弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人藤巻元雄作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に
記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官窪田四郎作成名義の答弁書
に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
 <要旨>第一 控訴趣意一(法令解釈適用の誤の主張)について
 論旨は、要するに、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、村上市大
字a字bc番地d所在の木造セメント瓦葺二階建居宅(床面積延べ八〇・三二平方
メートル)一棟を所有していたものであるが、昭和五一年四月一九日新潟地方裁判
所村上支部がAを債権者とし、被告人らを債務者として右建物に仮差押決定をな
し、右決定は同月二〇日登記されたものであるところ、同五四年一〇月初旬ころ、
情を知らないBらをして右建物を解体撤去せしめ、もつて差押を受けた自己所有に
かかる右建造物を損壊したものである。」との事実を認定し、これを刑法二六二
条、二六〇条前段(差押を受けた自己所有建造物を損壊する罪)に問擬しているの
であるが、刑法二六二条にいう「差押」とは、「公務員がその職務上保全すべき物
を自己の占有に移す強制処分」を指称し、強制的な占有移転の事実を欠くときはこ
れに該当しないものと解すべきところ、民事訴訟法上の不動産の仮差押の如きは、
当該不動産にその旨の登記を嘱託するのみであつて、当該不動産の強制的な占有移
転を伴わないのであるから、これを以て刑法二六二条にいう「差押」に該当すると
いうを得ず、従つて、本件建物に対する前記仮差押決定を同条にいう「差押」に当
たるものとして前記各法条を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明ら
かな法令解釈適用の誤があり、破棄を免れないというのである。
 原判決が所論摘示の事実を認定し、これに所論摘示の各法条を適用していること
は、所論の指摘するとおりである。
 しかしながら、刑法二六二条にいう「差押」とは、同法二五九条ないし二六一条
に規定する物について私人による事実上又は法律上の処分を禁止する国家機関の強
制処分を指称し、その執行にあたる公務員においてこれを強制的に自己の占有に移
すと否とは問うところではなく、所論民事訴訟法上の不動産の仮差押をも含むもの
と解するのが相当であるから、これと同旨に出た原判決の法令解釈は是認するに足
り、これと相容れない所論は独自の見解に立脚するものとして排斥を免れない。以
下、若干補説する。
 所論は、強制執行妨害罪に関し、「刑法第九十六条ニ所謂差押ハ公務員カ其職務
上保全スヘキ物ヲ自己ノ占有ニ移ス庭分ニシテ此ノ處分ヲ明白ニセルモノ即チ差押
ノ標示ナリ従テ民事訴訟法ニ依ル有体動産ノ差押處分ハ勿論仮差押及仮處分ト雖苟
モ上叙ノ性質ヲ帯フルモノ及其ノ他ノ法令ニ依リ公務員ノ為ス處分ニシテ同種ノ性
質ヲ有スルモノハ悉ク刑法ニ所謂差押ニ包含セラルルモノトス然レトモ公務員カ物
ヲ自己ノ占有ニ移サスシテ他人ニ対シテ一定ノ作為不作為ヲ命スル處分ノ如キハ刑
法ニ所謂差押ニ非ス従テ斯ル處分ヲ妨害スル行為ハ他ノ犯罪ヲ構成スルハ格別同法
第九十六条ノ罪ト為ルノ限リニ在ラス」とする大審院大正一一年(れ)第三三二号
同年五月六日判決(集一巻二六一頁)及びこれと同旨の大審院昭和七年(れ)第一
七一四号同八年二月一六日判決(集一二巻上一三四頁)に依拠するものであつて、
刑法二六二条にいう「差押」の意義に関し、右各判例を祖述して同旨の解釈を示す
学説の存在を援用している。
 しかし、右判文中には「刑法ニ所謂差押」というような一般的表現も散見するも
のの、その行文全体に照らせば、右判示は刑法九六条にいう差押の意義に関するも
のであることは明らかであつて、これと罪質及び構成要件の態様を異にする同法二
六二条にいう「差押」の意義を同一に解さなければならない必然性はない。すなわ
ち、同法九六条は、同法第二編第五章「公務ノ執行ヲ妨害スル罪」に属し、ひろく
公務の執行を妨げる行為のうち、同法九五条が公務員に対する暴行脅迫を伴う態様
のものを取り上げているのに対し、公務員がその職務上保全すべき物を自己の占有
に移した旨を公示する「封印又ハ差押ノ標示」を損壊し又はその他の方法によつて
無効たらしめる態様のものを取り上げて犯罪類型としたものであり、当初から公務
員による占有の標示に対する侵害行為に処罰対象を限定していることが、その構成
要件上も明らかである。前掲大審院の各判例が、公務員による占有を要件としてい
るのは、それが刑法における「差押」の概念そのものに内在している故ではなく、
同法九六条にいう「封印」又は差押の「標示」という概念に伴う制約を表わしたも
のに過ぎない。そうだとすれば、構成要件上同条のような制約の存しない同法二六
二条(同法一一五条の場合も同断である。)においては、「差押」の意義を本来の
語義のとおりひろく解するに何らの支障はないものというべきである。むしろ、こ
れらの規定が、差押債権者等の権利ないし法律上の利益を保護法益としていること
からすれば、公務員による占有の有無によつて刑法上の保護に異同を生ずべき合理
的根拠に乏しく、また、「物権ヲ負担シ又ハ賃貸シ」(同法一一五条の場合には、
更に「若クハ保険ニ付シ」)た場合との権衡からしても、ひとり差押の場合にの
み、公務員による占有の取得を要件とすべき理由は見当らない。
 所論は、刑法九六条の罪と同法二六二条の罪とが観念的競合の関係にあること
(最高裁判所昭和二五年(あ)第一六二四号同二七年六月三日判決、裁判集六五号
一三頁)を理由に、両法条にいう「差押」の意義を同一に解釈すべきであると主張
するが、罪数関係は、一個の行為が右各法条の構成要件にいずれも該当すると認め
られた場合(封印又は差押の標示の施された物自体を損壊することによつて、他人
の権利を害し、同時に封印又は差押の標示を無効たらしめた場合)にはじめてこれ
を論ずべきものであつて、各法条の構成要件をどのように解すべきかはそれ以前の
問題であるから、罪数関係から構成要件の解釈を導こうとするのは、本末転倒のそ
しりを免れない(所論の解釈によれば、不動産の仮差押は両法条のいずれにも該当
しないこととなるのであるから、罪数関係を論ずる余地はないこととなる。)。
 叙上のとおり、原判決に所論法令解釈適用の誤はなく、論旨は理由がない。
 第二 控訴趣意二、三(保護法益の侵害ないし可罰的違法性を欠く旨の主張)に
ついて
 論旨は、要するに、「1」不動産の仮差押債権者の利益が刑法二六二条による保
護の対象になるものと解すべきであるとしても、これによつて保護される仮差押債
権者の利益は、原判決も指摘するように、「将来本執行をなし得る要件を具備した
場合には、直ちに換価・満足の段階に進み得る地位を取得する」というに過ぎない
ところ、本件仮差押債権者Aは、被保全権利である一〇〇〇万円と一二〇〇万円の
手形上の債権二口等につき、昭和五三年七月六日、新潟地方裁判所村上支部におい
て、被告人外一名に対する全部勝訴の仮執行宣言付き手形判決を得ており、いつで
も執行をなし得たにもかかわらず、被告人が本件建物を解体撤去した同五四年一〇
月初旬ころまでの間、一年三か月の長きに亘り放置していたのは、証拠制限の関係
で手形訴訟には全部勝訴していたものの、右訴訟の過程で明らかとなつた裏書偽造
や利息制限法超過利息の元本充当などの関係で、手形判決に対する異議訴訟で敗訴
することを覚悟していたためであり、本件建造物損壊行為の時点においては、強制
執行の意思はなく、仮差押債権者として保護されるべき利益を放棄していたものと
いわざるを得ず、従つて、右損壊行為によつて何らの法益侵害も発生していないの
であり、また、「2」本件仮差押の被保全権利である前記手形上の債権について
は、新潟地方裁判所村上支部における原告A、被告C、同D夫(本件被告人)間の
昭和五三年(ワ)第○△号約束手形金・小切手金請求異議事件及び原告C、被告A
間の同五一年(ワ)第□×号債務不存在確認・不当利得返還請求事件において激し
く争われて来たものであるところ、原判決後の昭和五九年三月九日の口頭弁論期日
において、右各事件につき、Aにおいて被告人に対する本件一三〇〇万円の手形金
請求権を有しないことを確認し、本件不動産に対する仮差押決定の執行申立を取り
下げることなどを内容とする裁判上の和解が成立したのであつて、本件仮差押決定
は存在しない被保全権利に基づく違法不当なものであつたことに帰し、本件建造物
損壊行為によつて侵害される法益は無かつたのであり、更に、「3」本件建物は、
被告人が建築資材として使用されるのが三度目の古材を使つて約一五年前に建築し
たものであり、昭和五三年には梁の一方が折れたため、強風の吹く都度大揺れし、
横なぐりの雨水が軒から浸入する老朽家屋であり、ことに日本海からの強風を受け
る一一月ころから三月ころにかけては倒壊の危険も予想されたので、被告人の取引
先であり本件建物の担保権者でもあるE株式会社の勧めもあつて、同五四年一〇月
初旬ころこれを取り壊し、その跡に一六〇〇万円以上を投じて鉄骨造亜鉛メツキ鋼
板葺二階建居宅工場(床面積延ベ二二〇・〇二平方メートル)を新築し、E株式会
社に事情を話して新築家屋に第一順位の担保権を設定することを見合せてもらい、
Aに対し、双方の代理人を通じ、保証金額については従前の仮差押と同額か、ある
いは無担保でよい旨の被告人名義の上申書を提出するから、新築家屋を仮差押して
欲しい(併せて、本件告訴を取り消されたい)旨を申し入れたが、Aに拒否された
という事情があり、これらの事情を総合すれば、被告人の本件建造物損壊行為は、
老朽家屋の倒壊の危険から自己及び家族の生命身体の安全を護るという緊急の目的
に出たものであり、かつ、代替家屋を提供することによつて仮差押債権者の実質的
利益を何ら損つていないことになるから、刑罰を科するに値するほどの違法性を有
しない、というのである。
 しかし「1」Aは、手形判決に対する異議申立後の訴訟において自己の債権を主
張し、被告人らと係争を続けていたことは所論自体から明らかであつて、仮執行宣
言付き手形判決を得てから一年三か月に亘りその執行に着手しなかつたとしても、
その一事を以て強制執行の意思を放棄したものとは認められず、また、「2」所論
裁判上の和解において、本件手形金請求権を有しないことを確認したからといつ
て、本件仮差押決定自体が遡つて違法不当なものとなるべきいわれはないから、法
益侵害がない旨の右「1」「2」の所論はその前提を欠き、更に、右「1」「2」
の事情に所論「3」の事情を併せて考察しても、いまだ被告人の本件建造物損壊行
為がいわゆる可罰的違法性を欠くものとするに由ないところである。
 原判決に所論の過誤はなく、論旨は理由がない。
 第三 控訴趣意四(量刑不当の主張)について
 しかし、所論諸事情をすべて被告人に有利に斟酌しても、原判決の被告人に対す
る科刑(懲役六月、三年間執行猶予)が重過ぎて不当であるものとは認められな
い。論旨は理由がない。
 第四 結語
 よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり
判決する。
 (裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 裁判官 龍岡資晃)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛