弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告の被告総理府恩給局長に対する訴えを却下する。
原告の被告内閣総理大臣に対する請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の申立て
(原告)
 「被告総理府恩給局長が原告に対し昭和三七年九月二七日付でした傷病恩給請求
棄却裁定を取り消す。被告内閣総理大臣が原告に対し昭和四一年一〇月二七日付で
した審査請求棄却裁決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決。
(被告総理府恩給局長)
 主文第一、第三項と同旨の判決。該請求にして理由がないときは「原告の同被告
に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
(被告内閣総理大臣)
 主文第二、第三項と同旨の判決。
第二 原告の主張
(請求の原因)
 原告は、昭和一九年二月五日武山海兵団に入団し、昭和二〇年九月一日退役した
もと海軍二等整備兵曹であるが、昭和一九年一〇月二六日公務のため肺結核にかか
り、その後右膿胸を併発し、野比海軍病院、同上諏訪分院、諏訪赤十字病院、国立
久里浜病院、国立戸塚病院等において加療し、その間昭和二二年五月から昭和二四
年二月までの間六回にわたり胸廓成形手術を受け、廃疾となるにいたつたので、昭
和三四年二月一〇日付で被告総理府恩給局長に対し傷病恩給の請求をしたところ、
同被告は、昭和三七年九月二七日付で、原告の疾病が公務に起因するものではない
との理由によつて、その請求を棄却する旨の裁定をなし、また、被告内閣総理大臣
は、昭和四一年一〇月二七日付で、被告恩給局長の異議棄却決定に対する原告の審
査請求を右と同様の理由で棄却し、該裁決書は、同年一一月九日原告に送達され
た。
 しかし、右裁定および裁決は、次に述べる理由によつて違法である。すなわち、
原告は、入団当時は身体に何らの故障もなかつたのであるが、鹿屋、横須賀の各航
空隊において掩台壕堀作業、トンネル堀作業などの苛酷な軍務に服務しているうち
肺結核に感染し、さらに、暴風雨下の作業に全身ずぶぬれとなつて従事したため、
その直後発病するにいたつたものであるから、原告の疾病は、前叙のとおり公務に
起因するものであり、右裁定および裁決は、事実を誤認したか法律の適用を誤つた
ものというべきである。
(被告恩給局長の本案前の抗弁に対する反論)
 本件裁定に係る原告の被告内閣総理大臣に対する審査請求が恩給法一四条一項但
書所定六か月の審査請求期間経過後になされたことは争わないが、もともと、被告
恩給局長は、行政不服審査法四七条五項の規定に違反して、前記異議決定書におい
て審査請求期間を教示せず、かえつて、先の裁定書には、「裁定その他の行政処分
によつてこの恩給に関する権利を侵害されたとする者は、その処分のあつたことを
知つた日の翌日から一年以内に総理府恩給局長に異議の申立てをしてその決定を求
めることができます。」との記載があつたので、原告としては、審査請求について
もその期間は一年であると誤信し、前叙のごとく法定の審査請求期間を徒過したの
であるから、該期間の徒過は、まさに、行政不服審査法一四条一項但書にいう「や
むをえない理由」があるときに該当するものというべきである。また、仮りに然ら
ずとしても、前叙のごとく被告内閣総理大臣は本件審査請求について実質的な判断
を下したのであるから、右期間徒過の瑕疵は、これによつて治●されたものという
べきである。それ故、被告恩給局長の本案前の抗弁は、その理由がない。
第三 被告らの主張
(被告恩給局長の本案前の抗弁)
 原告は、被告恩給局長に対して昭和三八年八月一七日異議の申立てをなし、同年
一一月一六日付でその申立てが棄却され、そのころ該棄却決定書の送達を受けたの
であるから、昭和三九年九月一日にいたり被告内閣総理大臣に対して申し立てた審
査請求は、恩給法一四条一項但書所定六か月の期間をはるかに徒過した不適法なも
のというべきである。もつとも、同被告は、原告主張のごとく、右審査請求につ
き、恩給審査会に諮問したうえで、実質的な判断を行なつたとはいえ、これは、本
来審議すべからざるものを審議したにとどまり、それによつて、右期間徒過の瑕疵
が治●されるわけではない。したがつて、被告恩給局長に対する本件訴えは、恩給
法一五条ノ二所定の審査裁決を経ないで提起された不適法なものとして却下すべき
である。
(被告内閣総理大臣の主張)
 原告の被告内閣総理大臣に対する請求は、その請求の原因として主張するところ
が、原処分たる被告恩給局長のした裁定の違法をいうにとどまり、右訴えにおいて
取消しを求める被告内閣総理大臣の裁決の固有の瑕疵を攻撃するものではないか
ら、主張自体理由がないというべきである。
(請求原因に対する被告らの答弁)
 原告主張の請求原因事実中、原告の疾病が公務に起因することは否認するが、そ
の余の事実はすべて認める。
第四 証拠関係(省略)
       理   由
一、まず、被告恩給局長に対する訴えの適否について判断するのに、右訴えは、次
に説示するいずれの理由によつても、不適法として却下を免かれない。すなわち、
(1) 原告の被告恩給局長に対する訴えは、昭和四二年四月一一日提起されたも
のであること記録上明らかであるが、訴えの対象たる裁定に係る審査裁決書が原告
に送達されたのは、昭和四一年一一月九日であること原告の自認するところである
から、行訴法一四条一項所定三か月の出訴期間を徒過したものである点において、
不適法であるといわなければならない。
(2) 成立に争いのない乙第五号証の一、二によれば、本件裁定に係る被告恩給
局長の異議棄却決定が原告に送達されたのは、昭和三八年一一月二九日であるとこ
ろ、右異議棄却決定に対し原告が恩給法一四条一項但書所定六か月の審査請求期間
経過後にいたり被告内閣総理大臣に審査の請求をしたこと、同被告が右審査請求に
ついて実質的審査をしたうえで請求棄却の裁決を下したことは、いずれも、当事者
間に争いがない。
 しかして、本件裁定は、行政不服審査法の施行された昭和三七年一〇月一日以前
に行なわれたものではあるが、同法附則三項の規定によつて、これに係る審査請求
については行政不服審査法が適用されるところ、同法一四条一項但書にいう審査請
求期間徒過についての」やむをえない理由」とは、同条項がその事由として「天災
その他」を例示していることからみても、また、同条項が審査請求期間徒過に対す
る行政救済につき右のごとき基準を定めたのは、とかく行政庁の恣意に流れる傾向
のあつた旧訴願法八条三項の宥恕の制度を改め、その救済を可及的に画一化せんと
する法意に出たものであることにかんがみても、審査請求人が審査の請求をするに
つき通常用いられると期待される注意をもつてしても避けることのできない客観的
な事由を意味するものと解するのが相当である。
 いま、本件についてこれをみるのに、原告が審査請求期間を徒過したのは、その
主張するごとく、被告恩給局長が異議の決定をするに際し、行政不服審査法四七条
五項の規定に違反してその決定書に審査請求期間を教示しなかつたため、先に受領
した裁定書に記載されていた一年の異議申立期間が審査請求の期間についてもその
まま妥当するものと誤信したことによるとしても、およそ、行政庁の不教示は、行
政庁が誤つた教示をした場合と異なり、審査請求人に対し積極的に誤信の原因を与
えるものではないから、行政庁が教示義務に違反して審査請求期間を教示しなかつ
たところから審査請求人が審査請求期間について誤信をしたとしても、それは、所
詮、法の不知に基因するものというべきであるので、かかる場合を、行政庁が誤つ
た審査請求期間を教示したことにより審査請求人がその旨誤信した場合と同一に取
り扱うことはできない。さらに、原告の被告恩給局長に提出した「再審査請求遅延
申立書」と題する書面(乙第六号証の二)および当法廷における二回にわたる供述
に徴しても、原告が審査請求期間を徒過したことにつき、通常用いられると期待さ
れる注意をもつてしても避けることのできない客観的な事由があつたものとは認め
難い。
 また、原告は、仮りに右審査請求期間の徒過が行政不服審査法一四条一項但書に
いう「やむをえない理由」によるものでないとしても、前叙のごとく被告内閣総理
大臣が原告の審査請求について実質的な判断を下したことは、単に念のための措置
ではなくして期間徒過の瑕疵を問わない趣旨に出たものであるから、このことによ
つて右審査請求期間徒過の瑕疵は治●された旨主張する。しかし、行政不服審査法
一四条一項但書が、先に説示したごとく、審査請求期間の徒過に対する行政救済に
つき、行政庁の恣意によつて救済の二、三になることを避けてこれを可及的に画一
化せんがため、「やむをえない理由」なる基準を定め、もつてこの点に関する行政
庁の認定判断を司法統制に服せしめることとした法意に照らせば、同被告が行政不
服審査法一四条一項但書にいう「やむをえない理由」なくして審査請求期間を徒過
した原告の審査請求について実質的な判断を下したことは、本来審議すべからざる
ことについて審議した違法な措置であつて、このことによつて不適法な原告の審査
請求が適法となるわけではない。
 されば、原告の被告恩給局長に対する訴えは、恩給法一五条ノ二所定の審査裁決
を経ないで提起された不適法なものというべきである。
二、次に、被告内閣総理大臣に対する請求の当否について判断するのに、原告が右
訴えにおいてその請求の原因として主張するところは、原処分たる被告恩給局長の
裁定の違法をいうにとどまり、取消しを求める被告内閣総理大臣の審査裁決の固有
の瑕疵を攻撃するものでないこと、その主張自体に徴して明らかであるから、行訴
法一〇条二項の規定により、理由がないものとして、これを棄却することとする。
 よつて、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文の
とおり判決する。
(裁判官 渡部吉隆 園部逸夫 渡辺昭)

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