弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成19年3月8日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成17年(ワ)第26111号損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日平成18年12月4日
判決
原告A
同訴訟代理人弁護士千田賢
被告B
同訴訟代理人弁護士鳥飼重和
松本賢人
堀招子
呰真希
主文
1被告は,原告に対し,金208万6913円及びこれに対する平成
17年12月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その余は原
告の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金688万6913円及び内金368万0283円に
対する平成17年12月28日から,内金290万円に対する平成18年7月
1日から,内金30万6630円に対する同月5日から各支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,両頬にシミができていたことから美容外科医である被告の施術によ
り頬部に「ポラリス」と称される美容外科治療(高周波とダイオードレーザー
を同時に皮膚に照射するもの)を受けた原告が,当該施術後に左頬部に熱傷が
生じ,これによって醜状瘢痕等が残ったとした上「ポラリス」は,その施術,
部位に熱傷等の傷害を負わせる危険を内包するものであるところ,シミに対す
る治療効果はなく,かえって原告のようなシミ(肝斑)には禁忌とされている
にもかかわらず,被告において,それらのことを原告に説明しないまま,しか
も漫然と照射強度を引き上げるなどして当該施術を行ったなどと主張して,被
告に対し,診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づいて,既払い診療費相
当額及び後遺症慰謝料等の損害金並びにこれに対する民法所定の遅延損害金の
支払を求めるなどしている事案である。
なお,以下では,診療契約上の義務(債務)ないし診療上の注意義務(不法
行為法上の過失の前提となる注意義務)を併せて「義務」という。
1前提事実(証拠原因により認定した事実については,括弧書きで当該証拠原
因を掲記する。その余の事実は当事者間に争いがない)。
(1)当事者
ア原告は,昭和39年8月13日生まれの未婚の女性である(未婚である
ことについては,甲A7。)
イ被告は,美容外科を専攻する医師であり,平成16年当時,東京都千代
田区に「Cクリニック」という名称の診療所(以下「被告クリニック」と
いう)を開設して,その院長を務めていた。。
なお,被告クリニックは,平成17年6月から医療法人が経営するよう
になった(弁論の全趣旨。)
(2)被告クリニックにおける「ポラリス」の施術
被告クリニックでは,平成16年当時(以下の日付は,特に断らない限り
同年の日付である,美容外科治療の一つとして「ポラリス」と称される。)
施術を行っていた。
「ポラリス」とは,高周波(RF(radiofrequency)と光(ダイオー)
ドレーザー)の2種類のエネルギーを同時に皮膚に照射する技術を搭載した
(。(「」装置医療機器イスラエルのシネロン・メディカル社以下シネロン社
という)製)であるが,この装置を使用した施術ないし治療法を指すこと。
もある(以下では,この装置のことを「ポラリス装置」といい,この施術な
「()」。)。,いし治療法のことをポラリスの施術というポラリスの治療効果
副作用及び施術手順等は,別紙医学的知見1のとおりである。なお,被告ク
リニックでは,ポラリスの施術につき,額コース,首廻りコース,両頬コー
ス及び顔全体コースを設けていた(甲A5,6,乙A5,B1の1・2,。
2,4の1・2,5,6,11,12,弁論の全趣旨)
(3)被告クリニックにおける原告の診療経過等
ア原告は,7月17日,数年前から両頬にできていたシミ(以下「本件シ
ミ」という)につき「D医院」のE医師の診察を受けて,肝斑である。,
と診断され,その際,同医師から,肝斑にはレーザー治療は不適切である
旨の説明を受けた(甲A1,7,原告本人。)
,(,,肝斑とは主に30歳代から40歳代の女性の顔面特に前額頬骨部
口囲)に左右対称性に生ずる境界明瞭な淡褐色斑であり,眼囲の色が抜け
たように見える点が特徴的である(肝臓とは関係がない。肝斑の治療。)
方針等は,別紙医学的知見2のとおりである(甲B1ないし15,乙B。
7,8,9の1・2,10の1・2)
イ原告は,7月18日,本件シミの治療のために被告クリニックを受診し
て,上記のとおり肝斑と診断されたことも被告に告げたところ,被告から
ポラリスを勧められ,その結果,被告との間で,少なくとも本件シミの治
療を目的として,ポラリスの両頬コース(5回セット)を受けること等を
内容とする診療契約(以下「本件診療契約」という)を締結した(本件。
診療契約において合意されたポラリスの施術の目的が本件シミの治療のみ
であった(原告の主張)かどうかについては争いがある。。)
なお,上記のように,被告がポラリスを勧め,これを原告が受け入れた
のであるが,その過程で,原告が肝斑にはレーザー治療は不適切であると
聞いているのでレーザー治療は受けたくない旨を述べたのに対し,被告が
ポラリスは大丈夫である旨を述べたということがあった(原告本人,被告
本人。)
ウ原告は,被告クリニックにおいて,7月18日,8月8日及び同月29
日の3回にわたり,被告によるポラリスの施術を受けた。
上記各施術(以下,これらの施術を併せて「本件施術」という)は,。
ポラリス装置の治療パラメータを下記のように設定して行われた。

レーザーエネルギーRFエネルギー
(J/平方センチメートル(J/立方センチメートル))
7月18日30100
8月8日32100
8月29日34100
エ上記の第3回目(8月29日)の施術によって,原告の左頬に,少なく
,(,,「」。)。とも発赤腫脹が生じた以下この発赤腫脹を本件発赤等という
(4)原告は,本件診療契約の締結後,被告に対し,同契約に基づく診療費と
して次の金員を支払った(以下,この診療費を「本件診療費」という。。)
①ポラリスの両頬コース(5回セット)21万円
②超音波麻酔クリーム2万6250円
③鎮痛剤1575円
④トランサミン(飲み薬)21日分9450円
⑤ハイドロキノン(塗り薬)1万5750円
計26万3025円
2原告の主張
(1)事実関係
ア本件シミは,肝斑であった。
イ本件診療契約において合意されたポラリスの施術の目的は,本件シミの
治療のみであった。
なお,原告は,被告から「シワとかたるみにもポラリスは効きます,,
治したいでしょう」と言われたが「生きているんですから,シワとか。,
たるみもあるかもしれませんが,気にしておりません。とにかく治したい
のはシミです」と明確に答えた。。
ウ本件発赤等は,本件施術によって生じた熱傷であった。
そして,その熱傷が原因で,原告の左頬に25㎜×7㎜の皮膚陥凹を伴
う醜状瘢痕及び色素沈着という後遺障害(以下「原告主張後遺障害」とい
う)が残った(平成18年2月1日固定。甲C第3号証中のI医師作成。
の後遺障害診断書を参照。)
(2)義務違反による損害の賠償請求
アポラリスの施術を行ってはならない義務の違反(ポラリスの不適応)
ポラリスは,その施術部位に熱傷等の傷害を負わせる危険を内包するも
。,,,のであるしかしてポラリスにはシミに対する治療効果はなくしかも
肝斑に対してレーザー治療(ポラリスもその一種である)は症状を悪化。
させるがゆえに禁忌とされている。
そうすると,被告は,原告に対し,ポラリスの施術を行ってはならない
義務を負っていたというべきである。
しかるに,被告は,原告に対しポラリスの施術(本件施術)を行った。
イ説明義務違反
少なくとも,ポラリスは,その施術部位に熱傷等の傷害を負わせる危険
を内包するものであるところ,シミに対して(特に肝斑に対しては)治療
効果があることの承認ないし確立はされておらず,かえって,肝斑に対し
ては,保存的治療が一般的であって,レーザー治療(ポラリスもその一種
である)は症状を悪化させるがゆえに禁忌とされている。。
,,,,したがって被告は原告に対しポラリスの施術を行うに当たっては
少なくとも,①ポラリスは,シミに対して(特に肝斑に対しては)治療効
果があることの承認ないし確立はされていないこと,②肝斑に対しては,
保存的治療が一般的であって,レーザー治療は禁忌とされているところ,
ポラリスもレーザー治療の一種であること,③ポラリスは,その施術部位
に熱傷等の傷害を負わせる危険を内包するものであることを説明すべき義
務があった。
しかるに,被告は,原告に対し「ポラリスは,シミに最も効果的で,,
最も安全な治療であり100症例のうち1症例もトラブルがないポ,。」,「
ラリスはレーザー治療ではない」などと述べ,上記①ないし③のような。
事項を説明しなかった。
ウ手技上の義務違反
ポラリスはその施術部位に熱傷等の傷害を負わせる危険を内包するもの
であるから,被告は,原告に対し,ポラリスの施術をする際には,原告の
皮膚の状態に適合した強度でレーザー等を照射するとともに,照射後には
照射部位を十分に冷却するなどして,原告に熱傷等の傷害を負わせないよ
うにすべき義務があった。
しかるに,被告は,上記義務に違反して,本件施術の際,第1回目の時
から原告が照射部位に強い痛みを感じていることを認識していたにもかか
わらず,前記のとおり第2回目,第3回目と照射強度を引き上げ,照射後
の冷却もしなかった。
エ義務違反と本件発赤等(熱傷,原告主張後遺障害との因果関係)
(ア)上記アの義務違反がなければ(すなわち,本件施術が行われていな
ければ,本件発赤等(熱傷)及びこれによる原告主張後遺障害は生じ)
なかった。
(イ)上記イの説明義務が尽くされていれば原告はポラリスの施術本,,(
件施術)を受けることはなく,本件発赤等(熱傷)及びこれによる原告
主張後遺障害が生ずることもなかった。
(ウ)上記ウの義務が尽くされていれば,本件発赤等(熱傷)及びこれに
よる原告主張後遺障害は生じなかった。
オ損害
下記の(ア)は,本件施術を受けなければ支払う必要のなかった費用であ
るから上記アイの各義務違反によって生じた損害であるといえる(イ),,。
及び(ウ)は本件発赤等(熱傷)が生じたことによる損害であり,(エ)は原
告主張後遺障害が生じたことによる損害であるから,これらは,上記アな
いしウの各義務違反によって生じた損害であるといえる。
(ア)本件診療費計26万3025円
(イ)本件発赤等(熱傷)の治療費等計12万3888円
①治療費8万6838円
②診断書の作成料2万3870円
③交通費1万3180円
(ウ)傷害慰謝料300万円
(エ)後遺症慰謝料290万円(障害等級12級に相当)
(オ)弁護士費用60万円
カよって,原告は,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づいて,上
記オの損害金合計688万6913円及び内368万0283円(訴状で
請求した金員)に対する訴状送達の日の翌日から,内290万円(平成1
8年7月4日付け「請求の拡張申立書」による請求の拡張に係る金員)に
対する同書面送達の日の翌日から,内30万6630円(同日付け「請求
の拡張申立書(2)」による請求の拡張に係る金員)に対する同書面送達の
日の翌日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める。
(3)本件診療契約の無効,取消し,解除による本件診療費の返還請求
ア無効
本件診療契約は,シミ(肝斑)を治療する目的で締結されたものである
が,ポラリスにはシミや肝斑に対する治療効果はないのであるから,実現
不能な債務の履行を目的とする契約であって,無効である。
イ詐欺による取消し
原告が本件診療契約を締結したのは,真実は,ポラリスにはシミや肝斑
に対する治療効果がなく,しかもポラリスは肝斑に対する治療として禁忌
とされているレーザー治療の一種であるにもかかわらず,被告から,ポラ
リスにはシミや肝斑に対する治療効果があり,ポラリスはレーザー治療で
はないなどと欺罔され,その旨誤信したからである。
原告は,被告に対し,平成16年12月21日到達の書面で,本件診療
契約を取り消す旨の意思表示をした。
ウ解除
本件診療契約において,被告に上記(2)のアないしウのような債務不履
行があった。
原告は,被告に対し,平成16年12月21日到達の書面で,本件診療
契約を解除する旨の意思表示をした。
エよって,原告は,被告に対し,不当利得返還請求権ないし契約解除によ
る原状回復請求権に基づいて,既払いの本件診療費26万3025円の返
還を求める。
3被告の主張
(1)事実関係
ア本件診療契約において合意されたポラリスの施術の目的は,シミの改善
を含めた加齢による肌全体の衰え(シワ,たるみ等)の改善であった。
すなわち,7月18日の初診時において,原告は,両頬のシミを気にし
,「」,,,ており肝斑という言葉にこだわっていたがその肌は毛穴が開き
シワやたるみのようなものが出始めていて,そこに影ができて皮膚が暗く
見えているというような複合した状態であった。そこで,被告が,原告に
対し,鏡を使って上記のような肌の状態を説明した上,シミの改善を含め
た加齢による肌全体の衰えの改善に効果のあるポラリスの説明をして,こ
れを勧めたところ,原告もこれに同意して,本件診療契約の締結に至った
のである。
このことは,原告が,被告クリニックを受診するに先立って「大量の,
シワ,たるみ,血管を治療」と記載されたポラリスのパンフレットを入手
し,これを読了していたこと,また,原告が,当初は両頬のシミの治療を
,「,希望していたものの被告からシワとかたるみにもポラリスは効きます
治したいでしょう」と言われた後にポラリスの施術を受けることを承諾。
したことからしても明らかである。
イ原告主張のような後遺障害はない。
原告の左頬の「瘢痕」及び「色素沈着」は,本件施術から約1か月を経
過した平成16年9月ないし10月ころの時点では,せいぜい20㎜×5
㎜であったのであり,平成18年2月1日時点では,それに比べて明らか
に小さく薄くなっているから「25㎜×7㎜」などということはあり得,
ない。
(2)「義務違反」について
アポラリスの効果等
(ア)ポラリスは,皮膚のシワやたるみを改善することを目的とした治療
法であるが,シミ(肝斑を含む)を改善する効果もある。。
このことは,被告自身が実務における医学的な経験から確信している
ところであるし,ポラリス装置のメーカー(シネロン社)も「ポラリ,
スの施術によりスキントーンが多少明るくなることがあると多くの医師
たちは報告している」などとして,これを肯定している。。
(イ)肝斑に対してレーザー治療がすべて不適切というわけではない。し
かもポラリスは従来の単純なレーザー治療ではなくRFエネルギー,,,
を併用した最新の治療法であって,肝斑に対して不適切とされるレー
ザー治療には該当しない。
(ウ)ポラリスは,従来のレーザー治療とは異なり,表皮を冷却しつつ真
皮層を加熱するというシステムが採用されており,熱傷等が生ずること
は極めてまれである。
イ「ポラリスの施術を行ってはならない義務の違反」について
上記ア(ポラリスの効果等)及び(1)ア(本件診療契約の目的)のとお
りであるから,本件においては,ポラリスの適応があったというべきであ
り,その施術を行ってはならない義務があったとはいえない。
ウ「説明義務違反」について
被告は,本件診療契約の締結に際して,原告に対し,写真等を示しなが
らポラリスに係る以下の事項について具体的かつ詳細な説明をしたのであ
り説明義務は尽くしているまた被告は原告に対しポラリスがレー,。,,,
ザー治療でないなどと説明したことはない。
(ア)施術内容
①ポラリスは,RFエネルギーとダイオードレーザーを照射する最新
の治療法であり,腫れやカサブタなどにはならず,施術後すぐに化粧
等をすることも可能であること
②治療に対する反応が遅い可能性がある場合や患者自身の要求水準が
高いような場合には,より効果を上げるため,投薬などを併用して治
療を行っていくこと
③投薬も併用する場合の薬剤の効果及び服用・塗布方法
(イ)効果
①ポラリスが加齢による肌全体の若返りに対する効果があること
②シミの治療には他に薬物療法などもあるが,ポラリスは,個人差は
あるものの,一回の施術でも効果を期待できる治療であること
(ウ)副作用
①ポラリスは最新の治療法であるので副作用の可能性は低いこと
②副作用が全くないわけではなく,一過性ではあるが火傷や皮膚の発
赤(紅斑)などが生じることがあること
③②のような症状が出た場合であっても,その後の措置を適切に行え
ば痕には残らないこと
エ「手技上の義務違反」について
ポラリスの施術は,前回の治療の結果及び施術時における患者の肌の状
態を被告が診察した上で,レーザー等の強度をポラリス装置のパラメータ
を調節して行っている。
本件施術においても,被告は,初回及び第2回目の施術後に原告の肌に
,,,異常は見られず順調に治療が進んでいたことから第3回目においては
第2回目よりもダイオードレーザーの強度を2ポイントだけ上げ,RFエ
ネルギーの強度は第2回目と同数値として施術を行ったのであって,何ら
不適切な点はなかった。
(3)本件施術と原告主張後遺障害との因果関係について
仮に原告主張のような後遺障害があるとしても,次の点に照らすと,本件
施術との間に相当因果関係はないというべきである。
①通常生じないような後遺障害であること
原告の左頬の「瘢痕」及び「色素沈着」は,本件施術から約1か月を経
過した平成16年9月ないし10月ころの時点では,せいぜい20㎜×5
㎜であったところ,平成18年2月1日時点では,25㎜×7㎜と大きく
なっていることになる。
しかし,ポラリスの施術によって熱傷が生じたとしても,適切な治療が
されていれば,その瘢痕及び色素沈着は,小さくなるはずであって,反対
に大きくなるということは通常生じない。
②適切な措置がされていないこと
原告は,本件の第3回目の施術直後に被告が処方した薬を使用せず,市
販の薬を使用していたこと,原告が9月7日に東京慈恵会医科大学附属病
院形成外科を受診した際にガーゼ保膜がされなかったこと,その後に受診
した杏林大学医学部付属病院においても,適切に貼付しなければかえって
皮膚を痛めてしまう可能性のあるサージカルテープと思われる3Mテープ
が貼付されていたこと,原告が,本件発赤等の治療につき,診療の途中で
あるにもかかわらず数回にわたって病院を変え,一貫しない治療方針の下
に診療を受けたことが推測されること,これらによれば,本件発赤等につ
いて適切な治療がされたとはいい難い。
(4)原告主張の損害については,争う。
(5)「本件診療契約の無効,取消し,解除」について
以上のとおりであるから,本件診療契約に無効原因や取消原因(詐欺)は
ないし,被告に本件診療契約上の債務の不履行もない。
第3当裁判所の判断
1前記前提事実に証拠(甲A7,8,乙A7,原告本人,被告本人(ただし,
乙A7及び被告本人については,後記の採用しない部分を除く)のほか,各。
項に掲げるもの)及び弁論の全趣旨を併せると,本件における原告の診療経過
等について以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
(1)被告クリニック受診に至る経緯
ア原告は,かねてから両頬のシミ(本件シミ)が気になっていたところ,
習い事で訪れていたビルに入居している被告クリニックのパンフレットを
,,入手して読んでいたこともあってそのカウンセリングを受けたいと思い
被告クリニックに電話をかけて,7月18日の予約を取り付けた。
その電話で,原告がシミを取りたい旨を告げたところ,応対した職員は
ポラリスを勧めた。
もっとも,上記パンフレットには,ポラリスにつき,新世代エネルギー
(RF)とダイオードレーザーを同時に照射する治療法である旨が記載さ
れ,その効果として主にシワやたるみの改善が記載されていて,シミに対
して効果があるとは記載されていなかった。
(甲A5,6,乙A5)
イその後の7月17日,原告は,D医院のE医師の診察を受けて,同医師
から本件シミは肝斑であると診断されるとともに肝斑に対してレーザー,,
治療は不適切である旨の説明を受けた。
(2)被告クリニック初診(7月18日(甲A2ないし4))
ア原告は,7月18日,被告クリニックを初めて受診した。
原告は,カウンセリングに先立って記載を求められた問診表に「シミ」
の治療を受けたい旨を記載し,また,カウンセリングの際にも,被告に対
し,両頬のシミ(本件シミ)の治療を受けたい旨及び上記のとおり肝斑で
あると診断された旨を告げた。
イこれに対し,被告は,ポラリスを勧めた。その際,被告は,ポラリスに
ついて,全く新しい新世代エネルギーを照射する最新の治療法で,シミに
も効果があるなどと説明したが,シミにも効果があることについて医学的
な承認ないし確立はされていないなどという説明はしなかった。なお,被
告は「シワとかたるみにもポラリスは効きます。治したいでしょう」,。
などとも言った。
上記のような説明を受けた原告が,ポラリスも肝斑に対して不適切とさ
れているレーザー治療の一種なのではないかとの疑念を抱いて,被告に対
し,肝斑に対してはレーザー治療は不適切と聞いているのでレーザー治療
は受けたくないと言ったところ,被告は,ポラリスは大丈夫である旨答え
た。
こうして,原告は,ポラリスの両頬コースを受けることにして,本件診
療契約を締結した。
ウそして,第1回目のポラリスの施術が行われた。
その際,被告が額にも照射をしようとしたところ,原告が,頬だけであ
るとして,これを拒否するということがあった。
施術後,原告の肌に特に異常は見られなかった。
エ原告は,上記施術後,被告から,ポラリスを受けることに同意する旨の
書面を提示され,これに署名した。同書面(甲A第4号証)には「私は,
担当医から,今回の光治療「ポラリス」についてその方法,その効果,副
作用などについて詳しい説明を聞き,理解しました」などと印字されて。
いた。
(3)被告クリニックの第2回目の受診(8月8日(甲A2))
原告は,8月8日,被告クリニックを受診して,被告の施術により第2回
目のポラリスの施術を受けた。
施術後,原告の肌に特に異常は見られなかった。
(4)被告クリニックの第3回目の受診(8月29日(甲A2))
ア原告は,8月29日,被告クリニックを受診して,被告の施術により第
3回目のポラリスの施術を受けた。被告が行った手順は,次のとおりであ
る。
①施術に先立ち,顔の写真を撮影するとともに,肌の状態を確認し,麻
酔クリームを塗って超音波マッサージを施行した。
②ポラリス装置の治療パラメータをレーザーエネルギーについて34
(J/平方センチメートル,RFエネルギーについて100(J/立)
方センチメートル)に設定し,両頬にジェルを塗布した。
③アプリケータを両頬に押し当てて,レーザーエネルギー及びRFエネ
ルギーを照射した。その際,原告は,頬に痛みを感じたが,被告に対し
て痛いと訴えたことはなかった。
④施術後,看護師が,ジェルを拭き取り,皮膚の状態を確認した。
イ原告は,施術後,身支度のため鏡を見たところ,頬が腫れているように
感じたため,職員に申し出て被告の診察を受けた。被告は,原告に対し,
副腎皮質ホルモン剤(劇デルモベートクリーム0.05%,軟膏)を塗布
した上,冷凍したコットンで冷やすよう指示した。
原告は,待合室で職員からもらった保冷剤を頬に押し当ててしばらく冷
やした後,被告クリニックを退出したが,途中で傘を置き忘れたことに気
がついて再度被告クリニックに戻った。そのころになっても頬の腫れが引
いていなかったため,再度,被告クリニックの受付職員に申し出て被告の
診察を求めたが,他の患者の診療中であるとの理由で診察を受けることは
。,,,かなわなかったそのため受付職員に対し薬が欲しい旨告げたところ
上記の副腎皮質ホルモン剤の軟膏1本を渡されたが,副作用の有無に関す
る原告の質問に職員が分からないなどと答えたばかりでなく,投薬代を請
求されたことから,被告クリニックの対応に不満を感じ,そのまま被告ク
リニックを退出し,投与された塗り薬は使用せず,市販の塗り薬(オロナ
イン軟膏)を塗り,患部を冷やすだけにしていた。
(5)8月30日(甲C1の3)
原告は,8月30日,左頬の腫れが引かないとして,被告クリニックを訪
れ,再度,被告の診察を受けたが,頬の腫れの治療法やポラリス施術費用の
返還を巡って被告と押し問答になり,被告による警備会社への通報により臨
場した警察官に説得されて被告クリニックを退出するに至った。
(6)後医における治療経過等
ア原告は,8月31日,東京慈恵会医科大学附属病院形成外科を受診して
F医師の診察を受け,左頬(頬骨付近)に長さ2㎝程度の熱傷(熱傷の深
さは,1度(表皮熱傷)から2度(真皮浅層熱傷)との診断を受け,ネ)
オメドロールee軟膏の処方を受けて継続通院を指示されたが,特にガーゼ
保膜の処置はされなかった。なお,原告は,上記受診の際,予診表に,一
昨日施術を受けた「シミに対する」光治療が原因と記載した。
その後,原告は,9月7日及び同月18日に同病院を受診して,G医師
の診察を受けたが,同月18日の段階で上記の熱傷部分は上皮化して瘢痕
となっており,同医師により,今後約6か月間瘢痕部の変化の観察を要す
る見込みであると診断された。
(甲C1の4ないし7,4)
イ原告は,9月28日,今後の治療に関して診察を受けたいとして杏林大
学医学部付属病院形成外科を受診し,H医師の診察を受け,左頬瘢痕(長
さ約2㎝×幅0.4㎝)で,今後約6か月間の外来加療を必要とし,瘢痕
の状態によっては手術治療が必要であると診断され,テーピング等の処置
を受けた。なお,原告は,上記受診の際,被告クリニックで「肝斑に対し
て」ポラリスを3回受けたと申し立てた(甲C1の8,6)。
ウ原告は,10月4日,セカンドオピニオンを得たいとの目的で東京警察
病院形成外科を受診してI医師の診察を受け左頬部熱傷後色素沈着長,,(
さ2㎝×幅5㎜)が存在し,治療により改善の見込みがあるが,期間とし
ては約1年を要する見込みであり,治療を行っても完全に消失することは
ないと考えられるとの診断を受けた。なお,原告は,上記受診の際「肝,
斑に対し」ポラリスを照射したと申し立てた(甲C2)。
エ原告は,左頬の診療のため,10月12日,医療法人社団大森会クリニ
カ市ヶ谷(標榜する診療科は形成外科及び美容外科)を受診し,同日から
平成18年2月1日までの間(なお,実通院日数は10日,同病院医師)
による診療を受けた。同病院のI医師は,同年2月1日「左頬部に25,
×7(㎜)の皮膚陥凹を伴った醜状瘢痕が残存,同部の色素沈着も存在す
る」との後遺障害診断をした(ただし,同医師も,同症状について「治。,
療により改善の見込みはあるが,完治はしないと考える」との意見を付。
記している。なお,原告は,上記10月12日の受診の際「肝斑に対。),
して」ポラリスを照射した旨申し立てた(甲C3)。
オ原告は,平成17年12月ころ,慶應義塾大学医学部附属病院を受診し
て,左頬の瘢痕の治療を受けていたが,さらにセカンドオピニオンを希望
して,同月14日,稲城市立病院を受診し,J医師により肝斑及び熱傷瘢
痕と診断された。なお,原告は,上記受診の際「肝斑の治療目的で」ポ,
ラリスを照射したと申し立てた(甲C5)。
(7)原告の左頬の瘢痕等の現状(甲C1の12・13,3)
平成18年2月1日時点において,原告の左頬骨部分には,皮膚陥凹を伴
う醜状瘢痕及び色素沈着が残存していた(その程度については後に検討す
る。。)
2前記前提事実及び上記1の認定事実(以下,これらの事実を併せて「前提事
実等」という)に基づいて,まず,(1)本件シミの性質,(2)本件診療契約に。
おいて合意されたポラリスの施術の目的,(3)ポラリスのシミないし肝斑に対
する治療効果,(4)本件発赤等の性質について検討する。
(1)本件シミの性質
前提事実等に証拠(乙A1の1ないし6)を併せると,本件シミは,E医
師や稲城市立病院のJ医師による診断のとおり肝斑であったと認められる。
この点について,被告本人は,本件シミを肝斑であるというには疑問があ
るかのように供述するが,具体的な疑問点の指摘をしないまま,単に疑問が
あると述べるだけであって,到底採用することができない。
(2)本件診療契約において合意されたポラリスの施術の目的
ア前提事実等に証拠(甲A7,原告本人)を併せると,原告は,主として
本件シミ(両頬のシミ)の治療のためにポラリスの施術を受けることにし
て本件診療契約を締結した(ポラリスにつき,仮に本件シミに治療効果が
ないとすれば,シワやたるみ等に治療効果があるとしても,その施術を受
けることはなかった)のであり,被告から「シワとかたるみにもポラリ。
スは効きます。治したいでしょう」などと言われたのに対しても,治し。
たいのはシミである旨を答えたこと,被告としても,上記のような原告の
目的を十分に了解した上で本件診療契約を締結したことが認められる。
イ上記アの認定に反して,被告は,被告が,シミの改善を含めた加齢によ
る肌全体の衰えの改善に効果のあるポラリスの説明をし「シワとかたる,
みにもポラリスは効きます,治したいでしょう」と言ったところ,原告。
も,これ(シミのみならずシワとかたるみといった加齢による肌全体の衰
えの改善のためにポラリスの施術を受けること)に同意した旨主張し,被
告本人も同旨の陳述(乙A7・供述をしている。)
しかしながら,証拠(甲A2,被告本人)によれば,被告クリニックに
()(),「」おける原告の診療録甲A第2号証中の当日7月18日欄には①
として「両頬の全体的なシミをなくしたい。皮膚科で肝斑と言われたので
Drに診てもらいたいとのこと→ポラリスcs(csにより本日希望」)
(注・cs」とはカウンセリングの意)と記載され「②③④⑤」とし「,
ては何も記載されていないところ「①」には患者の訴えないし希望を,,
「②」には医師の側から勧めた治療内容をそれぞれ記載することになって
いたことが認められるのであり,上記の被告の主張,陳述・供述のとおり
であるとすれば,上記「②」として「シワ,たるみ」とか「肌全体」など
の記載がされたはずである。そして,上記診療録中には,他に,上記の被
告の主張,陳述・供述に沿うような記載が見当たらない。
また,ポラリスの顔全体コースではなく両頬コースが選択され,原告が
額への照射を拒否したこと,原告が,後医の診療の際,シミないし肝斑の
治療のためにポラリスの照射を受けたと訴えていたことは,上記の被告の
主張,陳述・供述とは必ずしも整合せず,上記アの認定とよく整合する。
上記のような診療録の記載の点及び選択コース等の点並びに原告本人尋
問の結果(この部分についての原告本人の供述は,一貫しているし,具体
的で迫真性もあり,信用性が高い)に照らして,上記の被告の陳述・供。
述は採用することができない。
なお被告は原告において初診前に被告クリニックのパンフレットポ,,(
ラリスの効果として,シワやたるみ等の改善が記載され,シミのことは記
載されていない)を入手して読んでいたことが,上記の被告の主張,陳。
述・供述を裏付けるものであるかのように主張するが,原告本人尋問の結
果によれば,原告は,パンフレットの記載内容を細かくは覚えていなかっ
た様子が窺われるし,仮に覚えていたとしても,医師(被告)から直接に
「ポラリスはシミにも効く」と言われれば,上記アの認定のとおりとなる
ことも十分に考えられるから,いずれにせよ,同認定を左右するものでは
ない。
他に,本件全証拠を検討してみても,上記アの認定を覆すに足りる証拠
はない。
(3)ポラリスのシミないし肝斑に対する治療効果について
別紙医学的知見1(1)に弁論の全趣旨を併せると,ポラリスは主としてシ
ワやたるみの改善に効果があるとされている施術であり,ポラリスがシミに
対しても効果があるかどうかについてはこれを肯定する見解ないし報告別,(
紙医学的知見1(1)イ)もないわけではないが,少なくとも,その効果があ
ることが医学的に承認され,又は確立しているとはいえないことが認められ
る。なお,別紙医学的知見1(1)ウにおける「スキントーンが多少明るくな
ることがある(乙B第11号証「皮膚の色においてわずかな改善が見ら」),
」(),「」()れた乙B第4号証の1・2皮膚の白さを増す乙B第1号証の2
などという記載ないし発言は,これらの各乙B号証を全体的かつ仔細に検討
してみても,シミに対して効果があることをいうものであると直ちに解する
ことができない。
また,別紙医学的知見によれば,シミの中には老人性色素斑のようにレー
ザー治療が有効なものもあるのであるから,仮にレーザーをも照射するポラ
リスによってある種のシミが改善される場合があるとしても,ポラリスが当
然に肝斑に対しても効果があるということにはならない。
そして,肝斑については,一般に,レーザー治療は禁忌とされ,ビタミン
C,E,トラネキサム酸(トランサミン)などの内服や5%ハイドロキノン
(),。軟膏院内製剤の投与ケミカルピーリングが効果的であるとされている
(4)本件発赤等の性質
別紙医学的知見1(3),上記1の(4)ないし(6)の各事実によれば,本件発
赤等は,第3回目(8月29日)の本件施術によって生じた熱傷であったこ
とが認められ,この認定を左右する証拠はない(この点についての被告本人
の供述は,肯定も否定もしないという極めて曖昧なものである。。)
3説明義務違反について
(1)説明義務について
ア以上に判示したところによれば,原告は主として本件シミの治療を受け
ようとしたのであり,そのことは被告も十分了解していたところ,ポラリ
スは,主としてシワやたるみの改善に効果があるとされている施術であっ
て,シミに対しても効果があるということについては医学的な承認ないし
確立はされていないこと,しかも,本件シミは肝斑であって,その旨の診
断がされていることは被告も聞かされていたところ,肝斑については,一
般に,レーザー治療は禁忌とされ,薬剤による治療が効果的であるとされ
ており,ポラリスもレーザー治療の一種であること,そして,ポラリスに
は,その施術部位に熱傷等の傷害を負わせる危険もあること,これらが認
められる。
,,,,そうすると被告は原告に対しポラリスの施術を行うに当たっては
少なくとも,①ポラリスがシミに対して治療効果があることについては医
学的な承認ないし確立はされていないこと,②肝斑に対しては,一般に,
レーザー治療は禁忌とされ,薬剤による治療が効果的であるとされている
ところ,ポラリスもレーザー治療の一種であること,③ポラリスには,そ
の施術部位に熱傷等の傷害を負わせる危険もあること,これらの点を事前
に説明すべき義務があったというべきである。
イ特に上記①の点について敷衍すると,次のとおりである。
本件のような美容治療において,患者の最大の関心事が,当該治療に効
果があるのかどうか,効果があるとしてその程度はどうかということであ
ることは,容易に推察される。そして,美容治療であるがゆえに,効果に
疑問があるということであれば,当該治療を受けないということも十分に
予想されるところである。
しかして,前記のとおり原告は主として本件シミの治療を受けようとし
ていたのであるから,ポラリスがシミに対して効果があるのかどうかとい
うことは,原告にとって最も知りたい重要な事柄であったといえるのであ
り,仮に,ポラリスはシミにも効果があるとの見解ないし報告もあり,あ
,「」るいはその効果を被告自身が実務における医学的な経験から確信して
いた(被告の主張)としても,上記①の点の説明は必要不可欠である。
さらにいえば,このように効果について医学的な承認ないし確立がされ
ていない治療法については,患者が,その旨の説明を受けた上で,それで
も当該治療を受けることに同意するというのでなければ,当該治療を実施
してはならないものともいえる。
(2)説明義務違反について
アまず,被告が,原告に対し,ポラリスはシミにも効果があるなどと述べ
て,上記①の点について説明しなかったことは,上記1(2)イに認定した
とおりである。
,,(,),イ次に上記③の点についてみるに証拠甲A7原告本人によれば
被告は,原告に対し,上記③のような説明はせず,かえって「ポラリス,
は,シミに最も効果的で,最も安全な治療であり,100症例のうち1症
例もトラブルがない」などと述べたことが認められる。。
上記認定に反して,被告は,ポラリスの副作用として熱傷等が生ずるこ
とがある旨を説明したと主張し,被告本人も同旨の陳述(乙A7・供述)
をしている。
しかしながら,本件の診療録中に上記のような説明をしたことの記載が
全くないことはさて措くとしても(なお「・・・副作用などについて詳,
しい説明を聞き,理解しました」という甲A第4号証も,副作用の具体。
例が記載されているわけでもないから,ポラリスの副作用として熱傷等が
生ずることがある旨を説明したという上記の被告の主張,陳述・供述を直
ちに裏付けるものではない,この点に関する被告本人の供述は,必ず。)
しも明確なものではなく,かえって,その考えないし意識は,上記認定の
「ポラリスは,シミに最も効果的で,最も安全な治療であり,100症例
のうち1症例もトラブルがない」との説明内容に近いものであることが。
窺われる。
上記の被告本人の陳述・供述は,原告本人尋問の結果(この部分につい
ての原告本人の供述も,一貫しているし,具体的で迫真性もあり,信用性
が高い)に照らしても,採用することができない。。
ウ以上によれば,被告は,少なくとも上記①,③の点を説明しなかったこ
とにおいて,説明義務違反があったといえる。
(3)説明義務違反と結果との因果関係について
前提事実等に証拠(甲A7,原告本人)を併せると,原告は,少なくとも
上記①及び③の点について十分な説明を受けていれば,21万円もの大金を
投じて本件施術を受けるということはなくしたがってまた本件発赤等熱,,(
傷)を生ずることもなかったことが認められ,この認定を覆すに足りる証拠
はない。
したがって,被告は,原告に対し,説明義務違反(債務不履行ないし不法
行為)に基づいて,本件施術を受けたことによって生じた本件診療費(26
万3025円)相当額の損害及び後記4の本件発赤等(熱傷)が生じたこと
による損害を賠償すべき義務がある。
4本件発赤等(熱傷)が生じたことによる損害について
(1)上記1の(4)ないし(7)の事実によれば,原告は,本件発赤等が生じたが
ゆえに,上記1(6)のような診療を受けることになったばかりでなく,平成
18年2月1日時点で,左頬部に皮膚陥凹を伴う醜状瘢痕及び色素沈着が残
存するという後遺障害(以下「本件後遺障害」という)が残ったものと認。
めるのが相当である(その具体的な程度については後に検討する。。)
この点について,被告は,①通常生じないような後遺障害であること及び
②適切な措置がされていないことに照らして,本件施術ないし本件発赤等と
本件後遺障害との間には相当因果関係がないと主張する(前記第2の3(被
告の主張)(3)。)
しかしながら,上記①の点については,原告の主張を前提とすれば瘢痕等
が時の経過により大きくなっていることをいうものにすぎないところ,後記
(2)のとおり,当裁判所は原告主張のように時の経過により大きくなってい
るとは認めないから,因果関係を否定する理由にはならない。
上記②の点についてみても,原告が受傷直後に使用していた市販薬(オロ
ナイン軟膏)が傷の悪化をもたらしたことを窺わせる証拠は見当たらず(受
傷の翌々日である8月31日には東京慈恵会医科大学附属病院による投薬治
療が開始されたのであり,それまで原告が市販薬を使用したことによって熱
傷の治癒に支障を来したとは認め難い,また,後医において適切な治療。)
がされなかったとか,複数の医療機関を受診したがために統一的な治療がさ
れなかったということを認めるに足りる証拠もない。
他に,本件全証拠を検討してみても,上記の因果関係を肯定する認定を覆
すに足りる的確な証拠はない。
(2)本件後遺障害の程度について
原告は,本件後遺障害につき,甲C第3号証中の後遺障害診断書(I医師
作成)を根拠に,平成18年2月1日時点における左頬部の醜状瘢痕等の大
きさは25㎜×7㎜であったと主張する。
しかしながら,上記1(6)の事実によれば,平成16年10月当時におけ
る原告の左頬部の醜状瘢痕等の大きさはせいぜい20㎜×5㎜程度であった
と認められるところ,同月1日当時の原告の写真(甲C1の8)と上記後遺
障害診断書が作成された平成18年2月1日当時の原告の写真(甲C1の1
2・13)とを比較してみると,左頬部の醜状瘢痕等は後者の方が小さくか
つ薄いことが明らかである。
したがって,上記の後遺障害診断書中の醜状瘢痕等の大きさをいう部分は
採用することができず,本件後遺障害の醜状瘢痕等の大きさは20㎜×5㎜
を下回るというべきである。
そして,証拠(甲C1の12・13)によれば,その醜状瘢痕等は,近く
でよく見ればそれと分かる軽度のものであって,離れた位置からでも目立つ
というようなものではないことが認められる。
(3)以上の次第で,本件発赤等(熱傷)が生じたことによる損害は以下のと
おりとなる。
ア本件発赤等(熱傷)の治療に要した費用12万3888円
証拠(甲A7,甲C7ないし31)によれば,原告は,本件発赤等(熱
傷)の診療のために,治療費8万6838円,診断書作成料2万3870
円,交通費1万3180円,計12万3888円を要したことが認められ
る。
イ傷害慰謝料50万円
(,),,()証拠甲A7甲C2ないし6によれば原告は本件発赤等熱傷
の診療を受けるために,平成16年8月31日から平成18年2月1日ま
での長期にわたり,計7か所の病院ないし診療所に通院した(平成16年
8月に1回,9月に5回,10月に2回,11月,12月に各1回,平成
17年2月,4月,5月,6月,9月,11月,12月に各1回,平成1
8年2月に1回)ものの,その通院は不規則であって,実通院日数(病院
又は診療所への通院の日数。診断書作成のみの日を含まない)は18日。
であることが認められる。上記の点のほか本件に顕れた諸般の事情を考慮
すると,傷害慰謝料は50万円をもって相当と認める。
ウ後遺症慰謝料100万円
本件後遺障害は,左頬部に皮膚陥凹を伴う軽度の醜状瘢痕及び色素沈着
が残存するというものであるが,前記のとおり,その大きさは20㎜×5
㎜を下回るし,近くでよく見ればそれと分かるという程度のものである。
しかも,前記のとおり,完治はしないものの治療により改善の見込みはあ
るとされている。
したがって,本件後遺障害は,原告主張の如く自動車損害賠償保障法施
行令別表第2の12級に該当するほどのものではなく,同14級に相当す
る程度のものであると解する。これに対する慰謝料は100万円をもって
相当と認める。
5本件診療費相当額の損害と上記4のアないしウの損害との合計は188万6
913円となるところ,本件における弁護士費用損害金は20万円をもって相
当と認める。
したがって,被告は,原告に対し,説明義務違反の債務不履行又は不法行為
に基づいて,208万6913円及びこれに対する遅延損害金を支払うべき義
務がある。
なお原告主張のポラリスの施術を行ってはならない義務の違反及び手,「」「
技上の義務違反」については,その義務違反が認められるとしても,これによ
り上記損害を超える損害が生じたとは認められないから,判断しないこととす
る。
また,原告主張の「本件診療契約の無効,取消し,解除による本件診療費の
返還請求」は,本件診療費相当額の損害の賠償請求と選択的併合の関係に立つ
ものと解されるから,これについても判断しない。
6以上のとおりであるから,原告の請求については,208万6913円及び
これに対する平成17年12月28日(訴状送達の日の翌日)から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある
から,その限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費
用の負担につき民訴法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259
条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第14部
貝阿彌誠裁判長裁判官
片野正樹裁判官
宮川広臣裁判官
(別紙)
医学的知見
1ポラリスについて
(1)適応ないし治療効果
アシネロン社作成の「ユーザーマニュアル(乙B第5号証。以下「本件マ」
ニュアル」という)には「しわを伸ばしスキンテクスチャーを改善する。,
ものです「適応しわの治療とスキンテクスチャーの改善に使用するシ。」,
ステム」などと記載されていて(スキンテクスチャーとは,肌理(きめ)を
指す,シミに対して効果があるとは記載されていない。。)
ポラリス装置の販売店がユーザー(医療機関)において患者向けのパンフ
レットとして発行ができるようにと作成したもの(甲A第5号証(被告クリ
ニック発行のパンフレット)には「大量のシワ,たるみ,血管を治療」),
とか「シワ・たるみへのめざましいトリートメント効果」などと記載されて
いて,シミに対して効果があるとは記載されていない。
被告クリニックのパンフレット甲A第6号証乙A第5号証にはシ(,),「
ワ・たるみの治療「効果:深いシワやたるみの改善,輪郭の引き締め,」,
小顔効果」とか「シワ・たるみを切らずに改善」などと記載されていて,シ
ミに対して効果があるとは記載されていない。
イ他方,シネロン社のコンサルタント及び講座の講師を務めるK医師による
ポラリスの施術に係る症例報告(乙B第12号証)には「表皮を傷めるこ,
となくシワの改善を促し,シミや目立った血管などにも効果が得られる」。
とか「ポラリスによって得られた結果は・・・しわに関しては劇的であると
も言え・・・また,シミや血管拡張に関しても改善されている」などと記。
載されている。
また「Lクリニック」のホームページ(乙B第6号証)には,ポラリス,
について「メスを使わずに顔の肌を引き締め持ち上げて,しわとり・タル,
ミ解消効果を高くする,画期的な美肌治療です「シミやくすみにも効果。」,
があります」などと紹介されている。。
ウなお,シネロン社は「日本の医師により使用されているポラリスWRシ,
ステムの効能や結果について最近何人かの患者及び医師により提議されたい
くつかの疑問を解明するものである」という前書きの文書(乙B第11号。
証)において「ポラリスの施術によりスキントーンが多少明るくなること,
があると多くの医師たちは報告している」と記載している。。
また,上記K医師は,計8人の患者にポラリスの施術を行った結果の報告
(乙B第4号証の1・2)において「著しい皮膚色異常やシワのある患者,
には皮膚の色においてわずかな改善が見られた」と記載している。。
そして「湘南鎌倉総合病院」形成外科・美容外科部長で北里大学形成外,
科非常勤講師を務めるM医師は,シネロン社主催のセミナーにおける講演に
(),,おいてその講演の反訳が乙B第1号証の2ポラリスの治療効果につき
「。」シワ・たるみ以外にも皮膚の白さを増すんではないかと言われています
などと述べている。
(2)禁忌
本件マニュアルには「禁忌」として次の事由が挙げられている。,
・妊娠
・780~980nmのレーザー光の照射に対して禁忌を示す薬物の使用
・深部に至る軽度の日焼け,水疱疹のある重度の日焼け,又は刺青
・ケロイドの傷痕
・ペースメーカー又は細動除去器を埋め込んだ患者
・糖尿病
・治療部位にある傷又は感染症
(3)副作用
本件マニュアルには,次のような記載がされている。
①正しく使用されなかった場合には,強力なレーザー光やRFデバイスに
よって傷害を招くおそれがある。
②過大なエネルギーを照射すると,治療する皮膚に熱損傷をもたらすおそれ
がある。
③副作用としては,次のような症状などが考えられる。副作用は,治療中や
治療後間もなく現れることがある。
・痛み
・皮膚の発赤(紅斑)
・本来の皮膚組織の損傷(痂皮,水疱,火傷)
・色素沈着の変化(ハイパーあるいはハイポピグメンテーション)
・傷
・過大な腫れ
・ダメージを受けやすい皮膚
・傷痕
(4)治療手順
①レーザーエネルギー,RFエネルギーの設定をする(後記(6)参照。)
②水ベースのジェルを用いて治療部位に潤いを与える。
③アプリケータを治療領域に押し当てて僅かに圧力を加える。陽極と陰極の
両方の電極を皮膚の表面に接触させる。
④RFエネルギー,レーザーエネルギーを照射する。
⑤治療領域を調べる。
⑥皮膚に悪影響が現れている場合は,レーザーエネルギーとRFエネルギー
のパラメータを下げる。
⑦レーザーエネルギーとRFエネルギーを調整して再度照射した後,治療部
位を評価する。表皮に悪影響がないか確認してこのパラメータで治療を続け
る。
(5)治療後のケア
本件マニュアルには,次のような記載がされている。
・治療後,シワの領域に一過性の紅斑や皮膚の腫れが見られる場合がある。
・治療後直ちに冷たい(凍っていない)パックを治療部位に押し当てること
が推奨される。
・水疱や潰瘍が生じた皮膚は,抗生物質軟膏や火傷治療クリームで治療でき
る。
・水疱の後に痂皮が生じた場合は,油性クリームを用いて滑らかな状態に保
つ。
(6)治療パラメータ
レーザーエネルギー(治療部位に加えられるレーザーエネルギー密度の量)
の値は,10~50(J/平方センチメートル)の範囲内で1刻みで変更がで
きる。RFエネルギー(RF電流が発生するエネルギー密度の量)の値は,1
0~100(J/立方センチメートル)の範囲内で5刻みで変更ができる。
本件マニュアルは,適正な治療パラメータを選択することが治療の成功に不
可欠であるとした上,その選択指針を下記のように定めている。

スキンタイプレーザエネルギーRFエネルギー
(J/平方センチメートル(J/立方センチメートル))
フルフェイス22~2865~80
小じわ22~3465~80
深いシワ24~3470~90
2肝斑について
(1)病態等
,。表皮基底層のメラノサイトの増加がなくメラニンの増加のみが認められる
妊娠時,閉経期,月経不順などにより発症し,増悪するため,多腺性内分泌変
調が基礎にあるといわれている。性腺刺激ホルモン,黄体・卵胞ホルモン,紫
外線刺激によりメラニン生成が亢進していると考えられている。
(2)治療方針
日光暴露(紫外線照射)を避け,戸外活動に際しては,遮光剤を用いる。ビ
タミンCEトラネキサム酸トランサミンなどの内服が効果的であるた,,()(
だし,トラネキサム酸の内服は,血栓を有する患者では避ける)とされてい。
る。5%ハイドロキノン軟膏(院内製剤)の投与や,ケミカルピーリング(薬
品(酸)を使って皮膚の角質を除去する方法)によって,より短期間で改善が
みられるという報告もある。
(3)レーザー治療の適応
いわゆる皮膚のシミのうち老人性色素斑にはレーザー治療が有効であるとさ
れているが,肝斑にレーザー治療を施すことは,かえってシミが黒くなったり
濃くなったりしてしまうため,一般的には禁忌とされている。
もっとも,Nd-YAGレーザーが肝斑の治療に有効であったとの報告や,
肝斑の治療としてレーザーピーリング(皮膚のくすみやザラつきの原因となる
古い角質をレーザーによって飛ばし,肌を活性化させるもの)を行うという報
告もある。
以上

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛