弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成26年7月17日判決言渡
平成25年(行ケ)第10269号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成26年7月10日
判決
原告コネコーポレイション
訴訟代理人弁理士香取孝雄
同北島弘崇
被告特許庁長官
指定代理人藤原直欣
同伊藤元人
同中川隆司
同窪田治彦
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定め
る。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2011-5743号事件について平成25年5月21日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯(当事者間に争いがない。)
原告は,発明の名称を「エレベータ」とする発明につき,平成15年(20
03年)10月1日を国際特許出願日(パリ条約による優先権主張:2002
年11月4日,フィンランド共和国)として,特許出願(特願2004-54
9205号。以下「本願」という。)をした。
原告は,平成21年1月9日付けで拒絶理由通知を受け,同年7月9日付け
意見書及び手続補正書を提出し,平成22年1月20日付けで再度の拒絶理由
通知を受け,同年6月15日付けで意見書及び手続補正書を提出し,同年11
月12日付けで拒絶査定を受け,平成23年3月15日付けで拒絶査定不服審
判(不服2011-5743号)を請求するとともに同日付け手続補正書を提
出し,同年4月27日付けで審判請求理由補充書を提出した。
原告は,平成23年10月11日付けで書面による審尋を受け,平成24年
4月13日付けで回答書を提出し,同年5月18日付けで拒絶理由通知を受け,
同年7月9日付けで誤訳訂正書を提出し,同年9月10日付けで再度の拒絶理
由通知を受け,平成25年3月11日付けで意見書及び手続補正書を提出した。
特許庁は,平成25年5月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,同年6月4日,その謄本を原告に送達した。
2特許請求の範囲の記載
平成25年3月11日付け手続補正書(甲23)による補正後の特許請求の
範囲(請求項の数は21である。)の請求項1の記載は,次のとおりである
(以下,請求項1記載の発明を「本件発明」という。また,本願の明細書(甲
5,15,20)を「本件明細書」という。)。
「【請求項1】
巻上機がトラクションシーブによって一連の巻上ロープと係合し,エレベー
タカーは前記巻上ロープに支持され,該ロープはエレベータカーを動かす手段
である,カウンタウェイトを持たないトラクションシーブエレベータにおい
て,該エレベータには機械室がなく,前記エレベータカーは,リムの両側から
前記巻上ロープが上昇する少なくとも2つの転向プーリとリムの両側から前記
巻上ロープが下降する少なくとも2つの転向プーリとを介して前記巻上ロープ
によって懸垂され,前記トラクションシーブはこれら転向プーリ間のロープ部
分と該トラクションシーブの両側から前記巻上ロープが上昇または下降するよ
うに係合し,それによって前記巻上ロープと前記トラクションシーブとの間の
連続する接触角を増大させるとともに従来よりも小型のトラクションシーブの
使用を可能にし,前記エレベータには引張要素が設けられ,該引張要素によっ
て巻上ロープの張力を調節することができることを特徴とするエレベータ。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は,次のと
おりである。
本件発明は,米国特許第719114号明細書(甲1。以下「刊行物」と
いう。)に記載された発明(以下「刊行物記載発明」という。)並びに周知
技術及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもので
あり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
審決が認定した刊行物記載発明の内容,本件発明と刊行物記載発明との一
致点及び相違点は,次のとおりである。
ア刊行物記載発明の内容
「電気モーター9が駆動シーブ7によって一連の巻上ケーブル4と係合
し,かご1は前記巻上ケーブル4に支持され,該ケーブル4はかご1を動
かす手段である,カウンタウェイトを持たない駆動シーブエレベータにお
いて,該エレベータには機械室がなく,前記かご1が,リムの両側から前
記巻上ケーブル4が上昇する1つのプーリ2とリムの両側から前記巻上
ケーブル4が下降する1つのプーリ3とを介して巻上ケーブル4によって
懸垂され,前記駆動シーブ7はこれらプーリ2及び3間の巻上ケーブル4
部分と駆動シーブ7の両側から巻上ケーブル4が上昇するように係合し,
前記エレベータには,ケーブルをピンと張った状態に保つ重り8が設けら
れ,該重り8によって巻上ケーブル4に張力を及ぼすエレベータ。」
イ一致点
「巻上機がトラクションシーブによって一連の巻上ロープと係合し,エ
レベータカーは巻上ロープに支持され,該ロープはエレベータカーを動か
す手段である,カウンタウェイトを持たないトラクションシーブエレベー
タにおいて,該エレベータには機械室がなく,エレベータカーは,リムの
両側から巻上ロープが上昇する転向プーリとリムの両側から巻上ロープが
下降する転向プーリとを介して巻上ロープによって懸垂され,トラクショ
ンシーブはこれら転向プーリ間のロープ部分と該トラクションシーブの両
側から巻上ロープが上昇するように係合し,エレベータには引張要素が設
けられるエレベータ。」
ウ相違点
相違点1
本件発明においては,引張要素によって巻上ロープの張力を調節する
ことができるのに対し,刊行物記載発明においては,重り8によって巻
上ケーブル4に張力を及ぼす点。
相違点2
本件発明においては,リムの両側から巻上ロープが上昇及び下降する
転向プーリが少なくとも2つであり,トラクションシーブはこれら転向
プーリ間のロープ部分と該トラクションシーブの両側から巻上ロープが
上昇または下降するように係合し,それによって巻上ロープとトラク
ションシーブとの間の連続する接触角を増大させるとともに従来よりも
小型のトラクションシーブの使用を可能にするのに対し,刊行物記載発
明においては,リムの両側から巻上ケーブル4が上昇及び下降するプー
リ2及び3が1つであり,駆動シーブ7はこれらプーリ2及び3間の巻
上ケーブル4部分と駆動シーブ7の両側から巻上ケーブル4が上昇する
ように係合するものの,他の事項は不明である点。
第3原告主張の取消事由
審決には,刊行物記載発明を引用発明とした判断の誤り(取消事由1),相
違点1の認定及び判断の誤り(取消事由2),相違点2の判断の誤り(取消事
由3),本件発明の効果に係る判断の誤り(取消事由4)があり,これらの誤
りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法であり,取り消さ
れるべきである。
1取消事由1(刊行物記載発明を引用発明とした判断の誤り)
審決は,本件発明と刊行物記載発明とが「該エレベータには機械室がな
く」という点においても一致していると認定した上で,刊行物記載発明を引
用発明として,本件発明の進歩性について判断している。
しかし,以下のとおり,刊行物記載のエレベータは機械室を有するもので
ある。そして,本件発明の「機械室なしエレベータ」と刊行物記載発明の
「機械室ありエレベータ」とは,技術分野が全く異なるものである。
したがって,刊行物記載発明は引用発明としての適格性を欠くものである
から,刊行物記載発明を引用発明とした審決の判断は誤りである。
機械室がないエレベータとは,巻上機や制御装置などの駆動装置を設ける
ための専用の空間を昇降路(エレベータシャフト)とは別の場所に設けてい
ないエレベータをいう(甲24(以下「甲24文献」という。)の「10.
【機械室なしエレベーター】」の項の記載参照)。
刊行物には,機械室及びエレベータシャフトについての記載はない。
しかし,刊行物の図1(判決注・別紙図面参照)のエレベータでは,駆動
装置に相当する電気モータ9と,制御装置に相当するコントローラ14とが
エレベータカー1と略同程度の大きさであり,これらを組み合わせたものが
エレベータカーより大きいことは明らかである。また,刊行物の図1のエレ
ベータでは,エレベータカー1の真下にエレベータカー1と略同程度の大き
さのシーブ7(トラクションシーブに相当する。)が存在する。そして,一
般に,エレベータシャフトの大きさは,エレベーターカーと,エレベーター
カーの駆動に必要なものが入る程度の大きさである。よって,刊行物1の図
1のエレベータは,電気モータ9及びコントローラ14を設けるための専用
の空間,すなわち機械室を必要とするものである。
また,刊行物が発行された1902年頃は,エレベータの駆動に必要な機
械は,建物内において昇降路として機能する縦穴の底ではなく,縦穴とは別
に,駆動装置を設置するための専用の空間,すなわち機械室に設置されてい
た(1902年12月30日に特許された米国特許第716953号の明細
書(甲28。以下「甲28文献」という。)のFig.1及び1902年11月
11日に特許された米国特許第713225号の明細書(甲29。以下「甲
29文献」という。)のFig.1参照)。機械室のないエレベータは,199
9年頃に開発された新しい技術であり,1902年当時には,機械室のない
エレベータという発想はそもそも存在しなかった(甲30)。
したがって,刊行物記載のエレベータは,機械室を有するものである。
2取消事由2(相違点1の認定及び判断の誤り)
相違点1の認定について
審決は,相違点1として,「本件発明においては,引張要素によって巻き
上げロープの張力を調整することができるのに対し,刊行物記載発明におい
ては,重り8によって巻上ケーブル4に張力を及ぼす点」を認定している。
しかし,本件発明と刊行物記載発明とでは,巻上ロープが介する転向プー
リの数が異なるから,両発明の相違点は,「本件発明においては,少なくと
も2つの転向プーリを介した巻上ロープに設けられた引張要素によって巻き
上げロープの張力を調整することができるのに対し,引用発明においては,
1つの転向プーリを介した巻上ロープに設けられた重り8によって巻上ケー
ブル4に張力を及ぼす点」である。
したがって,審決の上記認定は誤りである。
相違点1の判断について
ア審決は,刊行物に記載された重り8が,本件発明の「引張要素」に相当
し,重りの重さの程度,重りの個数等により張力を調整することができる
ものであることは技術常識であり,相違点1に係る本件発明の発明特定事
項は,刊行物に記載されているに等しい事項であると判断している。
しかし,本件発明及び刊行物記載発明は,いずれもカウンタウェイトを
用いないロープ式のエレベータであるところ,カウンタウェイトを用いな
いロープ式エレベータにおいては,①巻上機の軸にかかる荷重が増大し,
その結果,巻上機が大型化する可能性があり,また,②かごの全重量と全
積載荷重とがトラクションシーブの一方のみにかかるため,力が非常にア
ンバランスになり,その結果トラクションシーブ上でロープが滑る危険性
がある。
本件発明は,上記①及び②の問題を,少なくとも2つの転向プーリを解
した巻上ロープに設けられた引張要素によって巻上ロープの張力を調節す
ることで解決している。これに対し,刊行物記載発明では,1つの転向
プーリを介した巻上ロープに設けられた重り8によって巻上ケーブル4に
張力を及ぼしているが,8によって巻上ケーブル4に張力を及ぼすだけで
は,かごの全重量と全積載荷重とがシーブ7の片側のみにかかるため,巻
上機,すなわち電気モータ9の軸に過重にかかる負荷を軽減することがで
きず,電気モータ9が増大するという上記①の問題を解決することができ
ない。また,重り8によって巻上ケーブル4に張力を及ぼすだけでは,ト
ラクションシーブの右側および左側にかかる力のアンバランスを解消する
ことができず,トラクションシーブ上でロープが滑る危険性があるという
上記②の問題も解決することができない。刊行物には,少なくとも2つの
転向プーリを介した巻上ロープに設けられた引張要素によって巻上ロープ
の張力を調節することは,開示も示唆もされていない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
イ審決は,刊行物に「ケーブル4の終端にケーブルをピンと張った状態に
保つ重り8又はその他の手段が固定されている。」と記載されていること
から,重り8の重さの程度及び/または重りの個数等による調整を含め,
他の既存の張力調整手段を適宜採用することは,当業者が容易になし得る
ことであると判断している。
しかし,本件発明と刊行物記載発明とでは,転向プーリの数が異なり,
本件発明では,巻上ロープはエレベーターカーに設けられた少なくとも2
つの転向プーリを介して引張要素と繋がっているため,転向プーリと巻上
ロープとが接触する部分の把持力を利用して,重りが巻上ロープの張力を
調節すること,すなわち,通常走行時における乗客の乗り降りや,エレ
ベータカーの走行方向等により生じるロープの張力の変化を調整すること
(エレベーターカーの走行によって考えられ得るロープのたるみに応じた
張力をあらかじめロープにもたらしておくこと)が可能であるのに対し,
刊行物記載発明では,かご1に設けられた転向プーリ3を介して重り8と
繋がっているにすぎないため,重り8は,「ロープをピンと張った状態に
保つ」のが限界であり,本件発明のように張力の変化を調整することまで
はできない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
被告の主張について
被告は,張力の調節に係る原告の主張について,通常走行時における乗客
の乗り降りや,エレベータカーの走行方向等における張力の変化及び張力変
化に応じた調整については,出願当初の明細書,特許請求の範囲又は図面に
基づく主張とはいえないし,本件発明の発明特定事項に基づく主張ともいえ
ないと主張する。
しかし,一般にエレベータが,昇降路において,停止階でエレベータカー
を停止させて乗客を乗り降りさせながら,エレベータカーを上方向又は下方
向に走行させるものであることは当業者にとっては当然のことであり,乗客
の乗り降りや走行方向の違いによって張力の変化があることも当業者にとっ
て当然のことであるから,本件発明に係るエレベータにおいても,「通常走
行時における乗客の乗り降りや,エレベータカーの走行方向等における張力
の変化」があることは当業者にとって当然に推論できることである。
また,本件発明において,通常走行時における乗客の乗り降りや,エレ
ベータカーの走行方向等における張力の変化があることは,「エレベータ」
及び「カウンタウェイトを持たない」という本件発明の発明特定事項から当
業者が容易に推論できることである。また,本件発明において,張力変化に
応じた調整ができることは,「前記エレベータカーは,リムの両側から前記
巻上ロープが上昇する少なくとも2つの転向プーリとリムの両側から前記巻
上ロープが下降する少なくとも2つの転向プーリとを介して前記巻上ロープ
によって懸垂され,」及び「該引張要素によって巻上ロープの張力を調節す
ることができる」という本件発明の発明特定事項から当業者が容易に推論で
きることである。
3取消事由3(相違点2の判断の誤り)
審決は,本件発明及び刊行物記載発明は共に,トラクションシーブは転向
プーリ間のロープ部分とトラクションシーブの両側から巻き上げロープが上
昇するように係合することで共通の態様を有していることから,刊行物記載
発明が,本件発明と同程度の巻上ロープとトラクションシーブとの間の連続
する接触角の増大を備えることは自明の事項であるとした上,刊行物記載発
明並びに周知技術及び技術常識に基づき,相違点2に係る本件発明の発明特
定事項に想到することは,当業者が容易になし得ることであると判断してい
る。
しかし,本件発明は,刊行物記載発明よりも,巻上ロープとトラクション
シーブとの間の連続する接触角を増大させて,カウンタウェイトを用いない
エレベータにおいても小型のトラクションシーブの使用を可能にしているも
のである(後記ア)。審決はこの点を看過し,小型化及び軽量化に係る公知
技術について誤った解釈をした結果,相違点2の判断を誤ったものである
(後記イ)。
ア接触角の増大について
本件発明は,転向プーリを少なくとも2つ有しているため,転向プーリ
の一部がトラクションシーブの真上になるように転向プーリを配置するこ
とで接触角を増大させることが可能であり,このようにして,刊行物記載
発明よりも,巻上ロープとトラクションシーブとの間の連続する接触角を
増大させて,カウンタウェイトを用いないエレベータにおいても小型のト
ラクションシーブの使用を可能にしているものである。
すなわち,刊行物記載発明では,エレベータカーの下側に設けられた転
向プーリは一つだけであるため,エレベータカーとのバランスを考慮し
て,転向プーリをエレベータカーの略真ん中に配置する必要がある。一
方,エレベータの横側を通る巻上ロープがエレベータカーに接触しないよ
うトラクションシーブを配置する必要があり,具体的には,トラクション
シーブは,エレベータシャフトの壁寄りに配置される。そうすると,エレ
ベータカーに設けられた転向プーリからトラクションシーブへ垂直に巻上
ロープを渡すことは難しく,斜めに渡すようになる(参考図1)。この場
合,エレベータカーが下降するに従い,巻上ロープとトラクションシーブ
との間の連続する接触角が,180o
よりも小さくなってゆく(参考図
2)。
参考図2
巻上ロープ
エレベータカー
下降
接触角が180o
より小さくなる
参考図1
トラクションシーブ
ロープがエレベータカーにぶ
つからないようにする
巻上
ロープ
エレベータカー
転向プーリ
A重り
これに対し,本件発明は,転向プーリを少なくとも2つ有するため,1
つの転向プーリからトラクションシーブへ,巻上ロープを略垂直に渡すこ
とが可能である。したがって,本件発明では,エレベータカーが下降して
も,巻上ロープとトラクションシーブとの間の連続する接触角が180o
よりも小さくなることを防ぐことが可能である(参考図3)。また,本件
発明では,転向プーリを少なくとも2つ有しているため,例えば転向プー
リの一部がトラクションシーブの真上になるように転向プーリを配置する
ことで接触角を増大させることも可能である(参考図4)。この場合,エ
レベータカーが下降するに従い,巻上ロープとトラクションシーブとの間
の連続する接触角を180o
より大きくすることができる。
参考図3
巻上ロープ
エレベータカー
下降
接触角が180o
より
小さくなることを
防ぐことが可能
このように,本件発明では,トラクションシーブが少なくとも2つの転
向プーリの間のロープ部分と係合しており,トラクションシーブが1つの
転向プーリの間のロープ部分と係合する刊行物記載の発明と比較して,少
なくとも2つの転向プーリによってトラクションシーブとロープ部分との
間の接触角が増大するようにトラクションシーブに対する適正な操作角を
形成でき,それによって,トラクションシーブが1つの転向プーリの間の
ロープ部分と係合する場合と比較して,巻上ロープとトラクションシーブ
との接触角を増大させてこれらの間に強力な把持力及び良好な接触を達成
し,カウンタウェイトを用いないことに起因する,トラクションシーブ上
でロープが滑る危険性を解消できるという有利な利点がある。
また,本件発明では,少なくとも2つの転向プーリを用いるため,トラ
クションシーブとロープ部分との間の接触角が増大するようトラクション
参考図4
巻上ロープ
エレベータカー
下降
エレベータカーが
下降するにつれ
て,接触角を増大
させることが可能
シーブに対する適正な操作角を形成する際に,巻上ロープにかかる力のバ
ランスを考慮することが可能であり,これによって,トラクションシーブ
が1つの転向プーリの間のロープ部分と係合する場合と比較して,巻上
ロープの摩耗を抑えることができるという有利な利点がある。
以上のとおり,本件発明は,転向プーリを少なくとも2つとして巻上
ロープとトラクションシーブとの間の連続する接触角を増大させて,カウ
ンタウェイトを用いないエレベータにおいても小型のトラクションシーブ
の使用を可能にしているものである。
イ小型化及び軽量化について
審決は,エレベータの技術分野において,巻上機やシーブなどのエレ
ベータ装置の部材を小型化や軽量化することは,一般的な技術課題である
とし(甲2),エレベータの技術分野において,転向プーリを2つとする
ことは周知技術(仏国特許出願公開第2823734号の明細書(甲3。
以下「甲3文献」という。))であり,1つの転向プーリを2つとするこ
とにより小型化及び軽量化された巻上機及びシーブの使用を可能とするこ
とは,当該技術分野において技術常識(昇降機用語辞典(甲4。以下「甲
4文献」という。))であるとし,上記周知技術及び技術常識に基づき,
転向プーリを少なくとも2つとして従来よりも小型の巻上機及びトラク
ションシーブの使用を可能とすることに当業者の格別の創意は要しないと
判断している。
しかし,前記アのとおり,本件発明は,転向プーリを少なくとも2つと
して巻上ロープとトラクションシーブとの間の連続する接触角を増大させ
て,カウンタウェイトを用いないエレベータにおいても小型のトラクショ
ンシーブの使用を可能にしているものである。これに対し,甲3文献及び
甲4文献はいずれも,カウンタウェイトを用いる巻上機の小型化の手法を
開示しているだけであり,接触角を増大させることでトラクションシーブ
を小型にすることは,これら文献には開示も示唆もされていない。
したがって,審決が,甲3文献に基づいて認定した周知技術及び甲4文
献に基づいて認定した技術常識に基づき,相違点2に係る本件発明の発明
特定事項とすることは当業者が容易に想到できたことであるとしたのは誤
りである。
被告の主張について
ア接触角の増大について
被告は,本件発明において転向プーリとトラクションシーブとの位置
関係が参考図3に係る関係にあるとまでは特定されていないし,そのよ
うな位置関係にすることで接触角を増大させることは,出願当初の明細
書等に何ら記載されていない,また,参考図4にあるように,転向プー
リの一部がトラクションシーブの真上になるように転向プーリを配置す
ることで接触角を増大させることも,出願当初の明細書等に何ら記載さ
れていないと主張する。
しかし,トラクションシーブを巻上ロープにどのように係合させるか
は,使用する巻上ロープの太さや,トラクションシーブの径や,エレ
ベータの規模等の様々な要因によって大きく変わるものであることは当
業者にとって当然のことである。したがって,当業者が,転向プーリと
トラクションシーブとの位置関係が参考図3及び参考図4に係る関係に
あると推論することは容易である。
被告は,国際公開第01/42121号(乙2。以下「乙2公報」と
いう。)及び実願昭57-135203号(実開昭59-40276
号)のマイクロフィルム(乙3。以下「乙3公報」という。)を引用し
て,仮に,出願当初の明細書等から,参考図4における接触角の増大が
自明であるとしても,本件発明における接触角の増大は当業者が適宜な
し得ることであると主張する。
しかし,乙2公報及び乙3公報には,エレベータカーに設けられた少
なくとも2つの転向プーリによって巻上ロープとトラクションシーブと
の間の連続する接触角を増大させることは,開示も示唆もされていな
い。乙2公報及び乙3公報のエレベータは,いずれもカウンタウェイト
を用いているものであるから,乙2公報及び乙3公報から,カウンタウ
ェイトを用いないエレベータである本件発明における接触角の増大を想
到することはできない。
イ小型化及び軽量化について
被告は,特開2002-167137号公報(乙5。以下「乙5公報」
という。)及び特表2002-504471号公報(乙6。以下「乙6公
報」という。)を引用して,審決において,1つの転向プーリを2つとす
ることにより,小型化及び軽量化された巻上機及びシーブの使用を可能と
することを技術常識としたことに誤りはないと主張する。
しかし,本件発明のエレベータが,カウンタウェイトを用いないもので
あるのに対し,乙5公報及び乙6公報には,カウンタウェイトを用いたエ
レベータにおける技術常識が開示されているにすぎない。本件発明に至る
ためには,接触角を増大させてトラクションシーブを従来よりも小型化す
ることで巻上機が大きくなりがちになる問題を解決するという技術的解決
方法が必要であるが,このことは,乙5公報及び乙6公報には全く開示さ
れていない。したがって,被告の上記主張は理由がない。
4取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)
審決は,本件発明を全体として検討しても本件発明の奏する効果は刊行物記
載発明並びに周知技術及び技術常識から当業者が予測し得る程度のものである
と判断している。
しかし,本件発明は,「少なくとも2つの転向プーリを介した巻上ロープに
設けられた引張り要素によって巻き上げロープの張力を調節することができ
る」こと,及び「カウンタウェイトを用いないエレベータにおけるエレベータ
カーを,リムの両側から巻上ロープが上昇する少なくとも2つの転向プーリと
リムの両側から巻上ロープが下降する少なくとも2つの転向プーリとを介して
巻上ロープによって懸垂され,トラクションシーブはこれら転向プーリ間の
ロープ部分とトラクションシーブの両側から巻上ロープが上昇または下降する
ように係合し,それによって巻上ロープとトラクションシーブとの間の連続す
る接触角を増大させると共に従来よりも小型のトラクションシーブの使用を可
能にする」ことによって,カウンタウェイトを用いないエレベータが有する問
題を克服し,かつ,カウンタウェイトを用いないエレベータであっても機械室
をなくし,安全性を確保し,巻上ロープの摩耗を防ぎ,細い巻上ロープの使用
を可能にするという,刊行物記載発明並びに周知技術及び技術常識と比較した
有利な効果を奏する。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
第4被告の主張
1取消事由1(刊行物記載発明を引用発明とした判断の誤り)について
審決の認定について
刊行物には「機械室」についての記載がないから,機械室がないものとし
て発明を認定することに誤りはない。
原告の主張について
ア原告は,甲24文献を引用して,刊行物記載のエレベータは機械室を有
するものであると主張する。
しかし,平成12年5月31日建設省告示第1413号改正平成14年
5月31日国土交通省告示第478号(乙1。以下「建設省告示」とい
う。)第一の四ロ及びニには,「駆動装置を昇降路の底部に設ける」場合
の安全性等を考慮した構造の記載があり,当該記載からすぐに理解される
エレベータは,単に,駆動装置(巻上機)を昇降路の底部に設けるエレ
ベータである。刊行物の図1及び図2(判決注・別紙図面参照)には,
「かご1」下方の床面に電気モーター9等を配置することが記載されてお
り,これに接した当業者は,刊行物記載のエレベータを,昇降路の底部に
巻上機を配置した機械室がないエレベータであると認識する。
したがって,原告の上記主張は失当である。
イ原告は,刊行物の図1において,電気モーター9及び制御装置14が,
かご1と略同程度の大きさがあり,昇降路内にこれらの装置を置くことが
できないとして,刊行物記載のエレベータは機械室を必要とするものであ
ると主張する。
しかし,一般に,特許出願の願書に添付される図面は,明細書を補完
し,特許を受けようとする発明に係る技術内容を当業者に理解させるため
の説明図であるから,当該発明の技術内容を理解するために必要な程度の
正確さを備えていれば足り,当該図面に表示された寸法については,必ず
しも厳密な正確さが要求されるものではない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
2取消事由2(相違点1の認定及び判断の誤り)について
審決の認定及び判断について
本件発明の「引張要素」について,本件明細書には,「引張要素8は,
ロープ端で吊下げ自在のバネや錘,あるいは他の適当な引張要素方式として
もよい。」(甲5【0014】)と記載されている。これに対し,刊行物に
は,上記「錘」と同等の手段である「重り8」が記載されている。したがっ
て,審決の相違点1の認定及びその判断に誤りはない。
原告の主張について
ア原告は,張力の「調節」とは,通常走行時における乗客の乗り降りや,
エレベータカーの走行方向等により生じるロープの張力の変化を調整する
ことを意味すると主張する。
しかし,原告の上記主張は,出願当初の明細書,特許請求の範囲又は図
面に基づく主張とはいえないし,本件発明の発明特定事項に基づく主張と
もいえない。
仮に,原告の主張する張力変化に関する事項が,出願当初明細書等から
自明であるというのであれば,技術的に同等の張力の調節手段を備える刊
行物においても,同様に自明な事項であるといえる。
イ原告は,本件発明は,カウンタウェイトを用いないことにより生じる2
つの問題(①巻上機の軸にかかる荷重が増大し,その結果,巻上機が大型
化する可能性があること,②かごの全重量と全積載荷重とがトラクション
シーブの一方のみにかかるため,力が非常にアンバランスになり,その結
果トラクションシーブ上でロープが滑る危険性があること)を,少なくと
も2つの転向プーリを介した巻上ロープに設けた引張り要素によって巻き
上げロープの張力を調節することで解決しているのに対し,刊行物記載発
明は,上記①及び②の問題を解決することができないと主張する。
しかし,刊行物に記載された重り8による張力の調節は,かごの重さや
懸垂比等を考慮して,必要な程度の張力を与えるものであることは技術常
識であるし,懸垂比の変更により,回転軸に対する垂直方向の荷重が減る
ことは,当業者であれば当然に知り得ていることである。
そして,刊行物記載発明において当然に考慮し検討される一般的な技術
課題を踏まえ,巻上機及びシーブの小型化及び軽量化を図る際に,周知技
術及び技術常識に基づき,転向プーリを少なくとも2つとして従来よりも
小型の巻上機及びトラクションシーブの使用を可能とすることに当業者の
格別の創意は要しない。転向プーリを少なくとも2つとしたことにより,
必要とする張力が変わることは技術的に自明であるから,その必要な張力
に応じた調節,すなわち刊行物に記載された重り8の重さの程度及び/又
は重りの個数等を調節することも,当業者が当然になし得ることである。
さらに,張力の調節が,シーブ上でロープが滑らない程度の張力の調節と
することも,エレベータが安全に通常の運行をする上で,当業者が当然に
採用し得ることである。
したがって,原告の上記主張は失当である。
3取消事由3(相違点2の判断の誤り)について
審決の判断について
ア接触角の増大について
審決は,本件発明の例えば図1に示された「エレベータカー」に設けら
れる転向プーリとトラクションシーブとの係合の様子と,刊行物の図2に
示された「かご1」に設けられる「転向プーリ」と「駆動シーブ7」との
係合の様子とを比較してみると,両者は技術的に共通の態様を呈している
といえること,及び,本件発明の例えば図1に示された接触角と刊行物の
図2に示された接触角とが,両者共に180°程度であることに基づい
て,刊行物発明においても本件発明と同程度の接触角の増大(例えば,原
告指摘の参考図3)があると判断したものであり,その判断に誤りはな
い。
イ小型化及び軽量化について
審決は,小型化と軽量化に関する一般的な技術課題を踏まえ,刊行物記
載発明並びに転向プーリを2つとすることに関する周知技術及び技術常識
に基づき,相違点2に係る本件発明の発明特定事項を容易想到としたもの
である。そして,転向プーリを2つとする周知技術の例として審決が提示
した甲3文献には,単に転向プーリを2つとする記載だけでなく,モータ
の供給すべき力が4分の1となる旨の記載があり,この記載から,モータ
の必要トルクの減少により小型化及び軽量化したモータの使用が可能であ
ることは技術的に自明である。さらに,審決は,一般的な技術水準の例と
して,甲4文献を提示し,転向プーリを2つとすることにより,小型化及
び軽量化した巻上機及びシーブの使用を可能とすることは技術常識である
としたものである。特に,甲4文献には,巻上機が,駆動綱車(シーブ)
及び駆動電動機からなることが記載されており,審決で摘記した甲4文献
の「巻上機を小形,軽量化できる」とは,巻上機を構成するシーブをも小
型化及び軽量化することを意味するのである。
また,甲3文献を含め,モータの小型化及び軽量化により,減少した
モータの出力トルクに対応した小径のシーブとすること,及び/又は,単
にシーブを含む巻上機全体を小型化及び軽量化とすることも,普通に採用
し得ることであるし,懸垂比の変更により,回転軸に対する垂直方向の荷
重が減ることで,必要強度が減少し巻上機の小型化が可能であることは,
当業者であれば当然に知り得ていることである(乙5公報及び乙6公
報)。
したがって,審決において,1つの転向プーリを2つとすることによ
り,小型化及び軽量化された巻上機及びシーブの使用を可能とすることを
技術常識であるとしたことに誤りはないし,続く判断において,刊行物記
載発明においても当然に考慮し検討される一般的な技術課題に基づき巻上
機及びシーブの小型化及び軽量化を図る際に,周知技術及び技術常識に基
づき,転向プーリを少なくとも2つとして従来よりも小型の巻上機及びト
ラクションシーブの使用を可能とすることに当業者の格別の創意は要しな
いとしたことについても誤りはない。
原告の主張について
ア接触角の増大について
原告は,本件発明は転向プーリを少なくとも2つ有するため,1つの
転向プーリからトラクションシーブへ,巻上ロープを略垂直に渡すこと
が可能であるから,エレベータカーが下降しても,巻上ロープとトラク
ションシーブとの間の連続する接触角が180°よりも小さくなること
を防ぐことが可能である(参考図3)と主張する。
しかし,本件発明において転向プーリとトラクションシーブとの位置
関係が参考図3に係る関係にあるとまでは特定されていないし,そのよ
うな位置関係にすることで接触角を増大させることは,出願当初の明細
書等に何ら記載されていない。刊行物記載発明において,小型化,軽量
化の観点で,2つの転向プーリを設けることは,周知技術及び技術常識
に基づき,当業者にとって容易想到といえるところ(前記),本件
発明が転向プーリを少なくとも2つ有することで当然に上記のような作
用効果を奏するならば,刊行物記載発明においても,2つの転向プーリ
を設けることによって,同様に期待できるものである。
原告は,転向プーリの一部がトラクションシーブの真上になるように
転向プーリを配置することで接触角を増大させることが可能である(参
考図4)とも主張する。
しかし,そのような積極的な手段を採用して接触角を増大することに
ついては,出願当初の明細書等に何ら記載されていない。接触角の増大
について,本件明細書の図2においては,巻上ロープ203が傾斜して
見えるが,【0017】には,「図2では,巻上ロープは次のように走
行する。・・・転向プーリ215からエレベータカー201の転向プー
リ214へと進み,そこからシャフト上部の転向プーリ219へと戻
る。転向プーリ219から,巻上ロープは運転機械装置210によって
駆動するトラクションシーブ211に達する。トラクションシーブから
は,ロープは再び上方に進んでカー下部の転向プーリ204に達し・・
・」と記載されていることからすれば,巻上ロープ203の傾斜とは,
シャフト上部に配置された転向プーリ219とトラクションシーブ21
1との間における傾斜であって,エレベータカーの下部に配置された転
向プーリ204とトラクションシーブ211との間で傾斜するものでは
ないから,原告指摘の参考図4のような態様は,本件発明とは別異のも
のである。
仮に,出願当初の明細書等から,参考図4における接触角の増大が自
明であるとしても,その接触角の増大は,180°近傍における僅かな
角度の増大であり,その程度の増大であれば,それは刊行物記載発明並
びに周知技術及び技術常識から,当業者が予測可能である。また,当該
技術分野において,接触角の増大すなわち所望のトラクション能力を得
ようとすることは普遍的な技術課題である(乙2公報・明細書7頁8行
~14行,第1図及び第2図)。機器の配置構成を適宜考慮して省ス
ペース化・省資源化を図ることも普遍的な技術課題であるところ,機器
の省スペースの配置の結果,接触角の増大は自ずと起こり得ることであ
る(乙3公報・明細書10頁2行~15行,第3図ないし第5図)。そ
うすると,仮に,参考図4における接触角の増大が自明であるとして
も,それは,当業者が適宜なし得ることである。
イカウンタウェイトを用いないことについて
原告が主張するような,カウンタウェイトを用いないことによる問題
も,当業者であれば当然承知していることであって,刊行物記載発明にお
いても内在していることは,当業者であれば容易に理解することができ
る。懸垂比の変更により,回転軸に対する垂直方向の荷重が減ることは技
術常識であるし,接触角を増やすことによりトラクション能力が増大する
ことも技術常識であるから,刊行物記載発明において,カウンタウェイト
を用いないことによる問題も踏まえた上で,相違点2に係る本件発明の発
明特定事項とすることも,周知技術及び技術常識に基づき容易想到であ
る。
4取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)について
原告が主張する本件発明の効果は,いずれも刊行物記載発明並びに周知技術
及び技術常識から当業者が予測可能な範囲のものである。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべ
き違法はないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1取消事由1(刊行物記載発明を引用発明とした判断の誤り)について
「機械室のないエレベータ」の意義について
ア原告は,特許請求の範囲の請求項1における「該エレベータには機械室
がなく」にいう機械室のないエレベータとは,巻上機や制御装置などの駆
動装置を設けるための専用の空間を昇降路とは別の場所に設けていないエ
レベータをいうと主張する(前記第3の1)。
そこで検討すると,特許請求の範囲の請求項1には,機械室に関しては
上記記載があるのみであり,また,駆動装置の設置箇所に関する記載はな
いため,「機械室のないエレベータ」の意義は,特許請求の範囲の記載か
ら一義的に明確であるとはいえない。よって,まずこの点について,本件
明細書の記載を参酌し,技術常識を踏まえて検討する。
イ本件明細書の記載
本件明細書(甲5,15,20)の発明の詳細な説明には,以下の記載
がある(下線は裁判所が付した。以下同じ。)。
「【0001】
本発明は請求項1の前段に記載のエレベータに関するものである。
【0002】
エレベータ研究開発の目的の1つは効率的・経済的に建物スペースを利
用することである。近年,かかる研究開発により,とりわけ,様々な機械
室のないエレベータ方式が創作された。機械室なしのエレベータの好適な
例は,欧州特許0631967(A1)号および0631968
号の明細書に開示されている。これらの明細書に記載されたエレベータ
は,まずまず効率的なスペース利用を達成している。なぜなら,建物中で
エレベータ機械室が占めていたスペースを,エレベータシャフトを拡張す
ることなく省略することに成功したからである。これらの明細書に記載さ
れたエレベータでは,機械装置は,従来のエレベータ機械装置に比較する
と,少なくとも1つの方向にはコンパクトであるが他の方向については著
しく大きな寸法を有することとなりがちであった。
【0003】
・・・機械室なしのトラクションシーブエレベータのうち,特に巻上機
が上方に位置する方式では,巻上機をエレベータシャフト内に設置するこ
とが困難である。なぜなら,巻上機は相当な大きさであり相当な重量を有
するからである。とりわけ,大きな負荷を高速に,さらに/あるいは相当
な巻上高さまで搬送する必要がある場合,巻上機の寸法および重量は,エ
レベータの導入上深刻な問題となる。すなわち,巻上機が必要とするサイ
ズおよび重量によって,実際上,機械室なしのエレベータというコンセプ
トを利用できる機会が制限されているし,そうでなくとも,少なくとも上
記コンセプトを大型のエレベータに導入するには時間がかかっている。エ
レベータの現代化において,エレベータシャフトの利用可能スペースは,
しばしば機械室なしのエレベータというコンセプトの適用の制限となる。
特に油圧式エレベータを現代化もしくは交換する場合,大抵,機械室のな
いロープ式エレベータというコンセプトは,シャフト内のスペースが足り
ないため実用的でない。現代化する/交換する油圧エレベータ方式が,カ
ウンタウェイトを有していない場合は尚更である。カウンタウェイトを有
するエレベータの不利点は,カウンタウェイトのコストおよびシャフト内
に要するスペースである。現在ではほとんど導入されることのないドラム
式エレベータは,電力消費が高く重くて複雑な巻上機を要するという欠点
がある。
【0004】
本発明は,次の目的のうち少なくとも1つを達成することを目的とす
る。すなわち,1つの目的は,本発明によって,従前より効率的に建物お
よびエレベータシャフトのスペースを利用できる機械室なしのエレベータ
を開発することである。これは,必要に応じてエレベータを相当に狭いエ
レベータシャフトに収容可能とする必要があることを意味する。また他の
目的は,本発明によって,エレベータのサイズおよび/または重量,ある
いは,少なくともエレベータ機械装置のサイズおよび/または重量を削減
することである。また,細い巻上ロープおよび/または小型のトラクショ
ンシーブを有し,トラクションシーブに対する良好な把持力/接触を巻上
ロープに持たせたエレベータを実現することを目的とする。更なる目的
は,エレベータの特性を損なうことなくカウンタウェイトのないエレベー
タ方式を実現することである。」
「【0014】
図1はエレベータ構造の模式図である。本エレベータは機械室なしのエ
レベータとするのが好ましく,エレベータシャフト内に運転機械装置10
が配置されている。図1に示すエレベータはカウンタウェイトがなく,機
械装置を上方に有するトラクションシーブエレベータである。エレベータ
の巻上ロープ3の経路は次の通りである。・・・
【0015】
エレベータシャフト内に配置された運転機械装置10は,好ましくは平
坦な構造を有する。換言すれば同機械装置は,幅および/または高さの寸
法に比較して厚みの寸法を小さくし,あるいは,少なくとも同機械装置
は,エレベータカーとエレベータシャフトの壁との間に収容できるほど十
分にスリムにするとよい。・・・」
ウ本願の優先権主張日の技術常識
日経産業新聞の全面広告記事(甲30)
1999年(平成11年)10月22日付け日経産業新聞12面に
は,「機械室レスエレベーター広告企画」と題する全面広告記事が掲載
れており,同記事には,「機械室レスエレベーターが今後の主流に」と
の見出しの下,次の記載がある。
「建築基準の規制緩和が進むなかで,機械室を設置しない,いわゆる
機械室レスのエレベーターの需要が伸びている。」
「機械室レスエレベーターが誕生するきっかけとなったのは,北欧フ
ィンランドの大手昇降機メーカー,コネ社が昇降路内に設置可能な小型
巻上げ機を開発し,機械室レスエレベーターを商品化以来,欧州や米国
ではオフィスビルや集合住宅などに多く採用されている。わが国では建
築基準法の壁があり,採用が遅れていたが,ここ数年建築基準の規制緩
和が進み,採用の許可が下りた。国内の昇降機メーカーはこの規制撤廃
を受け,昨年の夏から年末にかけて次々と機械室レスエレベーターを発
売した。」
建設省告示(乙1)
建設省告示は,本願の優先権主張日(2002年(平成14年)11
月4日)より前から施行されており,特殊な構造又は使用形態のエレ
ベーター及びエスカレーターの構造方法を定めたものである。建設省告
示には,次の記載がある。
「第一建築基準法施行令(以下「令」という。)第129条の3第
2項第1号に掲げる規定を適用しない特殊な構造又は使用形態のエレ
ベーターは,次の各号に掲げるエレベータの種類に応じ,それぞれ当該
各号に定める構造方法を用いるものとする。
・・・
四駆動装置を機械室を設けずに設置するエレベーター(非常用昇降
機以外のエレベーターに限る。)・・・次に定める構造であること。・
・・
ロ駆動装置には,構造上やむを得ない場合を除き,かご,つり合お
もりその他の昇降する部分が触れないようにしているとともに,駆動装
置を昇降路の底部に設ける場合において,かご又はつり合おもりが緩衝
器に衝突した場合にあってもかご及びつり合おもりが駆動装置に触れな
いものとしていること。・・・
ニ駆動装置を昇降路の底部に設ける場合にあっては,保守点検時に
かごの降下を制御することができる装置を設けていること。・・・」
甲24文献
甲24文献には,次の記載がある。
「10.【機械室なしエレベーター】
機械室なしエレベーターは平成12年建設省告示第1413号の「特
殊な構造又は使用形態のエレベーター及びエスカレーターの構造方法を
定める件」を定めた告示の第1項第4号で,「駆動装置を機械室に設け
ずに設置するエレベーター」と定義されている。なお,告示では機械室
なしエレベーターと記しているが,一般にはどのメーカーも機械室レス
..
エレベーターと呼んでいる。・・・」
「10.1構造
機械室なしエレベーターはロープ式エレベーターに分類される。
ロープ式エレベーターは一般に建物屋上に機械室を設ける・・・
機械室なしエレベーターには,大別して2種類のタイプがある。
一つは巻上機を薄型にし,昇降路とかごとの隙間に設置すると共に,
制御装置も小型・薄型化し,最上階三方枠の戸袋内に,または昇降路と
かごとの間に設置するタイプ。
もう一つは巻上機をピット内に配置し,小型・薄型化した制御装置を
昇降路下部に配置するタイプとがある。」
本願の優先権主張日の技術常識について

レスエレベーター」という語は,遅くとも同記事の掲載日である平成1
1年10月22日頃には,エレベーター業界においては,一般的な用語
として定着していたことが認められる。
そして,前前甲24文献
の記載によれば,甲24文献にいう「機械室なしエレベーター」とは,
建設省告示において「駆動装置を機械室に設けずに設置するエレベー
ター」と定義されているものであり,エレベータ業界において「機械室
レスエレベータ-」と呼ばれているものであること,甲24文献におい
て,「機械室なしエレベーター」には大別して2種類のタイプがあるこ
とが説明されており,その一つは,巻上機を薄型にし,昇降路とかごと
の隙間に設置すると共に,制御装置も小型・薄型化し,最上階三方枠の
戸袋内に,または昇降路とかごとの間に設置するタイプであり,もう一
つは,巻上機をピット内に配置し,小型・薄型化した制御装置を昇降路
下部に配置するタイプであるとされていることが認められる。
上記認定によれば,本願の優先権主張日である平成14年11月4日
時点において,「機械室なしエレベーター」という語は,甲24文献に
記載された2つのタイプに代表されるように,駆動装置(巻上機)を昇
降路内に設置し,昇降路以外の場所に駆動装置を設置するための専用の
空間を設けていないエレベーターを意味する用語として,エレベータの
技術分野において一般的に用いられている用語であったことが認められ
る。
エ本件発明における「機械室のないエレベータ」の意義
前記ウのとおり,本願の優先権主張日である平成14年11月4日時点
において,「機械室なしエレベーター」という語は,駆動装置を昇降路内
に設置し,昇降路以外の場所に駆動装置を設置するための専用の空間を設
けていないエレベーターを意味する用語として,エレベーターの技術分野
において一般的に用いられている用語であったことが認められるから,本
件明細書に記載されている「機械室のないエレベータ」,「機械室なしの
エレベータ」という語についても,上記意味と異なる意味に解すべき特段
の事情がない限り,上記の「機械室なしエレベータ-」の意味,すなわ
ち,駆動装置を昇降路内に設置し,駆動装置を設置するための専用の空間
を設けていないエレベーターを意味する用語として用いられているものと
認めるが相当である。
このような観点から,前記イ認定の本件明細書の記載をみると,「機械
室のないエレベータ」,「機械室なしのエレベータ」の語を,駆動装置を
昇降路内に設置し,駆動装置を設置するための専用の空間を設けていない
エレベーターを意味するものとして解して矛盾はなく,また,これらの語
を,上記意味と異なる意味に解すべき特段の事情は認められない。
したがって,特許請求の範囲の請求項1における「該エレベータには機
械室がなく」の意味については,本件明細書における「機械室のないエレ
ベータ」,「機械室なしのエレベータ」という語と同様の意味,すなわ
ち,「該エレベータ」が,駆動装置を昇降路内に設置し,駆動装置を設置
するための専用の空間を設けていないエレベーターであることを意味する
ものと認められる。
刊行物記載発明について
ア前
駆動装置を昇降路内に設置し,駆動装置を設置するための専用の空間を設
けていないエレベーターをいうものと解されるところ,刊行物には,機械
室に関する記載はないものの,駆動装置の設置箇所に関する記載もない。
したがって,刊行物に機械室に関する記載がないからといって,そのこと
から直ちに,刊行物記載のエレベータが機械室のないエレベータであると
断定することはできない。
原告は,刊行物の図1における電気モータ9及びコントローラ14とエ
レベーターカー1との大小関係等を根拠として,図1のエレベータは機械
室を必要とするものであるから,刊行物記載のエレベータは機械室を有す
るエレベータであると主張する(前記第3の1)。
しかし,一般に,特許出願の願書に添付される図面は,特許発明に係る
技術内容を理解するために必要な程度の正確さを備えていれば足り,同図
面に表示された寸法については,必ずしも厳密な正確さが要求されるもの
ではないところ,刊行物には,図1に表示された寸法が正確なものである
ことを裏付ける記載はない。したがって,図1における電気モータ9及び
コントローラ14とエレベーターカー1との大小関係等から,直ちに,刊
行物記載のエレベータが機械室を有するエレベータであると断定すること
もできない。
もっとも,原告は,刊行物が発行された1902年当時には,機械室の
ないエレベータという発想はそもそも存在しなかったと主張する(前記第
。そうであるとすれば,刊行物に機械室に関する記載がないの
は,単にその記載を省略しているだけで,刊行物記載のエレベータは機械
室を有するものであるということになる。そこで,刊行物の発行当時の技
術常識について検討する。
イ刊行物の発行当時の技術常識について
日経産業経済新聞の全面広告記事(甲30)
認定の日経産業新聞の全面広告記事の記載によれば,機械
室のないエレベーターは,原告が昇降路内に設置可能な小型巻上げ機を
開発し,機械室のないエレベーターを商品化して以来,欧州や米国では
オフィスビルや集合住宅などに多く採用されていたこと,それに対し,
我が国では,建築基準法の壁があり,採用が遅れていたが,建築基準の
規制緩和が進み,規制が撤廃されたことから,平成10年の夏から年末
にかけて次々と機械室のないエレベーターが発売されるに至ったことが
認められる。
1902年当時の米国特許の明細書
刊行物は,1903年1月27日に特許された米国特許第71911
4号の明細書である。その当時の米国におけるエレベーターに係る技術
常識を示すものとして,甲28文献(1902年12月30日に特許さ
れた米国特許第716953号の明細書)のFig.1には,「traveling
sheave6」等の機械は,昇降路とは別の空間(地下)に設置されている
ことが図示されている。また,甲29文献(1902年11月11日に
特許された米国特許第713225号の明細書)のFig.1にも,
「elevator-hoistern」(巻上機)が,昇降路とは別の空間(昇降路の
横の空間)に設置されていることが図示されている。
刊行物の発行当時の技術常識

平成10年夏に初めて発売されるに至ったものであり,それ以前は,建
築基準法の規制により設置が認められていなかったものであること,欧
州や米国では,それ以前から採用されてはいたものの,その対象はオフ
ィスビルや集合住宅であったことが認められる。
また,前
903年より1年前の1902年に米国において特許された2件の発明
に係るエレベーターは,いずれも,駆動装置が昇降路とは別の空間に設
置されたものであることが認められる。他方,刊行物の刊行当時におい
て,駆動装置が昇降路内に設置されたエレベーターが開発されていたこ
とを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,刊行物の発行当時においては,未だ機械室のないエレ
ベーターは開発されていなかった蓋然性が高い。
ウ刊行物記載のエレベータについて
上記イのとおり,刊行物の発行当時においては,未だ機械室のないエレ
ベータは開発されていなかったとすると,機械室のないエレベータという
発想自体が存在しなかった蓋然性も高く,仮に,刊行物記載のエレベータ
は機械室を有するものであるということであれば,この点に関する審決の
認定は誤りであるということになる。
刊行物記載発明の引用発明としての適格性をいう原告の主張について
そこで進んで,原告の主張について更に検討する。
原告は,刊行物記載のエレベータが機械室を有するものであることを前提
として,その上で,本件発明の「機械室なしエレベータ」と刊行物記載の
「機械室ありエレベータ」とは,技術分野が全く異なるものであるとして,
刊行物記載発明は引用発明としての適格性を欠くと主張する(前記第3の1

しかし,本件記録を精査してみても,「機械室なしエレベータ」と「機械
室ありエレベータ」の技術分野が異なることを認めるに足りる証拠はなく,
かえって,本件明細書(甲5)の【0007】には,「本発明は主として機
械室なしのエレベータへの適用を意図したものであるが,機械室を有するエ
レベータにも適用可能である。」との記載があり,本件明細書自身,本件発
明の適用に関して「機械室なしエレベータ」と「機械室ありエレベータ」と
を区別していないことが認められる。
そうすると,本件発明の「機械室なしエレベータ」と刊行物記載発明の
「機械室ありエレベータ」との間で技術分野が異なるものと認めることはで
きないから,そのことを前提とする原告の上記主張は,結局,採用すること
ができない。
取消事由1についてのまとめ
以上によれば,仮に,刊行物記載のエレベータを機械室のないエレベータ
とした審決の認定に誤りがあるとしても,刊行物は引用発明としての適格性
を欠くものではなく,また,後記2ないし4において判示するとおり,審決
の相違点1の認定及び判断,相違点2の判断並びに本件発明の効果に係る判
断に誤りはないから,上記の刊行物記載発明の認定の誤りは,審決の結論に
影響を及ぼすものではない。
したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2取消事由2(相違点1の認定及び判断の誤り)について
相違点1の認定について
原告は,審決が,相違点1として,「本件発明においては,引張要素に
よって巻き上げロープの張力を調整することができるのに対し,刊行物記載
発明においては,重り8によって巻上ケーブル4に張力を及ぼす点」を認定
したことについて,本件発明と刊行物記載発明とでは,巻上ロープが介する
転向プーリの数が異なるから,両発明の相違点は,「本件発明においては,
少なくとも2つの転向プーリを介した巻上ロープに設けられた引張要素に
よって巻き上げロープの張力を調整することができるのに対し,引用発明に
おいては,1つの転向プーリを介した巻上ロープに設けられた重り8によっ
て巻上ケーブル4に張力を及ぼす点」であり,審決の相違点1の認定は誤り
であると主張する。
しかし,本件発明と刊行物記載発明とが転向プーリの数において相違する
ものであることは,審決が相違点2として認定し,判断しているところであ
る。引張要素と転向プーリとは果たすべき機能が異なるものであるから,こ
れらを分けて検討することは,技術的観点からも問題はない。
したがって,審決の相違点1の認定に誤りはない。
相違点1の判断について
ア原告は,審決が,相違点1に係る本件発明の発明特定事項は,刊行物に
記載されているに等しい事項であると判断したことについて,刊行物に
は,少なくとも2つの転向プーリを介した巻上ロープに設けられた引張要
素によって巻上ロープの張力を調整することは,開示も示唆もされていな
いとして,審決の上記判断は誤りであると主張する
ア)。
しかし,まず,前
が転向プーリの数において相違するものであることは,審決が相違点2と
して認定し,判断しているところであり,相違点2に係る審決の判断に誤
りがないことは,後記3のとおりである。
そして,本件明細書(誤訳訂正書(甲20))の【0014】には,引
張要素について,「・・・巻上ロープ3の下方支持部にはまた,ロープ引
張要素8が取り付けられていて,それによってロープの張力が調整され
る。引張要素8は,ロープ端で吊下げ自在のバネや錘,あるいは他の適当
な引張要素方式としてもよい。・・・」との記載がある。同記載によれ
ば,引張要素8は,具体的にはバネや錘であると認められるから,本件明
細書には,引張要素8,すなわちバネや錘によってロープの張力が調整さ
れることが記載されているものと認められる。
一方,刊行物には,「ケーブル4の終端にケーブルをピンと張った状態
に保つ重り8又はその他の手段が固定されている。」(甲1・明細書1頁
50行~52行)との記載がある。刊行物記載の「ケーブル4」及び「重
り8」は,それぞれ本件発明の「ロープ」及び「錘」に相当するものであ
るから,刊行物には,ロープ端に錘が取り付けられていることが記載され
ているものと認められる。
上記認定によれば,本件発明と刊行物記載発明とは,ロープ端に錘が取
り付けられている点,すなわち「エレベータには引張要素が設けられ」る
点において一致しているといえる。そして,本件発明では,引張要素であ
る錘によってロープの張力が調整されるのであるから,本件発明と同様に
錘が設けられている刊行物記載発明においても,本件発明と同様の作用効
果を奏するものと解される。そうすると,「引張要素によって巻上ロープ
の張力を調節することができること」,すなわち相違点1に係る本件発明
の発明特定事項は,刊行物に記載されているに等しい事項であるといえ
る。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,審決が,重り8の重さの程度及び/または重りの個数等による
調整を含め,他の既存の張力調整手段を適宜採用することは,当業者が容
易になし得ることであると判断したことについて,本件発明と刊行物記載
発明とでは,転向プーリの数が異なり,本件発明では,巻上ロープはエレ
ベーターカーに設けられた少なくとも2つの転向プーリを介して引張要素
と繋がっているため,転向プーリと巻上ロープとが接触する部分の把持力
を利用して,重りが巻上ロープの張力を調節すること,すなわち,通常走
行時における乗客の乗り降りや,エレベータカーの走行方向等により生じ
るロープの張力の変化を調整すること(エレベーターカーの走行によって
考えられ得るロープのたるみに応じた張力をあらかじめロープにもたらし
ておくこと)が可能であるのに対し,刊行物記載発明では,かご1に設け
られた転向プーリ3を介して重り8と繋がっているにすぎないため,重り
8は,「ロープをピンと張った状態に保つ」のが限界であり,本件発明の
ように張力の変化を調整することまではできないと主張する(前記第3の

発明とが転向プーリの数において相違するものであることは,審決が相違
点2として認定し,判断しているところであり,相違点2に係る審決の判
断に誤りがないことは,後記3のとおりである。
そして,前記アにおいて説示したとおり,本件発明と刊行物記載発明と
は,「エレベータには引張要素が設けられ」る点において一致しており,
具体的には,ロープ端に錘が取り付けられている構造としては同じである
から,本件発明が,原告が主張するような作用効果を奏するものであると
すれば,刊行物記載発明においても,同様の作用効果を奏するものと解さ
れる。
したがって,原告の上記主張は採用するこができない。
取消事由2についてのまとめ
以上のとおり,審決の相違点1の認定及び判断に誤りはないから,原告主
張の取消事由2は理由がない。
3取消事由3(相違点2の判断の誤り)について
原告は,本件発明は,刊行物記載発明よりも,巻上ロープとトラクション
シーブとの間の連続する接触角を増大させて,カウンタウェイトを用いない
エレベータにおいても小型のトラクションシーブの使用を可能にしているも
のであるとした上で,審決はこの点を看過し,小型化及び軽量化に係る公知
技術について誤った解釈をした結果,相違点2の判断を誤ったものであると
主張する
そこで以下,本願の優先権主張日当時における周知技術及び技術常識につ
いて確認した上で,相違点2の判断について検討する。
周知技術及び技術常識について
ア文献の記載
甲3文献の記載
甲3文献(2001年(平成13年)公開)のFig.9(判決注・別紙
図面参照)には,エレベータの転向プーリ(78,100)を2つとす
ることが図示されている。また,甲3文献には,「駆動すべき荷重をP
とすると,上部係留点90と牽引滑車38との間にある4本のストラン
ド94ないし97の各々に係る張力は,P/4に等しい。よって,モー
タがこの荷重を駆動するために供給すべき力は従来のエレベータ設備の
4分の1になる。」(6頁23行~27行「Sion・・・classiques.」)
との記載がある。
上記によれば,甲3文献には,エレベータにおいて,転向プーリを2
つとすることが記載されているとともに,そのような構成とすることに
より,モータ(巻上機)を従来の設備より小型化することが記載又は示
唆されているものと認められる。
甲4文献(平成元年発行)の記載
甲4文献の「ローピング」の欄(172頁~173頁)には,「主と
してトラクション方式のエレベーターにおけるロープのかけ方をいう。
駆動綱車におけるロープのかけ方は,半かけ式(singlewraproping)
と全かけ式(doublewraproping)に分けられる。・・・綱車に対する
ロープのかけ方のほか駆動方法の違いにより,1:1ローピング,2:
1ローピングなどがある。1:1ローピングは,構造が簡単で最も広く
用いられる。2:1ローピングは,構造が複雑で1:1ローピングに比
べて約2倍長いロープを必要とするなどの問題はあるが巻上機を小形,
軽量化できるメリットが大きいため,高速(超高速は除く)エレベー
ターや荷物エレベーターなどに用いられる。また,大型の荷物エレベー
ターなどには,4:1ローピングが用いられることもある。」との記載
がある。
上記によれば,甲4文献には,2:1ローピングを4:1ローピング
とすること,すなわち1つの転向プーリを2つとすることにより,小型
化及び軽量化された巻上機及びシーブの使用を可能とすることが記載さ
れているものと認められる。
イ周知技術及び技術常識
前記アによれば,本願の優先権主張日当時には,エレベータの技術分野
において,転向プーリを2つとすることは周知技術であり,また,1つの
転向プーリを2つとすることにより,小型化及び軽量化された巻上機及び
シーブの使用を可能とすることは,技術常識であったことが認められる。
相違点2の判断について
特許請求の範囲の請求項1の記載によれば,本件発明は,転向プーリを1
つから2つとすることにより,巻上ロープとトラクションシーブとの間の連
続する接触角を増大させるとともに従来よりも小型のトラクションシーブの
使用を可能にするものであることが認められる。
ところで,機械装置の分野においては,一般的に,小型化と軽量化は共に
実現が期待されることは,普遍的かつ継続的な課題であり,小型化と軽量化
は相伴って希求されるのが通常であると解される。このことは,エレベータ
についてもいえることであり,エレベータの技術分野において,巻上機(駆
動モータ)やシーブなどのエレベータ装置の部材を小型化し,軽量化するこ
とは,一般的な技術課題であるといえる。
そして,前記において認定したとおり,本願の優先権主張日当時には,
エレベータの技術分野において,転向プーリを2つとすることは周知技術で
あり,また,1つの転向プーリを2つとすることにより,小型化及び軽量化
された巻上機及びシーブの使用を可能とすることは,技術常識であったこと
が認められる。
そうすると,刊行物記載発明において,上記の一般的な技術課題を踏まえ
て巻上機及びシーブの小型化及び軽量化を図る際に,エレベータの技術分野
における上記の周知技術及び技術常識に基づき,転向プーリを少なくとも2
つとして従来よりも小型の巻上機及びトラクションシーブの使用を可能とす
ることは,当業者であれば容易に想到し得ることであるといえる。
また,本件発明において,転向プーリを1つから2つとすることにより,
当然に,巻上ロープとトラクションシーブとの間の連続する接触角を増大さ
せるという作用効果を奏するのであれば,刊行物記載発明において転向プー
リを2つとする構成を採用した際にも,同様に,巻上ロープとトラクション
シーブとの間の連続する接触角を増大させることができるものと解される。
したがって,刊行物記載発明並びに上記の周知技術及び技術常識に基づ
き,相違点2に係る本件発明の発明特定事項に想到することは,当業者が容
易になし得ることであるといえる。
原告の主張について
ア原告は,本件発明は,転向プーリを少なくとも2つ有しているため,転
向プーリの一部がトラクションシーブの真上になるように転向プーリを配
置することで接触角を増大させることが可能であり,このようにして,刊
行物記載発明よりも,巻上ロープとトラクションシーブとの間の連続する
接触角を増大させて,カウンタウェイトを用いないエレベータにおいても
小型のトラクションシーブの使用を可能にしているものであると主張する
しかし,まず,転向プーリの一部がトラクションシーブの真上になる
ように転向プーリを配置することは,本件の特許請求の範囲の請求項1
には記載されていない。また,原告が主張するような手段を用いて接触
角を増大することについては,出願当初の明細書(甲5)に何ら記載さ
れていない。
仮に,本件発明が,原告が主張するような手段を用いて接触角を増大
させるものであるとしても,以下のとおり,転向プーリの一部がトラク
ションシーブの真上になるように転向プーリを配置することにより,巻
上ロープとトラクションシーブとの間の連続する接触角を増大させるこ
とは,エレベータの技術分野において周知であることが認められるか
ら,刊行物記載発明において,転向プーリの一部がトラクションシーブ
の真上になるように転向プーリを配置することは,当業者が適宜採用し
得ることであるといえる。
a乙2公報の記載
乙2公報(2001年(平成13年)国際公開)には,「返し車5
aは昇降路8の平断面の投影面上で巻上機4と一部重なりあって配置
され・・・巻上機のシーブ4aに巻き掛けられているロープの巻付け
角は180°より大きくできるので,トラクション能力を大きくする
ことができる。」(明細書7頁8行~14行)との記載がある。
また,乙2公報の第1図及び第2図には,返し車5a(転向プー
リ)の一部が,シーブ4a(トラクションシーブ)の真上になるよう
に返し車5a(転向プーリ)を配置することが図示されている。
b乙3公報の記載
乙3公報(昭和59年公開)には,「巻上機(13)のシーブ(1
3a),第1のつり車(14),第2のつり車(15)及びつり合い
おもり(11)が投影面上で一列になるように配設され,かつ,第1
のつり車(14)と第2のつり車(15)の軸間距離S1をシーブ
(13a)の直径d1にそれぞれの半径r1,r2を合計した値(d1
+r1+r2)よりも小さくし,また第2のつり車(15)の軸とつな
止め板(17a)の主索(17)のつり点との間S2を第2のつり車
15の半径r2とおもり用つり車(12)の直径d2の合計値(d2+
r2)よりも小さくしたので,奥行方向の所要スペースが減少し,戸
袋(6a)と後壁(1d)との間の昇降路スペースに第1のつり車
(14),第2のつり車(15)及びつり合いおもり(11)を収納
することができ昇降路(1)の横断面積を減少させることができ
る。」(明細書10頁2行~15行,第3図ないし第5図)との記載
がある。
また,乙3公報の第5図には,つり車14,15(転向プーリ)の
一部が,シーブ13a(トラクションシーブ)の真上になるようにつ
り車14,15(転向プーリ)を配置すること,及びシーブ13a
(トラクションシーブ)に巻き付けられる主索17(ロープ)の巻き
付け角は180°より大きいことが図示されている。
c周知技術
上記a及びbによれば,転向プーリの一部がトラクションシーブの
真上になるように転向プーリを配置することで,接触角を増大させる
ことは,本願の優先権主張日当時,エレベータの技術分野において周
知であったことが認められる。
原告の主張について
原告は,乙2公報及び乙3公報のいずれにも,エレベータカーに設け
られた少なくとも2つの転向プーリによって巻上ロープとトラクション
シーブとの間の連続する接触角を増大させることは,開示も示唆もされ
ていない,また,乙2公報及び乙3公報のエレベータは,いずれもカウ
ンタウェイトを用いているものであるから,乙2公報及び乙3公報か
ら,カウンタウェイトを用いないエレベータである本件発明における接
触角の増大を想到することはできないと主張する

しかし,エレベータの技術分野において,カウンタウェイトを用いる
ものも,用いないものも,いずれも周知慣用のものであり,カウンタウ
ェイトを用いるエレベータの技術手段を,カウンタウェイトを用いない
エレベータに適用しようと試みることは,当業者の通常の創作能力の発
揮であるといえる。したがって,乙2公報及び乙3公報が,いずれもカ
ウンタウェイトを用いるエレベータについて記載したものであるとして
も,これら文献をもって,カウンタウェイトを用いないエレベータを含
めた,エレベータの技術分野一般において,前記認定のとおりの周知技
術を認定することに何ら支障はないというべきである。そして,刊行物
記載発明において,転向プーリの一部がトラクションシーブの真上にな
るように転向プーリを配置することは,当業者が適宜採用し得ることで
あることは,前記説示のとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,甲3文献及び甲4文献はいずれも,カウンタウェイトを用いな
い本件発明とは異なり,カウンタウェイトを用いる巻上機の小型化の手法
を開示しているだけであり,接触角を増大させることでトラクションシー
ブを小型にすることは,開示も示唆もされていないとして,審決が,甲3
文献に基づいて認定した周知技術及び甲4文献に基づいて認定した技術常
識に基づき,相違点2に係る本件発明の発明特定事項とすることは当業者
が容易に想到できたことであるとしたのは誤りであると主張する(前記第

しかし,前記アにおいて説示したとおり,エレベータの技術分野におい
て,カウンタウェイトを用いるものも,用いないものも,いずれも周知慣
用のものであり,カウンタウェイトを用いるエレベータの技術手段を,カ
ウンタウェイトを用いないエレベータに適用しようと試みることは,当業
者の通常の創作能力の発揮であるといえる。したがって,甲3文献及び甲
4文献が,いずれもカウンタウェイトを用いるエレベータについて記載し
たものであるとしても,これら文献をもって,カウンタウェイトを用いな
いエレベータを含めた,エレベータの技術分野一般において,前記認定の
とおりの周知技術及び技術常識を認定することに何ら支障はないというべ
きである。
そして,当業者であれば,カウンタウェイトを用いないことによる問題
も当然認識していることであり,カウンタウェイトを用いないことによる
問題が刊行物記載発明にも内在していることは,容易に理解することがで
きるところ,刊行物記載発明において,転向プーリを少なくとも2つとす
ることについては,これを阻害するような事情や,技術的に困難であると
する事情はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
取消事由3についてのまとめ
以上のとおり,相違点2に係る審決の判断に誤りはないから,原告主張の
取消事由3は理由がない。
4取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)について
原告は,本件発明は,カウンタウェイトを用いないエレベータが有する問題
を克服し,かつ,カウンタウェイトを用いないエレベータであっても機械室を
なくし,安全性を確保し,巻上ロープの摩耗を防ぎ,細い巻上ロープの使用を
可能にするという,刊行物記載発明並びに周知技術及び技術常識と比較した有
利な効果を有すると主張する(前記第3の4)。
しかし,前記2及び3において判示したとおり,本件発明は,刊行物記載発
明並びに周知技術及び技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることがで
きたものであり,原告が主張する,カウンタウェイトを用いないエレベータが
有する問題を克服し,かつ,カウンタウェイトを用いないエレベータであって
も機械室をなくすという効果についても,刊行物記載発明並びに周知技術及び
技術常識から,当業者が予測可能な範囲のものである。また,安全性を確保し
たり,巻上ロープの摩耗を防いだりすることは,当業者が当然に検討し解決す
べき技術的事項であるし,細い巻上ロープの使用を可能にすることは,可能な
範囲で細いロープを適宜選定するという意味において,当業者が通常採用し得
る程度の技術的事項であり,いずれも当業者が予測可能な範囲のものである。
したがって,審決の本件発明の効果に係る判断に誤りはないから,原告主張
の取消事由4は理由がない。
5結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消さ
れるべき違法はない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官石井忠雄
裁判官西理香
裁判官田中正哉
(別紙)
刊行物の図1刊行物の図2
(別紙)
甲3文献のFig.9

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛