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平成27年9月30日判決言渡
平成27年(行ケ)第10032号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成27年7月15日
判決
原告ザコカ・コーラカンパニー
訴訟代理人弁護士深井俊至
同花井美雪
訴訟代理人弁理士中田和博
同青島恵美
被告真富士屋食品株式会社
訴訟代理人弁護士佐々木博章
同青木和久
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が取消2013-301115号事件について平成26年10月14日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,被告が有する商標権について,原告が商標法50条に基づき不使用
取消審判請求をしたところ,特許庁が審判請求は成り立たないとの審決をしたため,
原告が審決の取消を求めた事案である。
2特許庁における手続の経緯等(争いがない事実又は文中に掲記した証拠及び
弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)被告は,次の商標(以下「本件商標」という)に係る商標権を有している(甲
1)。
登録第4225824号
商標の構成「ヨーロピアン」の文字を横書きしてなる。
登録出願日平成8年12月12日
設定登録日平成10年12月25日
指定商品第30類「コーヒー及びココア,コーヒー豆,茶,みそ,ウースター
ソース,ケチャップソース,しょうゆ,食酢,酢の素,そばつゆ,ドレッシング,
ホワイトソース,マヨネーズソース,パスタソース,焼肉のたれ,角砂糖,果糖,
氷砂糖,砂糖,麦芽糖,はちみつ,ぶどう糖,粉末あめ,水あめ,ごま塩,食塩,
すりごま,セロリーソルト,化学調味料,香辛料,米,脱穀済みのえん麦,脱穀済
みの大麦,食用粉類,食用グルテン,スパゲッティのめん,マカロニ,パスタソー
ス付きのスパッゲティのめん,パスタソース付きのマカロニ,その他の穀物の加工
品,ぎょうざ,サンドイッチ,しゅうまい,すし,たこ焼き,肉まんじゅう,ハン
バーガー,ピザ,べんとう,ホットドッグ,ミートパイ,ラビオリ,即席菓子のも
と,アイスクリームのもと,シャーベットのもと,アーモンドペースト,イースト
パウダー,こうじ,酵母,ベーキングパウダー,氷,アイスクリーム用凝固剤,家
庭用食肉軟化剤,ホイップクリーム用安定剤,酒かす」
(2)原告は,商標法50条1項に基づき,本件商標の指定商品のうち,「コーヒ
ー及びココア,コーヒー豆」に係る部分について商標登録の取消審判(以下「本件
審判」という。)を請求し,その登録が平成26年1月15日にされた。
(3)特許庁は,平成26年10月14日に,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし(出訴期間として90日を付加),その謄本を,同月23日,原告に送
達した。
(4)なお,ハウス食品株式会社は,平成11年4月26日,本件商標の登録につ
き,商標法3条1項3号及び同法4条1項16号に該当するとして,登録異議を申
し立てたものの,特許庁は,本件商標の登録を維持する旨の決定をし,同決定は,
同年9月22日に確定した(乙1,2)。
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書の写しに記載のとおりである。その要旨は,被告は,
本件審判の請求の登録前3年以内である平成25年11月16日及び同年12月5
日に,日本国内において,取消請求に係る指定商品「コーヒー及びココア」の範ち
ゅうに属する「インスタントコーヒー」(以下「本件商品」という。)の包装袋(以
下「本件包装袋」という。)の表面に,別紙目録のとおり,「ヨーロピアン」と「コ
ーヒー」を二段に表示し,「ヨーロピアン」の「ン」の文字の右斜め上に小さく
号が付されている標章を使用しているところ,このうち「ヨーロピアン」の標章が,
が付されており,本件商標と社会通念上同一の商標と認められるから,被告
は,「ヨーロピアン」の商標を付した本件商品を譲渡しており(商標法2条3項2号。
以下,商標法を単に「法」という。),これにより本件商標と社会通念上同一と認め
られる商標を商標権者が使用していたことを証明したものと認められるというもの
である。
4本件の争点は,①被告の本件包装袋における「ヨーロピアン」標章の使用
が自他商品識別機能を有する商標としての使用と認められるか,②被告が,本件
包装袋において,本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用したかである。
第3原告主張の取消事由
審決の前記認定・判断は,次に述べるとおり誤りであるから,審決は取り消され
るべきである。
1本件包装袋における「ヨーロピアンコーヒー」との表示ないしその中の「ヨ
ーロピアン」との表示は,当該商品が,深煎りの豆を使用したコーヒーであるなど
というコーヒーの味等の性質を有するインスタントコーヒーであると認識されるも
のであり,自他商品識別機能を有する商標として使用されているものではない。
(1)コーヒーについて,フランスではフレンチ・ローストが,イタリアではイタ
リアン・ローストがよく使用され,一般にヨーロッパでは深煎りのコーヒーの豆が
好まれているのに対し,アメリカでは浅煎りのシナモン・ローストやミディアム・
ローストでいれたコーヒーや薄いコーヒーが好まれていた。そのため,コーヒーに
ついて「ヨーロピアン」との表示は,浅煎りの豆を使用した「アメリカン」に対し,
深煎りの豆を使用したコーヒー,苦味が強いコーヒー又はコクが強いコーヒーとい
うコーヒーの味等の品質を意味するものとして古くから一般的に使用されてきた。
被告が,本件商標を使用したと主張する平成25年9月30日から同年12月5
日の間においても,コーヒーについて「ヨーロピアン」との表示が使用された場合,
当該表示は,当該商品が,深煎りの豆を使用したコーヒー,苦味が強いコーヒー又
はコクが強いコーヒーというコーヒーの味等の品質を有するものであると,コーヒ
ーやコーヒー豆の取引者や一般の需要者において認識されるものであり,自他商品
識別機能を有する商標として認識されるものではない。
よって,被告が本件商品に使用したと主張する「ヨーロピアン」との表示は,コ
ーヒーやコーヒー豆の取引者においても,一般の需要者においても,自他商品識別
機能を有する商標と認識されるものではないから,「登録商標の使用」とは認められ
ない。
(2)審決は,「請求人の提出に係る証拠からは,「ヨーロピアンタイプ」,「ヨーロ
ピアンブレンド」等の文字の使用は認められるものの,これらを表示するものとし
て,単独で「ヨーロピアン」の文字が使用されている例は少なく,一般に普通に使
用されているというほどではないものであるから,「ヨーロピアン」の文字は,本件
商品の品質を表示するに過ぎず,自他商品を識別することのできないものであって,
商標の使用に当たらないということができない。」と判断した。
しかし,コーヒー業界においては,コーヒーについて,「ヨーロピアン」の表示を
単独で使用する例も多くあるので,審決の上記認定は誤りである。
また,コーヒー業界において,「ヨーロピアンコーヒー」,「ヨーロピアンブレンド」
「ヨーロピアンタイプ」等の文字の使用が多数認められるものの,それはコーヒー
において,「ヨーロピアン」の文字は,当該商品が,深煎りの豆を使用したコーヒー,
苦味が強いコーヒー又はコクが強いコーヒーであるというコーヒーの味等の品質を
有するものであるとの意味にすぎず,「ヨーロピアン」が,「ヨーロピアン」単独,
及び「コーヒー」,「ブレンド」,「タイプ」等のような文言との組合せで,コーヒー
を取り扱う企業に古くから多用されてきていること自体,コーヒーにおいて,「ヨー
ロピアン」は,自他商品識別機能を有する商標ではないことを示している。
(3)被告が本件商標を使用したと主張する本件商品についても,「強いコクを特
徴」との説明があり(甲3),コーヒーについて「ヨーロピアン」との表示は,当該
商品が,深煎りの豆を使用したコーヒー,苦味が強いコーヒー又はコクが強いコー
ヒーであることを示すということと合致する。
本件包装袋における「ヨーロピアンコーヒー」との表示は,当該商品が強いコ
クを特徴とするコーヒーであることを表示するものであって,「ヨーロピアンコー
ヒー」との表示中の「ヨーロピアン」の部分が,自他商品識別機能を有する商標で
あるとは認識されない。
(4)審決は,「本件商標の包装袋の表面には,「ヨーロピアン」の文字が表示され,
該文字の「ン」の右上には,「〇」の中に「R」が表示されている記号が付されてい
る。・・・この本件商標に付された「○R記号」は,我が国において法令上規定された
表示方法ではないものの,直前にある文字が登録商標であることを知らせるための
マークとして理解されるものというのが相当であるから,これによっても,該「ヨ
ーロピアン」の文字が登録商標であることを示しているものである。」と判断した。
しかし,○R記号は,小分けされたインスタントコーヒーの本件包装袋の表面の上
側に「ヨーロピアン」「コーヒー」と同書同大で2段書きされた表示の「ヨーロピア
ン」の「ン」の右上に極めて小さく付されているだけである。また,本件包装袋の
表記についても,「ヨーロピアン」と「コーヒー」の文字は同書同大であって,小さ
な本件包装袋の表面の上側部分は文字を記載するスペースが限られているので,「ヨ
ーロピアン」と「コーヒー」の文字が二段書きされたと考えられるから,一体とし
て「ヨーロピアンコーヒー」と読まれ,「ヨーロピアンコーヒー」と認識されるもの
である。
また,上記○R記号は,極めて小さくそれ自体が認識されない可能性が高いといえ,
さらに,仮に認識されたとしても,コーヒーについて「ヨーロピアン」との表示は,
当該商品が,深煎りの豆を使用したコーヒー,苦味が強いコーヒー又はコクが強い
コーヒーであることを示す表示と認識されるから,「ヨーロピアン」と「コーヒー」
の文字が同書同大で2段書きされた表示のうちの「ヨーロピアン」の部分が,自他
商品識別機能を有する商標であるとは認識されない。
商品の種類,性質等を示す文字に○R記号が付されたからといって,当該文字がそ
れをもって,登録商標であると認識されるということにはならない。
(5)審決は,被告が,2013年(平成25)年11月16日に,本件商品を「ネ
ットショッピング」で「A」に販売したと認定した。しかし,被告のネットショッ
ピングの広告においては,本件商品について「ヨーロピアンコーヒー」と一連に記
載された表示が付され,「強いコクが特徴」との説明がされている。同広告において
は,インスタントコーヒーの包装袋と思われる写真も掲載されているが,同写真か
らは○R記号は全く認識できない。「A」が顧客であるとしても,同人は,本件商品の
購入に当たり,「ヨーロピアンコーヒー」との表示から,本件商品は「強いコクが特
徴」のコーヒーであるとの認識を有したに過ぎない。同人が「ヨーロピアンコーヒ
ー」との表示から「ヨーロピアン」の部分を取り出して,それが自他商品を識別す
る表示であると認識したとは考えられない。
また,審決は,被告が,2013年(平成25)年12月5日に,本件商品を「ネ
ットショッピング」の「B」に販売したと認定した。しかし,同人は,原告の子会
社の100%子会社(甲142)である日本コカ・コーラ株式会社の法務部所属の
従業員であって(甲143),原告による本件審判の請求のための調査の一環として
本件商品を購入したに過ぎない。同人は,被告の顧客ではない上,本件審判の請求
のための調査の一環での購入なのであって一般取引といえないのであるから,同人
による本件商品の購入は,一般取引における登録商標の使用に該当しない。
(6)以上のとおり,本件包装袋に付された「ヨーロピアンコーヒー」との表示
ないしその中の「ヨーロピアン」との表示は,当該商品が,深煎りの豆を使用した
コーヒー,苦味が強いコーヒー又はコクが強いコーヒーというコーヒーの味等の性
質を有するインスタントコーヒーであると認識されるものであり,自他商品識別機
能を有する商標と認識されるものではない。
したがって,当該表示は,「登録商標の使用」とは認められない。
2仮に,「ヨーロピアンコーヒー」との表示に自他商品の識別機能が認められる
場合であっても,被告が本件包装袋において使用している「ヨーロピアンコーヒー」
との表示は,本件商標である「ヨーロピアン」と社会通念上同一の商標であるとい
うことはできないから,「ヨーロピアン」と社会通念上同一と認められる商標を使用
していたことを証明したものと認められると判断した審決の判断には誤りがある
(予備的主張)。
本件において,被告が使用している標章のほとんどは,「ヨーロピアン」単独では
なく,同書同大の文字で一連表記された「ヨーロピアンコーヒー」である。唯一,
本件包装袋に「ヨーロピアン」と「コーヒー」が二段書きに表示されているけれど
も,その場合においても同書同大の文字であって,「ヨーロピアンコーヒー」と読ま
れ,「ヨーロピアンコーヒー」と認識される。
また,「ヨーロピアンコーヒー」のうち,「コーヒー」は,本件商標の指定商品の
一つであるコーヒーを指す語であって,それ自体が自他商品識別機能を有しない語
である。これに対し,「ヨーロピアン」の文字は,これをコーヒーに使用した場合に,
自他商品識別機能を有する商標となり得るものであると仮定しても,前記のとおり,
「ヨーロピアン」は,「ヨーロピアンコーヒー」との表示の一部に含まれているにと
どまるものである。「ヨーロピアンコーヒー」との表示は,取引者及び需要者はこれ
を一連一体のものとして認識し,把握するものであって,「ヨーロピアン」のみを分
離して認識し,把握するものではない。
よって,被告が本件商標を使用した態様として認め得るのは「ヨーロピアンコー
ヒー」である。
審決は,「ヨーロピアンタイプ」「ヨーロピアンブレンド」については一体のもの
と認定しながら,他方,本件包装袋上に記載された「ヨーロピアンコーヒー」につ
いては一体のものとして認識することなく,「ヨーロピアン」と「コーヒー」とに分
けて認識し,登録商標と同一性ありと認定しており,明らかに矛盾するものである。
したがって,被告が本件包装袋において使用している「ヨーロピアンコーヒー」
との表示は,本件商標である「ヨーロピアン」と社会通念上同一の商標であるとい
うことはできない。
第4被告の反論
以下のとおり,審決の判断に誤りはない。
1被告が本件包装袋に使用した「ヨーロピアン」との表示は,自他商品識別機
能を有する商標としての使用である。
(1)「ヨーロピアン」という語は,一般には「ヨーロッパの」とか「ヨーロッパ
人の」を意味する用語として理解されている。「ヨーロピアン」の語は,コーヒーに
関して,深入りの豆を使用し,苦みが強いまたはコクが強いというようなコーヒー
の味等の品質等を示す用語として使用される場合には,「ヨーロピアンタイプ」,「ヨ
ーロピアンブレンド」,「ヨーロピアンロースト」,「ヨーロピアンスタイル」,「ヨー
ロピアンテイスト」,「ヨーロピアンのコク」等「ヨーロピアン」と他の文言との結
合体としての用例が一般的であって,コーヒーの品質等を表示する用語として,単
独で用いられる例は少ない。すなわち,「ヨーロピアン」という語は,単独でコーヒ
ーについて使用される場合には,一般的なコーヒーの品質等を示す表示として使用
されるものではなく,自他商品識別機能を有する商標となり得る。
(2)本件商品における商標の表示形態は,「ヨーロピアン」をそのまま本件包装袋
の正面に表示したものである。しかも,慣行として登録商標の表示であることを示
す○R記号を右肩に付して,商品を示す「コーヒー」とは段落を変えて別個に表示し
たものであって,まさに自他商品の識別のために,本件登録商標を使用したもので
あり,一般にも,商標権者あるいはその使用権者が登録商標を表示し,使用したも
のと認識され得るものである。
また,原告の主張からすれば,およそいかなる形態であれ,コーヒーにおいては,
「ヨーロピアン」と表示しても,登録商標の使用とは認められないということにな
けれども,「ヨーロピアン」が,コーヒーについても有効な登録商標である以上,そ
れを使用できないということはあり得ず,まして登録商標そのままの表示が登録商
標の使用と認められないわけがない。
なお,本件商標の不使用に関する原告の主張は,本件商標が指定商品であるコー
ヒーについては単にその品質等を示すもので自他商品の識別機能を有しないとして,
商標法3条に違反する登録であると主張することにほかならない。そうであれば,
本来,商標法上,登録異議の申立て(法43条の2第1号)若しくは商標登録の無
効審判請求(法46条1項1号)によるべきであって(ただし,本件では既に除斥
期間を徒過している(法43条の2,47条1項)),商標の不使用を理由に取消を
求めるのは適当ではない。
2本件包装袋には,「ヨーロピアン」と「コーヒー」の文字が二段に分けて表記
されている。この表記は,「ヨーロピアン」という本件商標と「コーヒー」という商
品名を分けて記載したものであり,「ヨーロピアンコーヒー」という一つの結合標章
として用いたものではない。
当該表記中,「ヨーロピアン」の右肩には,慣行として登録商標の表示であること
を示す○R記号が付されている。これは,「ヨーロピアン」の表記が,登録商標の表示
であることを明らかにしたものである。すなわち,○R記号が,直前に記された語句
や記号が登録された商標であることを示す表示であることは,一般に広く認識され
ているところである。したがって,「ヨーロピアン」と「コーヒー」という表記を二
段に分けて表示した上,「ヨーロピアン」にのみ○R記号が付されているという本件商
品における表示形態においては,「ヨーロピアン」という表記は,登録商標の表示で
あると認識されるのが当然である。なお,○R記号は,商品ロゴよりも小さく表記さ
れるのが一般的であり,本件商品における○R記号の表記は態様として格別不合理で
はない。また,本件商品の包装袋以外には,「ヨーロピアンコーヒー」と一連に記載
し,○R記号を付していないのは,注文書等の取引関係書類においては,登録の有無
にかかわらず,商品の特定さえできれば足りるからである。
本件包装袋に付された「ヨーロピアン」という表示は,本件商標の「ヨーロピア
ン」と社会通念上同一の商標であることは明らかである。
第5当裁判所の判断
当裁判所も,本件商標の商標権者である被告による本件商品における「ヨーロピ
アンコーヒー」商標の使用は,本件審判請求の予告登録がされた平成26年1月
15日から遡って3年以内における,自他商品識別機能を有する商標の使用であり,
かつ,本件商標と社会通念上同一と認められる商標の使用と認められると判断する。
その理由は,次のとおりである。
1認定事実
証拠(文中又は段落末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認め
られる。
(1)本件商品は,インスタントコーヒーであって,本件包装袋の表面には,別紙
目録のとおり,上段に「ヨーロピアン」の文字,下段に「コーヒー」の文字が同じ
書体,同じ大きさの文字で,近接して二段に表記され,「ヨーロピアン」の「ン」の
文字の右上に小さく付され(以下,この標章を「「ヨーロピアンコーヒー」
の二段書き標章」ともいう。),また,「コーヒー」の文字の下に,「無糖」,「お湯を
注ぐだけ」の文字とコーヒーの入ったカップ等の図形が表示されている。なお,本
件包装袋の裏面には,「品名」「原材料名」等の記載しかない。(甲48の1)
(2)ア本件商品は,被告の運営するインターネット上の販売サイトにおいて販売
されている(甲3)。
イ被告は,エスエステクナ株式会社に対し,平成25年9月30日,上記(1)
のとおりの表示のある本件包装袋の印刷を注文し,同包装袋は,同年10月15日
及び同月21日に納品された(甲48の3,48の4)。
ウ被告は,ネットショッピングによって,A(納品日・平成25年11月16
日)及びB(納品日・平成25年12月5日)に対し,本件包装袋を使用した本件
商品を販売した(甲49及び50の各1ないし3)。
(3)上記認定事実によれば,本件審判請求の予告登録がされた平成26年1月1
5日から遡って3年以内である平成25年11月16日及び同年12月5日に,被
告は,日本国内において本件商標の指定商品である「コーヒー及びココア,コーヒ
ー豆」に含まれる本件商品の包装袋に,「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章
を表示して,これを販売したことが認められる(なお,Bが原告の子会社の100%
子会社の法務部所属の従業員であり,本件審判の調査のために本件商品を購入した
としても,被告がこの頃本件商品を販売していたとの前記事実認定に何ら影響する
わけではない。)。
2本件包装袋における「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章の使用は,
自他商品の識別機能を有する商標としての使用と認められるか。
(1)カタカナの「ヨーロピアン」は,「ヨーロッパに関するさま,ヨーロッパ人
に関するさま」を意味する語であり(甲4),英語の「European」は,「ヨーロッパ
の」,「ヨーロッパ人の」を意味する語である(甲5)。
そして,コーヒーやコーヒー豆については,その取引者等により「ヨーロピアン
スタイル」,「ヨーロピアンタイプ」,「ヨーロピアンテイスト」,「ヨーロピアンブレ
ンド」,「ヨーロピアンロースト」あるいは「ヨーロピアン」などの表示や表現が用
いられることが多く,これらは,いずれも深煎りの豆を使用したコーヒー,苦味が
強いコーヒー又はコクが強いコーヒーというコーヒーの味等の品質等を示すものと
して使用されている。また,コーヒーの一般の需要者も,これを受けて,「ヨーロピ
アン」の語が「深煎りの」とか「苦みが強い」「コクが強い」コーヒーとの意味であ
ると理解する者もいれば,中にはより漠然と「ヨーロッパ風のコーヒー」などと理
解する者もいるものと推認されるところである。(甲6ないし40,64,65,8
2ないし141,乙4)
そして,「ヨーロピアン」の文字をコーヒーあるいはコーヒー豆に使用している例
としては,例えば,ベルギーのロンバウツが「ROMBOUTS」商標を付して販
売している3種類のコーヒー豆には,それぞれ「ロイヤル」「マイルド」「ヨーロピ
アン」の3種類の品質を表す表示が付されており,また,オフィスリングが「A4
カフェ12」商標を付して販売している3種類のコーヒー豆には,それぞれ「マイ
ルド」「シアトル」「ヨーロピアン」の3種類の品質を表す表示が付されており,さ
らに,UCCFOODSが「UCC」の商標を付して販売しているコーヒー豆に
は,「ROYALEUROPEAN」がその品質を表す表示として付されており,
さらにまた,キーコーヒー株式会社が「KEYCOFFEE」の商標を付して販
売しているコーヒー豆には,「ヨーロピアンリッチ」あるいは「ヨーロピアンテイス
ト」がその品質を表す表示として付されており,そして,原告が「GEORGIA」
のブランドを付して販売している缶コーヒーには,「EUROPEAN」との表示が
そのコーヒーの風味(品質)を表すものとして表示されている例がある(甲28,
30,65,83,90,乙4)。
このような例について考察すると,「ヨーロピアン」の語は,他の自他商品識別機
能が強い商標と併用されてコーヒーやコーヒー豆に使用されている場合には,単に
コーヒーの品質を表示するだけであり,自他商品識別機能を有する商標として使用
されているものとは認めることはできない場合が多い,ということができる。
(2)これに対し,本件包装袋には「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章が
付されていることは前記認定のとおりである。本件包装袋には,このほかに,「無糖」,
「お湯を注ぐだけ」との表示と「ホットコーヒーが入ったコーヒーカップの図柄」
とが表示されているだけであり,これらが本件商品の品質や内容の単なる説明であ
って,商標として表示されているものではないことは明らかであり,本件商品には,
ほかに自他商品識別機能を有する商標は使用されていない。そして,本件包装袋に
おける「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章は,いずれも同じ書体で同じ大
きさの文字で,他の文字に比べると大きく,包装袋の表面上部の目立つ位置に表示
され,さらにが付されて表示されているものである。これらの本件包装袋に
おけるが登録商標であることを示す記号として広く
使用されていることを考慮すると,取引者及び需要者は,本件包装袋における「ヨ
ーロピアンコーヒー」の二段書き標章が,本件商品の商標として本件包装袋に表
示されていると認識し,理解するほかなく,その観念も「ヨーロッパ風のコーヒー」
とかあるいは「深煎りの豆を使用したコーヒー」,「苦味が強いコーヒー」又は「コ
クが強いコーヒー」として認識されるものと認められる。
(3)以上によれば,「ヨーロピアン」との標章は,コーヒーあるいはコーヒー豆
に使用されている場合は,ほかに強い自他商品識別機能を有する商標と併用されて
いるときには,単なる品質を表示するものとして使用されていると解される場合が
多いものの,本件包装袋における「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章のよ
うに,他の自他商品識別機能の強い商標と併用されることなく,単独で使用され,
かつ,他の文字に比べると大きく,商品の目立つ位置に表示され,さらにが
付されて表示されているときには,それ程強いものではないけれども,一応自他商
品識別機能を有する商標として使用されているものと認められる。
(4)原告は,本件包装袋における「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章な
いしその中の「ヨーロピアン」との表示は,当該商品が,深煎りの豆を使用したコ
ーヒーであるなどというコーヒーの味等の品質を有するインスタントコーヒーであ
ると認識されるものであり,自他商品を識別する機能を有する商標としての使用と
は認められない,と主張する。
しかし,「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章からは,「ヨーロッパ風のコ
ーヒー」とか深煎りの豆を使用したコーヒー等の観念が生じるとしても,本件包装
袋には,同標章のほかには,自他商品識別機能を有する商標として表示されたもの
はないだけでなく,「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章は,他の文字に比べ
ると大きく,本件包装袋の表面上部の目立つ位置に表示され,さらにが付さ
れて表示されているのであるから,同商標に一応の自他商品識別機能があることは
前記認定のとおりである。したがって,本件包装袋における「ヨーロピアンコー
ヒー」の二段書き標章の使用を自他商品識別機能のない商標としての使用であると
までいうことはできず,原告の主張を採用することはできない。
3本件包装袋に使用された「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章は,本
件商標と社会通念上同一の商標であるか。
法50条1項は,登録商標の使用について,「書体のみに変更を加えた同一の文字
からなる商標,平仮名,片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するもので
あって同一の称呼及び観念を生ずる商標,外観において同視される図形からなる商
標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標」の「使用」と規定し
ている。
法は,不使用登録商標を徒に許容することにより,他者の商標選択の範囲を不当
に狭めるとの弊害が生じることを防止するために,登録商標と社会通念上同一の商
標の使用をしていないときに,不使用登録商標取消審判の制度を設けている。この
ような同規定の趣旨に照らし,本件包装袋に使用されている「ヨーロピアンコー
ヒー」の二段書き標章が本件商標と社会通念上同一の商標といえるかについて,次
に判断する。
一般に,自他商品識別機能を有する登録商標を指定商品に使用する場合,その登
録商標に加えて,自他商品識別機能を奏さない商品名等の文字を加えて表示しても,
その付加された標章は自他商品識別機能を奏さないのが通常であるから,この場合
も,登録商標を単独で使用した場合と同様に,登録商標と社会通念上同一の商標の
使用と解すべき場合は多い。
被告が本件包装袋に使用している「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章に
ついても,「コーヒー」は,本件商品の名称に過ぎないものであるから,自他商品識
別機能が全くないことは明らかである。そうすると,本件包装袋に使用された「ヨ
ーロピアンコーヒー」の二段書き標章に一応の自他商品識別機能があるのは,「ヨ
ーロピアン」の標章によるものである。よって,本件包装袋における「ヨーロピア
ンコーヒー」の二段書き標章の使用は,「コーヒー」が商品の名称に過ぎない以上,
本件商標である「ヨーロピアン」を単独で使用した場合と同様に解することができ,
本件商標と社会通念上同一の商標の使用であると解すべきである。
原告は,取引者及び需要者は本件包装袋における「ヨーロピアンコーヒー」の
二段書き標章を一連一体のものとして認識し,把握するものであって,「ヨーロピア
ン」のみを分離して認識し,把握するものではないと主張する。しかし,取引者及
び需要者は本件包装袋における「ヨーロピアンコーヒー」の二段書き標章を一連
一体のものとして認識し,把握するとしても,コーヒーという商品にコーヒーとい
う標章を付しても自他商品識別機能はないのであるから,本件包装袋における「ヨ
ーロピアンコーヒー」の二段書き標章の使用は,社会通念上,「ヨーロピアン」商
標の使用と同視することができるものであることは前記のとおりである。原告の主
張は採用することができない。
4結論
以上によれば,被告は,本件審判請求の登録前3年以内に日本国内においてその
指定商品であるコーヒー等について本件商標と社会通念上同一と認められる商標を
使用したことを証明したとする審決の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由
はいずれも理由がない。よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却す
ることとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官設樂一
裁判官大寄麻代
裁判官岡田慎吾
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