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平成22年1月20日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(行ケ)第10109号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年1月13日
判決
原告X
被告特許庁長官
同指定代理人野村亨
鈴木敏史
紀本孝
安達輝幸
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2008−28122号事件について平成21年3月2日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶
査定不服審判の請求について,特許庁が,本願発明の要旨を下記2のとおり認定し
た上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要
旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求
める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)出願手続(甲3)及び拒絶査定
発明の名称:「ボルト用多段式ソケット」
出願番号:特願2008−162890号(以下,本件出願に係る明細書(甲
3)を「本願明細書」といい,同出願に係る図面(甲3)を「本願図面」,「本願
図1」などという。)
出願日:平成20年6月23日
先の特許出願に基づく優先権主張:平成20年1月21日(以下「本件優先日」
という。)
拒絶査定:平成20年10月14日付け(甲8)
(2)審判手続及び本件審決
審判請求日:平成20年11月4日(不服2008−28122号。甲9)
手続補正日:平成20年11月4日(甲5)
審決日:平成21年3月2日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成21年3月28日
2本願発明の要旨
本件審決が判断の対象とした本願発明(平成20年11月4日付け手続補正後の
特許請求の範囲の請求項1(以下,単に「請求項1」という。)に記載の発明)の
要旨は,次のとおりである。
インパクトドライバ,ラチエットハンドル又は電動インパクト用のボルト用多段
式ソケットにおいて,直径が一番小さいソケットを本体ソケットとし,隣り合うソ
ケットの間で小さい方の小ソケットのボルト挿入部の外側の後端部には外側段差
(10)と大きい方の大ソケットのボルト挿入部の内側の後端部には突起部が設けられ,
前記突起部の後端側にはスプリングの内側の阻止部(9)が前記突起部の先端側には
内側段差(11)が,前記小ソケット後部の外周面には,前記大ソケットの内周面に対
面し,且つ前記スプリングの外側端部に当接する阻止部(8)が設けられ,前記小ソ
ケットの外周面と前記大ソケットの内周面と前記スプリングの内側の阻止部であっ
て,且つスプリングの外側の阻止部(8)とから形成された収納部を有し,この収納
部にスプリングを収納して,径の異なるソケットの瞬間変位を実現したことを特徴
とするボルト用多段式ソケット。
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例1に記載され
た発明(以下「引用発明」という。)及び下記イの引用例2に記載された事項に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項
の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア引用例1:特許第3947207号公報(平成19年7月18日発行。甲
1)
イ引用例2:実願昭56−96531号(実開昭58−4370号)のマイク
ロフィルム(甲2)
(2)なお,本件審決が認定した引用発明並びに同発明と本願発明との一致点及
び相違点は,次のとおりである。以下の文中の「/」は,原文の改行部分を示す。
ア引用発明:インパクトドライバー,ラチェットハンドル又は電動インパクト
用のボルト用多段式ソケットにおいて,/直径が一番小さいソケットを本体ソケッ
ト1とし,/隣り合うソケットの間で小さい方の本体ソケット1はボルト挿入部を
有し,該ボルト挿入部に対応する本体ソケット1の外側壁の後端部には外側段差1
1が設けられ,/大きい方の第2のソケット2はボルト挿入部を有し,該ボルト挿
入部に対応する第2のソケット2の内側壁の後端部には突出した部分が設けられ,
該突出した部分の先端側には内側段差12が設けられ,該内側段差12よりも他端
側にはスプリング7の一端に当接するストッパ10が設けられ,/前記本体ソケッ
ト1の他端には,前記スプリング7の他端に当接するスプリング7の離脱防止の為
の阻止部9が設けられ,/前記本体ソケット1の外側の切欠きと前記第2のソケッ
ト2の内側の切欠きからなる収納部8,前記スプリング7のストッパ10,及び前
記スプリング7の離脱防止の為の阻止部9が備えられ,この収納部8にスプリング
7を収納して,/径の異なるソケットの瞬間変位を実現したボルト用多段式ソケッ
ト。
イ一致点:インパクトドライバ,ラチェットハンドル又は電動インパクト用の
ボルト用多段式ソケットにおいて,直径が一番小さいソケットを本体ソケットとし,
隣り合うソケットの間で小さい方の小ソケットのボルト挿入部の外側の後端部には
外側段差と,大きい方の大ソケットのボルト挿入部の内側の後端部には突出した部
分が設けられ,前記突出した部分の先端側には内側段差が設けられ,突出した部分
の先端よりも後部側にスプリングの内側の阻止部が設けられ,前記小ソケットの後
部には,前記スプリングの外側端部に当接する阻止部が設けられ,前記小ソケット
の外側と前記大ソケットの外側と前記スプリングの内側の阻止部とスプリングの外
側の阻止部とから形成された収納部を有し,この収納部にスプリングを収納して,
径の異なるソケットの瞬間変位を実現したボルト用多段式ソケット。
ウ相違点
(ア)相違点1:本願発明では,「大ソケットのボルト挿入部の内側の後端部
に」設けられるのが「突起部」であり,「スプリングの内側の阻止部(9)」が「突
起部の後端側」に設けられているのに対し,引用発明では,「大ソケットのボルト
挿入部の内側の後端部」,すなわち,「ボルト挿入部に対応する第2のソケットの
内側壁の後端部」に設けられるのが「突出した部分」であり,「スプリングの内側
の阻止部」としてのスプリング7の一端に当接するストッパ10が,内側段差12
よりも他端側に設けられている点。
(イ)相違点2:本願発明では,スプリングの外側端部に当接する阻止部が,
「小ソケット後部の外周面」に「大ソケットの内周面に対面し」て設けられ,スプ
リングを収納する収納部が,「前記小ソケットの外周面と前記大ソケットの内周面
と前記スプリングの内側の阻止部であって,且つスプリングの外側の阻止部(8)と
から形成された」のに対し,引用発明では,スプリング7の他端に当接する阻止部
9が,小ソケットである本体ソケット1の他端に設けられ,スプリング7を収納す
る収納部が,本体ソケット1の外側の切欠きと第2のソケット2の内側の切欠きと
スプリング7のストッパ10とスプリングの阻止部9とから形成される点。
(3)また,本件審決が相違点2についての判断に当たり引用発明に適用し得る
とした引用例2記載の事項(以下,本件審決が用いた略語に準じ,「引用例2事
項」という。)は,次のとおりである。
ソケットレンチ用ソケットにおいて,ソケット本体11の外周面には,筒状体1
2の内周面に対面し,かつばね部材14の他端側端部に当接する突起16が設けら
れ,ソケット本体11の外周面と筒状体12の内周面と筒状体12に設けられた突
起17とソケット本体11に設けられた突起16とによりばね部材14の収納部が
形成され,この収納部にばね部材14を収納すること。
4取消事由
(1)相違点1についての判断の誤り(取消事由1)
(2)相違点2についての判断の誤り(取消事由2)
(3)本願発明の進歩性についての判断の誤り(取消事由3)
ア本願発明の格別顕著な作用効果を看過した誤り
イ本願発明の商業的成功に準ずる事実を看過した誤り
第3当事者の主張
1取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,引用発明におけるストッパ10の形態,引用例2に記載された突起
17の形態等を勘案すると,引用発明において相違点1に係る本願発明の構成を採
用することは当業者が容易になし得たと判断したが,以下のとおり,この判断は誤
りである。
(1)引用例2記載の技術の引用発明への適用
引用例2の記載及び図示(1頁(明細書の頁数である。以下同じ。)14行∼2
頁13行,第2図∼第4図)によると,引用例2記載の技術は,フランジ付きのボ
ルト・ナットを締め付けるのに好適なソケットレンチ用ソケットに係る技術分野に
属するものであり,フランジ付きボルト・ナットが締付作業時に脱落しないソケッ
トレンチ用ソケットを提供することを課題とし,ソケットに結合した筒状体のパイ
プを昇降可能にするとの作用・機能を有するものであり,同引用例記載の筒状体は,
ボルト・ナットを締め付ける機能を持つソケットと全く関係のない部材(大ソケッ
トではなく,ソケットの外部露出を防ぐための部材)である。
これに対し,引用例1の記載及び図示(【0001】,【0002】,【000
6】∼【0008】,図1,図13)によると,引用発明は,2種類以上のソケッ
トを一体化したボルト用多段式ソケットに係る技術分野に属するものであり,3種
類以上のソケットを空回転しないようにして付加ソケットの瞬間変位を可能とする
よう結合することを課題とし,結合した径の異なる多種類のソケットを昇降可能に
し,各ソケットが径の異なる多種類のボルト・ナットを締め付けるとの作用・機能
を有するものである。
このように,引用例2記載の技術と引用発明とは,その属する技術分野(なお,
甲22の1∼15参照),課題及び作用・機能を異にするものであるから,相違点
1に係る本願発明の構成を採用するに当たり,引用例2記載の技術を引用発明に適
用することはできない。
(2)「スプリングの内側の阻止部」の形態
ア引用発明の「ストッパ10」(スプリングの内側の阻止部。以下「内側阻止
部」という。)は,大ソケット本体とは別の部材であって,幅が大ソケットの肉厚
を超える丸型の薄い鉄板のようなものであり,スプリングの収納部(以下「収納
部」という。)の内側後端部の壁に溶接等によって固定されるものである(引用例
1の図24,図28,図54)。
したがって,引用発明は,内側阻止部につき,これを大ソケット本体と別に造成
しなければならないこと,その幅が大ソケットの肉厚を超えるようにしなければな
らないことをそれぞれ示唆するものであるといえる。
なお,引用発明において,14㎜,17㎜,21㎜及び24㎜の4種類のソケッ
トを多段式のものとする場合,14㎜のソケットと21㎜のソケットの各肉厚は,
それぞれ1.5㎜しかないから,後記イのとおりの本願発明の突起部を形成するこ
とができない。
イこれに対し,本願発明においては,大ソケット自体の肉厚を減らして,そこ
に大ソケットの内周面と一体化された突起部を形成し,小ソケットを大ソケット内
に挿入する際,小ソケットが同突起部を通過することができるようにしており,突
起部の幅は,大ソケットの肉厚を超えるものではない(請求項1,本願図19,図
33,図36∼図38)。そして,本願発明は,このような突起部の後端部を内側
阻止部(阻止部(9))とする(相違点1に係る構成)とともに,突起部の先端部に
内側段差(内側段差(11))を設けることにより,同一の部材(突起部)に内側段差
の役割と内側阻止部の役割を兼ねさせるものである。
ウまた,引用例2記載の突起17は,筒状体の内周面にピンのような別体の物
を固定しただけ(なお,後記(3)参照)の単なる内側阻止部の役割を果たすにすぎ
ないものであって,本願発明の突起部とその構造を異にするものである(引用例2
の第2図)。
エそうすると,引用発明において,内側段差の役割と内側阻止部の役割を兼ね
る部材であり,大ソケットの肉厚を超えない幅を有する突起部を形成した上,同突
起部の後端部を内側阻止部とするとの構成を採用することは,当業者にとって想到
困難であったというべきである。
オ被告は,請求項1に,突起部と大ソケットとが一体のものであることについ
ての記載がないなどと主張するが,当業者は,本願発明のボルト用多段式ソケット
の製造において,大ソケットの内周面の中間部分に輪の形の物を溶接等により固定
する(そのようなことは不可能である。)のではなく,まず大ソケット全体を冷間
段造により形成した後,収納部に相当する部分を減らして突起部を形成するもので
あること,すなわち,突起部が大ソケットと一体のものであることを明確に認識す
ることができるから,被告の主張は理由がない。
また,被告は,請求項1に,突起部が内側段差の役割と内側阻止部の役割を兼ね
るものであることについての記載がないなどとも主張するが,「兼用」とは,「一
つのものを,二つ以上の物事にかね用いること。」を意味し(平成20年1月11
日発行の新村出編「広辞苑第六版」。甲30),これによると,請求項1の「前記
突起部の後端側にはスプリングの内側の阻止部(9)が前記突起部の先端側には内側
段差(11)が…設けられ」との記載は,1つの突起部が内側阻止部の役割と内側段差
の役割を兼用することを明確にしたものといえるから,被告の主張は失当である。
(3)内側阻止部の造成方法
引用発明は,最初に大ソケットの内周面と小ソケットの外周面との間に収納部を
造成した上,その後,溶接等により内側阻止部を固定して造成するというものであ
る(引用例1の図24,図54)。
また,引用例2記載の技術は,ソケット本体を筒状体内に挿入した後,内側阻止
部(突起17)を造成するというものである。仮に,同技術において,内側阻止部
が先に造成されるのであれば,ソケット本体を筒状体内に挿入する際,スプリング
の外側の阻止部(以下「外側阻止部」という。突起16)が内側阻止部に引っかか
ってしまうことになる(引用例2の第2図)から,同技術は明確に実施不能なもの
というべきであって,同引用例は,本件における引用刊行物から除外されるべきで
ある。
したがって,引用発明及び引用例2記載の技術は,内側段差の役割と内側阻止部
の役割を兼ねる部材である突起部を形成し得ないことを示唆するものであるといえ
る。
そうすると,引用発明に引用例2記載の技術を適用しても,内側段差の役割と内
側阻止部の役割を兼ねる部材である突起部を形成した上,同突起部の後端部を内側
阻止部とするとの構成を採用することは,当業者にとって想到困難であったという
べきである。
〔被告の主張〕
(1)本件審決の判断の当否
引用例1の図26,図27及び図29には,内側段差の部分から大ソケットの後
端側の突出した部分(収納部となる切り欠きの端部)にストッパが設けられた様子
が示されているところ,これによると,引用発明においては,大ソケットの内側段
差よりも後端側で,かつ,収納部となる切り欠きが始まる部分までの間(突出した
部分)の後端側にスプリングの内側阻止部であるストッパが設けられているという
ことができる。
また,引用例2の第2図には,筒状体の内周に設けられた突起17の一方の端面
がばねの端部の当接部となっている様子が示されているところ,引用例2記載の技
術を引用発明に適用することは,後記(2)アのとおり,当業者が容易に想到し得た
ものである。
そうすると,引用発明において相違点1に係る本願発明の構成を採用することは,
当業者が容易になし得たものであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(2)原告の主張に対する反論
ア引用例2記載の技術の引用発明への適用について
原告は,相違点1に係る本願発明の構成を採用するに当たり,引用例2記載の技
術を引用発明に適用することはできないと主張するが,引用発明と引用例2記載の
技術とは,ボルトをラチェットレンチ等で締め付けるためのソケットである点にお
いて共通し,また,両者は,直径が小さい本体ソケットの外側に本体ソケットより
も直径の大きい筒状体が配置され,かつ,本体ソケットと筒状体とが本体ソケット
の外側と筒状体の内側との間に収納されたスプリングにより軸方向に相対的に変位
可能である点においても共通するものであるから,原告の主張は理由がない。
イ内側阻止部の形態等について
(ア)原告は,引用発明のストッパ(内側阻止部)が大ソケットと別の部材であ
り,その幅が大ソケットの肉厚を超えるものであるのに対し,本願発明の内側阻止
部を構成する突起部は,大ソケット自体の肉厚を減らすことにより形成したもので
あって,両発明の各内側阻止部は,その形態を異にするなどと主張するが,請求項
1には,大ソケットの肉厚を減らして形成した部分が突起部であり,突起部と大ソ
ケットとが一体のものであることについての記載がないから,原告の主張は,特許
請求の範囲の記載に基づくものではない。
なお,本願図22をみると,本願発明の内側阻止部は,大ソケットの内側に最も
突出した部分であって,小ソケットの最外部より内側の部分にまで及んでいる点に
おいて,引用発明のストッパと同様のものである。
(イ)原告は,引用発明及び引用例2記載の技術が内側段差の役割と内側阻止部
の役割を兼ねる部材である突起部を形成し得ないことを示唆するものであるのに対
し,本願発明は,同一の部材(突起部)に2つの役割を兼ねさせるものであるなど
と主張するが,請求項1には,内側阻止部が設けられる位置(突起部の後端側)に
ついての記載があるのみであり,突起部が内側段差の役割と内側阻止部の役割を兼
ねるものであることについての記載はないから,原告の主張は,特許請求の範囲の
記載に基づくものではない。
なお,本願図23,図26等には,本願発明の実施例として,内側阻止部が内側
段差と別に設けられているものが示されている。
2取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,引用発明の外側阻止部及び収納部につき,引用例2事項を適用する
ことにより,相違点2に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得た
と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
(1)引用例2事項の引用発明への適用
引用例2事項を含め,引用例2記載の技術を引用発明に適用することができない
ことは,取消事由1に係る主張(1)のとおりである。
(2)外側阻止部に係る構成
引用発明の外側阻止部(阻止部9)が,スプリングをソケットの上部から下部に
向けて挿入した上,スプリングが離脱しないように,最後にスプリングの後尾部に
固定するものである(引用例1の図57,図58)のに対し,引用例2事項にいう
突起16(外側阻止部)は,小ソケット(ソケット本体11)の外周面から突出し
た状態で最初から形成されているものであり,筒状体12に小ソケットを挿入する
ことにより形成された収納部に,スプリングを小ソケットの下部から上部に向けて
挿入した上,スプリングが離脱しないように,突起17(内側阻止部)を最後に固
定するというものであるから,引用発明に引用例2事項を適用することはできない。
また,引用例2事項にいう突起16(外側阻止部)がソケットと一体化されたも
の(引用例2の第2図)であるのに対し,本願発明の外側阻止部は,本体ソケット
とは別に構成されたもの(本願図9,図41)であって,両者は,その構造を異に
するものである。
この点に関し,被告は,止メ輪を用いれば,突起や阻止部を後から形成すること
が可能であると主張するが,引用例2事項にいう突起16を止メ輪を用いて形成す
ることは,止メ輪が筒状体の内周面に設けられた内側段差の役割を果たす突起18
を通過しなければならない(引用例2の第2図)ことに照らし,不可能であるから,
被告の主張は理由がない。仮に,引用例2事項にいう突起16が本願発明の外側阻
止部のように止メ輪であるならば,引用例2記載の技術は明確に実施不能なものと
いうべきであって,同引用例は,本件における引用刊行物から除外されるべきであ
る。
したがって,相違点2のうちの外側阻止部に係る本願発明の構成を採用すること
は,当業者にとって想到困難であったというべきである。
(3)収納部に係る構成
引用発明の収納部(収納部8)が,小ソケット(本体ソケット1)の外周面と大
ソケット(第2のソケット2)の内周面との間に,両ソケットの肉厚を超えない範
囲で形成されている(引用例1の図9,図15)のに対し,引用例2事項にいう収
納部は,小ソケットの外周面から突出した状態で,小ソケットや筒状体とは別の空
間を成すものである(引用例2の第2図)から,引用発明に引用例2事項を適用す
ることはできない。
また,本願発明の収納部は,ソケット本体の周面の一部を減らして形成したもの
であるから,引用例2事項にいう収納部とその構造を異にするものである。
したがって,相違点2のうちの収納部に係る本願発明の構成を採用することは,
当業者にとって想到困難であったというべきである。
〔被告の主張〕
(1)本件審決の判断の当否
引用発明に引用例2事項を適用することが当業者において容易に想到し得たもの
であることは,取消事由1に係る主張(1)及び(2)アのとおりである。
そうすると,引用発明に引用例2事項を適用し,相違点2に係る本願発明の構成
を採用することは,当業者が容易になし得たものであり,これと同旨の本件審決の
判断に誤りはない。
(2)原告の主張に対する反論
原告は,引用発明及び引用例2事項にいう各外側阻止部の組立順序の相違を根拠
に,引用発明に引用例2事項を適用することはできず,したがって,相違点2のう
ちの外側阻止部に係る本願発明の構成を採用することが当業者にとって想到困難で
あったと主張するが,本件審決が引用発明に適用したのは,引用例2事項として認
定した構造自体であって,組立順序ではないから,原告の主張は理由がない。
また,請求項1には,外側阻止部の組立順序についての記載はないのであるから,
原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,この点においても失
当である。
なお,筒状の部材の内周や外周に形成された周溝にはめ込む止メ輪は,従来周知
の事項(昭和53年11月1日発行の日本規格協会編「JIS用語辞典Ⅱ機械
編」(乙1)参照)であり,筒状の部材の内周面や外周面に突起やスプリングの阻
止部を形成する場合,止メ輪を用いれば,突起等を後から形成することが可能であ
るから,引用例2事項を引用発明に適用するに際し,組立上の支障はない。
3取消事由3(本願発明の進歩性についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本願発明の作用効果
本件審決は,本願発明が奏する作用効果が格別顕著なものではないと判断したが,
本願発明は,以下のとおりの格別顕著な作用効果を奏するものであるから,この判
断は誤りである。
ア最外部に位置する収納部
引用発明は,最外部に位置する収納部(以下「最外収納部」という。)として,
ボルト挿入部の後部の小ソケットの外側円周面と大ソケットの内側円周面に,細く
て長い切り欠きの溝を複数形成するものである(引用例1の図9,図48,図52,
図53,図56,図59,図60)ところ,ボルト用ソケットは,一般に,特殊な
冷間段造の技術を利用して製造されるので,最初の段階で切り欠きの部分を造成す
ることができず,製造原価が上昇するとともに,最外収納部が,隣り合うソケット
の厚さ(ソケットの強度を確保するために必要な厚さ)の大部分を占めてしまうた
め,ソケットの強度が低下することとなる。
これに対し,本願発明は,最外収納部を,大ソケットのボルト挿入部の内側の後
端部に設けた突起部を境界にして,同突起部の後部の円周面全体に形成するもので
ある(本願図19,図44)ため,最外収納部の構造が単純化され,製造原価が低
下するとともに,最外収納部に面した大ソケットの厚さが大ソケットの基本的な厚
さとほぼ同じに形成されるため,強度の確保を十分に図ることができるものである。
イ中間部に位置する収納部
引用発明は,ソケットの外周面と内周面に,細くて長い複数のスプリング(内周
面に2つ,外周面に2つ)を軸方向に収納するように,中間部に位置する収納部
(以下「中間収納部」という。)を形成するものである(引用例1の図8,図21,
図24,図25)ため,前記(1)と同様,製造原価が上昇するとともに,中間収納
部の厚さとして,最低,スプリングの直径を超える程度の厚さが必要とされ,その
ような厚さを確保しながら3種類以上のソケットを一体化すると,中間ソケットの
厚さが必要以上に厚くなり,隣り合うソケットの径が大きくなるため,径の異なる
3種類以上のソケットを一体化するとの目的を達成することができない。
これに対し,本願発明の中間収納部の厚さは,スプリングの線径を超える程度で
あれば十分である(本願図13,図16,図22)ため,ソケットの強度を確保し
つつ,構造を単純化して製造原価を低下させることができるものである。
ウ最内部に位置する収納部
引用発明は,本体ソケットの外周面と第2のソケットの内周面に,最内部に位置
する収納部(以下「最内収納部」という。)を形成するものであり,第2のソケッ
トには,最低,内周面に2つ及び外周面に2つの収納部が形成され,特に,本体ソ
ケットに形成される最内収納部は,最も強度を必要とする装着部に軸方向に切り欠
きを設けることにより,ソケットの強度を低下させるものである(引用例1の図9,
図41,図44,図45,図48,図51,図52)。したがって,上記アと同様,
引用発明の最内収納部は,その構造が複雑になって製造原価を上昇させるとともに,
ソケットの強度を低下させることとなる。
これに対し,本願発明は,最内収納部を第2のソケットの内周面全体に設けるも
のである(本願図38,図44)ため,その構造を単純化して製造原価を低下させ
るとともに,ソケットの強度を確保することができるものである。
エ内側阻止部
引用発明は,収納部の内側の壁に半円形の突出部(ストッパ10)を設け,これ
が内側阻止部の役割を果たすものである(引用例1の図22,図24,図30,図
31,図53,図56)ところ,そのような突出部を設けるのは困難であり,製造
原価を上昇させるとともに,同突出部(内側阻止部)は,収納部の壁と底面にぎり
ぎりに設けられるため,ボルトの締結・解体の際に,回転力による反動によって外
れてしまうなどの構造的欠陥を有するものである。
これに対し,本願発明は,ボルト挿入部の内側の後端部に設けられた突起部を基
準にして,同突起部の後端部を内側阻止部とし,同突起部が内側段差の役割と内側
阻止部の役割を兼ねるようにしたものである(本願図19,図29,図41)ため,
内側阻止部を形成することが極めて容易になり,製造原価を大幅に低下させること
ができるとともに,内側阻止部が本体ソケットと完全に一体化されるため,ボルト
の締結・解体の際に,回転力による反動・振動の影響を全く受けないものである。
オ外側阻止部
引用発明の外側阻止部は,長くて細いピンのような形態の部材を溶接等により固
定するものである(引用例1の図35,図46,図57)ため,これを部分的にソ
ケットに固定するのは,極めて困難であり,製造原価を上昇させるものであるとと
もに,ボルトの締結・解体の際に,回転力による反動によって外れてしまうなどの
構造的欠陥を有するものである。
これに対し,本願発明の外側阻止部は,弾性を有する輪のような形態の部材であ
り,小ソケットの外周面には,外側阻止部と一致させるように横方向に溝(凹部分
(26))が形成されている(本願図9,図37,図41,図44)ため,外側阻止部
の結合が容易になるとともに,ボルトの締結・解体の際に,回転力による反動・振
動の影響を全く受けないものである。
カ被告の主張に対する反論
(ア)被告は,最外収納部,中間収納部及び最内収納部に係る本願発明の作用効
果が引用例2に記載された事項から予測可能であると主張するが,同引用例に記載
された収納部及び突起17の構造と本願発明の収納部及び突起部の構造との各相違
に照らすと,そのようにいうことはできない。
(イ)被告は,請求項1に,突起部が大ソケットと一体のものであることについ
ての記載がないと主張するが,これに対する反論は,取消事由1に係る主張(2)オ
のとおりである。
(ウ)被告は,請求項1に,外側阻止部が弾性を有する輪のような形態の部材で
あることについての記載がないなどとも主張するが,本願明細書の【0008】の
記載並びに本願図9及び図44を参酌すると,本願発明の外側阻止部は,輪の形態
の部材から成るものと明確に解釈することができる。
(2)本願発明の商業的成功に準ずる事実
本願発明については,以下のとおりの商業的成功に準ずる事実があるにもかかわ
らず,本件審決は,これを参酌することができないとして本願発明の進歩性を否定
したものであるから,この判断は誤りである。
ア当業者が引用発明に基づき本願発明に至ることができなかったこと
原告は,多数にわたるソケット製造会社等に対して引用発明を紹介し,また,同
発明は,専門紙等に掲載されるなどして全国に紹介されたが,数か月たっても,同
発明に基づいて本願発明に至ることができた者は,皆無であった。
イ本願発明に係るライセンス契約の締結等
本願発明については,原告とソケット製造会社等2社との間で,ライセンス契約
を現に締結し,又は締結する段階に至っているところ,これらの成果は,本願発明
の特徴のみに基づくものである。
〔被告の主張〕
(1)本願発明の作用効果
ア本件審決の判断の当否
原告が主張する本願発明の作用効果のうち,最外収納部,中間収納部及び最内収
納部に係る製造原価の低下及びソケットの強度の確保の点は,引用例2に記載され
た事項から予測可能なものであるし,内側阻止部及び外側阻止部に係る形成・結合
の容易化及び回転力による影響の回避の点は,引用発明から予測可能なものである
から,これらを理由に,本願発明の作用効果が格別顕著なものとはいえないとした
本件審決の判断に誤りはない。
イ原告のその余の主張に対する反論
原告は,本願発明の内側阻止部に関し,本体ソケットと内側阻止部とが完全に一
体化されることを根拠として,また,外側阻止部に関し,弾性を有する輪のような
形態の部材であり,小ソケットの外周面に外側阻止部と一致させるように溝が形成
されていることを根拠として,本願発明が格別顕著な作用効果を奏すると主張する
が,請求項1には,内側阻止部を構成する突起部が大ソケットと一体のものである
ことについての記載はないし,また,外側阻止部が弾性を有する輪のような形態の
部材であることや,小ソケットの外周面に溝が形成されていることについての記載
もないのであるから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであ
る。
(2)本願発明の商業的成功に準ずる事実
ライセンス契約の締結等は,本願発明が進歩性を有することに直ちに結び付くも
のではないし,ソケット製造会社等が本願発明に至ることができなかったのは,引
用発明をそのまま実施しようとしたからにすぎない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)本願発明の突起部及び内側阻止部の形状,構造,機能等
ア請求項1の記載
請求項1には,本願発明の突起部及び内側阻止部(阻止部(9))に関し,①大ソ
ケット(隣り合うソケットのうちの大きい方)のボルト挿入部の内側の後端部に突
起部が設けられること,②突起部の後端側に内側阻止部が設けられること,③突起
部の先端側に内側段差が設けられること,④内側阻止部が,小ソケット(隣り合う
ソケットのうちの小さい方)の外周面,大ソケットの内周面及び外側阻止部と共に
収納部を形成することについての記載がみられるのみであり,これ以上に,突起部
及び内側阻止部の形状,構造,機能等を特定する記載はない。
イ発明の詳細な説明の記載等
本願明細書の発明の詳細な説明及びこれが引用する本願図面には,次の記載及び
図示がある。
(ア)発明の詳細な説明
a【0007】…図1∼図29までは5種類のソケットを一体化した場合の実
施例,図30∼図34までは4種類のソケットを一体化した場合の実施例,図35
∼図40までは3種類のソケットを一体化した場合の実施例,図41∼図43まで
は2種類のソケットを一体化した場合の実施例である。
【0008】…図7∼図8は本体ソケットを示す図面で,…下方向になる左側部の
外側にはソケットとソケットの間の一定間隔を維持する為の外側段差10が形成さ
れて…いる。…図10∼図12までは2番目のソケットを示す図面で,左側部には
外側段差10が,その段差10のすぐ横には本体のソケットの外側の円周6に入れ
たスプリングを作動する為の阻止部9を固定する為の穴23が…形成されている。
又ソケットの左側部に形成されている穴23の内側の左側端には内側段差11が設
けている。図13∼図15までは3番目のソケットを示す図面で,ソケットの左側
部の外側に段差10が…形成されている。又,ソケットの内側の左側部には段差1
1,外側段差10のすぐ横にはスプリングの内側の阻止部9が形成されている。図
16∼図18までは4番目のソケットを示す図面でその構造は2番目のソケットと
同一である。図19∼図21までは5番目の補助ソケットを示す図面なので,内側
には段差11とスプリングの阻止部9が形成されている。図22は本体ソケットと
2番目の補助ソケットの間に形成したスプリングの収納部を拡大した図面で2番目
の補助ソケットの中に入れた本体ソケットが,補助ソケットの内側段差11によっ
て結合されて,また2番目のソケットに設けた穴23にねじ等で固定した内側のス
プリング阻止部9,外側のスプリング阻止部8によってスプリングが収納され,そ
のスプリングの弾性力によって両ソケットが一定間隔を維持されるようになってい
る。…図24,図25は2番目のソケットと3番目のソケットの間に形成したスプ
リングの収納部を拡大した図面で3番目のソケットの内側円周と外側円周にスプリ
ングの収納部6を形成して4番目のソケットのスプリング収納部を造成する為の構
造でソケットの内側に設けたスプリングの収納部は内部の左側端の壁9がスプリン
グ阻止部の役割をするので,図22のように別にスプリングの阻止部9を形成する
必要はないのである。図26は本体ソケットに2番目のソケットを結合することを
示す図面で,…(2)は穴23に阻止部9をねじ締めなどで固定する。…図28は結
合された3種類のソケットに4番目のソケットを結合する図面で,…(2)は穴23
にスプリングの阻止部9をねじ締めなどで固定する。…
【0009】…図30∼図32までは3番目のソケットを示す図面でソケットの左
側部の外側に段差10が…形成されている。又,ソケットの内側の左側部には段差
11,段差11の反対側の壁にはスプリングの内側の阻止部9が形成されている。

【0010】…図35は本体のソケットの正面図で外側の左側部には外側段差10
が…形成されている。…
bなお,発明の詳細な説明には,突起部について直接言及した記載はみられな
い。
(イ)本願図面
a本願図19,図24,図43等には,大ソケットを正面内部視又は縦断面視
した場合,同ソケットの内周面を表す直線状の線が,①下部(ボルト挿入部入口
側)から上部に向けて鉛直方向に形成され,②ボルト挿入部の後端部において,水
平方向に折れ曲がってわずかながら小ソケット側に向かい,続いて,鉛直方向に折
れ曲がって若干上部に向かい,更に続いて,水平方向に折れ曲がって①の内周面を
表す線よりも外周面側に達するように形成され,③その上の部分からは,鉛直方向
に折れ曲がって上部に向かうように形成されている様子が示されている。そして,
②の3つの線によって,大ソケットの内周面から小ソケット側に突出するような部
分が形成される様子が示され,これらの図面においては,当該部分の下端部の水平
方向の線が内側段差と指称され,上端部の水平方向の線が内側阻止部と指称されて
いる。
他方,本願図23,図26等には,大ソケットを縦断面視した場合,同ソケット
の内周面を表す直線状の線が,○下部(ボルト挿入部入口側)から上部に向けて鉛A
直方向に形成され,○ボルト挿入部の後端部において,水平方向に折れ曲がってわB
ずかながら小ソケット側に向かい,続いて,鉛直方向に折れ曲がってそのまま上部
に向かうように形成されるとともに,その上部に向かう線が,ボルト挿入部の後端
部から若干上部に存在する穴のために,その部分において連続していない様子が示
され,また,○その穴に大ソケットの内周面から小ソケット側に突出するような別C
の部材がはめ込まれている様子が示されており,これらの図面においては,○の水B
平方向の線が内側段差と指称され,○の部材が内側阻止部と指称されている。C
また,本願図28,図33,図34等には,上記2つの態様の内周面等を有する
大ソケットが併用される様子が示されている。
b本願図22,図24,図39等には,小ソケットの外周面に設けられた外側
段差と大ソケットの内周面に設けられた内側段差とが係合し,両ソケットの相対的
な位置関係として,小ソケットが所定の位置よりも上部に移動することができない
様子が示されている。
cなお,本願図面には,突起部がどの部分を指すのかについての図示はない。
(ウ)上記のとおり,発明の詳細な説明には,突起部について直接言及した記載
はみられず,本願図面にも,突起部がどの部分を指すのかについての図示はないと
ころ,請求項1の記載(前記ア)によると,突起部は,大ソケットのボルト挿入部
の内側の後端部に設けられ,突起部の後端側及び先端側にそれぞれ内側阻止部及び
内側段差が設けられるというのであるから,発明の詳細な説明及び本願図面におい
ても,大ソケットの内側(内周面側)のボルト挿入部の後端部に設けられ,かつ,
内側阻止部と内側段差との間にある部分が突起部を指すものということができる。
そして,上記の発明の詳細な説明及び本願図面の記載及び図示によると,突起部
は,ボルト挿入部の後端部において大ソケットの内周面から小ソケット側に突出し
た部分であり,その下端部は,大ソケットに対する小ソケットの相対位置の上限を
画するため,同ソケットの外側段差と係合する内側段差として機能するものである
が,突起部の上端部については,そのまま内側阻止部として機能するものもあれば,
そうでないもの(その場合には,突起部の上部付近に設けられた別の部材が内側阻
止部として機能する。)もあるということができる。
同様に,内側阻止部については,突起部の上端部そのものを意味する場合もあれ
ば,突起部の上部付近に設けられた別の部材を意味する場合もあるということにな
る。
ウそうすると,本願発明の突起部及び内側阻止部については,請求項1の記載
からは,前記アの①ないし④以上の内容を有するものと解することはできず,仮に,
本願明細書の発明の詳細な説明及びこれが引用する本願図面の記載及び図示を参酌
したとしても,突起部の下端部が小ソケットの外側段差と係合する内側段差として
機能するものであると解されるにとどまり,突起部の上端部自体が常に内側阻止部
として機能するものと解することはできないというべきである。
(2)引用発明の突出した部分及び内側阻止部(ストッパ10)の形状,構造,
機能等
ア引用例1の記載及び図示
引用例1には,次の記載及び図示がある。
(ア)【0008】本発明は,…具体的には小ソケットの外側に段差11を,大
ソケットの内側に段差12を形成して大ソケットの中に後尾から入れた小ソケット
が順番に一定間隔を維持出来るようにすること,ソケットの外側と内側にスプリン
グの収納部を形成して,収納部の内側にはスプリングが外されないようにスプリン
グのストッパ10を…溶接などで固定することで一体化した多段ソケット…である。

【0011】まず,本体ソケット…の外側には,次の中間ソケットの中に本体ソケ
ットを入れた時,中間ソケットの内側に形成した段差12に引っかかって,本体ソ
ケットと中間ソケットが一定間隔を維持させる為の段差11…を,中間ソケット…
には小ソケットと大ソケットの間に一定間隔を維持させる為の段差11を外側に…
形成,またスプリングのストッパ10を収納部の内側に形成することである。一体
化したソケットの中で,一番大きいソケット…には…内側に一体化したソケットが
一定間隔を維持する為の段差12を,…スプリングのストッパ10を形成して,本
体ソケットを2番目のソケットの中に入れる順で組立する…。
【0013】…最後のソケットには内側の段差12,…スプリングのストッパ10
…を形成して…順に入れて最後に…阻止部を固定して完成するのである。…
(イ)引用例1の図14,図27,図56等には,大ソケット(隣り合うソケッ
トのうちの大きい方である第2のソケット)を縦断面視した場合,同ソケットの内
周面を表す直線状の線が,①下部(ボルト挿入部入口側)から上部に向けて鉛直方
向に形成され,②ボルト挿入部の後端部において,水平方向に折れ曲がってわずか
ながら小ソケット(隣り合うソケットのうちの小さい方である本体ソケット)側に
向かい,続いて,鉛直方向に折れ曲がってしばらく上部に向かい,更に続いて,水
平方向に折れ曲がって①の内周面を表す線よりも外周面側に達するように形成され,
③その上の部分からは,鉛直方向に折れ曲がって上部に向かうように形成されてい
る様子が示されている。そして,②の3つの線によって,大ソケットの内周面から
小ソケット側に突出するような部分が形成される様子が示され,これらの図面にお
いては,当該部分の下端部の水平方向の線が内側段差と指称されている。また,④
これらの図面には,②の3つの線によって形成される部分の上部面又は上部側面に
別の部材であるストッパが当接して設けられ,ストッパが大ソケットの内周面から
小ソケット側に突出する様子が示されている。
(ウ)引用例1の図14,図40等には,小ソケットの外周面に設けられた外側
段差と大ソケットの内周面に設けられた内側段差とが係合し,両ソケットの相対的
な位置関係として,小ソケットが所定の位置よりも上部に移動することができない
様子が示されている。
(エ)なお,引用例1には,上記(イ)②の突出するような部分の長さ(高さ)や,
その決定に影響を与える要因等についての記載はみられない。
イ本件審決は,引用発明について,前記第2の3(2)アのとおり,「…該ボル
ト挿入部に対応する第2のソケット2の内側壁の後端部には突出した部分が設けら
れ,該突出した部分の先端側には内側段差12が設けられ,該内側段差12よりも
他端側には…ストッパ10が設けられ…」と認定したもの(なお,原告も,引用発
明に係る本件審決の認定を特に争うものではない。)であるところ,その内容に照
らし,前記ア(イ)の②の3つの線によって形成され,大ソケットの内周面から小ソ
ケット側に突出するような部分が引用発明にいう突出した部分であると認められる。
そして,上記の引用例1の記載及び図示によると,引用発明の突出した部分は,
ボルト挿入部の後端部において大ソケットの内周面から小ソケット側に突出した部
分であり,その下端部は,大ソケットに対する小ソケットの相対位置の上限を画す
るため,同ソケットの外側段差と係合する内側段差として機能するものであるが,
突出した部分の上端部は,そのままでは内側阻止部として機能するものではなく,
また,引用発明の内側阻止部は,突出した部分の上部面又は上部側面に当接して設
けられた別の部材であるストッパを指すものということができる。
(3)本件審決の判断の当否
ア相違点1のうち突起部に係る部分について
(ア)前記(1)及び(2)において認定説示したとおり,本願発明の突起部自体は,
請求項1の記載によると,大ソケットのボルト挿入部の後端部に設けられたもので
あり,また,仮に,本願明細書の発明の詳細な説明及びこれが引用する本願図面を
参酌したとしても,本願発明の突起部自体は,以上に加え,大ソケットの内周面か
ら小ソケット側に突出した部分であり,その下端部が小ソケットの外側段差と係合
する内側段差として機能するものであると解されるにすぎないのに対し,引用発明
の突出した部分自体についても,大ソケットのボルト挿入部の後端部に設けられ,
大ソケットの内周面から小ソケット側に突出したものであり,その下端部が小ソケ
ットの外側段差と係合する内側段差として機能するものであるから,結局,両者は,
それ自体の発明の構成としては,実質的に相違するものではないというべきである。
(イ)もっとも,前掲の本願図面に示された突起部と引用例1の図面に示された
突出した部分とを比較すると,引用発明の突出した部分の方が本願発明の突起部よ
りも長さ(高さ)が大きいように見受けられ,本件審決も,この点を両発明の相違
点として認定したものと解される。
しかしながら,前記(2)ア(エ)のとおり,引用例1には,引用発明の突出した部
分の長さや,その決定に影響を与える要因等についての記載はみられないというの
であるから,引用発明の突出した部分の長さを短くして本願発明の突起部のように
形成することは,多段式ソケット全体の大きさ,ボルト挿入部の長さ(高さ),収
納部の長さ(高さ)等を勘案し,当業者が適宜選択することのできる設計的事項に
すぎないというべきである。したがって,本願発明の突起部と引用発明の突出した
部分とが発明の構成として実質的に相違するものであったとしても,引用発明の突
出した部分に代えてこれを本願発明の突起部とすることは,本件優先日当時の当業
者が引用発明に基づき容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
イ相違点1のうち内側阻止部の設置位置に係る部分について
(ア)前記(1)及び(2)において認定説示したとおり,本願発明の内側阻止部(ス
プリングの内側の阻止部)の設置位置については,請求項1の記載によると,突起
部の後端側であり,また,仮に,本願明細書の発明の詳細な説明及びこれが引用す
る本願図面を参酌したとしても,突起部の上端部自体が常に内側阻止部であると解
することはできず,突起部の上部付近に設けられた別の部材が内側阻止部である場
合もあるというのに対し,引用発明の内側阻止部(ストッパ10)の設置位置につ
いては,突出した部分の先端側に設けられた内側段差からみて他端側であり,具体
的には,突出した部分の上部面又は上部側面に当接して設けられるというのである
から,本件審決が認定した相違点1のうち内側阻止部の設置位置に係る部分(本願
発明につき「突起部の後端側」,引用発明につき「内側段差よりも他端側」)は,
実質的には,両発明の相違点ではないというべきである。
(イ)仮に,本件審決が認定した引用発明の文言に拘泥し,内側阻止部の設置位
置に係る本願発明の「突起部の後端側」と引用発明の「内側段差よりも他端側」と
が相違するとしても,前記(2)のとおり,引用発明のストッパを突出した部分の上
部面又は上部側面に当接させて形成することについては,引用例1に明示の開示が
あるのであるから,内側阻止部の設置位置につき,引用発明の「内側段差よりも他
端側」に代えて,これを本願発明の「突起部の後端側」とすることは,本件優先日
当時の当業者が引用発明に基づき容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
ウ以上のとおりであるから,相違点1に係る本願発明の構成を採用することが
本件優先日当時の当業者において容易になし得たものとした本件審決の判断は,少
なくとも結論において相当というべきである。
(4)原告の主張の当否
ア原告の主張のうち,引用例2記載の技術を引用発明に適用することができな
いことなどを理由とするものは,前記(3)において説示したところに照らし,いず
れも,相違点1についての本件審決の判断が相当であるとの前記結論を左右するも
のではない。
イ原告の主張のうち,本願発明の突起部がそれ自体として内側阻止部の役割を
果たすことを前提とするものは,前記(1)において認定説示したところに照らし,
その前提を欠くものとして,失当である。
ウ原告は,本願発明の大ソケットと突起部とが一体化されたものであると主張
し,これは,同発明の大ソケットと突起部とが一体成形されたものであるとの趣旨
の主張であると解されるところ,前記(1)のとおり,請求項1には,同発明の大ソ
ケットと突起部とが一体成形されたものであるとの記載はなく,本願明細書の発明
の詳細な説明にも,突起部についての直接の言及はみられないのであるから,原告
の主張を採用することはできないというべきである。
この点に関し,原告は,当業者であれば,本願発明の大ソケットと突起部とが一
体成形されたものであると明確に認識すると主張するが,前記(1)及び(2)において
認定したとおり,突起部そのものではないにしても,引用発明においては,大ソケ
ットとは別の部材であるストッパが溶接等により同ソケットの内周面に固定されて
いるのであるし,本願発明においても,大ソケットに穴を設けた上,同ソケットと
は別の部材である内側阻止部を穴を通してねじ等により同ソケットに固定する場合
があるというのであるから,本件優先日当時の当業者において,本願発明の大ソケ
ットと突起部とが一体成形されたものであると明確に認識するとまでいうことはで
きない。
エ原告は,本願発明の突起部が大ソケットの肉厚を減らして形成したものであ
ると主張するが,前記(2)において認定したところによると,引用例1には,引用
発明の突出した部分も大ソケットの肉厚を薄くすることにより形成したとの開示が
あるものと認められるから,原告の主張は,相違点1に係る本願発明の構成の想到
困難性を根拠付けるものとはいえない。
オ原告は,本願発明の突起部の幅が大ソケットの肉厚を超えるものではないと
主張するが,請求項1には,そのことについての記載はないし,また,引用例1の
記載及び図示をみても,引用発明の突出した部分の幅が大ソケット(突出した部分
より上部にある部分を含む。)の肉厚を超えるとまでいうことはできない(引用例
1の図39等)から,原告の主張は,相違点1に係る本願発明の構成の想到困難性
を根拠付けるものではない。
(5)小括
したがって,取消事由1は理由がない。
2取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1)相違点2のうち外側阻止部の設置位置等に係る部分の容易想到性
ア相違点2の内容
本件審決が認定した相違点2のうち外側阻止部の設置位置等に係る部分は,前記
第2の3(2)ウ(イ)のとおり,本願発明の外側阻止部(阻止部(8))が,小ソケット
の後部の外周面に,大ソケットの内周面に対面して設けられるのに対し,引用発明
の外側阻止部(阻止部9)は,小ソケットの他端に設けられるというものである。
そして,本件審決が認定した引用発明(前記第2の3(2)ア)によると,引用発
明の外側阻止部は,スプリングの両端のうち内側阻止部(ストッパ10)と当接す
る側と反対の側の端部に当接するように設けられるのであるから,結局,引用発明
の外側阻止部が設けられる「小ソケットの他端」とは,小ソケットの後部の他端
(ボルト挿入部と反対の側)をいうものと認められる。
イ引用例1の図示
引用例1の図40等には,外側阻止部が,小ソケットの後部の他端の外周面に,
大ソケットの内周面に対面して設けられている様子が示されている。
ウ容易想到性
以上によると,相違点2のうち外側阻止部の設置位置等に係る本願発明の構成は,
引用例1にも開示されているということができるから,外側阻止部の設置位置等に
つき,引用発明の「小ソケットの他端」に設けることに代えて,これを本願発明の
「小ソケットの後部の外周面に…大ソケットの内周面に対面」して設けるようにす
ることは,本件優先日当時の当業者が引用発明に基づき容易に想到し得たものと認
められる。
(2)相違点2のうち収納部を形成する部材に係る部分の容易想到性等
ア本願発明の収納部を形成する部材
(ア)請求項1の記載
請求項1には,本願発明の収納部を形成する部材として,小ソケットの外周面,
大ソケットの内周面,内側阻止部及び外側阻止部が記載されるのみであり,収納部
を形成する小ソケットの外周面及び大ソケットの内周面につき,その部分のソケッ
トの肉厚が他の部分の肉厚を下回らないものに限定される趣旨の記載はない。
(イ)発明の詳細な説明の記載等
本願明細書の発明の詳細な説明及びこれが引用する本願図面には,次の記載及び
図示がある。
a発明の詳細な説明
【0007】…図1∼図29までは5種類のソケットを一体化した場合の実施例,
図30∼図34までは4種類のソケットを一体化した場合の実施例,図35∼図4
0までは3種類のソケットを一体化した場合の実施例,図41∼図43までは2種
類のソケットを一体化した場合の実施例である。
【0008】…図7∼図8は本体ソケットを示す図面で,…そのソケットの外側の
円周の中央部にはスプリングの収納部6が形成されている。…図13∼図15まで
は3番目のソケットを示す図面で,…ソケットの中央部の内側と外側の円周にスプ
リングの収納部6が形成されている。…図22は本体ソケットと2番目の補助ソケ
ットの間に形成したスプリングの収納部を拡大した図面で…2番目のソケットに…
固定した内側のスプリング阻止部9,外側のスプリング阻止部8によってスプリン
グが収納され…る。…図24,図25は2番目のソケットと3番目のソケットの間
に形成したスプリングの収納部を拡大した図面で3番目のソケットの内側円周と外
側円周にスプリングの収納部6を形成して4番目のソケットのスプリング収納部を
造成する為の構造で…ある。…
【0009】…図30∼図32までは3番目のソケットを示す図面で…ソケットの
中央部の内側の円周にスプリングの収納部6が形成されている。…
b本願図面
本願図1等には,収納部が,小ソケットの下部の外周面よりも内周面側に後退し
た同ソケットの外周面(以下「小ソケットの後退外周面」という。)と,外周面側
への後退がみられない大ソケットの内周面(以下「大ソケットの通常内周面」とい
い,そのような後退がみられる同ソケットの内周面を「大ソケットの後退内周面」
という。)とに挟まれている様子が,図26等には,小ソケットの後退外周面が形
成される様子がそれぞれ示されている。
他方,本願図42等には,収納部が小ソケットの後退外周面と大ソケットの後退
内周面とに挟まれている様子が,図33等には,大ソケットの後退内周面が形成さ
れる様子がそれぞれ示されている。
さらに,本願図28等には,小ソケットの後退外周面と大ソケットの通常内周面
とに挟まれた収納部及び小ソケットの後退外周面と大ソケットの後退内周面とに挟
まれた収納部が併用される様子が,図24等には,小ソケットと大ソケットを兼ね
るソケット(中間のソケット)につき,小ソケットの後退外周面と大ソケットの後
退内周面とが形成される様子がそれぞれ示されている。
c上記の発明の詳細な説明及び本願図面の記載及び図示によると,本願発明の
収納部は,小ソケットの後退外周面と大ソケットの通常内周面とにより形成される
場合もあるが,小ソケットの後退外周面と大ソケットの後退内周面とにより形成さ
れる場合もあり,また,両者が併用されることもあるということができる。
(ウ)そうすると,本願発明の収納部を形成する小ソケットの外周面及び大ソケ
ットの内周面については,請求項1の記載からは,その部分のソケットの肉厚が他
の部分の肉厚を下回らないものに限定されると解することはできず,仮に,本願明
細書の発明の詳細な説明及びこれが引用する本願図面の記載及び図示を参酌したと
しても,そのように限定して解釈することはできないというべきである。
イ実質的な相違の有無
本件審決が認定した相違点2のうち収納部を形成する部材に係る部分は,前記第
2の3(2)ウ(イ)のとおり,収納部を形成する部材が,本願発明は小ソケットの外
周面,大ソケットの内周面,内側阻止部及び外側阻止部であるのに対し,引用発明
は小ソケット(本体ソケット)の外側の切り欠き,大ソケット(第2のソケット)
の内側の切り欠き,内側阻止部及び外側阻止部であるという点である。
そして,引用発明の収納部を形成する小ソケットの外側の切り欠きが小ソケット
の外周面に,大ソケットの内側の切り欠きが大ソケットの内周面にそれぞれ該当す
ることは明らかであるところ,前記アのとおり,本願発明の収納部を形成する小ソ
ケットの外周面及び大ソケットの内周面につき,その部分の肉厚が他の部分の肉厚
を下回らないもの,すなわち,切り欠きのないものに限定して解釈することはでき
ないのであるから,結局,両発明の各収納部を形成する部材は,発明の構成として
は,実質的に相違するものではないというべきである。
ウ容易想到性
もっとも,前掲の本願図面に示された収納部を形成する小ソケットの外周面及び
大ソケットの内周面のその部分における肉厚と引用例1の図14等に示されたそれ
らの部分における肉厚とを比較すると,引用発明に係る当該肉厚の方が小さいよう
に見受けられ,本件審決も,この点を両発明の相違点として認定したものと解され
る。
しかしながら,両者の相違は,程度の問題であって,隣り合うソケットの大きさ
の違い,収納するスプリングの大きさ,ソケットの強度等を勘案し,当業者が適宜
選択することのできる設計的事項にすぎないというべきである。したがって,本願
発明の収納部を構成する小ソケットの外周面及び大ソケットの内周面と引用発明の
収納部を構成する小ソケットの外側の切り欠き及び大ソケットの内側の切り欠きと
が発明の構成として実質的に相違するものであったとしても,引用発明の小ソケッ
トの外側の切り欠き及び大ソケットの内側の切り欠きに代えて,これを本願発明の
小ソケットの外周面及び大ソケットの内周面とすることは,本件優先日当時の当業
者が引用発明に基づき容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
(3)本件審決の判断の当否
前記(1)及び(2)のとおりであるから,相違点2に係る本願発明の構成を採用する
ことが本件優先日当時の当業者において容易になし得たものとした本件審決の判断
は,少なくとも結論において相当というべきである。
(4)原告の主張の当否
原告の各主張は,引用例2事項を引用発明に適用することができないことや,引
用例2事項にいう外側阻止部(突起16)や収納部の構造等を理由とするものであ
るところ,上記説示したところに照らすと,いずれも,相違点2についての本件審
決の判断が相当であるとの上記結論を左右するものではない。
(5)小括
したがって,取消事由2も理由がない。
3取消事由3(本願発明の進歩性についての判断の誤り)について
(1)本願発明の作用効果
原告は,引用発明に対比して,本願発明に格別顕著な作用効果があるとして,相
違点1及び2に係る本願発明の構成が仮に引用発明から容易想到であったとしても,
本願発明にはなお進歩性が認められるべきであると主張するが,その主張の当否は
さておき,原告の主張する本願発明の作用効果について検討すると,以下のとおり
である。
ア最外収納部,中間収納部及び最内収納部に係る作用効果
原告は,最外収納部,中間収納部及び最内収納部に関し,引用発明が,小ソケッ
トの外周面と大ソケットの内周面に細くて長い切り欠きの溝を複数形成するもので
あるのに対し,本願発明は,大ソケットの内周面全体に収納部を設けるもの(大ソ
ケットの内周面に引用発明のような切り欠きを形成しないもの)であることを根拠
として,本願発明のソケットは,引用発明のそれと比較して,その構造が単純にな
り,製造原価が低下するとともに,ソケットの強度を確保することができると主張
するものであるが,請求項1に記載された収納部を形成する大ソケットの内周面が
切り欠きを設けないものであると解釈することができないことは,前記2(2)アに
おいて説示したとおりであるから,原告が主張する上記の作用効果は,特許請求の
範囲の記載に基づくものではなく,したがって,本願発明に特有のものではないと
いうべきである。
なお,原告は,中間収納部に関し,引用発明の収納部の厚さがスプリングの直径
を超える程度以上のものである必要があるのに対し,本願発明の収納部の厚さはス
プリングの線径を超える程度で十分であるとも主張するが,請求項1には,スプリ
ングをどのような向きで収納部に挿入するかについての記載は一切みられないので
あるから,原告のこの主張も,特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,失当
である。
イ内側阻止部に係る作用効果
原告は,内側阻止部に関し,本願発明の突起部が内側段差の役割と内側阻止部の
役割を兼ねることを理由として,内側阻止部の形成に係る製造原価が低下するとと
もに,ボルトの回転力による反動等の影響を受けないと主張するものであるが,請
求項1に記載された突起部の後端部(上端部)が常に内側阻止部として機能するも
のと解釈することができないことは,前記1(1)において説示したとおりであるか
ら,原告が主張する上記の作用効果も,特許請求の範囲の記載に基づくものではな
く,したがって,本願発明に特有のものではないというべきである。
ウ外側阻止部に係る作用効果
(ア)原告は,外側阻止部に関し,その部材の形態(弾性を有する輪のようなも
の)や小ソケットの外周面に形成された溝の存在を理由として,外側阻止部の結合
が容易化されるとともに,ボルトの回転力による反動等の影響を受けないと主張す
るものであるが,前記第2の2のとおり,請求項1には,外側阻止部を成す部材の
形態や,外側阻止部を固定するため小ソケットの外周面に溝が形成されることにつ
いての記載がないのであるから,原告が主張する上記の作用効果も,特許請求の範
囲の記載に基づくものではなく,したがって,本願発明に特有のものではないとい
うべきである。
(イ)この点に関し,原告は,本願明細書の【0008】並びに本願図9及び図
44を参酌すると,本願発明の外側阻止部が輪の形態の部材から成るものと解釈す
ることができると主張する。
a確かに,本願明細書の発明の詳細な説明(【0008】,【0011】)並
びにこれが引用する本願図9及び図44には,次の記載及び図示がある。
(a)【0008】…各ソケットの細部構成を説明すると,…本体ソケット…右
側部にはスプリングの阻止部である8を固定する為の段差22が形成されて…いる。
図9はスプリングの外側の阻止部で,ボルト挿入部の反対側から入れて段差22に
引っかかるようにして固定させる物で輪の形態である。…
【0011】図44はスプリングの外側の阻止部8を固定する為のもう1つの方法
を説明する為の図面で,補助ソケットの右側端のすぐ横の下部のソケットの円周に
凹部分26を形成して,そこに鉄線の輪25を入れることで鉄線の輪25がスプリ
ングの外側の阻止部8の役割になることを示す図面である。
(b)本願図9には,外側阻止部が輪のような形状の部材から成る様子が,図4
4には,鉄線の輪が小ソケットの外周面に形成された凹部にはめられている様子が
それぞれ示されている。
b他方,引用例1には,次の記載及び図示がある。
(a)【0013】…2番ソケットに本体ソケットを入れて,…スプリングの収
納部にスプリングを入れ,入口には図30に示した阻止部9を溶接などで固定する
のである。…
(b)図30には,外側阻止部が輪のような形状の部材と一体化された様子が示
されている。
c以上によると,仮に,本願明細書の発明の詳細な説明及びこれが引用する本
願図面の記載及び図示を参酌し,本願発明の外側阻止部が,輪のような形状をした
部材から成り,これが,小ソケットの外周面に形成された段差又は凹部にはめられ
ることにより固定されるものであると解釈したとしても,引用発明の外側阻止部に
も,輪のような形状の部材と一体化されたものがあり,また,溶接等により固定す
る場合と比較して,輪のような形状をした部材を小ソケットの外周面に形成された
段差又は凹部にはめ込む方が,外側阻止部の結合が容易化され,ボルトの回転力に
よる反動等の影響を受けにくいことは,当業者にとって自明の事柄であるから,結
局,原告が主張する本願発明の外側阻止部に係る作用効果は,当業者が引用発明か
ら予測することのできる範囲のものであって,何ら格別顕著なものとはいえない。
エ小括
したがって,原告が本願発明の格別顕著な効果であると主張するところは,これ
を取消事由として構成し得るか否かを検討するまでもなく,その理由がない。
(2)本願発明の商業的成功に準ずる事実
原告は,本願発明が商業的成功に準ずる成功を収めているとして,本願発明の進
歩性が認められるべきであると主張するが,その主張の当否はさておき,原告の主
張する商業的成功の事実について検討すると,以下のとおりである。
ア数か月にわたって想到することができなかった事実
原告は,引用発明が多数のソケット製造会社等を含め全国に紹介されたにもかか
わらず,数か月たっても,同発明に基づいて本願発明に想到することのできた者は
皆無であったと主張するが,仮に,原告が主張するように数か月間にわたって想到
することができなかった事実があるとしても,その程度の事実をもって,本願発明
の進歩性を肯定することはできないというべきである。
イライセンス契約の締結等の事実
原告は,ソケット製造会社2社との間で,本願発明に関し,現にライセンス契約
を締結し,又は締結する段階に至っていると主張するが,ライセンス契約の締結に
成功するか否かは,発明の内容のほか,それを実施した製品の内容や価格,ライセ
ンスの対価,契約当事者の置かれた状況等の様々な事情により左右されるものであ
るところ,仮に,原告が主張するような契約締結等の事実があるとしても,それが,
既に特許が付与されている引用発明(甲1)とは独立した本願発明のみが有する進
歩性に専ら基づくものであることを認めるに足りる証拠はないから,結局,原告が
主張するような事実をもって,本願発明の進歩性を肯定することはできないといわ
ざるを得ない。
したがって,原告が本願発明の商業的成功に準ずる事実として主張するところも,
これを取消事由として構成し得るか否かを検討するまでもなく,その理由がない。
4結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求
は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官本多知成
裁判官浅井憲

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