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平成17年(行ケ)第10382号 審決取消請求事件
平成17年10月6日判決言渡,平成17年9月15日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 株式会社ラッキーコーポレーション
 訴訟代理人弁護士 深井潔,弁理士 辻本一義,窪田雅也,上野康成,森田拓生
 被 告 株式会社サンファミリー
 訴訟代理人弁護士 千田適,徳村初美,奥村太朗
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は,原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が無効第2004-40005号事件について平成17年1月18日に
した審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って
表記を変えた部分がある。
 本件考案は,本件明細書によれば,顔面の凹凸によくフィットし,製造が容易
で,毛穴の汚れや角栓までスムーズに落とすことが可能な「クレンジングパッド」
に関する考案であり,後記のとおり設定登録された。これに対し,被告が本件実用
新案登録は無効であるとして審判を請求したところ,審決は,本件考案は,「ヘア
ブラシ」に係る刊行物1記載の考案及び「洗浄器具」に係る刊行物2記載の考案に
基づいて,当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであると判断し
た。本件は,原告が,本件考案の進歩性を否定した審決の判断は誤りであるとし
て,同審決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本件実用新案(甲2)
 実用新案権者:株式会社ラッキーコーポレーション(原告)
 考案の名称:「クレンジングパッド」
 出願日:平成15年7月16日(実願第2003-4135号。ただし,特願第
2002-373952号に基づく優先権を主張して平成15年3月31日に出願
された特願第2003-93464号の一部を平成15年7月16日に新たな特許
出願(特願第2003-197594号)としたものを実用新案法10条1項によ
り同日に実用新案登録出願に変更したもの。)
 設定登録日:平成15年11月5日
 実用新案登録番号:第3099270号
 (2) 本件手続
 審判請求日:平成16年6月23日(無効第2004-40005号)
 審決日:平成17年1月18日
 審決の結論:「登録第3099270号の実用新案登録を無効とする。」
 審決謄本送達日:平成17年1月28日(原告に対し)
 2 本件考案の要旨
【請求項1】薄板状の本体(1)の片面(2)に,根元から先端に向かってやや小径とな
る突起(3)を多数設けて構成されるブラシ部(4)を有しており,前記ブラシ部(4)を設
けた面(2)を顔面に沿ってしならせることができるように,軟質な合成樹脂で一体成
形し,柔軟性を有していることを特徴とするクレンジングパッド。
 3 審決の要点
 (1) 引用刊行物                
 刊行物1:実願昭52-12037号(実開昭53-110082号)のマイク
ロフイルム(審判甲5・本訴甲3)
 刊行物2:特開2000-41886号公報(本訴甲4)
 (2) 引用刊行物に記載された考案
 ア 刊行物1に記載された考案(以下「引用考案」という。)
 「薄板状の基板1の裏面に,根元から先端に向かってやや小径となる櫛歯4を多
数設けた構成を有しており,前記構成を施した面を頭型に応じ彎曲せしめることが
できるように,軟質性合成樹脂で基板1を形成するとともに櫛歯4が前記基板1と
同質材料により一体に構成されているヘアブラシ。」
 イ 刊行物2に記載された考案
 「毛穴に入り込んだ汚れ等も取除けて,洗顔効果の大きい洗浄器具において,取
手部及びその表面に複数の凸部を有する洗浄部をシリコンにより一体形成するとと
もに,当該シリコンの硬さを人間の顔の皮膚を傷つけないような5度~10度のシ
リコンゴムの硬さとした洗浄器具。」 
 (3) 対比
 ア 本件考案と引用考案との一致点
 「薄板状の本体の片面に,根元から先端に向かってやや小径となる突起を多数設
けて構成されるブラシ部を有しており,軟質な合成樹脂で一体に構成され,柔軟性
を有している器具」
 イ 本件考案と引用考案との相違点 
 相違点1:「器具の用途に関して,前者は顔面の汚れを落とすための「クレンジ
ングパッド」であるのに対して,後者は「ヘアブラシ」である点。」
 相違点2:「一体に構成する態様について,前者は軟質な合成樹脂で「一体成形
した」ものであるのに対して,後者は一体成形を用いて形成したのか否かが明らか
でない点。」
 相違点3:「ブラシ部を設けた面の柔軟性について,前者は「顔面に沿ってしな
らせることができる」程度の柔軟性を有するのに対して,後者は「頭型に応じ彎曲
せしめることができる」程度の柔軟性を有する点。」 
 (4) 相違点の判断
 ア 相違点1について
 「本願明細書(判決注:本訴甲2。以下「本件明細書」という。)の段落【00
02】の【従来の技術】の項に,「従来より,顔面の汚れを落とすための用具とし
て,特許文献1に示すようなブラシがある。しかし,このようなブラシは,顔面の
凹凸にフィットさせて細やかに汚れを落とせるものではなく,化粧落としには適さ
ないものであった。」と記載され,また,同段落【0004】に,特許文献1とし
て「実開平6-44429号公報」(甲9(判決注:本訴甲6))が示されるとと
もに,その明細書の段落【0002】には,「入浴用のボディブラシや洗顔用のフ
ェイスブラシ,あるいはヘアブラシとしては,…プラスチック製のハンドル部に…
プラスチック製毛材を植え込んだものが知られている。」と記載されている。
 これらのことから,ブラシの用途として,ボディブラシやヘアブラシと同様に,
洗顔用のフェイスブラシとしての使用態様は,本願出願前に周知の使用態様であっ
たということができる。
 ところで,これらの「ボディブラシ」,「ヘアブラシ」や「洗顔用のフェイスブ
ラシ」は,いずれも,肌,頭皮ないし顔面等の洗浄作用を期待して設けられたブラ
シ部を有している点で共通しているとともに,日常,例えば,浴室や洗面所等で共
に使用される機会も多いことから,これらのブラシは相互に親近性を有する技術で
あるということができる。そうすると,これらの内の特定の用途のブラシを他の用
途のブラシとして転用することに,格別の困難性があるということができない。
 してみると,引用考案におけるブラシとしての構成を,上述したように従来より
周知であった「洗顔用のフェイスブラシ」,いいかえれば,顔面の汚れを落とすた
めの「クレンジングパッド」のブラシの構成として転用することは,当業者がきわ
めて容易に想到し得た設計上の転用であるといわざるを得ない。」
 イ 相違点2について
 「板状の本体とこの本体表面から突出させた複数の突起部分とを軟質な合成樹脂
等で一体に構成するに際して一体成形手段を用いることは,例を示すまでもなく,
合成樹脂を用いて形成される各種製品分野において,従来より一般的に採用されて
いる慣用技術であるといえるから,引用考案の「一体に構成」する手段として上記
慣用技術を用いることは,当業者が適宜採用し得た設計的事項といえる。」
 ウ 相違点3について
 「相違点1で検討したように,ブラシとしての構成を備えた器具を洗顔用にも使
用していたことは従来より周知であったといえるし,このようなブラシの洗浄対象
物が顔であることから,その材質が肌触りのよいものである必要があることも当業
者にとって自明な事項であったといえる。
 さらに,同様に顔をその洗浄対象物とする洗浄器具において,人間の顔の皮膚を
傷つけないようにするために硬度5度~10度の硬さのシリコンゴムを採用するこ
とも,刊行物2により本願出願前に公知であったといえる。
 そうすると,相違点1において説示したところの引用考案のブラシを洗顔用に使
用するクレンジングパッドとして転用する際に,人間の顔の皮膚を傷つけないよう
に配慮して,その材質を硬度5度~10度の硬さのシリコンゴムと選択すること
は,当業者がきわめて容易に採用し得た設計的事項であるといえる。
 そして,本件明細書の段落【0012】を参酌すると,本件考案の実施例として
硬度30程度のシリコンゴムを採用することが記載されており,当該実施例のもの
より上記硬度5度~10度の硬さのシリコンゴムが軟らかいことも明らかであるか
ら,上述したきわめて容易に採用し得た構成が,本件考案の「顔面に沿ってしなら
せることができる」という作用を同様に奏することも明らかである。
 ところで,被請求人(判決注:原告)は,刊行物1には,引用考案のヘアブラシ
が「しならせることができる」ものであるとの記載は全くないし,広辞苑によれば
「しなる(しなう)」の語義は「(弾力があって)しなやかにたわむ」ことである
のに対し,「彎曲」の語義は「弓形に曲がること」であるから,引用考案のヘアブ
ラシは,「彎曲」させて頭型に応じた形状に変形した状態にすることにより,全体
の櫛歯4を使用して整髪できるようにしたものであり,本件考案のように「しな
る」ことによって,目,鼻,口等の複雑な起伏を有する顔面に対し移動,変形しな
がらよくフィットし,毛穴の汚れや角栓までスムーズに落とせるようにしたものと
は,目的・効果が全く異なっており,本件考案とは技術的思想を全く異にするもの
であると主張している。
 しかしながら,本件考案の実用新案登録請求の範囲には,「顔面に沿ってしなら
せることができる」という効果を奏する構成について「軟質な合成樹脂で一体成型
し,柔軟性を有している」としか規定されていないといわざるを得ない(ちなみ
に,上記したように,本件明細書の段落【0012】には,本件考案の実施例とし
て,硬度30程度のシリコンゴムが採用されることが記載されている)。
 また,仮に,本件考案の「顔面に沿ってしならせることができる」と記載したこ
とが,上記実施例における硬度30程度の柔軟性を備えたシリコンゴムで形成され
ていることによる作用を意味したとしても,当該硬度30よりも明らかに柔軟であ
るといえる5度~10度の硬度のシリコンゴムを採用することがきわめて容易にで
きたことは,上述したとおりである。
 以上のことから,相違点3に係る本件考案の構成は,引用考案に,刊行物2に示
された材質を単に適用することにより,当業者がきわめて容易に想到し得た事項で
あるといえる。
 なお,被請求人(判決注:原告)が主張する「しなる(しなう)」と「彎曲す
る」の文言上の違いについて説示すれば,次のとおりである。
 本件考案の具体的な材質の例として,本件明細書の段落【0011】に「このク
レンジングパッドは,全体を,シリコンゴム,ポリエチレン,ポリプロピレン,ス
チレンゴム,ニトリルゴム,アクリルゴム,エチレン酢ビゴム等の,軟質な合成樹
脂で一体に形成したもの」と記載されている。
 そして,その一例であって,ブラシの材質として代表的なポリエチレンをみる
と,請求人(判決注:被告)が提出した甲第2号証(判決注:本訴乙1添付の審判
甲2。以下,乙1添付に係る審判段階の証拠をその番号に応じ「審判甲2」などと
いう。)に洗髪用や洗濯用の「洗浄ブラシ」が記載され,その材質につき「第1図
に示す様に,全体として略拳大のポリエチレンの如き可撓性を有する合成樹脂製板
であり…」と記載されている。
 ところで,上記記載における「可撓性を有する合成樹脂製板」の「可撓」とは,
広辞苑によれば「たわめることの可能なこと」と記載されており,さらに,「たわ
む」とは同じく広辞苑によれば「おされてまがる。しなう。」と記載されている。
 そうすると,このようなポリエチレンからなる合成樹脂板は,本件考案と同様の
「しなう」作用を奏するものということができる。
 一方,引用考案の材質も「軟質性合成樹脂」であって,上述したように軟質性合
成樹脂としてポリエチレンは周知でもあるから,引用考案のヘアブラシとして周知
のポリエチレンを採用した軟質性合成樹脂製の薄板をみれば,本件考案と同様の可
撓性を有するもの,いいかえれば,本件考案と同様の「しなう」作用の性質を有す
るということができる。
 したがって,被請求人(判決注:原告)の主張は,単に文言上の相違をいうもの
にすぎず,実質的な相違を主張したものとはいえないから,採用することができな
い。」
 (5) 結論
 「本件考案は,刊行物1及び刊行物2の記載に基いて当業者がきわめて容易に考
案をすることができたものであるから,本件考案は,実用新案法3条2項の規定に
違反してなされたものであり,同法37条1項2号に該当し,無効とすべきもので
ある。」
第3 原告の主張の要点
 1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)
 (1) 審決は,ヘアブラシと洗顔用フェイスブラシがブラシ部を有している点で共
通していることと,浴室や洗面所等でともに使用される機会が多いことをもってヘ
アブラシを洗顔用フェイスブラシに転用することはきわめて容易に想到し得たと判
断した。
 しかしながら,ヘアブラシのブラシ部は,頭髪の中に入れ移動させて整髪を行う
ためのものであるのに対し,洗顔用フェイスブラシのブラシ部は,顔面に当て移動
させて顔面の汚れを落とすためのものであり,作用や機能の点で全く異なるもので
ある。
 また,ヘアブラシも洗顔用フェイスブラシも洗面所等で使用されるものであると
しても,その目的は全く異なるのであり,両者に技術分野の関連性はない。
 さらに,引用考案のヘアブラシにおいて使用者の頭型に応じ攣曲し得るようにし
た目的は,全体の櫛歯を使用して整髪し,肌触りをよくし,櫛歯の折損を少なくす
ることにあるが,本件考案は,単に肌触りが良く,ブラシの折損が少ないのみなら
ず,鼻や目元等の複雑な顔面の凹凸によくフィットし,毛穴の汚れや角栓までスム
ーズに落とすことが可能になるという従来のブラシ類にはない優れた効果を奏する
ものである。したがって,本件考案と引用考案は,その作用効果も異なる。
 このように,本件考案と引用考案とは,技術分野,課題,作用効果,機能が異な
り,刊行物1には本件考案についての示唆もないのであるから,本件考案が引用考
案に基づいて当業者がきわめて容易に想到できたとはいえない。
 (2) 審決は,洗顔用フェイスブラシは,ボディブラシやヘアブラシと同様に,本
件考案の出願前に周知の使用態様であったとする。
 しかしながら,実開平6-44429号公報(以下「甲6公報」という。)に
は,「木製又はプラスチック製のハンドル部に豚毛や馬毛などの天然毛やプラスチ
ック製毛材を植え込んだもの」(段落【0002】)がボディブラシ,洗顔用のフ
ェイスブラシ,ヘアブラシとして使用されていることが開示されているにすぎず,
ボディブラシやヘアブラシとして構成されたものが洗顔用のフェイスブラシとして
使われることについては記載も示唆もない。また,甲6公報には,実施例としてボ
ディブラシ10(図1)とヘアブラシ20(図2)が記載されているが,前者はボ
ディブラシとして使用できるように構成されたものであり,後者はヘアブラシとし
て使用できるように構成されたものであり,両者は互いに全く異なる構成である。
ボディブラシ10をヘアブラシやフェイスブラシとして使用することや,ヘアブラ
シ20をボディブラシやフェイスブラシとして使用することは,図示された構成か
らは考えられない。
 さらに,本件考案のように,ブラシ部を設けた本体が薄板状で,柔軟性を有する
構成の洗顔用の器具が従来存在したという事実はなく,ブラシ部を顔面にフィット
させるという技術思想は従来存在しなかった。
 (3) 以上によれば,相違点1に係る構成について,当業者がきわめて容易に想到
し得るとした審決の判断は誤りである。
 2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)
 (1) 審決は,洗顔器具に関する刊行物2に基づき「引用考案のブラシを洗顔用に
使用するクレンジングパッドとして転用する際に,人間の顔の皮膚を傷つけないよ
うに配慮して,その材質を硬度5度~10度の硬さのシリコンゴムと選択すること
は,当業者がきわめて容易に採用し得た設計的事項である」と判断した。
 しかしながら,ヘアブラシである引用考案を洗顔器具に転用することは容易では
ないのであり,引用考案の材料として刊行物2の硬度5度~10度の硬さのシリコ
ンゴムを選択することは,きわめて容易に採用し得た設計的事項ではない。
 刊行物2記載の洗浄器具の第1の実施形態(段落【0015】~【0030】)
は,凹部の吸盤効果により汚れを取り除こうとするものであり,第2の実施形態
(段落【0031】~【0036】)は,凸部により顔に刺激を与えマッサージ効
果を与えようとするものであり,第3の実施形態(段落【0037】~【004
3】)は,渦巻き状の凹凸部の回転により汚れを取り除こうとするものであり,い
ずれもブラシ部を有するものではなく,引用考案及び本件考案とは構成や使用態様
が全く異なる。この点からも,引用考案の材料として刊行物2の硬度5度~10度
の硬さのシリコンゴムを選択することがきわめて容易に採用し得たとはいえない。
 (2) 審決は「引用考案の材質も「軟質性合成樹脂」であって,上述したように軟
質性合成樹脂としてポリエチレンは周知でもあるから,引用考案のヘアブラシとし
て周知のポリエチレンを採用した軟質性合成樹脂製の薄板をみれば,本件考案と同
様の可撓性を有するもの,いいかえれば,本件考案と同様の「しなう」作用の性質
を有するということができる。」と判断した。
 しかしながら,本件考案は顔面に沿ってしならせることができるもの,すなわ
ち,柔らかい顔面に当てつつ移動させたときにしなるようにしたものであるのに対
し,引用考案のヘアブラシは,「使用者の頭型に応じ彎曲せしめて全体の櫛歯4を
使用して整髪する」(甲3の3頁1行~3行)ようにしたものであり,ポリエチレン
を採用した軟質性合成樹脂製で,柔軟性を有するものであったとしても,顔面より
も硬く変形しにくい頭皮に対応したものである。
 また,引用考案のヘアブラシが整髪のためのものであることからすると,基板1
や櫛歯4は,整髪時に頭髪との衝突によって櫛歯4の向きが大きく変えられたり曲
げられたりしないものとする必要があり,本件考案の有する柔軟性とは異質である
と考えられる。
 実際のところ,引用考案のようなヘアブラシが洗顔ブラシとして販売されたこと
はなく,本件考案の実施品はヘアブラシとして使用されることなど全く想定されて
おらず,ヘアブラシとは明確に区別されて販売されているのである。
 したがって,引用考案の要旨について「本件考案と同様の「しなう」作用の性質
を有するということができる。」とした審決の判断は誤りである。
 (3) 以上のとおり,相違点3に係る構成について,当業者がきわめて容易に想到
し得たとの審決の判断は誤りである。
第4 被告の主張の要点 
 1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)に対して
 原告は,ヘアブラシと洗顔ブラシとでは,作用,機能,目的,技術分野の関連
性,課題の共通性等が異なると主張する。しかしながら,ヘアブラシと洗顔ブラシ
はいずれも身体の表面を清浄するためのブラシであり,頭部も顔部も人体のいわゆ
る「頭蓋」表面であり隣接しているのであるから,使用対象が頭部か顔部かは選択
上の問題にすぎない。また,審決が指摘するように,両者は,浴室や洗面所等でと
もに使用される機会が多いものである。
 一般に,ブラシ類には,ボディブラシ,フェイスブラシ,洗髪ブラシ,ヘアブラ
シなどが含まれる。そして,これらのブラシ類は,兼用的に使用される。例えば,
洗髪用にも洗濯用にも使える洗浄用ブラシ(審判甲2),洗髪にも整髪にも使える
ヘアブラシ(審判甲3),頭髪洗浄用にも一般垢擦り用にも使用できる髪洗器(審
判甲4)が存在することは明らかである。また,被告の製品(ゲルマニウムシリコ
ンブラシ)についても,全く同じ構成であって大きさのみが異なるブラシが,フェ
イス洗浄用とボディ洗浄用として販売されている(審判甲12)。
 以上のように,「ヘアブラシ(整髪ブラシ)」と「洗髪ブラシ」,「洗髪ブラ
シ」と「ボディブラシ(垢擦りブラシ)」,「ボディブラシ」と「フェイスブラ
シ」はそれぞれ兼用し得るのであり,これらブラシ類は実質的には同一性を有する
物品である。したがって,引用考案の「ヘアブラシ」と本件考案の「フェイスブラ
シ」とは,作用・機能上の共通性を有し,転用することに格別の困難は認められな
い。
 2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)に対して
 原告は,ヘアブラシを顔面ブラシに転用する際に硬度5度~10度のシリコンを
選択することは容易に採用し得ないと主張する。
 しかしながら,本件考案と同様に,毛穴の汚れも取り除く洗顔効果の大きい洗浄
器具の提供を目的とする刊行物2の洗浄器具の存在に照らすと,硬度5~10度の
シリコンゴムを用いれば人間の顔の皮膚を傷つけないことは周知である。構成がブ
ラシかどうかにかかわらず,顔面の皮膚を傷つけない硬度の材質を使用した洗浄器
具が周知である以上,顔面ブラシに硬度5度~10度のシリコンゴムを選択するこ
とは容易である。
 原告は,クレンジングパッド(洗顔ブラシ)の当業者はヘアブラシの当業者とは
異なるともいう。しかし,洗顔ブラシとヘアブラシは実質的に同一性を有する物品
であるから,洗顔ブラシに関する技術分野とはブラシ類全般を指す。したがって,
本件の当業者とは,ブラシ類について通常の知識を有する者を指すのであり,洗顔
ブラシの当業者とヘアブラシの当業者が異なるということはない。
 相違点3についての審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について
 (1) 原告は,本件考案の「クレンジングパッド」と引用考案の「ヘアブラシ」と
は,技術分野,作用,機能,目的,課題が異なるから,引用考案に係るヘアブラシ
を本件考案に係るクレンジングパッドのブラシとして転用することは,当業者がき
わめて容易に想到し得た設計上の転用であるとはいえないと主張する。
 ア そこで,本件考案の技術分野,作用,機能等について検討するに,本件実用
新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明によれば,本件考案は,「化粧落としの
際に使用されるクレンジングパッドに関するもの」(段落【0001】)であり,
甲6公報に示されたような従来のブラシでは,顔面の凹凸にフィットさせて細やか
に汚れを落とせることができないことから,「毛穴の汚れや角栓までスムーズかつ
迅速に落とす」(段落【0003】)ことができるようにするため,請求項1記載
の構成を採用することにより,「顔面の凹凸によくフィットし,毛穴の汚れや角栓
までスムーズに落とす」(段落【0024】)との作用効果を奏するものであると
認められる。
 イ 他方,刊行物1(甲3)によれば,引用考案は,「軟質性合成樹脂の基板1
…の表面全体に基板1と同質材料からなる多数の櫛歯4を一体に構成したヘアブラ
シ」(実用新案登録請求の範囲)であり,「基板1の両側辺を挟持して櫛歯4によ
り整髪を行うもの」(2頁12行~14行)であって,「基板1は軟質性合成樹脂
製の薄板で構成されているから,…使用者の頭型に応じ彎曲せしめて全体の櫛歯4
を使用して整髪することができる。また,櫛歯4は基板1と同質材料である軟質性
合成樹脂製であって基板1と一体に形成されているから肌触りがよい」(2頁下よ
り2行~3頁5行)との作用効果を奏するものと認められる。
 また,引用考案には明示的な記載はないが,引用考案のように基板が軟質性合成
樹脂であり,これと同材料の櫛歯を有するヘアブラシであれば,洗髪用ブラシとし
ても使用することができることは,審判甲2及び3に示されているとおり,周知の
事項であるということができる。すなわち,審判甲2には,「輪郭部を除いた片側
面に,一様にくし形状突起(1)を並立した略掌大の可撓性を有する合成樹脂製板を,
上記輪郭部近辺にてその略半分長に亘って切り裂きを設けて輪郭部切り裂き(2)とな
し,かつ,上記並立するくし形状突起(1)を避けて,輪郭部には達しない適当長の互
いに平行状の複数条の切り裂きを設けて屈折用切り裂き(3)としたことを特徴とする
洗浄用ブラシ。」(1頁5行~13行),「この考案は,洗髪用…の洗浄用ブラシ
の改良に関する。」(1頁15~16行)と記載され,本体が合成樹脂製板でくし
状突起を有するブラシを洗髪に用いることができることが示されている。また,審
判甲3には,「本考案は軟質合成樹脂製にて成った人差指を入れて簡単に保持し,
その裏側に小突刺状に設けたブラシで洗髪するとき及び撫でるに用いるヘアブラシ
に係るものである」(1頁左欄下から2行~右欄2行)と記載され,本体が軟質合
成樹脂製で小突刺(櫛歯)を有するヘアブラシが,整髪,洗髪のいずれの用途にも
用いることができることが開示されている。そして,洗髪時には,髪だけでなく頭
皮も洗浄されることは経験則上明らかである
 ウ 上記ア及びイによれば,本件考案に係るクレンジングパッド(洗顔ブラシ)
と引用考案に係るヘアブラシ(洗髪用ブラシ)とは,①いずれも,浴室や洗面所等
でともに使用される機会が多く,ブラシ部を人体の皮膚に当てて,その部分を洗浄
等するのに用いられるものであり,②薄板状の本体の片面に突起を多数設けて構成
されるブラシ部を有し,本体と突起が軟質な合成樹脂で一体的に構成されていると
の基本的な構造において共通し,③全体に柔軟性を有し,頭部や顔部の凹凸に応じ
てフィットすることができるようにするという作用効果においても共通していると
いうことができる。したがって,両考案は,その技術分野,機能,作用効果等にお
いて近似しているというべきであり,引用考案のヘアブラシを本件考案に係るクレ
ンジングパッドに転用することに格別の困難があるということはできない。
 なお,原告は,本件考案は,鼻や目元等の複雑な顔面の凹凸によくフィットし,
毛穴の汚れや角栓までスムーズに落とすことが可能になるのであるから,従来のブ
ラシ類とは異質で優れた効果を奏すると主張するが,毛穴の汚れや角栓までスムー
ズに落とすことが可能になるという上記効果は,本体とブラシ部とを軟質合成樹脂
で一体成形したことにより,鼻や目元等の複雑な顔面の凹凸によくフィットするこ
とを直接的な原因としているのであり,引用考案も,頭型にフィットさせるため,
本体1とブラシ部4とを軟質合成樹脂で一体成形した構成を有しているのであるか
ら,両考案の作用効果の差異は大きいとはいえない。
(2) 次に,原告は,洗顔用フェイスブラシが,ボディブラシやヘアブラシと同様
に,本件考案の出願前に周知の使用態様であったとの審決の判断は誤りであると主
張する。
 しかしながら,本件明細書において従来技術として引用している甲6公報には,
「【従来の技術】入浴用のボディブラシや洗顔用のフェイスブラシ,あるいはヘア
ブラシとしては,木製又はプラスチック製のハンドル部に豚毛や馬毛などの天然毛
やプラスチック製毛材を植えこんだものが知られている。」(段落【000
2】),「図1に示されるように,この考案によるボディブラシ10はハンドル部
11と毛部12とからなる。」(段落【0009】),「毛部12は豚や馬などの
天然毛や毛状に形成されたプラスチックなどからなり,前記ハンドル部11の植毛
部14に適宜植え込まれる。」(段落【0011】)と記載されており,これらの
記載からすると,ブラシ部を構成部分に含む洗顔用のフェイスブラシは本件考案の
出願前からよく知られているものであると認められる。
これに対し,原告は,甲6公報は,ボディブラシをフェイスブラシとして使用す
ることや,ヘアブラシをフェイスブラシとして使用することを示唆するものではな
いと主張する。確かに,甲6公報には,ボディブラシやヘアブラシを洗顔用フェイ
スブラシとして使用することは記載されていないが,審決は,甲6公報にヘアブラ
シを洗顔ブラシとして使用することが記載されていると判断したものではない。審
決は,甲6公報に基づいて,ブラシ部を構成部分に含む洗顔用のフェイスブラシが
周知であると判断し,その上で「引用考案におけるブラシとしての構成を…顔面の
汚れを落とすための「クレンジングパッド」のブラシの構成として転用すること
は,当業者がきわめて容易に想到し得た」との結論を導いているのであって,原告
の主張は審決を正解しないものである。
 また,原告は,本件考案のようなブラシ部を設けた本体が薄板状で柔軟性を有す
る構成の洗顔用の器具が従来存在したという事実はなかったと主張するが,審決
は,刊行物1及び2に基づいて容易に想到し得たと判断しているのであるから,本
件考案のようなクレンジングパッドが従前存在したかどうかは本件考案の進歩性の
判断を左右しない。
(3) 以上のとおり,本件考案の出願当時,ブラシ部を使用して洗顔を行うことは
周知であったと認められるところ,本件考案と引用考案は,その技術分野,課題,
目的,機能,作用効果において近似しているということができるのであるから,引
用考案におけるブラシとしての構成を,顔面の汚れを落とすための「クレンジング
パッド」のブラシの構成として転用することは,当業者がきわめて容易に想到し得
たというべきである。
 2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)について
 (1) 原告は,「引用考案のブラシを洗顔用に使用するクレンジングパッドとして
転用する際に,人間の顔の皮膚を傷つけないように配慮して,その材質を硬度5度
~10度の硬さのシリコンゴムと選択することは,当業者がきわめて容易に採用し
得た設計的事項である」との審決の判断について,ヘアブラシである引用考案を洗
顔器具に転用することはきわめて容易ではないから,引用考案の材料として刊行物
2の硬度5度~10度の硬さのシリコンゴムを選択することは,きわめて容易に採
用し得た設計的事項ではないと主張する。
 しかしながら,ヘアブラシである引用考案を洗顔器具に転用することがきわめて
容易に想到し得るものであることは,前記判示のとおりである。引用考案に係るヘ
アブラシは,基板及び基板上の櫛歯を「軟質性合成樹脂」で形成し,使用者の頭型
に応じ彎曲し得るようにしたものであるが,この引用考案に係るヘアブラシを洗顔
器具(クレンジングパッド)に転用するにあたり,その本体及び突起部が顔部に当
たっても肌触りを損なわないように,「軟質な合成樹脂」(本件考案に係る請求項
1)の材質を適宜選択し,ブラシ部を設けた面を「顔面に沿ってしならせることが
できるように」(同請求項1)形成することは,当業者が容易になし得る事項であ
るというべきである。
本件考案の実施形態では,かかる材質として,「硬度が30度程度のシリコンゴ
ム」(段落【0012】)が例示されているが,刊行物2には「本発明は,…洗顔
効果の大きい洗顔器具の提供を目的とする。」(段落【0003】),「請求項1
にかかる洗浄器具は,取手部及び洗浄部が,シリコンにより一体として形成されて
いる。」(段落【0004】),「注入するシリコン硬さは,シリコンゴムの硬さ
において5度~10度となるように調節している。この硬さは,人間の顔の皮膚を
傷つけない硬さであり,」(段落【0030】)と記載され,本件考案のシリコン
ゴムより柔らかい素材を顔面の洗浄器具の洗浄部に使用することが開示されてい
る。この記載によれば,当業者が,ブラシ部を設けた面の材質としてシリコンゴム
を採用し,硬度を適宜設定して,「顔面に沿ってしならせることができるよう」に
することは,きわめて容易になし得るというべきである。
 これに対し,原告は,刊行物2記載の洗浄器具は本件考案及び引用考案と構成や
使用態様が異なると主張するが,刊行物2には,顔の皮膚を傷つけないような硬さ
としたシリコンを洗浄部に使用した洗顔器具が開示されていることは,前記判示の
とおりであるから,当業者であればフェイスブラシのブラシ部の素材として刊行物
2のシリコンゴムを採用し,「顔面に沿ってしならせることができる」ようにする
ことはきわめて容易に想到し得るというべきである。
 (2) 原告は,本件考案は,柔らかい顔面に当てつつ移動させたときにしなるよう
にしたものであるのに対し,引用考案は,顔面よりも硬く変形しにくい頭皮に対応
したものであるから,その柔軟性は本件考案とは異質であると主張する。
しかしながら,本件考案と引用考案とは,いずれも凹凸を有する顔部及び頭部の
形に対応してフィットさせるものであり,その材質も軟質の合成樹脂である点で変
わりはないのであるから,両考案の柔軟性が異質であるということはできず,仮に
両考案の柔軟性の程度が異なるとしても,引用考案に基づいて本件考案のブラシ部
を「顔面に沿ってしならせることができるよう」な構成にすることは容易に想到し
得るというべきである。
 (3) 以上によれば,相違点3に係る本件考案の構成は,引用考案に刊行物2に示
された材質を適用することにより,当業者がきわめて容易に想到し得たとの審決の
判断に誤りはないというべきであり,取消事由2は理由がない。
(なお,原告は,刊行物1に記載された「櫛歯4」は先細であるといえないから,
審決が,刊行物1の「櫛歯4」が,本件考案の「突起(3)」に相当すると認定したの
は誤りである旨主張する。確かに,刊行物1の明細書中には,「櫛歯4」が先細で
あるとは記載されてはいないが,同刊行物1の図面第1図,第3図には,ヘアブラ
シの縦断面が示されており,これらから,「櫛歯4」は,先細形状を呈しているこ
とが認められる。)
 3 結論
 よって,原告の請求は理由がないので,棄却されるべきである。
  知的財産高等裁判所第4部
        裁判長裁判官
                   塚   原   朋   一
           裁判官
                   髙   野   輝   久
           裁判官
                   佐   藤   達   文

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