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平成23年5月30日判決言渡
平成22年(行ケ)第10271号審決取消請求事件
平成23年3月23日口頭弁論終結
判決
原告TOTO株式会社
訴訟代理人弁護士宍戸充
同菅尋史
同上田有美
訴訟代理人弁理士花田吉秋
被告コーラー,カンパニー
訴訟代理人弁理士伊東忠彦
同大貫進介
同山口昭則
同伊東忠重
同木田博
主文
1特許庁が無効2009−800201号事件について平成22年7月13日
にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
被告は,特許第3542622号(発明の名称「ポンプ作動衛生器具及び便器設
備」。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成5年11月15日,本件特許に係る特許出願をし(特願平5−30
8751号。パリ条約による優先権主張平成4年11月13日米国),平成16
年4月9日に本件特許の設定登録がされた(請求項の数19)。
原告は,平成21年9月17日付けで,特許庁に対し,本件特許を無効とするこ
とを求めて審判を請求し(無効2009−800201号),被告は,平成22年1
月18日,特許請求の範囲の請求項2について訂正請求をした。特許庁は,平成2
2年7月13日,上記訂正は不適法であり認められないとしたものの,「本件審判の
請求は,成り立たない。」との審決をし,その審決の謄本は,同月23日,原告に送
達された。
2本件明細書の記載
本件特許に係る明細書(以下,図面と併せて「本件明細書」という。本件明細書
の図15,16は,別紙1のとおりである。)の特許請求の範囲の記載は,次のとお
りである(甲20。以下,これらの請求項に係る発明を項番号に対応して,「本件発
明1」などといい,これらをまとめて「本件発明」という。)。
「【請求項1】
洗浄可能な汚物を受け入れる衛生器具であって,
前記汚物を受け入れる少なくとも一つの受容器(12)と,
所定量の洗浄水を貯える貯水タンク(17)と,
前記貯水タンク(17)の内部と流体連通するポンプ(18)と,
ポンプ排出口(25)と前記受容器(12)とを連結する管(27)と,を有し,
前記ポンプ(18)を作動させて所定時間の間に所定量の洗浄水を前記受容器(1
2)に送出させ,あるいは前記ポンプ(18)を作動させて少なくとも一つの他の
所定時間の間に少なくとも一つの他の所定量の洗浄水を前記受容器(12)に送出
させ,それにより前記衛生器具が制御されて2つの異なる洗浄サイクルを使用でき
るようにポンプ(18)に選択的にかつ作動的に接続された自動制御手段(80)
を備え,前記制御手段(80)は前記ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前
記ポンプ(18)が作動するのを防止する時間遅延手段を有している,ことを特徴
とする洗浄可能な汚物を受け入れる衛生器具。」
「【請求項2】
前記制御手段(80)はタッチ式のスイッチ(81,82,83)によって作動さ
れることを特徴とする請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項3】
受容器(12)はリム(14)と大便器部分とを有し,前記制御手段(80)がさ
らに順番に,第1シーケンスでリムに所定量の洗浄水を送出させ,第2シーケンス
で前記受容器の大便器と前記リム(14)の双方に所定量の洗浄水を送出させ,第
3シーケンスで前記リム(14)に所定量の洗浄水を送出させるようにポンプ(1
8)に選択的にかつ作動的に接続されていることを特徴とする請求項1に記載の衛
生器具。」
「【請求項4】
前記受容器(12)はリム(14)と大便器部分とを有し,前記制御手段(80)
はさらに,所定量の洗浄水を前記リム(14)と前記大便器の双方に同時に送出さ
せるようにポンプ(18)に選択的にかつ作動的に接続されていることを特徴とす
る請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項5】
前記受容器(12)はリム(14)と大便器部分とを有し,前記制御手段(80)
はさらに,所定量の洗浄水を前記リム(14)にのみ送出させるようにポンプ(1
8)に選択的にかつ作動的に接続されていることを特徴とする請求項1に記載の衛
生器具。」
「【請求項6】
前記受容器(12)はリム(14)と大便器部分とを有し,前記制御手段(80)
はさらに順番に,第1シーケンスで所定量の洗浄水を前記リム(14)に送出させ,
第2シーケンスで所定量の洗浄水を前記リム(14)と前記大便器に送出させるよ
うにポンプ(18)に選択的にかつ作動的に接続されていることを特徴とする請求
項1に記載の衛生器具。」
「【請求項7】
前記受容器(12)はリム(14)と大便器部分とを有し,前記衛生器具がさらに,
前記リム(14)と大便器に洗浄水を送出した後に前記ポンプとは独立に前記リム
(14)に水を送出する弁手段を有していることを特徴とする請求項1に記載の衛
生器具。」
「【請求項8】
前記受容器(12)はリム(14)と大便器部分とを有し,前記制御手段(80)
がさらに順番に,第1シーケンスで前記リム(14)に所定量の洗浄水を送出させ,
第2シーケンスで前記大便器に所定量の洗浄水を送出させ,第3シーケンスで前記
リム(14)に所定量の洗浄水を送出させるようにポンプ(18)に選択的にかつ
作動的に接続されていることを特徴とする請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項9】
前記制御手段(80)は,前記一つの所定量の洗浄水と,異なる量の他の所定量の
洗浄水を前記貯水タンク(17)から前記受容器に汲み上げさせるように前記ポン
プ手段を作動させる予め選択された複数の時間を有することを特徴とする請求項1
に記載の衛生器具。」
「【請求項10】
前記受容器は便器用容器であり,中空のリム(14)と大便器(12)を有し,前
記管(27)は前記リムの下方の前記大便器に接続され,前記ポンプの排出口と前
記リムとを接続する追加の管(30)を有していることを特徴とする請求項1に記
載の衛生器具。」
「【請求項11】
前記ポンプはポンプモータ(20)により駆動され,前記モータ(20)は少なく
とも二つの異なる速度を有していることを特徴とする請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項12】
前記ポンプはポンプモータ(20)により駆動され,前記ポンプ(18)は前記モ
ータ(20)によって駆動された磁気駆動の駆動軸によって作動することを特徴と
する請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項13】
前記貯水タンク中洗浄水のレベルを決める検出手段(65A)を有し,前記制御手
段は,前記検出手段が作動された回数を確認する計数手段を有し,前記制御手段は,
前記計数手段が予め定めた数に達したときに前記貯水タンクへの洗浄水を制御する
ために供給弁を閉じるように構成されこと(判決注・「されたこと」の誤り。)を特
徴とする請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項14】
水源に接続されたタンクの取入れ菅と,
前記取入れ菅に作動可能に接続された補充用制御弁と,
前記補充用制御弁と前記受容器とを連結するチューブとを有し,
水は前記チューブを通じて前記受容器に流れて前記管(27)と前記ポンプ(18)
とは独立に水シールを実現することを特徴とする請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項15】
前記補充用制御弁は,水が前記取入れ菅を通って汲み上げられてポンプの作動が停
止した後に,追加の水が前記チューブを通って前記受容器に流れて水シールを実現
するように構成配置されていることを特徴とする請求項14に記載の衛生器具。」
「【請求項16】
前記ポンプは貯水タンク(17)中に位置するポンプモータとポンプを含むことを
特徴とする請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項17】
前記タンク(17)と前記受容器(12)とを連結し,前記受容器から前記タンク
への水の帰りの流れを許容する流体帰り通路手段(33)を有し,前記受容器の頂
部を超える水こぼれが前記流体帰り通路手段(33)によって防止されることを特
徴とする請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項18】
少なくとも2つの受容器を有し,洗浄水を一度に前記2つの受容器(10B,74
B)のうちの1つのみに転換する手段を含む転換手段(75B)を有していること
を特徴とする請求項1に記載の衛生器具。」
「【請求項19】
前記1つの受容器は小便器(74B)であり,もう1つの前記受容器は便器(10
B)であることを特徴とする請求項18に記載の衛生器具。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,本件発明1
は,甲1(特開平成4−222730号公報)記載の発明(以下「甲1発明」とい
うことがある。)と同一ではなく,また,本件発明は,いずれも甲1発明に,甲2(実
願平2−97943号(実開平4−57572号)のマイクロフィルム),甲3(特
開平2−256730号公報),甲4(特開平1−271541号公報),甲5(特
開平3−224925号公報),甲6(特開昭63−92386号公報),甲7(特
開昭56−93935号公報),甲8(特開昭58−83739号公報)及び甲9(実
願昭54−183121号(実開昭56−101263号)のマイクロフィルム)
記載の発明を適用することにより,さらに,甲7記載の発明に,甲1ないし4,9
記載の発明を適用することにより,当業者が容易に想到できたものとは認められな
いから,本件特許を無効とすることはできないとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,甲1発明,甲1発明と本件発明1,3,4と
の一致点・相違点を次のとおり認定した。
(1)甲1発明
サイホンジェット式便器であって,
一つのボウル部3と,
ボウル部2の上端周縁のリムに形成されたリム通水路と,
リム通水路と連通し,所定量の洗浄水を貯えるタンク10と,
前記タンク10の下部に設けられ,前記タンク10と流体連通するポンプ11と,
ポンプ11排出口と前記ボウル部3を連結するジェット用ノズル12と,を有し,
操作部16から洗浄起動入力が与えられると,タイマ15dを起動し,予めメモ
リ15cに記憶されている時間に基いて,ボウル部用弁機構17及びポンプ11を
作動し,リム通水路8への洗浄水の供給時間,ポンプ11の作動時間を制御する制
御装置15を備え,
操作部16に大便用と小便用を区別するスイッチを設け,このスイッチの操作に
より,前記制御手段15は,給水量を変えるように制御するものであり,
前記制御装置15による制御は,
タイマ15dを起動すると同時に,ボウル部用弁機構17を開状態に駆動し,こ
の駆動により,リム通水路8の底面に開設したリム射出孔9からボウル部3へ洗浄
水を供給しボウル部3の洗浄が行なうと共に,ボウル部3の下部に設けたタンク1
0に洗浄水を供給し,
予め記憶されているボウル部3への給水時間経過した時点で(S3),ボウル部用
弁機構17を閉状態に駆動し(S4),ポンプ11を駆動してジェットノズル12か
ら洗浄水を噴射し,
予め記憶されているジェット給水時間経過後,ポンプ11の駆動を停止し(S7),
再びボウル部用弁機構17を開状態に駆動し(S8),リム射出孔9から射出する洗
浄水によってボウル部3の封水を行い,
予め記憶されている封水給水時間が経過した時点で(S9),ボウル部用弁機構1
7を閉状態に駆動し(S10),タイマ16dを停止させて(S11)便器の洗浄動
作を完了するものである,
サイホンジェット式便器。
(2)甲1発明と本件発明1との一致点
洗浄可能な汚物を受け入れる衛生器具であって,
前記汚物を受け入れる少なくとも一つの受容器と,
所定量の洗浄水を貯える貯水タンクと,
前記貯水タンクの内部と流体連通するポンプと,
ポンプ排出口と前記受容器とを連結する管と,を有し,
所定時間の間に所定量の洗浄水を前記受容器に送出させ,あるいは少なくとも一
つの他の所定時間の間に少なくとも一つの他の所定量の洗浄水を前記受容器に送出
させ,それにより衛生器具が制御されて2つの異なる洗浄サイクルを使用できるよ
うに制御する自動制御手段を備えている,
洗浄可能な汚物を受け入れる衛生器具。
(3)甲1発明と本件発明1との相違点
[相違点1]
本件発明1は,自動制御手段が「ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記
ポンプ(18)が作動するのを防止する時間遅延手段」を有しているのに対し,甲
1発明は,このような時間遅延手段を有していない点。
[相違点2]
2つの異なる洗浄サイクルを使用できるようにするために,
本件発明1では,自動制御手段が,ポンプを作動させて所定時間の間に所定量の
洗浄水を前記受容器に送出させ,あるいは前記ポンプを作動させて少なくとも一つ
の他の所定時間の間に少なくとも一つの他の所定量の洗浄水を前記受容器に送出さ
せるようにポンプに選択的にかつ作動的に接続されているのに対し,
甲1発明は,自動制御手段が,ボウル部用弁機構17に選択的にかつ作動的に接
続されているものの,ポンプを作動させる時間を異なるものとするようにポンプに
選択的にかつ作動的に接続しているか否か,すなわち2つの異なる洗浄サイクルに
おいて,ジェット給水時間も異なるものとするようにポンプに選択的にかつ作動的
に接続されているか否か不明な点。
第3取消事由に関する原告の主張
1取消事由1(本件発明1の新規性判断の誤り)
(1)相違点1の認定の誤り
ア本件発明1の要旨認定の誤り
審決は,本件発明1の「時間遅延手段」は「ポンプの作動防止手段」であること
を前提に,本件発明1の甲1発明との相違点1を認定した。しかし,本件発明1の
「時間遅延手段」は「ポンプの作動防止手段」ではなく,「封水給水時間」が経過す
る前に使用者がスイッチを操作しても,時間遅延の自動制御により,その所定の時
間が経過するまではポンプ(18)を作動させないように設定されたプログラムと
解すべきである。
イ甲1発明の認定の誤り
(ア)審決は,甲1発明の課題は,便器の洗浄について,連続使用を可能とすると
ともに,水圧の変動を防止しようとするものとしている。しかし,審決の上記認定
には誤りがある。すなわち,甲1発明は,便器の洗浄について,「連続使用」それ自
体は可能にならないものの,できる限り「連続使用」に近づけるように,「連続的」
な洗浄水の供給という作用・効果を実現させるものである。甲1発明は,ポンプで
ジェット給水することにより,必要とする水量を2リットル程度に減少させ,水道
からの給水時間を減らし,従来のタンク式(8リットル)に比べ「連続的に」使用
できるようにするとともに,タンクを小型化するという課題を解決している。
(イ)甲1発明は,甲1の段落【0014】,【0015】及び図3(別紙2のと
おり)によれば,サイホン作用をさせるため,ポンプ駆動停止(S7)後,S9に
おいて,封水給水時間を経過するまでは,NOの判定がなされ,ボウル部3の封水
を行うとともに,タンク10に洗浄水が供給され続け,YESの判定がなされない
限り,次の段階には進まない。また,甲1発明は,甲1の段落【0012】,【0
013】及び図3(別紙2のとおり)によれば,S3において,ボウル部給水時間
を経過するまでは,NOの判定がなされ,タンク10に洗浄水が供給され続け,次
の段階には進まない。そうすると,甲1発明は,ポンプ11の駆動を停止した後と,
操作部16から洗浄起動入力が与えられた後に,一定の遅延時間前に前記ポンプ
(18)が作動するのを防止するように設定されたプログラムによる時間遅延手段
を有しており,本件発明1の「前記ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記
ポンプ(18)が作動するのを防止する時間遅延手段」を有しているといえる。
この点,審決は,使用者が「封水給水時間」が経過する前にスイッチを操作した
場合,洗浄サイクルがリセットされることも考えられるとして,甲1発明が「時間
遅延手段」を有していると解することはできないと判断している。しかし,甲1の
第1実施例(図3)によれば,仮に洗浄サイクルがリセットされたとしても,洗浄
開始に戻りタイマが起動した(S1)後,ポンプ11の駆動(S5)の前にボウル
部3への給水時間の経過(S3)を要し,時間遅延手段(S3,S5)が存在する
ことになる。
(ウ)審決は,甲1の第2実施例(図4)による発明の認定をしていないが,第2
実施例においても,実施例1と同様に,「時間遅延手段」を有している。すなわち,
甲1の段落【0016】ないし【0018】及び図4(別紙2のとおり)によれば,
洗浄起動入力が与えられ,タイマ15dが起動すると,ボウル部用弁機構17を開
状態に駆動すると共にポンプ11を駆動するのであるから,タンク内には,ジェッ
ト給水に必要な洗浄水約2リットルが存在していなければならず,前回の駆動が終
了する時点で,上記洗浄水がタンクに供給されていることが明らかであり,封水給
水時間を経過するまでは,NOの判定がなされ,その間は,タンク10に洗浄水が
供給され続け,次の段階には進まない。
ウ相違点の認定の誤り
以上によれば,甲1発明のうち,「ポンプ11の駆動を停止し(S7),再びボ
ウル部用弁機構17を開状態に駆動し(S8),リム射出孔9から射出する洗浄水
によってボウル部3の封水を行うと共に,タンク10にも再び洗浄水を供給し,予
め封水給水時間を設定しておくことによって所定の時間が経過するまではボウル部
3への洗浄水の供給を継続し,予め記憶されている封水給水時間が経過した時点で
(S9),ボウル部用弁機構17を閉状態に駆動し(S10),タイマ16dを停
止させて(S11)」(以下「甲1発明B」ということがある。)は,本件発明1と
同様,「ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(18)が作動する
のを防止する時間遅延手段」に該当する。また,甲1発明は,第2実施例2におい
ても,本件発明1と同様,「ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ
(18)が作動するのを防止する時間遅延手段」を有している。
したがって,甲1発明は,第1,第2いずれの実施例においても,「ポンプの最後
の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(18)が作動するのを防止する時間遅延
手段」を有するものであって,審決の相違点1の認定には誤りがある。
(2)相違点2の認定の誤り
審決は,甲1発明は,2つの異なる洗浄サイクルにおいて,ジェット給水時間も
異なるものとするようにポンプに選択的にかつ作動的に接続されているか否か不明
であるとして,本件発明1の甲1発明との相違点2を認定した。しかし,審決の上
記認定は誤りである。すなわち,本件発明1における「所定時間の間」とは,排せ
つ物を洗い流すために必要な水量を調節するものであり,他方,甲1には,大便用
と小便用の2つの異なる洗浄サイクルにおいて,給水量を変えるように制御するこ
とが開示されている。そうすると,甲1発明における「給水量を変えるように制御
する」ことを,本件発明1は,給水量を変える前提となる「給水時間」で構成した
ものにすぎず,本件発明1の甲1発明との相違点2は実質的な相違点ではない。
(3)小括
以上のとおり,審決の相違点1及び相違点2の認定には誤りがあり,本件発明1
は甲1発明と実質的に同一であり,新規性を欠いている。
2取消事由2(本件発明1,2,7∼9,11,12,17の容易想到性判断
の誤り)
(1)本件発明1の容易想到性判断について
ア本件発明1の甲1発明との相違点1及び相違点2があるとしても,本件発明
1は甲1発明に基づいて容易想到である。すなわち,上記のとおり,甲1発明にお
いては,ポンプ11の駆動を停止した後,タンク10に再び洗浄水を供給しており,
更に,洗浄起動入力が与えられた後にも,ボウル部3の下部に設けたタンク10に
洗浄水を供給しているが,同供給が,サイホン作用に必要なジェット給水を給水タ
ンク10に送ることを意味することは,当業者であれば,容易に理解することがで
きる。また,サイホン作用のためのジェット給水において,ボウル部3の封水とと
もに行われるタンク10への洗浄水の供給と,作動開始時におけるタンク10への
洗浄水の供給とが相俟って,ジェット噴射に必要な洗浄水が確保されていなければ
ならないものであるから,ボウル部3への洗浄水の供給が中断してはならないこと
は明らかである。
イ仮に,本件発明1の「時間遅延手段」が,封水給水時間が経過する前に使用
者がスイッチを操作した場合にポンプの作動が防止され,洗浄サイクルがリセット
されることはないとの技術的意義を有するとしても,甲1に記載された発明に基づ
き容易想到である。すなわち,甲1発明においては,封水給水時間を経過するまで
は,NOの判定がなされ,タンク10に洗浄水が供給され続け,次の段階には進ま
ないのであるから,時間を遅らせる作用・機能を有している。また,上記のとおり,
甲1発明では,ポンプ11の駆動を停止した後のタンク10への洗浄水の供給と,
洗浄起動入力が与えられた際のタンク10への洗浄水の供給とが相俟って,ジェッ
ト給水に必要な洗浄水約2リットルがタンクになければならず,途中で使用者がス
イッチを操作することにより,ポンプが作動したり洗浄サイクルがリセットされた
りするとすれば,サイホン作用に必要なタンクの水量を得ることができないことに
なる。
ウこれに対し,審決は,甲1発明の自動制御装置は,洗浄開始信号を受け付け
ると,リムから便器に洗浄水を給水するとともに,タンクに水を貯水し,給水時間
が経過した時点でポンプを作動させるものであるから,ポンプの最後の動作後(ポ
ンプ駆動停止(S7)が実行された後),S9の「封水給水時間」が終了するまで,
次の洗浄を開始できないものではないのであって,甲1発明には,本件発明1との
相違点1に想到する動機付けが存在しないと判断する。
しかし,上記のとおり,甲1発明は,工程の最後の段階で,ボウル部への洗浄水
の供給を継続し,予め記憶されている封水給水時間が経過した時点で,ボウル部用
弁機構17を閉状態に駆動するものであって,洗浄開始信号を受け付けてから,タ
ンクに給水し,給水時間が経過した時点でポンプを作動させるものではない。また,
甲1の第2実施例には,洗浄開始信号を受け付けると,ボウル部の洗浄と共に直ち
にジェット給水が行われる構成が示されている。仮に,洗浄開始信号を受け付けて
から,ボウル部3の洗浄とともに,タンク10への給水を行いジェット給水を可能
にしようとすれば,不必要に長い時間を設定することとなって,不自然である。し
たがって,上記審決の判断は,その前提に誤りがある。
エ以上によれば,本件発明1は,甲1発明又は甲1発明に甲2記載の発明を適
用することにより容易に想到できたといえる。
(2)本件発明2,7∼9,11,12,17の容易想到性判断について
審決は,本件発明1は,甲1発明又は甲1発明に甲2記載の発明を適用すること
により,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件発明1の
構成要件をすべて含みさらに他の構成要件を付加した本件発明2,7∼9,11,
12,17も,容易想到とはいえないと判断する。
しかし,上記のとおり,本件発明1は,甲1発明又は甲1発明に甲2記載の発明
を適用することにより容易に想到できたといえるから,審決は前提を誤っている。
本件発明2,7∼9,11,12,17は,本件発明1に追加された構成も含めて,
それぞれ,甲1発明又は甲1発明に甲2記載の発明及び周知技術を適用することに
より容易に想到できたといえる。
3取消事由3(本件発明3,4,6,10の容易想到性判断の誤り)
(1)本件発明3の容易想到性判断について
審決は,甲1発明は給水源からボウル部用弁機構を介してリムへ直接給水するこ
とにより連続使用を可能とする発明であることを前提に,タンクに貯水された水を
ポンプを介してリムに供給するとの周知技術を甲1発明に適用することには阻害要
因があり,本件発明1を引用する本件発明3も容易想到とはいえないと判断する。
しかし,上記のとおり,甲1発明は連続使用ができないという課題を解決しよう
とするものではなく,その前提を誤っている。本件発明3は,本件発明1に追加さ
れた構成も含めて,甲1ないし3に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業
者が容易に発明することができたものである。
(2)本件発明4,6,10の容易想到性判断について
審決は,本件発明3と同様に,本件発明4,6,10も,甲1ないし3に記載さ
れた発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでは
ないと判断する。しかし,本件発明3と同様に,本件発明4,6,10は,本件発
明1に追加された構成も含めて,それぞれ,甲1ないし3に記載された発明及び周
知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。
4取消事由4(本件発明5の容易想到性判断の遺脱)
審決は,本件発明5に係る無効理由4に関する判断において,本件発明4につい
て認定判断するのみで,本件発明5について認定判断しておらず,判断遺脱の違法
がある。
5取消事由5(本件発明13の容易想到性判断の誤り)
審決は,本件発明13は,本件発明1を引用し,さらに他の構成要件を付加した
発明であるが,本件発明1の甲1発明との相違点1の構成は,甲5,6に記載も示
唆もされておらず,本件発明13は,甲1,2,5,6に記載された発明に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断する。
しかし,上記のとおり,本件発明1の甲1発明との相違点1の構成は,甲1発明
に開示されていたものであるから,審決は,その前提を誤っている。本件発明13
は,本件発明1に追加された構成も含めて,甲1,2,5,6に記載された発明に
基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。
6取消事由6(本件発明14の容易想到性判断の誤り)
審決は,本件発明14は,本件発明1を引用し,さらに他の構成要件を付加した
発明であるが,本件発明1の甲1発明との相違点1の構成は,甲7,8に記載も示
唆もされておらず,本件発明14は,甲1,2,7,8に記載された発明に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断する。
しかし,上記のとおり,本件発明1の甲1発明との相違点1の構成は,甲1発明
に開示されていたものであるから,審決は,その前提を誤っている。本件発明14
は,本件発明1に追加された構成も含めて,甲1,2,7,8に記載された発明に
基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。
7取消事由7(本件発明15の容易想到性判断の誤り)
審決は,本件発明15は,本件発明1を引用する本件発明14を引用し,さらに
他の構成要件を付加した発明であるが,本件発明1の甲1発明との相違点1の構成
は,甲9に記載も示唆もされておらず,本件発明15は,甲1,2,9に記載され
た発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断する。
しかし,上記のとおり,本件発明1の甲1発明との相違点1の構成は,甲1発明
に開示されていたものであるから,審決は,その前提を誤っている。本件発明15
は,本件発明1に追加された構成も含めて,甲1,2,9に記載された発明に基づ
いて,当業者が容易に発明することができたものである。
8取消事由8(本件発明16,18,19の容易想到性判断の誤り)
審決は,本件発明16,18は,本件発明1を引用し,さらに他の構成要件を付
加した発明であり,本件発明19は,本件発明18を引用し,さらに他の構成要件
を付加した発明であるが,本件発明1の甲1発明との相違点1の構成は,甲7に記
載も示唆もされておらず,本件発明16,18,19は,甲1,2,7に記載され
た発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断する。
しかし,上記のとおり,本件発明1の甲1発明との相違点1の構成は,甲1発明
に開示されていたものであるから,審決は,その前提を誤っている。本件発明16,
18,19は,本件発明1に追加された構成も含めて,甲1,2,7に記載された
発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。
9取消事由9(明細書の記載要件違反に係る判断の誤り)
(1)特許法(平成6年法律第116号による改正前のもの,以下「改正前特許法
という。)36条5項2号違反について
審決は,請求項1の「ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(1
8)が作動するのを防止する時間遅延手段」の構成について,本件明細書の段落【0
010】に基づき,大便器に詰まりが生じ,大便器からの水の流れが悪くなった時
には,このポンプの最後の動作後,ポンプが作動するのを防止する「時間遅延手段」
は,貯水タンクの再充てん中にポンプ(18)が作動するのを防止するとともに,
ポンプの過度の作動を防止する結果として,大便器のオ−バフローを抑制ないし防
止するものともいえ,本件発明1は,特許を受けようとする発明の構成に欠くこと
ができない事項のみを記載したものでないとはいえないと判断する。
しかし,本件明細書の段落【0010】,【0013】には,「ポンプの動作と大便
器のオーバフローを防止する時間遅延手段を含む制御手段」,あるいは,「ポンプの
過度作動と大便器のあふれを防止する時間遅延手段」についての記載はあるが,請
求項1の「ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(18)が作動す
るのを防止する時間遅延手段」についての記載ではない。本件明細書によっては,
本件発明1の「時間遅延手段」が,「大便器のオーバーフローを防止する」及び「タ
ンクの再充てん」のいずれを意味するのか,または,これらの両方を意味するのか
が明らかでない。
したがって,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1は,特許を受けようとする
発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではなく,改正前特許法
36条5項2号により特許を受けることができない。
(2)改正前特許法36条4項違反について
審決は,本件明細書の段落【0034】ないし【0037】及び図15,16(別
紙1のとおり)に示された実施例の各工程の内容は,バックグラウンドタイマーの
役割を含め,理解可能なものであり,当業者が容易にその実施をすることができる
程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載したものであると判断する。
しかし,本件明細書の段落【0034】ないし【0037】及び図15,16(別
紙1のとおり)に示された実施例の流れ図(フローチャート)の各工程の内容は,
当業者において理解不可能なものである。したがって,本件明細書の記載は,改正
前特許法36条4項の規定に反しており,特許を受けることができない。
第4被告の反論
1取消事由1(本件発明1の新規性判断の誤り)に対し
(1)相違点1の認定の誤りについて
ア本件発明1の要旨認定の誤り
本件発明1の「時間遅延手段」は,ポンプが作動するのを防止する機能を備えた
ものであり,審決の認定に誤りはない。
イ甲1発明の認定の誤り
(ア)甲1の明細書段落【0003】ないし【0005】によれば,甲1発明は,
給水圧力の変動を受けることなく,連続使用を可能とするとの作用効果を有してお
り,審決の認定に誤りはない。
(イ)本件発明1の「時間遅延手段」は,「前記ポンプの最後の動作後一定の遅延
時間前に前記ポンプ(18)が作動するのを防止する」手段であるのに対し,甲1
発明におけるS3,S5はポンプの最後の動作後の一定の遅延時間に関するもので
はなく,本件発明1の「時間遅延手段」に相当しない。甲1には,タンクの再充て
んのために,一定時間ポンプの作動を防止するという技術思想は開示されていない。
また,甲1には,外観的効果として,洗浄水が約2リットル程度であることが記載
されているにすぎず,洗浄水の給水量が不足しているとサイホン作用が生じないこ
とは,記載も示唆もされていない。さらに,甲1発明の「封水給水時間」(S9)は,
ボウル部3の封水のためであり,タンク10への洗浄水供給のためではなく,途中
でスイッチ操作があっても次の段階に進まないことや,スイッチ操作があってもポ
ンプ作動が防止されることについては,記載も示唆もされていない。
(ウ)原告は,ポンプ11の駆動(S5)の前にボウル部3への給水時間の経過(S
3)を要すると主張する。しかし,ポンプ11の駆動(S5)の前にボウル部3へ
の給水時間の経過(S3)を要するのであれば,封水給水時間経過(S9)前に洗
浄起動入力があった場合において,リセットが行われたとしても何ら問題はなく,
甲1発明において「前記ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(1
8)が作動するのを防止する時間遅延手段」が存在しないことは明らかである。
(2)相違点2の認定の誤りについて
本件発明1には,「所定時間の間に」との限定があるが,甲1には,明細書段落【0
018】において,給水量を変えることのみが記載されているから,審決の相違点
2の認定に誤りはない。
(3)小括
以上のとおり,審決が認定した本件発明1の甲1発明との相違点1,2に誤りは
なく,本件発明1と甲1発明が実質的に同一であるとはいえない。
2取消事由2(本件発明1,2,7∼9,11,12,17の容易想到性判断
の誤り)に対し
(1)本件発明1の容易想到性判断について
ア本件発明1の「時間遅延手段」は,「前記ポンプの最後の動作後一定の遅延時
間前に前記ポンプ(18)が作動するのを防止する」手段であり,このような手段
は,甲1には記載も示唆もされていない。この点に関し,原告は,甲1発明におい
て,サイホン作用のため,ジェット給水に必要な給水をタンク10に行っているこ
とは,当業者であれば,容易に理解することができると主張する。しかし,甲1に
は,タンク10に必要な給水がされるまで,ポンプ作動を防止することは記載も示
唆もされていない。甲3には,サイホンジェット式便器において,給水源がタンク
を介さずにジェットノズルに連結されている構成が開示されており,甲1発明にお
いても,サイホン作用のため,ジェット給水に必要な給水をタンク10に行ってい
ると理解することはできない。
イ本件発明1は,ポンプを作動させて所定時間の間に所定量の洗浄水を前記受
容器(12)に送出させる構成を備えており,ポンプの作動防止は,洗浄水の受容
器(12)への送出を防止する効果がある。これに対し,甲1発明では,洗浄開始
入力があるといつでも,受容器(12)に相当するボウル部3への洗浄水供給が開
始される(S2)構成を備えているのであるから,甲1発明に接した当業者が,ポ
ンプ11の最後の動作後一定の遅延時間前にボウル部3への洗浄水供給を防止する
ことに想到することは容易でない。甲1発明において,ボウル部3への洗浄水供給
とタンク10への給水が同一工程で行われることは,甲1発明から本件発明1に想
到することに対する阻害要因となる。
ウ本件発明1における給水系の連結順序は,貯水タンク17,ポンプ18,受
容器12であり,受容器12に洗浄水を送出すると,貯水タンク17内の貯水量が
減るので,ポンプ作動防止手段である時間遅延手段を備える必要がある。他方,甲
1発明における給水系の連結順序は,給水菅19,リム通水路8,タンク10,ポ
ンプ11,ジェット噴射孔13であり,本件発明1の受容器12に対応するリム通
水路8へ洗浄水を給水しても,タンク10内の貯水量が減ることはなく,むしろタ
ンク10へも給水されるので,タンク10内への貯水量が増えるから,甲1発明に
は,ポンプ作動防止の課題がない。また,甲1発明においては,洗浄開始入力があ
ると常に,ボウル部3への給水が実行されるのであるから,甲1発明に基づき,ポ
ンプ作動を防止し,受容器への給水を防止するとの構成に想到することは容易でな
い。
エ甲1発明のS3は,洗浄起動入力が与えられた時点から経過時間を測定して
おり(明細書段落【0012】),ポンプの最後の動作後からの遅延時間を測定して
おらず,本件発明1の「時間遅延手段」に相当しない。また,甲1発明のS9は,
一定の経過時間後にボウル部用弁機構17を閉状態に駆動する(S10)ものであ
り(明細書段落【0015】),ポンプが作動するのを防止するものではないので,
本件発明1の「時間遅延手段」に相当しない。さらに,甲1発明は,S9後にタイ
マを停止(S11)し,一連の便器の洗浄動作を完了するものであり(明細書段落
【0015】),完了した洗浄動作が次回の洗浄動作に連繋するものではない。上記
のとおり,S3及びS9は,別個独立的な計時ステップであるから,これらを組み
合わせて本件発明1の「時間遅延手段」に相当するということはできない。
オ以上のとおり,本件発明1は,甲1,2記載の発明から容易に想到できたと
はいえず,審決の判断に誤りはない。
3取消事由3(本件発明3,4,6,10の容易想到性判断の誤り)に対し
上記のとおり,甲1発明は,連続使用が難しいという課題を解決した発明であり,
審決の認定に誤りはない。また,原告は,甲1発明がポンプ排出口とリムとを管で
連結する構成を備えていないということを補填するために,甲7,11,12を引
用しているが,給水管19,リム通水路8,タンク10,ポンプ11,ジェット噴
射孔13という連結順序である甲1発明に,タンクの下流にリムを備える甲7,1
1,12を適用することは,連結関係に矛盾が生ずる。
したがって,甲1発明に,甲7,11,12記載の発明を適用することは容易で
なく,審決の本件発明3,4,6,10の容易想到性判断に誤りはない。
4取消事由4(本件発明5の容易想到性判断の遺脱)に対し
上記のとおり,本件発明1は容易想到とはいえないから,その従属請求項である
本件発明5も容易想到とはいえないことは当然である。審決は,リムに洗浄水を送
出させるように構成することは容易でないとの判断をしており,洗浄水をリムにの
み送出させる本件発明5の容易想到性を実質的に判断している。
5取消事由5ないし7(本件発明13ないし15の容易想到性判断の誤り)に
対し
上記のとおり,本件発明1は容易想到とはいえないから,その従属請求項である
本件発明13,14並びに本件発明14の従属項である本件発明15は,いずれも
容易想到とはいえない。審決の本件発明13ないし15の容易想到性判断に誤りは
ない。
6取消事由8(本件発明16,18,19の容易想到性判断の誤り)に対し
上記のとおり,本件発明1は容易想到とはいえないから,その従属請求項である
本件発明16,18も容易想到とはいえない。審決の本件発明16,18の容易想
到性判断に誤りはない。
7取消事由9(明細書の記載要件違反に係る判断の誤り)に対し
(1)改正前特許法36条5項2号違反について
本件発明1において,ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(1
8)が作動するのを防止する時間遅延手段は,ポンプの過度作動と大便器のあふれ
を防止する効果があるから,審決の判断に誤りはない。
(2)改正前特許法36条4項違反について
本件明細書の段落【0034】ないし【0037】及び図15,16(別紙1の
とおり)の内容に不明確な点はなく,審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,以下のとおり,審決には,本件発明1の甲1発明との相違点1の認
定に誤りがあり,また,取消事由4に係る判断の遺脱があるから,これを取消すべ
きものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1相違点1の認定について
(1)争いない事実及び認定事実
ア本件特許発明の記載
(ア)本件発明の特許請求の範囲の請求項1は,第2の2記載のとおりである。
(イ)本件明細書には,次の記載がある(甲20)。
「【0010】さらに他の形式において,ポンプの動作と大便器のオーバフローを
防止する時間遅延手段を含む制御手段を備える。」
「【0013】さらに他の面において,貯水タンクと大便器の双方にたいするオー
バフロー防止手段を備える。貯水タンクについて,供給弁に洩れがある場合,給水
をしゃ断するために電動フェールセーフ弁が供給管に連結される。また,タンクか
ら余分の水をくみ出するためポンプ・モータに接続されるオーバフロー検出器を備
える。便器用容器について,ポンプの過度作動と大便器のあふれを防止する時間遅
延手段を備える。」
「【0034】図15と16を参照すると,これら図は図1∼図7に示した実施例
の流れ図を示す。始動99後のポンプ便器10の作動の第1工程は,スイッチがキ
ーまたは押しボタン等で動作されたかどうかの判定工程90である。もしキーが動
作されなければ,バックグランド・タイマは更新される(91,92)。指定数のユ
ニットがあるかどうかチェックされる。あれば,リセットされ(93),フラッシュ・
タイマが見て(94),0秒と等しいかどうか判定する。なければ,減少される(9
5)。」
「【0035】バックグランド・タイマは,長短キー(97,105)についての
後述動作の作動および主ポンプ18のタイミングと共に説明する方法でフラッシ
ュ・タイマと共に作動する。工程96において,フラッシュ・タイマは30秒より
長いかどうかチェックされる。短かければ,長キーまたは短キー(97または10
5)のいずれかを動作させる。」
「【0036】もし,スイッチ82により動作される等,長フラッシュ・キー(9
7)であれば有効入力チェック(98)後工程99で生ポンプ18を始動させる。
これにより直ちに,管25を介し大便器部分12のジェットにたいしまた,管30
によりリム部分14に水を送出する。工程100で示すように3.17秒遅延後,
工程101でポンプ18を切る。これで水1.6ガロンを送り,通常排せつ物を洗
い流すのに使用される。工程102で,フラッシュ・タイマに60秒を加えた後,
他のフラッシュ・サイクルが開始される前に長キーまたは短キーが押されたかどう
か判定される(103,104)。長フラッシュ・サイクルでなく短フラッシュ・サ
イクルが選択されれば,短フラッシュ・キー105がスイッチ81等により動作さ
れる。入力チェック(106)後,ポンプ18は動作され(107),2.07秒間
作動される(108)。水1.0ガロン送出後ポンプは切られる(101)。この短
フラッシュは通常,小便および紙を洗い流すのに使用される。再びフラッシュ・タ
イマに60秒を加える(102)。」
「【0037】バックグランドとフラッシュのタイマは2つの遅延面があるように
工程96,102によりプログラムされる。第1は,第2フラッシュは第1フラッ
シュ後30秒以上で60秒以下生ずる状態である。なお,タンク17を再充てんす
るために常にフラッシュ間に30秒の遅れがある。この状態では,便器は最初の3
0秒遅れ後2回目に洗い流されるが,これでは,最初のフラッシュから最大90秒
にその後各フラッシュに60秒加えるまで3回目は洗い流されない。第二の場合は,
第2のフラッシュは第1フラッシュの60秒またはつぎのフラッシュ後90秒以内
に生じない状態である。この場合,バックグランド・タイマは自動的にリセットし,
便器はタンクを充てんするのに要する30秒以外に限定されずに再び洗い流される。
要するに,これは,便器は第1の場合のように,制限なく60秒ごとに洗い流され
ることを意味する。」
また,本件明細書の図15,16は,別紙1記載のとおりである。
イ甲1の記載
甲1には,次の記載がある。
「【0012】次に,上記構成における第1実施例の動作を図3のフローチャート
を用いて説明する。操作部16から洗浄起動入力が与えられると,MPU15bは,
タイマ15dを起動する(S1)。このタイマ15dの起動に伴いMPU15bは,
出力インタフェース15eを介してボウル部用弁機構17を開状態に駆動する(S
2)。この駆動により,リム通水路8の底面に開設したリム射出孔9からボウル部3
へ洗浄水が供給されボウル部3の洗浄が行なわれると共に,リム通水路8を介して
ボウル部3の下部に設けたタンク10に洗浄水を供給する。」
「【0013】MPU15bは,タイマ15dの経過時間を監視しており,ボウル
部3への給水時間が経過した時点で(S3),ボウル部用弁機構17を閉状態に駆動
する(S4)。同時に,ポンプ11を駆動(S5)してジェットノズル12のジェッ
ト噴射孔13からトラップ排水路4の堰部4aを指向して洗浄水を噴射しジェット
給水状態へ駆動する。この洗浄水によってトラップ排水路4内に負圧が生じ,その
ためボウル部3内の溜水がトラップ排水路4内に呼び込まれてトラップ排水路4内
はサイホン状態と成り,汚物・汚水の排出が開始される。」
「【0014】MPU15bは,タイマ15dの経過時間が,予めメモリ15cに
記憶されているジェット給水時間が経過した時点で(S6),ポンプ11の駆動を停
止し(S7),再びボウル部用弁機構17を開状態に駆動する(S8)。一方,サイ
ホン状態は,溜水の水位が隔壁2の下端以下となりトラップ排水路4内に空気が流
入するまで継続する。これ以降は,リム射出孔9から射出する洗浄水によってボウ
ル部3の封水がなされると共にタンク10に再び洗浄水を供給する。」
「【0015】MPU15bは,タイマ15dの経過時間が,予めメモリ15cに
記憶されている封水給水時間が経過した時点で(S9),ボウル部用弁機構17を閉
状態に駆動し(S10),タイマ16dを停止させて(S11)一連の便器の洗浄動
作を完了する。なお,本実施例では,ポンプ11が駆動している間は,ボウル部用
弁機構17を閉じるようにしているが,ポンプ11の駆動中も前記ボウル部用弁機
構17を開放するようにしてもよい。」
また,甲1の図1ないし4は,別紙2のとおりである。
(2)判断
審決は,①甲1には,S9の封水給水時間が経過する前に使用者が操作部16の
スイッチを操作した場合に,ポンプの作動が防止されることは記載されておらず,
封水給水時間が経過する前に使用者がスイッチを操作した場合,洗浄サイクルがリ
セットされることも考えられること,したがって,②本件発明1と甲1発明とは,
本件発明1では,自動制御手段が「ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記
ポンプ(18)が作動するのを防止する時間遅延手段」を有しているのに対し,甲
1発明では,このような時間遅延手段を有していない点において相違すること(相
違点1),を認定した。
しかし,審決の上記認定には,誤りがある。その理由は,以下のとおりである。
ア本件発明1の内容
特許請求の範囲の請求項1には,「時間遅延手段」は,「前記制御手段(80)は
前記ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(18)が作動するのを
防止する」と記載されている。しかし,同記載部分の技術的意義は必ずしも明確で
はない。そこで,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0010】,【0013】,
【0034】ないし【0037】の記載及び図15,16を参酌すると,「前記制御
手段(80)は前記ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(18)
が作動するのを防止する」「時間遅延手段」との構成部分は,タンクに洗浄水を再充
てんするため,フラッシュタイマの働きにより,少なくとも次のフラッシュまでに
30秒の後れを設定し,その間,ポンプの動作を停止する技術を含むと理解できる。
イ甲1発明の内容
他方,甲1の段落【0012】ないし【0015】の記載及び図3(別紙2)に
は,以下のとおりの記載がある。すなわち,操作部16から洗浄起動入力が与えら
れると,タイマ15dが起動し(S1),タイマ15dの計時は,一連の洗浄動作の
完了まで行なわれるが,その間に,①ボウル部用弁機構17の開状態(S2)から
閉状態(S4)までのボウル部給水時間(S3),②ポンプ11の駆動(S5)から
停止(S7)までのジェット給水時間(S6),③ボウル部用弁機構17の開状態(S
8)から閉状態(S10)までの封水給水時間(S9)について,それぞれ経過時
間の計測がされる。そして,上記①ないし③は,時間の経過とともに,順番に重複
なく進行し,その後も洗浄起動入力が与えられる毎に同様に繰り返される。また,
上記S3の経過時間中には,ボウル部3の洗浄とともに,タンク10への洗浄水の
給水が行なわれる。その後,ボウル部用弁機構17を閉状態(S4)にし,同時に
ポンプ11を駆動して(S5),洗浄水をジェット給水状態にした後,洗浄水によっ
てトラップ排水路4内に溜水が呼び込まれて,サイホン状態となり,汚物・汚水の
排水が行なわれる。ポンプ11の駆動が停止される(S7)と,ジェット給水状態
が終了するが,溜水水位が隔壁2の下端以下となり,トラップ排水路4内に空気が
流入するまでサイホン状態は継続する。その後,上記S9の経過時間中には,ボウ
ル部3への封水とともに,タンク10への洗浄水の供給が行なわれる。
上記のとおり,甲1には,S2ないしS4の経過時間においては,タイマ15d
の起動によって,タイマ15dで設定した経過時間の間は,ボウル部用弁機構17
の開状態が保たれており,その間にボウル部3とタンク10への洗浄水の供給が行
なわれており,使用者が再度操作部16のスイッチを操作して洗浄を開始しようと
しても,上記経過時間が経過しない時点では,洗浄開始信号は受け付けないという
技術が開示されている。この点,甲1には,洗浄水の供給をタイマ15dで設定し
た時間が経過しない状態で終了させることは記載されていない上,仮にそのような
状態で終了した場合には,溜水水位が隔壁2の下端より高くならず,上記サイホン
状態を生じさせることができず,汚物・汚水の排水が行なわれなくなるから,上記
経過時間が経過しない間に洗浄開始信号を受け付けるとの構成を採ることは,技術
常識に反する。また,同様に,ポンプが駆動停止した(S7)後,S8ないしS1
0の経過時間においても,タイマ15dで設定した経過時間の間は,ボウル部用弁
機構17の開状態が保たれており,その間にボウル部3とタンク10への洗浄水の
供給が行なわれており,使用者が再度操作部16のスイッチを操作して洗浄を開始
しようとしても,上記経過時間が経過しない時点では,洗浄開始信号は受け付けら
れないものと解される。そうすると,甲1には,タイマの働きにより,タンクに洗
浄水を再充てんするため,一定時間の後れを設定し,その間,ポンプの動作を停止
する技術が開示されているから,本件発明1の「前記制御手段(80)は前記ポン
プの最後の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(18)が作動するのを防止する
時間遅延手段を有している」といえる。
ウ被告の主張について
これに対し,被告は,甲1発明は,給水圧力の変動を受けることなく,連続使用
を可能とするとの作用効果を有していること,S3及びS5は,ポンプの最後の動
作後の一定の遅延時間に関するものでないこと,S9はボウル部3の封水のためで
あり,タンク10への洗浄水供給のためではないこと,ポンプ11の駆動(S5)
の前にボウル部3への給水時間の経過(S3)を要するとすれば,封水給水時間経
過(S9)前に洗浄起動入力があった場合においてリセットをしたとしても何ら問
題がないことからして,甲1発明には,「前記制御手段(80)は前記ポンプの最後
の動作後一定の遅延時間前に前記ポンプ(18)が作動するのを防止する時間遅延
手段」が存在しないことは明らかであると主張する。
しかし,被告の上記主張は,採用することができない。すなわち,甲1発明は,
ロータンクを用いた便器における,連続使用が難しいとの課題について,「内部にジ
ェット洗浄水を貯溜するタンクと,この洗浄水ノズルから噴出させるポンプを備え,
このポンプによりタンクに貯溜した洗浄水を噴射するようにしたので,給水圧力の
変動を受けることなく給水圧力の低い地域でも連続的に汚物等を排出するために必
要な洗浄水を便器へ供給することができ」るとするものであって(甲1段落【00
19】),連続使用ができることは開示されていない。また,上記のとおり,甲1発
明は,上記①ないし③の工程が繰り返されることにより,タンク10への洗浄水の
供給が行なわれるものであって,S3及びS5は,ポンプの最後の動作後の一定の
遅延時間に関するものでないとはいえない。さらに,上記のとおり,甲1には,S
9の経過時間において,ボウル部3の封水とともに,タンク10への洗浄水供給が
行なわれていることが開示されている。そして,甲1発明において,ポンプ11の
駆動(S5)の前にボウル部3への給水時間の経過(S3)を要するとしても,こ
れはS9の経過時間におけるタンク10への給水とS3の経過時間におけるタンク
10への給水が相俟って,サイホン状態を起こさせるジェット給水に必要な洗浄水
を確保するための構成であるから,封水給水時間経過(S9)前に洗浄起動入力が
あった場合にリセットがされると,上記洗浄水を確保することができず,洗浄機能
を果たさないこととなる。
エ小括
以上のとおり,被告の上記主張は採用することができず,甲1発明は,本件発明
1の「前記制御手段(80)は前記ポンプの最後の動作後一定の遅延時間前に前記
ポンプ(18)が作動するのを防止する時間遅延手段」を有している。したがって,
審決には,本件発明1の甲1発明との相違点1について認定の誤りがあり,同認定
の誤りは,結論に影響を及ぼす違法があることとなる。
2取消事由4(本件発明5の容易想到性判断の遺脱)について
審決は,本件発明5に係る無効理由4に関する判断において,本件発明4につい
て認定判断するのみで,本件発明5についての認定判断を欠くから,判断を遺脱し
た違法がある。被告は,審決が本件発明5の容易想到性についても実質的に判断し
ていると主張するが,採用の限りでない。
3結論
以上によれば,審決は,本件発明1の甲1発明との相違点1について,認定の誤
りがあり,同相違点認定の誤りは,本件発明1を引用する本件発明2ないし19を
含めて,結論に影響を及ぼす誤りであるといえる。また,審決には,本件発明5の
容易想到性判断を遺脱した違法もある。したがって,その余の取消事由の当否につ
いて判断するまでもなく,審決は,取り消されるべきであり,原告の取消事由に係
る主張には理由がある。その他,被告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
知野明
裁判官中平健は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官
飯村敏明
(別紙1)〔本件明細書の図15〕
〔本件明細書の図16〕
(別紙2)〔甲1明細書の図1ないし4〕

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