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裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。
 被告人又は弁護人においてある法令が憲法違反であるとの主張をした場合に、裁
判所が有罪判決の理由中にその法令の適用を挙示したときは、即ちその法令は憲法
に適合するとの判断を示したものに外ならないと見るべきであること、当裁判所の
判例(昭和二二年(れ)第三四一号、同二三年一二月二二日大法廷判決、刑集二巻
一四号一八四五頁)の示すとおりである。それ故に本件の被告人側において所論政
令第二〇一号が違憲無效であると主張したのに対し、原判決が特にその判断を明示
しないで同政令を適用したからとて、これを以て所論のような違法あるものという
ことはできない。論旨は理由がない。
 同第二点について。
 昭和二〇年勅令第五四二号は、わが国の無条件降伏に伴う連合国の占領管理に基
いて制定されたものである。世人周知のごとく、わが国はポツダム宣言を受諾し、
降伏文書に調印して、連合国に対して無条件降伏をした。その結果連合国最高司令
官は、降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる権限を有し、この限りにお
いてわが国の統治の権限は連合国最高司令官の制限の下に置かれることとなつた(
降伏文書八項)。また、日本国民は、連合国最高司令官により又はその指示に基き
日本国政府の諸機関により課せられるすべての要求に応ずべきことが命令されてお
り(同三項)、すべての官庁職員は、連合国最高司令官が降伏実施のため適当であ
ると認めて、自ら発し又はその委任に基き発せしめる一切の布告、命令及び指令を
遵守し且つこれを実施することが命令されておる(同五項)。そして、わが国は、
ポツダム宣言の条項を誠実に履行することを約すると共に、右宣言を実施するため
連合国最高司令官又はその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の指
令を発し且つ一切の措置をとることを約したのである(同六項)。さらに、日本の
官庁職員及び日本国民は、連合国最高司令官又は他の連合国官憲の発する一切の指
示を誠実且つ迅速に遵守すべきことが命ぜられており、若しこれらの指示を遵守す
るに遅滞があり、又はこれを遵守しないときは、連合国軍官憲及び日本国政府は、
厳重且つ迅速な制裁を加えるものとされている(指令第一号附属一般命令第一号一
二項)。それ故連合国の管理下にあつた当時にあつては、日本国の統治の権限は、
一般には憲法によつて行われているが、連合国最高司令官が降伏条項を実施するた
め適当と認める措置をとる関係においては、その権力によつて制限を受ける法律状
態におかれているものと言わねばならぬ。すなわち、連合国最高司令官は、降伏条
項を実施するためには、日本国憲法にかかわりなく法律上全く自由に自ら適当と認
める措置をとり、日本官庁の職員に対し指令を発してこれを遵守実施せしめること
を得るのである。
 かかる基本関係に基き前記勅令第五四二号、すなわち「政府ハポツダム宣言ノ受
諾ニ伴ヒ聯合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為、特ニ必要アル場合
ニ於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ為シ及必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得」といふ緊急
勅令が、降伏文書調印後間もなき昭和二〇年九月二〇日に制定された。この勅令は
前記基本関係に基き、連合国最高司令官の為す要求に係る事項を実施する必要上制
定されたものであるから、日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的效力を有
するものと認めなければならない。されば論旨は採るを得ない。
 同第三点について。
 (一) 昭和二〇年勅令第五四二号に基いて命令を制定するためには、連合国最
高司令官の要求がなければならぬこと所論のとおりであるが、連合国最高司令官の
意思表示が要求であるか又は単なる勧告又は示唆に止まるものであるかは、その意
思表示が文書を以てなされたか口頭によつてなされたか、或は指令、覚書、書簡等
如何なる名義を以てなされたかというような形式によつて判定さるべきではなく、
意思表示の全体の趣旨を解釈して実質的に判断されなければならない。そこで昭和
二三年七月二二日附連合国最高司令官の内閣総理大臣宛書簡を見ると、マツクアー
サー元帥は、国家公務員法の改正についてその方針を指示した上、「本改革の成功
が占領政策の第一義的目標の一つ」であると言い、次いで「余が国家公務員法を全
面的に改正してここに論議された考え方の体制に適合せしめることが時を移さず着
手さるべきであると考えたのは、以上の目的達成のためである」と述べ、更らに「
本件に関し貴下を援助する可く本司令部は従前通り助言と相談に応ずるであろう」
と附言している。これらの文言並にこの書簡が発せられた前後における諸般の事情
を合わせ考えてみると、この書簡は、昭和二三年政令第二〇一号に盛られたような
改正の方向を指示し要求したものであるのみならず、その具体的内容も右の要求を
実現するために必要なものとして連合国司令部が指示したものであると認められる。
 (二) 昭和二〇年勅令第五四二号に基く命令を発し得るのは、国会の議決を求
めるいとまなき場合に限るという法規は存しないのであるから、所論のように昭和
二三年政令第二〇一号の制定の際に、国会を召集するいとまがあつたとしても(実
際そのいとまがあつたか否かは爰に論ずるまでもなく)、そのことは右の政令を違
法又は無效のものとする理由とはならない。
 (三) 論旨はマツクアーサー元帥の書簡にいわゆる公務員とは高級官僚の意味
であると主張するけれども、その援用する同書簡中の文言は、このような主張の論
拠として薄弱であるのみならず、却て書簡全体の趣旨を綜合すれば、そのいわゆる
公務員の中には下級官僚や現業の職員を含むものと解される。例えば同書簡は、従
来の国家公務員法の欠陥として、「少数者が団結して政府の権限と権威に加える圧
力に対し積極的な保護を与えるもので無」かつた点や、「政府における職員関係と
私企業における労働者関係の区別が著しく明確を欠いて」いた点を挙げ、「政府関
係に於ては労働運動は極めて制限された範囲に於て適用せらるべきであり、正当に
設定せられて主権を行使する行政、司法、立法の各機関にとつて代り或はこれ等に
挑戦することはゆるされない」と言い、「国民の団結と公共利益の優越とを宣言し
ている憲法の根本理念」を防護するためには「政府の権能の如何なる一部分も私的
の団体若しくは一部の階級にこれをわかち授け、若しくは奪われることはできない」
と述べ、また「その勤労を公務に捧げる者と私的企業に従う者との間には顕著なる
区別が存在する」「雇傭若しくは任命により日本政府機関若しくはその従属団体に
地位を有する者は、何人といえども争議行為若しくは政府運営の能率を阻害する遅
延戦術その他の紛争戦術に訴えてはならない。」「団体交渉は国家公務員制度に適
用せられるに当つては明確なそして変更し得ない制限を受ける。」と説いている。
これ等の語句を、その発せられた当時国鉄、D等の労働組合が政府に対して強力な
労働攻勢を展開しようとしていた緊迫した情勢と合わせ考えるならば、現業官庁従
業員の争議行為を規制することこそ正にこの書簡の主たる目的の一であつたとさえ
解される。尤も鉄道並に塩、煙草等の専売など政府事業の職員は普通職から除外せ
られて良いと述べてはいるが、しかしこれ等の職員についても、「その雇傭せられ
ている責任を忠実に遂行することを怠り、為に、業務運営に支障を起すことなきよ
う公共の利益を擁護する方法が定められなければならない」と要求している。して
みれば、マツクアーサー書簡は高級官僚に関するものであるのに、本件政令第二〇
一号は下級官公吏や現業労働者の争議行為を規制しているから、その内容がくいち
がつているという論旨は到底採用することができない。
 (四) 一般労働委員会による調停、仲裁、斡旋等の紛争処理手段は、団体交渉
権及び争議権を有する労働組合の存在を前提とする。それ故にマツクアーサー書簡
が既に公務員の団体交渉権及び争議権を否認している以上、労働委員会による調停、
仲裁、斡旋なども当然認められなくなつたものと考えなければならない。同書簡に
も、公務員がその雇傭条件の改善を求めるためにその希望や不満等を政府に申出る
権利は認めているが、それ以外に所論のような紛争処理手段を認めたものと解すべ
き趣旨は見出されない。してみれば本件政令第二〇一号が、現に係属中の国又は地
方公共団体を関係当事者とするすべての斡旋、調停又は仲裁に関する手続を中止す
ることにしたとしても、これを以てマツクアーサー書簡の要求範囲を逸脱した不法
あるものということはできない。
 (五) マツクアーサー書簡が、政府には常に政府職員の福祉並に利益のために
十分な保護の手段を講じなければならぬ義務あるものとしていることは所論のとお
りであるが、官公吏の労働条件の改善は、必ずしも所論のように団体交渉権禁止の
先決問題とせられているわけではないから、臨時応急的性格を有する本件政令第二
〇一号においては、とうあえず団体交渉権禁止の点だけを規定し、労働条件改善に
ついては別途の措置を講ずるものとしたとしても、所論のように本件政令がマツク
アーサー書簡を曲解した違法のものであるとは言えない。
 以上のような次第で本件政令第二〇一号が昭和二〇年勅令第五四二号の要件を充
たさないから無效であるとの論旨は、いずれも理由がない。
 同第四点について。
 国民の権利はすべて公共の福祉に反しない限りにおいて立法その他の国政の上で
最大の尊重をすることを必要とするのであるから、憲法二八条が保障する勤労者の
団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利も公共の福祉のために制限
を受けるのは已を得ないところである。殊に国家公務員は、国民全体の奉仕者とし
て(憲法一五条)公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙
げてこれに専念しなければならない(国家公務員法九六条一項)性質のものである
から、団結権団体交渉権等についても、一般の勤労者とは違つて特別の取扱を受け
ることがあるのは当然である。従来の労働組合法又は労働関係調整法において非現
業官吏が争議行為を禁止され、又警察官等が労働組合結成権を認められなかつたの
はこの故である。同じ理由により、本件政令第二〇一号が公務員の争議を禁止した
からとて、これを以て憲法二八条に違反するものということはできない。
 また憲法二五条一項は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得
るよう国政を運営すべきことを国家の責務として宣言したものである(当裁判所昭
和二三年(れ)二〇五号同年九月二九日大法廷判決、刑集二巻一〇号一二三五頁)。
公務員がその争議行為を禁止されたからとてその当然の結果として健康で文化的な
最低限度の生活を営むことができなくなるというわけのものではないから、本件政
令が憲法二五条に違反するという主張も採用し難い。
 要するに論旨いずれも理由がない。
 同第五点について。
 公務員は本件政令第二〇一号により、その二条一項に該当するいわゆる職場離脱
を禁止せられたけれども、人格を無視してその意思にかかわらず束縛する状態にお
かれるのではなく所定の手続を経れば何時でも自由意思によつてその雇傭関係を脱
することもできるのである。それ故、所論のように同政令が憲法一八条にいわゆる
奴隷的拘束を公務員に加え、その意に反して苦役を科するものであるということは
できない。論旨は理由がない。
 同第六点について。
 論旨は被告人等が何等かの要求を提出しその要求を実現するために行動したもの
であるという証拠はないのであるから、原判決がその所為を争議手段と認めたのは
違法であるというのである。しかし原判決挙示の証拠、就中被告人Eに対する本件
第一審第一回公判調書中の同人の供述記載によれば、被告人等の所属するA組合B
支部C機関区分会が国家公務員法改正反対、五千二百円べース即時実施、芦田内閣
打倒等の項目を挙げて闘争方針を定めたこと、並に機関区の者達が庫内手や機関車
乗務員の劣悪な待遇の改善に関する政府の冷淡な態度に対し被告人等の当然の権利
を奪還するために、また憲法、ポツダム宣言等に違反し、団体交渉権争議権を奪う
本件政令は無效なものであるとの主張を貫徹するためにF行動隊を結成して闘争し
たものであることがわかる。被告人等は政府に対するこのような主張を貫徹する手
段として職場を離脱したものであるから、原判決がこれを本件政令第二〇一号二条
一項にいわゆる争議手段にあたるものと認めたのは正当であつて、論旨は理由がな
い。
 弁護人小沢茂の上告趣意第一点について。
 昭和二〇年勅令第五四二号が違憲であるとの論旨(1、2、3)及び昭和二三年
政令第二〇一号が右勅令に定めた要件を充たさないから無效であるとの論旨(4)
いずれの点も理由なきことは、それぞれ森長弁護人の上告趣意第二点及び第三点に
ついて述べたとおりである。
 次に論旨(5)は、政令第二〇一号は憲法七三条に違反するから無效であると主
張するが、既に森長弁護人の上告趣意第二点について述べたように、勅令第五四二
号が憲法にかかわりなく憲法外において法的效力を有する以上、この勅令に基いて
制定された勅令第二〇一号も亦右憲法の規定にかかわりなく有效である。
 更らに勤労者の団結権、団体交渉権、団体行動権に関する事項は法律を以て規定
すべきであるのに、政令を以てこれを規定したのは違憲であるとの論旨(6)も亦、
右と同様の理由によりて政令第二〇一号を無效とする理由とならない。論旨(6)
はなお右政令第二〇一号が政令でありながらその一条二項において、本来法律を以
て規定すべき勤労条件に関する基準的事項を規定したことを以て憲法二七条に違反
するものであると主張しているが、原判決は右政令一条二項を本件に適用していな
いから、これは本件と関係なき主張である。
 最後に政令第二〇一号が憲法二八条に定めた基本的人権を侵すものであるとの論
旨(6)の理由なきことは、森長弁護人の上告趣意第四点について述べたとおりで
ある。
 同第二点について。
 前記のように政令第二〇一号は憲法にかかわりなく有效である。従つてまた当然
に憲法に基いて制定された労働組合法、労働関係調整法等にかかわりなく有效であ
る。換言すればこれ等の法律の規定は政令第二〇一号に矛盾する限り廃止又は変更
されたこととなるのであるから、原判決が本件に前者を適用せずして後者を適用し
たのは当然である。論旨は理由がない。
 同第三点について。
 昭和二三年政令第二〇一号にいわゆる公務員の中に国鉄従業員を含まないという
論旨の理由なきことは、森長弁護人の上告趣意第三点((三))について述べたと
おりである。
 同第四点について。
 原判決の確定したところによれば、被告人G、同Hは、昭和二三年八月二四日免
雇に至るまで各I鉄道局J機関区勤務の機関助士であり、同Kは、同年同月三〇日
免雇に至るまで同機関区勤務の技工であり、また、同Eは、同年同月二七日免雇に
至るまで同機関区勤務の庫内手であつた者で、いずれも、判示のごとく国鉄業務運
営の能率を阻害する争議手段をとつた者である。しかるに、昭和二三年七月三一日
公布の政令第二〇一号一条によれば、任命によると雇傭によるとを問わず、国又は
地方公共団体の職員の地位にある者は、同令にいわゆる公務員であつて、同令二条、
三条によれば、かかる公務員は、何人といえども、同盟罷業又は怠業的行為をなし、
その他国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議手段をとつてはならな
いものであつて、これに違反する行為をしたときは、国又は地方公共団体に対し、
その保有する任命又は雇傭上の権利をもつて対抗することができないばかりでなく、
一年以下の懲役又は五千円以下の罰金に処されるものである。されば、被告人等は、
いずれも、同政令にいわゆる公務員として同政令二条一項に違反し、同三条に該当
するものといわなければならない。
 そして、同政令附則二項によれば、同令は、昭和二三年七月二二日附内閣総理大
臣宛連合国最高司令官書簡に言う国家公務員法の改正等国会による立法が成立実施
されるまで、その效力を有するに過ぎない性格の法令であり、しかも、右書簡に言
う国家公務員法の第一次改正法律(昭和二三年一二月三日法律第二二二号国家公務
員法の一部を改正する法律)附則八条は、「昭和二三年七月二二日附内閣総理大臣
宛連合国最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令(昭和二三年政令第二〇一号)
は、国家公務員に関して、その效力を失う。前項の政令がその效力を失う前になし
た同令第二条第一項の規定に違反する行為に関する罰則の適用については、なお従
前の例による。」と明定して、当時既に同政令に違反して成立した同令の刑罰を廃
止しない旨を表明しているのである。従つて、被告人等の判示在職中の前記政令第
二〇一号二条一項の違反行為に対する罰則の適用については、依然として同令三条
によるべきものといわなければならない。それ故、所論は、いずれも採用すること
はできない。
 同第五点について。
 原判決は被告人等が判示日時に、無届でその職場を欠勤し以て国鉄業務運営の能
率を阻害する争議手段をとつた旨を判示している。判決書には罪となるべき事実を
具体的に記載すれば足るのであるから、原判決は本件政令第二〇一号違反の犯罪事
実を判示するものとして欠けるところなく、それ以上に本件無届欠勤が何故に犯罪
となるかの理由等を判示する必要はない。論旨は理由がない。
 同第六点について。
 昭和二三年政令第二〇一号が憲法違反であるとの主張に対して原判決が判断を示
していないという非難の理由なきことは、森長弁護人の上告趣意第一点について述
べたとおりである。
 同第七点について。
 被告人等は所論のように本件政令が違憲のものであるとの見解を抱いていたとい
う理由によつて罰せられたのではなく、その主張を貫徹するために職場離脱により
国鉄運営の能率を阻害する争議手段をとつたがために処罰せられたのである。病人
の無届欠勤の場合との相違は、如何なる見解を抱いていたかの点にあるのではなく
して、争議手段として欠勤したか否かの点にある。それ故に原判決が憲法一九条及
び二一条に違反するという論旨は理由がない。
 弁護人福田力之助の上告趣意第一点及び第二点について。
 昭和二〇年勅令第五四二号が新憲法下で無效であるとの論旨(第一点)及び昭和
二三年政令第二〇一号が違法であるとの主張(第二点)がいずれも理由なきことは、
それぞれ森長弁護人の上告趣意第二点及び第三点((一)及び(二))について述
べたとおりである。
 同第三点について。
 原判決は、被告人G及びHはI鉄道局J機関区勤務の機関助士、同Kは同機関区
勤務技工、同Eは同機関区勤務庫内手であるという事実を、それぞれ原審公判廷に
おける各自供に基いて認定し、これ等の身分はいずれも昭和二三年政令第二〇一号
にいわゆる公務員にあたるものとして、同政令を適用したのである。同政令におい
ては、任命によると雇傭によるとを問わず、国又は地方公共団体の職員の地位にあ
る者を公務員という(一条)のであるから、被告人等のような職員が公務員である
ことは明らかである。それ故原判決に所論のような違法あるものということはでき
ない。論旨は理由がない。
 同第四点について。
 本件政令第二〇一号違反の罪が成立するためには、必ずしも業務の運営能率を阻
害するという具体的結果が現実に発生することを必要とするのではなく、争議手段
としてなされた行為が、その性質上通常国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻
害する危険性あるものであれば足りるのである。そうして本件の職場抛棄がいずれ
もこのような危険性あるものであることは明らかなところである。従つてこの点に
関して原判決の理由不備を主張する論旨は採用することができない。
 なお被告人等の無断欠勤を争議手段ということはできないと主張する論旨の理由
なきことは、森長弁護人の上告趣意第六点について述べたところによりおのずから
明らかであろう。
 同第五点について。
 被告人等の所為が本件政令第二〇一号のいわゆる争議手段に該当するものである
ことは、森長弁護人の上告趣意第六点について説明したとおりである。そうだとす
れば、原判決がこれに同政令を適用して処罰したのは当然であつて、そのことを非
難する論旨はいずれも理由がない。
 弁護人青柳盛雄の上告趣意について。
 昭和二〇年勅令第五四二号及び昭和二三年政令第二〇一号が違憲無效であるとの
論旨の理由なきことは、それぞれ森長弁護人の上告趣意第二点及び第四点について
説明したとおりである。
 弁護人岡林辰雄の上告趣意第一点について。
 有罪判決には、罪となるべき事実、証拠によりこれを認めた理由並びに法令の適
用を示すだけで事足り、刑の量定や執行猶予言渡の理由を示す必要はない。それ故
原判決が、被告人G他二名に対して何故に執行猶予の言渡をしたかの理由を判示し
なかつたからとて、これを以て所論のような違法あるものということはできない。
 なお原判決が被告人Eに対して執行猶予の言渡をしなかつたのは、同人が共産党
員であるが故であるとは認められないから、このことを前提とする論旨はいずれも
全く理由がない。
 同第二点について。
 被告人Eは、原審において被告人G、同K及び同Hと併合審理を受けたが共犯で
はない。また原判決が被告人Eに負担させた訴訟費用は、同被告人の特別弁護人中
嶋輝年が同被告人のために申請した(記録四二一丁)証人Lに対して支給されたも
のであつて、この証人費用がE被告人のために特に要した訴訟費用であることは、
原審公判調書に照らしてみて明らかである。してみれば原判決が訴訟費用をE被告
人の単独の負担としたことは当然であつて所論のような違法はない。また判決書に
訴訟費用を負担せしめた理由を記載する必要のないことはいうを俟たない。なお原
判決はE被告人が共産党員であるが故にこれに訴訟費用を負担せしめたものである
とは認められないから、所論はすべて理由がない。
 同第三点について。
 原判決はM外五名に対する政令第二〇一号違反被告事件記録中被告人Gに対する
検察事務官の訊問調書中同人の供述記載及び同記録中の検事の宮川武彦に対する聴
取書中同人の供述記載並びにN外二名に対する政令第二〇一号違反事件記録中検察
事務官のNに対する第一回聴取書中同人の供述記載を証拠として挙示している。論
旨は、右の被告事件なるものが如何なる裁判所の被告事件であるかすら明らかでな
いから、違法であると主張するのであるが、記録を調べてみると、右被告事件は本
件記録中第一審裁判所並びに原審裁判所の被告事件であること明瞭であるばかりで
なく、右の各聴取書及び訊問調書はいずれも原審公判に顕出され適式の証拠調の手
続が行われたものであるから、原判決がこれ等を証拠として採用したことには所論
のような違法はない。
 また所論Pの聴取書は、所論のように単なる推測を供述したものではなく、事実
に関する同人の過去の見聞の供述であること明白であるから、原判決がこれを証拠
として採用したことには何等の違法もなく、論旨は理由がない。
 同第四点について。
 原審公判廷においてE被告人が、庫内手、機関車乗務員の給与が甚だ悪いに拘ら
ず、政府はその改善について何等の措置をもとらないので、自分等の当然の権利を
奪還するために闘つているのである、という趣旨の供述をしたことは所論のとおり
である。しかし、政府が給与の改善について有效な措置をとつたか否かということ
は罪となるべき事実の記載として必要なきことであるから、原判決がそのことにつ
いての判断を示さなかつたからといつて、所論のような違法あるものということは
できない。論旨はそのことを以て憲法三七条に違反するものであると主張している
が、憲法三七条にいわゆる公平な裁判所の裁判とは、構成その他において偏頗のお
それなき裁判所の裁判という意味であること、当裁判所の判例(昭和二二年(れ)
第一七一号、同二三年五月五日大法廷判決)の示すとおりであるから、この場合に
あたらない。論旨はすべて理由がない。
 同第五点について。
 マツクアーサー書簡が国家公務員制度を法律によつて改正することを要求してい
るという前提に立つて昭和二三年政令第二〇一号の無效を主張する論旨については、
同書簡はその指令を実施するための応急的措置として命令によつて公務員法を改正
することを許さない趣旨とは認められないから、これを採用することができない。
その他の論旨いずれも理由なきことは、森長弁護人の上告趣意第二点第三点及び第
四点並びに小沢弁護人の上告趣意第一点について述べたところによつて明らかであ
る。
 同第六点について。
 刑事裁判は公訴の提起のあつた被告人を裁判するものであるから、仮りに所論の
ように内閣総理大臣、運輸大臣等の高級職員が被告人等を免雇し懲戒したことが本
件政令第二〇一号に違反する争議手段であつたとしても、起訴されない以上裁判所
はこれを処罰することはできない。裁判所が起訴されないものを罰しなかつたこと
は、起訴された本件被告人等の処罰の合法性を少しでも左右する理由とはならない。
論旨は、政府高級職員に対する起訴がないならば、当然に本件被告人の審理を拒否
し、公訴棄却又は無罪の判決をすべく、さもなければ憲法三七条に違反することと
なると主張するが、憲法三七条に公平な裁判所の裁判というのは、上に第四点につ
いて説明したとおりであるから、右のような場合はこれにあたらない。なお本件政
令のいわゆる公務員の中には国鉄現業員たる被告人等を含まないという論旨の理由
なきことは、森長弁護人の上告趣意第三点((三))について説明したところによ
つておのずから明らかであろう。要するに論旨はいずれも理由がない。
 同第七点について。
 論旨の理由なきこと、既に小沢弁護人の上告趣意第四点について述べたとおりで
ある。
 よつて旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官栗山茂の意見、裁判官真野毅の反対意見を除く他の裁判官全員
一致の意見によるものである。
 裁判官栗山茂の意見は次のとおりである。
 (一) 弁護人森長英三郎の上告趣意第二点について。
 ポツダム宣言受諾の効果として契約関係の基礎において「わが国の統治の権限が
連合国最高司令官の制限の下におかれることになつた」と解するのが多数意見であ
る。この見解はポツダム宣言の受諾に伴い成立した休戦条約の実施と同時に開始さ
れた占領の性質を正解しないのによるものであるから左の理由により同調できない。
この意見は弁護人小沢茂の上告趣意第一点、同福田力之助の上告趣意第一点及び第
二点、同青柳盛雄の上告趣意、同岡林辰雄の上告趣意第五点において多数意見が森
長弁護人の上告趣意第二点の説明を援用している場合にもそれぞれ援用するもので
ある。
 (1) ポツダム宣言の条項中には敵対行為の停止に関する軍事条項(軍隊の無
条件降伏の如き)と平和の予備条項(領土の割譲軍隊の帰還等の如き)とが含まれ
ていて、いずれも相手国の合意を前提とするものである。―而して当事国の合意に
よつて敵対行為が停止されるものは国際法上休戦条約と呼ばれるものである。―他
方同宣言の条項中には連合国は相手国の合意を前提としないものがある。戦争犯罪
人の処罰の如き新秩序建設(内政干渉)のためにする占領の如きはそれである。し
かし相手国の合意を前提とはしないがその実施には我方の協力が望ましいから(例
えば占領行政の如き)その協力が要求されたのである。
 (2) ポツダム宣言の条頃中相手国の合意を前提とするものについてはポツダ
ム宣言の受諾は休戦条約の成立を意味するものであるが、(而して休戦条約はいわ
ゆる降伏文書の調印に終るポツダム宣言の受諾に関する一連の往復文書によつて成
立したと解すべきである)右休戦の成立にかかわらず連合国は同宣言第七項で「新
秩序ガ建設セラレ且日本国ノ戦争遂行能力ガ破砕セラレタコトノ確認アルマデ」日
本国領土内の諸地点を占領する旨を宣明している。而してこれについて降伏後にお
ける米国の初期の対日方針は「右占領ハ日本国ト戦争状態ニ在ル聯合国ノ利益ノ為
行動スル主要聯合国ノ為ノ軍事行動タルノ性質ヲ有スベシ」と説明している。(尤
も休戦と日本の場合のような軍事行動の拡大となる占領とはたとえ戦争状態が存続
していても両立しないものであるから国際法上はこの点は問題とする余地がある。)
即ち軍事行動である占領は敵の同意を前提とするものでないから連合国の意図は右
占領を休戦から除外し、たとえ休戦条約が成立してもその成立に当つて占領を留保
しているものと解すべきである。それ故一九四五年八月一一日附で米英ソ中の四国
政府の名において米国政府が日本国政府の同月一〇日附申入に対する回答において
「降伏ノ時ヨリ天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ降伏条項ノ実施ノ為其ノ必要
ト認ムル措置ヲ執ル連合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」と答えたの
はとりもなおさず、休戦実施の時(それは同時に占領開始の時である。)から被占
領地域は事実上占領軍司令官の権力内に置かれるから(ヘーグ陸戦ノ法規慣例ニ関
スル規則四条)右権力の行使と両立しない限度において被占領国の統治の権限が事
実上制限されることを指摘したのである。而して降伏文書第八項はこれを受けて同
趣旨を重ねて宣明しているものである。
 (3) 我方はボツダム宣言の条項で当事国の合意を前提とするものについては
我方が誠実に履行するのは固より、同宣言の条項中その合意を前提としないものに
ついても我方の協力を約束したのである。降伏文書第六項がそれである。即ち連合
国は降伏文書において我方をして「ポツダム宣言ノ条項ヲ誠実ニ履行スルコト並ニ
右宣言ヲ実施スル為連合国最高司令官又ハ其ノ他特定ノ連合国代表者ガ要求スルコ
トアルベキ一切ノ命令ヲ発シ且斯ル一切ノ措置ヲ執ルコト」を約束せしめたのであ
る。しかし我方が連合国軍の占領行政に協力することを応諾してもそのために占領
の性質には変りはない。この約束は占領軍からすれば占領行政が支障なく運行され
ることであり他方被占領国からすれば国際法上占領軍の命令に服従すべき彼占領国
民の義務と併せて日本国政府の協力義務があるということである。さればこの約束
があるからといつて連合国最高司令官の被占領国民に対し行使する権力とその義務
とに変りがないことは明である。連合国最高司令官が軍事占領者として有する権力
と義務とは国際法上の法規及び慣例に基くものであつて、この約束に基くものでは
ない。多数意見は「わが国はポツダム宣言を受諾し、降伏文書に調印して、連合国
に対して無条件降伏をした。」とし「その結果連合国最高司令官は降伏条項を実施
するため適当と認める措置をとる権限を有し云々」というけれども、わが国はポツ
ダム宣言を受諾した結果契約関係として成立した休戦条約その他降伏文書の規定に
かかわりなく休戦と同時に連合国が留保している占領が開始されたため連合国最高
司令官が占領行政を行使することとなつて「この限りにおいてわが国の統治の権限
は連合国最高司令官の制限の下に置かれることになつた」のである。それ故ポツダ
ム宣言の受諾を無条件降伏と呼ぶと否とにかかわらずわが国の統治の権限が連合国
最高司令官の制限の下に置かれることになつたのは同宣言受諾の効果ではなく同宣
言中我方の同意を前提としない占領の効果に外ならないのである。
 (4) 右にいう占領の結果として占領軍の新秩序建設のためにする内政干渉は
二つの形式をとつたのである。一つはわが国の統治の権力の行使に協力する形式で
あつて、いわゆる内面指導である。等しく占領軍の息のかかつたものであるが、こ
の形式はわが憲法のわく内におけるものであるから、わが国家意思の発動というべ
きである。他の一つの形式はわが国の統治の権力にかかわりなく連合国最高司令官
の要求として我方に発動されたものである。(降伏文書第六項)而して後者につい
て我方から軍の必要に協力する形式を規定したのが即ち緊急勅令五四二号である。
かように考えてくると、占領中わが国の法秩序には二元的渕源があつた事実はこれ
を認めざるを得ない。それ故右勅令五四二号によつて、所要の定めをした「連合国
最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項」は結局連合国の軍の必要に基く事項であるから
その権力から来る法秩序である。もともと緊急勅令五四二号はその制定当初はわが
国の統治の権限の行使として発足したものであろうが(当初は連合国の占領がどう
いう行き方をするかわからなかつたのである。)占領の進行に伴い連合国最高司令
官のなす要求にかかる事項について所要の定めをなす唯一の形式となつたものであ
るからこれ又連合国の軍権力に因る法源と不可分の関係にあるものとして日本国憲
法にかかわりなく効力あるものと認めるのが相当と考える。
 (二) 弁護人森長英三郎の上告趣意第四点について。
(1) 憲法二八条が保障している権利は私有財産制度を前提としていることは沿
革上明である。羅馬法以来の私有財産権の至上性が十八世紀的個人主義即ち個人の
意思の至上性と結付いて経済活動をする場合に、企業家のもつ力は公権力の至上性
にも比すべきものがある。かような企業家又はその利益の代表者即ち使用者と被傭
者が取引するものとすれば双方が対等な交渉力を持つのでなければ契約の自由はあ
りえない。この労使(労資)の対等取引を前提として正義を分配しそれを保障した
ものが憲法二八条である。然るに国又は地方公共団体とその公務員との関係は毫も
対等取引を前提とする関係でもなければ又もとより私有財産制度を前提とする労使
の関係にかかわりないものである。それ故公務員は憲法二七条にいう勤労の権利を
有する者であることは勿論であるけれども本質的に憲法二八条の勤労者ではないの
であつて、同条が保障している権利はもともと享有していないのである。憲法二七
条の勤労の権利の内容が何であるかはしばらくおくとしても事業主でも失業者でも
等しく同条の勤労の権利を有する者であるけれども、同条の勤労の権利を有する者
はすべて使用者と被傭者との関係、ことにその対等な交渉関係を前提要件とする憲
法二八条の勤労者であるということはできない。されば旧労働組合法四条一項の警
察官吏等の組合結成禁止の規定はこれ等の公務員が労資の利害を前提とする憲法二
八条の団結権の保障には均霑しないものであることを明にしただけのことである。
多数意見のように警察官吏等はもとから憲法二八条の組合結成権を享有しているけ
れども彼等は「全体の奉仕者」であるから公共の福祉で、法律により之を取上げら
れたものと解すべきではない。
 多数意見は又国又は公共団体の非現業官吏が争議行為を禁止されたのも(法律一
七五号による改正前の労働関係調整法三八条)前記警察官吏等と同じ理由即ち公共
の福祉で法律によつてもともと憲法二八条で享有している争議権が剥奪されたと解
するのである。しかし実は現業官吏たると非現業官吏たるとを問わず、公務員であ
る以上は結局前に述べたと同じ理由で憲法二八条の勤労者でもなく、その保障して
いる争議権を享有しているものではない。もとより同条の権利を享有していなくと
も法律が之を附与するかどうかは立法政策の問題にすぎない。されば前記労働関係
調整法三八条が非現業官吏の争議行為を禁止し之と同時に現業官吏の争議行為を容
認したとしても、それは憲法二八条の保障にかかわりないものである。故に同条の
禁止は公共の福祉を理由に憲法二八条の保障が否定されたものと解すべからざるは
いうまでもない。
(2) 憲法二八条の権利が私有財産制度を前提とするということはとりもなおさ
ず資本主義経済を前提とするということである。それ故資本主義経済を否定する制
度においてはその保障の理由はない。けれども資本主義経済の範囲内でもその修正
例えば特定の私的企業における私有財産権を社会化し公有化することが是認される。
この場合に利潤を追う資本(私有財産たる株主の投資)の力は排除されたけれども
公有財産としての企業の形態は私的企業の形態と異るところがない。それに現代の
発達した産業組織では生産手段の所有(株主)とその管理(経営)とは分離されて
いて、後者は公有企業におけると等しく有給職員にすぎないものであつて私的企業
と言つても公有企業とその経営の面において異るところがないから勤労者の立場か
らすれば賃金、就業時間、休息その他の勤労条件等の法律上の保護を受くべきはも
とより(憲法二七条二項)組合の結成についても差別さるべき理由がないといえる
のである。それ故私有財産制度を前提とする労資の関係に準じてできるだけ公有企
業における労使の関係をも調整せしめるのが公正且妥当であるといえるのである。
しかしそれは一に立法による労働政策の問題にすぎない。それ故多数意見のように
旧労働組合法又は労働関係調整法(法律一七五号による改正前の)から逆に憲法二
八条の権利を帰納すべからざるは言うまでもない。例えば旧労働組合法三条は憲法
二八条の勤労者よりも広い労働者を指すと同時に同法五条、一一条(改正後の七条)
一二条(改正後の八条)の如きは罷業権を内在する憲法二八条の権利の確保のため
であるから、公務員又は公有企業の職員には当然に適用ないのであつて、それを多
数意見はこれ等の者も初めからこの権利を享有する労働者であるとし、それが公共
の福祉のため取上げられたと解するものの如くである。
(3) 多数意見は右にいう如く国家公務員はもともと憲法二八条の保障する権利
を享有しているけれども、それを本件政令二〇一号が公共の福祉のため禁止したか
らとてこれを以て憲法二八条に違反するものということはできないとしている。し
かし日本国憲法によればすべての基本的人権はそれを享有している個人の利益のた
めばかりでなく公共の利益のためにも保障されたものであるから公共の福祉のため
に利用さるべき責務を伴つているとされている。このことは個人の幸福と公共の幸
福とは共通のものであつて相排斥する別異のものでないことを意味する。後者が前
者より重いときは後者に吸収されて前者が法律で否定されるのもやむを得ないとい
う考方は絶対主義的のものであつて日本国憲法のものではない。基本的人権が同時
に責務であるということはその責務の範囲をこえれば濫用があるばかりでなく、そ
の責務の範囲内でもその責務に適合するように権利の行使が調整(規制乃至制限で
ある)されることが当然期待されているのである。と同時に憲法は個人の幸福追求
の権利たる財産権は公共の用のため取上げられ(二九条三項)又個人の生命、身体
若しくは財産は刑罰として奪われることを(三一条)明定しているけれども、その
保障している自由及び権利は法律で公共の福祉の名の下に奪われてよいという矛盾
(アンチノミ)をどこにも内蔵してはいないのである。これが多数意見に同調しな
い大きな点である。
 裁判官真野毅の反対意見は次のとおりである。
 わたくしは、本件は刑の廃止があつたものとして、原判決を破棄し免訴を言渡す
べきものと考える。その理由を要約して述べる。
 本件において被告人等は、「国鉄業務運営の能率を阻害する争議手段をとつた」
行為に対し、昭和二三年七月政令第二〇一号二条一項、三条、国家公務員法第一次
改正法律附則八条を適用して処罰されたものである。同政令二条一項には「公務員
は、何人といえども、同盟罷業又は怠業的行為をなし、その他国……の業務の運営
能率を阻害する争議手段をとつてはならない」と定め、同三条には「第二条第一項
の規定に違反した者は、これを一年以下の懲役又は五千円以下の罰金に処する」と
定めている。
 その後昭和二三年一二月三日公布施行された「国家公務員法の一部を改正する法
律」の附則八条において、前記政令は、「国家公務員に関して、その効力を失う」
旨を定めると共に、前記政令が「その効力を失う前になした同令第二条第一項の規
定に違反する行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による」旨を定め
ている。それ故、前記政令の罰則規定は、将来国家公務員に対して効力を及ぼさな
いことになつたと共に、その失効前になされた国家公務員の違反行為に関する限り
において、なお従前の例によつて、前記政令の罰則規定が効力を持続するわけであ
る。だから、昭和二四年一月二九日言渡された原判決当時の法律適用としては、該
政令の罰則規定を適用して被告人等を処罰したことはもとより正当であつて誤りは
ない。前述のように法令改廃の場合に経過規定として「改廃前に行われた犯行に関
する罰則の適用については、なお従前の例による」という附則が定められる事例は
少くない。そして、その意義は、法令改廃の後においてもその改廃以前に行はれた
犯行に対しては、その限度において相対的・部分的に法令の改廃はなく、なお改廃
前の法令が効力を持続し適用されることを意味するものである。いまこれを本件の
場合について言えば、前記国家公務員法の一部改正法が行われた以後においても、
その改正前に行われた犯行に対しては、右改正法の罰則(九八条五項六項、一一〇
条一七号参照)が適用されるものではなく、前記政令の罰則(二条一項、三条参照)
が効力を持続し適用される関係にあるのである。
 しかしそれだからといつて、法令改廃前の違反行為に対しては永久に従前の政令
罰則が適用されることに確定したものと速断することは大いなる誤りである。なぜ
ならば、その後における立法すなわち再度の法令の改廃によつては、前述のように
相対的・部分的に効力を持続している従前の罰則の刑の廃止変更が生じ得るからで
ある。
 そこで、本件に関してこの点を考察すると、その後昭和二三年一二月二〇日公布
(同二四年六月一日施行)の日本国有鉄道法及び公共企業体労働関係法が制定され
た。その前者三四条二項には、日本国有鉄道の「職員には国家公務員法は適用され
ない」と定められ、また同三五条には、「日本国有鉄道の職員の労働関係に関して
は、公共企業体労働関係法の定めるところによる」と定められた。そして、後者二
条においては日本国有鉄道を公共企業体とし、同三条においては公共企業体の職員
に関する労働関係等についてはこの法律の定めるところによるものとし、同一七条
によれば争議行為等は禁止はされているが、処罰の対象とはされていない(一八条)。
かようにして、日本国有鉄道の職員の争議行為等に対しては国家公務員法の罰則規
定(九八条五項六項、一一〇条一七号)及びその他一切の罰則規定は適用されない
し、また公共企業体労働関係法には争議行為等に対して罰則規定は全然設けられて
いないのである。そこで、この両法の制定を境としてその前後の法律状態を較べて
みると、本件におけるがごとく昭和二三年一二月三日の国家公務員法一部改正法以
前の「国鉄職員の争議行為等」の犯行については、なお従前の例により、前記政令
二条一項及び三条の罰則が相対的・部分的に効力を持続し適用されていたものが、
前記両法の制定により「国鉄職員の争議行為等」については全然罰則がなくなつた
のであるから、この意義において刑の廃止があつたものと認めるを相当とする。(
この前記両法の制定に際しては、経過規定として前記政令第二条一項の規定に違反
する行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による旨の規定はおかれて
はいない。これはあるいは立法の不備ないし疎漏であつたかも知れないと思われる
が、いやしくもかかる経過規定を欠く以上法令の改廃により法律状態の変更を生ず
るに至つたときは、従前の犯行に対して従前の罰則を適用して処罰することはでき
ないものと信ずる。)それ故、原判決を破棄し被告人等に対し免訴を言渡すを相当
とする。
 裁判長裁判官塚崎直義、裁判官長谷川太一郎、同沢田竹治郎、同穂積重遠は合議
に干与しない。
 検察官 竹原精太郎関与
  昭和二八年四月八日
     最高裁判所大法廷
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介

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