弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人Aを罰金五千円に、被告人Bを罰金弐千円に処する。
     右罰金を完納することができないときは、被告人等をそれぞれ金五拾円
を一日に換算した期間労役場に留置する。
         理    由
 被告人Aの弁護人天羽智房の上告趣意第一点及び被告人Bの弁護人竹下伝吉の上
告趣意第一点について。
 原判決(第二審判決を指す)の事実摘示と挙示の証拠とを綜合すれば原判決の確
定した事実関係の要旨は、被告人等は原審共同被告人C、同Dと共謀の上、現実に
E商店が株式会社F組に対しテツクス及びベニヤ板を売却した事実のないにかかわ
らず、右売買に因る代金各七万一千五百円の請求書二通を作成し、よつて、公認せ
られたG産業の業務遂行の為の原材料購入名義に仮託し、右架空の請求書を用いて、
金融機関を欺罔し封鎖預金の封鎖支払をなさしめようと企て、犯意継続の上F組H
課長たる前示Dは社員I某に命じて昭和二一年八月七日及び八日の二回に亘り、い
ずれも額面金七万一千五百円、振出人株式会社F組J支店長K、支払人株式会社L
銀行M支店、E商店宛の小切手二通を作成せしめて、その都度同銀行M支店におい
て、前記請求書と共に同銀行係員に提出せしめ、情を知らない同係員をして右請求
書に基き、F組とEとの間に、該請求書記載の如き真実の取引関係が存し、金融緊
急措置令により封鎖預金の封鎖支払をなすべき場合に該当するものとの誤信の下に、
いずれも即日右小切手に封鎖支払の認証をなさしめた上、更に同月九日頃二回に亘
り、同銀行係員をして、右認証を受けた封鎖小切手に基きF組の封鎖預金中より封
鎖支払をなさしめこれを受取つたというのである。そして、原判決は、右被告人等
の所為に対し金融緊急措置令一条一項(三条二項)同令施行規則一条(六条五号乙)
(昭和二一年二月大蔵省告示第二六号)同令一一条刑法六〇条五五条のみを適用処
断し刑法二四六条をば適用しなかつたのである。
 そして金融緊急措置令は、いわゆるインフレ防止の緊急の必要上旧憲法八条一項
に依り発布されたものであつて、その第一条において、同令八条所定の金融機関は
同令施行の際現に存する封鎖預金等については第三条第二項の規定に依るの外その
支払をすることができないものとし、その第一一条において、第一条、第三条第二
項若しくは第四条の規定の違反があつた場合においてはその行為を為した者は三年
以下の懲役又は一万円以下の罰金に処する旨規定し、別に、同一二条において、金
融機関である法人又は人の代表者若しくは従業者であつて業務に関し違反行為をし
たときはその行為の外法人又は人に対し前条の罰金刑を科するものとしているだけ
で、毫もその支払受領者側を罰していない。されば、同令一一条所定の第一条、第
三条第二項若しくは第四条違反罪を規定した立法趣旨は、差し当り単に同令八条所
定の金融機関に従事する者であつて、現にその違反行為をなした者のみを処罰する
だけで足りるとする趣旨に出たものと解するを相当とする。従つて、金融機関でな
い支払受領者が欺罔手段を以て犯意なき金融機関従業者を錯誤に陥れ封鎖預金等を
支払わしめたとしても、詐欺罪を構成するは格別前記措置令一一条違反の間接正犯
を以て論ずべきものではない。それ故、原判決がこれと反対の法律見解の下に、判
示のごとく認定判示して同令違反を以て処断しただけで進んで詐欺の法条を適用し
なかつたのは、罪とならない事実を有罪とした違法があるばかりでなく、罪となる
べき事実に対し法令を適用しない違法があるものといわなければならない。従つて、
論旨は、いずれも結局その理由があつて、原判決は破棄を免れない。
 弁護人天羽智房の上告趣意第二点について。
 原判決挙示の証拠によれば、被告人AがB外二名と本件犯行について共謀した事
実を認めることができる。所論は、原審の自由裁量に属する証拠の判断事実の認定
を非難するものであつて、上告適法の理由とすることはできない。
 よつて、旧刑訴四四七条により原判決を破棄し、同四四八条により更に判決をす
ると、原判決の確定した前示被告人等の所為は、いずれも刑法六〇条、二四六条一
項、五五条(昭和二二年法律一二四号附則による)に該当するから、所定の刑期範
囲内において処断すべきところ、本件は、被告人のみの上告した事件であるから旧
刑訴四五二条に依り、それぞれ原判決の刑である主文第二項掲記の罰金刑に処し、
その不完納の場合における労役場留置期間については刑法一八条に従い主文第三項
のごとく定め、主文のとおり判決する。
 以上は、論旨第一点に関する裁判官長谷川太一郎、同藤田八郎を除く裁判官全員
一致の意見であつて、論旨第一点に関する裁判官長谷川太一郎、同藤田八郎の少数
意見は次の通りである。
 おもうに、金融緊急措置令一条、三条、規則一条、六条は金融機関に対し、封鎖
預金等の支払について、命令の定める条件に従つて、封鎖預金等の封鎖支払に依る
支払を為すべき旨を定めた法規であり、その条件の遵守を命ぜられるものは金融機
関であるから、かかる法規違反の行為は、金融機関のみがなし得るところであつて、
金融機関にあらざる者が、右法規に違反するということのあり得ないことは勿論で
ある。また、金融機関といえども、例えば本件のごとく封鎖支払要求の小切手に添
付せられた、請求書の内容が虚偽であることを知らずして、ただ制規の手続に従つ
て封鎖支払をした場合においでは、法規違反の犯意を欠くものとして、金融機関側
において犯罪の成立を阻却するものといわなければならない。
 しかしながら、本件被告人等のごとく金融機関を欺罔して、その錯誤を利用し、
情を知らない金融機関をして不当に法規違反の行為をなさしめたものは、所謂間接
正犯の法理に従つて、右法規違反の罪責を免れないものと解しなければならない。
けだし、特定の身分を要件とする犯罪について、特定の身分を有せざるものが加功
する場合においても、間接正犯の成立することは妨げないところであるのみならず、
金融緊急措置令は、特に金融機関から封鎖支払を受ける預金者に対する罰則を設け
てはいないけれども、金融機関を悪用して不当に封鎖支払をなさしめんとする預金
者をも刑罰上放任せんとする趣意は、同令の全体からして窺い知ることはできない
のである。(むしろ同規則三条のごとき、預金者に対しても、支払の請求をなすこ
とを禁じている)若し同令が、かかる預金者の行為を放任する趣旨とするならば、
金融機関としては預金者提出の請求書記載の事実のごときは、その真否を看破する
ことは極めて困難である結果、封鎖支払に対する法規上の制限は、たやすく侵犯せ
られるところとなり、同令の企図する預金封鎖の目的は到底その完壁を期すること
を得ないからである。されば、原判決が右被告人等の所為に対して前叙のごとく金
融緊急措置令の規定を適用処罰したのは正当であつて、論旨はいずれも採用するこ
とはできない。
 検察官安平政吉関与
  昭和二六年一月一七日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   田   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   田       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斉   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠

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