弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
第1事案の概要
1本件は,砂川市(以下「市」という。)が神社の敷地となっている市有地を
砂川市T町内会(以下「本件町内会」という。)に無償で譲与したことは,憲法の
定める政教分離原則に違反する無効な行為であって,同土地の所有権移転登記の抹
消登記手続を請求しないことが違法に財産の管理を怠るものであるとして,市の住
民である上告人が,被上告人に対し,地方自治法242条の2第1項3号に基づき
上記怠る事実の違法確認を求める事案である。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)譲与された市有地と神社施設の概要
市は,第1審判決別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を
所有していたが,平成17年4月15日,これを市のT地区に所在し地方自治法2
60条の2第1項の認可(以下「地縁団体の認可」という。)を受けた本件町内会
に譲与し(以下,この譲与を「本件譲与」という。),同日付け贈与を原因として
所有権移転登記手続をした。
本件各土地はT神社(以下「本件神社」という。)の敷地となっており,同土地
上には,第1審判決別紙図面のとおり,北側から,鳥居(幅約4.5m),石灯籠
一対及び社殿(床面積25.92㎡,木造亜鉛メッキ鋼板葺南京下見板張り平家建
建物)が一直線上に配置され,石灯籠と社殿の間には,「地神宮」と彫られた石造
の地神宮が,社殿手前には清心(手水所)が設置されている。社殿の正面入口の外
壁上部には「T神社」との文字を刻した額が掲げられ,社殿正面奥に大国主命を祭
神とする祠が設置されている(以下,祠を納めた社殿,鳥居,石灯籠,地神宮及び
清心を併せて「本件神社施設」という。)。
(2)本件譲与時における本件神社の管理状況等
ア本件町内会は,良好な地域社会の維持及び形成に資することを目的とした地
域的活動を行う町内会組織であって,宗教的活動を行うことを目的とする団体では
なく,組織的には本件神社と別個の存在である。本件町内会は,役員構成を始め組
織として本件神社と特別の関係はなく,その会員又は役員の資格として本件神社を
中心とする特定の宗教団体に所属していること等が条件とされているものでもな
い。また,その会計は本件神社とは別に管理されている。
イ本件神社は,法人格を持たず,組織,活動等について定めた規約もなく,神
職も常駐していない。ただし,住民の話合いによって選任された総代及び会計係各
1名が,本件町内会の住民から,本件神社の維持運営費として1世帯当たり年額1
500円を集金したり,例大祭の準備活動をしたりするなど,神社の維持運営に関
する事務を行っている。T地区の世帯数は30数世帯であるが,平成13年度ない
し同15年度当時,その大多数が維持運営費を支払っている。本件神社の例大祭の
行事等の費用は,住民からの寄附金や賽銭によって賄われている。
ウ本件神社においては,毎年,初詣で並びに春季及び秋季の例大祭が行われて
おり,初詣での際には,T地区の住民らが参拝に訪れ,春季及び秋季の例大祭にお
いては,A神社の宮司が本件神社の社殿内で祝詞を奏上するなどの神事を行い,例
年10名前後の住民が参拝に訪れている。例大祭の期間中,「奉納T神社氏子
中」などと書かれたのぼりが鳥居の両脇に立てられるほか,社殿の正面入口の軒下
部分に,「奉納T神社総代」などと鈴緒に書かれた鈴が取り付けられ,入口近く
に賽銭箱が置かれる。なお,毎年8月のA神社の祭りの際には,本件神社にA神社
のみこしが訪れ,宮司や巫女による神事が行われている。
(3)本件神社の沿革及び本件譲与に至る経緯
ア本件各土地は,もともとT地区に存在したT各部落会(本件町内会の前身)
が実質的に所有する土地として地域住民に利用されていたが,形式的には地域住民
らの個人名義で登記されていた。T地区の住民らは,明治27年,本件各土地上に
五穀豊穣を祈願して大国主命を祭神とする小祠を建立した(当時はB神社と呼ばれ
ていた。)。その後,大正7年から昭和43年までの間に,本件各土地上に本件神
社施設が順次設置されて現在に至っている。
イ市は,昭和10年,T各部落会から本件各土地上にT小学校の教員住宅を建
設してほしいとの要望を受け,本件各土地の寄附及び所有権移転登記を受けて同住
宅を建築した。
ウT小学校の教員住宅は昭和50年に取り壊されることとなったため,市は,
これに伴い,同51年4月,本件各土地の管理目的を児童公園等の部落共同目的の
用に供することに限定して,その管理を無償でT各部落会に委託した。なお,当
時,本件各土地上には本件神社施設のほか農協倉庫や青年会館が存在し,また,そ
の一部は児童公園としても利用されていた。以後,本件各土地はT各部落会及びそ
の後身である本件町内会が自主的に管理活用してきた(この間,上記の倉庫等及び
公園は取り壊されるなどして現在は存在しない。)。
エ上告人は,平成16年9月,市の監査委員に対し,市が本件各土地を本件神
社の敷地として使用させていることは政教分離原則に違反するとして住民監査請求
を行った。監査委員は,同年11月22日付けの監査結果において,結論として政
教分離原則違反は認められないとしたが,市有地上に神社の祠が存在し祭事に利用
されていることは,一部市民に不審を抱かせるものであるから,従前の経緯を考慮
し,本件各土地をT地区住民に譲与するなどの方策を講ずる必要があると考える旨
の意見を付記した。
これを受けて,市は,市有地が神社の敷地となっている状態を解消するため,本
件町内会と協議した上,同17年4月15日,譲与についての市議会の議決を経
て,地縁団体の認可を受けた本件町内会に対し本件譲与を行った。
第2上告代理人石田明義,同井上二郎,同中島光孝の上告理由について
1憲法20条3項,89条違反をいう上告理由のうち第1ないし第4について
(1)前記事実関係等によれば,本件神社施設は,一体として明らかに神道の神
社施設に当たるものであり,本件神社において行われている諸行事も,神道の方式
にのっとって行われているその態様にかんがみ,宗教的行事と認めるほかないもの
である。
また,前記事実関係等によれば,本件神社の経費はT地区に所在する大多数の世
帯から提供される維持運営費等によって賄われ,その会計は,地域住民の話合いに
よって選任された総代及び会計係によって,本件町内会の会計とは別に管理されて
いるというのであるから,その範囲を明確に特定することができないとはいえ,氏
子に相当する地域住民の集団が社会的に実在することは明らかであり,この集団は
憲法89条の宗教上の組織ないし団体に当たるものと認められる。本件神社施設の
所有者は定かではないものの,本件譲与前に市が本件各土地を無償で神社敷地とし
ての利用に供していた行為は,その直接の効果として,上記地域住民の集団が神社
を利用した宗教的活動を行うことを容易にするものであったというべきである。
したがって,本件各土地が市の所有に帰した経緯についてはやむを得ない面があ
るとはいえ,上記行為をそのまま継続することは,一般人の目から見て,市が特定
の宗教に対して特別の便益を提供し,これを援助していると評価されるおそれがあ
ったものということができる。
(2)本件譲与は,市が,監査委員の指摘を考慮し,上記のような憲法89条及
び20条1項後段の趣旨に適合しないおそれのある状態を是正解消するために行っ
たものである。
確かに,本件譲与は,本件各土地の財産的価値にのみ着目すれば,本件町内会に
一方的に利益を提供するという側面を有しており,ひいては,上記地域住民の集団
に対しても神社敷地の無償使用の継続を可能にするという便益を及ぼすとの評価は
あり得るところである。しかしながら,本件各土地は,昭和10年に教員住宅の敷
地として寄附される前は,本件町内会の前身であるT各部落会が実質的に所有して
いたのであるから,同50年に教員住宅の敷地としての用途が廃止された以上,こ
れを本件町内会に譲与することは,公用の廃止された普通財産を寄附者の包括承継
人に譲与することを認める市の「財産の交換,譲与,無償貸付等に関する条例」
(平成4年砂川市条例第20号)3条の趣旨にも適合するものである。また,仮に
市が本件神社との関係を解消するために本件神社施設を撤去させることを図るとす
れば,本件各土地の寄附後も上記地域住民の集団によって守り伝えられてきた宗教
的活動を著しく困難なものにし,その信教の自由に重大な不利益を及ぼすことにな
る。同様の問題に関し,「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する
法律」(昭和22年法律第53号)は,同法施行前に寄附等により国有となった財
産で,その社寺等の宗教活動を行うのに必要なものは,所定の手続を経てその社寺
等に譲与することを認めたが,それは,政教分離原則を定める憲法の下で,社寺等
の財産権及び信教の自由を尊重しつつ国と宗教との結び付きを是正解消するために
は,上記のような財産につき譲与の措置を講ずることが最も適当と考えられたこと
によるものと解される。公有地についてもこれと同様に譲与等の処分をすべきもの
とする内務文部次官通牒が発出された上,譲与の申請期間が経過した後も,譲与,
売払い,貸付け等の措置が講じられてきたことは,当裁判所に顕著である。本件譲
与は,上記のような理念にも沿うものであって,市と本件神社とのかかわり合いを
是正解消する手段として相当性を欠くということもできない(このような土地を地
縁団体の認可を受けた町内会に譲与することが地方自治法260条の2の趣旨に反
するものでないことはいうまでもない。)。
(3)以上のような事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すると,本
件譲与は,市と本件神社ないし神道との間に,我が国の社会的,文化的諸条件に照
らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度
を超えるかかわり合いをもたらすものということはできず,憲法20条3項,89
条に違反するものではないと解するのが相当である(最高裁昭和46年(行ツ)第
69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,最高裁平成4年
(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁等参
照)。
2その余の上告理由について
論旨は,違憲及び理由の不備をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又
はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のい
ずれにも該当しない。
3結論
以上によれば,本件譲与が憲法20条3項,89条に違反しないとして上告人の
請求を棄却すべきものとした原審の判断は,正当として是認することができる。論
旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官竹崎博允裁判官藤田宙靖裁判官甲斐中辰夫裁判官
今井功裁判官中川了滋裁判官堀籠幸男裁判官古田佑紀裁判官
那須弘平裁判官田原睦夫裁判官近藤崇晴裁判官宮川光治裁判官
櫻井龍子裁判官竹内行夫裁判官金築誠志)

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