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平成24年3月7日判決言渡
平成22年(ネ)第7078号残業代金等請求,残業代等請求控訴事件
主文
1原判決を次のとおり変更する。
2(1)1審被告は,1審原告Aに対し,356万9309円及び【別紙1-1
-1】「未払残業代目録(原告A)」の各月の「未払残業代」欄記載の金額
に対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日から支払済みまで
年6分の割合による金員を支払え。
(2)1審被告は,1審原告Aに対し,259万6023円及びこれに対する判
決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3(1)1審被告は,1審原告Bに対し,247万5841円及び【別紙1-1-
2】「未払残業代目録(原告B)」の各月の「未払残業代」欄記載の金額に
対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年
6分の割合による金員を支払え。
(2)1審被告は,1審原告Bに対し,224万0622円及びこれに対する判
決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4(1)1審被告は,1審原告Cに対し,312万1765円及び【別紙1-1-
3】「未払残業代目録(原告C)」の各月の「未払残業代」欄記載の金額に
対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年
6分の割合による金員を支払え。
(2)1審被告は,1審原告Cに対し,289万6152円及びこれに対する判
決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5(1)1審被告は,1審原告Dに対し,106万0806円及び【別紙1-1-
4】「未払残業代目録(原告D)」の各月の「未払残業代」欄記載の金額に
対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年
6分の割合による金員を支払え。
(2)1審被告は,1審原告Dに対し,106万0806円及びこれに対する判
決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6(1)1審被告は,1審原告Eに対し,158万9159円及び【別紙1-1-
5】「未払残業代目録(原告E)」の各月の「未払残業代」欄記載の金額に
対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年
6分の割合による金員を支払え。
(2)1審被告は,1審原告Eに対し,158万9159円及びこれに対する判
決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7(1)1審被告は,1審原告Fに対し,249万7638円及び【別紙1-1-
6】「未払残業代目録(原告F)」の各月の「未払残業代」欄記載の金額に
対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年
6分の割合による金員を支払え。
(2)1審被告は,1審原告Fに対し,226万9675円及びこれに対する判
決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
81審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
9訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を1審原告らの負担
とし,その余を1審被告の負担とする。
10本判決主文第2項(1),第3項(1),第4項(1),第5項(1),第6項(1),第7
項(1)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
11審被告
(1)原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
(2)上記部分につき1審原告らの請求をいずれも棄却する。
21審原告ら
(1)原判決を次のとおり変更する。
ア(ア)1審被告は,1審原告Aに対し,630万6417円及び【別紙2
-1-1】「未払残業代請求目録(控訴人A)」の各月の「未払残業代」
欄記載の金額に対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日
から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(イ)1審被告は,1審原告Aに対し,630万6417円及びこれに対
する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
イ(ア)1審被告は,1審原告Bに対し,424万4598円及び【別紙2
-1-2-②】「未払残業代請求目録(控訴人B)」の各月の「未払残
業代」欄記載の金額に対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日
の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(イ)1審被告は,1審原告Bに対し,424万4598円及びこれに対
する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
ウ(ア)1審被告は,1審原告Cに対し,440万0088円及び【別紙
2-1-3】「未払残業代請求目録(控訴人C)」の各月の「未払残業
代」欄記載の金額に対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の
翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(イ)1審被告は,1審原告Cに対し,440万0088円及びこれに対
する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
エ(ア)1審被告は,1審原告Dに対し,199万8546円及び【別紙2
-1-4】「未払残業代請求目録(控訴人D)」の各月の「未払残業代」
欄記載の金額に対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日
から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(イ)1審被告は,1審原告Dに対し,199万8546円及びこれに対
する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
オ(ア)1審被告は,1審原告Eに対し,282万2703円及び【別紙2
-1-5】「未払残業代請求目録(控訴人E)」の各月の「未払残業代」
欄記載の金額に対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日
から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(イ)1審被告は,1審原告Eに対し,282万2703円及びこれに対
する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
カ(ア)1審被告は,1審原告Fに対し,443万0873円及び【別紙2
-1-6】「未払残業代請求目録(原告F)」の各月の「未払残業代」
欄記載の金額に対する同目録記載の各月の「支払日」欄記載の日の翌日
から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(イ)1審被告は,1審原告Fに対し,443万0873円及びこれに対
する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
(2)仮執行宣言
第2事案の概要
11審原告らは,1審被告に登録型派遣社員として雇用され,株式会社G(以
下「G」という。)に添乗員として派遣され,Gが主催する募集型企画旅行の
添乗業務(以下「本件添乗業務」ともいう。)に従事していた。
本件は,1審原告らが,本件添乗業務につき未払の時間外割増賃金等がある
と主張して,1審被告に対し,【別紙2-1-1~6】(ただし,【別紙2-
1-2】については【別紙2-1-2-①】)の各「未払残業代請求目録」に
記載された未払時間外割増賃金等及びこれに対する各支払期日の翌日から各支
払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるととも
に,この未払時間外割増賃金等と同額の付加金及びこれに対する判決確定の日
の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求
める事案である。
1審被告は,本件添乗業務には労働基準法(平成20年法律第89号による
改正前のもの。以下「労基法」という。)38条の2が定める事業場外労働時
間のみなし制の適用がある等と主張して,これを争った。
原審は,本件添乗業務には事業場外労働時間のみなし制の適用があるとした
上,みなし労働時間を判定して,【別紙3】のとおり,1審原告らの請求を一
部認容した。
1審原告ら及び1審被告は,原判決中それぞれの敗訴部分を不服として控訴
した。ただし,1審原告Bは,請求額を【別紙2-1-2-②】「未払残業代
請求目録(控訴人B)」記載のとおりに減縮した。
2事案の概要の詳細は,後記3を加え,次のとおり補正するほかは,原判決の
「事実及び理由」の「第2事案の概要等」の2,3及び「第3当事者らの
主張」の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,引
用部分中の「本件派遣先」をいずれも「G」と,「添乗員業務」をいずれも「添
乗業務」と,「本件みなし制度」をいずれも「事業場外労働時間のみなし制」
と,「労働基準法」をいずれも「労基法」とそれぞれ改める。
(1)原判決7頁12行目の「なっており,」の次に「これが」を加える。
(2)同14頁9行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。
「(4)募集型企画旅行契約の内容等(乙8,9)
国土交通省が旅行業法12条の3に基づいて公示している標準旅行業
約款の募集型企画旅行契約の部には,以下の定めがあり,Gが標準旅行
業約款に準拠して定める旅行業約款(募集型企画旅行契約の部)にも,
同様の定めがある。
(用語の定義)
2条1項「この約款で「募集型企画旅行」とは,当社が,旅行者の募
集のためにあらかじめ,旅行の目的地及び日程,旅行者が提供を受
けることができる運送又は宿泊のサービスの内容並びに旅行者が当
社に支払うべき旅行代金の額を定めた旅行に関する計画を作成し,
これにより実施する旅行をいいます。」
(旅行契約の内容)
3条「当社は,募集型企画旅行契約において,旅行者が当社の定める
旅行日程に従って,運送・宿泊機関等の提供する運送,宿泊その他
の旅行に関するサービス(以下「旅行サービス」といいます。)の
提供を受けることができるように,手配し,旅程を管理することを
引き受けます。」
(契約書面の交付)
9条1項「当社は,前条の定める契約の成立後速やかに,旅行者に,
旅行日程,旅行サービスの内容,旅行代金その他の旅行条件及び当
社の責任に関する事項を記載した書面(以下「契約書面」といいま
す。)を交付します。
9条2項「当社が募集型企画旅行契約により手配し旅程を管理する義
務を負う旅行サービスの範囲は,前項の契約書面に記載するところ
によります。」
(契約内容の変更)
13条「当社は,天災地変,戦乱,暴動,運送・宿泊機関等の旅行サ
ービス提供の中止,官公署の命令,当初の運行計画によらない運送
サービスの提供その他の当社の関与し得ない事由が生じた場合にお
いて,旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは,
旅行者にあらかじめ速やかに当該事由が関与し得ないものである理
由及び当該事由との因果関係を説明して,旅行日程,旅行サービス
の内容その他の募集型企画旅行契約の内容(以下「契約内容」といい
ます。)を変更することがあります。ただし,緊急の場合において,
やむを得ないときは,変更後に説明します。」
(旅程管理)
23条「当社は,旅行者の安全かつ円滑な旅行の実施を確保すること
に努力し,旅行者に対し次に掲げる業務を行います。ただし,当社
が旅行者とこれと異なる特約を結んだ場合には,この限りではあり
ません。
一旅行者が旅行中旅行サービスを受けることができないおそれが
あると認められるときは,募集型企画旅行契約に従った旅行サー
ビスの提供を確実に受けられるために必要な措置を講ずること。
二前号の措置を講じたにもかかわらず,契約内容を変更せざるを
得ないときは,代替サービスの手配を行うこと,この際,旅行日
程を変更するときは,変更後の旅行日程が当初の旅行日程の趣旨
にかなうものとなるように努めること。また,旅行サービスの内
容を変更するときは,変更後の旅行サービスが当初の旅行サービ
スと同様のものとなるよう努めること等,契約内容の変更を最小
限にとどめるよう努力すること。」
(添乗員等の業務)
25条1項「当社は,旅行の内容により添乗員その他の者を同行させ
て第二十三条各号に掲げる業務その他当該募集型企画旅行に付随し
て当社が必要と認める業務の全部又は一部を行わせることがありま
す。」
25条2項「前項の添乗員その他の者が同項の業務に従事する時間帯
は,原則として八時から二十時までとします。」
(旅程保証)
29条1項「当社は,別表第二上欄に掲げる契約内容の重要な変更(次
の各号に掲げる変更(運送・宿泊機関等が当該旅行サービスの提供
を行っているにもかかわらず,運送・宿泊機関等の座席,部屋その
他の諸設備の不足が発生したことによるものを除きます。)を除き
ます。)が生じた場合は,旅行代金に同表下欄に記載する率を乗じ
た額以上の変更補償金を旅行終了日の翌日から起算して三十日以内
に支払います。ただし,当該変更について当社に第二十七条第一項
の規定に基づく責任が発生することが明らかである場合には,この
限りではありません。
一次に掲げる事由による変更
イ天災地変
ロ戦乱
ハ暴動
ニ官公署の命令
ホ運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止
ヘ当初の運行計画によらない運送サービスの提供
ト旅行参加者の生命又は身体の安全確保のため必要な措置
二第十六条から第十八条までの規定に基づいて募集型企画旅行契
約が解除されたときの当該解除された部分に係る変更」
(別表第二)
上欄に掲げる変更補償金の支払いが必要となる事項
「一契約書面に記載した旅行開始日又は旅行終了日の変更
二契約書面に記載した入場する観光地又は観光施設(レストランを
含みます。)その他の旅行の目的地の変更
三契約書面に記載した運送機関の等級又は設備のより低い料金のも
のへの変更(変更後の等級及び設備の料金の合計額が契約書面に記
載した等級及び設備のそれを下回った場合に限ります。)
四契約書面に記載した運送機関の種類又は会社名の変更
五契約書面に記載した本邦内の旅行開始地たる空港又は旅行終了地
たる空港の異なる便への変更
六契約書面に記載した本邦内と本邦外との間における直行便の乗継
便又は経由便への変更
七契約書面に記載した宿泊機関の種類又は名称の変更
八契約書面に記載した宿泊機関の客室の種類,設備,景観その他の
客室の条件の変更
九(記載省略)」
(5)労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備
等に関する法律(以下「労働者派遣事業法」という。)の定め
1審原告らは,1審被告からGに派遣されて添乗業務に従事したもので
あるところ,労働者派遣の場合,派遣先における業務の遂行に必要な限度
で派遣中の労働者に対する指揮命令が派遣先に委ねられており,労働者派
遣事業法42条は,派遣先に対し,派遣中の労働者に係る派遣就業をした
日,派遣就業をした日ごとに始業し,及び終業した時刻並びに休憩した時
間等の事項を記載した派遣先管理台帳の作成(同条1項)及びこれらの事
項を派遣元事業主に通知すること(同条3項)を義務付けており,同法4
4条2項は,派遣中の労働者の派遣就業に関しては,派遣先の事業のみを,
派遣中の労働者を使用する事業とみなして,休憩,休日,時間外労働等に
関する労基法34条,35条,36条1項等を適用すると規定している。
しかし,同法37条(時間外,休日及び深夜の割増賃金),38条の2
(事業場外労働時間のみなし制)は,労働者派遣事業法44条2項の特例
の対象となっておらず,原則どおり派遣元の使用者に適用されるのである
から,休日,時間外労働等の有無やその時間は,派遣先であるGが把握し
て1審被告に通知し,その対価である割増賃金の支払義務は派遣元の使用
者である1審被告が負う関係となる。」
(3)同16頁22行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。
「エ以上のとおり,1審原告らの添乗業務は,アイテナリー等の事前の具
体的な旅程の指示があり,添乗マニュアルなどによって始業・就業の指
示がなされ,旅程遂行中(添乗業務の遂行中)に添乗員に対する連絡・
指示手段があり,事後の詳細な添乗日報の提出により具体的な労働遂行
過程を報告しているのであるから,労働時間の算定は可能であり,始業
時刻から終業時刻までの間の,休憩時間ないし非労働時間さえ特定でき
れば(ただし,1審原告らは,添乗業務遂行中に休憩時間ないし非労働
時間は存在しないと主張するものである。),労働時間の認定は極めて
容易である。
そして,本件における1審原告らの労働時間は,1審原告Aにつき【別
紙2-3-1】「時間外労働一覧(原告A)」記載のとおり,1審原告
Bにつき【別紙2-3-2】「別紙未払残業代請求目録(月別)」記載
のとおり,1審原告Cにつき【別紙2-3-3】「時間外労働一覧(原
告C)」記載のとおり,1審原告Dにつき【別紙2-3-4】「別紙未
払残業代請求目録(月別)」記載のとおり,1審原告Eにつき【別紙2
-3-5】「時間外労働一覧(原告E)」記載のとおり,1審原告Fに
つき【別紙2-3-6】「(別紙)時間外労働一覧(原告F)」記載の
とおりである。」
(4)同22頁6行目の「被告会社は」を「ア1審被告は」と改め,同頁1
3行目冒頭から16行目末尾までを次のとおり改める。
「また,固定残業代制が適法と認められるためには,賃金のうち,割増賃
金部分が明確に区別され,労基法所定の計算による金額がその額を上回る
ときはその差額を当該賃金支払期日に支払うことが使用者と労働者の間で
合意されていなければならないが,本件においてはそのような合意は存在
しない。」
(5)同22頁19行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。
「イそして,1審原告らの日当が8時間の所定労働時間の対価であること
を前提とし,前記第2,2(1)エの労働時間により,各支払期日における
未払残業代等を算出すると,1審原告A(なお,1審原告Aは早朝深夜
割増賃金を請求しない。)につき【別紙2-1-1】「未払残業代請求
目録(控訴人A)」記載のとおり,1審原告Bにつき【別紙2-1-2
-②】「未払残業代請求目録(控訴人B)」記載のとおり,1審原告C
につき【別紙2-1-3】「未払残業代請求目録(控訴人C)」記載の
とおり,1審原告Dにつき【別紙2-1-4】「払残業代請求目録(控
訴人D)」記載のとおり,1審原告Eにつき【別紙2-1-5】「未払
残業代請求目録(控訴人E)」記載のとおり,1審原告Fにつき【別紙
2-1-6】「未払残業代請求目録(控訴人F)」記載のとおりとなる。」
3付加金について
(1)1審被告の主張
ア仮執行の宣言に基づく給付
1審被告は,平成22年10月4日,1審原告らに対し,原判決の仮
執行の宣言に基づき,原判決主文において支払を命じられた未払賃金及
びそれに対する年6分分の割合による遅延損害金を支払った。
イ付加金について
(ア)本件について,1審被告は,1審原告らが加入する組合から割増
賃金の支払要求を受けたことから,事業場外労働時間のみなし制の適
用の有無についての主張が対立しており,未払賃金の有無及び仮にそ
れが存在するとしてその金額を算定することが困難な状況ではあった
ものの,紛争解決のため,添乗員に対して一定額(日当を11.75
で除して1時間の単価を出し,それに過去2年分の添乗日数を乗じた
額)の支払を提示した。それに対し,1審原告らが加入している組合
の当時の組合員25名中16名については1審被告の提案に応じ請求
を取り下げることを明らかにしたが,1審原告らがこれに応じなかっ
たため,今日に至っているものである。1審被告としては,仮に1審
被告に未払割増賃金債務があるのであれば,その支払を拒むものでは
ない。添乗業務に事業場外労働時間のみなし制の適用があるか否かの
解釈には争いがあるのであるから,1審被告が三田労働基準監督署に
よる添乗業務には事業場外労働時間のみなし制を適用できない旨の指
導に従わなかったことをもって,1審被告の対応が悪質であると評価
されるものではない。
したがって,仮に1審被告に未払割増賃金債務が認められたとして
も,本件事情の下において,1審被告に対して付加金の支払を命じる
ことは相当ではない。
(イ)裁判所が付加金の支払を命ずるには,口頭弁論終結時において割
増賃金不払の事実が存在することが必要であると解されるところ,前
記アのとおり,1審被告は1審原告らに対し原判決主文において支払
を命じられた未払割増賃金及びそれに対する年6分の割合による遅延
損害金を支払っているのであるから,付加金を付することはできない。
また,控訴審判決主文において支払を命じられる未払割増賃金及び
遅延損害金の額が原判決主文において支払を命じられた額を上回る場
合であっても,一審被告は,不足額の追加支払を拒むものではないの
であるから,当該不足額について付加金を付することは相当でない。
ウ遅延損害金について
前記アのとおり,原判決の仮執行宣言に基づく給付として,1審被告
が,平成22年10月4日,1審原告らに対し,原判決主文において支
払を命じられた未払賃金及びそれに対する年6分の割合による遅延損害
金を,各預金口座に振込送金して支払ったところ,1審原告らは,同月
14日,1審被告に対し,受領を拒否する意思を明らかにした。
したがって,1審被告は,1審原告らが受領拒絶の意思表示をした同
日以降債務不履行責任を免れたのであり,同日以降の遅延損害金の支払
義務を負わない。
(2)1審原告らの主張
1審被告は,労働基準監督署による是正勧告に従わず,時間外割増賃金
の支払を拒否しており,1審原告らによる付加金の請求は認められるべき
である。
第3当裁判所の判断
11審原告らの添乗業務の内容について
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第4争点に
対する判断」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,引
用部分中の「本件派遣先」をいずれも「G」と改める。
(1)原判決24頁5行目の「甲A49,」の次に「甲B3」を,「甲B48,」
の次に「甲C2」を,「甲F32」の次に「乙8,9」をそれぞれ加える。
(2)同25頁1行目の「(なお」から同頁2行目の「されていない。)」ま
でを「。指示書には,旅行日程の記載があり,ツアー中の各日について,
最初の出発場所と最終の到着場所,その間の運送機関と観光地及びそれぞ
れの出発時刻,到着時刻,所要時間等が記載されている」と改める。
(3)同25頁19行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。
「また,最終日程表には,発着地,交通機関,スケジュールの欄があり,
ツアー中の各日について,最初の出発場所と最終の到着場所,その間の運
送機関と観光地及びそれぞれの出発時刻,到着時刻,所要時間等が記載さ
れている。」
(4)同25頁22行目の「ツアーの催行時において,」の次に「天災地変,
戦乱,暴動,運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止,官公署の命令
等の主催旅行会社の関与し得ない事由が生じ,旅行の安全かつ円滑な実施
を図るためやむを得ないときでなければ,」を加える。
(5)同30頁15行目の「添乗員日報」を「添乗日報」と改め,同頁16行
目末尾に「添乗日報については,最新の情報が得られ,次の添乗やコース
作りの参考になるように,ツアー内容につき時間を含めて正確で詳細な記
載が求められており,ツアー中の各日ごとに,旅程に沿って出発地,運送
機関の発着地,観光地や観光施設,到着地について出発時刻,到着時刻を
記載し,さらに食事の内容や各施設の状況等を記載するようになっていて,
添乗日報の記載内容は,添乗員の旅程管理の状況を把握することができる
ものとなっている。」を加える。
(6)同32頁9行目の「1時間半ほど前」を「の1時間半から1時間ほど前」
と改める。
(7)同34頁21行目の「記載がされ」から同頁22行目末尾までを「記載
されており,到着時刻,出発時刻,所要時間等についての詳細な記載が求
められている。」と改める。
(8)同35頁21行目冒頭から同36頁10行目末尾までを次のとおり改
める。
「(4)旅程等の変更について
前提事実(4)のとおり,パンフレット及び最終日程表におけるツアーの
旅行日程の記載のうち,旅行開始日や旅行終了日,観光地や観光施設(レ
ストランを含む。)その他の旅行目的地,運送機関,宿泊機関等は,旅
行主催会社(G)と参加者との間の契約に基づく旅程保証の対象となり,
その変更は,原則として変更補償金の支払義務を発生させるものである。
そのため,添乗員は,そのような変更が生じないように旅程管理するこ
とが義務付けられている。
一方,旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは,必
要最小限において旅行日程を変更することがあり,この変更業務を添乗
員が行うことがあるが,添乗員は,事故などの大きなトラブルのほか,
旅程やホテルの変更等ツアー参加者との契約上問題となる変更,ツアー
参加者からのクレームの対象となりそうな変更が必要となったときに
は,本件派遣先の営業担当者宛に報告し,指示を受けることが義務付け
られており,携帯電話を所持しツアー開始後常時電源を入れておくよう
求められている。」
2本件添乗業務に対する事業場外労働時間のみなし制(労基法38条の2)
の適用の可否について
(1)事業場外労働時間のみなし制について
労基法38条の2第1項は,その本文で,労働者が事業場外で業務に従
事した場合において,労働時間を算定し難いときには,所定労働時間労働
したものとみなす旨定め,そのただし書で,当該業務を遂行するためには
通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては,当
該業務に関しては,厚生労働省令で定めるところにより,当該業務の遂行
に通常必要とされる時間労働したものとみなす旨定めている(事業場外労
働時間のみなし制)。
この制度は,労働者が事業場外で行う労働で,使用者の具体的な指揮監
督が及ばないため,使用者による労働時間の把握が困難であり,実労働時
間の算定が困難な場合に対処するために,実際の労働時間にできるだけ近
づけた便宜的な労働時間の算定方法を定めるものであり,その限りで使用
者に課されている労働時間の把握・算定義務を免除するものと解される。
そして,使用者は,雇用契約上,労働者を自らの指揮命令の下に就労さ
せることができ,かつ,労基法上,時間外労働に対する割増賃金支払義務
を負う地位にあるのであるから,就労場所が事業場外であっても,原則と
して,労働者の労働時間を把握する義務を免れないのであり(労基法10
8条,同法規則54条参照),同法38条の2第1項にいう「労働時間を
算定し難いとき」とは,当該業務の就労実態等の具体的事情を踏まえて,
社会通念に従って判断すると,使用者の具体的な指揮監督が及ばないと評
価され,客観的にみて労働時間を把握することが困難である例外的な場合
をいうと解するのが相当である。
本件通達は,事業場外労働でも「労働時間を算定し難いとき」に当たら
ない場合についての,発出当時の社会状況を踏まえた例示であり,本件通
達除外事例①②③に該当しない場合であっても,当該業務の就労実態等の
具体的事情を踏まえ,社会通念に従って判断すれば,使用者の具体的な指
揮監督が及ぶものと評価され,客観的にみて労働時間を把握・算定するこ
とが可能であると認められる場合には,事業場外労働時間のみなし制の適
用はないというべきである。
また,前提事実(5)のとおり,1審原告らは,1審被告からGに派遣され
て添乗業務に従事したものであり,休日,時間外労働等の有無やその時間
は,直接的には派遣先であるGが把握し,同社はこれを1審被告に通知す
る義務を負うのであるから,1審原告らの従事した添乗業務が労働時間を
算定し難いものであるか否かは,1審原告らが添乗業務を遂行するに当た
って派遣先であるGから受ける労働時間の管理に関する指揮監督の態様に
基づいて判断されるべきものである。
以上の観点から,以下,本件添乗業務について,その労働時間が算定し
難いものであるか否かを検討する。
(2)Gの具体的な指揮監督が及んでいるか否か
前記認定のとおり,国内ツアーの場合,添乗員は,ツアー出発日前日,
1審被告の事業所に出社し,添乗業務書類(パンフレット,最終日程表,
指示書,参加者名簿等)を受け取り,書類内容等の確認を行い,出発日当
日は,ツアー参加者の集合時刻(バス利用の場合は出発時刻,鉄道利用の
場合は列車出発時刻の30分前,航空機利用の場合は航空機出発時刻の5
0分前)の約30分前に集合場所に到着して各種の業務を開始し,その後
上記添乗業務書類により指示されたツアーの旅程管理を行い,帰着後数日
以内に,1審被告に出社して帰着報告を行い,その後,Gに対して添乗日
報,アンケート等を提出する。
また,前記認定のとおり,海外ツアーの場合,添乗員は,ツアー出発の
2日前に1審被告の事務所に出社し,添乗業務書類(パンフレット,最終
日程表,アイテナリー,参加者名簿等)を受け取り,ランドオペレーター
の担当者から最終手配内容の説明を受けるなどの打ち合わせをし,出発日
当日は,ツアー参加者の空港集合時刻(通常,航空機の出発時刻の2時間
前)の1時間前までに空港に到着して各種の業務を開始し,その後上記添
乗業務書類により指示されたツアーの旅程管理を行い,帰国後3日以内に,
1審被告の事務所に出社してツアーの報告を行い,その後,Gに添乗日報,
アンケート等を提出する。
そして,前判示のとおり,募集型企画旅行契約においては最終日程表が
契約内容となっており,旅行主催会社であるGは参加者に対し最終日程表
に記載された旅行日程どおりの旅行サービスを提供する契約上の義務を負
っているところ,最終日程表における旅行日程の記載のうち,旅行開始日
や旅行終了日,観光地や観光施設(レストランを含む。)その他の旅行目
的地,運送機関,宿泊機関等は,Gと参加者との間の契約に基づく旅程保
証の対象となっており,その変更は,原則としてGに変更補償金の支払義
務を発生させるものであるから,添乗員は,派遣先であるGに対し,その
ような変更が生じないように旅程管理をする義務を負うものというべきで
ある。また,前判示のとおり,旅行主催会社であるGは,参加者との契約
において,旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは,必
要最小限において旅行日程を変更することができるものと定められてお
り,この変更業務を添乗員が行うことがあるが,添乗員は,事故などの大
きなトラブルのほか,旅程やホテルの変更等ツアー参加者との契約上問題
となる変更,参加者からのクレームの対象となりそうな変更が必要となっ
たときには,本件派遣先であるGの営業担当者宛に報告し,指示を受ける
ことが義務付けられており,携帯電話を所持してツアー開始後常時電源を
入れておくよう求められているのである。
ところで,最終日程表,指示書,アイテナリー(以下,これらを併せて
「指示書等」という。)に記載された旅行日程における出発地,運送機関
の発着地,観光地や観光施設,到着地についての出発時刻,到着時刻等は,
当該ツアー当日の天候,道路の渋滞状況,列車や航空機の運航状況,参加
者の状況等の様々な要素によって変わり得るものであり,また,前判示の
ように旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは,必要最
小限において旅行日程を変更することもあることから,指示書等の記載は
確定的なものではなく,合理的な理由による変更可能性を有するものとい
うべきである。しかし,指示書等は,募集型企画旅行契約に基づき参加者
に対して最終日程表に記載された旅行日程どおりの旅行サービスを提供す
る義務を負っている旅行主催会社であるGが,その義務を履行するために,
添乗員に対して最終日程表に記載された旅行日程に沿った旅程管理をする
よう業務指示を記載した文書であるものと認めるのが相当であって,上記
変更可能性を有するからといって指示書等の添乗員に対する拘束力そのも
のが否定されるべきものではないことは明らかである。そして,添乗員は,
派遣先であるGに対し,指示書等の旅行日程における出発時刻,到着時刻,
滞在時間等に関する記載を指針にして,ツアーごとの具体的な事情を考慮
しながら,その記載に沿った旅程管理をする義務を負うものであり,その
記載は,業務指示として添乗員にこのような義務を負わせるものというこ
とができる上,添乗員は,事故などの大きなトラブルのほか,旅程やホテ
ルの変更等ツアー参加者との契約上問題となる変更,参加者からのクレー
ムの対象となりそうな変更が必要となったときには,派遣先であるGの営
業担当者宛に報告し,指示を受けることが義務付けられ,携帯電話を所持
し常時電源を入れておくよう求められているのであるから,このような旅
程管理上重要な問題については,派遣先であり旅行主催会社であるGが添
乗業務中の個々の添乗員に対し報告を求め,個別の指示まで行うことがで
きる仕組みが整えられているのである。
そして,前判示のとおり,添乗員が作成してツアー終了後に派遣先のG
に提出する添乗日報は,出発地,運送機関の発着地,観光地や観光施設,
到着地についての出発時刻,到着時刻等を正確かつ詳細に記載し,当該旅
程に関する最新の情報を提供することが求められ,添乗員は同社に対しこ
れを正確かつ詳細に記載する義務を負うものであり,本件各ツアーについ
て1審原告らが作成した添乗日報(甲A,甲B,甲C,甲D,甲E,甲F
中の添乗日報)にも,ツアー中の各日ごとに,出発から到着までの旅程に
沿って,出発地,運送機関の発着地,観光地や観光施設,到着地,宿泊機
関等について出発時刻,到着時刻,所要時間が記載され,さらに食事の内
容等に関しても詳細な記載がされており,1審原告らが行った旅程管理の
状況が把握できる内容となっている。
そうすると,本件添乗業務においては,指示書等により旅行主催会社で
あるGから添乗員である1審原告らに対し旅程管理に関する具体的な業務
指示がなされ,1審原告らは,これに基づいて業務を遂行する義務を負い,
携帯電話を所持して常時電源を入れておくよう求められて,旅程管理上重
要な問題が発生したときには,Gに報告し,個別の指示を受ける仕組みが
整えられており,実際に遂行した業務内容について,添乗日報に,出発地,
運送機関の発着地,観光地や観光施設,到着地についての出発時刻,到着
時刻等を正確かつ詳細に記載して提出し報告することが義務付けられてい
るものと認められ,このような1審原告らの本件添乗業務の就労実態等の
具体的事情を踏まえて,社会通念に従って判断すると,1審原告らの本件
添乗業務にはGの具体的な指揮監督が及んでいると認めるのが相当であ
る。
これに対し,1審被告は,指示書等における旅行日程の記載は参考程度
のものであり,添乗員はその記載内容に拘束されない旨主張するが,旅行
主催会社であるGは,募集型企画旅行契約に基づき参加者に対して最終日
程表に記載された旅行日程どおりの旅行サービスを提供する義務を負って
おり,その義務を履行するために,添乗員に対して最終日程表に記載され
た旅行日程に沿った旅程管理をするよう業務指示を記載した文書として指
示書等を交付していること,指示書等に記載された旅行日程は合理的な理
由による変更可能性を有するものであるが,そのことによって指示書等の
記載内容の業務指示としての拘束力そのものが否定されるものではないこ
となど前判示の各点に照らせば,1審被告の主張は採用することができな
い。
(3)「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否か
ア労働者が事業場外で行う労働で,使用者の具体的な指揮監督が及ばな
いため,使用者による労働時間の把握が困難であり,実労働時間の算定
が困難な場合に対処するために事業場外労働時間のみなし制を設けたと
いう制度趣旨に照らすと,使用者の具体的な指揮監督が及んでいない場
合については,従業員の自己申告があれば労働時間の算定が可能である
として労基法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に
当たらないとするのは,その趣旨に反するものというべきである。
しかし,本件添乗業務においては,指示書等により旅行主催会社であ
り派遣先であるGから添乗員である1審原告らに対し旅程管理に関する
具体的な業務指示があり,1審原告らはこれに基づいて業務を遂行する
義務を負い,携帯電話を所持して常時電源を入れておくよう求められて,
旅程管理上重要な問題が発生したときには,Gに報告し,個別の指示を
受ける仕組みが整えられ,実際に遂行した業務内容について,添乗日報
に,出発地,運送機関の発着地,観光地や観光施設,到着地についての
出発時刻,到着時刻等を正確かつ詳細に記載して提出し報告することを
義務付けられており,1審原告らに対しGの具体的な指揮監督が及んで
いると認められることは前判示のとおりである。
そして,前判示の事業場外労働時間のみなし制を設けた趣旨に照らす
と,このようにGの具体的な指揮監督が及んでいるのであれば,労働時
間を算定するために補充的に自己申告たる性質を有する添乗日報を用い
る必要があったとしても,そのことをもって直ちに労基法38条の2第
1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たると解するのは相当で
なく,Gによる時間管理に関する指揮監督の態様を考慮した上,Gが補
充的に自己申告たる性質を有する添乗日報をも用いて添乗員の添乗業務
に関する労働時間を把握するについて,その正確性と公正性を担保する
ことが社会通念上困難とは認められないのであれば,労基法38条の2
第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるものではないと解
するのが相当である。
これに対し,1審被告は,昭和62年9月に行われた参議院社会労働
委員会における答弁(乙4)に照らせば,労働時間の算定に当たって自
己申告である添乗日報が考慮される必要がある場合には「労働時間を算
定し難いとき」に当たるとするのが立法者意思であった旨主張するよう
である。
しかし,上記答弁は,これをもって,労働者に使用者の具体的な指揮
監督が及んでいる場合においても,労働時間の算定に当たって自己申告
をも考慮される必要がある場合にはすべて「労働時間を算定し難いとき」
に当たるとするのが立法者意思であったとまでは認めることはできず,
前記判断を左右するに足りない。
イそこで,Gによる時間管理に関する指揮監督の態様を考慮した上,G
が補充的に添乗日報の記載を利用して添乗員の添乗業務に関する労働時
間を把握するについて,その正確性と公正性を担保することが社会通念
上困難であると認められるか否かを検討する。
前判示の事実を総合すると,本件添乗業務において,Gは,添乗員に
対し,指示書等により旅程管理についての具体的な業務指示をし,これ
に従って添乗員が実際に行った旅程管理の状況について出発時刻,到着
時刻等を詳細かつ正確に記載した添乗日報を作成して報告することを求
め,添乗員は,指示書等によって示されたGの具体的な業務指示に従っ
て旅程管理を行う義務を負い,携帯電話を所持して常時電源を入れてお
くよう求められて,旅程管理上重要な問題が発生したときには,Gに報
告し,個別の指示を受ける仕組みが整えられており,実際に行った旅程
管理の状況を正確かつ詳細に添乗日報に記載してGに提出することを義
務付けられているものであるところ,添乗日報の記載には,後記のよう
に,指示書等と対照して労働時間を正確かつ公正に算定するに足りる信
用性を裏付ける客観的な状況があり,実際に証拠として提出されている
添乗日報の記載の信用性を疑わせるような事情も認められないのであ
る。
以上の点に,添乗員は,実際にツアー参加者に対する説明,案内等の
実作業に従事している時間はもちろん,実作業に従事していない時間で
あっても,ツアー参加者から質問,要望等のあることが予想される状況
下にある時間については,これに対応できるようにする労働契約上の役
務の提供を義務付けられており,そのような時間も労基法上の労働時間
に含まれることなど後記3判示の本件添乗業務における労働時間の内容
を総合すれば,Gは,指示書等に記載された具体的な業務指示の内容を
前提にして,実際に行われた旅程管理の状況についての添乗日報の記載
を補充的に用いることにより,本件添乗業務についての添乗員の労働時
間を把握するについて,その正確性と公正性を担保することが社会通念
上困難であるとは認められないというべきである。
すなわち,前判示のとおり,添乗日報は,指示書等によって予めGか
ら示された具体的な業務指示に従って実際に行った旅程管理の状況につ
いて作成されるものであり,旅程管理の実施の際に指示書等記載の旅程
について合理的な理由に基づく変更が加えられることがあって,添乗日
報の記載の方が詳細であることが多いとはいえ,その記載内容の合理性
については指示書等の記載と対照することで相当程度判断できるものと
認められる。その上,各ツアーの出発時刻,到着時刻は,いずれの運送
機関を利用する場合でも客観的に把握できる性質のものであり,しかも,
添乗員は,出発から到着まで旅程中,ほとんどの時間においてツアー参
加者と行動を供にし,運送機関,観光地や観光施設,宿泊施設等におい
て乗務員,店員,フロントの係員と接触しながら移動しているため,添
乗員の旅程管理については多くの現認者が存在するのであって,虚偽の
記載をした場合にはそれが発覚する可能性が高く,また,Gにおいて記
載内容の合理性に疑問をもった場合,添乗員に問い質すほか,これらの
者や施設に確認することも可能であると認められる。さらに,添乗員が
指示書等により業務指示を受けた最終日程表に記載された旅行日程を合
理的な理由なしに実施せずに,これを実施した旨の虚偽の記載をした場
合には,参加者が契約の不履行であるとして旅行主催会社であるGに苦
情を申し出たり,アンケートに記載する可能性が高いところ,Gは添乗
員が参加者から回収したアンケートを添乗日報とともに提出させている
のである。そして,上記の各旅行日程は,旅行主催会社であるGの参加
者に対する契約上の義務履行の内容を成すものであるから,Gは,上記
義務履行に遺漏なきを期し,参加者に質の良いサービスを提供するため
にも,その履行内容としての添乗員による旅程管理の正確かつ詳細な実
施状況を把握する必要性が高いことからすれば,その把握に日常努力を
払っているものと推認されるのである。
もっとも,添乗日報に記載された出発時刻,到着時刻等は指示書等に
記載された出発時刻,到着時刻等と完全には一致しない場合があること
が認められるものの,前判示のとおり,指示書等に記載されたこれらの
時刻は,当該ツアー当日の天候,道路の渋滞状況,列車や航空機の運航
状況,参加者の状況等の様々な要素によって変わり得るものであり,ま
た,旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは,必要最
小限において旅行日程を変更することもあることから,合理的な理由に
よる変更可能性を有するものであることに照らすと,上記不一致をもっ
て,直ちに添乗日報の記載そのものの正確性,信用性が失われるもので
はない。
また,1審原告らが作成した本件各ツアーに係る添乗日報には,宿泊
施設で夕食をとる場合の会食の開始時刻,終了時刻や外で夕食をとった
後の宿泊施設への帰着時刻等の記載が漏れている例も認められるが,指
示書等の記載と対照すればこれらの時刻を相当程度把握することがで
き,しかも,業務上の指示により添乗日報に上記時刻の記載を徹底させ
ることが困難であるとは認められないのであるから,この記載漏れをも
って,添乗日報が添乗員の労働時間を把握するについて補助的に利用す
る資料として不適格であるということはできない。
そうすると,派遣先であるGの具体的な指揮監督が及んでいる1審原
告らの本件添乗業務について,このような状況下で作成される添乗日報
における到着時刻や出発時刻等の記載には,指示書等と対照して労働時
間を正確かつ公正に算定するに足りる信用性を裏付ける客観的な状況が
あるというべきであり,1審原告らが作成した本件各ツアーに係る添乗
日報の記載についても,その信用性を疑わせるような事情は認められな
い。
以上の点に,添乗員は,実際にツアー参加者に対する説明,案内等の
実作業に従事している時間はもちろん,実作業に従事していない時間で
あっても,ツアー参加者から質問,要望等のあることが予想される状況
下にある時間については,これに対応できるようにする労働契約上の役
務の提供を義務付けられており,そのような時間も労基法上の労働時間
に含まれることなど後記3判示の本件添乗業務における労働時間の内容
を総合すれば,本件添乗業務において,Gは,指示書等に記載された具
体的な業務指示の内容を前提にして,実際に行われた旅程管理の状況に
ついての添乗日報の記載を補充的に用いることにより,本件添乗業務に
ついての添乗員の労働時間を把握するについて,その正確性と公正性を
担保することが社会通念上困難であるとは認められないというべきであ
る。
したがって,本件添乗業務について,労基法38条の2第1項にいう
「労働時間を算定し難いとき」に当たるとは認められず,本件添乗業務
に事業場外労働時間のみなし制の適用はないと解するのが相当である。
3労働時間の算定
(1)労働時間について
労基法32条の労働時間とは,労働者が使用者(本件では派遣先である
G。以下同じ。)の指揮命令下に置かれている時間をいい(最高裁平成1
2年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁),労働者が実作
業に従事していない時間であっても,労働契約上の役務の提供を義務付け
られていると評価される場合には,使用者の指揮命令下に置かれているも
のであって,当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初
めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価すること
ができると解するのが相当である(最高裁平成14年2月28日第一小法
廷判決・民集56巻2号361頁)。
前記認定の本件添乗業務の内容によれば,添乗員は,実際にツアー参加
者に対する説明,案内等の実作業に従事している時間はもちろん,実作業
に従事していない時間であっても,ツアー参加者から質問,要望等のある
ことが予想される状況下にある時間については,ツアー参加者からの質問,
要望等に対応できるようにしていることが労働契約上求められているので
あるから,そのような時間については,労働契約上の役務の提供を義務付
けられているものであって,労働からの解放が保障されておらず,労基法
上の労働時間に含まれると解するのが相当である。
そうすると,前記認定の事実関係に照らせば,本件添乗業務における添
乗員の労働時間については,その認定を覆すに足りる事情のない限り,以
下のとおりと認められる。
ア就労開始時刻
(ア)ツアー出発日
a海外ツアーの場合
集合時刻の1時間前
集合時刻が明らかでない場合
航空機出発時刻の3時間前
(集合時刻は航空機出発時刻の2時間前)
b国内ツアーの場合
(a)バス利用の場合
出発時刻の30分前(集合時刻は出発時刻)
(b)鉄道利用の場合
出発時刻の1時間前(集合時刻は出発時刻の30分前)
(c)航空機利用の場合
出発時刻の1時間20分前(集合時刻は出発時刻の50分前)
(イ)滞在期間中(自由行動日を除く。)及びツアー終了日
a海外ツアーの場合
(a)連泊でない場合出発時刻の1時間前
(b)連泊の場合出発時刻の30分前
b国内ツアーの場合
(a)連泊でない場合出発時刻の30分前
(b)連泊の場合出発時刻の15分前
イ就労終了時刻
(ア)滞在期間中(自由行動日を除く。)
a海外ツアーの場合
(a)ホテル到着後,特段の日程のない場合
ⅰ連泊でない場合到着時刻の1時間後
ⅱ連泊の場合到着時刻
(b)ホテル到着後,添乗員が同伴する日程が組まれている場合
ⅰホテルでの夕食の場合
夕食終了時刻
夕食終了時刻が明らかでない場合
夕食開始時刻の1時間後
夕食開始時刻が明らかでない場合
連泊でない場合ホテル到着時刻の1時間30分後
連泊の場合ホテル到着時刻の1時間後
ⅱホテル外における日程が組まれている場合
ホテル到着時刻
ホテル到着時刻が明らかでない場合
当該日程の終了時刻
当該日程の終了時刻が明らかでない場合
当該日程の開始時刻の1時間後
b国内ツアーの場合
(a)ホテル到着後,特段の日程のない場合
ⅰ連泊でない場合ホテル到着時刻の15分後
ⅱ連泊の場合ホテル到着時刻
(b)ホテル到着後,添乗員の同伴する日程が組まれている場合
ⅰホテルでの夕食の場合
夕食終了時刻
夕食終了時刻が明らかでない場合
夕食開始時刻の1時間後
夕食開始時刻が明らかでない場合
連泊でない場合ホテル到着時刻の1時間15分後
連泊の場合ホテル到着時刻の1時間後
ⅱホテル外における日程が組まれている場合
ホテル到着時刻
ホテル到着時刻が明らかでない場合
当該日程の終了時刻
当該日程の終了時刻が明らかでない場合
当該日程の開始時刻の1時間後
(イ)ツアー終了日
a海外ツアーの場合成田空港到着の1時間後
b国内ツアーの場合到着時刻の15分後
ウ運送機関を利用した移動中における労働時間について
(ア)航空機による移動の場合
航空機には客室乗務員が乗務しており,ツアー参加者を含めた乗客
に対するサービスの提供は客室乗務員が行うものであり,航空安全・
保安の観点から機内での立ち歩きは控えるよう求められていること
(甲35の3,証人H(原審))に加え,出発直後及び到着直前には
ツアー参加者に対する行動予定の告知,出入国手続に関連する出入国
カードの記載方法や手荷物受取り等に関する質問への対応等の作業が
想定されるが,それ以外の時間については添乗員が行うべき作業をす
る必要性が皆無に等しく実質的に上記のような義務付けがされていな
いと認められることを総合考慮すると,航空機による移動中の以下の
時間については,添乗員に労働契約上の役務の提供が義務付けられて
いるとはいえず,下記abの時間は労基法上の労働時間と認めること
はできない。
a乗継空港のない場合
出発空港出発時刻の1時間後から到着空港到着時刻の1時間前ま

b乗継空港のある場合
(a)出発空港出発時刻の1時間後から乗継空港到着時刻の30分
前まで
(b)乗継空港出発時刻の30分後から到着空港到着時刻の1時間
前まで
(イ)鉄道・船舶による移動の場合
a就寝時間帯が含まれていない場合
鉄道・船舶による移動の場合,ツアー参加者からの要望に対応す
るのは添乗員であり,ツアー参加者が活動している時間帯について
は,ツアー参加者からの質問や要望に答える作業をする必要性が皆
無に等しく実質的に上記のような義務付けがされていないとは認め
られないから,添乗員に労働契約上の役務の提供としてツアー参加
者への対応が義務付けられているというべきであり,全ての移動時
間が労基法上の労働時間と認められる。
b就寝時間帯が含まれる場合
ツアー参加者が就寝している時間帯については,ツアー参加者か
らの質問や要望がほとんどない状況にあると認められるから,添乗
員に労働契約上の役務の提供としてツアー参加者への対応など添乗
員が行うべき作業をする必要性が皆無に等しく実質的に上記のよう
な義務付けがされていないと認められるのであるから,以下の時間
については,労基法上の労働時間と認めることはできない。
出発時刻の1時間後から到着時刻の1時間前まで
(ウ)バスによる移動の場合
バスによる移動の場合,ツアー参加者からの要望に対応するのは添
乗員である上,Gの「募集型企画旅行商品の品質ガイドライン」(甲
31)には「5-1バスの安全運行に関する添乗員の注意義務」と
して,交通規則の遵守と安全運転の励行を確認,注意などが記載され
ているように,添乗員にはドライバーの運転にも注意を払うことが求
められている(甲30,31)のであるから,バスによる移動の時間
については,添乗員に労働契約上の役務の提供が義務付けられている
というべきであり,全ての移動時間が労基法上の労働時間と認められ
る。
エ休憩時間について
(ア)添乗員が同伴する食事時間については,添乗員は,ツアー参加者
の食事の注文や代金の支払の手助けをするほか,ツアー参加者の動静
に注意を払っていることが求められており,添乗員に労働契約上の役
務の提供が義務付けられているというべきであるから,労基法上の労
働時間と認められる。
(イ)前提事実(1)(2)のとおり,1審被告の派遣従業員就業規則(乙1,
23,24)には,就業時間及び休憩時間は,労基法32条,32条
の2ないし4,34条によるものとし,始業時刻,終業時刻,休憩時
間の配置については,派遣先の事業所の事情を勘案し,個別契約(就
業条件明示書)の定めるところによる旨の定めがあり,1審被告が添
乗員に対して交付する派遣条件明示書には,実際の始業・終業・休憩
時間については派遣先の定めによる旨記載されていた。これらの規定
によると,添乗員は,1審被告との契約上は,労基法に定められた休
憩時間をとることができる旨の就業規則の定めのあることが認められ
る。
しかし,1審被告の就業規則も,休憩時間について,派遣先との個
別契約の定めるところによるとの規定があり,1審被告が添乗員に対
して交付する派遣条件明示書でも,休憩時間については派遣先の定め
によるとの規定があるところ,前判示のとおり,1審原告らは,派遣
先であり旅行主催会社であるGに対しては,添乗業務として,ツアー
参加者に同行して旅程管理を行う義務を負うものであるため,同行中
の時間は,実際にツアー参加者に対する説明,案内等の作業に従事し
ている時間はもちろん,そうでない時間であっても,ツアー参加者か
ら質問,要望等のあることが予想される状況下にある時間帯について
は,ツアー参加者からの質問,要望等に対応する義務を負っているも
のと認められるのであるから,Gにおいて,ツアー参加者との関係で
添乗員の休憩時間を保障する措置が執られていなければ,添乗員が労
働からの解放が保障された休憩時間を取っていたと認めることはでき
ない。
そして,前提事実(4)のとおり,Gが定める旅行業約款(募集型企画
旅行契約の部)(乙9)には,「添乗員等の業務」につき,「業務に
従事する時間帯は,原則として8時から20時までとします。」と定
められ(25条2項),Gからツアー参加者に渡される「海外旅行出
発までのご案内とご注意」(乙10)には,「ご旅行条件書」として,
「添乗員の業務」につき「業務に従事する時間帯は,原則として8時
から20時までとします。」と記載されており(17の(4)),これら
の記載によれば,参加者と旅行主催会社であるGとの間の契約では,
参加者は添乗員が同行している限り上記の時間帯の全てについて添乗
サービスを求めることができる旨の約定がなされているものというべ
きであるから,添乗員はツアー参加者との関係で休憩時間を保障され
ているとはいえないのであり,添乗員自らがツアー参加者に対して明
示又は黙示に休憩時間をとることを伝えて休憩時間を取ったというよ
うな特別の事情がない限り,休憩時間があったと認めることはできな
い。
オ自由行動時間について
(ア)自由行動時間について,1審被告の「国内添乗マニュアル〈基礎
編〉」(甲26)には,「(5)自由行動(自由散策)」として「お客様
の自由行動の時間は,添乗員にとっての自由行動の時間では決してあ
りません。」と,社団法人I協会の「派遣添乗員の基礎教本」(甲6
3)には,「9自由行動」として「この時間は,添乗員にとっては
自由行動時間ではありませんので,お客様の行動を把握し,状況によ
り適宜対応が出来るようにしておきます。」「〈自由行動中の添乗員
の役割と留意事項〉・時間を有意義に過ごせるように観光情報の提供
をする。・自由行動中の事故を未然に防ぐため,注意事項を徹底する。
・緊急時の連絡のとり方を必ず伝えておく。・特定のお客様と行動を
共にしない。」と記載されており,添乗員には労働契約上の役務の提
供が義務付けられていると認められるのであるから,自由行動時間に
ついても労基法上の労働時間と認められる。
(イ)添乗員がツアー参加者に同行することのない終日自由行動日であ
っても,前記(ア)と同様に,添乗員にとっての自由行動日ではなく,
添乗員には,ツアー参加者の行動を把握し,状況により適宜対応が出
来るようにしておくことが求められているのであるから,所定労働時
間(8時間)については,添乗員に労働契約上の役務の提供が義務付
けられていると認められる。そして,前判示のとおり,添乗員の業務
に従事する時間帯が原則として8時から20時までとされていること
に照らすと,終日自由行動日については,始業時刻9時,終業時刻1
8時,休憩時間1時間として,8時間を労基法上の労働時間と認める
のが相当である。
(ウ)乗継空港での自由行動時間についても,前記(ア)と同様に,添乗
員に労働契約上の役務の提供が義務付けられており,労基法上の労働
時間と認められる。
(2)1審原告らの労働時間
本件における1審原告らの労働時間について,上記(1)の認定と異なる認
定をすべき事情は認めるに足りないのであるから,1審原告らの主張する
労働時間のうち,上記(1)により認められる労働時間は,1審原告Aにつき
【別紙1-3-1】「労働時間等一覧(原告A)」記載のとおり,1審原
告Bにつき【別紙1-3-2】「労働時間等一覧(原告B)」記載のとお
り,1審原告Cにつき【別紙1-3-3】「労働時間等一覧(原告C)」
記載のとおり,1審原告Dにつき【別紙1-3-4】「労働時間等一覧(原
告D)」記載のとおり,1審原告Eにつき【別紙1-3-5】「労働時間
等一覧(原告E)」記載のとおり,1審原告Fにつき【別紙1-3-6】
「労働時間等一覧(原告F)」記載のとおりである。
4時間外割増賃金等の算定
(1)算定基礎賃金額について
1審被告は,派遣条件明示書には,1日の労働時間は「午前8時から午
後8時まで」の11時間(所定労働時間8時間+所定時間外労働3時間+
休憩1時間)である旨記載されており,日当は,この11時間に対する対
価として支払われていた旨主張する。
ところで,本件における添乗員の賃金は,日当として定額で支払われて
いるところ,これに時間外割増賃金が含まれているというためには,まず,
所定労働時間8時間に対する賃金部分と所定時間外労働に対する割増賃金
部分が明確に区別されていなければならない。
しかしながら,前判示のとおり,1審被告の就業規則の労働時間及び休憩
時間に関する規定は,抽象的に労基法の該当条文を引用するだけのもので
あり,就業条件明示書の就業期間・休憩時間に関する記載も,就業時間を
添乗サービスの提供時間である午前8時から午後8時までとし,休憩時間
については派遣先の定めによるとするにとどまり,これらの記載から,添
乗員の日当が11時間分の労働に対する対価であり,8時間分が所定労働
に対する対価部分で,3時間分は所定時間外労働に対する割増賃金部分で
あることが明らかであると認めることはできない。
その上,仮に時間外手当を加えて基本給を決定する旨の合意がなされた
としても,時間外手当部分に当たる部分を明確に区分して合意し,かつ,
労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃
金の支払期に支払うことを合意した場合のみその予定時間外手当分を当該
月の時間外手当の一部又は全部とすることができると解すべきところ,就
業条件明示書には時間外勤務なしとする記載があり,賃金査定結果,支払
明細書にも時間外割増賃金に関する記載はないことに照らすと,本件にお
ける日当について,8時間の所定労働時間に対する賃金部分と3時間の所
定時間外労働に対する割増賃金部分が明確に区別され,これについて1審
被告と1審原告らの間で上記のような合意がなされていたと認めることは
できない。また,上記事情によれば,1審被告と1審原告らの間において,
本件における日当の額について,8時間の所定労働時間の1時間分の11
倍の額であるとの合意がなされたとも認められない。
したがって,本件において割増賃金等の額を算出するに当たっては,各
日当が所定労働時間8時間分の賃金であるものとして,各日当の8分の1
の額を基礎金額と認めるのが相当である。
(2)休日について
労基法35条1項は,「使用者は,労働者に対し,毎週少くとも1回の
休日を与えなければならない。」と定めているところ,「週」は「起算日
から計算して7日の期間」を意味し,この期間が休日付与義務の単位期間
となるのであるから,1審被告が,ツアーごとに,当該ツアーの期間を労
働期間として,派遣添乗員(1審原告ら)を雇用している本件においては,
ツアー出発日を起算日とした7日の期間を単位期間として,その期間内に
休日が付与されたか否かを判断すべきことになる。
したがって,本件添乗業務においては,第7日目及び第14日目の労働
が休日労働に該当するものと認められる。
1審被告は,1審原告らの添乗業務に労基法35条2項の適用がある旨
主張するが,1審被告は就業規則において単位となる4週間の起算日を定
めているものとは認められないこと(労基法施行規則12条の2第2項)
及び上記判示の点に照らすと,1審被告の主張は採用することができない。
(3)時間外割増賃金等の額
以上により,1審原告らの日当(前提となる事実(1)エ)を8で除した金
額を時間外割増賃金等の算定基礎賃金額とし,1審原告らの労働時間(前
記3(2))に基づき,各人の未払時間外割増賃金等を算出すると,1審原告
Aにつき【別紙1-1-1】「未払残業代目録(原告A)」記載のとおり
(ただし,早朝深夜割増分は請求外),1審原告Bにつき【別紙1-1-
2】「未払残業代目録(原告B)」記載のとおり,1審原告Cにつき【別
紙1-1-3】「未払残業代目録(原告C)」記載のとおり,1審原告D
につき【別紙1-1-4】「未払残業代目録(原告D)」記載のとおり,
1審原告Eにつき【別紙1-1-5】「未払残業代目録(原告E)」記載
のとおり,1審原告Fにつき【別紙1-1-6】「未払残業代目録(原告
F)」記載のとおりとなる。なお,それぞれの算出過程は【別紙1-2-
1~6】記載のとおりである(ただし,合計額欄中の合計欄を除く。)。
5付加金について
(1)以上のとおり,1審被告は,前記4判示の時間外割増賃金等を支払わず,
労基法37条の規定に違反したものと認められ,1審原告らは,未払時間外
割増賃金等と同額の付加金の支払を求めるところ,1審被告の労基法違反の
態様,1審原告らの不利益の性質,内容等諸般の事情を考慮すると,1審原
告らの上記未払金と同一の額から違反のあった時から2年以内に請求され
ていない額を控除した額(労基法114条ただし書)と同一額の付加金の支
払を命ずるのが相当である。
以上によれば,1審被告の支払うべき付加金の額は,1審原告Aにつき2
59万6023円,1審被告Bにつき224万0622円,1審被告Cにつ
き289万6152円,1審被告Dにつき106万0806円,1審被告E
につき158万9159円,1審被告Fにつき226万9675円となる。
(2)アこれに対し1審被告は,原判決後,原判決の仮執行の宣言に基づき,
原判決主文において支払を命じられた未払賃金及びそれに対する年6分
の割合による遅延損害金を1審原告らに支払ったのであるから,付加金の
支払を命ずることはできない旨主張する。
しかし,1審被告の主張は,原判決で未払割増賃金及びこれと同額の付
加金の支払を命じられた後,支払を命じられた未払割増賃金についての原
判決の仮執行の宣言に基づく給付をしたことを理由として,原判決中付加
金の支払を命じた部分の取消しを求めることに帰するものであり,採用す
ることができない。その上,1審被告の上記支払は,原判決の仮執行の宣
言に基づく給付であって,上級審の判断次第ではその精算があり得ること
を前提とした支払にすぎず,1審原告らの前記4判示の時間外割増賃金等
債権を確定的に消滅させる任意の弁済と同視することはできないのであ
り,1審被告による使用者としての義務違反状態が消滅したということも
できないのであるから,これをもって,前記(1)の判断を左右するに足り
るものではないというべきである。
イ1審被告は,仮に1審被告に未払割増賃金債務があるのであれば,その
支払を拒むものではなく,添乗業務に事業場外労働時間のみなし制の適用
があるか否かの解釈には争いがあるから,1審被告がこれを支払わなかっ
たことが悪質であると評価されるものではなく,仮に1審被告に未払割増
賃金債務が認められたとしても,本件事情の下において,1審被告に対し
て付加金の支払を命じることは相当ではない旨主張する。
しかし,1審被告は,本件添乗業務について,事業場外労働時間のみな
し制の適用があると主張して,1審原告らに対し前記4判示の時間外割増
賃金等の支払を拒否しているところ,1審被告の上記主張には理由がない
こと,1審被告は,三田労働基準監督署から,派遣添乗員の時間外・休日
労働について,それぞれ法定の割増賃金を支払っていないなどとして是正
勧告書・指導票が出されたのに対しても,派遣添乗員の労働時間の把握は
困難であり是正指導の内容を拒否する回答をしたことなど,前判示の1審
被告の労基法違反の態様,1審原告らの不利益の性質,内容等諸般の事情
を総合考慮すると,本件において付加金の支払を命じることが相当でない
と判断すべき事情は認められず,1審被告の上記主張によっても,前記(1)
の判断を左右するに足りない。
6遅延損害金について
1審被告は,前記5(2)アのとおり,原判決の仮執行宣言に基づく給付とし
て,平成22年10月4日,1審原告らに対し,原判決主文において支払を
命じられた未払賃金及びそれに対する年6分の割合による遅延損害金を,各
預金口座に振込送金して支払ったところ,1審原告らは,同月14日,1審
被告に対し,受領を拒否する意思を明らかにしたのであるから,1審被告は,
1審原告らが受領拒絶の意思表示をした同日以降債務不履行責任を免れたの
であり,同日以降の遅延損害金の支払義務を負わない旨主張する。
しかし,前記5(2)ア判示のとおり,1審被告の上記支払が原判決の仮執行
の宣言に基づく給付であって,上級審の判断次第ではその精算がありうるこ
とを前提とした支払にすぎず,1審原告らの前記4判示の時間外割増賃金等
債権を確定的に消滅させる履行に当たるとは認められないのであるから,こ
れに対する1審原告らの上記対応が受領拒否に当たるものとは認められず,
1審被告の主張は採用することができない。
7まとめ
以上によれば,1審原告らの未払時間外割増賃金等についての支払請求は,
【別紙1-1-1~6】の各「合計」欄記載の金額及びうち各月の「未払残
業代」欄記載の金額に対する各「支払日」欄記載の日の翌日から支払済みま
で商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由が
あり,その余は理由がなく,また,1審原告らの付加金についての支払請求
は,前記5(1)判示の額及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由が
あり,その余は理由がない。
8結論
よって,以上と異なる原判決は失当であって,1審原告らの控訴及び1審
被告の控訴はいずれも一部理由があるから,原判決を上記のとおり変更する
こととして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官大竹たかし
裁判官山﨑まさよ
裁判官林俊之は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官大竹たかし

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