弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成10年(行ケ)第402号審決取消請求事件
判決
原告株式会社マシーナ
代表者代表取締役【A】
原告株式会社フォーエバー
代表者代表取締役【B】
原告セラ株式会社
代表者代表取締役【C】
原告ら訴訟代理人弁理士【D】
被告京セラ株式会社
代表者代表取締役【E】
訴訟代理人弁護士古城春実
弁理士【F】
主文
特許庁が平成10年審判第35097号事件について平成10年11月16日に
した審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告らの求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「ジルコニアセラミック製包丁」とする特許第1933686号
発明(昭和59年12月29日特許出願(特願昭59-278643号)、平成6
年6月29日出願公告(特公平6-49111号)、平成7年5月26日設定登
録。本件発明)の特許権者であるが、原告らは、平成10年3月12日、本件発明
について無効審判請求をし、平成10年審判第35097号事件として審理された
が、平成10年11月16日、本件審判の請求は成り立たないとの審決があり、そ
の謄本は同月28日原告らに送達された。
2本件発明の要旨
ジルコニアセラミックから成り、肉厚が1~8mmの板状体の少なくとも片側に、
テーパ角とこれに連続する10~45°の刃先角をもった二段形状の刃先が形成さ
れ、該刃先厚みが0.1~2mmであることを特徴とするジルコニアセラミック製包
丁。
3審決の理由の要点
(1)請求の理由の概要
本件発明の要旨は、前項のとおりと認める。これに対し、原告ら(請求人ら)
は、本件発明の一態様を示す本件明細書の第2図の(イ)図に対応する包丁の断面
図(別紙審決添付図面)を提出し、該図面により本件発明の構成を分析して、本件
発明は産業上利用することができる発明ではないから、本件特許は特許法29条の
規定に違反してなされたものであり、無効とされるべきものであると主張(第1の
無効理由)するとともに、本件発明は当業者が容易に実施することができないか
ら、本件特許は特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしていない特許出
願に対してなされたものであり、無効とされるべきものであると主張(第2の無効
理由)している。
原告らは更に、審判甲第1号証(特開昭58-71095号公報)、審判甲第2
号証(実開昭59-122870号公報)、審判甲第3号証(特開昭57-171
624号公報)、審判甲第4号証(昭和50年6月20日、医歯薬出版株式会社発
行「調理科学事典」)、審判甲第5号証(昭和3年2月29日、北海道帝国大学発
行「北海道帝国大学創基50周年記念講演集」)、審判甲第6号証(昭和46年7
月10日、日本刃物工具新聞社発行「刃物に関する研究」)を提出し、本件発明は
これらの刊行物に記載された発明に基づき容易に発明をすることができたものであ
り、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、無効とさ
れるべきものであると主張(第3の無効理由)している。
(2)審判甲号証
審判甲第1~6号証には、以下の事項が記載されている。
◇審判甲第1号証
ジルコニアセラミック製の包丁。
◇審判甲第2号証
ジルコニアセラミック製の包丁。
◇審判甲第3号証
刃先角bが45°以下の刃物。
◇審判甲第4号証
包丁の板状体Jの片側面又は両側面にはテーパー角aとこれに連続する
刃先角bをもつ二段形状の刃先が形成されている包丁、及び包丁の場合、刃先角度
は十数度から50度くらい(一般に20~30度)であること。
◇審判甲第5号証
刃物の切れ味の耐久度及び刃物の鋭さの耐久度について。
◇審判甲第6号証
切られる品物によって刃先角の大きさは当然異なること、刃先角が小さ
いほどよく切れること、しかし、あまり小さいと摩耗や欠けが生じたりしてよくな
いこと、被削材を切るのに適当な角度があり、それよりも小さくても大きくても良
くないこと。
(3)審決の判断
(3)-1無効理由1の検討
原告らは、「本件発明は、その特許請求の範囲に記載するように、
a刃材がジルコニアセラミックである包丁であること、
b包丁は肉厚Tが1mm~8mmの板状体からなっていること、
c板状体の片面又は両面にはテーパ角aとこれに連続する刃先角bをもつ二段
形状の刃先が形成されていること、
d刃先角bは10~45°であること、
e刃先厚みcは0.1~2mmであること、
を構成要件とし、(ただし、「刃先厚みc」とは包丁の峯Cを上方に、刃線0を下
方に位置させたときの切刃部ADOの高さを言うものと認められる。)、テーパ角
a≒0°の場合に刃先厚みc≒1~45.4(mm)となり、またテーパ角a≒45°
の場合に刃先厚みc≒1~8(mm)となり、構成要件eで規定するc=0.1~
2(mm)を満足せず、構成要件b~eが同時かつ無条件に満足されないため、本発
明は産業上利用することができる発明に該当せず、特許法29条違反である。」旨
主張している。
しかし、原告らは、テーパ角a≒0°の場合について近似計算を行っているが、
テーパ角aが0°では二段の刃先とならないことから、テーパ角aは決して0°と
はならない。
そこで、原告らと同じ計算を、近似計算ではなく、正確に行うと以下のようにな
る。
まず、切刃部AODの頂端であるDAは、テーパ角aの部分のFDの長さを×と
すると、
DA=T-×・tanaとなり、刃先厚みcは、c=(T-×・tana)/
tanb
=T/tanb-×・tana/tanb
T=1~8mm、tanb=0.1763~1.0を代入して計算すると、
c=(1~8)/(0.1763~1.0)-×・tana/(0.1763~
1.0)
=(1~45.4)-×・tana/(0.1763~1.0)・・・式(1)
となる。
この式(1)において、aが0°に近い場合、tanaは限り無く0に近づく
が、上述したようにaは0°にはならないから、tanaも決して0とはならな
い。
また、式(1)におけるFDの長さ×については、本件発明では何ら規定をして
いないことから、自由な値をとることができる。
したがって、式(1)において、刃先厚みcは1mmよりも小さい値をとることが
可能であり、FDの長さ×を調整すれば、本発明の構成要件eで規定するc=0.
2~2mmの範囲内の自由な値をとれる。
結局、原告らの主張は、上記式(1)において、a≒0°の場合にtanaが限
り無く0に近づくことから、×・tana/(0.1763~1.0)の項を無視
して、c≒1~45.4という結論を導き出しているが、上述したように、式
(1)において×は自由な値をとることから、
tanaが限りなく0に近づくからといって、×・tana/(0.1763
~1.0)の項を無視することはできない。
次に、原告らは、テーパ角a≒45°の場合についても近似計算を行っている
が、上記と同機に、この場合についても正確な計算を行うと以下のとおりになる。
まず、切刃部AODの頂端であるDAは、テーパ角aの部分のFDの長さを×と
すると、
DA=T-×・tanaとなり、刃先厚みcは、c=(T-×・tana)/
tanb
=T/tanb-×・tana/tanb
T=1~8mm、b=45°を代入して計算すると、c=(1~8)/1-×・t
ana/1
=(1~8)-×・tana・・・式(2)
となる。
上記式(2)において、a≒45°であることから、tana≒1であり、また
×は自由な値をとり得ることから、刃先厚みcは1mmよりも小さい値をとることが
可能であり、×の値を調整すれば、本発明の構成要件eで規定するc=0.2~2
mmの範囲内の自由な値をとれる。
以上詳述したように、本発明では、テーパ角aを持った部分FDの長さ×を限定
していないため、式(1)、(2)から明らかなように、この×の長さを調整する
ことによって、刃先厚みcの大きさを自由に設定することができ、構成要件eで規
定する範囲内の値とすることが可能である。
したがって、本発明の構成要件b~dは、同時かつ無条件に満足されるものであ
るから、本発明は産業上利用することができる発明に該当しないとはいえない。
以上のことから、原告らの主張する無効理由1は失当である。
(3)-2無効理由2の検討
原告らは、上記無効理由1と同じ理由により、本件明細書には、当業者が容易に
発明を実施できる程度に発明の目的、構成、効果が記載されておらず、また発明の
構成に不可欠な要件のみを特許請求の範囲に記載していないと主張している。
しかし、上述したように、原告らの無効理由1は事実に反したものであるから、
この無効理由2についても当を得たものではなく、本件明細書は記載不備に当たる
ものではない。
(3)-3無効理由3の検討
本件発明と審判甲号各証に記載の事項とについて、以下に対比、判断する。
まず、審判甲第1、2号証には、ジルコニアセラミック製の包丁〔構成要件a〕
が示されているが、その厚み、刃先形状、刃先角度、刃先厚み等が全く示されてお
らず、本件発明の構成要件b~eが全く示されていない。
一方、審判甲第3、4号証には、二段形状の刃先〔構成要件c〕と刃先角bを1
0~45°とすること〔構成要件d〕が記載されているが、いずれも金属製の刃物
あるいは包丁に関するものであり、ジルコニアセラミック製包丁に関するものでは
ない。
実際、審判甲第3号証は、その特許請求の範囲に記載するように鉄合金製の刃物
に関するものであり、審判甲第4号証は、明確な記載はないものの発行年からして
金属製の包丁に関するものである。
セラミックは、耐摩耗性、耐食性には優れる反面、変形しにくいことによりチッ
ピングが生じやすいという点で、金属材とは大きく異なる特性を持っており、同じ
包丁を形成する場合でも、金属で形成する場合とセラミックで形成する場合では、
得られる特性や求める課題が全く異なる。
したがって、審判甲第3、4号証に示された金属製刃物あるいは包丁に関する発
明を、そのまま審判甲第1、2号証に示されるジルコニアセラミック製包丁に適用
できるものではない。
さらに、仮に、上記審判甲第1、2号証の発明に、審判甲第3、4号証の発明を
適用することができたとしても、本件発明の構成要件b、eは審判甲号各証のどこ
にも示されていない。
また、構成要件eに関し、原告らは、審判請求書8頁2行~22行にて、刃先厚
みcの範囲は他の構成要件から算出できると述べ、更に審判請求書10頁1行~1
0行にて、審判甲第4号証に示された二段形状の刃先を持った包丁において、刃先
厚みcの最適値の範囲を定めることは容易になし得る事項である旨述べているが、
上述したように、刃先厚みcの値は、テーパ角aの部分の長さ×によって種々に変
化し、他の構成要件のみから算出できるものではない。
また、上述したように審判甲第4号証はセラミックではなく金属製包丁に関する
ものであり、しかも具体的な刃先厚みcの値についての記載も全くないことから、
容易に構成要件eをなし得るものではない。
なお、原告らは、審判甲第5、6号証にて刃物の切れ味と耐チッピング性につい
て記載されていると述べているが、いずれもジルコニアセラミック製包丁に関する
ものではなく、しかも上記構成要件eを示唆するような具体的な記載は全くない。
したがって、これらの審判甲号各証から容易に本件発明の構成要件eをなし得な
いことは明白である。
これらのことから、本件発明は審判甲第1~6号証に記載されたものに基づいて
当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
(4)審決のむすび
以上のとおり、原告らの主張する理由及び証拠によっては、本件発明に係る特許
を無効とすることはできない。
第3原告ら主張の審決取消事由
審決は、無効理由3の判断を誤ったものであり、この誤りは審決の結論に影響を
及ぼすものであるから、審決は取り消されるべきである。
1本件発明の構成要件の分説
本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである。
a刃材がジルコニアセラミックである包丁であること、
b包丁は肉厚Tが1~8mmの板状体から成っていること、
c板状体の片面又は両面にはテーパ角aとこれに連続する刃先角bをもつ二
段形状の刃先が形成されていること、
d刃先角bは10~45°であること、
e刃先厚みcは0.1~2mmであること、
2容易推考性の総論
審決は、構成要件aが審判甲第1、2号証に示されていることを認め、金属製刃
物につき、二段形状の刃先の構成(構成要件c)、刃先角が10°~45°の構成
(構成要件d)が審判甲第3、4号証に開示されていることを認めながらも、「セ
ラミックは、耐摩耗性、耐食性には優れる反面、チッピングが生じやすい点で金属
材とは大きく異なる特性を持っており、同じ包丁を形成する場合でも、金属で形成
する場合とセラミックで形成する場合では得られる特性や求める課題が全く異な
る。」と認定し、そこで、刃物の素材としてのセラミックの性質があらゆる意味で
金属とは異なるかのように表現し、金属製刃物に関する技術をそのままジルコニア
セラミック製包丁に適用できないとした。
しかしながら、このようなセラミックの性質は本件発明の際、初めて見いだされ
たわけではない。本件明細書において記載される「刃先が損傷し難く、優れた切れ
味が長く持続する」特性や課題は、ジルコニアセラミック製包丁の場合にのみ特別
求められるものではなく、鋼製などの金属製包丁の場合も同様であり、差があるわ
けではない。
刃物の素材にセラミックを使用することを計画する場合は、まず、古くから豊富
に蓄積されている金属製刃物に関する技術(二段刃とか板材の厚みとか刃先角とか
刃先厚みなど全部を含む)をそのままセラミック製刃物に適用し、あとは試行錯誤
によりデータをとり、それぞれ最適値を見いだすのが刃物生産の常道であり、これ
らの試行錯誤に発明の要素はない。
また、セラミック刃物について構成要件bやeなどについて最適値が知られてい
なかったとしても、試行錯誤によるデータからその数値範囲は容易に見いだすこと
ができる。
3構成要件bについて
審判甲第2号証の第1図には刃材がジルコニアセラミックである包丁につき記載
されており、図示された包丁は、店頭において“三徳包丁”と呼ばれ、ありふれた
薄刃の調理用包丁と認められる。
同号証に示されている三徳包丁の板状体は、刃先部に刃付け加工を施して二段形
状の刃先を形成するためテーパー面を形成しているが、テーパー面が峯まで続いて
いる点に何らの技術的意義はないので、第3図に示された断面図のように少なくと
も峯に近い部分は両面が互いに平行な周知の三徳包丁と同様の形状を示唆するもの
と解することも可能である。
したがって、板厚が1~8mmであるジルコニアセラミック製三徳包丁は審判甲第
2号証から十分に示唆される。
4構成要件cについて
(1)本件特許公報には、「テーパ角aが7°未満では刃付け加工が非常に困難
であり、」(7欄2行~3行)、「テーパ角aが7°未満のものは(イ)図のもの
と同様加工が困難である。」(同19~20行)と記載されており、テーパー角が
7度未満では刃先縁に対する刃付加工が極めて困難であることは当業者においても
妥当する。
審判甲第2号証の第1図の包丁が一段刃であり、先端肉厚が0として、図面上で
刃峯の位置の肉厚とテーパ面の高さを実測してテーパ角を求めれば約2度というこ
とになる。上記のことからみてテーパー角が約2度であっては刃付けが不可能であ
り、包丁として役立たない。同号証に図示されたものが包丁である限りにおいて
は、刃先縁の部分には7度を超える適当な角度で刃付け加工が施されていると認め
るよりほかはない。
そして、この刃付加工により、このセラミック包丁の刃先は当然に一段刃ではな
く、テーパー角に続く二段刃であることが明らかである。
(2)テーパー角とこれに続く刃先角をもつ二段形状の刃先については審判甲第4
号証にも記載されている。この資料はその発行年月からみて鋼やステンレス刃物に
ついて作成されたものと認められる。
しかしながら、テーパー角と刃先角とにより刃先を二段形状に形成する主要目的
は、刃先角が小さい場合、刃先よりわずか上方に続く刃根部分があまりにも薄くな
り、そのために刃欠け(チッピング)が発生しやすくなるのを防ぐことにある。し
たがって、前記した二段形状の刃先は審判甲第4号証に記載のように、かなり以前
から高硬度でモロいハガネを素材とする包丁等に採用されてきたものである。
本件発明に係る刃物の素材は一般のハガネよりも更に硬度の高い(周知である)
ジルコニアセラミックであるから、刃欠けの防止のため刃先を二段形状にすること
は全く当然で、この点に創作性はない。
5構成要件dについて、
審判甲第4号証には「刃の断面は単純なくさび状ではなく、図2に示すように先
端の部分が鈍角になっている。包丁の場合、この角度は十数度から50度くらい
(一般に20~30度)」(149頁右欄)と示されている。「10°~45°」
と「十数度から50度くらい」との差異は微差にすぎず、後者がハガネ系の刃材に
ついての教示であったとしても、刃材の相違に起因する決定的な相違とはいえな
い。
6構成要件eについて、
(1)特公昭59-108585号公報に記載の発明は鋏に関するもので包丁に関
するものではないが、利器(刃物)としての見地からすれば、鋏の一方の刃材と一
個の包丁の刃材は形状に差異があっても、よく切れるか否か、欠け易いか否かとか
いう刃材の性質については同様に取り扱っても不合理はない。
同公報の発明によれば、
刃先角θ=20°~90°
刃元厚みτ=0.02~0.8mm
の範囲において刃が鋭利でありかつ刃こぼれが少ないという(「刃元厚み」とは、
別紙審決添付図面における刃先のDA間の長さをいう。)。本件明細書において
「刃先厚み」と呼んでいるc(同図面におけるDO間の長さ)を、tanθ=τ/
cから計算(θ=20°~90°として)すれば
c=0~2.198mm…(A)
また、本件発明に従い、θ=10°~45°としてcを計算(τ=0.02~0.
8に固定)すれば
c=0.113~4.538mm…(B)
すなわち、(A)及び(B)の数値範囲はいずれもc=0.1~2mmなる本件特
許の構成要件eを含んでいる。
(2)構成要件eの限界値の0.1mmについて
本件発明によれば刃先角θの範囲は10°~45°であるとともに刃先厚みcの
範囲は0.1~2mmであるから、
刃先角θ=10°
刃先厚みc=0.1mm
の場合を含む。
刃先厚みc=0.1mmである場合についての実験成績は、本件明細書第1表中刃
先角b=30°の場合及び第2表中刃先角b1=b2=25°の場合の2件以外に
は存在せず、上記の場合については、本件発明効果が納得できるような実験成績が
欠落している。
ところで、上記の場合に刃元厚みτを計算すれば0.016mmであり、指先で触
れれば欠けるほど薄い。このような限界値を用いて刃付けを行うことは事実上実行
できないので、そのような数値は全く架空のものといわざるを得ない。そして、架
空の数値をもって発明を構成することは、いかなる技術よりも容易である。
第4審決取消事由に対する被告の反論
1ジルコニアセラミック包丁の開発上の技術的課題
(1)ジルコニアセラミック包丁の開発において、金属と同じ考え方で包丁を作っ
たのでは、刃先が欠ける、切れ味が悪いという問題が起こってしまう。ジルコニア
セラミック包丁の開発においては、工業生産が可能であって、「研ぎ」を前提とせ
ずに実用に適した切れ味を持ち、しかも、物を切ったときに「欠け」が生じにくい
という条件を満たすために、刃先はどのような形状でなければならないかを探求
し、ジルコニアセラミックの特性に見合った刃先の形状を決めることが極めて重要
な開発課題となった。
このようなジルコニアセラミックという材料に適した刃先形状の特定という問題
は、ジルコニアセラミックで包丁を作る場合に固有の課題であり、その解決のため
に金属包丁に関する従来技術の知見をそのまま適用できるような性質のものではな
い。
金属包丁の場合、切れ味は、研ぎたての切れ味がよいこと、切れ味が持続するこ
と、という2つの面から把えられる。殊に、金属包丁は刃が比較的短期間の使用で
摩耗するので、包丁の切れ味は刃が摩耗しにくいかどうかで評価されることが多
く、切れ味を維持するための工夫は、主として、材料の改良(例えば炭素鋼を使
う、金属表面に対摩耗性のコーティングを施すなど)及び製造時に刃先を摩耗しに
くい形状とすることが中心となる。
(2)これに対して、ジルコニアセラミック包丁では、その材料の性質から摩耗に
よる切れ味の低下という現象は起こりにくく、切れ味の低下は、主として刃先の微
細な欠けや材料の脱落によって刃先が鈍くなることによって生じる。そして、当然
のことながら、金属材料の摩耗しにくい刃先形状とセラミック材料の欠けや脱落が
生じにくい刃先形状とは異なるものであるから、同じく「切れ味の維持」というこ
とを問題にする場合でも、金属包丁とジルコニアセラミック包丁とでは、課題とな
る事項及び解決方法が全く異なる。
(3)原告らは、従来からある金属包丁の形状を参考にすれば本件発明のジルコニ
アセラミック包丁は容易に想到できるというが、これはセラミック包丁に固有の課
題を無視した見解である。原告らの主張は、金属もセラミックも包丁の材料として
さしたる差はないという考えに立脚している点において、基本的に的が外れてい
る。
2原告らは、審判甲第2号証には、本件発明の構成要件b(肉厚1~8mm)及
び構成要件c(テーパ角aと刃先角bをもつ二段形状の刃先)が示されていると主
張するが、これは憶測の上に憶測を重ねた主張である。
審判甲第2号証が示しているのは、審決が正しく認定しているように、包丁がジ
ルコニアセラミック製であるという点(構成要件a)だけである。このジルコニア
セラミック製包丁の肉厚(構成要件b)は同号証に全く示されていないし、この包
丁が二段形状の刃先(構成要件c)を持たないことも、同号証の第1図から明白で
ある。
3原告らは、審判甲第4号証には本件発明の構成要件c及び構成要件dが示さ
れているという。
確かに、本件発明の構成要件を個々バラバラにとらえれば、同号証には、構成要
件c及び構成要件dに該当する構成(形状)が示されているともいえる。しかし、
同号証は、金属包丁に関するものであるから、本件発明とは無関係であり、たとえ
その二段刃の形状及び刃先角が本件発明と共通するとしても、これをそのままジル
コニアセラミック包丁に適用できるものではない。
審判甲第2号証及び審判甲第4号証は、両者を併せてみても、本件発明の構成要
件a、構成要件c及び構成要件dを示すのみである。
4構成要件e(刃先厚み)が記載されているとして原告らが指摘する特公昭5
9-108585号公報は、包丁とは切断の原理を異にする鋏の刃の形状に関する
ものであり、本件発明とは全く関係がない(包丁は刃の先端で物を切り開くことに
より切断するが、鋏は刃と刃をこすり合わせ剪断力で物を切断する)。
同公報は、包丁の刃先厚みについて公知技術を示すものとはいえず、ましてや、
周知技術を示すものでもない。
第5当裁判所の判断
1構成要件b(肉厚)の審決の判断について
(1)甲第1号証の1によれば、本件明細書(本件特許出願公告公報)には、本件
発明の実施例に関して次の記載があることが認められる。
「第1図に側面図を第2図に断面図をそれぞれ示すように、柳刃さしみ包丁Hの刃
部を抗折強度130kg/mm2の強靭性を持った部分安定化ジルコニア(ZrO2)セ
ラミック(以下単にジルコニアという)により、肉厚Tは2.5mm、全長210
mmとして形成した。
また、刃部にはテーパ角aとこれに連続する10~45°の刃先角bを持った二
段形状の刃先を形成し、その刃先厚みcを0.1~2mmの範囲内とすることによ
り、刃先の欠けを防止し、かつ優れた切れ味を得られるようにしてある。」(3欄
13~22行)
この記載と、実験結果を示す本件明細書(甲第1号証の1)中の第1~4表によ
れば、板状体の肉厚Tは、技術的に有意なパラメータとして取り上げられているも
のとは認めることができない。
甲第1号証の1によれば、本件明細書(本件特許出願公告公報)に「また、本発
明のジルコニア製包丁において、肉厚Tが1mm未満では強度的に無理が生じ、また
8mmより厚くなると切れ味、重さの点で不都合が生じる。したがって、肉厚Tは1
~8mmの範囲内のものが良い。」(8欄4~7行)との記載のあることが認められ
るが、この記載によっても、1mmと8mmが、肉厚についての技術上確認された臨界
値と認めることはできない。
そうすると、本件発明の1~8mmの範囲の肉厚が板状体という要件(構成要件
b)は、包丁としての機能を有するという、一般常識ないし当業者の技術常識の限
度の範囲におけるものを超える要件を示したものと認めることはできない。
(2)一方、甲第5号証の1によれば、審判甲第2号証の実用新案登録請求の範囲
に「ジルコニア、アルミナ等のオールセラミック製、若しくはそれらのセラミック
をコーテイングした包丁、はさみ等の利器において、該利器の表面に窒化チタン等
の窒化物を蒸着して成るセラミック製利器」との記載があり、また、審判甲第2号
証の第1~4図(別紙審判甲第2号証図面)にはありふれた薄刃の調理用包丁が図
示されていることが認められる。これらの記載によれば、ジルコニアセラミック製
包丁の厚み、刃先形状、刃先角度について具体的に記載されていないとしても、当
業者ならば、通常の包丁の厚みの板状体、楔形の刃先形状、刃先角度を把握するこ
とができるものと認めることができる。
(3)したがって、審判甲第2号証に、その厚み、刃先形状、刃先角度が全く示さ
れていないとし、そこには本件発明の構成要件bが示されていないとした審決の認
定は誤りである。
2構成要件c、d(二段形状の刃先及び刃先角)の審決の判断について
(1)審決は、「セラミックは、耐摩耗性、耐食性には優れる反面、変形しにくい
ことによりチッピングが生じやすい点で、金属材とは大きく異なる特性を持ってお
り、同じ包丁を形成する場合でも、金属で形成する場合とセラミックで形成する場
合では、得られる特性や求める課題が全く異なる。」と説示し、審判甲第3、4号
証に示された金属製刃物あるいは包丁に関する発明を、そのまま審判甲第1、2号
証に示されるジルコニアセラミック製包丁に適用できるものではないと認定してい
る。
しかしながら、ジルコニアセラミックと金属材の特性が相違するとしても、板状
体や楔形の刃先形状といった基本構造において、ジルコニアセラミック製包丁と金
属製包丁とで格別異なるものと明確に認めるべき証拠はない。本件明細書には、本
件発明の技術的課題として「ジルコニアセラミックで形成した包丁もあるが、刃先
が欠けやすいという問題点があった。」と記載されているが(甲第1号証の1、3
欄1行~4行)、金属製包丁を含む包丁の性能においてごくありふれた技術的課題
であることは明らかであり、ジルコニアセラミック製包丁に特有のものと認めるこ
とはできない。
したがって、本件明細書に記載の上記課題は、古くから豊富に蓄積されている金
属製刃物に関する技術を適用し検討することは、当業者にとってごく自然なことと
認められる。
(2)甲第5号証の5によれば、審判甲第6号証に「刃先角が小さいほどよく切れ
る。しかし、あまり小さいと摩耗や欠けが生じたりしてよくない。また被削材(こ
の場合は紙)を切るのに適当な角度があり、それよりも小さくても大きくてもよく
ない。」(9頁1~4行)との記載があることが認められ、この記載によれば、金
属刃物において「摩耗」だけでなく、「欠け」を防ぐことも課題とすべき点であ
り、食材を扱う包丁であれば尚更解消すべきことであると認められる。
また、審判甲第6号証の上記記載によれば、金属刃物について刃先角を大きくす
れば欠けの生じやすさを防ぐことができるものと認められ、当業者ならば、ジルコ
ニアセラミック製包丁においても、刃先角が大きいほうが欠けにくいものと容易に
推測し得るところである。
(3)甲第5号証の3によれば、審判甲第4号証に、「刃の断面は単純なくさび状
ではなく、図2に示すように先端の部分が鈍角になっている。包丁の場合、この角
度は十数度から50度くらい(一般に20~30度)で、測る位置によりいくらか
違っている。・・・理想的刃角は17度で、これより小さいと摩耗が大きく耐久性
に乏しいし、逆に大きいと抵抗が大きく切れ味はおちるという。」(149頁右欄
12~23行)との記載があることが認められる。
この記載によれば、
①二段形状や刃先角の大小は、包丁の基本原理である楔効果や摩耗、抵抗に影
響を及ぼすものであるから、包丁の原理に差がないジルコニアセラミック製包丁に
も適用することができること、及び、
②先端の部分が鈍角になっている点(包丁の場合10数度から50度くらい)
は、審判甲第6号証の前記記載に照らし、金属とセラミックを問わずチッピングに
対して有利な構造であること
は当業者が容易に想到し得るものと認めることができる。
そして、セラミックは、耐摩耗性、耐食性には優れる反面、変形しにくいことに
よりチッピングが生じやすい性質を有することは技術常識であるが、甲第5号証の
1によれば、審判甲第2号証に、セラミック包丁であっても一段形状の刃先が形成
できることの記載があることが認められるところ、刃先は、セラミックであっても
工場で研磨により形成するものであることも技術常識であるから、更に先端を別の
角度にするため工場で研磨することについての推考は容易であると認められる。
(4)甲第9号証によれば、特公昭59-108585号公報に、はさみにおいて
ではあるがセラミック材でも二段形状の刃先を形成できる明細書及び図面の記載の
あることが認められる。そして、審判甲第2号証に「包丁、はさみ等の利器」と記
載されているのは前示のとおりであり、セラミック製利器の刃先形成において、包
丁とはさみに格別の差があるものと認めることはできないので、セラミック製包丁
に二段形状の刃先を形成することができる点についての容易推考性に関する上記認
定は、同公報の記載によっても裏付けられる。
(5)したがって、審決が、「審判甲第3、4号証には、二段形状の刃先〔構成要
件c〕と刃先角bを10~45°とすること〔構成要件d〕が記載されている」と
認定しながら、「審判甲第3、4号証に示された金属製刃物あるいは包丁に関する
発明を、そのまま審判甲第1、2号証に示されるジルコニアセラミック製包丁に適
用できるものではない。」として、本件発明の構成要件c、dについての容易推考
性を認めなかったのは誤りである。
3構成要件e(刃先厚み)の審決の判断について
(1)構成要件eは「刃先厚みcは0.1~2mmであること」であって、肉厚Tや
テーパ角(a,a1,a2)やテーパ部分の長さや刃先角(b、b1,b2)と関
係付けられて限定されているわけではなく、本件明細書の実験結果からみても、試
行錯誤的に求められた以上の技術的意義を有するものとは認められない。
他方、前示のように、審判甲第4号証には二段形状の刃先の概念と刃先角が示さ
れているから、当業者ならば、ジルコニアセラミック製包丁の通常の板状体肉厚を
前提とし刃先厚みcを適宜な値として容易に算出することができるものと認められ
る。そして、金属とセラミックの特性が相違するからその値が必ずしもジルコニア
セラミック製包丁の適値であるとはいえないが、順次数値を変えてデータをとるの
は容易になし得るものであり、その結果として、二段刃を有するジルコニアセラミ
ック製包丁の刃先厚みcとして、0.1~2mmの値を採択するのは、当業者が容易
になし得たものと認めるべきである。
(2)したがって、構成要件eは、審判甲第2号証及び第4号証の記載により、当
業者が容易になし得たものというべきであり、構成要件eは審判甲号各証から容易
になし得たものではないとした審決の認定は誤りである。
4取消事由の判断のまとめ
以上のとおりであり、審決は、原告らが主張する無効理由3について判断するに
際し、本件発明のb~eの構成要件が、審判甲第1から第6号証に記載がないか又
は容易に推考することができないと誤って認定したものであって、この誤りは審決
の結論に影響を及ぼすものである。
第6結論
以上のとおりであり、原告ら主張の審決取消事由は理由があるので、審決は取り
消されるべきである。
(平成12年2月1日口頭弁論終結)
東京高等裁判所第18民事部
裁判長裁判官永井紀昭
裁判官塩月秀平
裁判官市川正巳

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