弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、
二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と
同旨の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のほか原判決事実摘示と同一
であるから、これを引用する。
一、被控訴人の主張の追加、訂正。
(一) 原判決二丁裏二行目に「囎唹出張所」とあるのを「囎唹支所輝北出張所」
とあらため、同三丁表八行目「審理の結果、」の次に「昭和四一年四月二三日」を
加える。
(二) 同七丁表四行目「従事していた。」の次に、左のとおり付加したうえ、同
五行目につゞける。
「農産物検査官の担当する農産物の検査のうち、品位(等級)の格付決定の規格
は、農産物検査法六条一項に基づき定められ農産物規格規程(これは公表されてい
る)に抽象的に定められているが、これを実際に適用するにあたつては、毎年まず
中央で、全販連、全国農業会議所等の生産者団体の代表、全糧連、米商連等の実需
者団体の代表者、農業技術会議、農業試験場等の奨励機関の代表者による委員会が
設置され、その意見に基いて各等級別の標準品(これを基本標準と呼ぶ)が、選定
される。この標準品が各ブロツクに送付され、各ブロツクに於て、各県毎に右中央
標準品に準じ、これと最も近似した標準品が同様生産者団体、実需者団体等より選
ばれた委員の意見に基づいて選定される(これを実用標準と呼ぶ。)。此の標準品
は各検査官のもとに送付され此の標準品に照合して、被検査物件の品位(等級)が
決定されるのである。そうして、此の標準品は現実の検査の場に於て公開され、検
査自体も公開してなされる。従つて、検査をうける農民も検査に立会つて標準品と
被検査物件と照合し、検査の結果を検討することができる。農業に従事し、米麦の
生産を行なつている農家であれば、自からこの照合の能力を有する。なお、この標
準品の選定は検査官の業務ではなく、これに関与するのは食糧事務所の幹部であ
る。検査官は、あくまで標準品を付与されてこれと被検査品とを対比するのみであ
る。このように、検査は公開して純技術的になされるが、更にその技術的合理性を
担保するために、検査官の実施した検査品について食糧事務所、食糧庁が毎年一回
以上既検査品実態調査を実施して検査の適正度をチエツクし、全検査官に公表して
いる。その結果、大むね九〇%以上の適正率となつていることも此の検査の技術性
を示している。また、農産物検査法一九条では検査官の検査に不服がある場合に再
検査を請求することができる旨の規定があるが、未だかつて再検査を請求した実例
がない。このことは、検査の技術的合理性について農民が立会つて十分納得してい
ることを示すものである。被控訴人の担当する職務内容は以上のように専門技術的
なものであるが、一方、」
(三) 同八丁表五行目「従つて」から七行目末尾までを次のとおりあらためる。
「現に農林省所轄の食糧事務所、農事試験場、統計調査事務所の職員で全農林労組
の組合員たるものが、公職選挙法違反として起訴され、略式命令により、或いは正
式裁判により罰金の有罪判決を受けた場合に受ける懲戒処分はいずれも戒告であ
る。すなわち公職選挙法違反の罪で罰金となつた場合の懲戒処分は、戒告である旨
の基準が、農林省に於いて懲戒処分の基準として確立しているもので、例外はな
い。本件に於いても、求刑が罰金であるから、有罪になつたとしても罰金の事案で
あることは、客観的に認め得るのである。従つて、有罪の場合の懲戒処分も戒告以
上を出ないであろうことは、あらかじめ想定し得る事案である。
 有罪であつても戒告処分に付すべき事案に付いて、被告人が無罪を主張するため
に公判手続が開かれ、数年にわたる公判期間中、被告人は休職処分にされ、有罪に
なつた場合の処分に比して、格段の苛酷な取扱いを受けなければならない合理的理
由はどこにも見出すことができないのであつて、憲法により保障された裁判を受け
る権利が、かかる処分により実質上完全に侵害されると言つても過言ではない。
 懲戒処分との比較の観点からみても、本件処分は明らかに法及び条理のわくをは
み出した違法のものであると言わなければならない。」
(四) 同八丁裏四行目から六行目までの(4)項を(5)項とし、その前に
(4)として次の一項を加える。
「(4) 被控訴人に対する前記公訴事実において、被控訴人から前記起訴状記載
の文書の配布を受けたとされている郵便局職員訴外Aは右文書を頒布したかどによ
り起訴され、大隅簡易裁判所において罰金刑に処せられたが、同人は右起訴により
休職にされていない。農産物検査官と郵便局職員は業務の内容を異にするが、いず
れも非政治的、技術的職務であることにおいて差異はない。この両者が、相関連し
て同種の事犯に及んだ本件のような場合において、その一方が起訴休職処分を受け
ないのに、他方のみをこれに付することは合理的理由のない差別をするものであ
る。国家公務員法七四条一項は、すべて職員の分限、懲戒及び保障については、公
正でなければならない旨を規定しているが、右の「公正」とは、各省の公務員に平
等な、客観的な公正さを意味するものであつて、公務全体の基準に照らして公正で
なければならないというものと解すべきである。従つて、本件起訴休職処分は、右
のように合理的理由を欠く点において、裁量権の条理のわくを超えているばかりで
なく右法条にも違反するものである。」
(五) 控訴人の主張(二)(2)(ア)のうち、農産物検査業務がその主張の四
種にわたることは認めるが、右検査業務にその主張の助言指導が含まれることは否
認する。
二、控訴人の主張の追加、訂正。
(一) 原判決九丁表一〇行目「そして」から、一一行目「違法とはならない。」
までを次のとおりあらためる。
「国公法七九条二号が、職員が刑事事件に関し起訴された場合に、その意に反して
これを休職することができる旨定める理由は、基本的には、公務の信用を維持しよ
うとするところにある。すなわち、憲法前文に謳われているように、国政は、国民
の厳粛な信託によるものであるから、公務の遂行は、この国民の信託にこたえるも
のでなければならない。公務員は、かかる国政の一部を遂行すべく、国民全体の奉
仕者として公共の利益のために勤務する職責を負うものであり、公務員がこの義務
を遂行するためには、職務上職務外の別なく、高度の倫理的観念に基づく公正な行
為と生活態度を必要とするのである。この公務員の倫理基準は、一般社会の倫理観
念と異質のものでないとしても、前記職務の性質上、最も高度のものが要求されて
然るべきであり、公務員たる以上、いやしくも国民の公務に対する信頼ないし官職
全体に対する信用を失なわせるようなことをしてはならないのである(憲法一五条
二項、国公法九六条、九九条)。ところで、公務員が刑事事件に関して起訴された
場合、当該公務員はある程度客観性のある犯罪を犯した●疑をかけられているの
で、わが国の国民感情からすれば、公務員が刑事事件に関し起訴されたこと自体で
国民の公務に対する信頼感或いは官職全体に対する信用性を失なわせる蓋然性がき
わめて高いのである。かかる実情にかんがみ国公法七九条二号は職員が刑事事件に
関して起訴された場合には、当該職員をその職務から排除するため、犯罪の成否は
もちろん、犯罪の内容、程度、身体拘束の有無等を問うことなく、単に起訴された
こと自体で当該職員を休職処分に付しうるものとしたのである。そうして、このこ
とは、同法三八条二号が「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執
行を受けることがなくなるまでの者」を職員の欠格事由とし、かつ、同法七六条が
在職中の職員が右事由に該当するに至つたときは当然失職するものとして公務の信
用保持を図つていることと軌を一にするものである。従つて、国民の公務に対する
信頼ないし官職全体に対する信用を厳格に保持しようとすれば、職員が刑事事件に
関し起訴された場合には、一律に休職処分に付することが望ましいのであり、かよ
うに取扱うことが起訴休職制度の趣旨目的に適う所以であるが、事案によつては休
職処分に付することが必ずしも適切でない場合があり得るので、法は「休職するこ
とができる」と定めて、刑事事件に関し起訴された職員を休職処分に付するか否か
を、任命権者の自由裁量に委ねたのである。してみれば、被控訴人がその主張の刑
事事件に関し起訴され、しかも右事件につき禁錮以上の刑に処せられるおそれのあ
る以上(このことは、被控訴人主張の起訴状記載の前条によつて明らかであ
る。)、右の起訴休職制度の建前よりして、被控訴人を休職処分に付することは当
然の事理というべく、本件休職処分は違法ではない。」
(二) 同一〇丁表四行目の次に左のとおり付加する。
「(1) 裁量権の逸脱ないし濫用とは、当該裁量に、何人がみても不当であると
いうような著しい瑕疵がある場合をいうものと解すべきところ、控訴人が本件休職
処分に及んだ経緯は右に述べたとおりであつて、その間には右のような著しい瑕疵
は存しないのであるから、右処分は違法ではない。
(2) 仮りに、起訴休職処分をなす任命権者の裁量権に何らかの制約があるとし
ても、控訴人のした本件休職処分はその裁量権の範囲を超えるものではない。
(ア) 被控訴人は本件起訴当時農産物検査官の職にあつたものであり、その担当
業務は、農産物の検査、すなわち(a)農産物検査法に基づく検査、(b)食糧事
務所依頼検査規程に基づく検査、(c)会計法に基づく検査、及び、(d)その他
の検査であるが、右検査業務には、出荷前における品質改良、出荷環境の整備に関
する助言指導を含むものである。そうして、右検査業務のうち主たるものは右
(a)であつて、その手続の評価は右農産物検査法の規定するところであるが、右
検査の中心をなすものは米麦等被検査物件の品位(等級)の格付決定である。右格
付決定は、農産物検査法六条一項に基づいて定められた農産物規格規定所定の検査
規格によつて行なわれるが、それは実際には特に機械、器具等を用いることなく、
検査官の視覚、触覚等による判定を主とするものである。
 検査業務の内容が右のようなものである以上、検査に対する関係農民の信頼は、
検査官その人に対する信頼感から生れるといつても過言ではないのであり、検査官
はこの信頼関係を維持すべく、厳正公平にその職務を遂行すべきことが要請される
のである。従つて、検査官が刑事事件に関し起訴され、その職務の公正な執行につ
いて疑念を持たれることがあれば、その職務の遂行は重大な支障を受ける。従つ
て、検査官という官職に対する国民(特に関係農民)の信頼を保持するために、右
の如き検査官を休職にすることは相当であり、また適切でもあるのである。
(イ) 被控訴人は、本件においては公訴事実の内容よりして、被控訴人の職務遂
行に関して生ずべき支障は大きくないと主張する。起訴休職制度の目的の一つに、
職員が刑事事件に関し起訴された場合に、職務専念義務の十全な履行に支障を生ず
る点のあることは否定できない。しかし、これは具体的な公務に対する国民の信頼
感喪失の蓋然性がきわめて軽微な場合に、はじめて考慮されるべき附随的第二義的
性格のものであるから、前述のように、公務に対する国民の信頼感を失う蓋然性の
高い本件の場合には、特にこれを起訴休職処分の制約事由として考慮する必要はな
い。公務に対する国民の信頼感を失う蓋然性が高い場合には、たとえ、当該職員が
身柄を拘束されず、職務遂行に支障を生じなくとも休職処分に付し得るのであり、
また付すべきである。
(ウ) 被控訴人は、起訴休職処分が同人にもたらすことあるべき諸種の不利益を
挙げて、右処分をなすにあたつては、当然これを考慮すべきものと主張する。確か
に、起訴休職処分は当該職員に不利益をもたらすが、右は、当該職員が勤務に就か
ないために生ずるものであり、起訴休職制度の目的を達成するため、当然職員の甘
受すべきところである。なお、職員は休職中といえども国公法所定の手続を経て私
企業からの隔離を免れる途が開かれているのであるから、休職中の職員の給与が六
割に減少されることはさほど重要視するに及ばないところである。そうして、休職
処分の効果は法により一定されているところであり、懲戒処分のように段階的差異
はないのであるから、任命権者としては起訴休職にする必要がある以上、起訴休職
制度の趣旨目的を実現するためには、処分の効果を考慮することなく、休職処分に
付せざるを得ないのである。
 本件においては、既に述べたとおり被控訴人を休職処分に付すべき必要があるの
であるから、本件休職処分は何ら違法ではない。
(エ) 被控訴人は起訴休職処分をなすにあたつては、懲戒処分との均衡を考慮す
べきものと主張するが、その必要はないものである。
 すなわち、懲戒処分と起訴休職処分とはその内容および目的を異にしており、懲
戒処分は公務員の義務違反に対する制裁として職員の責任を問うものであるのに対
して、起訴休職処分はそのような趣旨を有せず、前述のとおり官職ないし公務全般
に対する国民の信頼を保持するため一時的に職員の職務の担任を免ずるものであ
る。
 起訴休職処分は被起訴者の責任を追及するというよりも、むしろ公務の信用保持
のために当該職員の公務執行の義務を免除するものであるから、法は勤務に就かな
いのに給与の六割を支給するように定めているのである。
 従つて休職処分の適否はそれ自体について規定されている規範に照らして決すべ
きであり、被控訴人が主張するように、将来予想される懲戒処分との比較や休職処
分が継続した後における懲戒処分との均衡などからさかのぼつてその適否を論ずる
のは全く筋違いである。
 休職処分は当該職員に職員としての身分を保有させるが、職務に従事させず、給
与も六割となるので、その限りにおいて不利益な結果をもたらすが、その不利益は
懲戒処分の如くそれ自体が目的の一部となつているのではなく、勤務に就かないた
めに派生するものであり、たまたま裁判の延引により休職期間が予想外に長期化
し、あるいは無罪になるなど、結果的に休職による不利益の方が懲戒処分よりはる
かに大きくなることがあつても、それは二つの制度がその性質と目的を異にしてい
ることによるものであり、懲戒処分との比較均衡等から休職処分の適否を判断する
ことは正当でない。
 休職処分は起訴にかかる犯罪の成否に関係なく、また懲戒処分の軽重と全く関係
なく行ないうるものであり、また、刑事事件の結果禁錮以上の刑に処せられた場合
は、国公法七六条により当然失職するものであるから、被控訴人が刑事事件の結果
重い懲戒処分が予想されない場合には休職処分に付しえないような主張をしている
のは、懲戒処分や分限に関する規定の誤解に基づいているものであつて失当であ
る。
(オ) 被控訴人は、本件休職処分は国公法七四条の公正の原則にも違反すると主
張する。
 しかし休職処分は任命権者が行なうものであるから(国公法六一条参照)、右七
四条の公正の原則の拘束を受ける者は個々の任命権者に止まる。従つて、任命権者
を異にする場合において、その間に休職処分の取扱について差異が生じても、それ
を以て直ちに右原則に反するものということはできない。
 従つて、被控訴人主張の事例は、任命権者と職員の職務内容を異にすることによ
る結果にすぎず、これを以て国公法七四条に違反するとはいえない。なお、既述の
とおり起訴休職処分は任命権者の自由裁量に属するのであるから、各任命権者の裁
量権行使の結果に若干の差異が生じても、裁量権の行使に逸脱や濫用のない限り、
それだけで違法の問題を生ずるものでもない。」
三、証拠関係(省略)
       理   由
一、被控訴人が一般職の国家公務員であつて農林技官としてその主張の輝北出張所
に勤務していたところ、昭和三九年二月一四日その主張の公訴事実、罪名及び罰条
のもとに鹿児島地方裁判所鹿屋支部に公訴を提起されたこと、及び、被控訴人の任
命権者である控訴人が同年三月一日被控訴人に対し、国公法七九条二号に則り、右
起訴を理由に本件起訴休職処分をしたことは当事者間に争いがない。
二、国公法七九条二号が、職員が刑事事件に関し起訴された時は、その意に反して
これを休職(以下単に起訴休職ともいう)することができると定めるのは、次の理
由によるのである。
 すなわち、国家公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではないのであるか
ら(憲法一五条二項参照)、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、
かつ、その職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念すべきことを服務の根
本基準とするものであつて(国公法九六条一項)、その勤務時間及び職務上の注意
力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従
事すべく(同法一〇一条一項)、また、その官職の信用を傷つけ、又は、官職全体
の不名誉となるような行為をしてはならない(同法九九条)ものである。
 ところで、職員が刑事事件に関し起訴された場合には、抽象的一般的には、公訴
の提起は検察官からそのような●疑を受けたに止まり、有罪無罪いずれの裁判を受
けるかは未だ定かでなく、いわゆる無罪の推定を受けているとはいうものの、起訴
された被告人の大多数が有罪判決を受けている我国の刑事裁判の現状に鑑みれば、
現実には起訴された職員は、起訴状記載の公訴事実、罪名及び罰条によつて特定さ
れ具体化された事実について相当程度客観性のある公の●疑を受けているものと言
わざるを得ない。従つて、職員が右のような●疑を受けたままで引続き職務を執る
ときは、職場における規律ないし秩序の維持に影響するところがあるのみならず、
その職務遂行に対する国民の信頼をゆるがせ、ひいて官職の信用を失墜する虞なし
としないのである。さらに、刑事被告人は原則として公判期日に出頭すべきもので
あるから、そのため、職員の前記職務専念義務に支障を生ずる可能性のあることも
看過できないところである。
 このように、職員が刑事事件に関し起訴されることは、同人の服務につき法の要
請と相反する事態を生ずる可能性を包蔵するが故に、国公法七九条二号は、起訴さ
れたことによつて前述のような影響ないし支障を生ずることあるべき職員をして、
職員たる身分はなお保持せしめるものの、職務には従事せしめないこととして、以
て官職の信用を保持し、かつ、職場秩序を維持せんとするのである。
三、ところで、国家公務員には、国家の政策の策定に当る高度かつ政治的な職務を
担当する者から、単純機械的な労務に服するに止まる者まで種々の階層があるか
ら、その保持する官職は、当該職員の地位と職種によつて異なるのは当然である。
一方、一概に刑事事件に関し起訴されるといつても、その内容は単なる形式犯か
ら、破廉恥罪まで多岐にわたり、また、起訴の態様も身柄拘束のままの場合もあれ
ば、然らずして在宅の場合もあつて、決して一様ではないのである。
 これらのことを考えると、職員が刑事事件に関し起訴されたことによつて、官職
の信用が傷つけられるかどうか、職場の秩序が紊れるかどうか、また同人の職務専
念義務の履行に支障を生ずるかどうかは、当該職員の保持する官職、すなわち、そ
の地位と担当する職務の内容、公訴事実の具体的内容及び起訴の態様をかれこれ勘
案してはじめて決せられるものというべく、従つて、前記の法の要請に応ずるため
に当該職員をその意に反して休職すべきか否かは、具体的事案に即して個別に決せ
らるべきものと言わなければならない。国公法七九条が、起訴休職処分を任命権者
の裁量に属すると定める所以は、ここにあるのである。
 ところで、起訴休職された職員は、国公法八〇条四項及び一般職の職員の給与に
関する法律二三条四項によつて、休職の期間中、俸給及び扶養手当の各百分の六〇
以内を給せられるに止まることになる。一般に休職された職員は、職務を執らない
のであるからその間給与を得られないのが原則ともいえるところ(国公法八〇条四
項参照)、右給与法二三条はこれに広汎な例外をもうけるものであるが、そこにお
いて起訴休職者に対する給与上の取扱が、右二三条一項ないし三項及び五項所定の
事由による休職者の場合に比し最も不利益であることは、法の起訴休職に対する厳
格な評価を示すものというべきである。従つて、起訴休職がこれを受ける者の給与
上に不利益を生ずるものであることは、前段所述の判断をするに当り、当然考慮さ
るべきところと言わねばならない(控訴人は、休職中の職員といえども国公法所定
の手続を経て私企業からの隔離を免れる途があるのであるから、右給与の減少はさ
して重要視するにあたらない旨主張するけれども、右は単なる法律上の可能性にす
ぎず、すべての休職者が右の方途によつて給与の不足分を補●し得るものでないこ
とはみやすい道理であるから、右主張は失当である。)。
 従つて任命権者が刑事事件に関し起訴された職員を休職にするかどうかは、叙上
の点について考慮をしたうえで、個別的具体的な判断を経て決せらるべきものであ
ることは、起訴休職制度そのものの要請するところというべきである。
 被控訴人は、右判断にあたり、当該職員に対し、公訴事実に基づいてなされ、ま
たは、なされることあるべき懲戒処分の種類、態様と起訴休職処分の効果との均衡
も考慮さるべきであると主張するが、分限上の処分である起訴休職の効果を、これ
と制度の趣旨、目的を異にする懲戒処分の種類、態様と比較考量することは当を得
たものとは言い難いから、右主張は採るを得ない。
四、ところで、控訴人は、起訴休職につき法の定めるところは職員が刑事事件に関
し起訴されたことだけであるから、この要件の存する限り、当該職員を休職するか
どうかは、任命権者の自由裁量に属する旨を強調する。
 しかし、行訴法三〇条によつても明らかなとおり、自由裁量の処分といえども、
裁量権を踰越し、又は、その濫用にわたる場合には違法となるのであるから、仮り
に起訴休職処分が自由裁量の処分であるとしても、その適否はそれが許された裁量
の範囲内に在るか否かによつて決せられるものである。そうして、具体的な起訴休
職処分が右の範囲内に在るかどうかは、前項に詳述した点について、裁判所が判断
を尽してはじめて定まるのであるから、起訴休職処分の適否が問題となつている本
件においては、前項に述べた以上に、その性質が自由裁量の処分であるか否かをせ
んさくすることは特に意味のあることではない。
五、そこで、本件起訴休職処分について判断をする。
(一) 被控訴人がその主張の輝北出張所に勤務する農林技官たる一般職の国家公
務員であつて、当時農産物検査官の職に在つたことは当事者間に争いがなく、右争
いのない事実に、成立に争いのない乙第四号証、当審証人B、同C、同D、同E
(但し、意見にわたる部分を除く)、同Fの各証言を総合すると、被控訴人のよう
な農産物検査官が担当する職務の法制上の根拠は多岐にわたるが、その主たるもの
は農産物検査法による米麦、殊に米の検査であつて、特にその品位(等級)の格付
決定が検査の中心をなすものであること、右格付決定は、予め定められた基準(農
林省告示である農産物規格規程)を具体的な被検査物件たる米にあてはめることに
よつて行われるが、その実際は、主として検査官が視覚、触覚等によつて右米につ
いて得る感覚を、同人の過去の経験と日常の修練により得たところに照して判断す
ることによつてなされるものであること、検査は制約された時間内に多量の物件に
ついて行われるため一件当りの所要時間は三〇秒ないし五分であるが、検査場には
右基準を具体的に示し、対照の用に供するために、予め選定された全国統一の標準
品が備えられ、かつ、検査は公開して行われるので、検査の結果に対する関係者の
疑義に対しては、検査官から右標準品を示して対照することその他の方法により説
明が加えられること、検査の結果について不服がある者は、農産物検査法一九条に
よつて食糧事務所長に対し再検査の申立が出来ることになつているが、これまでそ
の例がないこと、及び、検査の結果について部内で、●後において随時実態調査が
行われているが、その結果是正を要する事例は殆どないことが認められ、右認定に
反する証拠はない。
 右認定の事実によれば、被控訴人が農産物検査官として担当する職務は、専門技
術的な判断を中心とするものであり、しかも、右判断の結果に対する関係者の信頼
は、検査官の有する技術にかかるのであつて、検査官の信条のいかんによつて影響
される余地は殆どないものというべきである。なお、前示証人Dの証言によれば、
農産物検査官は前記検査のほか、農作物の品質改良等の助言指導を通して関係農民
と接触することがあることが認められるが、右が検査官の本来の職務ではなく、事
実上のものにすぎないことは右証言によつても明らかであるから、右の事実は、右
認定に特段の影響を及ぼすものではない。
(二) 被控訴人に対する起訴状記載の公訴事実、罪名及び罰条が、被控訴人主張
のとおりであることは当事者間に争いがない。
 右によれば、要するに被控訴人は当時輝北町労働組合連絡協議会議長であつたと
ころ、昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員選挙に立候補した日本社会党所属
の候補者に当選を得させる目的で、選挙運動期間中の同月一四日右協議会書記長A
に法定外選挙運動文書であるパンフレツト四〇枚を一括配布頒布し、政治的目的を
以て人事院規則に定める政治的行為をした、というのであるから、被控訴人は一政
党のため違法な選挙運動をして職員としての義務に違反し、かつ、その政治的中立
性を侵したものとされているのである。しかし、被控訴人の右所為は、前記協議会
議長として同会書記長に対し文書を配布頒布したという、右の組織内部における、
その組織の一員としてのものであるのみならず、その回数も一回に止まるから、公
選法違反の罪としては重大なものではなく、またそれが政治的行為として職員の政
治的中立性を侵す程度もそれ程甚だしいものとはいえない。このことは、昭和四一
年四月二三日検察官によつてなされた求刑が罰金一万円であつたこと(この事実は
当事者間に争いがない)によつても看取することができる。
(三) ところで、被控訴人が農産物検査官として担当する職務が右(一) 認定
のとおり専門技術的なものであるから、その保持する官職は非政治的なものである
こと、及び、弁論の全趣旨によつて明らかな被控訴人が当時管理ないし監督的地位
になかつたことを考えると、被控訴人が前記のような罪を犯したとして起訴された
ことが、同人の職務の遂行に対する関係者の信頼を傷つけ、かつ、職場の秩序を紊
るものであつて、官職の信頼を保持し、職場秩序を維持するために、同人を休職に
することが必要であるとは、直ちには断じ難いといわなければならない。しかも、
いずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし五、第三号証の一、二、第四、第
五号証の各一ないし三によると、昭和四二年の衆議院議員及び昭和四三年の参議院
議員の各選挙において、公選法違反の罪に問われ、罰金の確定判決を受けた農林事
務官ないし農林技官に対し各任命権者がした懲戒処分は、公選法違反の態様が買
収、戸別訪問、文書配布頒布等軽重の差があるにかかわらず、いずれも戒告である
ことが認められる。右事実によれば、被控訴人に対する前示起訴事実に基づき懲戒
処分がなされたとしても、おそらく戒告以上には出なかつたものと推認されるので
あるが、任命権者によつてその程度に評価されるに止まるものと認むべき前記起訴
事実が、果して被控訴人を休職とするに値するかどうかは、甚だ疑問の存するとこ
ろといわなければならない。
 さらに、成立に争いのない乙第二号証(起訴状)によれば、被控訴人は在宅のま
ま起訴されたのであり、しかも起訴状記載の前示罰条所定の法定刑よりして、同人
が全公判期日に出頭すべき義務を負うものでないことは明らかであるから、同人に
対する起訴は、特段の事情のない限り、その職務専念義務の履行に直ちに支障を生
ずるものとはいえないし、本件においては右特段の事情の存在を認めるに足る証拠
はないのであるから、この点においては、被控訴人を休職にする必要性は乏しいと
いうべきである。
(四) 被控訴人の任命権者である控訴人が前記の如く起訴された被控訴人に対し
休職処分をするにあたつては、叙上の点を考慮し、その必要性を肯定したうえでこ
れをなすべきものであるところ、本件においては右考慮をなしたことについては特
段の主張立証がない。かえつて成立に争いのない乙第一号証及び弁論の全趣旨によ
れば、控訴人は被控訴人主張の農林事務次官通達に則つて本件起訴休職処分に及ん
だものであることが明らかである。
 ところで、右通達の内容が被控訴人主張のとおりであることは当事者間に争いが
なく、右によれば、農林省においては、職員が刑事事件に関し起訴された場合は、
略式手続による場合を除いて、すべて休職とするというのであるが、本件において
は、農林省において、起訴休職を右のように一律に取扱わなければならない特段の
事由をうかがうに足る証拠は何ら存しないのみならず、右のような一律的取扱(前
顕甲第二号証の一ないし五、第三号証の一、二、第四、第五号証の各一ないし三に
よれば、現にこのような取扱がなされていることがうかがわれる。)が起訴休職制
度の趣旨目的に副わないことは、既に述べたところから明らかである。元来通達
は、行政官庁が所管の諸機関及び職員に対して、行政の取扱の基準を示し、法令の
解釈を統一する等の目的で発するものにすぎないから、控訴人において前記通達に
従つた一事によつて本件起訴休職処分が適法となるものでないことはいうまでもな
いのみならず、右通達の示す国公法の解釈及び起訴休職取扱の基準が相当といえな
いことは右に述べたとおりであるから、控訴人が右通達のみに則つて右処分に出で
たことは、右処分にあたり、本来任命権者としてなすべき叙上の考慮をなさなかつ
たものと断ぜざるを得ない。
(五) 従つて、被控訴人に対する前記起訴を理由として、同人を休職にする必要
があるかどうかは、叙上のとおり被控訴人の地位、担当職務の内容、起訴事実の内
容及び起訴の態様等の諸点について個別的具体的に判断のうえ決せらるべきである
にも拘らず、控訴人においては、これらを一切顧慮することなく、本件起訴休職処
分に及んだのであつて畢竟右処分は任命権者たる控訴人に与えられた裁量の範囲を
越えるものというべく違法たるを免れない。
六、被控訴人が昭和四一年六月一八日前記裁判所において無罪判決の言渡を受け、
右判決が当時確定したことは当事者間に争いがないから、国公法八〇条二項、三項
により本件起訴休職処分はその頃当然に終了したものである。しかし、右処分が前
述のとおり違法である以上、被控訴人は当然右休職期間中の前述の給与上の不利益
の回復を求め得べく、そのためにはまづもつて右処分を取消すことが必要であるか
ら、被控訴人は本件起訴休職処分の終了にかかわらず、なおこれが取消を求める利
益を有するものである。
七、してみれば、本件起訴休職処分の取消を求める被控訴人の請求は理由があるか
ら、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。
 よつて、本件控訴を棄却すべく、なお控訴費用は敗訴の控訴人の負担として、主
文のとおり判決する。
(裁判官 岡部行男 川上泉 大石忠生)

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