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平成22年(行ケ)第10073号審決取消請求事件(特許)
口頭弁論終結日平成23年5月9日
判決
原告メルク・シャープ・エンド・
ドーム・コーポレイション
訴訟代理人弁理士川口義雄
同大崎勝真
同渡邉千尋
同倉持明子
同椎名佳代
被告特許庁長官
指定代理人深草亜子
同鵜飼健
同唐木以知良
同田村正明
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための
付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006−28563号事件について平成21年10月19
日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が名称を「ヒトパピローマウイルス18型をコードするDNA」
とする発明につき国際特許出願をし,平成18年7月24日付けで特許請求の
範囲の変更を内容とする手続補正(以下「本件補正」という。請求項の数11,
甲3)をしたところ,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求を
したが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた
事案である。
2争点は,上記補正後の請求項7に係る発明(以下「本願発明」という。)が
下記引用例1との間で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。

・引用例1:「J.Mol.Biol.(1987),Vol.193,p599-608NucleotideSequence
andComparativeAnalysisoftheHumanPapillomavirusType18Genome
(訳:ヒトパピローマウイルス18型ゲノムのヌクレオチド配列及び比較解
析)」(甲1)
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告(旧商号「メルクエンドカンパニーインコーポレーテッド」)
は,1995年(平成7年)3月22日の優先権(米国)を主張して,19
96年(平成8年)3月18日,名称を「ヒトパピローマウイルス18型を
コードするDNA」とする発明について国際特許出願(PCT/US96/
03649,日本における出願番号は特願平8−528535号)をし,平
成9年9月22日に翻訳文を日本国特許庁に提出し(公表特許公報は特表平
11−502704号,公表日平成11年3月9日。甲2),その後,平
成18年7月24日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正(請求項
の数11。甲3)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審
判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2006−28563号事件として審理した
上,平成21年10月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決(出訴期間として90日附加)をし,その謄本は同年11月4日原告に
送達された。
(2)発明の内容
本件補正後の請求項の数は前記のとおり11であるが,その請求項7であ
る本願発明の内容は,以下のとおりである。
「【請求項7】
下記の配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製された
ヒトパピローマウイルス18型のL1DNA分子または,下記の配列番号3
で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイ
ルス18型のL2DNA分子。」

(配列番号1)
(配列番号3)
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本願発明の
うち,二者択一の選択肢として含まれている「下記の配列番号3で表され
るヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス1
8型のL2DNA分子」との発明(以下「本願発明7−2」という。)は
前記引用例1から認められる下記引用発明に基づいて当業者が容易に発
明することができたから,特許法29条2項により特許を受けることがで
きない,というものである。
(引用発明)
,「図1(判決注:後記第4,2(2)記載の【図1】)の4244番目の
ヌクレオチドから5632番目のヌクレオチドで示される1389bp
のヌクレオチド配列を含むヒトパピローマウイルス18型のL2DNA
分子。」
イなお,審決が認定した本願発明7−2と引用発明との一致点及び相違点
(1),(2)は,次のとおりである。
(一致点)
特定のヌクレオチド配列を含むヒトパピローマウイルス18型のDN
A分子である点
(相違点(1))
該特定の配列が,本願発明7−2においては,配列番号3で表されるヌ
クレオチド配列であるのに対して,引用発明においては,配列番号3で表
されるヌクレオチド配列とは1389bpのうち39bpが相違してい
る(すなわち97%が同一である)点
(相違点(2))
該DNA分子が,本願発明7−2においては単離精製されたL2DNA
分子であるのに対して,引用発明においてはショットガンクローニング法
によって配列決定された全長ゲノムDNA分子の一部であり,実際にL2
DNA分子を単離精製していない点
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下のとおりの誤りがあるから,違法として取
り消されるべきである。
ア取消事由1(相違点(1)についての認定の誤り)
(ア)審決は,「3対比」において,「(1)該特定の配列が,本願発明7
−2においては,配列番号3で表されるヌクレオチド配列であるのに対
して,引用発明においては,配列番号3で表されるヌクレオチド配列と
は1389bpのうち39bpが相違している(すなわち97%が同一
である)点」を相違点(1)と認定している。
しかし,審決は,①相違する塩基対の数が39bpではなく40bp
である点で認定すべき事実を誤認しているのみならず,②その塩基対の
相違に伴い14個のアミノ酸が相違し,その中で,4個の相違がプロリ
ンに関するものであるという事実を看過し,③プロリンは,アミノ酸の
中で環状構造をとる唯一のアミノ酸であり,該環状構造をとるプロリン
がアミノ酸配列中に入ることにより,ねじれやターンに影響を及ぼし,
その結果,立体構造が大きく変化することが本願優先日当時の技術常識
であること(以下,「技術常識1」という。)を看過し,④上記②に記
載の事実及び上記③に記載の技術常識1に基づいて,本願発明7−2と
引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タ
ンパク質が著しい立体構造上の相違を示すという,本来認定すべきであ
った相違点を看過し,その結果,進歩性判断に影響を及ぼし,誤った結
論を導き出すに至ったものである。
(イ)この点に関し被告は,上記②ないし④の点は本願発明7−2と引用発
明がコードするタンパク質に関する主張であるが,本願発明7−2はあ
くまでもDNA分子そのものであって,該DNA分子がコードするタン
パク質は発明を特定するための事項には含まれないのであって,そのよ
うなDNA分子の進歩性の判断は,そのDNA分子に到ることが容易か
否かで判断されるべきものであると主張する。
しかし,本願発明が目的とする課題は単に新規のDNA分子をクロー
ニングすることではなく,ヒトパピローマウイルス(以下「HPV」と
いう場合がある。)18型L1タンパク質とウイルス様粒体(以下「V
LP」という。)を形成するという観点から,構造上機能的なHPV1
8L2の配列を得ることである。したがって,被告の上記主張は失当で
ある。
イ取消事由2(容易想到性判断の誤り)
審決は,引用発明に対する本願発明7−2の容易想到性を判断するに当
たり,以下のとおり,①本来認定すべき事実を看過した相違点(1)に基づい
て容易想到性を判断したのみならず,②HPVのヌクレオチド配列及びそ
れらがコードするタンパク質についての本願優先日当時の後記各技術常
識を看過し,本願発明7−2の容易想到性を判断したものである。
(ア)相違点(1)についての容易想到性判断の誤り
審決は,相違点(1)に関し,次のとおり,判断している。
「この相違は,配列の解析に用いられたHPV18型が,本願発明
では,明細書第26頁第第8−9行に記載されているように,ヒト子
宮頸がん腫由来細胞系列SW756から得られたものであるのに対
し,引用発明では,請求人が平成19年2月28日付手続補正書に添
付して提出した参考資料1(EMBOJ.,1984,Vol.3,p.1151-1157)第11
56頁右欄MaterialsandmethodsのCloningofviralDNAの項に記載され
ているように,SW756とは異なる臨床サンプルWV−341から
得られたものであるという相違に基づくものである。
一般的に,同じ型に属するウイルスにも複数のサブタイプが存在す
ることは広く知られており,種々のサブタイプについて解析がなされ
ている。よって,HPV18型についても,引用例1において配列が
解析された臨床単離株由来のHPV18型とは異なる,周知の臨床単
離株であるヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756(必要があれば,
InVitro,(1982),Vol.18,p.719-726,EMBOJ.,(1986),Vol.5,p.2285-2292,
J.Virol.,(1987),Vol.61,p.1682-1685を参照)由来のHPV18型ゲノム
のヌクレオチド配列を解析することは,当業者が容易に想到し得るこ
とである。」(審決3頁7∼22行。以下「審決における当該箇所」
という場合がある。)。
しかし,審決の上記相違点(1)に関する容易想到性の判断は,以下の
とおり,誤った事実認定を前提とし,かつその判断の際に本来考慮す
べきであった本願優先日当時の技術常識を看過したものである。
a審決は,相違点(1)について,「この相違は,配列の解析に用いら
れたHPV18型が,・・・ヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW7
56から得られたものであるのに対し,引用発明では,・・・SW
756とは異なる臨床サンプルWV−341から得られたものであ
るという相違に基づくものである。」(審決3頁7∼14行)と判
断しているが,この冒頭に記載された「この相違」は,本願発明7
−2と引用発明のヌクレオチド配列の相違のみを指すものである。
すなわち,審決は,両ヌクレオチド配列の高い相同性のみに着眼し,
①その塩基対の相違に伴い14個のアミノ酸が相違し,かつ,その
うち4個の相違がプロリンに関するものであるという事実,並びに,
②上記①の事実及び技術常識1に基づき,本願発明7−2と引用発
明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパ
ク質が著しい立体構造上の相違を示す点を考慮することなく,看過
したまま容易想到性を判断したものである。
ところで,甲10ないし甲17(各種文献)によれば,(ⅰ)一般
に,HPVに属するL2タンパク質が,同一のHPVに属するL1
タンパク質と一緒にVLPを形成することができ,ウイルスのカプ
シド構造を構成すること,及び(ⅱ)そのVLPの表面において,L
2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供するこ
とは,本願優先日における技術常識であった(以下「技術常識2」
といい,そのうちの上記(ⅰ)を「技術常識2(ⅰ)」と,上記(ⅱ)を
「技術常識2(ⅱ)」という)。
そして,本件では,前記のとおり,本願発明7−2と引用発明の
それぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質
が著しい立体構造上の相違を示す。したがって,この点につき,上
記技術常識2を考慮すれば,両L2タンパク質における構造上の相
違(4個のプロリン関連部位を含む14個のアミノ酸の相違)は,
①L2タンパク質が,L1タンパク質と一緒に立体構造上うまく会
合してVLPを形成できるかどうかという点のみならず,②仮にそ
のVLPが形成できたとしても,その表面において,L2タンパク
質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できるかどうかと
いう点においても,影響を与え得ることが明らかである。
また,本願優先日当時,L2タンパク質単独又はL1及びL2で
構成されるウイルスカプシドタンパク質の結晶構造は何ら知られて
いなかった。そのため,当業者は,L2タンパク質のどのアミノ酸
が,VLPの表面における免疫原性エピトープとしての機能に影響
を与え得るのか全く予測することはできなかったのである。
このように,審決は,相違点(1)について誤って認定した事実に基
づいて容易想到性を判断したのみならず,本願優先日当時の技術常
識2を看過し,本願発明7−2と引用発明のそれぞれのヌクレオチ
ド配列によってコードされるL2タンパク質が著しい立体構造の相
違を示すことや,①L2タンパク質がL1タンパク質と一緒に立体
構造上うまく会合してVLPを形成できるかどうかという点,及び
②仮にそのVLPが形成できたとしても,その表面においてL2タ
ンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できるかど
うかという点について全く考慮しないで容易想到性を判断したので
あるから,誤りである。
b審決における当該箇所の3頁15∼16行には,「一般的に,同
じ型に属するウイルスにも複数のサブタイプが存在することは広く
知られており,種々のサブタイプについて解析がなされている。」
と指摘した上で,「よって,HPV18型についても,引用例1に
おいて配列が解析された臨床単離株由来のHPV18型とは異な
る,周知の臨床単離株であるヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW7
56(・・・)由来のHPV18型ゲノムのヌクレオチド配列を解
析することは,当業者が容易に想到し得ることである。」(審決3
頁16∼22行)と記載されている。
しかし,甲11,13,14及び16によれば,(ⅲ)当業者が,
VLP形成の観点から,ある特定のHPVのヌクレオチド配列が機
能的であるかどうかを予測することは,その機能に関するデータが
明らかにされていないとき,本願優先日当時において極めて困難で
あったこと,及び(ⅳ)ある特定のHPVのヌクレオチド配列からコ
ードされるタンパク質において,1個ないし数個のアミノ酸の変化
さえも,そのタンパク質のVLP形成能に影響し得,ひいてはワク
チンとしての有用性に影響を与え得ることは,本願優先日当時の技
術常識であった(以下「技術常識3」といい,そのうちの上記(ⅲ)
を「技術常識3(ⅲ)」と,上記(ⅳ)を「技術常識3(ⅳ)」という)。
そして,引用例1においては,引用発明であるHPV18型のL
2のヌクレオチド配列及びその推定アミノ酸配列が記載されている
だけで,それがVLP形成能を有するかどうかという機能に関する
データは何ら記載も示唆もされていない。
一方,本願発明は,甲17(宣誓供述書)において実証されてい
るとおり,本願優先日当時の技術常識3にもかかわらず,HPV1
8型のヒト子宮頸癌腫由来細胞系列SW756由来のHPV18型
ゲノムのヌクレオチド配列を解析し,米国及び欧州で最初に承認さ
れた極めて医学的貢献度の高い子宮頸癌ワクチンに含まれるVLP
を形成する,HPV18型のL1タンパク質とともにVLPを形成
し得るL2タンパク質を見出したものである。
しかも,前記aで主張したとおり,本願発明7−2と引用発明と
は,その塩基対の相違に伴い14個のアミノ酸が相違し,そのうち
4個の相違がプロリンに関するものであることから,本願発明7−
2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされる
L2タンパク質は著しい立体構造上の相違を示しているのである。
このような状況下において,上記のような引用例1における記載
に基づいては,本願優先日当時において,引用発明であるL2ヌク
レオチド配列によってコードされるL2タンパク質が,L1タンパ
ク質と一緒にVLPを形成し得るかどうかについて当業者が予測す
ることは極めて困難であり,まして本願発明7−2のL2DNA分
子によってコードされるL2タンパク質に容易に想到し得たといえ
ないことは明らかである。
以上のとおり,審決における該当箇所は,容易想到性の判断の際
に考慮すべき本願優先日当時の技術常識3を看過してなされたもの
であって,誤りである。
cHPV18型のL2タンパク質がVLPを形成するという機能を
有するかについて何らの記載も示唆もない引用例1に基づいても,
上記技術常識3に鑑みれば,当業者は,引用例1に記載されたL2
ヌクレオチド配列を変化させて,本願発明7−2に係るL2ヌクレ
オチド配列に想到することを動機付けられるものでない。
d引用例1に記載のL1及びL2の配列が,本件優先日当時のみな
らず現在に至っても,本願発明におけるL1及びL2の配列と同様
に,VLP形成の観点から機能的であることは何ら知られていない。
審決は,この点を看過するものである。
e審決は,「『より現実のウイルスに近いウイルス様粒子』の形成
に,本願発明7−2のL2DNA分子によってコードされるL2タ
ンパク質がどの程度寄与しているのかが明らかにされていない。」
(審決3頁37行∼4頁2行)と判断している。
しかし,「L2タンパク質の大部分はL1タンパク質より内側に
ある」(本件明細書〔甲2〕6頁17行)との記載や技術常識2か
ら,当業者であれば,L1タンパク質のみのVLPと比較して,L
2タンパク質がL1タンパク質と一緒になってよりネイティブなウ
イルスに近いVLPを形成し得ることは,甲10ないし甲16で示
したとおり,本願優先日当時における技術常識である。
したがって,審決の上記判断は本願優先日当時の技術常識を看過
するものであって,誤りである。
f審決は,「L2タンパク質については,その取得の困難性につい
ても,顕著な効果を奏するかどうかについても,具体的な主張がな
されていない」(審決4頁14∼17行)と判断している。
しかし,本願発明はHPV18型の臨床単離株の中から特にSW
756を選択し,VLPを形成し得るL1及びL2の配列を見出し
たものであることが本願明細書の実施例1及び5に記載されてい
る。
そして,技術常識3を考慮すれば,特定の位置のアミノ酸を変化
させることによって,L1タンパク質とともにVLPを形成しうる
本願発明7−2に係るL2の配列は決して容易に想到しうるもので
はない。
したがって,審決の上記判断は妥当でない。
g審決は,「『現実のHPV18型により近いウイルス様粒子が提
供可能』である点については,・・・,本願発明7−2のL2DN
A分子によってコードされるL2タンパク質がどの程度寄与してい
るのかが明らかにされていない。」(審決4頁16∼19行)と判
断している。
しかし,前記aのとおり,そもそも本願優先日当時,技術常識2
が存在した。
したがって,L1タンパク質と共にVLPを形成することができ
るL2タンパク質を見出すことで,より「現実のHPV18型によ
り近いウイルス様粒子が提供可能」となることは当業者にとっては
十分に理解可能である。よって,審決の上記判断は妥当でない。
h「審決における当該箇所」(審決3頁7∼22行)は,以下のとお
り,本願優先日当時の重要な技術常識(技術常識4)を看過し,その
結果として,審決は,完全で機能的なHPVL1及びL2のDNA配
列を本願優先日前に本願発明者らが見出すことに成功したDNA取
得源である,子宮頸癌由来細胞系列であるSW756に過度に重点を
置くことにより,事後的分析(後知恵)をしたものであるから,審決
の判断は誤りである。
(a)甲22ないし甲24の2によれば,(ⅰ)不死化細胞系(樹立細胞
系)は無限増殖性でかつ未分化状態であることは,本願優先日当時
における技術常識であり,また,甲24の2ないし甲32,甲37
によれば,(ⅱ)不死化細胞系においてHPVの後期遺伝子(例えば,
L1及びL2遺伝子)の完全性が維持される必要のないことは,本
願優先日当時における技術常識であった(以下「技術常識4」とい
い,そのうち上記(ⅰ)を「技術常識4(ⅰ)」と,上記(ⅱ)を「技術
常識4(ⅱ)」という。)。
上記技術常識4(ⅰ)をより詳細に説明すると,①樹立細胞系は不
死化され(すなわち,無限に増殖する),かつ,未分化の状態にあ
る(すなわち,そのような細胞株は分化しない),②不死化細胞系
の状態は,例えば浸潤性の癌のように,癌の状態(悪性の状態)に
似ている,③子宮頸癌(悪性の状態)の場合には,病変部における
細胞は未分化の状態に保たれつつ増殖する,となる。
また,上記技術常識4(ⅱ)をより詳細に説明すると,①不死化細
胞系においてHPVの後期遺伝子(例えば,L1及びL2遺伝子)
の完全性が維持される必要がないこと,すなわち,不死化細胞系に
おいては,HPVの後期遺伝子(例えば,L1及びL2遺伝子)の
存在又は不存在及び/又はこれらの遺伝子における変異は,その細
胞が生存する(すなわち,安定的に増殖する)能力に対し何らの影
響もしない,②一方,初期遺伝子(例えば,E6及びE7遺伝子)
の不存在は細胞を死滅させてしまう,となる。
(b)そして,上記の技術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)に基づくと,以下の知見
が認められる。
①樹立細胞系は不死であり,かつ,分化しないため,実際には後
期タンパク質(例えば,L1及びL2タンパク質)を生産しない
(後期タンパク質が発現するには,分化が必要とされる)。
②L2の発現は不死化細胞が不死であることの維持には必要な
いのであるから,細胞系において,完全で機能的なL2が維持さ
れる必要はない。したがって,環状HPVゲノムの組込み切断点
がL2遺伝子内にあっても,及び/又は細胞の継代培養中にL2
遺伝子内にランダムな変異(再配列/欠失)が生じても,細胞の
癌状態における増殖持続能には影響を及ぼさない。
③細胞が継代培養されるとき,又は宿主のゲノムにウイルスゲノ
ムが組み込まれるとき,L2配列における変化/変異/再配列が
起こり得る。
④HPV後期遺伝子(例えば,L1及びL2遺伝子)は,癌や不
死化細胞系では,しばしば欠失している。一方,HPVのE6及
びE7遺伝子は子宮頸癌に関連した癌タンパク質をコードする
から,癌の病変部から単離された不死化した細胞系において維持
される(以下,上記①ないし④を「技術常識4に基づく各知見」
と,個々の知見を「技術常識4に基づく知見①」などという。)。
(c)以上のような技術常識4に基づく各知見からすれば,「審決にお
ける当該箇所」は,当業者が,VLPをベースとしたワクチンに有
用である完全で機能的なHPV18のL2配列を提供できること
を期待して,臨床サンプルであるWV−341の代わりに子宮頸癌
由来の不死化細胞系列であるSW−756を使用するという示唆
等が存在したことを何ら証明していないことが明らかである。
(d)したがって,本願優先日当時の技術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)を考慮す
れば,単に子宮頸癌サンプルから不死細胞系が作製されたからとい
って,①そのような細胞系がHPV18のL2遺伝子を含むであろ
うこと,②もしその細胞系がHPV18のL2遺伝子を含むとした
場合,L2遺伝子の完全性は維持されていたであろうこと,及び③
そのL2遺伝子(もし存在するとした場合)が,適切な転写物のサ
イズで発現され,かつ,VLPを形成することができる,機能的な
L2タンパク質をコードするであろうことを,その当時の当業者が
容易に予測し得たということは決していえるものではない。
(e)そもそも引用例1は,単に引用発明であるHPV18のL2のヌ
クレオチド配列及びその推定アミノ酸配列を記載しているにすぎ
ない。すなわち,ヒト子宮頸癌由来細胞系であるSW756が,完
全なDNA配列(これは,HPVDNAの宿主ゲノムへの組み込
みの結果として,又は,細胞の継代培養を続けるときに起こるラン
ダムな変異により,生じ得る欠失又は変異を全く有しない配列であ
る)を含んでいることの示唆は,引用例1において何ら示されてい
ない。
また,仮にSW756中にL2配列が存在するとしても,そのL
2配列が,機能的なHPV18のL2タンパク質をコードし,それ
によりVLPに基づくワクチンを製造する上で有用であろうとい
う示唆も,引用例1に何ら示されていない。
さらに,引用例1には,本願発明が解決すべき課題,すなわちH
PV18のL1タンパク質と一緒にVLPを形成するとの観点か
ら構造上機能的なHPV18のL2を取得することについての記
載も示唆も一切ない。
(f)これらの点に関し,審決は,参考文献(InVitro,(1982),Vol.18,
p.719-726,EMBOJ.,(1986),Vol.5,p.2285-2292,J.Virol.,(1987),
Vol.61,p.1682-1685)(審決3頁19∼21行)を参照し,子宮頸癌
由来の細胞系列であるSW756が周知の臨床単離株であると述
べている。しかし,「審決における当該箇所」では,上記参考文献
を参照しつつ,子宮頸癌由来の細胞系列であるSW756自体が周
知の臨床単離株であるとの単なる事実のみを認定しているにすぎ
ず,その認定事実を除けば,進歩性判断の基礎となる引用発明の認
定に関して,上記参考文献の記載に基づいて,他のいかなる事実も
認定していない。つまり,「審決における当該箇所」では,引用例
1に基づいて認定した引用発明を,子宮頸癌由来の細胞系列である
SW756自体が周知の臨床単離株であるとの単なる事実を組み
合わせることで,本願発明7−2の進歩性を判断しているにすぎな
い。
したがって,「審決における当該箇所」には,当該発明が容易想
到であると判断するために必要な「当該発明の特徴点に到達するた
めにしたはずであるという示唆等」の存在が証明されていないこと
が明らかである。
(g)以上要するに,審決は,本願優先日当時の技術常識(特に,技術
常識4(ⅰ)及び(ⅱ))を看過したために,いわゆる事後的分析(後
知恵)に陥り,進歩性判断を誤ったものである。
i甲36及び上記技術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)によれば,VLPの形成と
いう観点から構造上機能的なHPVのL1及びL2DNA配列を得
る場合において,当業者は臨床サンプルの代わりに,不死化細胞系の
使用を避ける傾向にあったということは,本願優先日当時の技術常識
であった(以下「技術常識4(ⅲ)」という。)。
そのため,上記のような場合,当業者は,臨床サンプルの代わりに
不死化細胞系を使用することを動機付けられることは決してなく,当
業者が不死化細胞系を使用することに阻害要因が存在した。
審決は,この点を看過しており,誤りである。
(イ)相違点(2)についての容易想到性の判断の誤り
審決は,相違点(2)について,「ゲノムDNA分子の全長ヌクレオチ
ド配列が開示されている場合に,適切なプライマー対を設計し,これを
用いて所望の遺伝子部分のみをクローニングすることは,本願優先日前
の周知技術を適用することにより,当業者が適宜なし得たことである。」
(審決4頁21∼24行)と判断している。
しかし,引用例1は,引用発明であるHPV18型のL2のヌクレオ
チド配列及びその推定アミノ酸配列が記載されているのみで,当該ヌク
レオチド配列がコードするタンパク質の機能,すなわちVLP形成能を
有するかどうかを何ら明らかにするものではない。
したがって,たとえ「ゲノムDNA分子の全長ヌクレオチド配列が開
示されている場合に,適切なプライマー対を設計し,これを用いて所望
の遺伝子部分のみをクローニング」したとしても,本願優先日当時,当
業者が,L1タンパク質と一緒にVLPを形成し得るL2タンパク質の
配列を見出すことは,技術常識3に鑑みれば,当業者が容易に想到し得
るとは決していえないというべきである。
ウ取消事由3(予測し得ない顕著な作用効果の看過)
審決は,「本願の発明の詳細な説明には,配列番号3で表されるヌクレ
オチド配列からなるL2DNA分子が,異なるヌクレオチド配列からなる
L2DNA分子に比べて,当業者の予測し得ない顕著な効果を奏すること
が具体的に示されていない。」(審決3頁23∼26行)と判断している。
しかし,単にショットガンクローニング法によりHPV18型のL1及
びL2のヌクレオチド配列を見出したにすぎない引用例1とは異なり,本
願発明においては,特にSW756由来のHPV18型ゲノムのヌクレオ
チド配列を解析し,米国及び欧州で最初に承認された極めて医学的貢献度
の高い子宮頸癌ワクチンの構成成分であるVLPを形成する,HPV18
型のL1タンパク質とともにVLPを形成しうるL2タンパク質を見出
したのである。
すなわち,本願明細書に接した本願優先日当時の当業者は,以下に述べ
る事実に基づいて,本願発明のL1及びL2配列を共発現させることによ
り,VLPが形成されることを予測したはずである。つまり,当業者は,
本願明細書において,L1及びL2タンパク質からなるVLPの形成が実
質的に確認されているに等しいことを理解したはずである。
まず,本願明細書の「発明の背景」の項,実施例13及び実施例16の
記載によれば,本願発明のHPV18型L1及びL2配列が共発現された
ことが実施例13において実際に確認されており,見掛けの分子量は予測
されたとおりであったこと,及び実施例13において適切なサイズである
ことが判明したL1タンパク質からなるVLPの形成が実施例16にお
いて実際に確認されていることが認められる。
また,本件補正前の請求項10,12及び16には,L1及びL2配列
によってコードされる組換えL1+L2タンパク質からなるウイルス様
粒子(VLP)を製造し得る方法が記載されている。
さらに,甲17(宣誓供述書)にも,本願明細書に開示された実験条件
と実質的に同じ実験条件下で,本願発明のL1+L2タンパク質からなる
VLPが形成したことが実際に確認されている。
特に,甲17によれば,引用例1と異なり,本願発明においては,実際
にL1タンパク質及びL2タンパク質を取得することによって,本願発明
のHPV18型のL1タンパク質及びL2タンパク質が一緒になってV
LPを形成することが透過型電子顕微鏡により実際に確認され,本願発明
のL1タンパク質及びL2タンパク質からなるVLPは,ネイティブのウ
イルスと同様にC33A(ヒト子宮頸部上皮細胞株)に感染することも確
認され,C33Aへの感染がHPV18型特異的抗体によって阻害される
ことが確認されている。
このように,VLPにおいて,L1タンパク質のみならず,少なくとも
1個の免疫原性エピトープを有するL2タンパク質を組み合わせること
により,より真正のウイルスに近いVLPが形成され得るのである。
以上のとおり,L2タンパク質は,極めて医学的貢献度の高い子宮頸癌
ワクチンを構成するHPV18型のL1タンパク質からなるVLPを,よ
り真正なウイルスに近いVLPとなし,そのVLPを安定化させるという
顕著な効果を奏するものである。そうである以上,このような子宮頸癌と
いう生命に関わる疾患の発症を効果的に抑制するワクチンの構成成分で
あるHPV18型のL1タンパク質からなるVLPを,より真正なウイル
スに近いVLPとなし,そのVLPを安定化させるというL2タンパク質
が奏する顕著な効果は決して看過されてはならないものである。
審決は,容易想到性の判断をする際に,本願発明7−2におけるL2タ
ンパク質の上記のような予測し得ない顕著な効果を看過したものである
から,審決は取り消されるべきものである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1に対し
ア原告の主張(ア)①につき
上記①の点については,本願発明7−2と引用発明で相違する塩基対の
数は39bpではなく40bpであり,審決において相違する塩基対の数
を誤認したという原告の主張は認める。
しかし,これは単に,本願発明7−2と引用発明で相違する塩基対の数
を数え誤ったにすぎず,その誤りにより,審決の相違点(1)に関する判断
が誤っているということにはならない。すなわち,塩基対の数の相違を誤
っていたとしても,引用例1に記載された臨床単離株サンプルWV−34
1の代わりに,周知の臨床単離株SW756を用いれば,本願発明7−2
の塩基配列が導き出されるという理由により,本願発明7−2が引用発明
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることに変
わりはない。
イ原告の主張ア②ないし④につき
(ア)上記②の点について,塩基対の相違に伴い14個のアミノ酸が相違し,
その中で,4個の相違がプロリンに関するものであるという事実は認め
る。
(イ)上記③の点について,プロリン残基がポリペプチド鎖の向きを鋭く変
化させることは認めるが,タンパク質中の全てのプロリン残基が必ず,
「ねじれやターンに影響を及ぼし,その結果,タンパク質の立体構造に
大きな影響を与える」とはいえず,タンパク質の立体構造に大きく影響
を与える可能性が高いといえる程度である。
(ウ)上記④の点については,上記③の点について述べたとおり,プロリン
に関する4個の相違に起因して,本願発明7−2と引用発明のそれぞれ
のヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が著しい立
体構造上の相違を示す可能性はあるが,実際に両者の立体構造の相違が
示されているわけではなく,両者が著しい立体構造上の相違を示すとい
う事実は見出されていない。
(エ)そして,そもそも上記②ないし④の点は,本願発明7−2と引用発明
がコードするタンパク質に関する主張であるが,本願発明7−2はあく
までもDNA分子そのものであって,該DNA分子がコードするタンパ
ク質は発明を特定するための事項には含まれないのであって,そのよう
なDNA分子の進歩性の判断は,そのDNA分子に到ることが容易か否
かで判断されるべきものである。したがって,該DNA分子がコードす
るタンパク質と引用発明がコードするタンパク質が,仮に立体構造上の
相違を示すとしても,それは,そのタンパク質をコードする本願発明7
−2であるDNA分子のクローニングが困難になるというものではな
い。したがって,相違点(1)が,本来認定すべき事実を看過していると
する原告の主張は失当であり,審決に誤りはない。
(2)取消事由2に対し
ア(ア)原告の主張(ア)aにつき
原告の主張する技術常識2が,本願優先日当時の技術常識であること
は特に争わない。
原告は,技術常識2を看過して容易想到性を判断したため,審決は誤
りであると主張している。しかし,前記(1)イ(エ)のとおり,本願発明7
−2はあくまでもDNA分子そのものであり,その進歩性の判断はその
DNA分子に到ることが容易か否かで判断されるべきものである。該D
NA分子がコードするタンパク質の特徴に関する技術常識2により,そ
のタンパク質をコードする本願発明7−2であるDNA分子のクロー
ニングが困難になるというものではない。
そもそも本願明細書の記載は,実施例13においてL1タンパク質及
びL2タンパク質がそれぞれ発現していることが確認されているにと
どまっており,本願発明7−2のL2DNA分子によってコードされる
L2タンパク質が,L1タンパク質と一緒にVLPを形成し得るかどう
かは確認されていない。
また,本願発明7−2の進歩性を判断する上で,由来を異にするL1
タンパク質とのVLP形成能まで考慮する必要はなく,臨床単離株SW
756から得られる本願発明7−2がコードするL2タンパク質が,由
来を同じくする臨床単離株SW756のL1タンパク質と一緒にVL
Pを形成するであろうという予測は,むしろ,新規なL2タンパク質を
得る目的で公知の臨床単離株SW756から本願発明7−2を得てみ
ようとする動機付けの1つとなることは明らかである。
よって,技術常識2を看過して容易想到性を判断したとする原告の主
張は失当であり,審決に誤りはない。
(イ)原告の主張(ア)bにつき
原告は,審決における該当箇所は,容易想到性の判断の際に考慮すべ
き本願優先日当時の技術常識3を看過してなされたものであって,誤り
である旨主張する。
aしかし,そもそも,上記(1)アで主張したとおり,本願発明7−2
はあくまでもDNA分子そのものであり,その進歩性の判断は,その
DNA分子に到ることが容易か否かで判断されるべきものであるか
ら,原告の上記主張は失当である。
bまた,原告の主張する技術常識3(ⅲ)及び(ⅳ)は,次のとおり,適
切でない。
すなわち,原告の主張する技術常識3(ⅲ)の主な根拠は,甲13の
「L1及びL2遺伝子がこの分離株において機能的であること,即
ち,正しく会合して感染性ウイルス粒子を得ることができるタンパク
質を生成することができるという保証は全くない。」(911頁右欄
3∼6行)という記載である。しかし,甲13の上記記載の直前の記
載(911頁左欄下から8行∼右欄3行。なお,訳文は乙1)によれ
ば,原告の引用箇所における「この分離株」とは,浸潤性の癌から分
離され,広く研究に用いられている分離株を意味する。よって,原告
が技術常識3(ⅲ)の主張の根拠とする記載は,浸潤性の癌から分離さ
れ,HPV16型の研究に広く用いられている特定の株に関するもの
であって,ウイルス粒子を産生する病変ではなく浸潤性の癌から得ら
れた分離株であるから感染性ウイルス粒子を産生できるという保証
はないという趣旨であると解される。したがって,HPV16型のL
1タンパク質に関する当該記載を,HPV18型のL2タンパク質を
含む一般論に拡張することは適切でなく,技術常識3(ⅲ)は失当であ
る。
また,そもそも,HPVはカプシドタンパク質で覆われたウイルス
であり,該カプシドタンパク質がL1タンパク質及びL2タンパク質
から構成されていることは,技術常識2(ⅰ)のとおり本願優先日当時
の技術常識なのであるから,人工的な配列変異を加えることなく,天
然に存在しているパピローマウイルスから単離されたヌクレオチド
配列がコードするL1タンパク質及びL2タンパク質がVLPを形
成できないと予測するほうが不自然であり,この点からも,技術常識
3(ⅲ)は失当である。
さらに,原告が技術常識3の根拠を示すものとして提出している甲
11,13,14及び16の記載を通じて,VLP形成能に大きな影
響を与えることが明らかにされているアミノ酸残基は,HPV16型
のL1タンパク質の202番目のみである。甲13及び14には,そ
の他のアミノ酸変異も記載されているが,それらが単独で,つまり2
02番目のアミノ酸の変異と無関係に,VLP形成能に大きな影響を
与えるかどうかは明らかにされていない。さらに,VLP形成能が低
いとされている202番目のアミノ酸がヒスチジンであるHPV1
6型のL1タンパク質についても,形成が効率的でないだけであっ
て,VLPが完全に形成されないわけではない(甲11表1)。
そして,HPVのL1タンパク質及びL2タンパク質から形成され
るVLPの形成能に大きな影響を与えることが知られているアミノ
酸残基が,HPV16型のL1タンパク質のただ1つのアミノ酸のみ
では,原告の主張する技術常識3(ⅳ)のとおり,「ある特定のHPV
のヌクレオチド配列からコードされるタンパク質において,1個ない
し数個のアミノ酸の変化さえも,そのタンパク質のVLP形成能に影
響し得,すなわち効率的なVLP形成を妨げ,ひいてはワクチンとし
ての有用性に影響を与え得る」といえるとしても,これは,あるアミ
ノ酸の変化がVLP形成能に影響を与える可能性があるというだけ
であって,HPV18型のL2タンパク質のアミノ酸が1つでも変化
すればVLP形成能に影響を与える蓋然性が高い,とまではいえな
い。
以上のとおり,原告の主張する技術常識3(ⅲ)及び(ⅳ)は適切でな
い。
c仮にそうでないとしても,該DNA分子がコードするタンパク質の
特徴に関する技術常識3により,そのタンパク質をコードする本願発
明7−2であるDNA分子のクローニングが困難になるというもの
ではない。よって,技術常識3を看過して容易想到性を判断したとす
る原告の主張は失当であり,審決に誤りはない。
(ウ)原告の主張(ア)cにつき
まず,前記(イ)のとおり,原告の主張する技術常識3は適切でない。
そして,審決に述べた判断は,周知の臨床単離株であるヒト子宮頸癌
腫に由来する細胞系列SW756由来のHPV18型ゲノムのヌクレ
オチド配列を解析することにより,本願発明7−2に係るL2ヌクレオ
チド配列を得ることが容易であるというものであって,「引用例1に記
載されたL2ヌクレオチド配列を変化させて,本願発明7−2に係るL
2ヌクレオチド配列を想到する」というものではない。
そもそも,原告が,引用例1に記載されたL2のヌクレオチド配列と
相違すると主張する本願発明7−2に係るL2ヌクレオチド配列は,容
易に得られるDNA分子が本来有している化学物質の構造にすぎない
ところ,容易に得られるDNA分子の配列を決定しても化学物質として
は何ら相違を生じるものではなく,配列を決定することにより進歩性が
生じるということはない。
以上のとおり,この点に関する原告の主張は失当であり,審決に誤り
はない。
(エ)原告の主張(ア)dにつき
まず,前記(イ)のとおり,原告の主張する技術常識3は適切でない。
そして,原告が主張する技術常識2を前提にすれば,引用例1に記載
のL1及びL2の配列がVLP形成の観点から機能的であることが確
認されているか否かにかかわらず,本願発明7−2がコードするL2タ
ンパク質は,由来を同じくする臨床単離株SW756のL1タンパク質
と一緒にVLPを形成でき,ウイルスのカプシド構造を構成し,そのV
LPの表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピ
トープを提供すると期待されるものであるから,原告の主張は失当であ
り,審決に誤りはない。
そもそも,前記(ア)において述べたとおり,本願明細書において,本
願発明7−2のL2DNA分子によってコードされるL2タンパク質
が,L1タンパク質と一緒にVLPを形成し得るかどうかは確認されて
いない。この点で,引用発明と本願発明7−2に差異はなく,引用発明
であるL2ヌクレオチド配列がVLP形成能を有するかどうかの機能
に関するデータが引用例1において明らかにされていないことに基づ
く原告の主張は,当を得ない。
(オ)原告の主張(ア)eにつき
原告が指摘する審決の記載は,平成19年2月28日付け手続補正
書(甲6)における,請求人(原告)の「ある臨床単離株由来のもの
が,より現実のウイルスに近いウイルス様粒子を提供し得,従来公知
の配列がアーティファクトであるか重要でないサブタイプのものであ
ることを初めて見出し,もって下記するように現実に子宮頸癌治療に
使用することのできるFDA承認ワクチンを提供した」(3頁16∼
19行)との主張に対するものであるが,本願明細書に,その主張を
裏付けるような「『より現実のウイルスに近いウイルス様粒子』の形
成に,本願発明7−2のL2DNA分子によってコードされるL2タ
ンパク質がどの程度寄与しているのか」に関する記載がない。したが
って,この点に関する原告の主張は失当であり,審決の判断に誤りは
ない。
(カ)原告の主張(ア)fにつき
原告が主張する審決の記載は,平成21年4月7日付け回答書(甲7)
における,請求人(原告)の「本願発明は,従来知られていたHPV1
8型のカプシドタンパク質であるL1及びL2タンパク質のアミノ酸
配列がアーティファクトであるか重要でないサブタイプのものである
ことを初めて明らかにし(例えば,本願明細書第33頁∼第34頁の実
施例5参照),臨床単離株由来HPV18型を用いた配列解析により正
確な配列を突き止めたものである。本願発明により,現実のHPV18
型により近いウイルス様粒子が提供可能となり,当該ウイルス様粒子
は,より適切な抗体を誘導することができるという顕著な効果を奏する
ものである。」(2頁12∼18行)との主張,及び「引用文献1に開
示されたL1タンパク質とアミノ酸長が全く異なり,よってその相同性
も高いものではない本願発明におけるL1タンパク質は,HPV18感
染に対し極めて顕著な効果を奏するワクチンを提供するものである。」
(3頁10∼12行)との主張に対するものである。しかし,本願明細
書に上記各主張を裏付けるような,L2タンパク質の取得困難性や顕著
な効果に関する具体的な記載はない。
そして,前記のとおり,原告の主張する技術常識3は適切でない。
したがって,この点に関する原告の主張は失当であり,審決に誤りは
ない。
(キ)原告の主張(ア)gにつき
原告が主張する審決の記載は,平成21年4月7日付け回答書(甲7)
における,請求人(原告)の「本願発明により,現実のHPV18型に
より近いウイルス様粒子が提供可能となり,当該ウイルス様粒子は,よ
り適切な抗体を誘導することができるという顕著な効果を奏するもの
である。」(2頁16∼18行)との主張に対するものである。
しかし,前記(オ)で述べたとおり,本願明細書に,「『より現実のウ
イルスに近いウイルス様粒子』の形成に,本願発明7−2のL2DNA
分子によってコードされるL2タンパク質がどの程度寄与しているの
か」に関する記載はない。。
したがって,この点に関する原告の主張は失当であり,審決に誤りは
ない。
(ク)原告の主張(ア)hにつき
a(a)技術常識4(ⅰ)の存在は認める。
(b)技術常識4(ⅱ)のうち,②に関しては,そのような技術常識が
あることは認める。また,①に関して,不死化細胞系においては,
HPVの後期遺伝子(例えば,L1及びL2遺伝子)が存在しなか
ったり変異によって機能を失ったりすることにより,VLPを形成
する能力を有した状態で発現しなくてもその細胞が生存できるこ
とは認める。しかし,機能を失う以外の変異も考えられるため,そ
の変異の種類によっては,例えば細胞の生存に影響を与えるような
性質を獲得するような変異を生じた場合については,甲37,甲2
4の2から甲32には何ら示されていないから,この点は必ずしも
本願優先日当時の技術常識とはいえない。
b原告の主張する技術常識4に基づく各知見については,それらを導
く根拠が見出せないから,原告の上記主張は失当である。例えば技術
常識4に基づく知見①については,「樹立細胞系は不死であり,かつ,
分化しない」ことは技術常識4(ⅰ)①に示されているが,そのような
細胞が「実際には後期タンパク質(・・・)を生産しない」ことも,
「後期タンパク質が発現するには,分化が必要とされる」ことも,技
術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)のいずれにも述べられていない。技術常識4に
基づく知見②ないし④についても同様にその根拠を見出すことがで
きない。
c原告は,技術常識4に基づく各知見からすれば,「審決における当
該箇所」は,当業者が臨床サンプルであるWV−341の代わりに子
宮頸癌由来の不死化細胞系列であるSW−756を使用するという
示唆等が存在したことを何ら証明していないことが明らかであると
主張する。
しかし,引用例1には,E6及びE7のゲノムの読み取り枠(以下
「ORF」という。)に対応する領域のヌクレオチド配列を比較した
結果のみが示されているが,HPV18の抗原性に関与するL2遺伝
子についてもサブタイプによるヌクレオチド配列の違いを比較し,そ
れがコードするL2タンパク質の性質について研究を進めるために,
引用例1に記載されているヒト子宮頸癌細胞株であるHeLa,C4
−1及びSW756細胞等に由来するHPV18型ゲノムに含まれ
るL2遺伝子領域のヌクレオチド配列を解析することは,当業者にと
って自明な課題である。よって,原告の上記主張は失当であり,明示
的な示唆がないとしても,示唆がなされているに等しい状態であると
いうべきである。
d原告は,本願優先日当時の技術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)を考慮すれば,
単に子宮頸癌サンプルから不死細胞系が作製されたからといって,①
そのような細胞系がHPV18のL2遺伝子を含むだろうこと,②も
しその細胞系がHPV18のL2遺伝子を含むとした場合,L2遺伝
子の完全性は維持されていたであろうこと,及び③そのL2遺伝子
が,適切な転写物のサイズで発現され,かつ,VLPを形成すること
ができる機能的なL2タンパク質をコードするであろうことを,その
当時の当業者が容易に予測し得たとはいえないと主張する。
しかし,上記①の点については,審決及び引用例1において参考文
献として挙げられている乙6に,「図1子宮頸癌細胞株SW75
6,C4−1及びHeLa中の宿主ゲノムに組み込まれたHPV18
DNAの構成」(2285頁図1の説明1−2行)及び「HeLa
及びC4−1細胞では,約2−3kbのHPV18配列(ORFE
2からORFL2)が欠失している。」(2285頁図1の説明
下から5行−下から3行)と記載されており,図1を参照すると,H
eLa及びC4−1と異なり,SW756はORFのL2と予測され
る部分も含んでいることがわかるので,不死化細胞系列SW756が
HPV18のL2遺伝子を含むであろうことを予測できなかったと
いう原告の主張は,当を得ないものである。
また,上記②の点については,「L2遺伝子の完全性」が,ヌクレ
オチド配列の欠失や変異を全く含まず,不死化細胞系が樹立されるも
ととなった子宮頸癌細胞が有していたヌクレオチド配列と完全に同
じものを維持していることを意味するのであれば,原告の主張するよ
うに,当業者は不死化細胞系SW756においてL2遺伝子の完全性
が維持されているかどうか予測できないといえる。一方,「L2遺伝
子の完全性」が,L2遺伝子がウイルス粒子を形成するという機能を
維持したL2タンパク質をコードしている状態を意味するのであれ
ば,その状態は,当業者が予測し得たといえるものである。
さらに,上記③の点については,乙6の図1を参照すれば,原告が
技術常識4(ⅱ)として主張するように,不死化細胞系においては,H
PVの後期遺伝子(例えば,L1及びL2遺伝子)が,存在しなかっ
たり変異によって機能を失ったりすることにより,VLPを形成する
能力を有した状態で発現しなくてもその細胞が生存できるとしても,
SW756が含んでいるORFのL2と予測される部分が,その機能
を失うほどに変異していると予測する根拠はない。
以上のとおり,L2遺伝子が,機能的なL2タンパク質をコードす
るであろうことを,その当時の当業者が容易に予測し得たということ
は決していえるものではないという原告の主張は,当を得ないもので
ある。
e原告は,仮にSW756中にL2配列が存在するとしても,そのL
2配列が,機能的なHPV18のL2タンパク質をコードし,それに
よりVLPに基づくワクチンを製造するうえで有用であろうという
示唆は,引用例1に何ら示されていないと主張する。
しかし,引用例1の601頁左欄2ないし7行の記載によれば,同
じHPV18型に属するウイルスでも,ヌクレオチド配列の異なるサ
ブタイプではその性質に違いが生じることが考察されており,そし
て,L1及びL2タンパク質はウイルスカプシドタンパク質でウイル
ス粒子の表面を覆うものであるから,ウイルスに対する免疫反応を担
う抗体分子が結合すると考えられ,甲36にも「自己集合したL1粒
子及び自己集合したL1/L2粒子は共に,高い抗体価の中和抗体を
誘導し,したがってワクチン産生に適当であろう。」(10頁19∼
20行)と記載されているとおり,免疫予防のための良好な標的とし
て同定されている。
したがって,L2遺伝子がコードする機能的なL2タンパク質を含
むVLPがワクチン製造のための免疫源の候補となることも,当業者
であれば予測し得るというべきである。
以上のとおり,SW756中に存在する「L2配列が,機能的なH
PV18L2タンパク質をコードし,それによりVLPに基づくワ
クチンを製造するうえで有用であろうという示唆」が引用例1に明示
されていなくても,示唆がなされているに等しい状態であるといえる
から,原告の上記主張は失当である。
f原告は,引用例1には,本願発明が解決すべき課題,すなわちHP
V18のL1タンパク質と一緒にVLPを形成するとの観点から構
造上機能的なHPV18のL2を取得することについての記載も示
唆も一切ないと主張する。
しかし,前記aないしeで主張した本願優先日当時の技術常識を考
慮すれば,新たなサブタイプに由来するHPV18のL2遺伝子を取
得しようという課題は周知であったといえるから,引用例1には,H
PV18L1タンパク質と一緒にVLPを形成するとの観点から構
造上機能的な新たなHPV18のL2を取得することが示唆されて
いるというべきである。
したがって,原告の上記主張は失当である。
g原告は,「審決における当該箇所」では,引用例1に基づいて認定
した引用発明を,子宮頸癌由来の細胞系列であるSW756自体が周
知の臨床単離株であるとの単なる事実を組み合わせることで,本願発
明7−2の進歩性を判断しているにすぎず,結局,「審決における当
該箇所」には,当該発明が容易想到であると判断するために必要な「当
該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等」の存
在が証明されていないと主張する。
しかし,前記eのとおり,L1及びL2タンパク質は免疫予防のた
めの良好な標的として同定されており,また,後期遺伝子であるL1
及びL2のORFに対応する領域についても,ヌクレオチド配列の異
なる複数のサブタイプが存在することが広く知られており,新たなサ
ブタイプに由来するHPV18のL2遺伝子を取得しようという課
題は周知であったといえる。また,不死化細胞系列SW756が引用
例1に記載されたHPV18ゲノムとは異なるヌクレオチド配列を
有するHPV18ゲノムを含んでいることが引用例1には開示され
ていて,該SW756はL2領域を有している。さらに,L2遺伝子
が,機能的なL2タンパク質をコードするであろうことを,その当時
の当業者が容易に予測し得たとはいえないとの原告の主張は当を得
ないものであるから,SW756由来のHPV18型ゲノムのヌクレ
オチド配列を解析することは,当業者が容易に想到し得ることである
といえる。
以上のことは,引用例1の記載に本願優先日当時の周知技術を加味
したものであり,当業者であれば,「審決における当該箇所」の記載
から充分読み取れる範囲の事項であるというべきであるから,原告の
上記主張は失当である。
(ケ)原告の主張(ア)iにつき
原告は,甲36及び技術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)を示して技術常識4(ⅲ)
の存在を主張し,これに基づいて,当業者は,臨床サンプルの代わりに
不死化細胞系を使用することを動機付けられることは決してなく,当業
者が不死化細胞系を使用することに阻害要因が存在したと主張する。
しかし,原告が提出した証拠をみても,HPVのL2遺伝子をクロー
ニングするに際して,不死化細胞を用いることが不適切であることを明
確に記載したものはない。原告は,甲号証の記載から種々の論理を重ね
て技術常識4(ⅲ)を導き出しているが,その過程こそが後付けというべ
きである。したがって,原告主張の技術常識4(ⅲ)は,現時点で甲号証
の記載をみればそういえなくもないという程度のことにすぎず,本願の
優先日当時にそのような技術常識が存在していたということはできな
い。
また,原告のいう「臨床サンプル」とは,「臨床サンプルに代えて不
死化細胞系の使用」と述べており,引用例1で用いられた臨床サンプル
であるWV−341を想定していることから,浸潤性の癌のような状態
(悪性の状態)のサンプルを意味していると解される。しかし,甲36
における「最終的に分化した層」は,良性病変由来のものを意味してお
り,浸潤性の癌のような状態(悪性の状態)のサンプルを意味している
とはいえない。したがって,甲36の記載に基づき臨床サンプルの代わ
りに不死化細胞を使用することに関する原告の主張は失当である。
確かに,甲36によれば,良性病変においてウイルス粒子が産生され
ること,技術常識4(ⅰ)は,不死化細胞系は悪性の癌の状態と細胞が未
分化の状態に保たれる点で類似していること,技術常識4(ⅱ)は,不死
化細胞系においてはHPVの後期遺伝子がVLPを形成する能力を有
した状態で発現しなくてもその細胞が生存できることを示しているか
ら,これらの事実に基づくと,癌などの悪性病変や不死化細胞系よりも,
良性病変の方がウイルス粒子形成能を有するL2遺伝子を有している
可能性が高い,といえるかもしれない。しかし,良性病変に対するワク
チンではなく,癌などの悪性病変に対するワクチンを得るという目標か
ら考えれば,悪性病変に由来し,かつVLP形成能を維持しているL2
タンパク質をコードするL2遺伝子を求めて,悪性病変や不死化細胞系
に由来するL2遺伝子を得てみようと考えるであろうから,構造上機能
的なHPVのL1及びL2DNA配列を得る場合において,特に不死化
細胞系のみを避ける傾向にあったとまではいえないのであって,この点
からも,原告の主張する技術常識4(ⅲ)の存在を認めることはできな
い。
そして,前記のとおり,不死化細胞系のL2遺伝子が機能的なL2タ
ンパク質をコードするであろうことを,当業者が容易に予測し得なかっ
たとはいえない。
したがって,技術常識4(ⅲ)に基づき,当業者が不死化細胞系を使用
することに阻害要因が存在したという原告の主張は失当である。
イ原告の主張(イ)につき
前記のとおり,そもそも技術常識3が正しいことを前提とする原告の主
張は失当である。
また,本願明細書において,本願発明7−2のL2DNA分子によって
コードされるL2タンパク質が,L1タンパク質と一緒にVLPを形成し
得るかどうかは確認されていない。この点で,引用発明と本願発明7−2
に差異はない。
そして,技術常識2が正しいとすれば,引用例1に記載のL1及びL2
の配列がVLP形成の観点から機能的であることが確認されているかど
うかにかかわらず,本願発明7−2がコードするL2タンパク質は,由来
を同じくする,臨床単離株SW756のL1タンパク質と一緒にVLPを
形成でき,ウイルスのカプシド構造を構成し,そのVLPの表面において,
L2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供すると期
待されるものであるから,原告の主張は失当であり,審決に誤りはない。
(3)取消事由3に対し
ア原告は,甲17に基づき,「L2タンパク質はL1タンパク質と会合し
ていることが確認されている」及び「本願発明のHPV18型のL1タン
パク質及びL2タンパク質が一緒になってVLPが形成することが,透過
型電子顕微鏡により実際に確認される」と主張している。
しかし,これらの効果は,原告の主張する技術常識2によれば当然予想
されるものであって,当業者の予測し得る範囲を超えるものではなく,進
歩性の存在を肯定的に推認できるほどの顕著な効果が奏されているとは
いえない。
また,原告は,甲17に基づき,「本願発明のL1タンパク質及びL2
タンパク質からなるVLPは,ネイティブのウイルスと同様にC33A
(ヒト子宮頸部上皮細胞株)に感染することも確認されたのである」及び
「C33Aへの感染がHPV18型特異的抗体によって阻害されること
が確認された。」と主張する。
しかし,本願明細書には,L1タンパク質及びL2タンパク質からなる
ウイルス様粒子(VLP)を含むワクチンが記載されているものの(請求
項10),当該VLPがワクチンとして実際に機能することはもとより,
C33Aに感染したり,その感染がHPV18型特異的抗体によって阻害
されたりするという実験結果も示されていない。当該VLPがC33Aに
感染したり,その感染がHPV18型特異的抗体によって阻害されたりす
るという結果は,本願優先日当時の技術常識に基づいて予測される範囲を
超えるものであるから,本願明細書の記載から直ちに推測できるものとは
いえず,原告が主張する効果は,本願明細書の記載に基づかないものであ
る。
さらに,原告は,「本実験は,本願発明におけるL2タンパク質が本願
発明におけるL1タンパク質とともに,より真実のウイルスに近い立体構
造を有するVLPを形成することを実証したものである。」と主張する。
しかし,甲17には,「HPV18型特異的抗体」が認識するエピトー
プ部位が,L1タンパク質により構成されるものなのか,L2タンパク質
により構成されるものなのか,L1タンパク質及びL2タンパク質の両者
によって構成されるものなのかは示されていないし,L1タンパク質のみ
によって構成されるVLPと,L1タンパク質及びL2タンパク質の両者
によって構成されるVLPとで,C33Aへの感染や抗体による阻害の程
度に差があるのかどうかも示されていない。
よって,本願発明7−2に係るDNA分子によってコードされるL2タ
ンパク質が存在することによって,L1タンパク質のみによって構成され
るVLPよりも,より真実のウイルスに近い,つまり感染能や抗体による
阻害の程度がより大きいVLPが得られるのかどうかは明らかにされて
いないから,原告の上記主張は失当である。
イ原告は,本願発明7−2に係るDNA分子によってコードされるL2タ
ンパク質の顕著な効果として,「VLPにおいて,L1タンパク質のみな
らず,少なくとも1個の免疫原性エピトープを有するL2タンパク質を組
み合わせることにより,より真正のウイルスに近いVLPが形成され得
る」と主張する。
しかし,そもそも,本願発明7−2はL2タンパク質をコードするDN
A分子であって,L2タンパク質及びL1タンパク質からなるVLPの奏
する効果は本願発明の効果を示すものではなく,当該効果に関する原告の
主張は,請求項の記載に基づかないものである。
また,原告の当該主張の根拠は,本願明細書,技術常識2及び甲16に
おける一般的な記載であるが,いずれも本願発明7−2に係るDNA分子
によってコードされるL2タンパク質固有の性質は示されていないから,
その効果の程度は当業者の予測し得る範囲を超えるものではなく,進歩性
の存在を肯定的に推認できるほどの顕著な効果が奏されているとはいえ
ない。
ウ以上のとおり,本願発明7−2に係るDNA分子及び該DNA分子によ
ってコードされるL2タンパク質のいずれも,予測し得ない顕著な効果を
奏するとはいえず,審決に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2容易想到性の有無
審決は,本願発明(請求項7)は引用発明(甲1)に基づいて当業者(その
発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に想到できる
とし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。
(1)本願発明の意義
ア・【請求項7】(本願発明)の記載は,前記第3,1(2)記載のとおりで
ある。
イ本願明細書(公表特許公報,甲2)には,次の記載がある。
・[発明の分野]
(ア)「本発明は,精製されたヒトパピローマウイルス18型をコードする
DNA分子及びその誘導体に関する。」(5頁4∼5行)
・[発明の背景]
(イ)「パピローマウイルスは小さく(50−60nm),エンベロープを
有せず,正二十面体のDNAウイルスであって,8個までの初期遺伝子
と2個の後期遺伝子をコードする。このウイルスゲノムの読取り枠(O
RF)はE1∼E7,L1,L2と命名されている(“E”は初期(early),
“L”は後期(late)を指す)。L1とL2はウイルスカプシドタンパク
質をコードする。初期(E)遺伝子は,ウイルス複製と細胞の形質転換
などの機能に関連している。」(6頁7∼12行)
(ウ)「L1タンパク質は主要カプシドタンパク質であり,分子量55−6
0kDaを有する。L2タンパク質は少量のカプシドタンパク質であ
り,予測分子量55−60kDaを有し,ポリアクリルアミドゲル電気
泳動により測定された見掛けの分子量75−100kDaを有する。免
疫学的データによると,ウイルスキャプソメア内でL2タンパク質の大
部分はL1タンパク質より内側にあることが示唆される。」(6頁13
∼19行)
(エ)「L1遺伝子とL2遺伝子は免疫予防のための良好な標的として同定
されている。綿尾ウサギパピローマウイルス(CRPV)とウシパピロ
ーマウイルス(BPV)系での研究により,細菌で,又はワタシニアベ
クターを使用して発現されたL1及びL2タンパク質による免疫化は
ウイルス感染から動物を防御することが知見された。バキュロウイルス
発現系で,又はワクシニアベクターを使用してのパピローマウイルスL
1遺伝子の発現により,ウイルス様粒子(VLP)のアッセンブリーが
起り,それを使用して,ウイルス攻撃からの防御と関連する高力価のウ
イルス中和抗体反応を誘起できた。」(6頁21行∼7頁1行)
・[発明の詳細な説明]
(オ)「本発明は,精製されたヒトパピローマウイルス18型(HPV18
型;HPV18)をコードするDNA分子及びその誘導体に関する。こ
のような誘導体には,該DNAによってコードされたペブチド及びタン
パク質,該DNAに対する抗体又は該DNAによってコードされたタン
パク質に対する抗体,該DNAを含むワクチン又は該DNAによってコ
ードされたタンパク質を含むワクチン,該DNA又は該DNAによって
コードされたタンパク質を含む免疫的組成物,該DNA又は該DNA由
来のRNA又は該DNAによってコードされたタンパク質を含むキッ
トがあるが,これらに限定されない。」(7頁17∼24行)
(カ)「本発明の精製されたHPV18DNA又はそのフラグメントを使用
し,他の起源からのHPV18の同族体及びフラグメントを単離精製で
きる。これを達成するために,適切なハイブリダイゼーション条件下に
最初のHPV18DNAをHPV18の同族体をコードするDNAを
含むサンプルと混合できる。ハイブリダイズしたDNA複合体を単離
し,同族体DNAをコードするDNAをそこから精製できる。」(9頁
20∼25行)
・[実施例1]
(キ)「HPV18ゲノムのクローニング
全ゲノムDNAを標準的技術によりヒト子宮頚がん腫由来細胞系列
SW756から調製した(Freedman,R.S.ら,1982,InVitro,Vol18,
719-726頁)。該DNAをEcoRIで消化し,0.8%低融点アガロ
ース分取ゲルで電気泳動を行った。約12kbpの長さのDNAフラグ
メントに対応するゲルスライスを切出した。アガロースをAgaraseTM
酵素
(BoehringerMannheim,Inc.)で消化し,サイズ分画されたDNAを沈殿
させ,脱リン酸化し,EcoRI消化ラムダEMBL4アーム
(Stratagene,Inc.)と連結させた。ラムダライブラリーをGigapaclII
Goldpackagingextract(Stratagene,Inc.)を用いてパックした。鋳
型としてのSW756DNA及び公表されたHPV18L1DNA配
列(ColeとDanos,1987,J.Mol.Biol.,Vol.193;599-608:Genbank
Accessin#X05015)に基づき設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
を用いポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により産生された700bpの
HPV18L1DNAプローブを使用して,HPV18−陽性クローン
を同定した。12kbpのEcoRIフラグメント挿入配列を含み,#
187−1と命名したHPV18−陽性ラムダクローンを単離した。」
(19頁12∼27行)
・[実施例5]
(ク)「HPV18L2のヌクレオチド配列と推定aa配列はクローン#1
87−1とp195−11のコンセンサス配列から得られるが,それを
図3に示す。L2ヌクレオチド配列と公表されているHPV18配列
(Genbank受託番号#X05015)の比較により,1389bpのう
ち40bpの変化が同定された。塩基対の差異によりaaレベルで14
個の変化が起る:aa29でのP→S,aa33でのP→N,aa17
7でのA→S,aa266でのD→E,aa270でのD→N,aa3
46でのD→G,aa355でのM→I,aa359でのV→M,aa
365でのS→P,aa369でのF→S,aa371でのF→V,a
a372でのF→S,aa373でのK→T,及びaa409でのS→
P。」(24頁13∼22行)
・[実施例13]
(ケ)「酵母におけるHPV18L1及びL2の発現
プラスミドp191−6(pGAL1−10+HPV18L1)及び
p195−11(pGAL1−10+HPV18L1+L2)を用いて
S.cerevisiae株#1558(MATa,leu2−04,prb1::
HIS3,mnn9::URA3,adel,cir0
)を形質転換させた。
クローン化単離株を,2%ガラクトースを含むYEHD培地中で30℃
で88時間増殖した。細胞回収後,細胞ペレットをガラスビーズで破壊
し,イムノブロット分析によって細胞溶解液を,HPV18L1及び/
又はHPV18L2タンパク質発現があるかどうかを解析した。全細胞
タンパク質25μgを含むサンプルを,変性条件下10%Tris-グリシ
ンゲル(Novex,Inc.)で電気泳動を行い,ニトロセルロースフィルター
に電気ブロットした。第一次抗体としてtrpE−HPV11L1融合
タンパク質に対するウサギ抗血清(Brownら,1994,Virology
201:46-54),第二次抗体として西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)
結合ロバ抗ウサギIgG(Amersham,Inc.)を用いて,L1タンパク質
を免疫検出した。化学発光ECLTM
検出キット(Amersham,Inc.)を用
いてフィルターの処理を行った。50−55KDaのL1タンパク質バ
ンドは,L1及びL1+L2共発現酵母クローン(それぞれ1725株
及び1727株)の両方で検出され,陰性対照(L1遺伝子もL2遺伝
子も含まないpGAL1−10)では検出されなかった(図4)。
第一抗体としてtrpE−HPV18L2融合タンパク質に対して
作製されたヤギポリクローナル抗血清,次にHPR結合ウサギ抗ヤギI
gG(KirkegaardandPerryLaboratories,Gaithersburg,MD)を用い
るウエスタン分析によって,HPV18L2タンパク質を検出した。フ
ィルターを上記のように処理した。L1+L2共発現酵母クローン(1
727株)で75kDaタンパク質バンドとしてL2タンパク質は検出
されたが,陰性対照でもL1発現クローンでも検出されなかった(図
5)。」(30頁25行∼31頁23行)
・[実施例16]
(コ)「電子顕微鏡研究
EM分析のために(StructureProbe,WestChester,PA),各サンプ
ルのアリコートを200メッシュの炭素被覆の銅グリッドの上に置い
た。2%リンタングステン酸(PTA),pH7.0の一滴をグリッド
上に20秒間置いた。グリッドを風乾し,次に透過型EM試験を行った。
加速電圧100kVでJEOLI00CX透過型電子顕微鏡(JEOL
USA,Inc.)を用いて,全ての顕微鏡観察を行った。顕微鏡写真の倍率は
100,000倍である。HPV18L1発現プラスミドを有する酵母
サンプルで直径50−55nmサイズ範囲のウイルス様粒子が観察さ
れた(図6)。VLPは,酵母対照サンプルでは観察されなかった。」
(35頁16∼22行)
ウ上記記載によると,本願発明は,精製されたヒトパピローマウイルス1
8型をコードする後期遺伝子であるL1及びL2DNA分子に関し,該D
NAによってコードされたペブチド及びタンパク質,該DNAに対する抗
体又は該DNAによってコードされたタンパク質に対する抗体,該DNA
を含むワクチン又は該DNAによってコードされたタンパク質を含むワ
クチン,該DNA又は該DNAによってコードされたタンパク質を含む免
疫的組成物等の形成を目的とする発明であって,特に,二者択一の選択肢
として含まれている本願発明7−2は,ヒト子宮頸がん腫由来細胞系列S
W756から単離精製された配列番号3で表されるヌクレオチド配列か
らなるヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子,という発明であ
ると認めることができる。
(2)引用発明の意義
ア引用例1(甲1)には,次の記載がある(ただし,すべて和訳による。)。
(ア)「ヒトパピローマウイルス18型ゲノムのヌクレオチド配列及び比較
解析」(表題)
(イ)「M13ショットガンクローニング法によって決定された,HPV1
8ゲノム(Boshart他,1984年)の統合されたバージョンの
完全配列は,主な読み取り枠(ORF)の推定産物と共に図1(Fig.1)
に示されている。」(原文600頁右欄22∼27行)
・【図1】HPV18の完全なヌクレオチド配列
(ウ)「8つの主要なORFは同じ鎖上に位置しており,ゲノムの主な特性
は表1(Table1)に要約されている。」(原文600頁右欄32∼3
5行)
・【表1】HPV18ゲノムの主要な特性
(エ)「子宮頸癌に由来するいくつかの細胞株で,HPV18特異的な転写
産物が検出されている。最近,いくつかのcDNAクローンが,HeL
a,C4−1及びSW576細胞から得られており(Schneider-Gadicke
&Schwarz,1986),対応する配列が利用できることは,我々に,独立
した起源のHPV18の様々な組み込まれた形の一次構造を比較する
ことを可能にした。E6及びE7のORFに対応する領域に,5つの違
いが検出され,4つはトランジション(訳注:プリン塩基(アデニン,
グアニン)→プリン塩基の変化又はピリミジン塩基(シトシン,チミン)
→ピリミジン塩基の変化)に,1つはトランスバージョン(訳注:プリ
ン塩基→ピリミジン塩基の変化又はピリミジン塩基→プリン塩基の変
化)に対応する(表2)。」(原文600頁右欄48行∼601頁左欄
1行。訳文は乙5)
(オ)「興味深いことに,組み込まれたウイルスゲノムでは,E6のATG
開始コドンに先行するチミジン残基がシトシンに変化していた。これに
よって,より良い翻訳開始シグナルが作り出され(Kozak,1986),こ
れらの細胞株においてはより多量に対応するポリペプチドが産生され
ることを示唆する。」(原文601頁左欄2∼7行。訳文は乙5)
イ上記記載によれば,引用例1には,M13ショットガンクローニング法
によって決定された「図1の4244番目のヌクレオチドから5632番
目のヌクレオチドで示される1389bpのヌクレオチド配列を含むヒ
トパピローマウイルス18型のL2DNA分子。」という発明が記載され
ていることが認められる。
また,上記ア(エ)の記載によれば,引用例1には「子宮頸癌由来の不死
化細胞系列であるSW−756」が記載されていると認められ,(なお,
引用例1における「SW576細胞」は「SW756細胞」の誤記である
認められる。),また上記ア(オ)の記載によれば,引用例1においては,
同じHPV18型に属するウイルスでも,ヌクレオチド配列の異なるサブ
タイプではその性質に違いが生じることが考察されていることが認めら
れる。
(3)原告主張の取消事由に対する判断
ア取消事由1(相違点(1)についての認定の誤り)について
(ア)原告の主張(ア)①につき
本願発明7−2のヌクレオチド配列と引用発明のヌクレオチド配列
との相違する塩基対の数が39bpではなく40bpであることは当
事者間に争いがない。したがって,相違する塩基対の数について「13
89bpのうち39bpが相違している」とする審決の相違点(1)の認
定に誤りがあることは事実である。
しかし,上記認定の誤りは,塩基対の数をわずか1bp数え間違った
ものにすぎない。そして,審決が対比し,相違点(1)を認定しようとし
ているのは,SW756に由来する本願発明のL2DNA分子と,WV
−341に由来する引用発明のL2DNA分子についてであり,審決は
両者の塩基配列が一部相違していることを説明するために,相違する塩
基対の数を記載したにすぎず,記載したbp数が誤認により1bp異な
っていたことは,審決の相違点(1)の認定自体における大きな問題とは
いえない。したがって,塩基対の数を1bp数え間違った点は,相違点
(1)に関する進歩性の判断に影響を与えるものとはいえないから,審決
の相違点(1)の認定に上記のような誤りがあったとしても,そのことは
審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(イ)原告の主張(ア)②につき
本願発明7−2のヌクレオチド配列と引用発明のヌクレオチド配列
との間の塩基対の相違に伴い14個のアミノ酸が相違し,その中で,4
個の相違がプロリンに関するものである点は当事者間に争いがない。
本願明細書(甲2)の記載(前記(1)イ(ク))によれば,アミノ酸配列
の29,33,365,409の位置でプロリンが相違していることが
認められる。
しかし,アミノ酸の相違がタンパク質の機能に大きな影響を与えるか
否かは,着目する機能の種類,タンパク質の分子における変異の部位,
どのアミノ酸からどのアミノ酸に変異しているか,などによって異なる
と考えられるから,プロリンに関して4個の相違があることのみを根拠
として,タンパク質の機能の相違を論じることは技術的に見て適当では
ないというべきである。
(ウ)原告の主張③につき
a甲9(「GENESIV;1990,OxfordUniversityPress」)には,
次の記載がある。
「例外的なアミノ酸はプロリンであり,プロリンにおいてはアミノ基
の窒素原子が環の中に取り込まれている。結果として,プロリン残基
はポリペプチド鎖の向きを鋭く変化させ,図1.6に示すようにポリペ
プチドの主鎖の通常の構造を乱すこととなる。したがって,プロリン
の存在は,いかなる規則的な繰り返し構造の形成を乱すのである。」
(訳文による。6頁24∼30行)
b上記記載によれば,原告の主張する技術常識1のうち,「プロリン
は,アミノ酸の中で環状構造をとる唯一のアミノ酸であり,該環状構
造をとるプロリンがアミノ酸配列中に入ることにより,ねじれやター
ンに影響を及ぼし,その結果,立体構造が変化する可能性がある」こ
とが本願優先日当時(1995年〔平成7年〕3月22日)の技術常
識であることが認められる。
しかし,アミノ酸の相違によって生じる立体構造の変化の大小は,
相違しているアミノ酸の種類や位置とタンパク質の全体構造との関
係を解析したり,実際にタンパク質を発現させて確認したりしなけれ
ば知ることができない。つまり,原告の主張する技術常識1にいうよ
うに立体構造が必ず「大きく」変化することが当業者の技術常識と認
めることはできず,単にタンパク質の立体構造に影響を与える可能性
が高いという程度にすぎないというべきである。
したがって,上記技術常識をもってしても,タンパク質中の全ての
プロリン残基が必ずポリペブチド鎖のねじれやターンに影響を及ぼ
し,その結果,必ずタンパク質の立体構造に大きな影響を与えるとま
ではいえず,本件全証拠を精査してもそのような知見は認められない
から,この点に関する原告の主張は採用することができない。
(エ)原告の主張④につき
原告の主張④の点については,上記③の点について述べたとおり,プ
ロリンに関する4個の相違に起因して,本願発明7−2と引用発明のそ
れぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が立
体構造上の相違を示す可能性はあるが,実際に両者の立体構造の相違が
示されているわけではなく,両者が著しい立体構造上の相違を示すとい
う事実が見出されているとは認められない。したがって,この点に関す
る原告の主張は採用することができない。
(オ)仮に,プロリンがアミノ酸配列中に入ることによりねじれやターンに
影響を及ぼしその結果立体構造が大きく変化するという原告の主張が
正しいとしても,上記主張は本願発明7−2と引用発明がコードするタ
ンパク質に関する主張にすぎないところ,本願発明7−2はあくまでも
DNA分子そのものに関する発明であって,DNA分子がコードするタ
ンパク質は発明を特定するための事項には含まれない。このことは,た
とえ本願発明の目的が,原告が主張するように,HPV18L1タンパ
ク質とVLPを形成するという観点から,構造上機能的なHPV18L
2の配列を得ることであったとしても,本願発明7−2はL2DNA分
子という物の発明であるから,そのことは発明を特定するための事項に
は含まれないというべきである。
したがって,該DNA分子がコードするタンパク質と引用発明がコー
ドするタンパク質が立体構造上の相違を示すか否かは,本来本願発明7
−2の進歩性の判断に影響を与える事項ではないというべきである。
以上のとおり,相違点(1)の認定に誤りがあるとの原告の上記主張は
採用することができない。
イ取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(ア)原告の主張(ア)aにつき
a原告は,審決が相違点(1)について誤って認定した事実に基づいて容
易想到性を判断したと主張するが,前記アのとおり,相違点(1)に関
する審決の認定に誤りはないから,原告の上記主張は採用することが
できない。
bまた,本願発明のL2DNA分子と引用発明のL2DNA分子との
間に,40bpの相違があることや4つのプロリンの相違があること
などは,本願発明のL2DNA分子の配列が決定されて初めて知るこ
とができる事項であり,引用例1の記載からは知ることができない
し,そもそも,両者の間に「著しい立体構造の相違」があることを認
めるに足りる証拠はない。
したがって,本願発明のL2配列と引用発明のL2配列,それぞれ
によってコードされるL2タンパク質の間に「著しい立体構造の相
違」があることを前提として,審決の引用発明に基づく容易想到性の
判断の誤りを主張する原告の主張は採用することができない。
c技術常識2が,本願優先日(1995年〔平成7年〕3月22日)
当時の技術常識であることは,当事者間に争いがない。
原告は,審決が本願優先日当時の技術常識2を看過し,本願発明7
−2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされ
るL2タンパク質が著しい立体構造の相違を示すことや,①L2タン
パク質がL1タンパク質と一緒に立体構造上うまく会合してVLP
を形成できるかどうかという点,及び,②仮にそのVLPが形成でき
たとしても,その表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免
疫原性エピトープを提供できるかどうかという点について全く考慮
しないで容易想到性を判断したと主張する。
しかし,技術常識2は,HPVに属するL2タンパク質の構成やそ
のもたらす作用に関する技術的事項であるところ,本願発明7−2は
あくまでもDNA分子そのものに関する物の発明であるから,その進
歩性の有無はそのようなDNA分子に到ることが容易か否かで判断
されるべきものである。すなわち,ここでは,本願発明7−2である
DNA分子をクローニングすることが引用発明との関係において容
易想到か否かが問題となるにすぎないところ,そのDNA分子がコー
ドするタンパク質の特徴に関する技術常識2の存在が,そのタンパク
質をコードする本願発明7−2であるDNA分子のクローニングを
困難にするとの証拠はないから,技術常識2は,本願発明7−2の進
歩性の判断に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。
dまた,原告の主張は,本願発明においては,L2タンパク質がL1
タンパク質と一緒に立体構造上うまく会合してVLPを形成でき,そ
の表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピト
ープを提供できることを前提とするものであるが,本願明細書の記載
を精査しても,実施例13においてL1タンパク質及びL2タンパク
質がそれぞれ発現していることは確認できるものの,さらに進んで,
本願発明7−2のL2DNA分子によってコードされるL2タンパ
ク質がL1タンパク質と一緒にVLPを形成し得ること,及びその表
面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープ
を提供できることを確認できる記載は見当たらない。この点に関し,
原告は,本願発明が,HPV18型のヒト子宮頸癌腫由来細胞系列S
W756由来のHPV18型ゲノムのヌクレオチド配列を解析し,そ
の結果,米国及び欧州で最初に承認された極めて医学的貢献度の高い
子宮頸癌ワクチンに含まれるVLPを形成する,HPV18型のL1
タンパク質とともにVLPを形成し得るL2タンパク質を見出した
ものであることは甲17によって実証されている旨主張するが,甲1
7は本願優先日以後の平成22年(2010年)6月に作成された研
究者の宣誓供述書にすぎず,しかも本願明細書に記載されていない技
術的事項が多く含まれているから,甲17の記載をもって本願発明の
内容を論じる原告の上記主張は失当である。
以上のとおり,審決が本願優先日当時の技術常識2を看過して容易
想到性を判断したとの原告の上記主張は採用することができない。
(イ)原告の主張(ア)bにつき
原告は,引用例1(甲1)においては,引用発明であるHPV18型
のL2のヌクレオチド配列及びその推定アミノ酸配列が記載されてい
るだけで,それがVLP形成能を有するかどうかという機能に関するデ
ータは何ら記載も示唆もされていないから,技術常識3を考慮すれば,
引用例1における記載に基づいては,本願優先日当時において,引用発
明であるL2ヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質
が,L1タンパク質と一緒にVLPを形成し得るかどうかについて当業
者が予測することは極めて困難であり,まして本願発明7−2のL2D
NA分子によってコードされるL2タンパク質に容易に想到し得たと
いうことはできない旨主張する。
確かに,引用例1には,引用発明のL2配列がコードするタンパク質
がVLP形成能を有するかどうかという「機能に関するデータ」は明ら
かにされていない。しかし,前記(ア)dで認定したとおり,本願明細書
の記載を精査しても,本願発明7−2のL2DNA分子によってコード
されるL2タンパク質がL1タンパク質と一緒にVLPを形成し得る
こと,及びその表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原
性エピトープを提供できることを確認できる記載は見当たらない。すな
わち,本願明細書にも「機能に関するデータ」は記載されていないので
ある。
したがって,仮に原告の主張する技術常識3が本願優先日当時の技術
常識として存在していたとしても,引用例1についてのみ技術常識3を
適用し,審決の判断の誤りを主張する原告の上記主張は採用することが
できない。
また,前記(ア)cで認定したとおり,本願発明7−2はあくまでもD
NA分子そのものに関する物の発明であるから,その進歩性の有無はそ
のようなDNA分子に到ることが容易か否かで判断されるべきもので
あるところ,技術常識3は,技術常識2と同様,そのDNA分子がコー
ドするタンパク質の特徴に関する技術常識にすぎないから,そもそも技
術常識3を看過して容易想到性を判断したとする原告の上記主張は失
当であり,採用することができない。
(ウ)原告の主張(ア)cにつき
原告は,技術常識3に鑑みれば,当業者は,引用例1に記載されたL
2ヌクレオチド配列を変化させて,本願発明7−2に係るL2ヌクレオ
チド配列に想到することを動機付けられるものでないと主張する。
しかし,技術常識3を前提とする原告の主張が失当であることは,上
記(イ)で述べたとおりである。
(エ)原告の主張(ア)dにつき
原告は,引用例1に記載のL1及びL2の配列が,本願優先日当時の
みならず現在に至っても,本願発明におけるL1及びL2の配列と同様
に,VLP形成の観点から機能的であることは何ら知られていないと主
張する。
しかし,前記(イ)のとおり,そもそも本願明細書にも「機能に関する
データ」は記載されていないのであるから,原告の上記主張はその前提
において誤っており,採用することができない。
(オ)原告の主張(ア)eにつき
この点に関する原告の主張は,「『より現実のウイルスに近いウイル
ス様粒子』の形成に,本願発明7−2のL2DNA分子によってコード
されるL2タンパク質がどの程度寄与しているのかが明らかにされて
いない。」(審決3頁37行∼4頁2行)との審決の認定を論難するも
のであるが,本願明細書を精査しても,「『より現実のウイルスに近い
ウイルス様粒子』の形成に,本願発明7−2のL2DNA分子によって
コードされるL2タンパク質がどの程度寄与しているのか」に関する記
載の存在を認めることはできないから,上記審決の認定に誤りはなく,
この点に関する原告の主張は採用することができない。
(カ)原告の主張(ア)fにつき
この点に関する原告の主張は,「L2タンパク質については,その取
得の困難性についても,顕著な効果を奏するかどうかについても,具体
的な主張がなされていない」(審決4頁14∼17行)との審決の認定
を論難するものであるが,この審決の記載は平成21年4月7日付け回
答書(甲7)における原告に主張に対応するものであるところ,同回答
書には,L2タンパク質についての取得の困難性やその顕著な効果につ
いて具体的な主張がなされていないことは事実であるから,原告の上記
主張は理由がなく,採用することができない。
(キ)原告の主張(ア)gにつき
原告は,審決が「本願発明7−2のL2DNA分子によってコードさ
れるL2タンパク質がどの程度寄与しているのかが明らかにされてい
ない。」(審決4頁16∼19行)と判断したことに関し,技術常識2
によれば,L1タンパク質と共にVLPを形成することができるL2タ
ンパク質を見出すことで,より「現実のHPV18型により近いウイル
ス様粒子が提供可能」となることは当業者にとっては十分に理解可能で
あると主張する。
しかし,前記(オ)のとおり,本願明細書に,「『より現実のウイルス
に近いウイルス様粒子』の形成に,本願発明7−2のL2DNA分子に
よってコードされるL2タンパク質がどの程度寄与しているのか」に関
する記載はないのであるから,審決の判断に誤りはなく,原告の上記主
張は採用することができない。
(ク)原告の主張(ア)hにつき
a技術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)②が本願優先日当時の技術常識であった
こと,並びに技術常識4(ⅱ)①に関し,不死化細胞系においては,H
PVの後期遺伝子(例えば,L1及びL2遺伝子)が存在しなかった
り変異によって機能を失ったりすることにより,VLPを形成する能
力を有した状態で発現しなくてもその細胞が生存できることについ
ては当事者間に争いがない。
b原告は,技術常識4(ⅱ)①に関し,不死化細胞系においてHPVの
後期遺伝子(例えば,L1及びL2遺伝子)の完全性が維持される必
要がなく,HPVの後期遺伝子における変異は,その細胞が生存する
能力に対し何らの影響もしないことが,本願優先日当時の技術常識で
あったと主張する。
しかし,仮に原告の上記主張が技術常識と認められるとしても,原
告の提示する甲24の2ないし甲32,甲37(各種文献)には,不
死化細胞系であれば後期遺伝子の不存在(欠失)や後期遺伝子部分に
おける大きな変異のような,L1やL2タンパク質の機能が失われる
ような変異が必ず起こっているという事実は示されておらず,またそ
のような変異が必ず起こることが本願優先日当時の技術常識である
ともいえない。
かえって,細胞増殖の際の遺伝子の複製において,塩基配列に起こ
る変異は不規則であるから,不死化細胞系であっても,後期遺伝子の
特定配列が維持されている場合と変異が起こっている場合とがある
と考えられる。つまり,L2遺伝子に変異が起こる可能性があること
と,L2遺伝子が実際に変異することとは区別されるべきであり,L
2遺伝子の完全性が維持される必要がないことと,L2遺伝子が変異
してL2タンパク質が機能を失うこととは必ずしも同じではない。
したがって,技術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)が本願優先日当時の技術常識
であったとしても,そのことから,直ちに原告が主張するところの技
術常識4に基づく各知見が導かれると認めることはできない。すなわ
ち,被告が主張するように,例えば技術常識4に基づく知見①につい
ては,技術常識4(ⅰ)①から「樹立細胞系は不死であり,かつ,分化
しない」とはいえても,そのような細胞が「実際には後期タンパク質
を生産しない」ことや「後期タンパク質が発現するには,分化が必要
とされる」ことが本願優先日当時の技術常識であるとはいえず,また,
そのように認めるに足りる証拠もないというべきである。
したがって,この点に関する原告の主張は採用することができな
い。
c原告は,技術常識4に基づく各知見からすれば,「審決における当
該箇所」(審決3頁7∼22行)は,当業者が臨床サンプルであるW
V−341の代わりに子宮頸癌由来の不死化細胞系列であるSW−
756を使用するという示唆等が存在したことを何ら証明していな
いことが明らかである,したがって,本願優先日当時の技術常識4
(ⅰ)及び(ⅱ)を考慮すれば,単に子宮頸癌サンプルから不死細胞系が
作製されたからといって,①そのような細胞系がHPV18のL2遺
伝子を含むであろうこと,②もしその細胞系がHPV18のL2遺伝
子を含むとした場合,L2遺伝子の完全性は維持されていたであろう
こと,及び③そのL2遺伝子(もし存在するとした場合)が,適切な
転写物のサイズで発現され,かつ,VLPを形成することができる,
機能的なL2タンパク質をコードするであろうことを,その当時の当
業者が容易に予測し得たということは決していえるものではないと
主張する。
しかし,そもそも技術常識4(ⅰ)及び(ⅱ)から原告の主張する技術
常識4に基づく各知見が直ちに導き出されるものでないことは上記
bで述べたとおりである。
また,前記(2)ア(エ)によれば,引用例1には,E6およびE7に
ついてではあるが,子宮頸癌に由来するいくつかの異なる細胞株の遺
伝子領域のヌクレオチド配列を解析し,一次構造を比較,研究するこ
とに関して記載されていることが認められる。すなわち,分子生物学
におけるウイルス研究においては,ここに記載されるような,異なる
細胞株の特定の領域の遺伝子配列を解析し,比較するような研究を行
うことは,引用例1が刊行された時点(1987年〔昭和62年〕当
時)において既に知られていたと考えられる。
そして,ウイルスに感染した細胞から不死化細胞系として確立する
過程での継代培養において,遺伝子が不規則に変異することは起こり
得るが,必ずL2遺伝子の部分に変異が起こるという証拠はない。
また,L2遺伝子の部分に変異が起こった場合であっても,その変
異によって,コードされるL2タンパク質の機能が維持される場合と
機能が失われる場合とがあると考えられるところ,ある不死化細胞系
において発現していない遺伝子のコードするタンパク質の機能が維
持されているか否かは,当該遺伝子を解析し,タンパク質を発現させ,
その機能を確認してみて初めて分かることであるから,当業者はその
ことを知るために当該遺伝子の解析,発現等を試みると考えられる。
そして,研究対象の細胞としての臨床サンプルと不死化細胞系とを
比較した場合,両者それぞれに長所と短所とがあるといえるから,入
手の容易性や取扱いのし易さなどの点で不死化細胞系に長所がある
と考えれば,当業者は不死細胞系を研究対象として検討するであろう
と推認される。
したがって,上記「審決における当該箇所」に記載されているよう
に,引用例1に接した当業者は,そこに記載されている臨床サンプル
であるWV−341の代わりに,周知の臨床単離株である子宮頸癌由
来の不死化細胞系列であるSW−756のヌクレオチド配列の解析
を容易に想到しうるものと認めるのが相当である。
d原告は,上記「審決における当該箇所」には,当該発明が容易想到
であると判断するために必要な「当該発明の特徴点に到達するために
したはずであるという示唆等」の存在が証明されていないと主張す
る。
しかし,前記のとおり,分子生物学におけるウイルス研究において
は,異なる細胞株の特定の領域の遺伝子配列を解析し,比較するとい
った研究を行うことは1987年(昭和62年)には知られているこ
とから,そのような研究は本願優先日当時(1995年〔平成7年〕
当時)においては一般的であり,HPV18型に関連するヒト子宮頸
癌腫由来細胞においても同様と考えられる。そして,L2遺伝子はE
6,E7遺伝子と同様に,引用例1にORFの1つとして明記されて
いるのであるから,当業者は引用例1の記載から,引用例1に具体的
に示されているORFについて,異なるサブタイプの配列が存在する
ことを期待して,他の公知の細胞株を研究対象として解析してみよう
という示唆を得ることができる。そうであれば,当業者は,そのよう
な示唆に基づき,引用例1のWV−341と同じくヒト子宮頸癌腫由
来細胞であって,入手可能な公知の細胞であるSW756のL2遺伝
子を解析しようとすると考えられるから,原告の上記主張は採用する
ことができない。
(ケ)原告の主張(ア)iにつき
原告は,VLPの形成という観点から構造上機能的なHPVのL1及
びL2DNA配列を得る場合において,当業者は臨床サンプルの代わり
に,不死化細胞系の使用を避ける傾向にあった(技術常識4(ⅲ))と主
張する。
しかし,原告が提出した証拠によっても,HPVのL2遺伝子をクロ
ーニングするに際して,不死化細胞を用いることが不適切であることを
明確に記載したものはない。
また,前記(ク)bで判断したとおり,不死化細胞系であれば後期遺伝
子の不存在(欠失)や後期遺伝子部分における大きな変異のような,L
1やL2タンパク質の機能が失われるような変異が必ず起こっている
という証拠は示されておらず,またそのような変異が必ず起こることが
本願優先日当時の技術常識であるともいえない。
したがって,当業者は臨床サンプルの代わりに,不死化細胞系の使用
を避ける傾向にあったという技術常識4(ⅲ)が本願優先日当時に存在
したと認めることはできないから,当業者は臨床サンプルの代わりに不
死化細胞系を使用することを動機付けられることはなく当業者が不死
化細胞系を使用することに阻害要因が存在した旨の原告の主張は採用
することができない。
(コ)原告の主張(イ)につき
原告は,相違点(2)についての審決の判断に関し,たとえ「ゲノムD
NA分子の全長ヌクレオチド配列が開示されている場合に,適切なプラ
イマー対を設計し,これを用いて所望の遺伝子部分のみをクローニン
グ」したとしても,本願優先日当時,当業者が,L1タンパク質と一緒
にVLPを形成し得るL2タンパク質の配列を見出すことは,技術常識
3に鑑みれば,当業者が容易に想到し得るということは決してできない
と主張する。
しかし,前記のとおり,本願明細書において,本願発明7−2のL2
DNA分子によってコードされるL2タンパク質が,L1タンパク質と
一緒にVLPを形成し得るかどうかについても確認されていないので
あるから,原告の上記主張はその前提において誤っており,採用するこ
とができない。
ウ取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
(ア)原告は,本願発明においては,特にSW756由来のHPV18型ゲ
ノムのヌクレオチド配列を解析した結果,HPV18型のL1タンパク
質とともにVLPを形成しうるL2タンパク質を見出したとし,そのL
2タンパク質は,極めて医学的貢献度の高い子宮頸癌ワクチンを構成す
るHPV18型のL1タンパク質からなるVLPを,より真正なウイル
スに近いVLPとなし,そのVLPを安定化させるという顕著な効果を
奏するものであるのに,審決は,本願発明7−2におけるL2タンパク
質の上記のような予測し得ない顕著な効果を看過したものである等と
主張する。
しかし,前記原告の主張のうち,まず,本願明細書において,L1及
びL2タンパク質からなるVLPの形成が実質的に確認されているに
等しいとの点については,VLPを形成しているのはL1タンパク質の
みであって,L2タンパク質については何ら記載されていないと認めら
れ,L2タンパク質のVLP形成の観点からの機能とは,L2タンパク
質単独の機能,例えばL2タンパク質がL1タンパク質と共同してより
優れたVLPが形成される(L1タンパク質のみから形成されたVLP
に比べて,より天然のウイルスに近いVLPが形成される等)といった
機能が考えられるが,本願明細書には,そのようなL2タンパク質のV
LP形成の観点からの機能についても何ら記載されていないと認めら
れる。
(イ)また,本願発明のL1及びL2配列を共発現させることにより,当業
者はVLPが形成されることを予測したはずであるとの点については,
本願明細書の「発明の背景」,実施例13及び16においては,前記(1)
イ(ケ)及び(コ)記載のとおり,単にタンパク質が共発現されたことが記載
されているに止まり,L2タンパク質のVLP形成の観点からの機能が
記載されているわけではない。
(ウ)そして,本件補正前の請求項10,12及び16には,L1及びL2
配列によってコードされる組換えL1+L2タンパク質からなるウイ
ルス様粒子(VLP)を製造し得る方法が記載されているとの点につい
ては,その内容は甲2(公表特許公報)によれば下記のとおりのもので
あるところ,製造しうる方法が記載されていることは,単にここに記載
された方法によれば製造できるかもしれないということにすぎず,本願
明細書には実際にL2タンパク質を用いてVLPを製造したことに関
する記載がないのであるから,L2のVLP形成の観点からの機能が記
載されていることにはならないというべきである。

・請求項10
ヒトパピローマウイルス18型の組換えL1タンパク質,又は組
換えL1+L2タンパク質からなるウイルス様粒子であって,その
粒子の純度が少なくとも60%であることを特徴とする上記粒子。
・請求項12
請求項10に記載のウイルス様粒子の製造方法であって,
(a)パピローマウイルスL1タンパク質又はパピローマウイルスL
2タンパク質又はパピローマウイルスL1+L2タンパク質を
コードする組換えDNA分子で酵母を形質転換すること;
(b)組換えDNA分子を発現させる条件下で形質転換酵母を培養
し,組換えパピローマウイルスタンパク質を生産させること;及

(c)組換えパピローマウイルスタンパク質を単離して,請求項10
に記載のウイルス様粒子を生産させること;
を特徴とする上記方法。
・請求項16
ウイルス様粒子に組み立てられた酵母由来組換えパピローマウ
イルスカプシドタンパク質の製造方法であって,
(a)少なくとも一つのパピローマウイルスカプシドタンパク質をコ
ードするパピローマウイルス遺伝子をベクターにクローニング
すること;
(b)そのベクターを宿主細胞に移入させて,組換え宿主細胞を生産
すること;
(c)パピローマウイルスカプシドタンパク質を産生させる条件下で
組換え宿主細胞を培養すること;及び
(d)ウイルス様粒子を生成させる条件下でパピローマウイルスカ
プシドタンパク質を精製すること;
を包含する上記方法。
(エ)さらに,甲17(宣誓供述書)によれば,本願発明においては,実
際にL1タンパク質及びL2タンパク質を取得することによって,本願
発明のHPV18型のL1タンパク質及びL2タンパク質が一緒にな
ってVLPを形成することが透過型電子顕微鏡等により実際に確認さ
れたとされているが,甲17は本願優先日以後(2010年〔平成22
年〕)に作成された宣誓供述書であって,甲17において初めて確認さ
れたL2タンパク質からのVLP形成は本願明細書には記載されてい
なかった事項であるから,甲17に示されたL2のVLP形成の観点か
らの機能を本願発明の効果として参酌することはできないというべき
である。
(オ)以上のとおり,審決は,容易想到性の判断をする際に,本願発明7−
2におけるL2タンパク質の上記のような予測し得ない顕著な効果を
看過したものであるとの原告の主張は採用することができない。
3結論
以上のとおりであるから,二者択一の選択肢として含まれている本願発明7
−2は引用発明に基づいて当業者が容易に想到できるとした審決の結論に誤り
はなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官東海林保
裁判官矢口俊哉

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