定資産評価額は,旧条例8条1号の非公開事由に該当することが認められる。
   ウ 取引事例事項について
    (ア) 取引の対象土地,取引の当事者,取引の対価(売買代金額等),取
引の年月日といった個々人間の土地取引の内容に関する情報は,「個人の資産等に
関する情報」であることが明らかである。
    (イ) そして,前示イ(ア)と同様,各鑑定評価書には,当該土地の所在,
住居表示,地積,さらに地番が記載されているから,当該土地の登記簿や同土地を
含む公図,住宅地図を調べて照合すれば,その所有者,さらには不動産登記簿に記
載された現所有者及び前所有者等の取引当事者が判明するから,「特定の個人が識
別され得るもの」に該当する。
    (ウ)a 平成8年評価書における取引事例事項については,登記簿等を調
査し照合することによって取引の対象土地が特定され,土地の所有者もわかり,ま
た,売買等取引の時期,当事者,さらには担保設定がされている場合には債務の状
況を,他人が知り得るところとなり,結局,取引事例事項の公開により特定の個人
間における取引情報が他人に知られることになる。このような情報は,取引当事者
である個人の財産の状況,不動産取引という経済活動,債務の状況等に関する情報
であり,他人に知られたくないと思うことが通常であると認められる。
       そして,平成8年評価書では,取引価格が公開されていることか
ら,他の情報から特定の個人が識別されれば,その個人が当該取引によって得た金
額や支払った金額,時期も他人に知られることになる。特定の個人が不動産を売却
し又は買受けたこと,売買の年月日,売買代金額等は第三者が当該個人の経済的状
態を判断・評価することができる情報でもあり,このような情報については,社会
通念上,他人に知られたくないと思うことが通常であると認められる。
  b 平成9年評価書における取引事例事項のうち,「所在及び地番並び
に『住居表示』等」,「地積」,「前面道路の状況」及び「主要交通施設の状況」
は,不動産登記簿等の他の情報と照合することにより取引対象土地及び取引当事者
が特定される。また,「法令上の規制等」は,都市計画法上の用途地域,建ぺい率
及び容積率が記載されているものであるが,取引事例番号「佐藤-2」及び「佐藤
-19」については,芦屋市の用途指定状況から公開することにより前記記載部分
と相俟って対象土地の特定を容易にするものと認められる(甲A9,乙2,弁論の
全趣旨)。
       「取引価格」は取引における代価に係る情報であり,取引時点を導
き出す情報でもある。「取引時点」は取引の時期が判明する情報であり,さらに,
「時点修正」は,既に公開されている「月率変動率」と組み合わせることによっ
て,「取引時点」が計算により明らかになる情報である(被告の平成12年8月1
6日付準備書面13,14頁参照)。
     c したがって,取引事例事項は,当該土地の所有者,売買等の取引の
当事者の財産,経済活動,債務の状況,さらに経済的信用にかかる情報で,プライ
バシー性の高い情報であり,他人に知られたくないと思うことが通常であると認め
られる情報であって,「通常他人に知られたくないと認められるもの」に該当す
る。
    (エ) なお,原告は,前記第3の1(原告の反論)(2)アのとおり,横浜地
裁判決を援用した上,取引事例事項は,他の情報と照合することにより個人を識別
させるというプライバシーとしての要保護性が弱い情報で,かつ,公的機会に作成
されたような情報に当たるから,非公開情報に該当しない旨主張する。
      しかし,上記横浜地裁判決の事案における価格情報は,地方公共団体
たる横浜市が所有する土地及び土地開発公社が市の依頼によって取得した土地に係
るものであるところ,横浜市や土地開発公社による公有地の取得価格は公示価格を
基準に一律に決められる性格の強いものであるから(公有地の拡大の推進に関する
法律〔昭和47年法律第66号〕7条参照),第2公文書の取引事例において問題
となっている私人間の取引についてまで,同一の理論を直ちに適用することは困難
であるというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
    (オ) また,原告は,前記第3の1(原告の反論)(2)イのとおり,名古屋
地裁決定を援用して,鑑定資料となった取引事例地の所在,地積,取引時点はプラ
イバシー情報ではないと主張する。
      しかし,名古屋地裁決定の事案では,鑑定資料に記載された取引事例
地の表示は「所在」までで止まり,「地番」,「住居表示」までは記載されていな
いのであるから,これらの事項まで記載された第1公文書に,上記決定の判断を直
ちに適用することはできない。むしろ,上記決定も,鑑定資料となった土地の所
在,地番及び取引時点を開示した場合,各土地の所在は明らかになっても,地番は
明らかにならない等と判示しており,「所在」と「地番」を区別して考えているこ
とが明らかである。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
    (カ) 以上の次第で,第1公文書に記録された情報のうち別表1記載の取
引事例事項は,旧条例8条1号の非公開事由に該当することが認められる。
  (2) 争点(1)イ(旧条例8条2号の該当性)について
   ア 旧条例8条2号の趣旨とその適用範囲
     旧条例8条2号は,「法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事
業に関する情報であって,公にすることにより,当該法人等又は当該個人の正当な
利益を害すると認められるもの」が記録された公文書については,公文書の公開を
行わないことができる旨規定する。
     そして,旧条例8条2号でいう「正当な利益を害すると認められるも
の」とは,法人等又は事業を営む個人の公正な競争上の利益が損なわれると認めら
れるものをいうと解するのが相当である。
   イ 法人等の利益を害するか
     別表1記載の固定資産評価額,取引事例事項は,基準地の所有者,その
財産,資産状況に係る情報,土地取引の当事者の財産,資産,財務状況ひいては経
済的信用に係る情報であるということができるところ,基準地の所有者,取引当事
者が法人等である場合には,「法人等に関する情報」に該当する。そして,これら
の情報が公表され,法人等の資産状況,財務内容,経営状況を第三者が知るところ
となれば,当該法人等の信用,社会的評価にも悪影響を及ぼすことがあり,経営維
持上支障となるおそれがある。
     すなわち,法人等が重要な資産を処分する場合,当該法人等の経営状態
が関係している場合もあるし,取引価額から当該法人等の財務内容が窺われる場合
もあるから,法人等としては,その経営戦略上,顧客その他各種取引先との事業上
の取引交渉等を有利にすすめるために,法人等の財務状況を公にしたくないと考え
る場合もあることは容易に想起できる。また,逆に,土地を取得する法人等の側に
おいても,土地を取得したこと及び取得のために出捐した金額を他人に知られるこ
とは,法人の経営方針やいまだ公表していない事業計画等についての風評等を誘発
し,円滑な事業運営に支障をきたすと考える場合もある。
     これらの点に照らすと,別表1記載の固定資産評価額,取引事例事項を
公にすることにより,当該法人等又は事業を営む個人の公正な競争上の利益が損な
われることが認められる。
   ウ 不動産鑑定士の利益を害するか
    (ア) 不動産鑑定士は,本件地価調査において,自ら収集した取引事例を
基に鑑定評価を行っている。不動産鑑定士が地価調査で使用している取引事例に関
する情報は,土地所有者や不動産業者から調査の趣旨を理解してもらった上で,取
引内容について任意の情報提供を受けるなどの方法によって収集されるものであっ
て,鑑定評価の適正を期すためには情報提供者である土地所有者らの協力が不可欠
である。しかも,不動産鑑定士は,土地所有者等から情報の提供を受ける際,その
情報が公開されることの同意までは得ていない場合が多い(甲A24,弁論の全趣
旨)。
      このように,不動産鑑定士の地価調査における取引事例の収集が,土
地所有者等の任意の情報提供に支えられていることを勘案すると,不動産鑑定士が
上記のような態様で収集した特定の土地取引事例に関する情報を公開することは,
情報提供した者の不動産鑑定士に対する信頼を損なう可能性が高く,その結果,当
該不動産鑑定士の将来にわたる鑑定業務に支障が生ずることもまた,十分に予想さ
れるところである。
      不動産の鑑定評価に関する法律(昭和38年法律第152号)38条
が,不動産鑑定士は,正当な理由がなく,その業務上取り扱ったことについて知り
得た秘密を他に漏らしてはならないと規定していることからも,不動産鑑定士に背
信的な結果を招来させるような結果は回避すべきである。
      したがって,別表1記載の取引事例事項は,不動産鑑定士の事業に関
する情報であって,公にすることにより当該不動産鑑定士の正当な利益を害すると
認められる。
    (イ) 原告は,調査におけるデータが公開され,鑑定過程が検証されるこ
とによって,不動産鑑定業務の正当性が明白となり,非公開にすることはかえって
不動産鑑定業務の信頼を損なう旨主張する。
      しかし,ここで問題となるのは,取引事例に係る情報提供者ないしは
取引当事者などの関係者の不動産鑑定士に対する信頼・評価であって,鑑定の質か
ら導かれる評価とは別のものであるから,原告の主張は採用できない。
    (ウ) したがって,第1公文書のうち別表1記載の取引事例事項に関する
部分は,不動産鑑定士という「事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,
公にすることにより,当該個人の正当な利益を害するおそれがあるもの」に該当す
ることが認められる。
   エ まとめ
 以上の次第で,第1公文書に記録された情報のうち別表1記載の固定資
産評価額,取引事例事項は,旧条例8条2号の非公開事由に該当することが認めら
れる。
  (3) 小 括
 以上の認定判断によると,争点(1)ウについて検討するまでもなく第1処分
は適法であり,第1公文書に係る原告の請求は理由がない。
2 争点(2)(第2処分の適法性)の検討
 被告は,第2公文書のうち固定資産評価額が新条例6条1号,2号の,取引
事例事項が同条1号,2号,6号の非公開情報に該当すると主張するので,以下,
その当否(争点(2))について検討する。
  (1) 争点(2)ア(新条例6条1号の該当性)について
   ア 新条例6条1号は,個人に関する情報であって,特定の個人を識別する
ことができるもののうち,通常他人に知られたくないと認められるものについて
は,非公開とする旨規定している。この新条例6条1号は,実質的には旧条例8条
1号と同一の内容である。
   イ したがって,第2公文書に記録された情報のうち別表2記載の固定資産
評価額及び取引事例事項のいずれについても,前記1(1)イウで第1公文書について
述べたことがそのまま当てはまり,新条例6条1号の非公開事由に該当することが
認められる。
  (2) 争点(2)イ(新条例6条2号の該当性)について
   ア 新条例6条2号は,法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業
に関する情報であって,公にすることにより,当該法人等又は当該個人の正当な利
益を害するおそれがあるものについては,非公開とする旨規定している。この新条
例6条2号は,実質的には旧条例8条2号と同一の内容である。
   イ したがって,第2公文書に記録された情報のうち別表2記載の固定資産
評価額及び取引事例事項のいずれについても,前記1(2)イウで第1公文書について
述べたことがそのまま当てはまり,新条例6条2号の非公開事由に該当することが
認められる。
  (3) 小 括
 以上の認定判断によると,争点(2)ウについて検討するまでもなく第2処分
も適法であり,第2公文書に係る原告の請求は理由がない。
第5 結 論
   以上の次第で,原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することと
し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,
主文のとおり判決する。
 
   神戸地方裁判所第2民事部
       裁判長裁判官   紙浦健二
 
          裁判官   中村 哲
          裁判官   今井輝幸

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