弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人福島晃作成の控訴趣意書及び主張補充書(釈明
を含む。)に,これに対する答弁は,検察官壬生隆明作成の答弁書に,それ
ぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。
1業務上横領の故意に関する理由不備ないしそご及び訴訟手続の法令違反
の主張について(控訴趣意第4・1)
論旨は,要するに,原審には,業務上横領の故意について,その立証に資
する証拠を取り調べるなどの審理をしていない,判決に影響を及ぼすことが
明らかな訴訟手続の法令違反があるし,原判決には,業務上横領の故意が存
在した理由やその認定の根拠となる証拠を示していない理由の不備ないしそ
ごがある,というのである。
論旨は帰するところ事実誤認の主張と解されなくもないが,その点はおく
としても,記録を調査して検討すると,原審は,業務上横領の故意の立証に
資する証拠を含め原判決挙示の各証拠を取り調べた上,これらに基づいて原
判示のとおり業務上横領の故意を認定していることが認められる。原審には
判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反は認められない。も
とより,原判決に理由の不備ないしそごも認められない。
論旨は理由がない。
2即決裁判手続に関する訴訟手続の法令違反の主張について(控訴趣意第
4・2)
論旨は,要するに,本件は,被告人が原判示のパーソナルコンピュータ
(以下「本件パソコン」という。)について正規の手続により不用決定がさ
れていると認識していたため,事実の錯誤により故意が阻却されるなど複雑
な事案であって,即決裁判手続の要件である「事案が明白であること」に当
たらないのに,即決裁判手続により審判した原審には判決に影響を及ぼすこ
とが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
そこで記録を調査して検討すると,原審には判決に影響を及ぼすことが明
らかな訴訟手続の法令違反は認められない。すなわち,
被告人及び原審弁護人は,本件について即決裁判手続によることに同意し
た上,原審第1回公判期日において,被告人は,公訴事実を認め,有罪であ
る旨陳述し,原審弁護人も被告人と同様であるとの意見を述べている。これ
を受けて,原審は,即決裁判手続によって審判する旨決定し,証拠調べを行
ったが,取り調べられた証拠中には,業務上横領の故意の存在を疑わせるも
のはない。また,被告人及び原審弁護人は,被告人質問,最終弁論,最終陳
述を通じて,業務上横領の故意を争っていない。
以上の経緯に照らすと,原審が,本件を即決裁判手続によって審判する旨
決定した点はもとより,その後その決定を取り消すことなく,審理を終結し
判決に至った点にも,何らの違法はない。
論旨は理由がない。
3自衛隊の警務隊による捜査に関する訴訟手続の法令違反の主張について
(控訴趣意第1)
論旨は,要するに,①自衛隊を退職し民間人となった被告人に対して,自
衛隊の警務隊が逮捕等の捜査権限を行使したのは違法であり,②その捜査は
平等原則,比例原則に反するものであって,捜査の手続に違法があるのに,
それによって得られた証拠に基づき審理裁判した原審には判決に影響を及ぼ
すことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
そこで記録を調査して検討すると,自衛隊法96条及び同法施行令111
条の規定に照らし,本件を自衛隊の警務隊が捜査した点に違法はないし,そ
の捜査が平等原則,比例原則に反するものであったという事情もうかがわれ
ない。原審には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反は認
められない。
論旨は理由がない。
4その他の主張について(控訴趣意第2,第3,第5)
論旨は,被告人は業務上横領の故意を欠き無罪である,ともいうが,これ
は事実誤認の主張であって,即決裁判手続においてされた原判決に対する控
訴の趣意としては刑訴法403条の2第1項により不適法である。
なお,所論は,刑訴法403条の2第1項は,事実誤認の点について裁判
を受ける権利を侵害するものであって憲法32条に違反し,また,即決裁判
手続は,虚偽の自白獲得の温床ともなりかねないから憲法38条2項に違反
する,という。
即決裁判手続は,争いのない明白軽微な事件について,簡易かつ迅速に公
判の審理及び裁判を行うことにより,手続の合理化,効率化を図るものであ
る。そうであるのに,即決裁判手続による判決に対し,犯罪事実についての
事実誤認を理由とする控訴ができるものとすると,そのような控訴に備えて,
即決裁判手続による審理の段階から,犯罪事実の認定のために,必要以上の
証拠調べが行われるようになりかねず,即決裁判手続を設けた前記の趣旨を
損なうおそれがある。このような事態になることを防ぐため,刑訴法403
条の2第1項は,即決裁判手続による判決に対し,犯罪事実についての事実
誤認を理由とする控訴を制限するものである。
そして,このような同条項の趣旨に加え,即決裁判手続により審判するた
めには,被告人の訴因についての有罪の陳述(同法350条の8)と,即決
裁判手続によることについての被告人及び弁護人の同意が必要であって(同
法350条の2第2項,4項,350条の8第1号,2号),同手続による
ことは被告人が選択するものであること,判決の言渡しまではいつでも有罪
の陳述又は即決裁判手続によることについての同意を撤回することができる
こと(同法350条の11),被疑者又は被告人は即決裁判手続に同意する
か否かにつき弁護人の助言を得る機会が保障されていること(同法350条
の3,350条の4,350条の9)などにかんがみると,同法403条の
2第1項は憲法32条に違反しない。
また,即決裁判手続が虚偽の自白を誘発するおそれがあるとはいえず,憲
法38条2項にも違反しない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官阿部文洋裁判官堀田眞哉裁判官野原俊郎)

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