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平成23年4月21日判決言渡同日判決原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10266号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年4月7日
判決
原告ハネウェルインターナショ
ナルインコーポレイテッド
訴訟代理人弁護士鈴木修
大西千尋
藤原拓
弁理士神田藤博
被告特許庁長官
指定代理人波多江進
江塚政弘
廣瀬文雄
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と
定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2008−13414号事件について平成22年4月6日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟
である。争点は,進歩性の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,2001年(平成13年)5月15日の優先権(米国)を主張して,平
成14年4月5日名称を「加速度計歪軽減構造体」とする発明について特許出願
(特願2002−589807号,請求項の数48。公表公報は特表2004-5
30134号〔甲4〕)をし,平成20年1月31日付けで特許請求の範囲の変更
を内容とする手続補正(請求項の数48,甲5)をしたが,拒絶査定を受けたので,
これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2008−13414号事件として審理し,その中で
原告は平成20年6月26日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする補正(請
求項の数44。甲6)をしたが,特許庁は,平成22年4月6日,「本件審判の請
求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成22年4月16日原告に送
達された。以下,「補正前発明」とあるのは,この補正前の請求項1に係る本願発
明を指し,「補正発明」とあるのは,この補正後の請求項1に係る本願発明を指す。
2本願発明の要旨
(1)補正前発明の要旨
「懸架構造体(120a,120b,120c,120d)であって,
支持構造体(118)に接続するように構成された第1及び第2の端部(132
a,132b)を有する第1の細長い撓み部材(132),並びに支持構造体から
隔離すべき構造体(108)に接続するように構成された第1及び第2の端部(1
30a,130b)を有する第2の細長い撓み部材(130)を有し,
第2の撓み部材(130)の第1及び第2の端部の中間にある部分(126)
が第1の撓み部材(132)の第1及び第2の端部の中間にある部分(126)に
相互接続され,
第1及び第2の撓み部材(132,130)を画定する溝穴(124,12
2)が,それぞれ両端に応力軽減用のキー溝穴(128)を有することを特徴とす
る懸架構造体。」
(2)補正発明の要旨
「懸架構造体(120a,150)であって,
支持構造体(118)に接続するように構成された第1及び第2の端部(132
a,132b)を有する第1の細長い撓み部材(132),並びに支持構造体から
隔離すべき構造体(108)に接続するように構成された第1及び第2の端部(1
30a,130b)を有する第2の細長い撓み部材(130)を有し,
第2の撓み部材(130)の第1及び第2の端部の中間にある部分(126)が
第1の撓み部材(132)の第1及び第2の端部の中間にある部分(126)に相
互接続され,
第1及び第2の撓み部材(132,130)を画定する溝穴(124,122)
が,それぞれ両端に応力軽減用のキー溝穴(128)を有し,
前記第1の細長い撓み部材(132)及び前記第2の細長い撓み部材(130)
によりH形状又はX形状が形成され,前記第1の細長い撓み部材(132)にお
ける第1及び第2の端部(132a,132b)が互いに平行ではなく,前記第2
の細長い撓み部材(130)における第1及び第2の端部(130a,130b)
が互いに平行ではなく,前記第1の細長い撓み部材(132)における第1の端部
(132a)と前記第2の細長い撓み部材(130)における第1の端部(130
a)が互いに隣接し,前記第1の細長い撓み部材(132)における第2の端部
(132b)と前記第2の細長い撓み部材(130)における第2の端部(132
b)が互いに隣接することを特徴とする懸架構造体。」(下線部は補正部分)
3審決の理由の要点
(1)引用刊行物(特開平11−337571号,甲1)には次の発明(引用発
明)が記載されていることが認められる。
「加速度を検出する慣性センサに形成され,質量部2eが接合される島状部1eを
枠部1gに連結するロ字形薄肉部1cであって,
枠部1gに連結される右側及び左側アームを有する第1のアーム,及び,島状部
1eに連結される右側及び左側アームを有する第2のアームを有し,
第2のアームの右側及び左側アームの中間にある部分が第1のアームの右側及び
左側アームの中間にある部分に相互に連結され,
第1及び第2のアームを形成する外側スリット11及び内側スリット14とを有
し,
前記第1のアームの右側アームと左側アーム,前記第2のアームの右側アームと
左側アーム,及び,連結部17によりH字状が形成され,
熱応力が枠部1gに作用した際,前記第1のアームの右側及び左側アームが変形
して中央部に対して互いに平行ではなく,かつ,前記第2のアームの右側及び左側
アームが変形して中央部に対して互いに平行ではなく,前記第1のアームにおける
右側アームと前記第2のアームにおける右側アームが互いに近接し,前記第1のア
ームにおける左側アームと前記第2のアームにおける左側アームが互いに近接する,
ロ字形薄肉部1c。」
(2)補正発明と引用発明の一致点と相違点は次のとおりである。
【一致点】
「懸架構造体であって,
支持構造体に接続するように構成された第1及び第2の端部を有する第1の細
長い撓み部材,並びに支持構造体から隔離すべき構造体に接続するように構成され
た第1及び第2の端部を有する第2の細長い撓み部材を有し,
第2の撓み部材の第1及び第2の端部の中間にある部分が第1の撓み部材の第1
及び第2の端部の中間にある部分に相互接続され,
第1及び第2の撓み部材を画定する溝穴を有し,
前記第1の細長い撓み部材及び前記第2の細長い撓み部材によりH形状又はX形
状が形成され,
前記第1の細長い撓み部材における第1及び第2の端部が互いに平行ではなく,
前記第2の細長い撓み部材における第1及び第2の端部が互いに平行ではなく,前
記第1の細長い撓み部材における第1の端部と前記第2の細長い撓み部材における
第1の端部が互いに隣接し,前記第1の細長い撓み部材における第2の端部と前記
第2の細長い撓み部材における第2の端部が互いに隣接することを特徴とする懸架
構造体。」
【相違点1】
第1及び第2の撓み部材を画定する溝穴に関して,補正発明が「第1及び第2の
撓み部材を画定する溝穴が,それぞれ両端に応力軽減用のキー溝穴(128)を
有」するのに対し,引用発明の,第1及び第2のアームを形成する外側スリット1
1及び内側スリット14は,両端にキー溝穴を有していない点。
(3)引用発明の第1及び第2のアームを形成する外側スリット11及び内側スリ
ット14に対し,スリットの端部に応力軽減用のキー溝穴を設ける周知技術を適用
して相違点である補正発明の構成とすることに格別の困難性があるとはいえない。
補正発明が奏する効果は,引用発明及び周知技術から,当業者が予測し得る範囲内
のものである。
したがって,補正発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものである。
よって,補正発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができないから,
前記補正を却下する。
(4)そうすると,補正前発明の発明特定事項を全て含みさらに限定事項を付加し
たものに相当する補正発明が引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものであるから,補正前発明も,同様の理由により,引用発明
及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(一致点の認定の誤り・その1)
(1)補正発明は「懸架構造体」であって,「支持構造体(118)」と「支持
構造体から隔離すべき構造体(108)」を有し,「第1の細長い撓み部材」の
「第1及び第2の端部」が「支持構造体」に接続され,「第2の細長い撓み部材」
の「第1及び第2の端部」が「支持構造体から隔離すべき構造体(108)」に接
続するように構成されたものである(【請求項1】)。このような構成により支持
構造体である外側のフレーム部材118内に生じる歪を吸収し(段落【003
6】),内側のセンサフレーム108に歪が伝わらないように,これを隔離するも
のである。
(2)引用発明は,枠部1gに熱応力Fが作用した際に薄肉部1cが変形するこ
とにより,「島状部1eの垂直方向(Z軸方向)への歪みを緩和する」ことを狙っ
たものである(引用刊行物の段落【0020】)が,ここでいう「島状部1eの垂
直方向(Z軸方向)への歪み」とは,図17に示されるように,ダイアフラム1の
外周辺に熱応力が作用した際に薄肉部1cが変形し,島状部1eがZ軸方向へ変位
してしまうことであり,この結果,電極部とダイアフラム1が接触し,動作不良が
発生するという従来技術の欠点を解決することが引用発明の課題である(段落【0
009】)。すなわち,引用発明は,従来技術の熱応力による薄肉部1cのZ軸方
向(垂直方向)への変形を,XY軸方向(水平方向)への変形に換えることにより,
島状部1eのZ軸方向(垂直方向)への変位を抑えようとするものである。
(3)上記のとおり,引用発明は,島状部1eのZ軸方向への変位を抑えること
を目的とする発明である。この島状部1e上には質量部2eが接合され,加速度セ
ンサ機構の可動部として振動による変位を当然に予定している。したがって,これ
を支える薄肉部1cは,熱応力による島状部1eの変位を抑えつつ,島状部1e及
びその上部に接合された質量部2eの加速度に対応した変位をできるだけ妨げない
ようにしなければならない。このような技術的な要請のなかで,引用発明で課題と
されているのは「薄肉部1cのZ軸方向の変形」であり,これによる「島状部1
e」のZ軸方向への「変位」であって,「島状部1e」自体の「変形」ではない。
つまり,引用発明は,熱応力が島状部1eに伝わり,これが変形することを問題と
しているのではない。したがって,島状部1eは枠部1gに対して「隔離すべき」
構造体とはいえない。引用発明において変形が問題とされる薄肉部1cは,補正発
明では「撓み部材104」に相当する。
これに対し,補正発明は,可動性が要求される校正質量106を懸架する撓み部
材104の変形を抑えることを目的とする発明ではなく,本来可動性の要求されな
い内側のセンサフレーム108(支持構造体から隔離されるべき構造体)及び外側
のフレーム部材118(支持構造体)の間において,外側のフレーム部材118
(支持構造体)内に生じる歪を吸収し,内側のセンサフレーム108への応力の伝
達を妨げることを目的とする発明である。補正発明と引用発明とでは,技術思想が
まったく異なる。
なお,補正前発明の「支持構造体(118)」及び「支持構造体から隔離すべき
構造体(108)」との構成は,内側のセンサフレーム108と校正質量106と
の構成に対応するものでないことは,請求項4を介して請求項1に従属する請求項
である請求項5において,「前記懸架すべき構造体(108)が更に加速度計セン
サ機構(102)を有することを特徴とする請求項4の懸架構造物」(【請求項
5】)との発明が規定されていることからも明らかである。「更に」とあるから,
加速度計センサ機構(102)は「懸架すべき構造体(108)」(隔離すべき構
造体)の一部として有するものであり,この加速度計センサ機構(102)は,内
側のセンサフレーム108から撓み部材104により校正質量106を吊り下げた
ものである。このように,「懸架すべき構造体(108)」(隔離すべき構造体)
の一部である加速度センサ機構のさらにその一部として,センサフレーム108か
ら撓み部材104により吊り下げられた校正質量106が「懸架すべき構造体」
(隔離すべき構造体)そのものに該当することは有り得ないからである。
(4)以上のとおり,引用発明には,補正発明における隔離すべき構造体108に
相当する部材は存在しない。
したがって,支持構造体から隔離すべき構造体108と支持構造体118との間
において歪が隔離すべき構造体に伝わらないように,これを吸収する装置に関する
補正発明と,薄肉部1cにおいて熱応力による薄肉部1cの変形を抑えることを目
的とした引用発明とを対比すること自体が誤りである。それにもかかわらず,審決
は補正発明と引用発明との基本的な相違点を看過し,引用発明の「島状部1e」を
補正発明の「支持構造体から隔離すべき構造体」に相当すると誤って認定したもの
であり,その結果,補正発明と引用発明の相違点を看過したものである。
2取消事由2(一致点の認定の誤り・その2)
(1)審決の看過した引用発明の記載事項と技術思想
引用刊行物には審決が引用発明の認定にあたって用いた記載事項及び図のほか,
【請求項7】,段落【0012】,【0014】,【0018】,【0020】,
【図6】,【図9】の記載があり,これらの事項は引用発明の技術思想の本質的か
つ不可欠な一部である。
以上の記載を前提として仔細に検討すると,図9Aにおいては「薄肉部1c」が
「島状部(質量部)1e」と「枠部(固定部)1g」それぞれと微小な連結区間で
連結されていることが示されており,図9Bにおいては枠部の外側から加えられる
熱応力を薄肉部1c及びそれにより囲まれた空間が押しつぶされるように変形する
ことにより,応力を吸収することが示されている。
図9において示されている連結区間(下図赤色部分)は,図6において連結部1
0,15として表されている(下図赤色部分)。
【図9】
【図6】
また,図6で示されているのは,請求項7に記載され,実施例2において詳細に
説明されている引用発明であるが,それにおける応力吸収のための構成が「連結区
間10」,「薄肉部1c」,「中間スリット16」,「薄肉部1c」,「連結区間
15」から成るものであることも明らかである。
そして,外側スリット11,内側スリット14は,応力吸収のための構成の一部
をなすものではない。
中間スリット16はX軸に平行なスリットとY軸に平行なスリットとが直角に交
差して結合した鉤型をしており,応力を吸収するための構成は当該鉤型部分及びそ
の周辺部分となる。このような構成は各コーナー部分に全部で4箇所設けられてい
る。
(2)補正発明と引用発明との比較に関する審決の認定とその誤り
ア補正発明の特許請求の範囲には,「第1及び第2の撓み部材(132,
130)を画定する溝穴(124,122)」とあるから,「第1及び第2の撓み
部材」は溝穴により画定されるものである。したがって,引用発明についても,
「第1及び第2の撓み部材」に対比される「第1のアーム」「第2のアーム」は,
「溝穴」に対比される「外側スリット11」および「内側スリット14」により
「画定」されるといわなければならない。そうすると,内側スリットに画定される
アームは下記の図の青色部分,第1のアームが緑色部分,連結部が黄色部分という
ことになる。
とすれば,本件発明の「互いに平行でない」「第1及び第2端部」に相当すると
いう引用発明の「右側及び左側アーム」は,第2のアームについては,必然的に上
図の赤丸で示した部分であると理解すべきことになり,したがって,引用発明にお
いてこれらの部分が平行でないことが開示されているかが判断されなければならな
いことになる。
ところで,引用刊行物の図9は熱応力Fの作用を等価的に示したものであり,具
体的に各部がどの程度変形するかを示したものではない。したがって,引用刊行物
の図9から,上図の赤丸で示された部分である「第2のアーム」の「右側及び左側
アーム」が平行とはいえない程度に変形することを読み取ることはできないという
べきである。
イ審決にいう第1のアームなるものは,第1の中間スリットと枠部1gの
間の鉤形の薄肉部1cと,第2の中間スリットと枠部1gの間の薄肉部1cをそれ
ぞれ分断して,第1の中間スリットを取り囲む薄肉部1cの左側と,第2の中間ス
リットを取り囲む薄肉部1cの右側と「中間にある部分」を組み合わせて一つの構
成部分とみなしたものである。同様に,第2のアームなるものは,第1の中間スリ
ットと島状部1eの間の鉤形の薄肉部1cと,第2の中間スリットと島状部1eの
間の薄肉部1cを分断して,第1の中間スリットを取り囲む薄肉部1cの左側と,
第2の中間スリットを取り囲む薄肉部1cの右側と「中間にある部分」を組み合わ
せて一つの構成部分とみなしたものである。
このように,第1のアーム,第2のアームを観念するためには,図9A,Bに記
載された引用発明の技術思想を無視し,引用発明の各構成部分をばらばらにして再
構成するということをしなければならない。同様の意味で,第1のアームや第2の
アームについての右側アームと左側アームというものも,引用発明本来の技術思想
を無視し,引用発明の各構成部分を分解して再構成することなしには観念すること
ができないものである。第1のアームの右側アームと左側アーム,第2のアームの
右側アームと左側アームをそれぞれ中間にある部分でもってそれぞれ接続すること
によりH字状の部分ができるということについても,引用発明の技術思想を無視し,
引用発明の各構成部分を分解し,再構成して初めて観念することができるものであ
る。
また,そのような思考プロセスを経て再構成された引用発明におけるH字状の部
分が,一体として機能をすることとなるとか,それにより枠部1gに加えられた応
力を吸収するようになるというものではない。
さらに,審決が認定した第1のアームの右側及び左側アームの中間にある部分と,
第2アームの右側及び左側アームの中間にある部分とが連結部17により連結して
いるという点も,引用刊行物図9に記載された応力吸収のための4つの薄肉部1c
がそれぞれ隣り合った薄肉部1cと結合しているということを意味するに留まるも
のであって,枠部1gに加えられた応力を吸収するという観点からは格別の意味を
持つということもできない。
したがって,引用発明の作動原理について考慮を払うならば,補正発明と引用発
明を対比しても,審決のいう「(ア)…『右側及び左側アーム』は『第1及び第2
の端部』に,『第1のアーム』は『第1の細長い撓み部材』に,『第2のアーム』
は『第2の細長い撓み部材』に,『連結』は『接続』に,『第1及び第2のアーム
を形成する』は『第1及び第2の細長い撓み部材を画定する』に,『外側スリット
11,及び,内側スリット14』は『溝穴』に,『H字状』は『H形状』に,『右
側アーム』は『第1の端部』に,『左側アーム』は『第2の端部』に,『近接』は
『隣接』に,それぞれ相当する」(8頁22行∼30行)というような対応関係は
見出すことができない。
このため,引用発明が
「懸架構造体であって,
支持構造体に接続するように構成された第1及び第2の端部を有する第1の細長
い撓み部材,並びに支持構造体から隔離すべき構造体に接続するように構成された
第1及び第2の端部を有する第2の細長い撓み部材を有し,
第2の撓み部材の第1及び第2の端部の中間にある部分が第1の撓み部材の第1
及び第2の端部の中間にある部分に相互接続され,
第1及び第2の撓み部材を画定する溝穴を有し,
前記第1の細長い撓み部材及び前記第2の細長い撓み部材によりH形状又はX形
状が形成され…[ていることを]特徴とする懸架構造体」(審決10頁26行∼3
4行)であるということもできない。
(3)小括
以上より,審決が一致点として認定したもののうち,少なくとも,
「前記第2の細長い撓み部材における第1及び第2の端部が互いに平行ではな
く」
との部分,及び
「・・・支持構造体に接続するように構成された第1及び第2の端部を有する第1
の細長い撓み部材,並びに支持構造体から隔離すべき構造体に接続するように構成
された第1及び第2の端部を有する第2の細長い撓み部材を有し,
第2の撓み部材の第1及び第2の端部の中間にある部分が第1の撓み部材の第1
及び第2の端部の中間にある部分に相互接続され,
第1及び第2の撓み部材を画定する溝穴を有し,
前記第1の細長い撓み部材及び前記第2の細長い撓み部材によりH形状又はX形
状が形成され…」
との部分については,一致点の認定を誤ったものである。
また,引用刊行物の図6及び図9に鑑みれば,引用発明において想定されている
応力は連結区間10,15それぞれから中間スリット16に斜め方向から作用する
ものであり(段落【0020】,図6,図9),引用刊行物には,それ以外の方向
からの応力について,補正発明の動機付けとなり得るような記載も示唆もされてい
ない。
したがって,審決は,一致点の認定を誤り,その結果相違点を看過したものであ
る。
3取消事由3(一致点の認定の誤り・その3)
(1)審決は,補正発明における各細長い撓み部材の第1の端部と第2の端部型
害に平行ではないという状態が,通常の時の状態ではなく,支持構造体に歪みが誘
起された時の状態である旨認定した。
(2)しかし,前記のとおり,引用発明が「右側アーム」,「左側アーム」,
「第1のアーム」,「第2のアーム」,「第1及び第2アームを形成する」「外側
スリット11及び内側スリット14」及び「H字状」という点で補正発明と一致す
るとの審決の認定は誤りであるから,引用発明の「第1のアームの右側及び左側ア
ーム」及び「第2のアームの右側及び左側アーム」が,それぞれ補正発明の「第1
の細長い撓み部材(132)における第1及び第2の端部(132a,132
b)」及び「第2の細長い撓み部材(130)における第1及び第2の端部(13
0a,130b)」と一致するとの審決の認定も誤りである。
(3)また,そもそも,審決は,補正発明の「平行ではなく」との要件を応力
が加わった状態を規定したものと誤って認定したものである。
アまず,補正発明の請求の範囲の記載には,「平行ではなく」との要件に
ついて,応力が加わった状態を規定したと理解すべき文言はなく,審決の補正発明
の理解は特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
イこの点について審決は,本願図面の図2には「平行」な状態が記載され
ており,図3には「平行ではな」い状態が記載されているところ,本願明細書の段
落【0036】の記載から,図3は応力が加わって変形した状態を示すものと理解
し,その結果,補正発明の「平行でなく」との構成は,支持構造体に歪みが誘起さ
れた時の状態であると認定している。
しかし,本願明細書の段落【0031】に記載されているとおり,内側のセンサ
フレームが円又は楕円形状である場合,当該フレームに沿って形成されるH型梁隔
離器の各細長い撓み部材における第1の端部(132a又は130a)と第2の端
部(132b又は130b)が,歪が誘起されていない状態においても互いに平行
でないことは明らかである。
また,補正発明の発明特定事項には「X形状」も記載されているところ,本願明
細書の段落【0040】,【0042】の記載からすれば,当該X型梁隔離器15
0の撓み部材の各端部(164a又は166a,と164b又は166b)が,歪
が誘起されていない状態においても互いに平行でないことは明らかである。
したがって,本願明細書には,H型梁隔離器120の細長い撓み部材の各端部及
びX型梁隔離器150の撓み部材の各端部が歪が誘起されていない状態においても
平行でない構成が記載されている。
ウよって,補正発明における各細長い撓み部材の第1の端部と第2の端部
が互いに平行ではないという状態が,通常の時の状態ではなく,支持構造体に歪が
誘起されたときの状態である旨の審決の認定は誤りである。
エ他方,引用発明における「第1のアームの右側及び左側アーム」又は
「第2のアームの右側及び左側アーム」は,それぞれ平行である。
したがって,補正発明が「支持構造体に歪が誘起されていない状態であると歪が
誘起された状態であるとを問わず,各細長い撓み部材の第1の端部と第2の端部と
が互いに平行ではない」のに対し,引用発明は「枠部に歪が誘起されていない状態
では第1又は第2のアームの右側及び左側アームが互いに平行である」という点で
両発明は一致しないのであり,「互いに平行ではな」いという点で両発明が一致す
るとした審決の認定は誤りである。
4取消事由4(進歩性判断の誤り)
(1)前記のとおり,引用発明の「右側アーム」,「左側アーム」が補正発明の
「端部」に相当するとの審決の認定は誤りである。
(2)また,審決は,特開平6−300776号(甲2)の図4及び特開平5−
223845号(甲3)の図19を挙げて,梁を形成するスリットの端部に応力軽
減用のキー溝穴を設ける技術が周知技術であると認定した。
たしかに,上記各文献の各図には円形状の穴が開けられた図が示されている。し
かし,上記各文献に記載されているのは,アルミナ基板から形成されたU字形のレ
バー部16と支持部材18との間に形成された間隙20,22(甲2),あるいは
頑丈な弾性的導電性金属からなる金属プレート部材38の中に設けられた,キャパ
シタソースプレート部分38.2,弾性ビーム手段38.3,取付け部分38.1
により画される溝状の部分の端部に見える円形状の穴(甲3)であるが,このよう
な円形状の穴を設ける理由としては応力軽減に限らず,例えばガイド穴を開けてス
リットの形成を容易にするというような工作上の理由も考えられるところである。
その上,上記各文献には,当該円形状の穴が応力軽減のために形成された旨の記載
も示唆もない。
そうすると,審決が上記各文献の記載から「キー溝穴」を認定することができる
ことに留まることなく,「応力軽減用のキー溝穴」を設ける技術を認定することが
できるとした点については(11頁14行∼17行),理由不備の違法がある。
(3)また審決の認定する周知技術を前提としても,相違点1に係る補正発明の
「溝穴の両端に応力軽減用のキー溝穴を有」するとの構成は,引用発明の外側スリ
ット,内側スリットに周知技術を適用することにより得られるものではない。
アまず,補正発明と引用発明とでは,想定している応力の方向が異なる。
前記のとおり,引用発明において応力を吸収するための構成は,中間スリット1
6及びその周辺部分であるところ,図6及び慣性センサを等価的に示した図9A,
Bに鑑みれば,図6において,応力は連結区間10及び15それぞれから中間スリ
ット16に向けて斜め方向に生じることとなる。
そのため,図9A,Bに示された応力を前提に,補正発明におけるキー溝穴の設
置位置に対応して引用発明に応力軽減用のキー溝穴を設けるとすれば,薄肉部1c
によって囲まれた空間部分,すなわち中間スリット16の両端に設けることとなる。
他方,補正発明は,撓み部材130及び132に対して,その延在する方向と直
角をなす方向からの応力を想定しており,キー溝穴128は,溝穴122及び12
4の極端部に設けられる。
そのため,仮に補正発明と引用発明とが,審決が認定した各点で一致する場合,
引用刊行物の図16において補正発明のキー溝穴に相当するキー溝穴を設けると,
外側スリット11及び内側スリット14の端部に設けることとなる。これを,引用
刊行物図9に示すと,ロ字形薄肉部1cと枠部1g又は島状部1eを繋ぐ薄肉部1
cにキー溝穴を設けることとなる。
このように,引用発明に周知技術を適用した場合にキー溝穴を設けるべき部分と,
補正発明のキー溝穴に相当する部分とは異なる。
しかし,引用刊行物には,外側スリット11及び内側スリット14に直角の方向
から受ける応力,すなわちX軸又はY軸に平行な方向からの応力については何ら記
載も示唆もされていないのであって,引用発明に周知技術を適用して補正発明のキ
ー溝穴を設ける動機付けとなるものは存在しない。
したがって,当業者が引用発明に周知技術を適用して,相違点1にかかる補正発
明の発明特定事項について容易に想到しうるとはいえない。
イ次に,補正発明と引用発明とでは,想定している応力の種類が異なる。
本願明細書の段落【0009】の記載によれば,補正発明は,製造時の「機械的
に誘起される」応力のみならず使用時に生じる「衝撃,振動及び温度変化により外
的に誘起される」応力を想定している。そして,補正発明は,当該応力により外側
のフレーム部材118内に生じる歪を吸収するものである。
他方,引用刊行物は,段落【0009】の記載によれば,製造時に生じる「熱応
力」のみを想定している。そして,引用発明は,当該熱応力Fにより生じる薄肉部
1gの歪みによる島状部1eのZ軸方向への変位を抑えるものである。
このように,応力の種類に差異があるから,解決しようとする課題が異なる。
そして,引用刊行物,甲2,甲3には,単に溝の端部にキー溝状のものが設けら
れている図が示されているにすぎず,このキー溝状のものがいかなる機能を有する
かについて記載がなく,このようなキー溝状のものを設けることにより製造時の
「熱応力」による歪みを軽減する旨の記載もまったくないのであるから,補正発明
と引用発明の課題の相違を超えて,当業者が引用発明に周知技術を適用して,相違
点1にかかる補正発明の構成に想到することは有り得ない。
ウまた,補正発明は,校正質量106へとつながる撓み部材104ではな
く,内側のセンサフレーム108と外側のフレーム部材118との間における応力
による歪を緩和するものである。
他方,引用発明は,質量部2eへとつながる薄肉部1cにおける応力によって生
じる歪による質量部2eに結合する島状部1eのZ軸方向への変位を抑えるもので
ある。
引用発明において,質量部2e・島状部1eや薄肉部1c等からなる部分は加速
度の計測のため可動性を有することが当然に予定されており,一定の薄さが要求さ
れ,そのためZ軸方向への強度が比較的弱く,応力を軽減する必要性が特に高いと
いえる。
他方,補正発明における内側のセンサフレーム108及び外側のフレーム部材1
18部分は,加速度の計測にあたって可動性を有する必要のない部分であり,可動
性という観点からの薄さは要求されず,厚みがあり,Z軸方向に対する変位は問題
とならない。
したがって,引用発明と補正発明とでは,キー溝穴を設けることによる作用・効
果が異なるのであって,当業者が引用発明に周知技術を適用して,相違点1にかか
る補正発明の構成について容易に想到しうるとはいえない。
エ仮に応力軽減目的でキー溝穴を設ける技術が周知技術であるとしても,
一般的に,応力がかかる部材について応力軽減用のキー溝穴を設けるか否かについ
ては,個々の発明においてそのような構成を設ける必要があるか否かに左右される
ことはいうまでもない。
甲2及び甲3記載の部材は,引用発明と較べると格段に大きな部材であることが
明らかである。また,引用発明が非常に小さなものであり,そこで想定されている
応力も,各構成部材の製造時の温度変化に起因するひずみがもたらすものであるこ
とからすれば,さして大きな力でないことは明らかである。引用発明及び熱応力に
ついてのそのような性質並びにこのような引用発明と甲2及び甲3記載の部材との
間の大きな格差があることからすると,甲2,3に示された溝状部分の端部に円形
状の穴を設けることについて,そこに記載された発明においては何らかの技術的な
意味があると仮に想定できるとしても,引用発明においても,スリットの端部にキ
ー溝穴を設けることが技術的に必要であるとか,望ましいとか,何らかの技術的な
意味があると考えることができるということはできない。また,引用刊行物にキー
溝穴を設けることについて何らの開示も示唆もない。
したがって,相違点1についての容易想到性に関する審決の判断は,引用発明に
審決認定の周知技術を組み合わせる必然性があるかとの点についての判断を欠いた
まま,容易想到性を肯定した違法がある。
5取消事由5(補正前発明について)
補正発明についてと同様の理由で,補正前発明と引用発明を比較することは基本
的に誤りであり,補正前発明の「支持構造体から隔離すべき構造体」に該当する構
成を引用発明は有していない(前記1)。
また,引用発明の第1及び第2のアーム,右側及び左側アーム,並びに外側ス
リット11及び内側スリット14が,それぞれ,補正前発明の第1及び第2の細長
い撓み部材,各細長い撓み部材の第1及び第2の端部,並びに溝穴122及び12
4と一致するとの審決の認定は誤りである(前記2)。
さらに,キー溝穴が周知技術であるとする審決の認定は誤りであり,また仮にキ
ー溝穴を設けることが周知技術であったとしても,相違点1に係る補正前発明の構
成が引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到しうるものであるとはい
えないから,審決の判断は誤りである(前記4)。
第4被告の反論
1取消事由1(一致点の認定の誤り・その1)に対し
原告主張は,要するに,引用発明の島状部1eは枠部1gに対して「隔離すべ
き」構造体とはいえないというものである。
(1)しかし,まず,「隔離」という用語の一般的な意味は,「へだてること。
へだてはなすこと。」(広辞苑第4版,乙1)である。そうすると,補正発明の特
許請求の範囲に記載された「支持構造体から隔離すべき構造体」という用語を一般
的な意味で解すれば,「支持構造体からへだてるべき,又は,へだてはなすべき構
造体」となる。このように解した場合,引用発明は,島状部1eが外側スリット1
1及び内側スリット14により枠部1gから空間的にへだてられ,又は,へだては
なされるものであるから,島状部1eは枠部1gに対して「隔離すべき構造体」と
いえることは明らかである。
(2)次に,補正発明の特許請求の範囲に記載された「隔離すべき構造体」とい
う用語の意義を本願明細書の記載及び図面を考慮して解釈する。
本願明細書の段落【0001】,【0009】,【0010】,【0012】,
【0013】,【0019】,【0024】,【0036】の記載を考慮すれば,
補正発明の「隔離」は,「歪隔離」,すなわち,支持構造体(118)に加わる外
部応力及びこれに伴う支持構造体(118)の歪みから構造体(108)を隔離し,
構造体(108)への前記外部応力及び前記歪みの影響を減少させることを意味す
ると解釈することも可能である。
一方,引用刊行物には「熱応力Fが枠部1gに作用すると,図9Bに示すように
薄肉部1cが変形し,島状部1eの紙面垂直方向(Z軸方向)への歪みを緩和する
ことができる。」(段落【0020】)と記載されており,この記載は,枠部1g
に作用する熱応力F及びこれに伴う歪みから島状部1eを隔離して,島状部1eへ
の熱応力F及び歪みを緩和していることを述べた記載に他ならない。
よって,補正発明の「隔離」を上記のように「歪隔離」と解釈したとしてもなお,
引用発明の島状部1eは枠部1gの歪みから「隔離すべき構造体」であるといえる。
(3)また,原告は,引用発明で課題とされているのは,島状部1eのZ軸方
向への変位であって,島状部1e自体の変形を問題にしているのではないことを
もって,島状部1eは隔離すべき構造体とはいえない旨主張する。
しかし,引用発明は,薄肉部1cの変形により熱応力Fを吸収しているのである
から,結果的に,島状部のZ軸方向への変位が緩和されるだけでなく,島状部1e
の変形も緩和されていることは明らかである。
よって,引用発明が島状部1e自体の変形を問題にしているのではないことを
もって,島状部1eは隔離すべき構造体とはいえない旨の原告主張は失当である。
(4)さらに,原告は,引用発明の島状部1eは振動による変位を予定してい
るのに対して,補正発明の内側のセンサフレーム(構造体〔108〕)は本来可動
性の要求されないものである旨も主張する。
しかし,補正発明の特許請求の範囲には,構造体(108)が可動性を要求され
るか否かを特定する事項は記載されていない。原告の主張は,本願明細書に記載さ
れた実施の形態に基づき補正発明の「構造体(108)」が加速度計センサ機構に
おける内側のセンサフレームであることを前提とした主張と解されるが,補正発明
の特許請求の範囲には,補正発明の構造体(108)が加速度計センサ機構と関係
するものであることすら記載されていないから,補正発明の「構造体(108)」
が加速度計センサ機構における内側のセンサフレームであると限定して解釈するこ
とはできない。
よって,補正発明は,内側のセンサフレーム108に対応する構造体(108)
が可動性を要求されないことを特定するものではない。
したがって,構造体(108)が可動性を要求されないものであることに基づく
原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づく主張ではないから,理由がない。
2取消事由2(一致点の認定の誤り・その2)に対し
(1)まず,審決が認定した引用発明のH字状並びにこれを形成する第1,第2
のアーム,連結部及び第1,第2のアームの右側,左側アームの範囲は下図のとお
りである(第1のアームが緑色部分,第2のアームが青色部分,連結部が黄色部分,
第1,第2のアームの右側,左側アームが赤丸部分。)。第1,第2のアームと,
第2のアームの右側アーム,左側アームについては,原告がそのように認定すべき
と主張するとおりである。
なお,補正発明の「H形状」が,下図の第1,第2のアームのように,第1の細
長い撓み部材(132)と第2の細長い撓み部材(130)との長さが異なるH形
状を含んでいることは,本願明細書に「1つの別の実施の形態によれば,H型梁隔
離器構造体120内の撓み部材130,132の各々は異なる長さのものであ
る。」(段落【0034】)と記載されているとおりである。
(2)引用刊行物の図6に示されるスリットが形成された慣性センサを等価的
に示した図9における第1,第2のアーム,連結部及び第1,第2のアームの
右側,左側アームの対応部分は概ね下図のとおりである(第1のアームが緑色
部分,第2のアームが青色部分,連結部が黄色部分,第1,第2のアームの右
側,左側アームが赤丸部分)。
上記における図6と図9との着色部の基本的な対応関係は,原告主張とも合致す
るものである。なお,図9A,Bにおいて隣接する薄肉部1c間に付加した左上の
直線部は,実際の構造を表す図6ではそれぞれ隣り合った薄肉部1c同士が結合し
ていることを示している。
図9Aにおいて,緑色で示される第1のアーム,青色で示される第2のアーム
(それぞれ,上図Aにおいて2つの半ロ字状の部分を直線部で結合したもの)の形
状は,上記の図6との対応から明らかなように,実際にはそれぞれ直線状であり,
それぞれの両端部(右側アームと左側アーム)は平行となっている。
一方,図9Bは,熱応力Fの作用を等価的に示したものであり,具体的に各部が
どの程度変形するかを示したものではない。しかし,引用刊行物の「熱応力Fが枠
部1gに作用すると,図9Bに示すように薄肉部1cが変形し」(段落【002
0】)という記載のとおり,図9Bには,少なくとも熱応力Fにより4つの薄肉部
1cが変形すること,及び,その程度はともかく緑色で示される第1のアーム及び
青色で示される第2のアームがそれぞれ反るように変形することは示されていると
いうべきである。そして,第1のアーム及び第2のアームが反るように変形すれば,
変形前には互いに平行であった,赤丸で示されるこれらの両端部(右側アームと左
側アーム)が互いに平行ではなくなることは明らかなことである。
したがって,引用刊行物の図9から,上記赤丸で示された部分が平行とはいえな
い程度に変形することを読み取ることができないという原告主張は理由がない。
そして,上記赤丸で示される第2のアームの右側アームと左側アームが互いに平
行ではなくなることは,補正発明の第2の細長い撓み部材における第1及び第2の
端部が互いに平行ではないことに相当するから,審決が「前記第2の細長い撓み部
材における第1及び第2の端部が互いに平行ではなく」(10頁36行∼11頁1
行)を一致点と認定したことに誤りはない。
(3)原告は,審決が引用発明として認定したH字状の部分や第1のアームや第
2のアーム等のH字状の部分を構成する各要素は,引用発明の技術思想を無視して
構成部分を分解し再構成したものであり,補正発明のように一体として機能すると
か,枠部1gに加えられた応力を吸収するようにはならない旨主張する。かかる原
告の主張は,引用刊行物における熱応力Fの作用を等価的に示した図9の記載を元
に,引用刊行物の図6における鉤形の中間スリット及びその周辺の鉤形の薄肉部1
cをそれぞれ一体不可分のものとして捉えることを前提とした主張である。
しかし,引用刊行物の図6に図示された薄肉部1cには前記のとおりH字状の部
分が存在するのであって,このこと自体は引用刊行物の薄肉部1cが熱応力により
どのように変形するかといった事項とは関係なく成立する事実である。第1のアー
ム等,H字状の部分を構成する各要素について引用刊行物ではそれぞれ名称が付さ
れていないところ,審決で補正発明と引用発明との対比のために各要素について便
宜上名称を付したものであるが,H字状の部分を便宜上どのように各要素に分割す
るかは,引用刊行物の記載内容と反しない限り任意に行い得ることである。
また,引用刊行物の記載内容について検討しても,図9は枠部1gに作用する熱
応力Fの作用を説明するために図6に示された慣性センサを等価的にモデル化した
ものを示すに留まるのであって,図6の各スリットや薄肉部をどのように分割して
捉えるかを一義的に示すものではない。例えば,引用刊行物で図6について説明す
る「4つの外周辺の各々にそれぞれ対応する4つの中間スリット16は,長手方向
の中央付近に設けられた連結部17により2分割されると共に,隣接する中間スリ
ット16同士が直角に連結される。」(段落【0020】)との記載のとおり,引
用刊行物では「中間スリット」を外周辺に対応する中間スリットを分割,連結した
ものと捉えており,原告が前提とするように鉤形の中間スリットを一体不可分のも
のと捉えてはいない。一方,審決で認定したH字状の部分は外周辺に対応したもの
であり,「中間スリット」を外周辺に対応したものと捉える引用刊行物の上記記載
と整合するものである。
さらに,原告は,審決で認定したH字状の部分は一体として機能せず,枠部1g
に加えられた応力を吸収するようにはならないと主張するが,図9のそれぞれ隣り
合った薄肉部1c同士が結合していることは原告も認めている事項であるから,当
該薄肉部1cはその隣同士が結合された一体物であり,その一体物が枠部1gに加
えられた応力を吸収するように機能するということもできる。したがって,審決が
認定するH字状の部分も当該一体物の一部であるから,H字状の部分自体も一体と
して機能し,枠部1gに加えられた応力を吸収するといえる。
そうすると,審決(8頁3行∼10行)が,引用発明を特定する事項として,引
用刊行物の図6に存在する「H字状」の部分を認定し,これを「枠部1gに連結さ
れる右側及び左側アームを有する第1のアーム」,「島状部1eに連結される右側
及び左側アームを有する第2のアーム」及び「第2のアームの右側及び左側アーム
の中間にある部分が第1のアームの右側及び左側アームの中間にある部分に相互に
連結」される部分(連結部)に便宜上分割して各部分を認定するとともに,「第1
及び第2のアームを形成する外側スリット11及び内側スリット14」と認定した
ことに誤りはない。
加えて,補正発明において第1の細長い撓み部材及び第2の細長い撓み部材によ
りH形状が形成されることの技術上の意義について検討すると,本願明細書の段落
【0037】,【0038】の記載によれば,補正発明において第1の細長い撓み
部材及び第2の細長い撓み部材によりH形状が形成されることの技術上の意義は,
第1の細長い撓み部材(外側の撓み部材)132と第2の細長い撓み部材(内側の
撓み部材)130とをそれぞれの中心で接続することにより,第2の細長い撓み部
材130の両端部において大きさが等しく反対向きのトルクを生じさせ,隔離すべ
き構造体108(内側のセンサフレーム108内の加速度計センサ機構102)に
合成した圧縮又は引っ張り荷重のみが付加されるようにすることにある。
この点,引用発明の第1のアーム,第2のアーム及び連結部からなるH字状の部
分は,第1のアームと第2のアームとはそれぞれの中心で連結部により連結されて
いるから,第2アームの両端部において大きさが等しく反対向きのトルクを生じさ
せるものといえる。
してみると,補正発明と引用発明とを比較すると,「『右側及び左側アーム』は
『第1及び第2の端部』に,『第1のアーム』は『第1の細長い撓み部材』に,
『第2のアーム』は『第2の細長い撓み部材』に,『連結』は『接続』に,『第1
及び第2のアームを形成する』は『第1及び第2の細長い撓み部材を画定する』に,
『外側スリット11,及び,内側スリット14』は『溝穴』に,『H字状』は『H
形状』に,『右側アーム』は『第1の端部』に,『左側アーム』は『第2の端部』
に,『近接』は『隣接』に,それぞれ相当する」(審決8頁22行∼30行)こと
は,引用発明のH字状と補正発明のH形状との対応関係からみて明らかなことであ
る。また,補正発明のH形状の技術上の意義を考慮しても,引用発明のH字状は補
正発明のH形状に相当するといえる。したがって,これらの対応関係を見出すこと
ができないとの原告主張は理由がない。
(4)なお,引用発明の外側スリット11及び内側スリット14は応力を吸収す
るための構成ではない旨の原告の主張も失当である。引用発明において,外側スリ
ット11及び内側スリット14は連結区間10,15の幅を限定するために必須の
構成であり,これらのスリットがなければ適切に薄肉部1cが変形し得ないことは
明らかである。
3取消事由3(一致点の認定の誤り・その3)に対し
(1)原告は,補正発明の「互いに平行ではなく」との発明特定事項が「支持構
造体に歪みが誘起されていない状態であると歪みが誘起された状態であるとを問
わ」ない状態を規定したものであると主張し,この主張を前提として,「互いに平
行ではな」いという点で補正発明と引用発明とが一致するとした審決の認定は誤り
であると主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,その前提において誤りである。
(2)まず,補正発明の特許請求の範囲には,「互いに平行ではなく」との発明
特定事項が支持構造体に歪みが誘起された状態におけるものか否かは特定されてい
ない。したがって,原告の主張はそもそも特許請求の範囲の記載に基づくものでは
ない。そして,特許請求の範囲における「互いに平行ではなく」との特定事項で,
支持構造体に歪みが誘起された状態におけるものか否かは特定されていない以上,
「互いに平行ではなく」との特定事項は,少なくとも支持構造体に歪みが誘起され
た状態において互いに平行でない場合も包含するものである。
(3)また,本願明細書には「互いに平行ではなく」との特定事項について明
示的な記載はされておらず,「互いに平行ではなく」との特定事項が本願明細書に
記載されたどの事項に基づいているのかは明確ではない。
そこで,「互いに平行ではなく」との発明特定事項が本願明細書に記載されたど
の事項に基づいているのかを判断するに際しては,「互いに平行ではなく」との特
定事項と他の請求項に係る発明,補正発明の他の特定事項との関係や,さらには本
願の審査,審判手続の経緯をも考慮することにより判断すべきである。
(4)ア原告は,本願明細書の段落【0031】の記載を挙げ,内側のセンサフ
レームが円又は楕円形状である場合,当該フレームに沿って形成されるH型梁隔離
器の各細長い撓み部材における第1の端部と第2の端部が歪みが誘起されていない
状態においても互いに平行ではないことは明らかであり,本願明細書にはH型梁隔
離器の細長い撓み部材の各端部が,歪みが誘起されていない状態においても平行で
ない構成が記載されている旨主張する。
イしかし,原告が引用した段落【0031】の記載は,補正発明の「互い
に平行ではなく」との特定事項に関する記載とはいえない。
段落【0031】で説明されているのは,センサ機構102の安定支持のために
正方形若しくは矩形又は円若しくは楕円形状の場合について,複数のH型梁隔離器
120を内側のセンサフレーム108のどこに設けるべきかであって,原告が主張
する内側のセンサフレームが円又は楕円形状である場合,H型梁隔離器が「当該フ
レームに沿って形成される」ことは何ら記載されていない。
また,段落【0031】では,図2を参照して「例えば,H型梁隔離器120は
正方形又は矩形の(図示の)内側センサフレーム108のすべての4つの隅部で繰
り返される。」と記載され,図2では,内側センサフレーム108の本来直角であ
る正方形又は矩形の隅部に,各細長い撓み部材における第1の端部と第2の端部が
互いに平行なH型梁隔離器120が設けられ,H型梁隔離器120を除く部分で略
正方形又は矩形の形状を形成している内側センサフレーム108が図示されている。
そうすると,段落【0031】の記載に対応した唯一の実施例として図示された正
方形又は矩形の場合において,内側センサフレーム108は,H型梁隔離器120
を除いた部分で略正方形又は矩形を形成しているのであるから,内側センサフレー
ム108が円又は楕円の場合においても同様に,H型梁隔離器120を除いた部分
で略円又は楕円を形成し,H型梁隔離器120としては,第1の端部と第2の端部
が互いに平行なものが用いられると解するべきである。
したがって,原告が引用した段落【0031】の記載は,補正発明の「互いに平
行ではなく」との特定事項に関する記載とはいえない。
仮に,段落【0031】に「内側のセンサフレームが円又は楕円形状である場合,
当該フレームに沿って形成されるH型梁隔離器」が記載されていたとしても,下記
のとおり,原告が引用した段落【0031】の記載は,補正発明の「互いに平行で
はなく」との特定事項に関する記載とはいえない。
ウ補正発明と請求項3に係る発明との関係
平成20年6月26日付け手続補正書(甲6)により補正された特許請求の範囲
において,補正発明が記載された請求項1には「前記第1の細長い撓み部材(13
2)及び前記第2の細長い撓み部材(130)によりH形状又はX形状が形成さ
れ」と記載され,また,請求項1を引用する請求項3には「前記第1及び第2の撓
み部材(132,130)の各々は,非強制状態において,それぞれの第1及び第
2の端部間で実質上真っ直ぐであることを特徴とする請求項1の懸架構造体。」と
記載されている。
ここで,第1及び第2の細長い撓み部材によりX形状が形成される場合には,第
1及び第2の撓み部材の各々は,非強制状態において,それぞれの第1及び第2の
端部間で実質上真っ直ぐであるとはいえないことは「X形状」から明らかである。
そうすると,請求項3は,第1の細長い撓み部材及び第2の細長い撓み部材により
H形状が形成される場合をさらに限定したものと解される。
ところで,原告が引用した段落【0031】の記載は,第1の細長い撓み部材及
び第2の細長い撓み部材によりH形状が形成される場合の「互いに平行ではなく」
との特定事項に関して原告が挙げる本願明細書における唯一の記載箇所である。ま
た,原告が主張するように,補正発明の「互いに平行ではなく」との特定事項が
「支持構造体に歪みが誘起されていない状態であると歪みが誘起された状態である
とを問わ」ない状態を規定したものとしたとき,本願明細書には他にH形状が形成
される場合の「互いに平行ではなく」との特定事項に関する記載は見当たらない。
そうすると,原告が引用した段落【0031】の記載は,補正発明に関する記載で
なければならないとともに,請求項3に係る発明に関する記載でもなければならな
い(さもなければ,請求項3に係る発明が本願明細書に記載されていないことにな
る)。
ところが,原告が段落【0031】に記載されていると主張する内側のセンサフ
レームが円又は楕円形状である場合の当該フレームに沿って形成されるH型梁隔離
器は,H型梁隔離器自体が湾曲して形成されるものを指しているから,請求項3で
規定されるように,「第1及び第2の撓み部材の各々は,非強制状態において,そ
れぞれの第1及び第2の端部間で実質上真っ直ぐ」とはならないことは明らかであ
る。
したがって,原告が段落【0031】に記載されていると主張する「内側のセン
サフレームが円又は楕円形状である場合の当該フレームに沿って形成されるH型梁
隔離器」と補正発明を引用する請求項3に係る発明との関係からみて,原告が引用
した段落【0031】の記載は,補正発明の「互いに平行ではなく」との特定事項
に関する記載とはいえない。
エ特許請求の範囲における構造体(108)の形状
原告主張は,あくまで内側のセンサフレーム(補正発明における構造体(10
8))が円形又は楕円形状であることを前提とするものであるが,補正発明は,特
許請求の範囲の記載からみて,構造体(108)の形状は何ら特定されていない。
ところで,補正発明で第1及び第2の細長い撓み部材によりX形状が形成される
場合は,構造体(108)の形状がいかなる平面形状であっても細長い撓み部材の
第1及び第2の端部は互いに平行でない(図4)。そうすると,原告主張は,H形
状が形成されるときは構造体(108)が円又は楕円形状の場合を想定し,X形状
が形成されるときは構造体(108)の形状は問わないことを想定した主張となる。
一方,補正発明ではH形状とX形状とは並列的な選択肢とされているところ,原
告主張によれば,並列的な選択肢であるH形状とX形状とがそれぞれ異なる形状の
構造体(108)を想定することになり,しかも原告が想定する構造体(108)
の形状は特許請求の範囲に何ら記載されていない。つまり,原告主張は,特許請求
の範囲の記載や本願明細書の記載からみて,不自然な主張であるといわざるをえな
い。
このことからも,原告が引用した段落【0031】の記載は,補正発明の「互い
に平行ではなく」との特定事項に関する記載とはいえない。
オ以上より,原告が引用した段落【0031】の記載は,補正発明の「互
いに平行ではなく」との特定事項に関する記載とはいえない。
(5)補正発明の「互いに平行ではなく」との特定事項の意義を,本願の審査,
審判手続の経過を考慮して検討する。
補正発明の「互いに平行ではなく」との特定事項は,出願当初の特許請求の範囲,
明細書のいずれにも明示の記載がされていなかったが,平成20年6月26日付け
手続補正書(甲6)により追加された事項である。原告は,平成20年10月29
日付け上申書(乙2)の(5)において,「互いに平行ではなく」との特定事項を
追加する補正が適法であることを説明するために,「上記(2−3)の事項は,本
願の図3に最も良く表示されており,第1の細長い撓み部材132における第1及
び第2の端部132a,132bが互いに平行ではなく,第2の細長い撓み部材1
30における第1及び第2の端部130a,130bが互いに平行ではないという
構造的限定を指している(符号は異なりますが,本願の図4も同様である)。」と
記載している(当該記載中の「上記(2−3)の事項」とは,「互いに平行ではな
く」との特定事項を指している)。
審判官の合議体は,上記のとおり,本願明細書に「互いに平行ではなく」との特
定事項に関する明示の記載がなく,「互いに平行ではなく」との特定事項が本願明
細書に記載されたどの事項に基づいているのか明確ではないところ,上記上申書
(乙2)における原告の説明に沿って,「互いに平行ではなく」との特定事項の意
義は,本願の図3及び図3に関する本願明細書の記載に基づくものと善解した。そ
こで,審決において,「互いに平行ではなく」との特定事項の意義は,「本願の図
2に示されるような通常の時の状態ではなく,本願の図3に示されるような,支持
構造体に歪が誘起された時の状態である」(9頁36行∼10頁6行)と認定した。
(6)したがって,補正発明の「互いに平行ではなく」との特定事項は,「支
持構造体に歪みが誘起されていない状態であると歪みが誘起された状態であるとを
問わ」ない状態を規定したものであるという原告が主張する前提は,誤りといわざ
るを得ない。
また,上記のとおり,審決が「互いに平行ではなく」との特定事項は,「通常の
時の状態ではなく,歪みが誘起された時の状態」を規定したものであると認定した
ことに誤りはない。
さらに,引用発明において,熱応力Fが枠部1gに作用した際に,第1のアーム
及び第2のアームの両端部(右側アームと左側アーム)が互いに平行ではなくなる
ことは前記のとおりであり,このことが上記のように認定した補正発明の「互いに
平行ではなく」との特定事項に相当することは審決(10頁17行∼24行)に記
載したとおりである。
したがって,審決が「前記第1の細長い撓み部材における第1及び第2の端部が
互いに平行ではなく,前記第2の細長い撓み部材における第1及び第2の端部が互
いに平行ではなく」(10頁25行∼11頁5行)を補正発明と引用発明との一致
点と認定したことに誤りはない。
(7)なお,仮に原告が引用した段落【0031】の記載が,補正発明の「互
いに平行ではなく」との特定事項に関する記載であり,「互いに平行ではなく」と
の特定事項が「支持構造体に歪みが誘起されていない状態であると歪みが誘起され
た状態であるとを問わず,各細長い撓み部材の第1の端部と第2の端部とが互いに
平行でない」であるとしても,「互いに平行ではなく」との特定事項については,
本願明細書を参酌しても,引用発明に比して,内側のセンサフレームの形状が円又
は楕円であることに伴う単なる形状の相違という以上の格別の技術的意義があると
はいえない。
また,第2の細長い撓み部材130の両端部において大きさが等しく反対向きの
トルクを生じさせるという補正発明のH形状の技術上の意義を考慮しても,各細長
い撓み部材の第1の端部と第2の端部とが互いに平行であるか否かと,第2の細長
い撓み部材130の両端部において大きさが等しく反対向きのトルクを生じさせる
こととの間には特に関連は見出せない。
したがって,補正発明の「互いに平行でなく」との特定事項に技術的意義を見出
すことはできない。
してみると,引用発明において,そのロ字形薄肉部1cの形状を円又は楕円形状
とするとともに,各スリットも円又は楕円形状に沿った形状とし,「第1のアーム
の右側及び左側アーム」又は「第2のアームの右側及び左側アーム」を平行でない
ようにすることは単なる形状の設計変更といわざるを得ず,容易想到といえるから,
取消事由3は審決の結論に影響を与えるものではない。
4取消事由4(進歩性判断の誤り)に対し
(1)甲2の図4,甲3の図19には,梁を形成するスリットの端部に鍵穴形
状の穴,すなわち,キー溝穴を設けることが示されている。甲2,甲3にはキー溝
穴が応力軽減用であることは明記されてはいないが,スリットの端部を角状にした
場合に角部に応力が集中することを防止するために,端部を鍵穴形状にすることに
より応力を軽減することは技術分野を問わない周知・慣用技術である(例えば,特
開平10−64901号公報〔乙3〕の段落【0039】及び図1,特開平10−
217082号公報〔乙4〕の段落【0021】及び図1(b),特開平9−73
861号公報〔乙5〕の段落【0026】及び図6,特開平4−326789号公
報〔乙6〕の段落【0011】及び図1)。当該周知・慣用技術を勘案すれば,甲
2,甲3のキー溝穴が端部が角部の場合に比較して応力の軽減に寄与していること
は当業者には明らかな事項である。
したがって,甲2,甲3に記載されたキー溝穴は,本件出願の優先日当時の技術
常識を勘案すれば,応力軽減用であるということができる。
よって,審決が「加速度を検出する慣性センサの技術分野において,梁を形成す
るスリットの端部に応力軽減用のキー溝穴を設ける技術は,周知技術である」(1
1頁14∼15行)と認定した点には,誤りも理由不備の違法もない。
(2)ア原告は,引用発明において,応力は連結区間10及び15それぞれから
中間スリット16に向けて斜め方向に生じることとなるから,引用発明に応力軽減
用のキー溝穴を設けるとすれば,中間スリット16の両端に設けることとなると主
張する。ここで,応力の方向とどこに応力軽減用のキー溝穴が設けられるかとの技
術的な関係は直ちに明らかでないが,「外側スリット11及び内側スリット14は,
応力を吸収するための構成ではない」との原告の主張を踏まえると,原告の主張は,
外側スリット11及び内側スリット14は応力を吸収するための構成ではなく,応
力が作用しないため,応力軽減用のキー溝穴を設ける必要がない,との主張である
と解される。
しかし,外側スリット11及び内側スリット14が応力を吸収するための構成で
はないとの主張が失当であることは,前記のとおりである。
そして,原告が主張するように中間スリット16に向けて斜め方向に応力が生じ
る際にも,中間スリット16のみならず外側スリット14及び内側スリット11に
も応力が作用することは,図9Bで変形するロ字状部分は外側スリット14及び内
側スリット11と隣接していることからも明らかである。よって,審決において
「引用発明においても,応力が端部に作用した際,第1及び第2のアームを形成す
る外側スリット11及び内側スリット14の端部に,好ましくない応力が加わるこ
とは明らかである。」(11頁19行∼21行)と判断したとおり,中間スリット
16のみならず,外側スリット11及び内側スリット14にもスリット端部に好ま
しくない応力が加わるおそれがあることは明らかなことである。
そうすると,原告主張は当を得ないものであり,引用発明に応力軽減用のキー溝
穴を設ける周知技術を適用する際には,原告主張のように中間スリット16のみで
はなく,「引用発明の第1及び第2のアームを形成する外側スリット11及び内側
スリット14に対し,スリットの端部に応力軽減用のキー溝穴を設ける周知技術を
適用することに,格別の困難性があるとはいえない。」(11頁22行∼24行)
とした審決の判断に誤りはない。
イ原告は,補正発明と引用発明とが想定している応力の種類が異なることを
前提した主張をする。
しかし,補正発明のキー溝穴は,「応力軽減用」と規定されているとおり,軽減
しようとする応力の種類が特定されているわけではない。また,特許請求の範囲の
他の記載をみても,原告主張のように,製造時の「機械的に誘起される」応力のみ
ならず使用時に生じる「衝撃,振動及び温度変化により外的に誘起される」応力を
想定していることは何ら特定されていないし,これらの応力を想定していることを
間接的に示す特定事項も見当たらない。よって,原告の上記主張は特許請求の範囲
の記載に基づくものではない。
仮に補正発明と引用発明の解決しようとする課題が異なるものであるとしても,
引用発明への周知技術の適用の是非を判断する際には,あくまで引用発明に周知技
術を適用する契機ないし理由があるか否かに基づいて判断すべきであって,補正発
明と引用発明の解決しようとする課題が同一であることは必ずしも要しない。すな
わち,異なる解決しようとする課題の下に同じ構成に至ることは十分にあり得るこ
とであり,このような場合に,解決しようとする課題が異なることをもって両発明
が別のものとすることができないことは論ずるまでもないことである。解決しよう
とする課題の相違は,そのための構成が特定事項に反映されている場合の限りにお
いて意味を持ち得るにすぎない。
よって,原告上記主張は失当である。
ウ原告は,補正発明における内側のセンサフレーム108及び外側のフレ
ーム部材は加速度の計測にあたって可動性を有する必要のない部分であることを前
提として,引用発明と補正発明の作用・効果が異なることを主張する。
しかし,補正発明は,内側のセンサフレーム108に対応する構造体(108)
が可動性を要求されないことを特定するものではないことは前記のとおりである。
また,同様の理由により,補正発明は,外側のフレーム部材に対応する支持構造体
(118)が可動性を有する必要がないことを特定するものでもない。
よって,原告の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,失当
である。
エ引用発明が,薄肉部1cに各スリットを設けることにより枠部1gに作
用する熱応力Fによる島状部1eのZ軸方向の歪みを緩和するものである以上,当
該スリットには応力がかかり,この応力を軽減することが好ましいことは当業者に
は自明のことである。原告は引用発明と甲2,甲3との部材の大きさや想定されて
いる応力を比較しているが,引用発明の上記各スリットに応力がかかり,この応力
を軽減することが好ましいことが自明のことである以上,上記各スリットにかかる
応力を軽減する周知技術を適用する動機づけが存在することは明らかである。
この点について,審決では「引用発明においても,応力が端部に作用した際,第
1及び第2のアームを形成する外側スリット11及び内側スリット14の端部に,
好ましくない応力が加わることは明らかである。」(11頁19行∼21行)と判
断しており,当該好ましくない応力を軽減するために周知技術を適用するという動
機づけは十分に示されている。
したがって,審決が,引用発明に周知技術を組み合わせる点についての判断を欠
いたまま容易想到性を肯定した違法があるとの原告主張は理由がない。
5補正前発明の取消事由5に対し
原告は,補正前発明についての審決の認定及び判断は取消事由1,2,4と同様
に誤りである旨主張するが,取消事由1,2,4に理由がないことは,前記のとお
りである。
第4当裁判所の判断
1取消事由1について
(1)本願明細書(甲4,6)によれば,補正発明は,外部の応力源が活動中の
センサ素子から隔離されるように力対変位センサを装着するための構造体に関する
ものであり,製造や組立て,カバー板の取り付け及びヘッダの装着中に及び作動中
の環境条件により誘起される歪を含む外的に誘起された応力及びそれに伴う歪から
加速度計機構を隔離して,外部に誘起された歪みの衝撃を最小化することを解決課
題とし(段落【0001】,【0013】),その解決手段として,「支持構造
体」と「隔離すべき構造体」との間に,H形状又はX形状を形成するように相互接
続された「第1及び第2の細長い撓み部材」を介在させ,「支持構造体」に対する
「隔離すべき構造体」の懸架をこれらの「細長い撓み部材」にて行い,その結果,
「支持構造体」に歪みが誘起された場合,この歪みは,「支持構造体」から「細長
い撓み部材」に伝搬し,「細長い撓み部材」におけるH形状又はX形状の変形に
よって吸収され,これにより,「支持構造体」に歪みが誘起されても,「隔離すべ
き構造体」が有効に隔離され,歪みの衝撃を最小化できることが認められる。
(2)引用刊行物(甲1)によれば,引用発明は,加速度又は角速度を検出する
慣性センサに関する発明であり,応熱力Fによるダイアフラム1のZ軸方向への歪
みを抑えることを目的とし,その解決手段として,ロ字型肉薄部の直線状の4つの
外周辺及び4つの内周辺の各々に微小な連結区間を除いてX軸又はY軸に沿って第
1スリットがそれぞれ形成され,それらの外側スリット及び内側スリットとの間の
領域にこれらのスリットと平行に中間スリットが形成されるものとし,それにより,
ダイアフラムの外周に熱応力Fが加わった場合のダイアフラムの歪みを抑圧するも
のであることが認められる。
(3)ア「隔離」とは,「へだてること。へだてはなすこと。」を意味する(広
辞苑第4版,乙1)。そうすると,補正発明のクレームに記載された「支持構造体
から隔離すべき構造体」とは,「支持構造体からへだてるべき,又は,へだてはな
すべき構造体」となるところ,引用発明の島状部1eは,外側スリット11及び内
側スリット14により,枠部1gから空間的にへだてられ,又は,へだてはなされ
るものであるから,島状部1eは枠部1gに対して「隔離すべき構造体」に相当す
ると認められる。
イその一方で,本願明細書の段落【0001】,【0009】,【001
0】,【0012】,【0013】,【0019】,【0024】,【0036】
の記載を考慮すると,補正発明の「隔離」とは,下記図2に示される実施例に即し
てみれば,「歪隔離」,すなわち,支持構造体(118)に加わる外部応力及びこ
れに伴う支持構造体(118)の歪みから構造体(108)を隔離し,構造体(1
08)への前記外部応力及び前記歪みの影響を減少させることを意味すると解釈す
ることも可能である。
【図2】
一方,引用刊行物には,「熱応力Fが枠部1gに作用すると,図9Bに示すよ
うに薄肉部1cが変形し,島状部1eの紙面垂直方向(Z軸方向)への歪みを緩和
することができる。」(段落【0020】)と記載されているところ(図について
は「第3原告主張の審決取消事由」の「2取消事由2」における引用を参照
〔ただし,色付けは原告が付加〕),この記載は,枠部1gに作用する熱応力F及
びこれに伴う歪みから島状部1eを隔離して,島状部1eへの熱応力F及び歪みを
緩和していることを述べた記載である。
そうすると,補正発明の「隔離」を上記のように「歪隔離」と解釈したとして
も,引用刊行物の島状部1eは枠部1gの歪みから「隔離すべき構造体」であると
いえるから,引用刊行物の「島状部1e」が「隔離すべき構造体108」に相当す
るとした審決の認定に誤りはない。
ウ原告は,引用発明で課題とされているのは,島状部1eのZ軸方向へ
の変位であって,島状部1e自体の変形を問題にしているのではないことをもって,
島状部1eは隔離すべき構造体とはいえない旨主張する。
しかし,引用発明は,薄肉部1cの変形により熱応力Fを吸収しているのであ
るから,結果的に,島状部のZ軸方向への変位が緩和されるだけでなく,島状部1
eのX軸方向及びY軸方向への変形も緩和されていることは,引用刊行物にこの点
の明示的な記載がなくとも明らかである。
また,原告は,引用発明の島状部1eは振動による変位を予定しているのに対
して,補正発明の内側のセンサフレーム(構造体〔108〕)は本来可動性の要求
されないものである旨も主張する。
しかし,補正発明の特許請求の範囲には,構造体(108)が可動性を要求さ
れるか否かを特定する事項は記載されていない。原告の主張は,本願明細書に記載
された実施の形態に基づき「構造体(108)」が加速度計センサ機構における内
側のセンサフレームであることを前提とした主張と解されるが,特許請求の範囲で
は,構造体(108)が加速度計センサ機構と関係するものであることは特定され
ていないから,「構造体(108)」が加速度計センサ機構における内側のセンサ
フレームであると限定して解釈することはできない。
さらに,原告は,請求項1に従属する請求項5が「前記懸架すべき構造体(10
8)が更に加速度センサ機構(102)を有する」とされていることをもって,「隔
離すべき構造体」の一部に加速度センサ機構が含まれる旨を主張する。しかし,請
求項1では規定されていない加速度センサ機構が,これに従属する請求項5におい
てはじめて規定されているという請求項の構成に鑑みると,かえって,請求項1は
加速度センサ機構の有無を問わないと解するのが相当である。原告の上記主張は採
用することができない。
エ以上より,原告の主張する取消事由1は理由がない。
2取消事由2について
(1)原告は,引用刊行物の図9(等価構造図)は,熱応力Fの作用を等価的
に示したものであり,具体的に各部がどの程度変形するかを示したものではないか
ら,図9から前記赤丸で示された部分が平行とはいえない程度に変形することを読
み取ることはできないと主張する。
図9の等価構造図に関して,同図Aは歪みが誘起されていない状態,同図Bは
歪みが誘起された状態をそれぞれ示している。一般に,この類の等価図は,メカニ
ズムや動作の説明のし易さに主眼が置かれている関係上,通常の構造図(上面図,
側面図,断面図等)ほど構造が厳密かつ正確に示されていないことが多いと考えら
れる。実際,引用刊行物の図面の簡単な説明には,「【図9】図4∼図6のダイヤ
フラムを用いた慣性センサの等価的な構造図。」との記載があり,図4∼図6が構
造的に異なるにも関わらず,等価構造図としては同一のものが用いられていること
からも,この点が窺える。同図Bは,歪み誘起時に薄肉部1cが弾性変形して応力
を吸収することを示しており,原告が主張するように,薄肉部1cの各部位がどの
程度変形するかを厳密な意味で示したものではないといえる。
しかし,同図Bに関して,「熱応力Fが枠部1gに作用すると,図9Bに示すよ
う薄肉部1cが変形し,島状部1eの紙面垂直方向(Z軸方向)への歪みを緩和す
ることができる。」(段落【0020】)との記載があることから,少なくとも,
熱応力Fにより薄肉部1cが変形すること,および,その程度はともかく第1及び
第2のアームがそれぞれ反るように変形することは容易に理解できる。そして,こ
のように変形すれば,変形前に互いに平行であったこれらの両端部が互いに平行で
なくなることは容易に見て取ることができる。
したがって,「互いに平行でなく」という点を一致点として認定した審決に誤
りがあるとはいえない。
(2)ア原告は,補正発明と引用発明とを対比しても,「『右側及び左側アー
ム』は『第1及び第2の端部』に,『第1のアーム』は『第1の細長い撓み部材』
に,『第2のアーム』は『第2の細長い撓み部材』に,『連結』は『接続』に,
『第1及び第2のアームを形成する』は『第1及び第2の細長い撓み部材を画定す
る』に,『外側スリット11,及び,内側スリット14』は『溝穴』に,『H字
状』は『H形状』に,『右側アーム』は『第1の端部』に,『左側アーム』は『第
2の端部』に,『近接』は『隣接』に,それぞれ相当する」という対応関係を見出
すことができないと主張する。この主張は,引用刊行物の図9に基づいて図6の対
応付けを下左図のようにロ字状(囲む形状)に限定的に捉えるべきとし,下右図の
ようにH字状に捉えた審決の認定を違法とするものと解される。
イそこで,図9の等価構造図で示された応力吸収メカニズムが,特定の熱
応力の方向にのみ依存するものなのか否かについて,以下,検討する。
①斜め方向(45度)からの熱応力
下図(a)に示すように,熱応力が斜め方向(45度)から加わる場合,枠部1
gと島状部1eとの間に介在する薄肉部1cは,下図(b)で示すような応力吸収
メカニズムで,歪みを吸収する。
すなわち,薄肉部1cのうち,応力方向の延長線上に位置する斜めの2つの連結
部(赤色で図示)によって挟まれたロ字状部分(紫色で図示)が主体となって,ロ
字状の弾性変形によって応力を吸収する。この場合の応力吸収メカニズムは,図9
に示された状態そのものである。ただし,互いに隣接したロ字状部分は,実際の構
造では連結されているので,あるロ字状部分の変形が隣接したロ字状部分に伝達さ
れるといったように,相互に関連している。
なお,図9ではこの点が簡略化されているが,この程度のデフォルメは,メカニ
ズムや動作等の説明に主眼をおいた等価図や概念図などでは一般的であり,当業者
もそれを念頭に置いて当該図の理解に努めると解される。
②縦方向からの熱応力
次に,下図に示すように,熱応力が縦方向から加わる場合,枠部1gと島状部1
eとの間に介在する薄肉部1cは,上記①の場合とは異なる応力吸収メカニズムで,
歪みを吸収する。
すなわち,薄肉部1cのうち,応力方向の延長線上に位置する上下の4つの連結
部(赤色で図示)によって挟まれたH字状部分(紫色で図示)が主体となって,H
字状の弾性変形によって熱応力を吸収する。ただし,互いに隣接したH字状部分は,
実際の構造では連結されているので,あるH字状部分の変形が隣接したH字状部分
に伝達されるといったように,相互に関連している点は,①の場合と同じである。
なお,この応力吸収メカニズムは,熱応力が横方向から加わる場合についても同
様である。
③それ以外の方向からの熱応力
上記①,②以外の方向から応力が加わる場合,上記ロ字状部分と上記H字状部分
とに代表される弾性変形し得る部位が複合的かつ相互的に作用して,薄肉部1c全
体で応力を吸収する。熱応力が加わる方向が縦方向または横方向に近くなるほど,
H字状部位における応力吸収が主体となる一方,斜め45度に近くなるほど,ロ字
状部分における応力吸収が主体となる。
④当業者の理解
以上のような応力吸収メカニズムは,図6の構造に接した当業者であれば容易に
理解できることで,引用刊行物に記載されているに等しい事項である。そして,説
明として(引用刊行物にあっては発明の詳細な説明として)図9のような応力吸収
メカニズムが示されていたとしても,そのような態様だけで成り立つようなもので
はなく,上記のような応力吸収メカニズムの様々な態様が生じることは当然に理解
し得る。すなわち,当業者は,図9に示されたロ字状部位による応力吸収は典型例
にすぎないこと,ロ字状(囲む形状)部位以外にH字状部位も応力吸収に寄与する
こと,どの部位が主体となって応力吸収が行われるかは熱応力の方向に依存するこ
と等を当然に理解するものと解される。
ウ図9の等価構造図が上記のとおり解される以上,図9は,図6に示され
た構造(薄肉部やスリット)をどのように分割して捉えるかを一義的に示すもので
はない。そうすると,図6において,ロ字状(囲む形状)部位とは異なる部位に着
目し,弾性変形によって応力吸収を行う部位としてH字状部位を見い出したとして
も,引用刊行物から当然に読み取ることのできる範囲内である。
したがって,図6に示された薄肉部1cにおいてH字状部位を見い出し,これに
補正発明との対応付けをした審決の認定に誤りはないというべきである。
エ原告は,図6でH字状部位を形成する第1のアーム,第2のアームを観
念するためには,図9A,Bに記載された引用発明の技術思想を無視し,引用発明
の各構成部分をばらばらにして再構成するということをしなければならない旨主張
する。
しかし,審決は,上記のとおり,応力吸収に寄与する部位としてH字状部位に着
目し,これとの関係で構成部分の対応付けを行っているのであるから,引用発明の
構成部分をばらばらにして再構成したものではなく,原告の上記主張は採用するこ
とができない。
また,原告は,引用刊行物の図6及び図9に鑑みれば,引用発明において想定さ
れている応力は連結区間10,15それぞれから中間スリット16に斜め方向から
作用するものであり,引用刊行物には,それ以外の方向からの応力について,補正
発明の動機付けとなり得るような記載も示唆もない旨主張する。
しかし,上記のとおり,図9の斜め方向における応力吸収メカニズムが示されて
いれば,それ以外の方向からのメカニズムがどのようになるかといった程度の事項
は当業者であれば当然に理解し得ると解され,原告の上記主張を採用することはで
きない。
(3)以上より,審決が「互いに平行でなく」を一致点と認定した点,及び,
引用刊行物の図6の薄肉部1cにおいてH字状部位を補正発明に対応付けた点に誤
りはなく,取消事由2は理由がない。
3取消事由3について
(1)原告は,補正発明における各細長い撓み部材の第1の端部と第2の端部が
互いに平行でないという状態が,通常の状態ではなく,支持構造体に歪みが誘起さ
れた時の状態である旨の審決の認定は誤りであると主張し,補正発明における各細
長い撓み部材の第1の端部と第2の端部が「互いに平行でない」ことの根拠として
段落【0031】を挙げる。
しかし,本願明細書段落【0031】の記載は,複数のH型梁隔離器120を
内側センサフレーム108のどこに設けるべきかについてのものにすぎず,原告が
主張するように,内側センサフレームが円又は楕円形状の場合に,H型梁隔離器1
20を内側センサフレーム108に沿って形成することを示すものではなく,かつ,
それを自明とすることもできない。また,「内側センサフレーム108に沿って形
成」する点が自明でない以上,内側センサフレーム108を円又は楕円形状にした
場合であっても,H型梁隔離器120が平行になるように形成することも可能であ
る。したがって,内側センサフレーム108が円又は楕円形状であることのみを
もって,各細長い撓み部材が「互いに平行でな」いと解釈することはできない。
(2)また,特許請求の範囲には,「互いに平行でない」ことが,支持構造体に
歪みが誘起された状態におけるものか,歪みが誘起されていない状態におけるもの
かが特定されていないので,特許請求の範囲の記載においても,歪みが誘起された
状態において互いに平行でない場合も包含すると解釈される。
「互いに平行でなく」との特定事項については,本願明細書を参酌しても,内側
のセンサフレームの形状が円又は楕円であることに伴う単なる形状の相違という以
上の格別の技術的意義があるとはいえない。また,第2の細長い撓み部材130の
両端部において大きさが等しく反対向きのトルクを生じさせるという補正発明のH
形状の技術上の意義を考慮しても,各細長い撓み部材の第1の端部と第2の端部と
が互いに平行であるか否かと,第2の細長い撓み部材130の両端部において大き
さが等しく反対向きのトルクを生じさせることとの間には特に関連は見出せない。
このように,補正発明の「互いに平行でなく」との特定事項に技術的意義を見出す
ことはできないことからも,上記解釈は裏付けられる。
(3)原告は,審判手続における平成20年10月29日付け上申書(乙2)に
おいて,特許請求の範囲に「互いに平行ではなく」との特定事項を追加する補正が
適法であることの説明として「上記(2−3)の事項は,本願の図3に最も良く表
示されており,・・・」と説明しているところ,この説明からしても,「互いに平行
ではなく」が円又は楕円形状の内側センサフレームを意図したものであるとは認め
られず,むしろ,「本願の図2に示されるような通常の時の状態ではなく,本願の
図3に示されるような,支持構造体に歪が誘起された時の状態である」とした審決
の認定の方が自然である。
(4)そうすると,補正発明における各細長い撓み部材の第1の端部と第2の端
部が互いに平行でないという状態が,通常の状態ではなく,支持構造体に歪みが誘
起された時の状態である旨の審決の認定に誤りはなく,取消事由3は理由がない。
4取消事由4について
(1)原告は,審決が,甲2及び甲3から「キー溝穴」を認定できることに留ま
らず,「応力軽減用のキー溝穴」を設ける技術を認定できるとした点について,理
由不備の違法があると主張する。
しかし,一般に,審決でも周知技術とするように,応力の軽減を図るために,ス
リットの端部にキー溝穴を設けることは広く採用されており(乙2∼6),キー溝
穴を設ければ,それが明示的に意図されているか否かに関わらず,あるいは,それ
以外の目的が明記されていたとしても,スリット端部に溝穴を設ければ端部の応力
の軽減に寄することは自明な事項と認めることができる。したがって,審決が,甲
2及び甲3から「応力軽減用のキー溝穴」を設ける技術を認定したことに違法はな
いいうべきである。
(2)ア原告は,引用刊行物の図9A,Bに示された応力を前提に,引用刊行物
に応力軽減用のキー溝穴を設けるとすれば,中間スリット16の両端に設けること
となり,補正発明のキー溝穴に相当する部分とは異なると主張する。
しかし,引用刊行物の図6の構成において,応力吸収機能を担う部位としてH字
状部位に着目できることは前記2で判断したとおりである。この場合,キー溝穴を
設ける位置を中間スリット16の両端に限る理由はなく,H字状部位を規定する内
外のスリット11,14の両端にも,好ましくない外力が加わるおそれがあるから,
この部分にキー溝穴を設けることに何ら困難性はない。
イ原告は,補正発明と引用発明とでは,補正発明が製造時の「機械的に誘
起される」応力とともに使用時に外的に「衝撃,振動及び温度変化により」誘起さ
れる応力も考慮している点で応力の種類に差があるから,解決しようとする課題が
異なるのであって,補正発明と引用発明との課題の相違を超えて,当業者が引用発
明に周知技術を適用して,相違点1に係る補正発明の構成に想到することはあり得
ないと主張する。
しかし,原告のこの主張は,補正発明と引用発明とが想定している応力の種類が
異なることを前提とするものであるところ,補正発明のキー溝穴は「応力軽減用」
と規定されているにすぎず,軽減しようとする応力の種類が特定されているもので
はない。原告の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づくものではない。また,補
正発明と引用発明とでは,いずれも応力を課題としていることでは共通するから,
当業者が引用発明に周知技術を適用して,相違点1に係る補正発明の構成に想到す
ることができるものというべきである。
ウ原告は,引用発明において,質量部2e・島状部1eや薄肉部1c等か
らなる部分は,加速度の計測のため,可動性を有することが当然に予定されており,
一定の薄さが要求され,そのためZ軸方向への強度が比較的弱く,応力を軽減する
必要性が特に高いといえるのに対し,補正発明における内側のセンサフレーム10
8及び外側のフレーム部材は,加速度の計測にあたって可動性を有する必要のない
部分であり,可動性という観点からの薄さは要求されず,厚みがあり,Z軸方向に
対する変位は問題とならないので,引用発明と補正発明とでは,キー溝穴を設ける
ことによる作用・効果が異なると主張する。
しかし,補正発明は,内側のセンサフレーム108に対応する構造体(108)
が可動性を要求されないことを特定するものではなく,また,同様の理由により,
外側のフレーム部材に対応する支持構造体(118)が可動性を有する必要がない
ことを特定するものでもないことは前記のとおりである。原告の主張は特許請求の
範囲の記載に基づくものではなく,理由がない。
エ原告は,審決は,引用発明と甲2及び甲3の図に示された円形の穴とを
組み合わせることについての動機づけの有無については何ら合理的な説明がなされ
ていないと主張する。
しかし,審決は,「引用発明においても,応力が端部に作用した際,第1及び第
2のアームを形成する外側スリット11及び内側スリット14の端部に,好ましく
ない応力が加わることは明らかである。」と判断しており,当該好ましくない応力
を軽減するために周知技術を適用するという動機づけは十分に示しており,そこに
誤りはない。
(3)以上より,取消事由4は理由がない。
5補正前発明について
原告は,補正前発明についての審決の認定及び判断は補正発明に関する取消事由
と同様に誤りである旨主張するが,補正発明に関する取消事由に理由がないことは,
前記のとおりであり,これを前提とする取消事由5も理由がない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由は全て理由がない。
よって原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
真辺朋子
裁判官
田邉実

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